関連審決 | 審判1999-35493 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20行ケ10151審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10300審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10221審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 物の発明 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 上位概念 / 手続違反 / 技術常識 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 発明の概要 / 翻訳文 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 審判制度 / 新規事項追加(新規事項の追加) / 誤記の訂正 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 釈明 / 訂正明細書 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
180号
審決取消請求事件
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原告 ノバファームリサーチ(オーストラリア)ピーティ ワイ リミテッド 同訴訟代理人弁理士 小田島 平吉 同 深浦秀夫 同 江角洋治 被告 明治製菓株式会社 同訴訟代理人弁護士 飯田秀郷 同 栗宇一樹 同 早稲本 和徳 同 七字賢彦 同 鈴木英之 同訴訟代理人弁理士 久保田 藤郎 同 矢野裕也 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/10/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が平成11年審判第35493号事件について平成13年12月7日にした審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文第1,2項と同旨 |
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前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は,発明の名称を「殺菌剤組成物」とする特許第1988234号(昭和62年12月10日に出願(特願昭62-310968号),平成7年1月18日に出願公告(特公平7-2646号),平成7年11月8日に設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲1ないし3,弁論の全趣旨)。 (2) 原告は,平成11年9月13日,本件特許について,これを無効とすることを求めて審判の請求をし,同請求は平成11年審判第35493号事件として特許庁に係属した。被告は,平成13年6月22日,特許庁に訂正請求書を提出し,本件特許について特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の一部を訂正することについて審判を請求した(甲1)。 (3) 特許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成13年12月7日,上記訂正を認めるとした上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成13年12月19日に原告に送達された(甲1,弁論の全趣旨)。 2 本件発明の概要(甲2,4の(1),(2)) (1) 前記訂正前の発明の要旨は,設定登録時の明細書(甲2。以下「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。 【請求項1】ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%と,アニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%と,溶媒とを含有していることを特徴とする,殺菌剤組成物。 【請求項2】アニオン系界面活性剤がジオクチルソジウムスルホサクシネート,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム及びラウリル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質であることを特徴とする,特許請求の範囲第1項に記載の殺菌剤組成物。 (2) 前記訂正後の発明の要旨は,訂正明細書(甲4の(2)。以下「本件訂正明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである(以下,この発明を「本件訂正発明」という。)。 【請求項1】殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみと,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%と,溶媒とからなる殺菌剤組成物。 (なお,訂正前の請求項2は前記訂正により削除された。) 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。 (1) 訂正の適否 ア 本件特許明細書の特許請求の範囲に「【請求項1】ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%と,アニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%と,溶媒とを含有していることを特徴とする,殺菌剤組成物。」とあるのを,「【請求項1】殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみと,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%と,溶媒とからなる殺菌剤組成物。」と改める訂正(以下,この訂正を「訂正a」という。)は,殺菌剤組成物中の殺菌剤としての成分を「ポビドンヨード」に限定し,殺菌剤組成物中に必須の成分として配合する「アニオン系界面活性剤」の種類を特許請求の範囲第2項に記載された「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」に限定するものであることから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって,本件特許明細書に記載した事項の範囲内のものである。 イ その他の訂正事項も,特許請求の範囲の減縮を目的とするものか,あるいは明りょうでない記載の釈明,あるいは誤記の訂正を目的とするものであって,本件特許明細書に記載した事項の範囲内のものである。 ウ また,これらの訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。 エ そして,後記のとおり,訂正後における特許請求の範囲に記載された発明(本件訂正発明)は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。 オ したがって,特許法134条2項ただし書並びに同条5項において準用する同法126条2項及び3項(いずれの規定も平成6年法律116号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に適合する。 (2) 本件特許についての無効理由の有無 ア 無効理由1について (ア) 本件訂正発明と「WINICOV M., 'New low iodine products based on stabilized Povidone-iodine solution.' In: Proceedings of the 2nd International Symposium on Povidone, University of Kentucky, College of Pharmacy, Lexington, Kentucky, U.S.A., April 12-15, 1987, Edited by G. A. Digenis et al.: p. 57-64. (1987年8月13日 アメリカ合衆国,国会図書館受入れ)」(甲15。以下「刊行物1」という。)に記載のものとを対比すると,両者は殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード約0.5又は5(w/v)%と,アニオン系界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩約3〜6又は約5〜10(w/v)を含有する殺菌剤組成物である点において一致し,本件訂正発明は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有し,かつ,アニオン系界面活性剤としてポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム,すなわち炭素原子数12のラウリル基を有する物質を含有するものであるのに対して,刊行物1に記載のものは,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードに加えてヨウ素酸カリウムを含有し,かつ,アニオン系界面活性剤として含有するポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩におけるアルキル基の炭素原子数に関する記載がない点において相違する。 したがって,本件訂正発明は刊行物1に記載されたものではない。 (イ) 本件訂正発明は,「LAUTIER F., 'Iodinated antiseptics. dermal toxicity and consequences of chronic cutaneous applications on the thyroid function in guinea-pigs.' In: Proceedings of the International Symposium on Povidone, University of Kentucky, College of Pharmacy, Lexington, Kentucky, U.S.A., April 17-20, 1983, Edited by G. A. Digenis et al.: p. 326-333. (1983年9月28日 アメリカ合衆国,国会図書館受入れ)」(甲14),米国特許第4,130,6 40号明細書(甲17),PCTの国際公開WO第86/05359号パンフレット(甲18),米国特許第4,027,083号明細書(甲21)の各刊行物に記載されたものではない。 イ 無効理由2について (ア) 本件訂正発明と,刊行物1に記載のものは,上記ア(ア)で述べたとおり の相違点を有する。そこで,この相違点を検討する。 刊行物1には,ポビドンヨードとアニオン系界面活性剤を共存させる と殺菌力が増強する点については何ら記載されていない。 また,刊行物1には,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩を配合する殺菌剤組成物が記載されているものの,刊行物1に記載の組成物はポビドンヨードに加えて他の殺菌剤成分を含有するものである。そして,刊行物1に記載のポビドンヨードを含有する殺菌剤は他の殺菌剤成分であるヨウ素酸塩により安定化されたものであることから,この他の殺菌剤成分は,刊行物1に記載の殺菌剤組成物において必須の成分と認められる。すると,刊行物1に記載の組成物において必須の成分として配合された他の殺菌剤成分を除き,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有する組成物を得ることは,刊行物1の記載からは,当業者が容易に想到することができるものとは認められない。 これに対して,本件訂正発明は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみを含有するものに,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%を共存させることにより,優れた殺菌力を有するものである(本件訂正明細書2〜6頁の殺菌力試験例1〜3参照)。 そうしてみると,本件訂正発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 (イ) 本件訂正発明は,刊行物1のほか,甲14,16ないし21に記載された発明に基づいても,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 ウ 無効理由3について 請求人(原告)は,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合に如何なる殺菌力が得られるかについて,本件訂正明細書には何ら具体的な試験結果が示されていないので,本件訂正明細書の発明の詳細な説明は特許法36条3項(平成2年法律第30号による改正前のもの。 以下同じ。)に規定する要件を満たしていない旨の主張を行っている。 しかし,本件訂正明細書2頁下から4行〜3頁下から3行には,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物(処方7)が記載されており,これらの殺菌剤組成物を試料とし殺菌力に関する試験(殺菌力試験例1)を行った旨が記載されている。 また,本件訂正明細書には,「本発明の目的は,有用な殺菌性物質であるポビドンヨードの殺菌力を更に向上させることにある。