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関連審決 審判1988-5689
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ネ10056不当利得返還等請求控訴事件 判例 特許
平成18ワ23550職務発明譲渡対価等請求事件 判例 特許
平成19ネ10021補償金請求控訴事件 判例 特許
平成20ワ10657職務発明に対する対価支払請求事件 判例 特許
平成22ネ10089特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  業務範囲 /  無償の通常実施権 /  相当の対価(相当な対価) /  協議 /  確実性 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  共同発明 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  慣用技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  特許の有効性 /  試行錯誤 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  技術情報 /  技術的特徴 /  補償金請求権 /  出願審査請求 /  分割出願 /  着想 /  実施料相当額 /  時効 /  ライセンス /  抵触 /  意匠権 /  援用権(援用) /  存続期間 /  対象製品 /  技術的意義 /  均等 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  侵害 /  算定方法 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  共同発明者 /  実施権 /  専用実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  対価 /  クロスライセンス /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 18年 (ワ) 27879号 補償金請求事件
横浜市〈以下略〉
原告A1
訴訟代理人弁護士 黒田健二
同吉村誠
同 野本 健太郎
同渡邉協
補佐人弁理士 松本孝東京都大田区〈以下略〉
被告 キヤノン株式会社
訴訟代理人弁護士 竹田稔
同木村耕太郎
同臼井義眞
同 長谷川 卓也
同魚谷隆英
同西原啓晃
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2010/07/08
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,228万4251円及びこれに対する平成8年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを49分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
-2-4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成7年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 事案の要旨本件は,被告の従業員であった原告が,「記録光学系」に関する後記発明は原告が単独で発明した職務発明であり,その特許を受ける権利を被告に承継させた旨主張し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下「特許法旧35条」という。)3項,4項の規定に基づき,被告に対し,上記特許を受ける権利承継に係る相当の対価190億1520万円の一部請求として1億円及びこれに対する平成7年12月27日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお,本件の関連事件として,原告が被告に対して本件と別の職務発明特許を受ける権利承継に係る相当の対価の支払を求めた別件訴訟(一審・東京地方裁判所平成15年(ワ)第23981号平成19年1月30日判決,控訴審・知的財産高等裁判所平成19年(ネ)第10021号平成21年2月26日判決)が上告審に係属中(当事者双方の上告及び上告受理申立て)である。
2 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)(1) 当事者ア 原告は,昭和43年に名古屋大学理学部物理学科を卒業して被告に入社し,平成14年8月31日まで被告に在職した者である。
イ 被告は,昭和12年8月10日に設立された,各種光学機械器具の製造及び販売等を目的とする株式会社である。
(2) 被告による特許権の取得及びその特許発明ア 被告は,昭和53年4月28日にした原出願(特願昭53-51848号。以下「本件原出願」という。)からの分割出願として昭和60年9月18日に新たに特許出願(特願昭60?206050号。以下「本件出願」という。)をして設定登録を受けた,下記の特許権(以下「本件特許権」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者であった。
(ア) 特許番号 特許1934008号(イ) 発明の名称 記録光学系(ウ) 出願公開日 昭和61年5月12日(特開昭61-93466号)(エ) 出願公告日 平成5年2月22日(特公平5-13286号)(オ) 登録日 平成7年5月26日(カ) 存続期間満了日 平成10年4月28日イ 本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,同特許請求の範囲記載の発明を「本件発明」という。)。
「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系。」(3) 特許公報に記載された発明者本件特許の特許公報(特公平5-13286号公報。甲2)の「発明者」欄には,原告及びB1(以下「B1」という。)の2名が発明者として記載されている。
(4) 被告の職務発明規程ア 被告の職務発明規程である「発明考案に関する特許権・実用新案権・意匠権の取扱規程」(現在の規程の名称「発明・考案・創作に関する取扱規程」)は,昭和35年4月1日に制定された後,昭和37年7月1日,昭和41年10月28日,昭和60年1月1日,昭和62年3月1日,平成2年1月1日,平成6年1月1日,平成9年1月1日,平成12年4月1日及び平成13年3月1日に改正されている(以下,これらを総称して「被告取扱規程」という。)。
被告取扱規程は,被告の従業員が組織する労働組合であるキヤノン労働組合(旧名称「キヤノンカメラ労働組合」)と被告(旧商号「キヤノンカメラ株式会社」)との間で締結された労働協約に依拠し,かつ,その労使協議を経て,制定及び改正されたものである。
すなわち,被告取扱規程は,昭和32年9月26日付け及び昭和34年9月25日付け労働協約40条の「創意工夫,発明考案の振作に関する事項」を労使協議会の協議事項とする旨の規定に基づき,労使協議の上制定され,その後も労使協議の上で改正がされ,さらに,同年5月1日付け労働協約22条の「別に定める会社規程により前項の発明考案改良に伴う権利は会社に帰属する。」との委任規定に基づき,労使協議の上,改正がされてきた。また,平成4年5月1日付け労働契約には,上記委任規定と同一内容の委任規定(21条)が設けられている(乙5の1ないし4)。
被告取扱規程は,上記改正の都度,従業員に周知されてきた(乙10の1ないし8)。
イ 被告取扱規程によれば,被告における職務発明対価の支払は,出願時における対価,登録時における対価,実績に対する対価,表彰の際の賞金から構成される。本件原出願時,本件出願時,本件特許権の設定登録時から原告の表彰時(平成8年6月13日)までの間等において適用される被告取扱規程の内容は,概ね以下のとおりである。
(ア) 昭和41年10月28日改正後の被告取扱規程(本件原出願時。
乙1の1)a 出願による対価(出願時における対価)会社が承継した権利のうち,出願手続を終えたものについて,特許出願1件につき1000円以上を支払う(17条)。
b 登録による対価(登録時における対価・実績に対する対価)会社は特許の登録手続を終えたものについて,特許審査委員会の審査の結果,特級(5万円以上)から9級(1000円)までの10区分に応じて対価を支払う(18条)。
c表彰会社は発明を実施した結果,特にその効果が顕著であると認めたとき,あるいは特許権を第三者に譲渡し,又は実施権を許諾して効果をあげたときは,特許審査委員会の査定に基づいて別に表彰することがある(24条)。
(イ) 昭和60年1月1日改正後の被告取扱規程(本件出願時。乙1の2)a 出願時における対価会社が承継した権利のうち,国内の出願手続を終えたものについてのみ,特許出願1件につき3000円を支払う(18条1項)。
b 登録時における対価会社は特許の登録手続を終えたものについては,登録された国ごとに5000円を支払う(19条1項)。
c 実績に対する対価(a) 会社は,登録時における対価の支払の対象となったもののうち,実績により会社に貢献したと認められたものについて,特許審査委員会の審査の結果に基づき,特級(15万円以上)から5級(5000円)までの6区分に応じて,各等級所定の対価を支払う(20条1項)。
(b) 前記(a)によって支払われた額について,その後の実績により顕著な差異が生じたとして所属長からの再評価申請があった場合,特許審査委員会が審査の上,再評価の必要があると認めたときは再評価を行い差額を支給する(20条3項)。
d 共同による「発明」「発明者」が複数の場合の対価の支払は,その「発明」を完成させた貢献度によって配分する(21条1項)。
e表彰「発明」及び会社の「工業所有権に関する活動」に対して顕著な功績を認めたときは,特許審査委員会の決定に基づいて次の表彰を行う(22条1項)。
「優秀社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金30万円)社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金20万円)特許審査委員会賞(賞状,賞牌,1件につき賞金10万円)特許法務センター所長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金5万円)」f時期(a) 対価の支払は原則として年2回とし,上期分は当年下期に,下期分は翌年上期に支払う(23条1項)。ただし,必要ある場合は臨時に行う(同項ただし書)。
(b) 表彰は,年1回とし,その年の実績に基づいて翌年上期に行う(23条2項)。
g 対価の不返還等(a) 会社は支払った対価額の返還を求めない(25条1項)。
(b) 発明者は,支払われた対価額に対して異議のある場合は,対価額の受領後30日以内に限り,特許審査委員会に対して再度審査を求めることができる(25条2項)。
h 経過措置前記aないしcの対価の支払は,昭和59年7月1日以降の出願,登録を対象とする(35条)。
(ウ) 平成6年1月1日改正後の被告取扱規程(本件特許権の設定登録時から原告の表彰時までの間。乙1の5)a 出願時における対価会社が承継した権利のうち,第一国への出願手続を終えたものについて,特許出願1件につき5000円を支払う(19条1項)。
b 登録時における対価会社は特許の登録手続を終えたものについては,登録された国ごとに6000円を支払う(20条)。
c 実績に対する対価(a) 会社は登録番号が付与されたもののうち,実績により会社に貢献したと認められたものについて,特許審査委員会の審査の結果に基づき,次の対価を支払う(21条1項)。
「特級 15万円以上1級 10万円2級 5万円3級 3万円4級 1万円5級 5000円」(b) 前記(a)によって支払われた額について,その後の実績により顕著な差異が生じたとして所属長からの再評価申請があった場合,特許審査委員会が審査の上,再評価の必要があると認めたときは再評価を行い差額を支給する(21条3項)。
(c) 会社は,前記(a)の対価の他に,会社に対して顕著な実績をあげた発明について表彰により賞金として別途対価の額を加算する(21条4項)。
d 共同による「発明」「発明者」が複数の場合の対価の支払は,その「発明」を完成させた貢献度によって配分する(22条1項)。
e表彰「発明」及び会社の「工業所有権に関する活動」に対して顕著な功績を認めたときは,特許審査委員会の決定に基づいて次の表彰を行う(23条1項)。
(a) 特別社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金100万円(ただし,1名3万円を限度とする。))? 会社の業績に極めて顕著な功績を挙げた技術又は製品を完成させたグループを対象? 工業所有権に関する活動(発明育成,権利化,第三者権利への対抗,権利の活用等に関する活動)により会社の業績に極めて顕著な功績を挙げたグループを対象(b) 優秀社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金30万円)社長賞受賞該当の中から更に優秀と認められる「発明」の「発明者」を対象(c) 社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金20万円)? 会社に特別に顕著な貢献をなし,又はなす「発明」をしたとして,本社部門又は事業部門から推薦を受けた者を対象? 工業所有権に関する活動により会社の業績に極めて顕著な貢献をした者を対象(課長以上を除く。)(d) 特許審査委員会賞(賞状,賞牌,1件につき賞金10万円)? 会社に顕著な貢献をなし,又はなす「発明」をした者を対象? 工業所有権に関する活動により会社の業績に顕著な貢献をした者を対象(課長以上を除く。)(e) 知的財産法務本部長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金5万円)工業所有権に関する活動により会社の業績に顕著な貢献をした者を対象(課長以上を除く。)f時期(a) 対価の支払は原則として年2回とし,上期分は当年下期に,下期分は翌年上期に支払う(24条1項本文)。ただし,必要ある場合は臨時に行う(同項ただし書)。
(b) 表彰は,年1回とし,その年の実績に基づいて翌年上期に行う(24条2項)。
g 対価の不返還等(a) 会社は支払った対価額の返還を求めない(26条1項)。
(b) 発明者は,支払われた対価額に対して異議のある場合は,対価額の受領後30日以内に限り,特許審査委員会に対して再度審査を求めることができる(26条2項)。
h 経過措置改正施行日前に会社が承継した「発明」は,本規程に従って取り扱う(36条)。ただし,前記a及びbの対価の支払は平成6年下期以降の支払に適用する(同条ただし書)。
(エ) 平成13年3月1日改正後の被告取扱規程(乙1の8)a 実績に対する対価(a) 会社は,登録された「発明」のうち,社内実施又は第三者への実施許諾の実績により,会社に貢献したと認められたものについて,特許審査委員会の審査の結果に基づき,次の対価を支払う(20条1項本文)。ただし,超特級及び特級に該当する対価の支払には,経営会議での承認を必要とする(同項ただし書)。
「超特級 300万円以上特級 150万円1級 50万円2級 15万円3級 5万円4級 1万5000円5級 6000円」(b) 会社は,前記aによって支払われた額について,その後の実績により顕著な差異が生じたとして再評価申請がされた場合,特許審査委員会の審査結果に基づき,差額を支給する(20条4項)。
(c) 会社は,前記aの対価の他に,会社に著しく貢献した実績がある「発明」について,表彰により副賞として対価を支払う(20条5項)。
b 経過措置本改正は,平成13年1月1日に遡って適用する(34条)。
(5) 特許を受ける権利承継,被告取扱規程に基づく実績による対価の支払及び表彰等ア 原告は,本件出願の出願時までに,被告取扱規程に基づいて,原告が保有する本件発明についての特許を受ける権利を被告に承継させた。
本件発明は,被告の業務範囲に属し,かつ,原告の職務に属するものであって,特許法35条1項所定の職務発明に当たる。
イ 本件発明は,実績に対する対価の等級(以下「実績対価等級」という。)が1級と評価され,原告は,平成7年12月26日,被告取扱規程に基づき,被告から,当該対価の支払を受けた(ただし,支払われた金額については後記第3の1のとおり争いがある。)。
ウ 原告は,平成8年6月13日,被告取扱規程に基づき,本件発明の発明者として「1995年度優秀社長賞」の表彰を受け,被告から,賞金の支払を受けた(ただし,支払われた金額については後記第3の1のとおり争いがある。)。
エ 原告は,平成13年10月22日,被告取扱規程に基づき,本件特許を含む11件の特許に係る職務発明の実績に対する対価について再評価申請をしたが,被告の特許審査委員会が平成14年6月にした審査の結果,原告に対する差額の支給はされなかった。
3争点本件の争点は,?被告取扱規程の原告に対する法的拘束力により,原告は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額を超えて対価を請求することができないか(争点1),?本件発明は,原告の単独発明か,あるいは原告及びB1の共同発明か(争点2),?本件発明により被告が受けるべき利益の額はいくらか(争点3),具体的には,本件発明により被告が受けるべき利益の算定方法(争点3-1),被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替技術の有無(争点3-2),被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額(争点3-3),被告の本件発明の自己実施により受けるべき利益の額(争点3-4),?本件発明がされるについて被告が貢献した程度(争点4),?原告の被告に対する本件発明についての特許を受ける権利承継に係る相当の対価(以下「本件発明に係る相当の対価」という。)の額はいくらか(争点5),?原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の成否(争点6)である。
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告取扱規程に基づいて支払われた対価額を超える対価請求の可否)について(1) 被告の主張ア 被告は,原告に対し,本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価及び表彰の賞金として,次のとおり,合計55万3000円を支払った。
(ア) 登録時における対価 3000円被告は,本件発明の共同発明者である原告及びB1の各々の貢献度を50%と認め,被告取扱規程に基づいて,原告及びB1に対し,登録時における対価として各3000円(合計6000円)を支払った。
なお,本件出願は,本件原出願の分割出願であるところ,分割出願の出願時における対価の支払を定めた規程はないので,出願時における対価は支払われていない。
(イ) 実績に対する対価 5万円被告は,本件発明の実績対価等級を1級と評価し,本件発明の共同発明者である原告及びB1の各々の貢献度を50%と認め,平成7年12月26日,被告取扱規程に基づいて,原告及びB1に対し,実績に対する対価として各5万円(合計10万円)を支払った。
(ウ) 表彰の賞金 50万円被告は,平成8年6月13日,原告を本件発明の発明者として「1995年度優秀社長賞」の表彰をし,被告取扱規程に基づいて,原告に対し,賞金として合計50万円(社長賞受賞該当分20万円及び優秀社長賞受賞による加算分30万円の合計額)を支払った。
なお,B1は,原告の上記表彰当時,被告の常務取締役であったため,表彰制度が適用されず,被告取扱規程に基づく賞金全額が原告に支払われた。
イ 被告取扱規程は,被告とキヤノン労働組合との間で締結された労働協約において,職務発明に関する事項については労使協議会の協議事項とする旨の合意がされたことに基づいて,労使協議の上,制定された規程であり,また,被告取扱規程に定められた発明対価決定,異議申立て,再評価申請などの手続も十分な合理性を有するものであるから,被告取扱規程は,特許法旧35条3項,4項の趣旨及び内容に照らして,勤務規則として合理性を有し,原告に対する法的拘束力を有している。
そして,被告取扱規程に基づく本件発明の実績に対する対価(実績対価等級1級)及び優秀社長賞の決定は,実質かつ慎重な審理を経て行われ,手続面及び実体面からみて相当性を有している。
したがって,原告は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額(前記ア)を超えて対価を請求することはできないというべきである。
ウ なお,最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁(以下「オリンパス事件最高裁判決」という。)は,職務発明規程の対価に関する規定が使用者によって「一方的に」作成され,かつ「いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らか」な場合の当該職務発明規程の対価に関する規定の法的拘束力を否定し,不足額請求権を認めたものに過ぎず,特許法旧35条3項及び4項を強行規定と判示したものではなく,また,オリンパス事件最高裁判決と本件は事案を著しく異にするから,本件は,オリンパス事件最高裁判決の射程範囲外であって,同最高裁判決は本件に適用されるべきではない。
(2) 原告の主張ア 原告が被告から被告取扱規程に基づいて支払を受けた本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額は,次のとおりの合計40万7000円であって,被告主張の支払対価額(合計55万3000円)は誤りである。
(ア) 出願時における対価 1000円(イ) 登録時における対価 6000円(ウ) 実績に対する対価 10万円(実績等級1級)(エ) 表彰の賞金 30万円(優秀社長賞)なお,被告は,原告が本件発明の発明者として優秀社長賞の表彰を受けた当時,B1は,被告の常務取締役であったため,表彰制度が適用されなかった旨主張するが,被告取扱規程には,職務発明承継した従業員が被告の役員になった場合に表彰の対象から外す旨の規程は存在せず,かえって,B1は,団体(グループ)を対象とする表彰をそのメンバーとして受けたことがあることからすれば,被告の上記主張は,失当である。
イ 被告は,オリンパス事件最高裁判決は本件の射程範囲外であり,原告は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額を超えて対価を請求することはできない旨主張する。
しかし,オリンパス事件最高裁判決は,「勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる」と判示し,勤務規則等が労働協約等に基づくものか否かの限定を設けることなく,特許法旧35条4項に従って定められる相当の対価の額に満たない場合にその不足する額の請求を従業員に認めている。
次に,本件発明は,被告により実績等級1級という高い評価を受け,原告は個人としては最高の優秀社長賞も受賞していること,本件発明は被告製品のほとんどの機種において実施され,第三者にも広くライセンスされることにより被告に対し莫大な利益を与えていることなどに照らすならば,被告において本件発明の「実績に対する対価」の額を1級の最低限度額の10万円と決定したことについての合理的理由を見いだすことはできないし,また,被告は,原告の意向を何ら聞くことなく,被告が設けた審査会の審査結果に基づいて一方的に上記対価額を決定し,原告がした再評価申請の際にも上記対価額の根拠について何ら具体的な説明をしていないのであるから,被告取扱規程に基づく被告の原告に対する本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額の決定手続及び決定された対価額は極めて一方的かつ不合理なものである。
さらに,原告が被告から被告取扱規程に基づいて支払を受けた対価額の合計額は40万7000円(前記ア)にすぎず,被告が本件発明により得た莫大な利益に比べて,極めて僅少であり,著しく不合理なものである。
以上によれば,本件は,オリンパス事件最高裁判決の射程範囲内の事案であって,原告が,被告に対し,原告が被告から被告取扱規程に基づいて支払を受けた上記対価額が特許法旧35条4項の規定に従って定められる本件発明に係る相当の対価の額に不足する額の支払を請求できることは明らかである。
2 争点2(本件発明の発明者)について(1) 原告の主張本件発明は,被告においてほとんど技術的蓄積がなかった半導体レーザー走査光学系の分野について,原告が,業務命令等がなかったにもかかわらず,自主的に提案を行い,継続的に自発的かつ積極的な実験と設計検討を行ったことによって生み出されたものであって,本件発明は,原告の単独発明である。
他方で,本件特許の特許公報(甲2)に,B1が原告の共同発明者として記載されたのは,被告においては,タスクフォース(目的を設定し,具体的な業務内容等を定め,業務に関係する開発部署から,そこに所属する様々な必要な専門家をチーフ又は各業務の担当者として組織横断的に集めてメンバーとして編成し,所定の目的を遂行するもの)のチーフを形式的に共同発明者とする当時の慣行に従ったものにすぎない。すなわち,原告が本件出願に関する提案書(本件原出願の提案書)を作成した当時,半導体レーザーを使用する小型のレーザービームプリンタ(以下「LBP」という。)を開発するために昭和52年8月に編成されたFSPタスクフォース(TR-029)において,本件発明に係る技術を活用しながら,半導体レーザーを用いた小型のプリンタの実用化に向けた検討が行われていたことから,TR-029のチーフであったB1を形式的に共同発明者としたに過ぎないのであって,B1は,本件発明の完成に全く寄与しておらず,共同発明者ではない。
このことは,原告は,本件発明について,1級としての実績による対価額の全額を受領し,かつ,優秀社長賞を受賞しているのに対し,B1は,上記対価額を全く受領することなく,かつ,本件発明について優秀社長賞を受賞していないことからも明らかである。
本件発明の内容及び重要性,原告が本件発明を完成した経緯等は,以下のとおりである。
ア 本件発明の内容及び重要性本件発明は,半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系において商品価値の高い高精細画像を提供するための必須技術であり,本件特許は,半導体レーザーを使用するレーザービームプリンタ(LBP),デジタル複写機,マルチファンクションプリンタ(以下「MFP」といい,デジタル複写機及びMFPを併せて「MFP等」という。)等の開発にとって必要不可欠な原理特許・基本特許というべきものである。
すなわち,半導体レーザーを光源として使用するレーザー走査光学系において,高精細画像を記録するためには,感光媒体上のビームスポットを,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長い,縦長の形状にすることが望ましい。この場合には,縦長の形状のビームスポット(縦長ビームスポット)が,半導体レーザーの点灯時間に,偏光器の回転に伴って走査方向に走査され,縦と横の長さがほぼ同じ正方形に近い記録画像(この記録画像が画素になる。)を形成することができる。
これに対し円形の形状のビームスポットとした場合には,走査されたビームスポットは,半導体レーザーの点灯時間に,感光媒体面上を走査方向に移動するため,記録画像は走査方向に長くなり,本来であれば正方形に近い形の画素を形成すべきところ,走査方向に長い形の画素を形成してしまう。その結果,円形の形状のビームスポットを用いて,例えば,白い部分と黒い部分が等間隔の線画像を形成しようとしても,白い部分の割合が少なくなり,良好に分離した線画像が形成できないおそれがある。
そして,このような縦長ビームスポットは,半導体レーザーを光源として用いる場合,偏向器と対物レンズの間に光束径を制限する絞りを設け,この絞りの径を適当に選ぶことによって得ることができる。
以上のような観点から,本件発明は,半導体レーザーからの光束を対物レンズでコリメート(集光)して,偏向器と対物レンズの間に絞りを設け,この絞りにより,感光媒体上におけるビームスポットの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系を提供したものであって,半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系において商品価値の高い高精細画像を提供するための必須技術であり,極めて重要な発明である。
イ 原告が本件発明を完成した経緯原告は,以下のとおり,一連の自主的な研究開発を通じて,半導体レーザーに特有の非点隔差の問題を解決しつつ,必要光量を満たして焦点深度内の結像性能を得ることが可能な,実用的な半導体レーザー光学系を実現し,かつ,絞り径を適切に調節することにより,縦長ビームスポットを形成できる光学系を開発し,本件発明を完成した。
(ア) 原告は,1976年(昭和51年)ころから,被告の中央研究所(あるいは製品技術研究所)で推進されていたLBP等開発のタスクフォースに,レーザー走査光学系の設計業務を担当する兼任メンバーとして参加し始めた。同タスクフォースにおける原告の業務は,中央研究所(あるいは製品技術研究所)から焦点距離,口径比等のレンズの設計仕様が光学部に在籍する原告に与えられ,原告がその設計仕様を満たすレンズの設計・試作を行うといった業務であり,単に与えられた設計仕様に基づいてレンズの設計・試作を行うものに過ぎなかった。この設計仕様を決める業務は,原告以外の担当者(レーザーの担当者,感光体開発の担当者,プロセス技術者など)の業務であった。
しかし,当時,半導体レーザーをLBPに使用する試みは未だほとんどされていない状況下において,原告は,担当者が決めた仕様だけでは不安であったため,別途自主的に原告自身の方法で設計仕様を検討し,半導体レーザーの集光光学系の設計仕様を決定した。それに関連して,原告は,当時被告における蓄積技術が皆無であった,半導体レーザーから出射する光束をどのように集光すれば,感光体に画像を記録するために必要な光エネルギーを確保し,所望のスポット形状を得ることができるかなどといった集光光学系の最適設計に関する研究・開発に自主的に取り組んだ。
その成果として,原告は,昭和52年3月1日付け技術メモ「-77V003」(「半導体レーザー集光光学系-業務報 OD1M告」。甲58)を作成した。
a 甲58の3頁の図に記載された「LDR光学系」の構成は,本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。甲2)の第3図(別紙1)に記載された本件発明の光学系の構成と基本的に同じである。
また,甲58には,縦長ビームスポットを含む検討内容の詳細についての直接的な記載はないものの,当業者であれば,甲58の記載事項から,縦長ビームスポットを得るためにどうすればよいか容易に判断し得るはずである。例えば,甲58の3頁の図の「コリメート系」を出た光束は縦長の断面形状であり,これを「シリンドリカルビームエクスパンダー」によって横長の断面形状の光束に変換すれば,走査用レンズ( θレンズ)によって感光媒体上に縦長ビー fムスポットを得ることができるが,このときに,「シリンドリカルビームエクスパンダー」を横方向だけに屈折力を有するものとするか,あるいは,縦方向だけに屈折力を有するものとするか,一般的にはいずれも可能である。上記の「シリンドリカルビームエクスパンダー」として横方向だけに屈折力を有するものを選択した場合には,「シリンドリカルビームエクスパンダー」は横方向にビームの径を拡大するように設計し,縦方向だけに屈折力を有するものを選択した場合には,「シリンドリカルビームエクスパンダー」は縦方向にビームの径を縮小するように設計すればよいことになる。上記のどちらにするかは,光学系の大きさやコストを考慮して有利な方を選択すればよいことである。
b 本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。甲2)には,「本発明の目的は,レーザーを光源とする記録光学系に於いて,良好に記録が行なえるビームスポットを得ることが出来る記録光学系を提供することにある。」(2欄16行〜19行)との記載がある。この記載中の「良好に記録が行なえる」とは,本件明細書の「回折限界程度の良好な結像性能を得,且つ,記録に必要な光量を感光媒体上に伝達することが可能である。」(5欄41行〜44行)との記載を意味するというべきである。
そして,甲58には,本件発明の目的に該当する技術課題である,?「最適エネルギー利用」(これは,「感光媒体上に必要な光量を伝達すること」を意味する。),?「アポディゼーション効果」(これは,本件発明における「絞り(アパーチャー)」の意義を十分に認識していたことを意味する。換言すれば,レーザーを使用する光学系においては,絞りによってガウシアン分布の強度分布を有するビームの径を制限することによって生じる効果である「アポディゼーション」の効果を重要視しなければならないことを認識していたことを意味する。),?「焦点深度を深くする」こと(これは,「実質上回折限界程度の結像性能を有する」ことを意味する。),?「将来の製品化に備えて低コスト」意識を有していたことを開示している。
(イ) 原告は,上記のとおり自主的に開発を始めた半導体レーザーの集光光学系の開発を,LDRタスクフォース(TR-024)及びFSPタスクフォース(TR-029)においてそれぞれ与えられた光学系の設計業務とは別に,半導体レーザーの集光光学系の具体的な応用展開として開発を続けた。
a 原告は,昭和52年7月6日付け技術メモ「 -77V00OD1M8」(「LDR-R最適光学系の設定法の一考察」。甲67)を作成し,書き込み(記録)時間を最短にする最適な光学系を設定するための一手段を提案した。
甲67におけるLDR-Rの光学系の構成(図1)は,本件発明の光学系の基本的な構成と同様である。甲67の記載に基づき,半導体レーザーの配光特性を考慮してシリンドリカルビームエクスパンダーのビーム拡大比を選択することにより縦長ビームスポットを生成することが可能となる。
原告は,甲67において,半導体レーザーが点灯している間に結像スポットがシフトする「シフト効果」により,本件発明の「1画素の記録スポットの大きさを走査方向とそれと垂直な方向で等しくする」技術を完成させた。
b 被告が昭和52年8月ころ完成した「SLB」(半導体レーザー光源LBP)のデモ機には,半導体レーザーの「縦置き」による「縦長ビームスポット」が採用されていた。この「縦長ビームスポット」を採用したデモ機の光学系を設計したのは原告である。
すなわち,原告は,デモ機の記録速度や記録感度,使用される半導体レーザーの特性等に係る情報を関係者から入手して,アークサインレンズを含む光学系の設計仕様を検討し,その仕様に基づいて,デモ機に対して適応可能な対物レンズ,シリンドリカルビームエクスパンダー,ガルバノミラー偏向器,アークサインレンズによって構成される光学系を設計した。
c 原告は,昭和52年8月24日にスタートしたFSPタスクフォース(TR-029)において,半導体レーザーを使用したLBPの開発を開始した。
原告は,光学系の設計を始めなければならない時期になっても光学系の仕様を与えられなかったため,自己の担当でないにもかかわらず,自ら光学系の仕様を決めるため,社内の技術者から半導体レーザーの特性を入手し,自主的に光学系の構成を検討した。そして,原告は,自主的に,半導体レーザーを使用するLBPにおける光学系の最適設計に関して研究・開発を行い,昭和52年11月2日付け技術メモ「 -77V015」(「FSPに使用する各 OD1M社のレーザーとそれらを用いたときの結像特性」。甲68)を作成した。
甲68における光学系の構成は,基本的に甲58に記載した光学系と同じ構成を前提としているものの,新たに,アパーチャー(絞り)の位置をシリンドリカルビームエクスパンダーと偏向器の間に配置しており,この絞りの位置は,本件発明の特許請求の範囲や本件明細書の第3図(別紙1)と同様である。
また,甲68には,シリンドリカルビームエクスパンダーは使用しなくてもよい場合がある旨の記載(3頁9行〜10行)があり,この記載は,本件明細書(甲2)の「シリンドリカルレンズ系9はその機能を果さなくなり,シリンドリカルレンズ系9はなくても良い結果になる。」(8欄18行〜20行)との記載と一致する。
このように原告は,FSPタスクフォース(TR-029)に参加していた時点で,本件発明と同様の光学配置を着想していた。
原告は,甲68を作成したころ,縦長ビームスポットの場合の結像性能のほうが良いという見解を持っていた。甲68における「スポットの形状は,J方向(半導体レーザーの接合面に垂直な方向)の径を1とした場合,S方向(半導体レーザーの接合面に平行な方向)のそれは1.5×となる。(J方向を80μとすれば,S方向は120μ)」(3頁11行〜12行)との記載は,円形ではなく,縦長あるいは横長のスポット形状を前提としている。
d 原告は,甲68を見たFSPタスクフォース(TR-029)のチーフのB1から,半導体レーザーを使用する際の問題点を明確にして,スポットの大きさ,平均エネルギー密度などを計算して欲しい旨の依頼を受けた。B1の依頼は原告の担当業務である光学設計の技術範囲を超えるものであったが,原告は,光学設計に係る他の技術領域の分野の研究・開発を積極的に進めていたため,B1の依頼を引き受けた。
原告は,昭和52年11月8日付け技術メモ「 -77V0OD1M16」(「FSP光学系による半導体レーザー利用上の問題点と結像特性」。甲69)を作成した。
甲69には,「(附記)」として「レーザーの設置について附記しておく。レーザーのJunction面は偏向面と平行とする」,「前回FSP試作機(DBV85073)の経験から,J面と偏向面を垂直にするより画質が良好。また,J面と偏向面を垂直にすると,光源の回折パターンが,ビームディテクト情報に対してノイズとなる」(1頁)との記載がある。
この記載が示すように,「縦長ビームスポット」よりも「横長ビームスポット」の方が記録画像の品質がよく,ビームディテクトの検出性能が良いことを理由に試作機に横長ビームスポットを採用することが当時のタスクフォースの統一的見解であった。B1は,FSPに横長ビームスポットを採用することを条件に半導体レーザーを使用する際の問題点を明確にし,スポットの大きさ,平均エネルギー密度などを計算することを依頼した。
原告は,個人的には「縦長ビームスポット」が良いと思っていたものの,当時のタスクフォースの統一的見解に反し,実験や試作機の画像記録によって良いことが証明されたものではなかったため,甲69に「縦長ビームスポット」が良いことを明記しなかった。甲69の附記において,「横長ビームスポット」が良いとされた理由を記載したのは,横長ビームスポットを採用することがタスクフォースの統一的見解であって原告の意思ではないことを明確にするためであった。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)のとおり,原告は,昭和52年3月1日付けの甲58に記載された本件発明の本質部分を着想し,その後の研究開発を通じて,同年7月6日から同年11月2日のいずれかの時点において縦長ビームスポットが画像記録に資するという技術思想を着想し,これらの着想をまとめた本件原出願の提案書を作成して,本件発明を完成した。
そして,原告は,同年11月2日の前後ころ,上記提案書を被告に提出し,昭和53年4月28日,本件原出願の出願がされた。
(エ) 原告は,昭和53年5月23日付け技術メモ「 -78V0OD1M09」(「FSP画像品位と設計仕様」。甲70)を作成した。
甲70の6頁の図3及び図4の点像強度分布は,走査線方向よりも走査線と直交する方向に大きく広がった結像スポットであり,「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる」縦長ビームスポットを示すものである。
甲70は,甲58記載の技術に基づいて,シリンドリカルビームエクスパンダーを使用しないで良好な画像品質が得られるかどうかについて,縦長ビームスポットの場合の解像度の検討を報告したものであり,ここにいう縦長ビームスポットは,本件発明の構成要件である「縦長ビームスポット」そのものである。
甲70は,B1や他の誰の指示も依頼も受けることなく,良好な画像品位を得ることを目的とした原告の自主的な検討によるものであり,本件発明の技術を実用に供したものといえる。
このように原告は,甲70において,本件発明の構成要件である「縦長ビームスポット」の効用を検証し,FSPの量産化に備えて,自主的に画像品位の規格を試案して,光学系の設計仕様を具体化する必要があると考えていた。
ウ 本件出願の経緯原告は,昭和60年ころ,被告知財本部のB2(以下「B2」という。)から連絡があり,本件原出願の権利化は困難である,縦長ビームスポットを特許請求の範囲の要件とする分割出願をする旨の説明を受けた。その後,昭和60年9月18日,本件原出願からの分割出願である本件出願がされた。
本件発明の特許請求の範囲は,原告が被告の出願担当者に示唆した内容に基づくものである。また,そもそも本件原出願の明細書(図面を含む。以下「原出願明細書」という。乙33)に基づいて,縦長ビームスポットを特許請求の範囲の要件とすることに何ら困難はなく,本件発明の特許請求の範囲は,原出願明細書に記載されていることを単に事務的に文言化したにすぎない。
エ 被告の主張に対する反論被告は,後記のとおり,本件発明における縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思想は,本件出願前に出願されたB3・B1発明(乙13)を基礎とするものである旨主張する。
しかし,B3・B1発明は,単に半導体レーザーのファーフィールドパターン(FFP)特性のみを利用して単純に縦長にするものに過ぎず,光束がコリメートされたところに絞りを設けるという光学系の構成により,半導体レーザーに特有の非点隔差の問題を解決しつつ必要光量を満たして焦点深度内の結像性能を得るといった,本件発明が実現する実用的な構成を何ら開示するものではない。そのためか,B3・B1発明は,特許権として権利化されるに至っていない。
したがって,被告の主張は失当である。
オ小括以上のとおり,本件発明は,原告の単独発明であり,B1は,本件発明の完成に全く寄与しておらず,共同発明者ではない。
