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関連審決 無効2011-800059
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成24行ケ10038審決取消請求事件 判例 特許
平成23行ケ10208審決取消請求事件 判例 特許
平成23行ケ10396審決取消請求事件 判例 特許
平成23行ケ10431審決取消請求事件 判例 特許
平成23行ケ10315審決取消請求事件 判例 特許
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事件 平成 24年 (行ケ) 10004号 審決取消請求事件

原告 ヤマウチ株式会社
訴訟代理人弁理士 深見久郎
同 森田俊雄
同 仲村義平
同 吉田昌司
同 赤木信行
被告 イチカワ株式会社
訴訟代理人弁護士 鳥海哲郎
同 加藤 はるか
訴訟復代理人弁護士 小林亮
訴訟代理人弁理士 廣中健
同 船越巧子
補佐人弁理士 内藤和彦
同 山田拓
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/11/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2011−800059号事件について平成23年11月30日にした審決のうち,「特許第3698984号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
-1-2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
特許庁は,原告の有する後記本件特許(請求項の数5)の請求項1,2に係る発明についての特許について,被告から無効審判の請求を受け,請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)についての特許を無効とし,請求項2に係る発明についての審判請求は成り立たないとの審決をした。本件は,原告が同審決のうち,本件発明1についての特許を無効とした部分の取消しを求めた訴訟であり,争点は,進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「シュープレス用ベルト」とする特許第3698984号(平成12年11月10日出願,平成17年7月15日設定登録。以下「本件特許」といい,その明細書を「本件明細書」という。)の特許権者である。
被告は,平成23年4月14日,本件特許について無効審判(無効2011-800059号事件)を請求した。
特許庁は,平成23年11月30日,「特許第3698984号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。特許第3698984号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年12月8日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載(甲10)【請求項1】「補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され,外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトにお いて, 外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と,を含む組成物から形成されている, シュープレス用ベルト。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書記載のとおりであり,その要旨は次のとおりである。
(1) 結論 本件発明1は,甲第1号証に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と甲第2号証に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,無効とすべきである。
(2) 引用発明1の内容等 審決が上記結論を導くに当たって認定した引用発明1,2の内容,本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明1の内容(甲1) 「磨かれた表面を持つ回転可能なマンドレル表面にて形成されたエンドレスの第一樹脂層と,少なくとも交差する一方の糸に高強度糸を用いた織物片を,該高強度糸が前記マンドレルの軸方向に沿うように前記第一樹脂層の外周に全周的に配置してなる基布層と,該基布層の外周に高強度糸を円周方向に螺旋状に巻き込んでなる糸巻層と,該糸巻層の外周にて形成されたエンドレスの第二樹脂層とからなり,該第二樹脂層は前記基布層及び糸巻層を通して前記第一樹脂層に接しているシュープレス用ベルトにおいて,前記第一樹脂層及び前記第二樹脂層の樹脂が,熱硬化性ウレタン樹脂(プレポリマー:タケネートL2395〔武田製薬製〕,硬化剤:3,3′-ジクロロ-4,4′-ジアミノジフェニールメタン)からなる,シュープレス用ベルト」イ 本件発明1と引用発明1との一致点 「補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され, 外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトにおいて, 外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと硬化剤と,を含む組成物から形成されている, シュープレス用ベルト。」 ウ 本件発明1と引用発明1との相違点 硬化剤につき,本件発明1が「ジメチルチオトルエンジアミンを含有する」ものであるのに対し,引用発明1は「3,3′-ジクロロ-4,4′-ジアミノジフェニールメタン」である点(以下「相違点A」という。)。
エ 相違点Aに係る判断の要点 引用発明1においては,「3,3′-ジクロロ-4,4′-ジアミノジフェニールメタン」,言い換えれ ばMOCA(4,4メチレン‐ビス‐(2‐クロロアニリン))が,熱硬化性ウレタン樹脂のための硬化剤として使用されているが,甲第2号証には,引用発明2,すなわち「熱硬化性ポリウレタンの硬化剤であって,少なくとも,3,5-ジメチルチオ-2,6-トルエンジアミン又は3,5-ジメチルチオ-2,4-トルエンジアミンを有効成分としているETHACURE300」が「MOCA代替の新硬化剤」として紹介され,しかも,引用発明2は,発ガン性が指摘されていたMOCAに代わる新しい硬化剤として開発されたものであると記載されており,本件特許の出願当時において,その取り扱う対象が,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったと認められることを考え合わせると,甲第2号証は,熱硬化性ポリウレタンの硬化剤としてMOCAに代えて引用発明2を用いることを強く動機づける刊行物といえ,引用発明1において,その硬化剤であるMOCAに代えて引用発明2を用いることは,格別な創作力を発揮することなくなし得るものである。そ うである以上,仮に,本件発明1に予測できない効果が認められるとしても,その効果は,単に確認したにすぎないものといわざるを得ず,相違点Aは,容易に想到し得るものである。
