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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10075特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10056特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成20ワ25354特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成20ネ10019特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成20ワ4754損害賠償請求事件 判例 特許
関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  技術的思想 /  製造方法 /  技術的範囲 /  実施可能要件 /  技術常識 /  明瞭でない記載 /  警告 /  対象製品 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  不法行為(民法709条) /  特許審決 /  請求の範囲 /  釈明 /  合理的な理由 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 平成 20年 (ネ) 10073号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人ジャパンファインスチール株式会社
訴訟代理人弁護 士飯島歩
訴訟代理人弁理 士西谷俊男浦利之
訴訟代理人弁護 士小瀧あや谷口明史
訴訟代理人弁理 士横井知理
補佐人弁理 士角田嘉宏
被控訴人株式会社キスワイヤジャパン (旧商号株式会社キスワイヤ)
訴訟代理人弁護 士山上和則
訴訟代理人弁理 士池内寛幸
補佐人弁理 士米田賢治
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/08/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
全容
第1控訴の趣旨1原判決を取り消す。
2被控訴人は,原判決別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,輸入し,譲渡及び貸渡しの申出をしてはならない。
3被控訴人は,その本店,営業所及び工場に存するイ号物件の完成品並びに半製品(イ号物件の構造を具備しているが,未だ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,2億2881万6000円及びこれに対する平成18年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1審,第2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要【略称は原判決の例による。】1本件は,発明の名称を「ソーワイヤ用ワイヤ」とする下記の特許第2957571号(出願 平成10年8月27日,登録 平成11年7月23日。以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である控訴人(一審原告)が,韓国の高麗製鋼株式会社の製造したソーワイヤを販売する日本の代理店である被控訴人(一審被告)に対し,被控訴人が輸入,販売等しているイ号物件は本件発明の技術的範囲に属し,これを輸入,販売等する被控訴人の行為は本件特許権を侵害するとして,特許法100条に基づきイ号物件の生産・使用等の差止めとその完成品及び半製品の廃棄を求めるとともに,特許権侵害不法行為による損害賠償2億2881万6000円及びこれに対する平成18年10月2日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
記(1)出願日平成10年8月27日(特願平10-242066号)(2)公開日平成12年3月7日(特開2000-71160号)(3) 登録日平成11年7月23日(4)異議決定確定日平成13年4月28日(異議2000-71370号,以下この異議手続における訂正を「第1次訂正」という。)(5)訂正審決確定日平成18年2月17日(訂正2006-39001号,以下この訂正を「第2次訂正」という。請求項の数1)(6) 発 明 の 名 称ソーワイヤ用ワイヤ(7) 特許請求の範囲(第1次訂正及び第2次訂正後のもの)「【請求項1】シリコン,石英,セラミック等の硬質材料の切断,スライス用に用いられるソーワイヤであって,径サイズが0.06〜0.32mmφで,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応2力,-側は圧縮応力)の範囲に設定されていることを特徴とするソーワイヤ用ワイヤ。」2一審原告たる控訴人は,平成18年9月26日に上記内容の差止め及び損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に提起し,そこでは,?@イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1),及び?A一審原告に生じた損害額(争点2),が争点となったが,原審の大阪地裁は,平成20年9月4日,争点1について判断し,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するものではないとして,一審原告たる控訴人の本訴請求を棄却した。そこで,これに不服の一審原告が本件控訴を提起した。
なお,本件特許権に対し被控訴人(一審被告)から特許無効審判請求(無効2006-80102号事件)がなされたが,特許庁から平成19年3月20日付けで請求不成立の審決がされ,これに対して被控訴人から審決取消訴訟が提起された(平成19年(行ケ)第10147号)が,平成20年3月27日に知的財産高等裁判所から請求棄却の判決がなされている(確定)。
3当審における主たる争点は,上記争点1(イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか)である。
第3当事者の主張当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概要」,「第3争点1(イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足するか。)に関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
1控訴人以下に述べるとおり,原判決には深刻な事実誤認があり,これが結論に影響を及ぼすことは明らかであって,控訴人の本訴請求は認容されるべきである。
(1)複数の試料の内部応力数値を平均化して本件発明の技術的範囲に属するかどうかを判断することにつきソーワイヤの一部が本件発明の技術的範囲内にあれば,被控訴人が本件発明を実施していることが認められる。そもそも,ダイスを用いた伸線工程においてその初期の部分と終期の部分とでソーワイヤの巨視的な内部応力に有意のばらつきが生ずることはないから,一部について立証ができれば,ワイヤ全体が技術的範囲に属することが容易に推認できる。控訴人が提出した実験における測定数値のばらつきは測定精度によるものであって,ワイヤの長さ方向における客観的な内部応力のばらつきによって生じるものではない。
したがって,複数の試料の内部応力数値を平均化して本件発明の技術的範囲に属するかどうかを判断することができるというべきである。
(2)原判決の「争点に対する判断」のうち「争点1(イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足するか。)について」(100頁8行〜102頁6行)につきここに判示された事項のうち,以下の点において誤りがある。
ア エッチング角度について原判決は,内部応力値を求めるに当たって,ワイヤの円周上において180度の角度でエッチングされたことを前提とする内部応力計算式を適用することが必要であるとし,これを前提として,エッチングが正確に180度の角度でなされていることが必要であると判示する(101頁6行〜11行)。
しかし,第1に,本件発明の構成要件にそのような限定はない。第1次訂正前の本件特許の明細書にエッチング角度を180度とすることを前提とした計算式が記載されていたことは事実であるが,これはワイヤの曲率変化から内部応力値を導出する理論的プロセスを表現したものに過ぎず,産業的応用としての技術的思想を構成するものではないから,発明を限定するものではない。第2に,内部応力値の算出においてエッチング角度は補正可能であり,特定の角度であることは重要でない。第3に,層除去法は内部応力の測定手段として最も一般的な手法であり,また,内部応力計算式は,学部学生程度の材料力学の知識があれば容易に導出できるものであるから,特に計算式をエッチング角度が180度のものに限定しなければならない事情はない。
理論的にも,180度前後のエッチングにおいて,エッチングの両端周辺は,その角度や形状が測定値にほとんど影響しない。これは,両端周辺に強い応力が作用しても,ワイヤの曲率にはほとんど影響しないからである。このことは,ワイヤの曲げ方向と同じ上下方向に力を加えれば,ワイヤはその曲げ方向へ容易に曲げられるのに対し,側面に力を加える場合には,その力が強くともワイヤを上下方向へ曲げるのが非常に困難であることを想像すれば容易に理解可能であると思われる。
したがって,ワイヤの円周上において180度の角度でエッチングされたことを前提とする内部応力計算式を適用することが必要であるとの上記認定は誤りである。