(2) 被告の主張本件発明は,被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発にその黎明期から実働部隊のリーダー,タスクフォースのチーフとして従事したB1と被告の光学部にあって試作機等のレンズ及び半導体レーザー光学系の開発・設計を担当した光学技術者の原告によって,本件原出願に係る発明(以下「原出願発明」という。)が提案された昭和53年4月20日ころから遅くとも本件原出願がされた同月28日までの間に,完成された。
本件発明における縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思想は,被告が昭和51年3月31日に特許出願(特願昭和51-35743号)をしたB1及びB3(以下「B3」という。)を共同発明者とするレーザー記録装置に関する発明(以下「B3・B1発明」という。)を基礎として,B1をチーフとするタスクフォースにおける半導体レーザー光源LBPの高精細化,高解像度化の研究開発の進展により,発明として結実したものである。
光学技術者の原告は,半導体レーザー光源LBPの最適光学系を導出する条件式を設定した原出願発明の完成には貢献しているものの,本件発明における縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思想にはほとんど貢献していない。
このように本件発明は,B1及び原告の共同発明であり,原告の単独発明ではない。
本件発明の技術的特徴,本件発明の完成の経緯等は,以下のとおりである。
ア 本件発明の技術的特徴(ア) 本件発明は,「レーザーを光源とする記録光学系に於いて,良好に記録が行なえるビームスポツトを得ることが出来る記録光学系を提供すること」(本件明細書の2欄16行〜19行),より具体的には,1画素の記録画像の大きさが走査方向とそれに直交する方向で等しくならないという課題の解決を目的とするものである。
本件発明は,上記課題を解決するため,その特許請求の範囲記載のとおり,「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系。」としたものである。
そして,本件発明の技術的特徴は,光束がコリメートされたところに設けた「絞り」の形状により,光束を整形・制御し,もって,ビームスポット形状を「縦長」にすることにより良好な記録画像を得る技術である点にある。
(イ) これに対し原出願発明は,半導体レーザーを光源とする半導体レーザー光学装置の技術に関するものであるが,発明の目的・課題,解決手段及び作用効果,技術的特徴のいずれにおいても本件発明と異なるものである。
すなわち,原出願発明は,「実質上シングルモードを有する半導体レーザーを光源とする記録光学系」(乙33の2頁左下欄2行〜3行)の技術分野に関する発明であって,シングルモードの半導体レーザーを使用した場合,その接合面に平行な方向と垂直な方向とで,ビームウエスト位置が一般に異なる,いわゆる非点隔差のある光源であるため,回折限界程度の結像性能を得ることができないという課題の解決を目的とするものである(同3頁左上欄10行〜右上欄1行)。
原出願発明は,上記課題を解決するため,その特許請求の範囲を別紙「原出願発明の特許請求の範囲」のとおりとしたものである(ただし,その後本件原出願の出願公告時(乙34)までに,上記特許請求の範囲は補正されている。)。
そして,原出願発明の技術的特徴は,発明の詳細な説明に記載された特許請求の範囲に含まれる「(12式)」を導出したことにあり,この式の範囲に入るようにすれば,「回折限界程度の良好な結像性能を得,且つ,記録に必要な光量を感光媒体上に伝達することが可能である」(同5頁右上欄14行〜末行)という作用効果を奏する点にある。
・・・(12)イ 本件発明の完成に至る経緯(ア) 被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発は,昭和48年に発足したTR-006のタスクフォースで始まったLBP開発の成果に基づき,これを継承してされたものであり,また,被告における全社的なテーマとして行われたものである。
被告において編成された各タスクフォース及びそのテーマ,期間,目的等は,別表「レーザー光学系の開発経緯」のとおりである。
a 被告におけるLBPの開発は,昭和48年(1973年)8月に発足したTR-006のタスクフォースから始まった。その後,TR-008,TR-011,TR-016の各タスクフォースでLBPの研究開発が行われた。B1は,上記各タスクフォースのチーフとして参加し,LBPの基礎技術の研究と製品開発にあたった。
被告では,TR-018(昭和51年2月〜昭和52年1月31日)のタスクフォースが開始される前から,半導体レーザー光源LBPに関する研究開発が主に中央研究所において行われていた。また,昭和50年2月ころから,B1を中心に有志が集まって,半導体レーザー及び半導体レーザー光源LBPの研究を始めていた。
b 半導体レーザー光源LBPの開発は,遅くとも昭和50年末ころ0899228sin2)(44.2J abfDjffDjDssfDsDjθ λ(イ) 被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発において,縦長ビームスポットの効用に関する知見を最初に見出したのは,B3・B1発明の発明をしたB1及びB3である。
a 昭和51年3月31日に出願されたB3・B1発明は,TR-018のタスクフォース及び同タスクフォースに先行して行われたB1らによる半導体レーザーに関する研究開発の成果である。
b B3・B1発明の特許請求の範囲は,「情報に応じて出力を変調される半導体レーザ上のレーザ光を記録媒体上に結像,走査して情報を記録する走査手段を有するレーザ記録装置に於て,半導体レーザよりの非対象形状ビームによる結像光点の短軸方向と走査方向が一致する様に半導体レーザ及び走査手段を配置したことを特徴とするレーザ記録装置。」というものである(乙13)。
上記記載によれば,B3・B1発明は,「半導体レーザ」と「走査手段」の「配置」により,縦長ビームスポットを得ることを技術的特徴とする発明である。具体的には,半導体レーザー光源から射出した発散光束を,対物レンズでコリメートし,偏向器及び走査用レンズを介して,感光媒体上に結像させるものであり,そのときの半導体レーザーは「縦置き」,ビームスポット形状は「縦長」である。つまり,半導体レーザー光束の楕円形状(ファーフィールドパターン)を使って縦長ビームスポットを作出するものであり,B3・B1発明の効果は,縦長ビームスポットにより記録画像を形成して,「明瞭な記録」を得ることを可能としたことにある(乙13の右下欄10行〜末行)。
このようにB1及びB3は,昭和51年3月にB3・B1発明が出願されたころには,縦長ビームスポットの効用,及び半導体レーザー光束の楕円形状(ファーフィールドパターン)を使って縦長ビームスポットを作出するという縦長ビームスポットの作出に関する知見を有していた。
(ウ) TR-018のタスクフォース(昭和51年2月〜昭和52年1月)では,LBP-2000Lの改造(実験)機(以下「改造機A」という。)及びLBP-4000Dの改造(実験)機(以下「改造機B」という。)による実験(「絵出し」)が行われた。
改造機A及び改造機Bによる実験の時期,使用半導体レーザー,ビームスポット形状,半導体レーザーの置き方,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの有無,絞りの孔(アパーチャー)の有無,使用対物レンズ,使用走査レンズ等は,別表「ビームスポット形状等の変遷表」のとおりである。
a 改造機Aによる実験は,そもそも半導体レーザーを光源に用いてプリンターとして製品化できるか検証するためのものであったが,昭和51年6月の半導体レーザーでの初めての「絵出し」において,一定程度の文字品位を得ることに成功し,半導体レーザー光源LBPの製品化に目処が立った。「改造機A」の光学系は,半導体レーザー光源から射出した発散光束を,対物レンズでコリメートし,偏向器及び走査レンズを介して,感光媒体上に結像するもので,そのときの半導体レーザーは「横置き」,ビームスポット形状は「横長」である。
b 改造機Bによる実験は,改造機Aによる実験が行われた昭和51年6月から数か月後に行われたが,半導体レーザー光源LBPの光学系の構成において,対物レンズと偏向器との間にシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設ける構成,及びかかる構成により光束を整形(本実験では円形に)し,ビームスポット形状を制御する(本実験では円形にする)技術を,被告において初めて考案し,実施したものであった。
原告は,TR-018のタスクフォースの「光学設計」を担当し,その業務として,チーフのB1及び実験を行ったB3らの指示・要請により,改造機Bのシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設計した者であり,一方,B1は,改造機Bによる実験を指示・承認した者である。
本件明細書の第3図(別紙1)でシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを用いた光学構成が示されているのは,TR-018のタスクフォースの成果によるものである。
(エ) TR-027のタスクフォース(昭和51年11月〜昭和52年7月)において開発していた「SLBP」のデモ機が,昭和52年8月ころ完成した。このデモ機によるデモンストレーションは,B1,B3らにより,被告のアメリカ法人において将来の見込み客を相手に行われた。
デモ機の使用半導体レーザー,ビームスポット形状,半導体レーザーの置き方,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの有無,絞りの孔(アパーチャー)の有無,対物レンズ,走査レンズ等は,別表「ビームスポット形状等の変遷表」のとおりである。
a デモ機では,「絞り」が,対物レンズと偏向器の間で,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの出口に光束がコリメートされているところに設けられた。その理由は,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーにより光束がコリメートされた位置に「絞り」を設けることにより,走査レンズが所定の性能を発揮する範囲に光束径を合わせるためであった。
また,デモ機のビームスポット径については,改造機Bと同様,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設けて円形とすることを狙ったが,B3による「デモ機」開発時の実測ベースで,「178μ×195μ」のやや縦長であった。
これは,ビームスポットを基本的に円形にすることを狙いつつも,光源の半導体レーザー(デモ機ではRCA社製)の配向特性のバラツキにより結像スポットが若干楕円にならざるを得なかったところ,そのバラツキを結像スポットが縦長楕円になる方向に許容するのか,それとも横長楕円になる方向に許容するのかを決めるに当たり,B3がB3・B1発明に基づいて有していた縦長ビームスポットの効用の知見を生かし,縦長楕円になる方向に許容する半導体レーザーの置き方,すなわち「縦置き」にすべきと判断し,提案して,「縦置き」にされたため,「デモ機」のビームスポット形状がやや縦長になったことによる。
b 「デモ機」で採用された光学構成は,本件明細書の第3図(別紙1)の光学構成と基本的に同一である。
「デモ機」で採用された光学構成は,B1,B3及びB4(以下「B4」という。)らが,従前の半導体レーザー光源LBPの研究開発の成果に基づいて,検討,開発し,B1をチーフとするTR-027のタスクフォースで採用されたものであり,同タスクフォースの成果である。すなわち,「デモ機」で採用された光学構成は,B3,B4の検討,提案に基づいて,TR-027のタスクフォースのチーフのB1が決定した。
「デモ機」において,半導体レーザーを「縦置き」にすることは,B3が,B1の承認を得て,機械技術者と相談して決定したことであり,原告が決めたものではない。
また,本件発明の「光束がコリメートされているところに絞りを設ける」という構成も,同様に,TR-027のタスクフォースの成果である。
このように被告の半導体レーザー光源LBP開発において,「光束がコリメートされたところ」にシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設けて,光束を円形に整形・制御し,ビームスポット形状を横長から円形にして,走査方向のスポットサイズを小さくして分解能を高め,かつ,結像スポットの像強度も高めるということを最初に着想したのは,B3及びB4である。
B1は,タスクフォースのチーフとして,上記シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用した光学系による実験を承認し,かつ,その報告を受けている。
(オ) TR-029(昭和52年8月24日〜昭和53年12月末)のタスクフォースでは半導体レーザー光源LBPの製品開発として「FSP」( )の開発が行われた。 Future Small Printer同タスクフォースは成功し,世界初の卓上型小型LBPである「LBP-10」の発売(昭和54年4月)に結実した同タスクフォースでは,?「FSP」の開発初期の段階に,開発対象製品の要素技術・機能を確認するための試作機である「要素試作機」(DBV85073。以下「FSP要素試作機」という。)が,?昭和53年6月ころ「試作機」が,?「LBP-10」が発売される数か月前に,「量産試作機」がそれぞれ製作された(別表「ビームスポット形状等の変遷表」の「実機(機種)」の「FSP-1000」欄の3機種のうち,(1)の機種が「FSP要素試作機」,(2)の機種が「試作機」,(3)の機種が「量産試作機」である。)。
a FSP要素試作機の光学構成は,デモ機と基本的に同一であったが,半導体レーザーはRCA社製から日立製CSPレーザーに,偏向器はガルバノミラーからポリゴンミラーに,走査用レンズはアークサインレンズからfθレンズに大きく変更していた。
FSP要素試作機のビームスポット形状は,デモ機と同様,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用して円形を目指し,約「74μ×74μ」の円形(甲70の図2)であった。
FSP要素試作機の半導体レーザーの置き方も,デモ機の場合と同様の検討から,当初「縦置き」として実験(絵出し)したが,当時の日立製CSPレーザー素子をキヤノン製マウントに搭載したCSLでは,「縦置き」にするとビームディテクターにノイズ(干渉縞)が入り,ジッターによる画像不良(各文字行の印字開始又は終了,改行位置が縦方向に一直線に揃わなくなる不良をいう。以下「ジッター問題」という。)が発生した。この「ジッター問題」は,半導体レーザーのレーザー素子と接合される「ヒートシンク」(熱冷却装置)がレーザー素子の端面からはみ出していたため,半導体レーザーの発散光束が「ヒートシンク」のはみ出し箇所で反射し,本来の発散光束と反射光が干渉して干渉縞が発生することを原因としていた。
しかし,半導体レーザーを「横置き」にすると,走査ビームと干渉縞は同時にビームディテクターに感知されるので,書き出しのタイミングは狂わず,ジッター問題は生じなかったため,FSP要素試作機及びその後の「FSP」の試作機では,半導体レーザーは,やむなく,「横置き」とされた。
b 試作機では,昭和53年5月23日の前後ころ,「FSP」のコストダウン(低価格化)のため,高価なシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを取り外すことが提案され,これが実行されるともに,その印字性能への影響が検討され,テストされた。
同年6月当時も,ジッター問題は依然未解決であったため,試作機の半導体レーザーは「横置き」とされていた。このため,ビームスポット形状は横長になったものの(乙173の1枚目,「図1,光学系」参照),このころには,日立製CSPレーザーの採用,CSLユニットの開発などにより,縦横のビームスポット径の値は,「64μ×98μ」になっていたので,甲70に記載された限度で一応,良質な画像を得ることは可能となっていた。
c 量産試作機の製作のころには,日立製CSP半導体レーザー素子をマウントにボンディングする際の製造精度の向上とCSLユニットの完成により,「ヒートシンク」のはみ出しの問題が解消され,半導体レーザーを「縦置き」にした場合に発生するジッター問題も解決された。そのため,縦長ビームスポットの効用を熟知していたB1らによって,縦長ビームスポットを得るために,「縦置き」に決定された。量産試作機では,半導体レーザーは「縦置き」に変更されて,ビームスポットは「94μ×78μ」の縦長となった(乙174)。
d 以上のとおり,TR-029のタスクフォースにおいて,半導体レーザーの性能向上を受けて,「FSP」の低価格化のため,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを取り外して,円形のビームスポットから楕円形状のビームスポットにし,かつ,半導体レーザーを「縦置き」にすることにより,最終的に「FSP」のビームスポットは縦長ビームスポットになった。
上記のビームスポット形状決定の過程において,各方針を決定したのは,B3・B1発明を発明した時点において,縦長ビームスポットにより良好な画像を得られるという知見を有し,かつ,走査光学系のみならずLBP全体の構成,品質,コスト等を検討していた,タスクフォースのチーフのB1らである。
(カ) 原出願発明は,TR-029を含めそれまでに遂行されたタスクフォースにおける実験,検討,研究開発によって蓄積された,半導体レーザー及び半導体レーザー光学系に関係する技術情報,データ,研究レポート,考案,発明があって初めて発明されたもので,被告の多大な貢献によるものである。原出願明細書に記載されていた本件発明についても同様である。
ウ 原告の主張に対し原告が本件発明を単独で行ったことの根拠として挙げる甲58,67ないし70の各技術メモは,いずれも,原告が縦長ビームスポットの効用・優位性の知見を得た,又は得ていたことを示すものではなく,上記根拠となるものではない。
また,原告は,「絞り」が設けられた「デモ機」の光学構成(光学系の設計仕様)を検討し,その設計をした旨主張するが,事実に反するものである。
(ア) 甲58について甲58は,光束がコリメートされているところに絞りを設けることに関する記載も,絞りによりビームスポット形状を制御することに関する記載も,良好な画像を得るためにビームスポット形状を縦長にすることに関する記載も,一切ないので,本件発明とは無関係である。
また,甲58の「アポディゼーション効果」に関する記載は,半導体レーザー光束の「結像特性は,・・・アポディゼーション効果により悪化する。」というものであり,本件発明の「縦長ビームスポット」の着想の根拠とはなり得ず,かつ,本件発明を何ら示唆するものでもない。
さらに,甲58の光学系は,半導体レーザーを光源とするものの,LBP用の光学系ではなく,LDR用の光学系である。LDR(レーザー・ダイレクト・レコーダーの略で,製品としては,記録の保存などに用いられるマイクロ製品)は電子写真技術を用いる記録装置ではなく,被走査媒体はフィルムであり,フィルムに蒸着された金属薄膜をレーザー光の「熱」で蒸発させて記録するものであるため,像強度を最大にすることが必要であった。このように,上記記録方式の差によって,LDR用の光学系は,LBPの設計仕様と著しく異なるものであるから,甲58が,主に電子写真技術による画像記録を予定している本件発明の「基本的な技術思想」を示しているとはいえない。
(イ) 甲67について甲67は,LDR用の光学系においてLDRの書き込み時間を短くするための考察をしたものであり,像強度(ピークパワー)を高めるために,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを用いて,「直径8μmの円形スポット」を得るように光学系を設計している。甲67には,縦長,横長に限らず,楕円形状のビームスポットが円形ビームスポットより好ましいものであることを示唆するものは何ら存しない。
また,甲67の「図1」は,「8μ」の円形スポットを走査して書き込み時間の検討を行ったものであり,縦長ビームスポットのシフト(走査)には一切触れていない。
したがって,甲67は,原告が,LBPの画像記録において,縦長ビームスポットの効用・優位性についての知見を有していたことを示すものではない。
(ウ) 甲68について甲68が作成された昭和52年11月当時のFSPの試作機において,絞りがシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーと偏向器との間に設置されているのは,TR-027のタスクフォースで開発された「デモ機」の光学構成に従ったことによる。このデモ機の光学構成は,B3,B4の検討,提案に基づいて,TR-027のタスクフォースのチーフのB1が決定したのであり,原告の着想,考案,提案等によるものではない。
また,甲68は,ビームスポット径が円形ビームスポットとしての許容範囲である「Stripe方向100〜150μ」に入るためのシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの拡大倍率,その拡大倍率及び半導体レーザーの組合せを検討して,円形ビームスポットを目指したものであって,縦長ビームスポットの効用を検討したものではない。
さらに,甲68では,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーなしに「最適光学系」は得られない。
したがって,甲68は,コリメートされたところに絞りを設け,「絞りにより」ビームスポットを縦長にするという本件発明とは無関係であり,原告が本件発明を行った根拠にはならない。
(エ) 甲69について甲69では,?「3.1 コヒーレント光源の場合」及び「3.2インコヒーレント光源の場合」の各表(3頁〜4頁)において,大半の(コヒーレント光源の場合はすべての)「スポット径」がほぼ1×1であり,ビームスポット形状がほぼ円形であること,?ビームスポット径の縦横比が1:1.54を超える場合について,「使用不可(スポット形状に難あり)」(4頁欄外,3頁「注3」)と記載されていることなどからすれば,甲69も,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーにより,円形ビームスポットを目指しており,縦長ビームスポットを検討したものではない。
また,甲69の「(附記)」(1頁)の記載は,半導体レーザーを「横置き」とすることについて述べているにとどまり,ビームスポット形状,横長スポットについては何ら言及するものではない。甲69作成当時は,ビームスポットの微小化と像強度の増大のため,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーでビームスポットをほぼ円形にしていたのであるから,半導体レーザーの設置方法は「縦置き」,「横置き」のいずれでも良かったのである。半導体レーザーを「横置き」にした理由が,ビームスポット形状とは関係なく,「縦置き」にするとビームディテクタにノイズが入り,「ジッター問題」を起こして,画像に悪影響を与えるためであったことは,先述のとおりである。したがって,上記「附記」の記載は,「横長スポット」がTR-029(FSP)のタスクフォースの統一見解であったことを示すものではない。
さらに,上記「附記」で引用されている「前回FSP試作機(DBV85073)」は,FSP要素試作機であって,デモ機ではなく,「前回FSP試作機(DBV85073)」のスポット径は,縦長ではないので,原告が甲69の段階で縦長スポットの優位性につき知見を有していたという根拠はない。
したがって,甲69は,コリメートされたところに絞りを設け,「絞りにより」ビームスポットを縦長にするという本件発明とは無関係であり,原告が本件発明を行った根拠にはならない。
(オ) 甲70について甲70は,「(本検討の背景)」欄(1頁)に記載されているとおり,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを取り外しても良好な画質を得られるかどうかを検討したレポートであるところ,同レポート中に円形ビームスポット及び楕円ビームスポットに関する記載は存しないので,円形ビームスポット,縦長あるいは横長ビームスポットについて検討するためのものとは認められず,何ら縦長ビームスポットの効用を示すものではない。
また,甲70の「図2」は,「現状対物+シリンドリカルビームエクスパンダー」の場合,ビームスポットが円形であることを示し,「図3」及び「図4」は,「シリンドリカルビームエクスパンダーなし」の場合,ビームスポットは楕円であることを示しているが,縦長の楕円か横長の楕円かは不明である。
したがって,甲70は,コリメートされたところに絞りを設け,「絞りにより」ビームスポットを縦長にするという本件発明とは無関係であり,原告が本件発明を行った根拠にはならない。
(カ) デモ機の光学構成についてデモ機の光学構成の決定には,光学のみならずプロセスの知見が必要だったものであり,プロセスを担当していたB3と光学担当のB4が光学構成を検討し,光学とプロセスの全体につき十分な知見を有していたB1が承認して,決定されたものであり,原告は,このように決定された光学構成に基づいて,デモ機のレンズ設計をしたに過ぎない。
このことは,?「デモ機」を含む半導体レーザー光源LBPの光学系の構成は,基本的には,当時既に製品化されていたガスレーザー光源LBPの光学系の構成と大きく異なるものではなく,「HeNeガスレーザー」,「AO変調器」,「ビームエクスパンダー」の配置を,「半導体レーザー」,「対物レンズ」,「シリンドリカル・ビーム・エクスパンダー」の配置に置き換えただけであったため,「デモ機」を開発していたB3,B4らは,「デモ機」の光学構成の検討を,原告に依頼する必要はなかったこと,?B1とB3は実際に米国で「デモ機」のデモンストレーションを行っているが,B3が光学機器の説明担当としてB1に随行したのはB3が光学構成を開発したことによること,?原告は,「改造機A」の実験に関与しておらず,「改造機B」の実験では,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設計しただけであったにもかかわらず,突然「デモ機」の光学構成を担当し,決定したというのは,極めて不自然であることなどに照らしても,明らかである。
エ小括以上のとおり,本件発明は,B1及び原告の共同発明であって,原告の単独発明ではない。
3 争点3-1(本件発明により被告が受けるべき利益の額の算定方法)について(1) 原告の主張ア 算定方法1(ア) 特許法旧35条4項は,職務発明特許を受ける権利承継に係る相当の対価の額は,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定する。
ここに「使用者等が受けるべき利益」とは,特許権の価値から使用者が当然に有している法定通常実施権の価値を差し引いた額をいい,具体的には,使用者が第三者に実施させた場合や譲渡した場合の受けるべき利益はもとより,使用者自らが独占的に実施した場合の受けるべき利益も含まれるというべきである。
本件発明により被告が受けるべき利益の額は,次の算定方法により算定すべきである。
使用者が,第三者との間で,職務発明に係る特許を対象に含めた包括クロスライセンス契約を締結した場合,使用者は,当該包括クロスライセンス契約に基づき当該特許についての具体的な実施料を得るわけではなくとも,相手方の特許を自由に実施できることにより,上記実施料の収入をはるかに上回る利益を得ることが数多くあり,その場合には,「使用者等が受けるべき利益」が認められる。
そして,被告は,自社の特許に基づいて個別に実施料を取得するよりも,当該特許を包括クロスライセンス契約の対象とするなどして第三者の特許を自由に実施することこそが被告に利益を生み出すとの特許戦略の下で事業展開し,プリンタ市場では他の同業者と異なり本来支払うべき実施料の支払を免れ,また,研究開発コストの大幅な削減を実現し,飛躍的な業績の拡大を続けていることからすると,本件発明を包括クロスライセンス契約の対象とすること等によって,被告が受けるべき利益は,少なくとも本件特許を個別に有償でライセンスしたと仮定した場合に得られる実施料よりも,はるかに大きいはずである。
したがって,本件発明により被告が受けるべき利益は,被告が第三者製品及び被告製品に関して本件特許をライセンスしたと仮定した場合の実施料相当額(被告の得べかりし実施料)を下回るものではない。なお,被告が包括クロスライセンス契約に基づいて本件発明に対する実施料を受領していた場合には,その実施料額が「使用者等が受けるべき利益」に含まれることはいうまでもない。
被告が第三者製品及び被告製品に関して本件特許をライセンスしたと仮定した場合の被告の得べかりし実施料は,次の算定方法で求めることができる。
「被告の得べかりし実施料≧「本件特許に係る発明技術を実施したレーザー走査光学系ユニットの出荷相当額」×「本件特許をライセンスしたと仮定した場合の実施料率」={レーザー走査光学系ユニットの単価×(第三者製品及び被告製品の出荷台数×第三者製品及び被告製品における本件特許の実施率)}×本件特許をライセンスした場合に通常であれば設定されたであろう実施料率」(イ) 使用者等が従業者等から職務発明について特許を受ける権利承継した場合,その発明について特許出願後その出願公開前においても,使用者は,当該発明に関する情報を独占して発明の実施を事実上独占することによって,あるいは当該独占的実施を第三者にライセンスすることによって,その事実上独占の利益に対する実施料を取得することによって,特許権が成立した場合と同様に利益を得ることができるのであるから,使用者等が出願時から出願公開時までに当該発明に関して得た利益についても,特許法旧35条4項にいう「その発明により使用者等が受けるべき利益」に含まれるというべきである。
本件においても,被告が他社と締結した包括クロスライセンス契約(乙122〜130)は,いずれも,「特許対象」として,被告の特許のみならず,被告の特許出願を含んでおり,このことから,被告が,他社との間で締結した包括クロスライセンス契約において自己の保有する特許出願段階の発明もライセンスの対象に含めることにより,これらについて利益を得ていることは明らかである。
被告は,本件発明の原出願である本件原出願が出願された時点より,本件発明を含むより広範な原出願発明(乙33)につき,他社との包括クロスライセンス契約により利益を得ていたのであるから,本件発明により被告が受けるべき利益の額の対象期間の起算日は,本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日とすべきである。
算定方法2別件訴訟における第1審判決又は控訴審判決の算定方法に大筋で基づく場合には,本件発明により「被告が受けるべき利益」は,被告の全ライセンシーにおける譲渡価格に,標準包括ライセンス料率及び本件発明の寄与度を乗じて算定されるべきである。
その算定に際しては,被告の後記主張のとおり,被告の全ライセンシーにおけるLBP譲渡価格は,3兆7437億1573万6544円,被告の全ライセンシーにおけるMFP等譲渡価格は1兆0185億5575万2957円,LBP及びMFP等の標準包括ライセンス料率は,LBPにつき2.37%,MFP等につき2.88%とする。
(2) 被告の主張ア 被告が包括ライセンス契約において本件発明より得た利益の額被告が本件発明を対象とする包括ライセンス契約により得た利益の額は,別件訴訟の第1審判決が採用した算定式をベースにして,次のように算定すべきである。
本件発明を対象とする包括ライセンス契約により得た利益の額は,被告の全ライセンシーにおける本件発明を実施した製品の譲渡価額に,被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率及び被告ライセンス契約における本件発明の寄与度を乗じて算出すべきである。
(ア)a 特許権者が単数の特許について競業他社とライセンス契約を締結した場合,当該契約により得られる実施料収入は,当該特許に基づいて使用者が得る独占の利益であるというべきであるから,これを特許法旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とみることができる。
複数の特許発明ライセンス(実施許諾)の対象となっている場合には,当該発明により「使用者等が受けるべき利益の額」を算定するに当たっては,当該発明が当該ライセンス契約の締結に寄与した程度を考慮すべきである。
当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾しあう包括クロスライセンス契約においては,相互に無償で実施を許諾する特許発明等とそれが均衡しないときに支払われる実施料の額が総体として相互に均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから,相手方が自己の特許発明実施することにより,本来,相手方から支払を受けるべきであった実施料の額及び相手方から現実に支払われた実施料の額の合計額を基準として算定することも許されると解される。
エレクトロニクスの分野においては,一つの製品に数千にも及ぶ技術が使用されていることもまれではなく,そのため,エレクトロニクス業界においては,ある一定期間中にお互いに自己の保有する関連特許すべてを許諾し合う包括クロスライセンス契約(無償包括クロスライセンス契約,有償包括クロスライセンス契約,ライセンスバック付き有償包括クロスライセンス契約の総称。)を締結することが多い。このような包括クロスライセンス契約を締結する場合,その交渉において,多数の特許のすべてについて,逐一,その技術的価値,実施の有無などを相互に評価し合うことは不可能であるから,相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し,それら特許に相手方の製品が抵触するかどうか,当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議することにより,相手方製品との抵触性及び有効性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること,及び,互いに保有する特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロスライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定されるものである(以下,単に提示された特許を「提示特許」といい,提示特許のうち,相手方製品との抵触性及び有効性が確認された特許を「代表特許」という。)。
エレクトロニクスの業界のように,数千件ないし1万件を超える特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては,相手方に提示され代表特許として認められた特許以外の特許については,数千件ないし1万件を超える特許のうちの一つとして,その他の多数の特許と共に厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものも相当数含まれるというべきであるから,このような特許については,当該包括クロスライセンス契約に含まれている特許の一つであるというだけでは,相手方が当該特許発明実施していたと推定することはできないことは明らかである。ただし,代表特許でも提示特許でもなくとも,ライセンス契約締結当時において相手方が実施していたことが立証された特許については,ライセンス契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり,現に相手方において使用されていた特許については,特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができること,何らかの理由により提示特許ないし代表特許とされなかったとしても,相手方が実施していたとすれば,職務発明の「相当の対価」の算定において,この点を考慮して「使用者等が受けるべき利益の額」の算定をしなければ,代表特許と比べて公平性に欠け,特許法35条の立法趣旨にも反する結果となると考えられることからすれば,このような相手方実施特許については,その特許発明の重要性,相手方の実施の割合を考慮して,ライセンス契約交渉やライセンス契約の内容において明示された代表特許に準じるものとして,上記「利益の額」を算定すべきである。
なお,代表特許でも相手方実施特許でもない特許については,包括クロスライセンス契約の対象特許である以上,同契約締結における何らかの貢献度を認める余地があるとしても,それは,代表特許による貢献度あるいは相手方実施特許による貢献度を除いた残余の貢献度にすぎないものであり,そして,この残余の貢献度については,代表特許及び相手方実施特許の貢献度が契約対象特許の貢献度の相当部分を占めるものと評価すべきことが多いと考えられること,代表特許及び相手方実施特許を除いたライセンス対象特許の数が上記のとおり極めて多いことからすれば,個々の代表特許でも相手方実施特許でもないライセンス対象特許の寄与度は,エレクトロニクス関連特許の包括クロスライセンス契約においては,限りなく小さいものといえる。
b 被告は,1970年代中ころから,LBP等を含む電子写真技術の登録特許及び特許出願について他社へのライセンス供与を開始し,1989年(平成元年)には重要技術であるカートリッジ及びジャンピング現像の技術についても公開することを報道発表するなど,競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセンスポリシーを採用してきた。
本件発明を含むLBP等の技術をライセンスする被告ライセンス契約は,本件発明が実施される可能性のある製品であるLBP及びMFP等の製造・販売を行う,ほとんどすべての他社を相手方として締結されている。すなわち,LBP及びMFP等のそれぞれにおいて,被告ライセンス契約の相手方及び被告ライセンス契約の相手方から対象製品の供給を受けていると断定又は推定される企業等を含めたシェアは,被告以外の全他社を基準とすると,販売シェアにおいてLBPは少なくとも85.64%(ただし,被告及びヒューレット・パッカード以外の全他社基準),MFP等は少なくとも82.45%である。
すべての被告ライセンス契約は,対象製品において実施可能な登録特許及び特許出願を包括的に実施許諾する包括クロスライセンス契約であり,契約締結以前の特許の実施についても相互に免責している。
被告ライセンス契約における対象特許群は,原則として,LBP及びMFP等に用いられる技術に関する特許等のほとんどすべてを含むものである(ただし,除外特許等がライセンスの対象から除外されることは,後記のとおりである。)。その件数は,基準期間(本件発明の補償金請求権の発生時である出願公開時の1986年(昭和61年)5月12日から存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの期間。以下「本件基準期間」という。)内登録特許で,LBPにつき1万1265件,MFP等につき1万6163件であり(乙120),本件基準期間内の特許出願を含めるとおよそその4倍の件数となる。
本件発明は,すべての被告ライセンス契約において対象特許群に含まれているが,本件発明がライセンス契約締結時において,代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことはない。
c ほとんどすべての被告ライセンス契約においては,対象特許群のうち,実施許諾から除外される除外特許等が存在する。除外特許等の趣旨は,対象製品における被告製品の差別化に有意義な技術に関する特許等を相手方への実施許諾対象から除外したものや,逆に相手方が同様の意義を有する特許等を被告への実施許諾対象から除外する際に均衡上被告側も除外したものである。除外特許等の内容は,相手方によって異なる。また,実施許諾対象から除外されてはいないものの,ある技術を実施すると実施料率が高くなる旨の契約が締結されている場合もある(以下,実施料率において別の扱いを受ける特許等も除外特許等の一種として扱うこととする。)。
本件発明が除外特許等に含まれている被告ライセンス契約は存在しない。
除外特許等の件数は,被告ライセンス契約の相手方によって異なる。被告ライセンス契約の相手方について,本件基準期間内の登録特許のうち除外される技術ごとの除外特許(登録特許)の件数に,除外されている相手方の数の割合(除外相手方数/全相手方数)を乗じて平均化すると,登録特許についてLBPにつき3416件,MFP等につき3746件が除外特許等とされている。
したがって,本件基準期間内の登録特許のうち除外されていない登録特許の件数の平均は,LBPにつき7849件,MFP等につき1万2417件となる。
d 包括クロスライセンス契約には,無償包括クロスライセンス契約(無償クロス契約),有償包括クロスライセンス契約(有償クロス契約)及びライセンスバック付き有償包括クロスライセンス契約(ライセンスバック契約)の3種類がある。
無償クロス契約は,被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し,かつ実施料の支払を行わないものであり,無償クロス契約を締結する相手方は,対象製品の分野等において極めて強い競争力を有するごく少数の相手方に限られている。全被告ライセンス契約の中で,無償クロス契約は,2件のみである。
有償クロス契約は,無償クロス契約と同様に,被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し,そして,相手方の被告に対する実施料(バランス調整金)の支払のみが行われるものであり,被告から相手方に対する実施料(バランス調整金)の支払が行われる契約は,LBP及びMFP等を対象製品とする被告ライセンス契約中には存在しない。すべての被告ライセンス契約の中で,有償クロス契約は,1件のみである。
ライセンスバック契約は,被告が相手方に対し一方的に特許等を実施許諾し,相手方の被告に対する実施料の支払のみが行われるのが本来の契約の目的であるが,被告が相手方の特許等(原則として被告において実施されることが想定されていない。)を万が一侵害することを避けるための保証として,相手方の特許等の実施許諾を無償で受ける(ライセンスバックを受ける。)ものであり,上記無償クロス契約2件及び有償クロス契約1件の合計3件以外の相手方との被告ライセンス契約は,すべてこのライセンスバック契約である。