審決の取消事由に係る原告の主張
審決には,本件発明1及び引用発明1,2の認定の誤り(取消事由1),本件発明1と引用発明1との相違点の看過(取消事由2),本件発明1の容易想到性判断の誤り(取消事由3)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
1 本件発明1及び引用発明1,2の認定の誤り(取消事由1) 審決は,本件発明1及び引用発明1,2について,発明の構成のみを認定しているが,容易想到性の判断においては,発明の構成だけでなく,課題及び効果等も考慮した「発明の意義」を認定すべきである。このような観点からすると,本件発明1及び引用発明1,2は,以下のように認定されるべきであり(下線はいずれも原告),審決の認定は誤りである。
(1) 本件発明1「補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され,外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトに関して,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを目的として, 外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤とを含む組成物から形成されている, シュープレス用ベルト。」 (2) 引用発明1 「特に,マシン(MD)方向と共にCMD方向の強さと,CMD方向の寸法安定性を有することを目的として, 磨かれた表面を持つ回転可能なマンドレル表面にて形成されたエンドレスの第一樹脂層と,少なくとも交差する一方の糸に高強度糸を用いた織物片を,該高強度糸が前記マンドレルの軸方向に沿うように前記第一樹脂層の外周に全周的に配置してなる基布層と,該基布層の外周に高強度糸を円周方向に螺旋状に巻き込んでなる糸巻層と,該糸巻層の外周にて形成されたエンドレスの第二樹脂層とからなり,該第二樹脂層は前記基布層及び糸巻層を通して前記第一樹脂層に接しているシュープレス用ベルトであって,前記第一樹脂層及び前記第二樹脂層の樹脂が,熱硬化性ウレタン樹脂(プレポリマー:タケネートL2395〔武田製薬製〕,硬化剤:3,3′-ジクロロ-4,4′-ジアミノジフェニールメタン)からなる,シュープレス用ベルト」 (3) 引用発明2 「ポリウレタンやエポキシ樹脂等の熱硬化樹脂の硬化剤であって,急性毒性の心配がなく,発ガン性も,突然変異性もない安全な硬化剤とすることを目的として開発された,少なくとも3,5-ジメチルチオ-2,6-トルエンジアミン又は3,5-ジメチルチオ-2,4-トルエンジアミンを有効成分としているETHACUTRE300」 2 本件発明1と引用発明1との相違点の看過(取消事由2) 上記1によれば,本件発明1と引用発明1とは,相違点Aに加えて,次の点でも相違しているというべきであり(以下,この点を「相違点B」という。),審決は,相違点Bを看過している。
本件発明1は,「シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラック が発 生 するのを 防止 する こ とを 目的 」としているのに 対 し,引用発明1は,「特に,マシン(MD)方向と共にCMD方向の強さと,CMD方向の寸法安定性を有することを目的」としている点。
3 本件発明1の容易想到性判断の誤り(取消事由3) (1) 相違点Bの看過による容易想到性判断の誤り 上記2のとおり,本件発明1と引用発明1との間には,相違点Aだけでなく,相違点Bも存在するのであるから,容易想到性判断においては,相違点Bについても容易に想到し得るものであるかどうか判断すべきところ,審決はこれをしていないので,審決の容易想到性判断には誤りがある。
(2) 動機付けについて ア 審決は,本件特許の出願当時において,その取り扱う対象が,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用することは,優先的に考慮されるべき事柄であったと認定している。しかし,審決は,その根拠となる証拠を示していないから,上記認定は根拠がなく,失当である。
被告は,乙11〜14及び乙16の様々な法律を遵守することは当然であり,これらの法律にはMOCAよりもETHACURE300の方が健康障害が低いことが定められていることは,当業者に当然知られていたため,証拠を示すまでもないと主張する。なるほど,乙11〜14及び乙16によれば,MOCAは特別管理物質として指定されており,取り扱う作業場にその名称,人体に及ぼす作用,取扱い上の注意事項及び使用すべき保護具を,作業に従事する労働者がみやすい場所に掲示しなければならないものとされていることは認められる。労働安全衛生法等の法令を遵守して,危険性を表示したり,細心の注意を払いながら取り扱うことは当業者であれば当然である。しかし,だからといって,MOCAは使用が禁止されていたわけではないため,証拠を示すまでもなく,「この出願当時において,その取り扱う対象が,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用することが,まずは,優先的に考慮されるべき事柄であったと認められる」ということにはならない。
また,いくら身体健康上良い硬化剤であっても,シュープレス用ベルトを製造販売する当業者にとっては,耐クラック性その他の製品としての性能が悪くなってし まっては販売することができないため,そのような硬化剤は採用を控えるものである。当業者にとっては,「身体健康上,悪い影響を与えるものよりも与えないものを採用すること」は,シュープレス用ベルトの耐クラック性その他の性能を差し置いてでも,まずは,優先的に考慮されるべき事柄であったとはいえない。
イ 審決は,甲第2号証は、熱硬化性ポリウレタンの硬化剤としてMOCAに代えて引用発明2を用いることを強く動機づける刊行物といえると認定している。
