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関連審決 不服2007-24015
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  製造方法 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10139号 審決取消請求事件
判決言渡 平成22年2月24日 平成21年(行ケ)第10139号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成22年2月17日
原告アドバンスト・マイクロ・ディバイシズ ・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理 士深見久郎
同 森田俊雄
同 仲村義平
同 堀井豊
同 酒井將行
同 荒川伸夫
同 佐々木眞人
被告特許庁長官
指定代理人豊原邦雄
同 佐々木一浩
同 黒瀬雅一
同 田村正明
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/02/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2007−24015号事件について平成21年1月19日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求主文同旨第2事案の概要1本件は,原告が,名称を「パルス研磨技術を用いた薄い材料の化学機械研磨」とする発明について,米国において国際特許出願をしたところ,日本国特許庁から拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,同庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
2争点は,上記出願に係る発明が下記の刊行物に記載された発明との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。
記・特開平1-171763号公報(発明の名称「ポリシング方法および装置」,出願人 株式会社東芝,公開日 平成元年[1989年]7月6日。甲1,以下「刊行物1」という。)第3当事者の主張1請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,パリ条約による優先権(1995年[平成7年]2月6日 米国)を主張して,平成8年1月11日,米国において上記発明について国際特許出願(請求項の数19。PCT/US96/00151,日本における出願番号 特願平8-524253号,公表公報は特表平10-513121号[甲5])をし,平成9年7月31日付け及び平成18年2月27日付けで補正をしたが,拒絶査定を受けたので,平成19年8月31日付けで不服の審判請求をした。
特許庁は,同審判請求を不服2007-24015号事件として審理し,その中で原告は平成20年11月5日付けでも補正(以下「本件補正」という。)をした(補正後の請求項の数14)が,特許庁は,平成21年1月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は平成21年2月3日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件補正後の請求項の数は,上記のとおり14であるが,そのうち請求項1の内容は,次のとおりである(以下「本願発明」という。)。
「ウェハの表面が平坦化される半導体装置を製造する方法であって,平坦化されるべきウェハを研磨パッドの上に置くステップと,研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップと,ウェハに第1の圧力を与えながら,平坦化を行なうために表面を化学機械研磨するステップと,前記研磨スラリーの窮乏領域を減じるように化学機械研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップとを含み,前記第1の圧力を6から9psiとし,前記第2の圧力を2psi未満として,前記化学機械研磨の間前記第1の圧力を前記第2の圧力へ1秒から15秒ごとに断続的に減じる,方法。」(3) 審決の内容審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願発明は下記刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明することができた,というものである。
なお,審決が認定する刊行物1記載の発明(以下「刊行物記載発明」という。)の内容,本願発明と刊行物記載発明との一致点及び相違点は,別添審決写し記載のとおりである。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決には,次のとおり誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)(ア)本願発明における「パルス状の圧力を作り出す」という用語の技術的意義は,本件特許請求の範囲「請求項1」の記載のみから一義的に明確に理解することができない。すなわち,上記「パルス状の圧力を作り出す」という記載が,単純に第1の圧力から第2の圧力に圧力を減じることを繰り返すだけのことを意味するのか,第1の圧力から第2の圧力に断続的に複数回圧力を減じることで研磨スラリーに対し積極的にパルス状の圧力を生じさせることを意味するのかを,請求項1の記載のみから一義的に明確に理解することができない。したがって,本願の明細書(公表特許公報,甲5)の「発明の詳細な説明」の記載を参酌して上記「パルス状の圧力を作り出す」という用語の技術的意義を解釈すべきである。
(イ)本願の明細書(甲5)の「発明の詳細な説明」には,「パルス状の圧力を作り出す」ことに関し,「…この発明に従えば,CMPを受けるウェハに与えられる初期圧力は断続的に減じられパルス状の圧力を作り出し,それによって通常は絶え間なく研磨パッドに塗布される洗浄剤がCMP動作全体にわたって,研磨を受けているウェハの表面のすべての部分に絶え間なく行き届くことを可能にする。このように,CMP加工処理の間ウェハに与えられる圧力を定期的に減ずることは窮乏領域,つまり十分な量の洗浄剤がない領域への負の影響をなくす。」(7頁21行〜27行)との記載がある。また,同明細書(甲5)には,「この発明の目的は,ウェハの表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化するためのCMP方法である。」(6頁9行〜10行),「…ここでは,化学機械加工処理の間,ウェハに第1の圧力を与え,第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じなから,平坦化をもたらすため表面を化学機械研磨することでウェハの表面が平坦化される。」(6頁16行〜18行)との記載がある。ただし,同明細書にはスラリー窮乏領域に直接洗浄剤(研磨スラリー)を供給することは全く記載されていない。
上記のような明細書の記載を参酌すると,本願発明は,ウェハの表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化するために,化学機械加工処理の間,ウェハに与えた第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出して,該パルス状の圧力によって洗浄剤(研磨スラリー)を研磨パッド上のスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させ,ウェハの表面を平坦化するものであるといえる。
したがって,「パルス状の圧力を作り出す」とは,単純に第1の圧力を断続的に減じることをいうのではなく,第1の圧力を断続的に減じることでパルス状の圧力を積極的に作り出して研磨スラリーに作用させ,研磨パッド上に研磨スラリーを行き渡らせるようにすることであると解釈すべきである。
ところが,審決は,本願発明の要旨認定を誤った結果,上記「パルス状の圧力を作り出す」という用語の技術的意義を誤解して,単純に第1の圧力から第2の圧力に圧力を断続的に減じることだけを意味するものと解釈している。
その結果,後記イのとおり刊行物記載発明の認定を誤ることとなり,また,後記ウのとおり本願発明と刊行物記載発明との一致点・相違点の認定をも誤ることとなっている。
イ 取消事由2(刊行物記載発明の認定の誤り)審決は,刊行物記載発明について「被加工物の表面が平坦化されるポリシング方法であって,平坦化されるべき被加工物をポリシングパッドの上に置くステップと,研磨材をポリシングパッドに供給するステップと,被加工物に加工のための高圧を与えながら,平坦化を行なうために表面をポリシングするステップと,ポリシングの間加工のための高圧を研磨材流入のための低圧へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップとを含む方法」(3頁下7行〜下2行)と認定している。
しかし,以下のとおり,刊行物1(甲1)には,上記「パルス状の圧力を作り出すステップ」は記載されていないので,審決における刊行物記載発明の認定は誤っている。
(ア) 刊行物1(甲1)には,それぞれ次のような記載がある。
