審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ8682損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ10511特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ19926特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 方法の発明 / 製造方法 / 物を生産する方法 / 新規性 / 公然知られ(29条1項1号) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 慣用技術 / 技術的範囲 / 出願公開 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 分割出願 / 実施料相当額 / 権利の濫用(権利濫用) / 存続期間 / 特許出願日 / 出願経過 / 容易に想到(容易想到性) / 禁反言 / 特許発明 / 実施 / 交換 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 実施料 / 不法行為(民法709条) / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
13年
(ワ)
3764号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 味の素株式会社 訴訟代理人弁護士 中村稔 同 熊倉禎男 同 富岡英次 同 吉田和彦 同 渡辺光 補佐人弁理士 箱田篤 被告 大象ジャパン株式会社 訴訟代理人弁護士 北原潤一 同 片山英二 同 江幡奈歩 補佐人弁理士 奥山尚一 同 廣瀬隆行 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2003/11/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告は,原告に対し,金1000万円及びこれに対する平成13年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,原告が被告に対し,被告の輸入販売する別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。)が原告の有する特許権を侵害するとして不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。 1 争いのない事実等 (1) 当事者 原告は,各種調味料及び甘味料等の製造及び販売等を主たる目的とする株式会社である。 被告は,調味料,化学工業用原材料,食品及び食品添加物の輸出入,卸売及び小売を業とする株式会社であり,韓国の大象株式会社が100パーセント出資した日本での現地法人である。 (2) 原告の有する特許権 ア 原告は,人工甘味料であるL-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステル(以下「APM」という場合がある。)に関し,次の2つの特許権を有している(以下,順次「本件特許権1」,「本件特許権2」といい,併せて「本件特許権」という。)。 (ア) 特許第1790606号(以下「本件特許1」といい,その請求項1の発明を「本件発明1」という。) 発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの晶析法 出願日 昭和57年(1982年)4月12日 出願番号 特願昭57-60671 公告日 平成2年(1990年)10月11日 公告番号 特公平2-45638 登録日 平成5年9月29日 存続期間満了日 平成14年4月12日 特許請求の範囲の記載 L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたって,冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し,溶液全体を見掛け上氷菓(シャーベット)状の疑似固相となるように,機械的撹拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却し,疑似固相を生成せしめることを特徴とするL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの工業的晶析法。 (イ) 特許第1790786号(以下「本件特許2」といい,その請求項1の発明を「本件発明2」という。また,本件発明1と併せて「本件各発明」という。) 発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステル束状集合晶 出願日 昭和57年(1982年)4月12日 出願番号 特願昭62-149892 公告日 平成3年(1991年)4月5日 公告番号 特公平3-25438 登録日 平成5年9月29日 存続期間満了日 平成14年4月12日 特許請求の範囲の記載 L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを無撹拌条件下に冷却晶析することにより生成するシャーベット状の疑似固相より得られる結晶であって,強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶。 (本件特許1に係る発明を分割出願したものである。) (3) 本件各発明の構成要件 本件各発明を構成要件に分説すると,以下のとおりとなる。 ア 本件発明1の構成要件 A L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたって, B 冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し, C 溶液全体を見掛け上氷菓(シャーベット)状の疑似固相となるように,機械的撹拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却し, D 疑似固相を生成せしめること E を特徴とするL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの工業的晶析法 (なお,原告は,Cをさらに分けるべきと主張するが,本判決において,便宜,上記のとおり分説することとした。) イ 本件発明2の構成要件 A L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを @ 無撹拌条件下に A 冷却晶析することにより生成する B シャーベット状の疑似固相より得られる結晶であること。 B その結晶は,強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶であること。 (4) 被告の行為 被告は,被告製品を輸入販売している。 (5) 本件各発明の特許出願前の公知文献 特開昭55-167267号公報(以下「267号公報」という。)