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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ15276特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成19ワ13121特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ12728特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  製造方法 /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  出願経過 /  技術的意義 /  均等 /  均等侵害 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 25924号 特許権侵害差止等請求事件
原告 チェックポイントシステムズ インコーポレ イテッド
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 辻居幸一
同 竹内麻子
同 相良由里子
補佐人弁理士 西島孝喜
同 北村周彦
被告 ルカトロン・ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士 小池豊
同 櫻井彰人
補佐人弁理士 丸山幸雄
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙ハ号物件目録及び同ニ号物件目録記載のラベルを製造し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
2 被告は,その占有に係る前項記載のラベルを廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し金3億円及びこれに対する平成14年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が被告に対し,別紙イ号物件目録,同ロ号物件目録,同ハ号物件目録及び同ニ号物件目録記載のラベル(以下順にそれぞれ「被告製品1」,「被告製品2」などといい,これらを併せて「被告製品」ということがある。)を製造,販売するなどの被告の行為が原告の有する特許権を侵害するとして,被告製品3及び4についてはその製造,販売等の差止め及び製品の廃棄を求め,併せて損害賠償の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(認定の根拠を掲げない事実は,当事者間に争いがない。) (1) 原告の有する特許権 原告は,次のア,イの各特許権(以下順に「本件特許権1」,「本件特許権2」と,これらを併せて「本件特許権」といい,その発明を順に「本件発明1」,「本件発明2」と,これらを併せて「本件発明」ということがある。)を有している。
ア 本件特許権1 (ア) 発明の名称 電子的に検知可能で不作動化可能な標識及びその標識を用いた電子安全装置 (イ) 出願日 昭和59年4月23日 (ウ) 登録日 平成4年7月13日 (エ) 特許番号 第1677440号 (オ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報1」写しの請求の範囲1記載のとおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書1」という。) イ 本件特許権2 (ア) 発明の名称 共振ラベルとその製造方法 (イ) 出願日 昭和63年3月16日 (ウ) 登録日 平成10年12月25日 (エ) 特許番号 第2869068号 (オ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報2」写しの請求項1記載のとおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書2」という。) (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである(甲2,4)。
ア 本件発明1 A 誘電材からなる平らな基板14,42,62と,前記基板上に平面回路状に形成され,所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路と,前記基板上の導電部であって,前記基板の両対向面にほぼ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部10,12;22,24;46,50;66,74;10a,12a;22a,28aと,前記導電部のいくつかの間にある不作動化領域とを備え, B 前記不作動化領域は,前記同調回路が十分なエネルギーの不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて,前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する,電子的に検知可能で不作動化可能な標識において, C 前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり, D この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し, E 前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させることを特徴とする F 電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
イ 本件発明2 G 1ケの誘導子と1ケのコンデンサとを形成するように図形化された導電層を備えたシート状支持体を有し, H 該導電層は少なくとも1部の範囲に於いて,絶縁層により分離されたもう1ケの導電層と対向し, I 該絶縁層にはこのように形成された共振回路の非作動化の為の少なくとも1ケの予定短絡通路が設けてある共振ラベルに於いて, J 前記予定短絡通路が,前記絶縁層(1)に設けた少なくとも1ケの貫通切込み又は貫通孔(11)で形成されていることを特徴とする, K 共振ラベル。
(3) 被告製品の構成 ア 被告製品1と2,被告製品3と4は,それぞれ同一製品を対象としているが,各特許権との対比の便宜上,原告において,2種類の方法により特定したものである。
イ 被告製品1及び3の構成については,それぞれ別紙イ号物件説明書及び同ハ号物件説明書記載のとおりであり,当事者間に争いない。
