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関連審決 無効2001-35340
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12行ケ91取消決定取消請求事件 判例 特許
平成13行ケ154審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10350審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10185審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10386審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  実質的同一 /  同一の発明 /  実質的に同一 /  数値限定 /  技術的意義 /  実質的同一性 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 361号 審決取消請求事件
原告 株式会社中農製作所
訴訟代理人弁理士 土井清暢
被告 ヴァレオユニシア トランスミッション株式会社
訴訟代理人弁護士 福田親男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2001−35340事件について平成14年6月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「内燃機関のフライホイール」とする特許第3162057号(平成元年2月28日出願(以下「本件出願」といい,願書に添付された明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。平成13年2月23日に設定登録。請求項の数は1である。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。原告は,平成13年8月2日,本件特許を無効とすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを無効2001-35340号事件として審理し,その結果,平成14年6月7日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,同年6月18日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】 クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と,この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイールにおいて,前記弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとしたことを特徴とする内燃機関のフライホイール。」 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,@本件発明は,実願昭57-49160号(実開昭58-151734号)のマイクロフィルム(審判においても本訴においても甲第5号証。以下「甲5刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲5発明」という。)であるとすることはできない,A本件発明は,実願昭62-105269号公報(実開昭64-11453号)のマイクロフィルム(審判甲第1号証,本訴甲第2号証。以下「甲2刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲2発明」という。),実願昭62-81237号公報(実開昭63-190639号)のマイクロフィルム(審判甲第2号証,本訴甲第3号証。以下「甲3刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲3発明」という。),実公昭58-3944号公報(審判甲第3号証,本訴甲第4号証。以下「甲4刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲4発明」という。),特公昭57-58542号公報(審判甲第4号証。本訴甲第6号証。以下「甲6刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲6発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない,B本件発明は,甲3ないし6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない,C本件発明は,周知技術及び甲3,4,6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない,D本件発明は,実願昭63-63320号(実開平1-165832号。審判甲第6号証)記載の発明であるとすることはできない,として,請求人(本訴原告)主張の無効事由をすべて排斥するものである。
