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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ワ35324特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成21ワ3409特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成20ワ14169損害賠償請求事件 判例 特許
平成21ワ2208特許権侵害差止等請求事件 平成21ワ12412特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成18ワ16119特許権侵害差止 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  発明者 /  技術的思想 /  製造方法 /  加工方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  明瞭でない記載 /  名義変更 /  実施料相当額 /  時効 /  援用権(援用) /  存続期間 /  出願経過 /  参酌 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  組成した物 /  損害額 /  算定方法 /  逸失利益 /  販売数量(販売数) /  譲渡数量 /  単位数量 /  乗じた額 /  実施能力 /  実施料 /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  専用実施権 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  釈明 /  訂正明細書 /  合理的な理由 / 
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事件 平成 17年 (ワ) 26473号 特許権侵害差止等請求事件
東京都品川区〈以下略〉
原告ブリヂストンスポーツ株式会社
訴訟代理人弁護 士木孝
同 村田真一
同 小佐 野愛
補佐人弁理士吉見京子
同 石井良夫 アメリカ合衆国カリフォルニア州〈以下略〉
被告アクシネット・ジャパン・インク
訴訟代理人弁護 士大野聖二
同 市橋智峰
同 佐藤公亮
補佐人弁理士田中玲子
同 伊藤奈月
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2010/02/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1被告は,原告に対し,17億8620万4028円及び内金2億6044万3145円に対する平成15年7月1日から,内金3億0180万6544円に対する平成16年1月1日から,内金2億9411万0530円に対する同年7月1日から,内金2億6859万9261円に対する平成17年1月1日から,内金2億8247万0890円に対する同年7月1日から,内金2億8437万4033円に対する平成18年1月1日から,内金2400万円に対- 2 -する同月5日から,内金1017万9128円に対する同年3月1日から,内金6022万0497円に対する平成21年2月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,56億7786万2000円及び内金6億6080万円に対する平成15年7月1日から,内金8億9630万円に対する平成16年1月1日から,内金8億5030万円に対する同年7月1日から,内金7億6720万円に対する平成17年1月1日から,内金9億6570万円に対する同年7月1日から,内金10億6590万円に対する平成18年1月1日から,内金2400万円に対する同月5日(訴状送達の日の翌日)から,内金1億7609万6000円に対する同年2月1日から,内金1億7156万6000円に対する同年3月1日から,内金1億円に対する平成21年2月24日(訴えの変更申立書の送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 事案の要旨本件は,発明の名称を「ソリッドゴルフボール」とする特許番号第2669051号の特許(以下,この特許を「本件特許」,この特許権を「本件特許権」という。)の特許権者であった原告が,被告が別紙物件目録記載のゴルフボール(以下「被告各製品」と総称し,個々の製品は,同物件目録の番号欄の番号に応じて「被告製品?」,「被告製品?」などという。)を輸入,販売した行為が,本件特許権の侵害に当たる旨主張して,被告に対し,不法行為による損害賠償又は不当利得の返還として56億7786万2000円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)(1) 特許庁における手続の経緯等ア株式会社ブリヂストンは,平成元年5月11日,本件特許の特許出願(特願平1-118460号。以下「本件出願」という。)をし,その後,本件出願に係る特許を受ける権利は,同社から原告に移転され,その旨の届出(出願人名義変更届)がされた。
特許庁は,平成8年11月27日付けで拒絶理由通知(以下「本件拒絶理由通知」という。)をし,その後,原告は,平成9年3月10日付けで,本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の補正(以下「本件補正」という。)をするとともに,同日付け意見書(以下「本件意見書」という。)を提出した。
原告は,平成9年7月4日,本件特許権の設定登録(請求項の数1)を受けた。
イ被告は,本件訴訟係属中の平成18年9月5日,本件特許について特許無効審判請求(無効2006-80172号事件)をした。原告は,その審判手続において,同年11月21日付けで,特許請求の範囲減縮及び明瞭でない記載釈明を目的として,本件明細書について訂正請求をした(以下「第1次訂正」という。)。
特許庁は,平成19年6月8日,無効2006-80172号事件について,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その後同審決は確定した。
ウ原告は,平成20年3月21日,特許請求の範囲減縮及び明瞭でない記載釈明を目的として,本件明細書について訂正審判請求(訂正2008-390031号事件)をした(以下「第2次訂正」という。)。
特許庁は,同年4月30日,訂正2008-390031号事件について,第2次訂正を認める旨の審決をし,同審決はそのころ確定した。
エ本件特許権は,平成21年5月11日,存続期間満了により消滅した。
(2) 特許請求の範囲ア本件特許権の設定登録時の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(同請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
「【請求項1】ワンピースゴルフボール又はカバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩から選ばれる有機硫黄化合物とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」イ第1次訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(同請求項1に係る発明を「第1次訂正発明」という。)。
「【請求項1】カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩から選ばれる有機硫黄化合物とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」ウ第2次訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(同請求項1に係る発明を「本件訂正発明」という。)。
「【請求項1】カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」(3) 本件訂正発明の構成要件の分説「Aカバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,B 基材ゴムと,C 不飽和カルボン酸の金属塩と,D ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩とEを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」(4) 被告の行為等ア被告は,平成14年3月から被告製品?を,平成15年2月ころから被告製品?ないし?を,平成17年2月ころから被告製品?ないし?をそれぞれ輸入,販売していた。
イ被告各製品は,本件訂正発明の構成要件AないしC,Eをいずれも充足する(甲3,4,18,乙7の1ないし11)。
3 争点本件の争点は,被告各製品が本件訂正発明の構成要件Dを充足し,本件訂正発明の技術的範囲に属するか否か(争点1),本件特許に無効理由があり,原告の本件特許権の行使が特許法104条の3第1項により制限されるかどうか(争点2),被告が賠償又は返還すべき原告の損害額又は被告の利得額(争点3)である。
争点に関する当事者の主張
1 争点1(技術的範囲の属否)について(1) 原告の主張ア 構成要件Dの充足性被告各製品が本件訂正発明の構成要件AないしC及びEを充足することは,前記第2の2(4)イのとおりである。
そして,被告各製品は,その芯球にペンタクロロチオフェノール(以下「PCTP」という場合がある。)を含有するから(乙7の1ないし11),構成要件Dを充足する。
以上のとおり,被告各製品は,本件訂正発明の構成要件AないしEをすべて充足するから,本件訂正発明の技術的範囲に属する。
したがって,被告による被告各製品の輸入,販売は,本件特許権の侵害に当たる。
イ 被告の主張に対する反論被告は,後記のとおり,本件出願の審査過程において原告が本件補正に伴って提出した本件意見書の記載から,本件訂正発明の構成要件Dの「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,加硫に関与せず,加硫促進効果がないように添加された場合に限定し,あるいは,少なくともラジカル捕獲剤として添加された添加剤又は分子量調節剤として添加された添加剤を含まないと限定解釈すべきである旨主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり理由がない。
(ア)原告は,本件出願の請求項に係る発明は引用例(特開昭59-228868号公報(乙3))に基づいて容易想到であるとの本件拒絶理由通知に対し,本件補正をした上で,本件意見書(乙6)において,引用例には,本件補正後の本件発明(前記第2の2(2)ア)におけるチオフェノール類,チオカルボン酸類という特定の有機硫黄化合物又はそれらの金属塩を使用することが開示も示唆もされていないので,引用例の記載から本件発明の構成自体が容易に想到することはできないと主張したものである。
(イ)また,本件意見書における「もともと,引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドは,加硫促進剤として作用するもので,それ自身ゴムの加硫に関与する。ところが,本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく,加硫促進効果はないもので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドとはその作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い。」との記載は,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド(以下「DPTT」という場合がある。)は,もともと加硫促進剤として用いられるのが一般的であり,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)を代表とするチオフェノール類,チオカルボン酸類は,もともとはペプタイザー(しゃく解剤,素練り促進剤)として用いられるのが一般的であるという(甲19),当業者における両者に対する一般的な認識の違いを指摘して,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本件発明のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であることを強調したものである。本件意見書の上記記載は,このような両者のもともと認識されていた一般的な作用の相違点を指摘することによって,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本件発明のチオフェノール類,チオカルボン酸類という構成を想到することは困難であると述べたにすぎず,本件発明において,チオフェノール類,チオカルボン酸類が加硫促進効果を有するか否かについてまで言及するものではなく,チオフェノール類,チオカルボン酸類から加硫促進効果がある場合を除くことを述べたものではない。
(ウ)以上のとおり,本件意見書の記載を根拠に,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいては本件訂正発明の構成要件Dの「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を限定解釈すべきであるとする被告の主張は,本件意見書における原告の主張を歪曲するものであって,失当である。
(2) 被告の主張ア 本件特許の出願経過(ア)本件出願の願書に最初に添付した明細書(乙5。以下「本件出願当初明細書」という。)記載の請求項1(以下「旧請求項1」という。)には,本件訂正発明の構成要件Dに相当する要件として「有機硫黄化合物及び/又は金属含有有機硫黄化合物」との記載があった。
また,本件出願当初明細書の発明の詳細な説明には,「有機硫黄化合物としては,ペンタクロロチオフェノール,4-t-ブチル-o-チオフェノール,4-t-ブチルチオフェノール,2-ベンズアミドチオフェノール等のチオフェノール類,チオ安息香酸等のチオカルボン酸類,ジキシリルジスルフィド,ジ(o?ベンズアミドフェニル)ジスルフィド,アルキル化フェノールスルフィド等のスルフィド類などが好適に用いられ,また金属含有有機硫黄化合物としては,上記チオフェノール類,チオカルボン酸類の亜鉛塩などが好ましく使用される。これらは1種を単独で使用しても,2種以上を組み合せて使用してもよい。」(6頁7行〜19行)との記載があった。
特許庁は,平成8年11月27日付けで,旧請求項1に係る発明は,引用例(乙3)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの本件拒絶理由通知をした。
(イ)原告は,本件拒絶理由通知に対し,平成9年3月10日付けで,旧請求項1の「有機硫黄化合物及び/又は金属含有有機硫黄化合物」を「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩から選ばれる有機硫黄化合物」に減縮するとともに,本件出願当初明細書の発明の詳細な説明から,「ジキシリルジスルフィド,ジ(o?ベンズアミドフェニル)ジスルフィド,アルキル化フェノールスルフィド等のスルフィド類」との記載部分を削除し,乙3に記載されたものと同じスルフィド類を権利範囲から除外する等の本件補正(乙4)をした。
その上で,原告は,同日付けの本件意見書(乙6)を提出した。本件意見書には,「この引用例は,分子量調整剤としてはたらくジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドを,硬さ及び耐久性を維持しながら反発性能を向上させるための必須構成成分として配合することを明らかにしているだけで,本願発明のチオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩を使用すること,及びこれら化合物を使用することによって得られる作用効果に関しては開示も示唆もしておらず,本願発明の構成及びその作用効果を想到することは困難である。
もともと,引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドは,加硫促進剤として作用するもので,それ自身ゴムの加硫に関与する。
ところが,本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく,加硫促進効果はないもので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドとはその作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い。」(2頁20行〜3頁3行)との記載があった。
特許庁は,本件意見書記載の原告の主張を採用し,本件補正後の本件発明について特許査定をした。
構成要件Dの非充足(ア)まず,本件意見書において,「引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドは,加硫促進剤として作用するもので,それ自身ゴムの加硫に関与する。ところが,本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく,加硫促進効果はないもので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドとはその作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い。」との記載(前記ア(イ))があることから明らかなとおり,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」は,「加硫に関与するものではなく」,その結果,当然のことながら,加硫促進効果も有しないものである。
そして,特許庁は,本件意見書記載の原告の主張を受け入れて本件特許を付与したのであるから,原告が本件出願の審査過程において提出した本件意見書記載の主張と異なる主張をすることは,包袋禁反言の法理(file wrapper estoppel)に反し,信義則に反し許されないというべきである。
以上のとおり,本件特許の出願経過における本件意見書記載の原告の主張を参酌すれば,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいては本件訂正発明の構成要件Dの「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,加硫に関与せず,加硫促進効果がないように添加された場合に限定して解釈すべきであり,加硫に関与する添加剤は含まないと解釈すべきである。
そして,被告各製品における「ペンタクロロチオフェノール●(省略)●は,ラジカルを捕獲し,加硫プロセス中にグラフト鎖の分子量を調整する添加剤(ラジカル捕獲剤,分子量調整剤)であって,加硫に関与する添加剤であるから,被告各製品は,本件訂正発明の構成要件Dを充足しないというべきである。
(イ)次に,本件意見書の記載(前記ア(イ))から,原告は,本件出願の審査過程において,「引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」(乙3のDPTT)は,「分子量調整剤として添加されたものであり,本願発明のチオフェノール類,チオカルボン酸類又はこれらの金属塩は,これと作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い」と主張していたことを明瞭に理解できる。
そうである以上,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」は,分子量調整剤として添加された乙3のDPTTとは作用が相違するものであり,分子量調整剤として添加されたものは含まないと理解すべきである。
また,乙3において,DPTTが分子量調整剤として機能するのは,ラジカルを捕獲し,グラフト重合による高分子化が阻止されることによるものであるが,原告が本件意見書において本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はこれらの金属塩」は乙3のDPTTとは作用が相違すると述べている以上,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はこれらの金属塩」には,ラジカル捕獲剤として添加された添加剤を含まないと解釈すべきである。
以上のとおり,本件特許の出願経過における本件意見書記載の原告の主張を参酌すれば,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいては本件訂正発明の構成要件Dの「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,少なくともラジカル捕獲剤として添加された添加剤又は分子量調節剤として添加された添加剤を含まないと解釈すべきであり,原告がこれと異なる主張をすることは,包袋禁反言の法理により,信義則に反し許されない。
そして,被告各製品における「ペンタクロロチオフェノール●(省略)●」は,ラジカル捕獲剤,分子量調整剤として添加されたものであるから,被告各製品は,構成要件Dを充足しないというべきである。
(ウ)原告は,本件意見書の記載(前記ア(イ))は,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド(DPTT)とペンタクロロチオフェノール(PCTP)を代表とするチオフェノール類,チオカルボン酸類との一般的な作用に対する当業者の認識の違いを指摘したにすぎないものであり,乙3のDPTTと本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」の作用効果の相違を主張したものではない旨主張する。