被告製品2及び4の構成については,当事者間に争いがある。原告は,被告製品2及び4の構成は,それぞれ別紙ロ号物件説明書及び同ニ号物件説明書記載のとおりであると主張する。これに対して,被告は,ポリエチレン部には,貫通孔が存在しないとして否認する。
(4) 被告の行為 ア 被告製品1の製造販売 被告は,平成13年ころから被告製品1の製造販売を開始したが,平成14年9月30日にその製造を,同年10月25日出荷分をもってその販売を終了した(乙15,弁論の全趣旨)。
イ 被告製品3の製造販売 被告は,平成14年7月以降,被告製品3を製造販売している(乙15)。
2 争点及び当事者の主張 〔本件発明1と被告製品1及び3との対比〕 (1) 本件発明1の構成要件充足性構成要件A及びCの充足性 (原告の主張) (ア) 「前記導電部のいくつかの間にある不作動化領域」の意義 構成要件Aの「前記導電部のいくつかの間」とは,構成要件Cの「いくつかの導電部の間」と同義である。したがって,「前記導電部のいくつかの間にある不作動化領域」とは,不作動化領域が導電部と導電部の間,すなわち,少なくとも2つの導電部の間に存在することを意味する。
(イ) 被告製品1及び3との対比 被告製品1及び3のアルミニウム板3及び5はポリエチレンフィルムからなる基材1を挟んで対向し1個のコンデンサを形成している(別紙イ号及びハ号物件説明書参照)。そして,アルミニウム板3の部分にはクレーター状部が設けられており,被告製品1及び3はこのクレーター状部で不作動化している。
したがって,被告製品1及び3は,本件発明1の構成要件Aを充足し,また,構成要件Cも充足する。
(被告の反論) (ア) 「前記電導部のいくつかの間にある不作動化領域」の意義 構成要件Aの「前記導電部のいくつかの間」における「前記導電部」とは,「コンデンサを形成する導電部10,12;22,24;46,50;66,74;10a,12a;22a,28a」を指すものであることは明らかである。そして,2つの導電部で1つのコンデンサを形成することは技術常識であるから,「前記導電部のいくつか」とは,コンデンサを形成する導電部10,12,同22,24,同46,50,同66,74,同10a,12a,同22a,28aというように,2つの導電部の組(1セット)が複数個あることを示していることも明らかである。
したがって,「前記導電部のいくつかの間」とは,基板上に複数個ある,前記導電部の組(1セット)同士の間(基板表面を水平面とするならば,「水平方向の間」となる。以下同様に用いる。)であることになり,「前記電導部のいくつかの間にある不作動化領域」とは,前記導電部の組(1セット)を複数個設け,その「水平方向の間」に不作動化領域を備えることを意味する。このような解釈は,本件特許権1に関する無効審判請求に対する審決における解釈や,本件特許権1の出願経過とも合致する。
(イ) 被告製品1及び3との対比 被告製品1及び3は,1個のコンデンサしか有していないから,「前記導電部のいくつか」を充足せず,したがって,「導電部のいくつかの間にある」も充足しない。
被告製品1及び3は,本件発明1の構成要件Aを充足しない。
また,構成要件Cの「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって」も,前記の解釈を前提とするものであるから,被告製品1及び3は,構成要件Cも同様に充足しない。
構成要件Bの充足性 (原告の主張) (ア) 「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する」の意義 構成要件Bの「検知用周波数」は,「不作動化用周波数」と,同じ周波数であってもよく,2つの共振周波数を有する場合に限定されるものではない。
このことは,本件明細書1に,1つの周波数で検知され,不作動化される実施例が記載されていること(本件明細書1第8欄19ないし39行,第1図)から明らかである。
また,構成要件Bの「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する」は,「前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性を破壊する」と解すべきである。このことは,例えば本件特許1の請求の範囲第1項の従属項である同第4項に「前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように」と記載されていること,及び,発明の詳細な説明欄(本件明細書1第11欄11行)に「検知用周波数での標識の共振特性は,永久に破壊される。」と記載されていることから明らかである。
(イ) 被告製品1及び3との対比 被告製品1及び3は,共振回路が約8.2メガヘルツ(中心周波数)の不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて,検知用周波数での共振回路の共振特性が破壊される。
よって,被告製品1及び3は,本件発明1の構成要件Bを充足する。
(被告の反論) (ア) 「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する」の意義 構成要件Bの「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する」における「前記検知用周波数」とは,構成要件Aの「所定の範囲内の標識回路検知用周波数」を指すと解すべきである。
そして,この「検知用周波数」は,「前記不作動化領域は,前記同調回路が十分なエネルギーの不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて,」(構成要件A)における「不作動化用周波数」とは異なるものと解すべきである。
(イ) 被告製品1及び3との対比 被告製品1及び3においては,同調回路を不検知化する周波数と,検知用周波数は,同一の8.2メガヘルツ周波数(中心周波数)であり,「前記検知用周波数」と異なる「不作動化用周波数」を用いていない。
また,被告製品1及び3においては,検知用周波数でその同調回路の共振特性が破壊されることはない。
したがって,被告製品1及び3は,本件発明1の構成要件Bを充足しない。
なお,同様の理由により,被告製品1及び3は,構成要件E「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させることを特徴とする」を充足しない。
