審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10007損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10024特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成19ネ10010特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10034特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 発明者 / 職務発明 / 発明行為 / 予約承継 / 共同開発 / 共同発明 / インターネット / 進歩性(29条2項) / 公知技術 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 技術的特徴 / 発明の利用 / 対抗要件 / 着想 / 実施料相当額 / 悪意 / クレーム / ライセンス / 抵触 / 参酌 / 技術的意義 / 置き換え / 同一の作用効果 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 侵害 / 損害額 / 販売数量(販売数) / 実施料 / 不法行為(民法709条) / 共同発明者 / 実施許諾(実施の許諾) / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / 釈明 / 不当に遅延 / 新たな無効理由 / |
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事件 |
平成
20年
(ネ)
10056号
各損害賠償請求控訴事件
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控訴人株 式会社東洋産業 訴訟代理人弁護 士清永利亮 同 中山福二 同 長沢幸男 同 長沢美 智子 同 甲斐順子 同 笹本摂 同 鈴木知幸 同 中村繁史 補佐人弁理 士岡部譲 訴訟代理人弁理 士越智隆夫 同 吉澤弘司 同 加藤浩一 被控訴人K DDI株式会社 訴訟代理人弁護 士尾崎英男 同 三尾美 枝子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/10/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1本件控訴を棄却する。 2控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1控訴の趣旨1原判決を取り消す。 2被控訴人は,控訴人に対し,4億円及び内1億円に対する平成18年10月22日から,内1億円に対する平成18年12月29日から,内2億円に対する平成18年12月21日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。 4 第2項につき仮執行宣言第2事案の概要【略称は原判決の例による。】1一審原告たる控訴人は,昭和62年11月9日に設立された株式会社であり,前記肩書地に本店を有し,不動産の売買,仲介,斡旋及び管理等を目的としている。 一方,一審被告たる被控訴人は,昭和59年6月1日に設立された株式会社で,電気通信事業法に定める電気通信事業等を目的としている。 2(1)控訴人は,平成17年2月ころ,下記内容の特許権(本件特許権)を権利者たるソフト流通株式会社(旧商号 東和建設株式会社,現商号 環境開発株式会社,昭和59年4月2日設立,本店所在地(旧)埼玉県富士見市,(新)埼玉県ふじみ野市代表取締役 A,会社の目的 不動産の売買・仲介・斡旋及び管理,コンピュータのソフトウエアの開発及び販売等,甲58,乙40)から承継取得し,現にこれを有している。 記特 許 番 号第3416621号発明の名称携帯電話機出願 日平成12年6月23日登録 日平成15年4月4日発明 者AB特 許 権 者ソフト流通株式会社(2)一方,被控訴人は,平成18年10月以前から,原判決別紙被告製品目録(以下「被控訴人製品目録」という。)記載1(製品名「W41SA」)・2(製品名「W45T」)・3(製品名「W43CA」)・4(製品名「W43H」)の各携帯電話を販売している。 3本件訴訟は,本件特許権を有する控訴人が被控訴人に対し,被控訴人の販売する各被控訴人製品は本件特許権を侵害するものであるとして,民法709条に基づき,各被控訴人製品の販売に係る実施料相当額の損害の一部として,各被控訴人製品の販売につきそれぞれ1億円(合計4億円)及び被控訴人製品1については平成18年10月22日から,被控訴人製品2については平成18年12月29日から,被控訴人製品3については平成18年12月21日から,被控訴人製品4については平成18年12月21日から各支払済みまで,民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 4原審の東京地裁における争点は,(1)各被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1),(2)本件特許は無効にされるべきものか(本件発明の進歩性の有無〔特許法29条2項,104条の3〕,争点2),(3)各被控訴人製品の構成は,本件特許の出願日より前の公知技術から容易に推考することができるから本件特許を侵害しないといえるか(自由技術の抗弁,争点3),(4)損害額(争点4),であったところ,同裁判所は平成20年5月30日,争点1に関し,被控訴人製品における「暗号化された固定値」は下記のとおり分説した本件発明の構成要件B2ないしB4にいう「番号識別子」には該当しないから,被控訴人製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属さないとして,その余の争点について判断することなく,控訴人の本件請求を棄却した。 そこで,これに不服の控訴人(一審原告)が本件控訴を提起した。 記A1 外部記憶媒体を着脱可能に装着する記憶媒体装着手段と,A2該記憶媒体装着手段に装着された外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しを行う記録読出し手段とを備える携帯電話機であって,B1 当該携帯電話機の自局電話番号を記憶する自局番号記憶手段と,B2前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体にデータを記録する際に,そのデータに関係付けて前記自局電話番号を識別するための番号識別子を当該データと共に記録させる番号識別子付加手段と,B3前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体からデータを読み出す前に,そのデータに関係付けられて記録された番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する判定手段と,B4前記関係付けられた番号識別子が前記自局電話番号に該当しない場合に,前記記録読出し手段による当該データの読出しを禁止する読出し禁止手段とを備えるCことを特徴とする携帯電話機。 5当審における争点は,上記争点1ないし4のほか,(5)本件発明の発明者は誰か(争点5),(6)ソフト流通株式会社はBから特許を受ける権利を承継していないから本件特許は無効とされるべきか(特許法38条,104条の3,争点6),である。 第3当事者双方の主張当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概要」及び「第3争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。 1当審における控訴人の主張(1) 各被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属する(争点1に関し)ア 本件発明における「番号識別子」の解釈(ア)「識別子」という用語の普通の意味は「対象が同じか違うかの区別ができる記号」である。 すなわち,「識別子」という用語の意義は辞典や用例ごとに多様であり,対象を「一意に」識別するという意味を前提にしない辞典や用例が多数存在する。また,本件出願当時の公開特許公報において,「一意の番号識別子」,「一意の識別子」,「固有の識別子」など多数の使用例があることからすれば,「番号識別子」又は「識別子」が「一意」という意味であるとは限らないというべきである。さらに,実際に「一意」の意味を含まない「識別子」の使用例が多々存在し,それぞれが一定の経緯や意義に基づき用語としての地位を確立し通常に用いられている。 このような状況によれば,「識別子」という用語について共通する意義は「対象が同じか違うかの区別ができる記号」というものであり,これが「識別子」という技術用語の普通の意味である。 (イ) 本件発明の「番号識別子」の解釈における明細書の参酌a本件明細書の発明の詳細な説明に基づく解釈本件明細書(特許公報,甲2)の発明の詳細な説明において,「番号識別子」という用語は自局電話番号そのもの又はこれが生成に関与した記号を指す用語として用いられている。 すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明の構成要件にいう「番号識別子」という用語は少なくとも自局電話番号を指す意味に用いられるが(段落【0005】,【0006】),これに限定されると解すべき記載は全く見られない。「番号識別子」には,自局電話番号及び判別フラグを所定の規則でコード化したうえでダウンロードデータに挿入したものも含まれる(段落【0026】)ところ,かかるコード化は「所定の規則」で行えばよいとされていることから,自局電話番号に他の変数を加える形のコード化を行う場合も「番号識別子」に含まれる。また,自局電話番号を何らかの方法で暗号化して用いる場合も同様に「番号識別子」に含まれる(段落【0026】。「コード化の規則をユーザに非公開とする」と記載されていることは,まさしく暗号化を意味している)。そして,いずれの「番号識別子」も少なくとも自局電話番号がその生成に関与しているという意味で,必然的に自局電話番号又はこれが生成に関与している記号が「番号識別子」に当たるということができる(自局電話番号が生成に関与している限り,他の情報が生成に関与していたとしても「番号識別子」該当性は否定されない)。 b本件発明の作用効果に基づく解釈本件発明の「自局電話番号を識別する」作用効果を奏するためには,電話番号を一意に識別する記号のみならず,対応する電話番号が一つしかない記号を用いる場合もある。 すなわち,「自局電話番号を識別する」という構成要件は本件発明の作用効果になっていることから,「番号識別子」の意義を確定するに際してはかかる作用効果との関係で整合的な解釈を行う必要がある。そして,電話番号を一意に識別する記号のみならず,対応する電話番号が一つしかない記号を用いる構成であっても「自局電話番号を識別する」との作用効果を充足することができ,対応する電話番号が一つしかない記号を用いる後者の構成も当業者にとって周知の技術であるから,「番号識別子」にはいずれの構成も含まれる。 したがって,本件発明の作用効果に鑑みれば,「番号識別子」の意義は,「電話番号が同じか違うかの区別ができる記号」と解釈されなければならない。 c構成要件の他の記載との整合性上記a及びbの結論は,構成要件B3の「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する判定手段」という記載とも整合する。 すなわち,「広辞苑(第5版)」における「該当」,「判定」等の各用語の定義(甲23)からすれば,構成要件B3は,「番号識別子が前記自局電話番号に関連する所定の条件に当てはまるかどうかを見分ける手段」と解され,これは「番号識別子」の意義を本件明細書の記載及び出願時の技術水準に基づいて普通に解釈する上記a及びbの主張と整合する。 (ウ) 「番号識別子」の解釈における原判決の誤りa「普通の意味」の確定の誤り上記のとおり,「識別子」の意義は「対象が同じか違うかの区別ができる記号」というものであり,少なくとも「識別子」の「普通の意味」が「一意に識別する」という内容を含むものとして確立しているとは到底認められない。そもそも,原判決が引用する「広辞苑第6版」は,当事者が証拠としていないばかりか,本件出願当時に出版もされていない文献である。本件出願当時の最新版である「広辞苑第5版」には「識別子」という用語自体掲載されていない。この点からも原判決の解釈が誤りである。 また,「ため」という助詞についても,「大辞林(第3版)」(甲24)においては「役に立つこと。利益になること。」という意味が記載されており,これを原判決が「目的として」と同義に解するのは,不当に用語の意義を狭く解するものである。 b本件発明の構成との明らかな矛盾本件発明の構成上,「・・・そのデータに関係付けて前記自局電話番号を識別するための番号識別子を当該データと共に記録させる」(本件発明構成要件B2),「そのデータに関係付けられて記録された番号識別子が前記自局電話番号に該当するかを判定し・・・」(B3),「前記関係付けられた番号識別子が前記自局電話番号に該当しない場合に・・・読出しを禁止する」(B4)と規定しており,本件発明の「番号識別子」はデータに関係付けられることが予定されている。そして,本件明細書において,「・・・何らかの形でコンテンツデータに関係付けて・・記録される構成であればよい。」と明記されていることから(段落【0027】),かかるデータとの関係付けにおいて,「番号識別子」がコンテンツデータに依存し,コンテンツデータごとに異なる値となってもよい。 したがって,「番号識別子」の意義につき「自局電話番号をただ一通りに見分けること」が必要であるとし,「暗号化された固定値」が「その他の情報」により異なる記号となり得ることから「番号識別子」ではないとする原判決の結論は,本件発明の構成上「番号識別子」がコンテンツデータに依存しコンテンツデータごとに異なる値となってもよいことと矛盾し,クレーム解釈として誤りである。 イ 被控訴人製品は,本件発明の技術的範囲に属する。 (ア) 構成要件該当性被控訴人製品の「暗号化された固定値」は固定値の復号を通じて自局電話番号に該当するかどうかを見分けることを目的とし,少なくともかかる機能を有するものであるから,「暗号化された固定値」が「電話番号が同じか違うかの区別ができる記号」に該当する。また,「暗号化された固定値」は電話番号及びその他の情報により生成された暗号鍵を利用して暗号化された記号であるから,「自局電話番号が生成に関与している記号」である。 したがって,「暗号化された固定値」は「番号識別子」であり,被控訴人製品は,本件発明の構成要件B2,B3,B4を充足する。 (イ) 被控訴人製品と本件発明には作用効果上の相違も存在しない本件発明及び被控訴人製品は,いずれも自局電話番号を利用して外部記録媒体に記録したデータがその記録を行った際の携帯電話機の自局電話番号以外の携帯電話機で利用されるのを禁止するとともに,同じ自局電話番号を維持すれば,携帯電話機の買換えや機種変更後でもデータを利用し得るという点で,全く同一の作用効果を有する。 なお,被控訴人製品においては,自局電話番号そのものではなく,「暗号化された固定値」を外部記録装置に記録することにより外部記録装置に接触した不正利用者が自局電話番号の情報を取得するのを防ぐという作用効果を奏するが,これは本件発明の作用効果と本質的に異なるものではない。なぜならば,暗号化技術そのものはあるデータの内容を知られないようにするための一般的な技術である。そして,本件発明においては,携帯電話機の自局電話番号という極めて重要な情報がコンテンツデータの読出しを判定するために利用されていることから,かかる情報を知られないようにするために何らかの形(自局電話番号を暗号化の変数とする場合なども含む)で暗号化技術を利用することは,当然に予想されるものである。したがって,暗号化技術が被控訴人製品に利用されSDカードに自局電話番号そのものが記録されないことは,被控訴人製品が本件発明の構成要件をすべて充足することを否定する理由にはならない。 ウ仮に「番号識別子」を原判決のとおり解釈したとても,被控訴人製品は本件発明の「番号識別子」の構成要件を充足する。 (ア)「暗号化された固定値」は「あらかじめ自局電話番号を見分けることを目的として設定された」ものである原判決は,本件発明における「番号識別子」とは「自局電話番号をただ一通りに見分けることを目的として使われる記号」「あらかじめ自局電話番号を見分けることを目的として設定されたもの」であると解釈する。 しかし,「暗号化された固定値」は,コンテンツデータを読み出す際に,正しい固定値に復号されるかどうかを見分けることだけではなく,固定値の復号過程を通じて,当該コンテンツデータの記録時と読出し時とで自局電話番号が同一であるかどうかを見分けることを目的としている。したがって,「暗号化された固定値」は,あらかじめ自局電話番号を見分けることを目的として設定されたものであって,本件発明の「番号識別子」に該当する。 原判決の判断は,被控訴人製品において「固定値」が暗号化される前提であらかじめ備わっており,したがって「暗号化された固定値」があらかじめ設定されているという事実を看過している。 被控訴人製品の「暗号化された固定値」は,偶々あるいは結果的に電話番号を見分ける機能を果たしている訳ではなく,正に自局電話番号を見分けることを目的として,あらかじめ設定されている。 (イ)「暗号化された固定値」は,自局電話番号を「ただ一通りに見分ける」ものであるa「その他の情報」の内容を参酌すること自体が許されない原審は,第9回弁論準備手続において,「その他の情報」の内容や構成が本件発明の侵害・非侵害の判断に影響を与えないことを当事者双方に確認し調書に記載した。これにより被控訴人は上記事実を自白したものである。 自白が成立したことをあえて調書に記載し,これを前提に当事者双方に対し主張立証を命じた裁判所が当該自白に反する認定をすることは,裁判所の訴訟指揮に対する当事者の合理的期待に反し,当事者に予期しない不利益な結論を下すものである。自白を含む審理過程を無視して,「その他の情報」の内容を参酌することは,釈明義務に反し許されない。 b「暗号化された固定値」がコンテンツごとに異なることは構成要件充足の妨げとならない本件発明の構成要件B2,B3,B4における「番号識別子」は,当該コンテンツデータが記録された状況下で,かかるコンテンツデータを前提にして自局電話番号を一通りに見分けることが可能な記号である。 そして,被控訴人製品においては,記録されたコンテンツデータを前提として,「暗号化された固定値」が正しい固定値に復号されるか否かでコンテンツの記録時と読出し時の自局電話番号が同一か否かを見分けているから,「暗号化された固定値」は「番号識別子」に該当するというべきである。 c「その他の情報」の内容の誤り控訴人の実験結果,被控訴人の応訴態度,被控訴人製品の一般利用者向け説明の内容,被控訴人製品の目的・作用効果などを総合すれば,被控訴人製品の通常の使用形態のもとでは,「その他の情報」は単なる定数又は暗号化技術・方式に関する固定データであることが認められ,同じ暗号化方式を採用した携帯電話相互間において「暗号化された固定値」を左右するのは自局電話番号だけである。 d「暗号化された固定値」が,「その他の情報」によって異なる値になり得るとしても,構成要件該当性の妨げとはならないことそもそも,「暗号化された固定値」が自局電話番号に依存しているという関係がある限り,「その他の情報」によって異なる値となり得ても「その他の情報」が一定となる利用状況(このような状況は,必ず存在する。)の下において,「暗号化された固定値」は自局電話番号のみに応じて定まる値になるので,結局「番号識別子」該当性が肯定される。 (ウ)「暗号化された固定値」は本件発明の「データに関係付けられて記録された番号識別子」に該当する本件発明の構成要件上の記載及び内容に照らして考えた場合,構成要件の充足性を判断する際には,「暗号化された固定値」が「データに関係付けられて記録された番号識別子」に該当するか否かを問題とすべきである。 そして,構成要件の記載から明らかなように,「データに関係付けられて記録された番号識別子」は電話番号の識別機能だけではなく,コンテンツデータとの関係付けという機能をも有しており,電話番号,コンテンツデータの両方と関係を有する情報であるといえる。 かかるコンテンツデータとの関係付けについて,本件明細書段落【0027】には,「・・・何らかの形でコンテンツデータに関係付けて・・記録される構成であればよい」旨明記されており,広く何らかの形で関係付けがあればよい。 したがって,本件発明における「データに関係付けられて記録された番号識別子」は,コンテンツデータとの関係付けのために,コンテンツデータに依存し,コンテンツデータごとに異なる値となるものも当然に含むものであり,「暗号化された固定値」は,「データに関係付けられて記録された番号識別子」に該当する。 (エ)「暗号化された固定値」は「当該記号をもって自局電話番号を見分けることができる」ものである被控訴人製品における「暗号化された固定値」は,「電話番号」を変数とする関数により導き出されるものであって,「固定値」を変数とする関数によっては導き出されない。すなわち,被控訴人製品において「自局電話番号から暗号鍵を生成する」という形式が採られていても,被控訴人製品の「暗号化された固定値」において変数は電話番号のみであって,被控訴人製品における「暗号化された固定値」は「暗号化された自局番号」に他ならず,「暗号化された固定値」には電話番号に関する情報が全て含まれている。 そして,固定値が被控訴人製品のすべての機種で同一である以上,「暗号化された固定値」を復号化して得られる値と,読出し時の携帯電話機に存在する「固定値」とを比べることによって,暗号鍵と復号鍵との生成に用いられている電話番号が同一であるかどうか(=記録時と読出し時とで,自局電話番号が同一であるか否か)が見分けられる。 (2)本件特許は無効にされるべきものではない(争点2のうち乙27発明に関し)ア 本件発明と乙27発明の相違本件発明が「自局電話番号を識別するための番号識別子」を用いているのに対し,乙27発明は「ディジタル情報の販売業者が管理する利用者固有の識別カード」を用いている点で両者は相違する。そして,乙27発明の利用者固有の識別カードは,?携帯電話機ごとに付与されるものではなく,機器とは無関係に発行されるものであること,?ディジタル情報の販売者が管理するものであること,?ディジタル情報の購入者のみに付与されるものであること,?ディジタル情報の種別毎に付与されること,?異なる携帯電話機間を移転しうるものではない,等の点で携帯電話機の自局電話番号とは異なり,このような相違点からすれば,乙27発明及び乙第15号証ないし乙第17号証に基づき携帯電話機の自局電話番号を識別コードとして用いる構成を想到することは困難というべきである。 イ乙27発明を乙第15号証ないし乙第17号証の携帯電話機に適用する動機はない乙27公報に記載されているのはパーソナルコンピュータ等であるのに対し(段落【0002】,【0042】),本件発明は携帯電話機の発明であるところ,携帯電話機は自局電話番号が付与されており,汎用のパーソナルコンピュータ等とは全く異なる性格を有する。そして,乙27公報には,携帯電話機に関する記載や示唆はないから,乙27公報に記載されたパーソナルコンピュータ等を携帯電話機に置き換えることは当業者にとって困難である。 また,乙第15号証ないし乙第17号証に記載された技術は,著作権保護機能を備えるメモリカードを用いてコンテンツの著作権保護を図るものであるものであるところ,著作権保護機能を有するメモリカードへの記録時に携帯電話機が重ねて何らかのコピー防止処理を行う必要はない。したがって,乙27発明のディジタル情報保護システムを乙第15号証ないし乙第17号証のような著作権保護機能を有するメモリカードを用いた携帯電話機に重ねて適用し得る動機はない。 さらに,乙27発明の識別コードは情報種別に応じて複数付与されうるものであるが,自局電話番号を情報種別に応じて付与するということは考えられないし,乙27発明の識別コードが記録されたカードは本体から着脱可能であり,カードを取り外してもパーソナルコンピュータ等の機能が損なわれるものではないのに対し,自局電話番号を携帯電話機から抜き去ってしまえば携帯電話機として機能し得ないことになる。