しかし,乙3のDPTTと並んで,代表的な加硫促進剤であるジメチルジチオカルバミン酸亜鉛は,CSSH基のHが亜鉛に置換された「チオカルボン酸」(乙44)の金属塩であって,「チオカルボン酸類」に含まれることに照らすならば,原告が依りどころとする本件意見書における「もともと,引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドは,加硫促進剤として作用するもので,それ自身ゴムの加硫に関与する。ところが,本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく,加硫促進効果はないもので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドとはその作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い」との記載部分の主張は,DPTTとチオフェノール類,チオカルボン酸類との一般的な作用に対する当業者の認識の違いを指摘したにすぎないと解釈することができないのは明白である。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(エ)以上のとおり,被告各製品は,構成要件Dを充足せず,本件訂正発明の技術的範囲に属さないから,被告による被告各製品の輸入,販売は,本件特許権の侵害に当たらない。
2 争点2(本件特許権に基づく権利行使の制限の成否)について(1) 被告の主張本件訂正発明は,本件出願前に頒布された刊行物である特開昭59-228868号公報(乙3),特開昭59-228866号公報(乙25)又は特開昭59-228867号公報(乙26)に記載された発明(以下,これらを併せて「乙3等記載発明」という。)と本件出願当時の周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるから,本件特許には,特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があり,特許無効審判により無効とされるべきものであるから,同法104条の3第1項の規定により,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない。
ア 乙3の記載事項(ア)乙3には,?「本発明は新規なソリッドゴルフボールに関する。」(1頁左欄15行〜16行),?「従来,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されるα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーを添加したソリッドゴルフボールは,これらのモノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされ,共架橋剤として働き,これによりボールに適度の硬さ(コンプレッション圧縮比)と耐久性を与えるものと考えられていた。然しながら,この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ポリブタジエンゴムに他のポリマーを配合したのと同様の結果,即ちゴルフボールの反発性能の低下をきたす事となる。本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生じるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。」(1頁右欄10行〜2頁左上欄9行),?「本発明で得られるソリッドゴルフボールは,前述の如く,ワンピースゴルフボール,ツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであってもよく,いずれに於いても(中略)著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性を示す。」(2頁右上欄末行〜左下欄7行),?「本発明の実施に用いられるゴム成分としてはポリブダジエンを単独又は天然ゴム,合成ポリイソプレンゴム等を(中略)混合して用いる。」(2頁右上欄9行〜12行),?「上記のα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩は2価の金属塩,例えば亜鉛塩,カルシウム塩,マグネシウム塩,ジルコニウム塩等であるが,特に亜鉛塩が好ましい。」(2頁左上欄19行〜右上欄3行),?「本発明はジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成したゴルフボールを提供する。」(2頁左上欄10行〜13行)との記載がある。
(イ)上記(ア)によれば,乙3には,ゴルフボールの「反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性」を優れたものとするため,ラジカル捕獲剤としてDPTTを添加するという技術的思想が開示されている。
すなわち,乙3には,DPTTを添加剤として添加することによって,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生じるグラフト鎖の長さを調節することにより分子量調整剤として機能することが記載されており,これは正に,DPTTが,遊離開始剤によって発生した高分子鎖のラジカルを適度に捕獲し,グラフト鎖の長さを調整するというラジカル捕獲剤として機能することを説明するものであるから,乙3には,ラジカル捕獲剤としてDPTTを添加することによりゴルフボールの「反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性」を優れたものとする技術的思想が開示されている。
イ 乙25及び乙26の記載事項乙3,25,26の各公報記載の出願は,同一の出願人によるものであって,乙25及び乙26には,乙25にあっては「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」が,乙26にあっては「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体」がグラフト鎖の分子量調整剤として添加される点で乙3と違いがあるものの,乙3と同様の技術的思想(前記ア(イ))が開示されている。
ウ 本件訂正発明と乙3等記載発明との対比(ア)前記アによれば,乙3には,本件訂正発明の構成要件A(前記ア(ア)?),B(前記(ア)?),C(前記(ア)?)及びE(前記(ア)?)の構成を有するゴルフボールが開示されており,本件訂正発明と乙3記載発明とは,構成要件AないしC及びEの構成を有する点で一致し,以下の点で相違する。
(相違点)本件訂正発明では,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(構成要件D)を添加するのに対し,乙3記載発明では,これを添加せず,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」を添加している点。
(イ)前記イによれば,本件訂正発明と乙25記載発明とは,構成要件AないしC及びEの構成を有する点で一致するが,本件訂正発明では,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(構成要件D)を添加するのに対し,乙3記載発明では,これを添加せず,「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」を添加している点で相違する。
また,本件訂正発明と乙26記載発明とは,構成要件AないしC及びEの構成を有する点で一致するが,本件訂正発明では,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(構成要件D)を添加するのに対し,乙3記載発明では,これを添加せず,「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体」を添加している点で相違する。
周知技術ペンタクロロチオフェノール(PCTP)がラジカル捕獲剤であること及びPCTPを含むチオール類が分子量調節剤であることは,以下のとおり,本件出願当時,周知であった。
(ア)本件出願当時,PCTPがラジカル捕獲剤であることは周知であった。
このことは,例えば,?乙17(「MASTICATION OF RUBBER」1981年11月発行)に,「酸素の存在にかかわらず,チオフェノール類又は芳香族ジスルフィド類は,鎖フラグメントのフリーラジカルを安定化させるためのラジカル受容体として使用することができる」(原文310頁20〜22行の訳文),?乙18(「Effect of Rubber Compounding Ingredients on the Peptization Efficiency of Activated Pentachlorothiophenol」,1976年11月)に,「PCTPは,酸素のない低温素練りにおいて,ラジカルアクセプターとして機能する」(原文676頁右欄11行〜13行の訳文),?乙19(「Improved economics in the production of NR goods through the use ofpeptizers」1991年8月発行)に,「現在,産業上重要なペプタイザーは,PCTP及びその派生物,ジベンゾアミドジフェニルジスルフィド及び金属混合物である」(原文15頁左欄11行〜13行の訳文),?乙20(「アクチベーター,リターダー,ペプタイザー」1977年発行)に,「4.ペプタイザー4.1現状と問題点ペプタイザーには芳香族メルカプタン類,ジスルフィド類並びにそれらの亜鉛塩などがある。・・・芳香族メルカプタン類は,PCTP以外は液体で特異臭があり使用上問題があるが,ジスルフィドや亜鉛塩はこの点が改良されている。これらのうち現在主として使用されているのはPCTP,BADS及びこれらの亜鉛塩を主成分とするものと思われる。」(687頁)との記載があることから明らかである。そして,ペプタイザーは,「素練りで切れた分子鎖ラジカルと反応して再結合を抑制し,可塑化を促進するもの」(乙10)であり,素練りによって生じたラジカルを捕獲するラジカル捕獲剤としての機能を有するものである。
また,?乙40に,「本研究において,我々は天然ゴムのネットワーク構造と技術的特性及び充填剤を添加した加硫に関する,(a)ペプタイザー,ペンタクロロチオフェノール(PCTP),(b)老化防止剤,N-Isopropyl N’-phenyl-p-phenylenediamine (IPPD)および(c)加硫遅延剤,N-nitrosodlphe-nylamine (NDPA)の効果を研究した。我々は,従来システムにおける加硫システムおよびより効率化された加硫システムの双方を使用した。」(訳文1頁20行〜末行),?乙41に,「加硫促進剤としてラジカルが供与されることによって,このような反応を導いたのである。これらのラジカル供与物質としては,硫黄ベースの加硫促進剤,過酸化物およびペンタクロロチオフェノールが含まれている」(訳文1頁下から4行〜末行),?乙42に,「この加硫プロセスは遅く,高温が使用されても,加硫の促進には,加硫促進剤を必要とする。この目的のための最良の促進剤はペンタクロロチオフェノール(ここでは単にチオフェノールPCTPと称す)で,高温でラジカルを形成する」(訳文1頁11行〜14行)との記載があり,これらの記載によれば,PCTPは,加硫(架橋)反応に使用され,加硫反応においてラジカルを供与すること,この供与されたラジカルがラジカル捕獲機能を果たすことを理解できることからも明らかである。
このようにゴムの合成,形成過程におけるラジカル捕獲剤の作用機序は,高分子鎖の末端のラジカルと反応することによって,高分子鎖を安定させて高分子鎖同士の再結合を抑制し,もって高分子の分子量を低下させるものであることも,本件出願の当時,周知であった。
(イ)PCTPを含むチオール類が分子量調節剤であることは,本件出願当時,周知であった。
すなわち,?乙54(「アリンジャー有機化学(下)」1976年9月1日発行)に,チオール類は,R-SHで表わされる有機化合物であり(868頁),「チオールからRS・の形成は容易であり,チオールとアルケンの遊離基付加は円滑でかつ有用な反応である。チオールは非常に有効な連鎖移動剤であり,このような反応では高分子化はほとんど,あるいは全然起こらない」(870頁)との記載があること,?乙50に,「連鎖移動剤」とは,「重合度を調節する目的で重合系に加える連鎖移動を起こしやすい物質。・・・したがって重合体の分子量を調節するのに有効である」(2549頁)との記載があること,?乙58に,「重合調節剤」は,「重合調整剤ともいい,重合体の分子量を調整する目的で重合系に添加する物質。たとえば,連鎖重合反応の場合,反応速度をあまり変化させずに,重合体の分子量を任意の大きさに調節し,または重合体の枝分かれや橋かけを防止するために加える。代表的なものには,チオール類,ジスルフィド類,ハロゲン化合物などがある。」(1084頁),?乙59に,「連鎖移動剤・・・(別)重合調整剤,分子量調整」(238頁),「(別)は俗名・俗称を含めた別名・同義語」との記載があることから明らかなとおり,チオール類が分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤であることは,本件出願当時,周知であった。これは,チオール類のメルカプト基(SH基)の作用に基づくものである。
そして,PCTPのようなクロロチオフェノール類(クロロ基を有するチオフェノール類)は,チオール類の一種(乙54の2,乙55ないし57)であり,同様に分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤であることも周知であった(例えば,乙60ないし67)。
オ 相違点に係る構成の容易想到性(ア)乙3には,ジスルフィド類であるDPTTがラジカル捕獲剤として添加され,これがグラフト重合を抑制し,分子量を調整する分子量調整剤として機能することにより,ゴルフボールの飛行性能の改善等の効果が得られるとする技術的思想が開示されている。また,乙25及び乙26には,ジスルフィド類である「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール」及び「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン」がそれぞれ添加されることにより,同様にゴルフボールの飛行性能の改善等の効果が得られるとする技術的思想が開示されている。
したがって,乙3,25又は26に接した当業者であれば,DPTT,「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール」又は「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン」(以下,これらを併せて「DPTT等」という。)に替えて,他の種類の分子量調整剤を添加すれば,同様にゴルフボールの飛行性能が改善されることを予期することは極めて容易であり,クロロチオフェノール類(クロル基を有するチオフェノール類)を含むチオール類が分子量調整剤(連鎖移動剤,重合調整剤)として作用することは本件出願当時周知であった以上,DPTT等に替えて,クロロチオフェノール類の一種であるPCTPを分子量調整剤として添加すれば,ゴルフボールの飛行性能が改善されることを予期することは極めて容易であったというべきであるから,DPTT等をPCTPに置換する動機付けが存在する。
また,PCTPはペプタイザーの代表格であるが,分子量調整剤でもある。例えば,乙40には,「混合物Aおよび混合物Bの実験結果の比較は,Mooneyの粘着性は,予測されたように,ペプタイザーの添加により低くなることを示している。・・・化学分析の結果(表V)は,ペプタイザーにより,架橋の密度が減少し,ポリスルフィドの架橋の犠牲の下,ジスルフィドの架橋の濃度がある程度増加した。」(訳文(抄訳)2頁3行〜11行)との記載があり,この記載は,PCTPの加硫における作用機序として「架橋密度の減少」,すなわち,乙3,25,26のグラフト鎖の分子量調整機能と同様の知見を示すものである。
この「架橋密度の減少」が「グラフト鎖の分子量の調整」と実質的に同じであることは,本件特許の先願発明の明細書(乙27)に,「ラジカル捕獲剤を添加して過酸化物系架橋開始剤により発生するラジカルを適度に捕獲し,過酸化物架橋密度を調節する」との記載があるとおり,「架橋密度の調整(減少)」は,ラジカル捕獲剤としての効果であることから明らかである。
一方,DPTTは,加硫促進剤であるとともに分子量調整剤であるから,DPTTとPCTPは分子量調整剤である点において共通し,分子量調整剤としての機能に着眼すれば,DPTTに替えてPCTPを使用する動機付けは十分である。
さらに,DPTT等のジスルフィド類とPCTPを含むチオール類は,代表的な分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤として,広く互換的に用いられている(乙36,61,63,64)。
したがって,当業者であれば,乙3,25又は26記載のゴルフボールにおいて,DPTT等に替えて,PCTPを使用することによって本件訂正発明を容易に想到することができたものである。
(イ)aこれに対し原告は,後記のとおり,連鎖移動剤と呼ばれる化合物は多数あり,しかも,それらが実際に反応過程において,いかなる機能を有するかは,ポリマーラジカルとの組合せ,反応温度,添加量等の各種条件に依存するものであって,ある化合物が実際に連鎖移動剤として有効に働くかどうかは試してみないと分からない旨主張する。
しかし,少なくとも,乙60(英国特許出願公開公報第497638号)が公開された1938年(昭和13年)以降,ジエンの重合により合成ゴムを製造する際に,クロロチオフェノール類(クロル基を有するチオフェノール類)を含むチオール類が分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤として作用することは周知であったものであり,「連鎖移動剤」として多数の化合物が存在するとしても,クロロチオフェノールの一種であるPCTPを選択することは極めて容易であったというべきである。
また,原告が問題とする「反応温度,添加量等の各種条件」は,PCTPを分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤として使用する際の単なる設計事項にすぎない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
bまた,原告は,後記のとおり,実験報告書(甲31)記載の実験結果から,本件訂正発明は,乙3等記載発明と比較して,飛び性能の点で顕著な作用効果を奏するものであり,本件訂正発明は乙3,25又は26に基づいて容易に想到することができたものではない旨主張する。
しかし,甲31記載の実験は,加硫条件が「163℃35分」というもので,本件明細書の実施例,比較例における「155℃20分」という加硫条件とは全く異なる条件であるから,本件明細書の実施例に準じた実験であるとはいえない。
かえって,被告が実施したゴルフボールの芯の初速の比較実験の結果を記載した2008年3月18日付け実験報告書(乙47)によれば,本件訂正発明の添加剤であるペンタクロロチオフェノール(PCTP)又はPCTP亜鉛塩(Zn PCTP)が乙3,25,26の添加剤であるDPTT等に比較して,顕著な作用効果を奏しているなどという事実は存在しない。
すなわち,乙47のテスト番号1は,本件明細書記載の条件と同一の条件で形成された芯との比較実験であり,その実験の結果,本件訂正発明の添加剤であるPCTP,PCTP亜鉛塩により形成された芯は,乙26の添加剤である4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリンで形成された芯との初速度において,差異は生じなかった。
乙47のテスト番号2は,過酸化物として添加されているジクミルパーオキサイドの配合量を,本件明細書上,特に好ましいとされる重量範囲の上限である2.5重量部(甲2の2欄36行〜37行)に増量した以外は,テスト番号1と同一の条件で形成された芯との比較実験であり,その実験の結果,本件訂正発明のZnPCPTにより形成された芯は,DPTT(乙3)及び2-(4-モルフオリニルジチオ)-ベンゾチアゾール(乙25)により形成された芯よりも,初速度がそれぞれ0.09m/s,0.23m/s遅いことが示された。
また,PCTP亜鉛塩に限定しても,乙43の第1表に示されているとおり,比較例1(PCTP亜鉛塩を添加してないゴルフボール)と実施例2(PCTP亜鉛塩を添加しているゴルフボール)とでは,比較例1の方が初速度が高い。飛距離をみても,DPTTを添加したゴルフボールは214メートル(乙3の実施例3),2-(4-モルフオリニルジチオ)-ベンゾチアゾールを添加したゴルフボールは213メートル(乙25の実施例3),4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリンを添加したゴルフボールは215メートル(乙26の実施例3)であるのに対して,PCTP亜鉛塩を配合したゴルフボールの飛距離は,206メートル,203メートル(乙43の実施例1,2)であり,優れた飛行性能を示すものとはいえない。
以上によれば,本件訂正発明は乙3等記載発明と比較して飛び性能の点で顕著な作用効果を奏するとの原告の主張は,理由がない。
カ 小括以上のとおり,本件訂正発明は,進歩性の欠如の無効理由があり,本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものである。
(2) 原告の主張ア 乙3,25,26の記載事項に関する主張に対し乙3,25,26には,DPTT等が「グラフト鎖の分子量調整剤」として作用している旨記載されているにすぎず,グラフト鎖の分子量が本当に調整されているのか明らかではないし,仮にグラフト鎖の分子量が調整されているとしても,そのメカニズムは何ら実証・確認されていない。
また,乙3,25,26には,DPTT等が連鎖移動剤として機能することや,連鎖移動機能によってグラフト鎖の分子量調整がされることについての開示も,示唆もない。
さらに,乙3,25,26は,DPTT等の特定の化合物を構成要素とし,グラフト鎖の分子量調整剤として機能していると記載されているにすぎず,ラジカル捕獲剤一般を添加することによって,分子量が調整され,ゴルフボールの飛行性能等が改善されることを開示するものではない。
周知技術の主張に対し(ア)原告は,本件出願当時,PCTPがラジカル捕獲剤であることは周知であった旨主張する。
たしかに,PCTPがペプタイザーとしてのラジカル捕獲機能に優れており,その意味では,ラジカル捕獲剤の一種であるということはできる。
しかし,PCTPのペプタイザーとしてのラジカル捕獲の作用機序と被告主張の乙3におけるDPTTのラジカル捕獲の作用機序とは,その工程も技術的思想も異なるものである。