無償クロス契約の相手方とライセンスバック契約の相手方とでは,各々の保有特許件数に顕著な差異があり,ライセンスバック契約の相手方が保有する特許件数は,少ない相手方では被告の保有する特許件数の約1%,多い相手方でも約15%程度にすぎない。
(イ) 上記(ア)dのとおり,本件発明をほとんどすべての競業他社との間で被告ライセンス契約の対象とし,被告ライセンス契約の多くは,ライセンスバック契約であって,被告が実施料を支払うことはなく,名目的に相手方の特許の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約としているものである。ライセンスバック契約は,有償部分(相手方から被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とに分けて考えることができる。有償部分(具体的には実施料率の定め)は,契約の相手方ごとに異なる数字となっている。これは,被告と各相手方との特許力(対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値,交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定されるものである。)の差異によるものと考えられる。契約の対価性の原則に照らせば,無償部分においては,被告が相手方に許諾した特許等と被告が相手方から許諾を受けた特許等が均衡しているものと考えることができる。ただし,各相手方とのライセンス契約における,各相手方の個別の特許力を具体的に考慮検討することは,事実上不可能であることから,いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし,無償部分については,個々の特許力を考慮せずに,保有特許数の総和が特許力を示すものとして,算定すべきである。
上記考え方からすれば,ほとんどすべての競合他社との間でライセンスバック契約が締結され,各契約内容を個別に検討することが困難な本件においては,?いくつかの相手方との間における実施料率の平均値と,?前記実施料率の平均値÷(被告の対象特許数-前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値との和によって,無償部分を反映した「標準包括ライセンス料率」を算定するのが相当である。
被告ライセンス契約における実施料は,原則として,対象製品が相手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格の合計に実施料率を乗じて決定される。また,対象製品のリストプライス(標準小売価格)に相当する価額に実施料率を乗じて決定されるものがあるが,この場合には譲渡価格とリストプライスの価格差に応じ,実施料率は低く設定されている。
実施料率は,概ね被告の有する特許等と相手方の有する特許等の特許力の差に応じて生じるものの,被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均は,およそLBPについて2.21%,MFP等について2.61%である。これに対応する相手方から被告が実施許諾された本件基準期間内の登録特許の平均件数は,LBPにつき768件,MFP等につき1506件である。一方,被告保有の本件基準期間内の登録特許の件数はLBPにつき1万1265件,MFP等につき1万6163件である。
以上から計算すると,被告が本件基準期間内において保有していた,LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス料率は,LBP2.37%,MFP等2.88%となる。
イ 本件発明の自己実施によって受けるべき利益の額特許権者が,当該特許発明実施しつつ,他社に実施許諾もしている場合において,当該特許発明実施について,実施許諾を得ていない他社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じているとみるべきかどうかについては,?特許権者が当該特許について開放的ライセンスポリシーを採用しているか,あるいは,限定的ライセンスポリシーを採用しているか,?当該特許の実施許諾を得ていない競業会社が一定割合で存在する場合でも,当該競業会社が当該特許に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的・経済的に顕著な差異がないか,また,?包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が当該特許発明実施しているか,あるいはこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに,?特許権者自身が当該特許発明実施しているのみならず,同時に又は別の時期に,他の代替技術も実施しているか等の事情を総合的に考慮して,特許権者が当該特許権の禁止権による超過利益を得ているかどうかを判断すべきである。
被告は,自らLBP及びMFP等を製造販売しながらも,希望する企業があれば,本件発明を有償で実施許諾するとの開放的ライセンスポリシーを採用し,LBP等を製造販売する競業他社の大多数(被告以外の全他社を基準とすると,販売シェアにおいてLBPは少なくとも85.64%,MFP等は少なくとも82.45%)と包括クロスライセンス契約を締結し,本件発明の実施を許諾している。
本件発明の縦長ビームスポットの作用効果は,ビームスポットが画素からはみ出る量をなるべく小さくすることによって「良好な記録」を得るという点にあるが,画素の微細化が進み,画素がビームスポットよりも小さくなった時点において,ビームスポットが画素より「はみ出している」ことを前提に画像を最適化する方法が採用されるようになり,ビームスポット形状を縦長にすることに積極的な意味はなくなった。すなわち,本件発明の技術的特徴である縦長ビームスポットを形成するという構成は,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも小さくなった1990年(平成2年)ころ以降は,その技術的意義を失ったものである。
また,本件発明は,縦長ビームスポットを形成する絞りを,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところ」に設けたことが唯一の新規な特徴であるが,現実の製品では,一体成型技術により絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,上記光束がコリメートされているところに絞りを設ける技術的意義は失われている。
さらに,本件発明は,容易に実施可能な代替技術ないし競合技術が多数存在し,かつ,回避が極めて容易である。特に絞りを一体成型する方法により,絞りの設定位置の誤差の問題は解消できる一方,一体成型品の大量生産による大幅なコストダウンが図れる。
本件発明は,被告において一切実施されておらず,1996年(平成8年)以降発売された被告製品では,ほぼ全てにおいて代替技術が採用されている。また,ライセンシーにおいても,既に技術的意義が失われ,かつ多数の代替技術・競合技術がある本件特許は,一切実施されていないものと推認される。仮に本件特許の実施許諾を得ていない競業他社が一定割合で存在するとしても,当該競業他社が本件発明を用いることなくLBP等を製造販売することに,何ら技術的・経済的問題は存しないというべきである。
上記諸事情を総合考慮すれば,被告において本件発明を自己実施しているとしても,特許権者である被告が本件特許権の禁止権による超過利益を得ているということはできない。
4 争点3-2(被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替技術の有無)について(1) 原告の主張ア 原告が原告の職務発明の実績に対する対価についての再評価申請を行った後の2002年(平成14年)4月11日ころに被告から受領した「LBP,デジタル複写機,MFPの開発コード及び商品コードと本件特許との対応を示した表」(甲3)によれば,被告製品における本件特許の実施率は,77.27%と算定される。
すなわち,甲3によれば,本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの間における対象となる製品は,商品コード「LBP-10」の製品から開発コード「●(省略)●」の製品までの44種類の製品(別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?1ないし?44が対応する機種である。)となる。
これらの被告製品について,本件特許が実施されていることを示す○印は34個存在するから(別表「被告製品における本件発明の実施状況」の「実施/非実施」欄中の「甲3号証」欄に○を付した機種が対応する実施品である。),本件発明の実施率は,77.27%(34/44)となる。
イ 被告は,後記のとおり,本件発明の非実施理由を挙げて,被告製品において本件発明を実施する機種は存在しない旨主張し,被告が本件訴訟提起前に本件発明が実施されていると原告に説明した甲3記載の機種についても,本件発明を実施していることをすべて否定している。
しかし,甲3は,平成13年10月に原告が本件発明の再評価を申請したことを受けて,平成14年4月ころ当時の被告のLBP光学系の開発・設計の責任者であったB5(以下「B5」という。)が作成したものであり,本件発明の再評価検討結果として,知的財産本部のB2らが同席した場においてB5が原告に対して説明した資料であるとともに,被告の特許審査委員会において本件発明の再評価を審議・決定する際に使用された資料である。
したがって,甲3の作成者のB5だけではなく,特許審査委員会に出席した知的財産本部のB2(当時,担当部長,光学系担当),B6(当時,上席担当部長,LBP担当),B7(当時,上席担当部長)をはじめ,特許審査委員会の委員全員が甲3において○印が付された機種は本件発明が実施されていることを確認していたのであるから,被告が本件訴訟に至り甲3と相矛盾する主張をすること自体不合理であり,信義則(禁反言)の観点からも許されるべきではない。
また,被告製品が被告主張の非実施理由に該当する技術を採用していることを示すものとして被告が提出した設計図面等(乙42ないし83)からは当該技術を採用していることを確認することはできず,本件においては,被告製品が上記技術を採用していることを根拠付ける客観的証拠は何ら提出されていないから,被告製品が上記技術を採用していることの立証がない。
以下においては,被告主張の非実施理由について,個別的に反論する。
(ア) 非実施理由(ア)(「ガスレーザー光源を使用している機種」)に対し被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,2機種がガスレーザーを光源とする機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(イ) 非実施理由(イ)(「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)において一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」)に対し被告は,本件明細書(甲2)の3欄11頁〜9欄34行の記載及び第3図を根拠に,本件発明の構成要件Aの「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する」とは,「対物レンズ→偏向器→走査用レンズ」に至る経路の全部において光束が水平方向(走査方向・横方向)にも垂直方向(走査方向と直交する方向・縦方向)にもコリメートされた状態が保たれていることを意味するという解釈を前提に,共役型倒れ補正光学系を採用している機種は,「シリンドリカルレンズ→偏向器→走査用レンズ」の間においては光束が水平方向にはコリメートされているが,垂直方向にはコリメートされていないため,本件発明を実施していない旨主張する。
しかし,本件明細書の上記記載部分及び第3図は,本件発明を分かりやすく説明するための基本的な光学系の構成として一つの実施例を示したものにすぎない。本件発明の特許請求の範囲には,「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」るとの記載は存在するものの,当該対物レンズによりコリメートされた光束が,その後の「対物レンズ→偏向器→走査用レンズ」に至る経路の全部において水平方向にも垂直方向にもコリメート状態を保ち続けなければならないといった記載はどこにも存在しないのであるから,被告の上記解釈は,不当な限定解釈である。
むしろ,共役型倒れ補正光学系を採用する機種においても,対物レンズによってコリメートされているところに絞りを設け,この絞りの径を設定することにより前記感光媒体上におけるビームスポットの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にしていることに変わりはないのであるから,仮に「シリンドリカルレンズ→偏向器→走査用レンズ」の間において光束が垂直方向にはコリメートされていないとしても,本件発明の構成要件を充足し,本件発明の目的を実現していることは明らかである。
被告は,甲3記載の機種のうち,29種の製品コードあるいは商品コードの製品について,本件発明と共役型倒れ補正光学系の発明が実施されていることが確認していたにもかかわらず,被告は,本件訴訟が提起された途端に,これを否定することは,本件発明の実施範囲を無理やり狭めるために,被告のこれまでの理解に反した主張を無理に作り上げて主張するものであり,認められるべきでないばかりか,信義則(禁反言)の観点からも許されるべきでない。
したがって,被告の上記主張は失当である。
また,被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,47機種が共役型倒れ補正光学系を採用した機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張も理由がない。
(ウ) 非実施理由(ウ)(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている機種」)に対し絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズの間に設けられている機種については,本件技術は絞りの位置の設定が少しでもずれると,絞りにより蹴られる光束が変化するため,絞りの位置設定に厳密性が要求され,光学系の製造が困難になるため,製造容易性や製造コストの観点から製品化は困難であることからすれば,上記技術を実施する製品はないか,あるとしても極く僅かの機種であるはずである。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,12機種が絞りが半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(エ) 非実施理由(エ)(「絞りが,共役型倒れ補正光学系のシリンドリカルレンズと偏向器の間で,光束が副走査方向において集光されているところに設けられている機種」)に対し本件発明の構成要件Bは,前記偏向器と対物レンズの間で「光束がコリメートされているところに」絞りを設けることを要求するのみであって,「光束が主走査方向にも副走査方向にもコリメートされているところに」絞りを設けることまでは要求していない。
したがって,光束が主走査方向にのみコリメートされているところに絞りを設ける技術についても,本件発明の技術的範囲に属するものであり,これに反する被告の主張は理由がない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,2機種が絞りが共役型倒れ補正光学系のシリンドリカルレンズと偏向器の間で光束が副走査方向において集光されているところに設けられている機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(オ) 非実施理由(オ)(「絞りが設けられていない機種」)に対し絞りを使用しない場合には,対物レンズの中のレンズを押さえる金物によって光束の径を制限することが必要となり,当該金物が実質上の絞り機能を果たすこととなるが,当該金物の位置の設定が少しでもずれると,当該金物により蹴られる光束が変化するため,当該金物の位置設定に厳密性が要求され,光学系の製造が困難であり,製造容易性や製造コストの観点から製品化が困難であることからすれば,絞りが設けられていない製品はないか,あるとしても極く僅かの機種であるはずである。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,1機種(?47)が絞りが設けられていない機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(カ) 非実施理由(カ)(「ビームスポットの形状が,有意な縦長ではない機種」)に対し被告は,本件発明の構成要件Cの「ビームスポットの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」とは,良好な画像を得るという本件発明の目的との関係で,ビームスポットの縦方向の径が横方向の径に比して有意に長いことを要するとし,本件明細書の第19図,第20図から,少なくとも4倍の長さを有する縦長であることを要する旨主張する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲には,縦長の度合いについて特に限定する記載はなく,本件明細書の発明の詳細な説明においても,縦横のスポット径の値や比率について何ら具体的に述べていないのであり,第19図や第20図は,あくまでビームスポット形状が「縦長」であることを分かりやすく表示した模式図を説明しているにすぎない。
そもそも,「良好な画像を得る」という目的を実現するために「ビームスポットの形状を走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にする」といっても,どのような縦長ビームスポットであれば「良好な画像」を得られるかについては,当該ビームスポットの変調(点滅速度)や,設定画素との関係,偏向器の回転速度等によって異なるのであって,一概に第19図や第20図と同程度の縦長でなければ良好な画像を得ることができないというものではない。ビームスポットの大きさと画素の大きさの関係をどのように設定するかやビームスポットの縦長の度合いをどの程度に設定するかは,設計上の問題にすぎないのであって,ビームスポットの形状を縦長楕円となるように調節することにより良質な画像を得るという本件発明の技術的範囲内にあることを何ら否定するものではない。
以上のとおり,「良質な画像」を形成するための縦長の楕円形を「偏向器と対物レンズとの間で光束がコリメートされているところ絞りを設け」ることにより作り出している以上,その作出される楕円の形状が真円に近いか,あるいは縦の長さが横の長さの4倍であるかに関らず,本件発明の特許請求の範囲に属しており,かつ,「良質な画像」を得るという本件発明の目的を実現していることは明らかである。
実際,原告が本件発明の再評価を申請した際,被告は「有意な縦長」などといった主張を全くすることなく,問題とされたこともなく,話題に上ったこともない。むしろ,被告が「有意な縦長」を理由に本件発明が実施されていないと主張してきた機種について,甲3においては,被告は本件発明が実施されていたことを認めていた。このように,被告の上記主張は,前記(イ)における被告の主張と同様,被告が本件訴訟のために無理に考え出した不当な解釈に過ぎないものであり,失当であるだけでなく,信義則上も許されるべきでない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,29機種がビームスポットの形状が,有意な縦長ではない機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(キ) 非実施理由(キ)(「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異なる機種」)に対し被告は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定することを前提として,「絞りのみにより」がビームスポット形状を縦長にすることを意味するから,絞りの後に位置するレンズの屈折力が縦横で異なる機種は,構成要件Cを充足しない旨主張する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲には,絞り「のみ」といった限定は全く付されていないし,「レンズの縦横の屈折力が異なる」場合を除外するような限定に関わる記載は存在しない。
むしろ,本件明細書の第4図で示されたシリンドリカルレンズの構成及び本件明細書の「第4図 においてシリンドリカル平凹レンズの焦 a点距離を ,シリンドリカル平凸レンズの焦点距離を ・・・とす fa fb9 9る」と(4欄29行〜31行)によれば,本件発明においても,対物レンズと偏向器の間に「レンズの縦横の屈折力が異なる」シリンドリカルレンズを使用する場合があることが開示されている ,本件明。なお細書の第3図は,前述のとおり,本件発明を説明するための基本的な光学系の構成の1実施例に過ぎず,絞りの後に屈折力を有するレンズを配置する構成を何ら排除するものではない。
実際,原告が本件発明の再評価を申請した際,被告は,「レンズの縦横の屈折力が異なる」機種は本件発明を実施していないなどといった主張を全くすることなく,むしろ,甲3において,レンズの縦横の屈折力が異なる共役型倒れ補正光学系を使用する機種についても,本件発明が実施されていたことを認めていた。このように,被告の上記主張は,前記(イ)における被告の主張と同様,被告が本件訴訟のために無理に考え出した不当な解釈に過ぎないものであり,失当であるだけでなく,信義則上も許されるべきでない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,47機種がレンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異なる機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(ク) 非実施理由(ク)(「ビームスポット径が,画素より大きい機種」)に対し被告は,ビームスポットが画素より小さく,画素からはみ出ることを前提に,ビームスポットが「画素」から可能な限りはみ出すことなく,かつ,「画素」を埋め尽くすことによって良好な画像を得るというのが本件発明の記録画像の形成過程であるから,ビームスポット径が,画素より大きい機種は,本件発明の技術的範囲に属さない旨主張する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書には,ビームスポットの径と画素の各大きさの関係についての記載はなく,本件発明が「ビームスポットが画素からはみ出る量を減少させ」ることを前提としたり,これを目的とするようなことについて全く記載がないのであるから,「ビームスポットが画素からはみ出」るものを本件発明の技術的範囲から除外するものとはいえない。
本件明細書(甲2)には,「アパーチャー(=絞り)の径 , をDs Dj適当に選ぶことにより」縦長のスポット(明細書の第19図)を形成して,「感光媒体上に形成されるスポットを所望の形状にできる。」と記載され,「1画素の変調時間内にスポットは第20図のように13から13’へシフト(=偏向器の回転によるビームの走査)し,その間に記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大きさを ’, ’方向で等しくすることが可能に yzなり,良好な記録が出来る。」(9欄14行〜26行)との記載がある。
上記記載は,縦長のスポットにすることにより,「1画素の記録スポットの大きさを ’, ’方向で等しくすることが可能になり,良好 yzな記録が出来る。」ことを説明しているにすぎず,「ビームスポットが画素からはみ出」るものを本件発明の技術的範囲から除外するものではない。
また,ビームスポットの径は,製品の設計に際して,半導体レーザーの出力(パワー)と発光角度,対物レンズの焦点距離,半導体レーザーの点灯時間(変調時間)と偏向器の回転速度,感光媒体の感度など,製品の仕様を考慮して決定されるところ,その際,「光束のピークパワー」に対して / あるいは20%の位置(あるいは,強度)に 1e2おいてビームスポット径を表すが,そのほかにも,ビームスポット径を表現する方法は幾つか存在し,ビームスポット径の表現方法は一義的ではない。
すなわち,被告が主張する「ビームスポット径が,画素より大きい」場合の「ビームスポット径」は,絶対的な寸法を有するものではなく,ビームスポット径の表現方法の選び方によって,画素からはみ出さないように記録スポットを形成することも,画素よりも大きい記録スポットを形成することも可能であるから,「ビームスポット径が,画素より大きい機種」は本件発明を実施していないとの被告の主張は失当である。
また,いかにビームスポットの照射時間を短縮したとしても,半導体レーザーが変調する間において偏向器は回転し,ビームスポットは感光体の上を走査するのであるから,「照射時間によるビームスポットの横方向の移動量」がゼロであることはあり得ず,ビームスポットの横方向の移動量が存在するのであるから,その移動量を見込んだ縦長のスポット形状が望ましいことに変わりはない。
実際,原告が本件発明の再評価を申請した際,被告はビームスポット径が,画素より大きい機種は本件発明を実施していないなどといった主張を全くすることなく,むしろ,甲3において,「ビームスポット径が,画素より大きい機種」についても,本件発明が実施されていたことを認めていた。このように,被告の上記主張は,前記(イ)における被告の主張と同様,被告が本件訴訟のために無理に考え出した不当な解釈に過ぎないものであり,失当であるだけでなく,信義則上も許されるべきでない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,39機種がビームスポット径が,画素より大きい機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(ケ) 非実施理由(ケ)(「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機種」)に対し被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種のうち,18機種が絞り(アパーチャー)の形状が円形である機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(2) 被告の主張ア 本件発明の特許請求の範囲構成要件に分説すると,次のとおりである。
「A 半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,B 前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,C この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事D を特徴とする記録光学系。」本件発明においては,?構成要件Cの「絞りにより」との用語,?構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」との用語,,?構成要件A及びCの「コリメート」との用語,?構成要件Dの「記録光学系」との用語の技術的意義が重要である。
(ア) 構成要件Cの「絞りにより」についてa 「光束の形状」と「ビームスポットの形状」との間には,光束径が大きくなれば,ビームスポット径が小さくなり,光束径が小さくなれば,ビームスポット径が大きくなるという逆相関の関係がある。「絞り」を光束中に設けた場合,「光束の形状」は「絞りの形状」となり,「光束径」は「絞り径」に代替されるため,「絞り径」が大きくなれば「ビームスポット径」は小さくなり,「絞り径」が小さくなれば「ビームスポット径」は大きくなる。このため,技術的に,縦長の絞りを設ければ,横長のビームスポットが形成され,横長の絞りを設ければ縦長のビームスポットが形成され,また,円形の絞りを設ければ,ビームスポット形状は円形となる。
このように「絞り」は,その機能の一つとして,「光束の形状」を整形・制御することによって,「ビームスポットの形状」を制御する(所望の形状にする)ことができるのであり,この「絞り」の機能と本件明細書の「アパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより,・・・スポットを所望の形状にできる。」(甲2の9欄14行〜16行)との記載にかんがみると,構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定することを前提とし,光束中に「横長の絞り」を設けることにより,「縦長のビームスポット」を形成することを意味するものと解される。
このことは,本件特許の審査経過にも合致する。
すなわち,被告は,昭和60年9月18日に本件原出願からの分割出願として本件出願をした後,拒絶査定を受け,これに対し審判請求したが,特許庁から,平成元年10月24日に拒絶理由通知が出された。その拒絶理由(乙105)は,「・・・光ビームを楕円形にする方法としてスリットを利用することは引用例3の第1図に示されており,又,光ビームをスリット状にする方法として,光束がコリメートされているところにスリットを設けることが引用例4(特に第1図におけるスリット5)に示されているから,これらの引用例3,4に記載されている技術から見ると,本願発明におけるビームスポットを成形するための方法には格別創意は認められない。」(2枚目9行〜末行)というものであった。
被告は,上記拒絶理由に対して,平成2年1月12日付け「意見書」(乙15)において,本件発明の「絞り」の意味をビームスポット形状を決定する機能を有する絞りと限定的に解釈して,上記拒絶理由の「引用例4」(特開昭48-66856号公報)の「第1図」の「スリット(絞り)5」は,光束がコリメートされているとことに設けられていたが,ビームスポットの形状を決定するためのスリット(絞り)ではないので,本件発明の「絞り」ではない旨反論し,その結果,本件出願の出願公告が決定された。
このように被告は,上記拒絶理由を回避するため,本件発明の「絞り」の意味を,自ら,ビームスポット形状を決定する機能を有する絞りと限定的に解釈して,出願公告決定を得たのであるから,禁反言の原則により,本件発明の特許請求の範囲に記載された「絞り」は,その機能として,ビームスポット形状を決定する機能を有するものと解されなければならない。
b 上記aの解釈によれば,?「絞り」が存在し,ビームスポット形状が縦長であることだけでは,「絞りにより」縦長ビームスポットが形成されているとはいえず,本件発明の技術的範囲に属さない,?円形の「絞り」は,「縦長ビームスポット」を作出・形成する機能を有しないから,円形の絞りの記録光学系は本件発明の技術的範囲に属さない,?「絞りにより」は,通常の意味において,「絞りのみにより」と解釈されるから,縦長ビームスポットが,「絞りのみにより」決定されない記録光学系は,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(イ) 構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」について本件明細書(甲2)には,本件発明の作用効果に関し,「アパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより感光媒体上に形成されるスポットを所望の形状にできる。本発明においては,走査系において,例えば第19図に示すように,感光媒体上のスポット13がy'方向に走査されるとき,その方向のスポット径py'をy'方向と直角方向のz'方向のスポット径pz'より小さくしてやると1画素の変調時間内にスポットは第20図のように13から13’へシフトし,その間に記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大きさをy',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。」(甲2の9欄14行〜26行)との記載がある。
本件発明の上記作用効果,及び「良好に記録が行なえるビームスポツトを得ること」(本件明細書の2欄17行〜19行)という本件発明の目的を考慮すると,構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」とは,ビームスポットの縦方向の径が,横方向の径に比して,「有意に長いこと」,具体的には,本件明細書(甲2)の上記箇所が引用する第19図,第20図から見ても,少なくとも4倍程度の長さを有する縦長(以下,この程度の縦長を「有意な縦長」という。)であることを要するものと解すべきである。仮に上記の「少なくとも4倍程度」という具体的な数値の限定が認められないとしても,本件発明の目的及び作用効果との関係で意味のある縦長でなければならないことに変わりなく,少なくとも,円形に近いような縦長が「有意な縦長」でないことは明らかである。
したがって,ビームスポット形状が「有意な縦長」でない記録光学系は,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(ウ) 構成要件A及びCの「コリメート」について「コリメートされた」とは,「光ビームのすべてが平行になった状態」(乙39の121頁,142頁〜143頁)をいう。
本件明細書(甲2)には,「対物レンズ8の焦点はレーザー7の接合面と垂直方向のビームウエスト位置と一致し,レーザー7の接合面に平行な面内での対物レンズ8とシリンドリカルレンズ系9の合成系の焦点はレーザーの接合面に平行な面内のビームウエスト位置に対して回折限界の範囲内の位置に存在する。」(3欄22行〜27行),「この点に関しさらに詳細に述べる。上記シリンドリカルレンズ系9は,レーザー7の接合面に平行な面内で第4図aのような構成で,・・・シリンドリカル平凹レンズ9aに平行光束を入射させたときシリンドリカル平凸レンズ9bから出射する光束は平行となるアフォーカル系である。レーザーの接合面に垂直な面内では,このシリンドリカルレンズ系9は第4図bのように屈折力をもたず,入射光束はそのまま出射光束となる。」(3欄28行〜4欄5行)との記載がある。
本件明細書の上記記載部分と第3図及び第4図を考慮すれば,「コリメートされている」とは,「縦横の両方向に平行光束とされていること」を意味することは明らかである。
このことは,本件発明の審査過程からも明らかである。
まず,被告は,本件出願の拒絶査定に対する不服審判請求で提出した平成元年10月16日付け「審判請求理由補充書」(甲46)において,「本発明では,半導体レーザからの発散光束を対物レンズで一旦コリメート光束に変換し,このコリメートされた光束中に絞りを設ける構成をとるものである。この様な位置に絞りを設ける事により,被走査媒体上でのビームの形状を,容易に制御することが出来る。また絞りの設定位置の誤差による被走査媒体上でのビームスポットの変化の影響を受ける事も無くなる。」(4頁の10行〜17行)と主張した。
上記審判請求理由補充書記載の「設定位置の誤差による・・・影響を受ける事も無くなる。」との効果は,縦横の両方向に平行光束とされて初めて得られる効果であるから,「コリメートされている」とは,光束が縦横両方向に平行光束にされていることを意味するものと解される。
次に,本件出願の出願公告に対する特許異議申立事件について平成7月1月11日付けでされた理由なしとの決定(乙109)は,「甲第2号証に記載される記録光学系は・・・また,円柱レンズ6を出てスリット7に入る光は一方向が収束されており,本願発明のように,光束が垂直方向・平行方向ともほぼコリメートされているところに絞りを設けるものでもない。」(5頁の1行〜8行)と判断し,特許異議申立てにおいて引用された「甲第2号証」(特開昭48-66856号公報)の絞り(スリット7)に入る光束の一方向が収束され,両方向にコリメートされていないことを理由に,特許異議申立てを斥けている。上記決定に照らしても,構成要件Cの「コリメートされている」との文言が,縦横両方向に平行光束とされていることを意味するものといえる。また,構成要件Aの「コリメートし」の文言も,同様に,縦横両方向に平行光束としていることを意味するものといえる。
したがって,絞りが走査方向及び走査方向と直交する方向の両方向共にコリメートされた光束中に設けられていない記録光学系は,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(エ) 構成要件Dの「記録光学系」について本件明細書(甲2)には,「1画素の変調時間内にスポットは第20図のように13から13’へシフトし,その間に記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大きさをy',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。」(9欄21行〜26行)との記載がある。
上記記載によれば,構成要件Dの「記録光学系」は,そもそも画像を記録するものであり,かつ,ビームスポットの移動した軌跡が記録スポットとなって,記録画像を構成するものであることが明らかである。
このように「記録光学系」が,「ビームスポットの移動した軌跡が記録スポットとなって,記録画像を構成するもの」を意味する以上,当該「記録光学系」は,ビームスポットが画素より小さく,画素からはみ出ることを前提に,サブピクセルの中心(重心)に近い位置に塗りつぶされた画素を集めることで,サブピクセル内でのパターン構成を最適化している。ビームスポット径が画素より大きい場合には,ビームスポットが画素をほとんど覆い尽くしてしまうので,ビームスポットが「画素」から可能な限りはみ出すことなく,かつ,「画素」を埋め尽くすことによって良好な画像を得るという本件発明の記録画像の形成過程とは全く異なる。すなわち,画素がビームスポットより小さい機種においては,もともとビームスポットが画素をほとんど覆い尽くしてしまうので,1画素をビームスポットで照射する際に,ビームスポットの中心が画素の一端から他端に至るまでビームスポットを一定時間照射し続けることにより画素を埋め尽くすという発想はそもそもなく,ビームスポットは画素の中心に近い位置で極めて短時間照射される。そのため,照射時間によるビームスポットの横方向の移動量は無視しうるほど小さいので,ビームスポットの形状自体の縦横比が,正方形である画素の縦横比1:1に近いことがむしろ重要となり,ビームスポット形状は,縦長ではなく,むしろ円形に形成することが望ましくなる。また,画素が微細化された場合のサブピクセル内でのパターンの構成は,サブピクセルの中心(重心)に近い位置に塗りつぶされた画素を集めるパターンで構成されるので,画素からはみ出た部分の画像に対する影響は大きくならず,むしろ画素からはみ出ることを考慮して,パターンの構成は最適化される。
以上のとおり,構成要件Dの「記録光学系」とは,画像を記録するものであり,かつ,ビームスポットの移動した軌跡が記録スポットとなって,記録画像を構成するものを意味するところ,ビームスポット径が画素より大きい場合には,記録画像が形成される過程が本件発明とは全く異なり,本件発明の効果が得られないから,「ビームスポット径が画素より大きい記録光学系」は,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
LBP等においては,画素の微細化が進む一方,ビームスポットを小さくすることにはレンズ設計上の限界が存在するため,画素が600dpiまで微細化されると,画素の大きさがビームスポットよりも小さくなる。画素が600dpiまで微細化されたのが1990年(平成2年)ころであり,LBPが「高画質」のイメージを獲得し,爆発的に普及するようになったのは,まさにこの600dpiの機種が普及して以降である。なお,被告初の半導体レーザー光源LBPである「LBP-10」の画素は,250dpiである。
したがって,本件発明の技術的特徴である縦長ビームスポットを形成することは,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも小さくなった平成2年ころ以降は,その技術的意義を失ったものである。
イ 別表「被告製品における本件発明の実施状況」の「実施/非実施」欄記載のとおり,全ての被告製品において,本件発明を実施している機種は存在しない。
その非実施理由は,次の(ア)ないし(ケ)のとおりである。
(ア) 非実施理由(ア)(「ガスレーザー光源を使用している機種」)レーザー光源として「ガスレーザー光源を使用している機種」は,本件発明の構成要件Aの「半導体レーザ光源」を備えていないため,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?2,3の2機種が,非実施理由(ア)に該当する。なお,本件基準期間(1986年5月12日から1998年4月28日まで)内の39機種(?6ないし?44)については,非実施理由(ア)に該当するものはない。
(イ) 非実施理由(イ)(「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)において一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」)本件明細書(甲2)の3欄11行〜9欄34行の記載及び第3図を考慮すれば,本件発明の構成要件Aの「走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,」の「前記光束」とは,「コリメートされた光束」を指すことは明らかである。また,「コリメートされた」とは,光束が縦横両方向に平行光束とされていることを意味することは前記ア(ウ)のとおりである。
そして,「共役型倒れ補正光学系」を採用した機種,すなわち「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)において一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」においては,コリメートされた光束(縦横両方向に平行光束とされている光束)が偏向器を介したのち走査用レンズによって感光媒体に集光するものではないから,構成要件Aの「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?6ないし14,16ないし51,53及び54の「共役型倒れ補正光学系」を採用した47機種が非実施理由(イ)に該当し,本件基準期間内の39機種については,?15を除く38機種が非実施理由(イ)に該当する。
