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事件 平成 25年 (行ケ) 10275号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2014/09/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年9月11日判決言渡

平成25年(行ケ)第10275号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年7月15日

判 決



原 告 株 式 会 社 ブ リ ヂ ス ト ン



訴 訟 代 理 人 弁 理 士 杉 村 憲 司

同 塚 中 哲 雄

同 冨 田 和 幸



被 告 住 友 ゴ ム 工 業 株 式 会 社



訴 訟 代 理 人 弁 理 士 秋 山 文 男

同 植 田 計 幸

同 神 童 利 勝

主 文

1 特許庁が無効2013−800034号事件について平成25年9月3日に

した審決のうち,特許第4581116号の請求項1ないし3及び5ないし1

4に係る発明についての審判請求は成り立たないとの部分を取り消す。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを14分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担

とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が無効2013−800034号事件について平成25年9月3日に


1
した審決を取り消す。

第2 事案の概要

1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)

被告は,発明の名称を「加硫ゴム組成物,空気入りタイヤおよびこれらの製

造方法」とする特許第4581116号(平成20年9月2日出願(パリ条約

による優先権主張 平成19年9月10日),平成22年9月10日設定登録

以下「本件特許」という。請求項の数は14である。)の特許権者である。

原告は,平成25年2月26日,特許庁に対し,本件特許を無効にすること

を求めて審判の請求をし,特許庁は,この審判を,無効2013−80003

4号事件として審理した後,同年9月3日,「本件審判の請求は,成り立たな

い。審判費用は,請求人の負担とする。」との審決をし,審決の謄本を,同月

12日,原告に送達した。

原告は,同年10月11日,上記審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

2 特許請求の範囲

本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲12。以下,請

求項の番号に従い,順次「本件発明1」,「本件発明2」などといい,これら

の発明を総称して「本件発明」という。また,本件特許の明細書を,以下「本

件明細書」という。)。

【請求項1】

天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエンゴムおよびポリブタ

ジエンゴムの少なくともいずれかからなるゴム成分と,化学変性ミクロフィブ

リルセルロースと,を含有する加硫ゴム組成物。

【請求項2】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースにおける化学変性がアセチル化,

アルキルエステル化,複合エステル化,β−ケトエステル化,アリールカルバ

メート化からなる群から選択された少なくとも1種である,請求項1に記載の


2
加硫ゴム組成物。

【請求項3】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースは,置換度が0.2〜2.5の範

囲内となるように化学変性されてなる,請求項1または2に記載の加硫ゴム組

成物。

【請求項4】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースの平均繊維径は,4nm〜1μm

の範囲内である,請求項1〜3のいずれかに記載の加硫ゴム組成物。

【請求項5】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースの含有量は,前記ゴム成分100

質量部に対して1〜50質量部の範囲内である,請求項1〜4のいずれかに記

載の加硫ゴム組成物。

【請求項6】

前記ゴム成分は,前記天然ゴムおよび前記変性天然ゴムの少なくともいずれ

かからなる,請求項1〜5のいずれかに記載の加硫ゴム組成物。

【請求項7】

請求項1〜6のいずれかに記載の加硫ゴム組成物を用いてなる空気入りタイ

ヤ。

【請求項8】

天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエンゴムおよびポリブタ

ジエンゴムの少なくとも1種類のゴム成分を含むゴムラテックスに,化学変性

ミクロフィブリルセルロースを前記ゴム成分100質量部に対して1〜50質

量部を混合,乾燥してマスターバッチを調製することを特徴とする加硫ゴム組

成物の製造方法

【請求項9】

前記混合がホモジナイザーによる混合方法である,請求項8に記載の加硫ゴ


3
ム組成物の製造方法

【請求項10】

前記乾燥が加熱オーブン中での乾燥,自然乾燥およびパルス乾燥のいずれか

の乾燥方法である,請求項8または9に記載の加硫ゴム組成物の製造方法

【請求項11】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースにおける化学変性がアセチル化,

アルキルエステル化,複合エステル化,β−ケトエステル化,アリールカルバ

メート化からなる群から選択された少なくとも1種である,請求項8〜10の

いずれかに記載の加硫ゴム組成物の製造方法

【請求項12】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースは,置換度が0.2〜2.5の範

囲内となるように化学変性されてなる,請求項8〜11のいずれかに記載の加

硫ゴム組成物の製造方法

【請求項13】

前記化学変性ミクロフィブリルセルロースの平均繊維径は,4nm〜1μm

の範囲内である,請求項8〜12のいずれかに記載の加硫ゴム組成物の製造方

法。

【請求項14】

請求項8〜13いずれか記載の加硫ゴム組成物の製造方法において調製され

たマスターバッチに配合剤を混練する工程と,

加硫剤及び加硫促進剤を加えて混練する工程と,

これをタイヤ金型で加圧・加熱下で加硫する加硫工程を有する空気入りタイ

ヤの製造方法

3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおり

である。


4
ア 本件発明1ないし3,5及び6は,特開平9−221501号公報(甲

1。以下「甲1文献」という。)に記載された発明であるということはで

きない。

イ 本件発明1ないし3,5ないし14は,特表2002−524618号

公報(甲3。以下「甲3文献」という。)に記載された発明を主たる引用

発明として,また,本件発明4は,甲1文献に記載された発明を主たる引

用発明として,いずれも当該発明から当業者が容易に発明をすることがで

きたものであるということはできない。

審決が上記結論を導くに当たり認定した,甲1文献に記載された発明(以

下「甲1発明」という。)の内容,本件発明1と甲1発明との一致点及び相

違点,甲3文献に記載された発明(以下,同文献に記載された物の発明

「甲3発明A」,物を生産する方法の発明を「甲3発明B」といい,これら

を総称して「甲3発明」という。)の内容,本件発明1と甲3発明Aとの一

致点及び相違点,本件発明8と甲3発明Bとの一致点及び相違点,並びに本

件発明4と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 本件発明1と甲1発明との対比

甲1発明の内容

「天然ゴム30部を含む成分に,セルロースパウダー(KCフロックW

−100,平均粒子径=37μm,日本製紙製)の表面をアセチル化,

プロピオニル化,ブチリル化,アセチルプロピオニル化若しくはアセチ

ルブチリル化した表面アシル化セルロース,又は,木粉(100メッシ

ュパス,平均粒子径=88μm)の表面をアセチル化した表面アシル化

リグノセルロース15部を添加し,混練して調製された架硫ゴムをホッ

トプレスして得られるゴム成形物」。

一致点

「天然ゴムからなるゴム成分と,セルロースを化学変性したものと,を


5
含有する加硫ゴム組成物。」である点。

相違点(以下「相違点1」という。)

セルロースを化学変性したものについて,本件発明1は「化学変性ミ

クロフィブリルセルロース」であると特定するのに対し,甲1発明は

「セルロースパウダー(KCフロックW−100,平均粒子径=37μ

m,日本製紙製)の表面をアセチル化,プロピオニル化,ブチリル化,

アセチルプロピオニル化若しくはアセチルブチリル化した表面アシル化

セルロース,又は,木粉(100メッシュパス,平均粒子径=88μ

m)の表面をアセチル化した表面アシル化リグノセルロース」である点。

イ 本件発明1と甲3発明Aとの対比

甲3発明Aの内容

「スチレン−ブタジエンコポリマー(SBR Buna VSL 55

25−1/Bayer)73.5重量%,クロロジメチルイソプロピル

シラン変性セルロースミクロフィブリル18.4重量%を含むエラスト

マー組成物を加硫して得られる加硫エラストマー」。

一致点

「ゴム成分と,化学変性ミクロフィブリルセルロースと,を含有する加

硫ゴム組成物。」である点。

相違点(以下「相違点2」という。)