ゴルフボールを含むゴム製品は,一般的に,?生ゴムを素練りする(素練り),?素練りした生ゴムにカーボン等の充てん剤や硫黄等の加硫剤を配合する(混練り),?混合したゴム(配合ゴム)を希望の形に成形する(成形),?成型物を加熱して加硫して製品をつくる(加硫)という工程を経て形成され(甲21,22),ペプタイザーは?の素練りの工程で添加される素練り促進剤である。乙17,18には,天然ゴムのしゃく解(素練り)の段階において,PCTP等の特定の薬剤を添加することにより,一旦切断された原料ゴムの高分子鎖(主鎖)の切断開裂部位のラジカルと反応させ(ラジカルを捕捉し),ゴム高分子鎖(主鎖)を安定させてゴム高分子鎖(主鎖)同士の再結合を抑制し,ゴム高分子鎖(主鎖)の分子量を低下させ,もって原料ゴムの弾性を減らし,一定の可塑性を与えることができるというペプタイザーの作用機構が開示されている。
他方で,乙3は,ポリブタジエン(合成ゴム)にDPTTを添加することによって,DPTTが,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生じる「グラフト鎖」の長さを調整することにより,グラフト鎖の分子量調整剤として機能すること,すなわち,架橋(?の加硫)の段階において,共架橋に際して生じるグラフト鎖(幹となる主鎖ではなく枝となる側鎖)の長さを調整することを指摘するものであり(もっとも,前記アのとおり,このような作用機序自体,確認されたものではない。),被告の主張する乙3のDPTTのラジカル捕獲の作用機序と乙17,18記載のPCTP等のペプタイザーのラジカル捕獲の作用機序は異なるものである。
(イ)被告は,PCTPのようなクロロチオフェノール類はチオール類の一種であり,PCTPを含むチオール類が分子量調節剤(連鎖移動剤)であることは,本件出願当時,周知であった旨主張する。
しかし,チオールの構造式の「RSH」の「R」が,一般的にアルキル基又は置換アルキル基を指し,PCTPは,ベンゼン環に直接SH基が結合しており,ベンゼン環はアルキル基でも置換アルキル基でもなく,「RSH」という構造式で表されるものではないこと(甲47,48)からすれば,PCTPがチオール類の一種であることを当然の前提とする被告の主張は失当である。
また,仮に被告が主張するようにPCTPがチオール類の一種であるとしても,本件出願当時,PCTPは,ゴムの高分子主鎖を低分子化させるために用いられるしゃっかい剤(ペプタイザー)として周知であったものの,PCTPが連鎖移動剤たり得るとの知見はなかったものである。
ウ 相違点に係る構成の容易想到性の主張に対し(ア) PCTPへの置換を想到することが容易でないことa「ラジカル捕獲剤」とは,ラジカルを捕獲するという化学反応を生ぜしめ得る化合物の総称であり,「ラジカル捕獲剤」と呼ばれる化合物は,その用途ないし効果により,代表的には酸化(老化)防止剤,重合禁止剤,光安定剤などに分類され,各分類毎に極めて多数の化合物が含まれる(甲27ないし29)。どのようなラジカル捕獲剤であっても,ゴルフボールの飛び性能に寄与するとの知見はない。
また,「連鎖移動剤」と呼ばれる化合物の中にも,多数の化合物が含まれ,分子量を適当な大きさに調整するものから,オリゴマーないしテロマー(重合度が数個程度までの重合体)をつくるためのもの,重合禁止のためのものまで機能は多岐にわたる(甲49)。
しかも,ある物質が連鎖移動剤として有効に働くかどうかは,その連鎖移動定数(連鎖重合における連鎖移動反応と生長反応の速度定数比で連鎖移動反応の起こりやすさを表わす)により決まり,この連鎖移動定数自体も,連鎖移動剤とポリマーラジカルとの組合せ,反応温度,添加量等により相対的に決まるものである(甲49)。このように連鎖移動剤と呼ばれる化合物は多数あり,しかも,それらが実際に反応過程において,いかなる機能を有するかは,ポリマーラジカルとの組合せ,反応温度,添加量等の各種条件に依存するものであって,ある化合物が実際に連鎖移動剤として有効に働くかどうかは試してみないと分からないものである。
したがって,仮に乙3,25,26のDPTT等が連鎖移動剤として機能してグラフト鎖の分子量調整機能を果たしているとしても,乙3,25又は26に接した当業者において,DPTT等という特定のスルフィド化合物に替えて,連鎖移動剤として作用し得る数ある化合物の中からチオール類を選択して置換しようとする動機付けを見出すことはできるものではないし,ましてや,連鎖移動剤たり得るとの知見もないPCTPというチオフェノール類に属する特定の化合物に置換する動機付けは全くない。
なお,被告は,乙40には,PCTPの加硫における作用機序として「架橋密度の減少」,すなわち,乙3,25,26のグラフト鎖の分子量調整機能と同様の知見が示されている旨主張する。
しかし,乙40記載の「架橋密度の減少」とは,単位体積中に存在する架橋点(架橋によりゴム分子鎖(主鎖)間に橋架けが生じ,ゴム分子鎖(主鎖)同士が化学的に結合された部分)の数が減少すること(乙11)をいい,グラフト鎖,すなわち,ゴム分子鎖(主鎖)そのものではなく,ゴム分子鎖(主鎖)に形成された枝が伸びて生長する,その枝の長さ(分子量)を調整する「グラフト鎖の分子量調整」(乙23,甲35)とは,全く異なる事象である。
このほか,被告主張の乙号各証のいずれにおいても,PCTPが架橋の際にグラフト鎖の分子量を調整する作用を有するかどうかについての記載も示唆もない。
b乙3には,「この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ポリブタジエンゴムに他のポリマーを配合したのと同様の結果,即ちゴルフボールの反発性能の低下をきたす事となる。本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生じるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。」(1頁右欄17行〜2頁左上欄9行)との記載がある。この記載によれば,乙3記載のゴルフボールは,グラフト鎖の重合体が過度に高分子化することは避けつつも,相当程度の高分子化は志向するものであることを理解できる。これに対し乙54には,「チオールは非常に有効な連鎖移動剤であり,このような反応では高分子化はほとんど,あるいは全然起こらない。」との記載があり,この記載によれば,チオール類を用いた場合,高分子化が「ほとんど,あるいは全然起こらない。」と理解できる。
そうすると,連鎖移動剤として作用し得る数ある化合物の中から,このようなチオール類を高分子・高反発を主眼とするゴルフボールの製造において添加しようとする当業者はいない。ましてや,PCTPは,ゴムの高分子主鎖を低分子化させるために用いられるペプタイザーの代表格であるから,このような分子量及び反発性能を低下させるおそれの高いPCTPをあえて選択し,ゴルフボールに添加しようとすることなど,当業者が容易に想到し得ることではない。また,DPTT等は,代表的な加硫促進剤であって,原料ゴムの加硫に際して,加硫剤と作用して加硫速度を増大させ,加硫時間の短縮,加硫温度の低下,加硫剤の減量,加硫物の物性の向上を目的として添加する配合剤(乙8)として認識されていたものであり(甲19),このような代表的な加硫促進剤であるDPTT等を,素練り工程で使用されるペプタイザー(素練り促進剤)の代表格であるPCTPをもって置換しようとする当業者はいない。
したがって,DPTT等に替えてPCTPを添加することは容易に想到されることではなく,乙3等記載発明及び周知技術に基づいて本件訂正発明を容易に想到することができたものとはいえない。
(イ) 本件訂正発明の顕著な作用効果a本件訂正発明のPCTP亜鉛塩を添加したゴルフボールは,乙3,25,26のDPTT等を添加したゴルフボールよりも,そのコアの初速度が飛躍的に向上することは,原告が行った比較実験の結果(甲24,31)から明らかであり,本件訂正発明は,飛び性能の点で顕著な作用効果を奏するものである。
すなわち,実験報告書(甲31)によれば,本件訂正発明に係るPCTP亜鉛塩を添加したゴルフボールコアの初速度は,乙3の「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」(DPTT)を添加したものと比べると1.37m/sec,乙25の「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール」を添加したものと比べると0.89m/sec,乙26の「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン」を添加したものと比べると1.15m/sec,それぞれ上昇しており,本件訂正発明のPCTP亜鉛塩を添加したゴルフボールコアの初速度がDPTT等を添加したゴルフボールコアの初速度に比して飛躍的に向上していることは明らかである。飛距離に影響する要素としては,初速度のほかに,打出角やスピン量などもあるので,初速度がどれだけアップすれば飛距離はどれだけアップすると一概にはいえないが,初速度が1.00m/sec上がれば飛距離は約5〜6ヤード(?4.57〜5.49m)伸びるとしたホームページの記載(甲42)や,コア初速度が1.00m/sec上がれば,ボール飛距離は約10m(?10.94ヤード)アップするという結果が示された公報の記載(甲25の表2)がある。これらからすると,本件訂正発明のゴルフボールコアの初速度1.37m/secの上昇(乙3のゴルフボールとの対比)は,飛距離に換算すると約10mに及ぶ差となり,初速度0.89m/secの上昇(乙25のゴルフボールとの対比)や初速度1.15m/secの上昇(乙26のゴルフボールとの対比)も,飛距離に換算すると約5〜10mに及ぶ差となるものと考えられる。
したがって,本件訂正発明は,飛び性能の点で顕著な作用効果を奏するものであるから,乙3,25,26に基づいて容易に想到することができたものとはいえない。
bこれに対し被告は,被告が実施したゴルフボールの芯の初速の比較実験の結果を記載した実験報告書(乙47)によれば,本件訂正発明の添加剤であるペンタクロロチオフェノール(PCTP)又は同亜鉛塩(Zn PCTP)が乙3,25,26の添加剤に比較して,顕著な作用効果を奏しているなどという事実は存在しない旨主張する。
しかし,被告が行った実験(乙47)では,過酸化物を2.5重量部に増量した場合(テスト番号2),2-(4-モルフォリニジチオ)ベンゾチアゾールを添加した芯球(3),PCTPを添加した芯球(5),2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール,4-4‘-ジチオ-ビスモルフォリン,PCTP亜鉛塩及びPCTPを添加していない芯球(6)をいずれも製造することができずに失敗に終わっているなど,実験結果としての信用性が疑われるものであり,このような実験結果からすれば,過酸化物を1.5重量部添加した場合の実験結果(テスト番号1)の信用性も疑わしい。
cまた,被告は,乙43の第1表に示されているとおり,比較例1(PCTP亜鉛塩を添加してないゴルフボール)と実施例2(PCTP亜鉛塩を添加しているゴルフボール)とでは,比較例1の方が初速度が高く,また,乙3,25,26と乙43の各実施例の飛距離を比較して,PCTP亜鉛塩を配合したゴルフボールの飛距離(乙43の実施例1,2)は,乙3,25,26のゴルフボールの飛距離(いずれも実施例3)と比べて,優れた飛行性能を示すものではない旨主張する。
しかし,PCTP亜鉛塩の添加の有無のみが異なる条件で対比すべきであるのに,被告が対比している乙43の比較例1と実施例2のコア成分は,PCTP亜鉛塩の添加の有無だけが異なるものではないから,PCTP亜鉛塩添加の有無以外の条件の違いを度外視して,単純に初速度を比較することに意味はない。
また,乙3,25,26と乙43の各実施例では,コア成分の配合割合,コアの直径,カバーの厚み等のボールの各条件が異なることに加え,飛距離を大きく左右する,打撃試験器の設定条件(ヘッドスピード,スピン量,打出角等),クラブ種(同じドライバーであっても種類が異なれば性能も異なる),試験環境(風の有無,ランの距離も考慮する場合には地面の状態等)等のボール以外の条件も異なるので,これらを考慮せずに,上記各実施例の飛距離を単純に比較して飛び性能の優劣を論じることに意味はなく,被告の主張は失当である。
エ 小括以上のとおり,本件訂正発明には進歩性の欠如の無効理由があり,原告が本件特許権を行使することができないとの被告の主張は,その前提を欠くものであって,理由がない。
3 争点3(原告の損害額等)(1) 原告の主張ア 特許法102条1項損害額(逸失利益)(ア) 被告各製品の譲渡数量平成15年1月から平成18年2月までの間における被告各製品の譲渡数量(単位・ダース)は,別表1の「被告各製品の譲渡数量」欄記載の各数量を下らない。
(イ) 単位数量当たりの利益額a特許法102条1項本文の「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,その文言から,特許発明実施品である必要はなく,市場において侵害品と競合する製品であれば足りるというべきである。
原告が製造販売しているゴルフボールのうち,価格,品質等の観点から被告各製品と市場において競合する製品は,別表1の「対応する原告製品」欄記載の各製品(以下「原告各製品」という。)であり,いずれも本件特許の実施品である。また,仮に被告が主張するように原告各製品の一部にPCTPを含有しないものがあるとしても,それらも市場において被告各製品と競合する製品であるから,「侵害の行為がなければ販売することができた物」に当たることに変わりはない。
そして,原告各製品の単位数量(1ダース)当たりの利益額は,別表1の「原告製品の単位数量(1ダース)当たりの利益額」欄記載の各金額を下らない。
b被告は,後記のとおり,特許法102条1項本文の「侵害行為がければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」は特許発明の寄与率を考慮して算定すべきであることを前提に,本件訂正発明の寄与率に関する主張を展開しているが,本件訂正発明はゴルフボールそのものに関する発明であって寄与率を議論する余地はないから,被告の主張は,その前提において失当である。
(ウ) 原告の実施能力原告は,前記(ア)の被告各製品の販売数量の全部について原告各製品を製造販売する能力(供給能力)を有していた。
(エ) 逸失利益の不発生の主張に対し被告は,後記のとおり,種々の事情を挙げて,本件においては,原告主張の逸失利益を生じる余地はなく,特許法102条1項の適用の前提を欠いている旨主張するが,被告の主張する事情は,原告の逸失利益の有無とは関係のないものであって失当である。
(オ) 小括したがって,原告が被告による前記(ア)の被告各製品の譲渡により受けた損害額は,特許法102条1項の規定により,別表1の「被告各製品の譲渡数量」欄記載の各数量に「原告製品の単位数量(1ダース)当たりの利益額」欄記載の各金額を乗じた「原告の損害」欄記載の各金額(合計55億5386万2000円)を下らない。
イ 「販売することができないとする事情」を考慮した場合の損害額被告は,後記のとおり,被告各製品の譲渡数量の一部について原告が「販売することができないとする事情」(特許法102条1項ただし書)がある旨主張する。
しかし,被告の主張する事情は,いずれも原告が「販売することができないとする事情」に該当しない。
仮に被告の主張する事情のうち,市場における競合品・代替品の存在が「販売することができないとする事情」に該当するとした場合には,原告の損害額は,次のとおりとなる。
(ア) 特許法102条1項損害額(逸失利益)a各社のゴルフボール全体でみた市場占有率を考慮した場合の損害額被告各製品の譲渡数量のうち,被告を除く市場における競合会社の市場占有率に相当する販売数量が「販売することができないとする事情」に相当する数量に該当すると仮定し,下記の計算式により,各社のゴルフボール全体でみた市場占有率を考慮した場合における原告の損害額が算出される。
【計算式】「原告製品の単位数量当たりの利益額(円)」×「被告を除く市場における原告の市場占有率に相当する数量」(被告各製品の譲渡数量×被告を除く市場における原告製品の市場占有率)そして,各社のゴルフボール全体でみた市場占有率(甲53,54)を考慮した場合における原告の損害額は,別表2のとおり,合計25億6940万0640円となる。
b価格帯別の市場占有率を考慮した場合価格帯別(1ダース当たりの価格がプレミア6000円以上,高価格帯4000円以上6000円未満,中価格帯2000円以上4000円未満,低価格帯2000円未満)の被告を除く市場における原告の市場占有率を,ある価格帯の原告各製品の販売数量の合計をゴルフボールメーカー全体の当該価格帯に属する製品の販売数量の合計で除することによって算出する。
そして,価格帯別の市場占有率(甲53,54)を考慮した場合における原告の損害額は,別表3のとおり,合計28億2206万9738円となる。
(イ) 特許法102条3項損害額(実施料相当額損害額)前記(ア)a又はbの「販売することができないとする事情」に相当する数量に応じた譲渡数量部分についても,被告が無許諾で実施していたことに変わりはないから,当該部分について,特許法102条3項に基づいて,実施料相当額の損害賠償を請求できると解すべきである。この実施料相当額損害額は,下記の計算式により算出される。
【計算式】「被告のゴルフボールの総売上高」×「被告各製品の構成比」×「被告を除く市場における競合品の市場占有率」×「実施料率」そして,ゴルフボールはゴム製品に属し,近年におけるゴム製品の実施料率は5%を下らないこと(甲55),●(省略)●などを勘案すれば,本件訂正発明の実施に対し受けるべき実施料実施料率は5%が相当である。
そうすると,?各社のゴルフボール全体でみた市場占有率を考慮した場合の実施料相当額損害額は,別表4のとおり,合計2億1903万5406円であり,?価格帯別の市場占有率を考慮した場合の実施料相当額損害額は,別表5のとおり,合計2億0126万8289円となる。
(ウ) まとめ以上によれば,市場における競合品・代替品の存在が「販売することができないとする事情」に該当するとした場合の原告の損害額は,?各社のゴルフボール全体で見た市場占有率を考慮した場合には合計27億8843万6046円(前記(ア)aの25億6940万0640円及び前記(イ)?の2億1903万5406円の合計額),?価格帯別の市場占有率を考慮した場合には合計30億2333万8027円(前記(ア)bの28億2206万9738円及び前記(イ)?の2億0126万8289円の合計額)となる。
ウ 被告が返還すべき利得額(ア) 平成14年3月から同年12月までの分被告は,平成14年3月から同年12月までの間,本来支払うべき本件訂正発明の実施についての実施料を支払わずに被告製品?を販売したのであるから,その実施料相当額を法律上の原因なく利得し,これにより原告は,同額の損失を被ったものである。
被告製品?の平成14年3月から同年12月までの間の売上高は,4億8000万円を下らない。
そして,本件訂正発明の実施に対し受けるべき実施料は5%が相当であるから(前記イ(イ)),被告製品?の販売に対する実施料は,被告の上記売上高の5%に相当する2400万円を下らない。
したがって,原告は,被告に対し,上記2400万円の不当利得返還請求権を有するものである。
(イ) 平成18年1月及び2月分(予備的主張)被告は,後記のとおり,原告の平成18年1月1日から同年2月19日までの間の被告各製品の譲渡数量に係る本件特許権侵害不法行為による損害賠償請求権については消滅時効が成立する旨主張する。
原告は,被告の主張を争うものであるが,仮に被告主張のとおり消滅時効が成立しているとしても,被告は,上記期間において本来支払うべき本件訂正発明の実施についての実施料を支払わずに被告各製品を販売したのであるから,その実施料相当額につき,法律上の原因なく利得し,これにより原告は,同額の損失を被ったものである。
そして,被告の不当利得額は,被告製品?ないし?についての別表4の「被告製品の売上高」欄記載の「平成18年1月」の各売上高及び同欄記載の「平成18年2月」の各売上高の19/29の合計額に実施料率5%を乗じた額(合計2127万9561円)となる。
したがって,原告は,被告に対し,上記2127万9561円の不当利得返還請求権を有するものである。
エ 弁護士費用本件特許権侵害と因果関係のある弁護士費用は,本件訴訟の訴額,本件訴訟の審理が長期間に及んでいること等を勘案すると1億円を下らない。
オ 小括以上によれば,原告は,被告に対し,本件特許権侵害不法行為による損害賠償及び不当利得の返還として総額56億7786万2000円及び内金6億6080万円(別表1の平成15年上期の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する平成15年7月1日から,内金8億9630万円(別表1の「平成15年下期」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する平成16年1月1日から,内金8億5030万円(別表1の「平成16年上期」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する同年7月1日から,内金7億6720万円(別表1の「平成16年下期」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する平成17年1月1日から,内金9億6570万円(別表1の「平成17年上期」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する同年7月1日から,内金10億6590万円(別表1の「平成17年下期」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する平成18年1月1日から,内金2400万円(前記ウ(ア)の平成14年3月から同年12月までの分の利得額)に対する平成18年1月5日(訴状送達の日の翌日)から,内金1億7609万6000円(別表1の「平成18年1月」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する同年2月1日から,内金1億7156万6000円(別表1の「平成18年1月」の「原告の損害」欄記載の損害額の合計額)に対する同年3月1日から,内金1億円(前記エの弁護士費用)に対する平成21年2月24日(訴えの変更申立書の送達の日の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告の主張ア 特許法102条1項損害額(逸失利益)の主張に対し(ア) 別表1の「被告各製品の譲渡数量」についての認否a原告主張の別表1の「被告各製品の譲渡数量」欄記載の数量については,別表6の各欄記載の数量の限度で認め,その余は否認する。