構成要件D及びEの充足性 (原告の主張) (ア) 構成要件D及びEの「アーク放電」の意義 本件発明1における不作動化とは,十分な電気エネルギーで共振回路を共振させ,放電により全路破壊を生ぜしめて,コンデンサの電極間を短絡させるというものであり,アークが基板層を貫通することにより短絡路が形成されることが重要なのであって,基板層を貫通するものであれば,それがアーク以外の放電であっても差し支えない。
また,基板層を貫通する放電,すなわち,電極間の全路破壊により短絡を生ぜしめる放電としては,アーク放電と火花放電があり得るが,その区別の基準は様々であり,火花放電がいつアーク放電に移行したかを判定することは困難であるし,全路破壊が火花放電によるものか,アーク放電によるものかについては,明確な基準は学問上確立されていないから,このような基準を定立する技術的意義もない。
よって,構成要件D及びEの「アーク放電」とは,実質的には「火花放電」を含むものと解すべきである。
(イ) 被告製品1及び3との対比 a 被告製品1及び3は,以下の実験結果等に照らすと,アーク放電により不作動化している。なお,被告製品1についての各実験結果は,被告製品3にも当てはまる。
(a) 甲6の実験報告書 被告製品1のクレーター状部では,強い電磁波の投射(共振)により放電が発生し不作動化している(甲6,実験報告書)。すなわち,甲6の実験によると,不作動化装置のスイッチを入れ,被告製品1の同調回路に強いエネルギーの電磁波を投射すると(甲6,写真12),被告製品1の同調回路が共振特性を失い,不作動化される(甲6,写真13)。これは,被告製品1の同調回路に強いエネルギーの電磁波を投射すると,同調回路を構成するコンデンサの誘電体内の電流が飛躍的に急増し,誘電体を挟んだ電極間の電圧が急に高くなり,放電が生じ,連結し,共振特性が失われること(不作動化)を示すものである。
(b) 甲14の実験報告書 原告は,厚さがそれぞれ50μm及び9μm,底辺が20mm,頂点から底辺までの高さが21mmの五角形の形状を有するアルミ箔を2枚使用し,アルミ箔の五角形の頂点が厚さ22μmのポリエチレンを挟んで対向する構成を有するサンプルを作成し,これに電圧を加える実験を行った(甲14。なお,被告製品1は,20μm厚のポリエチレンを,上下方向から50μm及び10μm厚の2枚のアルミニウムが挟む構成を有している。)。その結果,サンプルは2900Vで絶縁破壊したが,絶縁破壊の瞬間に強い発光が観察されたほか,上下のアルミ箔の対向部分(五角形の頂点部分)に貫通孔を生じて短絡し(甲14,4頁),実際に短絡路も観察された(甲14,5頁中段左右の写真)。
本サンプルにおけるアルミニウムとポリエチレンの溶融温度は,それぞれ約660℃,約130℃であることから,絶縁破壊時の貫通孔周辺は少なくとも660℃を越える温度になっていることが分かる。
このように,サンプルの貫通孔部分が少なくとも660℃を超える温度で絶縁破壊したこと,及び絶縁破壊時に強い発光が観察されたことに照らすならば,サンプルがアーク放電により絶縁破壊したことが認められる。すなわち,サンプルのアルミ箔間に電圧を加えていくと,まず,誘電材であるポリエチレンが部分破壊され,部分破壊された空間には気体放電が持続され,いわゆるアーク放電に移行し,その際,ポリエチレンの部分破壊箇所により大きな貫通孔が形成されること,また,その放電両端のアルミ箔の一部が溶融され,これがポリエチレンの貫通孔にアルミニウムが溶着して短絡路が形成され,絶縁破壊されることが明らかである。
そして,サンプルは,被告製品1及び3と同様の構造を模して作成されているから,本実験から,被告製品1及び3においても,アーク放電が発生し,ポリエチレンフィルムの貫通孔にアルミニウムが溶着して短絡路が形成され絶縁破壊されることがわかる。
(c) 甲15の意見書の記載内容 甲14の実験からすると,被告製品1の不作動化は,当該部分が少なくとも約660℃を越える温度となる放電によって生じている。すなわち,アルミニウム板間に電圧を加えていくと,まず,誘電材であるポリエチレンフィルムの凹部が部分破壊され,部分破壊された空間には放電が発生,持続される。その際,ポリエチレン凹部の部分破壊箇所には,より大きな貫通孔が形成される。また,放電発生時には,その放電両端のアルミニウム板の一部は溶融され,これがポリエチレンフィルムの貫通孔周辺に溶着され,電気的な短絡路が形成される。
そして,アルミニウムの融点は660.4℃であるから,アルミニウムにおける極限電圧と極限電流は,これより融点の低い亜鉛(Zn)と融点の高い銀(Ag)の極限電圧と極限電流の間の8.1ないし9.0V及び0.36ないし0.9Aと推測されるところ,被告製品1のコイルに誘起される電圧は,41ないし68V,コイルの電流は,0.25〜0.41Aであるから,被告製品1のアルミニウム板間においては,アーク放電の発生の可能性があることは明白である。
b 以上のとおり,被告製品1及び3においては,コンデンサのアルミニウム電極間に短絡が生じて全路破壊が生じており,コロナ放電のような部分放電によるものではない。
そして,被告製品1及び3においてコンデンサのクレーター状部に全路破壊により短絡が生じていることからすれば,アーク放電又は火花放電が生じていることは明らかである。
よって,被告製品1及び3は構成要件D及びEを充足する。
(被告の反論) (ア) 構成要件D及びEの「アーク放電」の意義 本件発明1は,アーク放電により誘電材を貫通して同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させることを特徴とするものであり,アーク放電の中にアーク放電とは異なる放電現象である火花放電をも含めて解釈することは許されない。
アーク放電と火花放電とは異なる放電現象であり,アーク放電の中に火花放電を含めて解釈することは理論的にも誤りである。原告も,当初は,アーク放電を字義どおりの意味にとらえていた。
(イ) 被告製品1及び3との対比 誘電体の絶縁破壊は,放電以外にも様々な原因により生じるものである。原告の主張は,誘電体の絶縁破壊が起きる原因が放電しかないことを前提とした誤ったものである。
また,放電は,気体中(固体誘電体の表面や,ボイドなど)に発生するものであり,固体誘電体内部を貫通して発生するものではない。
なお,沿面放電(液体,固体誘電体の表面に沿って放電が生じる場合)において,発生した放電がアーク放電に進展することがあり,その場合アーク劣化(固体が放電にさらされたときに,主にその熱作用で表面が劣化し,導電路が形成されること。)が生じるが,このアーク劣化が生じるには,12500Vの高電圧を一定条件で135秒ないし160秒印加しなければならない。