(ウ) 非実施理由(ウ)(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている機種」)「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている機種」では,絞りを通過する光束が縦横の両方向にコリメートされていないので,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?●(省略)●の12機種が,非実施理由(ウ)に該当し,本件基準期間内の39機種については,?●(省略)●の8機種が非実施理由(ウ)に該当する。
(エ) 非実施理由(エ)(「絞りが,共役型倒れ補正光学系のシリンドリカルレンズと偏向器の間で,光束が副走査方向において集光されているところに設けられている機種」)「絞りが,共役型倒れ補正光学系のシリンドリカルレンズと偏向器の間で,光束が副走査方向において集光されているところに設けられている機種」では,絞りを通過する光束が横方向にはコリメートされているものの,縦方向にはコリメートされていないので,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?●(省略)●の2機種が,非実施理由(エ)に該当する。なお,本件基準期間内の39機種については,非実施理由(エ)に該当するものはない。
(オ) 非実施理由(オ)(「絞りが設けられていない機種」)「絞りが設けられていない機種」には,オーバーフィルド(Over filled)光学系を採用した機種が存する。オーバーフィルド光学系では,偏向器の反射面を最大限利用するため,偏向器に入射する光束の幅が,偏向器の反射面の幅より広い。光束の幅は反射面で制限しているため,絞りは設けられていない(乙185の1)。
したがって,オーバーフィルド光学系は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?47の1機種が,非実施理由(オ)に該当する。なお,本件基準期間内の39機種については,非実施理由(オ)に該当するものはない。
(カ) 非実施理由(カ)(「ビームスポットの形状が,有意な縦長ではない機種」)本件発明を実施するには,ビームスポット形状が,「有意な縦長」であること,具体的には少なくとも4倍程度の縦長であることが本件発明の要件であることは,前記ア(イ)で述べたとおりである。
したがって,「有意な縦長」でない,即ち,少なくとも4倍程度の縦長でない機種は,本件発明の構成要件Cの「感光媒体上におけるビームスポットの形状が,走査方向の長さに比して,走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に(=縦長に)すること」の要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?8ないし15,17ないし26,29ないし33,35,43,44,46,51及び53の29機種が,非実施理由(カ)に該当し,本件基準期間内の39機種中,?8ないし15,17ないし26,29ないし33,35,43,44の26機種が該当する。
(キ) 非実施理由(キ)(「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異なる機種」)「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異なる機種」は,「絞り」がその形状により光束の形状,さらにはビームスポット形状の決定に関係したとしても,その後のレンズの屈折によって縦横の比が変わるため,ビームスポット形状は「絞りにより」決定されたことにならない。すなわち,レンズの縦横の屈折力が異なる機種では,縦長ビームスポットの形成にレンズの屈折力が関係しているので,本件発明の構成要件Cを充足せず,本件発明を実施していない。
しかるに,「共役型倒れ補正光学系」では,対物レンズでコリメートされ,更に絞りを通過した光束が,縦方向にのみ屈折力を有するシリンドリカルレンズで収斂され,偏向器の反射面の近傍で線状に結像される。このように,「共役型倒れ補正光学系」では絞りの後方に縦横の屈折力の異なるレンズ(又はレンズ群)が設けられているので,構成要件Cの「絞りにより」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?6ないし14,16ないし51,53及び54の「共役型倒れ補正光学系」を採用した47機種が非実施理由(キ)に該当し,本件基準期間内の39機種については,?15を除く38機種が非実施理由(キ)に該当する。
(ク) 非実施理由(ク)(「ビームスポット径が,画素より大きい機種」)「ビームスポット径が,画素より大きい機種」は,前記ア(エ)のとおり,本件発明の構成要件Dの「記録光学系」に該当しないため,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?8,9,11ないし15,18ないし23,26,30ないし32,35,43,44及び51の21機種が非実施理由(ク)に該当し,本件基準期間内の39機種については,?8,9,11ないし15,18ないし23,26,30ないし32,35,43及び44の20機種が非実施理由(ク)に該当する。
(ケ) 非実施理由(ケ)(「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機種」)本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定することを前提とし,光束中に「横長の絞り」を設けることにより,「縦長のビームスポット」を形成することを意味するのに対し,アパーチャーの形状が円形である場合には,絞りによってビームスポット形状が決定されるのではなく,絞りはビームスポットを縦長に形成する方向に機能,寄与しておらず,他の要因・要素により,結果として,縦長ビームスポットが得られたに過ぎない。したがって,「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機種」は,構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?7ないし14,17ないし20,35,40,42,45,51及び54の18機種が非実施理由(ケ)に該当し,本件基準期間内の39機種については,?7ないし14,17ないし20,35,40及び42の15機種が非実施理由(ケ)に該当する。
ウ 本件発明には,次のとおり,代替技術ないし競合技術が存在し,本件発明の回避は極めて容易である上,本件発明の重要性は減少している。
(ア) 代替技術1(絞りによらず,半導体レーザー光源のFFPを利用して,縦長ビームスポットを形成する技術)代替技術1を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成することができる。
代替技術1を用いた構成は,絞りがなく,半導体レーザーからの光束を絞りによりカットしないため,レーザー利用効率が高い点(光量の損失が少ない点)に技術的優位性があり,代替技術1は,本件発明と技術的に同等程度の価値を有する代替技術というべきである。
なお,絞りがない機種であって,かつ,縦長のビームスポットが形成されている機種には,?半導体レーザー光源のFFPを利用する構成,?縦横で屈折力の異なる(縦方向の焦点距離が横方向の焦点距離より長く,したがって横方向の屈折力が強い)レンズを用いる構成,?その両者を併用する構成が考えられ,絞りがない機種のうち「代替技術1」を実施しているのは,上記?の半導体レーザー光源のFFPを利用する構成を有する機種のみである。
(イ) 代替技術2(絞りによらず,縦横で異なる屈折力を有するレンズ群により,縦長ビームスポットを形成する技術)代替技術2を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成することができる。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(キ)の一部及び非実施理由(ケ)の一部が代替技術2を採用している。
共役型倒れ補正光学系を用いる場合,レンズ群は常に縦横で異なる屈折力を有しており,この屈折力の設定次第では,ビームスポットの形状を縦長にすることが可能であり,この場合,別途わざわざ絞りを横長となるように設定して加える必要がないので,代替技術2は,本件発明の技術に対して技術的に同等である。
(ウ) 代替技術3(一体成型する方法により,半導体レーザー光源と対物レンズの間に絞りを設ける技術)代替技術3を用いた構成は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成することができる。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(ウ)が代替技術3を採用している。
本件発明において光束がコリメートされているところに絞りを設ける理由は,それにより絞りの設定位置の誤差による影響がなくなるという効果を有するためである。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(ウ)が代替技術3を採用している。
代替技術3を用いた構成において,絞りを対物レンズの鏡筒又は半導体レーザー光源の保持部材と一体成型する方法,あるいは光学箱収納機器,部材等全体を一体成型する方法により,絞りの設定位置の誤差の問題は解消できる。また,一体成型品は,大量生産により大幅なコストダウンが図ることができる。絞りを一体成型する技術が何ら問題なく実施できることは,特開2002-258186号公報(乙84)及び特開2003-195207号公報(乙85)から明らかである。一体成型により半導体レーザー光源と対物レンズの間に絞りを設ける技術は,少なくとも本件発明と技術的に同等である。
なお,1996年(平成8年)以降発売された被告製品は,ほぼ全て代替技術3を採用している。現実の製品では,前述の一体成型技術により,絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,上記光束がコリメートされているところに絞りを設ける技術的意義は失われている。
(エ) 代替技術4(一体成型する方法により,共役型倒れ補正光学系におけるシリンドリカルレンズと偏向器の間に絞りを設ける技術)代替技術4を用いた構成は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成することができる。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(エ)が代替技術4を採用している。
近年の記録光学系では,半導体レーザー光源を複数設け,同時に複数のビームを一つの偏向器で偏向して走査するものがある。このような複数ビーム記録光学系は,単数ビーム記録光学系に対して2倍(ビームが2本の場合)の記録速度を有するので,優位性のある技術である。複数ビーム記録光学系において絞りを用いる場合,別々の光源から発せられ入射方向の異なる複数の光束について,絞りを偏向器の近くに設けた方が,ビームスポット形状の設計上の自由度が増大し,より多くの光量を取り込めることで有利になり,できるだけ偏向器に近い位置に絞りを設けるのが望ましいとされている。これを実現するのが,代替技術4」である。なお,本件発明で問題とされた絞りの設定位置の誤差は,光源,レンズ,絞り等の支持部材を光学箱と一体成型する構成をとる実際の製品においては,ほとんど問題とならないので,代替技術4は,本件発明の技術に対して,複数ビーム記録光学系の採用を可能にするものである点で,技術的に優位である。
(オ) 代替技術5(オーバーフィルド走査光学系)代替技術5のオーバーフィルド走査光学系とは,偏向器に入射する光束の主走査方向の幅が偏向器の一つの反射面の幅よりも広いものであり,ビームスポット形状を決定する光束幅は偏向器の反射面の幅によって制限されるので,「絞り」が存在しない。したがって,代替技術5を用いた構成は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充足せず,本件発明の技術的範囲に属さない。
本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(オ)が代替技術5を採用している。
オーバーフィルド走査光学系を採用すると,偏向器の反射面の大きさを光束幅より大きくすることが要求されないので,小さい反射面を用いることによって偏向器を大型にすることなく反射面の数を増やすことができ,高速走査が可能となるという技術的優位性がある。
(カ) 代替技術6(絞りを円形として,他の要素(FFPの形状の利用,縦横で屈折力の違うレンズ群(横方向の屈折力が強いもの)の使用,またはそれらの併用)によりビームスポットを縦長にする技術)代替技術6を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成することができる。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(ケ)が代替技術6を採用している。
5 争点3-3(被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額)及び争点3-4(被告の本件発明の自己実施により受けるべき利益の額について(1) 原告の主張ア 算定方法1による算定額(争点3-3,3-4)前記3(1)のとおり,被告が第三者製品及び被告製品に関して本件特許をライセンスしたと仮定した場合の被告の得べかりし実施料は,次の算定方法で求めることができる。
「被告の得べかりし実施料≧「本件特許に係る発明技術を実施したレーザー走査光学系ユニットの出荷相当額」×「本件特許をライセンスしたと仮定した場合の実施料率」={レーザー走査光学系ユニットの単価×(第三者製品及び被告製品の出荷台数×第三者製品及び被告製品における本件特許の実施率)}×本件特許をライセンスした場合に通常であれば設定されたであろう実施料率」(ア) レーザー走査光学系ユニットの単価本件特許の存続期間の満了日である平成10年(1998年)4月28日までに生産されたレーザー走査光学系ユニットの平均出荷単価は,少なくとも4000円以上とするのが相当である。
(イ) 第三者製品及び被告製品の出荷台数a LBPの1998年までの出荷台数(a) 被告のLBPの累積出荷台数 4550万台「キヤノン史」(甲18)及び「キヤノン史年表」(甲19〜21)によれば,被告のLBPの累積出荷台数は,少なくとも,1987年(昭和62年)9月12日に100万台,1990年(平成2年)6月末に500万台,1993年(平成5年)9月末に1000万台,1996年(平成8年)2月末に2000万台,1999年(平成9年)6月末に5000万台であった。
また,1996年(平成8年)3月初めから1999年(平成11年)6月末までの間の被告の出荷台数の合計は,上記5000万台から上記2000万台を差し引いた3000万台であり,その間の月平均出荷台数は,75万台(3000万台/(3×12+4))と算定できる。
そうすると,1998年(平成10年)末における被告のLBPの累積出荷台数は,4550万台(2000万台+75万台×(10+2×12))となる。
(b) 第三者のLBPの累積出荷台数 2450万台被告のグループ会社であるキヤノン電子株式会社のホームページ(甲22)によれば,キヤノンLBPエンジンは,世界シェアの65%以上を占める旨記載されている。
被告の世界市場におけるLBPのシェアを65%と仮定すると,第三者のLBPの出荷台数は,被告のLBPの出荷台数に0.35/0.65を乗じることによって算出できるから,1998年(平成10年)末における第三者のLBPの累積出荷台数は,2450万台(4550万台×0.35/0.65)となる。
b MFP等の1998年までの出荷台数(a) 第三者の累積出荷台数 234万2344台「デジタル複写機/MFPブランド別販売台数(日米欧合計(Canon除く)出典:データクエスト)」と題する表(甲23)を基に,第三者のMFP等(デジタル複写機及びMFP)の出荷台数(1990年から1998年までの間)を算出すると,1998年(平成10年)末における第三者の累積出荷台数は,234万2334台となる。
(b) 被告の累積出荷台数 79万4055台株式会社矢野経済研究所の「2000年版 複写機市場の展望と戦略」(甲24)によれば,?1998年度における被告のデジタル機の国内出荷台数は11万6000台,輸出出荷台数は12万5000台(以上,合計24万1000台),?同年度における国内出荷台数の総合計は48万4500台,輸出出荷台数の総合計は46万8900台(以上,総合計95万3400台)である。
これを前提とすると,1998年度における被告の世界市場におけるMFP等のシェアは,25.3%(24万1000台/95万3400台)となり(小数点第2位で四捨五入),第三者の世界市場におけるMFP等のシェアは,74.7%(100%-25.3%)となる。
そして,被告のシェアを第三者のシェアで除した割合33.9%(25.3%/74.7%,小数点第2位を四捨五入)を,第三者による累積出荷台数に乗じることにより,1998年(平成10年)末における被告のMFP等の累積出荷台数を算出すると,79万4055台(2,342,334台×0.339)となる。
(ウ) 第三者製品における本件特許の実施率及び実施出荷台数a 本件特許は,レーザー走査光学系と電子写真感光体を使用するLBP,デジタル複写機,MFPなどの製品の原理的な特許であり,本件特許の技術の必須度が極めて高いこと,代替技術がほとんどなく,本件特許の技術を回避することが困難であること,本件特許の技術は,シンプルな技術であり,特殊な材料や設備投資等のコストが不要であるから製品の収益性が極めて高いこと,本件特許の技術が長期にわたって被告製品において実施された割合が非常に大きいことなどを考慮すると,第三者のLBP,MFP等のほとんどすべてに本件特許が実施されており,その実施率は100%とみるべきである。
b(a) LBP本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの間に第三者が出荷したLBPの累計出荷台数は,1997年(平成9年)までの累計出荷台数1965万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数485万台(2450万台-1965万台)の4分の1(1月〜3月の3か月分)である約121万台(1万台未満を四捨五入。以下同じ)を加えた約2086万台である。
(b) MFP等本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの間に第三者が出荷したLBPの累計出荷台数は,第三者が出荷したLBP方式によるデジタル複写機の累計出荷台数は,1997年(平成9年)までの出荷累計台数約136万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数約98万台の4分の1(1月〜3月の3か月分)である約25万台を加えた約161万台である。
c合計以上によれば,本件特許を実施した第三者のLBP,MFP等の出荷台数は,合計約2247万台である。
(エ) 被告製品における本件特許の実施率及び実施出荷台数a 原告が実績の再評価の申請を行った後の2002年(平成14年)4月11日ころに被告から受領した「LBP,デジタル複写機,MFPの開発コード及び商品コードと本件特許との対応を示した表」(甲3)によれば,本件特許の実施率は,以下のとおり,77.27%と算定される。
すなわち,甲3によれば,本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの間における対象となる製品は,商品コード「LBP-10」の製品から開発コード「●(省略)●」の製品までの44種類の製品となる。
これらの製品について,本件特許が実施されていることを示す○印は34個存在するから,本件特許の実施率は,77.27%(34/44)となる。
b(a) LBP本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの間に被告が出荷したLBPの累計出荷台数は,1997年(平成9年)までの出荷累計台数3650万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数900万台(4550万台-3650万台)の4分の1(1月〜3月の3か月分)である225万台を加えた3875万台である。
このうち,本件特許が実施された製品の累計出荷台数は約2994万台(3875万台×77.27%)である。
(b) MFP等本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日までの間に被告が出荷したMFP等の累計出荷台数は,1997年(平成9年)までの累計出荷台数約46万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数約33万台の4分の1(1月〜3月の3か月分)である8万台を加えた約54万台である。
このうち,本件特許が実施された製品の累計出荷台数は約41万台(約54万台×77.27%)である。
(c) 合計以上によれば,本件特許を実施した被告のLBP,MFP等の出荷台数は,合計約3035万台である。
(オ) 通常であれば設定されたであろう実施料率?本件特許は,レーザー光学系を使用する普及タイプのLBPやMFP等においてほとんど不可避な基本特許であること,?本件発明の技術が遅くとも1979年(昭和54年)から長期にわたって実施されていること,?本件発明の技術を実現することは容易であり,その実現にコストがかからないこと,?そのような価値ある製品の普及による社会的貢献度が大きいこと,?被告自身が本件特許を1級と評価し,また,原告に優秀社長賞を与えていることなどを考慮すると,それらの特許の実施料率は通常の特許の実施料率よりもはるかに高いものと考えられる。
そして,社団法人発明協会発行の「実施料率」(第4版)(甲17)によれば,プリンタ,複写機等の“その他の機械”の分野における実施料率は5%にピークがある分布をしており,10%以上の実施料率を設定した契約が10%弱存在する。
以上を総合すれば,本件特許について「通常であれば設定されたであろう実施料率」は,10%とするのが相当である。
(カ) 本件発明により被告が受けるべき利益の額以上を前提に,第三者製品及び被告製品に関して本件特許を有償でライセンスしたと仮定した場合の被告の得べかりし実施料を算定すると,第三者製品に関しては89億8800万円,被告製品に関しては121億4000万円となり,その合計額は211億2800万円となる。
第三者製品に関する被告の得べかりし実施料=4000円×(2294万台+41万台)×10%=121億4000万円被告製品に関する被告の得べかりし実施料=4000円×(2086万台+161万台)×10%=89億8800万円イ 算定方法2による算定額(争点3-3)別件訴訟における第1審判決又は控訴審判決の算定方法に大筋で基づく場合には,本件発明により「被告が得るべき利益」は,被告の全ライセンシーにおける譲渡価格に,標準包括ライセンス料率及び本件発明の寄与度を乗じて算出されるべきである。
(ア) 被告の後記主張のとおり,被告の全ライセンシーにおけるLBP譲渡価格は,3兆7437億1573万6544円,被告の全ライセンシーにおけるMFP等譲渡価格は1兆0185億5575万2957円,LBP及びMFP等の標準包括ライセンス料率は,LBPにつき2.37%,MFP等につき2.88%とする。
(イ) 本件発明の寄与度は,9〜36%とするのが相当である。
すなわち,本件は,対象特許が包括的ライセンスの対象とされていた東京地方裁判所平成14年11月29日判決(平成10年(ワ)第16832号,平成12年(ワ)第5572号)の事案(以下「日立事件」という)と同類・同系統の訴訟事件であり,本件発明の価値は日立事件における発明の価値に対して著しく大きな差は存在しないから,本件発明については,日立事件の控訴審判決(寄与率を10〜40%と認定)と同程度の寄与度率が認められるべきである。
そして,上記対象特許発明と比較して,本件発明の価値は,被告社内評価を基にして下記のように評価できる。すなわち,上記対象特許発明は特級(15万円)で優秀社長賞(30万円)を受賞し,本件発明は1級(10万円)で優秀社長賞(30万円)を受賞している。それぞれの合計額を比較すると,上記対象特許発明は45万円,本件発明は40万円であり,本件発明は上記対象特許発明の約90%(40/45×100%=88.9)の価値を有するものといえる。 %上記対象特許発明の寄与率は,日立事件の控訴審判決と同様に10〜40%とすべきであるから,本件発明の寄与率は,その約90%,に当たる9%〜36%とするのが相当である。
(ウ) 以上を前提に,本件発明により被告が受けるべき利益を算定すると,103億2544万2174円〜425億0176万8710円となる。
LBPに関する被告が受けるべき利益=3兆7437億1573万6544円×2.37%×9〜36%=79億8534万5665円〜319億4138万2664円MFP等に関する被告が受けるべき利益=1兆0185億5575万2957円×2.88%×9〜36%=26億4009万6509円〜105億6038万6047円ウ 本件発明の自己実施によって受けるべき利益の額(争点3-4)被告は,本件発明を自己実施することにより,世界初のLBP実用機であるLBP-10を他社に先駆けて開発し,1979年(昭和54年)4月に発売して以降,早くとも1984年(昭和59年)までは他社にライセンスすることもなく(乙122〜130),本件発明の独占権を享受して独占的な立場で膨大な売上を上げ,さらに,他社にライセンス後も,本件発明により,確固たる技術的優位を保つことで長年に渡り独占的な立場で膨大な売上を上げ続けている。
したがって,被告が本件発明を自己実施することにより莫大な超過利益を得ていることは明らかである。
(2) 被告の主張ア 被告が被告ライセンス契約において本件発明により得た利益の額について(争点3-3)前記3(2)のとおり,被告が本件発明を対象とする包括ライセンス契約により得た利益の額は,被告の全ライセンシーにおける本件発明を実施した製品の譲渡価額に,被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率及び被告ライセンス契約における本件発明の寄与度を乗じて算出すべきである。
(ア) 被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は,被告の全ライセンシーにおける譲渡価格(=被告以外の全他社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)×本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合×全ライセンシーにおける本件発明の実施割合によって算定される。
被告の全ライセンシーにおけるLBP,MFP等の譲渡価格は,次のとおりである。
a 全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価格本件基準期間における被告の全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価格は,3兆7437億1573万6544円である。
算定式・本件基準期間におけるLBPの全他社譲渡価格合計4兆3714億5695万5327円(別表1の(b)欄の合計欄)×全ライセンシーの販売シェア85.64%(別表1の(c)欄)b 全ライセンシーにおけるMFP等の譲渡価格本件基準期間における被告の全ライセンシーにおけるMFP等の譲渡価格は,1兆0185億5575万2957円である。
算定式・本件基準期間におけるLBPの全他社譲渡価格合計1兆2353億6173万7972円(別表2の(b)欄の合計欄)×全ライセンシーの販売シェア82.45%(別表2の(c)欄)(イ) 本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合被告の得た独占の利益は,特許権の禁止効に由来するものであり,かかる禁止効は,本件基準期間(本件特許の出願公開日である1986年(昭和61年)5月12日から存続期間満了日である1998年(平成10年)4月28日まで)働くものである。
本件発明については,本件特許(日本特許)のみが存在し,対応外国特許は存在しないから,本件発明の効力が及ぶ範囲(本件発明の適用がない地域において製造及び販売がされた製品の割合を除いたもの)は,(i)日本国内において生産されたもの,及び(ii)日本以外(海外)において生産されたもののうち,日本へ輸入され,日本で販売されたものである。(i)は,全世界で生産されたLBP,MFP等における日本生産の割合によって求められる。(ii)は,全世界で生産されたLBP,MFP等における海外生産の割合に,海外で生産されたLBP,MFP等のうち,日本に輸出され,日本国内で販売された割合を乗じることにより得られる。もっとも,海外で生産されたLBP,MFP等のうち,日本に輸出され,日本国内で販売された割合は不明であるので,全世界で生産されたLBP,MFP等における海外生産の割合に,全世界で販売されたLBP,MFP等における日本販売の割合を乗じることによって代替するものとする。
そして,本件基準期間の各年の資料がないため,別件訴訟で提出した平成13年(2001年)の資料(乙148)を基に,次のとおり推計する。まず,被告を除く第三者による平成13年の日本の生産・販売比率を求め,昭和58年(1983年)と平成13年との間は各年ごとに日本の生産・販売比率を均等割で逓減させる。このようにして求められた各年の日本の生産・販売比率について,本件基準期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
a LBPについて乙148によれば,まず,被告を除く第三者による平成13年の日本の生産比率は41.65%である。次に,乙148によれば,平成13年の,第三国(その他)で生産され,かつ日本で販売されたものの比率は8.85%(=58.35%×15.17%)である。
したがって,被告を除く第三者による平成13年の日本の生産・販売比率は50.5%(=41.65%+8.85%)である。
昭和58年の100%と平成13年の50.5%を基に,日本の生産・販売比率を各年毎に均等に逓減させ(各年2.75%ずつ。),各年の日本の生産・販売比率を,各年の全他社譲渡価格が本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占める比率をウエイトとして加重平均することにより,本件発明の効力が及ぶ範囲(割合)を求めると,72.69%となる(別表1の(d)欄。乙149)。
b MFP等について乙148によれば,まず,被告を除く第三者による2001年(平成13年)の日本の生産比率は17.11%である。次に,乙148によれば,2001年(平成13年)において,第三国(その他)で生産され,かつ日本で販売されたものの比率は19.50%(=82.89%×23.53%)である。
したがって,被告を除く第三者による2001年(平成13年)の日本の生産・販売比率は36.61%(=17.11%+19.50%)である。
昭和58年の100%と平成13年の36.61%を基に,日本の生産・販売比率を各年毎に均等に逓減させ(各年3.52%ずつ。),各年の日本の生産・販売比率を,各年の全他社譲渡価格が本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占める比率をウエイトとして加重平均することにより,本件発明の効力が及ぶ範囲(割合)を求めると,54.18%となる(別表2の(d)欄。乙150)。
(ウ) 全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の実施割合本件発明が全ライセンシーの譲渡製品中に実施されていることの立証はない。
また,本件発明は,前記4(2)イのとおり,被告製品において一切実施されていないから,被告の譲渡製品中に占める本件発明の実施割合を基礎として,全ライセンシーにおける本件発明の実施割合を推認することもできない。仮に被告において本件発明を実施しているといえる余地があるとしても,縦長ビームスポットを形成することは,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも小さくなった1990年(平成2年)ころ以降は,その技術的意義が失われており,また,現実の製品においては,一体成型技術により絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,本件発明の唯一の新規な特徴である,光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成の技術的意義は失われ,さらに,縦長ビームスポットを形成・作出する技術についても,多数の代替技術ないし競合技術が存在する。
そして,ライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため,これらの技術を使用する傾向があること等の事情を総合考慮すれば,ライセンシーの実施割合は,被告の実施割合よりもはるかに低く,ほとんどゼロに近いものと推認される。
したがって,全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の実施割合は,0%である。
以上のとおり,被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合がゼロであることから,被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は,LBP,MFP等とも0円となる。
(エ) 被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率及び被告ライセンス契約における本件発明の寄与度a 被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率は,LBPが2.37%,MFP等が2.88%であることは,前記3(2)ア(イ)のとおりである。
b 被告が本件基準期間内において保有する登録特許のうち除外されていない登録特許の件数の平均が,LBPにつき7849件,MFP等につき1万2417件であることは,前記3(2)ア(ア)cのとおりである。
これらの登録特許は,本件基準期間内において消滅したり新たに加わったりしており,被告ライセンス契約への寄与は本件基準期間内にどの程度存続したかで変動するものと考えられるが,すべての本件基準期間内の登録特許について本件基準期間内にどの程度存続したか厳密に計算することは計算技術上ほぼ不可能である。そこで,別件訴訟においては,別件基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許及び別件基準期間内に公開されて後に登録になった特許(以下「別件基準期間内登録特許」という。)は,いずれも平均してほぼ0.5件分程度の寄与をしているものと想定し(乙145の1),上記件数の2分の1を「基準となる対象特許数」とした。別件基準期間は1983年(昭和58年)4月から2001年(平成13年)10月までの約18年間であるのに対し,本件基準期間は1986年(昭和51年)5月から1998年(平成10年)4月までの約12年間であり,別件基準期間の3分の2である。そこで,別件訴訟における「基準となる対象特許数」が別件基準期間内登録特許の件数の「2分の1」であり,本件基準期間が別件基準期間の3分の2であることを考慮すると,本件における「基準となる対象特許数」は,本件基準期間内登録特許の件数の「5分の3」となる。
したがって,LBPにつき4709件,MFP等につき7450件が本件基準期間において対象となる被告保有特許数である。
c 本件発明は,代表特許でも提示特許でもなく,かつ,ライセンシー製品において実施されていることは一切立証されていないため,被告クロスライセンス契約の締結に対し,極く僅かな貢献しか認められない。また,仮にライセンシー製品における本件発明の実施割合が0%と認められないとしても,本件発明の寄与度は,極めて小さいものといえる。
以上によれば,本件発明の寄与度は,被告ライセンス契約における本件基準期間内の被告保有特許(LBPにつき4709件,MFP等につき7450件)のうちの1件に対し,極く限られた価値しか有しないものである。
仮に本件発明の価値を1件に対し0.01件分の価値を有するものとした場合,本件発明の実施料率は,LBPについては,被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.37%を4709で除して0.01を乗じた0.0000050%(別表1の(f)欄),MFP等については,被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.88%を7450で除して0.01を乗じた0.0000039%(別表2の(f)欄)となる。
(オ) 小括以上によれば,本件発明の実施料率(前記(エ))を乗ずべき被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は0円であるので(前記(ウ)),被告が本件発明により得た利益の額は0円である。
イ 本件発明の自己実施によって受けるべき利益の額(争点3-4)前記3(2)イのとおり,?本件発明は,縦長ビームスポットを形成するという構成は,ビームスポットが画素からはみ出る量をなるべく小さくすることによって「良好な記録」を得るという点に技術的特徴があるが,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも小さくなった1990年(平成2年)ころ以降は,その技術的意義が失われており,また,現実の製品においては,一体成型技術により絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,本件発明の唯一の新規な特徴である,光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成の技術的意義は失われていること,?縦長ビームスポットを形成・作出する技術についても,多数の代替技術ないし競合技術が存在し,被告のライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため,これらの技術を使用する傾向があること等の事情を総合考慮すれば,被告において本件発明を自己実施しているとしても,特許権者である被告が本件特許権の禁止権による超過利益を得ているということはできず,被告による本件発明の自己実施により受けるべき利益の額は0円である。
6 争点4(本件発明がされるについて被告が貢献した程度)について(1) 原告の主張ア 特許法は,職務発明の場合は,通常,使用者が実験設備,実験資材,実験費用の負担,研究補助者の提供,文献の購入費用の負担など,発明の完成に至るまでの資金提供をしていることを考慮して,公平の観点から,発明者に特許権を与える一方で,使用者に職務発明についての特許につき,通常実施権を与えることとしている。
してみると,職務発明についての「使用者の貢献度」として通常考えられる「実験設備,実験資材,実験費用の負担,研究補助者の提供,文献の購入費用の負担など,発明に至るまでの資金提供をしていること」等の使用者が職務発明のために提供した便益は,特許法35条1項による通常実施権の無償による取得と対価関係に立っているといえるので,これらと全く同じ内容の使用者の貢献度を職務発明の譲渡対価の算定上再び考慮することは,対価関係を欠き衡平を失する結果となるから許されない。
したがって,使用者が職務発明のために提供した便益の価額を算定した上で,算定された価額から通常実施権の経済的価値を控除しても,なお考慮すべきような価値を被告が立証できない限り,その価額を「使用者の貢献度」として考慮することは許されない。
イ(ア) 原告が半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系の開発に携わったのは,1970年代中ごろの普及型LBPの基礎開発当初から,1984年(昭和59年)のLBP-CXに始まった卓上型普及タイプのLBP事業の開始に至るまで,およそ8年間であった。半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系の開発に携わった当初,原告は,管理職ではなく,研究開発計画に参画する主任研究員の職位にもなく,与えられた研究開発テーマに従事する単なる専門職の職位にあったにもかかわらず,自主的に開発責任意識を持って,その革新性と創造性に取り組む意欲と先見性等により積極的に提案を行い,本件発明を生み出した。
すなわち,昭和51年,被告は「LBP-200L」というLBPを世界で初めて市販するが,これはHe-Ne(ヘリウム-ネオン)のようなガスレーザーを用いた大型コンピュータ用の高速プリンタであった。しかし,ガスレーザーは,高価な装置である上,1メートル近くもある大きなものであり,さらに変調器やその関連の光学系のために2メートル以上のスペースが必要なため,ガスレーザーを用いる当時のLBPは,必然的に,現在のような小型のデスクトップタイプLBPとは比較にならないほど大きく,また,高価(数千万円〜数億円)なものにならざるを得なかった。にもかかわらず,昭和51年当時,半導体レーザーを使用するという考えは極めて少なく,被告においても,半導体レーザーを用いて小型のプリンタを開発することは,正式なテーマとして認められていなかった。そのため,被告内における半導体レーザーを用いた小型のプリンタの開発は,当初,予算も割り当てられない状況で,一部の研究者によって勤務時間終了後に進められた。
そのような状況にあったにもかかわらず,原告は,昭和51年当時から,He-Neのようなガスレーザーに代わって半導体レーザーが将来のLBPの光源になることを予測し,光学系の革新の必要性を強く感じていた。そのため,原告は,昭和51年ころから,半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系に関する研究計画を自主的に提案し,半導体レーザーを使用する場合の光学系における種々の問題点の検討やそれらの解決方法等の検討を行い,それらの検討を通じて本件発明を生み出した。