本発明者等は上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果,アニオン系界面活性剤を共存させるとポビドンヨードの抗菌力が著しく増強するとの知見を得た。」(1頁下から7〜3行),「本発明による殺菌剤組成物において,アニオン系界面活性剤としては,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質が用いられる。」(2頁11〜13行)と記載されており,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムは,本件訂正発明におけるアニオン系界面活性剤の選択肢の1つとしてジオクチルソジウムスルホサクシネートと並列的に記載されている。すなわち,本件訂正発明においては,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムはジオクチルソジウムスルホサクシネートと同じように作用し,同等の結果が得られるものとして認識されているものと認められる。そして,ジオクチルソジウムスルホサクシネートとポビドンヨードの併用した場合の殺菌力試験の結果については,表1-b(本件訂正明細書4頁)にジオクチルソジウムスルホサクシネート1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物の処方例(処方6)の試験結果が,表2-b(同5頁)にジオクチルソジウムスルホサクシネート0.25g,0.5g又は1.0g,及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物の処方例(処方2-1,処方2-2,処方2-3)の試験結果が,表3-b(同6頁)にジオクチルソジウムスルホサクシネート0.025g及びポビドンヨード1gを含有する殺菌剤組成物の処方例(処方3-3)の試験結果がそれぞれ記載されている。 このように,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとポビドンヨードを併用した殺菌剤組成物は本件訂正明細書に「処方7」として記載されており,その殺菌力試験の方法が記載されており(殺菌力試験例1の記載参照),さらに,本件訂正発明においてポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムと同じように作用し,同等の結果が得られるものとして認識されているジオクチルソジウムスルホサクシネートに関して,ポビドンヨードと併用した場合の殺菌力試験の結果が記載されていれば,当業者であれば,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する組成物の殺菌効果を追試することができるものと認められ,また,その結果に関しても,ジオクチルソジウムスルホサクシネートと併用した場合の効果の記載があれば,当業者が通常予想できるものと認められる。 そうしてみると,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合の具体的な試験結果が明細書に記載されていなくとも,本件訂正発明の詳細な説明の記載は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する殺菌剤組成物について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているものと認められる。 そして,乙第4号証(本訴甲7)として提出された「当社特許(特公平7-2646)に関する殺菌力試験4」における,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物の処方(処方4)の殺菌力試験の結果より,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することは確認できる。 エ むすび 以上のとおりであるから,原告の主張する理由及び提出した証拠方法によっては,本件特許を無効にすることはできない。 |
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当事者の主張
(原告の主張する本件審決の取消事由) 本件審決は,訂正の適否の判断を誤って(取消事由1)訂正を認容した上, 本件訂正発明が,刊行物1に記載されたものではないとして新規性の判断を誤り(取消事由2),本件訂正発明が,刊行物1に記載された発明に基づいてその出願前に当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないとして進歩性の判断を誤り(取消事由3),本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載がその記載要件を満たしていないのに,その要件を満たしている旨誤って判断した(取消事由4)ものであり,また,本件審決にはこれを取り消すべき手続上の瑕疵がある(取消事由5)ものであるから,取り消されるべきである。 1 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り) 前記訂正前の特許請求の範囲の請求項1について訂正aを認容した本件審決の判断は,誤りである。 (1)ア 訂正aに係る訂正後の請求項1には,「殺菌剤の有効成分」という全く新しい概念が挿入されているが,「殺菌剤の有効成分」については,本件特許の最初の願書に添付された明細書(甲3)にも,本件特許明細書(甲2)にも,何らの説明も記載されていない。 したがって,「殺菌剤の有効成分」という新たな概念を本件特許明細書の特許請求の範囲に挿入する訂正は,特許法126条1項のいずれの規定にも該当しない。 イ また,かかる訂正は,特許請求の範囲に不明りょうな概念を加入することにより,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであるから,特許法126条2項の規定に違反する。 ウ 同時にこの訂正は本件特許明細書に記載した事項の範囲内のものでないから,特許法126条1項ただし書きの規定にも違反するものである。 (2) 被告は,本件特許明細書には,「ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%を唯一の殺菌剤の有効成分とする記載しかないから,訂正aは,本件特許明細書又は図面に記載した事項の範囲内であることは明らかである。」と述べているが,被告が主張する「ポビドンヨード・・・を唯一の殺菌剤の有効成分とする」という記載は本件特許明細書のどこにも見られない。 2 取消事由2(新規性の判断の誤り) 本件審決は,刊行物1の「殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムは,甲 8の試験結果より殺菌成分と認められる。」と認定した上で,「本件訂正発明は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有し,かつ,アニオン系界面活性剤としてポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム,すなわち炭素原子数12のラウリル基を有する物質を含有するものであるのに対して,刊行物1に記載のものは,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードに加えてヨウ素酸カリウムを含有し,かつ,アニオン系界面活性剤として含有するポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩におけるアルキル基の炭素原子数に関する記載がない点において相違する。」と認定し,「本件訂正発明は刊行物1に記載されたものではない」と判断したが,誤りである。 (1) まず,本件審決は,刊行物1の殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウム は,甲8に記載の試験結果より殺菌成分であると認定するが,誤りである。 ア 甲8について (ア) 甲8に記載の試験は,「試料」として,ヨウ化カリウム液,ヨウ化カ リウムにヨウ素酸カリウムを加えた液の2つの試料についてしか殺菌力試験が行われていず,ヨウ素酸カリウムそのものについては,直接,何らの殺菌力試験も行われていない。 ヨウ素酸カリウムそのものについて殺菌力試験を行うことは本来可能であるにもかかわらず,ヨウ素酸カリウムについての直接の試験結果を何ら確認することなしに,殺菌成分と認められると結論した本件審決の認定は,その論旨自体からしても失当である。 (イ) 甲8に記載の試験は,被告の社内的なものであって,公的機関によって厳正・中立に行われたものではない。 また,甲8は,本件審判手続において,被告が平成13年5月15日付け意見書に添付して乙第6号証として提出したものであるが,原告は これに対し意見を述べる機会を与えられなかったものである。 したがって,甲8を証拠として,上記のような認定を行うことは許されない。 イ 第三者機関である財団法人食品薬品安全センター秦野研究所の「ヨウ素酸カリウムの殺菌効果試験」(甲9),「ヨウ化カリウムの殺菌効果試験」(甲10),「ヨウ化カリウム・ヨウ素酸カリウムの殺菌効果試験」(甲11)の各試験結果によれば,ヨウ素酸カリウムが何ら殺菌力を有しないことは極めて明白である。 なお,被告は,甲11の試験結果はpHを調整して試験すべきところを無調整で行ったことによる結果であって,この試験結果からヨウ素酸カリウムに殺菌力が認められないと結論づけることはできないなどと主張している。しかし,試験結果に影響を与える条件であれば試験結果の報告書にその旨明記されてしかるべきところ,甲8には設定されたpHに関する条件は何ら記載されていない。甲11に記載の試験は,甲8に記載の試験と同じ条件で追試したものである。 ウ 第三者機関である北里環境科学センターの報告書(甲24)は,刊行物1に記載されている「手洗浄液の典型的な処方」(甲15の59頁1〜21行)及び「外科用洗浄液の典型的な処方」(同60頁13〜35行)のそれぞれについて,ヨウ素酸カリウムを添加した試料と添加しない試料を作り,ポビドンヨード製剤の殺菌力を調査したものであるが,この試験結果はいずれも十分な殺菌力を示し,殺菌力に何らの優劣の相違も認められていない。それ故,この試験結果によっても,ヨウ素酸カリウムが,何ら殺菌作用を有する物質ではないことは明らかである。 エ(ア) 被告は,この点に関し,ヨウ素酸カリウムを単独で使用した場合に, 殺菌作用が得られると主張しているのではないとした上,ヨウ素酸カリウムはヨウ素イオンを生成するヨウ化カリウムやポビドンヨードと共存したときは,下記式(1)で明らかなとおり殺菌剤であるヨウ素を生成するものであり,したがってヨウ素酸カリウムは殺菌剤の有効成分である旨主張する。 5I- + IO3- + 6H+ → 3I2 + 3H2O (1) (イ) しかし,本件審決は,「これら殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムは,乙第6号証(本訴甲8)として提出された試験結果より殺菌成分と認められる」と認定しているのであって,この認定を素直に読めば,ヨウ素酸カリウムそのものが殺菌剤であると認定していることは極めて明らかであり,被告の主張はこれに反するものである。 (ウ) また,被告の論旨自体,ヨウ素が殺菌剤であり,ヨウ素酸カリウム自体は殺菌剤ではないことをいうものである。上記式(1)に記載されるようにヨウ素酸カリウムは,ヨウ素イオンの酸化剤として作用しているだけである。 なお,同じく遊離ヨウ素を生じるものであっても,ポビドンヨードは殺菌成分であるが,ヨウ素酸カリウムは殺菌成分ではない。すなわち,ポビドンヨードにはヨウ素が複合体として含まれており,水溶液中ではヨウ素が遊離するものであり,一方,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合液は,上記式(1)に示すとおり,化学反応によりヨウ素(I2)を生成しているもの,つまりヨウ素が存在しない状態からヨウ素を生成しているものである。「遊離するもの」と「生成するもの」とでは根本的に異なるものである。 オ したがって,刊行物1に記載された「手洗浄液の典型的な処方」及び「外科用洗浄液の典型的な処方」について,これら殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムは,甲8として提出された試験結果より殺菌成分と認められるとした本件審決の認定は重大な誤りを犯したものである。 (2) 次に,本件審決は,刊行物1には,ポリオキシエチレンアルキルエーテル 硫酸塩のアルキル基の炭素原子数に関する記載がないと認定するが,誤りである。 アニオン系界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩としてポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムが使用されることは,当業者において本件特許の出願前に周知であり,かつ,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムがポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩として典型的で代表的なものであったといえる。 そして,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムは,炭素数12のラウリル基のみを含有しているものをいうのではなく,炭素数12のラウリル基を中心とし,他の炭素数を有するアルキル基をも含有するポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムが,刊行物1において「ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩」と総称されているのであるから,刊行物1に記載されたポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩は,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムと同じものである。 