a「本発明は上述の不都合を除去するためになされたもので,大形の被加工物でも研磨むらを起すことなく高能率で,ポリシング加工ができるポリシング加工方法を提供することを目的とする。」(2頁右上欄下1行〜左下欄3行)b「本発明はポリシング定盤上にポリシングパッドを敷きプレッシャプレートに被加工物を接着しこのプレッシャプレートを回転するポリシングパッド上に押圧して自転させながら研磨材を供給して加工するポリシング方法において,上記ポリシング定盤の中心部から研磨材を供給することを特徴とするポリシング方法である。すなわち,ポリシング定盤の中心部から上記研磨材を供給することによりポリシングパッド上に十分研磨材が供給でき,さらに遠心力により全面に均一に分布させ,順次外側に流出させるようにした方法である。」(2頁左下欄8行〜19行)c「上記研磨材供給手段は,上記プレッシャプレートを上方に押上げて被加工物への押圧力を減少させる逆圧ユニットと,上記ポリシング定盤の中心部に開口した供給孔から研磨材を供給する研磨材供給ユニットと,これらユニットの中の少なくとも逆圧ユニットを間けつ的に作動させ,押圧力を減少させながら研磨材を供給させる制御ユニットとを具備したことを特徴とするポリシング装置である。すなわち,逆圧ユニットによりプレッシャプレートの押圧力を減少させ,研磨材供給ユニットによりポリシング常盤の中心部に設けられた供給孔から研磨材を供給し,制御ユニットにより逆圧ユニットと,研磨材供給ユニットとを間けつ的に同時に作動させて上記発明方法を実施するようにしたものである。」(2頁右下欄7行〜3頁2行)(イ)刊行物1(甲1)の上記記載に鑑み,刊行物記載発明は,大形の被加工物でも研磨むらを起すことなく高能率で,ポリシング加工ができるポリシング加工方法を提供するために,プレッシャプレートの押圧力を減少させると同時に,研磨材をポリシング定盤の中心部から供給することにより,ポリシングパッド上に十分に研磨材を供給し,さらに遠心力により全面に均一に分布させ,順次外周に流出させるようにしたものである。
このように,刊行物記載発明は,プレッシャプレートの押圧力を減少させた時に研磨材をポリシング定盤の中心部からポリシングパッド上に新たに供給して,噴出された際の推進力によってポリシングパッドの中央部から外周方向に向けて研磨材を移動させているだけであり,研磨剤の移動の際には実質的にプレッシャプレートの押圧力は研磨材には作用しておらず,研磨材をポリシングパッド上でパルス状の圧力を作り出して研磨材を移動させているわけではない。
したがって,「パルス状の圧力を作り出す」ことは,刊行物1(甲1)には記載されていない。
その上,刊行物記載発明では,プレッシャプレートの押圧力を減少させた際に,研磨材は,ポリシングパッド(ウェハ)の中央部から外周方向に向けて移動するのに対し,本願発明では,研磨パッド上で作り出されたパルス状の圧力が研磨スラリーに作用して,様々な方向から研磨パッド上のスラリー窮乏領域(典型的にはウェハの中央部)に研磨スラリーを移動させている。この点からも,「パルス状の圧力を作り出す」ことが,刊行物1(甲1)に記載されているとはいえない。
以上により,「パルス状の圧力を作り出すステップ」は,刊行物1(甲1)に記載されているとはいえない。
(ウ)審決は,本願発明における「パルス状の圧力を作り出す」ことの技術的意義を誤って解釈したため,刊行物1(甲1)において単に「プレッシャプレートの押圧力を間けつ的に減じている」ことを,「パルス状の圧力を作り出す」ことであると誤解することとなり,その結果,刊行物記載発明の認定をも誤ることとなっている。
ウ 取消事由3(一致点・相違点認定の誤り)(ア) 用語の対応関係の認定の誤り審決は,本願発明と刊行物記載発明とを対比し,「後者の『ポリシングパッド』,『研磨材』,『供給』,『加工のための高圧』,『研磨材流入のための低圧』が,前者の『研磨パッド』,『研磨スラリー』,『塗布』,『第1の圧力』,『第2の圧力』にそれぞれ相当することは明白である。」(4頁2行〜5行)と認定している。
しかし,上記「研磨材流入のための低圧」は,プレッシャプレート(12)の押圧力を減少させて研磨材(5)を供給孔(51)から噴出させることでポリシングパッド(22)の中央部に研磨材(5)を新たに供給するための圧力であるのに対し,上記「第2の圧力」は,既に研磨パッドに供給されている研磨スラリーに対する圧力を高めたり減じたりすることで研磨スラリーに対しパルス状の圧力を作り出して研磨パッド上に行き渡らせるための圧力のうち低い側の圧力であるので,両者の技術的意義は全く異なるものである。
したがって,刊行物記載発明における「研磨材流入のための低圧」は,本願発明における「第2の圧力」に相当するものではなく,「研磨材流入のための低圧」が「第2の圧力」に相当するものであると認定した上記審決の認定は誤りである。なお,上記「研磨材流入のための低圧」は,「研磨材供給のための低圧」と認定すべきである。
(イ) 一致点認定の誤り上記のような誤った認定に基づいて,審決は,本願発明と刊行物記載発明との一致点を,「『被加工物の表面が平坦化される方法であって,平坦化されるべき被加工物を研磨パッドの上に置くステップと,研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップと,被加工物に第1の圧力を与えながら,平坦化を行なうために表面を研磨するステップと,研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップとを含む方法。』である点」(4頁12行〜16行)と認定しているが,この一致点の認定も誤っている。
前記イで述べたように,刊行物1(甲1)には「パルス状の圧力を作り出すステップ」は記載されておらず,また刊行物記載発明における「研磨材流入のための低圧」は本願発明における「第2の圧力」に相当するものではないので,本願発明の「研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップ」は,刊行物1(甲1)には記載されていない。
したがって,本願発明と刊行物記載発明との一致点として「研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップ」を認定した審決の上記認定は誤っている。
(ウ) 相違点の認定の誤り上記一致点の認定の誤りに伴い,審決は,相違点2の認定をも誤ることとなっている。
審決における上記相違点2は,下記のように認定されるべきである。
「【相違点2】前者では研磨スラリーの窮乏領域を減じるように化学機械研磨の間,第1の圧力を第2の圧力へ複数回減じてパルス状の圧力を作り出すのに対し,後者では第1の圧力を第2の圧力に減じると同時にポリシング定盤の中央部から研磨スラリーを供給している点。」エ 取消事由4(相違点についての判断の誤り)(ア) 相違点1についての判断の誤り審決は,「平坦化されるべきウェハを研磨パッドの上に置くステップと,研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップとを備える,ウェハの表面を化学機械研磨によって平坦化する半導体装置の製造方法は,例えば特開昭61-120424号公報,特開平2-40917号公報,特開平4-255218号公報に示されるように従来より周知の技術である。また,ウェハの化学機械研磨による半導体装置の製造方法は,研磨定盤上におかれた研磨パッドの上に平板状の被加工物を置き,被加工物を研磨パッドに向けて押圧しつつ,研磨スラリーを塗布しながら研磨するものである点で刊行物記載の発明と共通するものである。よって,刊行物記載の発明をウェハの化学機械研磨による半導体装置の製造方法に適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。」(4頁下6行〜5頁5行)と判断しているが,以下のとおり,この判断は誤りである。
a刊行物記載発明は,ガラス板に好適なポリシング法であり,油と遊離砥粒とからなる研磨材を用いるものである(刊行物1[甲1]2頁左上欄参照)。ここで,「ポリシング」とは,越後亮三ほか編「機械工学辞典」株式会社朝倉書店1988年(昭和63年)3月10日初版第1刷発行944頁(甲10)によれば,「布,フェルト,革などのポリシングホイールに研磨材を接着した研磨工具を高速度に回転させて工作物を研磨する加工法」をいい,(財)日本規格協会編「JIS工業用語大辞典【第4版】」1995年(平成7年)11月20日第4版第1刷発行(甲11)によれば,「高度の鏡面を得るために行う研磨」をいう。これらの記載及び上記の研磨材の材質に鑑み,刊行物記載発明は,機械的研磨法に属するものであるといえる。
これに対し,本願発明は,ウェハを化学機械研磨する方法であり,研磨スラリーとしては,例えば水酸化カリウム及び粒子状のシリカを含むスラリーを使用する。ここで,「化学機械研磨」とは,菅野卓雄・川西剛編「半導体大事典」株式会社工業調査会1999年(平成11年)12月20日初版第1刷発行(甲12)によれば,「基板表面の段差を全面平坦化する技術で,基板表面をプラテンと呼ばれる回転する大口径平板上の研磨布に一定圧力で押し付け,スラリーと呼ばれるpHを制御したアルミナなどの砥粒を含む化学的な研磨剤で研磨するもの」である。すなわち,「化学機械研磨」は,化学的研磨法と機械的研磨法とを複合したものである。
b刊行物記載発明のような単純な機械的研磨法と,本願発明のような化学的研磨法と機械的研磨法とを複合した化学機械研磨法とでは,研磨のメカニズムも装置構成も研磨剤も全く異なるものとなる(甲13[土肥俊郎編著「詳説半導体CMP技術」株式会社工業調査会2001年(平成13年)1月10日初版第1刷発行]参照)。
その上,刊行物1(甲1)には,刊行物1記載のポリシング方法を,ウェハの化学機械研磨法に適用することを示唆する記載も全くない。
