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関連審決 無効2009-800025
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成22行ケ10153審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10070審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  出願公開 /  優先権 /  着想 /  登録実用新案 /  援用権(援用) /  優先日 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10162号 審決取消請求事件
原告 株式会社モルテン
原告 アディダスインターナショナル ベスローテンフェンノートシャップ
原告ら訴訟代理人弁護士 服部誠 弁理士 古橋伸茂 復代理人弁護士 岡本尚美
被告 モルテックスリミティド
訴訟代理人弁理士 小谷悦司小谷昌崇 玉串幸久
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2011/02/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2009−800025号事件について平成22年1月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1原告らの求めた判決主文同旨第2事案の概要本件は,被告の請求に基づいてされた原告らの特許を無効とする審決の取消訴訟であり,争点は,容易推考性の存否である。
1特許庁における手続の経緯原告らは,平成10年(1998年)5月22日(日本国)の優先権を主張して,平成11年5月20日,名称を「球技用ボール」とする発明について国際特許出願(PCT/JP1999/002667,日本国における出願番号は特願2000-550565号)をし,平成20年7月18日に,本件特許第4155708号として特許登録を受けた(請求項の数10)。
被告は,平成21年2月13日に,本件特許の請求項1〜4,6〜9に記載された発明について無効審判請求をした。特許庁は,この請求を無効2009-800025号事件として審理し,平成22年1月7日,「特許第4155708号の請求項1ないし4,6ないし9に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は平成22年1月19日に原告らに送達された。
2本件発明の要旨本件特許の請求項1〜4,6〜9は次のとおりである。
【請求項1】圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,該チューブ表面全面に形成された補強層と,該補強層上に直接またはカバーゴム層を介して接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に折り曲げられる折り曲げ部を有し,前記皮革パネルの折り曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,前記皮革パネルの折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる球技用貼りボール。
【請求項2】前記皮革パネルの周縁部が内側へ略180度折り込まれてなる請求項1記載の球技用貼りボール。
【請求項3】前記皮革パネルの周縁部が内側へ略90度折り曲げられてなる請求項1記載の球技用貼りボール。
【請求項4】前記皮革パネルの折り込まれた部分に,切り込みが形成されてなる請求項2記載の球技用貼りボール。
【請求項5】前記厚さ調整部材が織布よりなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。
(請求項9が本請求項を引用しているので,ここに掲載しておく。)【請求項6】前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。
【請求項7】前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。
【請求項8】前記衝撃緩衝部材が発泡材,不織布,嵩高織物又はハニカム構造部材よりなる請求項6または7記載の球技用貼りボール。
【請求項9】前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間に補強層が介在せしめられてなる請求項1,2,3,4,5,6,7または8記載の球技用貼りボール。
3審判における被告主張の無効理由及び提出証拠本件発明1〜4,6〜9は,それぞれ,本件特許の出願前に頒布された次の文献に記載された発明及び周知技術(周知例として括弧内の文献)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反する。
(1)無効理由1(本件発明1について)ア甲3の1及び甲4の1イ甲3の1及び周知技術(甲5〜8)(2)無効理由2(本件発明2について)ア甲3の1,甲4の1及び甲7イ甲3の1,甲7及び周知技術(甲5,甲6及び甲8)(3)無効理由3(本件発明3について)ア甲3の1,甲9の1及び甲4の1イ甲3の1,甲9の1及び周知技術(甲5〜8)(4)無効理由4(本件発明4について)ア甲3の1,甲4の1,甲6及び甲7イ甲3の1,甲6,甲7及び周知技術(甲5及び甲8)(5)無効理由5(本件発明6について)ア甲3の1,甲4の1及び甲10イ甲3の1,甲10及び周知技術(甲5〜8)(6)無効理由6(本件発明7について)ア甲3の1,甲4の1及び甲11イ甲3の1,甲11及び周知技術(甲5〜8)(7)無効理由7(本件発明8について)ア甲3の1,甲4の1,甲10及び甲11イ甲3の1,甲10,甲11及び周知技術(甲5〜8)(8)無効理由8(本件発明9について)ア甲3の1,甲4の1及び甲11イ甲3の1,甲11及び周知技術(甲5〜8)(9)提出証拠甲3の1:仏国特許出願公開第2443850号明細書甲4の1:独国特許出願公開第19619796号明細書甲5:実公昭33-1619号公報甲6:実公昭38-16729号公報甲7:登録実用新案第55967号明細書甲8:実願昭56-153703号(実開昭58-58098号)のマイクロフィルム甲9の1:英国特許第1555634号明細書甲10:実公昭30-10612号公報甲11:実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM4審決の理由の要点(1)無効理由1についてア本件発明1と仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)に記載された発明(引用発明1)との間には,次の一致点と相違点1,2がある。
【一致点】圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,該チューブ表面全面に形成された補強層と,該補強層上に直接接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に曲げられる曲げ部を有し,前記皮革パネルの曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,前記皮革パネルの曲げ部に接合部が設けられてなる球技用貼りボール。
【相違点1】本件発明1では,前記皮革パネルの周縁部が「折り曲げられ」たものであって,前記「曲げ部」が「折り曲げ部」であるのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルの周縁部は「折り曲げられ」たものではなく,前記「曲げ部」は「折り曲げ部」ではない点。