イ エッチング深さの均一性について原判決は,エッチング深さが円周方向において均一でなければならないと判示する(101頁6行〜11行)。
確かに,エッチング深さが均一であることは望ましいが,原判決が想定する均一性は,エッチング後のワイヤの断面形状が測定の模式図に表れるものと相似でなければならないというきわめて厳格なものであるところ,そのような要求は技術常識に反するものである。
原判決も認めるとおり,ミクロンの単位での均一なエッチングは必ずしも容易な作業ではなく,実際上原判決が要求する水準の「正確なエッチング」を実施できる者は,本件特許出願の当時も,現在も,存在しない。
それにもかかわらず,層除去法が内部応力値の測定手法として最も一般的なものとして当業者に定着しているのは,現時点におけるエッチングのレベルによって必要十分な測定精度が得られるからである。
理論的にも,上記アのとおり,180度前後のエッチングにおいて,エッチングの両端周辺は,その形状が測定値にほとんど影響しない。
このように,原判決が,エッチング深さについてエッチング領域の全体にわたって過度の均一性を求めるのは,技術的に見て意味のない要求であり,本件発明の本質を見誤ったものというべきである。
さらに,控訴人は,測定結果に一定の精度を確保するための具体的手段として,測定を繰り返し,その平均値を得ている。
(3)原判決の「争点に対する判断」のうち「甲6報告書の信用性について」(102頁7行〜105頁16行)につきア原判決は,甲6報告書は,「腐食面を限定する手法として鋼線の円周の半分をマスキングするジャパンファインスチール(株)が提唱する方法を利用」するとの記載はあるが,その具体的内容についての記載がなく,信用性を積極的に肯定できないと判示する(102頁9行〜下4行)。
しかし,層除去法は周知の測定手段であるから,その具体的手法について詳細な記述がないことが直ちに報告書の信頼性を阻害するとは考え難い。むしろ,甲6報告書の作成主体が東京農工大学という控訴人と利害関係のない第三者研究機関であること,甲28(DVD)によって控訴人の提唱する手法の内容が特定されていること,及び,東京農工大学自身の事情として,測定手法について同大学が虚偽の記載をし,又は事実を隠匿しなければならない理由は見い出せないことに照らせば,原判決引用にかかる上記記載は,甲6報告書における実験が適切な手法によって実施されたことを示すものであって,甲6報告書の信用性を認めるに足りる記載であるといえる。
なお,被控訴人は,甲6と甲28の手順を比較してその相違を指摘するが,控訴人は,ワイヤの半分にマニキュアを塗布して15μmエッチングし,その前後の状態をコピーで比較して曲率の変化を測定する,という手順の要素をなす事項の同一性について主張しているのであって,硝酸溶液の濃度や時間,コピーに際して折り曲げたワイヤの短部を重ねたか否かなど,実験者の裁量事項ともいうべき細目に至るまで同一であると述べているわけではない。
イここでの原判決による批判の要旨は,甲6の1の記載から個々の試料について確認状況を追跡できないこと,エッチングについて上記(1)のような過度の正確性を要求することを前提としつつその正確性を疑うこと,計算に用いた数値の一部に定数を用いたことである。
これらのうち,個々の試料のエッチングの状況の追跡ができないことや数値の一部に定数が用いられていることは原判決の指摘のとおりであり,これらは,甲6報告書が,いまだ内部応力の測定方法についての紛争が先鋭化する前に作成されたものであることに起因する。
しかし,そうであるからといって,甲6報告書を本件における事実認定において証拠価値のないものと考えることは,以下のとおり不当である。
(ア)原判決は,ソーワイヤの内部応力値を一義的・絶対的な数値として算出されるべきことを要求しているように思われる。
しかし,甲6報告書による立証命題は,イ号物件について,「15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」が「0±40kg/mm 」の範囲内にあることであって,2一義的・絶対的な数値を求めることではない。
この場合において,測定結果が一義的・絶対的に特定されることを要求する必要はなく,また,そのような要求をすることは,むしろ非科学的である。どのような対象に対しても,厳密に見れば測定値にばらつきが生じるのは避けられないところである。控訴人の立証活動は,結果にばらつきがあることを前提としつつ,複数回の測定結果を提出し,かつ,エッチングの深さのばらつきの測定値への影響が限定的であることを証明し(甲35[ジャパンファイルスチール株式会社作成の「内部応力測定におけるエッチング深さの影響」と題する書面]),測定結果のばらつきが存在するにもかかわらずイ号物件が本件発明の上記数値範囲内に属するものであることを明らかにしようとするものである。
(イ)このようにしてみると,控訴人と利害関係のない研究機関によって作成された甲6報告書は,仮にその内容の正当性の事後的検証に困難がある等,一定の問題をはらむものであるとしても,依然,甲7,甲31,甲32等他の証拠と総合的に観察したときに,イ号物件が本件発明の技術的範囲内に属するものであることを証明する有力な証拠資料であると評価すべきである。
原判決は,個々の試料に対する測定状況を分断的に捉え,その信頼性を非難するものであるが,原判決の採用する分析手法は技術的に無意味であって,証拠の評価を誤ったものである。
(4)原判決の「争点に対する判断」のうち「甲7報告書の信用性について」(105頁17行〜115頁下5行)につきア原判決は,甲28(DVD)の測定手法に「問題がある」と判示する(105頁下4行〜下2行)が,同手法はごく一般的な層除去法の手法であり,これに「問題がある」とするのは,以下のとおり証拠によらずに問題の存在を憶測し又は非常識な測定精度を要求した結果に過ぎない。
(ア) マニキュアの塗布方法についてa原判決は,手作業でマニキュアを1回だけ塗るのでは,「垂れ」や「塗り残し」を生じ,又は,ワイヤの長手方向に沿って塗りムラを生じるため,正確なマスキングができないと判示する(106頁11行〜108頁16行)。
しかし,第1に,積極的に「垂れ」や「塗り残し」,ムラの存在を基礎付ける証拠は存在せず,上記判示は憶測を述べたものとしか考えられない。
第2に,上記甲28の手法を用いてマニキュアを塗布したワイヤについての甲31(公正証書)添付の顕微鏡写真を見れば,総計47のサンプルのいずれにもマニキュアの「垂れ」や「塗り残し」,ムラが生じていないこと,マニキュアが塗布されている部分と塗布されていない部分との境界が直線状になっていることがそれぞれ認められる。
甲31添付の顕微鏡写真は,時間の制約を受け,代理人や公証人が見守る中で行われたマニキュア塗布作業の結果であって,作業担当者は日常的環境における作業時と比較して強い緊張下にあったと考えられるところ,それでもなお「垂れ」や「塗り残し」,ムラが生じていないことを考慮すれば,通常の環境においてそのような問題が生じることはないと認められる。
第3に,仮に,「垂れ」や「塗り残し」,ムラによって測定精度に看過できない問題が生じるのであれば,マニキュア法が一般的な手法として当業者に定着することはあり得ないはずであるが,現実には,これが一般的手法として認知されている。
このようにしてみると,マニキュア塗布を手作業で1回だけ行うことを理由に「垂れ」や「塗り残し」が生じるとした判示は,証拠に基づく判断とはいいがたく,誤りである。
なお,被控訴人は,甲31添付の顕微鏡写真では,10cmを超えるワイヤの8mm弱についてしか塗布の状態は確認されておらず,また,甲31のNo.37の写真にはマニキュアの垂れが認められると主張するが,試料についてマニキュア塗布の手法は同一であるから,8mm弱の範囲について確認したのみであっても,多数本について良好な状態が確認されれば,全体の塗布状態が良好であったことを示す証拠としては十分な証明力が認められるし,また,甲31添付の顕微鏡写真にわずかな垂れが認められるとしても,多数本の試料の中のわずか1本について,ごく微小な垂れが認められるにとどまる。
bまた,原判決は,ワイヤの円周の最も上側の部分のマニキュアが薄くなって,その部分がエッチングにより削られる可能性について言及する(107頁13行〜19行)。
しかし,マニキュアは,エッチング液によって浸食されないからこそワイヤのマスクに用いられるのであり,マニキュア層の厚みにかかわらずマスクの機能を果たすから,この判示も誤りである。
なお,マニキュアを1回だけ塗布するのは,めっきされた平滑な金属面にマニキュアを均一に塗布するのは容易であるが,極細線について重ね塗りを正確に行うのはむしろ困難であるからである。
(イ) エッチングの方法についてa原判決は,高温のエッチング液で比較的短時間でエッチングを行うと,エッチングの精度を維持できないと判示する(108頁18行〜109頁6行)。
しかし,原判決が上記甲28に表れる控訴人の手法を批判する根拠は,乙16(JFEテクノリサーチの試験報告書)の手法と比較して相対的に精度が低いというものであるところ,これは,要するに,「より精度が高い手法がある」ということを認定しているに過ぎず,これをもって甲28の手法に問題があるとすることには論理の飛躍がある。
したがって,原判決の上記判示には,基本的な論理において結論との間に深刻な食い違いが認められる。
bまた,原判決は,甲28の手法では3本のワイヤを同時にエッチングした後ほぐしているため,ワイヤの密着部分がエッチング液に接触せず又はマニキュアが部分的に剥離する恐れがあると判示する(109頁下6行〜110頁4行)。
しかし,作業者が3本のワイヤがエッチング液内で密着しないように配慮するのは,エッチングという作業目的を考慮すれば当然のことであるし,実際上スターラーによって強く攪拌されている液の中において密着が生じることもない。
また,マニキュアは,マスキングに用いることから明らかなとおりエッチング液によって溶解せず,他に金属表面がエッチング液中で密着するような要因もない。