したがって,刊行物1には「ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩のアルキル基の炭素原子数に関する記載がない」とした本件審決の認定は誤りである。 (3) 被告は,本件訂正発明に係るものは刊行物1に記載されたものとは使用目的,成分ないし処方,作用効果において異なるものである旨主張する。 しかし,刊行物1に記載された「殺菌手洗浄液」及び「外科用洗浄液」は,まさしく本件訂正発明で言う殺菌剤組成物であり,両者の使用目的になんらの相違もない。 また,組成が異なるものではないことは前記したとおりである。そして,本件訂正発明は,遊離ヨウ素の濃度を増加させないでポビドンヨードの殺菌力を高めることを可能にしたものであると述べているが,本件訂正明細書には「遊離沃素測定試験例」という項目が見られるものの,本件訂正発明の本質が遊離ヨウ素の濃度を増加させないでポビドンヨードの殺菌力を高めることを可能にしたものである,などというようなことは何ら記載されていないし,その事実を立証するようなデータは全く記載されていない。 したがって,本件審決の「本件訂正発明は甲第2号証(刊行物1(本訴甲15))に記載されたものではない」とする判断は,誤りである。 3 取消事由3(進歩性の判断の誤り) 本件審決は,刊行物1に記載の「ポビドンヨードを含有する殺菌剤は他の殺菌剤成分であるヨウ素酸塩により安定化されたもの・・・であることから,これらの他の殺菌剤成分はいずれも刊行物1・・・に記載の殺菌剤組成物において必須の成分と認められる。」と認定し,この認定に基づいて,「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有する組成物を得ることは,刊行物1・・・の記載からは,当業者が容易に想到することができるものとは認められない。」と判断するが,誤りである。 (1) ヨウ素酸カリウムは何らの殺菌力を有するものではなく,殺菌成分には該当しないことは,取消事由2で詳述したとおりであるから,ヨウ素酸カリウムを「他の殺菌成分」であるとの認定に基づく上記判断もまた誤りである。 (2) ヨウ素酸カリウムは殺菌成分ではないから,刊行物1には,事実として,殺菌剤としてポビドンヨードと,陰イオン界面活性剤から成る殺菌剤組成物が開示されており,本件特許の出願日当時,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムが陰イオン界面活性剤として作用することは当業者に周知のものであった。 しかして,界面活性剤がポビドンヨードの殺菌作用を高めることは甲17(1欄55〜60行)にも記載されており,刊行物1の記載から本件訂正発明に係る殺菌剤組成物を考え出すことは同業者であれば容易に想到できたことというべきである(甲25の鑑定書参照)。 (3) 「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有する組成物を得ることは,刊行物1の記載からは,当業者が容易に想到することができるものとは認められない」とした本件審決は,明らかに誤りである。 4 取消事由4(発明の詳細な説明の記載要件の判断の誤り) (1) 本件審決は,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合の具体的な試験結果が明細書に記載されていなくとも,本件訂正発明の詳細な説明の記載は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する殺菌剤組成物について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているものと認められる。」と判断するが,誤りである。 ア 本件訂正明細書には「処方7」(ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物)を試料とし殺菌効果に関する試験を行ったことは何ら記載されていない。本件訂正明細書には「本発明による殺菌剤組成物(処方例5及び6)の抗菌力は他の殺菌剤組成物と比較して著しく優れていることが判明した。」と記載され,「処方7」については殺菌効果に関する試験が行われた痕跡は全くない。 したがって,本件訂正明細書の記載に基づいて,ポビドンヨードとともにポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを使用した場合の殺菌効果を論ずる余地は全くない。 イ 本件審決は,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムは,本件訂正発明におけるアニオン系界面活性剤の選択肢の1つとしてジオクチルソジウムスルホサクシネートと並列的に記載されている。すなわち,本件訂正発明においては,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムはジオクチルソジウムスルホサクシネートと同じように作用し,同等の結果が得られるものとして認識されているものと認められる。・・・同等の結果が得られるものとして認識されているジオクチルソジウムスルホサクシネートに関して,ポビドンヨードと併用した場合の殺菌力試験の結果が記載されていれば,当業者であれば,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する組成物の殺菌効果を追試することができるものと認められ,また,その結果に関しても,ジオクチルソジウムスルホサクシネートと併用した場合の効果の記載があれば,当業者が通常予想できるものと認められる。」との各認定を根拠に上記判断をしたものであるが,これらの認定は誤りである。 単に,「並列的に記載されている」からという理由のみで,「同等の結果が得られるものとして認識されている」などという結論を導く余地は全くあり得ない。本件訂正明細書に記載されている「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」は,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」とは,化学構造が全く異なる物質であるから,その一方から他方の効果を類推することは不可能である。 ウ 被告は,発明の効果の存在を確証するに足る試験データが記載されていなければ当業者にとって当該発明の実施が困難である場合を別にして,発明の効果の存在を確証するに足る試験データが記載されていないからといって直ちに特許法36条3項の要件を欠くことになるわけではないとして,東京高裁昭和55年12月25日判決・無体財産権関係民事・行政裁判例集12巻2号742頁の裁判例を引用している。 しかしながら,引用された裁判例の対象となっている化学物質は,効果の存在が確証されている物質とその化学構造はほぼ同じで,末端の一部の置換基が異なっているものにすぎない。しかるに,本件訂正発明の場合は,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムは,ジオクチルソジウムスルホサクシネートとは化学構造が顕著に異なり,したがって化学的性質も大きく異なるものであるから,引用された裁判例とは事案が全く異なるのである。 ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムは,ジオクチルソジウムスルホサクシネートとは構造式が大きく異なり,当然,作用,働き,効果等が相違するものであるから,ジオクチルソジウムスルホサクシネートの試験結果から,直ちにポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムが同じ効果を持つと類推することは,困難というべきである。 エ 本件訂正発明は,ポビドンヨードのみと,特に選択的にポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを用いると殺菌効果が著しく増強するという,まさに,選択発明に該当するものであるから,かような特定の選択発明が特許要件を充足するといい得るためには,先ず第1に,かような特定の選択発明が本件訂正明細書に開示されていなければならないことはいうまでもない。 しかるに,本件訂正明細書には,本件訂正発明の特定の組み合わせの効果が全く開示されていないのである。 オ したがって,本件訂正明細書は,当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的,構成及び効果が記載されているものと認められるとの本件審決の認定判断は,誤りである。 (2) 本件訂正明細書における発明の詳細な説明の記載要件の具備に関し,本件審決は,「乙第4号証(本訴甲7)として提出された「当社特許(特公平7-2646)に関する殺菌力試験4」における,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤 組成物の処方(処方4)の殺菌力試験の結果より,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することは確認できる」と判断しているが,誤りである。 ア 本件審判請求事件において被請求人である被告が乙第4号証(本訴甲7)を提出したのは,その本件審判手続中である。甲7記載の試験結果は本件特許の出願後の事実であって,本件訂正発明が特許要件を充足することを何ら立証する資料ではない。にもかかわらず,上記事件の審判官がこれを上記出願時の実施例と同等の事実として取り扱ったのは妥当でない。 イ 第三者機関である食品薬品安全センター秦野研究所において行われた追試試験結果(甲12)によれば,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することを確認できる事実は全く得られない。 被告は,甲12記載の試験は,初発菌数が比較的低いために,試験液中で試験菌が死滅し生菌がない結果を招いたものである旨主張している。 しかし,甲12記載の試験における初発菌数はこの種の試験として極めて妥当な条件に該当し,何ら非難されるべきものではない。 このように適切な条件設定の下に行われた甲12記載の試験結果に基づいて殺菌力増強効果が認められなかったということは,本件訂正発明の効果が再現されなかったということにほかならない。 ウ 乙9記載の試験は,被告の社内で行ったものである甲7記載の試験を第三者機関で追試するというのが目的であったはずであるのに,乙9記載の試験は甲7記載の試験と同じ条件下で行われておらず,特に添加菌数を操作しているものである。しかも,甲7記載の試験結果を乙9の試験結果と比較すると,両者は相違しており,明らかに再現性がないことが認められる。 エ したがって,甲7記載の試験結果より,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することが確認できるということはできない。 (3) 以上のとおりであるから,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する殺菌剤組成物について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているものと認められるとした本件審決の認定判断は,誤りである。 5 取消事由5(手続違反) 本件審判手続において,審判官は,本件審判手続中に被告から提出された証拠を本件審決の基礎と採用したが,上記証拠を採用するにあたり,上記証拠が提出されたことを原告に通知せず,これに対して意見を述べる機会を与えなかった。したがって,本件審決にはこれを取り消すべき手続上の瑕疵がある。 (1) 特許の無効審判制度における事件の審理は,通常の裁判手続の第1審にあたるものを,その事件の専門性に鑑みて,専門的技術的行政機関である特許庁で,民事訴訟類似の準司法的な手続を経て行れるものであるから,その手続は民事訴訟法にのっとり,厳格かつ公平な審理が行われなくてはならない。 民事訴訟法2条では「裁判所は,民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」とされている。言うまでもなく,証拠調は,事実認定の基礎となるものであり,審決や判決の基礎となるものであるから,両当事者に公平に証拠が提示され,これに対し意見を陳述する機会が与えられなくてはならない。 (2) 本件審決は「そして,乙第4号証(本訴甲7)として提出された「当社特許(特公平7-2646)に関する殺菌力試験4」における,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物の処方(処方4)の殺菌力試験の結果より,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することは確認できる」と認定している。また,本件審決は,刊行物1について,「これら殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムは,乙第6号証(本訴甲8)として提出された試験結果より殺菌成分と認められる」と認定している。 本件審決が採用した上記乙第4号証(本訴甲7)と乙第6号証(本訴甲8)は被告が平成13年5月15日付けの意見書に添付し他の証拠とともに特許庁に提出したもののようであるが,これらの証拠書類については審判請求人に一切事前に通知されることなく,弁駁の機会も与えられていない。 これらの証拠書類は本件審決の結論を導く上で大きな役割を果たしているにもかかわらず,その試験内容と結果は到底正当なものであるとは言えないものである。 