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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ネ3714特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
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平成13ネ943特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成12ネ1016特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ653特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 自然法則 /  製造方法 /  使用方法 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  実施料相当額 /  対象製品 /  出願経過 /  参酌 /  均等 /  均等論 /  意識的除外(意識的に除外) /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  混同 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ネ) 5355号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 株式会社マルチメディア研究所
訴訟代理人弁護士 白井正明
同 白井典子
被控訴人 児玉釉瓦工業株式会社
訴訟代理人弁護士 岩崎茂雄
補佐人弁理士 羽鳥亘
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、原判決別紙発明目録記載の説明書及び図面に記載する製造方法により燻し瓦を製造し、又は同製造方法により製造された燻し瓦を販売、頒布してはならない。
(3) 被控訴人は、控訴人に対し、2億円及びこれに対する平成6年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
控訴人は、名称を「燻し瓦の製造法」とする発明(特許第1630948号、以下「本件発明」といい、その特許権を「本件特許権」という。)の特許権者であり、被控訴人は、燻し瓦を製造販売している(以下、その製造方法を「被控訴人方法」といい、この方法を使用して製造する被控訴人の燻し瓦を「被控訴人製品」という。)。本件は、被控訴人方法が本件発明の技術的範囲に属し、被控訴人製品の製造販売が本件特許権を侵害するとして、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人製品の製造、販売、頒布の差止め及び不法行為による損害賠償を求めている。
原審は、被控訴人方法が本件発明の技術的範囲に属さず、被控訴人製品の製造、販売、頒布が本件特許権を侵害しないとして、控訴人の請求を棄却した。
本件の当事者間に争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、
次のとおり補正、付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正 (1) 原判決3頁7行目から8行目の「平成元年から平成七年までの右特許権の実施料相当額と見積もられる二億一九〇〇万円」を「被控訴人が平成三年一二月から平成八年一〇月までの間に右製造方法により製造した燻し瓦の販売により挙げた利益三億四二一二万円」に改める。
(2) 同7頁1行目、11行目、末行及び11頁7行目の「同一性」をいずれも「充足性」に改める。
(3) 同8頁10行目の「これと同効の何らの処理」を「これと同一効果を有する何らかの処理」に、11頁末行の「同法」を「平成六年法律第一一六号による改正前の特許法」に、16頁1行目の「公知の事実」を「公知の技術」に、17頁10行目の「一般技術とされてきた」を「実施されてきた」に、18頁7行目の「本件発明と同一である」を「本件発明の技術的範囲に属する」に、同頁8行目から9行目の「一般的な技術」を「従来より実施されてきた製造方法」にそれぞれ改める。