【相違点2】本件発明1では,前記皮革パネルが前記接合部において,「隣接する皮革パネルと接着され」ているのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルは,前記接合部において,隣接する皮革パネルと接着されていない点。
イ相違点1についてその周縁部が内側(弾性チューブ側)に折り曲げられる折り曲げ部を有する皮革パネルからなる縫いボールは,本件特許の優先日前に周知である(以下,この技術を「周知技術1」という。)。
引用発明1の「球技用貼りボール」は,複数の切片を縫い合わせて形成された皮革製の外側ケーシングと,ケーシング内に収容される空気注入式のブラダーとによって構成される職人による縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものであるところ,引用発明1において,その周縁部が内側に折り曲げられる折り曲げ部を有する皮革パネルからなる周知の縫いボールと比べてより遜色のない表面を有するものとするために,引用発明1の「球技用貼りボール」において,「皮革パネル」の「周縁部」を内側に折り曲げて「折り曲げ部」を形成し,周知技術1の縫いボールの皮革パネルの周縁部のような形状にすることは,当業者が周知技術1に基づいて容易に想到することができた程度のことである。
したがって,引用発明1において,上記相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が周知技術1に基づいて容易になし得た程度のことである。
ウ相違点2について複数の皮革パネルを下層に接着して皮革パネルで球体を構成して製造する球技用ボールであって,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する接合部において,隣接する皮革パネル同士も接着することは,本件特許の優先日前に周知である(以下,この技術を「周知技術2」という。)。
引用発明1の「球技用貼りボール」は,「補強層(カバー)」の表面全体を覆うように複数の「皮革パネル」を貼り付けたものであって,前記「皮革パネル」は,「曲げ部」を有し,前記「皮革パネル」の「曲げ部」に「接合部」が設けられてなるものであるから,複数の皮革パネルを下層に接着して皮革パネルで球体を構成して製造する球技用ボールであるといえ,その下層に相当する「補強層(カバー)」に複数の「皮革パネル」を貼り付ける際に,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において隣接する皮革パネル同士も接着することは,当業者が周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことである。
したがって,引用発明1において,上記相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことである。
エ本件発明1が奏する効果は,引用発明1が奏する効果,周知技術1が奏する効果及び周知技術2が奏する効果から,当業者が予測できた程度のものである。
オしたがって,本件発明1は,甲3の1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,無効とすべきである。
(2)無効理由2について本件発明2と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点3がある。
【相違点3】本件発明2では,前記皮革パネルの周縁部が内側へ略180度折り込まれてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。
相違点1,2については上記(1)のとおりである。
相違点3について,登録実用新案第55967号明細書(甲7)には,「周縁部を内側へ略180度折り曲げた折り曲げ部を有する皮革パネルからなる縫いボール」が記載されているものと認められる。
引用発明1の「球技用貼りボール」は,職人による縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものであるところ,引用発明1の「球技用貼りボール」を具体的にどの縫いボールに比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項であるというべきである。しかるところ,引用発明1において,甲7記載の縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものとするために,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することは,当業者が甲7記載の事項に基づいて容易に想到することができた程度のことである。
したがって,引用発明1において,上記相違点3に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が甲7記載の縫いボールに基づいて容易になし得た程度のことである。
(3)無効理由3について本件発明3と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点4がある。
【相違点4】本件発明3では,前記皮革パネルの周縁部が内側へ略90度折り曲げられてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。
相違点1,2については上記(1)のとおりである。
相違点4について,独国特許出願公開第19619796号明細書(甲4の1)には,「パネル2及び3の個々の要素1の周縁部を内側(空気注入式のブラダー側)へ略90度折り曲げた折り曲げ部を有する縫いボール」が記載されているものと認められる。
上記(2)と同様に,引用発明1の「球技用貼りボール」を具体的にどの縫いボールに比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項であるというべきである。しかるところ,引用発明1において,甲4の1記載の縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものとするために,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略90度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することは,当業者が甲4の1記載の事項に基づいて容易に想到することができた程度のことである。
したがって,引用発明1において,上記相違点4に係る本件発明3の構成とすることは,当業者が甲4の1記載の縫いボールに基づいて容易になし得た程度のことである。
(4)無効理由4について本件発明4と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2,上記(2)のとおりの相違点3があるほか,次の相違点5がある。
【相違点5】本件発明4では,前記皮革パネルの折り込まれた部分に,切り込みが形成されてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。
相違点1,2については上記(1)のとおりであり,相違点3については上記(2)のとおりである。
相違点5について,外表面が凸で内側になる裏面が凹である球等の形状を構成する素材の周縁部を内側へ略180度折り込む際に折り込む部分に切り込みを形成することは本件特許の優先日前において常套手段である。