ゴム成分について,本件発明1は「天然ゴム,変性天然ゴム,アクリ

ロニトリルブタジエンゴムおよびポリブタジエンゴムの少なくともいず

れかからなるゴム成分」であるのに対し,甲3発明Aは「スチレン−ブ

タジエンコポリマー(SBR Buna VSL 5525−1/Ba

yer)」である点。

ウ 本件発明8と甲3発明Bとの対比

甲3発明Bの内容


6
「スチレン−ブタジエンコポリマー(SBR Buna VSL 55

25−1/Bayer)73.5重量%,クロロジメチルイソプロピル

シラン変性セルロースミクロフィブリル18.4重量%を含むエラスト

マー組成物を製造する工程,該エラストマー組成物を加硫する工程を含

む加硫エラストマーの製造方法」。

一致点

「ゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセルロースとを含む加硫ゴム組

成物の製造方法。」である点。

相違点(以下「相違点3」という。)

本件発明8は「天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエ

ンゴムおよびポリブタジエンゴムの少なくとも1種類のゴム成分を含む

ゴムラテックスに,化学変性ミクロフィブリルセルロースを前記ゴム成

分100質量部に対して1〜50質量部を混合,乾燥してマスターバッ

チを調製すること」を特定事項とするのに対し,甲3発明Bはこのよう

なマスターバッチの調製に係る特定事項を有していない点。

エ 本件発明4と甲1発明との対比

甲1発明の内容



一致点

「天然ゴムからなるゴム成分と,セルロースを化学変性したものと,を

含有する加硫ゴム組成物。」である点。

相違点(以下「相違点4」という。)

セルロースを化学変性したものについて,本件発明4は「化学変性ミ

クロフィブリルセルロース」であって,「平均繊維径は,4nm〜1μ

mの範囲内である」と特定するのに対し,甲1発明は「セルロースパウ

ダー(KCフロックW−100,平均粒子径=37μm,日本製紙製)


7
の表面をアセチル化,プロピオニル化,ブチリル化,アセチルプロピオ

ニル化若しくはアセチルブチリル化した表面アシル化セルロース,又は,

木粉(100メッシュパス,平均粒子径=88μm)の表面をアセチル

化した表面アシル化リグノセルロース」であって,平均繊維径について

の特定がない点。

第3 原告の主張

審決には,本件発明1と甲1発明との間の相違点1の認定の誤り(取消事由

1),相違点1についての判断の誤り(取消事由2),本件発明2,3,5及

び6の甲1発明を引用発明とする新規性の判断の誤り(取消事由3),本件発

明1の甲3発明Aを引用発明とする容易想到性の判断の誤り(取消事由4),

本件発明8の甲3発明Bを引用発明とする容易想到性の判断の誤り(取消事由

5),本件発明2,3,5ないし7及び9ないし14の甲3発明を引用発明と

する容易想到性の判断の誤り(取消事由6),並びに本件発明4の甲1発明を

引用発明とする容易想到性の判断の誤り(取消事由7)があり,これらの誤り

はいずれも審決の結論に影響するものであるから,審決は違法として取り消さ

れるべきである。

1 取消事由1(本件発明1と甲1発明との間の相違点1の認定の誤り)

審決は,本件発明1について,化学変性ミクロフィブリルセルロースの形

態のセルロースをゴム成分などに添加・配合し混合した後,加硫することで

得られるゴム組成物であると認定した上,本件発明1の加硫ゴム組成物の原

料物質である化学変性ミクロフィブリルセルロースと,甲1発明のゴム成形

物の原料物質である表面アシル化セルロースないし表面アシル化リグノセル

ロースとの相違をもって,本件発明1と甲1発明との相違点1と認定した。

しかしながら,組成物発明は,各成分を混合して得られる組成物の発明

あり,審決が,セルロースを化学変性したものについて,加硫して得られる

ゴム組成物中での状態を対比せずに,ゴム成分に配合する前の状態を対比し


8
て相違点1としたのは誤りである。

すなわち,原料として用いるセルロースが化学変性ミクロフィブリルセル

ロースの形態でないセルロースである加硫ゴム組成物であっても,かかるセ

ルロースを天然ゴムなどのゴム成分に添加,混合し,加硫した後の状態が,

化学変性ミクロフィブリルセルロースの形態のセルロースを天然ゴムなどの

ゴム成分に添加,混合し,加硫した後の状態と同一であれば,本件発明1の

加硫ゴム組成物に該当する。つまり,本件発明1と甲1発明との間に相違点

があることを示すには,原料での対比では不十分であり,加硫して得られる

状態での対比を要する。

被告は,本件発明1は,加硫後のゴム組成物中に結果としてミクロフィブ

リル化した状態の化学変性セルロースが含まれた物の発明として要旨認定さ

の審決の認

定のとおりの内容であり,加硫して得られる状態の加硫ゴム組成物中に化学

変性ミクロフィブリルセルロースの形態のセルロースの存在を要するもので

はない。

2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)

審決に前記1のとおりの相違点1の認定の誤りがある以上,審決による同相

違点についての判断にも誤りがある。

そして,加硫して得られるゴム組成物中における化学変性セルロースの状態

を対比すると,本件発明1と甲1発明との間に相違点はない。

すなわち,原告従業員作成の実験成績証明書(甲5。以下「原告実験成績証

明書」という。)によれば,本件発明1に相当する加硫ゴム組成物中において

凝集した変性ミクロフィブリルセルロースと,甲 1 発明に相当する加硫ゴム組

成物中において一部解繊したアセチル化セルロースとは同様の形状であり,差

異はない。

よって,甲1発明における表面アシル化セルロースないし表面アシル化リグ


9
ノセルロースは,本件発明1における化学変性ミクロフィブリルセルロースに

相当する。

3 取消事由3(本件発明2,3,5及び6の甲1発明を引用発明とする新規性

の判断の誤り)

審決に前記 1 及び2のとおりの相違点1の認定及び判断の誤りがある以上,

かかる誤った認定及び判断を前提とする審決の本件発明2,3,5及び6の新

規性についての判断にも誤りがある。すなわち,甲 1 発明とこれらの発明との

間に相違点はなく,これらの発明に新規性はない。

4 取消事由4(本件発明1の甲3発明Aを引用発明とする容易想到性の判断の

誤り)