2 控訴人の当審における主張 (1) 本件発明の技術的範囲の解釈 本件発明は、昭和57年4月19日の出願に係り、昭和60年9月24日に拒絶理由通知(以下「本件拒絶理由通知」という。)がされた後、昭和61年2月22日に拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)がされたが、平成3年4月1日付け登録審決(以下「本件登録審決」という。)により、同年12月26日に登録された。その間、多項制への移行に伴って、特許法36条及び70条の改正がされている。本件出願当時、同法36条5項(注、昭和50年改正法により導入された実施態様項に係る36条5項の規定は昭和60年改正法により同条4項に移されているので、控訴理由書3頁5行目に「36条4項」とあるのは誤記と認める。)において、願書に添付された明細書の特許請求の範囲実施態様を併記することが認められており、本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された「数回に分けて付着させ」の要件も、実施態様に係るものである。また、平成6年にされた特許法70条の改正は、
発明の構成にかかわらず、技術の多様化に柔軟に対応した特許請求の範囲の記載を可能とするものであって、本件明細書の特許請求の範囲の記載も柔軟に解釈されなければならない。
本件発明は、粘土水溶液の製造方法及び表面処理材を付着させた瓦生地の焼成方法についての高度な自然法則を利用した発明であり、両者の中間処理過程である表面処理材の塗布方法はいくつかあるところ、それが本件明細書の発明の詳細な説明において実施例として紹介されている。表面処理材の付着は、本件発明の主要な内容でない公知の方法であり、付着の回数は多ければ多いほど良い結果を生むはずであるから、付着回数の要件を限定的に解釈すべきではない。本件明細書の特許請求の範囲において、表面処理材を数回に分けて付着させると記載されているのは、好ましい実施例の一つとして注意的に記載されているにすぎず、本件発明は、
この構成に限定されない。
本件発明は、陶磁器について公知の施釉などと異なり、良好な燻し瓦を製造するための高度な方法として特許されたものであり、また、上記「数回に分けて」の要件は、本件発明に係るものではなく、付す必要のない無意味な限定であるから、上記要件は、本件発明の技術的範囲とは関係がない。
(2) 出願経過 本件拒絶理由通知に対し、控訴人は、「数回に分けて」付着させるとの文言を注意的に付加した手続補正書(以下「本件補正書」といい、その補正を「本件補正」という。)を提出し、意見書も提出したが、本件拒絶査定がされた。しかし、この拒絶理由は、特許庁審査官が陶器瓦と燻し瓦とを混同したことによるものであり、控訴人がその相違を指摘した結果、本件登録審決がされた。
瓦生地を表面処理材に1回どぶ漬けしただけでも燻し瓦として認められる製品ができるが、美麗な燻し瓦として好評を得るためには、更に粘土水溶液を塗布する必要があるため、数回塗布が好ましいという趣旨で、本件補正により「数回に分けて」の要件が特許請求の範囲に加えられたものである。1回のどぶ漬けだけで製造されても燻し瓦としての商品価値はあるから、そのような燻し瓦の製造販売は、本件特許権を侵害するというべきである。
本件特許出願当時、燻し瓦の製造過程は科学的に解明されておらず、それ以前に良質な燻し瓦を大量に生産する技術は存在しなかった。これを可能にしたのは、本件発明のように、可塑性の粘土水溶液により瓦生地に炭化水素を吹き付けることによって急激な温度低下を引き起こしながらも、その瓦生地の微粒子で形成された中間膜により、いったん付着した炭素結晶膜を安定させる高度な技術である。
陶磁器瓦と燻し瓦の製法の相違は、粘土水溶液の成分と微粒子にあり、前者は、焼成によって粘土水溶液の成分自体からガラス層が形成されるのに対し、後者は、粘土水溶液とは別異の炭化水素ガスを吹き付けることによって、ガス中の炭素を瓦生地の表面に結晶させるものである。原審は、陶磁器の製造工程に用いられる施釉の技術に基づいて、燻し瓦の製造方法である本件発明における中間膜の形成技術が公知であったというが、陶磁器瓦と燻し瓦とを混同するものである。本件発明において粘土水溶液により形成する中間膜は可塑性中間膜であり、非可塑性中間膜は窯業においてはガラス化物質を指しているのに、原判決は、本件発明の粘土水溶液について釉薬と混同している。また、原判決は、本件発明において、還元脱水素反応により急速冷却して炭素結晶膜が形成されるにもかかわらず、自然冷却するものであるとして、本件発明を誤解している。