引用発明1の「球技用貼りボール」において,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成し,登録実用新案第55967号明細書(甲7)記載の縫いボールの皮革パネルの周縁部のような形状にする際に,上記の常套手段を採用し,前記皮革パネルの折り込まれる周縁部に切り込みを形成して,上記相違点5に係る本件発明4の構成とすることは,当業者が常套手段に基づいて容易になし得た程度のことである。
(5)無効理由5について本件発明6と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものである」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1,2が相違している。
そして,相違点1,2については上記(1)のとおりである。
(6)無効理由6について本件発明7と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものである」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1及び2に加えて,次の相違点6の点でも相違している。
【相違点6】本件発明7では,前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなるものであるのに対して,引用発明1では,前記厚さ調整部材が,衝撃緩衝部材を有してはいるが,織布は有していないから,織布と衝撃緩衝部材の積層構造とはなっていない点。
相違点1,2については上記(1)のとおりである。
相違点6について,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM(甲11)には,「発泡層を皮革パネルのバッキング材料として使用したサッカーボールの皮革パネルにおいて,表皮層及び不織布が破れた場合,その下の層である発泡層が機械的に極めて弱いために,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を解決するために,外側から表皮層,不織布層,布層,発泡層,布層の積層構造よりなるものとし,表皮層及び不織布層が破れたとしても,その下層の布層が強靱であるために,これより下層に破れが拡がることはないサッカーボールの皮革パネル。」の発明(引用発明2)が記載されているものと認められる。
引用発明1の「皮革パネル」は,ブラダー側が凹になるように曲げられ,発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材で満たされた一種のカップを形成するような形状に形成され,そのくぼんだ面である裏面に前記素材が完全に接着しているものであるから,「発泡層を皮革パネルのバッキング材料として使用した球技用ボールの皮革パネル」であるといえ,その「発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材」が引用発明2の「発泡層」に相当する。
そうすると,引用発明1の「皮革パネル」も,皮革パネルが破れた場合,その下の層である「発泡層(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材)」が機械的に極めて弱く,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を内在していることは,当業者が引用発明2に基づいて容易に想到することができるものであり,この問題を解決するために,引用発明1において,皮革パネルと発泡層との間に,強靱であるために下層に破れが拡がることはない布層を介在させた積層構造とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。ここで,「布層」及び「発泡層」が,それぞれ,本件発明7の「織布」及び「衝撃緩衝部材」に相当することは明らかである。
したがって,引用発明1において,皮革パネルと厚さ調整部材である衝撃緩衝部材との間に「織布」を介在させて,前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなるものとすること,すなわち上記相違点6に係る本件発明7の構成とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。
(7)無効理由7について本件発明8と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものであり,かつ該衝撃緩衝部材が発泡材よりなる」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1,2の点で相違している。
そして,相違点1,2については上記(1)のとおりである。
(8)無効理由8について本件発明9と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点7がある。
【相違点7】本件発明9では,前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間に補強層が介在せしめられてなるものであるのに対して,引用発明1では,前記「厚さ調整部材(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材11)」が,皮革パネルの裏面に接着せしめられているから,前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間には何も介在せしめられていない点。
相違点1,2については上記(1)のとおりである。
相違点7について,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM(甲11)には,上記(6)の引用発明2が記載されているところ,引用発明2の「強靱である布層」は,「これより下層に破れが拡がることはない」ようにするための層であるから,「補強層」であるといえる。
引用発明1の「皮革パネル」も,皮革パネルが破れた場合,その下の層である「発泡層(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材)」が機械的に極めて弱く,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を内在していることは,当業者が引用発明2に基づいて容易に想到することができるものであり,この問題を解決するために,引用発明1において,皮革パネルと発泡層との間に,強靱であるために下層に破れが拡がることはない布層を介在させた積層構造とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。
ここで,「布層」及び「発泡層」が,それぞれ,本件発明9の「補強層」及び「厚さ調整部材」に相当するから,引用発明1において,皮革パネルと厚さ調整部材との間に「補強層」を介在させること,すなわち上記相違点7に係る本件発明9の構成とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。
第3原告ら主張の審決取消事由1取消事由1(引用発明1の認定の誤り,これに伴う本件発明1との一致点認定の誤り,相違点の看過)(1)審決では,引用発明1の皮革片は「中央部分では緩やかな曲面であり,周辺端面に近い領域では急な曲面であり,この急な曲面領域から周辺端面に至る領域では緩やかな曲面あるいは平面であって,ブラダー側が凹になるように曲げられ」ると認定した上で,その「急な曲面領域」が本件発明1の「曲げ」の箇所に相当し,引用発明1の「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当すると認定している。