は,発明の名称を「α-L-アスパルチル-L-フェニルアラニン低級アルキルエステルの精製法」とする発明の特許出願(特願昭54-75372号)に係る昭和55年(1980年)12月26日の出願公開公報である。267号公報記載の発明は,L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニン低級アルキルエステル(以下「α-APE」という。)の精製方法に関するものであり,より具体的には,粗製α-APEを,アニオン交換樹脂によるイオン交換と晶析法との組合せによって精製する方法に関するものである。(乙1) 267号公報には,以下の記載がある。 「実施例1 強塩基性アニオン交換樹脂(アンバーライトIRA-410,商標)のCl型42ml(膨潤)を内径2cmの円筒形ガラス管に充填した。 一方N-ベンジルオキシカルボニル-α-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを水素添加分解してα-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステル(以下α-APMと略記する)3.73重量%,DKP0.079重量%,AP0.037重量%およびその他微量の夾雑物を含む水溶液(以下処理液という)を調整した。 (A)工程 前記の樹脂筒に,55℃に保った処理液673gを貫流させ,さらに樹脂筒を水65mlで洗浄した。 (B)工程 貫流液と洗浄液を合せて,5℃に1夜保持した。晶析した結晶をろ集し,水36mlで洗浄し,精製α-APM19.6gを得た。 (C)工程 母液と洗浄液を合せた溶液(718.5gとなった。)を55℃に加熱し,減圧下に152.2gまで濃縮した後,5℃に1夜保った。晶析した結晶をろ集し,母液を分離した。得られた結晶は4.1gで母液中にはα-APM1.13gが残った。 (D)工程 (C)工程で得られた結晶α-APMを55℃で,水98gに溶解し,これを処理液673gと混合し(A)工程に循環した。・・・ 処理液673gにかえて(D)工程で得た混合液を,再生したアニオン交換樹脂筒に,前記(A)工程に準じて貫流させ,かつ洗浄を行った。以下(B),(C)および(D)工程を第1回目に準じて行い,さらにこの一連の操作を合計5回くり返した。 ・・・各回の結晶の大きさは200〜400μであった。」(乙1,4頁右上欄3行〜5頁左上欄2行) |
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争点及び当事者の主張
1 被告製品の輸入販売は,本件特許権1を侵害するか。 (原告の主張) (1) 主位的主張(特許法104条所定の推定) 特許法(以下「法」という。)104条は,「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産した物と推定する。」と規定する。本件発明1は,以下のとおり,物を生産する方法の発明であると解すべきであり,また,被告製品は,本件発明1の方法により生産された物(「L-α―アスパルチル―L―フェニルアラニンメチルエステル」)の結晶と同一であると解すべきであるから,被告製品は,本件発明1の方法により生産された物と推定できる。 ア 本件発明1は,特許請求の範囲に出発物質,方法及び目的物質が記載されているから,物を生産する方法の発明である。すなわち,特許請求の範囲には,本件発明1の出発物質は「L-α―アスパルチル―L―フェニルアラニンメチルエステルの水溶液」である旨,処理方法は「これを冷却するにあたって,冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し,溶液全体を見掛け上氷菓(シャーベット)状の擬似固相となるように,機械的撹拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却し,擬似固相を生成せしめる工業的晶析法」である旨,目的物質は,上記出発物質に上記処理方法を実施することにより得られるAPMの結晶である旨が,それぞれ記載されている。 イ 上記処理方法を実施することにより得られるAPMの結晶は,特許出願前に日本国内において公然知られた物でない。 ウ 被告製品は,束状集合晶を含むL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルであり(甲7,8),本件発明1の方法により生産される物と同一の物である。 したがって,法104条の規定により,被告製品は,本件発明1の方法により生産されたものと推定される。 (2) 予備的主張 以下の検査結果に照らすならば,被告製品は,本件発明1の方法を用いて生産された物であると認められる。 ア @走査型電子顕微鏡(SEM)による観察,A粉末X線回折(XRPD),B不純物DKPの量,C示差熱分析によれば,本件発明1の方法で製造したAPM結晶は,共通の特徴を示す。被告製品は,本件発明1の実施品と同じ特徴を示すものであるから,本件発明1の方法により晶析されたものと認められる。 (ア) 走査型電子顕微鏡による観察の結果について 被告製品についてのSEM写真(甲7添付,甲14添付写真5頁)は,いずれも束状結晶を顕著に示している。このような束状結晶は,撹拌晶析で生じる可能性はない。 (イ) 粉末X線回折(XRPD)の結果について @ 回折ピークの位置 粉末X線回折は,結晶材料を分析するために慣用的に用いられてるいる方法である。静置晶析によるAPM結晶(静置結晶)と撹拌晶析によるAPM結晶(撹拌結晶)は,回折パターンにおいて一番高い回折ピークの位置が異なり,静置結晶では約12°が一番高く,攪拌結晶では約21°が一番高い。また,全体的に静置結晶のピーク高さが撹拌結晶のそれより高いことが知られている。 被告製品の回折ピークを見ると,約12°において一番高い回折ピークを示している(甲14訳文9〜10頁,2.2項,甲17)。 A ハナワルト指数 ハナワルト指数は,結晶の同定を行う伝統的な手法である(甲16訳文3〜4頁,6項参照)。この指数は,ピークの一番高い強度を100とし,ピークの高さ順に1番目,2番目及び3番目に高いピークの高さ(強度)と,上記3つのピークの面間隔dを比較するという方法である。 静置結晶(試料A30824),撹拌結晶(試料SF0305)と被告製品(試料D003014,D003031及びD504065)のハナワルト指数を計算すると,被告製品のハナワルト指数が,静置結晶(束状結晶)の指数に匹敵し,撹拌結晶(針状結晶)の指数とは著しく異なる。 B 選択配向指数(P.O.指数) 選択配向指数(P.O.指数)は,実測値の約12°と約21°のピークの高さの比を,シミュレーションにより得られた約12°と約21°のピークの高さの比により規格化したものである。この指数も静置結晶と撹拌結晶では著しく異なる(甲13訳文38頁4項,甲14訳文11〜13頁,甲15訳文11項,甲16訳文4頁及び甲17)ところ,被告製品のP.O.指数は静置結晶の指数と同等であり,撹拌結晶とは異なる。 (ウ) DKPの量 ジケトピペラジン(DKP)は,APMの環化物で不純物であるが,晶析の際にAPM溶液中から結晶に付着し,また,乾燥の際の熱分解物として生成される。 