(1) 審決が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と甲5発明との一致点・相違点は,次のとおりである(これらの一致点・相違点は,当事者間に争いがない。)。
(一致点) クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と,この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイール」である点 (相違点) 本件発明においては,「フライホイールを構成する弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとした」ものであるのに対し甲5発明の「金属板6」は「比較的剛性の低い」ものであるものの,その値が明示されていない点 (2) 審決が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と甲2発明との一致点・相違点は,次のとおりである(これらの一致点・相違点は,当事者間に争いがない。)。
(一致点) クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と,この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイール」である点 (相違点) 本件発明においては,「フライホイールを構成する弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとした」ものであるのに対し甲2発明の弾性円板2の軸方向剛性は不明である点
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件発明と甲5発明との同一性の判断を誤り(取消事由1),甲2ないし4発明に基づく本件発明の容易想到性の判断を誤ったものであり(取消事由2),これらの誤りが,それぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明と甲5発明との同一性の判断の誤り) (1) 発明の同一性の判断に当たり,発明の課題の有無を根拠とした誤り 審決は,本件発明と甲5発明との同一性の判断において,「甲第5号証には,上記本件課題に係る「クラッチ切れ不良を解消する」という課題については開示も示唆もされていない。」(審決書13頁5行〜6行),「甲第5号証には上記のようにクラッチストローク上の問題に関する記載はなく,フレキシブルな金属板とクラッチストロークとを関連付けることを示唆する記載も,金属板6の軸方向剛性について言及する記載もない。」(審決書13頁12行〜14行)ことを理由に,「甲5発明が上記相違点に係る本件発明の構成Bを実質的に有しているとはいえない。したがって,本件特許発明が甲第5号証に記載された発明であるとすることはできず,」(審決書13頁18行〜21行)と判断した。
しかし,発明の同一性の判断に当たり発明の課題の有無を判断の根拠とすることは,全く無意味である。
本件発明と甲5発明との実質的同一性の判断においては,上記相違点とされた「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」(の範囲)と,「比較的剛性の低い」(範囲)とが「同じ剛性のものを含んでいるか否か」ということを,技術的用語や技術水準を考慮して判断すべきである。
審決は,このような実質的な判断をしていない点において,既に誤っている。
(2) 「比較的剛性が低い」と表現されている甲5発明の剛性と「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」と表現されている本件発明の剛性との同一性についての判断の誤り 本件発明及び甲2ないし甲6発明は,いずれも,「クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と,この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイール」において「クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音を抑制する」ものであり,このようにして異音を抑制することが周知技術であることは明らかである。上記のような周知のフライホイールにおいて,「クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音」を低減させるには,「クランク軸系の曲げ剛性を大幅に低下(又はなるべく大きく低下)させて,不具合発生時(異音発生時)の強制振動数(約200〜400c/s)より,なるべく大きく外す」ことが有効であるということは,実公昭58-3944号(甲第4号証)に記載された目的,効果及び第1図,特公昭57-58542号(甲第6号証)の2頁3欄24行ないし34行に記載されたところから周知の事項である。さらに,甲第3ないし第5号証によれば,上記の周知のフライホイールにおける「弾性板の剛性」が低すぎると,「クラッチ」として種々の問題を生ずることは周知の事項であることが認められ,特に,甲第3,第4号証によれば,「弾性板の剛性の低さ」によって「クラッチ切れ不良」を生ずることも周知であると認められる。