甲28の映像においてワイヤ同士が密着しているのは,エッチング後に各ワイヤ表面に残存した水分の表面張力によるものであって,空気中から取り出したときに初めて生じる現象である。
したがって,原判決の上記判示には誤りがある。
(ウ) エッチング後のワイヤ断面形状の確認について原判決は,層除去法の適用に際してエッチング角度が180度でなければならないとの前提に立ち,甲7報告書におけるエッチング角度のばらつきを問題とする(110頁8行〜111頁13行)。
しかし,前記(2)アのとおり,そもそもエッチング角度が180度でなければならないという前提が成り立たない。
原判決は,本件において補正式の採用を否定する理由として,エッチング後の断面形状が甲7報告書7頁の模式図と異なるとの指摘をする。
確かに,角度補正式はこの模式図をモデルとするものであることは原判決の指摘するとおりである。
しかし,原判決が述べるような誤差が生じるとしても,それが本件の結論に影響する誤差であることを認めるに足りる具体的な証拠はない。
あらゆる測定には誤差があるのであり,問題とされるべきは要求精度であるところ,現実的には,模式図と完全に相似形の断面が得られるようなエッチングは不可能であり,それにもかかわらず,内部応力の測定に層除去法を用いること,そして,エッチング角度について補正が可能であることが技術常識となっているのは,この程度の形状の相違は要求精度との関係で問題を生じないからである。
したがって,原判決の上記判示には誤りがある。
なお,控訴人は,甲32報告書(ジャパンファインスチール(株)作成の「ソーワイヤ内部応力測定結果報告書」)において,エッチング角度が極端に大きいものや極端に小さいものを試料から排斥しているが,このような場合にはエッチングの両端の形状が測定値に影響を及ぼす可能性が(理論的なものにとどまるとはいえ)存在するからである。
ところが,原判決は,この点については,エッチング角度による選択の根拠が明らかでないとし,むしろ,甲32報告書の「透明性」を阻害する要因として指摘している(123頁18行〜124頁2行)。この指摘は,エッチング角度を限定しようとする認定と矛盾したものとなっており,技術的に見て一貫性を欠く。
(エ) エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定について原判決は,上記甲28の測定方法には,?@ワイヤにマニキュアが塗布された状態で曲率半径の測定を行っている点,?Aワイヤをテープで紙に貼り付けてコピーをとっている点,?B任意に弦を定めて定規を用いて手作業でアークハイトを測定している点において問題があると判示する(111頁15行〜114頁12行)。
しかし,これらの判示は,次のとおり誤りである。
a?@につき原判決の判示は,マニキュアが,その「量や粘度によってワイヤの曲率半径の測定値に対して影響を及ぼす可能性がある」というものであって,証拠によらない憶測であることが明らかである。
鋼線の曲率半径の変化に対するマニキュアの影響などは無視できる次元のものであり,そうであるからこそ,マニキュア法による測定が一般的に用いられているのである。
また,原判決が述べる,マニキュアとコピー用紙の「摩擦」というのも,これによる誤差を具体的に証明する証拠は存在せず,机上の空論に過ぎない。原判決が言わんとするのは,コピー用紙に載せる際に自然な状態とは異なる形状であったワイヤが,コピー用紙に載せられた状態で自然な曲率半径に戻ろうとするのを,ワイヤとコピー用紙の間に生じる静止摩擦によって阻害する可能性がある,ということであると思われる。しかし,ソーワイヤは,極細線とはいえ,金属や鉱石の切断に用いることから明らかなとおり,かなりの硬さを有する鋼のワイヤであって,少なくとも甲28の測定で用いる程度の長さに切り分けられたワイヤは容易には変形せず,コピー用紙に載せる前後で有意な変形が生じることはない。そもそも,甲28から明らかなとおり,ワイヤをコピー用紙の上に置くときには,ワイヤの自然な形状のままで置くのであって,変形させた状態で置くのではないから,変形が生じる機会もない。さらに,このような硬さを有するワイヤであるため,仮にコピー用紙に載せた直後の形状が自然な形状になっていないとしても,ワイヤとコピー用紙との間の静止摩擦力や,マニキュアの表面の凹凸が引っかかる程度の紙の繊維の抵抗によって,自然な形状への復元が阻害されるとは考えられない。したがって,マニキュアとコピー用紙との「摩擦」を問題とする原判決の判示は証拠によらないものであり,誤りである。
b?Aにつき確かに,原判決が述べるように,若干の三次元的ねじれが生じることはあるかもしれないが,ごく微小なものであり,これも測定結果に対してどれだけの誤差を生じるのかが立証されて初めて意味をなす批判である。
また,仮にコピー用紙から浮きが生じるようなねじれが生じれば,そのようなワイヤはもとより試料から除外されるであろうから,現実的にこれが問題となることはない。
さらに,エッチング後のワイヤに極めて微小な三次元的ねじれが残ることは避けられないから,仮にこれが問題となるなら,そもそも層除去法という手法は一般化していないであろう。
以上から,ワイヤのねじれを問題とするのも技術常識を無視した事実認定であり,このような空想レベルの抽象的な批判を取り上げて測定の信頼性を問題としていたのでは,およそこの世に測定可能な対象は存在しないこととなると思われる。
c?Bにつき原判決は,目分量と手作業で測定していることが問題であるというものであるが,目分量と手作業が信頼できないなら,専用の測定器具がないものの測定はできないこととなる。また,専用の測定器具があるからといって,目分量と手作業による測定が,測定器具による測定に対して精度的に劣るとは限らず,検証なくして目分量と手作業を批判することは非科学的である。
原判決は,この点に関して,弦の垂直二等分線を引くに際して,それを正確にするための「数学的な方法や各種の用具」を用いず,定規と鉛筆を用いて目分量で垂直を定めている,と指摘する(113頁18行〜下2行)が,定規と鉛筆で垂直を求めることには「数学的」根拠があり,定規と鉛筆はそのための「用具」として十分な役割を果たし得るものである。原判決が想定する「数学的な方法や各種の用具」が何を意味するのか明らかではないが,このような批判は具体的な誤差の発生が立証されて初めて意味をなすものである。
さらに,原判決は,甲28の手法によれば,測定値に0.5mm以上の誤差を生じるという認定もしている(114頁6行〜9行)が,そのような誤差を生じることについて証拠がないのみならず,甲28によって認められるとおり,アークハイトの高さを測定する際にはノギスが用いられており,0.1mm単位での測定がなされている。
加えて,控訴人が今般,原判決によって信頼性が高いとされた乙23の手法を用いて曲率変化を測定し,前記甲32報告書のデータと比較したところ,測定値の誤差は1〜2%にとどまり(甲40[ジャパンファインスチール(株)作成の「ソーワイヤ内部応力測定におけるアークハイト法と投影法による曲率半径及び内部応力測定結果の差異の確認」と題する書面]),手作業ゆえの不正確性の存在は認められなかった。
イ原判決は,本件における測定手法としてエッチング深さは15μm以下でなければならないこと,この要件を満たすサンプルはエッチング角度のばらつきが大きく,「本来のエッチング角度」から「大きくかけ離れている」ことを判示している(114頁下1行〜115頁15行)。
しかし,測定手法としてエッチング深さが15μm以下でなければならないという原判決の判示は,後記(5)ア(エ)のとおり誤りである。また,層除去法においてエッチング角度に制限がないことは,前記(2)アのとおりであり,「本来のエッチング角度」なるものを想定すること自体証拠によらない判断というべきであるから,そこから「大きくかけ離れている」ことは本来問題とならない。
したがって,原判決の判示には誤りがある。
(5)原判決の「争点に対する判断」のうち「本件公正証書等の信用性について」(115頁下4行〜132頁5行)につきア原判決は,前記甲32報告書の信頼性が低いと断じるが,以下のとおり証拠の評価を誤ったものである。
(ア)原判決は,被控訴人が自らプロファイルプロジェクタを用いて測定したという測定結果(乙23)を,その正当性を検証せずに採用している(117頁16行〜118頁下1行)が,乙23の測定結果は一つの試料に対してのみ実施されたに過ぎず,また,乙23の記載内容は科学的根拠が不明瞭であるから,信用性のきわめて乏しい資料である。原判決が,乙23をもって「格段に精度の高いものと考えられる」とする理由は,「光学的に拡大」しているということと,「人手に頼る部分が少ない」ということのみであり,実際の作業内容についてはなんら検証されていない。本当に光学的に拡大されたかどうかということすら,乙23からは明らかでない。このようにしてみると,原判決の証拠の取捨選択には著しい偏向があるといわざるを得ない。
また,原判決は,甲28の手法が「任意に」弦を定めるとする点も批判している。しかし,ここにいう「任意」には,曲率変化の測定という目的から,当然に「ワイヤが円弧を描く部分」ということが含意されており,恣意を許すものでないことは明らかであるから,事実を曲解したものに過ぎない。
前記(4)ア(エ)cのとおり,控訴人は,甲31に添付された資料をもとに,乙23で採用されたとされる手法を採用したところ,測定値の誤差は1〜2%にとどまり,手作業ゆえの不正確性は認められないことが確認された(甲40)。
なお,被控訴人は,前記甲32において,ワイヤの弦の長さが特定の数値となっていることから,ワイヤが円弧を描いている部分を選んだとは思われないと主張する。しかし,具体的に円弧を描いていない試料の指摘はない。そもそも,同じワイヤで同じ条件のエッチングをすれば,円弧の大きさはさほど大きく変わるものではないから,計算の便宜上弦の長さを統一し,その長さで円弧を描く部分を探すことには合理性がある。
