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事件 平成 11年 (ネ) 2334号 特許権侵害差止請求控訴事件
控訴人(一審原告) ミネソタ マイニング アンド マニュ ファクチュアリング カンパニー 右代表者 【A】 右訴訟代理人弁護士 久保田 穰
同 増井和夫
同 橋口尚幸
被控訴人(一審被告) 紀和化学工業株式会社 右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 山上和則
同 西山宏昭右補佐人弁理士 【C】
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2000/11/24
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人 1 原判決のうち損害賠償を棄却した部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金九九〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人 主文と同旨(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」という。また、略称については原判決のそれによる。)
事案の概要
一 本件は、再帰反射シートに係る特許権を有する原告が、被告の製造、販売している原判決別紙目録記載の再帰反射シート(商品名「キワライト・ハイインテンシティグレード」。以下「被告製品」という。)が原告の特許権を侵害しているとして、被告に対し、その製造、販売の差止めと損害賠償を求めた事案である。
原判決は、原告の請求をいずれも棄却したところ、それまでに原告の特許権の期間が満了したため、原告は、損害賠償の点についてのみ控訴を提起した。
二 前提となる事実(争いがないか、弁論の全趣旨により認められる。) 1 原告の特許 原告は、次の特許(以下「本件特許」という。)を有していた。
(一) 発明の名称 改良されたセル状再帰反射性シーティングの製造法 (二) 出願日 昭和五二年二月一六日 (三) 優先権主張 一九七六年二月一七日のアメリカ合衆国出願に基づく (四) 出願番号 昭和五二年特願第一六〇〇八号 (五) 出願公告日 昭和六一年四月一四日 (六) 出願公告番号 昭和六一年特許出願公告第一三五六一号 (七) 特許登録日 平成元年二月一〇日 (八) 特許登録番号 第一四八一三七一号 2 本件明細書の特許請求の範囲の記載は次のとおりである(平成一〇年三月三一日付訂正審判後のもの)。
(a) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして (b) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し、互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において、加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより、前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。
3(一) 本件発明の特許請求の範囲の記載は、次のとおりの構成要件に分説できる。
A(1) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして (2) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し、互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させること からなる再帰反射シーティングの製造方法において、
B(1) 加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後(以下「本件@要件」という。)、
(2) この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより(以下「本件A要件」という。)、
(3) 前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法(以下「本件B要件」という。)。
(二) なお、右Aは、先行公知技術(原告会社の他の研究者による発明。特許第四五五二八二号。特許出願公告昭和四〇年第七八七〇号。以下「【D】特許」という。)を要約したものである。
4 被告製品 (一) 被告は、平成四年ころから、「キワライト・ハイインテンシティグレード」という商品名の再帰反射シート(被告製品)を製造、販売している。
(二) 原告は、被告製品の構造等は原判決別紙目録記載のとおりである旨主張し、被告は、その主張のうち、次の部分を認めている。
(1) 被告製品の構成がおおむね原判決別紙目録図(1)及び図(2)のとおりであること。
(2) 同目録図(1)のAないしGの層の構成について次の部分。