本件発明における数値である「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」は,本件特許の公報(甲第8号証)に記載された実験値の中で適宜に決定されたものであり,その数値自体に臨界的な意義はない。上記数値は,上記周知の事項である,剛性が低いほど異音の抑制効果が大きいこと,下限の数値については,同じく周知事項である,剛性が低すぎるとクラッチ切れに悪い影響が生じるため,できれば大きい方が無難であること,から導き出されたものにすぎない。本件発明の本質は,内燃機関のフライホイールにおいて,弾性板の軸方向剛性を異音を抑制できる程度に小さく,クラッチ切れ不良を生じない程度に大きな範囲に限定した点にあり,特定範囲を限定した数値にあるのではない。
上記数値範囲をどのように設定するかは,当業者がフライホイールを試作する場合において,異音を発生させず,かつ,クラッチ切れ不良などの不具合を発生させないように,試作,実験などを行うことによって適宜決定することのできる設計的事項にすぎない。
甲5発明の「比較的剛性が低い金属板」の剛性の範囲は,当然に「600kg/mm〜2200kg/mm」の剛性と略一致するか,少なくともこの範囲に入るというべきである。
2 取消事由2(甲2ないし4発明に基づく本件発明の想到容易性の判断の誤り) 審決は,本件発明と甲2発明との相違点についての判断において,甲第3,第4号証に,弾性板の剛性が低いとクラッチストロークが大きくなって,クラッチ切れ等の問題を起こすことがある,との課題が開示されていることを認めながら,これらの甲号各証において採用された課題解決手段が,ストッパ部材を設けることにより移動を「機械的」に規制するものであることを理由に,これらの公知の課題を甲2発明に適用し,クラッチ切れ不良を防止しようとしたとしても,弾性板の軸方向剛性を特定の範囲に設定するという技術的思想までは,当業者といえども,容易に想到し得たものとは認め難い,と判断した。しかし,この判断は誤りである。
公知例に記載された課題の解決手段が異なるから容易想到性が認められない,との審決の論理に従うならば,容易想到性が認められるためには,本件発明の課題解決手段と同じ解決手段が記載された公知例,すなわち本件発明と全く同一の発明を記載した公知例が必要であることになる。このような論理が進歩性の判断として誤りであることは明らかである。
審決は,甲2発明に,甲3,4刊行物に記載された公知又は周知の課題を適用し,この課題の認識に基づき当業者が当然に行うべき実験等の結果,相違点に係る本件発明の「剛性の数値限定」の構成に想到し得るか,言い換えれば,「剛性の数値限定」が設計事項であるといえるか否かについて,判断すべきであるのに,このことについて,全く判断していない。
甲2発明に,甲第3,4刊行物に記載された「クラッチ切れに関する課題」を適用した場合,甲2発明では,もともと異音の発生を防ぐために弾性板の軸方向剛性は低いものの,上記クラッチ切れに関する課題のために,余りその剛性を低くすることはできないことになる。当業者は,これらの発明の課題に従って,通常の試験,計算,試作等を行って,実際にどの程度の軸剛性が適当であるかを求めることになる。このような作業は,当業者の設計事項に該当するものである。甲2発明に対し弾性板の軸方向剛性を,上記課題に従って,クラッチ切れ不良を生じない範囲にすべく,計算によりその値を求め,甲2発明本来の,異音発生を防止することができる値を実験により求めると,必然的に本件発明の数値と概略同様の数値範囲となる。このような実験計算は,当業者が当然に採用する設計事項である。
被告の反論の要点
審決の認定,判断に取消事由となるべき誤りはない。
1 取消事由1(本件発明と甲5発明との同一性の判断の誤り)について (1) 発明の同一性の判断に当たり,発明の課題の有無を根拠とした誤り,の主張について 原告は,審決が発明の課題の有無を根拠として同一性の判断を行ったのは誤りである,と主張する。しかし,審決は,「甲第5号証には,上記のようにクラッチストローク上の問題に関する記載はなく,フレキシブルな金属板とクラッチストロークを関連付けることを示唆する記載も,金属板6の軸方向剛性について言及する記載もない。」(審決書13頁12行〜14行)と認定した上で,甲5発明に係るフライホイールが「クラッチストローク上の問題を生じていない」とすることはもちろんのこと,同号証の金属板6の軸方向剛性が「600kg/mm〜2200kg/mm」の範囲にあることを認定することも推定することもできない,と結論付けている(審決書13頁16行〜19行参照)。
