運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議2001-72148
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
平成20行ケ10151審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10300審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成22行ケ10221審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 容易に発明 /  周知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  参酌 /  均等 /  実施 /  交換 /  設定登録 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  変更 /  釈明 /  要旨変更 /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 127号 特許取消決定取消請求事件
原告 セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本和徳
同 七字賢彦
同 鈴木英之
同 大友良浩
同 隈部泰正
訴訟代理人弁理士 木村勝彦
同 上柳雅誉
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 砂川克
同 中村圭伸
同 立川功
同 大野克人
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/08/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2001-72148号事件について平成15年2月12日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「プリンタのインクタンク」とする特許第3133282号の特許(特願昭59-102843号の新たな出願である特願平5-330062号を,新たな出願とした特願平7-317225号を,更に新たな出願として平成9年8月4日に出願されたもの(以下「本件出願」という。),平成12年11月24日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
本件特許に対して特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2001-72148号事件として審理し,その結果,平成15年2月12日に「特許第3133282号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成15年3月5日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】タンク本体と蓋体とインク含浸用の多孔質体とにより構成され,前記タンク本体に設けられたインク供給口を介して記録ヘッドにインクを供給するインクカートリッジにおいて,イエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを含浸したそれぞれの多孔質体を,前記イエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを記録ヘッドに供給するインク供給口に接するように同一のタンク本体に収容して構成されたインクカートリッジ」 (以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,平成12年8月4日付け手続補正書により補正(以下「本件補正」という。)された明細書に記載された本件発明は,本件補正前の明細書(甲18号証。以下,決定と同様に「当初明細書」という。)に記載されておらず,当初明細書及び図面の記載から自明の事項とも認められないので,当初明細書の要旨を変更するものであり,本件出願は,本件補正がされた平成12年8月4日にしたものとみなされるとした上で,本件発明は,特開昭60-245562号公報及び特開昭56-8266号公報に記載された各発明から,容易に発明をすることができたものである,と認定判断するものである。
原告主張の取消事由の要点