@ 原判決別紙目録(二)、(三)、(六)及び(七) A 同目録(四)のうち、層Dは、図(2)のように四角形の網目状に盛り上がった領域Hにおいて層Aと強固に接着し、その他の領域Iにおいては半分埋め込まれた層Cのガラス球を保持しており、架橋剤であるメラミン-ホルムアルデヒド及び酸化チタン顔料を含有し、硬化反応により実質上不溶性で不融性となった白色の厚さ約六〇ミクロンの層であること。
B 同目録(五)のうち、層Eは、右架橋剤を含み、硬化反応により実質上不溶性で不融性となった透明の厚さ約一五ないし二〇ミクロンの層であること。
(三) 原告は、被告製品が本件特許の製造方法により製造されたものであると主張し、被告は、被告製品の製造方法は、原判決別紙イ号方法目録記載のとおりであると主張している。
5 本件特許の出願経過等については、原判決一七頁四行目から二七頁二行目までに記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二一頁三、
四行目の「本件補正書」を「本件第一補正書」と、二五頁四行目の「本件補正書」を「本件第二補正書」とそれぞれ改める。)。
三 争 点 1 被告製品の製造方法は本件発明の@要件を充足するか。
2 被告製品の製造方法は本件発明のA要件を充足するか。
3 本件発明の@、A要件における放射線は「加熱」を含むか。
4 被告製品の製造方法は本件発明のB要件を充足するか。
5 被告製品に特許法104条の適用があるか。
6 被告製品の製造方法が本件特許を侵害する場合の原告の損害額 7 均等論の適用の成否(当審において付加された主張) 四 争点に関する当事者の主張 1 争点に関する当事者の主張は、五、六に付加するほか、原判決二九頁八行目から七一頁六行目までに記載されたとおりであるから、これを引用する。
2 なお、原判決を次のとおり訂正する。
(一) 原判決二九頁九行目の「該当」を「充足」と改める。
(二) 原判決二九頁末行の「このうち」から次頁三行目末尾までを「被告製品が本件@要件を充足していることは次のとおりである。」と改める。
(三) 原判決三一頁一行目の「フィルム」を「シート」と改める。
(四) 原判決三一頁五行目の「係合」を「結合」と改める。
(五) 原判決三三頁五行目の「に該当」を「を充足」と改める。
(六) 原判決三六頁二行目の「熱反応性」を「『熱反応性」と改める。
(七) 原判決三八頁五行目の「該当」を「充足」と改める。
(八) 原判決三八頁七行目から九行目までを「被告製品には、次のとおり加熱成形後の硬化が施されており、本件A要件を充足する。」と改める。
(九) 原判決四二頁九行目の「フィルム」を「シート」と改める。
(一〇) 原判決四五頁九、一〇行目の「加熱成形した後、その形を保持する」を「結合部組織と被覆シートの結合力を増大させる」と改める。
(一一) 原判決五〇頁六行目、九行目、一〇行目の各「フィルム」をいずれも「シート」と改める。
(一二) 原判決六二頁二行目、六六頁二行目の各「本件補正書」をいずれも「本件第一補正書」と改める。
五 原告の当審における主張の要旨(原審における主張も一部含む。) 1 争点1(本件@要件の充足性)について (一) 本件@要件について 熱硬化性の樹脂を基体シート(結合部組織)に使用する場合、樹脂の温度を若干変動させるだけで、硬化反応を部分的に進行させたり、中止させたりすることが容易である。したがって、硬化反応を分割して、結合部組織を加熱成形する前にある程度硬化させ、加熱成形後にも、さらに硬化させるという処理を容易に実施することができる。
すなわち、被告製品の基体シートが、加熱成形前に硬化しているとしても、硬化の程度が加熱成形による結合部組織の形成に十分な程度に流動性を残存し、加熱成形後になお硬化可能な状態にあれば、本件@要件を充足する。
(二) 【D】特許の解釈の誤りについて 原判決が、本件特許の先行公知技術である【D】特許において、結合剤物質の全体としては熱可塑性の樹脂しか開示していないにもかかわらず、結合剤物質に熱硬化性樹脂を使用することが同特許において開示されていると認定したのは誤りである。仮に、熱硬化性樹脂の使用が開示されているというのであれば、これを使用した実施例か使用しうる熱硬化性樹脂の名称ないし化学組成が記載されているべきであるが、これらの記載は【D】特許の明細書にはない。
2 争点2(本件A要件の充足性)について (一) 硬化処理の時期の認定について 原判決は、被告製品が、基体シートの加熱エンボス加工後に硬化処理がされたと認定せず、むしろ、加工前に硬化処理がされていると認定したが、右判断は誤りである。
原判決は、加熱成形する前の被告製品の基体シートが溶剤に溶解しないことをその理由とするが、溶剤に溶解しない部分があっても、加熱成形後さらに硬化可能であり、かつ、その後硬化がなされておれば本件A要件を充足すると考えるべきである。
被告製品を再加熱(通常エンボス工程で適用されると考えられる温度において)する実験を行ったところ、十分な成形ができなかった(甲五、一一)。これは、加熱成形後、さらに基体シートの結合部組織の硬化が進行しているからである。
(二) 硬化処理の場所について 原判決は、被告製品が、製品完成後使用中に硬化が進行するものであり、そのような硬化も特許請求の範囲の「その場で硬化させ(ること)」に該当するとしながら、一方で、本件特許において、製品完成後使用中に結合剤物質が硬化されることは念頭になかったと認定した上で、これを理由に、本件A要件の充足を否定しているが、右判断は矛盾しており誤りである。特許明細書は、特許発明の通常想定される実施態様を記載するにとどまり、あらゆる実施態様まで記載することは通常不可能であり、特許権の範囲は明細書に記載された実施例に限定されないから、特許明細書中に「使用中の硬化」の記載がないからといって、本件のように、