(3) 均等論の適用 被控訴人方法における粘土水溶液の1回の付着は、本件発明における数回の付着と均等であるから、被控訴人方法は、本件発明の技術的範囲に属する。すなわち、粘土水溶液の付着回数が1回であっても、釉薬塗布のように濃厚な粘土水溶液の付着により数回塗布と同一の効果を得ることは可能である。また、粘土水溶液による薄い1層の中間膜を形成しても、全く水溶液を塗布しない瓦生地を焼成したものに比べれば、素焼きになることを防止し、かつ、急速冷却を可能にする効果があるから、本件発明と均等であるというべきである。
本件拒絶理由通知に対する本件補正により「数回に分けて」が加入されたが、このことから直ちに、均等の成立が否定されるべきではなく、外形的に発明の技術的範囲に属しないことが承認されたと解される事項に限り、意識的除外として均等論の適用が排除されるべきである。本件補正は、発明の詳細な説明に例示されている本件発明の本質的な部分でない事項を注意的に特許請求の範囲に格上げして記載したものにすぎず、拒絶理由を回避するためのものではないから、均等論の適用が肯定されるべきである。
(4) 被控訴人方法 被控訴人が原審で提出した乙第6、第7号証に記載された製造装置は、粘土水溶液を1回しか掛けることのできないもののようであったが、瓦生地全体に粘土水溶液を掛けることのできないものであるから、燻し瓦を製造するためのものではない。被控訴人は、上記製造装置の北側工場内に燻し瓦の粘土水溶液の塗布装置が複数設置してあり、これら4種類の装置を順次使用して、粘土水溶液を複数回塗布している。これら装置は、単独では1回しか塗布することができないが、瓦生地を台車により移動するなどして、複数回塗布することが可能である。
被控訴人提出のビデオ(検乙第1号証)及び写真撮影報告書(乙第26号証の1、2)においては、瓦生地の止め金具で覆われた部分には粘土水溶液が掛からず、その部分は焼成により素焼きになるはずである。しかし、被控訴人製品は、
その全面に炭素結晶膜が形成されており、素焼きの部分が存在しない。そうすると、瓦生地の全面に粘土水溶液が塗布されていることとなり、1回しか粘土水溶液を塗布していないということはあり得ない。
被控訴人の燻し瓦製造装置は、控訴人の製造工程における装置と同一であり、瓦生地の金型も、控訴人が第三者に預けたものが被控訴人に引き渡されたのであって、控訴人のものと同一である。また、控訴人の元従業員2名が被控訴人に採用されており、これらの者は、控訴人の上記装置の使用方法を知悉していることから、被控訴人の製造装置は、控訴人と同一の使用をされているはずである。
3 被控訴人の当審における主張 (1) 本件発明の技術的範囲の解釈について 本件明細書の特許請求の範囲には、粘土水溶液から成る表面処理材を数回に分けて付着させることが本件発明の要件として記載されており、本件発明の技術的範囲に属する方法は、この要件を満たすものに限定される。粘土水溶液を1回のみ付着させている被控訴人方法は、本件発明の技術的範囲に属さないことが明白である。
(2) 出願経過について 本件特許出願当初の特許請求の範囲には、粘土水溶液から成る表面処理材を付着させる旨記載されているものの、「数回に分けて」との限定は付されておらず、本件拒絶理由通知を受けてされた本件補正において「数回に分けて」の要件が付加されており、上記拒絶理由を回避するために特許請求の範囲減縮がされたことは明らかである。また、本件拒絶査定に対する審判請求の理由においても、表面処理材を数回に分けて付着させることが強調されており、この点が特許庁審判官に認められて本件登録審決がされたものである。被控訴人方法では、瓦生地に表面処理材を1回付着させているのみであり、本件発明における「数回に分けて」の要件を充足していない。また、控訴人は、拒絶理由通知を受けこれを覆すために、特許請求の範囲に「数回に分けて」の文言を追加したのであるから、その文言が意味を持たないと主張することは、禁反言の法理に照らし許されない。
特許請求の範囲中、粘土水溶液から成る表面処理材を付着させて瓦生地表面に平滑な中間膜を形成する点、瓦生地を焼成した後瓦生地の中間膜表面に燻化による炭素結晶子膜を付着させる点は、本件出願時公知の技術であり、本件発明の技術的範囲は、表面処理材の付着を数回に分けて行う場合に限定されると解すべきである。