このように,乙27公報に記載された著作権保護システムは携帯電話機とは相容れない構成を有しており,乙27発明の著作権保護システムを携帯電話機へ適用する動機は存在しない。 ウ 顕著な効果本件発明は,既存の自局電話番号を識別に用いることにより,コンテンツの著作権者の利用保護と携帯電話利用者の利益とを調整しつつ,さらにコンテンツデータの販売業者による識別コードの付与・管理を不要としてコンテンツの円滑な流通を促進する。 エ 小括上記のような本件発明と乙27発明の差異,乙27公報に示唆等が存在しないことなどに照らせば,本件発明は乙27発明から容易に想到できるものではない。 (3) Bは本件発明の発明者である(争点5に関し)被控訴人は,Bの過去の勤務先の調査結果から,本件特許公報に発明者として記載されている「B」は本件発明の真の発明者ではないと主張する。 しかし,本件発明の発明者はソフト流通株式会社(当時。以下「ソフト流通社」という。)の代表取締役であるAと同社に勤務していたBであるところ,出願人であるソフト流通社において,Bの名義を借りてまで真の発明者を隠しつつ,発明者が2人いるという前提で本件特許を出願する合理的理由は存在しない。真の発明者を隠したければ,Aだけを発明者として出願すればよいのであって,Bとの共同発明であることを明示して本件特許を出願しているということは,Bが本件発明に関与していたからにほかならない。Bが本件発明の共同発明者であることは,B,A及びソフト流通社の元従業員・役員であるCの各陳述書(甲58,59,75)から明らかであるが,本件特許の包袋(甲76)においても,共同発明者としてBの住所又は居所,及び氏名が明記されている。 なお,Bは,本田技研工業株式会社の創業者一族が代表を務めていた株式会社無限に勤務し,本田技研工業株式会社の和光研究所に出向してF1マシンの電子制御にかかわるコンピュータシステムの開発,セッティング等に従事していたから,Bが陳述書(甲59)において「大手企業の関連研究所に勤務していた」と述べていることに何ら不自然な点はない。 (4) 本件特許に特許法38条違反はない(争点6に関し)Bは,平成8年から平成16年まで,ソフト流通社にパソコン事業部課長として勤務し,パソコン教室の運営全般に及び指導に携わるとともに,ソフト流通社社長のAとともにシステム関連の技術開発に従事していた。本件発明はAが核心部分を着想し,Bのアイデアも付加した上で開発したものであるが,Bは,ソフト流通社に勤務する従業員として本件発明の開発に従事したので,その成果である本件発明は当然ソフト流通社の資産になると考え,本件発明の出願に先立ち,本件発明の特許を受ける権利をソフト流通社に譲渡した。これらの事実は,A,B及びCの各陳述書(甲58,59,75)から明らかであるが,Bとソフト流通社との雇用関係は,控訴人が平成22年7月26日の口頭弁論期日において証拠として提出した金融機関の給与振込記録(甲71の1〜7,72の1〜21),タイムカード(甲73の1〜12),休業損害証明書(甲74)によっても明らかである。したがって,Bがソフト流通社以外の企業に勤務していたことを前提とする特許法38条違反の主張は根拠がない。 (5) 損害額(争点4に関し)ア 被控訴人製品1について(ア)被控訴人は,被控訴人製品1を平成18年2月17日から販売し,平成19年2月25日における被控訴人製品1の稼働台数は42万1207台であり,被控訴人製品1は販売開始から約12か月間で42万1207台が販売されたから,1か月当たりの販売台数は3万5100台(42万1207台÷12か月,端数切り捨て)となる。したがって,被控訴人製品1の販売開始月(平成18年2月)から平成21年9月まで(43か月間)の販売台数は150万9300台(3万5100台)×43か月)となる。 (イ)被控訴人製品1の1台当たりの販売価格は5万円以上であるから,被控訴人製品1の平成21年9月までの総販売額は754億6500万台(150万9300台×5万円)以上である。 イ 被控訴人製品2〜4について(ア)被控訴人は,被控訴人製品2ないし4をいずれも遅くとも平成18年9月27日から販売し,1か月当たりの販売台数はいずれも被控訴人製品1の3万5100台とほぼ同数であるから,販売開始月(平成18年9月)から平成21年9月まで(36か月間)の販売台数の推計は,いずれも126万3600台(3万5100台×36か月)である。 (イ)被控訴人製品2ないし4は,いずれも1台当たりの販売価格が5万円以上であるから,被控訴人製品2ないし4の平成21年9月までの総販売額は,いずれも631億8000万円(126万3600台×5万円)以上である。 ウ 相当実施料率(ア)「実施料率第5版」(社団法人発明協会発行,甲56)によれば,被控訴人製品が属する技術分野であるラジオ・テレビ・その他の通信音響機器におけるイニシャルなしの実施料率は,昭和63年度〜平成3年度の間で3.4パーセントであったが,平成4年度ないし平成10年度の間では5.7パーセントに上昇している。また,本件発明は,コンピュータ制御に関する技術ということもでき,これに関する技術分野である電子計算機・その他の電子応用装置におけるイニシャルなしの実施料率は,昭和63年度ないし平成3年度の間で26.7パーセントであったのが,平成4年度ないし平成10年度の間では33.2パーセントに上昇している。 (イ)本件発明は,携帯電話機の電話番号に関連する番号識別子を用いて外部記憶媒体に記憶したデータの読み出しを制御するものであり,携帯電話機のユーザは機種変更などによって携帯電話機自体が変更されても,電話番号が変わらない限り新しい携帯電話機で以前の携帯電話機を使って購入したコンテンツの再生を行うことができる一方,コンテンツは番号識別子に関連付けられ,その番号識別子に対応する電話番号の携帯電話機でしか再生できないようになっており,コンテンツの不正流通が有効に防止される。これに対し,電話番号に関連しない識別子,例えば携帯電話機の製造番号をコンテンツと関連付けてコンテンツの著作権保護を実現することもできるが,このような仕組みでは機種変更等で携帯電話機が変更になった場合,以前の携帯電話機を用いて購入したコンテンツの再生ができなくなる。当該製造番号の変更情報を登録して変更前の携帯電話機で記録したコンテンツを再生できるような仕組みを設けることもできるが,そのためのユーザやシステム管理側の負担は大きい。その他,携帯電話機のユーザを運転免許証番号,保険証番号,住民票コードなどで識別する方法も考えられるが,登録や真偽確認の手続が煩雑であるなど,多くの問題が生じる。そうすると,本件発明は,携帯電話機のユーザが必ず持つことになる電話番号に関連した番号識別子を用いた極めて効果的な方法であるということができ,同様の効果を奏する他の有効な代替手段がない。 (ウ)「着うたフル」とは楽曲1曲をまるごとダウンロードできる音楽配信サービスであるところ,そのデータは1曲で約1.5メガバイトといった大容量のものであり,ユーザが多くの楽曲をダウンロードするためには当該データを外部メモリーに記憶させる必要がある。一方,外部メモリーに記憶した「着うたフル」のデータが他のユーザに簡単にコピーされるようではレコード会社各社が「着うたフル」のために楽曲を提供することができないので,十分な著作権保護の仕組みが必要となるところ,著作権保護の仕組みはユーザの使い勝手が悪いものであってはならず,携帯電話機の機種変更をした場合にも継続してデータを利用できることが必要である。本件発明は,上記の各要件を満たすものであり,「着うたフル」のサービスは本件特許技術を使用することによって初めて実現可能となったものである。 そして,ユーザが携帯電話機を購入する際のポイントとして「着うたフル」のダウンロード機能の存在が挙げられているところ,被控訴人は「着うたフル」のサービスを他の電話通信事業者より半年以上先行して開始し,このことが加入者拡大の原動力となった。したがって,本件特許技術は,被控訴人製品の魅力を高め,販売に大きく貢献しているというべきである。 また,電話通信事業者は,携帯電話機を販売するとその販売代金を受け取るだけでなく,ユーザによる携帯電話機の使用によって通信料や他のサービス料など二次的な収益を長期間にわたり取得することができる。すなわち,ユーザが「着うたフル」の大容量データをダウンロードすれば,電話通信事業者はその分多くの通信料を得ることができるし,ユーザが楽曲をダウンロードすると1曲当たり300円といった課金が発生し,そのうちの9〜15パーセントが電話通信事業者に分配されている。 携帯電話機には上記のような特殊性があるので,本件特許権の相当実施料率は一般的な電気製品と同じように考えるべきではない。 (エ) 小括以上のとおり,本件発明に係る技術分野の実施料率は通常5パーセント程度と考えられる上,本件特許に係る技術は携帯電話機にとって重要な機能であるとともに,企業収益に大きな貢献をしているから,本件特許権の相当実施料率は5パーセント以上である。 (オ) 被控訴人の主張に対する反論aパテントプールとの比較につきパテントプールは多数の特許群で構成され,これらの「特許群」によって初めて一つの機能が実現されるのに対し,本件特許は単体でコンテンツの著作権保護という有用な機能を実現することができ,パテントプールの中の1特許とは本質的に異なる。 また,パテントプールにおいてはその目的を実現するため実施料の額が抑制されている。すなわち,パテントプールは,当該規格の普及を促進して標準技術として定着させる目的で利用されることが多いところ,規格技術が極めて低額な実施料で利用可能であれば,その規格を使用する企業(ライセンシー)が増加し,これが市場で優勢な技術(規格技術)となり,最終的には公式な標準技術又は事実上の標準(デファクトスタンダード)となる。このことにより,当該規格に関する特許を保有する企業は,?ライセンシーの増加により1件当たりの実施料は少額でもトータルで大きなライセンス収入が期待できる,?自社の規格技術が標準技術になれば規格競争や主導権争いによる企業の疲弊を解消することができる,?標準化競争に敗れた場合には,当該規格技術の研究開発への投資が無駄になるとともに,標準となった別の規格技術に対する転換が必要となり二重投資となるが,自社の規格技術が標準技術になれば,このような非効率な投資を回避できる。加えて,ライセンス料を調整して参入障壁とならないよう低額に設定することは,独占禁止法に抵触することを回避するための有力な手段とされている。 さらに,パテントプールでは特許権者は自らもライセンシーになる必要があり,ライセンサーとしての自己の特許収益が減っても同時にライセンシーとしてのライセンス料の支払も抑制できるのでパテントプールに参加する意味がある上,個々の特許権者と個別に交渉する労力が省けるというメリットがあるが,パテントプールに参加していない控訴人はこのようなライセンス料の抑制を受ける立場にはない。 したがって,パテントプールとの比較は失当である。 b「MPEG-4 Visual」との対比につきパテントプールには,?基盤技術(新製品,新機能の基礎となる技術)に属するもの,?基盤技術とまではいえないが製品の性能向上に事実上必要なもの(改良技術),?製品の機能や効能の向上に役立つ付加価値技術であるものがあるところ,本件特許はコンテンツの著作権保護に関して回避が不可能な基盤技術に係る単体の基本特許であるのに対し,「MPEG-4 Visual」は付加価値技術である。 ちなみに,被控訴人製品においては,ムービーを動画ファイルとして扱うものであるが,動画ファイル・音声の符号化・複合化などユーザが満足するムービーの記録・再生を行うためは,「MPEG-4 Visual」以外のライセンスも必要である。 また,被控訴人は,「MPEG-4 Visual」パテントプールの実施料に関し,動画データを復号化(再生)して表示する「デコーダ」の部分しか考慮していない。しかし,本件特許がコンテンツの記録媒体への記録,記録媒体からのコンテンツの読み出しという一連の有用な機能をユーザに提供するものであることからすれば,動画の符号化・復号化(記録・再生)処理全体を比較対象とすべきであり,動画の符号化(記録)を行う「エンコーダ」部分の実施料も比較対象に含めるべきである。 