このように,本件発明は,被告においてほとんど技術的蓄積がなかった半導体レーザー走査光学系の分野について,業務命令がなかったにもかかわらず,原告が自主的に提案を行い,さらに,原告が継続的に自発的かつ積極的な実験と設計検討を行ったことによって生み出された原告の努力の賜物であり,その発明を完成に至らしめるための技術開発の推進は,前記研究計画の提案を行った当時の原告の地位が単なる専門職の研究員であったことを考慮すると,原告の職責をはるかに超えた貢献であった。
また,本件特許が1級の評価を与えられるとともに個人としては最高の評価である優秀社長賞を受賞していること等から明らかなように,被告自身が本件発明の重要性及び原告の貢献度を極めて高く評価している。
さらに,本件特許は,本件原出願からの分割出願に係る特許であるが,原出願明細書の基となる提案書は,原告が自ら一人で作成しているところ,被告は提案書の内容のとおりに明細書を作成している。そして,本件特許について分割出願を行うに当たって,原告は被告の担当者と相談して,特許請求の範囲の記載内容等を決定している上,本件特許の明細書の記載内容は,原出願明細書の記載内容と大部分において一致している。
このように,原告は,本件発明を権利化する過程においても多大な貢献をしており,被告が特段の貢献をしたわけではない。
(イ) 以上のとおり,本件発明は元々業務命令になかった原告の自主提案に始まった技術開発の展開における一つの結果であること,被告自身も原告の貢献度を極めて高く評価していること,本件発明の権利化の過程においても被告は特段の貢献をしていないことからしても,本件発明に係る相当対価の算定に当たり考慮すべき被告の貢献度は多くとも10%であるというべきである。
ウ 被告の主張に対する反論(ア) 被告は,後記のとおり,本件発明に関する被告の貢献度は99%を下らないなどと主張する。
しかし,本件発明は,何ら被告の技術蓄積によることなく,業務の範疇を超えた原告の自主的な技術開発の蓄積に基づいて,単独で成された発明である。
よって,被告の上記主張は失当であり,「使用者の貢献度」は多くとも10%である。
(イ) 仮に被告の貢献度が多くとも10%であるとの主張が認められないとしても,日立事件の控訴審判決で認定された事実関係と本件の事実関係とを比較すれば,本件は,日立事件と同類の事件であり,貢献度については,むしろ本件の原告の方が高いことは明らかである。
したがって,原告の貢献度は日立事件判決の控訴審判決において認められた発明者の貢献度(20%)を下回るべきではないから,被告の貢献度は,80%未満である。
(2) 被告の主張ア 本件発明の完成に対する被告の貢献(ア) 本件発明は,ガスレーザー及び半導体レーザーを光源とするLBP,半導体レーザー光源のファクシミリやLDR等の研究・開発を目的として,1973年(昭和48年)以降連続的に設けられたタスクフォース等における研究開発において,かつ,その成果の継承と利用に基づいて,完成されたものである(別表「「レーザー光学系の開発経緯」参照)。
(イ) 本件発明の縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思想は,B1とB3を共同発明者とする1976年(昭和51年)3月31日出願のB3・B1発明を基礎として,同発明がされた後のB1をチーフとするタスクフォースにおける半導体レーザー光源LBPの高精細化,高解像度化の研究開発の進展により,発明として結実したものである(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参照)。
(ウ) 本件発明は,被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発に,その正に黎明期から,実働部隊のリーダー,タスクフォースのチーフとして従事したB1と光学部にあって試作機等のレンズ及び半導体レーザー光学系の開発・設計を担当した光学技術者の原告によって,TR-029のタスクフォース活動の成果として完成されたものである。
(エ) 以上によれば,本件発明の完成に対する被告の貢献度は極めて高く評価されるべきものである。
イ 本件発明の権利化及び権利維持における被告の貢献(ア) 本件発明の審査経過は,次のとおりである。
昭和53年4月28日 本件原出願(特願昭53-51848号)昭和60年9月18日 分割出願(本件出願)出願審査請求昭和61年5月12日 本件出願の出願公開昭和62年4月3日 拒絶理由通知昭和62年7月17日 意見書・手続補正書提出昭和63年1月27日 拒絶査定昭和63年3月31日 拒絶査定に対する審判請求書提出平成元年10月16日 審判請求理由補充書提出平成元年10月24日 拒絶理由通知平成2年1月12日 意見書提出平成4年10月13日 本件出願の出願公告決定平成5年2月22日 出願公告平成5年5月 特許異議申立て(7件)平成6年2月21日 特許異議答弁書提出平成7年1月11日 特許異議の決定(理由なし)平成7年1月11日 特許をすべき旨の審決(拒絶査定取消)平成7年5月26日 設定登録(イ)a 被告の特許部のB8(以下「B8」という。)は,原告が作成,提出した原出願発明の提案書に基づき,原出願明細書を作成し,昭和53年4月28日に本件原出願が出願された。
B8の部下であったB2と被告の開発部門のB5は,昭和60年6月ないし9月ころ,本件原出願に基づく分割出願の検討を行い,同年9月18日に本件原出願からの分割出願として本件出願が行われた。
分割出願時の特許請求の範囲の記載は,次のとおりであった。
「レーザ光源からの光束を結像光学系により感光媒体上にビームスポットとして形成し,該ビームスポットを感光媒体上で,感光媒体に対して相対的に走査させることにより記録を行なう光学系に於いて,前記感光媒体上に於けるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に,前記結像光学系でレーザ光源からの光束を感光媒体上に形成する事を特徴とする記録光学系。」b 特許庁は,被告に対し,昭和62年4月3日付け拒絶理由通知(乙100)を発した。拒絶理由の要旨は,本件発明は出願前公知技術から容易に発明し得るため,進歩性がないというものであった。
被告は,上記拒絶理由通知に対し,B2の発案に基づき,昭和62年7月17日付け意見書(乙101)及び手続補正書(乙102)を提出した。上記手続補正書による補正により,特許請求の範囲について,分割出願時には単に「レーザー光源」としていたのを「半導体レーザー光源」に限定するとともに,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより」との限定を加えた。
B2がこの2つの限定を加えた補正のねらいは,以下のとおりである。上記拒絶理由通知において,特公昭46-20442号公報(「引用例」)には,レーザー光源を利用した記録光学系において,感光媒体に於けるビームスポットの形状を変化させることが記載されている旨の記載があったが,「引用例」は,レンズの位置を変化させデフォーカスすることで被走査媒体上でのビームスポット形状を制御するものであり,ビームスポット形状の制御のために,結像性能を若干犠牲にするものであった。これに対しB2は,ビームスポットの形状の制御をレンズ位置の変化ではなく,「絞りにより」行えば,常に結像された状態のビームスポットが得られるので,このように補正すれば,引用例と異なる構成とすることができると考え,上記手続補正書により,ビームスポット形状の制御を「絞りにより」行うことに限定した。
しかし,ビームスポット形状の制御を「絞りにより」行うことは当業者において自明のことであると審査官が判断する可能性が高いのではないかとの懸念が生じた。
そこで,B2は,上記手続補正書により,「レーザー光源」を,発散光束を射出する「半導体レーザー光源」に限定するとともに,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより」との限定を加えることにより,「半導体レーザー光源」を用いた光学系における絞りの位置を限定し,「半導体レーザー光源」を用いた光学系であっても容易に被走査媒体上でのビームスポット形状を制御できるという作用効果を主張することで,より特許性が認められ易くなるものと考え,上記補正を行った。
しかし,特許庁は,「ビーム成形のため絞りを利用することは,慣用技術程度のことと認められる。(例えば,特公昭49-16823号公報,特開昭48-66856号公報参照)」との理由で,昭和63年1月27日付けで拒絶査定をした。
c 被告は,昭和63年3月31日付けで拒絶査定に対する不服審判請求を行い,さらに,平成元年10月16日付け審判請求理由補充書(甲46)を提出した。上記審判請求理由補充書において,被告は,特許庁審査官が拒絶理由通知及び拒絶査定において指摘する先行技術文献のいずれにも,半導体レーザーを光源とする光学系において,ビームスポットの形状を制御しようとしたときに生じる問題点を開示あるいは示唆する記載はなく,本件発明は容易にされるものではない旨主張した。
特許庁は,被告に対し,本件発明に進歩性がないことを理由に,平成元年10月24日付け拒絶理由通知(乙105)を発した。拒絶理由の要旨は,本件発明は出願前公知技術から容易に発明し得るため,進歩性がないというものであった。
これに対し被告は,平成2年1月12日付け意見書(乙15)を提出し,本件発明は各引用例から容易に想到できたものではなく,本件発明には進歩性があることを主張した。
本件出願は,平成4年10月13日付けで出願公告決定を得て,平成5年2月22日に出願公告がされた。
以上の手続は,B2及びB5が担当した。
d 本件出願の出願公告に対し,平成5年5月,ミノルタカメラ株式会社,松下電器産業株式会社,コニカ株式会社等の競合他社などから特許異議の申立て(合計7件)がされた。特許異議の申立ての主な理由は,本件発明は先行技術文献から容易に想到できるため進歩性がないというものであった。
被告は,各特許異議の申立てに対し,答弁書を提出して,特許異議の申立てに理由がないことを反論した。
その結果,特許庁は,平成7年1月11日,いずれの特許異議の申立についても,申立てに理由がない旨の決定をした。また,同日,特許庁は,拒絶査定に対する不服審判請求について,拒絶査定を取り消し,本件発明を特許すべきものとする旨の審決を行った。
同年5月26日,本件特許が設定登録された。
以上の手続を担当したのは,B2,その部下のB9,B5であった。
(ウ) 以上のとおり,本件発明の権利化及び権利維持は,昭和53年から平成7年までの18年間にわたり,多大な費用及び労力をかけて行われたものであるが,これに対する原告の関与は,本件発明とは,その技術的課題・目的及び特徴を全くことにする原出願発明の提案書を職務上作成・提出したことのみであり,そのほかは,全てB2,B5を始めとする被告の知財部門及び開発部門の担当者の尽力によるものである。
そして,本件発明は,拒絶査定を受けたものの,B2らの粘り強い対応により,拒絶査定に対する不服審判において特許性が認められ,本件特許権の設定登録がされたものである。
したがって,本件発明の権利化及び権利維持における被告の貢献,殊に,本件原出願において原告が意図していなかった本件発明の構成に特許性を見出して本件発明を権利化したB2及びB5の貢献は,極めて大きいものと評価されなければならない。
ウ 本件発明に関するその他の被告の貢献(ア) ライセンス契約交渉等における被告の貢献被告のライセンス契約の締結交渉は,知的財産法務本部が行っており,原告は一切関与しておらず,原告の貢献はゼロである。
被告ライセンス契約の大多数は包括ライセンス契約であり,一部は包括クロスライセンス契約があるが,このようなライセンス契約において,本件特許は膨大な特許群の中の一特許としてライセンスされているにすぎない。また,被告は,これらの契約においてライセンス料を支払う義務を負う契約は1件もない反面,過去毎年,多額のライセンス料を稼得してきた。これは,直接的には,ライセンス契約における被告の許諾対象特許等の件数が,本件基準期間内登録特許に限ってもLBPにつき7849件,MFP等につき1万2417件と膨大であること,被告の許諾対象特許等の網羅性が大きな要因であるが,基本的には,被告の特許戦略の成功によるものである。
このような競合他社にはみられない被告の特許戦略に基づくライセンス料収入における被告の貢献も,極めて大きいものとして考慮されなければならない。
(イ) 本件発明後のLBP事業・市場の拡大における被告の貢献本件特許のライセンスによる独占の利益としてのライセンス料の獲得は,前述の特許戦略に加え,被告の様々な努力によるLBP事業の成功とLBP市場の急速な拡大によるものである。
被告は,1975年(昭和50年)に世界で初めてLBPを発表し製品化し,1979年(昭和54年)に世界で初めて半導体レーザーを実用化した小型LBP(LBP-10)を発売し,更に1983年(昭和58年)にオールインワンのレーザースキャナーユニットや使い捨てのカートリッジを採用するなどして,従来に例を見ない小型化・軽量化・低価格化に成功したLBP-CXを発売し,その後においてもLBP市場で革新的な新製品を発売し続けるなど,絶え間なく巨額の研究開発費を投入して,LBPの研究,開発,改良に取り組み続けてきたことによるものである。被告が,LBP等の製品を含めその様々な製品で消費者から被告の技術に対する信用を勝ち得て,キヤノンブランドの優位性を確立したことも,被告のLBP等の事業の成功の要因である。
このような被告の様々な努力によりLBP市場が拡大したことも,被告の貢献として考慮されなければならない。
(ウ) 巨額の研究開発費の継続的出捐被告は,事務機部門の研究開発費として,LBP開発当初の1973年(昭和48年)から本件発明の完成時の1978年(昭和53年)に至るまでに合計約48億3100万円,その後1979年(昭和54年)から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成10年)までの間に合計約7998億4300万円を支出している。
以上のとおり,被告は,巨額の研究開発費を継続的に出捐し,これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けており,これらがライセンス収入の源泉となっているのであるから,当該研究開発費の出捐も,被告の貢献として考慮されなければならない。
(エ) 原告に対する給与等の支払及び業務基盤の提供等a 被告は,原告が被告の従業員として在籍していた昭和43年4月から平成14年8月までの間に,原告に対し,多額の給与,賞与,退職金等の金員を支払ったほか,今後退職年金等を支払い続けるものであって,それらの合計額は3億円を超す金額となる。また,被告は,労働保険料,社会保険料の事業主負担分として,1937万円を超す金額を負担した。
被告の上記支払及び負担は,本件発明の完成を含め,原告の被告における業務遂行の対価として支払われたものであり,かつ,十分な金額と評価できるものであるから,本件発明に係る相当の対価の算定に当たり,被告の貢献として考慮されなければならない。
b 被告は,原告に対し,原則終身雇用体制による安定した職の提供,各種会社設備,専門スタッフ等の整備による労働環境の提供により,原告が事業リスク,生活上のリスク等のリスクを負うことなく安定して研究開発に打ち込むことができる業務基盤を提供した。
かかる業務基盤の提供は,現に原告が研究開発を行うに当たっての具体的な支援であると同時に,仮に原告の研究開発が成功しなかった場合のリスクの負担であり,原告が被告に雇用されることなく個人で研究を行っていたとすれば,決して得ることのできなかったものであるから,本件発明に係る相当の対価の算定に当たり,被告の貢献として考慮されなければならない。
エ小括前記アないしウの事実及びこれらに関連する一切の事情を総合考慮すれば,本件発明に関する被告の貢献度は,99%を下らない7 争点5(本件発明に係る相当の対価の額)について(1) 原告の主張ア 相当の対価の額(ア) 前記5(1)のとおり,本件発明により被告が受けるべき利益の額は,算定方法1により算定した場合は,合計211億2800万円(前記5(1)ア(カ)),算定方法2により算定した場合は,合計103億2544万2174円〜425億0176万8710円(前記5(1)イ(ウ))となる。
(イ) 前記6(1)エのとおり,本件発明に関する被告の貢献度は,多くとも10%である。
(ウ) 前記2(1)のとおり,本件発明は,原告が単独で行ったものであり,B1は,タスクフォースのチーフとしてからの立場上,当時の慣行として形式的に共同発明者として名を連ねたに過ぎないから,共同発明者間における原告の貢献度は100%である。
(エ) 以上を前提に,本件発明に係る相当の対価の額を算定すると,算定方法1により算定した場合は,190億1520万円,算定方法2により算定した場合は,92億9289万7957円〜382億5159万1839円となる。
したがって,原告は,被告に対し,本件発明に係る相当の対価として,190億1520万円を請求できるというべきである。
算定方法1の場合の計算式211億2800万円×(1-0.1)×1・算定方法2の場合の計算式(103億2544万2174円〜425億0176万8710円)×(1-0.1)×1イ 中間利息の控除(ア) オリンパス事件最高裁判決は,対象発明の権利承継時期を特定することも中間利息の控除(またはそれらの必要性の指摘)を行うこともなく,原審と同様,上告人(オリンパス株式会社)に対して228万9000円の支払を命ずる判決を下しているのであるから,特許法旧35条3項の「相当の対価」の算定につき,中間利息を控除する必要はないという立場を採用しているものと解される。
仮に相当の対価支払請求権の行使可能時からの中間利息の控除を認めたとしても,権利譲渡者は,相当の対価支払請求権の行使可能時から相当の対価支払時までの遅延損害金を請求できるため,結論はそれ程変わらず,むしろ,オリンパス事件最高裁判決を含む過去の裁判例により蓄積された実務慣行,すなわち,訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を請求するという実務慣行に反し,新たな遅延損害金の請求をする必要が生じるという煩雑性が生じる。
このような煩雑性回避の観点からすれば,少なくとも,権利承継後,履行請求の時点までに発生した「使用者等が受けるべき利益」に基づく相当の対価の部分については,将来の分を事前に受領することにはならないため,中間利息の控除を考慮する必要はないと解すべきである。使用者等の「受けるべき利益」は,そもそも将来の予測にすぎず,後から振り返ってみた場合に,後日の特定時点で特定の利益が得られていたとしても,そのことから直ちに,権利承継時点において,当該特定時点で当該特定の利益が見込まれていたともいえないから,後日の収益から単純に中間利息を控除しても,「受けるべき利益」が一義的に算出されるものではなく,まして,口頭弁論終結時においても将来取得できる可能性のある利益として予測されるにすぎないものについては,なおさら不確実なものにすぎないから,この不確実な予測を基礎として,厳密に中間利息の控除をしたとしても,結局それは不確実性の残る数値にすぎない。このように,もともと不確実な「受けるべき利益」について中間利息のみを厳密に算定して控除するのは不合理であることからしても,中間利息の控除を認めるべきではない。
(イ) 特許法旧35条3項が規定する相当の対価支払請求権は,当事者間の合意に基づいて発生するものではなく,特許法旧35条3項が規定する要件を満たすことにより発生する法定債権である。このような法定債権については,不法行為に基づく損害賠償請求権のように被害者保護という政策的観点から判例により例外的に損害の発生と同時に履行の遅滞になる場合を除き,民法412条3項の規定する期限の定めのなき債務に該当し,債務者は,履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うものと解される。
したがって,特許法旧35条3項に基づく相当の対価支払債務も,履行の請求を受けた時から遅滞の責任が生じ,この時点から遅延損害金の支払債務が発生すると解すべきである。
そうすると,仮に相当の対価支払債務の発生時期や算定時期を対象特許発明の権利承継時としたとしても,権利譲渡者は,履行の請求をするまで相当の対価を受領できない以上,少なくとも,権利承継後,履行請求の時点までに発生した「使用者等が受けるべき利益」に基づく相当の対価の部分については,将来の分を事前に受領することにはならないため,中間利息の控除を考慮する必要はないというべきである。
本件において,被告は,平成8年6月13日の時点で原告に対し相当の対価支払請求権の履行義務を負っていたのであり,被告はこの時点で相当の対価を算定する義務を負っていたといえるから,仮に中間利息の控除がされるとすれば,この時点を基準としてなされるべきである。
ウ小括以上によれば,原告は,特許法旧35条3項に基づき,被告に対し,本件発明に係る相当の対価190億1520万円の一部請求として1億円及びこれに対する平成7年12月27日(本件発明の実績に対する対価の支払日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張ア 相当の対価の額(ア) 前記5(2)のとおり,本件発明により被告が受けるべき利益の額は,ゼロである。
(イ) 前記6(2)エのとおり,本件発明に関する被告の貢献度は,99%を下らない。
(ウ) 被告によるLBP開発の中にあって,半導体レーザー光源LBPは,当時の被告の技術者が,知力,労力を結集し,試行錯誤の末,世界で初めて完成させたものである。
前記2(2)イのとおり,B1は,B3・B1発明の発明者として,「縦長ビームスポット」の効用を熟知し,「改造機A」の実験で半導体光源LBPの事業化の目途を立て,自らその印字サンプルを被告に報告した上,TR-018,TR-027,TR-029のタスクフォースのチーフとして,同LBPの高解像度・高精細化に取り組み,現実のLBP開発の中で獲得し,また,勉学して得た電子写真プロセスと光学の知識と経験に基づき,光束がコリメートされている位置に絞りを設けた「デモ機」の光学構成が採用されて以降,TR-029のタスクフォースで「LBP-10」を開発中,「縦長ビームスポット」により良好な画像を得るという課題を検討する中で,ほとんど原告の関与・貢献なしに,本件発明を完成したものである。
したがって,B1の本件発明の完成における貢献度は,99%を下ることはない。
(エ) 以上のとおり,本件発明により被告が受けるべき利益の額は,0円であるから,原告の本件発明に係る相当の対価の額は,0円である。
イ 中間利息の控除特許法旧35条3項の規定する「相当の対価」は,「従業者等が有していた発明を受ける権利を使用者等に承継(譲渡)したことによる対価」であるから,その算定基準時は承継時(譲渡時)となる。上記算定基準時の「相当の対価」の額は,権利譲渡後の事情も総合考慮して認定されるが,使用者等が権利譲渡後の将来に実際に得た又は得るであろう当該特許発明の独占的実施による超過売上げないし利益に基づいて自社実施の場合の相当対価額を算定し,又はライセンサーたる使用者等が,ライセンシーから実際に受領した又は受領するであろうライセンス料に基づいて当該特許等をライセンスした場合の相当対価額を算定するときには,当該将来に得た又は得るであろう超過利益やライセンス料については,算定基準時に引き直して,割引価額が算定されなければならない。したがって,算定基準時後,すなわち譲渡時後に得た又は得るであろう超過利益又はライセンス料は,当該期間に該当するライプニッツ係数を乗じて減価されなければならない。
もっとも,「相当の対価」の算定基準時が権利承継(譲渡)時であるとしても,発明者たる従業者等が,使用者等の定めた職務発明に関する勤務規則等により,将来の一定の時期まで,使用者等に対して相当の対価の支払を受ける権利を行使し得ない場合には,譲渡時から同権利の行使が可能となる時までの期間について中間利息を控除することは公平の観念に反するから,中間利息は同権利の行使可能時から超過利益又はライセンス料が得られた又は得られるであろう時までの間についてのみ,控除されるべきである。
本件において,本件発明の特許を受ける権利が原告から被告に対して承継(譲渡)されたのは,遅くとも本件原出願の出願日である昭和53年4月28日であるが,被告取扱規程上,原告が本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利を行使することが可能となったのは,実績による対価の支払を受けた平成7年12月26日であるから,同日以降に被告が稼得したライセンス料については,中間利息が控除されなければならない。
したがって,被告は,原告が本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利を行使することが可能となった平成7年12月26日の翌年の平成8年以降の各年のライセンス料(超過利益があると認定される場合超過利益も同様である。)について中間利息を控除することを求めるものである。具体的には,別表1及び別表2の「中間利息」欄((i)欄)記載の中間利息控除のための係数を乗じることを求めるものである。
ウ小括以上によれば,原告の本訴請求は理由がない。
8 争点6(消滅時効の成否)について(1) 被告の主張ア(ア) 被告取扱規程(乙1の5)によれば,被告が従業者から承継した特許を受ける権利に基づき特許を出願すれば出願時における対価が支払われ,これが登録されれば登録時における対価が支払われるものとされ,さらに当該特許権を実施した実績があれば,実績に対する対価が支払われ,その具体的な支払時期については,当該出願・登録・実績(実施)のあった時期が被告の上期(1〜6月)であれば当年下期(具体的には12月末日又は現実の対価支払日)が,当該出願・登録・実績(実施)のあった時期が被告の下期(7〜12月)であれば翌年上期(具体的には翌年6月末日又は現実の対価支払日)が,その支払期日とされることになる。
被告取扱規程の上記支払時期に関する定めは,従業者による相当の対価の支払を受ける権利の行使についての法律上の障害となるが,遅くとも実績に対する対価についての支払時期が到来すれば,その支払時期から消滅時効が進行を開始することとなる。なお,被告取扱規程には,表彰及びこれに伴う賞金の支払時期に関する定めがあるが,結果として表彰に伴う賞金が支払われることによって「相当の対価」の額が増額されることになることは格別,被告の従業者が被告に対し,表彰それ自体や表彰に伴う賞金の支払を請求することができるものではないから,表彰及びこれに伴う賞金の支払時期に関する定めは,相当の対価の支払を受ける権利を行使するについての法律上の障害に当たらない。
したがって,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は,遅くとも被告が原告に対して実績による対価を支払った平成7年12月26日の翌日である同月27日から進行し,平成17年12月26日の経過により消滅時効が完成した。
(イ) 被告は,平成18年6月28日到達の内容証明郵便をもって,原告に対し,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利について,消滅時効援用する旨の意思表示をした。
(ウ) したがって,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利は,消滅時効により消滅した。
イ これに対し原告は,後記のとおり,被告が,原告に対し,被告取扱規程に基づき,本件発明に係る表彰に伴う賞金を支払ったことが,債務の承認として時効中断事由となる旨主張する。
しかし,表彰に伴う「賞金」は,「別途対価の額を加算する」(乙1の5。21条4項)ものではあっても,それ自体はあくまで実績による対価の支払により通常の「相当の対価」の支払が終了した後に恩恵的・裁量的に支払われるにすぎないものであって,本来的には特許を受ける権利承継の「相当の対価」としての性質を有するものではないから,賞金の支払は,そもそも,相当の対価支払債務の弁済に当たらない。また,仮に賞金の支払が相当の対価支払債務の弁済になる余地があるとしても,一部弁済が時効中断事由としての「承認」に当たるためには,権利の存在の認識(一部弁済の場合には「一部」であることの認識)と,これを相手方に対して表示することが必要であるところ,上記表彰による賞金は恩恵的に支払われたものであり,被告において相当の対価支払債務の残額が存在すると認識する余地が全くないこと,被告は,本訴訴訟及び別件訴訟の提起前から,平成15年7月11日付「回答書」(甲8)等において,一貫して本件発明に係る相当の対価は既にその全額を支払済みであると主張してきたことから明らかなとおり,被告がこれら支払済みの対価の他に相当の対価の支払を受ける権利が存在すると認識した事実も,それを原告に表示した事実も存しない。
したがって,被告による表彰に伴う賞金の支払が時効中断事由としての「承認」に該当するものではない。
(2) 原告の主張仮に被告が主張するとおり平成7年12月26日の翌日が本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点であるとしても,被告は,平成8年6月13日に被告取扱規程に基づいて原告に対し表彰による賞金対価を支払っており,この賞金対価の支払は,同権利の対価の一部の支払に該当するから,時効中断事由である債務の「承認」に該当し,上記消滅時効は中断している。同権利の消滅時効は,平成8年6月13日の翌日から新たに進行する。
原告は,平成18年6月12日,本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の元本の支払を催告し,それから6か月以内の同年12月11日に本件訴訟を提起したことにより,元本債権の消滅時効が中断している。
元本債権が時効中断した場合,遅延損害金債権の元本の従属性により,遅延損害金債権の消滅時効も中断する。
原告は,上記債務の承認の日から10年以内の平成18年6月12日に催告をし,それから6か月以内の平成18年12月11日に本件訴訟を提起しているため,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利について,消滅時効は未だ完成していない。
当裁判所の判断
1 争点1(被告取扱規程に基づいて支払われた対価額を超える対価請求の可否)について(1) 被告は,?被告取扱規程は,特許法旧35条3項,4項の趣旨及び内容に照らして,勤務規則として合理性を有し,原告に対する法的拘束力を有している,?被告取扱規程に基づく本件発明の実績に対する対価及び優秀社長賞の決定は,実質かつ慎重な審理を経て行われ,手続面及び実体面からみて相当性を有しているとして,原告は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額を超えて対価を請求することはできない旨主張する。
ところで,特許法旧35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定し,同条4項は,「前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定している。
これらの規定によれば,特許法旧35条3項相当の対価の額は,同条4項の趣旨・内容に合致するものでなければならないというべきであるから,勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁(オリンパス事件最高裁判決)参照)。
これを本件についてみるに,前記争いのない事実等によれば,被告取扱規程は,被告と被告の従業員が組織する労働組合であるキヤノン労働組合との間で締結された労働協約における労使協議会の協議事項とする旨の規定あるいは委任規定に基づいて,労使協議を経て,被告によって制定及び改正されてきたものであるから,被告取扱規程は,特許法旧35条3項の「契約,勤務規則その他の定」にいう「勤務規則」に当たるものと解される。
しかるに,「勤務規則」により定められた対価の額が特許法旧35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができることは上記のとおりである。
また,仮に被告が主張するように被告取扱規程に基づく本件発明の実績に対する対価及び優秀社長賞の決定が実質かつ慎重な審理を経て行われたとしても,そのことから直ちに被告が支払った対価額が特許法旧35条4項の規定に従って具体的に算定される対価の額に合致するということはできない。
したがって,被告が被告取扱規程に基づいて原告に支払った本件発明の特許を受ける権利承継に係る対価額が特許法旧35条4項の規定に従って具体的に算定される対価の額に合致するかどうかを検討するまでもなく,原告は被告が支払った上記対価額を超えて対価を請求することはできない旨の被告の上記主張は,理由がない。
(2) これに対し被告は,オリンパス事件最高裁判決は,職務発明規程が,使用者等によって「一方的に」定められ,かつ,「いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定め」ていた場合において不足額請求を認めた事案であるのに対し,被告取扱規程は労働協約に依拠して労使協議の上制定・改正されたものである点,被告取扱規程においては職務発明が「実績により会社に貢献したと認められ」て初めて「実績対価」の額が決定され,対価の上限額が設けられておらず,かつ,異議申出と再評価申請の権利が発明者に与えられている点において,本件は,オリンパス事件最高裁判決と事案を著しく異にするから,同最高裁判決の射程範囲外であって,同最高裁判決は本件に適用されるべきではない旨主張する。
そこで検討するに,オリンパス事件最高裁判決中には,「いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであって」と判示する部分があるが,この部分は,職務発明がされる前に対価の額を確定的に定めることができないとの一般的な事情を述べて,勤務規則等により定められた対価の額が特許法旧35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,その不足額を請求することができることの理由としたものであって,不足額を請求することができる場合の要件を判示したものではないものと解される。
したがって,本件はオリンパス事件最高裁判決の射程範囲外である旨の被告の上記主張は,採用することができない。
2 争点2(本件発明の発明者)について原告は,本件発明は,原告の単独発明であり,本件特許の特許公報にB1が原告の共同発明者として記載されたのは,タスクフォースのチーフを形式的に共同発明者とする当時の慣行に従い,タスクフォース「TR-029」のチーフであったB1を形式的に共同発明者としたに過ぎないのであって,B1は,本件発明の完成に全く寄与しておらず,共同発明者でない旨主張するのに対し,被告は,本件発明は,原告及びB1の共同発明である旨主張する。
ところで,「発明者」は,当該発明の創作行為に現実に加担した者をいい,「発明者」といえるためには,当該発明の技術的思想(具体的には,技術的課題及びその解決手段)を着想し,それを具体化することに関与したことを要するものと解される。
そこで,本件発明が原告の単独発明であるか,あるいは原告及びB1の共同発明であるかを判断するに当たり,まず,本件発明の技術的思想について認定し,その上で,原告が本件発明の技術的思想着想,具体化を単独で行ったかどうかについて検討することとする。
(1) 本件発明の技術的思想ア 本件出願の経緯(ア) 被告は,昭和53年4月28日,本件原出願(特願昭53-51848号)をした。
被告は,昭和60年9月18日,本件原出願からの分割出願として本件出願をした。本件出願の願書(乙99)には原告及びB1が「発明者」として記載されていた。
本件出願の願書に最初に添付した明細書(以下「本件出願当初明細書」という。乙99)の特許請求の範囲(以下「本件出願時の特許請求の範囲」という。)の記載は,以下のとおりである。
「レーザー光源からの光束を結像光学系により感光媒体上にビームスポットとして形成し,該ビームスポットを感光媒体上で,感光媒体に対して相対的に走査させることにより記録を行なう光学系に於いて,前記感光媒体上に於けるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に,前記結像光学系でレーザー光源からの光束を感光媒体上に形成する事を特徴とする記録光学系。」(イ) 昭和61年5月12日,本件出願の出願公開(特開昭61-93466号。乙31)がされた。
特許庁は,被告に対し,本件出願について昭和62年4月3日付け拒絶理由通知(乙100)を発した。その拒絶理由は,「ビームスポツトの形状を走査方向に長くするか,走査方向と直交する方向に長くするかは,必要に応じて当業者が適宜選択できる程度のことと認められ」,「本願発明」は「引用例(特公46-20442号公報)」記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。
これに対し被告は,同年7月17日付け意見書(乙101)を提出するとともに,特許請求の範囲を補正する旨の同日付け手続補正書(乙102)を提出した。
上記補正後の特許請求の範囲の記載(本件特許権の設定登録時の特許請求の範囲の記載と同一)は,以下のとおりである(なお,下線部は補正箇所である。)。
「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系。」(ウ)a 被告は,本件出願について,昭和63年1月27日に拒絶査定(乙103)を受けたので,同年3月31日付けで,これに対する不服審判請求(昭和63年審判第5689号。以下「本件拒絶査定に対する審判事件」という。乙104)をした。
特許庁は,被告に対し,本件出願について平成元年10月24日付け拒絶理由通知(乙105)を発した。その拒絶理由は,「本件出願の発明」は,「特開昭51-8949号公報(引用例1)」,「特開昭51-131338号公報(引用例2)」,「特公昭49-16823号公報(引用例3)」,「特開昭48-66856号公報(引用例4)」に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものであり,「引用例3」及び「引用例4」との関係では,「光ビームを楕円形にする方法としてスリットを利用することは引用例3の第1図に示されており,又,光ビームをスリット状にする方法として,光束がコリメートされているところにスリットを設けることが引用例4(特に第1図におけるスリット5)に示されているから,これらの引用例3,4に記載されている技術から見ると,本願発明におけるビームスポットを成形するための方法には格別創意は認められない。」というものである。上記拒絶理由記載の「引用例4」の「第1図」は,別紙2のとおりである。
b これに対し被告は,平成2年1月12日付け意見書(乙15)を提出した。
上記意見書には,?「本願発明では,半導体レーザからの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより感光媒体に集光する記録光学系において,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成をとるものである。このような位置に絞りを設けることにより,該絞りの位置の設定が常に同じ位置でも,半導体レーザ毎に非点隔差の量の変化があっても,絞りにより蹴られる光束は変化しない。そのため,被走査媒体上でのビームスポットの形状は変化しない。したがって,絞りの位置を個々の半導体レーザ毎に同じ位置に設定できるので,光学系の製造が非常に容易になる。また,半導体レーザからの光束がコリメートされた位置に絞りを設けるため,絞りの設定位置の誤差による被走査媒体上でのビームスポットの変化の影響を受けることもなくなる。」(4頁末行〜5頁16行),?「また,引例4(特開昭48-66856号公報)は,光源からの光束をスリット状にするために,光束がコリメートされているところにスリット(絞り)を用いることが示されている。しかし,・・・本願発明に用いられている絞り(アパーチャー13)と上記引例4に用いられている絞り(スリット(5))とは全く機能が異なる。・・・つまり,光束がコリメートされているところに設けられたスリット((5))は,光記録媒体(9)上の光スポット(11)の幅を決めるものではない。これに対し,本願発明に用いられている,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けられた絞り(アパーチャー13)は,感光媒体上のスポットの形状を決めるものである。」(7頁12行〜9頁2行),?「本願明細書・・・には「アパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより感光媒体上に形成されるスポットを所望の形状にできる。」という記載がある。この記載から明らかな様に,アパーチャー13の径により感光媒体上のスポットの形状は決まる。」(9頁2行〜7行)との記載がある。
特許庁は,平成4年10月13日,本件出願について出願公告をすべき旨の決定(乙106)をし,平成5年2月22日,本件出願の出願公告(特公平5-13286号。甲2)がされた。
(エ) 本件出願の出願公告後,本件拒絶査定に対する審判事件に関し松下電器産業株式会社からされた特許異議の申立てについて,特許庁は,平成7年1月11日,特許異議の申立ては理由がないとの決定(乙109)をした。同決定には,特許異議申立人が「甲第2号証」として提示した「特開昭48-66856号公報」に関し,「甲第2号証に記載される記録光学系は偏向器を用いるものではない。・・・また,円柱レンズ6を出てスリット7に入る光は一方向が収束されており,本願発明のように,光束が垂直方向・平行方向ともほぼコリメートされているところに絞りを設けるものでもない。そして,本願発明は上記の構成を採ることにより,明細書に記載される作用効果を奏するものである。」(5頁1行〜11行)との記載がある。なお,同日,特許庁は,B10からされた特許異議の申立てについても特許異議の申立ては理由がないとの決定(甲45)をした。
また,特許庁は,同日,本件拒絶査定に対する審判事件について,「原査定を取り消す。本願の発明は特許をすべきものとする。」との審決(乙110)をした。
その後,被告は,同年5月26日,本件特許権の設定登録を受けた。
イ 本件明細書の記載事項本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある。また,上記記載中に引用された「第3図」,「第19図」ないし「第21図」は,別紙1のとおりである。