(イ)原判決は,甲7報告書との比較に基づき,測定の都度結論たる測定値に大きな相違があるので,甲32報告書の測定結果は信頼できないと判示する(119頁2行〜120頁3行)。
甲31によるエッチング後の線径等のばらつきは比較的大きいところ,これは,甲31の実験は,公証人ほか関係者多数の立会いのもと2日間という非常に厳しい時間的制約のもとで実施されたため,甲7のように良好な試料が得られるまで実験を繰り返すことができなかったことによるものであり,その結果として,甲7報告書と甲32報告書の測定値にはばらつきが生じていると考えられる。
しかし,測定値がばらつくこと自体は「悪」ではなく,ばらつくことを前提に所要の結論を導くのが科学である。
そして,仮に立証命題がイ号物件の絶対的な内部応力値であるならば,さらにエッチング精度を上げ,また,測定対象となる試料の数もより多くする必要があるかもしれないが,本件において必要とされるのは,内部応力値が一定の数値範囲内にあることである。
この点については,甲6の1,甲7,甲31及び甲32を合わせて評価したとき,それぞれの条件下のいずれにあっても測定値が0±40kg/mm の範囲内にあることが認められ,また,エッチング深さによ2る測定値の変動を考慮してもその結果に重大な変化は生じないと認められるから(甲33[ジャパンファインスチール(株)作成の「内部応力測定におけるエッチング深さの影響」と題する書面]),イ号物件が本件発明の技術的範囲内に属するものであることが認められる。
したがって,原判決は,甲7報告書と甲32報告書との関係の理解を誤ったものというべきであり,甲32報告書が信頼できないとした点には誤りがある。
(ウ)原判決は,甲31及び甲32において,合計3回の資料の選別が行われたこと,その基準が不明確であることが控訴人による測定の信頼性を阻害していると判示する(120頁8行〜121頁8行)。
しかし,3回の選別は,いずれもその目的を異にしており,また,その基準も明確である。そして,これらの目的及び基準は,甲31及び甲32に明示されており,事実認定上も特段の困難はないと考えられる。
これらのうち3回目の選別は,エッチングを実施した後に,適切にエッチングが行われているかどうかという観点から行ったものである。適切にエッチングが行われていない試料を採用しても,有意義なデータが得られないからである。原判決は,この点について,公証人の立会いがない場所で選別が行われたことを取り上げ,「透明性」なるものを問題とするが,そもそも物理的な作業を伴わない経験則に基づく判断は事実実験公正証書の記載になじまないから公証人の立会いを求めることに意味はなく,しかも,エッチングした試料の全部について原資料が甲31に添付され,被控訴人にも開示されているのであるから,3回目の選別の前の原資料を検証することが可能であり,「透明性」は十分に確保できている。
原判決は,甲27においては選別が行われていないにもかかわらず測定値のばらつきが小さいと判示する(121頁3行〜5行)が,あらゆる実験において試料の選別は当然に行われているのであって,この判示は前提において誤っている。むしろ,甲27においては,甲31の実験時のような時間の制約がなかったことから丹念に良好な試料を選別することができ,その結果として測定値のばらつきが小さくなっているだけのことである。
被控訴人が提出し,手作業が少ないという等の点で原判決が信頼を寄せる乙16においても,3頁目の表1,2のサンプル記号が非連続の番号となっていることから選別が行われていることが認められる。
(エ)原判決は,本件特許請求の範囲の「15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」の解釈として,実使用における最大磨耗量が15μmであることを理由にこの数値範囲を設定した旨の記載が本件明細書(第2次訂正に関する特許審決公報,甲4)にあること,及び,本件明細書に15μmを超える層除去を示唆ないし許容する記載がないことを理由として,立証のための実験に際しても15μmを超える深さのエッチングをしてはならないと判示する(121頁10行〜123頁16行)。
しかし,「内部応力」には,ワイヤ片の任意の1点に存在する微視的な応力もあれば,一定の長さのワイヤ片を対象とする巨視的な応力もある。本件発明において問題とされているのは巨視的内部応力であり,かつ,15μmまで層除去をした場合の値であるところ,上記特許請求の範囲の文言は,この点を示したものである。本件発明は,ソーワイヤの実使用における磨耗の最大値が15μmであることを前提に,そのような極度の磨耗状態にあってもワイヤの真直性を阻害しない内部応力の範囲を規定したものであり,「15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」との文言はこれを具体化したものであって,訴訟上の立証手段の制限を目的としたものではない。また,民事訴訟における証拠方法は直接証拠に限定されず,間接証拠からの推認による事実認定も許される。
したがって,15μmまで層除去した場合における内部応力の測定値と16μmまで層除去した場合における内部応力の測定値との差が十分に小さいことが立証されれば,16μmまで層除去したことによって得られたデータは,「15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」を推認する証拠資料の一つとなってもよいはずであり,証拠資料から当然に排斥されなければならない理由はない。そして,本件において,控訴人は,甲33によって,1μmのエッチング深さの変動が測定値に大きく影響しないことを明らかにしている。
したがって,原判決の上記判示は誤りである。
なお,原判決は,独自にエッチング深さが1μm変化した場合における内部応力の変化を計算し,控訴人の主張が誤っているとの認定をしている(123頁7行〜14行)。このような検算は被控訴人の主張にすら現れず,また,判決文中に計算の過程が明示されていないため,原判決が具体的にどのような計算をしたのかは不明であるが,おそらく,数式の他の数値を変化させずに,エッチング深さだけを1μm変化させたのではないかと思われる。しかし,エッチング深さが変われば曲率等他のパラメータも変化するのであるから,この場合の内部応力値の変化を知る手段は実験以外になく,原判決が指摘するような方法で甲33を批判することは無意味である。また,仮にこのような手法が通用するのであれば,もとより控訴人が甲33を提出することもなく,単純に計算による立証をしたはずである。したがって,原判決にはこの点においても誤りがある。
(オ)原判決は,エッチング角度によって選別を行ったことについて,公証人の立会いのもとで「エッチング角度がおよそ180°であるかどうかの確認が行われたものについて」,さらにエッチング角度による選別を行うことについて疑問を呈するとともに,「150°〜210°」に設定した理由を控訴人が合理的に説明していないことを指摘し,甲31におけるエッチングの正確性に対する疑問を払拭できないと判示する(123頁18行〜124頁2行)。
しかし,エッチングの結果については,実験によって得られた原資料の全部が甲31に添付されており,エッチングが正確かどうかはこの原資料から判断すれば足りるから,その後に測定対象試料を選別したかどうかを問題とすること自体意味があるとは思われない。また,そもそも,甲31において,「エッチング角度がおよそ180°であるかどうかの確認」などなされておらず,他に公証人立会いのもとでそのような確認がなされたことを示す証拠もない。公証人立会いの下で行われた確認・選別作業は,マニキュアの塗布の状態が良好であるかどうかという観点からのもののみである。さらに,選別の基準を「150°〜210°」に設定したのは,いかに理論上エッチング角度に制限はないとはいえ,補正の範囲を最小化することが好ましいこと,エッチング角度が極端に大きい場合や小さい場合には,エッチングの両端付近における形状のばらつきが測定値に影響する理論上の可能性が残されること,他方で,測定試料を極力多く確保する必要があることから,両者の要請をバランスした結果であって,むしろ,エッチング精度を過剰に問題視する原判決の考え方に沿うものである。
なお,甲32報告書の計算値と比較すると信頼性は劣ることとなるものの,甲31のデータをもとにエッチング角度に基づく選別を行わない場合の測定値を求めたところ,38.7kg/mm となり,いずれに2せよイ号物件は本件発明の技術的範囲内に属することが認められた(甲37[ジャパンファインスチール(株)作成の「公正証書に記載した測定試料の内部応力」と題する書面])。
(カ)原判決は,甲32報告書のワイヤの長手方向におけるエッチング深さのばらつきによる選別(2.5μm)は,甲32報告書のエッチング深さによる選別条件(13〜17μm)を上回ることを理由に甲32報告書には信頼性がないと判示する(124頁4行〜16行)。
しかし,そもそもエッチング深さによる選別(13〜17μm)については中央値を取って許容範囲を2μmとしながら,長手方向におけるエッチング深さのばらつきについては中央値を考慮しないのでは,比較の手法として意図するところが全く理解できなくなる。
原判決のような対比にいかほどの意味があるのか不明ではあるが,仮に,長手方向におけるエッチング深さの選別基準(2.5μm)と各試料間におけるエッチング深さの選別基準とを比較するのであれば,各試料間におけるエッチング深さの選別基準として,中央値からのズレ量2.0μmではなく,最大最小の幅である4.0μmを用いるべきであると思われる。