(3) 均等論の適用について 上記の出願経過に照らすと、表面処理材を1回付着させる構成は、本件発明の技術的範囲から意図的に除外されているというべきであるから、上記構成に均等論の適用はない。
(4) 被控訴人方法について 被控訴人は、4種類の装置を順次使用して瓦生地表面に粘土水溶液を付着させる工程を採っていない。被控訴人の工場は、釉薬瓦製造ライン、燻しのし瓦製造ライン、燻し役物瓦製造ライン及び燻し桟瓦製造ラインの4種の製造ラインを有しているが、各々の製造ラインは全く独立して配置され、相互に連結されておらず、いずれのラインにおいても、粘土水溶液は1回流し掛けされているのみである。
陶器瓦は、瓦生地表面に釉薬を掛けて窯で焼成するだけであるため、釉薬が掛かっていない部分は素焼きとなるのに対し、燻し瓦は、窯で焼成した後、燻す工程により瓦生地全体が燻し瓦になるのであり、素焼きとはならない。被控訴人製品が素焼きの部分を有しないことから、被控訴人方法が数回に分けて粘土水溶液を付着させていると推認することはできない。
被控訴人方法において使用されている金型は、控訴人のものと異なっており、控訴人が第三者に預けた金型を被控訴人が受領したこともない。
当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正 (1) 原判決20頁5行目の「特許請求の範囲には、」の次に「平成六年法律第一一六号による改正前の特許法36条の規定の下においては、」を加える。
(2) 同21頁3行目、29頁3行目、30頁1行目、11行目、33頁11行目、同頁末行から34頁1行目まで、34頁4行目、6行目の「請求の範囲」をいずれも「特許請求の範囲」に改める。
(3) 同23頁8行目から11行目までを「しかし、特許請求の範囲に明記されている事項である以上、その事項が付随的な要件であるとか、あってもなくてもよい事項であるとすることができないのは、前記の特許法の趣旨、解釈に照らして当然のことであり、これに反する控訴人の主張は採用することができない。」に改める。
(4) 同27頁5行目から28頁11行目までを削る。
(5) 同33頁8行目の「右の経過について」から10行目末尾まで、同34頁6行目の「たために」をそれぞれ削り、同頁8行目の「本件特許権」を「本件発明」に改める。
(6) 同35頁3行目の「確かに」から36頁2行目の「そしてまた、」までを「しかしながら、」に改める。
(7) 同36頁12行目の「本件出願時の公知技術、」を削る。
2 控訴人の当審における主張について (1) 本件発明の技術的範囲の解釈について ア 本件明細書(甲第4号証)の特許請求の範囲には、「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件が明記されており、また、発明の詳細な説明には、「本発明に使われる粘土水溶液を瓦生地11表面に付着する表面処理の工程について説明すると・・・1度でなく数回に分けて行なうのが良い。すなわち、1度粘土水溶液を瓦生地11表面に付着した後、乾燥をまってさらに同じ工程を繰り返えす。その理由は1度乾燥させた膜の上に再度水溶液を付着させることにより瓦生地11の凹凸が完全に埋まり、より緻密でかつ平滑な中間膜13が形成されるからである。」(4欄26行目〜37行目)との記載がある。
この発明の詳細な説明の記載を参酌すると、特許請求の範囲に記載された「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件は、「表面処理材を1回付着させる」方法を含まないことが明らかである。
イ 控訴人は、本件出願の後に、多項制への移行に伴って、特許法36条及び70条の改正がされていることを主張するので、この点について判断する。
本件出願当時、昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条5項において、特許請求の範囲実施態様を併記することが認められていたが、控訴人は、このことから、本件明細書の特許請求の範囲に記載された「数回に分けて付着させて」の要件も、実施態様に係るものであると主張する。しかしながら、同項により実施態様を特許請求の範囲に記載することができたのは、発明の必須要件と併せて記載される場合であったところ、本件明細書の特許請求の範囲には、出願から今日に至るまで、請求項は1項のみ記載されているから、それが本件発明の必須要件を記載したものと解するほかはない。