被告製品1及び3のアルミニウム板の間に流れる電流の大きさは0.018ないし0.033Aにすぎず,このような微弱な電流ではアーク放電は発生しない(乙10)。
被告製品1及び3において不検知化するのは,アルミニウム板の間に発生する電圧によって,クレーター状部にあるアルミニウム板の表面に強い電界が発生し,その電界でアルミニウム金属原子を放出させ,その原子が絶縁物(ポリエチレン)を構成する高分子の透間に沈着し,その結果,両方のアルミニウム板を電気的に接続するためであり,アーク放電の熱により絶縁物が破壊されることによるのではない。
以上のとおり,被告製品1及び3においてはアーク放電は発生していない。また,被告製品1及び3のクレーター状部のアルミニウム電極間に全路破壊も発生していない。 よって,被告製品1及び3は,本件発明1の構成要件D及びEを充足しない。 (2) 被告製品1及び3における「火花放電」は,構成要件D及びEの「アーク放電」と均等の範囲に含まれるか否か。
(原告の主張) 仮に,構成要件D及びEの「アーク放電」には,「火花放電」を含まず,被告製品1及び3において発生した放電が「火花放電」であるとしても,以下のとおり,被告製品1及び3における「火花放電」は,構成要件D及びEの「アーク放電」と均等の範囲に含まれる。
ア 本質的部分について 本件発明1の特徴的な部分は,共振回路を有する商店からの商品の盗難防止等に用いられる電子安全装置(タグ)において,コンデンサの電極間を放電により積極的に短絡させ,全路破壊を生じさせることにあるから,その手段としてのアーク放電は本件発明1の本質的部分ではない。
置換可能性について アーク放電と火花放電とでは,電極間が短絡される全路破壊を生ぜしめる点において相違はない。したがって,アーク放電を火花放電に置き換えたとしても,本件発明1の目的を達成し,その作用効果を奏することができる。
容易想到性について 被告製品1及び3の製造時に,当業者であれば,コンデンサの電極間を短絡させ,全路破壊を生じさせる火花放電を発生させ,これにより共振回路のコンデンサの共振特性を破壊もしくは変化させることができることを,極めて容易に想到し得たものである。
エ 容易推考性について 被告製品1及び3は,先行技術と大きく相違しているから,本件特許発明1の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから容易に推考できたものではない。
オ 意識的な除外について 本件特許権1の特許出願手続において,火花放電により電極間を短絡させ,全路破壊を生ぜしめる場合を本件特許権1の請求の範囲から意識的に除外した等の特段の事情はない。
(被告の反論) ア 均等侵害の前提の欠如 原告は,被告製品1及び3において火花放電が発生していることを前提として,あるいは,少なくとも火花放電が発生しているとして,均等侵害を主張する。しかし,被告製品1及び3においては,火花放電は発生していないか,火花放電が発生しているに足りる立証がされていない。
このように,原告は,被告製品の構成を確定することなく,均等侵害を主張するが,このような均等侵害が成立する余地はない。
原告の均等侵害に関する主張は,主張自体失当である。
均等侵害の要件の欠如 被告製品1及び3において発生した放電が「火花放電」であるとしても,以下のとおり,被告製品1及び3における「火花放電」は,構成要件D及びEの「アーク放電」の均等の範囲に含まれない。 (ア) 本質的部分について 本件明細書1の「(特許)請求の範囲」欄には,「アーク放電」と明確に記載され,「発明の詳細な説明」欄には,電気アークの発生・形成,電気アーク発生による金属の気化,放電路への金属の付着などが記載され,後記(エ)記載の,本件特許1の出願経過にも照らすと,アーク放電の発生は,本件発明1の本質的部分である。
(イ) 置換可能性について 原告の提出に係る甲17には,「部分放電から全路破壊に移行するときの過渡現象を火花放電といい,全路破壊に完全に移行した放電をアーク放電という」旨記載されており,火花放電が生じても,全路破壊に至っていないことが明らかである。
また,そもそも,被告製品1及び3においては全路破壊は生じていないから,本件1の作用効果も奏しない よって,置換可能性はない。
(ウ) 容易想到性について 前記(イ)記載のとおり,火花放電が生じても,全路破壊は生じないのであるから,原告の容易想到性に関する主張は前提を欠く。
(エ) 意識的な除外について 本件特許1の出願人は,特許請求の範囲の記載につき,当初「アーク放電を優先的に生ぜしめ」とし(乙1の2),その後,「アーク放電させ」と手続補正した(乙1の3)。
そして,拒絶理由通知書に対する意見書(乙1の7)において,誘電材を貫通して生じる絶縁破壊によって共振特性を破壊,変化させる手段として様々な方法があり,その一例としてアーク放電を説明し,その上で手続補正し(乙1の6),現在の本件発明1の内容の記載に至ったものである。
このような本件発明1の出願経過からすると,本件特許1の出願人は,誘電材部分に生じる放電につきアーク放電に意識的に限定したものというべきである。
〔本件発明2と被告製品2及び4との対比〕 (4) 本件発明2の構成要件充足性 (原告の主張) 前記のとおり,被告製品2及び4は,それぞれ被告製品1および3と同一製品を対象としているが,本件発明2との対比の便宜上,原告において,別個の方法により特定したものである。
被告製品2及び4は,以下のとおり,本件発明2の技術的範囲に属する。
構成要件Iの充足性 被告製品2及び4に貫通孔が存在する以上,被告製品2及び4においては貫通孔において放電現象が生じ,貫通孔に短絡通路が形成されて短絡が生じることになる(本件明細書2第5欄35ないし39行目参照)。すなわち,貫通孔が予定短絡路となっている。
よって,被告製品2及び4は,本件発明2の構成要件Iを充足する。
構成要件Jの充足性 以下のとおり,被告製品2及び4は,本件発明2の構成要件Jを充足する。
(ア) 「前記絶縁層(1)に設けた」について 本件発明2は物の発明であって,製造方法によって限定された物の発明ではないから,その技術的範囲は,貫通孔が設けられた特定の方法に限定されるものではない。仮に,被告製品2及び4の製造過程において,貫通孔を形成するための工程がないとしても,貫通孔が存在しさえすれば,貫通孔を「設けた」といえる。
前記ア記載のとおり,被告製品2及び4のクレーター状部には,貫通孔が存在している。
(イ) 「少なくとも1ケの」について 構成要件Jの「少なくとも1ケの」貫通孔とは,最少でも1ケを意味する。このことは,本件明細書2に「貫通した1ケの切込み又は孔(複数,例えば2ケ乃至3ケ在ってもよい)」(本件明細書2第5欄29ないし30行)と記載されていることからも明らかである。