DKPの量は,晶析方法を示す指標となる(甲14訳文13頁2.3項,甲15訳文12項)ところ,被告製品のDKP含有量は0.11重量%,0.15重量%及び0.09重量%であり,本件発明1の方法により得られた製品の0.15重量%に相当し,撹拌結晶の0.26重量%とは特徴的に異なっている。 (エ) 示差熱の測定 APMの結晶を加熱すると結晶構造が変化するが,この変化に必要な熱量は結晶の構造(静置結晶か撹拌結晶か)によって異なる(甲14訳文15頁2.4項,甲15訳文13項)。 静置結晶,撹拌結晶及び被告製品の吸収熱を示差走査型熱量測定法を使用して測定した結果(甲14訳文15頁,2.4項,甲15訳文2頁,13項及び甲17)によれば,被告製品の吸収熱は,13.2,12.9及び13.7カロリー/gであり,撹拌結晶の吸収熱6.0カロリー/gとは著しく相違し,静置結晶の吸収熱15.2カロリー/gに近似する。 イ 以上の分析結果によれば,被告製品は,本件発明1の方法により製造された束状集合晶を含むL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルと同じ特徴を示していることが明らかである。また,束状集合晶を含むL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルは,本件発明1の晶析法を用いることなしに生産することは不可能である(甲5)。 したがって,被告製品は,本件発明1の方法により生産されたものと推認できる。 (3) 小括 以上のとおり,被告が被告製品の輸入販売をする行為は,法2条3項3号により,本件発明1の実施に当たり,本件特許権1を侵害する。 (被告の反論) (1) 主位的請求について 本件において,以下のとおりの理由から,法104条の適用はないので,これを前提とする原告の主張は失当である。 ア 本件発明1は,物を生産する方法の発明とはいえない。 特許法104条が適用される「物を生産する方法の発明」とは,出発物質,処理手段,目的物質の3要素から構成され,その処理手段が問題とされる発明であり,その構成は,特許請求の範囲に記載されていなければならない。 しかし,本件発明1の特許請求の範囲には,当該発明の方法によって得られる目的物質が何であるか,何ら記載がない。 したがって,本件発明1は,特許法104条にいう「物を生産する方法の発明」ということができず,同条は適用されない。 イ 本件発明に係る処理方法により得られるAPMの結晶は,特許出願前に日本国内において公然知られた物である。 法104条にいう,「その物が・・・公然知られた物ではなかった」とは,「特許発明の方法によって生産される物が出願時に現実に存在していなかったのみならず,少なくとも当該技術分野における通常の知識を有する者においてその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存しないこと」を意味するものと解すべきである。 しかし,本件各発明の発明者の一人であるKの陳述書(甲5)には,本件発明1の工程であるAPMの静置晶析を行うことは,1970年代の初期において既に見出され,その後,何度となく使用されてきた慣用技術であり,本件特許出願日よりはるか前から,静置晶析の方法により「APMの大きな結晶」が何度となく得られていたと記載されている。本件発明1の方法によって生産される物である「APMの束状集合晶」とは,上記「APMの大きな結晶」について,原告において名前を付しただけのものであって,既に「公然知られた物」であったものである。 また,後記3のとおり,本件発明1の方法及びそれによって得られる「APMの大きな結晶」は,本件特許出願日以前の公知文献(乙1)に記載されており,本件出願日以前に日本国内において公然知られた物であったか,少なくとも,「当業者がそれを製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存した」ことが明らかである。 ウ 被告製品と本件発明1の方法により得られるAPM結晶とは,同一物ではない。 原告は,本件特許1の出願経過から本件訴訟を通じて,一貫して,「200〜400μm」という長さのAPM結晶は,本件発明1の方法により得られるAPMの束状集合晶とは異なる物であると主張する。原告が被告製品を特定し,その内容を立証するために提出した甲7,8の写真の結晶の長さは400μmを上回っていない。 よって,被告製品は,本件発明1の方法により得られるAPM結晶と同一とはいえない。 (2) 予備的主張について 被告製品は,原告の挙げる検査結果に照らしても,本件発明1の方法を実施しているものと認められない。 2 本件特許権2を侵害するか。 (原告の主張) (1) 被告製品の構成 ア 被告製品は,以下の構成を備えている。その理由は,後記イのとおりである。 a @ L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを A 無撹拌条件下に B 冷却晶析することにより生成する C シャーベット状の疑似固相より得られる結晶であること。 b その結晶は,強制循環間接冷却方式,又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶であること。 イ 被告製品は,甲7,8の写真のとおり,多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶である。甲6の写真(図2A)と比較すれば明らかなとおり,強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有している。したがって,被告製品は,前記bの構成を有する。 また,「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを無撹拌条件下に冷却晶析することにより生成するシャーベット状の疑似固相より得られる結晶」以外で,このような束状集合晶が得られることはあり得ない(甲5)。したがって,被告製品は,前記aの構成をも有する。 (2) 構成要件充足性 被告製品の構成a,bは,それぞれ,構成要件A,Bを充足する。よって,被告製品は,本件発明2の技術的範囲に属する。 (被告の反論) (1) 構成要件A,Bの充足性 原告は,本件特許2の出願経過から本件訴訟を通じて一貫して,「200〜400μm」という長さのAPM結晶は,本件発明2の目的物たるAPM結晶とは異なる物であると主張している。 したがって,構成要件A所定の「シャーベット状の疑似固相より得られる結晶」,及び構成要件B所定の「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶」とは,その長さが400μmをはるかに上回るものというべきであり,その長さが200〜400μm程度のAPM結晶が,各構成要件に含まれると主張することは,禁反言の法理に照らして許されない。 これに対して,原告が被告製品を特定し,その内容を立証するために提出した甲7,8の写真によれば,結晶の長さが400μを上回っていないことが明らかである。 