もっとも,長手方向のエッチング深さのばらつきに関して問題とすべきは,より端的に,15μmという理想的なエッチング深さとの関係において2.5μmのばらつきは大きすぎるのではないか,ということであろうと思われ,原判決の意図も,本質的にはここにあったものと考えられる。確かに,15μmのエッチングを前提とする内部応力の測定に際し,曲率等他のパラメータを固定した状態でエッチング深さを2.5μm変化させると,導出された値には少なからず変動が生じるからである。しかし,測定を繰り返すことにより平均値を求めることの本来的目的は,このような測定値に影響を与える誤差を平準化することにある。
甲32報告書においては,3箇所で測定したエッチング後の線径に基づきばらつきの大きいものを排除し,また,内部応力値の計算に際してもエッチング後の線径として三つの数値の平均値を用いて誤差の平準化を図り,さらに,このようにして導出した各試料の測定値の平均値によって最終的な結論を導いている。さらに,線径のばらつきは,内部応力を大きくする方向にも小さくする方向にもランダムに生じるため,長手方向の一定以上の長さにわたって見ると,巨視的な内部応力を測定する上では平準化され,応力自体にばらつきを生むものではないこと,甲31において三つの線径の測定は公証人立会いのもとで行われており,控訴人の恣意の介入する余地がないこと等に鑑みると,甲32報告書の測定結果には,十分な信頼性が認められる。
なお,甲32報告書の数値と比較すると信頼性は大きく低下するが,甲31のデータに基づき,上記のエッチング角度による絞り込みの排除に加え,エッチング深さのばらつきによる選定もせず,単に明らかにエッチングに異常がある極端なデータ(30,34,40,43,44の各データ)のみを排斥した場合においても,その結果は39.7kg/mm となり(甲38[ジャパンファインスチール(株)作成の「公正2証書に記載した全測定試料の内部応力」と題する書面]),イ号物件は本件発明の技術的範囲内にあると認められた。
(キ)原判決は,甲27と甲31の対比から,甲31の実験に際しては,試料の選別を行っているのに,選別をしていない甲27よりもばらつきが大きく,信頼性がないと判示する(124頁18頁〜126頁3行)。
しかし,上記(ウ)のとおり,層除去法の実施に際しては,その手法の性質上試料の選別は避けられず,明示的記載がないだけで,甲27の実験においても当然に試料の選別が行われている。さらに,上記(ウ)のとおり,甲31の実験が,公証人の立会いを確保するため2日間という極めて限られた時間の中で実施されたのとは対照的に,甲27の実験は,控訴人の社内において時間をかけて行われている。そのため,甲27の実験に際しては,エッチングの状態が良好な試料が得られるまで実験を繰り返すことができ,その結果としてばらつきが少なくなっているのである。
したがって,原判決の上記判示は誤りである。
イ原判決は,甲32報告書における測定数値の特定に関して問題点があると判示するが,以下のとおり不当である。
(ア)原判決は,エッチング前のワイヤ線径について,甲32報告書は測定値を正確に反映していないと判示する(126頁7行〜127頁18行)。
しかし,ここで原判決が問題としているのは,1μm未満の極めて微小な数値のブレであるところ,これは,サブミクロン,すなわち,ナノのオーダーの問題であり,本件においてこれを問題とするのは,要求される測定精度との関係において不当である。
また,このように極めて微小な単位においてはワイヤの表面にもかなりの凹凸があるから,数値のブレを問題とすることに実際上の意味もない。
そのため,当業者の間では,線径の公称値に対し,測定値を表示する場合にも,1μmまでの数値を表示するのが一般的であり,現に,被控訴人の提出にかかる乙16においても,1μm未満の数値は測定対象にもされていない。
したがって,1μm以下の単位におけるブレの存在を前提として平均値を取り,測定値を定量化したからといって,乙16のように単純に1μm未満を無視する場合と比較して測定の信頼性が損なわれることはなく,むしろ,甲31について,実際の測定結果に忠実な生データとしての価値が認められるだけである。
また,原判決は,測定を二つのグループに分けた以上,グループごとに測定値を表記すべきであるとするが,測定の手順によって表記を分ける技術的合理性はない。ここでの測定対象は1本の同一のワイヤの線径であり,また,上記のとおり,このようなごく微小なオーダーではブレが避けられないから,同一ワイヤのデータ全部について平均値を求めるほうが合理的である。
なお,甲32報告書が平均値として0.1603mmを採用したのは,全体の平均値の0.16025の最終桁を四捨五入したものであり,原判決が批判するように,一方のグループの数値を採用したものではない。四捨五入したのは,上記平均値の最終桁は100nmの単位であって,そもそも測定精度が維持されていない無意味な数値となるからである。
したがって,原判決の上記判示は当を得ない。
(イ)原判決は,めっき層にはソーワイヤとしての機能がないから,めっき層を除去した後に線径を測定しなければならないと判示する(127頁下7行〜128頁下3行)。
しかし,第1に,めっき層は,砥粒ののりや切断面の平滑性の向上に資するものであり,スチールの部分と一体のものとしてソーワイヤの機能を担うものであるから,上記認定は誤りである。第2に,本件発明は,実用的観点からの性能を基準とした三つの数値限定によって構成されるところ,実際に使用されるソーワイヤのほとんどにはめっきが施されており,めっきが施された製品こそソーワイヤの一般的性質を代表するものというべきであるから,その実使用における磨耗を反映するためには,めっきした状態で線径を測定するのが技術的にみて合理的である。第3に,本件明細書(甲4)に,測定に際し,めっきを除去することを要求ないし示唆する記載もない。
そもそも特許法は実用の法であり,本件発明が問題としているのは,ソーワイヤの機能を有する観念的な存在ではなく,実製品としてのソーワイヤである。
わざわざ特許発明が想定する通常の製品と異なる姿に変形してから測定することを要求する原判決の判示は,特許法に対する誤解に基づくものであって不当である。
(ウ)原判決は,めっきの厚さは0.230μmであるから,内部応力の測定に際し,この厚みの変化を考慮しなければならないと判示する(128頁下1行〜129頁14行)。
しかし,第1に,上記(イ)のとおり,内部応力の測定もめっきのある状態で行うのが適切であり,原判決の論理は前提を欠く。第2に,0.230μm,すなわち,230nmなどという単位の厚みは,内部応力の測定における測定精度においては測定誤差の中に埋没する厚みであり,考慮することに意味がない。第3に,原判決が指摘するように,仮にめっき部分にソーワイヤとしての機能がないのであれば,ここでもめっきの影響を考慮する必要はないはずである。
したがって,原判決の上記判示は,技術常識の観点からも,法解釈の観点からも不当であり,また一貫性を欠く。
しかも,原判決のめっきの厚さの考え方には,その前提の理解において誤解がある。すなわち,上記(ア)のとおり,極めて微小なオーダーでは,ワイヤの金属表面にもかなりの凹凸があるところ(甲39[ジャパンファインスチール(株)作成の「ブラスメッキ線断面写真」と題する書面]),ブラスめっきは,この凹凸の上に施され,凹凸を埋め合わせてワイヤ表面を平滑にする効果を持つものであるため,その性質上,ワイヤのスチール表面の凹部では厚くなり,凸部では極めて薄くなる。
ところで,被控訴人の引用するブラスめっきの厚さは平均厚みであるところ,これに対して,パッサメータのように対象物を挟んでその幅を測定する接触型の線径測定装置を用いる場合には,測定されるワイヤ線径は最凸部間の幅となる。
したがって,めっきの平均厚さが0.23μmあるとしても,めっき除去後の線径がその2倍である0.46μm分減少するようなことはありえず,むしろ,ほとんど変化しないのがワイヤ技術者の常識である(控訴人の製品では,線径により,0.05μm[50nm]から0.17μm[170nm]程度であり,やはり1μm未満の世界での極めて微小な差異である。)。この点においても原判決の判示は不当である。
(エ)原判決は,15μmを超えるエッチングデータを証拠資料から排斥し,15μm以下のもののみを考慮しなければならないと判示する(129頁16行〜下3行)。
しかし,原判決の上記判示が不当であることは,上記ア(エ)のとおりである。
(オ)原判決は,甲33に示した考え方にのっとりエッチング深さの誤差について補正を加えることが可能であるとしつつ,エッチング深さが15μmを超えるものについてのみデータを補正し,15μm未満のものは補正してはならないと判示する(129頁下2行〜131頁6行)。
しかし,15μmを超えるものに限らず,15μm以下のものも補正して,15μmの理想的なエッチングがなされた場合における内部応力を算出するのが技術的に見て合理的である。15μmより浅いものと深いものの双方のデータがあるときに,原判決が判示するように一方のみを補正したのではこの目的を達成することができず,15μmまで磨耗しても真直性を維持するという本件発明の技術的意義から離れた補正手法となる。
(6)原判決の「争点に対する判断」のうち「乙16報告書について」(132頁6行〜133頁11行)につき原判決が甲31に適用したものと同じ基準で分析すれば,乙16報告書に信用性がないことは当然である。
また,乙16報告書による実験の対象となっているワイヤは,旭ダイヤモンド工業株式会社に仕向けられた,いわゆるダイヤモンドワイヤの原材料となるものであって,内部応力をコントロールしていない製品である。したがって,乙16報告書においては,本件発明の技術的範囲に属さない製品を実験の対象にしているのであるから,その結果は被控訴人が本件発明を実施していないことの証拠となるものではない。
(7) イ号物件につき被控訴人は,控訴人が実験対象とした製品は韓国のメーカーである高麗製鋼が第三者に販売したものであって,被控訴人が取り扱った製品ではないと主張する。