前記ア記載のとおり,被告製品2及び4には,少なくとも1ケの貫通孔が存在する。
(ウ) 「貫通切込み又は貫通孔(11)」について 物の発明である本件発明2においては,貫通孔が存在すれば足りるのであって,その技術的範囲は,貫通孔を形成する特定の方法に限定されるものではないし,また,貫通孔を積極的に設ける意図が存在する場合に限定されるものでもない。
前記ア記載のとおり,被告製品2及び4には,貫通孔が存在している。
(エ) 「予定短絡通路が,・・・(貫通切込み又は貫通孔(11))で形成されている」について 後記ウ記載のとおり,短絡通路が共振特性を永久に破壊させるという性質を有する必要はない。そして,前記ア記載のとおり,被告製品2及び4には予定短絡通路が存在する。
ウ 被告製品2及び4は,公知技術実施したものにすぎないか。
被告は,被告製品1及び3が,本件明細書2第4欄40行ないし5欄11目に記載された従来技術と同一の構成を有するから,公知技術実施品にすぎないと主張する。しかし,被告製品2及び4には,貫通孔が存在している以上(甲13),被告製品2及び4は,本件明細書2第4欄40行ないし5欄11行目に記載された従来技術とは異なるから,被告の上記主張は失当である。
また,被告は,被告製品2及び4には,共振特性を永久に破壊させるための永久短絡路が形成されておらず,被告製品2及び4は,公知技術実施である旨主張する。しかし,本件発明2は,上記の意味の永久短絡路を形成することを構成要件としていないから,被告の主張は,主張自体失当である。
(被告の反論) 被告が製造販売する製品は,被告製品2及び4と特定されるべきではなく,被告製品1及び3と特定されるべきである。したがって,被告は,そもそも,被告製品2及び4を製造,販売していない。なお,被告は,被告製品が,被告製品1及び3で特定される物であること前提として,本件発明2の技術的範囲に含まれない旨を主張する。
構成要件Iの充足性 被告製品1及び3のポリエチレン層(絶縁層)には,共振回路の非作動化のための少なくとも1ケの「予定短絡通路」は設けられていない。
そもそも,原告は,被告製品のどの部位が予定短絡通路であるかを明示して主張しておらず,主張自体失当である。
構成要件Jの充足性 被告製品1及び3には,貫通切込み又は貫通孔が存在しないから,被告製品1及び3は,本件発明2の構成要件Jを充足しない。
また,以下の点に照らしても,被告製品1及び3は,本件発明2の構成要件Jを充足しない。
(ア) 「前記絶縁層(1)に設けた」について a 意義 本件明細書2には,貫通切込み又は貫通孔の直径,断面積,個数,複数ある場合の貫通孔同士の間隔,位置決め,設ける手段(ナイフロール,針ロール,レーザー),製造方法などについて記載されている。
したがって,貫通切込み又は貫通孔を「設ける」とは,積極的にその仕様を設定し,それに基づいて積極的にシート状支持体(絶縁層1)に孔を形成することを意味し,たまたま孔が開いた場合は含まれないと解釈すべきである。
b 被告製品1及び3との対比 被告製品1及び3の製造工程には,貫通切込み又は貫通孔を積極的に形成する工程は含まれていない。したがって,被告製品1及び3には,積極的に形成された貫通切込み又は貫通孔は存在しない。
(イ) 「少なくとも1ケの」について a 意義 「少なくとも1ケの」とは,同じ製造工程において製造する場合に,同時に複数製造される共振ラベルは,それぞれ「同じ個数」の貫通孔が設けられていることを意味する。
すなわち,「少なくとも1ケ設ける」とは,同じ製造工程で製造された共振ラベルに開けられた貫通孔の数は,すべて共通であることを意味し,同じ製造工程で製造されたもののうち,あるものは1ケ貫通孔が開いているが,他のものは3ケ開いているとか,他のものは開いていない,という場合を含まないと解すべきである。
b 被告製品1及び3との対比 原告の主張によれば,同じ製品において貫通孔のあるもの(被告製品2及び4)と,ないもの(被告製品1及び3)の2種類があるとのことであるから,被告製品1及び3は,「少なくとも1ケの」との要件を充足しない。
(ウ) 「貫通切込み又は貫通孔(11)」について a 意義 構成要件Jの「貫通孔」は,積極的に「貫通」するように設けた「切込み」,「孔」をいうものであり,たまたま開いているものは含まないと解すべきである。
b 被告製品1及び3との対比 前記(ア)b記載のとおり,被告製品1及び3には,積極的に形成された貫通切込み又は貫通孔は存在しない。
(エ) 「予定短絡通路が,・・・(貫通切込み又は貫通孔(11))で形成されている」について a 意義 本件明細書2第5欄33ないし41行目に記載された公知技術(「公知の型押し」)との対比からすれば,本件発明2では明瞭な通路が与えられることが前提となっているというべきである。すなわち,ここでの「短絡通路」とは,本件発明2の効果の記載との関係から,不作動化した後にすぐにふさがってしまうようなものではなく,「非作動化が確実に長期」に続くような「貫通孔」で形成された「短絡通路」を指すものというべきである。
b 被告製品1及び3との対比 被告製品1及び3においては,不作動化した後でも,クレーター状部9を針でこするなどすると,すぐに共振特性が復活してしまう。
すなわち,被告製品では,共振特性を永久に破壊させるための永久短絡路が形成されていない。
また,前記ア記載のとおり,被告製品1及び3には予定短絡通路が存在しない。
ウ 被告製品2及び4は,公知技術実施したものにすぎないか。
被告製品1及び3におけるクレーター状部9は,@加熱した直径1mm程度の金属製ピンによって,アルミニウム3を押圧する,Aこのピンによって,アルミニウム板3からアルミニウム5方向に押圧することにより,アルミニウム板3と基材1が変形し,クレーター状部9(リング状の9a部と平坦部9b)が形成される,Bこの押圧によって,アルミニウム板3の裏側にあるポリエチレン層は圧力によって押しつぶされ,薄いポリエチレン部9cが形成される,という方法により形成される。
被告製品1及び3は,本件明細書2第4欄40行ないし5欄11目に現在市場にある製品,すなわち従来技術であると記載されたものと同一の構成を有する。
また,被告製品1及び3においては,共振特性が破壊され不作動化した後も,容易に共振特性が復活し,共振特性を永久に破壊させるための永久短絡路が形成されていないので,不良率の増加や非作動化が確実に長期に渡って実施不可能であることといった本件発明2の課題が解決されていない。