自然の硬化進行を利用する意図で結合剤物質を選択した場合は、本件特許発明における加熱成形後の硬化に該当しないとはいえない。
3 争点4(本件B要件の充足性)について (一) 「結合強度を増大させる」の意味について 本件B要件の「結合強度を増大させる」とは、硬化性樹脂を使用していない公知技術における結合強度よりも、本件特許発明の結合強度の方が高いという意味であり、同一のシートの製造工程における結合部組織の加熱成形時と、その後の硬化後との比較における増大を意味するものではない。
(二) 耐久性と結合強度との関係について 本件B要件の結合強度の増大には、基板に貼り付ける際に必要となるような、瞬間的な強い力に対する抵抗力と、屋外使用における耐久性と二つの意味があるが、本件特許発明においては長期的な耐久性がより本質的な強度を意味している。
すなわち、耐久性は、本件B要件の結合強度の意味を正しく表しているものであって、耐久性の測定は、結合部組織もしくは接着構造の機械的な強さの測定も含んだ結合強度の総合的な評価を意味している。
(三) 被告製品が本件B要件を充足することについて 結合強度の測定方法を限定する記載は、特許請求の範囲及び明細書に存在せず、明細書に例示された引き剥がしによる強度試験などに限定されない。むしろ、右にいう耐久性は、耐候性試験における破壊までの強度によって測定するのが最も正しいが、甲一〇により、被告製品が、公知技術(【D】特許)における結合強度よりも優れた耐候性を有していることが認められ、被告製品は、本件B要件を充足する。
(四) 被告製品が耐久性を有する理由(被覆シートの熱収縮性の程度と耐久性との関係)について 原判決は、被告製品が優れた耐久性を有する理由を、被覆シートに熱収縮性の小さいものを使用したことによると認定したが、右判断は誤りである。
原告製品の被覆シートの方が、被告製品の被覆シートより熱による収縮が大きいという実験結果があるが(乙三七)、同実験は、摂氏九三度を越える高温下でなされたものである。再帰反射シートがそのような高温にさらされることはないので、右実験結果によりシートの耐久性をいうことはできない。
原告製品の被覆シートが通常の使用条件下における温度によって収縮することはあり得ず、実際の使用では、熱収縮の力ではなく、昼と夜の温度差による小さな膨張と収縮の繰り返し、及び水分の変化による膨張と収縮の繰り返しに対する耐久性が問題となる。右原因による膨張収縮は、被覆シートの熱収縮性の程度に関係なく発生する。
むしろ、甲一九によると、【D】特許の実施品では、被覆シートの(熱による)収縮が生じていなかったにもかかわらず被覆シートが剥離していることが認められ、剥離は被覆シートの熱収縮に関係しない。
逆に、本件特許の実施品は、熱収縮性の大きなシートであっても剥離しない。
したがって、熱収縮性の小さなシートを使用したからといって、本件特許権を侵害していないことにはならない。
(五) 仮に、熱収縮性の低い被覆シートを使用した場合耐久性が向上するとしても、そのことによって、本件特許の技術的範囲に属しないということにはならない。被告は、通常の使用環境において、被告製品が硬化性樹脂を使用したことによる作用効果を得ていないことを立証しなければならない。
4 争点5(特許法104条の適用)について 原判決は、被告製品の耐久性が、熱収縮性の小さい被覆シートに基づくと認定し、これを理由として特許法104条の適用を排除したが、右判断は誤りである。
本件特許発明は、加熱成形後も硬化可能な結合剤物質を使用して、従来製品では達成できなかった高い耐久性を有する再帰反射シートを製造する方法に関するものであるが、結合部組織が硬化しており、そして、従来製品よりも改良された耐久性を有する再帰反射シートは新規な物であって、その製造工程について特許法104条の推定がなされる。
熱収縮性の小さい被覆シートを使用することが耐久性の向上に寄与するとしても、そのことにより、硬化性の結合剤物質を使用することが耐久性の向上に寄与しないことを立証したことにはならないのであるから、特許法104条の推定を破ることにはならない。
5 争点7(均等論の適用)について 仮に、被告製品が本件A要件を文言上充足しないとしても、被告製品の製造方法は、均等論の観点からみても、本件特許を侵害している。
(一) 被告の主張によると、被告製品の結合部組織は、次の三つの段階で硬化反応が進行している。
@ 加熱成形前の硬化反応 A 加熱成形の段階で結合剤物質が高温にさらされることにより生成する硬化反応 B 被告製品が出荷された後、自然の環境の中で進行する硬化反応 (二) 本件発明の本質的部分 本件発明の本質的部分は、結合部組織を架橋された結合剤物質で構成した点にあり、硬化(架橋)させるための反応の時期は、本質的要素ではない。
(三) 作用効果の同一 被告製品は、硬化の時期はともかく、結合部組織を硬化させることにより、環境要因に対する強度が顕著に向上した製品である。