しかし,甲第2号証には、シュープレス用ベルトの技術分野については記載も示唆もされていないのであるから,甲第2号証に記載の事項が,シュープレス用ベルトの技術分野にも共通する事項であるとは直ちに認めることはできないし,仮に,技術分野が共通するといえたとしても,それだけでは当該技術分野において、引用発明1のシュープレス用ベルトの第二樹脂層の硬化剤である「MOCA」を引用発明2の「 ETHACURE300」に 変更する 動機付 けとしては 十 分とはい え ない。
引用発明1は,特に,マシン(MD)方向と共にCMD方向の強さと,CMD方向の寸法安定性を有することを目的としているのに対し,本件発明1は,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを目的としており,引用発明1と本件発明1の技術思想は必ずしも一致するものではない上,甲第1号証には,本件発明1の効果(シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止する効果)との関係で,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いて外周面を構成するポリウレタンを形成することの技術的意義については教示も示唆もなく,また,甲第2号証をみても,上記のような観点でジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤という特定の硬化剤に着目した教示も示唆も見当たらない。
そうすると,甲第1号証及び甲第2号証の記載を前提とすれば,引用発明1のシュープレス用ベルトの第二樹脂層の硬化剤である「MOCA」に代えて引用発明2の「ETHACURE300」を採用することは,当業者が容易に想到できるもの ではない。
被告は,本件発明1においても,引用発明1においても,シュープレス用ベルトを長持ちさせるという点では技術思想は共通していると主張するが,引用発明1に記載された「耐久性」や被告が主張するところの「シュープレス用ベルトを長持ちさ せ る」というのは, 寸法安 定性の 向上 を指 しており,本件発明1の課題 である「シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止すること」と共通しないことは明らかである。
ウ 仮に,何らかの理由から,その取り扱う対象が,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用することを考慮したとしても,MOCAよりも安全性が高く,MOCAの代替となり得る熱硬化性ポリウレタンの硬化剤は,引用発明2(ETHACURE300)以外にも数多く存在しており(甲13〜16),これらの数多くの硬化剤の選択肢の中から,当業者がMOCAの代替として引用発明2(ETHACURE300)を択一的に選択する理由は見当たらない。
かえって,甲第13号証ないし第16号証の記載によれば,安全性の観点からは,MOCAの代替としては,引用発明2(ETHACURE300)よりは,Lonzacure M-CDEA,Cyanacure又はPolacure 740Mなどを選択するものと考えるのが妥当である。
エ 甲第6号証には,Ethacure E300で硬化したポリウレタンが,MBOCA(メチレン-ビス-オルソクロロアニリン)で硬化したポリウレタンよりも低い歪でクラックの成長が起きることが記載されている(甲6の771頁右欄下から3行〜772頁上から7行,770頁のFigure6及び771頁のFigure7)。このような記載は,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを目的とする当業者が,引用発明1のシュープレス用ベルトの第二樹脂層の硬化剤である「MOCA」に代えて引用発明2の「ETHACURE300」を採用することの阻害要因となる。
被告は,甲6は,硬化ポリウレタンの伸びの点に関しては,MOCAに代えてE THACURE300を使うことをむしろ動機付ける文献である旨を主張するが,本件で問題となっているのは,「シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することができるか否か」であって,「硬化ポリウレタンの伸び」ではないため,当該主張は失当である。
(3) 効果について 審決は,引用発明1において,その硬化剤であるMOCAに代えて引用発明2を用いることは,格別な創作力を発揮することなくなし得るものである以上,仮に,本件発明1に予測できない効果が認められるとしても,その効果は,単に確認したにすぎないものといわざるを得ず,相違点Aは,容易に想到し得るものであると判断している。
しかし,発明の容易想到性判断において,発明の作用・効果が顕著又は特異である場合には,作用・効果が顕著又は特異である点は,当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得るものである。
本件明細書の【表1】によれば,サンプル1〜3(本件発明1)と,サンプル4〜6(比較例)とを対比すると,試験片37の表面にクラックが発生するまでの往復回数に少なくとも160万回以上の差があるため,本件発明1には,クラック発生防止の予測できない格別顕著又は特異な効果が認められる。
したがって,上記のような本件発明1の作用・効果は,顕著又は特異な効果として,本件発明1が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となるべきであり,審決が,これを,「単に確認したにすぎない」として,本件発明1の容易想到性判断において判断要素とすらしていないのは誤りである。
(4) 課題について審決は,要旨,特許法29条2項は,特許を受けられない要件として,本件発明1と引用発明1や2との課題の異同を要件としているわけではないと判断している。
しかし,特許法29条2項には,文言上,「課題」という用語こそ明記されていないが,同項の「前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができた」 かどうかを判断するに当たっては,本件発明1が目的とする課題を考慮すべきであることは明らかである。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
被告の反論
1 取消事由1(本件発明1及び引用発明1,2の認定の誤り)に対し 本件発明の認定は,請求項(特許請求の範囲)の記載によりなされるべきである。
原告は,本件発明1を認定するに当たり,請求項1に記載されていない内容を追加しており,本件発明1を,請求項1の記載により認定していないから,原告主張の認定は誤りである。審決は,本件発明1を,請求項1の記載により認定しているから,審決の認定は正当であり,誤りはない。
引用発明の認定は,本件発明との対比に必要な範囲において認定されればよい。
審決は,本件発明1を,請求項1の記載により認定した上で,引用発明1及び2を,本件発明1との対比に必要な範囲において認定しているのであるから,審決の認定は正当であり,誤りはない。