決定は,当初明細書の記載内容の認定を誤り,本件発明が当初明細書の要旨を変更するものである,と誤って認定判断したものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 当初明細書の記載内容の認定の誤り (1) 決定は,「当初明細書にはプロッタに使用するインクであることが前提とされており,そのプロッタのヘッドに黒,赤,緑,青のインクを備えていることが明示されている。一般にプロッタであれば,黒,赤,緑,青のインクを用いることは,ごく普通のことである(実願昭57-134218号(実開昭59-38094号)のマイクロフィルム(判決注・以下「甲5文献」という。),実願昭56-151248号(実開昭58-55946号)のマイクロフィルム(判決注・以下「甲6文献」という。)参照)。」(決定書3頁1段)と認定した。
決定が参照すべきであるとした甲5文献及び甲6文献は,いずれもペン式プロッタに関する発明であり,決定の認定は,当初明細書においては,ペン式プロッタに関する発明が記載されていることを前提としたものである。しかし,当初明細書においては,インク式ワイヤドットプリンタのインクタンクに関する発明が記載されているのであり,ペン式プロッタに関する発明が記載されているわけではない。
(2) プロッタには,ペン式プロッタとドット式プロッタ(ラスタプロッタ)がある。ペン式プロッタは,一般的に建築や機械などの図面データを出力する装置であり,主に線画を出力するものであるのに対し,当初明細書に記載されていたドット式プロッタは,対象データをビットマップデータに展開して出力するもので,ドット式プロッタの印字ヘッドは,ドットインパクト式,転写式,インクジェット式など種々のものが存在し,その構造と原理は,通常のプリンタと全く異ならない。
そして,ペン式プロッタでは,そのインクの色が黒,赤,緑,青であるのに対し,当初明細書に記載されたインク式ワイヤドットを用いたドット式プロッタでは,そのインクの色が,イエロー,シアン,マゼンタであることは周知の技術である(甲14ないし16号証)。
したがって,決定が「一般にプロッタであれば,黒,赤,緑,青のインクを用いることは,ごく普通のことである。」とした認定は,当初明細書に記載されたものがペン式プロッタであるとの誤った前提に基づいてされたものであるから,明らかに誤りである。
2 「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」と「黒,赤,緑,青のインク系」との差異 決定は,「請求人が・・・「「イエロー,シアン,及びマゼンタのインク」の補正は,単純な誤記の訂正,もしくは不明瞭な記載の釈明に該当する補正である」と主張する点は,合理的理由に乏しく,当初明細書の全趣旨及び,当該技術分野の周知技術からみても明らかに当初明細書に記載された技術的範囲から逸脱するものであり,請求人の主張は,採用することは,できない。」(決定書3頁1段)と判断している。決定のこの判断は,「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」は「黒,赤,緑,青のインク系」と全く異なるものであるとの認定をその前提としているものである。
(1) 三原色は,「適当に混ぜ合わせて,すべての色を表しうる基となる三色。
普通,絵具,印刷インクなどではシアン(青緑)・マゼンタ(赤紫)・黄を指し,三色版の原色としても用いる。光では赤・緑・青紫を指す。」(広辞苑第五版1106頁)という意味である。このように,イエロー,シアン,及びマゼンタも赤,緑,青も,いずれも色の名称にすぎず,これが全く異なるとする決定の認定は誤りである。
(2) 当初明細書に記載された発明は,多孔質体に保持されているインクを,確実,かつスムーズに記録ヘッドに排出させ,かつ温度変化による外部への漏れ出しを防止することができるプリンタのインクタンクを提供すること,カラー印刷の品質に低下を来すことなく,カラー印刷に必要なインクを1回の着脱操作で交換することを目的とするものであり,タンク本体に収容されるインクの色や種類が何であれ,専ら独特のインクタンクに関する構成によってその目的を達成しているのであり,インクの色や種類はこれに何ら関係しないものである。