(四) 置換手段の容易想到性 熱硬化型の結合剤物質を使用し、それが、高温で加熱成形すれば成形可能な程度に加熱反応を進めた上、加熱成形するという手段(前記@の硬化反応)は、被告が侵害行為に着手したであろう平成四年ころにおいて、甲一五を参酌することにより、当業者が容易に知りうる置換手段であった。
また、熱硬化性樹脂は、ある程度硬化させておいても、高温にすれば流動性を有するようになるが、同時に熱により硬化反応がさらに進行する。特に、摂氏二〇〇度を超える高温で加熱成形する被告の方法では、加熱成形と同時に、もしくはこれに引き続き相当量の硬化反応が進行していると推測される(前記Aの硬化反応)。この硬化反応は、むしろ本件特許請求の範囲の文言に該当するものであり(少なくとも、容易に想到できる。)、加熱成形と密接して成形された状態で硬化反応が進行するのであるから、被告が主張する意味での「その場」の硬化にも該当する。
さらに、被告製品が、市販後使用中に日光または熱を受けて硬化すること(前記Bの硬化反応)は争いがない。
(五) 被告の方法が公知技術から容易に推考されないこと 本件特許出願時には、硬化性の結合剤物質を使用すること自体が特許性を有していたのであるから、被告の方法は自由技術に該当しない。
(六) 本件特許が、熱硬化性樹脂を使用する態様について、硬化の時期により、排除したということはない。
六 被告の当審における主張の要旨(原審における主張も一部含む。) 1 争点1(本件@要件の充足性)について (一) 本件@要件について 原告は、結合剤物質が、加熱成形後になお硬化可能な状態にあれば、本件@要件を充足するというが、誤りである。
(二) 【D】特許の解釈について 先行公知技術である【D】特許において、結合剤物質の樹脂の種類についての限定はなく、結合剤物質に熱硬化性樹脂を使用することは公開されている。
2 争点2(本件A要件の充足性)について (一) 硬化処理の時期について 被告は、基体シートの結合部組織の加熱成形後には硬化処理をしていない。
原告の行った再加熱の実験(前記五2)は、摂氏一四三度で行われているが、被告は、被告製品製造に際しての加熱成形温度が摂氏二〇〇度以上であることを開示しており、原告の行った再加熱実験は、被告が開示している条件と異なる。摂氏二〇〇度以上では、結合部組織を硬化した後であっても、加熱成形が可能である。
(二) 硬化処理の場所の認定について 原判決が、本件A要件の「その場で」の意味を「加熱成形により形成された形状のままで(その状態で)」と認定したことは誤りである。
加熱成形直後の製品は低分子量の硬化成分が存在するため、結合剤層が柔らかく、成形が壊れやすい。したがって、「自立形態にある間に」、換言するならば、「結合部組織が壊れないうちに、直ちに硬化処理を行う」というのが、本件特許発明の真意であり、そこに新規性が認められる。
3 争点4(本件B要件の充足性)について (一) 「結合強度を増大させる」の意味について 本件B要件における「結合強度を増大させる」とは、加熱成形後の硬化前と硬化後の結合強度の増大を意味する。
(二) 耐久性と結合強度との関係 結合強度が要件であり、耐久性は要件とはなっていない。
(三) 結合強度の測定について 屋外暴露(耐候)試験では、結合強度の増大を測定することはできず、
引き剥がし試験、カミソリ刃試験による測定を否定することは、測定方法の開示がないに等しく、本件特許は無効となる。
(四) 被告製品が耐久性を有する理由について (1) 被覆シートの熱収縮試験について 原告は、摂氏九三度という高温下で使用されることがないと主張し、
被告の行った被覆シートの熱収縮試験を非難するが、摂氏九三度の熱収縮試験は、
本件特許の明細書に、結合力の測定方法として記載されている。
原告は、甲一九を提出して、被覆シートの熱収縮と剥離とは関係ないと述べるが、被覆シートが剥離するには、大きな収縮を必要としない。また、甲一九の資料の測定が正確であるという保証はない。
(2) 熱収縮性の低い被覆シートを使用することと結合強度の増大との関係について 原告の使用する延伸度の高い被覆シートを使用して、
@ 原告の旧製品、即ち熱可塑性の結合剤 A 原告の現行品、即ち放射線硬化性結合剤 B 被告の現行結合剤を使用した製品、即ち熱硬化性結合剤 において、剥離しなかったのは、Aだけであった(乙三八)。したがって、被告の硬化性の結合剤では、原告の使用する被覆シートが剥離することを防げない。
一方、被告の使用する延伸度の低い被覆シートを使用して、
@ 被告の現行結合剤から、熱硬化性成分を除いた熱可塑性結合剤 A 被告の現行品即ち熱硬化性結合剤 B 結合剤はAと同様(ただし、被告の被覆シートを再利用したもの) において、いずれも剥離しなかった。したがって、被告の使用する被覆シートは、結合剤が熱硬化した樹脂(現行品)、熱可塑性樹脂のいずれでも剥離しなかった。
以上によると、被告の使用する結合剤は、延伸度の低い被覆シートに対してのみ剥離耐性を示し、延伸度の高い被覆シートに対しては剥離耐性を有していないことは明らかである。
4 争点5(特許法104条の適用)について 被告製品の製造方法は、本件特許発明と対比して判断できる程度に十分明確に開示されており、特許法104条の適用される余地はない。
また、本件特許は、原告の実施する【D】特許の改良方法に過ぎず、単に製造方法が改良されただけであり、本件特許の製造方法に基づく製品が新規物質になるというわけではない。