審決は,甲3文献における単なる一実施形態にすぎない甲3発明Aにおい

て,そこで用いられている特定のゴム成分を他のゴム成分に代えようとする

動機は見当たらないとして,甲3発明Aにおけるスチレン−ブタジエンコポ

リマーを天然ゴムやポリブタジエンゴムなどとすることは想到容易であると

はいえないと判断した。

しかしながら,審決の判断は,次のとおり誤りである。

ア 甲3文献には,変性ミクロフィブリルを加硫されたタイヤ用のエラスト

マーへの強化充填剤として添加することが開示され,甲3発明Aは,加硫

エラストマーにスチレン−ブタジエンコポリマーを用いて,かかる強化充

填剤としての効果を確認するものである。そうすると,この記載に接した

当業者ならば,加硫されるゴム成分として,スチレン−ブタジエンコポリ

マーに代えて,いずれも周知のゴム成分である天然ゴム,変性天然ゴム,

アクリロニトリルブタジエンゴム及びポリブタジエンゴム(以下,これら

四種のゴム成分を総称して,単に「天然ゴム等」ということがある。)を

用いても,変性ミクロフィブリルが加硫エラストマーへの強化充填剤とし

ての効果を同様に奏すると理解するのが自然である。


10
よって,甲3発明Aにおいて加硫されるエラストマーとして,スチレン

−ブタジエンコポリマーに代えて天然ゴム等を用いることは,当業者が容

易に想到し得る事項にすぎない。

イ 甲3発明Aは,ミクロフィブリルの表面に存在するヒドロキシル官能基

を有機化合物によりエーテル化することで,ミクロフィブリルの親水性を

著しく弱めるものであり,甲3文献には,変性表面を持つミクロフィブリ

ルが,エラストマー中で均質に分散され,その機械的特性に著しい改善を

もたらすと記載されている。

一方,甲1文献には,セルロース及びリグノセルロースの表面を高度に

アシル化することによって疎水性にすることを目的とし,この表面アシル

化リグノセルロースを天然ゴムに配合して加硫ゴムを調製したところ,表

面アシル化リグノセルロースのゴム中での分散性が良好であったとの記載

があり,甲3発明Aと目的及び作用効果が共通する。

また,特開2006−206864号公報(以下「甲2文献」とい

う。)には,天然ゴム又は天然ゴム及びポリブタジエンゴムに,微小繊維

状セルロースを配合してマスターバッチを調製し,得られたゴム組成物を

加硫して加硫ゴムシートとしたところ,微小繊維状セルロースの分散性が

良好であり,これにより,ゴム補強性と耐疲労性のバランスが取れたゴム

組成物を得ることができるとの記載があり,セルロースの均一な分散によ

る機械的特性の改善という点で,甲3発明Aと作用効果が共通する。そし

て,甲3発明A及び甲2文献に記載された事項は,いずれもゴム組成物及

びそれを用いたタイヤという共通の技術分野に属する。

そうすると,当業者であれば,甲3発明Aにおいて,スチレン−ブタジ

エンコポリマーを,甲1文献に記載された天然ゴムや甲2文献に記載され

た天然ゴムないしポリブタジエンゴムに置き換えても,化学変性ミクロフ

ィブリルセルロースがゴム中に良好に,すなわち均質に分散することによ


11
って,ゴム組成物の機械的特性に著しい改善をもたらすと理解するのが自

然である。

したがって,当業者には,甲3発明Aにおいて,スチレン−ブタジエン

コポリマーに代えて,天然ゴムやポリブタジエンゴムを使用する動機があ

る。

被告は,本件発明1が,天然ゴム等のゴム成分と化学変性ミクロフィブリ

ルセルロースとを含有することで,甲1文献ないし甲3文献の記載から予測

することのできない顕著な効果を奏すると主張する。

しかし,本件発明1は上記主張のような顕著な効果を格別奏するものでは

ない。

すなわち,原告実験成績証明書によれば,スチレン−ブタジエンコポリマ

ーに化学変性ミクロフィブリルを混合することで,混合しない場合と比べて

引張強度が向上し,破断伸びが大きくなるのに対し,天然ゴムに化学変性ミ

クロフィブリルを混合すると,混合しない場合と比べて引張強度が低下し,

破断伸びが小さくなってしまう。また,化学変性ミクロフィブリルを混合し

たゴム組成物中のスチレン−ブタジエンコポリマーを天然ゴムに代えた場合,

化学変性ミクロフィブリルを混合しないゴム組成物中のスチレン−ブタジエ

ンコポリマーを天然ゴムに代えた場合と比較すると,引張強度の向上の程度

は小さく,破断伸びは向上から悪化に転じ,操縦安定性は悪化の程度がより

大きくなってしまうのである。

5 取消事由5(本件発明8の甲3発明Bを引用発明とする容易想到性の判断の

誤り)

審決は,甲3発明Bにおけるスチレン−ブタジエンコポリマーを天然ゴム

やポリブタジエンゴムなどとすることは想到容易であるとはいえない,また,

甲3文献にはゴム組成物中における化学変性ミクロフィブリルセルロースの

良好な分散性を解決課題とするとの記載ないし示唆はなく,甲2文献に記載


12
されているようなマスターバッチを調製する技術を甲3発明Bに適用する動

機はない,と判断した。

しかしながら,審決の判断は,次のとおり誤りである。

ア 甲3文献のスチレン−ブタジエンコポリマーに代えて周知のゴム成分で

ある天然ゴム等を用いることは当業者が容易に想到し得る事項にすぎない

こと,甲3発明Bにおいて,スチレン−ブタジエンコポリマーに代えて,

甲1文献に記載された天然ゴムや,甲2文献に記載された天然ゴム,ポリ

と同様である。

イ 甲3文献には,ゴム組成物(エラストマー組成物)中における化学変性

ミクロフィブリルの良好な分散性を解決課題とすることの記載(【017

8】)や,固形の有機媒体であるエラストマー中における化学変性ミクロ

フィブリルの良好な分散性を解決課題とすることについての示唆もある

(【0010】,【0013】,【0103】)。したがって,甲3文献

には,ゴム組成物中における化学変性ミクロフィブリルセルロースの良好

な分散性を解決課題とすることの記載ないし示唆はないとの審決の認定は

誤りである。

そして,甲2文献においても,微小繊維状セルロースの良好な分散性が

解決課題であり,甲3発明Bと甲2文献とは解決課題が共通するから,当

業者には,甲3発明Bにおいて,甲2文献に記載のマスターバッチを調製

する技術を適用する動機があるし,甲2文献に記載されているようなマス

ターバッチを調製する技術は周知慣用技術である。

したがって,甲3発明Bにおいて,マスターバッチを調製する技術を適

用することは,当業者が容易に想到し得る事項にすぎない。

被告は,本件発明8が,甲1文献ないし甲3文献の記載から予測すること

のできない顕著な効果を奏すると主張する。

しかし,本件発明8がゴム成分として天然ゴム等の少なくともいずれかを


13
使用することで,格別顕著な効果を奏するものではないし,ゴムラテックス

に化学変性ミクロフィブリルセルロースを混合,乾燥してマスターバッチを

調製することで,甲1文献ないし甲3文献の記載から予測することができな

い格別顕著な効果を奏することもない。

原告実験成績証明書によれば,スチレン−ブタジエンコポリマーに化学変

性ミクロフィブリルをウェット混合することで,混合しない場合に比べて引

張強度が向上し,破断伸びが大きくなるのに対し,天然ゴムに化学変性ミク

ロフィブリルをウェット混合すると,混合しない場合に比べて引張強度が低

下し,破断伸びが小さくなってしまう。また,化学変性ミクロフィブリルを

混合したゴム組成物中のスチレン−ブタジエンコポリマーを天然ゴムに代え,

かつ混合方法をドライ混合からウェット混合に代えた場合,化学変性ミクロ

フィブリルを混合しないゴム組成物中のスチレン−ブタジエンコポリマーを

天然ゴムに代え,混合方法を同様に変更した場合と比較して,引張強度の向

上の程度は小さく,破断伸び及び操縦安定性は向上から悪化に転じてしまう。

6 取消事由6(本件発明2,3,5ないし7及び9ないし14の甲3発明を引

用発明とする容易想到性の判断の誤り)

審決に前記4のとおりの相違点2に係る本件発明1の構成についての容易想

到性の判断の誤り,及び前記5のとおりの相違点3に係る本件発明8の構成に

ついての容易想到性の判断の誤りがある以上,かかる誤った判断を前提とする

審決の本件発明2,3,5ないし7及び9ないし14の進歩性についての判断

にも誤りがあり,これらの発明は,いずれも甲3発明に対して進歩性を有しな

い。

7 取消事由7(本件発明4の甲1発明を引用発明とする容易想到性の判断の誤

り)