審決は,甲5発明は「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」を開示していないから同一発明でない,としたものであることは明らかである。
(2) 甲5発明の「比較的剛性が低い」と本件発明の「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」とが一致しないとした判断の誤り,の主張について 原告は,甲5号証にいう「比較的剛性が低い」ことは,当然に,本件発明の「600kg/mm〜2200kg/mm」の範囲の剛性を含むと主張する。しかし,原告の主張は理由がない。
甲5号証の開示をどのように解釈しても,甲5発明の「比較的剛性が低い」金属板の剛性を「600kg/mm〜2200kg/mm」ないしそれを含むということができないことは明らかである。
甲5号証の「比較的剛性が低い」という表現は全くあいまいであって,何を基準に「比較的剛性が低い」というのかもはっきりしない。どの程度の剛性を「比較的剛性が低い」といい得るのかは,本件発明の具体的開示を抜きにしては皆目見当がつかないものである(乙第1号証参照)。
原告は,甲第2ないし6発明から,「クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音」を低減させるには「クランク軸系の曲げ剛性を大幅に低下(又はなるべき大きく低下)させて不具合発生特(異音発生時等)の強制振動数(約200〜400c/s)より,なるべき大きく外す」ことが有効であることが明らかである,と主張する。しかしこのような記載は甲4刊行物にはなく,甲6刊行物にも部分的にしか存在しない。
原告は,フライホイールにおける「弾性板の剛性」が低すぎると「クラッチ」として種々の問題が生ずる,ということが周知であることは,甲3ないし5刊行物により,「弾性板の剛性の低さ」によって「クラッチ切れ不良」が生じることが周知であることも,甲3,4刊行物により,それぞれ認められると主張する。
しかし,甲3刊行物は,「弾性板の剛性が低すぎる」とは言っていない。
「フレキシブルプレートの弾性力によりフライホイールをクランクシャフトの軸にそって移動自在に支持している」装置の場合にクラッチ切れ不良などの問題があると言っているにすぎず,弾性板の剛性が低すぎる場合を特に記述したものではない。「低すぎる」とは何に対して低すぎるのかについても,述べていることには全く具体性がない。
甲4発明の装置は,「結合ディスク」がクラッチ踏力を受けない構成(フライホイールとは別に慣性リングが結合ディスクで支持されている)であり,結合ディスクはクラッチ切れとは無関係である。フライホールにつくものは,ゴム材などの弾性部材であるから本件発明の弾性板には当たらない。
甲5刊行物は,クランクシャフトの曲げ弾性低下の問題を提示することはしている。しかし,弾性板の「剛性の低さ」による問題は提示しておらず,弾性板の剛性については,「相対的に低剛性な金属板」というのみで,そこで述べられているところは,剛性についての具体性に全く欠けている。フライホイールの弾性板の剛性の低さによるクラッチ切れ不良がこれらの各甲号証によって具体的に知られていたということはできない。
2 取消事由2(甲2ないし4発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り)について 原告は,審決の判断は容易想到性の判断に本件発明の構成と同一の構成の発明を記載した公知文献を要求するものである,と主張する。
しかし,審決は,公知文献にクラッチ切れの問題が示されていても,そこにそれに対抗するための技術として開示されているのが「ストッパ部材」を設けることにより移動を規制するものだけであるときは,同一の技術分野において通常の知識を有する当業者は,上記開示から,「弾性体の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとすれば,ストッパ部材などが一切不要となり,弾性体の軸方向剛性のみで異音とクラッチ切れの問題を解消することができること」を容易には想到できない,と判断したものである。原告の主張は,審決の正しい理解に立ったものということはできない。
原告は,審決が,「剛性の数値限定」が設計事項であるか否かについて全く判断していない,と主張する。
しかし,「剛性の数値限定」が設計事項であるか否かは,その前提として「弾性板の軸方向剛性を調整すればそれだけで本件発明の目的と作用効果とを達成し得る」ということが明らかになって初めて問題となることである。
公知技術は,弾性板の軸方向剛性に意を用いるのではなく,その移動をストッパという機械的手段で規制するものであるから,「弾性板の軸方向剛性」に想到するためには,正に発想の転換を要するものである。のみならず,公知技術には弾性体の軸方向剛性を数値化したものは一つとしてないのであるから,数値限定と言っても,その端緒すら不明というべきである。目標があって特定値を確定するのと異なり,目標値自体がない公知技術の水準においては,本件発明の軸方向剛性を特定の範囲に限定するという技術思想にまで到達することは,当業者にとって決して容易なことではない。