5 争点7(均等論の適用)について (一) 本件特許の本質的部分 本件特許発明の本質的部分は、本件A要件及び本件B要件である。
(二) 作用効果の同一 被告製品は、結合剤物質の加熱成形後に硬化処理をしておらず、加熱成形後の硬化処理による結合強度を増大させたことはないから、本件特許と同一の作用効果を具備しているとはいえない。
(三) 置換手段の容易想到性 甲一五の結合剤(イソシアネート)は、加熱成形後にも、常温で硬化が進行するが、被告製品の結合剤は、常温では製造後三年経過したものであっても加熱成形が可能であり、すなわち硬化は進行していない。このように、甲一五の結合剤と被告製品に使用されている結合剤は科学的に相違するものであるから、甲一五の特許が、被告製品製造開始前に公開されていたからといって、被告製品製造時における置換手段の容易想到性を認めることはできない。
また、加熱成形時に摂氏二〇〇度に達しているのは加熱ロールであって、結合剤ではない。また、加熱成形の速度は、一秒間に数センチメートルという速度であり、短時間加熱されるだけで、その後冷却されるのであるから、加熱成形時に硬化がなされるということはない。
(四) 公知技術から容易に推考されないことについて 【D】特許においても「加熱成形と同時にある程度の硬化反応が生起することは論理上必然であること」「被覆シートと結合部組織が接触している状態で加熱している点において全く同じである」ことが開示されており、硬化性の結合剤物質を使用することは公知の技術であったというべきである。
(五) 意識的除外について 原告は、本件特許の出願過程の昭和五六年四月一三日付意見書(本件第一意見書)において、「本願発明においては、‥‥結合剤物質は加熱成形操作が完成された後までは硬化していない状態にあります。」「層15を固化した後で放射線硬化することによって、この層とカバーシート12の間の結合力が増大することは従来技術によって知られていない技術事項であります。」「適正な作業順序に従って結合力の増大に寄与するという発見は決して自明のことではないと考えます。」「要するに、本願発明に係る、最初に加熱成形を行い、次に放射線硬化を施すこの慣用とはいえない方法によって従来技術の問題点を解消したことは従来技術によって全く示唆されていないことは明らか」と主張しているから、原告は、出願過程において、加熱成形と後硬化の順序の重要性を主張しているということができ、したがって、加熱成形前に硬化させ、後硬化をしないという被告の方法は、本件特許請求の範囲から、意識的に除外されたというべきである。
当裁判所の判断
一 本件発明の技術的思想 1 証拠(甲二)によれば、本件発明の技術的思想は次のとおりであることが認められる。
(一) 【D】特許の製品は、@ 反射性シーティングを交通信号素材のような基体に用いるに際して加えられる熱及び圧力に起因する崩壊、及びA 極度の温度変化、雨、雪、氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊を受けやすかった。
(二) 【D】特許の右課題を克服するのに、本件発明は、適当な結合剤物質を選択すること及び加熱成形操作後その場でその物質を硬化することによって、加熱成形される基体シートと被覆シートの間に非常に強大な接着力が得られる網目状組織の結合部を取り入れたものである。
(三) このような技術的思想をもつ本件発明は、硬化した物質が改良された内部強度特性を示すことができることは知られていたものの、結合剤物質と他の物質である被覆シートとの接着が改良された点で意外であった。
2 右認定に対し、被告は、【D】特許の製品も既に十分な耐久性を有していたと主張するところ、【D】特許の明細書には、被告主張のような記載がされているし(甲六、乙三三)、証拠(乙三二、証人【E】、証人【F】)及び弁論の全趣旨によれば、【D】特許の製品は一〇年間の耐久性を有するという保証により販売していたこと、米国連邦規格及び米国カリフォルニア州規格は反射シートが促進耐候試験二二〇〇時間に耐えることを要求しており、これは自然暴露一〇年以上に相当すること、米国コネチカット州規格は反射シートの有効耐用年数一〇年とされていること、【D】特許の製品は、これらの規格に適合していたことが認められる。
しかし、右のような促進耐候試験により右製品が相当な確実性をもって一〇年以上の耐用性を示すことが期待され、原告もそのような見込みをもって前記保証をしていたとはいえ、現実の製品の使用条件は千差万別であろうから、これらの事情から直ちに右製品に原告主張のような不都合が生じるはずがないということはできないし、本件発明がなされていること自体に証拠(甲二、九、一〇、一九、二四、乙三四、五〇)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、本件発明をもって解決が要請される程度に、【D】特許の製品は屋外で使用しているうちに剥離を生じるという問題があったことが認められる。
二 争点1(本件@要件の充足性)について 1 弁論の全趣旨によると、被告は、被告製品の基体シートの結合部組織に熱硬化性の結合剤物質を使用し、加熱成形して結合部組織を形成していることが認められる。