しかし,仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)には,皮革片の形状について「カップ形状」と記載されているだけで,皮革片が複数の領域に分けられる旨の記載はなく,「(周辺端面に近い)急な曲面領域」が存する説明もない。甲3の1のFig.4においても,皮革片は全体として丸みを帯びた円弧状の曲面形状を有することが示されているだけである。
また,引用発明1は,貼りボールにおいてカップ状の浮き出し部を設けることを目的としている。この目的を達成すべく,皮革片をカップ形状に成形し,さらにそのカップの高さを高く維持するために,皮革片をカバーに接着させる際に,金型で直接カップを押し付ける方法(カップの頂上近辺が強く押圧される方法)ではなく,わざわざ金型内に流体層を設け,流体層を介して皮革片を押し付ける方法(カップ全体が等しく押圧される方法)を採っている。引用発明1において,急な曲面領域を有すると仮定すると,浮き出し部が低くなるので,引用発明1の目的に鑑みても,皮革片の周辺端面に近い部分に「急な曲面領域」を設けることはあり得ない。
以上のとおり,甲3の1には,「周辺端面に近い急な曲面領域」は記載されておらず,これを境界とする「中央部」と「周辺部」も記載されていないので,審決における引用発明1の認定は誤っている。
これに伴い,引用発明1の「急な曲面領域」が本件発明1の「曲げ」の箇所に相当し,引用発明1の「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとの一致点認定についても誤りであり,この点を相違点として看過した誤りがある。そもそも,本件発明1の構成は「折り曲げ部」であり,本件発明1が採用しておらず,かつ,技術的意義が不可解な「曲げ部」なる概念を作出して一致点とすることはできない。
(2)審決は,引用発明1の「皮革パネル」は,「皮革パネルの曲げ部」に「接合部」を有していると認定する(19頁5行〜6行)。
しかし,本件発明1の「接合部」は折り曲げ部19に存し,折り曲げ部に存する接合部で隣接する皮革パネルの折り曲げ部と接着することによって,「幅が小さく」かつ「深い」溝が形成できる。これに対し,引用発明1は皮革片8がカップ状であり,当該皮革片8が隙間なく球面のカバー10を覆うように貼り付けられているだけであるから,隣接するカップ状の皮革片同士は,外に広がるカップ形状の裾の部分(底面と周縁部の境界線,周辺端面)で接触するだけである。したがって,引用発明1の接合部は,カップ形状の裾(周辺端面)の部分のみに存する。
このように,本件発明1の「接合部」と引用発明1「接合部」は皮革パネル(皮革片)における位置が異なり,本件発明1の接合部は,皮革片の周縁部に存在することを前提とするから,カップ形状の裾の部分のみに接合部を有する引用発明1の接合部は,本件発明1の接合部とは全く異なるものである。
したがって,引用発明1が接合部を有しており,これが本件発明1の接合部と同一であるとする審決の認定は誤りである。
なお,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を設けるという課題を解決するために,柔軟で弾性的な素材で満たされた皮革パネルをカップ形状に成形し,このように成形された皮革パネルをカバーに接着する際に,流体層を用いて押圧することによって,当該カップ形状を変形させずに浮き出し部を有する貼りボールを提供する発明である。したがって,互いに隣接する皮革パネルの周縁部(ただし,周辺端面以外の部分)が,金型等によって上から押圧されるなどして変形し,その周縁部同士が接合することはない。
2取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)(1)審決は,仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)の「発明の目的の一つは,職人によるボールのような外見を有し,膨張収縮が可能で,保存および出荷が容易であるボールを工業的に製造することである。」という記載に基づいて,貼りボールにおいて,縫いボールの皮革パネルのような形状にすることは容易であると判断している。
(2)しかし,甲3の1に記載の引用発明1は,皮革パネルをカップ状に成形し,このように成形された皮革パネルをカバーに接着する際に,当該カップ形状が変形しないように流体層を用いることによって,カップ状の浮き出し部を有する貼りボールを提供する発明である。したがって,甲3の1に記載された職人によるボールのような外見とは,カップ状の浮き出し部を有する縫いボールのような外見の意味であり,それ以外の外見を意味していない。このように,引用発明1の具体的な内容を度外視して,周知技術との組合せを容易とすることは不当である。
(3)また,引用発明1は貼りボールについての発明であり,これに,縫いボールの構成を適用することには,阻害事由がある。
ア縫いボールは,通常,職人の手縫いによって製造されるボールであり,機械的な大量生産が不可能なボールである。これに対し,貼りボールは,製造の機械化により大量生産が可能なボールである。このように,縫いボールと貼りボールとは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,職人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成の一部を,何らの技術的裏付けもないまま,甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することなどできないというべきであり,引用発明1に周知技術1を適用することには阻害事由があるというべきである。
イ縫いボールでは,隣接する皮革パネルが縫い合わせられるから,皮革パネルの周縁部は縫い合わせるために折り曲げられる必要性がある。これに対し,「貼りボール」の皮革パネルは,ボールの球状を作り出すボール基体に張り付けられるだけであって,そもそも皮革パネルを折り曲げる必要性が全くない。このように,互いに縫い合わせるために皮革パネルの周縁部が折り曲げられる「縫いボール」の発明における,「皮革パネルが折り曲げられ」かつ「皮革パネル同士が縫合されている」という一体不可分の構成から,「皮革パネルが折り曲げられ」る構成だけを切り出して,皮革パネルを折り曲げる必要のない甲3の1記載の「貼りボール」の発明に適用することは当業者が容易に想到できることではない。
(4)引用発明1の目的であるカップ状の浮き出し部を有する外見を得るためには,皮革片は周縁部から中央部に向かって急な曲面領域を有さずに立ち上がっている形状が有利であり,具体的には「おわん状の形状」が有利である。急な曲面領域を有するカップ形状は,急な曲面領域を有さないカップ形状に比べてカップ形状による浮き出し部が低くなってしまうので,引用発明1において,浮き出し部が低くなる要因となる折り曲げ部を設けた皮革片を用いようと動機付けられることはない。
以上のとおり,相違点1に関する審決の判断は誤りである。
(5)被告の主張に対する反論被告は,当業者であれば,貼りボールの構成を縫いボールに近付けることを自然と考慮し,その場合に,溝の形状に着目するのもごく自然であると主張する。しかし,先行文献でもない本件明細書上の記載をもって,本件発明における「貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボール,コントロール性を併せもつボールを実現する」という目的が公知であったなどということはできないし,被告が援用する実願昭58-76649号(実開昭60-25648号)のマイクロフィルム(甲12)には,何ら縫いボールに関する記述はなく,甲12記載の発明の発明者が貼りボールを縫いボールの性能に近付けることを課題としていたかどうかそもそも不明である。さらに,上記(3)で主張したように縫いボールと貼りボールとで生産方法が大きく異なることからすると,当業者が双方のボールに関する知識を有しているからといって,これを適用することが自然であるとはいえない。また,仮に,貼りボールを縫いボールの性能に近付けることを課題として認識した当業者がいたとしても,その近付け方は千差万別であると考えられ,当業者が「溝の形状」に着目することがごく自然であるなどと結論付けることはできない。