もし,本件審決前に原告に送付されていれば,原告は本訴で述べた如き主張を当然することができたのに,原告はその機会を奪われたものである。 (3) この点に関し,被告は,原告は本件審判手続において一件記録を閲覧しているから,上記各書証を本件審決前に送達してその内容を知らしめる手続をとらなくても,本件審判手続を違法ということはできない旨主張している。 しかしながら,書類閲覧は審判の経緯を見るためにしたものであって,これによって書類の送達や意見を述べる機会の保障という目的が達成されるのであれば,当事者に書類を送達して同書類の記載内容に対して反論の機会を与える必要は一切いらないことになってしまう。被告の主張は,失当である。 (4) 以上のとおり,本件審判手続においては,両当事者に公平に主張・立証の機会が与えられたものとは到底いえず,したがって,本件審判手続には重大な瑕疵がある。 (被告の反論) 本件審決には原告が主張する取消事由は存在せず,本件審決の認定判断に誤りはなく,また,本件審決にこれを取り消すべき手続上の瑕疵はない。 1 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)について 本件訂正発明が,他の成分を殺菌剤の有効成分として含有した殺菌剤組成物を含まないことは明らかであるから,訂正aに係る訂正により特許請求の範囲が減縮されていることは明らかである。 そして,本件特許明細書には,ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%を唯一の殺菌剤の有効成分とする記載しかないから,訂正aは,本件特許明細書又は図面に記載した事項の範囲内であることは明らかである 。 原告は,訂正aに係る訂正後の特許請求の範囲に記載の「殺菌剤の有効成分」という用語が,新しい概念であるから,訂正aは新規事項の追加である旨主張するが,新規事項の追加であるか否かは,「用語」や「概念」が追加されたか否かではなく,かかる訂正によって特許請求の範囲に記載された発明が,本件特許明細書に過不足なく記載されているか否かで決せられるべきものである。 さらに,殺菌剤の有効成分なる概念が不明瞭であるとの原告の主張は,全く根拠がなく,また,それ故に,訂正aが,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであるとの原告の主張は,全く理由がない。 2 取消事由2(新規性の判断の誤り)について (1) 刊行物1の殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムが殺菌成分であることについて ア 原告は,ヨウ素酸カリウム単独での殺菌作用を論じるが,被告は,ヨウ素イオンと混合したときに殺菌剤の有効成分(殺菌成分)と評価できるものと主張するものであり,原告は,被告の主張及び本件審決の認定判断を誤解している。 ヨウ素酸カリウムは前記(原告の主張する本件審決の取消事由)2(1)エ記載の式(1)により,ヨウ素イオン存在下で殺菌剤であるヨウ素を生成するものである。また文献(乙7)にも殺菌剤と記載されているから,殺菌成分ということができるのである。 イ 甲11記載の試験において,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合液について,殺菌効果は認められないとの試験結果が得られているが,一般に,ヨウ素酸イオンとヨウ素イオンから遊離ヨウ素が生成する反応は,低いpHにおいては非常に早く進行し,pHが7以上になるとほとんど起こらなくなることが知られており(乙8の3頁右上欄〜左下欄),乙6記載の試験結果は,この公知の事実を反映している。 甲11記載の殺菌試験においては,pHを調整しない滅菌蒸留水中で行われ,かつ試験液の調製直後であったため,ヨウ素の生成が少なく殺菌効果が観察されなかったものと考えられる。当業者の常識に従ってpHを調整して試験すべきところを無調整で行った甲11記載の試験によっては,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合液について,殺菌効果が認められないと結論づけることはできない。 ウ 原告は,ヨウ素酸カリウム及びヨウ化カリウムの混合溶液で殺菌作用があったとしても,ヨウ素が殺菌剤の本体であって,ヨウ素酸カリウム自体は殺菌剤ではないと主張する。 しかしながら,殺菌剤の本体でなければ殺菌剤の有効成分といわないとするならば,ポビドンヨードは殺菌剤ということができず,化学常識に反することとなる。すなわち,ポビドンヨードが殺菌剤であることは化学常識であるが,このものは下記の式(2)のとおり,ヨウ素とポリビニルピロリドンとで形成される水溶性の複合体であり,水溶液中で生成するヨウ素が殺菌剤の本体なのである。 ← PVP・nHI3 → PVP+nI2+nI-+nH+ (2) (PVPは,ポリビニルピロリドンを表す。) ヨウ素酸カリウムはヨウ素イオンと共存したときは,ヨウ素酸カリウムに由来して,典型的な殺菌剤であるヨウ素を生成するのであるから,ヨウ素酸カリウムもまた殺菌剤の有効成分といえるのである。 エ 原告は,甲24記載の試験結果において,ヨウ素酸カリウムを添加した処方のポビドンヨード製剤と,ヨウ素酸カリウムを何ら添加しない処方のポビドンヨード製剤とは,いずれも十分な殺菌効果を示し,殺菌効果に何らの優劣の相違も認められないから,ヨウ素酸カリウムは殺菌剤の有効成分ではないと主張している。 しかし,本件訂正発明は,従来のポビドンヨード製剤の殺菌力増強が,遊離ヨウ素の濃度を高める方法でなされていることに鑑み,遊離ヨウ素の濃度を増加させないでポビドンヨードの殺菌効果を高めるものとして成立しているのであって,両者の殺菌効果が同等である,との原告が主張する事実こそ,本件訂正発明の優れた効果を示すものである。原告の上記主張は全く理由がない。 オ したがって,刊行物1記載の殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムが殺菌成分であるとした本件審決の認定判断に誤りはない。 (2) ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩のアルキル基の炭素原子数に 関する記載がないことについて ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩は,異なるアルキル基を有す るこの種類の界面活性剤の総称であり,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸塩(アルキル基の炭素原子数12のもの)などの特定の炭素原子数アルキル基の界面活性剤を意味するものではない。 文献に,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸塩を使用した洗浄剤が知られていたとしても,刊行物1記載のポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩は,アルキル基の炭素原子数を特定したものではなく,本件訂正発明に係る炭素原子数12のラウリル基を有するポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸塩とは相違する。 したがって,この点に関する本件審決の認定に誤りはない。 (3) そもそも,本件訂正発明に係る組成物と刊行物1に記載された組成物とは使用目的,成分ないし処方,作用効果が根本的に異なるものであって,別異の組成物であるから,本件訂正発明は新規性を有するものである。 3 取消事由3(進歩性の判断の誤り)について (1) 原告の主張は,ヨウ素酸カリウムが殺菌剤の有効成分ではないことを前提にしたものであるが,既に述べたとおり,原告の主張の前提である「ヨウ素酸カリウムが殺菌剤の有効成分ではない。」ということ自体が誤りである。この点において,原告の主張はその根拠を欠くものである。 (2) 本件訂正発明は,アニオン系界面活性剤を共存させるとポビドンヨードの殺菌力が著しく増強するとの新たな知見に基づくものである。 刊行物1に記載された処方は,ポビドンヨードに加えて,ヨウ素酸カリウムを含有するものであり,ヨウ素酸カリウムに由来するヨウ素が生成するから,ポビドンヨードのみが存在する場合に比較して,遊離ヨウ素の濃度を増加させることになる。この意味で,刊行物1に記載された処方は,従来技術による遊離ヨウ素の濃度を高めて殺菌力を増強するものでしかない。遊離ヨウ素の濃度を増加させないでポビドンヨードの殺菌効果を高めることを本旨とする本件訂正発明とは全く異なるものである。 甲14,甲16ないし甲21に記載された発明にも,本件訂正発明の上記技術思想の開示,示唆はない。 4 取消事由4(発明の詳細な説明の記載要件の判断の誤り)について (1) ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと 併用した場合の殺菌剤組成物についての発明の詳細な説明の記載要件について ア 特許法36条3項は,明細書の記載が当業者をして当該発明の実施を容 易に可能ならしめる程度のものであることを要求するにとどまるものであるから,当該発明の効果の存在を確証するに足る実験データが記載されていなければ当業者にとって当該発明の実施が困難である(本件訂正発明の場合,殺菌効果がない。)場合を別にして,発明の効果の存在を確証するに足る実験データが記載されていないからといって,直ちに同条項の要件を欠くことになるわけではない(東京高裁昭和55年12月25日判決・無体財産権関係民事・行政裁判例集12巻2号742頁)。 本件訂正発明に関しても,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用したものが殺菌効果を有しないことが明らかである場合を除き,本件訂正明細書に記載の「処方7」(ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物)についての殺菌効果に関するデータが記載されていないからといって,同明細書の記載が特許法36条3項の規定に違反することはないというべきである。 本件の場合,ポビドンヨードのみとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用したものについて殺菌効果に関するデータが記載されていなければ,当業者にとって本件訂正発明の実施が困難であるという事情は全く存在しない。 したがって,原告の主張は,主張自体失当といわざるを得ない。 イ 原告は,本件訂正発明が,アニオン系界面活性剤のうちジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択されたアニオン系界面活性剤をポビドンヨードと組み合わせることにより,その殺菌効果が著しく増強することを見いだした選択発明であるとする以上,その効果が確認されなくてはならないなどと主張するが,本件訂正発明は,ポビドンヨードの殺菌効果が著しく増強するといった作用効果を奏するようにすることを目的とするものでは全くない。原告の上記主張は,被告の主張を誤解したものであり,その主張自体が失当である。 本件訂正発明は,アニオン系界面活性剤の存在によって,遊離ヨウ素がより多くの標的部位(微生物表面)に到達しやすくなるとの知見を得たことに基づき成立したものであり,この点で,進歩性があるのである。ところが,訂正前の特許請求の範囲のままでは,前記の進歩性はあるが刊行物1のような先行技術と一部重複するために新規性がないとされる可能性があったため,重複部分を除外するために訂正を行ったものである。 以上の次第であるから,選択的にジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを用いると殺菌効果が著しく増強する効果を明細書に記載しなければならないとする原告の主張は全く理由がない。 (2) 甲7記載の殺菌力試験の結果より,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」を配合した本件訂正発明の殺菌剤組成物が優れた殺菌力を有することが確認できるかについて ア 甲12記載の試験では,ポビドンヨードのみの場合とポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した場合のいずれについても,生菌数を寒天培地上で検出できなかった結果を示している。 しかし,両者の殺菌効果の比較をする試験において,少なくとも,ポビドンヨードのみを含有する試験液の場合には,その結果において生菌数が検出できる必要があるのであって,そのための条件を設定して,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する試験液の殺菌効果を測定すべきものである。試験結果として生菌数を比較できないこととなるような試験は,その試験条件が不適切であるといわざるを得ず,到底参考にならない。 イ 被告は,第三者機関である日本食品分析センターに依頼して,ポビドンヨードのみ及び本件訂正明細書記載の「処方7」の組成物について,甲7記載のものも含めた4種類の添加菌数を設定して試験を行った。その試験の結果(乙9),同じ添加菌数で比較すると,何れも,ポビドンヨードのみの試験液よりポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する試験液の殺菌効果が勝ることが裏付けられた。 そして,甲7記載の試験結果と同じオーダーの添加菌数の結果とは整合するものであって,乙9記載の試験結果が再現性がないという原告の主張は,根拠がない。 なお,この試験において,添加菌数を減少させた場合には,両試験液での生菌数が少なくなり,殺菌効果に差異が認められなくなる傾向にあることが分かった。このことは,甲12記載の試験においては,菌数が過少で不適切であったことを示すものである。 