(3) 被告は,赤,緑,青は,少なくとも2色が重なると,黒になってしまうことから,混色ではなく,単色で使うことが当該技術分野の常識である,と主張する。しかし,当初明細書においては,赤,緑,青のインクによる混色をも含む内容が記載されている。すなわち,ワイヤドットプリンタにおける印字(印刷)は,ドットの集合で文字や図形や色を表現するものであり,そのドットは,プロセス印刷の網点と同様,肉眼では識別できないほどの細かなものである。ドットが,特に小さな面積で隣りあっているところほど加法混色をおこしながら目に入ってくる。例えば,赤インクドットと緑インクドットが均等にドットの集合として混在する場合には,赤インクドットにより,白色光から青紫及び緑の波長成分が吸収され赤色光が反射し,緑インクドットにより,白色光から青紫及び赤の波長成分が吸収され緑色光が反射され,赤色光と緑色光が加法混色することで略黄色が知覚されることになる。このように,赤,緑,青のインクによっても混色は生じるのである。
3 以上からすれば,カラーインクを「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」とする本件補正は,本件発明の本質ないしは実体を変えるものではない。また,当初明細書に記載されたインクを「黒,赤,緑,青」として規定した部分は,従来技術との関係で,発明の内容が不明確になることから,これを「イエロー,シアン,及びマゼンタ」と補正したものであり,当初明細書に記載された事項の範囲内のものというべきである。
被告の反論の骨子
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 当初明細書の記載内容の認定の誤りについて 当初明細書の段落【0006】及び【0012】の記載事項からすれば,当初明細書に記載された発明のインクカートリッジは,ドットの集合によって図形,文字を描く,ラスタプロッタに用いるものであることが明らかである。プロッタは,一般的に建築や機械などの図面データを出力する装置であって,主に線画を出力するものであり,ペンにより連続線で図面を描く方式(ペン式プロッタ)と,当初明細書に記載された発明のようにドットの集合として図面を描く方式(ラスタプロッタ)とがあるものの,いずれもプロッタであることには変わりはない。そして,プロッタであれば,ペン式でもドット式でも,インクの色は「黒,赤,緑,青」を用いることは普通のことである。プロッタのインクとして当初明細書に明示されている「黒,赤,緑,青」を使用することは何ら誤記ではないし,不明瞭なものではない。
2 「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」と「黒,赤,緑,青のインク系」との差異について (1) 本件補正は,当初明細書には全く記載も示唆もなかった,「イエロー,シアン,マゼンタ」のインクを,特許請求の範囲,発明の効果の欄に加えるものであるから,本件発明で扱うインクは,黒,赤,緑,青,イエロー,シアン,マゼンタの合計7種類ということになり,これらに示されたインクの色の組合せや,調整等はどのようにするのかなどの問題が生じ,明細書の内容を不明瞭にするものである。
(2) 本件出願の親出願の明細書,及び,本件出願の当初明細書に記載されているカラー記録というのは,色を混色して作り出すフルカラーという意味ではなく,4つの色のカラーという意味にすぎず,そのために,4色カラープリンタプロッタ,4色のカラープリンタプロッタ用ヘッド,4色カラープリンタプロッタ用ヘッドという言葉があえて使われている。フルカラーというのであれば,カラーとかフルカラーとかの表現を用いるのであり,4色カラープリンタプロッタ等の言い方はしないのが,当該技術分野の技術常識である。また,当初明細書において,赤,緑,青のインクを用いていたことからしても,混色や,フルカラーにする認識は,存在していなかったといえる。なぜなら,赤,緑,青は,少なくとも2色が重なると黒になってしまうことから,混色ではなく,単色で使うことが当該技術分野の常識であるからである。
(3) ワイヤドットの記録方式においても赤,緑,青のインクを用いることは,特開昭58-42465号公報(乙9号証,以下「乙9文献」という。),特開昭50-80713号公報(乙10号証,以下「乙10文献」という。)に示すように周知のことであり,ワイヤドットの記録方式であるからといって,インクの色は一義的にイエロー,シアン,マゼンタであると決められるものではなく,赤,緑,青のインクであっても,何ら不自然なことはない。原告が主張するように,インク式ワイヤドットプリンタのインクとしてイエロー,シアン,マゼンタが周知であるとしても,ワイヤドットプリンタにおいて赤,緑,青のインクを用いることも上述したように周知であること,当初明細書には赤,緑,青のインクを使用することが明記されていること,当初明細書には,イエロー,シアン,マゼンタのインクを使用するとの記載も,イエロー,シアン,マゼンタのインクの使用の前提となる混色やフルカラーについての記載も一切ないことからすれば,当初明細書にイエロー,シアン,マゼンタのインクが記載されていると同視できるとは到底いえないのである。