なお,別表6の各欄中の「○」は,当該欄に対応する別表1の「被告各製品の譲渡数量」欄記載の数量全部を認めることを意味する。
b別表1の「被告各製品の譲渡数量」には,無償譲渡分が含まれている。被告による無償譲渡は,サンプリングと呼ばれる販売店などへの販売促進目的の譲渡と,リーダーシップと呼ばれるプロ選手などへの提供によるものである(乙71)。これらの目的による無償譲渡は,原告も当然に行っており,原告の逸失利益を生じさせないのは明らかであるから,逸失利益の算定対象に含めるべきではない。
(イ) 単位数量当たりの利益額についてa原告各製品が本件訂正発明の実施品でないこと特許法102条1項本文の「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害された特許権に係る特許発明実施品であることを要すると解すべきである。
本件において,別表1の「対応する原告製品」欄記載の原告各製品が本件訂正発明の実施品であることの立証はされておらず,少なくとも,別表1記載の「TOURSTAGE X-01」については,「PCTP及びそれらの金属塩」を含有していない(乙75)。
したがって,原告主張の「単位数量当たりの利益額」は失当である。
b寄与率を考慮すべきであること特許法102条1項本文の「単位数量当たりの利益の額」は,特許発明の寄与率を考慮して算定すべきである。
本件訂正発明が原告各製品の利益にどの程度寄与しているかは,本件訂正発明が存在しない場合を仮定した場合にどのような差違が生じるかにより判断される。
(a)2003年(平成15年)から2007年(平成19年)までの5年間の被告のシェアの推移をみると,●(省略)●であり(乙69),被告がPCTPの使用を中止した2007年が最も高いシェアとなっている。
ゴルフボールは,ブランド志向性が強く,被告の2007年のシェアに端的に示されているとおり,被告のユーザーにおいては,特にこのような傾向が著しい。本件訂正発明の使用の有無は,被告のゴルフボールの販売に全く影響を与えていない。
このように本件訂正発明の実施品に対する需要は明らかに存在しない。また,市場において本件訂正発明の実施品と同等以上の効果を有する代替可能な製品が存在している。
(b)ゴルフボールは,「最先端の科学技術がぎっしり詰まった特許の塊」(乙82)であって,実際,平成15年1月から平成18年2月までに,有効に存在していた原告の特許権だけで233件(乙83)ある。このように,多数の多岐の構成にわたる特許権でカバーされるゴルフボールにおいては,「単位数量当たりの利益の額」を算定するにあたっては,寄与率を当然に考慮すべきである。
そして,寄与率の考慮に当たっては,特許発明実施した製品であることが,需要者の購入意欲を喚起し,購入を動機付ける特徴的な技術かどうかを検討すべきである。
本件訂正発明は,ゴルフボールのコアを製造するにあたって基材ゴムに添加する添加剤に関する発明であり,製品の極く一部に関する発明にしかすぎず,しかも,原告により宣伝,広告されているような特徴的な技術ではない。平成18年以降の本件訂正発明の実施品ではないボールとそれ以前のボールとでは,飛び性能において差異はなく(乙36),本件訂正発明の効果が,ユーザーの購買の動機付けとなっているとはいえない。
(c)前記(a)及び(b)によれば,本件訂正発明は,原告各製品の利益に一切貢献していないものといえる。
なお,製造コストに占める「PCTP及びその金属塩」の価額割合は,●(省略)●であるが(乙85),本件訂正発明は,製造コストに占める価額割合にすら貢献してない。
そして,原告主張の「単位数量当たりの利益額」は,本件特許権の寄与率を考慮しないものであるから,失当である。
(ウ) 逸失利益の不発生?本件特許の特許請求の範囲は第1次訂正及び第2次訂正を経て減縮されており,本件訂正発明の権利範囲が極めて限定的であること,?本件訂正発明の奏する効果は,公知例と同等以下の効果しか奏しないこと,?本件訂正発明は設計変更が極めて容易であること,?被告の2006年(平成18年)以降のゴルフボールは,被告各製品と同等以上のものであること,?2007年(平成19年)の被告のシェアに示されているとおり,被告各製品の販売の有無は原告の逸失利益に全く影響を与えていないと考えられること,?原告各製品の中には,少なくとも「PCTP及びそれらの金属塩」を含有しない製品が含まれていること,以上の事情に照らすならば,本件においては,原告主張の逸失利益の生じる余地はなく,特許法102条1項の適用の前提を欠いている。
(エ)平成18年1月1日から同年2月19日までの分に係る損害賠償請求権の消滅時効原告主張の平成18年1月及び2月分の被告製品?ないし?の譲渡数量に係る本件特許権侵害不法行為による損害賠償請求は,平成21年2月20日付け訴えの変更申立書で追加されたものであるが,同日の時点において,平成18年1月1日から同年2月19日までの間の被告各製品の譲渡数量に関しては,原告が「損害及び加害者を知った時から」既に3年が経過しているから,上記譲渡数量に係る原告の損害賠償請求権は消滅時効が完成している。
被告は,本訴において,上記消滅時効援用する。
イ「販売することができないとする事情」を考慮した場合の損害額の主張に対し(ア) 特許法102条1項損害額(逸失利益)知財高裁平成18年9月25日判決(平成17年(ネ)第10047号)(「椅子式マッサージ機事件」)が判示するように,特許法102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」としては,「特許権者等が販売することができた物に固有な事情に限られず,市場における当該製品の競合品・代替品の存在,侵害者自身の営業努力,ブランド及び販売力,需要者の購買の動機付けとなるような侵害品の他の特徴(デザイン,機能等),侵害品の価格などの事情をも考慮することができる。」と解すべきである。
したがって,?需要者の購買の動機付け,?市場におけるマーケットシェア,?被告の営業努力,ブランド力及び販売力を考慮して,「販売することができないとする事情」を判断すべきである。
a需要者の購買の動機付け原告各製品及び被告各製品の販売において,本件訂正発明の対象である添加剤の使用は,一切ユーザーには知らされておらず,本件訂正発明の使用の有無により,ユーザーが被告各製品の購買の動機付けとなることはあり得ないb市場におけるマーケットシェア原告は,別表1の「対応する原告製品」欄記載の5種類の原告各製品(製品)が特許法102条1項本文の「侵害の行為がなければ販売することができた物」であるとして,その「単位数量当たりの利益の額」を基に損害額の主張をしている以上,同項ただし書の「販売することができないとする事情」としての市場におけるマーケットシェアを考慮する際には,上記5種類の製品のマーケットシェアに限定すべきであり,当該シェアを超える部分は,他の製品が代替して販売されたものと評価すべきである。
原告は,特許法102条1項本文の適用においては,上記5種類の特定のブランドの製品を使用して高い利益額を主張しておきながら,同項ただし書の適用においては,すべての原告製品のマーケットシェアを使用して主張しており,このような主張が許される余地はない。
「2007年版ゴルフ産業白書」(甲51)記載の平成15年(2003年)ないし平成17年(2005年)のラウンドボール全出荷量を基に,鑑定人A1作成の「計算鑑定書」で確認された原告各製品の販売数量に基づいて,市場シェアを計算すると,別紙原告各製品のシェア記載のとおりとなる。
c被告の営業努力,ブランド及び販売力高性能,高品質に裏打ちされた世界No.1と評される高いブランド力が被告のゴルフボールの販売を支えているのであり(乙79,80),このような事情を「販売することができないとする事情」として考慮すべきである。
(イ) 特許法102条3項損害額(実施料相当額損害額)a原告主張の別表4及び別表5の「被告各製品の売上高」欄記載の金額については,別表7の各欄記載の数量の限度で認め,その余は否認する。
なお,別表7の各欄中の「○」は,当該欄に対応する別表4及び別表5の「被告各製品の売上高」の金額全部を認めることを意味する。
b原告は,「販売することができないとする事情」に相当する数量に応じた譲渡数量部分についても,被告が無許諾で実施していたことに変わりはないから,当該部分について,特許法102条3項に基づいて,実施料相当額の損害賠償を請求できる旨主張する。
しかし,前掲知財高裁判決が「特許法102条1項は,特許侵害に当たる実施行為がなかったことを前提に逸失利益を算定するのに対し,特許法102条3項は当該特許発明実施に対し受けるべき実施料相当額を損害とするものであるから,それぞれが前提を異にする別個の損害算定方法というべきであり,また,特許権者によって販売できないとされた分についてまで,実施料相当額を請求し得ると解すると,特許権者が侵害行為に対する損害賠償として本来請求しうる逸失利益の範囲を超えて,損害の填補を受けることを容認することになるが,このように特許権者の逸失利益を超えた損害の填補を認めるべき合理的な理由は見出し難い。」と判示するとおり,原告の主張は理由がない。
ウ 被告が返還すべき利得額の主張に対し(ア)原告の主張する被告製品?の平成14年の売上高が●(省略)●(イ)原告の主張する本件訂正発明の実施に対し受けるべき実施料率が5%であることについては否認する。
すなわち,実施料率の決定に当たっては,特許発明の内容,他の構成の代替可能性,特許発明の寄与度,侵害者の努力を考慮すべきである。そして,?本件訂正発明の権利範囲が極めて限定的であり,本件訂正発明の奏する効果は,公知例と同等以下の効果しか奏せず,製品のごく一部に関する発明であり,原告自身も明確に認めているとおり,ユーザーには全く宣伝されておらず,購買の動機付けとなる特徴的技術ではないこと,?被告製品の2006年(平成18年)以降のゴルフボールに端的に示されているとおり,本件訂正発明は設計変更が極めて容易であり,市場には代替可能な製品が販売されており,原告自身,本件訂正発明の実施品ではない製品を販売していること,?ゴルフボールは,多数の特許が集積された製品であり,原告だけの特許を採ってみても,原告が侵害を主張している時期に有効な特許権は,原告が保有しているものだけで,233件もあり,本件特許権は,製品のごく一部に関するものであり,購買の動機付けとなるものではないこと,?2007年(平成19年)の被告のシェアに明確に示されているとおり,被告製品が販売できたのは,本件特許発明の貢献によるものではなく,被告自身の世界No.1のゴルフボールメーカーであるという高いブランド力,営業努力によるものであることを考慮すれば,本件訂正発明の実施料率は,低く評価すべきである。
この点について原告が主張する実施料率5%は,ゴム製品一般の数字であり(甲55),ゴルフボールに直ちに妥当するものではないこと,●(省略)●ことなどからすれば,本件訂正発明の実施料率は0.5%を基準に考えるべきである。
エ 弁護士費用の主張に対し原告が主張する本件訴訟の訴額は,原告による過大な被告製品の売上額の主張に基づくものであり,何ら基準となるものではなく,また,本件訴訟が長期に及んだのは,原告が,本件訴訟の提訴後,2度にわたり訂正請求を行ったことによるものであり,被告の行為に基づく相当因果関係の範囲内の損害とはいえないから,原告の弁護士費用の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 争点1(技術的範囲の属否)について(1)まず,被告各製品が本件訂正発明の構成要件AないしC,Eを充足することは,前記第2の2(4)イのとおりである。
次に,証拠(乙7の1ないし11)によれば,被告各製品は,いずれも,その芯球に「ペンタクロロチオフェノール●(省略)●」を含有することが認められる。そして,「ペンタクロロチオフェノール●(省略)●」は,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」に該当するから,被告各製品は,本件訂正発明の構成要件Dを充足するものと認められる。
(2)これに対し被告は,?本件特許の出願経過における本件意見書記載の原告の主張を参酌すれば,本件発明(本件特許権の設定登録時の請求項1に係る発明)の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいてはチオフェノール類に属する本件訂正発明の構成要件Dの「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,加硫に関与する添加剤は含まず,また,少なくともラジカル捕獲剤として添加された添加剤又は分子量調節剤として添加された添加剤を含まないと限定解釈すべきである,?被告各製品における「ペンタクロロチオフェノール●(省略)●」は,ラジカルを捕獲し,加硫プロセス中にグラフト鎖の分子量を調整する添加剤(ラジカル捕獲剤,分子量調整剤)であって,加硫に関与する添加剤であるから,被告各製品は,本件訂正発明の構成要件Dを充足しない旨主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア 本件明細書の記載事項(ア)本件訂正発明の特許請求の範囲(請求項1)は,「カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」というものであり,特許請求の範囲の記載上は,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を特定の作用ないし機能を持つものに限定する文言はみられない。
(イ)a第2次訂正後の本件明細書(甲45の全文訂正明細書)の発明の詳細な説明には,以下のような記載がある。
(a)「産業上の利用分野」「本発明は,飛び性能に優れたソリッドゴルフボールに関する。」(1頁12行〜13行)(b)「従来の技術及び発明が解決しようとする課題」「ソリッドゴルフボールには,完全一体成形のワンピースゴルフボールと芯球をカバーで被覆したツーピースゴルフボールと,更には芯球とカバー層との間に1層又は2層以上の中間層を有する多層構造ゴルフボールとがある。これらのソリッドゴルフボールは,ゴム組成物を加硫成型して得られる弾性部分をその一部(多層構造ボールの芯球)又は全部(ワンピースゴルフボール)に有している。従来,このような弾性部分を形成するためのゴム組成物中には,ポリブタジエンゴム等の基材ゴムと共にボールの反溌係数及び耐衝撃性を向上させるために,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の金属塩等の不飽和結合を有するモノマーを共架橋剤として配合することが知られている。この共架橋剤は過酸化物等の共架橋開始剤の作用によって例えばポリブタジエンゴム主鎖にグラフト又は架橋し,ポリブタジエンと該モノマーとによる三次元架橋重合体を形成し,ワンピースゴルフボール又は多層構造ゴルフボールの芯球に適度な硬さと耐久性を付与するものであり,このような共架橋剤を配合したゴム組成物で形成したワンピースゴルフボール又は芯球をカバーで被覆した多層構造ソリッドゴルフボールは良好な飛び性能及び耐久性を示すことが知られている。」(1頁15行〜2頁3行),「ゴルフプレーヤーのゴルフボールの飛び性能に対する要求は非常に強く,従って飛び性能の更なる向上が望まれている。」(2頁4行〜6行),「本発明は,上記事情に鑑みなされたもので,更に飛び性能の向上したソリッドゴルフボールを提供することを目的とする。」(2頁7行〜9行)(c)「課題を解決するための手段及び作用」「本発明者は,上記目的を達成するため鋭意検討を行なった結果,ポリブタジエンゴム等の基材ゴムに共架橋剤として不飽和カルボン酸の金属塩を配合したゴム組成物に対し,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を添加することにより,これを加硫して得られるゴム弾性体の反溌弾性が向上すること,またこのゴム組成物を用いて多層構造ソリッドゴルフボールの芯球を形成することにより,ボール打撃時の初速度が向上し,優れた飛び性能を示すソリッドゴルフボールが得られることを見い出し,本発明を完成したものである。」(2頁11行〜19行),「基材ゴムとしては,通常のワンピースゴルフボール又は多層構造ソリッドゴルフボールの芯球材料として使用されるものを用いることができ,特に制限されないが,シス構造を少なくとも40%以上有する1,4-ポリブタジエンゴムが高反溌弾性,押出加工性,加硫物の高強度化等の点から特に好ましく使用される。この場合,このような1,4-ポリブタジエンゴムに天然ゴム,ポリイソプレンゴム,スチレンブタジエンゴムなどを所望により適宜配合することができる。」(2頁30行〜3頁6行),「不飽和カルボン酸の金属塩は共架橋剤として配合されるもので,その具体例としては,アクリル酸,メタクリル酸,マレイン酸,フマル酸等の炭素原子数3〜8の不飽和脂肪酸の亜鉛塩やマグネシウム塩などが例示されるが,特にアクリル酸又はメタクリル酸の亜鉛塩が好適に使用される。」(3頁10行〜14行),「本発明ソリッドゴルフボールの製造に用いられるゴム組成物は上記基材ゴム,共架橋剤に加えてペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を配合したものである。」(3頁21行〜23行),「本発明のソリッドゴルフボールは,上記ゴム組成物を加熱等により加硫し,成型して,多層構造ソリードゴルフボールの芯球を製造するものである」(4頁7行〜9行)(d)「発明の効果」「本発明のソリッドゴルフボールは,上述した構成としたことにより,飛び性能の更なる向上を達成することができる。」(4頁17行〜18行),「第1表に示す配合成分を混合して6種のゴム組成物を調製した。これを金型を用い,155℃で20分間加硫して直径38.0mmのツーピースゴルフボール用ソリッドコアを製造した。次に,これらをUSGA方式に従い,フライホイール式の打撃試験機を用い,ヘッドスピード38m/secで打撃したときの初速度を測定した。」(4頁26行〜31行),「第1表に示した結果より,ゴム組成物中にペンタクロロチオフェノールの金属塩であるペンタクロロチオフェノールの亜鉛塩を配合することにより,コア性能(打撃初速度)が向上することが確認された。」(5頁1行〜4行),「第2表に示す配合成分を混合して2種類のゴム組成物を調製し,これを金型を用い,155℃で20分間加硫して直径38mmのツーピースゴルフボール用のソリッドコアを2種類製造した。次いで,これらのコアにアイオノマー樹脂を被覆形成して直径42.7mmのツーピースゴルフボールを製造した。これらのゴルフボールをUSGA方式に従い,フライホイール式の打撃試験機を用い,ヘッドスピード38m/secで打撃したときの初速度を測定した。」(5頁6行〜13行),「第2表の結果より,本発明のゴルフボールはボール初速度が高く,飛び性能が向上したものであることが確認された。」(6頁1行〜2行)b前記aによれば,第2次訂正後の本件明細書には,本件訂正発明は,多層構造ソリッドゴルフボールの芯球を,ポリブタジエンゴム等の基材ゴムに共架橋剤として不飽和カルボン酸の金属塩を配合したゴム組成物に,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を添加して形成する構成とすることにより,ボール打撃時の初速度が向上し,優れた飛び性能を示す作用効果を奏するものであることが開示されているものと認められる。
また,第2次訂正後の本件明細書には,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」に関し,「・・・ポリブタジエンゴム等の基材ゴムに共架橋剤として不飽和カルボン酸の金属塩を配合したゴム組成物に対し,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を添加することにより,これを加硫して得られるゴム弾性体の反溌弾性が向上すること,またこのゴム組成物を用いて多層構造ソリッドゴルフボールの芯球を形成することにより,ボール打撃時の初速度が向上し,優れた飛び性能を示すソリッドゴルフボールが得られることを見い出し,本発明を完成したものである。」(前記a(c)),「本発明のソリッドゴルフボールは,上記ゴム組成物を加熱等により加硫し,成型して,多層構造ソリードゴルフボールの芯球を製造するものである」(前記a(c)),「第1表に示した結果より,ゴム組成物中にペンタクロロチオフェノールの金属塩であるペンタクロロチオフェノールの亜鉛塩を配合することにより,コア性能(打撃初速度)が向上することが確認された。」(前記a(d))との記載があり,これらの記載によれば,本件訂正発明の「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,加硫に関与するものであり,これをゴム組成物中に配合することにより,コア性能(打撃初速度)が向上する効果を得られたことが開示されているものと認められる。
しかし,他方で,第2次訂正後の本件明細書には,このような効果が得られたことについての化学的メカニズムや「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」がどのような働きをしたのかについての記載はない。
したがって,第2次訂正後の本件明細書において,本件訂正発明の「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」が,加硫に関与するものや,ラジカル捕獲剤又は分子量調節剤として添加されたものを含まないことが開示されているものとはいえない。
イ 本件特許の出願経過前記争いのない事実等(前記第2の2)と証拠(甲23,45,46,乙2ないし6)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)本件出願当初明細書(乙5)には,?旧請求項1として,「ワンピースゴルフボール又はカバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,有機硫黄化合物及び/又は金属含有有機硫黄化合物とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」,?「有機硫黄化合物としては,ペンタクロロチオフェノール,4-t-ブチル-o-チオフェノール,4-t-ブチルチオフェノール,2-ベンズアミドチオフェノール等のチオフェノール類,チオ安息香酸等のチオカルボン酸類,ジキシリルジスルフィド,ジ(o?ベンズアミドフェニル)ジスルフィド,アルキル化フェノールスルフィド等のスルフィド類などが好適に用いられ,また金属含有有機硫黄化合物としては,上記チオフェノール類,チオカルボン酸類の亜鉛塩などが好ましく使用される。これらは1種を単独で使用しても,2種以上を組み合せて使用してもよい。」(6頁7行〜19行)との記載があった。