したがって,被告製品は,構成要件A所定の「シャーベット状の疑似固相より得られる結晶」及び同B所定の「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶」を具備していないから,本件発明2の技術的範囲に属しない。 3 本件特許1には,明白な無効理由が存在するか。 (被告の主張) 以下のとおり,本件発明1は,267号公報記載の発明と同一であるから,新規性がない。また,本件発明1は,少なくとも,267公報記載の発明から容易に発明することができたものというべきであるから,進歩性がない。 (1) 本件発明1は,以下のとおりである。 A L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたって, B 冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し, C 溶液全体を見掛け上氷菓(シャーベット)状の疑似固相となるように,機械的撹拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却し, D 擬似固相を生成せしめること E を特徴とするL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの工業的晶析法 (2) 他方,267号公報には,大きな結晶の精製α-APEを得るための工業的方法が開示されており,特に,実施例1には,3.73重量%のAPMのほか,0.079重量%のDKP(ジケトピペラジン),0.037重量%のAP(α-アスパルチル-L-フェニルアラニン)その他微量の夾雑物を含むAPMの水溶液(処理液)673gを調製したうえ,(A)の工程(以下「A工程」という。)として,アニオン交換樹脂筒に,55℃に保った処理液を貫流させ,さらに樹脂筒を65ml(約65g)の水で洗浄し,(B)の工程(以下「B工程」という場合がある。)として,この貫流液(673g)と洗浄液(約65g)とを合わせたAPMの水溶液(約738g)を5℃に1夜保持することにより冷却晶析し,この晶析によって19.6gのAPM結晶を得たこと,また,(C)の工程として,母液と洗浄液を合わせた溶液718gを55℃に加熱し,これを152.2gまで濃縮した後,5℃に一夜保持することにより冷却晶析し,係る晶析によって4.1gのAPM結晶を得たこと,が開示されている。 (3) 267号公報の発明と本件発明1とを対比する。 ア 構成要件Aについて B工程において,貫流液と洗浄液を合わせたものはAPMの水溶液であり,その温度は55℃付近である。B工程はこの水溶液を5℃に1夜保持することにより晶析してAPMの結晶を得るというものであるから,本件発明1における,「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの水性溶液よりこれを冷却晶析する」(構成要件A)と同一である。 イ 構成要件Bについて B工程の晶析に供されたAPMの水溶液は,673gの貫流液と65mlすなわち約65gの洗浄液を合わせたものであるから,約738gであるところ,ここにおけるAPMの初期濃度は約3.40重量%(673g×0.0373÷738g×100)である。そして,同工程においては,この約738gの水溶液(その溶液に含まれる溶媒(水)の量は738gを下回ることが明らかである。)を晶析して19.6gのAPM結晶が得られた,というのであるから,結局,約3.40重量%の初期濃度の水溶液から,溶媒738g未満に対して19.6gのAPM結晶(冷却後の析出固相)が得られたということを意味する。 そうすると,上記の約3.40重量%という初期濃度は,「冷却後の析出固相たるAPM結晶が,存在する溶媒(水)738g(約738ml)未満に対して19.6gとなるような初期濃度」であるから,これはすなわち,「冷却後の析出固相たるAPM結晶が,存在する溶媒(水)1lに対して約10g以上となるような初期濃度」であることを示している。 したがって,B工程は,本件発明1における,「冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し」(構成要件B)と同一である。 ウ 構成要件Cについて B工程は,「貫流液と洗浄液を合せて,5℃に1夜保持した」というものであるところ,これはAPMの水溶液を静置晶析したことを意味する。撹拌晶析であれば単に「1夜保持した」と表記されることはない。 よって,B工程は,本件発明1の構成要件Cのうち,「機械的攪拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却し」という部分と同一である。 また,本件発明1の明細書の記載(甲2の1,4欄26行〜32行,7欄18行〜31行)によれば,前記構成要件Bを満たすAPMの初期濃度を有するAPMの水性溶液について「機械的攪拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却すること」との工程を実施することは,必然的に「溶液全体を見掛け上氷菓(シャーベット状)の疑似固相となるように」実施することを指すものと認められる。そして,上記のとおり,B工程におけるAPMの初期濃度は約3.40%重量であり,これは,前記明細書の記載によればシャーベット状の疑似固相が得られる濃度である。したがって,B工程によってシャーベット状の疑似固相は不可避的に生成するというべきである。 このように,構成要件Bを満たす初期濃度で構成要件Cの客観的工程を実施するB工程は,必然的に構成要件Cを充足するから,B工程は構成要件Cの全体を実質的に開示しているというべきである。 エ 構成要件Dについて 267号公報は,B工程の静置晶析によって,「疑似固相を生成せしめること」を明示してはいないが,前述のとおり,B工程によれば,疑似固相は不可避的に生成する。したがって,B工程は実質的に構成要件Dを開示しているというべきである。 オ 構成要件Eについて 以上のとおり,B工程は構成要件A〜構成要件Dを充足するAPMの工業的晶析法であるから,構成要件Eと同一である。 カ したがって,B工程は,本件発明1の構成要件Aないし構成要件Eと同一であるから,本件発明1と同一である。 (4) 仮に,267号公報の実施例1において,「5℃に1夜保持」の前に,貫流液と洗浄液の混合液を撹拌していたとしても,本件発明1は,267号公報記載の発明により,容易に発明することができたということができる。 すなわち,B工程には,「貫流液と洗浄液を合せて,5℃に1夜保持した。晶析した結晶をろ集し,水36mlで洗浄し,精製α-APM19.6gを得た。」としか記載されていないこと,本件各発明の出願日(昭和57年4月12日)において,「『200〜400μ』という長さの結晶は,静置晶析からは得られない」との技術常識が存在したわけでもないことに照らすと,上記実施例1の記載に接した当業者は,貫流液と洗浄液の混合液を直ちに5℃の冷蔵庫中で一夜保持することにより静置晶析することは,ごく自然の流れであり,「200〜400μ」との記載が,静置晶析を実施することを妨げる動機付けとして機能することはなかったというべきである。 そうすると,当業者が,267号公報記載の発明に基づいて,本件発明1を容易に想到できたというべきであるから,本件発明1は進歩性を欠く。 (原告の反論) (1) 本件発明1と267号公報記載の発明との解決課題における相違 267号公報記載の発明は,専らAPM結晶に含まれるDKP等の不純物をいかに除去して,高収率でAPM結晶を得るか,というAPM精製法に関する発明であり,その発明の課題は,濃縮母液を繰り返しリサイクルする場合における母液中の不純物の存在が晶析を阻害し結晶の成長を妨げる点を解決することであり,工業的晶析方法とは関係がない。267号公報の実施例1の「5℃に1夜保持」という冷却方法は実験室での常套的な手順を示すものであるから,267号公報の実施例1の「5℃に1夜保った」との記載をもって,晶析法の工業的方法,特に「静置晶析」を工業的方法として開示したものとはいえない。 これに対して,本件発明1は,工業的規模におけるAPMの晶析方法であり,このことは明細書の発明の詳細な説明中の記載から明らかである。すなわち,本件発明1は,APMの工業的晶析に際し,従来技術では知られていないシャーベット疑似固相を形成し,さらに,従来技術では得られなかった束状集合晶をなすAPM結晶を得るものであり,こうした疑似固相ないし束状集合晶を工業的にいかにして得るかを課題としたものである。工業的規模での生産の場合は,処理すべき溶液の量が極めて多いので,単に室温に放置したり,一夜冷蔵するといった方法では到底工業化を目的とした晶析作業を行なうことはできず,撹拌等の強制流動を溶液に与えることにより効率よく冷却することが本件特許1の出願当時における当業者の常識であった。しかし,APMの晶析に限っては,こうした強制流動を伴う冷却によって,望ましい結晶が得られなかったという点が,技術的課題として存在した。 (2) 267号公報のB工程における条件 ア 267号公報の実施例1におけるB工程は,単に「貫流液と洗浄液を合わせて,5℃に一夜保持した。晶析した結晶を濾集し,水36mlで洗浄し,精製α-APM19.6gを得た」と記載されているだけであり,これが無撹拌条件下の冷却晶析であることは記載も示唆もされていない。 イ 実施例1における,B工程に先立つA工程は「前記の樹脂筒に,55℃に保った処理液673gを貫流させ,さらに樹脂筒を水65mlで洗浄した。」と記載されている。したがって,A工程の後のB工程で「貫流液と洗浄液を合わせて」と記載されて溶液は,55℃の貫流液673mlと常温の水65mlを指し,通常は52℃前後の温度の溶液をいう。このような52℃前後の溶液をいきなり「5℃に保持する」ことはできないから,5℃に冷却する工程が存在するのであり,52℃前後から5℃までに冷却する最も通常の方法は「撹拌による冷却」が考えられる。そうすると,実施例1のB工程の記載を当業者が読めば,「無撹拌条件下の静置冷却」ではなく,むしろ「撹拌による強制冷却の後に」5℃で一夜保持したものと理解するはずである。 ウ 267号公報の実施例と比較例を検討すれば,B工程が静置晶析ではないことは明らかである。 すなわち,実施例1によって得られた結晶の大きさについて,「結晶の大きさは200〜400μであった」と記載している(乙1,5頁左欄1行)。 「200〜400μ」という大きさは,APM結晶として見た場合,太さの直径としては大きすぎるので,長さと考えざるを得ない。しかし,B工程が静置晶析であると仮定すれば,「200〜400μ」という長さは短すぎる。この点は,本件発明1及び2の明細書の図1A(甲6の図1A)や実施例1の静置晶析による追試実験の結果(甲18,19)と比較すれば明らかである。したがって,上記実施例1で得られるAPM結晶の長さからは,B工程において撹拌その他の強制流動が生じていたと考えるのが合理的である。 (3) 267号公報のB工程によって得られたAPM結晶の状態 267号公報には,B工程によって得られたAPMが「シャーベット状の擬似固相」を形成したこと,また,得られたAPM結晶が「束状集合晶」の結晶構造を有したことを開示ないし示唆する記載は全く存在しない。267号公報の発明の発明者であるLが欧州特許庁に提出した供述書(甲28)も,これを裏付ける。 267号公報の実施例1及び比較例は,「200〜400μ」や「80μ」の結晶を観察したことを報告しているのであるから,仮に「シャーベット状の擬似固相」や「束状集合晶」が生成されたことが観察されていれば,当然に267号公報の明細書にその事実が記載されているはずである。しかし,そのような記載も示唆もないということは,267号公報の実施例1や比較例の条件下では「シャーベット状擬似固相」や「束状集合晶」が生成されていなかったと推測することが合理的である。 したがって,本件発明1は,267号公報記載の発明と同一ではなく,同公報記載の発明から容易に推考できるものではない。 4 本件特許2には,明白な無効理由が存在するか。 (被告の主張) 以下のとおり,本件発明2は,267号公報記載の発明と同一であるから,新規性がない。また,本件発明2は,少なくとも,267公報記載の発明から容易に発明することができたものというべきであるから,進歩性がない。 (1) 本件発明2は,以下のとおりである。 A L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを無撹拌条件下に冷却晶析することにより生成するシャーベット状の擬似固相より得られる結晶であること(構成要件A) B 強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステル束状集合晶であること(構成要件B) (2) 267号公報の発明と本件発明2を対比する。 ア 構成要件Aについて (ア) 267号公報には,実施例1のB工程として,約3.40重量%(673g×0.0373÷738g×100)の初期濃度を有し55℃付近の温度のAPM水溶液について,「5℃に1夜保持する」ことによる冷却晶析をすることによって,19.6gのAPM結晶が得られたことが記載されている。同工程は,本件発明2の構成要件Aにいう「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを無撹拌条件下に冷却晶析すること」と同一である。 (イ) 267号公報のB工程におけるAPMの初期濃度は約3.40%重量であり,明細書の記載(甲2の1,4欄26行〜32行,7欄18行〜31行)によれば,この初期濃度のAPMの水性溶液を「無攪拌条件下に冷却晶析」すれば,不可避的に「シャーベット状の疑似固相」が生成する。同記載部分は,本件発明2の構成要件Aのうち「・・・により生成するシャーベット状の疑似固相より得られる結晶であること」との部分と同一である。 (ウ) したがって,B工程により得られるAPMの結晶は,構成要件Aにより得られる結晶と同一である。 イ 構成要件Bについて (ア) 構成要件Bは,APMの静置晶析(すなわち構成要件Aの工程)によって得られる「大きなAPM結晶」(甲5)を表現したもので,明細書(甲4)に次のとおり記載された結晶を意味するものである。 「ある濃度以上のAPM溶液を無撹拌の条件下に冷却し晶析せしめた場合,結晶相互の絡み合いの間隙に溶媒を取込み,あたかも溶液全体が固化したかのような様を呈すること,このような状態で得られた結晶が,固液分離においてすこぶる良好な性状を示すことを見い出したのである。