公知技術は,弾性体の動きはストッパで止めるとの技術でしかなく,その弾性板の軸方向剛性がどの程度であるかは判然としないのであるから,本件発明の軸方向剛性の特定範囲の決定を単なる当業者の設計事項とすることはできない。
公知技術には異音の抑制とクラッチ切れを同時に問題として,それを弾性板の剛性により解決したものはない。これに対し,本件発明はクラッチ切れ不良と異音の抑制という相反する二つの課題を同時に解決するもので,その手段として,公知技術のストッパ等の機械的手段を一切使わずに,弾性板の剛性のみを特定範囲に調整することにより達成するものである。
本件においては,弾性板の剛性の数値限定の意義を問題にする以前に,その前提となるべき弾性板の剛性の制御という公知技術が存在しないのである。したがって,弾性板の剛性の数値限定を単なる設計事項の問題である,とすることはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明と甲5発明との同一性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲5発明との同一性の判断において,「甲第5号証には,上記本件課題に係る「クラッチ切れ不良を解消する」という課題については開示も示唆もされていない。」(審決書13頁5行〜6行),「甲第5号証には上記のようにクラッチストローク上の問題に関する記載はなく,フレキシブルな金属板とクラッチストロークとを関連付けることを示唆する記載も,金属板6の軸方向剛性について言及する記載もない。」(審決書13頁12行〜14行)ことを理由に,「甲5発明が上記相違点に係る本件発明の構成Bを実質的に有しているとはいえない。したがって,本件特許発明が甲第5号証に記載された発明であるとすることはできず,」(審決書13頁18行〜21行)と判断した。
しかし,異なる課題から同一の発明の構成に至ることがあることは,論ずるまでもないことである。発明の課題が同一であることは,発明が同一であことの要件ではない。審決が本件発明と甲5発明とで発明の課題が同一でないことを両発明の同一性を否定する根拠の一つとして挙げたのは,明白な誤りである。
(2) 本件発明と甲5発明との相違点が,「本件発明においては,「フライホイールを構成する弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとした」ものであるのに対し甲5発明の「金属板6」は「比較的剛性の低い」ものであるものの,その値が明示されていない点」であることは,当事者間に争いがない。
そうである以上,両発明間に同一性(実質的同一性)があるか否かは,甲5発明の金属板6の「比較的低い」とされている軸方向剛性が,本件発明の弾性板の軸方向剛性の数値範囲である600kg/mm〜2200kg/mmの範囲に含まれるか否か,によって決まる事柄であり,それ以外ではあり得ないのである。
本件発明及び甲2ないし甲6発明は,いずれも,クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と,この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイールにおいて,クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音を抑制するものであり,このようにして異音を抑制することが周知技術であることは明らかである。上記の周知のフライホイールにおいて,クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音を低減させるには,クランク軸系の曲げ剛性を大幅に低下(又はなるべく大きく低下)させて,不具合発生時(異音発生時)の強制振動数(約200〜400c/s)より,なるべく大きく外すことが有効であるということは,周知の事項であると認められる(実公昭58-3944号(甲第4号証)に記載された目的,効果及び第1図。特公昭57-58542号(甲第6号証)の2頁3欄24行ないし34行参照)。甲第3,第4号証によれば,上記の周知のフライホイールにおける「弾性板の剛性の低さ」によって「クラッチ切れ不良」を生ずることも周知の事項であると認められる。