よって,取消事由1には理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との相違点の看過)に対し 進歩性を判断するために相違点を認定するに当たっては,請求項の記載により認定された本件発明と,本件発明との対比に必要な範囲において認定された引用発明とを対比すべきである。
原告は,請求項1に記載されていない内容を追加した本件発明1の認定を前提として,本件発明1と引用発明1との相違点として,相違点Bがあると主張するが,かかる主張は,本件発明1に関する誤った認定を前提とするものであり,失当である。本件発明1と引用発明1との相違点は,相違点Aのみであり,相違点Bは存在しない。
よって,取消事由2には理由がない。
3 取消事由3(本件発明1の容易想到性判断の誤り)に対し (1) 審決に相違点Bの看過による容易想到性判断の誤りはないこと 原告は,審決に相違点Bの看過があることを前提として,審決の容易想到性判断に誤りがあると主張するが,審決に相違点Bの看過はないから,かかる主張は,その前提を誤っており,失当である。
(2) 動機付けについて ア 甲1と甲2の記載,及び,ETHACURE300が,熱硬化性ウレタン樹脂に用いられる硬化剤としてMOCAの代替の硬化剤であったことが本件発明の出願時において周知であったことからすれば,当業者であれば,甲1と甲2を結びつけることは容易に想到できること 甲1と甲2の記載からすれば,当業者であれば,甲1と甲2を結びつける(ア)ことは容易に想到できること a 原告は,シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったかどうかを問題にしているが,そもそも,甲2は,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤であるMOCA及びETHACURE300についての文献であり,かつ,その当時,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂がシュープレス用ベルトに用いられることは主流であり,かつその事実は周知といえるほどに知られていた。そして,引用発明1においてはMOCAが熱硬化性ウレタン樹脂のための硬化剤として使用されているが,甲2においては,ETHACURE300が熱硬化性ポリウレタンにおける「MOCA代替の新硬化剤」として紹介されている。
したがって,甲1及び2の記載からすれば,甲1と甲2を結びつける動機付けは十分にあり,当業者であれば,甲1と甲2を結びつけることは容易に想到できる。
b 原告は,甲2には,シュープレス用ベルトの技術分野について記載も示唆もされていないと主張する。
しかし,甲2は,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤であるMOCA及びETHACURE300についての文献であり,かつ,本件出願当時において,ポリ ウレタン等の熱硬化性樹脂がシュープレス用ベルトに用いられることは主流であり,かつその事実は周知といえるほどに知られていたから,甲2は,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤の技術分野に関する文献であって,シュープレス用ベルトをも包含する技術分野に関する文献であるといえる。そして,甲2には,ポリウレタン等の熱硬化性樹脂の硬化剤として,MOCAに替えて,ETHACURE300を用いることが直接的に記載されている。
c 原告は,引用発明1と本件発明1の技術思想は必ずしも一致するものではない上に,甲2を見ても,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止する効果のような観点でジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤という特定の硬化剤に着目した教示も示唆も見当たらないと主張する。
しかし,本件明細書(甲10)には,従来の技術として,「クラックの発生および進展は,ベルトの寿命低下の原因となる。このため,シュープレスなどで使用される製紙用ベルトにおいては,クラックの発生およびクラックの進展を抑えることが強く要望されていた。」(【0004】),引用発明1(甲1)には,「ユーザーからベルトの耐久性向上が強く求められている。」と記載され(【0003】),また「本発明は,上述のような種々の内在する欠点を改善し」とも記載されていることから(【0010】),本件発明1においても,引用発明1においても,シュープレス用ベルトを長持ちさせるという点では技術思想は共通している。
ETHACURE300が,熱硬化性ウレタン樹脂に用いられる硬化剤と (イ)してMOCAの代替の硬化剤であったことが本件発明1の出願時において周知であったことからすれば,当業者であれば,甲1と甲2を結びつけることは容易に想到できること a ETHACURE300が,熱硬化性ウレタン樹脂に用いられる硬化剤としてMOCAの代替の硬化剤であったことが本件発明1の出願時において周知であったことは,甲2に加え,乙6及び乙7からも明らかである。
原告は,MOCAよりも安全性が高く,MOCAの代替となり得る熱硬化性ポリウレタンの硬化剤は,引用発明2以外にも数多く存在しているとして,甲13ないし16を引用するが,これらは,当業者がMOCAに代えてETHACURE300を採用しないことを動機付ける刊行物ではなく,逆に,ETHACURE300が,熱硬化性ウレタン樹脂に用いられる硬化剤としてMOCAの代替の硬化剤であったことが本件発明の出願時において周知であったことを示すものである。
b 原告は,甲6が,MOCAに代えてETHACURE300を採用することの阻害要因になると主張するが,失当である。
甲6(訳乙10)には,ショアー硬度A83の硬化ポリウレタンにおいては,ETHACURE300硬化ポリウレタンに比して,MOCA硬化ポリウレタンの方が低ひずみ領域ではより硬く,より大きなひずみ領域でクラック生長が始まるものの,ショアー硬度A90の硬化ポリウレタンにおいては,MOCA硬化ポリウレタンはクラック生長することなく破損することが記載されている〔甲6の770頁左欄下から7行ないし同頁右欄3行(乙10の7頁下から11行ないし5行),甲6の770頁右欄9行ないし15行(乙10の7頁末行ないし8頁3行),甲6の770頁右欄19行ないし23行(乙10の8頁6行ないし8行),甲6の772頁左欄3行ないし7行(乙10の9頁下から7行ないし5行)〕。