さらに,化学機械研磨法は,化学的研磨の局面をも備えるので,スラリーの供給量の制御も非常に重要な要素となるから,刊行物1(甲1)のようにガラス板の中央部から新たに多量の研磨材を供給することを前提とするような手法を,ウェハを化学機械研磨する方法に単純に適用することはできない。
また,刊行物1(甲1)に記載の装置では,被加工物(7)の直下に研磨材(5)の供給孔(51)を配置しているが,この供給孔(51)の存在により,例えば研磨後のウェハの面内均一性に悪影響を及ぼすことが予想される。研磨対象がガラス板の場合には,刊行物1(甲1)に記載の装置でも要求特性を満足する研磨が可能であるが,高度な研磨精度(特に面内均一性)が要求される半導体ウェハの場合には,刊行物1(甲1)に記載の装置では,要求特性を満足する研磨を行うことは困難となる。
以上に鑑み,ガラス板等の機械的研磨法を開示しただけの刊行物1(甲1)を,本願発明のようなウェハを化学機械研磨する方法に単純に適用することはできない。
cしたがって,相違点1の容易想到性に関する審決の判断は誤りである。
(イ) 相違点2についての判断の誤り審決は,「刊行物記載の発明では第1の圧力から第2の圧力に減圧したときは,ポリシング定盤の中心部と並行して,本願発明と同様に研磨パッド上への研磨スラリーの塗布も行っており,装置の構成の共通性をも考慮すると,本件発明と同様,研磨パッド上に塗布された研磨スラリーが研磨パッドと被加工物との間に更に侵入し易くなり研磨スラリーの窮乏領域を減じるように移動することを促進していると認めることが相当である。」(5頁9行〜14行)と判断しているが,この判断も,以下のとおり誤りである。
a審決は,「刊行物記載の発明では第1の圧力から第2の圧力に減圧したときは,ポリシング定盤の中心部と並行して,本願発明と同様に研磨パッド上への研磨スラリーの塗布も行っており,」と判断しているが,当該事項は刊行物1(甲1)には全く記載されていない。刊行物1(甲1)の3頁右下欄9行〜4頁左上欄15行の記載を参酌すると,刊行物記載発明は,「供給パイプ(59)から研磨材(5)をポリシングパッド(22)上に供給している際にプレッシャプレート(12)の自重でポリシングパッド(22)を押圧しながらポリシングを行い,所定時間経過後,プレッシャプレート(12)の押圧力を減少させると同時に,供給孔(51)からポリシングパッド(22)の中央部に研磨材(5)を噴出させ,ポリシングパッド(22)上に研磨材(5)を供給する。さらに所定時間経過後,元の自重による加工に戻り,同時に供給孔(51)からの研磨材(5)の供給を停止し,供給パイプ(59)からの供給だけで揺動しながら加工が続行される。」というものである。したがって,プレッシャプレート(12)の押圧力を減少させた研磨材供給ステップでは,ポリシングパッド(22)の中央部に研磨材(5)を供給できればよく,この際にポリシングは行わないため,供給パイプ(59)から敢えて研磨材(5)を供給する必要はないと解釈するのが自然な解釈である。また,ポリシング定盤の中心部と並行して供給パイプ(59)からポリシングパッドへの研磨材の供給を行うと,ポリシング定盤の中心部から外周に向かう研磨材の流れが阻害され,スムーズな研磨材の供給に支障を来たすことにもなる。
以上により,「刊行物記載の発明では第1の圧力から第2の圧力に減圧したときは,ポリシング定盤の中心部と並行して,本件発明と同様に研磨パッド上への研磨スラリーの塗布も行っており,」という審決の判断は誤っている。
bまた,審決は,刊行物記載発明について,「本件発明と同様,研磨パッド上に塗布された研磨スラリーが研磨パッドと被加工物との間に更に侵入し易くなり研磨スラリーの窮乏領域を減じるように移動することを促進していると認めることが相当である。」(5頁11行〜14行)と判断している。
しかし,上記のとおり,ポリシング定盤の中心部と並行して供給パイプ(59)からポリシングパッドへの研磨材の供給を行うと,ポリシング定盤の中心部から外周に向かう研磨材の流れが供給パイプ(59)からの研磨材の流れによって阻害され,スムーズな研磨材の供給に支障を来たすこととなる。そればかりでなく,ポリシング定盤の中心部から供給された研磨材が,全面に均一に分布することや,順次外周に流出することも阻害され,刊行物記載発明の目的達成に支障を来たすことにもなる。また,供給パイプ(59)から供給される研磨材に着目すると,ポリシング定盤の中心部から噴出する研磨材の流れによって供給パイプ(59)から供給される研磨材はポリシング定盤の外周に向かって流れるだけとなり,供給パイプ(59)から研磨材を供給する意味が全くなくなる。
仮に,被告が主張するように,ポリシング定盤の中心部から研磨材を供給しながら研磨パッドの外周部に研磨材が供給されたとしても,刊行物記載発明で意図しているのは飽くまでも中心部から研磨材を供給する際には順次外側に流れ出る程度に十分な量の研磨材を供給することであり,外周部に供給された研磨材の少なくとも一部が被加工物の周囲から研磨パッド上面に侵入することを想定していたとは考え難い。
以上に鑑み,審決の上記判断も誤りであるといえる。
cさらに,審決は,「しかしながら,上記のとおり,刊行物記載の発明においても圧力を断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すことによって研磨パッド上に塗布された研磨スラリーがスラリー窮乏領域を減じるように移動すると認められるうえ,本件発明はポリシング定盤中央からの研磨スラリーの供給を排除するものでもないため,上記主張を採用することはできない。」(5頁下4行〜6頁1行)と判断しているが,刊行物記載発明では,そもそもパルス状の圧力を作り出していないので,当該判断も誤りである。
(ウ) 相違点3についての判断の誤り審決は,「第1の圧力及び第2の圧力の具体的な最適値,並びに減圧の時間間隔の最適値は,当業者が実験等によって容易に求めることができる,設計事項に過ぎない。」(6頁3行〜5行)と判断しているが,以下のとおり当該判断は誤りである。
a審決は,本願発明の「パルス状の圧力を作り出す」ことと上記「第1の圧力」等の値とを分離して判断しているが,上記「第1の圧力」等の値は,「パルス状の圧力を作り出す」ために必要なものであって,両者を分離して容易想到性を判断すること自体失当である。
bまた,刊行物1(甲1)には,前述のように「研磨スラリーの窮乏領域を減じるように化学機械研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出す」という技術的思想自体が全く記載も示唆もされていないので,刊行物1(甲1)を参酌したとしても,「パルス状の圧力を作り出す」ための圧力や時間である,上記「第1の圧力」等の値を求められるはずがない。
その上,上記「第1の圧力」等の値は,化学機械研磨の際に,「パルス状の圧力」というものを作り出して研磨スラリーをスラリー窮乏領域へと移動させることができるように設定すべきものであり,単純に求めることができる類の値であるとはいえない。特に,本願発明のような化学機械研磨は,化学的研磨と機械的研磨とを複合したものであり,複雑な研磨メカニズムのもとで行われるものであることからも,上記「第1の圧力」等の値を容易に想到できるものではないといえる。
さらに,化学機械研磨を行ないつつ適切な量の研磨スラリーをスラリー窮乏領域へと移動させるようにするには,第1の圧力,第2の圧力,第1の圧力を第2の圧力へ減じる時間という三つの値の関係にも特有の工夫が必要であり(本願の明細書[甲5]8頁13行〜16行,8頁27行〜9頁8行参照),この点からも,これらの値を決して容易に想到できるものではない。
c本件特許請求の範囲「請求項1」には,「パルス状の圧力」に関し,「前記化学機械研磨の間前記第1の圧力を前記第2の圧力へ1秒から15秒ごとに断続的に減じる」と記載されているが,ここでの「15秒」という時間は,本願発明で想定する第1の圧力の下で連続的に化学機械研磨を行った場合に,ウエハの中央近くなどで研磨スラリーが不足する領域が発生するか否かの境界値となる時間であるといえる(本願の明細書[甲5]7頁18行〜27行参照)。したがって,本願発明では,化学機械研磨の間,実質的には連続的な研磨を行っている。これに対し,刊行物記載発明では,ポリシング定盤の中央からポリシングパッド上に研磨材を供給する際に,研磨剤がポリシングパッドの外側まで流れ出すまで実質的に研磨を中断する必要があり,間欠的なポリシングを行っている。
d以上に鑑み,上記「第1の圧力」等の値は単なる設計事項といえるものではないので,相違点3に関する審決の上記判断も誤りである。
オ 取消事由5(本願発明特有の技術的思想及び作用効果の看過)審決は,「本件発明には,刊行物記載の発明及び従来周知の技術に基づいて当業者が普通に予測し得る範囲を超える格別の作用効果も認めることはできないから,本件発明は刊行物記載の発明及び従来周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(6頁7行〜10行)と判断しているが,以下のとおりこの判断も誤りである。
(ア)既に述べたように,本願発明では,ウェハに与えた第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出して研磨スラリーに当該パルス状の圧力を作用させ,研磨スラリーをスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させること(以下「研磨スラリーへのパルス状の圧力付与」の技術的思想という。)が重要な特徴の一つであるが,審決は,この本願発明特有の技術的思想である上記「研磨スラリーへのパルス状の圧力付与」の技術的思想を看過している。