しかし,本件訴訟はもとより,それ以前の交渉段階でも,被控訴人は,このような主張はしておらず,審決取消訴訟(平成19年(行ケ)第10147号)においても,高麗製鋼株式会社と自らとを明確には区別せず,技術説明会においても高麗製鋼株式会社の製造技術を説明していた。
日本のソーワイヤ市場で製品を供給している企業は限られており,ワイヤ表面に樹脂等によってダイヤモンド砥粒を固着したダイヤモンドワイヤなどの特殊な製品を除き,高内部応力品には競争力がない。
したがって,被控訴人の上記主張は,不合理である上,変遷が見られるから,信頼性に乏しく,被控訴人が本件発明の実施品たる低内部応力品を日本国内に輸入して販売していることが認められるというべきである。
2 被控訴人以下に述べるとおり,控訴人の主張は全部理由がなく,控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当である。
( )複数の試料の内部応力数値を平均化して本件発明の技術的範囲に属する1かどうかを判断することの誤りに対しアソーマシン内部で高い真直性を保って,ワークのスライス面精度を低下させないという本件発明の効果を奏するためには,ワーク切断後のワイヤに小波などが発生しないという本件発明の数値範囲を,ワイヤ全長にわたって保つ必要がある。仮に,ワイヤの長さ方向における一部の部分であっても,小波が発生するような高い内部応力を有している場合には,当該部分のソーワイヤのソーマシン内での真直性が失われ,この部分で切断されたワークのスライス面には波状のムラが生じ,このスライス面精度の低下は,スライスされたワークの全てのスライス面に生じ,しかも,一旦生じたスライス面精度の低下が後に回復されることはないからである。
したがって,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するとするためには,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去という条件下で測定された内部応力数値が,その長さ方向の全ての部分で,本件特許発明の規定する内部応力数値範囲「0±40kg/mm 」に入っていることが必要と2なる。
イ控訴人は,甲6,甲7,甲32報告書での内部応力測定結果について,それぞれのワイヤから得られた複数の試料の内部応力数値を平均化し,この数値を当該ワイヤの内部応力数値であるとして,本件発明の技術的範囲に属するか否かを議論しているが,これは,上記のとおり,本件発明の作用効果の観点から誤りであることは明らかである。
( )原判決の「争点に対する判断」のうち「争点1(イ号物件は本件発明の2構成要件Cを充足するか。)について」(100頁8行〜102頁6行)に対しア エッチング角度について(ア)層除去法によって内部応力値を測定できるのは,材料力学の理論に基づいて解析モデルと応力計算式とが対応付けられているからであり,層除去後の状態,すなわちエッチング後のワイヤの断面形状が解析モデルと正確に一致しなければ,内部応力の正確な測定などできない。そして,甲6の1,甲7,甲32,乙16に記載された内部応力の計算式は,いずれも乙7に記載された解析モデル,すなわち,エッチング角度が180°の断面形状に基づいて導出されたものである。
また,本件特許は,特許請求の範囲に「層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた」という要件を追加する訂正(第2次訂正)が行われているが,控訴人は,本件明細書(甲4)の段落【0007】の記載(「尚,内部応力は層除去法により数値化した。即ち,ワイヤの片面を所定厚さにエッチングして除去(図3参照)し,そのエッチング前後におけるワイヤの曲率変化(図2参照)を測定した。」)を根拠として,上記訂正が明瞭でない記載釈明を目的とするものである旨を説明し,この主張が受け入れられて訂正が認められたという経緯があるところ,本件特許の図3の断面形状(甲4)は,明らかに角度180°の層除去が行われることを示している。
したがって,層除去法による内部応力値測定の原理から,また,特許請求の範囲の記載の解釈に当たって明細書の記載を参酌すべきであるという,特許法70条2項の観点から,本件発明の構成要件C「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側2は圧縮応力))の範囲に設定されている」を検証する場合に,180°の角度でエッチングすることが必要とされることは明らかであって,原判決の判示は正当である。
(イ)控訴人は,「理論的にも,180度前後のエッチングにおいて,エッチングの両端周辺はその角度や形状が測定値にほとんど影響しない」と主張している。
しかし,控訴人の上記主張には具体的データはなく,「180度前後」が何度までの範囲を示すのか,また,「ほとんど無い」という測定値への影響が,実際にどれだけなのかを示していない。具体的な数値との関連に基づかない,控訴人のこのような抽象的な見解は,原判決での認定に対する単なる批判又は誹謗の域を出ないものである。
一方,実際の応力数値測定の手順(甲28)においては,控訴人も「エッチング角度180°の正確な層除去」を意図していることは明白である。例えば,控訴人の内部応力測定の手順を示すと解される乙18においても,?Qとして示された「180°のエッチングを前提とする応力計算式」に当てはめて内部応力数値を求めるために,「?K180°エッチングされているか顕微鏡で確認する」というステップを踏んでいる。このステップは,甲28(DVD)においても,「12,180°エッチングされているか顕微鏡で確認する」とのテロップで明確に示されている。
また,甲7の6頁〜7頁の角度補正式((4)〜(7)式)自体,180°のエッチング状態における内部応力値に「補正」するものであるから,内部応力値測定の前提として,「エッチング角度は180°でなければならない」という認識があることを示すものである。
したがって,本件発明における内部応力値測定の具体的手法として,正確に「エッチング角度180°」とするための工夫がなされているか,そして,実際のエッチングが180°であるか否かを確認しているか,を検証することで,内部応力測定実験の正確性を検証し,測定結果数値の信憑性を判断しようとする原判決の判示に誤りはない。
イ エッチング深さの均一性について(ア)控訴人は,「原判決が想定する均一性は,エッチング後のワイヤの断面形状が測定の模式図に表れるものと相似のものでなければならないというきわめて厳格なものであるところ,そのような要求は技術常識に反するものである。」と主張している。
しかし,控訴人の主張は,エッチング較差などの数値が示されておらず,具体的ではない。このため,控訴人が「原判決が想定する均一性」がいかなるものと認識し,これを「過度の均一性」と主張しているのか理解できない。
また,層除去法による内部応力値の測定においては,応力計算式を導出する際に用いられた解析モデルでの断面形状と厳密に一致させた状態での層除去が求められるのは極めて当然のことである。
したがって,控訴人の主張は失当である。
(イ)控訴人は,ミクロン単位の均一なエッチングをできる者はいないと主張している。
しかし,原審において,控訴人は,マニキュア法では表面残量応力を定性的に評価できるに止まり定量的な評価は行えないとの乙1(特開平5-71084号公報。発明の名称「ゴム補強用スチールワイヤ」,出願人 東京製綱株式会社,公開日 平成5年3月23日)の記載に対して,「…乙第1号証の上記記載は,とりもなおさず,塗布方法や溶解量の制御を適切に行いさえすれば,マニキュア法などの層除去法によっても表面残留応力を定量的に測定可能であることを明らかにするものである。」(原告第一準備書面6頁7行〜10行)と反論し,「…このような精度及び安定性は言わば程度の問題…」(同頁11行〜12行)とまで述べている。すなわち,控訴人は,本件発明における内部応力値の測定において,従来のマニキュア法による定性的な応力測定よりも高いレベルでの正確なエッチング制御が必要であることを認識し,かつ,そのような高いレベルでのエッチングが可能であるとの主張を行ったのである。
また,本件発明は,内部応力を「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から」求めることを要件とするのであるから,ミクロン(μm)単位での均一なエッチングができることがその成立の前提となる。それにもかかわらず,ミクロン単位での正確なエッチングができる者が本件特許出願時に存在しないと控訴人が自白するのであれば,本件特許は特許法36条4項1号(実施可能要件)に違反し,無効理由を有することになる。また,本件発明自体が未完成(特許法29条1項柱書違反)であることにもなる。
(ウ)控訴人は,「層除去法が内部応力値の測定手法として最も一般的なものとして当業者に定着しているのは,現時点におけるエッチングのレベルによって必要十分な測定精度が得られるからである。」と主張している。
しかし,控訴人のいう「現時点におけるエッチングのレベル」が,どの程度のものを指しているのかの具体的な記述はない。また,本件特許出願時において,層除去法により残留応力数値を「kg/mm 」の単2位で求めるためには,エッチングをきわめて正確に行わなくてはならないことが技術常識であったことは,いうまでもない。
控訴人は,原審において,本件特許出願時に層除去法により残留応力数値を求めることが公知であったことを示すために,層除去法の具体的手順の一例が記載された技術文献(甲8[川田雄一ほか編「材料試験」共立出版株式会社昭和47年7月25日初版8刷発行])を提出している。この甲8には,測定対象の板バネをパテの中に埋め込んで,その1表面のみがエッチングされるようにマスキングすることが記載されている。また,エッチング深さの把握は,化学てんびんで板バネの重量を厳密に測定することによって行われている。さらに,エッチングの深さに対する試料の曲率の変化は,計測結果を一旦グラフ上にプロットした後にグラフから改めて読み取ることで,測定誤差が平滑化された正確な値を把握している。このように,極めて精度の高い層除去と,外形形状の変化を表す数値の把握を経た上で,応力算出式を用いて正確な内部応力値を得ている(甲8,188頁〜189頁,図10.35,図10.36)。以上のとおり,内部応力数値を「kg/mm 」の単位で求める2層除去法においては,応力計算式を導出した解析モデルと厳密に一致するエッチングが課せられるのであり,エッチング領域全体にわたって均一な深さのエッチングが求められるとの原判決の判示には誤りはない。