ウ 原告は,甲7(審判乙第4号証)が提出されたのは,本件審判手続中であり,甲7に記載の試験結果は本件特許の出願後の事実であって,本件訂正明細書が特許要件を充足することを何ら立証する資料ではない旨主張する。 前記のとおり,本件訂正明細書記載の上記「処方7」についての殺菌効果に関するデータが記載されていなければ,当業者にとって本件訂正発明の実施が困難になるわけではないから,特許法36条3項所定の要件の具備という観点において,上記「処方7」に関するデータの記載は,必須ではない。甲7記載の試験結果及び本件訴訟において被告が提出した乙9記載の試験結果は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明が特許法36条3項所定の要件を具備するために絶対に必要というわけではないが,念のために提出したものである。 上記のとおり,甲7記載の上記「処方7」に関するデータは,必ずしも当業者が本件訂正発明の実施を行うに当たって必要不可欠というわけではないから,上記データの提出時期を論じること自体意味がない。 原告の上記主張は失当である。 (3) したがって,本件審決を取り消すべき事由4に関する原告の主張も理由がない。 5 取消事由5(手続違反)について (1) 本件審判手続において提出された甲8(審判乙第6号証)等の証拠については,法律上,送達が必要な書類とはされておらず,それらが原告に送達されたのが本件審決の日以降であったとしても,手続的に違法な問題が生じるわけではない。 (2) 甲8(審判乙第6号証)は,被告が平成13年5月15日付けの意見書に添付の証拠方法として提出したものであるところ,原告は,一件記録を検討した上で,平成13年10月18日付けの審判事件第2弁駁書において,被告の上記意見書の内容をも踏まえた上で,反論を行っている。このように,自ら記録を検討し,反論しておきながら,意見を述べる機会が与えられなかったなどと主張するのは,背理であり,原告の主張は,考慮に値しない。 (3) いずれにしても,本件審判手続に本件審決の結論に影響を与えるような瑕疵がないことは明白であり,かつ,意見を述べる機会を与えられなかったとの原告の主張自体,事実に反するといわざるを得ない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)について 原告は,訂正a(本件特許明細書の特許請求の範囲に【請求項1】ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%と,アニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%と,溶媒とを含有していることを特徴とする,殺菌剤組成物。」とあるのを,「【請求項1】殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみと,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%と,溶媒とからなる殺菌剤組成物。」と改める訂正)を認めた本件審決は,「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみ」と改める訂正を認容した点において,誤りである旨主張する。そこで,以下検討する。 (1) 本件特許明細書(甲2)には,「殺菌剤の有効成分」という用語自体は用いられてはいない。 ところで「殺菌」とは「有害微生物を死滅させること」(乙1の103頁)である。殺菌剤のうち2以上の成分を含む殺菌剤(このものを「殺菌剤組成物」という。)においては,その成分に少なくとも「殺菌」成分,すなわち「有害微生物を死滅させる」作用効果を有する成分が存在することは当然である。この殺菌剤組成物中の「殺菌の作用効果を有する成分」は,殺菌剤組成物(上位概念では「殺菌剤」)の有効成分と言い換えることができ,この成分を「殺菌剤の有効成分」なる用語を用いて表現することは,何ら新しい概念を導入することでも,曖昧な概念を挿入するものでもないというべきである。 (2) 訂正aにおいて,本件特許明細書の特許請求の範囲の【請求項1】に「ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%と,」とあるのを「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみ」と改めることによって,本件訂正発明は,本件特許明細書の請求項1に記載される発明に含まれる,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード以外の他の殺菌剤の成分を含有する場合が除外されることになる。 したがって,訂正aにおいて,上記のとおり「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみ」と改めることは,特許法134条2項ただし書き1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認められる。 (3) 本件特許明細書に,ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%を唯一の殺菌剤の有効成分とすることが記載されていることは,例えば処方6の記載から明らかであるから,上記のとおり,訂正aにおいて「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみ」と改めることは,本件特許明細書又は図面にそれぞれ記載した事項の範囲内であると認められる。したがって,訂正aの上記訂正は,特許法134条2項ただし書の規定に違反するものではない。 (4) 殺菌剤の有効成分なる概念が不明りょうであるとの原告の主張に根拠がないことは前示のとおりである。 したがって,訂正aにおいて,上記のとおり「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみ」と改めることが実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであるとする原告の主張は,理由がない。 (5) 以上のとおりであるから,訂正aにおいて,上記のとおり,「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみ」と改めることを認容した本件審決の判断に,誤りはない。 2 取消事由2(新規性の判断の誤り)について (1)ア 刊行物1(甲15)の「殺菌手洗浄液」と題する項には以下の記載がある。 (ア) ヨードで安定化された殺菌性ヨード手洗浄液は,現在アメリカ合衆国及びヨーロッパで市販されている。殆どの処方は,0.05%のヨードを供給する,0.5%ポビドンヨードに基づいている。この量の2倍及びこの 量の1.5倍を含有する市販品もまた入手することができる。例えば,殺菌というような製品の説明表示をするためには,多くの場合,微生物学的なテストをパスしなければならない。各国とも,その国独自の必要条件がある(58頁17〜23行,翻訳文1頁17行〜2頁2行)。 (イ) 「0.5%ポビドンヨード手洗浄液の典型的な処方 成分 量(%w/w) ポビドンヨード 0.50% アニオン洗剤1(100%基準) 3〜6% 泡安定剤2 0〜3% 緩衝剤3 0.1〜1% 粘度形成剤4 0〜1% ヨウ素酸カリウム 0.05〜0.20% 水 100%にする 1.典型的なアニオン洗剤はラウリル硫酸アンモニウム,硫酸化したアルキル エトキシレート及び硫酸化したノニルフェノール エトキシレートである。」 (59頁1〜11行,翻訳文2頁5〜16行) (ウ) 「5%ポビドンヨード外科用洗浄液の典型的な処方 成分 量(%w/w) ポビドンヨード 5.0% アニオン洗剤1(100%基準) 5〜15% 非イオン洗剤2 0〜10% 泡安定剤3 0〜4% 緩衝剤4 0.1〜1% 粘度形成剤5 0〜2% ヨウ素酸カリウム 0.05〜0.25% 水 100%にする 1.典型的なアニオン洗剤は硫酸化したアルキルエトキシレート及び硫酸化したノニルフェノール エトキシレートを含む。」(60頁13〜24行,翻訳文3頁2〜13行) (なお,翻訳文における「ヨウ化カリ」(2頁12行目及び3頁10行目)の記載は,弁論の全趣旨からみて「ヨウ素酸カリウム」の誤記であることは明らかであるから,そのように読み替えた。) イ 本件訂正発明と刊行物1(甲15)に記載されたこれらの処方を対比すると,両者は殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード約0.5又は5(w/v)%と,アニオン系界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩約3〜6又は約5〜10(w/v)%を含有する殺菌剤組成物である点で一致することは明らかであり,この点は本件審決の認定するとおりである。 (2) 原告は,本件審決は,@刊行物1記載の殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸 カリウムを殺菌成分であると誤って認定したことにより,刊行物1記載のものは,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのほかヨウ素酸カリウムを含有するものであると誤って認定し,A刊行物1に記載のものは,アニオン系界面活性剤として含有するポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩におけるアルキル基の炭素原子数に関する記載がない点において本件訂正発明と相違すると誤って認定したことにより,本件訂正発明は刊行物1に記載されたものではないと誤った判断したものであると主張する。そこで,以下検討する。 ア 刊行物1記載の殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムを殺菌成分であるとした本件審決の認定について (ア) 証拠(甲8ないし10,甲22ないし25及び乙6。いずれも試験結 果を記載したものであり,甲8を除くその余の書証に記載の試験は,その作成者及び弁論の全趣旨から,いずれも第三者機関により実施されたものであると認められる。)によれば,次の事実が認められる。 a ヨウ素酸カリウム水溶液には,調製直後及び3日後において,殺菌効果は認められない(甲9)。 b ヨウ化カリウム水溶液には,調製直後及び3日後において,殺菌効果は認められない(甲10)。 c ヨウ素酸カリウム及びヨウ化カリウムの混合水溶液 @ pHを調整しない水溶液 調製5分後の試験液を使用した場合,経過時間が1分までは殺菌効果は認められないが,経過時間が30分,60分において,8種類の菌のうち半数の菌種について殺菌効果が認められる。また,調整後3日間保存した試験液を使用した場合,経過時間が1分までに,上記8種類の菌のうち2ないし4の菌種についてのみ殺菌効果が認められ,経過時間が30分,60分において,上記8種類の菌のうち6の菌種について殺菌効果が認められる。そして,いずれの試験液についても経過時間が30分より60分の方が,さらに,調製5分後の試験液よりも調整後3日間保存した試験液の方が,それぞれ殺菌効果が大きいことが認められる(乙6の試験液@,A)。 A 酸性に調整した水溶液 調製5分後のpH4以下に調整した試験液を使用した場合,経過時間が1分以内に殺菌効果が認められる。調製5分後のpH5に調整した試験液を使用した場合,経過時間が1分までに,上記8種類の菌のうち6種類については殺菌効果が認められ,経過時間が30分までには上記全ての菌種について殺菌効果が認められる(乙6の試験液B,D,甲22の試験溶液3-1,3-2,3-3)。 菌種により差がみられるものの,pH5の溶液よりpH4の試験液の方が殺菌効果が大きいことが認められる(乙6の試験液B,D)。試験中に遊離ヨウ素が生成していることが認められる(甲23の試験溶液3-1,3-2,3-3。なお,甲25の「第3 理由」の「1)鑑定事項1)について」を参照)。 d ヨウ素酸カリウム及びポビドンヨードの混合水溶液には,殺菌効果が認められる(甲24の処方1,3,6,8)。 (イ) 以上の試験結果から,ヨウ素酸カリウム又はヨウ化カリウムを単独で含む水溶液には殺菌効果は認められないが,ヨウ素酸カリウム及びヨウ化カリウムを混合した水溶液は,酸性のものは溶液調製後直ちに,pHを調整していないものは溶液を調製して一定時間が経過すると,殺菌効果を有すること,及び酸性溶液においては遊離ヨウ素が生成することが確認されている,ということができる。 そして,証拠(乙8)によれば,ヨウ素酸カリウム及びヨウ化カリウムを混合した酸性水溶液において遊離ヨウ素が生成する反応式は,下記の式(1)で表されるものであると認められる(同3頁右上欄末行)。 5I-+IO3-+6H+ → 3I2+3H2O (1) そうすると,ヨウ素酸カリウムは遊離ヨウ素の原料物質ということができる。 (ウ) 一方,ポビドンヨードが殺菌剤であり,殺菌剤組成物においてポビドンヨードが殺菌成分であることは,当事者間に争いがない。 そして,殺菌剤組成物における殺菌成分は「殺菌剤の有効成分」と言い換えることができることは前記1に説示したとおりであるところ,証拠(乙4 C-2687・5〜10行)によれば,ポビドンヨードは,水溶液(水との組成物。殺菌剤組成物である。)中で下記の式(2)で表される平衡状態となり,遊離ヨウ素を生成するものと認められる。 → PVP・nHI3 ← PVP+nI2+nI-+nH+ (2) (PVPは,ポリビニルピロリドンを表す。) そうすると,ポビドンヨードは遊離ヨウ素の原料物質ということができる。 ところで,ポビドンヨードの殺菌作用は,ポビドンヨード自体が菌に作用することによるものではなく,ポビドンヨードを含有する溶液中において生成する遊離ヨウ素が菌に作用することによるものである(このことは当事者間に争いがない。)。 (エ) 上記(ウ)に説示したところから明らかなとおり,遊離ヨウ素のように菌 に直接作用する物質ばかりではなく,そのような物質を殺菌剤組成物中において生成する原料物質もまた殺菌剤の有効成分であると認められるべきである 遊離ヨウ素の原料物質であるという点においては,ポビドンヨードを含有する溶液におけるポビドンヨードも,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合した水溶液におけるヨウ素酸カリウムも,同じであるから,ポビドンヨードと同様に,ヨウ素酸カリウムは,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合した水溶液である殺菌剤組成物の殺菌剤の有効成分ということができる。 そして,ポビドンヨード及びヨウ素酸カリウムを含む水溶液(殺菌剤組成物)中において,ポビドンヨードは,上記式(2)で表される平衡状態で存在し,その水溶液中にはヨウ素イオンが存在するものと認められるから,この水溶液(殺菌剤組成物)中において,上記式(1)のとおり,ヨウ素酸カリウムとヨウ素イオンとの間で化学反応が生起し,遊離ヨウ素が生成するということができる。 したがって,ポビドンヨード及びヨウ素酸カリウムを含む水溶液である刊行物1記載の殺菌剤組成物において,ヨウ素酸カリウムは,遊離ヨウ素を生成する原料物質として殺菌剤の有効成分であるということができる。ヨウ素酸カリウムが文献(乙7)に殺菌剤として記載されていることは,上記認定の妥当性を裏付けるものである。 (オ) 原告は,被告は,この点に関し,ヨウ素酸カリウムを単独で使用した場合に,殺菌作用が得られると主張しているのではないとした上,ヨウ素酸カリウムはヨウ素イオンを生成するヨウ化カリウムやポビドンヨードと共存したときは,殺菌剤であるヨウ素を生成するものであり,したがってヨウ素酸カリウムは殺菌剤の有効成分である旨主張するが,本件審決は,ヨウ素酸カリウムそのものが殺菌剤であると認定しているのであって,被告の主張はこれに反するものである旨主張する。 しかし,本件審決は,「刊行物1に記載された殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムは,殺菌成分と認められる」と認定しているところ,同認定部分は,「刊行物1に記載された殺菌剤組成物」において,ヨウ素酸カリウムが殺菌剤の有効成分であることを認定しているものと解すべきである。そして,上記殺菌剤組成物にはヨウ素イオンが存在し,このヨウ素イオンとヨウ素酸カリウムとの間で上記式(1)のとおりの化学反応が生起し,遊離ヨウ素が生成することは既に説示したとおりであるから,被告の主張は本件審決と何ら矛盾するものではない。 (カ) 原告は,甲11の試験は甲8の試験を第三者機関により忠実に追試したものであるが,この試験結果によれば,ヨウ素酸カリウム及びヨウ化カリウムの混合水溶液は殺菌効果を有さないものであることが判明した旨主張する。 そこで,検討するに,証拠(乙8)によれば,前記(イ)記載の式(1)の反応は「pH1,2あるいは3のような低いpH値においては非常に迅速に進行し,pHがより高くなると反応はおそくなり,pH値が7以上になると反応はほとんど起こらなくなることもよく知られている」(同3頁左下欄1〜5行)のである。したがって,ヨウ素酸カリウム及びヨウ化カリウムの混合水溶液の殺菌効果を検討する場合,特に短時間で殺菌効果を検討する場合,酸性条件下でこれを行うべきが当然であると考えられる。このことは,例えば,本件訂正明細書の殺菌力試験は,60秒という短時間で殺菌力を試験するものであるが,pH5の酸性で実施するものである(甲4の2の2頁20行〜3頁1行,4頁11〜17行,5頁10〜15行)ことからも明らかである。 しかるに,甲11記載の試験は,pHを酸性に調整せず,しかも最長でも60分という短い培養時間という条件の下で実施されたものであって,そのような試験結果において,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合水溶液が殺菌効果を奏さなかったとしても,直ちにヨウ素酸カリウムが殺菌剤の有効成分でないということはできない。 これに対し,甲8には,pH条件の明示の記載がないものの,培養時間が最長でも60秒とごく短時間であることからみて,その試験は上記の技術常識に従って酸性条件下で行われたものと推認するのが相当である。乙6及び甲22は,第三者機関が酸性条件下で上記混合溶液の殺菌効果の試験を行った結果(乙6の試験液B,D,甲22の試験溶液3-1,3-2,3-3)を含む報告であるが,上記認定が妥当であることは,甲8の試験結果がこれらの試験結果と整合していることからも裏付けられる。 そうすると,甲8記載の試験結果は信用のおけるものであり,これによれば,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合溶液において,ヨウ素酸カリウムは殺菌成分であると認められる。 (キ) 原告は,甲24記載の試験結果,すなわち,刊行物1記載の「手洗浄液の典型的な処方」及び「外科用洗浄液の典型的な処方」のそれぞれの処方による洗浄液に,ヨウ素酸カリウムを添加した試験液と添加しない試験液とを作り,その殺菌効果の比較を行った結果によれば,ヨウ素酸カリウムの存在の有無にかかわらず,いずれも十分な殺菌効果を示し殺菌効果に何らの優劣の相違も認められないから,ヨウ素酸カリウムは,殺菌剤の有効成分ではないと主張する。 しかしながら,ポビドンヨード製剤は相当の殺菌作用を有する殺菌成分であるところ,上記の試験は,このような性質のポビドンヨード製剤にヨウ素酸カリウムを添加して,殺菌効果が高まるかどうかを観るためのものであるから,その試験液にはある組成物が殺菌効果を有するか否かを観るために通常必要とされる初発菌数を含有させることでは,ポビドンヨード製剤のみの試験液で試験菌がほとんど又はすべて死滅する結果を生ずることになりかねないから十分ではなく,仮にヨウ素酸カリウムに殺菌作用があるとすれば,ヨウ素酸カリウムを添加しない試験液との間で殺菌効果に差異が生ずる程度に,試験液には通常必要とされる初発菌数を大きく上回る菌数を含有させるべきものと考えられる。 例えば,甲7は,アニオン系界面活性剤の殺菌力増強効果を観るため,ポビドンヨード製剤のみの試験液(処方1),ポビドンヨード製剤にノニオン系界面活性剤(処方2)を配合した試験液,ポビドンヨード製剤にアニオン系界面活性剤を配合した試験液(ラウリル硫酸ナトリウムを配合した処方3,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを配合した処方4)を処方し,それぞれ試験液の殺菌効果を試験した結果を記載したものであるが,その試験においては,試験の初発菌数が1.0×108cell/mlとされ,処方1,処方2の試験液では,いずれも,15,30,60秒後の各試験液中に生菌数が観測でき,作用時間30秒までは殺菌効果が生じず,処方3,処方4の試験液では,いずれも,作用時間15,30,60秒後の生菌数が零(ただし,処方4の15秒後は90,30秒後は5である。)で,殺菌効果が生じたとの試験結果が示されている。また,乙9は,上記処方1と上記処方4について,甲7と同趣旨の試験を実施したものであるが,その試験の初発菌数は,添加菌数のオーダーを甲7記載の試験条件の108個/mlのオーダーの場合を含めて,106,107,108,109 CFU/mlのオーダーの4とおりに分けて殺菌効果試験を行ったとされている。そして,そのうち107,108,109 CFU/mlのオーダーの3とおりの試験液については,15,30,60秒後の各試験液中の生菌数で比較した場合,処方4の方が処方1より殺菌効果が高いことが認められる。しかし,106 CFU/mlの試験液については,処方1と処方4とでは殺菌効果に顕著な差異が生じていない。 これに対し,甲24記載の試験においては,試験の初発菌数が3.8×106(CFU/ml)とされており,ヨウ素酸カリウムを配合していないポビドンヨードのみの試験液で,15,30,60秒後の各試験液中で既に殺菌効果が生じているという試験結果が示されている。甲7及び乙9記載の各試験内容と対比すれば,甲24記載の試験結果は,試験の初発菌数がその試験目的を達成するために十分な菌数でなかったことを示しているものといわざるを得ず,その意味において試験条件の設定が不適切であったというべきである。 したがって,甲24記載の試験結果をもって,ヨウ素酸カリウムが殺菌剤の有効成分ではないと直ちにいうことはできない。 (ク) 以上のとおり,甲8記載の試験結果によれば,ヨウ化カリウム及びヨウ素酸カリウムの混合溶液において,ヨウ素酸カリウムは殺菌剤の有効成分であると認められる。また,ポビドンヨード及びヨウ素酸カリウムを含む水溶液である刊行物1記載の殺菌剤組成物において,ヨウ素酸カリウムは,遊離ヨウ素を生成する原料物質として殺菌剤の有効成分であるということができる。本件審決のこの点に関する認定判断に誤りはない。 イ ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩のアルキル基の炭素原子数 に関する記載がないとした本件審決の認定について (ア) 刊行物1(甲15)の各処方における典型的なアニオン洗剤として硫 酸化したアルキルエトキシレート,すなわちポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩が記載されていることは前記(1)ア,イに認定したとおりである(この点については当事者間に争いがない。)。 (イ) 原告は,甲18の実施例5,甲19及び甲20を示し,殺菌剤組成物にアニオン系界面活性剤としてポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムが使用されることは,本件特許の出願前,当業者に周知の事実であり,かつ,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムはアニオン系界面活性剤として代表的かつ典型的なものであって,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩という場合,それはポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを意味するか,又はアルキル基がラウリル(炭素原子数12)を中心とした炭素数が異なるアルキル基の集合体を意味するから,刊行物1記載の各処方におけるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩はポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムと同じものである旨主張する。 (ウ) しかしながら,上記各証拠の記載によれば,殺菌剤組成物にアニオン系界面活性剤としてアルキル基がラウリル基(炭素原子数12)であるポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムが使用されることが,本件特許の出願前,当業者に知られていたことは認められるにしても,界面活性剤について記載した一般文献と認められる甲26にも記載されるとおり,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩は,アルキル基が炭素原子数12のものばかりではなく,炭素原子数14,16,18のものもアニオン系界面活性剤として用いられ(299頁表10・103,104),「ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩」の用語は,特定の炭素原子数のアルキル基を有するこの種類の界面活性剤を上位概念で総称するものであって,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸塩などの特定の炭素原子数の界面活性剤を意味するものではないことが認められる。 他に,殺菌剤組成物にアニオン系界面活性剤として「ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩」の用語を使用する場合に,それが「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」を意味し,あるいは特定の他の炭素原子数のアルキル基を有するものを意味するものであると,当業者が一般に認識していたと認めるに足りる的確な証拠はない。 (エ) そうすると,刊行物1(甲15)に記載された処方における「ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩」は,アルキル基の炭素原子数に関する記載がないものといわざるを得ない。この点に関する本件審決の認定に誤りはない。 ウ 以上のとおり,本件訂正発明は刊行物1(甲15)に記載されたものではないとした本件審決の認定判断に,原告主張の誤りはない。 3 取消事由3(進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1に記載の殺菌剤組成物においてヨウ素酸カリウムは殺菌剤の有効成分ではないから,ヨウ素酸カリウムを刊行物1に記載の殺菌剤組成物において必須の成分と認め,この殺菌剤組成物において必須の成分として配合されたヨウ素酸カリウムを除き,「殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有する組成物を得ることは,当業者が容易に想到することができるものとは認められない」とした本件審決の判断は誤りであると主張する。 原告の主張は,刊行物1に記載の殺菌剤組成物においてヨウ素酸カリウムが殺菌剤の有効成分ではないことを前提とするものであるが,取消事由2で検討したとおりヨウ素酸カリウムは刊行物1に記載の殺菌剤組成物の有効成分であると認められるのであるから,原告の主張は前提を欠くものである。 (2) 本件訂正明細書(甲4の(2))によれば,本件訂正発明は,アニオン系界面活性剤を共存させるとポビドンヨードの殺菌力が著しく増強するとの知見に基づき,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30(w/v)%のみを含有するものに,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%を共存させることにより,優れた殺菌力を有する殺菌剤組成物を創意したものである(本件訂正明細書2〜6頁の殺菌力試験例1〜3参照)。 本件訂正発明と刊行物1(甲15),甲14,17,18,21に記載された各発明とを対比すると,本件審決の認定するとおり,本件訂正発明と刊行物1等に記載の上記各発明との間には,前記第2の3(2)ア(ア)及び別紙1記載のとおり各相違点が存在するところ,本件特許の出願当時,上記各相違点に係る構成を想到することが当業者において容易であったということはできない。けだし,上記甲14等の各発明には,後記4の(2)イ認定の本件訂正発明の技術思想が開示されていないからである。 この点に関し,原告は,「界面活性剤がポビドンヨードの殺菌作用を高めることは米国特許第4,130,640号明細書(甲17の1欄55〜60行)にも記載されており,刊行物1の記載から本件訂正発明に係る殺菌剤組成物を考え出すことは同業者であれば容易に想到できたことである。」旨主張するところ,上記明細書には,ヨードホール又は無機ヨウ素及びヨウ素化合物と洗浄作用をもつ成分との組み合わせによる殺菌洗浄組成物の発明が開示されており,「好適なヨウ素化合物はポビドンヨードである。」との記載,「本新規組成物は脂肪族アルコールのスルホサクシネート及び(又は)サクシネートを包含するものであり,・・・スルホサクシネート及び(又は)サクシネートの存在は,本発明の組成物の上記の相乗的な性質により本発明の新規組成物の洗浄性を高め,そしてその殺菌性を増加させる。」との記載が存在する。しかしながら,本件訂正発明におけるスルホサクシネートとは,スルホサクシネートを構成する脂肪族アルコールの炭素原子数及びスルホサクシネートの配合量において相違する(本件訂正発明に係る殺菌剤組成物は,炭素原子数8の脂肪族アルコールのスルホサクシネートを0.025〜10(w/v)%を含有するのに対し,甲17に記載の殺菌剤組成物は,炭素原子数12ないし24の脂肪族アルコールのスルホサクシネートを少なくとも20%含有し,炭素原子数8の脂肪族アルコールのスルホサクシネートを含有していない。)ものであり,この記載から,ポビドンヨード0.2〜30(w/v)%に,ジオクチルソジウムスルホサクシネートからなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%を配合して,本件訂正発明に係る優れた殺菌剤組成物を想到することができたものと直ちにいうことはできない。 (3) 以上のとおり,本件訂正発明の進歩性を肯定した本件審決の判断に誤りはない。 4 取消事由4(発明の詳細な説明の記載要件の判断の誤り)について (1) 原告は,本件審決は,@本件訂正明細書にはポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合の具体的な試験結果が記載されていないにもかかわらず,本件訂正発明に係る殺菌剤組成物について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているものであると認定判断し,また,A甲7記載の殺菌力試験の結果より,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することは確認できると認定しているが,いずれも誤りである旨主張する。 (2)ア 本件訂正明細書(甲4の(2))には,以下の記載が認められる。 (ア) 「本発明の目的は,有用な殺菌性物質であるポビドンヨードの殺菌力 を更に向上させることにある。本発明者等は上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果,アニオン系界面活性剤を共存させるとポビドンヨードの抗菌力が著しく増強するとの知見を得た。そこでポビドンヨード,アニオン系界面活性剤及び溶媒の配合割合について検討を行った処,これらが一定の割合の場合に抗菌力の向上とコストの低減とのバランスがもたらされることが判明し,本発明を完成するに至った。」(段落【0003】) (イ) 「本発明による殺菌剤組成物において,アニオン系界面活性剤としては,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質が用いられる。」(段落【0005】) (ウ) 「下記の表1-aに示される処方に従って各種の殺菌剤組成物を調製した。即ち,ポビドンヨードを適量の精製水に溶解させた後に,燐酸水素ナトリウム及びクエン酸を添加し,更に界面活性剤を添加して混合し,次いで水酸化ナトリウム試液でpHを約5.0に調整することにより各殺菌 剤組成物を得た。」(段落【0006】) (エ) 「表1-a」(下記処方のうち界面活性剤を変えた処方例が記載され,処方2から4がノニオン系界面活性剤,処方5から7がアニオン系界面活性剤の例である。なお処方1は界面活性剤は配合されていない。アニオン系界面活性剤は処方5が「ラウリル硫酸ナトリウム」,処方6が「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」,処方7が「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」である。) 「 成分 量(g) ポビドンヨード 10 燐酸水素ナトリウム 0.15 クエン酸 0.08 界面活性剤 1.0 精製水 残部 」 (オ) 「これらの殺菌剤組成物を試料とし,この試料溶液9mlを分取し,これにスタフィロコッカス・アウレウス菌(黄色ブドウ状球菌)液(107〜108cell/ml)を1ml添加し,充分に混合した後に経時的に,この混液0.1mlを採取してHIA平板培地上にガラス棒でひろげて培養し,生菌数 を計測した。結果は下記の表1-bに示される通り」(段落【0008】) (カ) 「表1-b」(生菌数は処方1から4は15,30,60秒経過後それぞれ1000以上,処方5,6は15,30,60秒経過後それぞれ0である。) (キ) 「表2-a」(上記処方6にグリセリンを1g添加し,ジオクチルソジウムスルホサクシネートの量を0.25,0.5,1.0とした処方2-1ないし2-3),「表2-b」(生菌数はいずれの処方も15,30,60秒経過後それぞれ0である。) (ク) 「表3-a」(上記処方1,5,6の他の成分濃度を1/10に,ラウリル硫酸ナトリウム,ジオクチルソジウムスルホサクシネートの量を1/40(0.025g)とした処方3-1から3-3(ただし,3-3のみクエン酸が0.025g)が記載されている。),「表3-b」(生菌数はいずれの処方も60秒経過後0である。) (ケ) 「表4」(遊離ヨウ素量(ppm)は,処方1,3,5で「3.1」,「3.0」,「3.2」であり,処方3-1,3-3で「9.9」,「10.1」で ある。) (コ) 「各グループに属する殺菌剤組成物相互間において遊離沃素の濃度に 有意の差はなかった。このことはアニオン系界面活性剤を共存させたことによるポビドンヨードの殺菌力増強効果が遊離沃素とは無関係であることを示している。」(段落【0016】) (サ) 「本発明による殺菌剤組成物においては,アニオン系界面活性剤が共存する結果,ポビドンヨードの殺菌力が増強する。従って,一定の殺菌力を有するポビドンヨード製剤を製造する場合にはポビドンヨードの所要量を従来よりも減ずることができるので価格の低減がもたらされる。」(段落【0018】) イ 以上の記載によれば,本件訂正発明は,アニオン系界面活性剤を共存させるとポビドンヨードの抗菌力(殺菌力)が著しく増強するとの知見に基づくものであって,ポビドンヨード,アニオン系界面活性剤及び溶媒の配合割合が一定の場合において,ポビドンヨードの殺菌力が増強し,一定の殺菌力を有するポビドンヨード製剤を製造する場合にはポビドンヨードの所要量を減ずることが可能となり,それによりコストの低減がもたらされるものであると認められる。そして,その殺菌力の増強効果は遊離ヨウ素の量を増加させることによるものではないことが認められる。 「表1」には,ポビドンヨード等にノニオン系界面活性剤を配合した例として処方2,3,4と,アニオン系界面活性剤を配合した例として処方5,6,7とが,いずれの界面活性剤をも配合しない処方1と共に示されている。これらのうち処方1ないし6について殺菌力試験が行われた結果,アニオン系界面活性剤を含有する処方例(処方5,6)の殺菌力がノニオン系界面活性剤を配合した処方例又は界面活性剤配合なしの処方例(処方1ないし4)より優れていたことが認められ,かつ処方5と6とは同等に優れていることが認められる。 (3) ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合の殺菌剤組成物についての発明の詳細な説明の記載要件について ア 本件訂正明細書には,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」を配合した本件訂正発明の殺菌剤組成物についての殺菌力を示す具体的な試験データは存在しない。 原告は,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合の殺菌剤組成物について,発明の詳細な説明の記載要件のうち特に「当業者がその実施をすることができる程度に,その発明の効果が記載されている」か否かを争うものであるので,以下この点につき検討をする。 イ 本件訂正明細書においては,「アニオン系界面活性剤を共存させるとポビドンヨードの抗菌力が著しく増強するとの知見」に基づき,「表1」において,アニオン系界面活性剤がノニオン系界面活性剤に対置して記載され,「表1-b」の記載により,アニオン系界面活性剤を配合した2つの処方例の殺菌力が,ノニオン系界面活性剤及び界面活性剤の配合なしの各処方例に比べて共に同程度に優れていることが示されている。 すなわち,本件訂正明細書においては,配合成分としてノニオン系界面活性剤の群とアニオン系界面活性剤の群とが対比され,アニオン系界面活性剤を配合した処方例群は共に殺菌力の増強効果があるが,ノニオン系界面活性剤を用いた処方例群にはその効果はないことが示されているものと認められ,本件訂正明細書の記載から,本件訂正発明の殺菌剤組成物における殺菌力の増強効果は,アニオン系界面活性剤を配合したことに基づくものであると認められる。 そして,「ラウリル硫酸ナトリウム」(化学式は別紙2(1)のとおり。)と「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」(化学式は別紙2(2)のとおり)は親水性部分「-SO3Na」が共通し,疎水性部分の化学構造が異なるものである(甲26の280頁,284頁)が,上記(2)の認定によれば,前記それらを配合した当該殺菌剤組成物の処方例(処方5,処方6)は同等の殺菌力を示していることが認められる。 他方,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」(化学式が別紙2(3)のとおり。)は上記2種の物質とは,親水性部分の「-SO3Na」が共通し,疎水性部分の化学構造が異なるものではある(甲26の299頁)にしても,同じ親水性基を有するアニオン系界面活性剤に属する物質であるから,当業者は,この物質を配合した当該殺菌剤組成物の処方例の殺菌力は,他の2種のアニオン系界面活性剤を配合した処方例のそれと同等であると予想することは容易であると認められる。 ウ 原告は,本件訂正発明は選択発明に該当するものであるから,特許要件を充足すると言い得るためには,本件訂正明細書に効果が開示されていなければならない旨主張する。 しかしながら,本件訂正明細書にはノニオン系界面活性剤とアニオン系界面活性剤の群からアニオン系界面活性剤を選択的に用いたことは認められるにしても,アニオン系界面活性剤の中から「ラウリル硫酸ナトリウム」,「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」の特定の物質を殺菌力が優れているものとして選択したことを示す記載は認められない。そして,刊行物1(甲15)及び弁論の全趣旨に照らしてみても,アニオン系界面活性剤の中から特定のアニオン系界面活性剤に特定する訂正aは,先行技術との重複の恐れがある場合を除くためのものであると認められ,原告が主張するようなアニオン系界面活性剤の中から特定の物質を選択してその顕著な効果を主張する選択発明として成立させるためのものと認め得る証拠はない。 したがって,原告の,本件訂正発明が選択発明に該当するものであるから,特許要件を充足すると言い得るためには本件訂正明細書にその効果が開示されていなければならない旨の主張は,前提において誤っており,失当である。 エ 一般的には,発明の効果の存在を確証するに足る試験データが記載されていなければ当業者にとって当該発明の実施が困難である場合を別にして,発明の効果の存在を確証するに足る試験データが記載されていないからといって直ちに特許法36条3項に規定する要件を欠くということはできないと解すべきである。 ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを配合した本件訂正発明の殺菌剤組成物は,殺菌効果を増強させる効果を有することが確証されている他のアニオン系界面活性剤と同等の効果を奏することが容易に予想されるものであることは前示のとおりであり,本件訂正発明については,「当業者にとって当該発明の実施が困難である場合」に当たるということはできない。 その他,本件訂正発明について,「発明の効果の存在を確証するに足る試験データが記載されていなければ当業者にとって当該発明の実施が困難である場合」に該当するとする根拠,理由も認められない。 