特許庁は,平成8年11月27日付けで,「引用例」(特開昭59-228868号公報)(乙3)には,「基材ゴム,不飽和カルボン酸の金属塩および有機硫黄化合物を含有するソリッドゴルフボール」が記載されていること,旧請求項1に係る発明は,「引用例」に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたことを理由とする本件拒絶理由通知(乙2)をした。
(イ)原告は,本件拒絶理由通知に対し,平成9年3月10日付けで,?本件出願当初明細書記載の特許請求の範囲(旧請求項1)の「有機硫黄化合物及び/又は金属含有有機硫黄化合物」を「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩から選ばれる有機硫黄化合物」と訂正する,?本件出願当初明細書の発明の詳細な説明について,上記?と同様の訂正のほか,「ジキシリルジスルフィド,ジ(o?ベンズアミドフェニル)ジスルフィド,アルキル化フェノールスルフィド等のスルフィド類」との記載部分を削除するなどの本件補正(乙4)をするとともに,同日付けの本件意見書(乙6)を提出した。
本件意見書には,「引用例の発明は,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成されるソリッドゴルフボール。」である。しかしながら,この引用例は,分子量調整剤としてはたらくジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドを,硬さ及び耐久性を維持しながら反発性能を向上させるための必須構成成分として配合することを明らかにしているだけで,本願発明のチオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩を使用すること,及びこれら化合物を使用することによって得られる作用効果に関しては開示も示唆もしておらず,本願発明の構成及びその作用効果を想到することは困難である。もともと,引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドは,加硫促進剤として作用するもので,それ自身ゴムの加硫に関与する。ところが,本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく,加硫促進効果はないもので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドとはその作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い。」(2頁16行〜3頁3行)との記載があった。
(ウ)特許庁は,本件補正後の本件出願について特許査定をし,原告は,平成9年7月4日,本件特許権の設定登録を受けた。
本件特許権の設定登録時の請求項1の記載は,「ワンピースゴルフボール又はカバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩から選ばれる有機硫黄化合物とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール。」であったが,その後,第1次訂正により上記請求項1の「ワンピースゴルフボール又はカバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球」が「カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球」に,更に第2次訂正により「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩から選ばれる有機硫黄化合物」が「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(本件訂正発明の構成要件D)にそれぞれ訂正された。
ウ 被告の主張に対する判断(ア)被告は,本件意見書において,「引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドは,加硫促進剤として作用するもので,それ自身ゴムの加硫に関与する。ところが,本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく,加硫促進効果はないもので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドとはその作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い。」との記載があることを根拠として挙げて,本件発明(本件特許権の設定登録時の請求項1に係る発明)の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいてはチオフェノール類に属する「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(本件訂正発明の構成要件D)は,加硫に関与せず,加硫促進効果がないように添加された場合に限定して解釈すべきである旨主張する。
aそこで検討するに,前記イの認定事実によれば,原告は,本件出願の旧請求項1が「引用例」(乙3)に記載された発明に基づいて容易想到である旨の本件拒絶理由通知に係る拒絶理由を回避するため,本件補正をし,本件補正後の本件発明が「引用例」に記載された発明から容易想到でないことを述べる目的で本件意見書を提出したことが認められる。
そして,被告主張の上記記載部分を含めて本件意見書の記載を全体として読むと,?原告は,乙3には,本件補正後の請求項1記載の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩」の構成及び本件発明の作用効果に関して開示も示唆もないことを,乙3に基づいて本件補正後の本件発明を容易に想到することが困難である理由として述べていること,?その理由の補足のために,乙3には,乙3に記載された発明の必須構成成分である「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」が分子量調整剤として機能することが記載されているだけであることを述べるとともに,このような乙3の記載とは別に,もともと,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」は,加硫促進剤として作用するものであるが,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩」は加硫促進剤として添加するものではないので,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドがもともと加硫促進剤であるという点に着眼したとしても,乙3に記載された「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」から本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩」の構成を容易に想到することができたものではない旨を述べていること,?本件意見書の「本願に係るチオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩はこのような加硫に関与するものではなく」との記載部分中の「加硫に関与するものではなく」とは,本件発明において「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩」が「加硫促進剤として作用する」ものでない旨を述べていることを自然に理解できる。
加えて,甲19(「ファインケミカル事典」昭和60年6月30日第1版第2刷発行)には,「加硫促進剤」の項に「おもな加硫促進剤として,つぎのようなものがある。・・・ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド〔DPTT〕・・・」(270頁〜272頁)との記載が,甲30(「便覧ゴム・プラスチック配合薬品」〔改訂版〕昭和56年4月20日第3刷発行)には,「2.加硫促進剤」の「ジペンタメチレンチウラム・テトラスルフィド・・・(DPTT)」の項に「〔作用〕天然ゴム,SBR,IR,BR,EPDM,ニトリルゴム,ブチルゴム,クロロスルホン化ポリエチレン,およびラテックスに用いられ,促進力のいちじるしく強い超促進剤である。」(38頁)との記載があることによれば,本件意見書が提出された当時,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」が加硫促進剤として機能することは周知であったものと認められ,このことは,本件意見書の記載内容の上記解釈を裏付けるものといえる。
また,乙3には,特許請求の範囲として「1)ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成されるソリッドゴルフボール。」(1頁左欄5行〜7行),「本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。」(2頁左上欄2行〜9行)との記載があり,これらの記載によれば,乙3においては「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」がグラフト鎖の分子量調整剤として機能していることを理解できるものであり,このことも,本件意見書の記載内容の上記解釈を裏付けるものといえる。
このように本件意見書は,乙3に接した当業者が,乙3に記載された「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」から本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩」の構成を想到することが困難であることを述べたものであって,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はそれらの金属塩」を特定の作用ないし機能を持つものに限定することを述べたものではないと解される。
b前記aの認定事実によれば,原告が,被告主張の本件意見書中の前記記載部分をもって,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいてはチオフェノール類に属する「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(本件訂正発明の構成要件D)が,加硫に関与せず,加硫促進効果がないように添加された場合に限定されることを述べたものでないことは明らかである。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
(イ)次に,被告は,本件意見書において,「引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」は,「分子量調整剤として添加されたものであり,本願発明のチオフェノール類,チオカルボン酸類又はこれらの金属塩は,これと作用も相違し,従って引用例のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイドから本願のチオフェノール類,チオカルボン酸類を想到することは困難であり,本願発明の効果は予測し難い」との記載があること,DPTTが分子量調整剤として機能するのは,ラジカルを捕獲し,グラフト重合による高分子化が阻止されることによることを指摘した上で,原告が本件意見書において本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はこれらの金属塩」は乙3のジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド(DPTT)とは作用が相違すると述べている以上,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類又はこれらの金属塩」,ひいては本件訂正発明の「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,少なくともラジカル捕獲剤として添加された添加剤又は分子量調節剤として添加された添加剤を含まないと限定解釈すべきである旨主張する。
しかし,前記(ア)で説示したのと同様の理由により,原告が,被告主張の本件意見書中の前記記載部分をもって,本件発明の「チオフェノール類,チオカルボン酸類及びそれらの金属塩」,ひいてはチオフェノール類に属する「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(本件訂正発明の構成要件D)は,少なくともラジカル捕獲剤として添加された添加剤又は分子量調節剤として添加された添加剤を含まないことを述べたものでないことは明らかである。
また,前記ア(イ)bで認定のとおり,第2次訂正後の本件明細書においても,本件訂正発明の「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」が,加硫に関与するものや,ラジカル捕獲剤又は分子量調節剤として添加されたものを含まないことが開示されているものとはいえない。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
(3)以上によれば,被告各製品は,本件訂正発明の構成要件AないしEをすべて充足するから,本件訂正発明の技術的範囲に属するものと認められる。
したがって,被告による被告各製品の輸入,販売は,本件特許権の侵害に当たる。
2 争点2(本件特許権に基づく権利行使の制限の成否)について被告は,本件訂正発明は,特開昭59-228868号公報(乙3),特開昭59-228866号公報(乙25)又は特開昭59-228867号公報(乙26)に記載された発明(乙3等記載発明)と本件出願当時の周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるから,本件特許には,特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある旨主張する。
(1) 乙3,25,26の記載事項についてア 乙3の記載事項(ア) 乙3には,以下のような記載がある。
a「特許請求の範囲」として,「1)ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成されるソリッドゴルフボール」(1頁左欄5行〜7行),「3)ゴム成分がポリブタジエンゴムを全ゴム成分の90重量%以上含有する第1項記載のゴルフボール」(1頁左欄11行〜13行)b「本発明は新規なソリッドゴルフボールに関する。ソリッドゴルフボールには・・・ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボールおよびソリッドコアとカバーとの間に適当な1ないし複数の中間層を有する多層構造のゴルフボールがある。」(1頁左欄15行〜右欄1行),「これらのソリッドゴルフボールとして,その反発係数を向上させ,かつ耐衝撃性を向上させるために,α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩等の不飽和結合を有するモノマーを共架橋剤として配合したものが知られている。これらのソリッドゴルフボールは,それ自体かなり優れた性能を有しているが,より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボールが要請されている。」(1頁右欄1行〜9行)c「従来,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されるα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーを添加したソリッドゴルフボールは,これらのモノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされ,共架橋剤として働き,これによりボールに適度の硬さ(コンプレッション圧縮比)と耐久性を与えるものと考えられていた。然しながら,この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ポリブタジエンゴムに他のポリマーを配合したのと同様の結果,即ちゴルフボールの反発性能の低下をきたす事となる。本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。」(1頁右欄10行〜2頁左上欄9行)d「本発明に於て使用するα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸は・・・アクリル酸又はメタクリル酸等であり,特にアクリル酸が好ましい。勿論アクリル酸とメタクリル酸とを併用してもよい。上記のα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩は2価の金属塩,例えば亜鉛塩,カルシウム塩,マグネシウム塩,ジルコニウム塩等であるが,特に亜鉛塩が好ましい。」(2頁左上欄14行〜右上欄3行),「本発明の実施に用いられるゴム成分としてはポリブタジエンを単独又は天然ゴム,合成ポリイソプレンゴム等をゴム成分の約10重量%以下混合して用いる。」(2頁右上欄9行〜12行)e「本発明で得られるソリッドゴルフボールは・・・ツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであってもよく,いずれに於てもα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩等のモノマーを単独で使用した場合に比べ,著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性を示す。」(2頁右上欄20行〜左下欄7行),「実施例1〜3及び比較例1〜4表-1に示す処方で直径約39m/mのゴルフボール用コアを製造し,その反発係数と耐久性指数を常法により測定した。さらにこのゴルフボール用コア表面に厚み約2m/mのカバー(サーリン1601)を被覆し,そのフライトキヤリーを測定した。結果を表-1,表-2に示す。」(2頁左下欄9行〜15行)(イ)前記(ア)の各記載を総合すれば,乙3には,?ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであって,ソリッドコアが,ゴム成分としての「ポリブタジエンゴム」と,「α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸金属塩」と,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」とを含有するゴム組成物から製造されるソリッドゴルフボールが記載されていること,?乙3の「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド」(DPTT)は,「ポリブタジエン主鎖」にα,β-エチレン系不飽和カルボン酸が共架橋する際に生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させるための「グラフト鎖の分子量調整剤」(すなわち,ゴム分子主鎖へのグラフト鎖に対する分子量調整剤)として添加されていること,?乙3のDPTTを添加して得られるソリッドゴルフボールは,添加していないものと比べて,「著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性」を示すことが記載されていることが認められる。
イ 乙25の記載事項(ア) 乙25には,以下のような記載がある。