また、控訴人は、平成6年法律第116号による改正により特許法70条2項が追加され、明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである旨規定されたことを主張するが、発明の詳細な説明等を参酌して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきことは、上記改正前においても異なるところはなく、同改正は、その旨を法文上明記したものにすぎないから、上記改正をもってしても、発明の構成にかかわらず技術の多様化に柔軟に対応した特許請求の範囲の記載を可能とするものであるとする原告の主張は、採用することができない。そして、発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、上記のとおり、特許請求の範囲に記載された「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件は、「表面処理材を1回付着させる」方法を含まないことが明らかである。
ウ さらに、控訴人は、本件発明は、粘土水溶液の製造方法及び表面処理材を付着させた瓦生地の焼成方法についての高度な自然法則を利用した発明であり、
両者の中間処理過程である表面処理材の塗布方法は、本件発明の主要な内容ではないとか、「数回に分けて」の要件は、本件発明に係るものではなく、付す必要のない無意味な限定であるなどとして、本件明細書の特許請求の範囲において表面処理材の付着を数回に分けて行うと記載されているのは、好ましい実施例の一つとして注意的に記載されているにすぎないから、粘土水溶液の付着回数は、本件発明の技術的範囲とは関係がないと主張する。
しかしながら、上記のとおり、本件明細書の特許請求の範囲の記載は、
実施態様の記載ということはできず、本件発明の必須要件のみを記載しているというほかはないから、特許請求の範囲に「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件が記載されている以上、この要件を具備しない方法は、本件発明の技術的範囲に属するということはできない。このことは、本件発明において表面処理材の付着が重要であるかどうかに関係がない。
(2) 出願経過について ア 本件出願の経過は、上記1のとおり補正して引用する原判決判示(29頁1行目〜34頁7行目)のとおりであり、控訴人は、出願当初の本件明細書(甲第2号証)を添付した本件出願について本件拒絶理由通知(乙第5号証の2)を受け、その特許請求の範囲に「数回に分けて」の文言を追加する本件補正(同号証の3)をしているのであって、このような出願経過に照らすと、「表面処理材を1回付着させる」方法が「表面処理材を数回に分けて付着させて」の要件を充足すると主張することは、禁反言の法理に照らしても許されないというべきである。
イ 控訴人は、本件拒絶理由通知に対し控訴人が提出した本件補正書は、
「数回に分けて」付着させるとの文言を注意的に付加したものであると主張する。
確かに、本件補正は、特許請求の範囲の記載のみを補正し、本件明細書の発明の詳細な説明変更していない。しかしながら、発明の詳細な説明には、本件補正の前後を通じ、「本発明に使われる粘土水溶液を瓦生地11表面に付着する表面処理の工程について説明すると・・・1度でなく数回に分けて行なうのが良い。すなわち、
1度粘土水溶液を瓦生地11表面に付着した後、乾燥をまってさらに同じ工程を繰り返えす。その理由は1度乾燥させた膜の上に再度水溶液を付着させることにより瓦生地11の凹凸が完全に埋まり、より緻密でかつ平滑な中間膜13が形成されるからである。」との上記記載があり、本件補正は、特許請求の範囲の記載を、表面処理材を数回に分けて付着させるのが良いとする発明の詳細な説明の記載と整合させたものであって、本件補正により、「表面処理材を1回付着させる」方法は、意識的に本件発明の技術的範囲から除外されたものというべきである。
ウ また、控訴人は、拒絶理由が特許庁審査官において陶器瓦と燻し瓦とを混同したことによるものであり、控訴人がその相違を指摘した結果、本件登録審決がされたと主張するが、上記のとおり、特許請求の範囲に「表面処理材を数回に分けて付着させ」る構成が記載され、発明の詳細な説明において、表面処理材を1回でなく数回に分けて行うのが良いなどの記載がされている以上、本件拒絶理由の当否や本件登録審決の理由は、本件発明の技術的範囲に係る上記解釈に影響を及ぼすものではない。