審決は,甲1発明において,特定のセルロースにすぎない平均粒子径37μ

mのセルロースパウダーや平均粒子径88μmの木粉に特に着目し,これらを


14
ミクロフィブリルセルロース,すなわち平均径が4nmないし1μmである細

長い糸状のセルロースにすることで加硫ゴム組成物の剛性や補強性を向上させ

ようとする動機は見出せないと判断した。

しかしながら,甲3文献には,ミクロフィブリルの平均直径が「10Å〜5

00Å,有利には15Å〜200Å,さらに詳細には15Å〜70Å」の間で

あることが記載されており,甲1発明と甲3発明とが疎水化という点で作用効

果が共通するため,当業者には,甲1発明において,甲3文献に記載の平均直

径のミクロフィブリルセルロースを適用する動機がある。

また,スチレン−ブタジエンコポリマーを使用する甲3発明に甲1発明を適

用したり,スチレン−ブタジエンコポリマーに代えて,周知のゴム成分である

天然ゴム等を用いることで,当業者は本件発明4を容易に想到し得る。

さらに,本件明細書には,平均繊維径が4nm未満の化学変性ミクロフィブ

リルセルロースや平均繊維径が1μmを超える化学変性ミクロフィブリルセル

ロースを用いた例はなく,化学変性ミクロフィブリルセルロースの平均繊維径

が4nmないし1μmの範囲内にあることで,甲 1 文献ないし甲3文献の記載

から予測することができない格別顕著な効果が奏されることは示されていない。

したがって,審決は,甲1発明を引用発明とする本件発明4の容易想到性

判断を誤っている。

第4 被告の主張

1 取消事由1について

本件発明1は,ゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセルロースとを含有

する加硫ゴム組成物であって,微粒子の形状からなるセルロースを想定して

いない。

これに対し,甲 1 発明において化学変性されるセルロースは「セルロース

パウダー(KCフロックW−100,平均粒子径=37μm,日本製紙

製)」あるいは「木粉(100メッシュパス,平均粒子径=88μm)」と


15
あるように,平均粒子径が100μm以下の微粉末状のセルロースであって,

細長い糸状のセルロースではなく,これらを変性した「表面アシル化セルロ

ース」,「表面アシル化リグノセルロース」と,本件発明1の「化学変性ミ

クロフィブリルセルロース」の構成が異なることは明らかである。

したがって,本件発明1が甲1文献に記載された発明ということはできず,

これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。

原告は,本件発明1は加硫して得られる状態の加硫ゴム組成物中に化学変

性ミクロフィブリルセルロースの形態のセルロースの存在を要するものでは

ないと主張する。

しかし,請求項1の記載に照らして,本件発明1の「加硫ゴム組成物」は,

加硫後の時点で「ゴム成分」と「化学変性ミクロフィブリルセルロース」と

を「含有する」と,一義的に明確に理解することができるから,そのように

解釈されるべきであり,原告の上記主張は誤りである。

2 取消事由2について

相違点1の存在を理由に本件発明1が甲1文献に記載された発明ということ

はできない旨の審決の認定判断に誤りがないのは,前記1のとおりである。

原告は,加硫して得られるゴム組成物中での状態を対比すると,本件発明1

と甲1発明との間に相違点はないと主張する。

しかし,原告が本件発明1に該当するとする原告実験成績証明書中の実験結

果は,繊維分散状態が微細でない凝集塊の状態のセルロースを含む加硫ゴム組

成物であり,本件発明1に該当しないから,この実験結果に基づいて本件発明

1と甲1発明との間に相違点がないとする原告の主張は誤りである。

3 取消事由3について

本件発明2,3,5及び6に係る各請求項は,本件発明1に係る請求項1を

直接的に又は間接的に引用するものであり,本件発明1が甲1文献に記載され

た発明であるといえない以上,本件発明2,3,5及び6についても同様に,


16
甲1文献に記載された発明であるということはできない。

4 取消事由4について

原告実験成績証明書によれば,甲3発明Aは繊維分散状態が微細でない凝

集塊の状態のセルロースを含む加硫ゴム組成物であるから,そもそもかかる

加硫ゴム組成物のゴム成分を置き換えても,本件発明1にはならない。

本件発明1は,天然ゴム等のゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセルロ

ースとを含有するという構成で,転がり抵抗特性,操縦安定性及び耐久性

(引張強度,破断伸び,引裂強さ)の性能バランスの改善という課題を解決

するものである。しかしながら,甲1文献ないし甲3文献には,化学変性ミ

クロフィブリルセルロースを含有する加硫ゴム組成物における該性能バラン

スの改善という課題はもとより,転がり抵抗特性や操縦安定性の改善という

課題すら開示されていない。

そうすると,天然ゴム等の少なくともいずれかからなるゴム成分が周知で

あるとしても,また,転がり抵抗特性や操縦安定性の改善という課題が仮に

周知であったとしても,化学変性ミクロフィブリルセルロースを含有する加

硫ゴム組成物の転がり抵抗特性,操縦安定性等の性能バランスを改善するた

めに,該ゴム成分を用いる示唆等が何ら記載されていない以上,当業者が,

周知技術を適用することにより,本件発明1の構成とすることを容易に想到

し得たものであるということはできない。

よって,甲3発明Aにおいて,スチレン−ブタジエンコポリマーに特に着

目し,これを他のゴム成分に代えようとする動機が見当たらないとの審決の

判断に誤りはない。

本件発明1は,天然ゴム等のゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセルロ

ースとを含有することで,転がり抵抗特性,操縦安定性及び耐久性(引張強

度,破断伸び,引裂強さ)の性能バランスが顕著に改善され,かつ当該ゴム

成分と化学変性ミクロフィブリルセルロースの併用により,前記性能バラン


17
スが相乗的に改善されるという顕著な効果を奏するものであり,加えて,操

縦安定性(E*),転がり抵抗(tanδ)などの性能を改善するという,

甲1文献ないし甲3文献に記載のない異質の効果をも奏するものでもある。

すなわち,被告従業員作成の実験成績証明書(甲6。以下「被告実験成績

証明書」という。)によれば,ゴム成分としてスチレン−ブタジエンコポリ

マーを用いた場合に比べて天然ゴムを用いた場合の方が,上記性能バランス

が非常に優れていること,ミクロフィブリルセルロースに代えて化学変性ミ

クロフィブリルセルロースを用いることで,性能バランスが効率的に改善さ

れることが示されている。

原告は,主に引張強度,破断伸び及び操縦安定性の三性能のみの結果に基

づいて,本件発明1は顕著な効果を奏していないと主張する。しかし,原告

実験成績証明書によっても,引張強度,破断伸び,引裂強さ,操縦安定性及

び転がり抵抗の五性能の性能バランスという観点から判断すると,化学変性

ミクロフィブリルセルロースを添加することによる合計改善幅は,ゴム成分

にスチレン−ブタジエンコポリマーを用いた場合よりも天然ゴムを用いた場

合の方が大きいから,当業者の予測を超える顕著な効果が示されている。

よって,本件発明1は,甲1文献ないし甲3文献の記載から予測すること

のできない顕著な効果を奏するものであり,この点からも進歩性を肯定する

ことができる。

5 取消事由5について

前記4 と同様の理由から,本件発明8において,特定ゴムのスチレン−ブ

タジエンコポリマーに特に着目し,これを他のゴム成分に代えようとする動機

が見当たらないとする審決の判断に誤りはなく,また,前記4 と同様の理由

から,本件発明8は,甲1文献ないし甲3文献の記載から予測することのでき

ない顕著な効果を奏するものである。

6 取消事由6について


18
本件発明2,3,5ないし7及び9ないし14に係る各請求項は,請求項1

又は8を直接的に又は間接的に引用するものであり,請求項1に係る本件発明

1及び請求項8に係る本件発明8が甲3発明から想到容易であるとはいえない

のは前記4及び5のとおりである以上,本件発明2,3,5ないし7及び9な

いし14についても同様に,甲3発明から想到容易であるということはできな

い。

7 取消事由7について

本件発明4は,本件発明1と同様,そもそも微粒子の形状からなるセルロー

スを想定していないものであり,平均径が4nmないし1μmである細長い糸

状のセルロースとして定義されるミクロフィブリルセルロースを化学変性した

ものを用いるものである。

そして,甲1発明において,化学変性される対象であるセルロースは,平均

粒子径が100μm以下の微粉末状のセルロースであって,細長い糸状のセル

ロースではなく,甲1文献の実施例の記載から認定された甲1発明において,

特定のセルロースにすぎないセルロースパウダーや木粉に特に着目し,これら

をミクロフィブリルセルロース,すなわち平均径が4nmないし1μmである

細長い糸状のセルロースにすることで課題を解決しようとする動機はそもそも

見出すことができない。

よって,本件発明4が甲1発明を引用発明として,当該発明から当業者が容

易に発明をすることができたということはできないとの審決の判断に誤りはな

い。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,審決には,本件発明1ないし3,5ないし14の甲3発明を引