(4) 当初明細書には,インクの色と発明が解決すべき課題との関係をうかがわせる記載はない。しかしながら,本件補正後の明細書を見れば,【発明が解決しようとする課題】の欄には,「カラー印刷においては,各色のインクの消費量にばらつきがあり,かつ1つの色のインクが供給されなくなると,カラー印刷が不可能となる。このような場合,消費され尽くしたインクタンクを新しいものに交換する必要があるが,記録装置に装着されているものとは,開封後の経過時間や,製造ロットが異なるため,印刷色に微妙な変化が生じる。本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであって,その目的とするところは,カラー印刷の品質に低下を来すことなく,カラー印刷に必要なインクを1回の着脱操作で交換することができる・・・」と,【発明の効果】の欄には,「カラー印刷に必要な複数種類のインクを1回のカートリッジの脱着操作により,同一品質のものに交換して印字品質の劣化を防止することができ・・・」とそれぞれ記載されており,本件発明はフルカラー(混色)印刷をするに際して,インクの開封経過時間の異なりや製造ロットの異なり等から生じるカラー印刷の印字品質の低下の防止を課題として,1回のカートリッジの脱着操作によりインクを同一品質のものに交換して印字品質の劣化を防止するという効果を奏する発明であることが新たな内容として記載されているのであり,本件補正が要旨変更であることは明らかである。
当裁判所の判断
1 決定は,次のように述べて,本件補正を要旨変更であると認定判断した。
@「本件の請求項1に記載されているイエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを含浸したそれぞれの多孔質体は,平成12年8月4日付けの手続補正の際に,補正で加入されたものであり,最初に添付した明細書には,どこにもこの点の構成は開示されていない。」(決定書2頁7段) A「当初明細書には,「本実施例では,4色のカラープリンタプロッタ用ヘッドを用いており,黒,赤,緑,青のインク系とそれぞれに対応して各色に対して一本の記録用のワイヤを備えている。」(当初明細書段落【0006】)を参酌すると,当初明細書にはプロッタに使用するインクであることが前提とされており,そのプロッタのヘッドに黒,赤,緑,青のインクを備えていることが明示されている。一般にプロッタであれば,黒,赤,緑,青のインクを用いることは,ごく普通のことである(実願昭57-134218号(実開昭59-38094号)のマイクロフィルム,実願昭56-151248号(実開昭58-55946号)のマイクロフィルム参照)。故に請求人が特許異議意見書で弁明している,「「黒,赤,緑,青のインク系」など印刷時の発色でインクを規定するよりは,インクの色自体でインクを規定する方が好ましいと判断し補正を行った。」(特許異議意見書第2頁第6〜8行),「「イエロー,シアン,及びマゼンタのインク」の補正は,単純な誤記の訂正,もしくは不明瞭な記載の釈明に該当する補正である」と主張する点は,合理的理由に乏しく,当初明細書の全趣旨及び,当該技術分野の周知技術からみても明らかに当初明細書に記載された技術的範囲から逸脱するものであり,請求人の主張は,採用することは,できない。」(決定書3頁1段) B「本件明細書の請求項1に記載された「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを含浸したそれぞれの多孔質体」は,当初明細書のどこにも記載されていなく,また当初明細書及び図面の記載から自明の事項とも認められないので当初明細書の要旨を変更するものと認められる。」(決定書3頁2段) 2 当初明細書の記載内容の認定の誤りについて 当初明細書においては,「【発明の実施の形態】図1,図2は,それぞれ本発明のインクタンクを用いた,インク式ワイヤドットプリンタの一実施例を示すものであって,本実施例では4色のカラープリンタプロッタ用ヘッドを用いており,黒,赤,緑,青のインク系と,そのそれぞれに対応して各色に対して1本の記録用のワイヤを備えている。」(甲18号証【0006】)と記載されている。