上記周知の事項によれば,弾性板の軸方向剛性の剛性が低いほど異音の抑制効果が大きいこと,下限の数値については,同じく周知事項である,剛性が低すぎるとクラッチ切れに悪い影響が生じるため,できれば大きい方が無難であることは,当然の帰結であるというべきである。本件発明における弾性板の軸方向剛性の数値である「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」は,その数値範囲の広さからみて,それが上記周知の事項から導き出すことのできない特別な数値範囲であると解すべき特別の事情が認められない限り,上記周知の事項から当然に導かれる数値範囲であると解するのが相当である。本件明細書(甲第8号証はその公報である。)中には,本件発明における弾性板の軸方向剛性の数値範囲が上記周知の事項から導き出すことのできない特別な数値であることをうかがわせるような記載はなく,本件全資料を検討しても,他に,上記特別の事情があることを認めるに足りる証拠はない(本件発明における弾性板の軸方向剛性の技術的意義については,後記2(5)で説示するとおりである。) 本件発明における弾性板の軸方向剛性が上記のようなものである以上,当業者がフライホイールを製作する場合には,上記周知の事項に基づき,異音を発生させず,かつ,クラッチ切れ不良などの不具合を発生させないようにすることによって,結果として,少なくとも大部分の場合,上記数値範囲に含まれる剛性の弾性板を製作することになるものというべきである。
甲5発明の「比較的剛性が低い金属板」についても,少なくともその大半において,その剛性の範囲は,当然に「600kg/mm〜2000kg/mm」の範囲に入ることになる。
そうである以上,本件発明と甲5発明とは,実質的に同一である。両発明の同一性を否定した審決は誤りである。
取消事由1は理由がある。
2 取消事由2(甲2ないし4発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲2発明との相違点(本件発明が「弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとした」ものであるのに対し,甲2発明の弾性円板2の軸方向剛性は不明である点)について,次のとおり判断した。
「甲第2号証(判決注・本訴甲第3号証)には,・・・「弾性部材の弾性力によりフライホイールをクランクシャフトの軸に沿って移動自由に支持した場合,クラッチストロークが大きくなって,クラッチ切れ不良が発生したり,クラッチ操作の節度感が悪化するという不具合が生じる」という課題が開示されているが,その解決手段として採用した手段は,「フライホイールのクランクシャフト側への移動を規制するストッパ部材を設けることである。
甲第3号証(判決注・本訴甲第4号証)にも,同様に,「弾性部材を,回転方向にのみ剛に結合することによって回転変速度変動を平滑化する機能を果たさせ,曲り方向には剛性を低下させることによって固有振動数を低下させたフライホイールにおいて,弾性部材の軸方向剛性が低いためクラッチ切れ等の問題を起こすことがある」という課題が開示されてはいるが,その解決手段として採用した手段は,「ハブ2に弾性部材3と間隔δを介して対向するストッパ18を設けること」である。
以上のように,甲第2及び3号証(判決注・本訴甲第3,第4号証)には,クラッチ切れに関する課題(以下,課題C」という。)が開示されていると求められるものの(判決注・「認められるものの」の誤記と認める。),その課題解決手段は,ストッパ部材を設けることにより移動を「機械的」に規制するものである。
本件特許発明(判決注・本件発明)における弾性板の軸方向剛性は,本件特許明細書の全記載に照らし,その目的,効果からみると,弾性板の周方向全体に画一的に設定されるものと解されるものであり,軸方向剛性を特定の範囲に設定するということと,機械的手段で変位を規制することとは別異の技術的思想からなるものである。
なお,甲第4号証(判決注・本訴甲第6号証)には,当該課題Cについては記載されておらず,示唆する記載もない。
してみると,本件課題Cが公知であり,該課題を甲1発明に適用し,クラッチ切れ不良を防止しようとしたとしても,弾性板の軸方向剛性を特定の範囲に設定するという技術的思想までは,当業者といえども,容易に想到し得たものとは認め難い。
そして,本件特許発明(判決注・本件発明)は,・・・上記相違点に係る構成を採用することにより,明細書記載の顕著な作用,効果を奏するものである・・・。
したがって,甲1〜4号証(判決注・本訴甲第2ないし4号証,第6号証)をもってしては,本件特許発明(判決注・本件発明)を当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」(審決書14頁2行〜34行) 要するに,審決は,クラッチ切れに関する課題の存在は甲3刊行物等により知られるに至っていたことは認定しながらも,この課題を解決する手段としてそれらの刊行物に記載されているのは,ストッパ部材を設けることにより機械的に規制するという技術思想に基づくものであることを理由に,弾性板の軸方向剛性を特定の範囲に設定する,という技術思想に想到することは容易でない,として,本件発明の進歩性を認めているのである。
しかしながら,審決の上記判断を是認することはできない。
(2) 弾性部材の軸方向剛性が低いことが原因でフライホイールに過度の変位が生じ,クラッチ切れなどの問題が起こることがある,との課題が,本件出願当時公知であったことは,審決も認定しているところである。
甲3刊行物についてこれをより具体的にみる。同刊行物には,次の記載がある。