c他の特許権の存在につき被控訴人製品において複数の権利が実施されているからといって実施料を減額すべきことにはならず,特許権の相当実施料を算定するに当たっては,他の特許権の存在は考慮すべきではない。 d携帯電話に関する実施料は,携帯電話事業の収益全体の割合で考えるべきである。すなわち,被控訴人は,特許の実施料は,製品を製造・販売して実際に事業を行うことが可能な金額であることが前提であると主張するが,携帯電話事業は,携帯電話機を販売して得られる金額のみならず,販売した携帯電話機がユーザに使用されることによって通話料や通信費をはじめとする多くの利用料を得ることができる特殊な事業形態となっている。したがって,携帯電話事業については,「実際に事業を行うことが可能な金額」は,携帯電話機の販売収益ではなく,通話料等を含めた携帯電話事業全体の収益を基準として考えるべきである。したがって,他の製品では実施料を含む製造原価が販売額に近づけば利益が減少し,その事業を存続させることが困難になるが,携帯電話事業に関しては上記の特殊性のために実施料を積み上げた結果,製造原価が販売額を超えてもそのことが直接,当該事業を困難にさせることにはならない。 (6)被控訴人の当審の主張には,時機に遅れた攻撃防御方法に該当するものがある。 ア被控訴人は,平成21年9月15日の第4回口頭弁論期日において,新たな無効理由の主張はしないと明言しながら,これを翻して乙27発明との間における無効理由を主張した。控訴審の審理が侵害論に入った後,新たな無効理由を主張することは時機に遅れた攻撃防御方法の典型であり不適法な主張として却下されるべきである。 イ裁判所が侵害論の審理を遂げ,損害論につき審理を尽くす旨の明確な訴訟指揮をしているにもかかわらず,被控訴人はこれを意図的に無視し前記のとおり特許法38条違反による本件特許の無効の主張をしている。このような主張は,特許法104条の3第2項,民訴法157条1項により却下を免れない。 2 当審における被控訴人の主張(1) 被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属しない(争点1に関し)ア 本件発明における「番号識別子」の解釈特許法におけるクレーム(特許請求の範囲)解釈の基本は,当該クレーム文言(特許請求の範囲に記載された文言)が明細書中で特別の定義を与えられている場合でない限り,当業者が通常理解する意味によって解釈するということであり,特許法70条2項により当業者の通常理解する意味がさらに明細書の記載の参酌によって限定解釈されることはありうるが,クレーム文言(特許請求の範囲に記載された文言)の意味が当業者の通常理解する意義を超えて拡張的に解釈されることは許されない。 原判決は,本件発明の「番号識別子」,すなわち「電話番号の識別子」における「識別子」を文言どおりに解釈したのであり,限定解釈はしていない。しかも,本件明細書における「番号識別子」の用語は,コンピュータ技術の分野の当業者の理解する「識別子」の意味にしたがって使用されている(実施例における記録電話機の電話番号自体のデータ,あるいは電話番号を所定の規則でコード化したデータは,読出し電話機の電話番号を記録電話機の電話番号と一致するか否かによって識別するために使用される。)。 一方,控訴人のクレーム解釈の主張は,被控訴人製品においてもコンテンツを記録した携帯電話機と同じ電話番号の携帯電話機でのみコンテンツの読み出しができるから,そのときにコンテンツと共に外部記憶媒体に記録されているデータは「番号識別子」であるというものである。つまり,結果として電話番号によって区別された処理がなされるから「番号識別子」であるというような主張である。このような解釈は,当業者が理解する普通名詞の「識別子」の意味とは全く別のものである。 被控訴人製品の「暗号化された固定値」は,コンテンツを読出そうとする携帯電話機の有する暗号鍵が,コンテンツを記録した携帯電話機の暗号鍵と同一かどうかを調べるためのデータであって,それが当業者の理解する「電話番号の識別子」に該当しないことは明らかである。 イ原判決のとおり「番号識別子」を解釈しても,被控訴人製品は本件発明の「番号識別子」の構成要件を充足するとの主張に対し(ア)原判決64頁21行〜末行の記載を全体として読めば,原判決は「番号識別子」が電話番号を見分ける目的であらかじめ設定されており,かつ,これを用いる体系において,当該記号をもって自局電話番号を見分けることができるものであると解釈している。 控訴人は,原判決の記載から「見分けることを目的」や「あらかじめ」という表現だけを取り出して,しかもこれを原判決が「識別子」について用いている意味とは異なる意味に主張しているにすぎない。原判決の解釈の一部分だけを都合よく被控訴人製品の「暗号化された固定値」に対応させて,原判決の解釈によっても「暗号化された固定値」は「番号識別子」に該当すると主張しているにすぎない。 (イ)a控訴人は,原審における平成20年2月12日の第9回弁論準備手続期日における調書の記載を理由に,自白が成立したとか原判決が同調書の記載に反し釈明義務違反があるというような主張をしている。 しかし,平成20年2月12日の第9回弁論準備手続期日における調書の記載がなされた経緯は以下のとおりである。すなわち,被控訴人製品に関する原審における審理は,平成18年11月30日付け答弁書に別紙として添付した「被告製品説明書」に記載された被告製品の構成に基づいて進められたが,平成19年秋に原審裁判所より「被告製品説明書」の中に記載されている「その他の情報」の具体的内容を知りたいとの要望が出された。「その他の情報」の具体的内容は被告の秘密情報であるため,被控訴人(被告)は,その開示を受ける者に対する秘密保持命令が発令されることを条件として「その他の情報」の具体的内容を記載した「秘密情報開示書」を提出する意思を表明したが,控訴人(原告)は秘密保持命令が発令されることを嫌がり,「その他の情報」の具体的内容は知りたくないと強く主張したので,平成20年2月12日の第9回弁論準備手続における調書の記載となったのである。被控訴人(被告)は,答弁書と共に「被告製品説明書」を提出したときから,本件の非侵害論を主張するために「その他の情報」の具体的内容までは必要ないと考えていたので,同調書の記載のとおり確認をしたのである。つまり,同調書において被告が確認したのは,「その他の情報」の具体的内容は本件の審理において必要がないので,同内容を開示する必要がない,ということであった。 原判決は,被控訴人が準備した「秘密情報開示書」に記載された「その他の情報」の具体的内容に基づいてなされたものではなく,口頭弁論期日において正式に陳述された本件訴訟記録に基づいてなされており,控訴人のいうような自白に反する認定や釈明義務違反は全くない。すなわち,被控訴人製品において,「暗号化された固定値」がコンテンツごとに異なること,及び「暗号化された固定値」は電話番号と1対1に対応していないので,その理由によっても本件発明の「番号識別子」に該当しないという被告の主張は,口頭弁論期日において正式に陳述された平成19年11月22日付け被告第4準備書面第2に記載されている。したがって,控訴人の原判決に対する手続上の批判は当たらない。 bまた控訴人は,「暗号化された固定値」がコンテンツごとに異なることは「番号識別子」該当性の妨げにならないと主張する。 しかし,「番号識別子」は,そのデータ自体の判定によって自局電話番号を一通りに見分けることが可能な記号であるのに対し,被控訴人製品の「暗号化された固定値」は,そのデータ自体の判定によって自局電話番号を一通りに見分けることが可能な記号ではなく,正しい固定値に復号されるか否かで読出電話機の電話番号が記録電話機の電話番号と同一か否かを見分けている。 なお,原判決が,被控訴人製品においては記録側の電話番号が同じであってもコンテンツごとに「暗号化された固定値」が異なることを指摘したのは,コンテンツ毎に異なる「暗号化された固定値」が「その他の情報」に依存して生じているので,同一の電話番号であっても「異なる対象」として認識される可能性があり,その理由から「番号識別子」たり得ないことを追加的に指摘するためであったと考えられる。 c「その他の情報」は自局電話番号と共に暗号鍵の生成に用いられる変数である。そして,「その他の情報」は,コンテンツ毎に異なる暗号鍵を生成するものであるから,「その他の情報」が一定となる利用状況は存在しない。 (ウ)控訴人は,「暗号化された固定値」は本件発明の「データに関係付けられて記録された番号識別子」に該当すると主張するが,特許請求の範囲に記載された「データに関係付けられて記録された番号識別子」とは,「番号識別子」が「データに関係付けられて記録」されていることを規定するものであり,「番号識別子」がデータに関係付けられて記録されていることは「番号識別子」自体の解釈とは別のことである。 (エ)控訴人は,「当該記号をもって自局電話番号を見分けることができる」ものであると主張するが,被控訴人製品の「固定値」は全ての製品に共通の定数であり,固定値を暗号化することはこの定数を秘匿することにあるのではない。被控訴人製品において「固定値」を暗号化し,「暗号化された固定値」をコンテンツデータとともにSDカードに記録する目的は,コンテンツデータをSDカードから読み出そうとする携帯電話機の持つ復号鍵が当該コンテンツデータを記録した携帯電話機の暗号鍵と同一か否かを調べることにある。 このように,被控訴人製品における固定値自体は特に内容的に意味のあるデータではなく,秘匿の対象でもなく,読出し電話機が「暗号化された固定値」を正しく復号できるか否かを判定するために用いられる数値にすぎない。したがって,「暗号化された固定値」もそれ自体が何らかの意味を持つデータではない。「暗号化された固定値」からは暗号鍵を導き出すこともできなければ,暗号鍵を生成するために使用された電話番号を導き出すこともできず,要するに「暗号化された固定値」の内容自体には何の意味もない。「暗号化された固定値」を正しく復号して得られるのも,それ自体に内容的な意味のない「固定値」だけである。 以上のとおり,被控訴人製品は,記録電話機の電話番号に関係する情報を外部記憶媒体に一切記録することなく,「暗号化された固定値」を正しく復号できるか否かで,読出し電話機の復号鍵が記録電話機の暗号鍵と同一か否かを判断する技術を用いている。 ウ 当業者の理解する「識別子」の意味(ア)「識別子」はコンピュータ技術の分野で用いられる用語・概念で,英語ではidentifierと表現され,IDと略称されることも多い。例えば,多くの個人情報を扱うコンピュータシステムを設計するときに,それぞれの個人を識別するために,「氏名+生年月日」のデータを用いると決めておくならば,「氏名+生年月日」として定義されたデータが個人の識別子である。実際のコンピュータが処理するのは,「氏名+生年月日」を1と0の2進値で表したデータであるが,その判定は,数値データの照合,すなわち2進データが一致するか否かで行う。コンピュータは短い時間に膨大な量の演算を行うことができるが,個々の演算処理は単純で,2つのデータを各桁毎に比べて,同じか同じでないかを判断するだけである。上記の個人情報を扱うコンピュータシステムで,ある個人識別子のデータが入力されたときに,それをコンピュータの持っている識別子の定義情報(それぞれの個人の「氏名+生年月日」の2進値データのリスト)と比べて,一致するものがあれば,当該コンピュータシステムはその個人識別子のデータによって識別される個人を認識することが出来る。 本件特許において記録・読み出しデータと関連付けて外部記憶媒体に記録される「番号識別子」も,当該データを記録した携帯電話機の電話番号を識別するように定義されたデータであり,当該データを読み出そうとする携帯電話機の電話番号と一致するか否かを判定するために用いられる。すなわち,外部記憶媒体に記録されるのは「番号識別子」であり,そのデータは予めなされた定義にしたがって記録電話機の電話番号を表しており,読み出し電話機の電話番号と一致するか否かで該当性を判定できる情報である。