本件@要件の「放射線によって硬化しうる結合剤物質」が、右の熱硬化性の結合剤物質を含むか否か(「放射線」が「熱」を含むか否か)については、後記四のとおり、これを含むと解するのが相当であるから、被告製品は、本件@要件を充足しているというべきである(硬化処理の時期については、後記三の争点2のところで、検討する。)。
2 被告は、本件@要件の結合剤物質は、【D】特許に開示されていて新規性がないと主張するので検討するに、【D】特許の明細書には、「熱硬化性の成分が結合剤の層に使用されてもよいが、全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して、密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」との記載があり(甲六)、右記載からすると、【D】特許において、結合剤物質に熱硬化性の成分が用いられてもよいこと自体は開示されているというべきである。
しかし、右記載は、熱硬化性成分が結合剤の層に使用される態様については、何ら触れておらず、一方、結合剤の層に熱硬化性の成分を使用するのは、結合剤の軟化点を上昇させ、流動性を制御することにその目的があることが窺われ(乙二六、八八、八九)、結合剤物質に熱硬化性樹脂を使用し、硬化を施すことによって被覆シートと結合剤物質の接着が改良されるという発想はないと考えられる。
むしろ、【D】特許の明細書には、全体としては、熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有することと明記されており、全体として熱硬化性の成分が結合剤に使用されることは予定されていなかったと認められる(そこから、更に、全体を熱硬化性の結合剤に置き換えることを推考できたかどうかは別の問題である。)。
そうすると、本件特許において、右の接着を改良させる方法として、後に放射線を施して、その場で硬化させて、不溶性で不融性の状態にすることを予定した上で(本件A要件)、放射線によって硬化しうる結合剤物質を、結合部組織に使用すること(本件@要件)は、新規性を有するというべきである。
三 争点2(本件A要件の充足性)について 1 被告製品に加熱成形後の硬化処理が施されているか否かについて (一) 被告製品の基体シート(結合部組織と一体となったもの)が架橋剤であるメラミン-ホルムアルデヒドを含有し、その程度と時期、方法はともかくとして、硬化していることは当事者間に争いがないが、本件では、硬化の時期が基体シートの結合部組織の加熱成形の前か後かという点が問題となった。
(二) 原告は、被告製品の当初(製造時)の加熱成形時では、被告製品の結合部組織に十分な流動性があったはずであるにもかかわらず、完成した被告製品を再加熱成形しても十分な流動性が得られないこと、被告製品が屋外露出試験において本件特許の製品と同等の耐久性を示したこと及び引き剥がし試験によっても加熱成形直後と市販被告製品との間で結合強度が増大していることを挙げて、被告製品は加熱成形後に硬化処理が施されていると主張するところ、証拠(甲五、一〇、一一、一七)によれば、@ 市販されている被告製品の結合部組織は、シートのガラス球の周り及び上部を流れて、被覆シートと接触していることから、当初の加熱成形時においては、十分な流動性があったと考えられること、A 原告従業員が、市販被告製品を再加熱成形操作をしたところ、当初の加熱成形時よりも流動性が少なかったこと、B 市販被告製品は、二年間の屋外露出試験を終えた後もシーティングの機能を十分果たしていたこと、C 加熱成形直後の被告製品の引き剥がし試験の結果は一六七六グラムであるが、市販被告製品の同試験の結果は八九三グラム、一四七二グラム及び二四九三グラムであることが認められる。
(三) 原告は、右(二)@、Aの事実から、当初の加熱成形後前記実験時までの間に硬化がなされていることが推認できるというのであるが、原告の前記再加熱成形操作はエンボスローラーを摂氏一四三度に加熱して行ったというのであるところ(甲一一)、証人【F】の原審証言によると、被告商品は、製造時において摂氏二〇〇度以上の温度で加熱成形されていることが認められるから、右再加熱成形操作によって十分な流動性が得られなかったのは、右操作時の設定温度が低かったためではないかとの疑問が残り、右の推認の妨げとなる。
(四) 他方、被告製品の製造工程についてみると、次のとおり、硬化処理が加熱エンボス加工の後になされてはいないことが認められる。
すなわち、証拠(乙一三・事実実験公正証書謄本)によれば、被告製品の製造工程は、基体シートと被覆シートをそれぞれ巻き出し、それぞれ複数のロールを通過させた後両者を合わせ、加熱エンボスロールと弾性ロールの間を通過させて加熱エンボス加工することにより両者を一体化し、次いで複数のロールを通過させて、原反巻取機で再帰反射シート原反を巻き取る加熱加圧接合工程及び右巻き取った再帰反射シート原反に離型紙に塗布して乾燥させた粘着剤を張り合わせ、次に離型紙を剥離し、離型フィルムと張り替え、それから、本件反射シート原反を規定の製品幅にカットして紙管に規定の長さを巻き取り、本件反射シートの製品を梱包し出荷できる状態にする仕上げ工程から成るところ、両工程のいずれにも放射線照射及び加熱処理を含む硬化処理を行っている形跡はなく、硬化処理をする装置はないことが認められる。