このことは,引用発明1の発明者が,カップ状の皮革片を用いることにより貼りボールの外見を縫いボールに近付けようとしたことからも明らかである。
3取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)(1)審決は,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において隣接する皮革パネル同士も接着することは,当業者が,実公昭33-1619号公報(甲5)や実公昭38-16729号公報(甲6)に記載の周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことであると判断している(23頁11行〜31行)。
(2)しかし,甲5記載の発明は,バレーボールを被包する皮革片の裏面に接着剤を塗布することの欠点を解消すべく,皮革片の周縁部のみに接着剤を塗布する発明である。
他方,引用発明1の皮革片は,ブラダー1のカバー10の表面全体を覆うように貼り付けられ,カバー10には,接着剤を塗布するか,あるいは加熱又は冷却することによって皮革片8を接合することの出来る材料をあらかじめ塗布しておくことが想定されている。
このように,引用発明1では,皮革片の裏面に接着剤を塗布するのに対し,甲5記載の発明では,皮革片の裏面に接着剤を塗布することにより生じる問題点を解消するために,皮革片の周縁部のみに接着剤を塗布しているのであって,「皮革パネル」を貼り付ける際に,相矛盾する方法を採用しているのであるから,当業者が,両発明を組み合わせようと想到することはない。
(3)甲6記載のボールは,皮革素子の連接部が凸凹構造を有し,この凸凹が互いに組み合わされて接合する特殊な構造を有する発明であるから,このような特殊な構造を有する発明を引用発明1と組み合わせることは容易に想到し得ない。また,甲6記載の発明は,皮革素子の連接部の凸凹によって互いに組み合わされるという特殊な構造において皮革素子間に接着剤を用いて接着する発明であるから,この文献に基づいて,周知技術として,「隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において隣接する皮革パネル同士を接着するという技術」を認定することはできない。
(4)引用発明1では,金型の内部に流体層を設けることによって,カップ形状全体が流体層で一律に押圧されるから,皮革片の周縁部は流体層によって内側(皮革片が潰される方向)に押圧される。そのように皮革片が内側に押圧されると,皮革片の間が広がるから,そもそも,引用発明1に皮革片同士を接着する技術を適用することには阻害事由があるというべきである。
(5)引用発明1においては,皮革片のカップ形状の裾が接合しているだけであるから,これを一定の領域で接触するように押し付けて,接着剤を用いることまで想到することは容易ではない。
(6)したがって,相違点2に関する審決の判断は誤りである。
4取消事由4(本件発明1の効果についての判断の誤り)(1)本件発明1は,皮革パネル間の接合部を接着させるとともに縫いボールと同様の「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成することによって,「貼りボールの品質(重量,大きさ,真球性,耐久性,形状維持性,経時変化に対する強度向上)を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボールコントロール性を併せ持つボールを実現するものである。
これに対し,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を有する外見を得ることを目的とした発明であり,甲3の1のFig.6からも明らかなように,皮革パネル間の周縁部(裾以外の部分)同士は接合されておらず,また,「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成するものでないため,上記の効果を有しないことが明らかである。
また,上記2,3で主張したように,引用発明1に周知技術1及び2を適用することには阻害事由があるから,引用発明1に周知技術2の効果を適用することもできない。さらに,周知技術2については,審決が挙げる文献から周知技術2を認定すること自体が誤りである。
したがって,本件発明1の効果に関する審決の認定は誤りである。
(2)本件発明1は,職人による縫製作業を経て製造される「縫いボール」でのみ形成できた皮革パネル間の「幅が小さく」かつ「深い」溝を,工業的に大量生産できる「貼りボール」で実現した発明である。
このような本件発明1の優れた効果は世界的に極めて高く評価され,世界最高峰のサッカー大会であるワールドカップの公式試合球として採用された。
以上のとおり,本件発明1が甲3の1等に記載された発明から予測できた程度のものであるという審決の認定は,誤っている。
5取消事由5(本件発明2についての判断の誤り)(1)相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりである。
(2)相違点3について登録実用新案第55967号明細書(甲7)記載の発明は,縫いボールに関する発明であって,皮革片が180度に折り曲げられているものである。
取消事由2で主張したのと同様に,縫いボールでは,縫合と折り曲げとは一体不可分の関係にある。よって,甲7記載の縫いボールの発明から「皮革片が180度折り曲げられること」だけを切り出して,貼りボールの発明である引用発明1に適用することはできない。また,甲7記載の職人による縫製作業で製造される縫いボールの構成を,甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには阻害事由がある。さらに,皮革片が180度折り曲げられて用いられることは,引用発明1の目的(カップ状の浮き出し部)の達成の障害となるから,浮き出し部が低くなる要因となる180度折り曲げられた皮革片を用いようとする動機付けはない。
以上のとおりであるから,審決の相違点3に関する判断は誤っている。
6取消事由6(本件発明3についての判断の誤り)(1)相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりである。
(2)相違点4については,上記5(2)で主張したのと同様の理由から,審決の判断は誤りである。
7取消事由7(本件発明4についての判断の誤り)(1)相違点1〜3についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3,5のとおりである。
(2)相違点5についてア引用発明1において,皮革片を折り曲げることは全く想定されていない。
したがって,引用発明1において皮革片が内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することを前提とした,皮革パネルの折り込まれる周縁部に切り込みを形成することは容易とする審決の判断は,その前提が誤っているから,その判断も誤っている。
イ審決において,切り込み部分の開示があるとしている実公昭38-16729号公報(甲6)及び180度の折り曲げ部が形成されているとする登録実用新案第55967号明細書(甲7)はいずれも縫いボールの発明である。