これは,当業者の理解する「識別子」の概念と全く合致している。 したがって,本件発明では,外部記憶媒体に記録されている「番号識別子」のデータ自体が,所定の定義に従って,所定の電話番号と一致するかどうかが判定される。外部記憶媒体に記録されているデータ自体が所定の電話番号と一致するか否かの判断対象でないならば,そのデータは「番号識別子」ではない。 (イ)これに対し,被控訴人製品において外部記憶媒体に記録・読み出しデータと関連付けて記録される「暗号化された固定値」は,電話番号を表したデータではない。このデータを復号して得られるのは「固定値」である。外部記憶媒体に記録されているデータは,復号されて,所定の固定値と一致するか否かが判断されるだけである。 被控訴人製品では,電話番号を表したデータを外部記憶媒体に記録することはせず,読み出し電話機が「暗号化された固定値」を復号して所定の「固定値」を得ることができるかどうかを判断している。電話番号は,その他の情報とともに暗号鍵(復号鍵)の生成に使用されるが,正しい復号鍵を持っている携帯電話機にだけ記録・読み出しデータの読み出しを許可するのが被控訴人製品の方式である。本件発明のように,電話番号を表したデータを外部記憶媒体に記録するのは,セキュリティの観点から実際の製品では採用できない。 被控訴人製品における「暗号化された固定値」のデータは電話番号の識別子ではなく,読み出し電話機が正しい復号鍵を有しているか否かを判断するために用いられるデータである。本件特許の「番号識別子」が「暗号化された固定値」をも含むという結論を導くクレーム解釈は,「金属の部材」がプラスチックの部材を含むという解釈と同様に,「識別子」というクレーム文言の意味する範囲を逸脱した誤った解釈である。 (2)本件特許は無効にされるべきものである(争点2のうち乙27発明に関し)本件発明は,周知の携帯電話機と特開平7-273759号公報(発明の名称「ディジタル情報保護システム及びディジタル情報保護方法」,出願人日本電信電話株式会社,公開日 平成7年10月20日。以下,この文献を「乙27公報」といい,これに記載された発明を「乙27発明」という。乙27)記載の技術とを組み合わせることにより容易に想到することが可能であったから,特許無効審判により無効とされるべきものであって,本件特許権に基づく権利行使は許されない(特許法104条の3)。 ア 乙27公報には以下の趣旨の記載がある。 ・「乙27発明は,受信したディジタル情報を媒体に出力して使用する場合に,正規利用者のみが使用でき,不正使用を防止し,著作権の保護が可能なディジタル情報保護システムを提供することを目的としている。」(段落【0006】)。 ・「乙27発明のディジタル情報保護システムは,利用者固有の識別コードを格納する識別コード管理手段10,利用者固有の識別コードを格納する情報記録手段20,受信したディジタル情報に,識別コードを付与して情報記録手段20に記録する記録制御手段33,識別コード管理手段10に格納されている識別コードと,情報記録手段20に記録されている識別コードを照合する照合手段34,情報記録手段20から情報を読み出す出力手段35を有する。」(段落【0008】)。 ・「照合手段34は,識別コード管理手段10の識別コードと,情報記録手段20に記録されている識別コードが一致するか否かを判定し,出力手段35は,照合手段34により識別コードが一致した場合に情報記録手段20に格納されているディジタル情報を読み出して,出力する。」(段落【0010】)。 ・「記録制御手段33は,識別コードを情報記録手段20に記録する際に,識別コード管理手段10の識別コードをパラメータとして特定関数で変換した値を付与してからディジタル情報と共にパッケージ媒体である情報記録手段20に記録する。」(段落【0011】)。 ・「乙27発明のディジタル情報保護システムにおいて,受信したディジタル情報に,識別コード管理手段内に格納されている識別コードを付与して,パッケージ媒体に記録し(ステップ1),パッケージ媒体に記録されているディジタル情報を利用する際に(ステップ2),識別コード管理手段内の識別コードとパッケージ媒体に記録されている識別コードを照合し(ステップ3),一致した場合には,パッケージ媒体からディジタル情報を読み出して出力し(ステップ4),一致しない場合は出力を禁止する。」(段落【0015】)。 イそこで,乙27公報に記載された著作権保護技術と本件発明の構成とを比較すると,本件発明の各構成要件要素と乙27の構成要素は次のとおりの対応関係にある。 本件発明乙27発明外部記憶媒体記録情報手段20自局電話番号利用者固有の識別コード自局電話番号記憶手段識別コード管理手段10番号識別子識別コード(あるいはそれをパラメータとして特定関数で変換した値)番号識別子付加手段記録制御手段33判定手段照合手段34そして,乙27公報段落【0015】の記載によれば,乙27発明のディジタル情報保護システムにおいては,受信したディジタル情報に識別コード管理手段(実施例では利用者が有するカード)内に格納されている識別コードを付与してパッケージ媒体に記録する(ステップ1)。また,段落【0011】の記載によれば,記録制御手段33は,識別コードを情報記録手段20に記録する際に,識別コード管理手段10の識別コードをパラメータとして特定関数で変換した値を付与してからディジタル情報と共にパッケージ媒体である情報記録手段20に記録する。したがって,識別コードが自局電話番号に限定されていない点を除いて,乙27発明は構成要件B2と同じである。 また,段落【0015】の記載によれば,乙27発明のディジタル情報保護システムにおいて,パッケージ媒体に記録されているディジタル情報を利用する際に(ステップ2),カード内の識別コードとパッケージ媒体に記録されている識別コードを照合する(ステップ3)。ここで,乙27におけるカード内の識別コードは,本件発明のデータを読み出そうとする携帯電話機の自局電話番号記憶手段に記憶された自局電話番号に相当する。また,乙27発明におけるパッケージ媒体に記録されている識別コードは,本件発明のデータに関係付けられて記録された番号識別子に相当する。したがって,識別コードが自局電話番号に限定されていない点を除いて,乙27は構成要件B3と同じである。 さらに,乙27公報の段落【0015】の記載によれば,乙27のディジタル情報保護システムにおいて,(ステップ3)の照合の結果,一致した場合はパッケージ媒体からディジタル情報を読み出して出力し(ステップ4),一致しない場合は出力を禁止する。すなわち,本件発明の自局電話番号に相当するカード内の識別コードと本件発明の番号識別子に相当するパッケージ媒体に記録されている識別コードが一致しない場合は,データの出力が禁止される。したがって,識別コードが自局電話番号に限定されていない点を除いて,乙27は構成要件B4と同じである。 ウ 本件発明の進歩性の欠如上記のとおり,乙27発明の著作権保護技術は,利用者固有の識別コードが自局電話番号に限定されていない点を除いて本件発明と同じである。 周知の携帯電話機(例えば,乙15〜17)においては外部記憶媒体に記録する配信音楽データの著作権保護の必要性はよく知られていたから,以下に述べるように,乙27の利用者固有の識別コードとして自局電話番号を採用して,乙27の著作権保護技術を周知の携帯電話機に適用して本件発明を想到するのは容易である。したがって,本件発明には進歩性がない。 すなわち,乙27公報には,識別コードがディジタル情報の販売業者が管理するものであるとの記載がある。しかし,乙27発明において,利用者固有の識別コードをディジタル情報の販売業者が管理するのは,利用者固有の識別コードを用いて情報記録手段20に記録されたディジタル情報を不正使用から保護する場合のひとつの態様にすぎず,乙27発明において情報記録手段(外部記憶媒体)に記録されるディジタル情報の著作権を保護する方法の本質的な内容が正当な利用者固有の識別コードを用いることにあるのは,乙27発明から自明のことである。つまり,識別コードがどのような形で管理されていようとも,正当な利用者に割り当てられた固有の識別コードが識別コード管理手段10に相当する記憶手段に記憶されることによって,乙27発明の著作権保護技術が技術的に成り立つことは,乙27公報から明らかである。 そして,周知の携帯電話機では外部記憶媒体に記録するデータの著作権保護が必要とされるので,データの記録とともに正当な利用者に割り当てられた固有の識別コードを記録媒体に記録する乙27発明の著作権保護技術を携帯電話機に適用するときに,利用者に割り当てられた固有の識別コードとして,携帯電話において利用者に割り当てられた固有の識別コードである携帯電話番号を用いるのは極めて容易である。 そうすると,本件発明は周知の携帯電話機と乙27発明の著作権保護技術に基づいて容易に想到されるので,本件特許は特許法104条の3により,権利の行使が制限されるべきものである。 (3) Bは本件発明の発明者ではない(争点5に関し)本件発明の共同発明者とされている「B」について調査をしたところ,本件特許の出願日である平成12年6月当時,本件特許公報に記載されている住所に「B」という人物が居住していたことが確認された。しかし,Bの陳述書(甲59)には「B」が「大手企業の関連研究所に勤務していた」ことが記載されているものの,控訴人の調査によればBが大手企業の関連研究所に勤務していたことはない。本件特許公報に発明者として記載されているBは控訴人の主張する大手企業の関連研究所に勤務していた発明者「B」ではなく,発明者が誰であるかは不明である。 (4) 本件特許に特許法38条違反の有無の無効理由がある(争点6に関し)ア控訴人は,本件発明の共同発明者とされているBは,大手企業の関連研究所に勤務した後ソフト流通社に転職し,平成8年1月から9年間同社の従業員として勤務し,その間にその業務としてAと本件発明を共同開発したと主張する。しかし,控訴人は,被控訴人の求釈明にもかかわらず,Bの陳述書(甲59)を提出したのみで,ソフト流通社とBとの雇用関係を示す客観的な証拠は提出しない。仮にBとソフト流通社の間に雇用関係が存在せず,Bが上記大手企業又はその関連会社に雇用されていたとすれば,原始的にBに帰属した本件発明について特許を受ける権利は上記大手企業に予約承継されていることになる。 イ同一の権利を同一の譲渡人から承継した複数の者の法律関係を,譲受人間では取引の時間的先後ではなく,対抗要件の具備によって決定する法律制度は,いうまでもなく,取引の安全を目的としている。譲受人となろうとする者は対抗要件を備えた第三者がいないことを確認すれば安全に取引を行うことができる。特許を受ける権利の譲受についても,取引の安全を考慮して特許出願を行うことを対抗要件としたのが特許法34条1項である。 しかし,特許法35条の職務発明について,使用者の勤務規則等によって,従業者の使用者に対する予約承継がなされている場合は,その後当該従業者から第三者への当該職務発明の承継と特許出願がなされたとしても,特許法34条1項の対抗関係とはならないと解すべきである。確かに,従業者の発明行為によって特許を受ける権利が原始的に従業者に帰属し,その権利が予約承継に基づいて発明時に直ちに使用者に承継されるという法律構成がとられているが,職務発明の実体は使用者企業の研究開発活動の成果であり,その法律上の権利は使用者である企業に帰属することが通常当然に想定されている。予約承継という制度が職務発明に限って認められていること自体が,単に従業者から使用者に対する個別の承継の意思表示の合致を不要とすることによる事務負担の軽減のみならず,職務発明について特許を受ける権利が不法に従業者から第三者に譲渡され,特許出願されることによる使用者企業の損害を防止することを目的としているものである。すなわち,職務発明についての特許を受ける権利を,当該使用者企業からではなく,従業者個人から承継を受けることに関しては,第三者には取引の安全を保護する法制度は存在しないと考えるべきである。 もし,第三者が他の企業の従業者から職務発明を譲り受ける取引の安全が,特許法34条1項で保護されているとするならば,使用者企業が従業者から職務発明の報告を受けて特許出願をする前に,第三者が特許出願をすれば,法律上当該第三者やその転得者が特許を受ける権利を確定的に取得できることになる。