すなわち,甲6は,MOCA硬化ポリウレタンでは伸びずに割れる特性を有するのに対し,ETHACURE300硬化ポリウレタンでは伸びるので割れないという特性を有する,ということが記載された文献であり,硬化ポリウレタンの伸びの点に関しては,MOCAに代えてETHACURE300を使うことをむしろ動機付ける文献である。
イ シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるものよりは与えないものを採用するこが優先的に考慮されるべき事柄であったこと シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与え(ア)るもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべ き事柄であったことは,本件発明の出願時,証拠を示すまでもなく当業者には自明ないし当然であった。
すなわち,シュープレス用ベルトはポリウレタン製のものが主流であるところ,労働安全衛生法,製造物責任法,その他環境汚染防止に関連する法令は,会社役員,製造業者,危険物取扱責任者,品質管理責任者が,毒性化合物又は危険化合物を扱う労働者・作業者や,ユーザー,環境汚染を受ける民間人の身体や環境を守るために当然知っておくべきものであり,ポリウレタンを使用する技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことは,これらの法律を遵守する観点から当然のことである。
しかも,本件発明の出願当時の労働安全衛生法及びその関連法令によれば,MOCA は特定化 学 物 質 第 二 類物 質 ( 労働安全衛生法 施 行 令 別 表 第 三 の 二19, 乙 11)及び特別管理物質(特定化学物質障害予防規則38条の3,乙16)に指定されているのに対し,ETHACURE300は名称公表化学物質(既存化学物質の一種。労働安全衛生法第57条の3第1項柱文,乙12)に指定されているにすぎない(乙13)。そして,特定化学物質は,労働者に健康障害を発生させる可能性が高い化学物質として,化学物質による労働者のがん,皮膚炎,神経障害その他の健康障害を予防するため,特定化学物質障害予防規則による規制の対象となっており(同規則1条,乙16),中でも特別管理物質は,特に健康障害を発生させる可能性が高い特定化学物質として,その名称,人体に及ぼす作用,取扱い上の注意事項及び使用すべき保護具を,作業に従事する労働者が見やすい場所に掲示しなければならないものとされている(同規則38条の3,乙16)。
これに対し,政令で定める既存化学物質及び厚生労働大臣が名称を公表した新規化学物質(名称公表化学物質)は,併せて既存化学物質とされており(乙14),労働安全衛生法 57 条 の3に基づ く 厚 生労働 大臣へ の 届 出の 対象 外とされている(乙12,乙14)。
したがって,特定化学物質及び特別管理物質とされているMOCAに比べれば,名称公表化学物質に指定されているにすぎないETHACURE300の方が,健康障害が低い化学物質とされていることは,労働安全衛生法及びその関連法令における規制からも自明であり,かかる事実もまた,本件発明の出願時,当業者には当然に知られていたことであった。
シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与え (イ)るもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことは,種々の文献(甲2,乙6,15)からも明らかである。
甲2においては,ETHACURE300が「MOCA代替の新硬化剤」 (ウ)として紹介され,ETHACURE300は,発ガン性が指摘されていたMOCAに代わる新しい硬化剤として開発されたものであって,急性毒性の心配がなく,発ガン性も,突然変異性もない安全な硬化剤であることを特徴としていることが記載されている。
したがって,シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるもの(MOCA)よりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことを考え併せれば,甲2は,熱硬化性ポリウレタンの硬化剤としてMOCAに代えてETHACURE300を用いることを強く動機付ける刊行物である。
よって,引用発明1において,その硬化剤であるMOCAに変えてETHACURE300を使用することは,甲2から容易になし得るものである。
ウ 上記ア,イによれば,甲2に接した当業者であれば,MOCAに代えてETHCURE300を用いることを強く動機付けられ,引用発明1において,MOCAに代えてETHACURE300を用いてみることは当業者にとって極めて容易なのであるから,引用発明1において,その硬化剤であるMOCAに代えて引用発明2を用いることは,格別の創作能力を発揮することなく,相違点Aは容易に想到し得るとした審決の容易想到性の判断に何ら誤りはない。
(3) 効果について 前記1,2のとおり,原告は,本件発明1の認定を誤り,したがって,本件発明1と引用発明1との相違点の認定も誤っている。原告は,かかる誤った主張を前提に,効果に関する主張をしており,前提自体が誤りであるから,かかる主張は失当である。
(4) 課題について 原告は,発明の課題に係る審決の判断は誤りであると主張するが,課題を考慮するためには,前提として,本件発明1と引用発明1の一致点及び相違点が適切に認定されていることが不可欠である。ところが,原告は,本件発明1の認定を誤り,したがって,本件発明1と引用発明1の相違点の認定も誤っている。原告は,かかる誤った主張を前提に,課題に関する上記主張をしており,前提自体が誤りであるから,かかる主張は失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,取消事由1,2に係る原告の主張は理由がないが,取消事由3に係る原告の主張は理由があり,請求を認容すべきものと判断する。
1 取消事由1(本件発明1及び引用発明1,2の認定の誤り)について 原告は,容易想到性の判断における発明の認定については,発明の構成だけでなく,課題及び効果等も考慮した「発明の意義」を認定すべきであるとして,本件発明1及び引用発明1,2について,いずれも各々の発明の目的を含めて認定すべきである旨主張する。
しかし,まず,容易想到性判断のための本願発明の認定(発明の要旨認定)は,特許請求の範囲の記載に基づいてすべきであるところ,本件特許の特許請求の範囲の請求項1には,原告が認定すべきであるとする目的(「シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止すること」)は記載されていないから,原告の主張に係る本件発明1の認定は誤りであり,審決の認定に誤りはない。