したがって,公知技術実施品にすぎない被告製品1及び3は,本件発明2の技術的範囲に属しない。
(4) 被告製品3及び4の製造等の差止め及び廃棄を求めることができるか。
(原告の主張) 被告は,本件発明の技術的範囲に属する被告製品3及び4を,業として製造販売,及び販売の申出をして,本件特許権を侵害している。
よって,原告は,被告製品3及び4について,特許法第100条1項に基づき差止めを求めるとともに,同条2項に基づき廃棄を求める。
(被告の反論) 争う。
(5) 損害の有無及びその額 (原告の主張) 被告は,平成13年ころから被告製品1及び2の製造販売を開始し,平成14年11月までに,少なくとも1億5000万枚の被告製品を販売したものと考えられる。
原告のタグ1当たりの利益は2円であることから,原告の受けた損害の額は,3億円を下らない。
(被告の反論) 争う。
争点に対する判断
〔本件発明1と被告製品1及び3との対比〕 1 争点(1)(本件発明1の構成要件充足性)について (1) 構成要件D及びEの充足性について ア 「アーク放電」の意義 (ア) 本件明細書1の記載 本件明細書1には以下の記載がある。
a 本件明細書1の「特許請求の範囲」欄には,「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,・・・」との記載がある(本件明細書1第1欄19行目ないし第2欄6行目)。
b 本件明細書1の「発明の詳細な説明」欄には,「絶縁破壊で形成された電気アークは,外部電源から継続して共振回路に伝達されているエネルギーにより維持される。電気アークは凹部20付近で金属を気化させて,導電路18を破壊し,このため標識回路の共振特性が永久的に破壊される。」との記載がある(本件明細書1第10欄6ないし11行目)。また,同欄には,「電気アークはコンデンサ板同士の間で生じ,その表面では生じないので,コンデンサ板の表面を被覆しているまたはその表面に接触している材料が何であるかによって,電気アークの能力,つまりアークが発生する付近にある金属を気化させるアークの能力が大きく変化することはない。」との記載がある(本件明細書1第11欄19ないし25行目)。
c また,同欄では,第10図ないし第12図を用い,コンデンサ板の間でプラスチック層を通る電圧降伏の開始状態,アーク放電後プラズマが形成された状態などが説明されている(本件明細書1第16欄4ないし11行目)。
d これに対し,本件明細書1においては,絶縁破壊に当たり生じる現象につき,アークが発生すること及びアーク放電以外の現象については何らの言及もない。
(イ) 文献等における記載 a 甲18の2(電気工学ハンドブック) 甲18の2の図17においては,気体放電が持続放電と非持続放電とに分けられており,そのうち持続放電が,コロナ放電,火花放電,グロー放電及びアーク放電の4つに分類されている。
b 甲34(放電ハンドブック) 甲34では,火花放電につき,電気が絶縁体である気体が電子の電離増倍作用で極めて短時間に導電率の高い強電離プラズマとなり,ギャップを橋絡する現象と説明されている。そして,「2.2.1 定常放電と火花放電」の項目では,低気圧放電管の定常放電が,暗流域とタウンゼント放電で開始され,電流密度の過渡的上昇による空間電荷作用で電圧降下を生じ,グロー放電に移行すること,電流密度を上昇させるには印可電圧の上昇を必要とし,その後,再び電流密度の過渡的急上昇と電圧降下が起こり,放電の最終段階であり導電率の高いアーク放電に至ること,アーク放電の特徴として,電圧が数十Vで数百oA以上の電流を維持することなどの記載がある。そして,このような定常放電と火花放電との相違点が説明されている。
なお,甲34の図1及び図2では,タウンゼント放電からグロー放電及びアーク放電へ移行する際の電流と電圧の関係が示されているが,これらから,アーク放電へ移行するために,タウンゼント放電やグロー放電の場合と比較して極めて強い電流が必要とされることが読み取れる。
c 乙7(誘電体現象論) 乙7の324頁においては,「固体誘電体の表面,あるいは近くの媒質(気体または液体)に高電圧が加わると,この電極間は火花放電を経由して全路破壊に進展し,そのときの条件(電源容量,電極構成など)によって放電形式はグロー放電,さらにはアーク放電に移行する。」との記載がある。
d 乙13(理化学辞典) 乙13の7頁においては,「アーク放電」の項目において,アーク放電について気体放電がもっとも進展し電極材料の一部が蒸発して気体になった状態などと説明されている。また,1267ないし1268頁においては,「放電」の項目において,放電には,高電圧のもとでは絶縁破壊した絶縁体を通じて行われるものもあること,絶縁体が気体の場合には気体放電ということ,グロー放電においては,電子とイオンが陽極付近にプラズマを形成して陽極柱を作り,陰極付近にはイオンの空間電荷層を生じて大きい電位差(陰極降下)が存在すること,大電流が流れて陰極で熱電子放出が生じるようになれば,陰極降下が著しく減少しもっとも進んだ段階のアーク放電となること,グロー放電やアーク放電の前に不連続的過渡現象として火花放電が生じることもあり,電場が不均一ならば,さらにその前にコロナ放電が起こること,普通は,気圧が低くないときは火花放電となることなどが説明されている。
e 乙21の添付資料(世界大百科事典) 乙21の添付資料にも,気体放電が,持続放電と非持続放電,火花放電,グロー放電とアーク放電などに分類される旨が記載されている。
(ウ) 小括 前記(ア)に記載したとおり,本件明細書1においては,本件発明1の電子標識の絶縁層において,アーク放電が生じる旨の記載のみがなされている。そして,前記(イ)に記載した文献等の記載によれば,アーク放電は,火花放電をはじめとした他の放電方式とは明確に区別され,一義的な意味を有した用語である。そうすると,本件発明1の構成要件D及びEにおける「アーク放電」とは,字義どおりアーク放電のみを指すのであって,その他の形式の放電を包含しないと解するのが相当である。
原告は,本件発明1の作用効果等に照らすと,本件明細書1にいうアーク放電には,火花放電も含めて解釈すべきである旨主張するが,上記のとおり,採用することができない。
イ 被告製品1及び3との対比 以下の点に照らすならば,被告製品1及び3において,クレーター状部の絶縁層においてアーク放電が発生していることを認めるに足りる証拠はない。したがって,被告製品1及び3は,本件発明1の構成要件D及びEを充足しない。
(ア) 放電の有無について 原告の行った各実験の報告書(甲19,23)には,被告製品1及び3を不作動化させる際に発光が見られた旨の記載があり,原告は,これらの発光は,被告製品1及び3のクレーター状部において放電が生じて絶縁破壊していることを示すものである旨主張する。