使用者企業は従業者から職務発明の報告を受ける前に特許出願することは不可能であるから,第三者の特許出願に対抗することができない。もし,我が国の特許法が職務発明についてもこのような第三者の「取引の安全」を保護する制度を採用していたとするならば,企業は,従業者のなした職務発明の特許権が第三者に取得されるという極めて重大な法的リスクを抱えていることになる。しかし,我が国の特許法がこのようなリスクを有する制度であると認識されたことはなく,それはとりもなおさず,職務発明の予約承継と第三者の承継は対抗関係にはないということである。 ウ仮に,職務発明の予約承継も従業者から使用者への特許を受ける権利の承継という形式を伴っていることから,使用者と第三者は二重譲渡の対抗関係にあるとしても,第三者は取引の安全の保護を受ける資格のない「背信的悪意者」であるから,第三者が特許出願を行なっていても使用者企業に対抗できず,使用者企業は特許出願をすることができる。また,使用者企業は特許出願をしない選択もできるのであるから,使用者企業が特許出願を選択しないことは第三者の特許出願が有効となって第三者が対抗要件を備えることを意味しない。 上記のとおり,予約承継がなされている職務発明の実体は企業の研究開発成果であり,当該企業はその成果を特許権として権利化するかどうかの選択権を有するばかりでなく,第三者が当該成果の特許権を承継取得しないことによる利益をも有している。したがって,対抗関係を前提とした解釈の下で,使用者企業が対抗要件を備える意思を有しない場合であっても,第三者の対抗要件が有効となるのではなく,使用者企業が当該第三者に対する当該職務発明の承継を承諾しない限り,当該第三者は有効な特許出願をしていないと解されるべきである。 そもそも,前記のとおり,予約承継されている職務発明を,本来の実体的権利者である使用者企業からではなく,従業者個人から承継を受けようとする第三者は,特段の事情がない限り,取引の安全を保護する必要のない背信的悪意者であると推認されるべきである。 エそして本件発明の共同発明者であるBが大手企業の関連研究所のような「他企業」に勤務していた場合,本件発明が予約承継された職務発明である可能性が極めて高く,上記イの特許法34条1項の適用がないという法解釈の下では,「B」の発明についての特許を受ける権利は「他企業」に予約承継され,本件特許出願人であるソフト流通社は本件発明の「B」の発明分について特許を受ける権利を有していないので,本件特許には特許法38条違反の無効理由がある。 また,上記ウの,特許法34条1項の適用があるが「背信的悪意者」の場合は対抗要件を主張できないという法解釈の下では,「B」の発明についての特許を受ける権利の承継は二重譲渡の関係にあるが,ソフト流通社は,当時,真の発明者が特許明細書に記載したBではなく,「他企業」の研究部門に勤務する者であることを認識していたとすれば,真の発明者による本件発明が「他企業」の職務発明としてなされたものであることを容易に認識しえたはずである。したがって,ソフト流通社及び同社から本件特許の譲渡を受けた控訴人は,「背信的悪意者」として,ソフト流通社が特許出願をしたことを当該「他企業」に主張できない。さらに,ソフト流通社は当該「他企業」から本件発明について特許出願して本件特許を取得することの承諾を得ていないから,本件特許出願は特許法38条違反の出願であり,本件特許には無効理由がある。 (5) 損害額の主張に対し(争点4)ア 販売台数及び販売金額被控訴人製品1〜4のそれぞれの販売期間における販売台数及び販売金額,並びにそれらの販売台数及び販売金額の合計は,以下のとおりである。 型番販売期間販売台数販売金額●●●●●●●●●●●●●●●W41SAH18.2.22 - H18.10.22●●●●●●●●●●●●●●●W45TH18.9.29 - H18.12.29●●●●●●●●●●●●●●●W43CAH18.9.21 - H18.12.21●●●●●●●●●●●●●●●W43HH18.9.21 - H.18.12.21合計台円1,545,75365,536,075,200控訴人の主張する被控訴人製品の販売台数及び販売金額は上記販売台数及び金額と大きく相違しているが,その最も大きな原因は販売期間が異なるほか,控訴人が平成19年2月25日における被控訴人製品1の稼動台数を示す数量から1か月当たりの販売台数を3万5100台と算出し,これに被控訴人製品1の場合は43か月を掛け,被控訴人製品2〜4の場合は各々36か月を掛けていることにある。しかし,携帯電話機は発売後のライフサイクルが短く半年くらいで後継機種が販売されるので,販売台数はそれとともに急減する。それにもかかわらず,控訴人の行ったように,ある時点の稼動台数を12か月分の販売数と推定し,それに基づいて43か月分や36か月分の販売数量を比例按分して計算すれば,当然過大な数量になる。 イ 実施料率(ア)被控訴人製品のような携帯電話機の場合,その技術領域は極めて広範であり,1台当たり1000件程度という膨大な数の特許が1つの製品に関係しているという,他の商品とは顕著に異なる特徴があるところ,これらの多数の特許の実施料を合計した金額が実施許諾を受けようとする者の事業を可能とする金額であるようにそれぞれの特許の実施料は設定されるべきである。 (イ)携帯電話機で実施される技術には様々な規格が存在し,規格に関係する特許のライセンスが必要となるところ,これらの規格技術の中には,複数の企業の特許が関係しているためにその一括ライセンスを目的としてパテントプールが形成されているものがある。携帯電話機に関係する規格技術の代表的なパテントプールとその実施料の規定は次のとおりである。 ?W-CDMA通信規格(通信技術関係)3GPP(第3世代パートナーシッププロジェクト)が策定したW-CDMA(3G)通信規格に関するパテントプールで実施料は1.0〜2.0ドル/台。対象特許件数は300ファミリー。 ? G.729音声圧縮技術(音声圧縮技術関係)ITU-T国際標準として選択された音声信号データの圧縮技術に関するパテントプールで実施料は0.30〜1.45ドル/チャンネル。対象特許は未公開。 ?MPEG-4 Visual規格(ISO/IEC14496-2)携帯電話やインターネット等の画像信号に用いられる画像信号データの圧縮技術に関するパテントプールで,実施料は年間5万台を超える分について0.24〜0.25ドル/台(ただし,上限は110万ドル)。対象特許は939件であり,うち日本特許は149件。 ?AVC/H.264規格(ISO/IEC14496-10)ワンセグ放送,モバイル放送などに用いられる画像データの圧縮技術に関するパテントプールで,実施料は年間10万ユニットを超える分について500万ユニットまでは0.20ドル/ユニット,500万台ユニットを超える分について0.1ドル/ユニット(ただし,上限は年間500万ドル)。対象特許は1021件。 ?MPEG-2システム規格(ISO/IEC13818-1)(データ伝送・蓄積技術関係)デジタル放送(ワンセグ放送を含む)などに用いられるデータ伝送方式等の規格技術に関するパテントプールで,受信機1台当たり20円。対象特許は196件。 ?ARIB規格(地上波デジタル放送技術関係)社団法人電波産業会(ARIB)が策定した,ワンセグ放送を含む地上波デジタル放送に関する規格技術のパテントプールで,ワンセグ放送のみの電話機搭載端末の実施料は1台50円。対象特許は315件。 ?MPEG-4 Audio規格低いビット率で高い品質の音声信号を伝送することのできる音声信号の圧縮技術に関するパテントプールで,実施料は2006年(平成18年)時点で1000万台までは1台当たり0.334ドル,1000万台から2000万台までは1台当たり0.13ドル。ライセンサーは13社であり,特許件数は公表されていない。 本件特許の実施料を定めようとするならば,これらの既に支払っている実施料および将来的に他の特許の実施料の支払が必要となる蓋然性をも考慮し,既に実施料を支払っている特許発明の内容,特許の件数,実施料と本件発明の内容とを比較して決められるべきである。 上記の1〜6の規格技術のうち,?の通信技術は携帯電話の無線通信に関する技術であり,?,?の音声圧縮技術及び画像圧縮技術は携帯電話により音楽や画像データを伝送,再生するために用いられる技術である。?〜?の技術は携帯電話機がワンセグ放送を受信する機能を有する場合に用いられる。 これらの規格技術のうち,上記?の画像圧縮技術が本件被控訴人製品の携帯電話機において動画データを再生するときに用いられ,各メーカーは上記?のパテントプールに実施料を支払っている。また,被控訴人製品4はワンセグ機能を有し,上記?〜?の規格技術を使用し,同機種のメーカーは上記の各パテントプールに実施料を支払っていた。上記?のパテントプールは全機種が関係し,また受信データの蓄積,出力に関係するという意味で本件発明と比較的関連しているので,この技術とそのパテントプールの実施料について検討する。 MPEG-4はビデオ画像の信号の圧縮技術である。例えば,ビデオカメラで撮影された画像信号は1秒当り30枚のフレームからなり,1枚のフレームは例えば176×144ドットの画素から構成され,1画素毎に輝度,色差データが存在するのでデータ量として膨大な量になる。これに対し,再生したときに許容範囲を超えて画質を劣化させることなく,画像のデータ量を減らして符号化する技術が画像圧縮技術で,これによって画像データの伝送や記憶装置への蓄積が可能となる。MPEG-4は特に携帯電話やインターネットでの応用を考慮して開発された規格技術で,コンピュータデータとして処理,伝送,蓄積が容易にできる。携帯電話機は,MPEG-4で符号化された画像データを受信し,これを復号してディスプレイに表示し,又符号化されたデータのままメモリに記録する。 この画像圧縮技術は,非常に高度な技術で,これらの技術を開発した企業が多額の研究開発投資を行った結果得られた技術である。このパテントプールには多数の企業の多数の特許が存在し,パテントプールの管理会社が得た実施料はパテントプールの管理運営費用を控除した後,各特許権者に対しプールされた特許件数に応じて分配される。すなわち,0.24〜0.25ドル/台の実施料が支払われるMPEG-4のパテントプールでは,対象特許が939件あり,特許権者の数は29社である。平均すると1社当り約32件の特許権をライセンスし,0.01ドル/台未満の実施料を得ていることになる。また,MPEG-4 Visual技術を対象とする約150件の必須日本特許の実施料が1台当たり0.25ドルである。 これを本件特許と比べると,本件発明は1件のみであり,本件発明は控訴人の不動産事業の収益によって研究開発予算をまかない,パソコンスクール用に購入したコンピュータ設備等を利用して開発したというものである。したがって,研究開発投資の金額においても,技術的なレベルにおいても,本件特許は上記各パテントプールの特許とは比較すべくもない。 このような比較に基づくと,本件特許の実施料相当額は1台当たり0.02円を上回らないというべきである。 (ウ) 控訴人の主張に対する反論控訴人はパテントプールにおける実施料は低額に抑えられていると主張するが,パテントプールにおいては合理的な実施料が定められているものであり,控訴人の上記主張は根拠のない誤った主張である。 また,控訴人は本件発明により「着うたフル」のサービスが可能になり,被控訴人のシェア拡大が可能になったと主張する。しかし,「着うたフル」を実現するために必要な技術その他の要素は多数あるのであり,本件発明だけが「着うたフル」サービスにとって不可欠であるかのように主張するのは誤りである。 (6) 時機に遅れた攻撃防御方法であるとの主張に対し被控訴人は平成21年12月11日付け被控訴人第9準備書面で,本件特許発明の共同発明者とされているBに帰属した本件発明について特許を受ける権利が,本件特許の出願人であるソフト流通社(当時の商号は東和建設株式会社)に適正に譲渡されたかどうかについて疑問を提起し,控訴人に対し事実関係を明らかにするとともに,それを示す客観的な証拠を提出することを求めた。被控訴人が平成21年12月の時点でこの問題を提起したのは,この時期に本格的な損害論の審理に入るという状況となったので,この問題を提起すべき時機が到来したことによる。