また,容易想到性判断のための引用発明の認定は,本願発明との対比に必要な限度においてすれば足りるから,引用発明1,2について原告が主張するように認定する必要はなく,審決の認定に誤りはない。
したがって,取消事由1に係る原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との相違点の看過)について 原告は,審決は相違点Bを看過していると主張する。
しかし,相違点Bは,原告の主張に係る本件発明1の誤った認定を前提とするものであるから,原告の上記主張は,その前提に誤りがあり,失当である。
したがって,取消事由2に係る原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について (1) 認定事項 ア 本件発明1の概要 本件明細書(甲10)によれば,本件発明1は,概要次のとおりの発明であることが認められる。
本件発明1は,補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなるシュープレス用ベルトにおける,ポリウレタンの改良に関するもので,特に製紙工業に使用されるシュープレス用ベルトに関するものである(【0001】)。従来,製紙用ベルトの弾性材料としては,ウレタンプレポリマーと,4,4’-メチレン-ビス-(2-クロロアニリン)(MOCA)からなる硬化剤とを混合し,硬化させてなる熱硬化性ポリウレタンが一般的に使用されていたが(【0003】),シュープレスにおいては,プレスロールと加圧シューとの間でベルトに対して苛酷な屈曲および加圧が繰り返されるため,ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するという問題があった(【0004】)。本件発明1は,このようなクラック の発 生 を 防止 で き るシュープレス用ベルトを 提 供 する こ とを 目的 とする も ので(【0005】),この目的のために,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンを形成する際に用いる硬化剤として,ジメチルチオトルエンジアミン を含有する硬化剤を用いるものであり,これにより,ベルトの外周面を構成するポリウレタンに クラック が発生 するのを 防止で き るという効 果 を 奏 するも のである(【0043】,【表1】,【0102】)。
イ 引用発明1の概要 甲第1号証によれば,引用発明1は,概要次のとおりの発明であることが認められる。
引用発明1は, クロ ー ズ ド タイプのシュープレス用ベルトに 関 する も のである(【0001】)。従来の,2本のロール間に張設した無端織物をベースにする製造方法により得たベルトは,クロスマシン(CMD)方向に張力を掛けて使用されるため,CMD方向の寸法変化が生じ易く,ベルト寿命を低減させる大きな原因の一つとなっていた(【0009】)。引用発明1は,上記のような欠点を改善し,マシン(MD)方向と共にCMD方向の強さと,CMD方向の寸法安定性を有する生産性の良好なシュープレス用ベルトを提供することを目的とするもので(【0010】),この目的のために,磨かれた表面を持つ回転可能なマンドレル表面にて形成されたエンドレスの第一樹脂層と,少なくとも交差する一方の糸に高強度糸を用いた織物片を,該高強度糸が前記マンドレルの軸方向に沿うように前記第一樹脂層の外周に全周的に配置してなる基布層と,該基布層の外周に高強度糸を円周方向に螺旋状に巻き込んでなる糸巻層と,該糸巻層の外周にて形成されたエンドレスの第二樹脂層とからなり,該第二樹脂層は前記基布層及び糸巻層を通して前記第一樹脂層に接しているというものであり,これにより,CMD方向に充分な強さが発揮できるため,寸法精度の極めて高い安定した走行状態を長時間維持でき,また,MD方向にも充分な強さが発揮できるという効果を奏するものである(【0011】,【0039】)。第一樹脂層及び第二樹脂層の樹脂は,物性面からすると熱硬化性ウレタン樹脂が好ましいとされており(【0022】),実施例では,熱硬化性ウレタン樹脂(プレポリマー:タケネートL2395〔武田製薬製〕,硬化剤:3,3 ′ -ジ クロロ -4,4 ′ -ジアミ ノ ジ フェニ ールメタン)が用いられている (【0030】)。
ウ 甲第2号証の記載事項 甲第2号証には,熱硬化性樹脂であるポリウレタンの硬化剤に関し,@代表的ウレタン硬化剤であるMOCA(4,4メチレン-ビス-(2-クロロアニリン))は,発ガン性が指摘されており,より安全性の高い材料が求められてきたこと,AMOCAに代わる新しい硬化剤としてETHACURE300が開発されたこと,BETHACURE300は,3,5-ジメチルチオ-2,6-トルエンジアミンと3,5-ジメチルチオ-2,4-トルエンジアミンを含むものであり,急性毒性の心配がなく,発ガン性も,突然変異性もない安全な硬化剤であることを特徴としていること,が記載されていることが認められる。
(2) 判断 上記(1)によれば,引用発明1における第一樹脂層及び第二樹脂層 を構成す アる熱硬化性ウレタン樹脂は,硬化剤として,3,3′-ジクロロ-4,4′-ジアミノジフェニールメタン,すなわち,MOCA(4,4メチレン-ビ ス-(2-クロロアニリン))を用いて形成したものであること,そのMOCAは,発ガン性が指摘されていたものであり,より安全性の高い材料が求められていたこと,甲第2号証には,MOCAに代わる安全な新しい硬化剤として,3,5-ジメチルチオ-2,6-トルエンジアミンと3,5-ジメチルチオ-2,4-トルエンジアミンを含むETHACURE300が開発されたことが記載されていること,以上の事実が認められる。
そうすると,一見すると,審決が判断するように,甲第2号証に接した当業者が,安全性の点からMOCAに代えてETHACURE300を用いることにより本件発明の構成を想到することは容易であるようにも見える。
イ しかしながら,前記のとおり,引用発明1は,従来技術において,CMD方向の寸法変化が生じ易く,ベルト寿命が低減するという欠点を改善するため,MD方向と共にCMD方向の強度を高め,寸法精度の高い安定した走行状態を長時間維 持できる等の効果を奏する良好なシュープレス用ベルトを提供するというものであり,また,引用発明2は,発ガン性等がない安全な硬化剤を提供するというものである。これに対し,本件発明1は,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンを形成する際に用いる硬化剤として,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いることにより,ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生することを防止できるという効果を奏するものであり,特に,以下のとおり,本件特許出願時の技術水準から,当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものと認められる。