エ 控訴人は、瓦生地を表面処理材に1回どぶ漬けしただけでも燻し瓦として認められる製品ができ、美麗な燻し瓦として好評を得るために数回塗布が好ましいという趣旨で「数回塗布」が特許請求の範囲に加えられたとか、1回のどぶ漬けだけでも燻し瓦としての商品価値はあると主張する。しかしながら、特許請求の範囲に記載された「表面処理材を数回に分けて付着させ」る構成を充足しない方法は、仮に、その方法により燻し瓦の製造が可能であり、かつ、その製品の品質が良好であっても、本件発明の技術的範囲に属さないことは当然である。
オ さらに、控訴人は、本件発明が良質な燻し瓦を大量に生産することを可能にしたとして、その作用効果についてるる主張するが、上記のとおり、「表面処理材を数回に分けて付着させ」る構成を充足しない方法は、その作用効果にかかわらず本件発明の技術的範囲に属さないから、控訴人の上記主張は失当である。
(3) 均等論の適用について ア 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明技術的範囲に属するというべき場合があるところ、対象製品等が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるときは、特許請求の範囲に記載された構成と均等であるということができないことは、判例とするところである(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。
本件においては、上記のとおり、「表面処理材を1回付着させる」方法は、本件補正により、特許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきであるから、この点において、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
イ 控訴人は、被控訴人方法における粘土水溶液の1回の付着は、本件発明における数回の付着と均等であると主張し、その理由として、粘土水溶液の付着回数が1回であっても釉薬塗布のように濃厚な粘土水溶液の付着により数回塗布と同一の効果を発生させることが可能であるとか、粘土水溶液による薄い1層の中間膜を形成しても、全く水溶液を塗布しない瓦生地を焼成したものに比べれば、素焼きになることを防止し、かつ、急速冷却を可能にする効果があると主張する。しかしながら、作用効果が同一であることは、特許請求の範囲に記載された構成と対象製品等の異なる部分が均等であるというための積極的要件の一つではあるが(上記判例)、仮に、これが肯定されたとしても、上記のとおり、本件においては、表面処理材を1回付着させる構成が出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたのであるから、その構成が特許請求の範囲に記載されたものと均等であるということはできない。
ウ 控訴人は、本件拒絶理由通知に対する本件補正により「数回に分けて付着」構成が補正により加入されたが、外形的に発明の技術的範囲に属さないことが承認されたものではないから、意識的除外として均等論の適用が排除されるというべきではないと主張する。しかしながら、出願手続において特許権者がいったん特許発明技術的範囲に属さないことを承認した場合はもちろんのこと、そうでなくとも、外形的にそのように解される行動をとった場合に、特許権者が後にこれと反する主張をすることは禁反言の法理に照らし許されないのであって(上記判例)、
発明の技術的範囲に属さないことが承認された事項に限り均等の成立を否定すべきであるとする控訴人の主張は、採用することができない。
また、控訴人は、本件補正について、発明の詳細な説明に例示されている本件発明の本質的な部分でない事項を注意的に特許請求の範囲に格上げして記載したものにすぎないとか、本件拒絶理由を回避するためのものではないと主張するが、上記のとおり、控訴人が拒絶理由通知を受け、特許請求の範囲に表面処理材を「数回に分けて」付着させる構成を加入する本件補正をしたのであるから、本件補正により「表面処理材を1回付着させる」方法が特許請求の範囲から意識的に除外されたことは明らかである。