また,この時点で確定的に特許法38条違反の無効の主張としなかったのは,被控訴人は控訴人の側の内部事情を知る立場にはなく,控訴人がこの問題について控訴人が特許を受ける権利のソフト流通社への適法な移転を示す事実と信憑性のある客観的証拠を提出すれば,無効の主張を行うまでもなく,この問題は解消したからである。 しかし,被控訴人の第9準備書面に対する控訴人の主張は,Bはソフト流通社の従業員で,その業務としてAと本件発明を共同開発したというものであるが(平成22年1月13日付準備書面13),控訴人はソフト流通社とBとの雇用関係を示す客観的な証拠は提出せず,Bの陳述書(甲59)を提出しただけであった。Bは,上記陳述書において,平成8年1月から9年間ソフト流通社の従業員であったと陳述しているのであるから,Bがソフト流通社を退職したのは僅か5年ほど前のことということになり(本件訴訟が始まったのは4年前の平成18年のことである),控訴人がBの雇用関係に関する客観的証拠を提出することは特に困難なことではないはずである。 控訴人は被控訴人の主張を,時機に後れた攻撃防御方法であると主張するが,被控訴人の主張は上記の経緯で行っているもので,「審理を不当に遅延させることを目的として提出されたもの」(特許法104条の3の第2項)でないことは明らかである。そもそも,特許発明について特許を受ける権利が出願人に適法に承継されたことは,控訴人が本件訴訟を起す前に当然調査し,確認しておくべきことであり,被控訴人からその疑問が出された場合には,すぐに客観的証拠を提出できるように,訴訟提起前から準備しておくのが当然である。この問題は控訴人が検討を必要とするようなことではなく,控訴人が客観的証拠を提出すればすぐに解消する問題であるから,審理の不当な遅延など起こりようがない。 第4 当裁判所の判断1当裁判所は,原判決が被控訴人製品における「暗号化された固定値」は本件発明の構成要件B2ないしB4にいう「番号識別子」に該当しないから本件発明の技術的範囲に属さないとしたのと異なり,同製品は上記構成要件のB2ないしB4要件における「番号識別子」は充足するもののB3要件における「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する」は充足しないから,結局,被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属さないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。 なお,証拠(甲2,71〜74,80,81〜89,枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば,?Bは,本田技研工業株式会社の創業者一族が代表を務めていた株式会社無限に勤務していたことがあり,その間の平成3年ころ,本田技研工業株式会社の和光研究所(HGW)に出向してF1レース関係の仕事に従事し,少なくとも平成9年11月ころから平成14年12月ころまでの間,ソフト流通社に勤務していたこと,?Bは,ソフト流通社が平成12年6月23日に本件特許の出願をするに際し,一色国際特許事務所所属の弁理士宛に出願を依頼し,同弁理士との間で明細書等の作成のために本件発明等の内容についてメールでやり取りした上,上記弁理士から出願書類控え及び公開公報等の本件特許の出願に関する書類の送付を受けていることが認められる。上記事実によれば,Bは,平成12年6月23日にソフト流通社から発明者をA及びBとして出願(特願2000-190001号)され平成15年4月4日に特許第3416621号として登録された本件特許(発明の名称「携帯電話機」,請求項の数3)の発明者であると認めるのが相当である。 2被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属するかについて(争点1)について(1)本件発明の構成要件とその分説(A1〜A2,B1〜B4,C),被控訴人製品(被告製品)の構成・動作に関する説明が原判決別紙の被告製品説明書記載のとおりであること,被控訴人製品(被告製品)が本件発明の構成要件A1,A2,B1及びCを充足することは,いずれも当事者間に争いがない。 (2)ア特許法70条は,その1項で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲に基づいて定めなければならない」と,その2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」等と規定しているので,以下,これを前提として,被控訴人製品の本件発明構成要件B2ないしB4充足性の有無を検討する。 イ B2要件該当性の有無(ア) 「番号識別子」の技術的意義a「識別子」については,「JIS工業用語大辞典第2版」(1987年〔昭和62年〕11月発行。乙1)では,「〔identifier〕言語対象物を名付ける字句単位。(例)変数,配列,レコード,ラベル,手続きなどの名前。」,「MARUZENIEEE電気・電子用語辞典」(平成元年9月発行。乙2)では,「〔identifier〕(1)名付け,表示,位置指定に使われる記号。識別子はデータ構造,データ項目あるいはプログラムロケーション等に関係づけて使われる。(2)データ項目を識別しまたは名付け,ときにはそのデータの性質を示すために使われる文字または文字の集り。」,「ネットワーク・情報用語辞典」(1989年10月〔平成元年〕発行,乙4)では,「identifier,ID?データの項目を識別し,または名づけ,ときにはそのデータの性質を示すために使われる文字/文字の集合体。?データが格納されている/格納される場所を一義的にさす名称,また,データ項目を特定して参照する場所。」,「情報処理用語IBM」(第17刷・1981年2月〔昭和56年〕発行。乙5)では,「identifier識別子,識別名データの本体を識別したり,指示したり,または名付けることを目的とした記号。」,「精説 コンピュータ理工学事典」(1997年〔平成9年〕7月発行。甲25)では,「〔IDentifier,Identification Data〕IDと略す。データの項目を識別したり,名付けたりするための文字列で,データの性質を示すこともある。」と定義されている。 bところで本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には以下の記載がある。 ・【発明の属する技術分野】「本発明は,携帯電話機に係り,特に,メモリーカード等の外部記録媒体に対してデータの記録・読出しを行う機能を有する携帯電話機に関する。」(段落【0001】)・【発明が解決しようとする課題】「しかし,コンテンツ提供サービスにおいて,特に,コンテンツデータが有償で提供される場合,利用者が,メモリカードに保存したコンテンツを他のメモリカードにコピーして別の電話機で利用したり,メモリカード自体を他人に使用させたりすることが考えられる。このような事態を放置したのでは,コンテンツの著作権保護が図れない。」(段落【0003】)・「本発明は,上記の点に鑑みてなされたものであり,メモリカード等の外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しが可能な携帯電話機において,外部記憶媒体に記録したデータが,その記録を行った携帯電話機以外の電話機で利用されるのを禁止できるようにすることを目的とする。」(段落【0004】)・【課題を解決するための手段】「上記の目的を達成するため,請求項1に記載された発明は,外部記憶媒体を着脱可能に装着する記憶媒体装着手段と,該記憶媒体装着手段に装着された外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しを行う記録読出し手段とを備える携帯電話機であって,当該携帯電話機の自局電話番号を記憶する自局番号記憶手段と,前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体にデータを記録する際に,そのデータに関係付けて前記自局電話番号を識別するための番号識別子を当該データと共に記録させる番号識別子付加手段と,前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体からデータを読み出す前に,そのデータに関係付けられて記録された番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する判定手段と,前記関係付けられた番号識別子が前記自局電話番号に該当しない場合に,前記記録読出し手段による当該データの読出しを禁止する読出し禁止手段とを備えることを特徴とする。」(段落【0005】)・「請求項1記載の発明によれば,外部記憶媒体に記録されるデータには,自局電話番号に固有の番号識別子が関係付けられ,関係付けられた番号識別子が携帯電話機の自局電話番号に該当しない場合には,データの読出しが禁止される。したがって,本発明によれば,外部記憶媒体に記憶されたデータが,その記録を行った携帯電話機以外の電話で読み出されるのを防止できる。なお,データに関係づけて番号識別子を記録することには,データ自体に番号識別子を挿入して記録することが含まれるものとする。」(段落【0006】)・【発明の実施の形態】「・・・一方,選択されたコンテンツデータがダウンロードデータであれば,自局番号記憶部34から携帯電話機10の自局電話番号を読み出して,当該コンテンツデータ内の所定アドレス位置(以下,自局番号挿入アドレスという)に自局電話番号を挿入し,さらに,判別フラグアドレスにダウンロードデータであることを示す判別フラグを挿入して,メモリカード26へ記録する(S110)。 なお,判別フラグ挿入アドレスおよび自局番号挿入アドレスは,固定アドレスであってもよく,あるいは,例えば自局電話番号の値に応じた可変アドレスであってもよいが,ユーザが判別フラグや自局電話番号の値を改ざんするのを防止する観点から可変アドレスとすることが好ましい。」(段落【0019】)・「・・・一方,選択されたコンテンツデータがダウンロードデータであれば,このコンテンツデータの自局番号挿入アドレスを参照し,このアドレス位置に挿入された電話番号と,自局番号記憶部34に記憶された自局電話番号とが一致するかどうかを判別する(S128)。その結果,両電話番号が一致すれば,そのデータをメモリカード26から読み込んで,内部メモリ36に格納する(S130)。一方,両電話番号が一致しなければ,データをメモリカード26から読み込むことなく,表示装置20にデータの読み込みが禁止されている旨のメッセージを表示させる(S132)。」(段落【0021】)・「以上説明したように,本実施形態では,ダウンロードデータか非ダウンロードかが判別できるようにコンテンツデータをメモリカード26に記録し,ダウンロードデータであれば,自局電話番号をコンテンツデータに挿入して記録する。そして,メモリカード26からダウンロードデータを読み出す際は,コンテンツデータに挿入された電話番号が,自局番号記憶部34に記憶された自局電話番号に一致する場合にのみ,メモリカード26からのコンテンツデータの読出しが許可される。したがって,本実施形態によれば,コンテンツ提供サイトからダウンロードされメモリカード26に記録されたコンテンツデータが,ダウンロードを行った携帯電話機以外の携帯電話機で利用されるのを防止することができる。」(段落【0022】)・「また,上述の如く,携帯電話機10の自局電話番号をキーとして,ダウンロードデータの読み取りの可否を判定するため,携帯電話機の機種を変更した場合にも同じ電話番号を引き継ぐことにより,変更後の機種でメモリカード26からダウンロードデータを読み込むことが可能となる。」(段落【0023】)・「また,上記実施形態では,自局電話番号および判別フラグそのものをダウンロードデータに挿入してメモリカード26に記録するものとしたが,これに限らず,自局電話番号および判別フラグを所定の規則でコード化したうえでダウンロードデータに挿入するようにしてもよい。