上記「研磨スラリーへのパルス状の圧力付与」の技術的思想は,刊行物1(甲1)や周知技術(甲2[特開昭61-120424号公報],甲3[特開平2-40917号公報],甲4[特開平4-255218号公報])には全く記載も示唆もされていない。
そればかりでなく,プレッシャプレートの押圧力を減少させた際にポリシング定盤の中心部から外周に向かって研磨材を流すだけである刊行物記載発明では,研磨材に対しパルス状の圧力を作用させることはできない。それは,研磨材に対しパルス状の圧力を作用させようとすると,ポリシング定盤の中心部から外周に向かう研磨材の流れを阻害することとなり,刊行物記載発明の目的達成に支障を来たすこととなるからである。このように,本願発明とは異なる方向への研磨材の流れが要求されることとなる刊行物記載発明では,上記「研磨スラリーへのパルス状の圧力付与」の技術的思想を採用することができない。
したがって,刊行物1(甲1)や周知技術(甲2〜4)から,「研磨スラリーへのパルス状の圧力付与」の技術的思想容易に想到できるものではない。
(イ)また,本願発明によれば,「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すことによって,CMP動作全体にわたって,研磨を受けているウェハ表面のすべての部分に絶え間なく洗浄剤(研磨スラリー)を行き渡らせることができ,ウェハ表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化することができる。」という顕著な効果も得られ,当該効果は,ガラス板の機械的研磨を開示しただけの刊行物1(甲1)や,化学機械研磨関連の一般的技術内容を開示しただけの甲2〜4から容易に予測できるものではない。
(ウ)以上のように,本願発明は「研磨スラリーへのパルス状の圧力付与」という先行技術にはない独特の技術的思想に基づくものであり,かつ本願発明の効果も顕著であることから,刊行物1(甲1)や周知技術(甲2〜4)に基づいて本願発明を容易に想到できるものではない。したがって,審決の上記判断も誤っている。
2請求原因に対する認否請求原因(1)〜(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論(1) 取消事由1に対しア審決では本願発明をその請求項の記載どおり認定しているのであるから,審決における本願発明の要旨認定に誤りはない。
イ本件特許請求の範囲「請求項1」の「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出す」との記載は,「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じ」ることが,パルス状に変化する圧力となることを意味していることは明確である。すなわち,「パルス状の圧力を作り出す」という用語は,単に「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じ」てパルス状に変化する圧力を作り出すことを意味していることは明確である。原告がいうように,「発明の詳細な説明」を参酌しても,「パルス状の圧力を作り出す」という用語からは,「パルス状の圧力を積極的に作り出して」「研磨スラリーに作用させ」るということは理解されるが,この「研磨スラリーに作用させ」ることは,研磨スラリーを研磨パッドに塗布した状態でウェハに作用する圧力をパルス状に変化させる(第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じる)ことで必然的に生じることであり,「パルス状の圧力を作り出す」なる用語の解釈に含めても,本願発明の解釈に何ら影響を与えるものではない。
さらに,「該パルス状の圧力によって洗浄剤(研磨スラリー)を研磨パッド上のスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させ」ることは,「パルス状の圧力を作り出す」ことの結果として起きる現象を説明するものであって,「パルス状の圧力を作り出す」なる用語の解釈に含めるべきものではない。
したがって,審決における本願発明の要旨認定に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し上記(1)で述べたとおり,「パルス状の圧力を作り出す」なる用語は,単に「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じ」てパルス状に変化する圧力を作り出すことを意味していることは明確である。
刊行物1(甲1)には,「十分研磨材(5)が供給された状態で,作動機構(13)によりプレッシャプレート(12)を下降させ,ガラス板(8)をプレッシャプレート(12)の自重でポリシングパッド(22)に押圧し,次に作動機構(13)によりプレッシャプレート(12)に鎖線(35),(35)で示す揺動運動を与え,ポリシングを開始する。開始したら直ちに制御ユニット(43)を作動させる。タイマ(62)に予め設定した時間が経過すると,タイマ(62)の作動により,逆圧ユニット(41)のエアシリンダ(45)を作動させる逆圧電磁弁(46)と,研磨材供給ユニット(42)の供給電磁弁(54)とを励磁して,エアシリンダ(45)を所定圧の下で上方に後退させて,プレッシャプレート(12)の押圧力を減少させ,同時に研磨材(5)を供給孔(51)から噴出させる。そして予め設定した所定時間経過すると,再びタイマ(62)の作動により,電磁弁(46),(54)の励磁が止み,元に復帰し,エアシリンダ(45)は下方に前進してプレッシャプレート(12)との係合を外し,元の自重による加工に戻り,同時に供給孔(51)からの研磨材(5)の供給は停止し,供給パイプ(59),(59)からの供給だけで揺動しながら加工が続行される。このようなサイクルを所定回,間けつ的に繰返して1ロットの加工が終了する。」(3頁右下欄14行〜4頁左上欄15行,審決では3頁の「摘記事項d」)との記載があり,この記載から,刊行物記載発明では,プレッシャプレートの自重による押圧力を,設定時間ごとに逆圧ユニットにより所定時間の間減少させることを繰り返している,すなわち「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じ」ていることが理解され,このような圧力の変化は「パルス状」ということができるから,パルス状に変化する圧力が作り出されていることは自明である。
したがって,刊行物1(甲1)に「パルス状の圧力を作り出すステップ」が記載されているとの審決の認定に誤りはない。
(3) 取消事由3に対しア 用語の対応関係の認定の誤りについて上記(2)で述べたとおり,刊行物記載発明でもパルス状の圧力を作り出しているところ,本願発明の「第2の圧力」も,刊行物記載発明の「研磨材流入のための低圧」も,研磨スラリーに作用する圧力であって,パルス状に変化する圧力の低い方である点で違いはなく,また,後記(4)イで説明するように,圧力が低い方に減じられたときに研磨スラリーが研磨パッドと研磨対象物との間に侵入しやすくなるという作用の点でも違いはない。
原告は,本願発明の「第2の圧力」が,「既に研磨パッドに供給されている研磨スラリーに対する圧力を高めたり減じたりすることで研磨スラリーに対しパルス状の圧力を作り出して研磨パッド上に行き渡らせる」として,あたかも本願発明では,パルス状に増減する圧力が,研磨スラリーを研磨パッド上に行き渡らせるように移動させる特別な作用を生じるかのごとく主張しているが,本願の発明の詳細な説明又は図面に,そのような作用を裏付ける記載は見当たらない。
したがって,刊行物記載発明の「研磨材流入のための低圧」が,本願発明の「第2の圧力」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
一致点の認定の誤りについて上記(2)で述べたとおり,刊行物1(甲1)には「パルス状の圧力を作り出すステップ」が記載されている。また,上記アで述べたとおり,刊行物記載発明における「研磨材流入のための低圧」は本願発明における「第2の圧力」に相当する。
したがって,本願発明の「研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップ」は刊行物1(甲1)に記載されており,このステップを刊行物記載発明と本願発明との一致点に含めた審決の認定に誤りはない。
相違点の認定の誤りについて上記ア及びイで述べたとおり,審決には,本願発明と刊行物記載発明との間で,用語の対応関係の認定にも,一致点の認定にも,誤りはないから,審決の【相違点2】の認定にも誤りはない。
なお,原告が,認定されるべきであるとして主張する【相違点2】においても,「化学機械研磨の間」の有無については,審決では【相違点1】の中で取り上げており,また,第1の圧力を第2の圧力へ「複数回減じてパルス状の圧力を作り出す」点は,【一致点】に含まれるものである。
(4) 取消事由4に対しア 相違点1についての判断の誤りについて刊行物記載発明は,ガラス板などに好適なポリシング方法であり(刊行物1[甲1]1頁右欄18行〜20行),ポリシング定盤上にポリシングパッドを敷きプレッシャプレートに被加工物を接着しこのプレッシャプレートを回転するポリシングパッド上に押圧して自転させながら,油と遊離砥粒とからなる研磨材を供給して加工するものである(刊行物1[甲1]の特許請求の範囲「請求項1」,2頁左上欄2行〜右上欄2行,3頁左上欄8行〜13行)。ここで,ガラス板が平板状であってその表面を平坦に研磨すること,及び油と遊離砥粒とからなる研磨材が粘性流動物,すなわち研磨スラリーを形成することは,当業者が容易に理解し得る。