a「特許請求の範囲」として,「1)2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成されるソリッドゴルフボール」(1頁左欄5行〜7行),「3)ゴム成分がポリブタジエンゴムを全ゴム成分の90重量%以上含有する第1項記載のゴルフボール」(1頁左欄12行〜14行)b「本発明は新規なソリッドゴルフボールに関する。ソリッドゴルフボールには・・・ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボールおよびソリッドコアとカバーとの間に適当な1ないし複数の中間層を有する多層構造のゴルフボールがある。」(1頁左欄16行〜右欄2行),「これらのソリッドゴルフボールとして,その反発係数を向上させ,かつ耐衝撃性を向上させるために,α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩等の不飽和結合を有するモノマーを共架橋剤として配合したものが知られている。これらのソリッドゴルフボールは,それ自体かなり優れた性能を有しているが,より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボールが要請されている。」(1頁右欄2行〜10行)c「従来,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されるα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーを添加したソリッドゴルフボールは,これらのモノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされ,共架橋剤として働き,これによりボールに適度の硬さ(コンプレッション圧縮比)と耐久性を与えるものと考えられていた。然しながら,この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ポリブタジエンゴムに他のポリマーを配合したのと同様の結果,即ちゴルフボールの反発性能の低下をきたす事と成る。本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸等の共架橋に際して生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。」(1頁右欄11行〜2頁左上欄11行)d「本発明に於て使用するα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸は・・・アクリル酸又はメタクリル酸等であり,特にアクリル酸が好ましい。勿論アクリル酸とメタクリル酸とを併用してもよい。上記のα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩は2価の金属塩,例えば亜鉛塩,カルシウム塩,マグネシウム塩,ジルコニウム塩等であるが,特に亜鉛塩が好ましい。」(2頁左上欄15行〜右上欄4行),「本発明の実施に用いられるゴム成分としてはポリブタジエンを単独又は天然ゴム,合成ポリイソプレンゴム等をゴム成分の約10重量%以下混合して用いる。」(2頁右上欄12行〜15行)e「本発明で得られるソリッドゴルフボールは・・・ツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであってもよく,いずれに於てもα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩等のモノマーを単独で使用した場合に比べ,著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性を示す。」(2頁左下欄3行〜左下欄10行),「実施例1〜3及び比較例1〜4表-1に示す処方で直径約39m/mのゴルフボール用コアを製造し,その反発係数と耐久性指数を常法により測定した。さらにこのゴルフボール用コア表面に厚み約2m/mのカバー(サーリン1601)を被覆し,そのフライトキヤリーを測定した。結果を表-1に示す。」(2頁左下欄12行〜18行)(イ)前記(ア)の各記載を総合すれば,乙25には,?ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであって,ソリッドコアが,ゴム成分としての「ポリブタジエンゴム」と,「α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸金属塩」と,「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」とを含有するゴム組成物から製造されるソリッドゴルフボールが記載されていること,?乙25の「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール」は,「ポリブタジエン主鎖」にα,β-エチレン系不飽和カルボン酸が共架橋する際に生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させるための「グラフト鎖の分子量調整剤」(すなわち,ゴム分子主鎖へのグラフト鎖に対する分子量調整剤)として添加されていること,?乙25の「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール」を添加して得られるソリッドゴルフボールは,添加していないものと比べて,「著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性」を示すことが記載されていることが認められる。
ウ 乙26の記載事項(ア) 乙26には,以下のような記載がある。
a「特許請求の範囲」として,「1)4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成されるソリッドゴルフボール」(1頁左欄5行〜7行),「3)ゴム成分がポリブタジエンゴムを全ゴム成分の90重量%以上含有する第1項記載のゴルフボール」(1頁左欄11行〜13行)b「本発明は新規なソリッドゴルフボールに関する。ソリッドゴルフボールには・・・ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボールおよびソリッドコアとカバーとの間に適当な1ないし複数の中間層を有する多層構造のゴルフボールがある。」(1頁左欄15行〜右欄1行),「これらのソリッドゴルフボールとして,その反発係数を向上させ,かつ耐衝撃性を向上させるために,α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩等の不飽和結合を有するモノマーを共架橋剤として配合したものが知られている。これらのソリッドゴルフボールは,それ自体かなり優れた性能を有しているが,より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボールが要請されている。」(1頁右欄1行〜9行)c「従来,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されるα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーを添加したソリッドゴルフボールは,これらのモノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされ,共架橋剤として働き,これによりボールに適度の硬さ(コンプレッション圧縮比)と耐久性を与えるものと考えられていた。然しながら,この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ポリブタジエンゴムに他のポリマーを配合したのと同様の結果,即ちゴルフボールの反発性能の低下をきたす事となる。本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸等の共架橋に際して生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。」(1頁右欄10行〜2頁左上欄9行)d「本発明に於て使用するα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸・・・アクリル酸又はメタクリル酸等であり,特にアクリル酸が好ましい。勿論アクリル酸とメタクリル酸とを併用してもよい。上記のα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩は2価の金属塩,例えば亜鉛塩,カルシウム塩,マグネシウム塩,ジルコニウム塩等であるが,特に亜鉛塩が好ましい。」(2頁左上欄13行〜右上欄2行),「本発明の実施に用いられるゴム成分としてはポリブタジエンを単独又は天然ゴム,合成ポリイソプレンゴム等をゴム成分の約10重量%以下混合して用いる。」(2頁右上欄8行〜11行)e「本発明で得られるソリッドゴルフボールは・・・ツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであってもよく,いずれに於てもα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩等のモノマーを単独で使用した場合に比べ,著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性を示す。」(2頁右上欄19行〜左下欄6行),「実施例1〜3及び比較例1〜4表-1に示す処方で直径約39m/mのゴルフボール用コアを製造し,その反発係数と耐久性指数を常法により測定した。さらにこのゴルフボール用コア表面に厚み約2m/mのカバー(サーリン1601)を被覆し,そのフライトキヤリーを測定した。結果を表-1に示す。」(2頁左下欄8行〜14行)(イ)前記(ア)の各記載を総合すれば,乙26には,?ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボールであって,ソリッドコアが,ゴム成分としての「ポリブタジエンゴム」と,「α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸金属塩」と,「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体」とを含有するゴム組成物から製造されるソリッドゴルフボールが記載されていること,?乙26の「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体」は,「ポリブタジエン主鎖」にα,β-エチレン系不飽和カルボン酸が共架橋する際に生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させるための「グラフト鎖の分子量調整剤」(すなわち,ゴム分子主鎖へのグラフト鎖に対する分子量調整剤)として添加されていること,?乙26の「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン」を添加して得られるソリッドゴルフボールは,添加していないものと比べて,「著しく優れた反発性能,耐久性およびフライトキヤリー特性」を示すことが記載されていることが認められる。
(2) 本件訂正発明と乙3等記載発明との対比ア本件訂正発明と乙3,25,26記載のゴルフボールとを対比すると,乙3,25,26記載のゴルフボールの構成は,前記(1)ア(イ)?,イ(イ)?,ウ(イ)?のとおりであって,乙3,25,26の「ソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボール及び多層構造のゴルフボール」は,本件訂正発明の「カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボール」に,乙3,25,26のゴム組成物で製造(形成)される「ソリッドコア」は,本件訂正発明のゴム組成物で形成した「芯球」に,乙3,25,26の「ゴム成分」は,本件訂正発明の「基材ゴム」に,乙3,25,26の「α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸金属塩」は,本件訂正発明の「不飽和カルボン酸の金属塩」に相当するから,乙3,25,26記載のゴルフボールは,本件訂正発明の構成要件AないしC及びEの構成を有するものと認められる。
他方で,乙3,25,26には,「ソリッドコア」(芯球)を形成するゴム組成物に,それぞれ「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」,「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体」を含有することが記載されているが,本件訂正発明の「ペンタチオクロロフェノール及びその金属塩」(構成要件D)を含有することについての記載はない。
イ(ア)前記アによれば,本件訂正発明と乙3記載発明とは,構成要件AないしC及びEの構成を有する点で一致するが,本件訂正発明では,芯球を形成するゴム組成物に「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(構成要件D)を含有するのに対し,乙3記載発明では,これを含有せず,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」を含有している点で相違する。
(イ)これと同様に,本件訂正発明と乙25記載発明とは,構成要件AないしC及びEの構成を有する点で一致するが,本件訂正発明では,芯球を形成するゴム組成物に「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(構成要件D)を含有するのに対し,乙25記載発明では,これを含有せず,「2-(4-モルフオリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」を含有している点で相違する。
また,本件訂正発明と乙26記載発明とは,構成要件AないしC及びEの構成を有する点で一致するが,本件訂正発明では,芯球を形成するゴム組成物に「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」(構成要件D)を含有するのに対し,乙25記載発明では,これを含有せず,「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフオリン及び/又はその誘導体」を含有している点で相違する。
(3) 被告主張の周知技術被告は,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)がラジカル捕獲剤であること及びPCTPを含むチオール類が分子量調節剤であることは,本件出願当時,周知であった旨主張する。
ア PCTPについて(ア)まず,?乙17(「MASTICATION OF RUBBER」1981年11月発行)には,「酸素の存在にかかわらず,チオフェノール類又は芳香族ジスルフィド類は,鎖フラグメントのフリーラジカルを安定化させるためのラジカル受容体として使用することができる」(原文310頁20〜22行の訳文)との記載があること,?乙18(「Effect of Rubber Compounding Ingredients on the Peptization Efficiency ofActivated Pentachlorothiophenol」1976年11月発行)には,「PCTPは,酸素のない低温素練りにおいて,ラジカルアクセプターとして機能する」(原文676頁右欄11行〜13行の訳文)との記載があること,?乙19(「Improved economics in the productionof NR goods through the use of peptizers」1991年8月発行)には,「現在,産業上重要なペプタイザーは,PCTP及びその派生物,ジベンゾアミドジフェニルジスルフィド及び金属混合物である」(原文15頁左欄11行〜13行の訳文)との記載があること,?乙20(「アクチベーター,リターダー,ペプタイザー」1977年発行)には,「4.ペプタイザー4.1現状と問題点ペプタイザーには芳香族メルカプタン類,ジスルフィド類並びにそれらの亜鉛塩などがある。・・・芳香族メルカプタン類は,PCTP以外は液体で特異臭があり使用上問題があるが,ジスルフィドや亜鉛塩はこの点が改良されている。これらのうち現在主として使用されているのはPCTP,BADS及びこれらの亜鉛塩を主成分とするものと思われる。」(687頁)との記載があること,?甲19には,「素練り促進剤」の項に「・・・ペンタクロロチオフェノール・・・およびその誘導体,またはこれを主成分とするもの・・・などが,一時多量に使用されていた。」(685頁)との記載があること,?甲30には,「7.素練り促進剤」の「ペンタクロロチオフェノール・・・」の項に「〔作用〕天然ゴム,クロロプレンゴム,ニトリルゴム,SBR,IRの素練り促進剤・・・」(124頁),「ペンタクロロチオフェノールの亜鉛塩・・・」の項に「〔作用〕主として天然ゴムの素練り促進に卓効を奏し,高温・低温いずれでも促進効果が大きく,インターナルミキサにもロールにも使用可能で,加硫に影響をおよぼさない。」(125頁)との記載があること,?乙10(「ゴム用語辞典」)には,「ペプタイザー」の項に「(別)素練促進剤,しゃく解剤原料ゴムの可塑化を早め,素練り作業時間を短縮する目的でゴムに加える薬剤。素練りで切れた分子鎖ラジカルと反応して再結合を抑制し,可塑化を促進するもの」(202頁)との記載があること,?甲21(「新版ゴム材料選択のポイント」)には,「ゴムの基礎的加工方法」の項に「固形ゴムの加工は,粘弾性的性質をもつ原料ゴムを可塑化し,その状態において製品に要望される性能を付与するための薬品を混合し,種々の方法によって成形を行い,熱を加えて化学反応による編目結合を作り(加硫),最終目的である,弾性のある製品を製造することである。・・・それぞれの工程には,いくつかの基本的な単位操作がある。それを表1.5.1に示す。」(34頁)との記載があり,「表1.5.1ゴムの加工工程と基本的単位操作」には,「練り工程」((1)素練り作業(2)混練り作業(3)秤量作業),「成形工程」及び「加硫工程」(35頁)の記載があること,以上の?ないし?の各記載によれば,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)は,本件出願当時,ゴムの素練りに作用するペプタイザー(素練り促進剤)として周知であったことが認められる。
そして,上記各記載によれば,ペプタイザー(素練り促進剤)は,ゴムの加工工程における素練り段階において,素練りで切断されたゴム主鎖に作用して,その末端に形成されるラジカルに結合し,切断されたゴム主鎖同士の再結合を抑制し,可塑化を促進することを目的として添加されるものであるから,PCTPは,本件出願当時,ペプタイザーとしてのラジカル捕獲剤の機能を有することが当業者に認識されていたことが認められる。
また,乙41には,「N,1-hydroxy-2,2,2-trichloroethyl methacrylamideによるブタジエン・ニトリルゴムの加硫は,ラジカルを供与する促進剤により加速される。ジクミルペルオキシド及びペンタクロロチオフェノールはゴムの加硫を加速するばかりではなく,熱による加齢の安定性を改善する。」,「研究は,N,1-hydroxy-2,2,2-trichloroethyl methacrylamide(以下メタクリルアミドHICEMAと称す)がブタジエン・ニトリルゴム化合物の加硫剤として使用することにより,製品に全範囲にわたる有益な特性を与えていることを示している」,「加硫促進剤としてラジカルが供与されることによって,このような反応を導いたのである。これらのラジカル供与物質としては,硫黄ベースの加硫促進剤,過酸化物およびペンタクロロチオフェノールが含まれている」(以上,訳文1頁),乙42には,「N,1-hydroxy-2,2,2-trichloroethyl methacrylamide(以下単にmethacrylamideHITCEMA)を加硫剤として添加したブタジエン・ニトリルゴムは,加硫物に有益な性質を与えることはよく知られている・・・。しかし,この加硫プロセスは遅く,高温が使用されても,加硫の促進には,加硫促進剤を必要とする。この目的のための最良の促進剤はペンタクロロチオフェノール(ここでは単にチオフェノールPCTPと称す)で,高温でラジカルを形成する」(以上,訳文1頁)との各記載がある。これらの記載は,「N,1-hydroxy-2,2,2-trichloroethyl methacrylamide(methacrylamideHICEMAないしHITCEMA)」を加硫剤として添加するブタジエン・ニトリルゴムの加硫において,ラジカルを供与する加硫促進剤としてPCTPが使用されていることを開示するものである。
(イ)aしかし,他方で,本件においては,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)という特定の化合物が「グラフト鎖の分子量調整剤」として機能すること(すなわち,ゴム分子主鎖へのグラフト鎖に対する分子量調整剤として作用すること)を記載した刊行物等の証拠は何ら提出されておらず,PCTPそのものが,本件出願当時,「グラフト鎖の分子量調整剤」として周知であったものと認めることも,公知であったものと認めることもできない。
bこれに対し被告は,乙40における「混合物Aおよび混合物Bの実験結果の比較は,Mooneyの粘着性は,予測されたように,ペプタイザーの添加により低くなることを示している。・・・化学分析の結果(表V)は,ペプタイザーにより,架橋の密度が減少し,ポリスルフィドの架橋の犠牲の下,ジスルフィドの架橋の濃度がある程度増加した。」(訳文(抄訳)2頁3行〜11行)との記載及び「2.実験」の記載は,PCTPが加硫に使用されたことを前提に,PCTPの加硫における作用機序として「架橋密度の減少」,すなわち,乙3,25,26のグラフト鎖の分子量調整機能と同様の知見を示すものである旨主張する。
しかし,?乙40には,ペプタイザーによる「スルフィドの架橋密度の調整(減少)」が,グラフト鎖の分子量調整機能を意味することについての開示も示唆もないこと,?ペプタイザーは,ゴムの加工工程における素練り段階において,素練りで切断されたゴム主鎖に作用して,その末端に形成されるラジカルに結合し,切断されたゴム主鎖同士の再結合を抑制し,可塑化を促進することを目的として添加されるものであること(前記(ア))に照らすならば,乙40の実験においてペプタイザーとしてPCTPが使用されているとしても,乙40は,PCTPが「グラフト鎖の分子量調整剤」として機能することを開示するものでないことは明らかである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
イ チオール類について(ア)被告は,チオール類が分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤であることは,本件出願当時周知であり,PCTPのようなクロロチオフェノール類は,チオール類の一種であるから,同様に分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤であることも周知(例えば,乙60ないし67)であった旨主張する。
そこで検討するに,被告提出の乙50,54,58ないし67には,次のような記載がある。
a乙50には,「連鎖移動剤」とは,「重合度を調節する目的で重合系に加える連鎖移動を起こしやすい物質。・・・したがって重合体の分子量を調節するのに有効である」(2549頁)との記載がある。
b乙54(「アリンジャー有機化学(下)」1976年9月1日発行)には,「・・・チオールR-SHである」(868頁),「チオールからRS・の形成は容易であり,チオールとアルケンの遊離基付加は円滑でかつ有用な反応である。チオールは非常に有効な連鎖移動剤であり,このような反応では高分子化はほとんど,あるいは全然起こらない」(870頁)との記載がある。
c乙58には,「重合調節剤」は,「重合調整剤ともいい,重合体の分子量を調整する目的で重合系に添加する物質。たとえば,連鎖重合反応の場合,反応速度をあまり変化させずに,重合体の分子量を任意の大きさに調節し,または重合体の枝分かれや橋かけを防止するために加える。代表的なものには,チオール類,ジスルフィド類,ハロゲン化合物などがある。」(1084頁)。
d乙59には,「連鎖移動剤・・・(別)重合調整剤,分子量調整」(238頁),「(別)は俗名・俗称を含めた別名・同義語」との記載がある。