原告は、右の乙一三について、公証人は技術の専門家でないこと、加熱エンボス加工の後に反射シートが通過するロールにおいて加熱しようと思えば加熱できること、加熱加圧接合工程と仕上げ工程の間に加熱硬化をすることが可能であることなどを挙げて、その証明力を争うけれども、公証人は随時巻き取り機に指を触れるなどして見聞したというのであり、加熱されていれば、素人である公証人にも分かったと考えられるから、原告の右主張は採用できない。
(五) さらに、証拠(甲四、一七)によれば、公証人が加熱エンボス加工直後に採取した反射シートの基体シートは、溶解性有機成分が四一・六パーセントを構成しており、市販の被告製品の基体シートの有機成分中四四・七パーセントがトルエンに溶解するというのであるから、加熱エンボス加工直後と流通販売段階で被告製品の溶解性にほとんど差がないということができ、この点からしても、加熱エンボス加工後に硬化処理がされているとは考えられない。
(六) なお、証拠(乙九二)によると、被告の使用する被覆シートが加熱成形時の加熱成形エンボスロールの温度に五秒間曝されると、溶解してフィルム形状が崩れてしまうことが認められ、そのことから、加熱エンボス加工の際の加熱時間は短時間であることが推測されるから、加熱成形と同時に硬化処理がなされるということも考えられない(甲二の7欄三七行目以下によると、熱による硬化には、長時間を要するとされている。)。
(七) 以上で検討した諸点を併せ考慮すると、被告製品の基体シートは、加熱エンボス加工後に硬化処理がされているとは認められず、加熱エンボス加工の前に硬化されていると認めるのが相当である。
2 本件A要件の「その場で」の意味について (一) 原告は、被告製品がシーティングの使用中に硬化反応を進行させて結合力の増大を図ることは、「積極的に硬化させること」の一態様に当たるし、本件A要件にいう「その場で硬化させ」の「その場」とは、被覆シートと接着した結合部組織をその状態のままで硬化させるという位置関係をいっているのであるから、
シーティングの使用中に硬化することも、「その場で硬化させ」に当たると主張する。
(二) 確かに、市販被告製品の基体シートの有機成分中四四・七パーセントがトルエンに溶解するところ、これをオーブン中で七日間摂氏六五度に加熱するか、加速耐候性試験装置に七日間曝すと、一六重量パーセントの有機成分がトルエンに溶解し、八四重量パーセントは溶解せず硬化すること(甲五)、また、二年間の屋外耐候性試験に曝した被告製品と同じ期間書類入れに入れてファイルに保管していた被告製品をそれぞれ溶解性試験すると、屋外耐候性試験を経たものは基体シートの溶解有機成分が一六・七重量パーセントであるのに対し、ファイルに保管していたものは基体シートの溶解有機成分が二六・三重量パーセントであること(甲一三)が認められ、これらの事実によれば、被告製品は、販売段階では硬化が完了しておらず、一般に屋外での使用中にも硬化が進行することが認められる。
(三) しかし、結合部組織の硬化は、本件発明の効果である被覆シートと結合部組織の接着の改良を得るために必要不可欠な重要なものであるところ、本件特許の明細書に「本発明の再帰反射性シーティングを完成するためには、次に打ち出したシーティングを、あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する。」との記載があること(甲二の7欄二四ないし二六行目)や挙げられている実施例一ないし一三が人為的に放射線を照射した製造方法によっていること、本件第一異議答弁書(乙二九)には「結合剤材料をフィルムと模様状に接触するように加熱成形し、次いで加熱成形した模様状結合剤材料を硬化する一連の工程は教示していない。」等の記載があること、本件第一審判答弁書一(乙二六の1、2)には「本件特許発明は結合剤物質をまず加熱成形した後に、放射線を用いて積極的に硬化させることが必須要件である」等の記載があることからすると、原告は、本件特許取得の前後を通じて、放射線照射による効果は、製造工程中においてなされることを想定していることが認められる。
(四) また、本件特許明細書には「自立形態にある間に、結合剤物質をその場で硬化させる」との記載があるところ(甲二の4欄三五、三六行目)、この記載からすれば、その場とは、「結合剤物質が加熱成形により形成された形状のままで」を意味すると解する余地もなくはないが、一方、右の記載によると、「自立形態にある間に硬化させなければならない」と解すべきところ、出荷後の自然界に置いた場合には、温度変化や、雨、雪、湿気を包含する戸外の風化及び日光などの影響を受けることが予想されるから、そのような状態は、自立形態にある間とはいえないと思われる。そして、前記一で説示したとおり、本件発明は、【D】特許の製品がこのような戸外の環境に起因する崩壊を受けやすいという課題を克服するために、結合剤組織を硬化させることとしたというのであるから、その硬化は、少なくとも、自然界に置く前、すなわち、出荷前にはなされることが予定されていたというべきであり、本件A要件の硬化が、使用中の硬化を含んでいるとは考えられない(自然界における使用中の硬化により、右のような本件発明の目的を達成しようとすることは、自己矛盾の行為をしているといわざるを得ない。)。
(五) これらの事情を総合考慮すると、本件A要件の「その場で」とは、少なくとも、シーティングを自然界に置く前である「出荷前に」という意味であると解される。