(ア)「本発明は,レーザーを光源とする記録光学系に関するものである」(1欄12行〜13行)(イ)「本発明の目的は,レーザーを光源とする記録光学系に於いて,良好に記録が行なえるビームスポットを得ることが出来る記録光学系を提供することにある。」(2欄16行〜19行)(ウ)「本発明に係る記録光学系に於いては,感光媒体を走査するビームスポットの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に,結像光学系でレーザー光源からの光束を感光媒体上に形成するものである。」(2欄20行〜3欄1行)(エ)「第3図は半導体レーザーを光源として走査系に用いた配置図で,レーザー7の接合面に垂直面内のビームウエスト位置6aと,接合面に平行な面内のビームウエスト位置6bからの放射される光束を対物レンズ8で受光し,シリンドリカルレンズ系9によって対物レンズ8で受光し,シリンドリカルレンズ系9によって対物レンズ8から出射する光束を平行化する。また,シリンドリカルレンズ系9はレーザー7の接合面に平行な方向に屈折力を有し,接合面に垂直方向には屈折力を有しないもので,接合面に平行方向の光束径を拡大する機能を有する。」(3欄11行〜21行),「レーザーの接合面に垂直な面内では,このシリンドリカルレンズ系9は第4図bのように屈折力をもたず,入射光束はそのまま出射光束となる。」(4欄3行〜5行),「上記のシリンドリカルレンズ系9を出射した光束は第3図の偏向ミラー10で偏向され走査用レンズ11によつて感光媒体12上に結像される。この感光媒体12は走査用レンズ11の焦点面近傍に配置する。このとき,前述の直交方向のビームウエスト位置の非点隔差が第2図のようにあるとき,対物レンズ8,シリンドリカルレンズ系9及び走査用レンズ11の全光学系によつて,レーザー7の接合面に対して垂直面内のビームウエスト位置から放射する光束が結像される位置とレーザー7の接合面に平行な面内のビームウエスト位置から放射する光束が結像される位置6 ,6は異なる。」(4欄6行〜18行) a' b'(オ)「それらの走査において,前述のアパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより感光媒体上に形成されるスポットを所望の形状にできる。
本発明においては,走査系において,例えば第19図に示すように,感光媒体上のスポット13がy'方向に走査されるとき,その方向のスポット径py'をy'方向と直角方向のz'方向のスポット径pz'より小さくしてやると1画素の変調時間内にスポットは第20図のように13から13’へシフトし,その間に記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大きさをy',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。あるいは,上記例の場合より高周波数で半導体レーザーを変調して,第21a図,第21b図の如く複数画素をオーブアーラップさせ,走査方向あるいは,それと垂直方向にコントラストの高い画質を得ることが可能である。以上のように走査系においてアパーチャー径をえらぶことによって画質の制御を種々試みることができるようになる。」(9欄14行〜33行)ウ 本件原出願前の公知の知見(ア) 被告は,昭和51年3月31日,被告の従業員のB3及びB1を発明者として,「レーザ記録装置」に関する発明(B3・B1発明)の特許出願(特願昭51-35734号)をした。
B3・B1発明の特許出願は,本件原出願がされる前の昭和52年10月6日,出願公開(特開昭52-119331号。乙13)された。
B3・B1発明に係る明細書(図面を含む。以下「B3・B1発明明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである。
「情報に応じて出力を変調される半導体レーザ上のレーザ光を記録媒体上に結像,走査して情報を記録する走査手段を有するレーザ記録装置に於て,半導体レーザよりの非対象形状ビームによる結像光点の短軸方向と走査方向が一致する様に半導体レーザ及び走査手段を配置したことを特徴とするレーザ記録装置。」(イ) B3・B1発明明細書(乙13)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある。また,上記記載中に引用された「第9図」は,別紙2のとおりである。
a「本発明はレーザ記録装置に係り,特にレーザ光源からのレーザ光を変調した上で,光走査して得られる変調光点によって記録を行うに好適なレーザ記録装置に関する。」(1頁左欄13行〜末行)b「従来から,レーザ記録装置用レーザ光源にはHe-Neレーザ,Arレーザ等が用いられ,レーザ・ビームの形状は点対称であり,記録媒体上に形成される光点は円状であるために,人意的に非対称光学系を入れるか,マスキングをしない限り,走査方向のドット間の関係が狭くなって分解能の低下する欠点を有する。然るに・・・マスキングは光量損失を伴うので装置の高速化が困難になって実用的でなく効率が悪い。」(1頁右欄1〜10行)c「本発明の目的は上記従来技術の欠点をなくし,分解能の高い記録を効率的に得られる様な新規のレーザ記録装置を提供するにある。
更に詳細には,本発明は半導体レーザのレーザ発光部が長方形状になっていることに着目して,レーザ光源として半導体レーザを用い,記録媒体上に長円状の光点を形成し,走査方向に短軸を合致させることにより,光点間の間隔を大きくし,分解能を向上させた新規レーザ記録装置を提供するものである。」(1頁右欄11行〜2頁左上欄4行)d「長円状光点による記録では,比較的原電流波形に忠実な記録が行なわれ,各像間の間隔804も十分にとれているのに対し,円形光点による記録では,原電流波形に対して大巾な差があり,各像間の間隔804も十分ではなくなる。そのため,例えば文字「田」を記録する場合を考えるに,円形光点の場合,第9図(a)に示す如き文字像901が得られることとなり,間隔903が十分にとれておらず,文字の識別が困難であり,微小なサイズの文字に至っては判読不能という状態に陥ってしまうのに対して,長円状光点の場合,第9図(b)に示す如き文字像901が得られるため,間隔903も十分にとれており,極めて明瞭な記録を得ることが可能となり,また,微小なサイズの文字も記録できる様になるという利点を有する。」(3頁左下欄13行〜右下欄12行)エ検討本件発明の特許請求の範囲の記載は,「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系。」というものである。
そして,本件発明の特許請求の範囲の記載と前記アないしウを総合すれば,?本件発明は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において,半導体レーザー光源からの光束が対物レンズ,偏向器,走査用レンズを順に経て感光媒体に集光することにより感光媒体上に形成される「1画素の記録スポット」の大きさを,走査方向(y')と走査方向と直交する方向(z')とで等しくなるようにすれば「良好な記録」を得ることができる(前記イ(オ))との認識の下に,上記構成の記録光学系において「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成(すなわち,ビームスポツトの形状が縦長になるようにした構成)を採用したこと,?「画素」とは,一般に,「2次元的な画像を構成する最小の単位で,通常はデジタル画像に対し定められる」ものをいい(日本画像学会作成の「画像技術用語集」(web版)),通常は,画像上の仮想的な升目(縦横比1対1の正方形)を意味するものと認められるところ,上記?の絞りにより,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状が縦長になるようにした場合には,ビームスポツトの形状が円形のものと比べ,走査方向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)を少なくすることができ(前記ウ(イ)c。別紙2の第9図),これによりコントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られるという作用効果を奏すること,?本件発明では,上記?のように半導体レーザーからの光束がコリメートされた位置に絞りを設けているため,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,その誤差による「被走査媒体上」(感光媒体上)でのビームスポットの変化の影響を受けることがなくなり,光学系の製造が容易になるという作用効果を奏すること(前記ア(ウ)b)が認められる。
したがって,本件発明の技術的思想は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成(上記?)を採用し,この構成により上記?及び?の作用効果を奏するようにしたことにあるというべきである。
(2) 本件発明の技術的思想着想及びその具体化原告は,被告における半導体レーザーを光源とするLBPの研究開発のタスクフォースの中で,与えられた設計仕様を満たすレンズを設計・試作するという業務を行っていたが,その当時,被告においては半導体レーザー走査光学系の技術的蓄積がなかったため,業務命令等がなかったにもかかわらず,レンズの設計仕様を検討・決定したり,半導体レーザーから出射する光束をどのように集光すれば,感光体に画像を記録するために必要な光エネルギーを確保し,所望のスポット形状を得ることができるかなどといった集光光学系の最適設計に関する研究開発に自主的に取り組み,その成果として,昭和52年3月1日付け技術メモ(甲58),同年7月6日付け技術メモ(甲67),同年11月2日付け技術メモ(甲68),同月8日付け技術メモ(甲69)及び昭和53年5月23日付け技術メモ(甲70)を作成したものであり,このような研究開発を通じて,甲58に記載された本件発明の本質部分を着想し,更に昭和52年7月6日から同年11月2日のいずれかの時点において縦長ビームスポットが画像記録に資するという技術思想を着想し,これらの着想をまとめた本件原出願の提案書を作成して,本件発明を完成した旨主張する。
ア 被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発の経緯前記争いのない事実等と証拠(甲5,58,64ないし70,78,81,83,92,93,乙16ないし30,37,86,90ないし98,151ないし156,170ないし174,185ないし194(以上,枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告は,昭和48年8月に発足したTR-006のタスクフォースで,LBP(レーザービームプリンタ)の研究開発を初めて開始し,TR-008(昭和49年11月5日発足),TR-011(同年12月2日発足),TR-016(昭和50年4月21日発足)の各タスクフォースで,ガスレーザーを光源とする大型LBPの研究開発を行った。
(イ) 被告は,昭和51年2月に発足したTR-018のタスクフォース(テーマ「LBP新規技術開発タスクフォース」,期間・昭和51年2月〜昭和52年1月31日)で,「SLBP」(半導体レーザー応用)を研究目的の一つとして取り上げ,半導体レーザー光源を使用して,LBPを小型化することを目標とした(乙24)。
TR-018において,大型LBP製品のLBP-2000Lを改造してガスレーザーの代わりに半導体レーザー(RCA社製レーザー)を使用した改造機(改造機A),大型LBP製品のLBP-4000Dを改造してガスレーザーの代わりに半導体レーザー(RCA社製レーザー)を使用した改造機(改造機B)による実験を行った。
昭和51年6月に行われた改造機Aによる実験(「絵出し実験」)では,半導体レーザーは「横置き」とされ,結像状態(感光媒体上)でのビームスポットの径の大きさは,「136μ×408μ」で,「スキャニング方向に対して長くなっている」横長ビームスポットであった(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参照)。B3及びB4が同年7月26日ころ作成したTR-018タスクフォースに係る技術レポート(乙30)には,「〈今後〉シリンドリカル・ビーム・エクスパンダー使用に依ってスキャニング方向のビーム径を小さくすることが出来る。どの程度縮小されるか実験する。(TR018M76-016に於ける小文字のスキャニング方向の分解能を高めるために必要)」との記載がある(2頁)。
改造機Bには,小文字の分解能(解像度)を高めるため,拡大倍率5倍のシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーが使用され(乙154),「スキャニング方向のビーム径」を小さくするようにして,感光媒体上に円形のビームスポットを形成することを目指した。改造機Bによる実験結果は,改造機Aによる実験結果よりも,分解能が改良された。
その後,昭和51年11月ころ行われた改造機Aによる実験の際にも,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用して実験を行った(乙155)。
(ウ) 被告は,昭和51年11月に発足したTR-027のタスクフォース(テーマ「FS」,期間・昭和51年11月〜昭和52年7月31日)で,「SLBPを軸として将来のオフィスマシンの1モデルを試作し,創立40周年記念作品として世に問うことを目的」とした(乙27)。
TR-027において,TR-018に引き続き,「FSP」と呼ばれるデモ機の開発が行われ,昭和52年8月ころ完成した。
デモ機では,半導体レーザーとして「RCA社製レーザー」(封止ガラス変更),走査用レンズとして「アークサインレンズ」,偏向器として「ガルバノミラー」,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用し,対物レンズと偏向器の間でシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの出口に光束がコリメートされているところに「絞り」を設け,半導体レーザーは「縦置き」とされた。デモ機においてシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーが使用されたのは,円形のビームスポットを形成することを目指すものであったが,デモ機による実験では,感光媒体上でのビームスポットの径の大きさは「195μ×178μ」であった(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参照)。
(エ) 被告は,昭和52年8月24日に発足したTR-029のタスクフォース(テーマ「FSP」,期間・昭和52年8月24日〜昭和53年末)で,「ワードプロセッサ,コンピュータターミナル等に適した,低価格,コンパクト,高品位印字性能を備えたレーザビームプリンタの開発」を目的とし,半導体レーザー光源LBPの製品開発を行った。
その成果物として,被告は,昭和54年4月,半導体レーザー光源を使用した,世界初の卓上型小型LBP製品(商品名・「LBP-10」)を発売した。
TR-029では,?開発初期の段階に,開発対象製品の要素技術・機能を確認するための試作機である「要素試作機」(DBV85073。以下「FSP要素試作機」という。)が,?昭和53年6月ころ「試作機」が,?「LBP-10」が発売される数か月前に,「量産試作機」がそれぞれ製作された(別表「ビームスポット形状等の変遷表」の「TR-029」の「ビームスポット形状」欄のうち,(1)に対応する機種が「FSP要素試作機」,(2)に対応する機種が「試作機」,(3)に対応する機種が「量産試作機」である。)。
a FSP要素試作機の光学構成は,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用し,対物レンズと偏向器の間でシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの出口に光束がコリメートされているところに「絞り」を設けている点でデモ機と同一であったが,半導体レーザーはRCA社製から日立製CSPレーザーに,偏向器はガルバノミラーからポリゴンミラーに,走査用レンズはアークサインレンズからfθレンズに変更していた。
FSP要素試作機のビームスポット形状は,約「74μ×74μ」の円形であった(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参照)。
FSP要素試作機の半導体レーザーの置き方は,当初「縦置き」として実験(絵出し)したが,当時の日立製CSPレーザー素子をキヤノン製マウントに搭載したCSLでは,「縦置き」にするとビームディテクターにノイズ(干渉縞)が入り,ジッターによる画像不良(ジッター問題)が発生した。この「ジッター問題」は,半導体レーザーのレーザー素子と接合される「ヒートシンク」(熱冷却装置)がレーザー素子の端面からはみ出していたため,半導体レーザーの発散光束が「ヒートシンク」のはみ出し箇所で反射し,本来の発散光束と反射光が干渉して干渉縞が発生することを原因としていた。一方で,半導体レーザーを「横置き」にすると,走査ビームと干渉縞は同時にビームディテクターに感知されるので,書き出しのタイミングは狂わず,ジッター問題は生じなかったため,FSP要素試作機では,半導体レーザーは,「横置き」とされた。
b 試作機では,昭和53年5月23日の前後ころ,「FSP」のコストダウン(低価格化)のため,高価なシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを取り外すことが提案され,これが実行されるとともに,その印字性能への影響が検討され,テストされた。
同年6月当時も,ジッター問題は依然未解決であったため,試作機の半導体レーザーは「横置き」とされていた。ビームスポットの形状は「64μ×98μ」の横長であったが,このころには,日立製CSPレーザーの採用,CSLユニットの開発などにより,一定の限度で良質な画像を得ることは可能となっていた。
c 量産試作機の製作のころには,日立製CSP半導体レーザー素子をマウントにボンディングする際の製造精度の向上とCSLユニットの完成により,「ヒートシンク」のはみ出しの問題が解消され,半導体レーザーを「縦置き」にした場合に発生するジッター問題も解決された。量産試作機では,半導体レーザーは「縦置き」に変更されて,ビームスポットは「94μ×78μ」の縦長となった(別表「ビームスポット形状等の変遷表」の「※3」参照)。
(オ)a B1は,TR-008,TR-011,TR-016,TR-018,TR-027及びTR-029の各タスクフォースにおいてチーフを務めた。
また,TR-018のタスクフォースによる研究開発期間中の昭和51年3月31日,被告は,B3・B1発明の特許出願をした。
b 原告は,TR-018,TR-027及びTR-029の各タスクフォースに,レンズの設計・試作等の光学系の技術者として参加した。原告の主な業務は,与えられた仕様に基づいてレンズの設計等の光学設計を行うというものであった。
原告は,上記各タスクフォースで製作された改造機B,デモ機,FSP要素試作機,試作機及び量産試作機のレンズ(シリンドリカル・ビーム・エクスパンダー,走査用レンズ,対物レンズ等)の設計・試作を行った。
また,TR-029のタスクフォースによる研究開発期間中の昭和53年4月28日,被告は,本件原出願をした。
本件原出願の願書に添付された明細書(原出願明細書)は,原告が作成した提案書を基に作成された。
イ 甲58,67ないし70の記載事項(ア) 甲58甲58は,原告が作成した昭和52年3月1日付け「半導体レーザー集光光学系-業務報告」( -77V003)と題する技術メ OD1Mモである。甲58は,TR-027のタスクフォースの期間中に作成されている。
甲58には,?「(概要)」として,「1976年度,光学研究室の研究計画の一つに「半導体レーザー集光光学系」があり,ここに,その業務結果をまとめて報告する。本計画は(旧)LDRタスク(TR-024)の業務内容の一部と結果的にオーヴァーラップし,その成果はLDRシステムに還元された。(参考資料・・・P3参照)」との記載があり,?「LDRの装置に実現されていないもので今後具体的な検討を必要とするもの」として,「(?) ズームエクスパンダー」,「(?) ビーム強度変換系」,「(?) 対物レンズの非球面化」,「(?) シリンドリカルエクスパンダーの簡易化」の各項目が掲げられ,?「(?) ズームエクスパンダー」の項目には,「半導体レーザーは素子間に発光配向特性の差があり,それぞれの素子に対応したビームエクスパンダーを製作することは,非合理的である。従って,ズームエクスパンダー体で最適エネルギー利用を行うことが考えられる。特にシリンドリカルズームエクスパンダーは,工具として,今後必要になると思われる。」,「(?) ビーム強度変換系」の項目には,「半導体レーザーに限らず,レーザーはそのビーム断面強度分布はGaussianであり,その結像特性は点像のピーク強度,スポットの広がりにおいてアポディゼーション効果により悪化する。従ってGaussian分布をエネルギーの損失なく,他の分布(アパーチャー内で均一分布 or アパーチャー周縁で強く,中心で弱い分布)に変換する系があれば有効と思われる。その効果として,例えば,レーザー光対物のF?あるいは。結像レンズのF?を暗くでき焦点深度を深くできる。」との記載がある。
上記記載中に引用された「参考資料」は,「LDR光学系」と題する図である。
(イ) 甲67甲67は,原告が作成した昭和52年7月6日付け「LDR-R最適光学系の設定法の一考察」( -77V008)と題する技術 OD1Mメモである。甲67は,TR-027のタスクフォースの期間中に作成されている。
甲67には,「目的」として,「ポリゴンを使用したLDR-R(図1)において,書き込み時間は半導体レーザーの平均出力,光学系のエネルギー伝達率(or 利用率)及びポリゴンの走査効率などで決定される。書き込み時間を短縮するためには,半導体レーザーの出力を高めればよいということは自明であるので,ここでは,書き込み時間を最短にする最適な光学系を設定するための一手段を提案する。」(1頁)との記載があり,また,結像スポットサイズを縦横共に8μとするための結像倍率を算出する例(6頁の「(2.1)」,7頁の「(2.2)」)が記載されている。
甲67の「図1」は,「LDR-R」の光学系の構成を示した図である。
(ウ) 甲68甲68は,原告が作成した昭和52年11月2日付け「FSPに使用する各社のレーザーとそれらを用いたときの結像特性(DDV30100)」( -77V015)と題する技術メモである。甲6 OD1M8は,TR-029のタスクフォースの期間中に作成されている。
甲68には,?「(目的)」として,「各社(RCA,ITT,日立)のレーザーの実測データ(配光特性)をもとに,コヒーレントの場合とインコヒーレントの場合に分けて,いずれの場合においても結像スポットサイズが許容の範囲(Stripe方向 100〜150μ)内に入るべく,最低限準備すべきシリンドリカルビームエクスパンダーのビーム拡大倍率を設定する。また,レーザー素子間のバラツキ(配光特性)に関しても考慮する。」,?「§1.コヒーレント光源の結像特性」として,「半導体レーザーのJunction方向,Stripe方向,それぞれに異なる発光原点を有する場合,シリンドリカルビームエクスパンダーの間隔調整によって結像点を合致させることが可能である。
その前提に基づき,発散ビームの強度分布がGaussian分布であるときfθレンズのFナンバーを決定するアパーチャー径(FSPの場合,シリンドリカルビームエクスパンダーとポリゴンの間に設置)をa,そのアパーチャーに入射するビームの断面積強度が1/e の径をwとする2と,その比w/aによって1/eの強度のスポット径は図1のように2変化する。」(2頁2行〜10行),「コヒーレント光源の場合には,対物で受光する角度が大きい程,結像エネルギーは大きいので,この点からみると,シリンドリカルビームエクスパンダーの倍率を小さくして,受光角を大きくしたい。この点RCAのレーザーに関してはシリンドリカルビームエクスパンダーがなく・・・てもよい可能性がある。但し,その場合,スポットの形状は,J方向(半導体レーザーの接合面に垂直な方向)の径を1とした場合,S方向(半導体レーザーの接合面に平行な方向)のそれは1.5×となる。(J方向を80μとすれば,S方向は120μ)」(3頁6行〜12行),「スポット形状の許容をr /rj ≦1.5とするならば,ITTのレーザーをエネル sギー利用効率を最大にして使用する場合,シリンドリカルビームエクスパンダーを1.5×〜3×の倍率のものを準備する必要がある。また,日立CSPレーザーを使用する場合には,r /rj≦1.5なるs許容内では,1.5×の倍率のシリンドリカルビームエクスパンダーを準備するのが最も効率よい。」(3頁13行〜末行)との記載がある。
(エ) 甲69甲69は,原告が作成した昭和52年11月8日付け「FSP光学系による半導体レーザー利用上の問題点と結像特性」( -77OD1MV016)と題する技術メモである。甲69は,TR-029のタスクフォースの期間中に作成されている。
甲69には,?「(目的)」として,「光-設メモ -77VOD1M016「FSPに使用する各社のレーザーとそれらを用いたときの結像特性」での解析データを基に,実際にレーザーを用いるときの注意すべき問題点とスポットの大きさ及び,平均エネルギー密度に関して計算値を示す。(本検討は,B1チーフの依頼による)」(1頁),?「(附記)」として,「レーザーの設置について附記しておく。レーザーのJunction面は偏向面と平行とする。( 前回FSP試作機(DBV85073)の経験から,J面と偏向面を垂直にするより画質が良好。また,J面と偏向面を垂直にすると,光源の回折パターンが,ビームディテクト情報に対してノイズとなる)」(1頁)との記載があり,また,?「§3.サンプルレーザーと結像性能の比較」として,RCA,ITT及び日立の3社の半導体レーザーを使用した際における集光率,スポット径を比較した「表3」ないし「表6」の記載がある。
(オ) 甲70甲70は,原告が作成した昭和53年5月23日付け「FSP画像品位と設計仕様」( -78V009)と題する技術メモであ OD1Mる。甲70は,TR-029のタスクフォースの期間中に作成されている。
甲70には,「(本検討の背景)」として,「FSP1000の量産に際し,画像品質の規格を定め,それに従って設計仕様を具体化する必要がある。特に,光学設計上問題になるのは,シリンドリカルビームエクスパンダーを使用しないで良好な画質が得られるかどうかということである。」(1頁)との記載がある。
甲70の図3は「現状FSPの光学系からシリンドリカルビームエクスパンダーを取除いた場合の点像強度分布」,図4は「新規に対物レンズを設計(・・・)し,シリンドリカルビームエクスパンダーを取除いた場合の点像強度分布」である。
ウ検討(ア) まず,原告主張の甲58,67ないし70について検討するに,いずれにおいても,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において,半導体レーザー光源からの光束が対物レンズ,偏向器,走査用レンズを順に経て感光媒体に集光することにより感光媒体上に形成される「1画素の記録スポット」の大きさを,走査方向(y')と走査方向と直交する方向(z')とで等しくなるようにすれば「良好な記録」を得ることができるとの認識を有していたことをうかがわせる記載はなく,また,「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,本件発明の「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成を開示する記載も,示唆もない。
すなわち,甲58は,半導体レーザーの光をできるだけ有効に利用することを前提とし,シリンドリカルビームエクスパンダーの設置により,楕円形の光束を円形にし,ビームスポットを可能な限り小さくした上,その像強度を増すことを検討したものであり(前記イ(ア)),甲58には,ビームスポットの形状を縦長とすることや,絞りにより当該形状を実現することについての記載はない。
甲67には,結像スポットサイズを縦横共に8μとするための結像倍率を算出する例の記載があるが(前記イ(イ)),結像スポットサイズの縦横を異なる値に設定することについては記載も,示唆もない。
次に,甲68では,「各社(RCA,ITT,日立)」の半導体レs ーザーにおいて「結像スポットサイズ」の縦横比が1.5以下(「r/rj ≦1.5」)の許容範囲に入るために必要なシリンドリカルビームエクスパンダーの拡大倍率を検討し,「結像スポット」(ビームスポット)を可及的に円形とすることを示したものであって(前記イ(ウ)),ビームスポットの形状を縦長とすることが明記されているとはいえない。もっとも,甲68には,「アパーチャー径(FSPの場合,シリンドリカルビームエクスパンダーとポリゴンの間に設置)」との記載部分があり(前記イ(ウ)),この記載部分は,光束がコリメートされた位置に絞りを設置することを示すものであるが,このような位置に絞りを設置することの目的,作用効果等の記載はみられない。
また,甲69においても,ビームスポットの形状を縦長とすることについての記載はない。
さらに,甲70は,シリンドリカルビームエクスパンダーを使用しない光学系の考察を示したものであって(前記イ(オ)),ビームスポットを縦長とすることが明記されているものではなく,また,絞りを使用することについての記載もない。
したがって,甲58,67ないし70の記載事項から,原告が本件発明の技術的思想着想し,又はその具体化をしたことを認めることはできない。
(イ)a 次に,B3・B1発明明細書の記載事項(前記(1)ウ)によれば,B3・B1発明においては,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状が縦長のもの(「長円状光点」)にした場合,ビームスポツトの形状が円形のもの(「円形光点」)と比べ,走査方向にビームスポツトがはみ出る面積(量)を少なくし,走査方向のドット間の間隔を十分にとれるので(前記(1)ウ(イ)d。別紙2の第9図),これによりコントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られることの開示があるというべきであるから,遅くともB3・B1発明の出願日である昭和51年3月31日までに,B3及びB1は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において,半導体レーザー光源からの光束が対物レンズ,偏向器,走査用レンズを順に経て感光媒体に集光することにより感光媒体上に形成される「1画素の記録スポット」の大きさを,走査方向(y')と走査方向と直交する方向(z')とで等しくなるようにすれば「良好な記録」を得ることができるとの認識を有し,「良好な記録」を得るための手段として,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状を縦長にすることを着想していたものと認められる。
もっとも,B3・B1発明においては,マスキングすなわち絞りを用いることによって「記録媒体上に形成する光点」の形状を円形(「円状光点」)から縦長(「長円状光点」)にして走査方向のドット間の間隔を十分なものとすることができることを認識していたが,マスキングは光量損失を伴うので装置の高速化が困難になって実用的でなく効率が悪いと考えており(前記(1)ウ(イ)b),特に出力の小さい半導体レーザー光源の下で絞りが解決手段になるとまで認識していたわけではなかったというべきである。
b 原出願明細書には,縦長ビームスポットに関する本件明細書の前記(1)イ(オ)の記載部分とほぼ同様の記載(7頁左上欄2行〜右上欄6行。なお,記載の異なる箇所は,本件明細書の「y',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。」との記載部分が,原出願明細書では「y',z'方向で等しくすることが可能になる。」(7頁左上欄13行〜14行)との記載となっている点のみである。)及び「第19図」ないし「第21図」と同一の図面がある。
そして,原出願明細書の上記記載部分及び図面と本件出願当初明細書の特許請求の範囲の記載(前記(1)ア(ア))を勘案すると,本件出願は,原出願明細書の上記記載部分及び図面の記載に基づいて,本件原出願から分割出願したものと認められる。
上記aの認定事実によれば,原出願明細書の上記記載部分中の縦長ビームスポットの作用効果に関する部分及び図面については,「良好な記録」を得るための手段として,ビームスポツトの形状を縦長にすることの知見を有していたB1の提案ないし示唆により記載されたものと推認される。
一方で,原出願明細書(乙33)は,原告が作成した提案書を基に作成されたものであるが(前記ア(オ)b),本件においては,上記提案書が証拠提出されていないため(乙152によれば,上記提案書は既に廃棄済みである。),上記提案書に原出願明細書の上記記載部分及び図面に関する記載があったかどうか不明である。
したがって,原出願明細書が上記提案書を基に作成されたからといって直ちに原告が「良好な記録」を得るための手段としてビームスポツトの形状を縦長にする構成を着想していたということはできない。
(ウ) 前記ア(ウ)及び(エ)認定のとおり,TR-027のタスクフォースにおいて製作されたデモ機においては,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設けた」構成が採用され,その後,TR-029のタスクフォースにおいて製作された量産試作機でも,上記の位置に絞りを設けた構成が採用され,ビームスポットの形状は「94μ×78μ」(縦横比1.2051)の縦長となったものであるが,誰がどのような趣旨・目的で上記の位置に絞りを設ける構成を提案し,それが採用されるに至ったのかについては明確な証拠はない。
すなわち,原告の平成22年1月26日付け陳述書(甲78)中には,原告が上記構成を含むデモ機の光学系の設計仕様を検討し,設定した旨の記載部分があるが,当初提出された原告の平成20年(2008年)8月8日付け陳述書(甲64)には記載がなかった部分であり,しかも,上記陳述書(甲78)中には,原告がデモ機に上記構成を採用すること及びその作用効果を着想し,TR-027のタスクフォースの中で提案し,それが受けいれられるに至った具体的な経過についての記載はない。加えて,B3の平成22年3月16日付け陳述書(乙187)中には,デモ機の開発における原告の役割は光学レンズの設計及び提供であり,原告がデモ機の基本的な光学構成を決定することはあり得ず,また,デモ機の光学構成は,基本的には,従来のHeNeガスレーザー光源LBPの光学構成と大きく異なるものではなく,「半導体レーザー光源として当たり前の光学構成だったので」(46頁),その検討を光学レンズの設計を担当していた原告に依頼する必要はなく,デモ機の開発で原告に依頼したのは対物レンズ等のレンズ設計だけである旨の記載部分があることに照らすと,原告が「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設けた」構成を含むデモ機の光学系の設計仕様を検討し,設定したとの原告の上記陳述書(甲78)の記載部分はにわかに措信することができない。
一方で,原出願明細書(乙33),本件出願当初明細書(乙99)及び本件明細書(甲2)のいずれにおいても,上記構成の作用効果に関する明示の記載はないこと,本件出願当初明細書の特許請求の範囲には,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビームスポットを形成するとの構成の記載はなく,この構成は昭和62年7月17日付け手続補正書による補正により特許請求の範囲に加えられものであること(前記(1)ア(ア),(イ))に照らすならば,上記各タスクフォースのチーフであったB1がデモ機あるいは量産試作機の光学形成を承認して最終的に決定したとしても,B1において,その決定をした当時,偏向器と対物レンズの間の半導体レーザーからの光束がコリメートされた位置に絞りを設ける構成により,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量が変化しないので,光学系の製造が容易になるという作用効果まで認識していたものと直ちに認めることはできない。
もっとも,B1においては,B3・B1発明の特許出願がされた当時は,マスキングは光量損失を伴うので装置の高速化が困難になって実用的でなく効率が悪いと考えていたが,TR-027,TR-029のタスクフォースによる研究開発が進行する中で,半導体レーザーの性能が向上し,絞り(マスキング)の光量損失が実用化に耐えうる程度のものであることを認識し,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビームスポットを形成することを着想した可能性もある。また,原告においては,単独で上記着想をしたことを認めるに足りる証拠はないものの,原出願明細書に開示された光学系の設計(レンズ設計)をする中で絞りを使用することや絞りの設定位置を光束がコリメートされた位置とすることを具体化することに関与した可能性がある。
以上を総合すると,本件発明における「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビームスポットを形成するとの構成は,原告又はB1のいずれか一方のみが着想し,これを具体化したものとまで認めることはできないが,原告及びB1の両名がその着想,具体化に関与したというべきである。
上記認定に反する原告及び被告の主張は,いずれも採用することができない。
(エ) 以上を総合すると,原告及びB1は,いずれも,本件発明の創作行為に現実に加担したものと認められる。
(3) 小括以上のとおり,原告及びB1はいずれも本件発明の創作行為に現実に加担したものであるから,本件発明は原告及びB1の共同発明であると認められる。
3 争点3-1(本件発明により被告が受けるべき利益の額の算定方法)について(1) 特許法旧35条4項は,同条3項の相当の対価の額は,「発明により使用者等が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮して定めなければならない旨規定する。
ところで,特許法旧35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益」は,使用者等が「受けた利益」そのものではなく,「受けるべき利益」であるから,使用者等が職務発明についての特許を受ける権利承継した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解されるところ,使用者等は,特許を受ける権利承継せずに,従業者等が特許を受けた場合であっても,その特許権について特許法35条1項に基づく無償の通常実施権を有することに照らすと,「発明により使用者等が受けるべき利益」には,このような法定通常実施権を行使し得ることにより受けられる利益は含まれず,使用者等が従業者等から職務発明についての特許を受ける権利承継し,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによって受けることが客観的に見込まれる利益(独占の利益)をいうものと解される。このような発明の実施を排他的に独占し得る地位は,当該発明が出願公開された後の補償金請求権及び当該発明が特許登録された場合の特許権の効力に由来するものということができる。
この「独占の利益」は,本来,特許を受ける権利承継時に定められるべきものであるが,実際上,その承継時までの事情のみを基礎に算定することは極めて困難であることからすると,発明の実施又は実施許諾による使用者等の利益の有無やその額など,特許を受ける権利承継後の事情についても,その承継の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることができると解するのが相当である。具体的には,?使用者等が特許を受ける権利承継後に第三者との間のライセンス契約に基づいて職務発明実施を許諾している場合には,その実施料収入,?使用者等が職務発明を自己実施している場合には,第三者による当該発明の実施を禁止する特許権の効力に基づいて得られた利益,すなわち,法定通常実施権の行使により自己実施することができた分の利益を上回る利益(超過利益)などを基に「独占の利益」を認定することができるというべきである。
ところで,被告は,本件発明を自己実施しながら,他社との包括クロスライセンス契約に基づいて本件発明の実施許諾もしているので,本件発明により被告が受けるべき利益の額を算定するに当たっては,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額と被告が本件発明を自己実施したことにより受けるべき利益の額とに分けて検討することとする。
なお,被告が本件発明により受けるべき利益の額の算定対象期間は,本件出願当時,特許出願人は出願公開があった後に特許出願に係る発明を実施した者に対し補償金請求権を取得し得たこと(平成5年法律第26号による改正前の特許法65条の3第1項)にかんがみ,上記算定対象期間の始期を本件出願の出願公開日の昭和61年5月12日とし,上記算定対象期間の終期を本件特許権の存続期間満了日の平成10年4月28日とするのが相当である(この期間が,「本件基準期間」である。)。
(2) 包括クロスライセンス契約により得た利益の額の算定方法ア 複数の特許発明等がライセンス契約の対象とされている場合,当該発明を実施許諾したことにより得た利益の額を算定するに当たっては,当該発明が当該ライセンス契約に寄与した程度(寄与度)を考慮すべきである。
当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う包括クロスライセンス契約は,相互に無償で実施を許諾する特許発明等とそれが均衡しないときに支払われる実施料の額が総体として相互に均衡すると考えて締結されるものと解されるから,当事者の一方が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得た利益は,相手方が自己の特許発明等を実施することにより,本来,相手方から支払を受けるべきであった実施料の額と相手方から現実に支払われた実施料の額との合計額を基準として算定することも合理的な算定方法の一つであると解される。