用発明とする容易想到性の判断の誤り(取消事由4,5及び6)があり,この

判断の誤りは審決の結論に影響するものであるから,審決はその限度で取消し

を免れないものの,本件発明4の甲1発明を引用発明とする容易想到性の判断


19
に誤りはなく(取消事由7),これに係る原告の主張は理由がないと判断する。

その理由は次のとおりである(以上に鑑み,取消事由1ないし3についての判

断は省略する。)。

1 取消事由4(本件発明1の甲3発明Aを引用発明とする容易想到性の判断の

誤り)について

審決の判断

審決は,甲3文献中の実施例8の記載内容を踏まえて甲3発明Aを認定し

た上,技術思想というより単なる一実施形態にすぎない甲3発明Aにおいて,

そこで用いられている特定のゴム成分(スチレン−ブタジエンコポリマー)

に特に着目し,これを他のゴム成分に代えようとする動機は見当たらないと

して,本件発明1は甲3発明Aから当業者が容易に発明できたとはいえない

と判断した。

そこで,甲3文献における実施例8の位置付けを踏まえ,甲3発明Aにお

いて相違点2に係る本件発明1の構成に至ることの容易想到性について検討

する。

甲3文献の記載内容

甲3文献(甲3)には,次の記載がある。

「【0006】

熱可塑性プラスチック,熱硬化性材料,エラストマーおよびマスチックに

用いられることを意図したもののタイプである高粘性および固形の媒体にお

いて,ミクロフィブリルは,機械的特性を変性することが可能であり,特に

強化充填材(判決注:「強化充填剤」の誤記と認める。)としての役割を果

たすことができる。

【0007】

ミクロフィブリルの有利な機械的特性は,それらの,特定の構造のせいに

よる。それらは,ミクロフィブリル表面でのヒドロキシル官能基の存在のせ


20
いで,高度に親水性の性質を有する。

【0008】

しかし,これらのミクロフィブリルの使用は,欠点がないわけではない。

【0009】

これは,いくつかの用途,例えば,水性のおよび/または親水性の媒体に

おいて望ましいことがありうる親水性の性質が,有機のおよび/または疎水

性の媒体において必要とされる種々の用途に対する障害を構成することがあ

りうることによる。

【0010】

例えば,有機のおよび/または疎水性の媒体中において,ミクロフィブリ

ルは分散しないし,ミクロフィブリルとそれらが中に入っている有機媒体と

の不適合性による,凝集および凝結の現象が起こる。ミクロフィブリルは強

い親水性性質を有しているので,それらは,自然に疎水性性質を持つ有機媒

体中において,凝結および凝集する傾向性を有する。」

「【0012】

本発明の目的は,当初の形態学的および結晶性の態様,およびそれゆえに

それらからもたらされる,すべての有利な機械的特性を保持したままで,著

しく弱体化した親水性の性質を示すセルロースミクロフィブリルを提供する

ことにある。

【0013】

本発明の別の目的は,有機媒体中に分散することが可能なミクロフィブリ

ルを提供することである。

【0014】

これらの目的は,ミクロフィブリルの表面に存在するヒドロキシル官能基

が,当該ヒドロキシル官能基と反応することが可能な少なくとも一つの官能

基を含む,少なくとも一つの有機化合物によりエーテル化されることにおい


21
て,および表面置換度(DSS)が少なくとも0.05であることにおいて

特徴付けられる変性表面を持つセルロースミクロフィブリルが主題である本

発明により,達成される。

【0015】

ミクロフィブリルの表面に取付けられたエーテル化を行う有機化合物から

生じる有機残留物は,ミクロフィブリルと,それが中で分散している有機媒

体とのよりよい混和性を提供する。ミクロフィブリルの親水性性質は,それ

故に,著しく弱められ,従って,それらは,媒体のレオロジー的特性を制御

することができる。」

「【0017】

本発明の状況において,「分散性」という用語は,一度有機媒体中に導入

されると,緩やかなせん断による分散が可能であり,非凝集分散を形成する

ことが可能である表面変性ミクロフィブリルを意味する。

【0018】

換言すれば,本発明のミクロフィブリルは,ヒドロキシル官能基の表面疎

水性化により分散性が付与される。ミクロフィブリルの当初の形態は保持さ

れ,結晶配位はなお見られる。」

「【0108】

本発明の別の主題は,上述してきたような,または前述のプロセスにより

得られたような変性表面を持つミクロフィブリルを含む組成物である。」

「【0110】

これらの組成物は,例えば,床材,エンジンマウント,車両軌道の成分,

靴底,索道車輪,家庭電化製品用シール,ケーブルシースまたは伝動装置ベ

ルトとして用いることが可能である。

【0111】

最終的に,本発明による組成物は,電池セパレーターとしての用途を見出


22
すことができる。

【0112】

従って,本発明は,好ましくは加硫され,タイヤのあらゆる部分において

用いることが可能なエラストマー,またはエラストマーの合金または配合物

に基づく組成物を得ることを可能とする。」

「【0130】



実施例3:クロロジメチルイソプロピルシランによるミクロフィブリルのエ

ーテル化

…」

「【0170】



実施例8:架橋(加硫)エラストマーにおける使用

この実施例の目的は,実施例3から得られる変性ミクロフィブリルを含む

加硫エラストマー(組成B)の特性を,変性ミクロフィブリルを含まないエ

ラストマー(組成A)のそれと比較して評価することである。

【0171】

以下の二つのエラストマー組成物を製造する:

【表2】




23
【0172】

量は組成物の全体重量に対する重量%として表す。

(*)27.3%のオイルを含む溶液中において合成されたスチレン−ブタジ

エンコポリマー(SBR Buna VSL 5525−1/Bayer)。



【0173】

容量70cm 3,1段,平均羽根速度50回転/分のブラベンダー密閉式

混合機の中で,100℃の温度が段階の終わりに達成されるまで,熱機械仕

事をかけること,続いての加速の段階および外部混合機を用いる最終段階に

より,各組成物を製造する。各配合物の加硫動力学に合わせて,組成物の加

硫を調整する。

【0174】

配合物の物理的特性を以下の表IIに記す。

【表3】




(判決注:「ショアーA15s」は,硬度を表す。) 」

「【0176】

表IIから,表面変性ミクロフィブリルを含む組成物(組成物B)は,基

準組成物(組成物A)と比較して,著しく,より高い機械応力および硬度を


24
生じる結果になっていることが見出される。

【0177】

本発明のミクロフィブリルを含む組成物の弾性率の増大が,加硫組成物の

破壊点での引張り応力および伸び率を損なうことなく,行われることを見出

すことは,注目に値する。反対に,ミクロフィブリルの存在において,破壊

点での伸び率の著しい増大が見られる。

【0178】

この実施例は,変性表面を持つミクロフィブリルが,エラストマー中で均

質に分散されたことを明確に示す。この理由により,それらは,基準に比較

して,機械的特性の面で著しい改善をもたらす。」

検討

ア 甲3文献は,エラストマーなどの媒体中に強化充填剤として分散混合さ

れるセルロースミクロフィブリルは,表面に親水性のヒドロキシル官能基

を有するために,疎水性の有機媒体中での分散性が悪いという欠点がある

(【0006】ないし【0010】)ことから,ヒドロキシル官能基を特

定の表面置換度でエーテル化して親水性性質を弱め,疎水性化した変性ミ

クロフィブリルとすることで,有機媒体中に分散可能とし,上記欠点を克

服する(【0012】ないし【0015】,【0018】)という技術思

想を開示するものである。

そして,上記変性ミクロフィブリルからなる強化充填剤とポリマー等の

媒体を含む組成物は,床材,エンジンマウント,車両軌道の成分,靴底,

索道車輪,家庭電化製品用シール,ケーブルシース,伝動装置ベルト,電

池セパレーター等様々な製品の材料に用いられるとともに(【0110】,

【0111】),「好ましくは加硫され,タイヤのあらゆる部分において

用いることが可能なエラストマー,またはエラストマーの合金または配合

物に基づく組成物」として用いることができる(【0112】)ことが記


25
載されている。

イ 甲3発明Aの認定の基礎とされた実施例8は,実施例3で得られたクロ

ロジメチルイソプロピルシランによる変性ミクロフィブリルの強化充填剤

としての効果を確認するために,疎水性媒体の一種であるスチレン−ブタ

ジエンコポリマーと混合し,加硫して得られた加硫エラストマー(組成

B)について,弾性率等の機械的特性を,変性ミクロフィブリルを含まな

い加硫エラストマー(組成A)と比較検討したものである。

そして,比較検討の結果は実施例8の表TT(【0174】)に記載さ

れたとおりであり,組成Bは組成Aと比較して,弾性率,伸び率,引張り

強さ及び硬度の点で改善していることが示され,「この実施例は,変性表

面を持つミクロフィブリルが,エラストマー中で均質に分散されたことを

明確に示す。この理由により,それらは,基準に比較して,機械的特性の

面で著しい改善をもたらす。」(【0178】)とされている。

ウ 以上によれば,実施例8は,甲3文献の開示する技術思想を,疎水性媒

体にスチレン−ブタジエンコポリマーを用いて具体化したものであると認

められる。そして,セルロースミクロフィブリル表面を疎水性化して疎水

性媒体との親和性を高めることにより,セルロースミクロフィブリルの疎

水性媒体中での分散性を改善するという,上記技術思想の作用機序に照ら

すと,かかる作用機序は疎水性媒体一般に対して妥当するものであると理

解することができる。

したがって,甲3文献に接した当業者であれば,変性セルロースミクロ

フィブリルを強化充填剤として用いるべき疎水性媒体として,実施例8で

用いられたスチレン−ブタジエンコポリマーに限らず,甲3文献に列挙さ

れた様々な製品の材料として慣用される様々なポリマー等の疎水性媒体を

用いることができることを,ごく自然に認識するはずである。

そして,天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエンゴム及


26
びポリブタジエンゴムは,スチレン−ブタジエンコポリマーと並んで周知

のゴム成分,つまり疎水性媒体であって,各種成形品の材料として慣用さ

れるものである。すなわち,天然ゴム(「NR」と略称される。),アク

リロニトリルブタジエンゴム(「ニトリルゴム」ともいい,「NBR」と

略称される。),ポリブタジエンゴム(「ブタジエンゴム」ともいい,

「BR」と略称される。)及びスチレン−ブタジエンコポリマー(「スチ

レンブタジエンゴム」ともいい,「SBR」と略称される。)については,

甲2文献の【0012】及び【0017】,「ゴム技術入門」(甲21)