3 右1、2で説示したとおり、被告製品は、加熱成形後の放射線照射あるいは加熱による硬化が施されていないし、出荷後の自然界の放射線照射等による硬化の進行を予定された商品ともいえないのであるから、本件A要件の方法により、生産されたものということはできない。
四 争点3(放射線の意味)について 本件特許の明細書には、「電子放射線は非常に顔料の多いコーティングさえ透過する能力、適用エネルギーの速さ及び有効利用、並びに制御の容易さのために特に好ましい。放射線の他の有用な形態は紫外線、核放射線、極超短波放射線、及び熱を包含するが、熱は長時間を要するという欠点がある。」と記載されているから(甲二の特許公報七欄三二行目以下)、熱も本件特許にいう放射線の一形態であると認められる。
五 争点4(本件B要件の充足性)について 1 「結合強度を増大させる」の意味について 前記一の本件発明の技術的思想に照らすと、本件特許が、完成前の製造過程中にある製品の結合強度と比較した硬化を本件発明の効果としているとは考えられず、本件B要件における「結合強度を増大させる」とは、硬化性樹脂を使用していない公知技術(【D】特許)と比較して、結合強度をより高くするという意味と解するべきである。
また、本件明細書(甲二)によると、「このようなシーテイングの必須条件は被覆フィルムと基体シートとの間の耐久力のある結合を得ることである。」(3欄一九行目以下)、「極度の温度変化、雨、雪、氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊」(3欄二六行目以下)と記載されており、結合強度が屋外使用における長期的な耐久性を含むものであることは明らかである(ただし、その測定方法を何に求めるかは、別の問題である。)。
2 甲一〇及び弁論の全趣旨によると、被告製品は、従来製品に比し、優れた耐久性を示していることが認められるところ、その原因について、当裁判所も、被告製品が耐久性に優れているのは、被覆シートが熱収縮性の小さいものであることが大きく寄与していると判断する。
その理由は、原判決八〇頁四行目から八三頁四行目まで、原判決八七頁九行目から八八頁九行目までに記載されたとおりであるから、これを引用する。
なお、原告は、被覆シートの熱収縮性の程度が、耐久性に関係しないことを立証するための証拠として、甲一九、二五を提出する。
しかし、甲一九は、【D】特許の実施製品の剥離の一例に過ぎず、これのみによって、被覆シートの熱収縮性の程度と製品の耐久性との関係を論ずることは困難であり、また、甲一九に全く収縮の形跡がないといえるかについても明らかとはいえない(目に見えない収縮により剥離したということを否定できない。)。
甲二五によると、原告は、ポリメチルメタクリレートからなる被覆シートを使用しており、右は約一〇四ないし一〇六度のガラス転移点を有していること、
平均最高温度が摂氏七五度よりやや低い地点において再帰反射シーティングの試験がなされたことが認められるが、乙三八、八六の試験結果に照らすと、直ちに採用することができないというべきである。
六 争点5(特許法104条の適用)について 被告製品の製造方法については、前記三のとおり、少なくとも本件A要件の「加熱成形後の硬化」を充足していないことが認められるのであるから、特許法104条を理由とした原告の主張は理由がない。
七 争点7(均等論の適用)について 原告は、被告製品の製造方法が、本件A要件の「加熱成形後の硬化」を充足していないとしても、被告の製造方法は、本件A要件と均等であると主張する。
1 しかし、本件発明は、【D】特許による再帰反射シートの耐候性を向上させるために、「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより」前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とするシーティングの製造法を開示したものである。
したがって、結合剤物質の硬化の時期、方法、程度は、本件発明の課題解決手段となる特徴的な部分であって、本件発明の本質をなす重要な工程というべきである(原告自身、加熱成形時の流動性が十分に高くなければ意図する網目状の結合部組織ができないので、結合剤物質の硬化を結合部組織の加熱成形前に行うことは考えられない旨の主張をしており、少なくとも、硬化の時期が結合部組織の加熱成形の前か後かは重要な違いがあるというべきである。)。
2 また、前記三のとおり、被告製品の基体シートの製造過程において、結合部組織の加熱成形後には、硬化処理がなされておらず、それ以前になされているということは判明しているが、それ以上に、その方法、時期、程度などについて、具体的に明らかであったとはいえず(原告自身、被告製品は、加熱成形後に硬化がなされているという主張を維持している。)、被告製品の製造方法が、被告製品製造時において、当業者によって容易に想到することができたということの立証がなされているとはいえない。
3 したがって、被告製品の製造方法は、本件発明と均等ということはできない。
八 結 論 以上によると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、
これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 鳥越健治
裁判官 若林諒
裁判官 山田陽三