そして,包括クロスライセンス契約の締結交渉においては,多数の特許発明等のすべてについて,逐一,その技術的価値,実施の有無などを相互に評価し合うことは不可能又は著しく困難であることから,相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し,それらの提示特許に相手方の製品が抵触するかどうか,当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議することにより,提示特許のうち相手方製品との抵触性及び有効性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること,互いに保有する特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロスライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定されるのが通常であり,代表特許は包括クロスライセンス契約に多大な貢献をしているといえる。
しかし,代表特許や提示特許でなくとも,包括クロスライセンス契約の対象に含まれ,かつ,その契約締結時に相手方によって実施されていたことが立証された特許については,当該包括クロスライセンス契約に寄与しているものといえるから,その実施許諾により得た利益の額を考慮すべきであり,また,このような相手方実施特許が当該包括クロスライセンス契約に寄与した程度(寄与度)は,その特許発明の技術内容,相手方の実施割合,代替技術の存在及びその実施割合等を総合的に考慮して決するのが相当であると解される。
イ 以上を前提に,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額の算定方法について検討する。
(ア) 証拠(乙113,120,122ないし141,144(以上,枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 被告は,1970年代中ころから,LBP等の技術の登録特許及び特許出願について競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセンスポリシーを採用し,本件発明を含むLBP等の技術をライセンスする被告ライセンス契約は,本件発明が実施される可能性のある製品であるLBP及びMFP等の製造・販売を行う,ほとんどすべての他社を相手方として締結されている。例えば,1998年度(平成10年度)における被告の全ライセンシーの全他社に占める販売シェアは,LBPは85.64%(ただし,被告及びヒューレット・パッカード社以外の全他社基準),MFP等は82.45%(ただし,被告以外の全他社基準)であった。
b すべての被告ライセンス契約は,対象製品において実施可能な登録特許及び特許出願を包括的に実施許諾する包括クロスライセンス契約であって,契約締結以前の特許の実施についても相互に免責し,また,その対象特許群は,原則として,LBP及びMFP等に用いられる技術に関する特許等のほとんどすべてを含むものである(ただし,実施許諾から除外される除外特許等を除く。)。
c 被告ライセンス契約(包括クロスライセンス契約)における対象特許群は,本件基準期間内登録特許で,LBPにつき1万1265件,MFP等につき1万6163件であり,本件基準期間内の特許出願を含めるとおよそその4倍の件数となる。
また,本件基準期間内登録特許のうち,除外特許等を除く登録特許件数の平均は,LBPにつき7849件,MFP等につき1万2417件となる,d 本件発明は,すべての被告ライセンス契約において対象特許群に含まれており,本件発明が除外特許等とされているライセンス契約は存在しないが,本件発明がライセンス契約締結時において,代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことはなかった。
e 被告ライセンス契約のうち,3件の相手方(乙122,128,130)を除く契約は,いずれも有償部分(相手方から被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とから構成されるライセンスバック契約(ライセンスバック付き有償包括クロスライセンス契約)であって,被告が実施料を支払うことはなく,名目的に相手方の特許の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約としている。被告ライセンス契約における実施料は,原則として,対象製品が相手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格の合計に実施料率を乗じて決定されている。
上記有償部分の実施料率の定めは,契約の相手方ごとに異なる数字となっている。これは,被告と各相手方との特許力(対象特許の総和,有力特許の数・価値,交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定される。)の差異を反映したものである。
(イ) 上記(ア)eの認定のとおり,被告はほとんどすべての競合他社との間で包括クロスライセンス契約の一種であるライセンスバック契約を締結していること,ライセンスバック契約の有償部分の実施料率の定めは,被告と各相手方との特許力の差異を反映して契約の相手方ごとに異なる数字となっていることに照らすならば,各相手方とのライセンス契約における各相手方の個別の特許力を具体的に考慮検討することは,その審理に著しい負担を要し,極めて困難であるといわざるを得ない。一方,ライセンスバック契約の無償部分においては,被告が相手方に許諾した特許等と被告が相手方から許諾を受けた特許等が均衡しているものと考えられるが,個々の特許の特許力を具体的に考慮検討することは,同様に,極めて困難であるといわざるを得ない。
そこで,本件においては,いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし,無償部分については,個々の特許の特許力を考慮せずに,保有特許数の総和が特許力を示すものとして,算定の基礎とすることも許されるものと解される。
以上の諸点に加えて,本件発明を対象とする被告の包括クロスライセンス契約は別件訴訟において判断の基礎とされた被告の包括クロスライセンス契約と重複していることを勘案すると,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額は,別件訴訟の第1審判決及び控訴審判決が採用した算定方法と同様に,被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格に,本件発明の実施料率(「標準包括ライセンス料率」×本件発明の寄与度)を乗じて算定するのが相当である。
この「標準包括ライセンス料率」は,ライセンスバック契約の有償部分の標準的実施料率に無償部分を反映させて修正したものであり,?いくつかの相手方との間における実施料率の平均値(有償部分の標準的実施料率)と,?前記実施料率の平均値÷(被告の対象特許数-前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値との和である。
以上の算定方法は,本件において,被告が主張する算定方法及び原告が主張する算定方法2と基本的に同様である。
(ウ) なお,原告が主張する算定方法1は,被告が第三者製品及び被告製品に関して本件特許を単独でライセンスしたと仮定した場合の実施料相当額(被告の得べかりし実施料)をもって本件発明により被告が受けるべき利益の額とし,具体的には,本件発明を実施した第三者製品及び被告製品の出荷相当額に,「通常であれば設定されたであろう実施料率」10%(社団法人発明協会発行の「実施料率」(第4版)(甲17)の記載に基づくもの)を乗じて算定するものである。
しかし,本件発明は,実際には単独でライセンスされておらず,被告の保有特許等のすべてを対象とした包括クロスライセンス契約の対象特許の一つであるにすぎないこと,原告主張の上記実施料率10%は実際の被告ライセンス契約を反映したものではないことに照らすならば,被告ライセンス契約の内容に基づいて算出した「標準包括ライセンス料率」を基に本件発明を対象とする包括クロスライセンス契約により得た利益の額を算定する上記算定方法の方がより合理的であるといえるから,原告主張の算定方法1は採用することができない。
ウ 次に,標準包括ライセンス料率について検討する。
証拠(乙142の1,2,143)及び弁論の全趣旨を総合すれば,被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均は,およそLBPについて2.21%,MFP等について2.61%であり,これに対応する相手方から被告が実施許諾された本件基準期間内の登録特許の平均件数は,LBPにつき768件,MFP等につき1506件であること,被告保有の本件基準期間内の登録特許の件数はLBPにつき1万1265件,MFP等につき1万6163件であることが認められる。
以上から計算すると,被告が本件基準期間内において保有していた,LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス料率は,LBPにつき2.37%,MFP等につき2.88%となる(この点は,当事者間に争いがない。)。
4 争点3-2(被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替技術の有無)について被告の包括クロスライセンス契約の相手方による本件発明の実施割合及び包括クロスライセンス契約における本件発明の寄与度を算定するために,以下において,被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替技術の有無について検討することとする。
(1) 本件発明の実施の有無ア 原告は,原告が平成14年4月11日ころに被告から受領した「LBP,デジタル複写機,MFPの開発コード及び商品コードと本件特許との対応を示した表」(甲3)において○印が付された機種(別表「被告製品における本件発明の実施状況」の「実施/非実施」欄中の「甲3号証」欄に○を付した機種に対応する機種)は,被告において本件発明が実施されていることを確認していたのであるから,本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。これに対し被告は,甲3において○印が付された機種を含むすべての被告製品について,本件発明は実施されていない旨主張する。
しかるに,被告は,原告が主張するとおり,本件訴訟の提起前に甲3において○印が付された機種は,本件発明の実施品であることを確認したが,本件訴訟に至り,本件発明の非実施理由(非実施理由(ア)ないし(コ))を挙げて,甲3において○印が付された機種を含むすべての被告製品が本件発明の技術的範囲に属することを否定するに至ったこと,及び本件の審理の経過にかんがみると,被告は,甲3において○印が付された機種については,本件発明の構成要件のうち,被告が主張する非実施理由により充足性が否定される構成要件以外の他の構成要件を充足することを争っていないものと解されるので,上記機種については,被告主張の非実施理由が認められない場合には,本件発明の技術的範囲に属するものと認めるのが相当である。
以上を前提に,被告の主張する非実施理由(非実施理由(ア)ないし(ケ))を順次検討し,本件基準期間(昭和61年5月12日から平成10年4月28日まで)内に販売された被告製品における本件発明の有無を判断することとする。
なお,被告主張の非実施理由(ア),(エ),(オ)は,本件基準期間内に販売された被告製品に関するものではないから,検討の対象から除外するものとする。
イ 被告は,本件発明の構成要件を次のとおり分説した上で,本件基準期間内に販売された被告製品の各機種について,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載のとおり,非実施理由(イ)により構成要件Aを,非実施理由(ウ)により構成要件Bを,非実施理由(カ),(キ),(ケ)により構成要件Cを,非実施理由(ク)により構成要件Dをそれぞれ充足しない旨主張するので,順次判断する。
「A 半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,B 前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,C この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事D を特徴とする記録光学系。」(ア) 非実施理由(イ)(「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)において一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」)a 被告は,構成要件A「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する」の「前記光束」は「コリメートされた光束」を指し,この「コリメートされた」とは「縦横両方向」(走査方向と走査方向に直交する方向の両方向)に平行光束とされていることを意味すると解すべきところ,被告製品のうち,非実施理由(イ)に該当する機種(共役型倒れ補正光学系を採用する機種)は,コリメートされた光束が偏向器を介したのち走査用レンズによって感光媒体に集光するものではないから,構成要件Aを充足しない旨主張する。
そこで検討するに,構成要件A(「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する」)の文言によれば,構成要件Aの「前記光束」は,偏向器を介した後に走査用レンズにより感光媒体に集光する「半導体レーザ光源からの光束」を意味するものである。
そして,?本件発明の特許請求の範囲には,構成要件Aの「前記光束」を「コリメートされた光束」に限定する明示の文言はないこと,?構成要件Aの「対物レンズによりコリメートし」た光束が走査用レンズに至る経路(光路)のすべてにおいてコリメートされた状態であるとすれば,構成要件B(「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,」)は,単に「前記偏向器と対物レンズの間」に「絞りを設け」とすればよいのであり,構成要件Bにおいて「光束がコリメートされているところに」との文言があるということは,対物レンズと偏向器の間の経路(光路)に光束が「コリメートされていないところ」があり得ることを前提とするものと解されること,?本件発明の課題を解決するために,「対物レンズによりコリメートし」た光束が走査用レンズに至る経路(光路)のすべてにおいてコリメートされた状態である必要性はないことに照らすならば,構成要件Aの「対物レンズによりコリメートし」との文言は,対物レンズの機能を記述したものにすぎず,対物レンズから出射した光束が走査用レンズに至る経路(光路)のすべてにおいてコリメートされていることの根拠になるものではないというべきであるから,構成要件Aの「前記光束」は「コリメートされた光束」に限定されるものと解することはできない。
b これに対し被告は,本件明細書(甲2)の3欄11行〜9欄34行の記載及び第3図を考慮すれば,構成要件Aの「走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,」の「前記光束」とは,「コリメートされた光束」を指す旨主張する。
しかし,本件明細書の第3図(別紙1)には,対物レンズ8からシリンドリカルレンズ系9,偏向器10を介して走査用レンズ11に至る光束が平行であるような図示がされているが,本件明細書の上記記載部分における第3図の説明によれば,第3図は,半導体レーザーを光源とする記録光学系の構成の一例を示したものであり,上記説明中には,本件発明が第3図の構成のものに限定されるとの記載はない。
また,第3図及び上記説明中には,第3図の感光媒体12に結像されるビームスポットの形状が「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に」した縦長ビームスポットであることを明示した記載はなく,また,本件発明において,対物レンズから出射した光束が走査用レンズに至る経路(光路)のすべてにおいてコリメートされている必要があることの記載や示唆も存しない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
c 以上のとおり,被告製品のうち,非実施理由(イ)に該当する機種は本件発明の構成要件Aを充足しないとの被告の主張は,採用することができない。
(イ) 非実施理由(ウ)(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている機種」)a 被告は,被告製品のうち,非実施理由(ウ)に該当する機種は,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設けたものではないから,構成要件B(「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」)を充足しない旨主張する。
そこで検討するに,?前記認定のとおり,本件発明は,半導体レーザーからの光束がコリメートされた位置に絞りを設けているため,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,その誤差による「被走査媒体上」(感光媒体上)でのビームスポットの変化の影響を受けることがなくなり,光学系の製造が容易になるという作用効果を奏するものであること(前記(1)エ),?絞りを光束が「縦方向」(走査方向に直交する方向)と「横方向」(走査方向)のいずれか一方にのみ平行光束されているところに設けた場合には,絞りの設定位置の誤差により「絞りにより蹴られる光束」の量が変化するものといえるから,本件発明の上記作用効果を奏するものではないこと(このことは,特許庁が平成7年1月11日にした特許異議の申立ては理由がないとの決定において,「本願発明のように,光束が垂直方向・平行方向ともほぼコリメートされているところに絞りを設けるものでもない。
そして,本願発明は上記の構成を採ることにより,明細書に記載される作用効果を奏するものである。」と判断(前記2(1)ア(エ))していることとも符合する。)からすれば,構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」の「光束がコリメートされているところ」とは,光束が「縦横両方向」(走査方向と走査方向に直交する方向の両方向)に平行光束とされているところを意味するものと解される。
これを本件についてみるに,非実施理由(ウ)に該当する機種(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている機種」)は,絞りが「偏向器と対物レンズの間」に設けられたものではなく,また,半導体レーザーから出射する光束は,発散光であって,半導体レーザー光源と対物レンズの間の光束は「縦横両方向」(走査方向と走査方向に直交する方向の両方向)に平行光束とされているものではないから,「光束がコリメートされているところ」に設けられたものと認めることはできない。
したがって,非実施理由(ウ)に該当する機種は,構成要件Bを充足しないというべきである。
b 被告は,本件基準期間内の39機種のうち,別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?●(省略)●の8機種が非実施理由(ウ)に該当する旨主張する。
そこで検討するに,乙70の1ないし3,71の1,2,72の1ないし3,73の1ないし5の各図面記載の作成日付,図面番号,部品番号等,甲3記載の?●(省略)●に対応する機種の製品発表時期及び弁論の全趣旨を総合すると,上記乙号各証は,?●(省略)●の各機種に係る図面であることが認められる。
そして,上記乙号各証によれば,?●(省略)●の各機種は,いずれも非実施理由(ウ)に該当する機種であることが認められ,これに反する証拠はない。
したがって,被告製品のうち?●(省略)●の各機種は,構成要件Bを充足しないから,本件発明を実施していない。
(ウ) 非実施理由(カ)(「ビームスポットの形状が,有意な縦長ではない機種」)a 被告は,本件発明の目的(「良好に記録が行なえるビームスポツトを得ること」)及び作用効果(甲2の9欄14行〜26行)を考慮すれば,構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」とは,ビームスポットの縦方向の径が,横方向の径に比して,「有意に長いこと」,具体的には,本件明細書の第19図,第20図から見ても,少なくとも4倍程度の長さを有する縦長(「有意な縦長」)であることを要するものと解すべきであり,また,仮に「少なくとも4倍程度」という具体的な数値の限定が認められないとしても,本件発明の目的及び作用効果との関係で意味のある縦長でなければならないことに変わりなく,少なくとも,円形に近いような縦長が「有意な縦長」に当たらないといえるから,非実施理由(カ)に該当する機種は,構成要件Cを充足しない旨主張する。
そこで検討するに,?構成要件Cの「前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」との文言上は,「走査方向と直交する方向の長さ」が「走査方向の長さ」に比して「長くなる様にした」と記載されているだけで,被告が主張するような「有意に長いこと」を要するとの記載はなく,また,本件発明の特許請求の範囲を全体としてみても,「走査方向と直交する方向の長さ」が「走査方向の長さ」の比率がどの程度であれば「走査方向と直交する方向の長さ」を「長くなる様にした」ことになるのかについて規定する記載はないこと,?本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」中にも,これを規定する記載はなく,構成要件Cの「前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状」が第19図及び第20図の記載のものに限定されることをうかがわせる記載もないこと,?被告の主張する「少なくとも4倍程度の長さを有する縦長」というのは,第19図及び第20図に示されたビームスポツトの形状を計測して主張しているに過ぎず,その数値を限定する根拠に乏しいことに照らすならば,構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」とは,ビームスポットの縦方向の径が横方向の径に比して「少なくとも4倍程度の長さを有する」ことを要するとの被告の主張は,採用することができない。
もっとも,前記2(1)エ認定のとおり,本件発明の技術的思想は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成を採用したことにあり,このようなビームスポツトの形状が「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成により,ビームスポツトの形状が円形のものと比べ,走査方向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)を少なくすることができ,これによりコントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られるという作用効果を奏するというものであるから,数値上,ビームスポットの縦方向の径が横方向の径に比してわずかに長いだけで,円形のものと同視できるビームスポツトについては,このような作用効果を期待できないというべきであって,「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成に当たらないと解すべきである。
そして,?前記2(2)ア認定の被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発の経緯によれば,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設けた構成を採用したデモ機において,円形スポットとすることを目指してシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設けており,そのビームスポットの形状は「195μ×178μ」(縦横比1.0955)であったこと,?B3作成の陳述書(乙187)中には,デモ機の開発当時,B3が,半導体レーザーの配向特性のばらつきによって,ビームスポットの縦横比が1.0955よりも大きくなった場合に備えて,半導体レーザーを「縦置き」にすることを提案した旨の記載部分(47頁3行〜49頁1行)があるが,半導体レーザーの配向特性のばらつきがなければこのような配慮は不要であったと考えられることに照らすならば,縦横比が1.0955以下のビームスポツトであれば,円形のものと同視できるものと認めるのが相当である(なお,半導体レーザーを「縦置き」にし,「縦長ビームスポット」を得ることを目指した量産試作機におけるビームスポットの形状は,「94μ×78μ」(縦横比1.2051)であったこと(前記2(2)ア(エ)c)からすれば,少なくとも縦横比1.2051以上のビームスポットは,円形のものと同視できないということができるが,縦横比が1.0955を超え1.2051未満のビームスポットを円形のものと同視できるかどうかは不明であるといわざるを得ない。)。
そうすると,ビームスポツトの縦横比(「走査方向と直交する方向の長さ」と「走査方向の長さ」の比)が1.0955以下のものは,円形のビームスポットと同視できるから,このような機種は,構成要件Cを充足しないというべきである。
b 次に,別表「被告製品における本件発明の実施状況」の「スポット径(μm)」の「主(横):副(縦)比率」欄によれば,本件基準期間内の被告製品のうち,ビームスポツトの縦横比が1.0955以下の機種は,?13,14,21ないし23,44の6機種(?13につき「●(省略)●」,?14につき「●(省略)●」,?21ないし23につき「●(省略)●」,?44につき「●(省略)●」)である。
乙49の1ないし6,50の1ないし6,57の1ないし3,74の2,75の1,2の各図面記載の作成日付,図面番号,部品番号等,?13,14,21,44の各機種に対応する甲3記載の機種の製品発表時期及び弁論の全趣旨を総合すると,上記乙号各証は,?13,14,21,44の各機種に係る図面であることが認められる。
そして,上記乙号各証(例えば,乙49の6,50の6,57の3,75の2)によれば,?13,14,21,44の各機種のビームスポツトの縦横比は上記のとおりであることが認められ,これに反する証拠はない。
一方で,被告が?22,23の機種の図面として提出した乙58,59の各図面記載の規格番号は,同じく?22,23の各機種に係る図面として提出された乙57の1,2記載の図面番号等と整合しないこと,甲3には?22,23に対応する機種の製品発表時期の記載がなく,その製品発表時期が明らかでないため,乙58,59の作成日付を手掛かりに?22,23との関連性を見出すことも困難であることに照らすならば,乙58,59の各図面が?22,23の機種の図面であると認めることはできない。他に?22,23の機種のビームスポツトの縦横比が「●(省略)●」であることを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被告が非実施理由(カ)により構成要件Cを充足しないと主張する各機種(?8ないし15,17ないし26,29ないし33,35,43,44)のうち,?13,14,21,44の各機種については,構成要件Cを充足しないから,本件発明を実施していない。
(エ) 非実施理由(キ)(「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異なる機種」)被告は,「絞り」は,その機能の一つとして,「光束の形状」を整形・制御することによって,「ビームスポットの形状」を制御する(所望の形状にする)ことができるのであり,この「絞り」の機能と本件明細書の「アパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより・・・スポットを所望の形状にできる。」(甲2の9欄14行〜16行)との記載にかんがみると,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定することを前提とするものであるから,非実施理由(キ)に該当する機種は,レンズの屈折によって縦横の比が変わるため,縦長ビームスポットの形成にレンズの屈折力が関係し,ビームスポット形状は「絞りにより」決定されたことにならないので,構成要件Cを充足しない旨主張する。
しかし,構成要件Cは,「この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事」というものであり,絞り「のみ」によりビームスポツトの形状を「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」との限定は付されておらず,また,本件発明の特許請求の範囲を全体としてみても,絞り「のみ」によりビームスポットの形状を決定することを明示した記載はない。
また,そもそも,本件発明のような半導体レーザーを光源とする記録光学系においては,光束が絞りを通過した後,走査用レンズにより光束を集光する際に,光束の縦横の比率は変わり得るものであるから(縦長の絞りを設ければ横長のビームスポットが形成され,横長の絞りを設ければ縦長のビームスポットが形成される。),絞り「のみ」によりビームスポットの形状(縦横の比率)を決定するということは通常考え難い。
さらに,半導体レーザーから放射されるレーザー光の強度分布はガウシアン分布となることを考慮すると,絞りと屈折力が異なる走査用レンズとの組合せにより感光媒体上に形成されるビームスポットの形状を「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」場合においても,当該絞りの開口部の大きさが変われば当該ビームスポットの形状が変わるのであって,このことから光束を整形する絞りの機能を利用しているといえるから,当該ビームスポットの形状と当該絞りとの間には因果関係が存し,「絞りにより」ビームスポット形状を縦長にしたものと認めて差し支えないというべきである。
このように絞りと縦横の屈折力が異なる走査用レンズ(レンズ群を含む)を組み合わせてビームスポットの形状を「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」場合においても,構成要件Cを充足するというべきである。
したがって,被告の主張は採用することができない。
(オ) 非実施理由(ク)(「ビームスポット径が,画素より大きい機種」)被告は,本件明細書(甲2)の「1画素の変調時間内にスポットは第20図のように13から13’へシフトし,その間に記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大きさをy',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。」(9欄21行〜26行)との記載によれば,構成要件Dの「記録光学系」は,「ビームスポットの移動した軌跡が記録スポットとなって,記録画像を構成するもの」を意味する以上,ビームスポットが画素より小さく,画素からはみ出ることを前提に,サブピクセルの中心(重心)に近い位置に塗りつぶされた画素を集めることで,サブピクセル内でのパターン構成を最適化しているものであるからビームスポット径が画素より大きい場合には,記録画像が形成される過程が本件発明とは全く異なり,本件発明の効果が得られないから,非実施理由(ク)に該当する機種は,構成要件Dの「記録光学系」を充足しない旨主張する。
しかし,前記(ウ)aのとおり,本件発明は,ビームスポツトの形状が「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成により,ビームスポツトの形状が円形のものと比べ,走査方向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)を少なくすることができ,これによりコントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られるという作用効果を奏するというものであるところ,ビームスポット径が画素より大きい場合であっても,走査方向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)をビームスポツトの形状が円形のものと比べ少なくすることができるものと考えられるから,被告の上記主張は採用することができない。
(カ) 非実施理由(ケ)(「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機種」)被告は,構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定することを前提とし,光束中に「横長の絞り」を設けることにより,「縦長のビームスポット」を形成することを意味するのに対し,アパーチャーの形状が円形である場合には,絞りによってビームスポット形状が決定されるのではなく,絞りはビームスポットを縦長に形成する方向に機能,寄与しておらず,他の要因・要素により,結果として,縦長ビームスポットが得られたに過ぎないから,非実施理由(ケ)に該当する機種は,構成要件Cを充足しない旨主張する。
しかし,絞りの径(アパーチャー)の形状が円形である機種においても,前記(エ)と同様の理由により,光束を整形する絞りの機能を利用しているといえるから,ビームスポットの形状と絞りとの間には因果関係が存するというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(キ) 小括a 以上によれば,本件基準期間内に販売された被告製品39機種のうち,本件発明を実施した機種は,前記イ,ウの非実施理由に該当する機種を除く,合計27機種(別表「被告製品における本件発明の実施状況」の?●(省略)●の各機種。いずれも,甲3に○印が付された機種)であるものと認められる。
そうすると,本件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件発明が実施されている製品の実施割合は69.23%(27÷39)となる。
b これに対し原告は,甲3は,平成13年10月に原告が本件発明の再評価を申請したことを受けて,平成14年4月ころ当時の被告のLBP光学系の開発・設計の責任者であったB5が作成したものであり,本件発明の再評価検討結果として,知的財産本部のB2らが同席した場においてB5が原告に対して説明した資料であるとともに,被告の特許審査委員会において本件発明の再評価を審議・決定する際に使用された資料であり,被告において,甲3に○印が付された機種は本件発明が実施されていることを確認していたのであるから,被告が本件訴訟に至り甲3と相矛盾する主張をすること自体不合理であり,信義則(禁反言)の観点からも許されるべきではない旨主張する。
しかし,被告が,甲3に○印が付された機種のうち,前記イ,ウの非実施理由に該当する機種に係る技術が本件発明の技術的範囲に属することを前提として侵害訴訟を提起して実施料収入を得たことや,このような技術的範囲を主張して他社とライセンス交渉を行い,ライセンス契約を締結したなどといった事情を認めるに足りる証拠がない。
加えて,本件の審理の経過その他本件に現れた諸事情を考慮すると,被告が甲3に○印が付された機種について本件発明が実施されていない旨主張することが,信義則(禁反言)に反し,許されないと断ずることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 代替技術の有無被告は,本件発明には,次のとおり,代替技術ないし競合技術が存在し,本件発明の回避は極めて容易であり,本件発明の重要性は減少している旨主張するので,順次判断する。
ア 代替技術1(絞りによらず,半導体レーザー光源のFFPを利用して,縦長ビームスポットを形成する技術)被告は,代替技術1を用いた構成は,絞りによりビームスポットの形状を決定していないので,構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,代替技術1においては,半導体レーザーからの光束を絞りによりカットしないため,レーザー利用効率が高い点(光量の損失が少ない点)に技術的優位性があり,代替技術1は,本件発明と技術的に同等程度の価値を有する代替技術である旨主張する。
しかし,半導体レーザーにおいては,個々の素子間に発光配向特性に個体差があり,そのFFP(ファー・フィールド・パターン)の形状にもばらつきがあることを考慮すると,LBPにおいて代替技術1を採用した場合には,発光配向特性の個体差により,感光媒体上に形成されるビームスポットの形状やサイズも個々の製品毎にばらつきが生じることとなる。また,このようなばらつきが生じるという課題を解決するために,個々の製品毎に光学系の設定を変える(縦横の屈折率が異なるレンズの採用など)手段を採用することは,製造コストが大きく増加することになるものと考えられるから,代替技術1は,本件発明を回避し得る代替技術であるということはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
イ 代替技術2(絞りによらず,縦横で異なる屈折力を有するレンズ群により,縦長ビームスポットを形成する技術)被告は,代替技術2を用いた構成は,絞りによりビームスポットの形状を決定していないので,構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,共役型倒れ補正光学系では,レンズ群は常に縦横で異なる屈折力を有しており,この屈折力の設定次第で,ビームスポットの形状を縦長とすることが可能であり,この場合代替技術2を用いた構成となるが,代替技術2は,本件発明と技術的に同等程度の価値を有する代替技術である旨主張する。
しかし,前記(1)イ(エ)認定のとおり,縦横で異なる屈折力を有するレンズ群と絞りを用いた場合であっても,光束を整形する絞りの機能を利用しているといえるから,ビームスポットの形状と絞りとの間には因果関係が存し,構成要件Cを充足するというべきであるから,代替技術2は,本件発明の技術的範囲に含まれるものであり,本件発明の代替技術ということはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
ウ 代替技術3(一体成型する方法により,半導体レーザー光源と対物レンズの間に絞りを設ける技術)被告は,代替技術3を用いた構成は,絞りを「半導体レーザー光源と対物レンズの間」に設けている点で構成要件Bを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,代替技術3を用いた構成において,絞りを対物レンズの鏡筒又は半導体レーザー光源の保持部材と一体成型する方法,あるいは光学箱収納機器,部材等全体を一体成型する方法により,絞りの設定位置の誤差による影響の問題を解消できるので,光束がコリメートされているところに絞りを設けることにより絞りの設定位置の誤差によるビームスポットの形状への影響がなくなるという本件発明と同様の効果を奏し,また,一体成型品は,大量生産により大幅なコストダウンが図ることができるのであるから,一体成型する方法により,半導体レーザー光源と対物レンズの間に絞りを設ける技術は,少なくとも本件発明と技術的に同等である旨主張する。
そこで検討するに,絞りの支持部材と対物レンズの鏡筒又は半導体レーザー光源の保持部材と一体成型する方法,あるいは光学箱収納機器等により一体成型する方法により,絞りの位置を正確に設定することができ,設定位置の誤差による影響の問題を解消できるものといえるから,代替技術3によって,本件発明を回避することができるものであり,製造コスト等に照らしても,代替技術3は,本件発明を回避し得る代替技術と認められる。
しかし,代替技術3は,本件発明と技術的に同程度であり,本件発明よりも優位な技術であるとまでいうことはできない。
エ 代替技術4(一体成型する方法により,共役型倒れ補正光学系におけるシリンドリカルレンズと偏向器の間に絞りを設ける技術)被告は,代替技術4を用いた構成は,構成要件Bを充足しないので,本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,近年の複数ビーム記録光学系において絞りを用いる場合,別々の光源から発せられ入射方向の異なる複数の光束について,絞りを偏向器の近くに設けた方が,ビームスポット形状の設計上の自由度が増大し,より多くの光量を取り込めることで有利になり,できるだけ偏向器に近い位置に絞りを設けるのが望ましいとされているところ,これを実現するのが代替技術4であり,しかも,本件発明で問題とされた絞りの設定位置の誤差は,光源,レンズ,絞り等の支持部材を光学箱と一体成型する構成をとる実際の製品においては,ほとんど問題とならないので,代替技術4は,本件発明の技術に対して,複数ビーム記録光学系の採用を可能にするものである点で,技術的に優位である旨主張する。
そこで検討するに,前記ウ認定のとおり,一体成型する方法を用いた場合には,絞りの設定位置の誤差による影響の問題を解消できるのであるから,代替技術4は,本件発明を回避し得る代替技術と認められる。
また,半導体レーザー光源の間隔が,半導体レーザー光源から絞りまでの距離に対して無視できないような大きさである場合には,被告が主張するような,ビームスポット形状の設計上の自由度が増大し,より多くの光量を取り込めるというメリットが存在すると認めることはできるものの,一方で,半導体レーザーの光源の間隔が,半導体レーザー光源から絞りまでの距離に対して無視できるほど小さい場合には,被告が主張する上記メリットは存在しないということができるのであるから,代替技術4に,本件発明に対する明らかな技術的優位性が存在するとまで認めることはできない。
オ 代替技術5(オーバーフィルド走査光学系)被告は,代替技術5のオーバーフィルド走査光学系は,偏向器に入射する光束の主走査方向の幅が偏向器の一つの反射面の幅よりも広いものであって,ビームスポットの形状を決定する光束幅は偏向器の反射面の幅によって制限され,「絞り」が存在しないので,構成要件Bを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,このようなオーバーフィルド走査光学系を採用すると,偏向器の反射面の大きさを光束幅より大きくすることが要求されないので,小さい反射面を用いることによって偏向器を大型にすることなく反射面の数を増やすことができ,高速走査が可能となる技術的優位性がある旨主張する。