(4) 被控訴人方法について ア 証拠によれば、被控訴人工場は、第1ないし第3工場から成り、釉薬瓦製造ハンガーラインが第1工場から第2工場の一部にかけて、燻しのし瓦製造ハンガーライン及び燻し役物瓦製造ハンガーラインが第2工場内に、燻し桟瓦製造ハンガーラインが第3工場内にそれぞれ配置され、合計4種の製造ハンガーラインが配置されているが、粘土水溶液を瓦生地表面に1回塗布する上記4種類のハンガーラインは、それぞれ製造する燻し瓦の種類を異にし、互いに独立し、連結されてはいない(乙第6、第7号証の各1、2、第24、第25号証、第26〜第28の各1、2、検乙第1号証)。そうすると、被控訴人方法は、粘土水溶液から成る表面処理材を瓦生地表面に1回塗布する方法であると認められる。
イ 控訴人は、被控訴人が上記4種類の装置を順次使用するなどして、瓦生地表面に粘土水溶液を複数回塗布していると主張し、この主張に沿う証拠(甲第28〜第35号証、原審証人C)を提出するが、被控訴人の提出する上記乙号証及び検乙号証に特段不自然な内容は見受けられない上、各ハンガーラインは他のハンガーラインから独立しており、製造される燻し瓦の種類も異なるのであるから、上記甲号証及び証言のうち上記認定に反する部分は採用することができず、被控訴人が上記4種類の装置を順次使用して、瓦生地表面に粘土水溶液を複数回塗布していると認めることはできない。
控訴人は、各ハンガーラインが独立していても、台車に積んだ瓦生地をハンガーライン間で移動したり、粘土水溶液を手掛けすることで、粘土水溶液を複数回塗布することが可能である旨主張し、確かに、控訴人主張のような方法を組み合わせれば、上記4種類の独立したハンガーラインの存在を前提としても、粘土水溶液を複数回塗布することは理論上可能である。しかしながら、上記のとおり、被控訴人の提出する上記乙号証及び検乙号証に特段不自然な内容は見受けられない上、経済的合理性の追求という観点に立てば、一連の製造工程の一部を担うハンガーラインは、連結して配置するのが合理的であるところ、控訴人の上記主張を前提とすると、被控訴人は、本件特許権の侵害行為を隠ぺいするため、本来連結して配置されるべき複数のハンガーラインを殊更独立させて配置し、機械装置により自動化し得る工程であるにもかかわらず、わざわざ台車により瓦生地を移動したり、手掛けによる粘土水溶液の塗布をしていることとならざるを得ないが、被控訴人がこのような経済的不利益を甘受してまで本件発明を実施すべき必要性をうかがわせる証拠はない。したがって、控訴人の主張は採用することができない。
ウ また、控訴人は、被控訴人提出のビデオ(検乙第1号証)及び写真撮影報告書(乙第26号証の1、2)においては、瓦生地の止め金具で覆われた部分には粘土水溶液が掛からず、控訴人主張の方法によってはその部分は焼成により素焼きになるはずであるのに、被控訴人製品の全面に炭素結晶膜が形成されているのは、瓦生地の全面に粘土水溶液が塗布されていることを示しており、1回しか粘土水溶液を塗布していないということはあり得ないと主張する。
しかしながら、陶器瓦は、瓦生地表面に釉薬を掛けて窯で焼成するだけであるため、釉薬が掛かっていない部分は素焼きとなるのに対し、燻し瓦は、窯で焼成した後、燻す工程により瓦生地全体が燻し瓦になるのであり、素焼きとはならない(甲第4、第25号証、乙第2号証)。したがって、被控訴人製品が素焼きの部分を有しないことから、被控訴人方法が数回に分けて粘土水溶液を付着させているものと推認することはできない。
エ さらに、控訴人は、被控訴人の有する燻し瓦製造装置が控訴人の製造工程における装置と同一であるとか、瓦生地の金型も控訴人が第三者に預けたものが被控訴人に引き渡されたのであって控訴人のものと同一であり、また、控訴人の上記装置の使用方法を知悉している控訴人の元従業員2名が被控訴人に採用されているとも主張するが、仮に、これらの事実関係が認められるとしても、これにより被控訴人方法が本件発明に係る控訴人の製造方法と同一であるとまで推認するには根拠に乏しいというほかはなく、それだけでは、被控訴人方法が瓦生地表面に粘土水溶液を1回しか塗布しないものであるとする上記認定を覆すに足りない。
オ そして、他に、被控訴人方法は粘土水溶液から成る表面処理材を瓦生地表面に1回塗布する方法であるとの上記認定及び引用に係る原判決の関係箇所(22頁2行目から末行まで)の認定を左右するに足りる証拠はない。
3 結論 以上のとおり、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男