これに対し,本願発明は,ウェハの表面が平坦化される半導体装置を製造する方法であって,平坦化されるべきウェハを研磨パッドの上に置くステップと,研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップと,ウェハに第1の圧力を与えながら,平坦化を行なうために表面を化学機械研磨するステップとを有するものである。ここで,ウェハが平板状であり,研磨スラリーが研磨材であることは,当業者間の常識である。
したがって,両者は共に表面が平坦化される平板状の被加工物を,研磨スラリーを供給しつつ研磨パッドに押圧して研磨する方法に関するものである限りにおいて共通するということができる。このような方法において,研磨スラリーが研磨パッドと被加工物との間に十分に流入せず,研磨スラリーが不足する領域が生じるという課題を解決することを目的とする刊行物記載発明を,本願発明のような化学機械研磨方法にも適用することは,当業者が容易に想到し得るものである。
原告は,刊行物記載発明のような機械的研磨法と,本願発明のような化学機械研磨法とでは,研磨のメカニズムも装置構成も研磨剤も全く異なると主張しているが,装置構成は類似しているというべきであり,研磨スラリーの窮乏領域をなくすという目的において,刊行物記載発明を化学機械研磨法に適用することを阻害する要因は存在しない。
また,原告は本願発明のような化学機械研磨法ではスラリーの供給量の制御も非常に重要な要素となるため,刊行物記載発明のようにガラス板の中央から新たに大量の研磨材を供給することを前提とするような手法を単純に適用することはできないと主張するが,刊行物記載発明においても研磨材の供給量を制御することが容易になしえることは,当業者にとって自明である。
さらに,原告は刊行物記載発明のように被加工物の直下に研磨材の供給孔を配置したものでは,高度な研磨精度を要求される半導体ウェハの場合には要求特性を満足する研磨を行うことが困難となるとも主張するが,ウェハの化学機械研磨による平坦化において,ウェハ直下の研磨パッドに凹部を形成することは,例えば,特開平6-333893号公報(乙1),特開平5-13389号公報(乙2),実願昭61-92571号(実開昭63-754号)のマイクロフィルム(乙3)に示されるように周知かつ慣用の技術であって,実用上,研磨精度に悪影響がないことも周知の事実であるから,この主張にも理由がない。
したがって,「刊行物記載の発明をウェハの化学機械研磨による半導体装置の製造方法に適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。」との審決の判断に誤りはない。
イ 相違点2についての判断の誤りについて原告は,刊行物記載発明では,供給パイプから研磨材を供給しながらプレッシャプレ-トで押圧してポリシングを行うポリシングステップと,供給パイプからの研磨材の供給を停止してポリシングを中断し,その間にプレッシャプレートの押圧力を減少してポリシングパッド上に研磨材を供給する研磨材供給ステップとを交互に行っていると主張するが,「研磨材供給ステップ」中に供給パイプからの研磨材の供給を停止するとの記載を刊行物に見出すことはできず,また,刊行物の図面を参照しても,「研磨材供給ステップ」中に供給を停止するための手段も見当たらないことから,刊行物記載発明では「研磨材供給ステップ」中も供給パイプ(59)からの研磨材の供給が続いていると理解すべきである。したがって,審決において,「刊行物記載の発明では第1の圧力から第2の圧力に減圧したときは,ポリシング定盤の中心部と並行して,本件発明と同様に研磨パッド上への研磨スラリーの塗布も行っており,」(5頁9行〜11行)と判断したことに誤りはない。
また,原告は,刊行物記載発明において,研磨定盤の中心部と並行して供給パイプから研磨パッドへの研磨材の供給を行うと,研磨定盤の中心部から外周に向かう研磨スラリーの流れが阻害され,研磨定盤の中心部から供給される研磨スラリーの流れによって供給パイプから供給される研磨スラリーは研磨定盤の外周に向かって流れるだけとなるため,押圧力が減じられたときに研磨パッド上に塗布された研磨スラリーが研磨パッドと被加工物との間に更に侵入しやすくなるとの審決の判断は誤りである旨主張する。しかし,供給パイプと研磨定盤中心部とから同時に研磨スラリーを供給したときに両者からそれぞれ供給される研磨スラリーの流れは,それぞれの供給量によって変化するものであって,供給パイプから供給される研磨スラリーが研磨定盤の外周に向かって流れるだけになると断定することはできず,研磨パッドの外周部に供給された研磨スラリーの少なくとも一部は,押圧力が減じられたときに被加工物の周囲から研磨パッド上面に侵入すると考えるべきである。したがって,審決の上記判断に誤りはない。
さらに,前記(2)で述べたとおり,刊行物記載発明でもパルス状の圧力を作り出しているため,審決の相違点2についての判断に続くなお書きにおいて,「刊行物記載の発明においても圧力を断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すことによって」とした点に誤りはない。そして,本願発明と同様にパルス状の圧力を作り出すと,本願発明と同様に研磨パッド上に塗布された研磨スラリーが,被加工物の周囲から研磨パッド上面に侵入して,スラリー窮乏領域を減じるように移動することは明らかである。
したがって,相違点2について「刊行物記載の発明では第1の圧力から第2の圧力に減圧したときは,ポリシング定盤の中心部と並行して,本件発明と同様に研磨パッド上への研磨スラリーの塗布も行っており,装置の構成の共通性をも考慮すると,本件発明と同様,研磨パッド上に塗布された研磨スラリーが研磨パッドと被加工物との間に更に侵入し易くなり研磨スラリーの窮乏領域を減じるように移動することを促進していると認めることが相当である。」(5頁9行〜14行)とした審決の判断に誤りはない。
ウ 相違点3についての判断の誤りについて原告は,刊行物1(甲1)には「パルス状の圧力を作り出す」という技術思想の記載も示唆もないと主張しているが,前記(2)で述べたとおり,この点は刊行物1に記載されている。
また,原告は,「第1の圧力」等の値は「パルス状の圧力を作り出す」ために必要なものであって,「パルス状の圧力を作り出す」ことと分離して容易想到性を判断すること自体失当であり,化学機械研磨の際に「パルス状の圧力」というものを作り出して研磨スラリーを窮乏領域へと移動させることができるように設定すべきものであって単純に求めることができる類の値とはいえず,化学機械研磨を行いつつ適切な量の研磨スラリーをスラリー窮乏領域へと移動させるようにするには,第1の圧力,第2の圧力,第1の圧力を第2の圧力に減じる時間という三つの値の関係にも特有の工夫が必要である,と主張している。
しかし,前記(1)で述べたとおり,本願発明において「パルス状の圧力を作り出す」という用語は,単に第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じることを意味しており,特殊な意味をもつものではない。また,本願発明において,「第1の圧力」等が,研磨スラリーを窮乏領域へ移動させることができるように特別に設定され,第1の圧力,第2の圧力,第1の圧力を第2の圧力に減じる時間という三つの値の関係に特有の工夫がなされていることを示唆する記載も,本願の明細書及び図面から見出すことはできない。そして,本願発明において,研磨スラリーが窮乏領域に移動するような条件を求める上で,第1及び第2の圧力の値と,圧力を第1の圧力から第2の圧力に変化させる時間間隔の組合せを各種変化させながら実験を行うことは,格別の装置や方法を必要とすることもないから,当業者にとって何ら困難性はない。
さらに,原告は,本件特許請求の範囲「請求項1」記載の「15秒」は,本願発明で想定する第1の圧力の下で連続的に化学機械研磨を行った場合に,ウエハの中央近くなどで研磨スラリーが不足する領域が発生するか否かの境界値となる時間であると主張するが,その根拠となる記載は本願の明細書にはないし,また,仮に,そうであるとしても,当業者が実験等によって容易に求めることができるものであって,適宜設計しうる事項にすぎない。刊行物記載発明においても,加工のための高圧から研磨材流入のための低圧に減じる時間は最小限であると考えるべきであるから実質的に連続的な研磨を行っているということができる。
したがって,「第1の圧力及び第2の圧力の具体的な最適値,並びに減圧の時間間隔の最適値は,当業者が実験等によって容易に求めることができる,設計事項に過ぎない。」(6頁3行〜5行)とした審決の判断に誤りはない。
(5) 取消事由5に対し前記(1)及び(2)で既に述べたとおり,本願発明において「パルス状の圧力を作り出す」ことには,単に第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じること以外に特別な意味はなく,刊行物記載発明も同様に「パルス状の圧力を作り出す」ものである。
原告は,「プレッシャプレートの押圧力を減少させた際にポリシング定盤の中心部から外周に向かって研磨材を流すだけである刊行物記載発明では,研磨材に対しパルス状の圧力を作用させようとすると,ポリシング定盤の中心部から外周に向かう研磨材の流れを阻害することとなり,刊行物記載発明の目的達成に支障をきたすことになるから,研磨材に対しパルス状の圧力を作用させることはできない。」旨の主張をするが,研磨材の流れとパルス状の圧力との関係についての説明がなく,根拠のないものである。