すなわち,本件明細書(甲10)によると,実施例において,幅20mm,長さ420mmの試験片の長さ方向両端部を把持部材で把持し,中間部内側に直径25mmの表面が滑らかな金属製丸棒を当てて張力をかけ,試験片の内面と丸棒との間にノズルから潤滑油を供給しながら,試験片を10cmの幅で往復運動させ,試験片の内面と丸棒との間で摺動を繰り返す試験を行い,試験片の表面にクラックが発生 する ま での 往 復 回 数( 耐久 回 数)を 測 定した こ とが記載されており(【0089】),同試験は,試験片の内面と丸棒との間で摺動を繰り返すものであり,シュープレスを模したものと解されるところ,同試験の結果は,硬化剤として,DMTDA(ジメチルチオトルエンジアミン(ETHACURE300))を用いたサンプル1〜3と,MOCAを用いたサンプル4〜6とを比較すると,耐久回数について,後者が10万回〜90万回であるのに対して,前者は250万回〜2250万回であったことが記載されており(【表1】),その差は顕著である。
上記記載によれば,硬化剤として,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いることにより,クラックの発生が顕著に抑制されることが認められる。
そして,このような効果について,甲第1号証及び同第2号証には何らの記載も示唆もなく,ほかに,このような効果について,本件特許出願当時の当業者が予測し得たものであることをうかがわせる証拠はない。そうすると,硬化剤として,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いることにより,クラックの発生 が顕著に抑制されるという効果は,甲第1号証及び同第2号証からも,また,本件特許出願時の技術水準からも,当業者といえども予測することができない顕著なものというべきである。
この点に関し,審決は,「甲第2号証は,熱硬化性ポリウレタンの硬化 ウ(ア)剤として MOCA に代 え て引用発明2を用いる こ とを強 く動機 づける刊 行物といえ」るとした上,「仮に被請求人(判決注・原告)主張の効果が認められるとしても,引用発明1において,その硬化剤であるMOCAに代えて引用発明2を用いることは,格別な創作力を発揮することなく,なし得るのであるから,前記効果は,単に,確認したに過ぎないものといわざるを得」ないとの見解を示している。また,被告は,容易想到性の判断における「動機付け」について詳細な主張を展開しているので,以下,この点について検討する。
まず,甲第2号証には,単に,安全性に問題のあるMOCAに代わる新し (イ)い硬化剤としてETHACURE300が開発されたこと等,前記認定事項が記載されているにとどまり,シュープレス用ベルトについては何ら記載がないから,ETHACURE300をシュープレス用ベルトの硬化剤として使用した場合に,安全性以外の点(例えば耐久性)についてどのような効果を奏するかは不明である。
また,証拠(甲13〜16)によれば,安全性の点からMOCAの代替となる硬化剤は,ETHACURE300のほかにも数多く開発されていることが認められ,その中から特にETHACURE300を選択すべき理由は見当たらない。
そうすると,MOCAに代えてより安全な硬化剤を使用するとしても,上記のように不明な点があり,かつ,安全性の点からMOCAの代替となる硬化剤はETHACURE300のほかにも数多く開発されていることからすれば,当業者がMOCAに代えてETHACURE300を用いることを強く動機付けられるとまでいえるかどうかは疑問である。
かえって,証拠(甲13〜16)の記載を子細に検討すれば,当業者であ (ウ)れば,安全性の点からは,MOCAの代替としては,ETHACURE300より も他の代替品を選択する可能性が高いとの推測が可能である。
すなわち,甲第13号証には,熱硬化性ポリウレタンの硬化剤の芳香族ポリアミン成分が数多く列挙されているところ,「好ましい芳香族ポリアミンはMCDEA,MBOCA,DETDAおよびDMTDA,特にMCDEAである。」と記載されている(【0018】)。この記載は,DMTDA(ジメチルチオトルエンジアミン)よりも,MCDEA(4,4’-メチレン-ビス-(3-クロロ-2,6-ジエチルアニリン))の方が,より好ましいことを示すものと認められる。
また,甲第14号証には,ETHACURE300を含め,MOCAの代替品が複数挙げられているところ,その中で,「Polaroid社開発 Polacure No.740Mは,安全性のより大きなジアミンといわれている。」と記載されている(342頁8行〜343頁19行目)。なお,甲第14号証において,ETHACURE300については,「また,近年,Ethyl社からTDIプレポリマーの硬化剤としてEthacure300が上市された。これは…室温でも低粘度液であるために使用しやすい。…MOCAと比較して低NCO含有プレポリマーとの反応性は大きいが,高NCO含有ポリマーとは逆に小さくなる。」と記載されているのみであり(343頁12行〜17行),ETHACURE300がMOCAの代替品として,他の代替品よりも有力であることを示す記載はない。
甲第15号証には,「TDI系ポリウレタンエラストマー用の硬化剤として興味のある他の芳香族ジアミンは4-4’-メチレン-ビス-(3-クロロ-2,6-ジエチルアニリン)である。この材料は,Lonzacure M-CDEAの商標名で,Lonzaによって製造されている。MBCAに対するこの材料の注目される鍵となる利点は,潜在的に低い毒性と,そのエラストマーの優れた動的挙動にある。Lonzaは,MBCAと異なり, M- CDEAはエームズ試験 で陰性を示すことに注目している。」と記載されている(8頁第1段落)。ここで,MBCAは,4,4’-メチレン‐ビ ス‐オルトクロロア ニリンのことであり(甲15の7頁左欄9行〜10行目),MOCAと同義である。他方,ETHACURE300の毒 性については,甲第15号証には何ら記載されていない。