この場合,コード化の規則をユーザに非公開とすることで,ユーザがメモリカード26に記録された判別フラグあるいは自局電話番号を改ざんして,他の携帯電話機でダウンロードデータを読み出すのをより確実に防止することができる。」(段落【0026】)・【発明の効果】「請求項1記載の発明によれば,外部記憶媒体に記録されたデータが,その記録を行った携帯電話機以外の電話機で読み出されるのを防止することができる。」(段落【0031】)c上記記載によれば,本件発明の課題はコンテンツの著作権保護を図ることにあり(段落【0003】),本件発明は,メモリカード等の外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しが可能な携帯電話機において,外部記憶媒体に記録したデータが,その記録を行った携帯電話機の電話番号以外の電話機で利用されるのを禁止できるようにすることを目的とするものである(段落【0004】,【0023】)。そして,本件特許明細書に「番号識別子」を定義付ける記載はないが,特許請求の範囲には,「前記自局電話番号を識別するための番号識別子」との記載があり,また,本件特許明細書には,「請求項1記載の発明によれば,外部記憶媒体に記録されるデータには,自局電話番号に固有の番号識別子が関係付けられ,関係付けられた番号識別子が携帯電話機の自局電話番号に該当しない場合には,データの読出しが禁止される。」(段落【0006】)との記載がある。したがって,本件発明の特許請求の範囲に記載されている「番号識別子」の解釈としては,外部記憶媒体に記録したデータがその記録を行った携帯電話機の電話番号以外の電話機で利用されるのを禁止することを目的に,携帯電話機の自局電話番号がその記録を行った携帯電話機の自局電話番号であることを識別するためのものであるから,「自局電話番号がその記録を行った携帯電話機の自局電話番号であることを識別するとの目的を達成し得る機能を有するもの」と解するのが相当である。 これに対し,被控訴人は,本件における「番号識別子」の解釈につき原判決と同旨の見解を述べ,その理由として,特許法におけるクレーム(特許請求の範囲)解釈の基本は,当該クレーム文言(特許請求の範囲に記載された文言)が明細書中で特別の定義を与えられている場合でない限り,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が通常理解する意味によって解釈するということであり,特許法70条2項により当業者の通常理解する意味がさらに明細書の記載の参酌によって限定解釈されることはありうるが,クレーム文言(特許請求の範囲に記載された文言)の意味が当業者の通常理解する意義を超えて拡張的に解釈されることはないと主張する。しかし,特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるが(特許法70条1項),特許請求の範囲に記載された用語の意義は,上記のとおり明細書の記載及び図面を考慮して解釈されるものであるから(同法70条2項),被控訴人の上記主張は採用することができない。 (イ) 被控訴人製品への当てはめ被控訴人製品は,前記のとおり,所定の「固定値」をコンテンツデータの記録を行う携帯電話機の自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより生成された暗号鍵を用いて暗号化した記号(暗号化された固定値)をコンテンツデータに関係付けてSDカード(外部記憶媒体)に格納し,暗号化されたコンテンツを外部記憶媒体から読み出す前に,読出しを行う携帯電話機が自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより復号鍵を生成し,「暗号化された固定値」を正しく所定の「固定値」と一致する値に復号することができた場合に暗号化されたコンテンツの読出しと復号を行うものであるから,上記のとおり正しく復号することができた場合は,記録を行った携帯電話機の自局電話番号及びその他の情報と,読出しを行う携帯電話機の自局電話番号及びその他の情報とが同一であると判定するものである。 そうすると,「暗号化された固定値」は,コンテンツの読出しを行おうとする携帯電話機の自局電話番号等により生成された復号鍵により所定の「固定値」に復号されるか否かが判定されることにより,「自局電話番号がその記録を行った携帯電話機の自局電話番号であることを識別する」との目的を達成し得る機能があるから,本件発明の「番号識別子」に相当すると認めるのが相当である。 よって,被控訴人製品は,構成要件B2を充足する。 ウ B3要件該当性の有無(ア) 「番号識別子が自局電話番号に該当するか否かを判定する」の意義B3要件は,前記のとおり「前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体からデータを読み出す前に,そのデータに関係付けられて記録された番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する手段」とするものであるが,その素直な文理解釈からすると,そこでいう「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する」とは,本件発明の実施例のごとく,番号識別子と自局電話番号とを直接対比して一致するか(該当するか)どうかを判別することを意味し,それ以上に,番号識別子によって携帯電話機の自局電話番号がその記録を行った携帯電話機の自局電話番号であるかどうかを判別する(番号識別子によって,データを記録した携帯電話機の自局電話番号が,データを読み出そうとする携帯電話機の自局電話番号に一致するか〔該当するか〕否かを判定する)ことも含んでいるとまでは意味しないと解するのが相当である。 (イ) 被控訴人製品への当てはめa本件発明の「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する」とは,上記のとおり,外部記憶媒体に記録されているデータ(番号識別子)自体を直接の判断対象として,それが読出しを行おうとする携帯電話機の自局電話番号に当てはまるかどうか(一致するかどうか)の判定を行うこと,言い換えれば,番号識別子と自局電話番号とを直接対比して一致するか(該当するか)どうかを判別することを意味するところ,被控訴人製品においては,所定の「固定値」をコンテンツデータの記録を行う携帯電話機の自局電話番号等から生成された暗号鍵を用いて暗号化した記号(暗号化された固定値)が,読出しを行う携帯電話機においてその自局電話番号等から生成された復号鍵により正しく所定の「固定値」と一致する値に復号できるかどうかを見ることにより,記録を行った携帯電話機の自局電話番号と読出しを行う携帯電話機の自局電話番号が同一であるか否かを(いわば間接的に)判定するものであり,「番号識別子」である「暗号化された固定値」を直接の判断対象としてコンテンツデータの読出しを行おうとする携帯電話機の自局電話番号に当てはまるかどうか,言い換えれば「暗号化された固定値」と携帯電話機に記憶された自局電話番号を直接対比して一致するか(該当するか)どうかを判断するものではない。 そうすると,被控訴人製品は,構成要件B3を充足しないというべきである。 bこれに対し,控訴人は,構成要件B3につき,「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する」とは「当該番号識別子によって他と区別される(データを記録した携帯電話機の)自局電話番号が,データを読み出そうとする携帯電話機の自局電話番号に当てはまるか否かを判定する」という意味であると主張する。 そこで検討するに,本件発明と被控訴人製品は,コンテンツの著作権保護を目的として,メモリカード等の外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しが可能な携帯電話機において,外部記憶媒体に記録したデータが,その記録を行った携帯電話機の電話番号以外の電話機で利用されるのを禁止できるようにしたものであり,目的と作用効果は同一であると認められ,そのために外部記憶媒体にコンテンツデータを記録する際にコンテンツデータに関係付けて「番号識別子」も記録することとし,「当該番号識別子によってデータを記録した携帯電話機の自局電話番号が,データを読み出そうとする携帯電話機の自局電話番号に当てはまるか否かを判定」している点では共通する。しかし,本件発明は,コンテンツデータの記録を行った携帯電話機とコンテンツデータの読出しを行おうとする携帯電話機の電話番号が同一であるか否かを判定する手段として,「番号識別子」と読出し機の自局電話番号を直接対比してこれが一致するか否かを判断しているのに対し,被控訴人製品においては,コンテンツデータの記録を行った携帯電話機の暗号化方法(暗号鍵たる自局電話番号)とコンテンツデータを読み出そうとする携帯電話機の復号化方法(復号鍵たる自局電話番号)が一致するか否かを番号識別子が暗号鍵で暗号化する前の状態と同じ状態に復号されているか否かによって判定している点で異なる。 そして,特許請求の範囲の文言の解釈からすれば,番号識別子と自局電話番号とを直接対比して一致するか(該当するか)どうかを判別するのではなく,それ以外の方法,例えば,被控訴人製品のように番号識別子が暗号鍵で暗号化する前の状態と同じ状態に復号されているか否かを判定することによって,データを記録した携帯電話機の自局電話番号(暗号鍵)とデータを読み出そうとする携帯電話機の自局電話番号(復号鍵)が同じか否かを判断することが含まれると解することはできないし,本件明細書(甲2)の【発明の詳細な説明】の記載にもこれを示唆するような記載はない。 また,本件発明は,外部記憶媒体に記録するデータに関連付けて当該携帯電話機固有の識別番号としての電話番号又はこれをコード化したものを当該データとともに記録し,データの読出し時に,外部記憶媒体に記録されている電話番号又はこれをコード化したものと読出しを行う携帯電話機の電話番号を直接対比して,これが一致しない(当てはまらない)場合に読出しを禁止することに本質的部分(技術的特徴)があると解される。これに対し,被控訴人製品は,コンテンツデータを暗号化する際の暗号鍵(コンテンツ鍵)をさらに電話番号を利用した暗号鍵で暗号化していることなどの被控訴人製品の全体的な構成に照らせば,当該携帯電話機固有の暗号化方法(暗号鍵)として電話番号を利用し,記録機固有の暗号化方法(暗号鍵たる電話番号)と読出し機固有の復号化方法(復号鍵たる電話番号)が一致するか否かを,番号識別子たる「暗号化された固定値」が元の固定値に復号されるか否かによって判定することに本質的部分(技術的特徴)があると解される。そして,被控訴人製品における「暗号化された固定値」が当該携帯電話機固有の「識別記号」ではなく,記録機の暗号鍵と読出し機の復号鍵が同一か否かを見分ける手段であることからすると,両者は技術的特徴を異にすると解するのが相当である。したがって,かかる見地からも,被控訴人製品における「番号識別子が暗号鍵で暗号化する前の状態と同じ状態に復号されているか否かを判定することによって,データを記録した携帯電話機の自局電話番号(暗号鍵)とデータを読み出そうとする携帯電話機の自局電話番号(復号鍵)が同じか否かを判断すること」が「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する」ことに該当するということはできない。控訴人の主張は特許請求の範囲の文言を拡張解釈するものであって,採用することができない。 エ 小括そうすると,構成要件B4について判断するまでもなく,被控訴人製品は,本件発明の技術的範囲に属さないことになる。 3 結論以上のとおり,被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属しないことになるから,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求は理由がない。 よって,一審原告たる控訴人の請求を棄却した原判決は,結論において相当であり,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 清水節 |
裁判官 | 真辺朋子 |