本願発明も刊行物記載発明も,共に「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すことによって,研磨を受けている表面のすべての部分に絶え間なく研磨スラリーを行き渡らせることができ,表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化することができる。」という効果を生じるものであるから,本願発明によって刊行物記載発明及び周知技術に基づいては予測し得ない,顕著な効果が得られるということはできない。
したがって,「本件発明には,刊行物記載の発明及び従来周知の技術に基づいて当業者が普通に予測し得る範囲を超える格別の作用効果も認めることはできないから,本件発明は刊行物記載の発明及び従来周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(6頁7行〜10行)とした審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本願発明の意義(1)本件補正後の請求項1の内容は,前記第3,1(2)のとおりであり,本願の明細書(甲5)には「発明の詳細な説明」として次のア〜エの記載があり,本願の「図3」は次のオのとおりである。
ア 技術分野「この発明は,半導体装置の製造過程においてウェハの表面の高速度の材料除去および均一な平坦化を成し遂げるための化学機械研磨方法に関する。この発明は特に,誘電体材料の薄膜を迅速に平坦化することに応用される。」(4頁4行〜6行)イ 背景技術「図3に示される典型的なCMP装置300は回転可能な研磨プラテン302を含み,研磨パッド304はプラテン302の上に載せられており,これらは毎分約25から約50回転で回転するようマイクロプロセッサ制御モータ(図示せず)によって駆動される。ウェハ306は回転可能な研磨ヘッド308の底に載置されており,研磨されるべきウェハ306の主表面は,下にある研磨パッド304に接触するよう位置づけ可能である。ウェハ306および研磨ヘッド308は横向きロボットアーム312内に回転可能に取付けられた垂直回転軸310に装着されており,横向きロボットアーム312は研磨ヘッド308をプラテン302と同方向に毎分約15から約30回転で回転させ,研磨ヘッドを径方向に位置づける。
ロボットアーム312はまた,ウェハ306を研磨ヘッド304と接触させ適当な研磨の接触圧力を維持するよう,研磨ヘッド308を垂直方向に位置づける。研磨パッド304の上方の研磨ヘッド308の反対側にあるチューブ314は,典型的にはスラリーである適当な洗浄剤316を出し,パッドにまんべんなくしみ込ませる。
図3に示されるような従来のCMP技術および装置を使用するにあたって,特に,誘電体材料で覆われ,配線間間隔が約0.5ミクロン未満である高密度の配線パターンでは,平坦化される材料を高速で除去しながら均一に平坦化された表面を得ることは困難である。
従来のCMP技術および装置を利用して高速の材料除去速度で均一な平坦化を達成するという課題が半導体産業において認められている。この課題を解決するためのこれまでの試みは,研磨パッドおよび洗浄剤などのCMPの間に使用される消耗材料の改善,またはCMP装置などのハードウェアそのものの改善に焦点を合わせてきた。このような以前の努力の成果は満足のいくものとは言いがたい。」(5頁12行〜6頁7行)ウ 発明の開示・「この発明の目的は,ウェハの表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化するためのCMP方法である。」(6頁9行〜10行)・「ここでは,化学機械加工処理の間,ウェハに第1の圧力を与え,第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じなから,平坦化をもたらすため表面を化学機械研磨することでウェハの表面が平坦化される。」(6頁16行〜18行)エ 発明の説明・「この発明は,CMPが施されるウェハに与えられる適当な初期圧力を選択し,CMP加工処理過程において初期圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減ずることによって,従来のCMP技術,つまり方法および装置の限界に取組みこれを解決する。CMP加工処理過程において,研磨パッドに接触する研磨されるべき表面では洗浄剤が不足することとなり,ウェハの中央近くなど不足した領域の研磨が不完全になるため,このことはCMP動作の研磨速度および均一性に不利に影響を及ぼすことを発明者は発見した。この発明に従えば,CMPを受けるウェハに与えられる初期圧力は断続的に減じられパルス状の圧力を作り出し,それによって通常は絶え間なく研磨パッドに塗布される洗浄剤がCMP動作全体にわたって,研磨を受けているウェハの表面のすべての部分に絶え間なく行き届くことを可能にする。このように,CMP加工処理の間ウェハに与えられる圧力を定期的に減ずることは窮乏領域,つまり十分な量の洗浄剤がない領域への負の影響をなくす。」(7頁21行〜27行)・「この発明を実施する際,典型的に約6から約9psiの間である,経済的に望ましい高速度で効果的に材料を除去するために最適の初期圧力が選択される。この発明によれば,第2の,または減じられた圧力は一般的に約2psi未満であり,好ましくは約1psi未満であり,さらに好ましくは約0psiである。研磨速度または研磨パッドの回転速度は一般的に毎分約20から約50回転の間である。」(8頁13行〜18行)・「この発明の方法を実施するにあたって,CMPの過程において第1の圧力は第2の圧力へ断続的に減じられる。初期圧力を減ずる頻度は,たとえば,特定のCMP装置,研磨の速度,平坦化される材料,および洗浄剤など各々の特定のCMP動作に依存する。好ましくは,約1秒から15秒毎に,さらに好ましくは約1秒から10秒毎に,最も好ましくは約1秒から5秒毎に第1の圧力は第2の圧力へ減じられる。最も望ましい実施例においては,第1の圧力は第2圧力へ約1秒から3秒毎に断続的に減じられる。
この発明により,平坦化されるウェハに与えられる圧力を最適の初期圧力から好ましくは約0psiまで断続的に減ずることの効果によって,従来のCMP技術によってなし遂げられる平坦化の速度および均一性は大いに改善される。この発明のパルスCMP技術は,半導体装置の製造過程において平坦化を必要とするさまざまな状況に適用可能である。」(8頁下2行〜9頁10行)オ 【図3】(2)上記(1)の記載によれば,本件補正後の請求項1における「ウェハに第1の圧力を与えながら,平坦化を行なうために表面を化学機械研磨するステップと,前記研磨スラリーの窮乏領域を減じるように化学機械研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップ」の技術的意義は,「ウェハの表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化するために,化学機械加工処理の間,ウェハに与えた第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出して,該パルス状の圧力によって,『研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップ』により塗布された研磨スラリーを研磨パッド上のスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させ,ウェハの表面を平坦化する」ものであると認められる。そして,本願発明において,研磨スラリーを研磨パッド上のスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させる作用効果は,第1の圧力から第2の圧力へ減じることを断続的に繰り返すことによってもたらされるものと解される。
なお,研磨スラリーの供給については,上記請求項1には「研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップ」という記載しかなく,図3に記載されている装置も,典型的なCMP装置の例として記載されているにすぎないから,本願発明において研磨スラリーの供給方法は特定されていないというべきである。
3 刊行物記載発明の意義(1) 刊行物1(甲1)には,次の記載がある。
ア 特許請求の範囲「(1)ポリシング定盤上にポリシングパッドを敷きプレッシャプレートに被加工物を接着しこのプレッシャプレートを回転するポリシングパッド上に押圧して自転させながら研磨材を供給して加工するポリシング方法において,上記ポリシング定盤の中心部から上記研磨材を供給することを特徴とするポリシング方法。
(2)プレッシャプレートの押圧力を加工のための高圧と,研磨材流入のための低圧とに間けつ的に切換えることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のポリシング方法。
(3)押圧力が低圧のときのみ研磨剤を流出させることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載のポリシング方法。