上記記載によれば,当初明細書においては,インク式ワイヤドットプリンタ等の実施例として,黒,赤,緑,青の4色のカラープリンタプロッタ用ヘッドを用いたものが記載されていることが明らかである。決定の「当初明細書にはプロッタに使用するインクであることが前提とされており,そのプロッタのヘッドに黒,赤,緑,青のインクを備えていることが明示されている。」との認定は,上記実施例に関する限り,何ら誤りとはいえない。
ところで,決定が,「一般にプロッタであれば,黒,赤,緑,青のインクを用いることは,ごく普通のことである」として引用した甲5文献及び甲6文献は,ペン式プロッタに関するものであり(甲5,甲6号証),当初明細書に記載された発明は,ドット式プロッタに関するものである。
原告は,インク式ワイヤドットを用いたドット式プロッタでは,そのインクの色が,イエロー,シアン,及びマゼンタであることは周知の技術である,と主張する。確かに,ドット式プロッタに関する特開昭58-81381号公報,特開昭58-197065号公報,特開昭58-194575号公報(甲14〜16号証),ワイヤドットプリンタに関する特開昭58-201671号公報,特開昭58-201673号公報,特開昭58-205776号公報,特開昭58-205777号公報(甲7〜10号証)及び特開昭58-122889号公報,特開昭56-123084号公報(甲19〜20号証)によれば,ドット式プロッタやワイヤドットプリンタにおいては,イエロー,シアン,及びマゼンタのインクを使用することは周知の技術であると認められる。
しかしながら,乙9文献には,黒,赤,青のインクを使用するワイヤドットプリンタが,乙10文献には,赤,青,緑のインクを使用するワイヤドット式記録装置が記載されており(乙9,10号証),ワイヤドット式プリンタに黒,赤,緑,青のインクを用いることも周知の技術であると認められる。
このように,「黒,赤,緑,青の」「4色のカラープリンタプロッタ用ヘッド」も周知の技術なのであるから,当初明細書の「4色のカラープリンタプロッタ用ヘッド」における「黒,赤,緑,青」との記載が,「イエロー,シアン,及びマゼンタ」の誤記といえないことは明らかである。
3 「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」と「黒,赤,緑,青のインク系」との差異について (1) 三原色は,「適当に混ぜ合わせて,すべての色を表しうる基となる三色。
普通,絵具,印刷インクなどではシアン(青緑)・マゼンタ(赤紫)・黄を指し,三色版の原色としても用いる。光では赤・緑・青紫を指す。」(広辞苑第五版1106頁)である。また,一見敏男著「印刷のための色彩学」(2002年3月29日発行。以下「甲25文献」という。)には「プロセスインキの重ね合せは代表的な減法混色の例になりますし,画家が絵具を混合して別の色出しを行うのもまた代表的な減法混色です。これに対して,カラーテレビのように,色光が同時に眼に入ってくることによって感じとられる色が加法混色です。減法混色を形成する色材の三原色は黄,紅,青であり,プロセスインキもこの3色が基本色となっています,一方,加法混色を形成する色光の3原色は赤,緑,青紫です。」(甲25号証166頁右欄24行〜167頁左欄6行)と記載されている。上記各記載と乙7,8号証及び弁論の全趣旨によれば,「イエロー,シアン,マゼンタ」は,絵の具,インク等の色材において使用される減法混色の三原色であるのに対し,赤,緑,青は,加法混色又は光の三原色である。イエロー,シアン,マゼンタと赤,緑,青との混色の原理は,それぞれ別紙のとおりであって,当業者にとってこのことは周知の技術常識であると認められる。
(2) 当初明細書において,インクの色に関して記載されているのは,前記のとおり,4色のカラープリンタプロッタ用ヘッドに用いられている,黒,赤,緑,青のインク系であり,このインク系をイエロー,シアン,マゼンタに変更することは,単にインクの色を変えることではなく,混色の原理を加法混色から減法混色に変更することになるのである。このことをより詳しくみると次のとおりである。
乙9文献には,多色プリンタに関し,「インクリボン10は,各印字ヘツド6〜8と対応しかつ,互に平行な各色条10a〜10cにより形成され,各色条10a〜10cが,各印字ヘツド6〜8のハンマー6a〜8aと各個に対向する関係となつており,例えば色条10aを黒,10bを青,10cを赤とすれば,マグネツト等により駆動されるハンマー6aにより黒の印字が,同様のハンマー7aおよび8aにより青および赤の印字が,同一の印字行に対し同時に行なわれるものとなっている。」(乙9号証2頁左上欄15行〜右上欄3行),「印字色に応じて印字ヘツド6〜8を同時に動作させることにより,同一行に対する多色印字が同時に行なわれ,印字速度が向上すると共に,インクリボンの切替用機構が不要となり,構造が大幅に簡略化される。ただし,同時に印字を行なう色数に応じ,印字ヘツド6〜8の数を定め,これと共に,多色インクリボン10の色条数を定めればよく」(同2頁左下欄2〜9行)と記載されている。乙9文献の上記記載によれば,ワイヤドットプリンタにおいても,混色を行うことなく,インクリボンの色条数と同じ数の色の印字を行うことがあるものと認められる。