e乙60には,「本発明の目的は,ハロゲン-2-ブタジエン-1,3の重合の改良方法を提供し,それにより高収量の可塑性ポリマーを一つの段階で得ることである。」(訳文1頁),「好ましい重合調整剤は,芳香族メルカプト化合物およびメルカプトカルボン酸類である。適した芳香族メルカプタンの例は,チオフェノールおよびその同族体,およびチオクレゾール類,ニトロチオフェノ-ル類およびクロロチオフェノ-ル類などの置換生成物である」(訳文2頁)との記載がある。
f乙61には,「本發明ハ『クロール(2)ブタヂエン(1)・(3)』ヲ重合シテ『ゴム』状物質ヲ製造スルニ當リ『クロロプレン』ニ『チオール』化合物ノ鹽類又ハ其酸化型化合物及『チオフエノール』,『チオナフトール』等ノ重合調整劑ノ存在ノ下ニ・・・重合スルコトヲ特徴トシ・・・『ゴム』状物質ヲ高収率ニ得ントスルニアリ」(51頁上段1行〜9行),「調整劑トシテハ・・・『モノサルフアイド』,『ヂサルフアイド』,『テトラサルフアイド』等其他『チオール』化合物ノ鹽類等最モ有效ニシテ『チオフエノール』,『チオナフトール』等モ用ヒ得ベシ」(51頁下段6〜12行)」との記載がある。
g乙62には,「今回本発明者らは,上記の連鎖移動剤以外の特定の連鎖移動剤,即ちメルカプト基と共に,アミノ基,ヒドロキシル基,クロル基およびカルボキシル基からなる群から選ばれた少くとも1種の官能基を有する脂肪族あるいは芳香族化合物の存在下にスチレンとブタジエンを乳化共重合させることにより,加硫した場合優れた性質を有するSBRを製造することができることを見い出した。」(1頁右欄30行〜37行),「本発明におけるこれら特定の連鎖移動剤の例としては,アミノチオフエノール,アミノアルキルメルカプタン,4-メルカプトベンジルクロライド,4-メルカプトフエノール,4-メルカプト安息香酸,p-クロルメチルチオフエノール,3-メルカプトプロパノール等が挙げられる。」(1頁右欄38行〜43行),「連鎖移動剤として4-アミノチオフエノールの代りに・・・p-クロルチオフエノール・・・を同様な条件で使用してもほとんど同様の結果が得られた。」(2頁右欄28行〜32行)との記載がある。
h乙63には,「本発明に於いて『連鎖移動剤』,『重合体分子量調節剤』,『重合体連鎖調節剤』,及び『調節剤』と称するは同様な意味を有する。」(3頁左上欄12〜14行),「本発明に有用な他の連鎖移動剤としては次のものがある:・・・1,1,3,3-テトラメチル-1-ブタンチオール・・・4-ブロムベンゼンチオール・・・m-トルエンチオール・・・o-メルカプト安息香酸・・・ブチルジスルフイド・・・アセチルジスルフイド・・・」(3頁右上欄8行〜右下欄12行)との記載がある。
i乙64には,「・・・交互共重合触媒の存在下に分子量調節剤として(?)メルカプタン化合物類,(?)スルフイド化合物,・・・からなる群から選ばれた少なくとも1つの化合物を加えた場合・・・生成共重合体の交互性を実質的に阻害することなしにより低い分子量を持つ重合体が得られることを見出し,本発明に到達した。」(3頁5欄13行〜23行),「(?)メルカプタン化合物類としてはメルカプト基を持つ化合物一般である。その具体例としては,メタンチオール,・・・チオフエノール,・・・ベンジルメルカプタン,p-エトキシチオフエノール,α‐トルエンチオール,m-トルエンチオール,o-トルエンチオール,p-トルエンチオール,チオキシレノール,・・・p-tert-ブチルチオフエノール,ドデシルベンジルメルカプタン,トルエン-3,4-ジチオール・・・等及びこれらの混合物がある。又,メルカプト基と共にアミノ基,ヒドロキシル基,クロル基,カルボキシル基が入つたもの,例えば4-アミノチオフエノール,4-メルカプトベンジルクロリド,4-メルカプトフエノール,4-メルカプト安息香酸,p-クロルメチルチオフエノール・・・等及びそれらの混合物も用いられる。」(3頁5欄41行〜6欄34行),「(?)スルフイド化合物に関しては,モノスルフイド,ポリスルフイドがあげられるが,特にジスルフイド化合物が好ましい。ジスルフイド化合物はジスルフイド結合をもつ化合物一般であって,例えば・・・チウラム・・・等が有る。その具体例としては,・・・テトラメチルチウラムジスルフイド・・・等及びこれらの混合物がある。」(3頁6欄35行〜4頁7欄21行)との記載がある。
j乙65には,「メルカプタン化合物は重合調節剤として用いられ,n-オクチルメルカプタン,・・・チオフエノール,チオキシレノール等の芳香族メルカプタン或いはベンジルメルカプタンなどが使用できる。」(256頁右上欄18行〜左下欄3行)との記載がある。
k乙66には,「アルフイン触媒による共役ジオレフインまたは共役ジオレフインとビニル芳香族炭化水素の(共)重合において,分子量調節剤として・・・メルカプタン類・・・の混合物を反応系に存在させることを特徴とする共役ジオレフイン系重合体の製造方法。」(1頁左欄4行〜16行),「メルカプタン類とは,一般式R-SH(Rは,アルキル基,シクロアルキル基,フエニル基,置換フエニル基などの炭化水素残基を示す)で表わされる化合物であり,その具体例としては,メチルメルカプタン,・・・フエニルメルカプタン(チオフエノール)などが挙げられる。」(3頁右下欄20行〜4頁左上欄14行)との記載がある。
l乙67には,「アルフイン触媒による共役ジオレフインまたは共役ジオレフインとビニル芳香族炭化水素の(共)重合において,分子量調節剤として・・・メルカプタン類・・・の混合物を反応系に存在させることを特徴とする共役ジオレフイン系重合体の製造方法。」(1頁左欄4行〜16行),「メルカプタン類としては一般式R-SH(Rはアルキル基,シクロアルキル基,フエニル基,置換フエニル基などの炭化水素残基)が好ましい。具体的にはメチルメルカプタン,・・・フエニルメルカプタンなどが挙げられる。」(3頁左下欄15行〜右下欄5行)との記載がある。
(イ)前記(ア)aないしlの各記載によれば,チオール類やスルフィド類が,一般にラジカル重合における連鎖移動剤として作用し,重合体の分子量の調節作用(分子量調整作用,重合調整作用)を奏することが,本件出願当時,周知であったことが認められる。
また,このような作用を奏するチオール類には,チオフェノール類,クロロチオフェノール類が含まれ,それらが種々の重合反応における分子量調節剤,連鎖移動剤として用いられることも公知であったことが認められる。
もっとも,上記各記載は,チオフェノール類に属するペンタクロロチオフェノール(PCTP)という特定の化合物が分子量調節剤,連鎖移動剤として用いられることを開示するものではない(なお,前記(ア)f記載の「p-クロルチオフエノールは,「ペンタクロロチオフェノール」とは別の化合物である。)。
また,上記各記載は,チオール類が「グラフト鎖の分子量調整剤」として機能すること(すなわち,ゴム分子主鎖へのグラフト鎖に対する分子量調整剤として作用すること)を開示するものでもない。
(ウ)以上によれば,被告が主張するように,チオール類が分子量調節剤であることは,本件出願当時,周知であったものと認められる。
(4) 相違点に係る構成の容易想到性被告は,?乙3,25又は26に接した当業者であれば,ジスルフィド類であるDPTT等に替えて他の種類の分子量調整剤を添加すれば,DPTT等を添加した場合と同様にゴルフボールの飛行性能が改善されることを予期することは極めて容易であったこと,?クロロチオフェノール類を含むチオール類が分子量調整剤(連鎖移動剤,重合調整剤)として作用することは本件出願当時周知であったこと,PCTPは,ペプタイザーの代表格であるが,分子量調整剤でもあることからすれば,分子量調整剤としてのDPTT等をクロロチオフェノール類に属するPCTPに置換する動機付けが存在すること,?ジスルフィド類とPCTPを含むチオール類は,代表的な分子量調整剤,連鎖移動剤,重合調整剤として,広く互換的に用いられていたことからすれば,当業者であれば,乙3,25又は26記載のゴルフボールにおいて,ジスルフィド類のDPTT等に替えて,PCTP(相違点に係る本件訂正発明の構成)を使用することは容易に想到することができた旨主張する。
しかしながら,被告の主張は,以下のとおり理由がない。
アチオール類やスルフィド類が,一般にラジカル重合における連鎖移動剤として作用し,重合体の分子量の調節作用(分子量調整作用,重合調整作用)を奏することが,本件出願当時,周知であったことは,前記(3)イ(イ)認定のとおりである。
しかし,他方で,?甲49(「高分子辞典」)には,「連鎖移動剤」の項に「ある物質が連鎖移動剤として有効に働くかどうかは,その連鎖移動定数によってきまる。これは生長速度定数に対する連鎖移動反応の速度定数の比で,高分子ラジカル(またはイオン)の種類や温度により変化する。」(772頁右欄6行〜10行)との記載があること,?前記(ア)aないしlの各記載のとおり,「連鎖移動剤(分子量調整剤,重合調整剤)」という用語で呼ばれるものには多くの種類の化合物が含まれ,それらは,分子量調整のために用いられるものや,重合禁止のために用いられるものなど,具体的な用途は異なっていることに照らすならば,チオール類やスルフィド類に属する,連鎖移動剤と呼ばれる化合物は多数あり,それぞれの連鎖移動定数によって異なる用途に用いられ,しかも,それらが実際の反応過程において具体的にいかなる機能を有するかは,高分子ラジカルとの組合せ,反応温度等にも依存するものと認められる。
したがって,一般にラジカル重合における連鎖移動剤として作用する化合物のいずれもが特定の重合系におけるグラフト鎖の分子量調整剤として適切に機能し,所望の効果を得られるとの認識は当業者にないものといわざるを得ず,このような作用効果を得られるかどうかについては,一つ一つの化合物を実際に試してみないと分からないといわざるを得ない。
イそして,PCTPは,本件出願当時,「グラフト鎖の分子量調整剤」として周知であったものと認められないことはもとより,公知であったものと認められないことは,前記(3)ア(イ)a認定のとおりである。また,本件においては,本件出願当時,PCTPが,そもそも分子量調節剤,連鎖移動剤として公知であったことを示す証拠も提出されていない。
ウ前記ア及びイを総合すれば,乙3,25又は26に接した当業者が,乙3,25又は26記載のゴルフボールにおいて,DPTT等に替えて,PCTPを用いることについての動機付けないし契機となるものが存在したものと認めることはできない。
また,PCTPが,本件出願当時,ペプタイザー(素練り促進剤)として周知であり,ペプタイザーとしてのラジカル捕獲剤の機能を有することが当業者に認識されていたこと,PCTPが「N,1-hydroxy-2,2,2-trichloroethyl methacrylamide(methacrylamideHICEMAないしHITCEMA)」を加硫剤として添加するブタジエン・ニトリルゴムの加硫において,ラジカルを供与する加硫促進剤としてPCTPが使用されていることが公知であったことは,前記(3)ア(ア)のとおりであるが,これらの点が,乙3,25又は26記載のゴルフボールにおいて,DPTT等に替えて,PCTPを用いることについての動機付けとなるものではない。
エしたがって,チオール類が分子量調節剤であることが本件出願当時,周知であったことを考慮しても,当業者といえども,乙3,25又は26記載のゴルフボールにおいて,芯球を形成するゴム組成物に含有するDPTT等に替えて,PCTP(相違点に係る本件訂正発明の構成)を使用することは容易に想到することができたものとは認められない。
(5) 小括以上によれば,本件訂正発明は,乙3等記載発明と本件出願当時の周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたとの被告の主張は,理由がない。
3 争点3(原告の損害額等)(1) 特許法102条1項損害額(逸失利益)ア 被告各製品の譲渡数量(ア)前記1認定のとおり,被告による被告各製品の輸入,販売は,本件特許権の侵害に当たる。
別表6に示すとおり,被告製品?ないし?の平成17年上期・下期分,被告製品?の平成15年上期・下期分,被告製品?の平成15年上期分,被告製品?の平成15年上期・下期分,平成16年上期分の譲渡数量(単位・ダース)が,別表1の上記各期分に対応する「被告各製品の譲渡数量」欄記載の数量であることは,当事者間に争いがない。
(イ)a鑑定人B1の鑑定(以下「B1計算鑑定」という。)の結果によれば,平成15年1月から平成18年2月までの間(ただし,前記(ア)の争いのない各期分を除く。)における被告各製品の有償譲渡数量(単位・ダース)は別表8の「有償譲渡」欄記載の数量,無償譲渡数量(単位・ダース)は別表8の「無償譲渡」欄記載の数量であることが認められる。
上記有償譲渡数量及び無償譲渡数量を合算すると,別表8の「譲渡数量」欄記載の数量(小数点以下切捨て)となる。ただし,別表8の「譲渡数量」欄記載の数量のうち,被告製品?の平成17年下期分,被告製品?の平成15年上期分,被告製品?の平成16年上期分,被告製品?の平成15年下期分,平成16年上期分の各数量は,原告が別表1で主張する数量を超えるものであるが,当該超える分についての原告の主張はないから,上記各期分については,原告が別表1で主張する数量の限度で損害額算定の基礎とすることとする。
bこれに対し被告は,被告による被告各製品の無償譲渡は,サンプリングと呼ばれる販売店などへの販売促進目的と,リーダーシップと呼ばれるプロ選手などへの提供を目的とするものであり,これらの目的による無償譲渡は,原告も当然に行っており,原告の逸失利益の喪失を生じさせないのは明らかであるから,逸失利益の算定対象に含めるべきではない旨主張する。
しかし,特許法102条1項本文の「その侵害行為を組成した物を譲渡したとき」の「譲渡」は,文理上何ら限定がないから,有償であると,無償であるとを問わず,また,譲渡の目的を問わないものと解される。
したがって,仮に被告各製品の無償譲渡分が被告が主張するような目的による譲渡であったとしても,同項本文の「譲渡」に該当するというべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。
(ウ)以上を総合すると,平成15年1月から平成18年2月までの間における被告各製品の譲渡数量は,別紙譲渡数量一覧の「譲渡数量」欄記載の各数量であることが認められる。
単位数量当たりの利益額(ア) 「侵害の行為がなければ販売することができた物」a特許法102条1項本文は,侵害行為を組成した物譲渡数量に,「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」を乗じて得た額を,特許権者又は専用実施権者の実施能力を得た額を超えない限度において,特許権者又は専用実施権者が受けた損害額とすることができると規定している。
同項本文の「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,その文理上,特許発明実施品に限定されるものではなく,市場において侵害品(「侵害行為を組成した物」)と代替可能性のある権利者(「特許権者又は専用実施権者」)の製品,すなわち,市場において侵害品と競合する権利者の製品であれば足りると解するのが相当である。
これに反する被告の主張は,採用することができない。
b原告は,原告各製品(別表1の「対応する原告製品」欄記載の製品)は本件特許の実施品であり,少なくとも市場において侵害品である被告製品と競合する製品であるから,「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当する旨主張する。
本件においては,原告各製品の芯球(コア)の組成の分析結果など原告各製品が本件訂正発明の技術的範囲に属することを客観的に裏付ける証拠は提出されておらず,原告各製品が本件特許の実施品であると直ちに認めることはできない。
そこで,原告各製品が市場において被告製品と競合する製品に該当するかどうかについて判断する。
(a)株式会社矢野経済研究所(以下「矢野経」という。)作成のゴルフデータの分析レポート(乙69の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,?別表1のTOURSTAGE X-01は平成16年及び平成17年に●(省略)●円(希望小売価格),NEWINGは平成15年ないし平成17年に●(省略)●円(オープン価格),PRECEPTMC LADYは平成15年に●(省略)●円(オープン価格),PRECEPT LADYは平成15年及び平成16年に●(省略)●円(オープン価格),PRECEPT LADDIEは平成15年及び平成16年に●(省略)●円(オープン価格),TOURSTAGE UXは平成15年に●(省略)●円(オープン価格)であったこと,?被告製品?,?は平成17年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?は平成17年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?は平成17年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?は平成17年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?,?は平成15年ないし平成17年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?は平成15年及び平成16年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?は平成15年及び平成16年に●(省略)●円(オープン価格),被告製品?は平成15年及び平成16年に●(省略)●円(乙69の1の「?-03 Rank 40」,乙69の2の「?-03 Rank 34」),被告製品?は平成15年に●(省略)●円(乙69の1の「?-03 Rank 45」)であったことが認められる。
上記認定事実によれば,被告製品?,?,?,?,?は,●(省略)●円ないし●(省略)●円(いずれもオープン価格)の価格帯に属するものである。
そして,原告が被告製品?,?,?に競合する製品であると主張するTOURSTAGE UXは●(省略)●円(オープン価格)であるから,上記価格帯に属するものといえる。一方,原告が被告製品?,?,?,?に競合する製品であると主張するTOURSTAGE X-01は●(省略)●円(希望小売価格)であり,上記価格帯を超えている。
次に,上記認定事実によれば,被告製品?,?,?,?は●(省略)●円ないし●(省略)●円(いずれもオープン価格)の価格帯に属するものである。
そして,原告が被告製品?,?,?,?に競合する製品であると主張するNEWINGは●(省略)●円(オープン価格)であるから,上記価格帯に属するものといえる。
さらに,上記認定事実によれば,被告製品?,?は●(省略)●円ないし●(省略)●円(いずれもオープン価格)の価格帯に属するものである。
そして,原告が被告製品?,?に競合する製品であると主張するPRECEPT MC LADYは●(省略)●円(オープン価格)であるから,上記価格帯に属するものといえる。一方,原告が被告製品?,?に競合する製品であると主張するPRECEPT LADYは●(省略)●円(オープン価格),PRECEPT LADDIE(オープン価格)は●(省略)●円であり,上記価格帯を超えている。
(b)甲53によれば,ゴルフダイジェスト(2003年1月号)には,被告製品?とTOURSTAGE UXが,週間ゴルフダイジェスト(2004年10月12日号)には,被告製品?とTOURSTAGE X-01が,週間ゴルフダイジェスト(2005年11月8日号)には,被告製品?とTOURSTAGE X-01が,それぞれ性能等が類似する製品として対比して紹介されていることが認められる。
(c)ところで,ゴルフボールのユーザーは,価格,ゴルフボールの性能(飛距離性能,スピン性能等),その性能とユーザーの技術との適合性,打球感,ブランドなどの諸要素を考慮して,ゴルフボールを選択するものであり(甲50,弁論の全趣旨),その中でも,価格及び性能を重視する傾向があるものと考えられる。
そうすると,価格帯が共通のゴルフボールに対して向けられる需要は競合するものといえるから,価格帯が共通の製品は市場において競合する製品に当たるものと解される。また,特定のユーザー層を対象とした製品については,価格帯が共通しない場合であっても,その価格差が大きなものでないときは,需要が競合する可能性が高いものといえるから,市場において競合する製品に当たるものと解される。
以上を前提に検討するに,前記(a)によれば,原告各製品のうち,TOURSTAGE UX,NEWING,PRECEPT MC LADYは,原告が対応すると主張する被告製品?ないし?とそれぞれ共通の価格帯に属するものといえるから,市場において競合する製品に該当するものと認められる。
次に,前記(a)のとおり,TOURSTAGE X-01は,原告が対応すると主張する被告製品?,?,?,?の価格帯を超えているが,上記価格帯はオープン価格であるのに対し,TOURSTAGE X-01は希望小売価格であるので,単純な価格の比較はできないこと,前記(b)によれば,被告製品?とTOURSTAGE X-01が,被告製品?とTOURSTAGE X-01がそれぞれ性能が類似する製品として対比して紹介されていることの事情に照らすならば,TOURSTAGE X-01は,原告が対応すると主張する上記被告製品と需要の競合関係が存在し,市場において競合する製品に該当するものと認められる。
さらに,前記(a)によれば,PRECEPT LADY(オープン価格●(省略)●円),PRECEPT LADDIE(オープン価格●(省略)●円)は,原告が対応すると主張する被告製品?,?の価格帯(●(省略)●円ないし●(省略)●円。いずれもオープン価格)の価格帯を超えているが,その価格差は100円以内に収まっていること,PRECEPT LADY,PRECEPT LADDIE及び被告製品?,?は,いずれも女性のユーザー層を対象とした製品であることに照らすならば,PRECEPT LADY及びPRECEPT LADDIEは,被告製品?,?と需要の競合関係が存在し,市場において競合する製品に該当するものと認められる。
(d)以上によれば,原告各製品は,それぞれ被告各製品と市場において競合する製品に該当するものであるから,「その侵害の行為がなければ販売することができた物」に当たるものと認められる。
(イ)a鑑定人A1の鑑定(以下「A1計算鑑定」という。)の結果によれば,原告各製品の単位数量当たりの利益額は,別表9の「単位数量当たりの利益」の「基準額」欄記載の各金額であることが認められる。