(ア)「レリーズベアリング10により皿バネ8の内端を押圧・移動させて,クラッチ板6とフライホイール4との係合を解除しようとすると,この押圧力がクラッチカバ7及びフライホイール4を介してフレキシブルプレート2に伝達されて,フライホイール4がクランクシャフト1側に変位する。このため,この変位量分,レリーズベアリング10の移動量(以下,クラッチストロークという。)が第3図に示すように大きくなって,クラッチ切れ不良が発生したり,クラッチ操作の節度感が悪化するという不具合が生ずる。」(甲第3号証4頁9行〜20行) (イ)「スペーサ20のクランクシャフト1側の外周縁部には,周溝20bが形成され,周溝20b内には,本考案のストッパ部材としてのCリング21が嵌挿されている。Cリング21は,フライホイール4の他側壁と所定のクリアランスをもって配設されている。」(同6頁13行〜18行) (ウ)「かかる構成によれば,上述のように,クラッチ板とフライホイール4との係合を解除すべく,レリーズベアリング10をクランクシャフト1側に押圧・移動すると,この押圧力が,皿バネ8,クラッチカバ7及びフライホイール4を介してフレキシブルプレート2に伝達されて,フライホイール4がクランクシャフト1側に変位し,Cリング21に当接する(第3図中a点参照)。
そして,当接以降はCリング21によりフライホイール4の変位が抑制されて,第3図に示すように,クラッチストロークを従来例よりも小さくすることができる。このため,クラッチ切れ不良が防止できる。」(甲第3号証6頁下から2行〜7頁11行) これらの記載によれば,甲3刊行物が問題としているフライホイールの変位は弾性板のたわみによって生じたものであり,これが,本件発明が問題としている事象と同一の現象であることは明らかである。
被告は,甲3刊行物は,「フレキシブルプレートの弾性力によりフライホイールをクランクシャフトの軸にそって移動自在に支持している」装置の場合にクラッチ切れ不良等の問題があると言っているにすぎず,「弾性板の剛性が低すぎる」とは述べていない,と主張する。しかしながら,同刊行物におけるフライホイールはクランクシャフトにフレキシブルプレートを介して取り付けられた極めて単純な構造のものである。同刊行物におけるフライホイールの過度の変位によるクラッチ切れ不良がフレキシブルプレートの剛性不足によって生じることは機械設計に携わる通常の技術者であれば,容易に認識することができることが明らかである。
(3) 応力を受ける弾性部材の剛性が低いためフライホイールに過度の変位を生じクラッチ切れの問題を起こすことがある,との公知の課題に直面した当業者にとって,弾性部材の強度を,他の点で不都合が生じない範囲で,上げて変形を抑制しようとすることは,上記課題に対抗する方向の一つとして容易に考えることのできる事項であるというべきである。甲3発明においては,このようなフライホイールの過度の変位をストッパ部材(Cリング21)を設けることによって機械的に抑制するとの手段が開示されている。しかしながら,このような機械的手段が提示されているからといって,そのことは,他に手段は存在し得ない(あるいは,存在しにくい。)ということと結びつかない限り,他の手段を見いだそうとすることを妨げるものではない。そして,他に手段は存在しないことが示されていたことは,本件全資料によっても認めることができない。このような状況の下では,上記機械的手段に替えて,フレキシブルプレートが過度に変形しないように一定限度内で強度を増すという対策を取ることは,当業者の通常の創作力の発揮にすぎないものというべきである。特に,何らかの理由で,既に公知となっているストッパ部材による方法以外の方法を求めようとする必要が大きくなった場合には,極めて容易ともいってよいことである。
(4) 以上のとおりであるから,審決の上記判断は誤りであるという以外にない。,この誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから,審決は,その余について論ずるまでもなく,取り消されなければならないことが明らかである。
(5) 以下,念のために,本件発明における「600kg/mm〜2200kg/mm」との数値限定技術的意義について,検討する。
数値限定の上限値である「2200kg/mm」について 甲第2号証,第4ないし第6号証及び弁論の全趣旨によれば,内燃機関のフライホイール装置において,フライホイールが連結されたクランクシャフトの曲げ変形による振動のため騒音が発生するという問題があること,この問題を解決するため,フライホイールを曲げ方向の剛性が小さな弾性板を介して連結し,クランクシャフトの曲げ変形を吸収することによって,振動や異音を防止することができること,が公知文献(実公昭64-11453号公報,実公昭58-3944号公報,実公昭58-151734号公報,特公昭57-58542号公報)に記載されていることが認められる。この事実によれば,本件出願がなされた平成元年2月28日当時,本件発明の対象である,「曲げ方向(軸方向)の剛性が小さな弾性板」は,既に周知の技術であったということができる。