(エ)控訴人は,「測定結果に一定の精度を確保するための具体的手段として,測定を繰り返し,その平均値を得ている。」と主張する。
しかし,測定を繰り返して測定結果の平均をとることで測定精度が向上するのは,特定の測定対象における長さや重さなどの諸元の測定のように,測定の対象自体が一定であって変化しない場合に限られる。この場合には,測定精度を低下させる原因となる,測定機器自体が有していてランダムに出現する機器の誤差や,測定機器の用い方やデータの読み取り方の癖といった人為的誤差などが,測定を繰り返してその結果を平均化することで正しい数値に収斂していくからである。
これに対し,測定対象自体にばらつきがある場合には,測定対象のばらつきを抑えることなくしては正確な測定結果を得ることなどできない。
したがって,エッチング後の断面形状の均一性が確保された試料が得られていなくても,多数の試料に対する測定を行って,その結果数値を平均化さえすれば,測定精度を向上させることができるという控訴人の主張は,失当である。
(3)原判決の「争点に対する判断」のうち「甲6報告書の信用性について」(102頁7行〜105頁16行)に対しア控訴人は,「層除去法は周知の測定手段であるから,その具体的手法について詳細な記述がないことが直ちに報告書の信頼性を阻害するとは考え難い。」と主張している。
しかし,ワイヤの半周にマニキュアを塗布して片面をエッチングし,エッチング前後のワイヤの曲率半径の変化から内部応力値を「kg/mm」単位で測定する層除去法が,本件特許出願時周知であったとする控訴2人の主張は,失当である。
本件特許出願時に,層除去法によって内部応力数値を「kg/mm 」2の単位で求める方法は,甲8などの技術文献に記載されている。しかし,ここでの層除去法は,上記(2)イ(ウ)で説明したとおり,板バネなどを測定対象とするものであり,湾曲した極細鋼線を測定対象とするものではなかった。一方,本件発明の対象であるソーワイヤ用ワイヤなどの極細鋼線に関しては,マニキュアによりマスキングしたワイヤを硝酸等でエッチングして,その形状変化から内部応力の特性(引張応力か圧縮応力か)とその大きさを定性的,相対的に把握するいわゆる「マニキュア法」が知られていた(甲9[特開平8-158280号公報。発明の名称「ゴム補強用スチールコード素線の製造方法」,出願人 ブリヂストンメタルファ株式会社,公開日 平成8年6月18日])。しかし,直径が0.06mmから0.32mmという極細鋼線の内部応力数値を,層除去法によって「kg/mm 」の単位で測定する具体的な測定手順は,公知ですらなかっ2た。
また,甲6の1において,内部応力の具体的な測定手段が「鋼線の半分をマスキングするジャパンファインスチール(株)が提唱する」方法と記載されていることは,甲6の1の作成者が,甲6の1を作成するときに用いられたワイヤの内部応力測定手段が,周知の方法ではない控訴人から説明された特殊な方法であると認識したことを明確に表している。
さらに,原審において,被控訴人が自身のワイヤについての鑑定(乙16)を依頼した際,鋼線技術の専門家であるJFEテクノリサーチ株式会社社員も,その具体的な方法についての認識を持ち合わせていなかった。
このため,乙16では,内部応力を正確に測定し得る層除去法をソーワイヤへ適用する具体的な手段の検討から始めなくてはならなかった。
したがって,本件発明の応力測定手段が周知であるとの控訴人の主張は,失当である。
イ控訴人は,あたかも甲6報告書の測定手順が甲28と同じであるかのような主張を行っている。
しかし,甲6の1のエッチング条件は,「温度が摂氏20度の60%硝酸によって腐食時間を25秒と致しました」(1頁13行)とされており,「温度80度の5%硝酸水溶液で約13秒」とする甲28(乙18)の測定手順とは異なる。また,エッチング前後のワイヤの表示方法,さらに,ワイヤの曲率半径の測定方法も,甲6の1ではその折り曲げ部分を重ねた状態で示されており(2頁〜6頁),エッチング前のワイヤ形状をコピーした用紙に,エッチング後のワイヤを上下に並ぶように貼り付けて再びコピーし,得られたコピー用紙からエッチング前後のワイヤ曲率をアークハイト法により測定するという甲28(乙18)の方法と異なっている。
このように,甲6の1に具体的な手法として明確に開示されている部分だけを見ても,甲6報告書の測定手段と甲28の方法とは相違する。したがって,甲6報告書の測定手順が,甲28の方法と同じであるかのような控訴人の主張は失当である。
ウ平成13年11月21日に控訴人から被控訴人に対して特許権侵害警告がなされ,甲6の1の作成日である平成15年2月14日までの間に,実に12回ものやり取りがあったのであり,甲6報告書が作成されたときには,本件の紛争は既に先鋭化していた。これに反する控訴人の主張は失当である。
エ控訴人は,「甲6の1による立証命題は,一義的・絶対的な数値を求めることではない。」と主張している。
しかし,原判決は,内部応力数値を一義的・絶対的に求めることを要求しているのではない。原判決は,甲6報告書の測定結果が,本件発明の構成要件Cの充足性を判断するに足りる正確性を伴うものか否かを検証すると言っているに過ぎない。そして,このような原判決に示された測定結果数値の信頼性の判断基準は,層除去法の原理と層除去法による実際の応力数値算出の場面での課題とを正しく認識した正当なものである。
(4)原判決の「争点に対する判断」のうち「甲7報告書の信用性について」(105頁17行〜115頁下5行)に対しア マニキュアの塗布方法について(ア)控訴人は,積極的にマニキュアの「垂れ」「塗り残し」,ムラの存在を基礎付ける証拠は存在せず,原判決は憶測を述べたものであると主張している。
しかし,前記(3)アのとおり,本件特許出願時において,「ワイヤの表面から深さ15μmまでの層除去の前後におけるワイヤの曲率変化から」内部応力値を「kg/mm 」の単位で求める具体的手法は周知で2はなかった。したがって,本件発明の構成要件Cを充足するか否かを判別するに足りる正確性をもった実験結果であるか否かを測定手段から検証する上では,実験に用いられた応力測定手段が,層除去法の原理に即して正しい応力数値を得るための工夫がなされているか否かという観点から判断せざるを得ないのであり,甲7において用いられた測定手段である甲28に示された手法よりも,より高い精度で内部応力が得られる手法であると判断できる実験手法が存在するのであれば,その事実のみから,甲7の測定手段は正確な方法でないと判断することが可能となるのである。
甲28に示されるように,マニキュアの瓶の蓋に設けられた刷毛を用いて,ワイヤの上側から一度で塗布するという方法では,塗り残しを避けるために刷毛に付けるマニキュアの量を増やすと,特に塗り始めの部分でマニキュアの塗布量が過多となって「垂れ」が生じることとなり,マニキュアの「垂れ」を防ぐために刷毛に付けるマニキュアの量を少なくすると,特に,塗り終わりの部分でマニキュアの「塗り残し」が生じることとなる。これに対し,乙16での内部応力測定に用いられた,ワイヤを上に凸の状態で固定し,下方から拡大鏡を用いて塗布領域を確認しながらマニキュアを塗布する方法では,少なくとも上記甲28の塗布方法のような問題は生じないから,甲28のマニキュア塗布方法よりは正確に,所定の範囲に対してマニキュアを塗布することが可能である。
そして,このように,より正確にマニキュアを塗布することができる方法があることから,甲7のマニキュア塗布方法には正確性の面で問題があると認定することに問題はない。
(イ)控訴人は,甲31添付の顕微鏡写真では,いずれのサンプルにもマニキュアの「垂れ」「塗り残し」,ムラが生じておらずマニキュア塗布部分の境界が直線状であると主張している。
しかし,控訴人の上記主張の根拠となる甲31添付の顕微鏡写真は,写真内に写し込まれたスケールから判断して,ワイヤの長さ方向の8mmにも満たない部分の拡大写真である。したがって,甲31添付の顕微鏡写真から,10cmを超えるワイヤの長さ方向全体にわたって,マスキングが均一に行われたか否かを確認することはできない。また,例えば甲31における試料No.37の下側の顕微鏡写真では,マニキュアの塗布過多によって「垂れ」が生じ,マスキング境界領域の直線性が保たれていないことが明確に見て取れる。
以上のとおり,甲31添付の顕微鏡写真に基づいて,甲28の方法によって正確なマニキュア塗布ができるとの控訴人の主張を裏付けることはできない。
(ウ)控訴人は,「垂れ」や「塗り残し」,ムラによって測定精度に問題が生じるのであれば,マニキュア法が一般的になっている事実と矛盾すると主張している。
しかし,前記(3)アのとおり,層除去法の理論に基づいて極細鋼線の内部応力値を「kg/mm 」の単位で求めるに際し,マニキュア法が2一般的手法であるとの控訴人の主張は,失当である。また,甲28に示される「控訴人の提唱する方法」におけるマニキュア塗布の具体的手法が,マニキュア法の標準的手法であるかのような控訴人の主張も,失当である。
(エ)控訴人は,マニキュアの薄い部分でエッチングは生じないとも主張している。
しかし,原判決のこの部分の指摘は,マニキュアの薄い部分では当然マスキング膜に隙間が生じやすく,マスキング漏れから不所望箇所がエッチングされてしまう事態が生じ得ることを示していると解されるべきである。