甲第16号証には, MOCA (4,4 ’ -メチレン ビ ス(2- クロロ ア ニ リン))の代替として,ETHACURE300,Cyanacure及びPolacure 740Mが挙げられており,これらの変異原性試験を行なった結果について,「…Ethacure 300は,明らかに,TA100およびTA98の双方のバクテリア菌種において陽性であったが,Cyanacureは,TA100のみが陽性であった。Polacure 740Mは,すべての菌種において,陰性であった。Ethacure 300は,28倍のEROD誘発を引き起こしたが,Cyanacureは,2倍であった。Polacure 740Mは,効果を示さなかった。…したがって,変異とEROD誘発との間には優れた相関関係があった。類似の相関関係が,ERODを誘発する能力がその発ガン性の潜在能力に関連があるという議論を支持する6つの他の構造的に関連する化合物にも見られた。」(2119頁要約),「結論において,我々は,MOCAの代替となり得る化学物質の中では,Polacure 740Mのみがエームズ試験で陰性であることを示した。」(2121頁右欄18行〜20行)と記載されている。このような記載は,MOCAの代替品であるETHACURE300,Cyanacure及びPolacure 740Mの中では,ETHACURE300が最も発ガン性が高く,Polacure 740Mが最も健康上安全であることを示すものと認められる。
甲第13号証ないし同第16号証の上記記載によれば,当業者であれば,安全性の点からは,MOCAの代替として,ETHACURE300よりも他の代替品を選択する可能性が高いものと推測される。
さらに,甲第6号証(訳同号証の2)には,ETHACURE300で硬(エ)化したポリウレタンが,MBOCA(メチレン-ビス-オルソクロロアニリン)で硬化したポリウレタンよりも低い歪でクラックの成長が開始することが記載されており(771頁右欄下から3行〜772頁上から7行,770頁のFigure6 及び771頁のFigure7),このような記載は,シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを目的とする当業者が,MOCAに代えてETHACURE300を使用することを躊躇させる要因となり得る。
また,甲第6号証に記載されている破壊試験(乙10の7頁16行〜8頁3行)は,通常の引張試験機によるものであり(乙10の4頁17行〜5頁6行),シュープレス用ベルトの使用環境(本件明細書【0002】,【0004】)とは異なるものであるから,甲第6号証の破壊試験の結果が直ちにシュープレス用ベルトにおけるクラックの発生・生長状況を反映するものとみることはできない(そのため,上記記載が,MOCAに代えてETHACURE300を採用することの阻害要因となるとまでいうことはできない)ものの,当業者が上記のような記載に接すれば,MOCAに代えてETHACURE300を採用することに消極的になるものと考えられる。
なお,被告は,甲第6号証には,ショアー硬度A83の硬化ポリウレタンにおいては,ETHACURE300硬化ポリウレタンに比して,MOCA硬化ポリウレタンの方が低ひずみ領域ではより硬く,より大きなひずみ領域でクラック生長が始まるものの,ショアー硬度A90の硬化ポリウレタンにおいては,MOCA硬化ポリウレタンはクラック生長することなく破損することが記載されている〔甲6の770 頁左欄 下から7行ないし同 頁右欄 3行( 乙 10の7 頁 下から11行ないし5行),甲6の770頁右欄9行ないし15行(乙10の7頁末行ないし8頁3行),甲6の770頁右欄19行ないし23行(乙10の8頁6行ないし8行),甲6の772頁左欄3行ないし7行(乙10の9頁下から7行ないし5行)〕として,甲第6号証は,MOCA硬化ポリウレタンでは伸びずに割れる特性を有するのに対し,ETHACURE300硬化ポリウレタンでは伸びるので割れないという特性を有する,ということが記載された文献であり,硬化ポリウレタンの伸びの点に関しては,MOCAに代えてETHACURE300を使うことをむしろ動機付ける文献 であると主張する。しかし,甲第6号証中の被告の指摘箇所を見ても,被告の主張するような事項,すなわち,MOCA硬化ポリウレタンでは伸びずに割れる特性を有するのに対し,ETHACURE300硬化ポリウレタンでは伸びるので割れないという特性を有するという,上位概念化された事項が記載されているとは認められない。したがって,被告の上記主張は,その前提において失当である。
以上によれば,甲第2号証に接した当業者が安全性の点からMOCAに代 (オ)えてETHACURE300を用いることを動機付けられることがあるとしても,ETHACURE300をシュープレス用ベルトの硬化剤として使用した場合に,安全性以外の点(例えば耐久性)についてどのような効果を奏するかは不明である上,安全性の点からみても他にも選択肢は多数あり,その中から特にETHACURE300を選択する理由はなく,かえって,他の代替品を選択する可能性が高いといえるため,ETHACURE300の使用を強く動機付けられるとまでいうことはできない。
なお,顕著な効果については,被告は,原告の主張の誤りを指摘するのみ (カ)で,具体的な反論をしていない。
エ 上記アないしウのとおり,甲第2号証に接した当業者が,安全性の点からMOCAに代えてETHACURE300を使用することを動機付けられることがあるとしても,本件発明1が,ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生することを防止できるという,当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものであることに照らせば,本件発明1は,当業者が容易に想到するものであるとはいえず,進歩性があると認められるから,これを無効とすることはできない。
(3) 被告の主張について被告は,シュープレス用ベルトの技術分野において,身体健康上,悪い影響を与えるものよりも与えないものを採用することが,優先的に考慮されるべき事柄であったことは,本件特許出願時,当業者には自明ないし当然であり,熱硬化性ウレタ ン樹脂に用いられる硬化剤として,ETHACURE300が,引用発明1において使用されているMOCAの代替の硬化剤であったことは,甲第2号証に記載されているほか,本件特許出願時において周知であったから,甲第2号証に接した当業者であれば,引用発明1において,MOCAに代えてETHACURE300を使用することは,容易に想到できると主張する。
しかし,前示のとおり,本件発明1は,当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものであるから,甲第2号証に上記のような記載があることを考慮してもなお,当業者が容易に想到するものであるとはいえない。
(4) よって,取消事由3に係る原告の主張は理由がある。
4 まとめ 以上によれば,本件発明1は,引用発明1及び引用発明2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断は誤りであり,審決は違法であるから取消しを免れない。
結論
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 芝田俊文
裁判官 西香