この結果を走査式電子顕微鏡を用いて観察すると,いくつかの針状晶が束をなし見掛け上ひとつの結晶を形成していることが判明した(以下,このように束を形成した結晶を束状集合晶という)。」(甲4,4欄27行〜37行) そうすると,構成要件Aにいう「シャーベット状の疑似固相から得られる結晶」であれば,必然的に構成要件Bを充足するものというべきである。 (イ) したがって,B工程により得られるAPMの結晶は,構成要件Bにより得られるAPMの結晶と同一である。 ウ 以上のとおり,267号公報のB工程により得られる「APMの結晶」は,本件発明2により得られる「APMの結晶」と同一であるから,267号公報記載の発明は,本件発明2と同一である。 (3) 仮に,267号公報の実施例1において,「5℃に1夜保持」の前に貫流液と洗浄液の混合液を撹拌していたとしても,本件発明2は,267号公報記載の発明により,容易に発明することができたということができる。 すなわち,実施例1のB工程には,「貫流液と洗浄液を合せて,5℃に1夜保持した。晶析した結晶をろ集し,水36mlで洗浄し,精製α-APM19.6gを得た。」としか記載されていないこと,本件発明2の出願日(昭和57年4月12日)において,「『200〜400μ』という長さの結晶は,静置晶析から得られる結晶ではありえない」との技術常識が存在したわけでもないことに照らすと,上記実施例1の記載に接した当業者において,貫流液と洗浄液の混合液を直ちに5℃の冷蔵庫中で一夜保持することにより静置晶析することは,ごく自然の流れであり,「200〜400μ」との記載が静置晶析を実施することを妨げる動機付けとして機能することはなかったというべきである。 そうすると,当業者が,上記出願日の時点において,上記実施例1の記載からAPMを静置晶析することを容易に想到できたことは明らかであり,静置晶析すれば必然的にシャーベット状の擬似固相が形成され,本件発明2にいうAPM束状集合晶が得られる。 したがって,当業者が,267号公報に基づいて,本件発明2を容易に想到できたというべきであるから,本件発明2は進歩性を欠く。 (原告の反論) 前記3(2)及び(3)で主張したとおり。 4 損害額 (原告の主張) 被告は,平成4年ころより,被告製品の輸入販売を開始し,現在に至るまで少なくとも1億円の売上をあげている。 本件各発明の内容,重要性とそれが被告製品において占める役割等を考慮すれば,被告製品についての本件特許権の実施料相当額は,各製品につき販売額の10パーセントと認めるのが相当である。そうすると,法102条3項によれば,原告の被った損害額は,被告製品の販売額1億円に10パーセントを乗じた1000万円となる。 (被告の認否) 原告の主張を争う。 |
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当裁判所の判断
〔本件特許権1について〕 1 本件特許権1の侵害の成否-主位的主張 原告は,本件特許権1に基づく請求に関して,法104条の推定規定が適用されるべきであると主張する。そこで,同法所定の前提事実の存否について判断する。 (1) 本件発明1は,物を生産する方法の発明か否かについて ア 法104条は,「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が・・・公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する」と規定する(なお,法2条3項は,「方法の発明」を,いわゆる単純な「方法の発明」と「物を生産する方法の発明」に分け,それぞれ「実施」に関して,単純な「方法の発明」の場合には,「その方法を使用する行為」のみを指すのに対して,「物を生産する方法の発明」の場合には,「その方法により生産した物の使用,譲渡等」の行為などを広く指す旨を規定する。)。ところで,前掲各条項に規定する「物を生産する」行為というためには,原料や材料等の出発物質に何らかの手段を講じて,その化学的,物理的な性質,形状等を変化させて,新たな物を得ることが必要であるのはいうまでもないが,その目的物質は,出発物質と比較して,社会,経済的観点に照らして,前者が新たな価値を伴った物であることも必要であるというべきである。そこで,このような観点から,本件特許権1が,物を生産する方法の発明といえるか否かを検討する。 (ア) 特許請求の範囲の記載 L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたって,冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し,溶液全体を見掛け上氷菓(シャーベット)状の疑似固相となるように,機械的撹拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却し,疑似固相を生成せしめることを特徴とするL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの工業的晶析法 (イ) 発明の詳細な説明の記載(甲2の1) a 「本発明は,L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの晶析分離法に関するものである。L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステル(以下,APMと略記する。)は,その良質な呈甘味性から,低カロリーの新甘味剤として広く利用が期待されている物質である。」(2欄16〜22行) b 「工業的生産を想定した場合,・・・反応液よりAPMを単離し最終的に製品として取得するために,晶析工程は不可欠なものである。」(3欄12〜15行) c 「この晶析工程は,通常,たとえば,粗製品を水,有機溶媒または含水有機溶媒に再度溶解し,攪拌手段を備えた晶析装置を用いて,冷媒との熱交換(強制循環間接冷却方式)もしくは減圧下で溶媒の一部を気化すること(自己蒸発方式)により冷却を行ない,結晶を析出せしめた後,これを遠心分離機などでろ別・脱水する方法が採用されている。」(3欄15〜22行) d 「しかしながら,そのような晶析方法で得られるAPMは微細な針状の晶癖を呈し,従って,ろ過・脱水における固液分離性は極めて不良であり,・・・実用上大いに問題があった。」(同3欄23〜26行) e 「ある濃度以上のAPM溶液を無撹拌の条件下に冷却し晶析せしめた場合,結晶相互の絡み合いの間隙に溶媒を取込み,あたかも溶液全体が固化したかのような様を呈すること,このような状態で得られた結晶が,固液分離においてすこぶる良好な性状を示すことを見出したのである。この結晶を走査式電子顕微鏡を用いて拡大観察すると,いくつかの針状晶が束をなし見掛け上ひとつの結晶を形成していることが判明した」(4欄26〜35行) f 「本発明者等は,・・・APM溶液をこれが疑似固相となるような条件下で冷却してAPMを晶析せしめ,分離性の良好な結晶を取得することにより,工程作業性の著しい改善を達成し,工業的に経済効果の大なる新晶析プロセスを実現するに至った。