縫いボールと貼りボールとは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,甲6と甲7における職人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成を,甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには阻害事由がある。
以上のとおりであるから,審決の相違点5に関する判断は誤っている。
8取消事由8(本件発明6についての判断の誤り)相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりである。したがって,本件発明6に関する審決の判断は誤りである。
9取消事由9(本件発明7についての判断の誤り)(1)相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりである。
(2)相違点6について審決は,相違点6に係る本件発明7の構成とすることは,当業者が実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM(甲11)に記載された引用発明2に基づいて容易になし得たと判断する。
しかし,引用発明2は,縫いボールの発明である。縫いボールと貼りボールとは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,甲11に記載された職人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成の一部を,甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには阻害事由がある。
以上のとおりであるから,審決の相違点6に関する判断は誤っている。
10取消事由10(本件発明8についての判断の誤り)相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりである。したがって,本件発明8に関する審決の判断は誤りである。
11取消事由11(本件発明9についての判断の誤り)(1)相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりである。
(2)相違点7については,取消事由9(2)で主張したのと同様の理由から,審決の判断は誤りである。
第4被告の反論1取消事由1に対し(1)ア甲3の1のFig.4を見れば,引用発明1の皮革片が,「中央部」と「周辺部」に区別される形状であることは明らかであり,両者の境界が「急な曲面領域」となっていることにも疑いはない。
イ原告らは,引用発明1がカップ状の浮き出し部を設けることを目的としており,急な曲面領域を有するカップ形状は,急な曲面領域を有しないカップ形状に比べて浮き出し部が低くなってしまうので,引用発明1の目的に鑑みれば,「急な曲面領域」が設けられることはあり得ないと主張している。
しかしながら,引用発明1の目的は,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のような外観を有するボールであって,保存及び出荷が容易なボールを工業的に製造できるようにすることであり,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を設けることを解決課題とするものではない。一般に,縫いボールは,表側同士を付け合わせた状態で縫い合わされた皮革片を裏返す製法を採用していることから,皮革片の周辺部が裏側に折り曲げられた構成となっているので,皮革片の周辺部に急な落ち込みが必然的に存在する(溝が形成される)。したがって,「職人によるボールのような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味しているのであって,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を有するという外見を意味するのではない。「カップ状」という表現は,柔軟で弾性を有する素材を充填できるよう内側に凹部を有する形状にすることを意図したものにすぎない。
また,皮革片が急な曲面領域を有している場合には,周辺部の立ち上がり角度が急になるだけであって,中央部の盛り上がり形状が変わるものではない。
ウ原告らは,「折り曲げ」と「曲げ」が異なる旨主張する。
しかし,本件発明1の構成が「折り曲げ」であるとしても,「折り曲げる」とは「折って曲げる」ことであるので,本件発明1の皮革パネルと甲3の1に記載された皮革片とで,「曲げる」ことが一致する点に変わりはなく,審決の認定に誤りはない。
(2)原告らは,引用発明1の皮革片の裾のみが接触する態様は接合部に当たらないと主張する。
しかし,本件発明1の構成によれば,接合部は,?折り曲げ部の少なくとも一部であり,?折り曲げ部内のどの位置に設けられるかについて限定されておらず,?折り曲げ部の折り曲げ角度が略90度に限定されないため,折り曲げ部の少なくとも一部において隣接パネルと接触すればよいから,接合部が裾の部分のみに設けられる態様も含む。
なお,甲3の1のFig.6によれば,皮革片8は,その周縁部が隣の皮革片8の周縁部に接触するように配設されている。また,甲3の1では,皮革片8は「互いに突き当てられるように置かれ」とされている(被告作成の訳文である甲3の2参照)。さらに,ブラダーに空気を入れるとボール全体が膨張するため,皮革片間の隙間が広がって補強層(又はカバーゴム層)が見えやすくなる「貼り目開き」という品質不良があり,これを避けるため,皮革片の大きさは金型内面のサイズと比べて大きく設計されるのが,当業者にとっては周知の技術である。したがって,引用発明1の皮革片に「接合部」は存在する。
2取消事由2に対し(1)上記1(1)イで主張したとおり,引用発明1の目的である「職人によるボールのような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味しているのであって,カップ状の浮き出し部を有するという外見を意味するのではない。
(2)原告らは,貼りボールの発明である引用発明1に縫いボールの構成を適用することに阻害事由が存在すると主張している。
しかし,本件発明1の目的は,「貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボールコントロール性を併せもつボールを実現する」ことである。このように,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発することを課題とした当業者であれば,貼りボールの構成を縫いボールの構成に近付けることを自然と考慮する。また,実願昭58-76649号(実開昭60-25648号)のマイクロフィルム(甲12)の「従来技術」以下の記載を参酌すると,皮革片の接合部に形成された凹溝が,ボールの飛距離向上,掴みやすさ等の感触性の改善に必要なものであることが従来から知られていたことが窺われる。さらに,本件特許の発明者も,縫いボールに関する特許出願をしており,当業者は,縫いボールと貼りボールの双方に関する知識を有している。したがって,縫いボールの性能に近付けることを課題とした当業者であれば,貼りボール及び縫いボールの溝の形状に着目することはごく自然のことである。したがって,折り曲げと縫合が一体不可分としても,折り曲げの構成を切り出すことは自然である。