しかし,被告製品1及び3のクレーター状部は,絶縁層であるポリエチレンの上下が,導電層であるアルミニウムにより覆われている。したがって,甲19及び23において,被告製品に電圧を負荷してこれを不作動化させる際に,外部から,被告製品において発光があることを認識したとしても,これにより,ポリエチレン内部で放電が生じていると断定することはできないというべきである。
むしろ,後に3(2)において判示するような被告製品のクレーター状部の製法や,実際に被告製品のクレーター状部のアルミニウムの一部に亀裂が存在していることに照らすならば,被告製品のクレーター状部において放電が生じているとしても,被告製品のクレーター状部を設ける際に,アルミニウム及びポリエチレン部に亀裂が生じ,これらの亀裂部分を介して電極間に放電が生じている可能性を否定することはできない。したがって,原告の実施した実験結果から,被告製品の絶縁層で放電が生じているとは認め難い。
なお,原告は,実験により,被告製品1及び3が不作動化する際の誘起電圧を測定しているが,前記のとおり,そもそも被告製品の絶縁層に放電が生じているか否か明らかでない以上,これらの実験の結果をもって,直ちに,被告製品1及び3の絶縁層において放電が生じていると認定することはできない。
(イ) アーク放電の有無について 前記ア(イ)に記載した文献等の記載に照らすならば,アーク放電が発生するためには,電極間に極めて強い電流が維持される必要がある。しかし,本件全証拠によるも,被告製品1及び3において,不作動化させる際にどの程度の電流が維持されることが必要か明らかではない。以上のとおりであるから,仮に,被告製品の絶縁層において放電が生じているとしても,アーク放電であると認めることは到底できない。
2 争点(2)(均等侵害の成否)について 原告は,仮に,構成要件D及びEの「アーク放電」には,「火花放電」を含まず,被告製品1及び3において発生した放電が「火花放電」であるとしても,被告製品1及び3における「火花放電」は,構成要件D及びEの「アーク放電」と均等である旨主張する。この点について判断する。
(1) 事実認定 ア 出願経過について (ア) 公表特許公報(乙1の2)の記載 本件発明1は,昭和59年4月23日に出願され,昭和61年9月4日に公表されたが,この公表特許公報においては,本件発明1に係る請求項につき,「導電域内で両導電域の間を結びかつ基盤を貫通する導電路を形成してこの基盤に十分なエネルギの前記周波数での電磁場に応答してアーク放電を優先的に生じしめ」と記載されていた(乙1の2)。
(イ) 手続補正書(自発)(乙1の3)の記載 その後,出願人は,同年12月9日,前記部分につき,「共振標識回路の存在を検知すると動作して十分なエネルギーの前記共振周波数で電磁場を生じ,これによって標識回路の基板を通って両コンデンサ板の間をアーク放電させ」と補正した(乙1の3)。
(ウ) 意見書(乙1の7)の記載 本件発明1の出願に関し,特許庁審査官は,平成元年8月15日,各物品,商品に付着させた共振標識を,該物品,商品が通過する領域で検知し,警報を発するようにした電子安全装置において,上記共振標識の回路にヒューズ部を設け,外界のエネルギーの付与により,該共振標識の共振特性を破壊する不作動化手段を備えたものは,拒絶理由通知書記載の公報に記載されていること,2つの電極を誘電体を挟んで対向させて形成した共振標識回路のコンデンサ部に,ヒューズ部を設けることは,コンデンサのサージ破壊を知っている当業者であれば容易に想到し得る事項であることなどを理由として,拒絶理由通知書を発した(乙1の4の1)。
これに対し,出願人は,平成2年3月12日付手続補正書を提出し,本件発明1に関する請求項につき,本件明細書1の「(特許)請求の範囲」欄どおりの記載に補正した。
そして,出願人は,同月14日付意見書において,前記拒絶理由通知書に記載された技術は,いずれもヒューズリンクを用いるものであるのに対し,本件発明1は,このようなヒューズリンクを用いた構成に随伴する欠点の解消を目的とし,ヒューズリンクを溶断させる代わりに,導電部の間にあって導電部を相互に電気的に絶縁している誘電材に絶縁破壊を生じさせるという構成を採用しており,ヒューズを設けるという構成を採用していない,誘電材を貫通して生じる絶縁破壊を用いると,標識回路の共振特性を様々な仕方で破壊又は変化させることができ,例えば,電気アークを誘電材の貫通する所望の放電路に沿って発生させ,導電部(つまり標識回路)の電気的連続性を破壊したり,また導電部間に短絡路を形成して標識回路の一部を短絡させることができる旨説明した。
イ 文献等について 前記1,(1),ア,(イ)記載の文献等のうち,乙7の2については,昭和48年,乙13については昭和46年と,いずれも本件発明1の出願以前にそれぞれ出版されている。そして,前記のとおり,これらの文献においては,アーク放電と火花放電や他の放電形式とが明確に区別して記載されている。
(2) 均等侵害の有無に関する判断 以上の点に照らすと,出願人は,アーク放電を発生させる以外の方法によっても,標識回路の共振特性を破壊するという効果をもたらすことができることを認識し,また,放電の種類に関し,火花放電等の他の放電形式も存在することが公知である中で,本件明細書1において,専らアーク放電を発生させる態様のみを「特許請求の範囲」に記載したものであるということができる。
そうすると,出願人は,本件発明1の出願手続において,本件発明1の技術的範囲を,アーク放電を発生させる構成のみに限定し,その他の放電形式を除外したというべきである。
したがって,被告製品において火花放電が生じているとしても,均等の成立を妨げる特段の事情があるというべきであり,原告の均等侵害に関する主張は理由がない。
〔本件発明2と被告製品2及び4との対比〕 3 争点(3)(本件発明2の構成要件充足性)について (1) 構成要件Jの充足性について ア 「貫通切込み又は貫通孔」の意義 (ア) 本件明細書2の記載 本件明細書2には,以下の記載がある。
a 本件明細書2の「特許請求の範囲」欄には,「予定短絡通路が,前記絶縁層(1)に設けた少なくとも1ケの貫通切込み又は貫通孔(11)で形成されていることを特徴とする,共振ラベル」との記載がある(本件明細書2第1欄8ないし10行目)。