オ そうすると,本件訂正明細書には,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとポビドンヨードとを併用した場合の具体的な試験結果が記載されていないけれども,本件訂正明細書の発明の詳細な説明は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する殺菌剤組成物について,当業者がその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されていると認めることができる。この点に関する本件審決の認定判断に誤りはない。 (4) 甲7記載の殺菌力試験の結果より,「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」を配合した本件訂正発明の殺菌剤組成物が優れた殺菌力を有することが確認できるかについて ア 甲7の試験結果によれば,前記2(2)ア(キ)のとおり,ポビドンヨード製剤にポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを配合した処方(処方4)及びポビドンヨード製剤にラウリル硫酸ナトリウムを配合した処方(処方3)は,ポビドンヨード製剤のみの試験液(処方1),ポビドンヨード製剤にノニオン系界面活性剤(処方2)を配合した試験液よりも高い殺菌効果を有することが認められる。ラウリル硫酸ナトリウムとジオクチルソジウムスルホサクシネートとが同等の優れた殺菌力増強効果を有することは,本件訂正明細書に記載されているとおりである。 そうすると,上記の3種のアニオン系界面活性剤の処方例は同等の優れた殺菌力増強効果を有しているものと認めることができる。 イ 原告は,甲7は,@被告会社内で作成したものであり,Aその試験結果は原告が第三者機関で行った試験結果(甲12)と齟齬し,B被告が第三者機関で行った試験結果(乙9)とは試験条件が異なり,かつ試験結果の再現性がないものであり,さらにC本件特許の出願後に作成されたものであり,かつ,原告に意見を述べる機会が与えられなかったものであるから,甲7は証拠として採用されるべきではない旨主張する。 まず,第三者機関で実施したことに争いがない乙9記載の試験は,添加菌数のオーダーを甲7記載の試験条件の108個/mlのオーダーの場合を含めて,106,107,108,109 CFU/mlの4とおりに分けて試験したものであって,甲7記載の試験条件とほぼ同一の条件の下で試験したものであり,また,他の添加菌数のものも試験したのは,その差異による試験結果の相違を観るためのものであるから,これらの試験条件が甲7記載のものと全く同じではないということは問題にはならない。 そして,甲7記載の処方1及び処方4についての試験結果は,乙9記載の試験結果のうち甲7記載のものと添加菌数108個/mlのオーダーの点で同一の試験条件の下で試験されたものと認められる処方1及び処方4の試験結果(前記2(2)ア(キ)のとおり)と実質上齟齬するものとは認められない。 甲12記載の試験も,甲7記載の試験と同様,アニオン系界面活性剤の殺菌力増強効果を観るため,ポビドンヨードのみの試験液(処方1),ポビドンヨードにアニオン系界面活性剤を配合した試験液(処方3ないし5)等を処方し,それぞれ試験液の殺菌効果を試験した結果を記載したものであるところ,これによれば,両者の試験液において殺菌効果に差異がないことが示されている。 しかしながら,ポビドンヨード製剤は相当の殺菌作用を有する殺菌成分であるところ,上記の試験は,このような性質のポビドンヨード製剤にアニオン系界面活性剤を配合して,その殺菌力増強効果の有無を観るためのものであるから,その試験液にはある物資が殺菌効果を有するか否かを観るために通常必要とされる初発菌数を含有させることでは,ポビドンヨード製剤のみの試験液で試験菌がほとんどあるいはすべて死滅する結果を生ずることになりかねないから十分ではなく,仮にアニオン系界面活性剤に殺菌力増強効果があるとすれば,これを配合しないポビドンヨード製剤のみの試験液との間で殺菌効果に差異が生ずる程度に,試験液には通常必要とされる初発菌数を大きく上回る菌数を含有させるべきものと考えられる。しかるに,甲12記載の試験では,試験の初発菌数が6.3×105(CFU/ml)とされており,試験の初発菌数を1.0×108cell/mlとして行われた前記2(2)ア(キ)の甲7記載の試験内容,試験の初発菌数を107,108,109 CFU/ml等のオーダーとして行われた前記2(2)ア(キ)の乙9記載の試験内容と対比すれば,甲12の試験結果は,試験の初発菌数がその試験目的を達成するために十分な菌数でなかったことを示しているものといわざるを得ず,その意味において試験条件の設定が不適切であったというべきである。したがって,甲12の試験結果をもって,アニオン系界面活性剤に殺菌力増強効果がないとはいえない。 加えて,前示のとおり,具体的データがなくとも,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法36条3項に規定する要件を満たすものと認められるものであり,それは甲7記載の試験結果を根拠とするものではない。甲7記載の試験結果は,本件訂正明細書の記載により予測される結果を確認するための資料として提出されたものであって,その試験結果が本件特許の出願後のものであることは問題にならないし,また,原告に甲7について意見陳述の機会が与えられなかったことが仮に手続上の問題になり得るとしても,そのことは上記(3)の結論に影響を与えるものではない。 (5) 以上のとおりであるから,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法36条3項に規定する要件を満たすものというべきである。この点に関する本件審決の認定判断に,原告主張の誤りはない。 5 取消事由5(手続違反)について 原告は,本件審判手続において,審判官は,本件審判手続中に被告から提出された証拠(本訴甲7,8)を本件審決の基礎と採用したが,上記証拠を採用するにあたり,上記証拠が提出されたことを原告に通知せず,これに対して意見を述べる機会を与えなかったとし,このことを理由に本件審決にはこれを取り消すべき重大な手続上の瑕疵がある旨主張する。そこで,以下検討する。 (1) 本件審決は「そして,乙第4号証(本訴甲7)として提出された「当社特許(特公平7-2646)に関する殺菌力試験4」における,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物の処方(処方4)の殺菌力試験の結果より,ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することは確認できる」と認定している。また,本件審決は,刊行物1について,「これら殺菌剤組成物に含まれるヨウ素酸カリウムは,乙第6号証(本訴甲8)として提出された試験結果より殺菌成分と認められる」と認定している。 しかるに,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,本件審決が証拠として採用した上記乙第4号証(本訴甲7)と乙第6号証(本訴甲8)は被告が平成13年5月15日付け意見書とともに特許庁に提出したものであることが認められるところ,担当審判官がそのことについて審判請求人である原告に通知をし,これらの書証について原告の意見を聴取する機会をもったことを窺わせる証拠はない。 (2) ところで,特許の無効審判制度における事件の審理は,その事件の専門性に鑑みて,専門的技術的行政機関である特許庁で,民事訴訟類似の準司法的な手続を経て行われるものであり,その手続が民事訴訟法に準じて公正に行われなければならないことはいうまでもない。 審判請求事件の審理に当たり,審判官は,当事者の一方から提出された証拠を審決の基礎として採用するに当たっては,原則として,これを他方の当事者に事前に提示して,これに対し意見を述べる機会を付与すべきものと解されるが,口頭審理を行うかどうかが任意とされている審判請求事件においては,証拠調べの手続を民事訴訟法と同程度に厳格に運用しなければならない根拠はなく,当該証拠が必ずしも審決の結論を左右するような重要なものでないときや,他方の当事者が記録の閲覧等の何らかの方法により当該証拠が提出されたことを知り,自ら特許庁に対しこれに対する意見を開陳しているなどの事情がある場合には,上記の事前提示の手続を経なくてもその手続は違法とはならないものと解するのが相当である。 本件についてみるに,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,被告が本件審判手続において提出した乙第4号証(本訴甲7)の試験結果を待つまでもなく,特許法36条3項に規定する要件を満たすものと認められるものであり,甲7の試験結果は本件訂正明細書の記載により予測される結果を確認するための資料として,すなわち,本件訂正明細書の記載が上記規定の要件を満たすとの判断が間違いないことの裏付けとして提出されたものにすぎない。 また,証拠(甲6ないし8,乙10,11)及び弁論の全趣旨によれば,被告が本件審判手続において提出した乙第4号証(本訴甲7)及び乙第6号証(本訴甲8)は,平成13年5月15日付けの被告の意見書に添付の証拠方法として提出されたものであること,原告は,同年6月21日,本件審判手続の一件記録を閲覧,検討した上で,同年10月18日付け審判事件第2弁駁書において,被告の上記意見書の内容をも踏まえた上で,反論を行っていることが認められ,この事実経過からすれば,原告において,上記乙第4号証及び乙第6号証について意見を述べる機会は存在したというべきである。 これらの点を考慮すれば,本件審判手続において被告が提出した乙第4号証(本訴甲7)及び乙第6号証(本訴甲8)について,審判官がこれらを本件審決前に原告に提示し,これに対して意見を述べる機会を与えなかったとしても,本件審判手続に瑕疵があるということはできない。 6 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,他に本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
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別紙11本件訂正発明と甲14に記載のものを対比する。 両者は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード4(w/v)%のみを含有する殺菌剤組成物である点において一致し,本件訂正発明は,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%を含有するものであるのに対して,甲14に記載のものはアルキルフェノキシポリエチレンエタンの硫酸エステルを含有し,前述のジオクチルソジウムスルホサクシネート又はポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有しない点において相違する。 2本件訂正発明と甲17に記載のものを対比する。 両者は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード約1〜20(w/v)%のみを含有する殺菌剤組成物である点において一致し,本件訂正発明はジオクチルソジウムスルホサクシネート,すなわち炭素原子数8の脂肪族アルコールのスルホサクシネートを0.025〜10(w/v)%含有するものであるのに対して,甲17に記載のものは炭素原子数12ないし24の脂肪族アルコールのスルホサクシネートを少なくとも20重量%含有し,炭素原子数8の脂肪族アルコールのスルホサクシネートを含有しない点において相違する。 3本件訂正発明と甲18に記載のものを対比する。 両者は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード10.0(w/v)%と,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する殺菌剤組成物である点において一致し,本件訂正発明は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードのみを含有し,かつ,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムの配合量が0.025〜10(w/v)%であるのに対して,甲18に記載のものは,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨードに加えて他の殺菌剤である「トリクロサン」を含有し,かつ,ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムの配合量が30.0(w/v)%である点において相違する。 4本件訂正発明と甲21に記載のものを対比する。 両者は,殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード10(w/v)%のみを含有する殺菌剤組成物である点において一致し,本件訂正発明は,ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10(w/v)%を含有するものであるのに対して,甲21に記載のものはラウリル硫酸ナトリウムを含有し,前述のジオクチルソジウムスルホサクシネート又はポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有しない点において相違する。 別紙2 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
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裁判官 | 青蜉] |
裁判官 | 沖中康人 |