(3)引用発明1の目的とされる「職人によるボールのような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味しているのであって,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を有するという外見を意味するのではない。したがって,原告ら主張の動機付けの問題はない。
3取消事由3に対し本件特許優先日前において,皮革パネル間の接合部からの浸水を低減するという課題は,独国特許出願公開第19619796号明細書(甲4の1)及び登録実用新案第55967号明細書(甲7)に示されるように周知であり,また,浸水を防止してボールの重量増加を抑制するという課題は,甲4の1及び英国特許第1555634号明細書(甲9の1)に示されるように周知である。したがって,皮革パネル同士の接合部を接着するという実公昭33-1619号公報(甲5),実公昭38-16729号公報(甲6)の開示に基づいて,引用発明1の皮革パネル同士を接着することは容易である。
また,原告らは,皮革片が流体層に押圧されることによって皮革片間が広がることを理由として,引用発明1に皮革片同士を接着する技術を適用することには阻害事由があると主張する。
しかしながら,貼りボールにおいて,皮革パネルの周縁部において隣接パネルとの接合部が無いものはあり得ないのであって,仮に,皮革片が流体層に押圧されたときに皮革片の急な曲面領域間が広がるように変形することがあったとしても,各皮革片の周縁部には,隣の皮革片と接触した部位(例えばブラダー側の部位)が必ずあるため,その部分が接着されれば十分である。したがって,皮革片が流体層に押圧されることによって皮革片間が広がる部分が存在するとしても,そのことが阻害事由になるものではない。
4取消事由4に対し(1)上記1で主張したとおり,引用発明1では,皮革片間の周縁部の一部同士が接合しており,また,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を有する外見を得ることを目的としたものではなく,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のような外観を有するボールを提供することを目的としているので,縫いボールと同様の「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成するものである。
(2)ワールドカップの公式試合球が仮に本件明細書の図7に示された貼りボールだとしても,それは,皮革パネルの周縁部が90度に折り曲げられ(本件発明3),かつ厚さ調整部材が一様な厚みである,というように,溝の形状に影響を与える要素について,本件発明1の構成をさらに限定した発明にすぎない。したがって,本件発明1の貼りボールが世界的に高く評価されているとの原告らの主張には疑問が残る。
5取消事由5に対し(相違点3について)上記2(2)で主張したとおり,本件発明の目的は,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発することであるため,このような目的を持った当業者であれば,縫いボールにおいて「皮革片が折り曲げられること」と「皮革片同士が縫い合わされること」が一体不可分の関係にあるとしても,「皮革パネルが折り曲げられ」た構成を切り出して,「貼りボール」の発明である引用発明1に適用することは,ごく自然に着想する。
また,引用発明1の目的は,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のような外観を有するボールであって,保存及び出荷が容易なボールを工業的に製造できるようにすることであり,高く盛り上がったカップ状の浮き出し部を設けることではない。「職人によるボールようの外見」とは,周辺部において急な落ち込みが存在する外見を意味するのであって,具体的にどの縫いボールと比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項である。
6取消事由6に対し相違点4については,上記5で主張したのと同様の理由から,審決に誤りはない。
7取消事由7に対し原告らは,縫いボールの構成を貼りボールに適用することには阻害事由があると主張する。
しかし,本件発明の目的は,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発することであり,このような目的を持った当業者であれば,縫いボールの構成を貼りボールの発明に適用することを自然に着想する。
8取消事由9に対し上記7で主張したのと同様の理由から,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM(甲11)に記載された発明の構成を引用発明1に適用することは,自然に着想する。
9取消事由11に対し上記7で主張したのと同様の理由から,甲11に記載された発明の構成を引用発明1に適用することは,自然に着想する。
第5当裁判所の判断1本件発明1について本件明細書(甲23)によれば,本件発明1は,次のような発明であると認められる。
本件発明1は,サッカーボール等の球技用ボールに関するものである(段落【0001】)。
従来,球技用ボールには,貼りボールと縫いボールの2種類があり,貼りボールは,ゴムチューブ等からなる中空体に皮革パネルを接着することにより製造されるため,製造が機械化できて安価であり,また真球性等に優れている一方,パネル接合部の溝の幅が広く(通常約8mm),かつ浅い(通常約1mm)ために,空気抵抗が減少せず,飛距離が伸びない,グリップ性に劣り掴みにくいという問題がある(段落【0002】〜【0004】)。
これに対して縫いボールは,皮革パネルの端縁同士を内側に折り込んで,糸で縫い合わせて球状とした表皮層内に,チューブを収納したものであり,皮革パネルが内側へ折り込まれるので,この部分に形成される溝の幅は小さく(約2.5mm),かつ深い(約2mm)ため,空気抵抗が小さくなり,飛距離が大きくなり,またグリップ性等に優れるが,手縫いに頼らざるを得ず,生産性が悪く,品質も不安定で真球性にバラツキを生じやすい等の問題がある(段落【0005】,【0006】)。
本件発明1の目的は,貼りボール構造における空力特性等を改善することであり,皮革パネルの接合部に縫いボールと同様の溝を形成することにより,真球性等の貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性等を併せもつボールを実現するものである(段落【0009】)そのために,本件発明1のボールは,貼りボール構造において,皮革パネルの周縁部が内側へ折り込まれるとともに,折り込まれた部分にて囲まれた皮革パネルの裏面に,折り込みにより生じる段差を解消する厚さ調整部材が接着されてなる構成とされている。これにより,隣接する皮革パネルの接合部に縫いボールと同じ形状の溝ができることで,空気抵抗を減じ,グリップ性を向上させるとともに,厚さ調整部材の存在により,皮革パネル裏面は平坦面となり,折り込みにより生じる段差が皮革パネル表面に現れず滑らかなものとなる(段落【0010】)。また,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる構成とすることで,皮革パネルの接合部からの水分の浸入を防止し,かつ,皮革パネルの剥離を防止することで,耐久性を向上させることができる(段落【0013】)。
さらに,基本的に貼りボールであるから,真球性等において貼りボールと同等の品質が維持され,機械的な生産が可能である等の利点を有するものである(段落【0046】)。
2引用発明1について甲3の1(訳文として被告作成の甲3の2と,原告ら作成の甲20が提出されており,ここでは,基本的に甲3の2に沿って認定した。)によれば,引用発明1は,次のような発明であると認められる。
引用発明1は,サッカー等に用いるボールに関するものである(甲3の2の訳文2頁2行〜3行)。