(4)上面にポリシングパッドをそなえて回転駆動されるポリシング定盤と,被加工物を取付けかつ上記ポリシング定盤に対向した取着面をもち上下動自在にかつ回転自在に支持されたプレッシャプレートと,上記ポリングパッド上面に研磨剤を供給する研磨剤供給手段とを有するポリシング装置において,上記研磨材供給手段は,上記プレッシャプレートを上方に押上げて被加工物への押圧力を減少させる逆圧ユニットと,上記ポリシング定盤の中心部に開口した供給孔から研磨材を供給する研磨材供給ユニットと,これらユニットの中少なくとも逆圧ユニットを間けつ的に作動させ,押圧力を減少させながら研磨材を供給させる制御ユニットとを具備したことを特徴とするポリシング装置。」イ 発明の詳細な説明(ア) 従来の技術「一般に平板状のガラス板などをポリシング加工する場合には,第5図に示すようなポリシング盤が使用される。これは上面にポリシングパッド(1)を載置したポリシング定盤(2)と,これの上方に対向して設けられて,駆動機構(3)により紙面直角方向に揺動運動するプレッシャプレート(4)と,研磨剤(5)を供給する研磨剤供給ユニット(6)などから構成されている。
また,プレッシャプレート(4)は上下動自在であるとともに回転自在に支持されていて,プレッシャプレート(4)に被加工物(7)としてのガラス板(8)が接着されている。
そして,ポリシング定盤(2)を回転させ研磨剤供給ユニット(6)から,油と遊離砥粒とからなる研磨剤(5)をポリシングパッド(1)上に供給した後,プレッシャプレート(4)を降し,ガラス板(8)をポリシングパッド(1)上にプレッシャプレート(4)の自重で圧接する。この自重による押圧力の下で,プレッシャプレート(4)はポリシング定盤(2)の回転により自転されながら揺動駆動されることにより,被加工物(7)はポリシングされて行く。
さて加工中,研磨材はプレッシャプレート(4)の外側から絶えず供給されているが,加工速度向上のため,押圧力,回転数を大にすると,軟かいポリシングパッド(1)とプレッシャプレート(4)との間隙は押圧力のため極めて小さくなり,しかも自転による遠心力も大となり,その影響を受けて,被加工物(7)の内部に研磨材(5)が入りにくくなる。例えば1辺10cmの正方形以上のガラス板(8)になると,内部に研磨剤(5)の流入が不十分になり,均一なポリシングが行なわれないため,研磨むらがしばしば発生する不都合があった。」(2頁左上欄2行〜右上欄13行)(イ) 発明が解決しようとする問題点「本発明は上述の不都合を除去するためになされたもので,大形の被加工物でも研磨むらを起すことなく高能率で,ポリシング加工ができるポリシング加工方法を提供することを目的とする。
また,他の発明は,上述の発明方法を実施するための装置を提供することを目的とする。」(2頁右上欄下1行〜左下欄5行)(ウ) 発明の構成a問題点を解決するための手段と作用「本発明はポリシング定盤上にポリシングパッドを敷きプレッシャプレートに被加工物を接着しこのプレッシャプレートを回転するポリシングパッド上に押圧して自転させながら研磨材を供給して加工するポリシング方法において,上記ポリシング定盤の中心部から研磨材を供給することを特徴とするポリシング方法である。
すなわち,ポリシング定盤の中心部から上記研磨材を供給することによりポリシングパッド上に十分研磨材が供給でき,さらに遠心力により全面に均一に分布させ,順次外周に流出させるようにした方法である。
他の発明は,上面にポリシングパッドをそなえて回転駆動されるポリシング定盤と,被加工物を取付けかつ上記ポリシング定盤に対向した取着面をもち上下動自在にかつ回転自在に支持されたプレッシャプレートと,上記ポリングパッド上面に研磨剤を供給する研磨剤供給手段とを有するポリシング装置において,上記研磨材供給手段は,上記プレッシャプレートを上方に押し上げて被加工物への押圧力を減少させる逆圧ユニットと,上記ポリシング定盤の中心部に開口した供給孔から研磨材を供給する研磨材供給ユニットと,これらユニットの中の少なくとも逆圧ユニットを間けつ的に作動させ,押圧力を減少させながら研磨材を供給させる制御ユニットとを具備したことを特徴とするポリシング装置である。
すなわち,逆圧ユニットによりプレッシャプレートの押圧力を減少させ,研磨材供給ユニットによりポリシング定盤の中心部に設けた供給孔から研磨材を供給し,制御ユニットにより逆圧ユニットと,研磨材供給ユニットとを間けつ的に同時に作動させて上記発明方法を実施するようにしたものである。」(2頁左下欄8行〜3頁左上欄2行)b実施例「まず,作動機構(13)を操作して,プレッシャプレート(12)を上昇させて,被加工物(7)としてのガラス板(8)を1個接着する。次に研磨材供給ユニット(42)を作動させて,研磨材(5)を供給パイプ(59),(59)からポリシングパッド(22)上に供給し,ポリシング定盤(11)を回転させる。十分研磨材(5)が供給された状態で,作動機構(13)によりプレッシャプレート(12)を下降させ,ガラス板(8)をプレッシャプレート(12)の自重でポリシングパッド(22)に押圧し,次に作動機構(13)によりプレッシャプレート(12)に鎖線(35),(35)で示す揺動運動を与え,ポリシングを開始する。開始したら直ちに制御ユニット(43)を作動させる。タイマ(62)に予め設定した時間が経過すると,タイマ(62)の作動により,逆圧ユニット(41)のエアシリンダ(45)を作動させる逆圧電磁弁(46)と,研磨材供給ユニット(42)の供給電磁弁(54)とを励磁して,エアシリンダ(45)を所定圧の下で上方に後退させて,プレッシャプレート(12)の押圧力を減少させ,同時に研磨材(5)を供給孔(51)から噴出させる。そして予め設定した所定時間経過すると,再びタイマ(62)の作動により,電磁弁(46),(54)の励磁が止み,元に復帰し,エアシリンダ(45)は下方に前進してプレッシャプレート(12)との係合を外し,元の自重による加工に戻り,同時に供給孔(51)からの研磨材(5)の供給は停止し,供給パイプ(59),(59)からの供給だけで揺動しながら加工が続行される。このようなサイクルを所定回,間けつ的に繰返して1ロットの加工が終了する。
上述したように,本発明実施例においては,一定の押圧力,例えばプレッシャプレートの自重により加工中に,押圧力を減少させて,ポリシング定盤の中心部に研磨剤を供給するので,被加工物とポリシングパッドの間にも研磨剤が十分に流れガラス板の中心部分にも研磨剤が行き渡り均一な加工が行なわれる。そして行き渡った研磨剤は遠心力で順次外側に流れ出ていくようにしたので,加工の押圧力は従来は150g/cm が限界であったが,250g/cm にしても十分内2 2部に研磨剤は流入する。」(3頁右下欄9行〜4頁右上欄5行)ウ 図面第2図(本発明装置の一実施例の正面図)第5図(従来例を示す正面図)(2)上記(1)の記載によれば,刊行物記載発明は,大形の被加工物でも研磨むらを起すことなく高能率で,ポリシング加工ができるポリシング加工方法を提供するために,プレッシャプレートの押圧力を減少させると同時に,研磨材をポリシング定盤の中心部から供給することにより,ポリシングパッド上に十分に研磨材を供給し,さらに遠心力により全面に均一に分布させ,順次外周に流出させるようにしたものであって,「被加工物の表面が平坦化されるポリシング方法であって,平坦化されるべき被加工物をポリシングパッドの上に置くステップと,研磨材をポリシングパッドに供給するステップと,被加工物に加工のための高圧を与えながら,平坦化を行なうために表面をポリシングするステップとを含む方法。」であるということができる。
上記(1)の記載によれば,刊行物記載発明においては,ポリシングの間,加工のための高圧と,研磨材流入のための低圧とを間けつ的に繰り返すことが認められる。
4 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)について(1)前記2認定のとおり,本願発明は,「ウェハの表面を高速の材料除去速度で均一に平坦化するために,化学機械加工処理の間,ウェハに与えた第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出して,該パルス状の圧力によって,『研磨スラリーを研磨パッドに塗布するステップ』により塗布された研磨スラリーを研磨パッド上のスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させ,ウェハの表面を平坦化する」ものである。したがって,本件補正後の請求項1の「パルス状の圧力を作り出す」という用語は,第1の圧力を第2の圧力へ断続的に減じることでパルス状の圧力を積極的に作り出して研磨スラリーに作用させ,研磨パッド上に研磨スラリーを行き渡らせるようにするものであると解することができるから,その旨の原告の主張を認めることができる。
(2)被告は,上記請求項1の「パルス状の圧力を作り出す」という用語は,単に「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じ」てパルス状に変化する圧力を作り出すことを意味していることは明確であると主張するが,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,特許出願に関する一件書類に含まれる発明の詳細な説明の記載や図面をも参酌して,その技術的意義を明らかにした上で,技術的に意味のある解釈をすべきである。
そうすると,上記請求項1の「パルス状の圧力を作り出す」という用語は,上記のとおり解釈することができるのであって,「研磨パッド上に研磨スラリーを行き渡らせるようにする」ことは,「パルス状の圧力を作り出す」ことの結果として起きる現象であるとしても,それを用語の解釈に含めることができないという理由はない。