乙10文献には,「感圧性多色複写リボン1はその長手の方向2に対して直角な方向3に境界線4を持つ横縞状の赤色帯5青色帯6および緑色帯7からなる色帯群8により構成されている。」(乙10号証1頁右欄下から3行〜2頁左上欄2行),「記録すべき文字,図形などをドツトマトリクスに分解し,その各点を発色させるか否かによつて任意の文字または図形などを記録する。またこのとき記録すべき文字,図形などを色分解して,感圧性多色複写リボン1のそれぞれの色に対応した色帯部を用いて複数色の記録を得る。」(同2頁右上欄9〜14行),「針状ハンマによる衝撃の強さを加減することにより,記録の濃淡をつけることができるため,写真などのカラー画像記録を容易に行なうことができる。」(同3頁右上欄15〜18行)と記載されている。乙10文献の上記記載によれば,ワイヤドットの記録装置において,赤,青,緑のインクを用いてカラー画像記録を行うことができることが認められる。
乙9,乙10文献の上記記載によれば,当初明細書に記載されたドット式プロッタにおいて「黒,赤,緑,青のインク」を使用するときには,黒,赤,緑,青の4色だけを発色させる場合と,赤,緑,青の加法混色によりフルカラーを発色させる場合があるものと認められる。
また,甲25文献には,「プロセスインキの重ね合せで得られる二次色の赤,緑,青紫はとりも直さず色光の三原色に相当しているのです。プロセス印刷の網点は,肉眼では識別できないほどのこまかなものであることをお話ししました。
図228,229のように,網点の重ね合せによる減法混色で通りぬけて来た色光の反射が,特に小さな面積で隣りあっているところほど加法混色をおこしながら私たちの眼に入ってくることになるのです。網点面積の大小は,単に濃淡の度を形成するばかりでなく,減法混色と加法混色の組み合せにも関係しているのです。このように,網点の印刷物では基本のプロセスインキの三原色と,それらによる二次色,三次色が減法混色と同時に加法混色を形成しながら入り混じって,まるで交響曲のような音楽を生み出していることになります。」(甲25号証167頁左欄6行〜右欄2行)との記載がある。
イエロー,シアン,マゼンタは,減法混色の三原色であり,イエロー,シアン,マゼンタのインクを使用したワイヤドットプリンタでは,上記甲25文献に記載されているように,減法混色と同時に加法混色を形成しながら入り混じって,多色印字を生み出すことになるのであるから,当初明細書に記載された「黒,赤,緑,青のインク系」を使用したワイヤドットプリンタが4色のみを発色するものでなく,加法混色を含むものであるとしても,「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」と「黒,赤,緑,青のインク系」とを使用したワイヤドットプリンタでは,混色によるカラー表現が異なることは明らかである(ワイヤを突出させる位置も,赤,緑,青では加法混色のため各色毎に異なった位置となるのに対し,イエロー,シアン,及びマゼンタでは減法混色のため同じ位置になるのである。)。
(3) 本件補正後の明細書の【発明が解決しようとする課題】の欄には,「一方,イエロー,シアン,及びマゼンタの複数のカラーインクを用いて印刷する場合には,これらの色のインクを収容したインクタンクを記録ヘッドに装着して記録ヘッドに複数種類のインクを供給することが必要で,しかもカラー印刷においては,各色のインクの消費量にばらつきがあり,かつ1つの色のインクが供給されなくなると,カラー印刷が不可能となる。このような場合,消費され尽くしたインクタンクを新しいものに交換する必要があるが,記録装置に装着されているものとは,開封後の経過時間や,製造ロットが異なるため,印刷色に微妙な変化が生じる。本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであって,その目的とするところは,カラー印刷の品質に低下を来すことなく,カラー印刷に必要なインクを1回の着脱操作で交換することができるプリンタのインクタンクを提供することである。」