またさらに検討を重ねたところ,一旦溶液が疑似固相化した後は,強制流動を伴う急速冷却による過飽和解消操作を組合わせても,良好な分離性を維持しうることを見出し,工程の合理化と晶析収率の向上を達成して本発明を完成するに至った。」(5欄5〜16行) g 「本発明はAPMの水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたって,晶析過程のごく初期にあっては自然対流伝熱,以後は伝導伝熱支配の下に可及的速かな冷却を可能ならしめる晶析条件または晶析装置を用いて上記水溶液を冷却して大粒径のAPM束状集合晶を取得することを特徴とする」(5欄17〜23行) イ 以上の事実を基礎として,本件発明1が物を生産する方法の発明といえるか否かについて判断する。前記の観点に照らすと,@本件発明1は,従来,APM溶液の晶析による製造工程において,撹拌手段を備えた晶析装置を用いて晶析を行った場合,微細な針状の結晶しか得られず,固液分離性が極めて悪かったという問題点を解決しようとして,固液分離性に優れたAPMの結晶を得ることを目的とした発明であること,A本件発明1は,その出発物質が「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの水性溶液」であり,目的物質は「L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの結晶」であって,両者は,化合物の組成においては,共通であるけれども,その形態において,大きく異なっており,この点が,目的物質の経済性や市場価値において決定的な意味を有していること,Bその目的物である結晶状態のAPMは甘味剤として使用・譲渡の対象となる物であること等の諸点に照らすならば,本件発明1におけるAPMの水性溶液からAPMの結晶を得る行為は,前述した原料,材料に何らかの変更を加えることによって,取引の対象たるに値する物を作出する行為であるといえるから,物の生産行為に該当すると解すべきである。 また,以上に述べたところに特許請求の範囲請求項1の記載を併せて見れば,本件発明1の生産の対象となる物は,APM束状集合晶と解するのが相当である。 (2) 新規物か否かについて 次に,本件発明1の方法により生産されるAPM束状集合晶が,法104条の「特許出願前に日本国内において公然知られた物でない」といえるか否かについて判断する。 ア 前記争いのない事実のとおり,267号公報の実施例1の工程は,「前記の樹脂筒に,55℃に保った処理液673gを貫流させ,更に樹脂筒を水65mlで洗浄した。」(A工程),「貫流液と洗浄液を合せて,5℃に1夜保持した。 晶析した結晶をろ集し,水36mlで洗浄し,精製α-APM19.6gを得た。」(B工程)と記載されていること,55℃に保った処理液を5℃に一夜保持して晶析を行う際に撹拌操作を行う旨の明示的な記載はないが,証拠(甲35ないし37)によれば,実施例1のような実験室レベルの容量の溶液を用いて晶析を行う場合は,特段の撹拌手段等を用いることなく静置冷却するのが一般的な冷却手法であると認められること等の事実に照らすならば,実施例1のB工程の晶析に際しては静置晶析が行われたものと認めることができる。 イ この点につき,原告は,以下のとおり主張する。すなわち, (ア) 55℃の貫流液673mlと常温の水65mlを併せた52℃前後の溶液をいきなり「5℃に保持する」ことはあり得ず,その間に52℃前後から5℃にまで冷却する工程が採用されていること,そして,その最も通常の方法は「攪拌による冷却」であるから,上記実施例1においては,「撹拌による強制冷却」が採用されていると解するのが合理的である旨主張する。 しかし,なるほど52℃程度の溶液を直ちに冷蔵庫などの5℃の環境下に置かず,室温下においてある程度冷却することは考えられるとしても,その冷却方法として,実施例1のような738ml程度の量の溶液であれば,「5℃に保持する」のに適した温度にするために自然冷却を行っても特段の問題はなく,このような実験室レベルの容量の溶液を晶析する場合には静置冷却することが一般的な冷却手法であることは前記認定のとおりであるから,原告の主張は採用できない。 (イ) 原告は,267号公報の実施例1に記載される結晶の大きさは「200〜400μ」であるが,これは,静置晶析で得られる結晶の長さとしては短すぎるから,撹拌その他の強制流動が生じていたと考えるのが合理的である旨主張する。 しかし,前記のとおり,本件発明1の方法により晶析されるAPM束状集合晶の特徴は,「過飽和溶液中で成長しつつある状態にない限りにおいては,物理的な衝撃にも極めて強固であり,輸送・分離・乾燥などの工程を経ても,従来法による結晶に比して5〜10倍以上の短軸径を維持しうる」(特許公報4欄36〜40行)という短軸径の太さにあり,静置晶析により得られるAPM束状集合晶の長さについては明細書に特段の記載はないこと,甲19によれば,APM束状集合晶は,粉砕によって,長さが数ミクロン程度まで短くなり,長さは機械的処理の影響を受けやすいと認められ,このことから,濾集,洗浄等の処理を経てAPMの精製が完了する実施例1においては,その処理の程度次第で結晶の長さが「200〜400μ」程度になることも十分に考えられること等の事実に照らすならば,実施例1で得られた結晶の長さが「200〜400μ」程度であるからといって,そのことが静置晶析により得られた結晶であることを否定する理由にはならないというべきである。 ウ 以上のとおり,267号公報の実施例1におけるB工程の「貫流液と洗浄液を合せて,5℃に1夜保持した」とは静置晶析を行ったことを意味するものと認められ,また,証拠(甲18,19)によれば,上記実施例1のB工程において静置晶析を行った場合にはAPM束状集合晶が得られることが認められる。 そうすると,本件各発明の出願前に,267号公報の実施例1において,本件発明1の生産方法の目的物であるAPM束状結晶が得られていたことになるから,APM束状集合晶は,「特許出願前に日本国内において公然知られた物」であり,新規物ではないと認められる。 エ したがって,本件発明1について法104条の推定規定を適用することはできないから,同条により被告製品が本件発明1の方法により製造されたものと推定できる旨の原告の主張は理由がない。 2 本件特許権1の侵害の成否-予備的主張 (1) 構成要件Cの意義 本件発明1の構成要件Cは,「機械的攪拌等の強制流動を与えることなく,伝導伝熱により冷却する」と記載されている。「機械的攪拌等の強制流動を与えることなく」については,明細書中に特段の定義がされていないから,文言どおり理解するのが相当である。そうすると,同構成要件Cは,例えば,間欠攪拌又は微弱な強制流動が与えられるなど,何らかの機械的撹拌が加えられるものを含まないと解すべきである。 (2) 被告製品の晶析方法 原告は,被告製品はAPM束状集合晶であるところ,APM束状集合晶は構成要件Cを充足することなしに生産することは,およそ不可能であるから,被告製品は,本件発明1の方法を使用して製造したものと推認すべきである旨主張する。 そこで,この点について以下検討する。 ア 後掲証拠によれば,以下の事実が認められる。 (ア) α-L-アスパルチル-フェニルアラニンメチルエステルの製造方法に関する発明に係る特開平5-70478号公報(乙2,以下,「478号公報」という。)