bこれに対し被告は,?特許法102条1項本文の「単位数量当たりの利益の額」は,特許発明の寄与率を考慮して算定すべきであるところ,ゴルフボールは多数の特許権でカバーされているので当然に寄与率を考慮すべきである,?本件訂正発明の寄与率の算定に際しては,市場において本件訂正発明の実施品と同等以上の効果を有する代替可能な製品が存在すること,本件訂正発明の実施品であることが需要者の購入の動機付けとなっていないことなどを考慮すべきである旨主張する。
しかし,被告の主張する代替可能な製品の存在等は,特許法102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」に当たるかどうかの問題として考慮すべきものであって,「単位数量当たりの利益の額」の算定に影響を及ぼす事情には当たらないと解される。また,被告が主張するように一般にゴルフボールが多数の特許権でカバーされているとしても,被告は,原告各製品について本件特許と本件特許以外の原告の特許がどのように実施されているのかについて具体的に主張立証するものではないから,寄与率を論じる前提を欠いている。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告の実施能力A1計算鑑定の結果によれば,原告は,前記アの被告各製品の販売数量の全部について原告各製品を製造販売する能力(供給能力)を有していたものと認められる。
エ 特許法102条1項ただし書に該当する事情(ア)特許法102条1項ただし書は,侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を権利者が「販売することができないとする事情」があるときは,同項本文の損害額から,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする旨規定している。
被告は,本件においては,本件訂正発明の実施の有無が需用者の購買の動機付けとなっていないこと,原告各製品の市場におけるマーケットシェアを超える部分は,他の製品が代替して販売されたものと評価すべきであること,被告の営業努力,ブランド力及び販売力などの事情が存在し,これらの事情は,原告が原告各製品を「販売することができないとする事情」に該当するので,上記事情に相当する数量に応じた額を原告主張の損害額から控除すべきである旨主張する。
a(a)証拠(甲50,乙69の1ないし5)及び弁論の全趣旨を総合すれば,?ゴルフボール市場には,原告,被告,ダンロップ,ナイキ,キャラウェイ,ウィルソン等のゴルフボールメーカーが存在すること,?平成15年から平成19年までのゴルフボールの販売個数の市場占有率(矢野経の「業態別ブランドシェア」の「全業態シェア」(乙69の1ないし5))は,●(省略)●であったこと,?上記各年におけるシェアは,いずれも原告が業界1位,被告が業界3位であったことが認められる。
そして,被告を除く市場を仮定した場合の他社メーカーの市場占有率を,次の計算式で算出すると,●(省略)●となる。
【計算式】他社メーカーの市場占有率/(100-被告の市場占有率)(b)被告作成の平成16年の製品カタログ(「GOLFBALLS2006」)(甲43)には,?「PRO V1」(被告製品?,?と同じシリーズ),「PRO V1x」(被告製品?,?と同じシリーズ),「NXT TOUR」(被告製品?,?と同じシリーズ),「NXT」(被告製品?,?と同じシリーズ),「DT SoLo」(被告製品?,?と同じシリーズ)が掲載されていること,?「PRO V1」について「飛距離をさらにアップ」,「これまでのPRO V1にくらべ飛距離が約2〜3ヤード伸びる」,「PRO V1x」について「これまでのPRO V1xにくらべ飛距離が約2〜3ヤード伸びる」との記載があること,?「NXT TOUR」,「NXT」について旧モデルと比較してドライバーの飛距離及びアイアンの飛距離が伸びていることを示すグラフの記載があること,?「DT SoLo」について「高初速コアの採用」,「ゆったりしたスイングでも高初速・高弾道」,旧モデルと比較してドライバーの飛距離及びアイアンの飛距離が伸びていることを示すグラフの記載があることが認められる。
b以上の認定事実を前提に検討するに,?前記a(a)認定のゴルフボールの販売個数の市場占有率のうち,他社メーカーの市場占有率分の数量は,被告の侵害行為の有無に影響されるものではないと考えられるところ,被告を除く市場を仮定した場合の他社メーカーの市場占有率は●(省略)●であること,?平成15年から平成19年までの間の原告及び被告の上記市場占有率には大きな変動がみられないこと,?上記市場占有率にはメーカー各社の営業努力及びブランド力が反映されているものと推認されること,?被告作成の製品カタログ(甲43)では,「PRO V1」(被告製品?,?と同じシリーズ),「PRO V1x」(被告製品?,?と同じシリーズ),「NXT TOUR」(被告製品?,?と同じシリーズ),「NXT」(被告製品?,?と同じシリーズ),「DT SoLo」(被告製品?,?と同じシリーズ)について,本件訂正発明と同様の効果である飛距離性能の向上をセールスポイントとして挙げており(前記a(b)),このセールスポイントがユーザーが上記各製品を購買する動機付けの一つとなっているといえること,?ユーザーがゴルフボールを選択する際,ゴルフボールの性能(飛距離性能,スピン性能等)を重視する傾向にあるといえるが(前記イ(ア)b(c)),一般のユーザーはゴルフボールの性能を発揮する原因となるゴルフボールを構成する具体的な成分等については特段の関心を抱いていないものとうかがわれること(甲53中のゴルフダイジェスト及び週間ゴルフダイジェストにおいては,ゴルフボールの性能等が類似する製品を対比して紹介しているが,性能を発揮する原因となるゴルフボールを構成する具体的な成分等についての説明はみられない。),以上?ないし?の事情を総合考慮すると,前記ア(ウ)認定の被告各製品の譲渡数量のうち,60%に相当する数量については,被告の営業努力,ブランド力,他社の競合品の存在等に起因するものであり,被告による本件特許権の侵害がなくとも,原告が原告各製品を「販売することができないとする事情」があったものと認めるのが相当である。
したがって,前記ア(ウ)認定の被告各製品の譲渡数量のうち,60%に相当する数量に応じた額を,原告の損害額から控除すべきである。
(イ)aこれに対し被告は,原告各製品(5種類)が特許法102条1項本文の「侵害の行為がなければ販売することができた物」であることを前提に,その「単位数量当たりの利益の額」を基に損害額を算定する以上,同項ただし書の「販売することができないとする事情」としての市場におけるマーケットシェア(市場占有率)を考慮する際には,上記5種類の原告各製品の市場占有率に限定すべきであり,当該市場占有率を超える部分は,他の製品が代替して販売されたものと評価すべきである旨主張する。
しかし,?ゴルフメーカー各社の営業努力及びブランド力は,市場占有率に反映されているといえるが,それを適切に評価するためには,ゴルフボール全体の市場占有率を考慮するのが相当であると考えられること,?本件においては,原告各製品と競合する他社メーカーの具体的な製品についての市場占有率に関する主張がされていないなど,被告各製品の譲渡数量のうち,原告各製品の市場占有率を超える部分は他の製品が代替して販売されたものと評価できることを基礎付ける事情はうかがわれないことに照らすならば,被告の上記主張は採用することができない。
bまた,被告は,原告各製品及び被告各製品の販売において,本件訂正発明の対象である添加剤の使用は,一切ユーザーには知らされておらず,本件訂正発明の使用の有無により,ユーザーが被告各製品の購買の動機付けとなることはあり得ないから,本件訂正発明の実施の有無が需用者の購買の動機付けとなっていないことを,原告が「販売することができないとする事情」として考慮すべきである旨主張する。
しかし,前記(ア)b認定のとおり,ユーザーがゴルフボールを選択する際,ゴルフボールの性能(飛距離性能,スピン性能等)を重視する傾向にあるといえるが,一般のユーザーはゴルフボールの性能を発揮する原因となるゴルフボールを構成する具体的な成分等については特段の関心を抱いていないものとうかがわれることに照らすならば,原告各製品及び被告各製品の販売において本件訂正発明の対象である添加剤の使用がユーザーには知らされていないことを,前記ア(ウ)認定の被告各製品の譲渡数量を原告が「販売することができないとする事情」として考慮すべき余地はないというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
オ 消滅時効(ア)被告は,原告の平成18年1月1日から同年2月19日までの間の被告製品?ないし?の譲渡数量に係る本件特許権侵害不法行為による損害賠償請求は,平成21年2月20日付け訴えの変更申立書で追加されたものであるが,同日の時点において,上記損害賠償請求権は,3年の消滅時効が完成しているから,本訴において,上記消滅時効援用する旨主張する。
そこで検討するに,原告は,平成17年12月19日に,本件特許権に基づく被告各製品の輸入,販売の差止請求,平成17年12月までの被告各製品の譲渡分に係る本件特許権侵害不法行為による損害賠償及び不当利得返還請求を求める本件訴訟を提起した後,平成21年2月20日に,同日付け訴えの変更申立書を提出して,平成18年1月1日から同年2月末日までの被告製品?ないし?の譲渡分について本件特許権侵害不法行為による損害賠償請求を追加する旨の訴えの変更の申立てをしたこと,その後,原告は,平成21年12月14日に,上記差止請求に係る部分について訴えの取下げをしたことは,当裁判所に顕著な事実である。
そして,本件訴訟の上記審理経過によれば,原告は,平成18年2月20日の時点において,同年1月1日から同年2月19日までの間に被告が被告製品?ないし?を譲渡し,これにより損害を被ったことを知っていたものと認められる。
そうすると,上記訴えの変更の申立てがあった平成21年2月20日の時点では,平成18年1月1日から同年2月19日までの被告製品?ないし?の譲渡分に係る原告の不法行為による損害賠償請求権は,3年の時効期間が経過し,消滅時効が完成していたというべきである。
したがって,原告の上記期間における被告製品?ないし?の譲渡に係る不法行為による損害賠償請求権は,被告の消滅時効援用により消滅したものと認められる。
(イ)そして,平成18年2月20日から同月28日までの間の被告製品?ないし?の譲渡数量は,別紙譲渡数量一覧記載の平成18年2月分の各数量に上記期間の日数分(9日)を日割計算(9/28)して算出した別紙損害額一覧(逸失利益)の「譲渡数量」欄記載の平成18年2月分の各数量であることが認められる。
カ 小括(ア)以上を総合すれば,被告の本件特許権の侵害による原告の特許法102条1項損害額(逸失利益)は,別紙損害額一覧(逸失利益)のの「譲渡数量」欄記載の各数量に「単位当たり利益の額」欄記載の金額を乗じた額から前記エ(ア)の原告が「販売することができないとする事情」に相当する数量に応じた額を控除した額,すなわち,上記乗じた額に「ただし書の数量控除後の割合」欄記載の割合(100%-60%=40%)を乗じて算出した「損害額」欄記載の金額(合計17億0198万3531円)であることが認められる。
(イ)これに対し被告は,?本件特許の特許請求の範囲は第1次訂正及び第2次訂正を経て減縮されており,本件訂正発明の権利範囲が極めて限定的であること,?本件訂正発明の奏する効果は,公知例と同等以下の効果しか奏しないこと,?本件訂正発明は設計変更が極めて容易であること,?被告の2006年(平成18年)以降のゴルフボールは,被告各製品と同等以上のものであること,?2007年(平成19年)の被告のシェアに示されているとおり,被告各製品の販売の有無は原告の逸失利益に全く影響を与えていないと考えられること,?原告各製品の中には,少なくとも「PCTP及びそれらの金属塩」を含有しない製品が含まれていること,以上の事情に照らすならば,本件においては,原告主張の逸失利益の生じる余地はなく,特許法102条1項の適用の前提を欠いている旨主張する。
しかしながら,特許法102条1項は,特許権侵害による逸失利益の損害賠償請求における因果関係の立証の負担を軽減する趣旨で設けられた,損害額(逸失利益)の算定方法を定めた規定であると解されるところ,上記?ないし?の事情は,同条項の適用そのものを否定すべき事由に当たるものとは認められないから,被告の上記主張は採用することができない。
(2) 特許法102条3項損害額(実施料相当額)原告は,原告が「販売することができないとする事情」に相当する数量に応じた被告各製品の譲渡数量部分についても,被告が無許諾で実施していたことに変わりはないから,当該部分について,特許法102条3項に基づいて,実施料相当額の損害賠償を請求できる旨主張する。
しかしながら,特許法102条1項は,特許権侵害に当たる実施行為がなかったことを前提に原告の逸失利益を算定するのに対し,同条3項は,特許発明実施に対し受けるべき実施料相当額を損害とするものであるから,両者は前提を異にする損害算定方式であり,また,特許権者によって販売することができないとされた分についてまで実施料相当額を請求し得ると解すると,特許権者が侵害行為に対する損害賠償として請求し得る逸失利益以上の損害の填補を受けることを認めることになるが,このように特許権者の逸失利益を超えた損害の填補を認めることは,特段の事情がない限り,妥当でないというべきである(知財高裁平成18年9月25日判決(平成17年(ネ)第10047号)参照)。
そして,上記特段の事情としては,例えば,「販売することができないとする事情」に相当する数量部分が権利者の実施能力を超える部分であって,特許法102条1項損害額算定の対象とされていない場合などが考えられるが,本件においては,前記(1)ウ認定のとおり,原告は,被告各製品の販売数量の全部について原告各製品を製造販売する能力(供給能力)を有していたものであり,原告が「販売することができないとする事情」に相当する数量部分についても実施能力を有していたのであるから,このような場合には該当しない。結局,本件証拠上,上記特段の事情があるものと認めるに足りない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 被告が返還すべき利得額ア 平成14年3月から同年12月までの分原告は,被告は,平成14年3月から同年12月までの間,本件訂正発明の実施についての実施料を支払わずに被告製品?を販売したことにより,その実施料相当額(実施料率・売上高の5%)を法律上の原因なく利得し,これにより原告は,同額の損失を被った旨主張する。
(ア)平成14年3月から12月までの間の被告製品?の売上高が●(省略)●であることについては,当事者間に争いがない。
(イ) 次に,実施料相当額について判断する。
a甲55(発明協会研究センター編「実施料率〔第5版〕」平成15年9月30日発行)には,「表2-27-2ゴム製品(イニシャル無)の実施料率別契約件数」に,「平成4年度〜平成10年度総件数累計」の実施料率の「平均値」が6.5%であるとの記載がある。上記実施料率は,ゴム製品の製造技術分野一般に関するものであり,ゴルフボールを直接の対象としたものではないが,甲55には,ゴム製品であるゴルフボールを除外することを明示した記載はない。
甲55の上記記載及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件訂正発明の実施料率は,原告が主張するように,売上高の5%と認めるのが相当である。
bこれに対し被告は,?●(省略)●,?本件訂正発明の内容,他の構成の代替可能性,本件訂正発明の寄与度,被告の高いブランド力,営業努力を考慮すると,本件訂正発明の実施料率は低く評価すべきであることからすれば,本件訂正発明の実施料率は0.5%を基準に考えるべきである旨主張する。
(a) しかし,●(省略)●(b)また,被告が主張する本件訂正発明の内容,他の構成の代替可能性,本件訂正発明の寄与度,被告の高いブランド力,営業努力については,本件訂正発明の実施料率を低く評価すべき事情に当たるものと認めることはできない。
(c)したがって,本件訂正発明の実施料率は0.5%を基準に考えるべきであるとの被告の主張は,採用することができない。
(ウ)以上によれば,平成14年3月から同年12月までの被告製品?の譲渡分について被告が返還すべき利得額は,被告製品?の売上高●(省略)●(前記(ア))に実施料率5%(前記(イ)a)を乗じた●(省略)●と認めるのが相当である。
イ 平成18年1月1日から同年2月19日の分(予備的主張)原告は,被告は,平成18年1月1日から同年2月19日までの間の被告製品?の譲渡数量分(前記(1)オ(ア)の消滅時効の対象となった分)に対する本件訂正発明の実施料相当額(実施料率・売上高の5%)を法律上の原因なく利得し,これにより原告は,同額の損失を被った旨主張する。
(ア)B1計算鑑定の結果によれば,平成18年1月1日から同年2月28日までの間の被告製品?ないし?の売上高は,別表10の「売上高」欄の平成18年1月分及び平成18年2月分の金額であることが認められる。
このうち,平成18年2月1日から同月19日までの間の被告製品?ないし?の売上高は,別表10の「売上高」欄の平成18年2月分の金額に上記期間の日数分(19日)を日割計算(19/28)して算出した別紙被告利得額一覧の「利得額」欄の平成18年2月分の金額であることが認められる。
(イ)以上によれば,平成18年1月1日から同年2月19日までの被告製品?ないし?の譲渡分について被告が返還すべき利得額は,別紙被告利得額一覧の「売上高」欄記載の金額に実施料率5%(前記ア(イ)a)を乗じて算出した「利得額」欄記載の金額(合計1022万0497円)と認めるのが相当である。
(4) 弁護士費用本件事案の性質・内容,本件審理の経過等諸般の事情にかんがみれば,被告の本件特許権侵害相当因果関係のある弁護士費用相当額は,5000万円と認めるのが相当である。
(5) まとめ以上によれば,被告による本件特許権侵害により被告が賠償又は返還すべき原告の損害額及び利得額は,別紙損害・利得額一覧の「製品別損害額」及び「製品別利得額」記載の各金額となる。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権侵害不法行為による損害賠償及び不当利得の返還として総額17億8620万4028円(別紙損害・利得額一覧の「合計認容額」欄記載の金額)及び内金2億6044万3145円(別紙損害・利得額一覧の平成15年上期の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する平成15年7月1日から,内金3億0180万6544円(別紙損害・利得額一覧の「平成15年下期」の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する平成16年1月1日から,内金2億9411万0530円(別紙損害・利得額一覧の「平成16年上期」の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する同年7月1日から,内金2億6859万9261円(別紙損害・利得額一覧の「平成16年下期」の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する平成17年1月1日から,内金2億8247万0890円(別紙損害・利得額一覧の「平成17年上期」の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する同年7月1日から,内金2億8437万4033円(別紙損害・利得額一覧の「平成17年下期」の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する平成18年1月1日から,内金2400万円(別紙損害・利得額一覧の「平成14年」の「製品別利得額」欄記載の利得額)に対する平成18年1月5日(訴状送達の日の翌日)から,内金1017万9128円(別紙損害・利得額一覧の「平成18年2月20〜28日」の「製品別損害額」欄記載の損害額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額)に対する同年3月1日から,内金6022万0497円(?別紙損害・利得額一覧の「平成18年1月」の「製品別利得額」欄記載の利得額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額,?「平成18年2月1日〜19日」の「製品別利得額」欄記載の利得額を合計した「各期間合計額」欄記載の金額,?「弁護士費用」欄記載の損害額の合計額)に対する平成21年2月24日(訴えの変更申立書送達の日の翌日)から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
4 結論以上によれば,原告の請求は,被告に対し,17億8620万4028円及び内金2億6044万3145円に対する平成15年7月1日から,内金3億0180万6544円に対する平成16年1月1日から,内金2億9411万0530円に対する同年7月1日から,内金2億6859万9261円に対する平成17年1月1日から,内金2億8247万0890円に対する同年7月1日から,内金2億8437万4033円に対する平成18年1月1日から,内金2400万円に対する同月5日から,内金1017万9128円に対する同年3月1日から,内金6022万0497円に対する平成21年2月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
別紙物件目録下記名称のゴルフボール製品の名称ボールの刻印?TitleistPROV12005年モデル?PROV1-392??TitleistPROV1x2005年モデル?PROV1x-332??TitleistNXT2005年モデル?-NXT-??TitleistNXTTour2005年モデル?NXT-TOUR??TitleistDTSoLo2005年モデル?DTSo/Lo??TitleistPROV12003年モデル?・PROV1392・??TitleistPROV1x2003年モデル?・PROV1x332・??TitleistNXT2003年モデル?NXT??TitleistNXTTour2003年モデル?NXTTOUR??TitleistDTSoLo2003年モデルDTSo/Lo?TitleistPROV1★2002年モデル?PROV1★392?
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 大西勝滋
裁判官 関根澄子