(甲1号証【0003】)と,【発明の効果】の欄には,「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを含浸したそれぞれの多孔質体を,イエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを記録ヘッドに供給するインク供給口に接するように同一のタンク本体に収容して構成されているので,カラー印刷に必要な複数種類のインクを1回のカートリッジの脱着操作により,同一品質のものに交換して印字品質の劣化を防止することができ」(同【0020】)と記載されており,本件発明の課題,効果がイエロー,シアン,及びマゼンタのカラーインクの減法混色に関係するものであることは明らかである。
上記のように,1色を交換すると印刷色に微妙な変化が生じることは,イエロー,シアン,マゼンタの場合のみならず,赤,緑,青の加法混色でも生じ得ることであるものの,当初明細書においては,そもそも混色に関する記載は一切ないのであるから,本件補正により追加された,印刷色(混色)に関する上記のような【発明が解決しようとする課題】及び【発明の効果】の記載も存在しないのである。赤,緑,青のインク系による加法混色を前提とした当初明細書に記載されたインクタンクに関する発明を,イエロー,シアン,マゼンタの各インクによる減法混色を前提としたインクタンクに関する発明に変更する本件補正は,発明の要旨を変更するものであることが明らかである。
(4) 原告は,イエロー,シアン,マゼンタも,赤,緑,青も,いずれも色の名称にすぎず,これが全く異なるとする決定の認定は誤りである,とか,当初明細書に記載された発明は,多孔質体に保持されているインクを,確実,かつスムーズに記録ヘッドに排出させ,かつ温度変化による外部への漏れ出しを防止することができるプリンタのインクタンクを提供することなどを目的とするものであり,タンク本体に収容されるインクの色や種類が何であれ,専ら独特のインクタンクに関する構成によってその目的を達成しているのである,とか主張する。
しかし,イエロー,シアン,マゼンタと,赤,緑,青とでは,混色の原理が全く異なるものであり,単なる色の名称とか色の種類が異なる,という問題ではないことは上記のとおりである。また,当初明細書に記載された発明が,インクタンクの構成に関する発明であるとしても,イエロー,シアン,マゼンタのインク系と,赤,緑,青のインク系とでは,混色の原理及び方法が異なるのであり,加法混色を前提としたインクタンクの構成に関する発明を,減法混色を前提とするインクタンクの構成に関する発明に補正することは,発明の要旨の変更に当たることは明らかである。原告の上記主張は採用し得ない。
原告は,赤,緑,青のインクによっても混色は生じるのである,と主張する。しかし,赤,緑,青のインクによって加法混色が生じることは上記のとおりであるが,赤,緑,青のインクによる加法混色と,イエロー,シアン,マゼンタによる減法混色とは,混色の原理及び方法において異なることも上記のとおりである。
(5) 以上のように,「赤,緑,青のインク系」を「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」とする本件補正は,当初明細書に記載された発明の実体を変更するものである。決定の,「当初明細書にはプロッタに使用するインクであることが前提とされており」,「一般にプロッタであれば,黒,赤,緑,青のインクを用いることは,ごく普通のことである」との認定判断については前記のとおり表現にやや正確性を欠く点があるものの,前記のように,本件補正は当初明細書の要旨を変更するものであり,「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インク」とする本件補正は,「当初明細書の全趣旨及び,当該技術分野の周知技術からみても明らかに当初明細書に記載された技術的範囲から逸脱するものであ」るとの決定の判断,及び,「本件明細書の請求項1に記載された「イエロー,シアン,及びマゼンタの各インクを含浸したそれぞれの多孔質体」は,当初明細書のどこにも記載されていなく,また当初明細書及び図面の記載から自明の事項とも認められないので当初明細書の要旨を変更するもの」との決定の判断に誤りはない。
4 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由は理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 若林辰繁