58頁及び59頁,並びに「高分子大辞典」(甲23)131頁の記載に

照らして周知のものと認められ,また,変性天然ゴムについては,これに

属するエポキシ化天然ゴム(なお,本件明細書の【0050】等に例示さ

れている。)及び塩(素)化天然ゴムについての「ゴム用語辞典」(甲2

2)24頁及び25頁の記載に照らし,周知のものと認められる。

よって,甲3発明Aにおけるスチレン−ブタジエンコポリマーに代えて,

天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエンゴム又はポリブタ

ジエンゴムを用いることは,当業者が容易に想到し得ることであると認め

られる。

被告の主張について

ア 被告は,原告の行った実験結果によれば,甲3発明Aは繊維分散状態が

微細でない凝集塊の状態のセルロースを含む加硫ゴム組成物であるから,

かかる加硫ゴム組成物のゴム成分を天然ゴム等に置き換えても,本件発明



原告実験成績証明書(甲5)によれば,原告が甲3発明Aに相当するゴ

ム組成物を調製したとする実験5は,スチレン−ブタジエンコポリマーに,

セリッシュKY100G(ダイセル化学製)をクロロジメチルイソプロピ

ルシランで変性してなる変性ミクロフィブリルをドライ混合した上で加硫


27
し,加硫ゴム組成物を調製したものであり,当該ゴム組成物からなる試験

片の断面の繊維分散状態を目視で観察したところ,微細でない凝集塊が認

められると評価されている。

しかるに,セリッシュKY100Gは平均繊維径が0.1μmのミクロ

フィブリルセルロースであり(甲6),これを化学変性した変性ミクロフ

ィブリルセルロースがスチレン−ブタジエンコポリマーにドライ混合され,

加硫されたからといって,ミクロフィブリルの形態ではないセルロースに

なったとは考え難い。実験5の加硫ゴム組成物の試験片断面に認められた

微細でない凝集塊は,化学変性ミクロフィブリルセルロースが凝集したも

のと認めるのが相当である。

したがって,甲3発明Aの繊維分散状態が本件発明1と異なるとする被

告の上記主張は,採用することができない。

イ 被告は,甲1文献ないし甲3文献には,化学変性ミクロフィブリルセル

ロースを含有する加硫ゴム組成物における転がり抵抗特性,操縦安定性及

び耐久性の性能バランスの改善という本件発明1の課題は開示されておら

ず,かかる課題の解決のために天然ゴム等のゴム成分を用いることの示唆

等もない以上,当業者が本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえな

)。

しかしながら,前記 のとおり,甲3文献の記載によれば,変性ミク

ロフィブリルセルロースを用いることによる分散性の改善という課題の解

決は,各種製品の材料として慣用される様々なポリマー等の疎水性媒体一

般に妥当するものと理解することができるから,甲3発明Aのスチレン−

ブタジエンコポリマーを天然ゴム等の周知のゴム成分に置換することの動

機付けが存在するということができる。なお,本件発明1の容易想到性

判断するに当たっては,甲3発明Aから本件発明1の構成に至ることを合

理的に説明することができれば足り,本件発明1の課題を認識するなど,


28
実際に本件発明1に至ったのと同様の思考過程を経る必要はないというべ

きである。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

ウ 被告は,ゴム成分として天然ゴムを用いた方がスチレン−ブタジエンコ

ポリマーを用いた場合よりも性能バランスが優れており,また,ミクロフ

ィブリルセルロースに代えて化学変性ミクロフィブリルセルロースを用い

ることによる性能バランスの改善がより効率的になるとして,本件発明1

は,天然ゴム等のゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセルロースとを含

有することで,上記性能バランスが顕著に改善されるという当業者の予測

することのできない顕著な効果を奏すると主張する(前記第4の4

この点,被告実験成績証明書(甲6)には,本件発明の実施例として,

天然ゴムにアセチル化した化学変性ミクロフィブリルセルロースを配合し

て作製したマスターバッチを用いて加硫ゴム組成物を調製する一方,比較

例として,天然ゴムにミクロフィブリルセルロースを配合しないで作製し

たマスターバッチを用いたもの,化学変性していないミクロフィブリルセ

ルロースを配合して作製したマスターバッチを用いたもの,天然ゴムのマ

スターバッチ作製後に化学変性ミクロフィブリルセルロースを混合したも

のを調製し,さらに,実験例として,天然ゴムにミクロフィブリルセルロ

ースの代わりにキトサン又はアセチル化したキトサンを配合したもの,ゴ

ム成分にスチレン−ブタジエンコポリマーを用い,ミクロフィブリルセル

ロースを配合しないもの,化学変性していないミクロフィブリルセルロー

スを配合したもの,アセチル化した化学変性ミクロフィブリルセルロース

を配合したものを調製し,それぞれの試験片の断面における繊維分散状態

を目視で観察するとともに,引張強度,破断伸び,引裂強さ,操縦安定性

及び転がり抵抗といった機械的物性について試験ないし測定を行い,評価

を行ったことが記載されている。


29
しかるに,ゴム組成物の物性は,ゴム成分の種類のみならずその重合度,

ミクロフィブリルセルロースの種類,形状や寸法,化学変性の種類や置換

度,ゴム成分とミクロフィブリルセルロースの配合割合,混練条件や加硫

条件等の多数の要因の影響を受けると考えられるから,被告実験成績証明

書に記載された特定の条件下における実験結果によって,本件発明1につ

いて,天然ゴム等のゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセルロースとを

含有することにより,加硫ゴム組成物の物性が当業者の予測することので

きない程に顕著に改善されるとの効果を奏することまで認めることはでき

ず,他にこれを認めるに足りる証拠は見当たらない。

また,被告は,原告実験成績証明書に記載された実験結果によっても,

当業者の予測を超える顕著な効果が示されていると主張する。しかしなが

ら,特定の条件下における実験結果によって,本件発明1全体の効果の顕

著性を認めることができないことは上記と同様である。

エ なお,本件明細書の実施例の項(【0082】ないし【0122】)に

は,本件発明の実施例として,ゴム成分に天然ゴム,エポキシ化天然ゴム,

アクリロニトリルブタジエンゴム又はポリブタジエンゴムを用い,化学変

性ミクロフィブリルセルロースとしてアセチル化,エステル化,複合エス

テル化,カルバメート化又はβ−ケトエステル化したものを配合して作製

したマスターバッチを用いて加硫ゴム組成物を調製し,比較例として,上

記いずれかのゴム成分にミクロフィブリルセルロースを配合しないで作製

したマスターバッチを用いたもの,化学変性していないミクロフィブリル

セルロースを配合して作製したマスターバッチを用いたもの,ミクロフィ

ブリルセルロースに代えてケブラー分散体を配合したもの,上記いずれか

のゴム成分のマスターバッチ作製後に化学変性ミクロフィブリルセルロー

スを混合したもの,ゴム成分にシンジオタクチック成分含有ポリブタジエ

ンゴムを用いたものを調製し,それぞれの試験片の断面における繊維分散


30
状態を目視で観察するとともに,引張強度,破断伸び,引裂強さ,操縦安

定性及び転がり抵抗といった機械的物性について試験ないし測定を行い,

評価を行ったことが記載されている。これらによれば,一般的に,化学変

性ミクロフィブリルセルロースを配合した場合,化学変性していないミク

ロフィブリルセルロースを配合した場合やケブラー分散体を配合した場合

よりも繊維分散状態は良好であること,化学変性ミクロフィブリルセルロ

ースを配合した場合,化学変性していないミクロフィブリルセルロースを

配合した場合やミクロフィブリルセルロースを配合しない場合よりも機械

的物性が良好であることを理解することができる。

しかるに,甲3発明Aは,ゴム成分等の媒体の強化充填剤であるセルロ

ースミクロフィブリルの疎水性媒体中での分散性を改善するという課題を,

セルロースミクロフィブリルの表面に疎水性基を導入することにより親水

性を低下させるという手段により解決したものであることは前記 のとお

りであり,同発明の存在を踏まえると,本件発明において加硫ゴム組成物

中のミクロフィブリルセルロースの分散状態が良好であることは,当業者

において予測し得ることにすぎない。

また,甲3発明Aが,加硫ゴム組成物中のミクロフィブリルセルロース

の良好な分散による加硫ゴム組成物の機械的特性の改善という効果を奏す

る(甲3文献の【0178】参照)ことを踏まえると,本件発明における

加硫ゴム組成物の機械的物性が良好であることは,本件明細書に記載され

たその具体的内容に照らしても,当業者の予測を超える程に格別顕著な効

果であるとまでいうことはできない。この点,被告は,本件発明1が,操

縦安定性及び転がり抵抗などの性能改善という点で甲1文献ないし甲3文

献に記載のない異質な効果を奏すると主張するが,タイヤに用いられる加

硫ゴム組成物の物性を評価するのにこれらの性能を評価対象にすること自

体は特段目新しいものではないし,本件明細書に示された評価結果をもっ


31
て,本件発明1が当業者の予測することのできない顕著な効果を奏してい

るとまでいうことは困難である。

オ したがって,本件発明1が当業者の予測することができない顕著な効果

を奏するとの被告の上記主張は,採用することができない。

小括

以上によれば,本件発明1が甲3発明Aから容易に発明をすることができ

たものではないとした審決の判断は誤りであるから,取消事由4は理由があ

る。

2 取消事由5(本件発明8の甲3発明Bを引用発明とする容易想到性の判断の

誤り)について

審決は,本件発明8と甲3発明Bとの間の相違点3について,甲3発明B

のスチレン−ブタジエンコポリマーを天然ゴム等に置換する動機はなく,甲

3発明Bに甲2文献に例示されるマスターバッチ調製技術を適用する動機は

ないとして,本件発明8は甲3発明Bから当業者が容易に発明できたとはい

えないと判断した。

しかしながら,前記1において検討したとおり,甲3文献に記載されたミ