もっとも,上記各公知文献中には,「軸方向の曲げ剛性」の小ささについての具体的な開示はない。
本件明細書(甲第8号証は公報である。)には,本件発明における,異音を効果的に防止する曲げ剛性の決定方法について,次のとおり記載されている。
「第2図は,軸方向剛性が異なる種々の弾性板を使用し,各周波数に対する振動レベルを実験により調べた結果を示すものである。この図において,A0線は質量体を直接クランクシャフトに固定した場合を示し,A1〜A4線は弾性板2の軸方向剛性が2200kg/mm,1700kg/mm,1200kg/mm及び1000kg/mmの場合を示している。この図に示すとおり,とりわけクランク軸系の振動音が問題となる200Hz〜500Hzの周波数領域において,A1〜A4はA0線に比べて極めて低い振動レベルを示す。尚,200Hz〜500Hzの全領域においてA0線よりも低い振動レベルにあるのはA2〜A4線である。従って,弾性板2の軸方向剛性の上限値は2200kg/mmとし,好ましくは1700kg/mm以下に設定することとした。」(甲第8号証2頁4欄49行〜3頁5欄11行) 本件明細書の上に認定した記載によれば,本件発明における数値限定の上限である2200kg/mmとの値は,剛性の異なる弾性板を複数試作してこれをエンジンに装着して実験によって適正な剛性値として選定された値であるということができる。上記記載中には,避けるべき振動数範囲として200Hz〜500Hzという数値が示されている。しかし,甲6刊行物には,「これら不具合の発生は,クランク軸系の固有曲げ振動数が通常約210c/s付近にあるためで,・・」(甲第6号証1頁右欄7行〜8行),「弾性円板3の曲げ剛性を小さくすることにより,上記クランク軸系の曲げ剛性を大巾に低下させて,同系の曲げ共振点を不具合発生の高い回転速度域,例えば4000rpmにおける曲げ振動数210c/sより大きく低下させることができ・・・」(甲第6号証2頁3欄27行〜32行)として,類似の数値が示されていることが認められる。上に述べたところによれば,本件発明における「2200kg/mm以下」との数値限定は,上記公知の課題を解決するため,甲6刊行物に既に開示されている条件を満たす曲げ剛性を実験によって特定したにすぎないものである,というべきである。当業者にとって,このような数値限定をすることに通常の創作能力を発揮する以上の困難があったと認めることはできない。
数値限定の下限値である「600kg/mm」の意義について 本件明細書には,本件発明における「600kg/mm」との数値限定の下限値について,次の記載がある。
(ア)「しかしながら,このような従来例にあっては,弾性板の軸方向剛性が小さすぎる場合,クラッチの断・続操作時におけるクラッチペダル側のストローク(クラッチストローク)を多く必要とし,クラッチ切れ不良を生じる虞があった。」(甲第8号証1頁2欄9行〜13行) (イ)「クラッチ切れ不良は,クラッチ接合時におけるフライホイール8の接合面9の変位量がクラッチストローク(通常7mm〜8mm)の5%を越えると生じることが確認されている。従って,弾性板2の軸方向剛性は,クラッチ接合時にフライホイール8が受ける軸方向荷重(通常150kg〜200kg)を考慮して,クラッチ接合時におけるフライホイール8(とりわけ質量体5の接合面9)の軸方向変位量がクラッチストロークの5%以内となるように,その下限値を600kg/mmとした。これによって,フライホイール8の接合面9の軸方向変位量0.25mm〜0.33mmとなり,これがクラッチストロークの3.1%〜4.7%となってクラッチ切れ不良を生じないための条件を満足する。」(甲第8号証2頁4欄10行〜22行) 本件明細書の上に認定した記載によれば,本件発明における数値限定の下限値である「600kg/mm」は,弾性板の剛性不足から生じるクラッチ切れ不良を防止するために,あらかじめ確認されているクラッチ切れ不良の生じるクラッチ接合時のフライホイールの軸方向変位量を基準として,算出,特定された数値であることは,明らかである。
ウ ア,イで述べたところによれば,本件発明における弾性板の軸方向剛性の数値限定の上限である2200kg/mmは,クランク軸系の共振点を騒音が生じない範囲にずらすという,フレキシブルプレートの本来の機能が発揮される上限値として特定されたものであり,また,下限値である600kg/mmは,クラッチ切れ不良の起こらない下限値として特定されたものであるということができる。
すなわち,当該数値範囲は既に公知のフレキシブルプレートが予定された性能を発揮し得る適正な剛性範囲を規定するにすぎないものであり,従来技術に見られないような顕著な特性を発揮するような臨界的意義を持つものではないことは明らかである。
3 以上のとおりであるから,取消事由1,2は,いずれも理由がある。審決は取り消されるべきである。
結論
以上によれば,原告の本訴請求は,理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久