しかし,被告が「オーバーフィルド走査光学系」として主張するところの代替技術5は,光束の主走査方向(走査方向)の幅を偏向器の反射面の幅によって制限する技術であって,副走査方向(走査方向と直交する方向)については制限するものではないから,主走査方向及び副走査方向の両方向について絞りによる制限が可能である本件発明を代替するものとは言い難い。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
カ 代替技術6(絞りを円形として,他の要素(FFPの形状の利用,縦横で屈折力の違うレンズ群(横方向の屈折力が強いもの)の使用,またはそれらの併用)によりビームスポットを縦長にする技術)被告は,代替技術6を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより」ビームスポットの形状を縦長にするとの要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属さないが,一方で,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成することができるから,代替技術6は,本件発明の代替技術である旨主張する。
しかし,前記(1)イ(カ)認定のとおり,絞りを円形とするものも,光束を整形する絞りの機能を利用しているといえるから,ビームスポットの形状と絞りとの間には因果関係が存し,構成要件Cを充足するというべきであるから,代替技術6は,本件発明の技術的範囲に属するものであって,本件発明の代替技術ということはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
キ小括以上のとおり,被告主張の代替技術1ないし6のうち,代替技術3,4は,本件発明の代替技術であると認められる。
5 争点3-3(被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額)について(1) 被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格の算定方法前記3(2)イ(イ)のとおり,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額は,被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格に,本件発明の実施料率(「標準包括ライセンス料率」×本件発明の寄与度)を乗じて算定するのが相当である。
そして,被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は,別件訴訟の第1審判決及び控訴審判決が採用した算定方法と同様に,被告の全ライセンシーにおけるLBP,MFP等の譲渡価格(被告以外の全他社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)に,本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合及び全ライセンシーにおける本件発明の実施割合を乗じて算定するのが相当である。
ア 全ライセンシーにおけるLBP,MFP等の譲渡価格本件基準期間における被告の全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価格は3兆7437億1573万6544円(別表3の(d)欄の合計欄),MFP等の譲渡価格は1兆0185億5575万2957円(別表4の(d)欄の合計欄)であるであることは,当事者間に争いがない。
イ 本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合本件発明については,本件特許(日本特許)のみが存在し,対応外国特許は存在しないから,本件発明の効力が及ぶ製品の範囲は,?日本国内において生産されたもの,?日本以外(海外)において生産されたもののうち,日本へ輸入され,日本で販売されたものである。?は,全世界で生産されたLBP,MFP等の台数における日本生産の割合によって,?は,全世界で生産されたLBP,MFP等の台数における海外生産の割合に,海外生産されたLBP,MFP等のうち,日本に輸出され,日本国内で販売された割合を乗じることによって求めることができる。もっとも,海外生産されたLBP,MFP等のうち,日本に輸出され,日本国内で販売された割合は不明であるので,全世界で生産されたLBP,MFP等における海外生産の割合に,全世界で販売されたLBP,MFP等における日本販売の割合を乗じることによって代替するのが相当である。
しかるに,本件においては,本件基準期間の各年の資料がないため,別件訴訟で提出された平成13年(2001年)の資料(乙148)を基に,第三者による平成13年の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を求め,昭和58年(1983年)と平成13年間は各年ごとに上記比率を均等割で逓減させ,このようにして求められた各年の上記比率について,本件基準期間について譲渡価格との加重平均を求めて算出することも許されるものと解される。
(ア) LBPについてa 乙148によれば,被告及びヒューレット・パッカード社以外の第三者による平成13年の日本生産の割合は41.65%であること,平成13年における日本以外の第三国(乙148中では,「その他」と表示)の生産割合に日本の販売割合を乗じた比率は8.85%(58.35%×15.17%)であることが認められる。
したがって,上記第三者による平成13年の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率は50.5%(41.65%+8.85%)である。
b 次に,乙149によれば,昭和58年の100%と平成13年の50.5%(上記a)を基に,日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を各年毎に均等に逓減させて(各年2.75%ずつ),各年の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を求め,これらを各年の全他社譲渡価格が本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占める比率をウエイトとして加重平均することにより,本件基準期間における本件発明の効力が及ぶ範囲(割合)を求めると,72.69%となることが認められる(別表3の(e)欄)。
(イ) MFP等についてa 乙148によれば,被告以外の第三者による平成13年の日本生産の割合は17.11%であること,平成13年における日本以外の第三国(乙148中では,「その他」と表示)の生産割合に日本の販売割合を乗じた比率は19.50%(82.89%×23.53%)であることが認められる。
したがって,上記第三者による平成13年の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率は36.61%(17.11%+19.50%)である。
b 次に,乙150によれば,昭和58年の100%と平成13年の36.61%(上記a)を基に,日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を各年毎に均等に逓減させて(各年2.75%ずつ),各年の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を求め,これらを各年の全他社譲渡価格が本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占める比率をウエイトとして加重平均することにより,本件基準期間における本件発明の効力が及ぶ範囲(割合)を求めると,54.18%となることが認められる(別表4の(e)欄)。
ウ 被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合(ア) 本件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件発明が実施されている製品の実施割合が69.23%となることは,前記4(1)イ(キ)a認定のとおりである。
そして,被告の全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の実施割合については,?本件発明が出願公開された昭和61年5月12日から本件特許権の存続期間が満了した平成10年4月28日に至るまでに約12年の期間があること,被告のライセンシーは,十数社に及ぶこと(乙132の1,133の1)に照らし,その実施状況を逐一検討することは,その審理に著しい負担を要するものであり,極めて困難であるといわざるを得ないこと,?被告は,全世界のLBP,MFP等の生産及び販売において相当程度のシェアを有しており(甲22,乙146の1,148),被告における本件発明の実施状況は,業界内での実施状況を相当程度反映しているものと考えられることからすれば,被告製品中に占める本件発明の実施割合を基礎として,被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合を推認するのが相当である。
もっとも,ライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため,それらの技術を使用する傾向があるものといえるから,被告のライセンシーにおいても,被告よりも本件発明の実施割合が低くなる傾向があるものと考えられる。
以上の点に加えて,本件発明の技術内容(前記2(1)エ),代替技術の内容(前記4(2))等本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば,被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合は,被告の実施割合の90%と推認するのが相当である。
そうすると,被告の全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の実施割合は62.31%(別表3,4の各(f)欄)となる。
(イ) これに対し被告は,?縦長ビームスポットを形成することは,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも小さくなった平成2年(1990年)ころ以降は,その技術的意義が失われており,また,現実の製品においては,一体成型技術により絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,本件発明の唯一の新規な特徴である,光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成の技術的意義は失われていること,?縦長ビームスポットを形成・作出する技術についても,多数の代替技術ないし競合技術が存在し,被告のライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため,これらの技術を使用する傾向があること等の事情を総合考慮すれば,被告のライセンシーにおける本件発明の実施割合は,被告の実施割合よりもはるかに低く,ほとんどゼロに近いものと推認される旨主張する。
しかし,?本件発明は,半導体レーザーを光源とする記録光学系において,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした構成を採用することにより,良好な記録が得られる(コントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られる)という作用効果を奏するとともに,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,光学系の製造が容易になるという作用効果を奏するものであって(前記2(1)エ),特殊な部材等を用いることのない簡便な構成で,良好な記録が得られ,製造を容易にするというものであり,また,本件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件発明が実施されている製品の実施割合が69.23%と高率であること(前記(ア)),?ビームスポット径が画素より大きい場合(すなわち,画素がビームスポット径よりも小さい場合)であっても,走査方向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)をビームスポツトの形状が円形のものと比べ少なくすることができ,良好な記録が得られるという点では,本件発明の技術的意義を有すること(前記4(1)イ(オ)),?本件発明については,回避することのできない原理的な技術であるということはできず,現に一体成型法による代替技術が存在するが,その代替技術は,本件発明よりも優位な技術であるとまでいえないこと(前記4(2)ウ,エ)など本件訴訟で明らかになった諸般の事情に照らすと,被告の上記主張は採用することができない。
(2) 本件発明の実施料率ア 本件基準期間において対象となる被告保有特許数被告が本件基準期間内に保有する登録特許のうち,除外特許等を除く登録特許件数の平均は,LBPにつき7849件,MFP等につき1万2417件であることは,前記3(2)イ(ア)cのとおりである。
そして,本件基準期間内において,新たに特許登録されたり,又は,存続期間の満了等により登録特許の権利消滅が生じること,本件基準期間が約12年であること及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件基準期間において対象となる被告保有特許数は,被告が主張するように,上記件数の5分の3の件数,すなわち,LBPにつき4709件,MFP等につき7450件と認めるのが相当である。
イ 被告ライセンス契約における本件発明の寄与度本件発明は,すべての被告ライセンス契約の対象特許群に含まれていたが,本件発明がライセンス契約締結時において,代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことはなかったものであるが(前記3(2)イ(ア)d),本件発明は,本件基準期間内において被告の全ライセンシーの製品に実施されていたのであるから(前記(1)ウ(ア)),被告ライセンス契約における本件発明の寄与度を考慮すべきである。
そこで検討するに,?本件発明は,半導体レーザーを光源とする記録光学系において,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした構成を採用することにより,良好な記録が得られる(コントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られる)という作用効果を奏するとともに,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,光学系の製造が容易になるという作用効果を奏するものであって,本件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件発明が実施されている製品の実施割合が69.23%と高率であり,被告の全ライセンシーにおける製品の実施割合も62.31%に及ぶこと,?本件発明は,被告の社内において,実績等級において1級と評価され,優秀社長賞も付与されるなど高く評価されていたものであること,?一方,LBP及びMFP等は,様々な種類の多数の技術(特許)が複合されて初めて商品化が可能となる製品であり,これらの技術が複合的に使用されることによって莫大な独占の利益を生み出すことができるものであって,個々の特許を抽出した場合,代表特許ではない単なる実施特許について,ライセンス契約全体に対し多大な貢献をしているものとまでみることは相当ではないこと,?本件発明については,他に代替の余地のない技術とまでいうことはできず,現に一体成型法による代替技術が存在し,他の手段によって回避されることがあるものの,その代替技術は,本件発明よりも明らかに優位な技術であるとまでいえず(前記4(2)ウ,エ),本件基準期間内において,本件発明を明らかに上回る技術が存したとも認められないこと,以上の?ないし?の諸事情を総合的に考慮すれば,本件発明は,被告ライセンス契約における本件基準期間内において,被告保有特許(LBPにつき4709件,MFP等につき7450件)のうちの1件に対し,20件分の価値を有するものと評価するのが相当である。
ウ 以上によれば,本件発明の実施料率は,LBPについては,被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.37%を4709で除して20を乗じた0.01007%(別表3の(g)欄),MFP等については,被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.88%を7450で除して20を乗じた0.00773%(別表4の(g)欄)と認められる。
(3) 小括以上を前提に,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明によ得た利益の額を算定すると,LBPにつき1億7067万4584円(別表3の(h)欄),MFP等につき2658万4696円(別表4の(h)欄)の合計1億9752万9280円となる。
6 争点3-4(被告の本件発明の自己実施により受けるべき利益の額)について(1) 被告は,自らLBP及びMFP等を製造販売しながらも,希望する企業があれば,本件発明を有償で実施許諾するとの方針を採用し,LBP及びMFP等を製造販売する業者の多くとライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライセンスバック契約)を締結し,本件発明の実施を許諾しており,他社においても高い割合で本件発明が実施されているものであるが,一方で,それはあくまでも有償であることを前提としているのに対し,自社製品については実施料を支払う必要がないこと,全ての他社において本件発明が実施されているとまでは認められない上,代替技術についても,本件特許の存続期間内において,本件発明を明らかに上回る技術があったとまでは認められないことなどを総合すると,被告は,本件発明の自己実施により一定限度の超過利益を得ているものと考えられる。
被告の本件発明の自己実施により受けるべき利益の額は,被告による自己実施に係る分を仮に第三者に実施許諾をしたと想定した場合に得られる実施料(仮装実施料)の額から法定通常実施権による減額を考慮した金額をもって超過利益の額とし,これに基づいて相当の対価の額を算定することも許されると解する。
そして,前記認定のとおり,?被告は,全世界生産台数のうち,相当程度のシェアを占めており,被告製品において本件発明が実施されている割合は,69.23%であること,?仮想実施料率は,既に認定した第三者にライセンスした場合の実施料率(標準包括ライセンス料率×本件発明の寄与度)とほぼ同様に考えることができると解されること,?本件発明の代替技術の内容,?被告以外の全他社を基準とするライセンシーの販売シェアが相当程度になること(LBPにつき85.64%,MFP等につき82.45%。前記3(2)イ(ア)a),その他諸般の事情を勘案すると,本件発明においては法定通常実施権減額分を90%とするのが相当である。
以上を前提に,LBP及びMFP等のそれぞれにつき,被告の自己実施による超過利益について検討する。
ア LBPについて(ア) 被告作成の乙146の1(「LBP 全他社譲渡価格合計」(1983年〜2005年)」には,?(B)欄に「被告(ヒューレット・パッカード社を含む。)のLBPの実売価格合計額」(1983年〜1995年。ドル建て),(D)欄に「被告のLBPの実売価格合計額」(1996年〜2005年。ドル建て),?(F)欄に「各年平均ドル/円換算レート」,?(A)欄に「全世界実売価格合計額」(1983年〜2005年),(C)欄に「被告シェア」(1983年〜2005年)の記載がある。
弁論の全趣旨によれば,乙146の1記載の各数値は合理性があるものと認められるので,上記?ないし?を基に,以下の算定式により,LBPに関する被告の自己実施による超過利益を算定することも許されるものと解される。
(算定式)LBPに関する超過利益=本件基準期間における被告実売価格合計額(上記?)×「各年平均ドル/円換算レート」(上記?)×本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合(72.69%。前記(1)イ(ア)b)×被告製品に占める本件発明の実施割合(69.23%。前記(1)ウ(ア))×仮装実施料率(0.01007%。前記(2)ウ)×法定通常実施権減額分(100%-90%)(イ) 以上を前提に,本件基準期間におけるLBPに関する被告の自己実施による超過利益の額を算定すると,別表5記載のとおり,合計3821万4017円(別表5の(h)欄)となる。
イ MFP等について(ア) 被告作成の乙147の2(「MFP等全他社譲渡価格合計」(1990年〜2005年)」)には,(B)欄に本件基準期間における「全他社譲渡価格合計」として,1990年から1998年までの各年の被告以外の全他社譲渡価格及びその合計額(1兆2353億6173万7972円)の記載がある。
また,被告作成の乙148(日本生産および/または販売比率の算出)には,MFP等の2001年の全世界の「生産割合(台数)」欄に「100%(6,780千台) 9,550(全メーカー)-2770(キヤノン)」との記載がある。上記記載によれば,2001年(平成13年)における被告のMFP等の生産シェアは29.01%(2770/9550)であったことが認められる。
弁論の全趣旨によれば,乙147の2,148記載の各数値は合理性があるものと認められる。他方で,本件においては,本件基準期間内の各年毎の被告の生産シェア及び販売シェアを認めるに足りる証拠はない。
そこで,平成13年における被告のMFP等の生産シェアを基に超過利益の額を一応算出し,諸般の事情を勘案して,MFP等に関する被告の自己実施による超過利益を算定することも許されるものと解される。その算定式は,次のとおりとなる。
(算定式)MFP等に関する超過利益=本件基準期間における被告の譲渡価格(被告以外の全他社の譲渡価格合計(1兆2353億6173万7972円)×被告の生産シェア(29.01%)÷被告以外の全他社の生産シェア((100-29.01)%)×本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合(54.18%。前記(1)イ(ア)b)×被告製品に占める本件発明の実施割合(69.23%。
前記(1)ウ(ア))×仮装実施料率(0.00773%。前記(2)ウ)×法定通常実施権減額分(100%-90%)(イ) 以上を前提に,本件基準期間におけるMFP等に関する被告の自己実施による超過利益の額を算定すると,合計146万4027円となる。
(2) 以上によれば,被告の超過利益の額は,LBPにつき3821万4017円(別表5の(h)欄),MFP等につき146万4027円と認めるのが相当である。
7 争点4(本件発明がされるについて被告が貢献した程度)について(1) 特許法旧35条3項,4項は,従業者等と使用者等の利害関係を調整する趣旨の規定であることからすると,同条4項の「使用者等が貢献した程度」には,使用者等が「その発明がされるについて」貢献した事情のほか,特許の取得・維持やライセンス契約の締結に要した労力や費用,あるいは,特許発明実施品に係る事業が成功するに至った一切の要因・事情等を,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事情として考慮し得るものと解するのが相当である。
(2)ア 前記2ないし4の認定事実と証拠(乙111ないし114,131,146ないし148,176(以上,枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件発明は,ガスレーザー及び半導体レーザーを光源とするLBP,半導体レーザー光源のファクシミリやLDR等の研究・開発を目的として,1973年(昭和48年)以降連続的に設けられたタスクフォース等における研究開発において,かつ,その成果の継承と利用に基づいて,完成されたものであり,具体的には,被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発にタスクフォースのチーフとして従事したB1と光学部にあって試作機等のレンズ及び半導体レーザー光学系の開発・設計を担当した光学技術者の原告によって,TR-029のタスクフォース活動の成果として完成されたものである。
原告は,TR-018,TR-027及びTR-029の各タスクフォースに,レンズの設計・試作等の光学系の技術者として参加し,その主な業務は,与えられた仕様に基づいてレンズの設計等の光学設計を行うというものであった。
(イ) 本件出願は,本件原出願からの分割出願として出願されたものであり,本件発明は,半導体レーザー光源とする記録光学系において,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成を採用することにより,良好な記録が得られる(コントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られる)という作用効果を奏するとともに,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,光学系の製造が容易になるという作用効果を奏するものである。原告は,本件原出願の提案書を作成,提出し,原出願明細書は,原告が作成したその提案書を基に作成されたものであるが,一方で,原告は,本件出願については提案書を作成せず,本件明細書の作成に関与していない。原出願明細書には,本件発明の上記構成のうち,「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」縦長ビームスポツトによって「良好な記録」を得られることに関する記載はあるが,一方で,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビームスポツトを形成するとの記載はなく,また,絞りの設定位置を「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところ」とすることによって,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化せず,光学系の製造が容易になるという作用効果の記載もない。このように「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビームスポツトを形成する構成及びその作用効果については,本件出願当初明細書及び本件明細書にも,明示の記載はない。
本件発明は,拒絶理由通知を受けて本件出願時の特許請求の範囲が補正された後,拒絶査定を受けたものの,拒絶査定に対する不服審判において特許性が認められ,本件特許権の設定登録がされたものである。その間に特許異議の申立てがされたが,これについても理由なしとの決定がされている。
このような本件発明の権利化及び権利維持は,本件出願がされた昭和60年から本件特許権の設定登録がされた平成7年までの10年間をかけて行われているが,これらの手続は,被告の知財部門及び開発部門の担当者の対応によるもので,原告は,関与していない。
そして,本件出願の経過に照らすと,本件原出願の提案書を作成した当時には,原告が明確に意図していなかった本件発明の構成に特許性を見出して本件発明を権利化したものといえる。
(ウ) 被告は,1970年代中ころから,LBP等の技術の登録特許及び特許出願について競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセンスポリシーを採用し,ライセンス料収入の獲得を図る特許戦略を展開してきた。そして,被告は,LBP及びMFP等の製造・販売を行う,ほとんどすべての競業他社を相手方として,本件発明を含むLBP等の技術をライセンスしてきたところ,被告ライセンス契約の多くは,ライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライセンスバック契約)であり,被告は,これにより多額のライセンス料収入を確保してきた。
このような被告によるライセンス料の獲得は,前述の特許戦略に加え,被告の様々な努力によるLBP事業の成功とLBP市場の急速な拡大によるものである。
すなわち,被告は,昭和54年に世界で初めて半導体レーザーを実用化した小型LBP(LBP-10)を発売し,更に昭和58年にオールインワンのレーザースキャナーユニットや使い捨てのカートリッジを採用するなどして,従来に例を見ない小型化・軽量化・低価格化に成功したLBP-CXを発売し,その後においてもLBP市場で革新的な新製品を発売し続けるなど,絶え間なく巨額の研究開発費を投入して,LBPの研究,開発,改良に取り組み続けてきた。被告が,LBP等の製品を含めその様々な製品で,キヤノンブランドの優位性を確立し,これも被告のLBP等の事業の成功の要因である。
このような被告の様々な努力もあって,LBP及びMFP等の市場が急速に拡大した。
(エ) 被告は,事務機部門の研究開発費として,LBP開発当初の昭和48年から本件原出願の出願時の昭和53年に至るまでに合計約48億3100万円,その後昭和54年から本件特許の存続期間が満了した平成10年までの間に合計約7998億4300万円を支出した。
被告は,上記のように多額の研究開発費を支出し,これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けてきたものであり,これらの被告の特許がライセンス収入の源泉となっている。
イ 上記アで認定した事情(本件発明が,LBPの研究・開発を目的として設けられたタスクフォース等における研究開発において,かつ,その成果の継承と利用に基づいて完成されたものであること,本件発明の権利化及び権利維持における被告の貢献,本件発明のライセンス契約交渉及びLBP等の事業化における被告の貢献)に,本件発明の技術としての価値,LBP及びMFP等における本件発明の位置付け,本件発明の被告社内における評価等の諸事情を総合的に勘案すると,本件発明に関する被告の貢献度は97%と認めるのが相当である。
8 争点5(本件発明に係る相当の対価の額)について(1) 共同発明者間の貢献割合について前記2認定のとおり,本件発明は,原告及びB1の共同発明であるので,共同発明者間の貢献割合について判断する。
前記2の認定事実によれば,本件発明の技術的思想は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成を採用したことにあるところ,このうち「良好な記録」を得るための手段として,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状が縦長にすることを着想したのは,B3・B1発明をしたB1であること,一方で,絞りの位置を「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに」設けることについては,原告及びB1の両名がその着想,具体化に関与したというべきであること,その他諸般の事情を総合考慮すると,本件発明の共同発明者である原告及びB1間の寄与割合は,原告が40%,B1が60%と認めるのが相当である。
(2) 中間利息の控除ア 前記争いのない事実等((5))と証拠(乙199,200)及び弁論の趣旨によれば,?原告は,平成6年1月1日改正後の被告取扱規程に基づき,本件発明の登録時における対価として3000円の支払を受けたこと,?原告は,平成7年12月26日,上記改正後の被告取扱規程に基づき,本件発明の実績に対する対価(実績対価等級1級)として5万円の支払を受けたこと,?原告は,平成8年6月13日,被告取扱規程に基づき,本件発明の発明者として「1995年度優秀社長賞」の表彰を受け,被告から,賞金50万円の支払を受けたことが認められる。
そして,上記改正後の被告取扱規程21条4項は,会社は,実績に対する対価(21条1項)の他に,会社に対して顕著な実績をあげた発明について表彰により賞金として別途対価の額を加算する旨規定していることに照らすならば,上記?の賞金50万円は,実績に対する対価の加算分に該当するものと解されるから,本件発明の特許を受ける権利対価として支払われたものと認められる。
以上によれば,原告は,本件発明の特許を受ける権利対価として,被告から,上記?ないし?の合計55万3000円の支払を受けたことが認められる(なお,原告は,原告が支払を受けた上記?の登録時における対価は,3000円ではなく6000円,上記?の実績に対する対価は,5万円ではなく10万円であり,このほか,本件発明の出願時における対価として被告から1000円の支払を受けた旨主張するが,被告は,本件において,上記?ないし?の金額を超える支払をした事実を否定し,原告の主張を自己に有利に援用しないこと,原告の上記主張を裏付ける客観的証拠は提出されていないことにかんがみ,被告の支払額は上記合計額のとおりと認定する。)。
イ 平成6年1月1日改正後の被告取扱規程には,実績による対価に関し,「会社は登録番号が付与されたもののうち,実績により会社に貢献したと認められたものについて,特許審査委員会の審査の結果に基づき,次の対価を支払う。特級15万円以上 1級10万円 2級5万円3級3万円 4級1万円 5級5000円」(21条1項),「対価の支払は原則として年2回とし,上期分は当年下期に,下期分は翌年上期に支払う。ただし,必要ある場合は臨時に行なう。」(24条1項),「改正施行前に会社が承継した「発明」は,本規程に従って取扱う。」(36条)と規定されている(前記争いのない事実等の(4)イ(ウ))。
被告取扱規程の上記各規定,原告が平成7年12月26日に被告から本件発明の実績に対する対価として5万円の支払を受けたこと(前記ア?)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件発明については,平成7年12月26日に被告取扱規程に基づく実績に対する対価の支払債務の履行期が到来したものと解される。
したがって,原告は,本件発明についての実績に対する対価の支払債務の履行期の到来時から,特許法旧35条3項に基づいて,被告に対し,本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利を行使することが可能となったものと解されるから,上記相当の対価の額の算定に当たっては,上記履行期が到来した平成7年12月26日を基準として,被告において本件発明により利益が得られた時期までの間の中間利息を控除するのが相当である。そして,中間利息の控除に当たっては,各年の中間の時期にその年の利益が得られたものとして,年を単位に控除することが相当であるから,本件においては,平成7年分までは控除されることはなく,平成8年以降の利益について平成6年からの年数に応じて控除することが相当である。
以上の判断に反する原告の主張は,採用することができない(なお,原告の指摘するオリンパス事件最高裁判決は,中間利息の控除の可否について判断した事案ではない。)。
(3) 相当の対価の額ア(ア) 以上を前提に,原告の本件発明に係る相当の対価の額を算定すると,?被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た利益に関する分は,LBPにつき200万4558円(別表3の「小計」欄の合計額),MFP等につき29万9393円(別表4の「小計」欄の合計額),?被告の自己実施による利益に関する分のうち,LBPにつき45万0464円(別表5の「小計」欄の合計額)となる。
(イ) 次に,被告の自己実施による利益に関する分のうち,MFP等については,本件基準期間内の超過利益の合計額は前記認定のとおり146万4027円と認めることができるが,本件においては,中間利息の控除をするために必要な本件基準期間の各年毎の超過利益の額を認めるに足りる証拠がなく,中間利息の控除ができないことにかんがみ,上記超過利益の合計額(146万4027円),本件発明に関する被告の使用者貢献度(97%),共同発明者間における原告の貢献割合(40%),その他本件に現れた諸事情を総合的に考慮し,2万円と認めるのが相当である。
(ウ) 以上によれば,原告の本件発明に係る相当の対価の額は,合計277万4415円となる。
イ 前記(2)イのとおり,本件発明については平成7年12月26日に被告取扱規程に基づく実績に対する対価の支払債務の履行期が到来したのであるから,被告は上記アの相当の対価の支払債務について同日の経過により遅滞に陥ったものと解される。
したがって,原告は,被告に対し,上記アの相当の対価の額(277万4415円)に対する同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求できるというべきである。
ウ 前記(2)アによれば,原告は,被告から,本件発明の特許を受ける権利承継対価として合計55万3000円の支払を受け,このうち,5万3000円は平成7年12月26日以前に支払を受け,残余の50万円は平成8年6月13日に支払を受けているのであるから,上記5万3000円は,相当の対価の元本に充当され,上記50万円は,上記充当後の相当の対価の残元本及びこれに対する平成7年12月27日から支払日の前日である平成8年6月12日までの遅延損害金に充当されることとなる。
そして,上記5万3000円を充当後の相当の対価の残元本は272万1415円,上記残元本に対する平成7年12月27日から平成8年6月12日までの年5分の割合による遅延損害金は6万2836円となり,その合計額は278万4251円である。
そうすると,原告の本件発明に係る相当の対価の不足額は,上記合計額に上記50万円を更に充当した後の残元本228万4251円となる。
エ 以上によれば,原告は,特許法旧35条3項に基づき,被告に対し,本件発明に係る相当の対価として228万4251円及びこれに対する平成8年6月13日(対価の最終支払日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
9 争点6(消滅時効の成否)について(1) 被告は,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は,遅くとも被告が原告に対して実績による対価を支払った平成7年12月26日の翌日である同月27日から進行し,平成17年12月26日の経過により消滅時効が完成した旨主張する。
前記8(2)イのとおり,平成7年12月26日に被告取扱規程に基づく実績に対する対価の支払債務の履行期が到来し,原告は,特許法旧35条3項に基づいて,被告に対し,本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利を行使し得ることになったから,その翌日の平成7年12月27日から消滅時効が進行する。
ところで,被告は,平成8年6月13日,本件発明に関し,被告取扱規程に基づいて表彰による賞金として50万円を原告に対して支払っているところ,上記賞金50万円は,実績に対する対価の加算分に該当し,本件発明の特許を受ける権利対価として支払われたものと認められることは,前記8(2)ア認定のとおりである。
そうすると,当該支払が民法147条3号時効中断事由である債務の「承認」に該当することは明らかである。
したがって,上記支払により,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は中断し,平成8年6月13日の翌日から同権利の消滅時効は新たに進行することとなる。
その後,原告は,上記消滅時効期間満了前である平成18年6月12日に被告に到達した同月9日付け通知書(甲9の1,2)及び同月13日に被告に到達した同日付け通知書(甲10の1,2)により,本件発明に係る相当の対価の支払を催告し,その後6か月以内である同年12月11日に本件訴訟を提起している。
そうすると,遅くとも平成18年6月13日の時点で,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は中断しているというべきである。
(2) 以上によれば,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は未だ完成していないというべきであるから,被告の消滅時効の主張は理由がない。
10 結論以上によれば,原告の請求は,被告に対し,228万4251円及びこれに対する平成8年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)原出願発明の特許請求の範囲「(1)実質的にシングルモードを有する半導体レーザーを光源として,その接合面と垂直な面内のビームウエスト位置に焦点をほぼ合致させた対物レンズと,前記接合面に平行な面内にのみ屈折力を有するエレメントで構成されるアフォーカルシリンドリカルレンズと,結像レンズと,結像レンズに入射する光束を制限するアパーチャーと,前記結像レンズの焦点の近傍に設置された感光媒体とを有することを特徴とする記録光学系。
(2)特許請求の範囲第1項の記録光学系に於いて,前記アフォーカルシリンドリカルレンズは少くとも2面,多くとも4面の構成であり,半導体レーザー側に最も近い面を負の屈折力を有する凹面とし,最も遠い面を正の屈折力を有する凸面とし,4面構成の場合,前記の凹面と凸面以外の面を平面とすることを特徴とする記録光学系。
(3)特許請求の範囲第2項の記録光学系に於いて,前記アフォーカルシリンドリカルレンズの凹面の焦点距離fと凸面の焦点距離fのab比の絶対値|f/f|はba但し,Ds,Djは,前記アパーチャーの径で,それぞれ前記半導体レーザーの接合面と垂直方向に放射される光束に対する径,前記半導体レーザーの接合面に平行な方向に放射される光束に対する径であり,fは前記対物レンズの焦点距離であり,ΔSは前記半導体レー0ザーの接合面に対して垂直と平行のそれぞれの面内のビームウエストba位置の隔差であり,θjは前記光学系が感光媒体上に伝達する光量0を必要以上にするために,半導体レーザーの接合面と平行な面内で受光すべき半導体レーザーの配光角である。
なる範囲内に入ることを特徴とする記録光学系。」((4)ないし(7)省略)
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 大西勝滋
裁判官 関根澄子