(3)以上のとおり,取消事由1は理由がある。この点が,審決の刊行物記載発明の認定の誤りや本願発明と刊行物記載発明との一致点・相違点の認定の誤りをもたらしているかどうかは,後記5及び6のとおりである。
5 取消事由2(刊行物記載発明の認定の誤り)について(1)前記3のとおり,刊行物記載発明は,ポリシングの間,加工のための高圧と,研磨材流入のための低圧とを間けつ的に繰り返すものであり,このような動作をするのは,研磨材をポリシング定盤の中心部から供給することにより,ポリシングパッド上に十分に研磨材を供給し,さらに遠心力により全面に均一に分布させ,順次外周に流出させるようにするためである。そうすると,刊行物記載発明において低圧にするのは,研磨材をポリシング定盤の中心部から流入させるためであって,流入した研磨剤は,遠心力により全面に均一に分布し,順次外周に流出するのであるから,本願発明のような「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出して,研磨スラリーを研磨パッド上のスラリー窮乏領域に行き渡らせるように移動させる」という技術思想を有するとは認められない。このことは,本願発明において研磨スラリーの供給方法は特定されていないことによって左右されるものではない。
(2)刊行物記載発明において「ポリシングの間,加工のための高圧と研磨材流入のための低圧とを間けつ的に繰り返すこと」は,本願発明における「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すこと」と,動作としては似ているが,上記のとおり技術的な意義が異なることからすると,刊行物記載発明において「ポリシングの間,加工のための高圧と研磨材流入のための低圧とを間けつ的に繰り返すこと」が,本願発明における「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すこと」に相当するということはできないというべきであり,前記4で述べたところに照らしても,刊行物記載発明について,「パルス状の圧力を作り出す」ものであるとする審決の認定には誤りがあるというべきである。
(3) 以上のとおり,取消事由2も理由がある。
6 取消事由3(一致点・相違点の認定の誤り)について(1)前記5のとおり,刊行物記載発明は「パルス状の圧力を作り出す」ものであるということができないから,本願発明の「研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップ」は,刊行物1(甲1)には記載されておらず,本願発明と刊行物記載発明との一致点として「研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すステップ」を認定した審決の一致点の認定(4頁15行〜16行)には誤りがあるというべきであり,この点は,相違点とすべきである。
したがって,本願発明と刊行物記載発明と【相違点2】は,次のようにすべきである(以下,これを「相違点2’」という。)。
「前者では研磨スラリーの窮乏領域を減じるように,研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ複数回減じてパルス状の圧力を作り出すのに対し,後者では第1の圧力を第2の圧力に減じると同時にポリシング定盤の中央部から研磨スラリーを供給している点。」(2)被告は,本願発明と刊行物記載発明とは,圧力が低い方に減じられたときに研磨スラリーが研磨パッドと研磨対象物との間に侵入しやすくなるという作用の点で違いはないと主張するが,そうであるとしても,前記5で述べたとおり技術思想に違いがある以上,上記(1)のとおり,審決の一致点の認定には誤りがあるというべきである。
また,被告は,本願の発明の詳細な説明又は図面に,本願発明の「第2の圧力」が,「既に研磨パッドに供給されている研磨スラリーに対する圧力を高めたり減じたりすることで研磨スラリーに対しパルス状の圧力を作り出して研磨パッド上に行き渡らせる」作用を生ずることを裏付ける記載は見当たらない,と主張するが,前記2(1)エのとおり,本願の明細書[甲5]7頁21行〜27行には,「既に研磨パッドに供給されている研磨スラリーに対する圧力を高めたり減じたりすることで研磨スラリーに対しパルス状の圧力を作り出して研磨パッド上に行き渡らせる」旨の作用を生ずることが記載されているから,明細書の「発明の詳細な説明」に裏付けがあるということができる。
(3) 以上のとおり,取消事由3も理由がある。
7取消事由4(相違点についての判断の誤り)及び取消事由5(本願発明特有の技術的思想及び作用効果の看過)について(1) 相違点1につきア刊行物記載発明は,機械的研磨法に属するものであるのに対し,本願発明は,化学機械研磨法についてのものであるとしても,前記2及び3における刊行物記載発明及び本願発明に関する認定によれば,共に表面が平坦化される平板状の被加工物を,研磨スラリーを供給しつつ研磨パッドに押圧して研磨する方法に関するものである点において共通するということができる。そして,甲2(特開昭61-120424号公報。発明の名称「誘電体分離基板の研磨方法」,出願人 沖電気工業株式会社,公開日 昭和61年6月7日),甲3(特開平2-40917号公報。発明の名称「Siウエハの鏡面加工方法」,出願人 新日本製鐵株式会社,公開日 平成2年2月9日),甲4(特開平4-255218号公報。発明の名称「平坦なウエーハを研磨する方法及びその装置」,出願人 ミクロン・テクノロジー・インコーポレイテッド,公開日 平成4年9月10日)によれば,化学機械研磨法は,本件優先権主張日当時よく知られていたと認められるから,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,刊行物記載発明を化学機械研磨法に用いることを容易に想到することができたものと認められる。
イ原告は,刊行物1(甲1)に記載の装置では,被加工物(7)の直下に研磨材(5)の供給孔(51)を配置しているが,この供給孔(51)の存在により,例えば研磨後のウェハの面内均一性に悪影響を及ぼすことが予想されるのであり,高度な研磨精度(特に面内均一性)が要求される半導体ウェハの場合には,刊行物1(甲1)に記載の装置では,要求特性を満足する研磨を行うことは困難となる,と主張する。しかし,乙1(特開平6-333893号公報。発明の名称「半導体基板の研磨方法」,出願人 モトローラ・インコーポレーテッド,公開日 平成6年12月2日),乙2(特開平5-13389号公報。発明の名称「研磨装置」,出願人ソニー株式会社,公開日 平成5年1月22日),乙3(実願昭61-92571号[実開昭63-754号]のマイクロフィルム。考案の名称「半導体ウエーハ研磨装置」,出願人 日立電線株式会社,公開日 昭和63年1月6日)によれば,半導体ウェハを化学機械研磨法によって研磨する装置においてウェハ直下の研磨パッドに凹部を形成することは,本件特許優先権主張日当時よく知られていたものと認められるから,刊行物記載発明において,被加工物(7)の直下に研磨材(5)の供給孔(51)を配置しているからといって,そのことが直ちに研磨後のウェハの面内均一性に悪影響を及ぼすと認めることはできないし,その他,刊行物記載発明を化学機械研磨法に適用することが困難であるというべき事情を認めることはできない。
ウしたがって,審決の相違点1に関する判断に誤りがあるということはできない。
(2) 相違点2につきア前記3のとおり,刊行物1(甲1)には,低圧にすることによって,研磨材をポリシング定盤の中心部から流入させること,流入した研磨剤は,遠心力により全面に均一に分布し,順次外周に流出することは記載されているものの,前記5で述べたとおり,研磨スラリーの窮乏領域を減じるように,研磨の間第1の圧力を第2の圧力へ複数回減じてパルス状の圧力を作り出すことは記載されていない。刊行物記載発明における「ポリシングの間,加工のための高圧と研磨材流入のための低圧とを間けつ的に繰り返すこと」は,本願発明における「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すこと」と,動作としては似ているものの,それらの技術的意義は異なるのであるから,刊行物1(甲1)に「第1の圧力を第2の圧力へ断続的に複数回減じてパルス状の圧力を作り出すこと」が記載されているということはできないのはもとより,そのことが示唆されているということもできない。また,上記のとおり技術的意義が異なることからすると,その作用効果も異なるというべきである。
したがって,当業者が,相違点2’について,刊行物1(甲1)から容易に想到することができたと認めることはできない。
イ当事者間には,?刊行物記載発明では,供給パイプから研磨材を供給しながらプレッシャプレ-トで押圧してポリシングを行うポリシングステップと,供給パイプからの研磨材の供給を停止してポリシングを中断し,その間にプレッシャプレートの押圧力を減少してポリシングパッド上に研磨材を供給する研磨材供給ステップとを交互に行っているかどうか,?刊行物記載発明において,研磨定盤の中心部と並行して供給パイプから研磨パッドへの研磨材の供給を行うと,研磨定盤の中心部から外周に向かう研磨スラリーの流れが阻害されるかどうかについて争いがあるが,それらがいずれであっても,上記アの認定が左右されることはないというべきである。
(3)したがって,取消事由4及び5は,相違点2について理由があり,その余の点については判断するまでもない。
8結論以上のとおり,原告主張の取消事由は前記の限度で理由がある。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 澁谷勝海