クロフィブリルセルロースを化学変性することによる課題の解決は,疎水性

媒体一般に適用することができると理解することができること,天然ゴム等

のゴム成分は周知慣用であることに照らせば,甲3発明Bのスチレン−ブタ

ジエンコポリマーを天然ゴム等に置換することの動機付けが存在するという

ことができる。

また,甲3発明Bは,強化充填剤であるセルロースミクロフィブリルの媒

体中の分散性を良好にすることを課題とするものであるところ,マスターバ

ッチ調製技術は,ゴム等への強化充填剤その他の配合物の分散性向上のため

の常套手段であり(甲2,25ないし28,30ないし34),甲3発明B

にマスターバッチ調製技術を組み合わせることは,当業者が適宜なし得るこ


32
とである。

したがって,本件発明8は,甲3発明B及び周知技術に基づいて,当業者

容易に想到し得たものである。

被告は,本件発明8が甲1文献ないし甲3文献の記載から予測することの

できない顕著な効果を奏すると主張する(前記第4の5)。

しかしながら,前記1 ,エにおいて甲3発明Aについて検討したのと

同様,本件発明8が天然ゴム等のゴム成分と化学変性ミクロフィブリルセル

ロースとを含有させることで,格別顕著な効果が奏されるとは認められない。

また,本件明細書及び被告実験成績証明書のいずれにも,マスターバッチ

を調製した実験例のみが記載されているにとどまり,甲3発明Bにマスター

バッチ調製技術を適用したことによる効果が,予測し得る範囲を超えた格別

顕著なものであると認めることはできない。

以上のとおり,本件発明8は,甲3発明B及び周知技術に基づき当業者が

容易に想到し得たものであり,その効果が甲3発明B及び周知技術から予測

することができないほど顕著なものであるとは認められない。

よって,本件発明8は甲3発明Bから当業者が容易に発明できたとはいえ

ないとした審決の判断は誤りであるから,取消事由5は理由がある。

3 取消事由6(本件発明2,3,5ないし7及び9ないし14の甲3発明を引

用発明とする容易想到性の判断の誤り)について

審決は,請求項2,3,5ないし7及び9ないし14は請求項1又は8を引

用するものであり,請求項1に係る本件発明1及び請求項8に係る本件発明8

が甲3発明から想到容易ではない以上,本件発明2,3,5ないし7及び9な

いし14についても,甲3発明から想到容易ではないと判断した。

しかしながら,本件発明1及び本件発明8がいずれも甲3発明から容易に想

到し得ると認められることは前記1及び2において判示したとおりである。そ

して,本件発明2,3,5ないし7及び9ないし14は,いずれも,本件発明


33
1又は本件発明8を前提として,ミクロフィブリルセルロースの化学変性の種

類,置換度,平均繊維径,ゴム成分中の含有量,ゴム成分の種類並びにマスタ

ーバッチ製造のための混合方法及び乾燥方法を特定するものであるか,発明に

係る加硫ゴム組成物を用いて空気入りタイヤとするものであるところ,上記化

学変性の種類,置換度,平均繊維径,ゴム成分中の含有量,ゴム成分の種類並

びにマスターバッチ製造のための混合方法及び乾燥方法は,いずれも当業者が

適宜変更し得る事項にすぎないし,強化充填剤を含有するゴム成分を用いてタ

イヤを製造することは手段としてはありふれたものであり(甲2,25ないし

28),それらによる効果が格別顕著であることを認めるに足りる証拠もない。

したがって,審決の上記判断は誤りであるから,取消事由6は理由がある。

4 取消事由7(本件発明4の甲1発明を引用発明とする容易想到性の判断の誤

り)について

原告は,本件発明4と甲1発明との間の相違点4に関して,甲3文献には,

ミクロフィブリルの平均直径が10Å〜500Å,有利には15Å〜200

Å,さらに詳細には15Å〜70Åであることが記載されており,甲1発明

と甲3発明とが疎水化という点で作用効果が共通するため,当業者には,甲

1発明において,甲3文献に記載の平均直径のセルロースミクロフィブリル

を適用する動機があるとして,甲1発明に甲3文献に記載されたミクロフィ

ブリルを適用して,相違点4に係る本件発明4の構成に至ることは容易にな

し得たことである旨主張する(前記第3の7)。

そこで検討すると,甲1文献(甲1)には,次の記載がある。

「【0007】

【発明が解決しようとする課題】

本発明は,素材自身の表面が疎水性でありゴム・プラスチック成形品,プ

ラスチックフィルム,塗料,接着剤等の配合材料として使用した場合,成形

物,フィルム,塗膜等における強度並びに耐水性,耐かび性が改善されるセ


34
ルロースあるいはリグノセルロースを提供することにある。」

「【0009】

【課題を解決するための手段】

本発明の発明者らは,鋭意検討を重ねた結果,セルロース,リグノセルロ

ースの表面を選択的にアシル化することによって,それらをゴム・プラスチ

ック等の樹脂材料に配合された場合の樹脂と配合剤表面の親和性が改善され,

成形物,フィルム,塗膜等における強度が改善されることを見い出した。さ

らに,セルロース,リグノセルロースの表面を高度にアシル化することによ

って疎水化することができ,配合剤への水の浸透を抑制することによって,

耐水性,耐かび性が付与されることも見い出した。

【0010】

すなわち、アシル基置換度が0.01〜0.5、特に好ましくは0.01

〜0.2の範囲に表面をアシル化することを特徴とするアシル化セルロース

あるいはアシル化リグノセルロースである。

【0011】

さらに,平均粒子径が10〜100μmである,表面をアシル化したセル

ロースあるいはリグノセルロースは成形性に優れるのみならず,塗膜を形成

した場合の表面平滑性に優れる。

【0012】

また,上記記載の表面をアシル化したセルロースあるいはリグノセルロー

スを構成成分として含むことを特徴とするゴム・プラスチック用配合材料,

塗料・接着剤用添加剤は,それを配合した成形材料,フィルム,塗膜の強度

及び耐水性を向上させることができるため産業上有益である。」

「【0015】

【発明の実施の形態】

…」


35
「【0018】

ここで用いるセルロースとは,木材パルプ,リンターパルプ,再生セルロ

ース,バクテリアセルロースその他の非木材セルロースを含みα−セルロー

ス含量70重量%以上のものをもとに,機械的または化学的に微細化したも

のを意味する。リグノセルロースとは木粉,ヤシ殻粉末,くるみ粉末,コル

ク粉末,麻粉末等のリグニンを含む天然セルロース含有材料粉末を,機械的

または化学的に微細化したものを意味する。これらは,平均粒子径が10〜

100μmのものが好ましい。平均粒子径が,10μm未満ではアシル化の

反応が進行しすぎるため繊維形態を残すこと並びに表面のみへのアシル基の

導入が困難となり,100μmを超えると得られたアシル化物をゴム・プラ

スチック等の樹脂材料に配合した場合にその成形物,フィルム,塗膜等にお

ける表面平滑性が低下してしまう。…」

前 の記載内容によれば,甲1文献は,ゴム成形品等の配合材料として

使用した場合,成形物等における強度等が改善されるセルロースを提供する

という課題(【0007】)を,セルロースの表面を選択的にアシル化し,

樹脂材料との親和性を改善することによって解決すること(【0009】)

を開示しており,用いるセルロースについては,平均粒子径が10ないし1

00μmのものが,表面をアシル化したものが成形性に優れるとともに塗膜

を形成した場合の表面平滑性に優れることから好ましく(【0011】,

【0018】),平均粒子径が10μm未満ではアシル化の反応が進行しす

ぎるため繊維形態を残すこと並びに表面のみへのアシル基の導入が困難とな

ること,平均粒子径が100μmを超えると,得られたアシル化合物をゴム

等の樹脂材料に配合した場合にその成形物等における表面平滑性が低下して

しまうこと(【0018】)などが記載されている。

そうすると,甲1文献におけるセルロースは,平均粒子径を特定している

ことから粒子状のものであると認められ,また,平均粒子径を10ないし1


36
00μmと特定し,その範囲外のものについては好ましくない旨の記載があ

ることからすれば,甲1発明のセルロースについて,それ以外の形状のもの

置き換えることが動機付けられるものではない。したがって,当業者にと

って,甲1発明のセルロースパウダーや木粉を,甲3文献(甲3)に記載さ

れた平均直径が10ないし500Å,すなわち0.001ないし0.05μ

mの繊維状のセルロース(【0023】)に置換することは容易になし得る

ことであるということはできない。

なお,甲3文献に記載されたミクロフィブリルセルロースは,植物等のセ

ルロース源に酸やアルカリ条件下での抽出や高機械的せん断等の処理を施し

た微細繊維であって(【0027】ないし【0060】),通常のセルロー

スパウダーや木粉,それらを構成するセルロース繊維とは異なる形態のもの

であることからすれば,甲1発明のセルロースパウダーや木粉を,甲3発明

のミクロフィブリルセルロースの集合体と認めることはできない。

以上によれば,本件発明4は,甲1発明から当業者が容易に発明をするこ

とができたものであるということはできない。よって,これと同旨の審決の

判断に誤りはなく,取消事由7は理由がない。

5 結論
以上のとおり,本件発明4の進歩性に係る審決の判断には誤りがないが,本

件発明1ないし3及び5ないし14の甲3発明を引用発明とする容易想到性

係る審決の判断には誤りがあり,取消事由1ないし3について判断するまでも
なく,この誤りは審決の結論に影響するものであるから,審決はその限度で取

消しを免れない。
したがって,原告の請求は,審決のうち本件発明1ないし3及び5ないし1

4についての本件特許に対する無効審判請求を不成立とした部分の取消しを求

める限度で理由があり,その余は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。


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知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 石 井 忠 雄




裁判官 田 中 正 哉




裁判官 神 谷 厚 毅




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