b 本件明細書2の「発明の詳細な説明」欄の「従来の技術」には,ラベルの非作動化に必要なエネルギーを低減する従来例として,@ラベルを製作してからその1か所,特にコンデンサプレートの範囲にノッチを設ける方法があるが,この方法では,数百分の1mmの厚さの基盤にその都度所定の深さのノッチを入れるのは極めて困難であり,実際には導電層が切込みによって種々の深さに絶縁層の中に入り込むか,あるいは切込みが表面に入るだけで,そのため火花を「迂回して」とばすのにかなり大きな非作動化エネルギーを必要とし,こうしてコイルの特性が非常に変動する結果となる旨の記載がある。また,別の従来例として,Aラベルを製作してから,導電層が絶縁層のみを介して対向している範囲で場所的に限定した圧力を加え,誘電体をこの圧力により局部的に薄くする方法があるが,この方法では,製作したラベルの各層の厚さの変動が,加圧後に得られた誘電体の性能低下に大きく影響するほか,加圧された面積が比較的大きいため,これが共振回路の共振周波数に大きく影響し,あらかじめ定めた共振周波数への調節,または少なくともある狭い周波数範囲への調節が難しいという欠点があり,また,従来誘電体として専ら使用されていた約26ないし30μmの範囲のかなり厚いポリエチレンが使用されており,これを加圧により5ないし8μmに減らさなければならないという問題点もある旨の記載がある(本件明細書2第4欄28行ないし第5欄7行目)。
c 本件明細書2の「発明の詳細な説明」欄の「目的達成の手段と効果」には,「貫通した1ケの切込み又は孔(複数,例えば2ケ乃至3ケ在ってもよい)を絶縁層に配置することによって,場所的に限られた,しかも規定された不均質性を作ることができる。・・・この穿孔(本発明の意味では『孔』又は『穿孔』とは常に切込みを言う)により,放電に明瞭な通路が与えられ,-従来のように-分子構造の間に通路を切り開く必要はない。非作動化の火花は対向した2ケの導電層の間の最短の通路,又は電気抵抗の最小の箇所を通る。その場合,-公知の型押しの場合のような-厚さの変動等の影響はない。この切込み又は孔により,非作動化が従来より遥かに確実に行われ,・・・」との記載がある(本件明細書2第5欄29ないし42行目)。
d 本件明細書2の「発明の詳細な説明」欄の「実施例」には,「従来の技術と異なるのは,両方の導電層2,3が対向している範囲に絶縁層1が少なくとも1ケの貫通孔11を有する点である。これは,誘電子5の(第1図で)右側のコイルの部分と,コンデンサプレート8と端子板9とを結ぶ桟12との範囲であってもよいが,コンデンサプレート7,8の間の範囲10に孔11を配置するのが好ましい。更に付言すれば,複数の孔11の代りにその内の1ケだけを設けてもよいが,Qに対する影響を少なくする為には,孔全体の占める断面積があまり大きくならないようにするのが望ましい。」と貫通孔を設ける位置及びその占める断面積の大きさに関する記載があり,続けて望ましい孔の大きさや面積に関する記載がある(本件明細書2第7欄13ないし31行目)。また,設けられる孔の位置に関し,複数の孔を設ける場合の隣接した孔の間の最低限の間隔及び望ましい間隔について記載されている(本件明細書2第7欄49行ないし第8欄9行目)。さらに,同欄には,穿孔の方法の例としてナイフロール又は針ロールを用いる方法について,その際に使用する工具の説明や,レーザーを使用して穿孔する方法の説明がされているほか,穿孔すべき位置の決め方,針ロールの針の好ましい温度,針の構成,穿孔手段,工具などの説明が記載されている(本件明細書2第8欄30行ないし第10欄45行目)。
(イ) 小括 a 以上の本件明細書2の記載内容に照らすと,本件発明2は,放電を特定の位置に生じさせてラベルを非作動化させるために,特に電極間の絶縁体の一定の場所を何らかの方法により切り開いて一定の大きさ,間隔で切込み又は孔を形成することにその特徴があるということができる。したがって,構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」とは,電極間の絶縁層を切り開いて設けた開口を意味するものというべきである。
b これに対して,原告は,本件発明2は物の発明であるから,製造方法によって限定されない旨主張する。しかし,前記(1)アに記載したとおり,本件明細書2では,「場所的に限定した圧力を加え,誘電体をこの圧力により局部的に薄くする方法」などを従来例として挙げた上で,その問題点を指摘していること,本件発明2の実施例として,穿孔の方法としてナイフロール等を使用する方法を開示していること等に照らすならば,本件発明2は,ナイフロール等を使用して,所定の位置に確実に形成される貫通切込み又は貫通孔を有していることに特徴があるというべきである。したがって,原告の主張は,構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」に関する上記の解釈を左右するに足りない。
(2) 被告製品との対比 ア 被告製品の製法 被告製品に存在するクレーター状部は,以下の方法により形成される(乙16)。すなわち,被告製品のクレーター状部は,(ア)加熱した直径1mm程度の金属製ピンによって,アルミニウム3を押圧する,(イ)このピンによって,アルミニウム板3からアルミニウム5方向に押圧することにより,アルミニウム板3と基材1が変形し,クレーター状部9(リング状の9a部と平坦部9b)が形成される,(ウ)この押圧によって,アルミニウム板3の裏側にあるポリエチレン層は圧力によって押しつぶされ,薄いポリエチレン部9cが形成されるものである。
そうすると,被告製品のクレーター状部は,ラベルの一部に圧力を加えることにより,結局,薄いポリエチレン層を作出する方法により製造されており,これは,正に,前記(1)ア(ア)b記載の従来例Aと同様の方法であって,絶縁層を切り開く過程は存在しない。
このような被告製品の製造方法に照らすならば,被告製品に貫通孔が存在すると認めることはできない。したがって,被告製品は,本件発明2の構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」を具備せず,被告製品は,本件発明2の構成要件Jを充足しない。
この点について,原告は,被告製品2及び4のクレーター状部には貫通孔が存在する旨主張し,これに沿う証拠として甲13(実験報告書)を提出する。
しかし,仮に被告製品に貫通孔が存在したとしても,前記の被告製品の製造方法に照らすならば,絶縁層を薄くし,薄いポリエチレン部を形成する際に,偶発的に形成され得るにすぎない開口部が,構成要件Jの「貫通孔」に当たるということはできないので,この点の原告の主張を採用することができない。
結論
以上によれば,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 神谷厚毅
裁判官 今井弘晃