には,以下の記載がある(乙2)。 a 「α-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの酸付加塩を塩基で等電点中和してα-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを製造する方法において,水性媒体中,(イ)α-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの中和終了時の濃度が3ないし10%の範囲となるよう濃度設定し,(ロ)液温50ないし80℃の範囲で攪拌下に中和を行って,または中和後に昇温して,(ハ)得られた中和液を冷却することによってα-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの結晶を析出せしめることを特徴とするα-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの製造方法。」(【請求項1】) b 「更に,中和液の冷却は,引き続き攪拌などの強制流動下に行い,一般にスラリーと呼ばれる流動性のある結晶浮遊懸濁液を得てもよいが,無撹拌または低撹拌の条件下で,速やかに冷却を行い,液全体またはその一部を流動性のないシャーベット状の疑似固相として得る方が,操作性及び結晶の固液分離性の改善の観点から一層効果的である事実が認められた。」(【0013】) c 「この場合も,中和により直ちに結晶を析出せしめた場合に比べて,操作性,結晶の漉過性の点で優れていることは勿論であるが,より一層の改善を図るためには,冷却を無撹拌,間欠撹拌または微弱な強制流動の下に行い,中和液の全体もしくはその一部をシャーベット状の疑似固相として得ることが好ましい。」(【0021】) d 「少なくとも第2回の晶析については,シャーベット状の疑似固相を形成させる方法を採用することが好ましい。」(【0023】) (イ) α-APMの濃度が4.7g/dlであるAPM水溶液をバケツに入れ,回転数15〜17rpmで局所微弱強制流動を加えて冷却晶析したところ,シャーベット状の疑似固相が形成され,そこから得られた結晶は太い束状集合晶であった(甲20,検甲3)。 イ 以上認定した事実によれば,478号公報に記載された発明においては,APM溶液の中和後の冷却を間欠撹拌又は微弱な強制流動の下に行っても,シャーベット状の疑似固相が得られるとされていること,実際にも,α-APMの濃度が4.7g/dlであるAPM水溶液をバケツに入れ,回転数15〜17rpmで局所微弱強制流動を加えて冷却晶析したところ,シャーベット状の疑似固相が形成され,そこから得られた結晶は太い束状集合晶であったこと等に照らすならば,APM溶液の中和後の冷却晶析が,静置晶析ではなく,間欠攪拌又は微弱な強制流動による冷却晶析であっても,同様にAPM束状集合晶を得ることができることになる。 (3) 構成要件Cの充足性 そうすると,本件発明1の方法とは異なる478号公報の方法によっても,APM束状集合晶を得ることができるのであるから,APM束状集合晶は本件発明1のみによって得られるものではない。 したがって,APM束状集合晶が本件発明1の方法のみによって得られることを前提として,被告製品が本件発明1の構成要件Cを用いた方法により得られたものと推認できる旨の原告の前記主張は,その前提自体が成り立たず,理由がないことに帰する。 その他,走査型電子顕微鏡(SEM)による観察,粉末X線回折(XRPD),不純物DKPの量,示差熱分析等の結果によっても,被告製品が本件発明1の方法により晶析されたものと推認することはできず,この点の原告の主張は採用できない。 3 本件特許権1の侵害の成否についての小括 以上のとおりであるから,被告製品は,本件発明1の方法により製造されたものと認めることはできない。 よって,被告製品の輸入販売は,本件特許権1の侵害とは認められない。 〔本件特許権2について〕 1 本件特許権2の侵害の成否-構成要件充足性 (1) 構成要件A及びBの意義 本件発明2の構成要件A及びBは,特段の事情のない限り,その記載どおりの趣旨に解すべきであり,各構成要件の意義は,以下のとおりとなる。 A L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを,@無撹拌条件下に,A冷却晶析することにより生成する,Bシャーベット状の疑似固相より得られる結晶であること。 B その結晶は,強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの束状集合晶であること。 (2) 判断 前記〔本件特許権1について〕2で述べたとおり,本件全証拠によるも,被告製品が,構成要件Aの@の「無撹拌条件下」において生成されたシャーベット状の疑似固相より得られた結晶であると認めることはできない。なお,原告は,被告製品はAPMの束状集合晶であるところ,APM束状集合晶は,構成要件A記載の「無撹拌条件の下」における生成方法を用いることなしに得ることは不可能であるから,被告製品は,本件発明2の構成要件Aを充足していると推認することができる旨主張するが,前記〔本件特許権1について〕2で述べたとおり,そのような前提が成り立つとはいえないので,結局,原告の主張は理由がないことに帰する。 したがって,被告製品は,構成要件Aを充足しない。 2 本件特許2についての明らかな無効理由の存否 前記認定のとおり,267号公報の実施例1には,APM溶液を静置晶析することによりAPM束状集合晶を得る発明が開示されているところ,APM溶液を静置晶析すれば,シャーベット状の疑似固相が得られる(甲2,甲18ないし20,検甲3)から,上記実施例1により得られる結晶は本件発明2の構成要件Aの「 L-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルを,無撹拌条件下に,冷却晶析することにより生成する,シャーベット状の疑似固相より得られる結晶 」と同一であり,また,APM束状集合晶は「強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成」した結晶であるから,本件発明2の構成要件Bに記載された「強制循環間接冷却方式又は自己蒸発方式により得られる結晶に比し大きな短軸径を有する多数の針状結晶が集まって束を形成してなるL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステル束状集合晶」と同一ということになる。そうすると,本件発明2は,新規性を欠く明らかな無効理由が存在することになり,本件特許権2に基づく原告の請求は,権利の濫用に当たり許されない。 3 本件特許権2についての小括 以上のとおり,被告製品を輸入販売する行為は,本件特許権2を侵害すると認めることはできず,また,本件発明2には明らかな無効理由が存在することになるから,権利の行使は許されない。 〔結論〕 以上の次第で,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 榎戸道也 |
裁判官 | 佐野信 |