このようなボール(縫いボール)は,一般に,縫合された外側の皮革片と,その中に収容された膨張可能な空気袋からなるが,手工業的に手作業で製造されるため,高価である。そこで,縫い目に似せた隆起部分(ただし,甲20の訳文では「縫いボールのものに近い浮き出し部」となっている。)を付与しようとして,縁端が装飾された皮革片を空気袋の上に直接接着することで,工業的にボールを製造することが考案された。しかし,そのようなボールは,皮革片がはがれる危険性を回避するために,膨張不可能な空気袋を製造する必要があり,また,その外面には,縫合されたボールと比べて低い隆起しか有しないという問題があった(甲3の2の訳文2頁4行〜13行)。
そこで,引用発明1のボールは,手工業的に実現されたボール(縫いボール)の外観を有することを目的の一つとするものであって,膨張可能な空気袋と,空気袋の表面に固着された皮革片からなる外被材を備えるタイプのものであり,皮革片は,空気袋の側を向くように定められた面において椀部を形成するように構成され,この椀部に,柔軟で弾性を有する材料が詰め込まれることを特徴としている(甲3の2の訳文2頁14行〜19行)。
皮革片8は,柔軟で弾性を有する材料11で充填される一種の椀部9を形成するように構成され,各皮革片8は,空気袋1の被覆材10の全表面を覆い尽くすように,互いに突き当てられるように置かれ,成形型12から抜き出されたボールは,手工業的に実現されたボール(縫いボール)に極めて類似した表面を呈する(甲3の2の訳文3頁10行〜11行,14行〜15行,25行〜27行)。
そして,甲3の1のFig.4には,皮革片8の椀部9がカップの形状をしており,皮革片8の中心部では比較的緩やかな曲線であり,周辺端面に近い領域ではより急カーブの曲線で,この急カーブの曲線となっている領域から周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線であって,空気袋1側が凹になるように曲がっている断面形状となっている様子が描かれている。また,Fig.6には,カップ形状の皮革片8が互いに隣り合って並べられ,周辺端面(裾の部分)のみが接している様子が描かれている。
3取消事由1について(1)原告らは,引用発明1には「急な曲面領域」は存在せず,これを境界とする中央部や周辺部も存在しないので,審決の引用発明1の認定は誤りであり,これに伴い,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとの一致点認定も誤りである旨主張する。
しかし,上記2で認定したとおり,引用発明1の皮革片は,周辺端面に近い部分において急カーブの曲線となっており,その部分を挟んで,中心部では比較的緩やかな曲線に,周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線となっているのであるから,審決が引用発明1について「急な曲面領域」を認定したことに誤りはなく,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとした一致点認定にも誤りはなく,この点に関する相違点の看過もない。
(2)原告らは,引用発明1の皮革片はカップ状の裾の部分しか接合しておらず,本件発明1の接合部とは異なっているので,「接合部」が設けられる点を一致点とした審決の認定に誤りがあると主張する。
上記1で認定したとおり,本件発明1は,皮革片の周縁部を折り曲げ,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着するという構成をとるものである。このように,本件発明1における「接合部」は,接着するための部位であるから,一定の領域を有する「面接触」を要するものと解される。これに対し,上記2のとおり,引用発明1は,カップ状の皮革パネルの裾部分(周辺端面)のみを接触させたものであり,接触している部分は線接触であると認めるのが自然である。
そうすると,引用発明1における皮革片の接触部は,接着するための接合部とはいえず,本件発明1における接合部に相当するということはできないから,この点を一致点とした審決の認定は誤りである。そして,「接合部」の有無は,皮革パネルの接着に関する相違点2の前提となるものであって,この点の相違も含めて相違点2についての本件発明1の構成の容易想到性を判断すべきなのに,審決はこれを怠っている。したがって,取消事由1は,理由がある。
4取消事由2について(1)上記1で認定したとおり,本件発明1の「折り曲げ部」は,縫いボールと同様の飛距離,グリップ性等を得るために,皮革パネル間に,縫いボールと同様の深くて狭い溝を形成するために採用された構成である。
これに対し,上記2で認定した内容によれば,引用発明1は,手工業的に実現されたボール,すなわち縫いボールに近い外観を有することを目的とするものであり,そのために,とりわけ隆起に着目し,隆起部分を有するボールとするために,皮革片を椀型(カップ状)に成形するという構成を採用したものと認められる。
このように,本件発明1と引用発明1は,貼りボールに縫いボールの特徴を取り入れようとする点では共通するものの,技術的着眼点は,本件発明1が飛距離等であるのに対し,引用発明1では外観であって,異なっている。また,貼りボールの外観を縫いボールに近付けるための手法としては,甲3の1に従来技術として記載された「縁端を装飾した皮革片を,空気袋に直接貼り付ける」手法,本件発明1のように「折り曲げ部」を設ける手法等,種々の構成が考えられるところ,引用発明1においては,上記のとおり「隆起部分」に着目した構成を採用したものであり,甲3の1の記載によっても,本件発明1のような,縫いボールと同様の深く狭い溝を形成するという思想は窺われないのであって,そのことに伴い当然のことながら,引用発明1と本件発明1とでは,採用された構成も異なっている。
(2)本件発明1の「折り曲げ部」の構成については,曲げる角度が90度よりも小さな角度になる場合も含まれると解されるが,縫いボールと同様の溝を形成するという発明の目的や,「折り曲げ」の語意を考慮すると,単に曲げられているだけでなく,相当程度大きな角度で曲げられるべきものと解される。そうすると,仮に,引用発明1の皮革片の周縁部分に「折り曲げ部」の構成を採用した場合,「折り曲げ部」において相当程度大きな角度で曲げられることになり,それよりも内側の部分は平坦に近い状態になってしまうから,大きな隆起を形成することができなくなり,引用発明1の「隆起部分」の形成という目的に反することになる。
(3)さらに,縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。
(4)小括以上の点を総合すると,引用発明1において,「曲げ部」を「折り曲げ部」とすることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるということはできない。
したがって,引用発明1について,本件発明1の相違点1に係る構成とすることが容易であるとした審決は誤りであり,取消事由2には理由がある。
5取消事由5〜11について上記4で説示したとおり,本件発明1に関する取消事由2には理由があるところ,本件発明2〜4,6〜9は,いずれも本件発明1の構成をすべて含むものであるから,取消事由2と同様の理由により,本件発明2〜4,6〜9に係る取消事由5〜11はいずれも理由がある。
第6結論以上のとおりであって,取消事由3,4について判断するまでもなく,本件発明1〜4,6〜9を無効とした審決は誤りであって,取り消されるべきものである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 清水節
裁判官 古谷健二郎