また,極細線に重ね塗りを行うことが困難であるとする控訴人の主張は,乙16の手法のように,拡大鏡でマニキュアの塗布部分を確認しながら塗布するという方法については,失当である。
イ エッチングの方法について(ア)控訴人は,「原判決が甲28に表れる控訴人の手法を批判する根拠は,乙16の手法と比較して相対的に精度が低いというものであるところ,これは,要するに,『より精度が高い手法がある』ということを認定しているに過ぎず,これをもって甲28の手法に問題があるとすることには論理の飛躍がある。」と主張している。
しかし,上記ア(ア)で述べたとおり,エッチングを正確に行うことができる,より正確なエッチング方法を採用する工夫をしていないという観点で,甲28のエッチング方法が不正確であるとする原判決の判示に誤りはなく,論理の飛躍もない。
(イ)控訴人は,甲28の方法は,3本のワイヤを同時にエッチングしているために正確なエッチングができないとする原判決の判示を誤りであると主張している。
しかし,上記したように,原判決は,甲28における方法は,より正確にエッチングが行える他の方法が考えられるのに,これを採用する工夫をしていないことをもって,正確なエッチング方法ではないと判断しているのである。
(ウ)甲31及び甲32の内部応力測定実験は,原審で乙16が提出された平成19年3月8日以降に実施されたものである。
しかし,控訴人は,甲31でのエッチング手法として,「より精度が高い方法」であると認識する乙16の方法を採用していない。特に,複数本同時のエッチングにより正確性が落ちる問題に関していえば,甲31では,甲28の3本同時のエッチングよりも更に精度が落ちる方法であると容易に認識できる,5本同時にエッチングを行うという手法が採用されている(甲31,20頁3行)。
ウ エッチング後のワイヤ断面形状の確認について(ア)本件発明の構成要件Cを充足するに足る測定結果が得られているかについての検証に当たって,エッチング角度は解析モデルどおり正確に180°としなくてはならないとの原判決の認定が正しいことは,前記(1)アで述べたとおりである。
(イ)控訴人は,エッチング角度の誤差が補正可能であるなら,これを用いてより正確な内部応力を求めるべきであると主張している。
しかし,甲7記載の角度補正式はもとより,角度補正の概念自体が本件明細書に記載されたものでなく,かつ,本件特許出願時に公知のものでもない。また,本件特許出願の審査過程で,層除去法による応力計算式の導出手順を示す証拠として提出された乙7にも示されておらず,本件特許の登録後に作成された甲7によって初めて開示された,全く新しい内容のものである。さらに,このような角度補正式については,第三者によりその正確性を検証されたものではない。むしろ,原判決(110頁下2行〜111頁9行)が示すとおり,補正式の導出に用いられた解析モデルと現実のエッチング形状が相違するという明らかな誤差要因を含み,かつ,この誤差要因の影響の度合いが,エッチング角度の大きさによって変化するという不正確性・不明瞭性を有するものである。
したがって,補正式を採用することを前提としても,エッチング角度に幅があっても正確な内部応力値を算定し得るとはいえないとする原判決の判示(111頁10行〜13行)に誤りはない。
(ウ)原審での控訴人の主張を総合すると,控訴人が主張する,「内部応力測定値に有意の影響を与えることなく補正式で補正することができるエッチング誤差の範囲」とは,「180度に対して数度のもの」と解されるべきである。
原判決は,甲7報告書は角度のばらつきが大きいとの指摘において,「180°±10°の範囲に入っているのは24点中2点しかない」と判示している(110頁19行〜20行)。このように,正確な内部応力値が算出されていると判断できるエッチング角度の範囲の目安を「180°±10°」とする原判決の判示は,控訴人の上記主張に一致するものである。
このように,本来であれば,自己の主張に沿うものとして,原判決の判示内容を評価すべきであるにもかかわらず,これを誤りであるとするのである。
エ エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定について(ア)控訴人は,マニキュアとコピー用紙との「摩擦」を問題とする原判決の判示は証拠によらないものであると主張している。
しかし,前記(3)アのとおり,本件特許出願時において,「ワイヤの表面から深さ15μmまでの層除去の前後におけるワイヤの曲率変化から」内部応力値を「kg/mm 」の単位で求める具体的手法は周知で2はなかったから,甲7において用いられた測定手段である甲28に示された手法よりも,より高い精度で内部応力が得られる手法であると判断できる実験手法が存在するのであれば,その事実のみから,甲7の測定手段は正確な方法でないと判断することが可能である。
この点,ワイヤの自然な状態での曲率半径を測定する上では,ワイヤにマニキュアが付着していない場合の方が,より正確な測定が行えることは自明である。また,エッチング前後のワイヤ曲率を測定するに当たって,マニキュアを除去した状態では測定できないなどの事情も見受けられない。現に,乙16の方法では,マニキュアが塗布されていない状態でエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定を行っている。
したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(イ)控訴人は,ワイヤのねじれを問題とするのは技術常識を無視したものであると主張している。
しかし,控訴人自らワイヤにねじれが生じる可能性を認めているのであるから,ワイヤをテープで紙に貼り付けてこれをコピーするという甲28の方法では,ワイヤを自然状態から変形される外力が加わる可能性が高いことは明らかである。例えば,甲31に示されている,エッチング角度の正確性を確認する顕微鏡写真のうち,試料No.4の下側の写真のように,ワイヤの中には,中央部分が浮き上がっているものがある。このようなワイヤの両端を,テープでコピー用紙に固定するだけで,ワイヤに対して「自然な状態」とは異なる状態を強制することになる。さらに,このような固定されたワイヤを,コピー機のガラス製コピー台に押しつければ,ワイヤには,外力が働いて不所望な変形が生じることは明らかである。したがって,このような「不自然な状態」におかれたワイヤの形状を把握して,その形状から曲率半径を測定しても,正確な応力数値が算出できるはずがない。
一方,乙16の方法のように,ワイヤの曲率半径測定台として,表面摩擦の少ないテフロンを用い,ワイヤが「自然な状態」となるよう軽く揺すった上で,ワイヤに外力が加わることがないようにワイヤには触れることなく,垂直上方からその形状をデジタルカメラなどで撮影する方法であれば,甲28の方法と比較した場合に,ワイヤの自然な曲率半径を測定できることは明らかである。
したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(ウ)控訴人は,鉛筆と定規でアークハイトを測定する甲28の方法について,検証なくして目分量と手作業を批判することは非科学的であると主張している。
しかし,ワイヤ形状を光学的に拡大した状態でパソコン等に取り込み,画像認識プログラムを用いて曲率を計算する乙16の方法と比較して,甲28の手作業によるアークハイト法は,人為的な測定誤差がより多く発生し得ることが明らかである。
弦の垂直二等分線を引く方法としては,例えば弦の両端から等しい半径で円弧を描いてその交点同士を結ぶ線分を求める方法がある。また,甲28でのアークハイト測定には,ノギスなどは用いられておらず,金属製の定規が用いられている。さらに,定規のメモリの読み取り誤差については,一般に,測定者の目の位置が正確に測定対象の垂直上方にない場合には,測定すべき線の太さや定規の最小メモリ間隔と同程度の誤差が存在し得ると考えられるから,読み取り誤差の最大値を0.5mmとする原判決の認定に誤りはないと考えられる。
なお,控訴人は,甲40の測定結果に基づいて,甲32の測定結果との誤差が1〜2%であると主張している。しかし,原判決の認定は,甲28でのワイヤ曲率半径の測定が,より正確に測定できると判断できる手法をとらなかったことを批判するものであるから,手作業と光学的拡大との誤差が何パーセントであるかなどとの主張は,原判決の反論として失当である。
オ本件発明の構成要件Cは「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」を要件とするものであり,特許発明技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲に基づいて定める(特許法70条1項)のであるから,「エッチング深さの上限が15μmであることが条件となるというべき」とする原判決の認定に誤りはない。
また,前記(2)アのとおり,層除去法による内部応力数値の測定においては,応力計算式を導出した際の解析モデルの形状と一致する形状こそが,本来の層除去後の断面形状であるとされるべきであるから,本来のエッチング角度が180°であるとする点においても,原判決に誤りはない。
(5)原判決の「争点に対する判断」のうち「本件公正証書等の信用性について」(115頁下4行〜132頁5行)に対しア 甲32報告書の信頼性について(ア)控訴人は,乙23について,科学的根拠が不明瞭で信頼性のきわめて乏しい試料であるなどと主張している。
しかし,原判決は,甲28に規定されるワイヤ曲率半径を手作業で測定する方法では正確な測定はできないとの認定の根拠として,乙23での検証内容を支持するものであり,測定に伴って生じ得る人為的誤差の排除の可能性を説示するものである。
したがって,甲28の方法による甲31及び甲32の内部応力測定結果には,無視し得ない誤差が内包されるとの原判決の判示は正しい。
(イ)控訴人は甲28の方法として説明される「任意に」について,「当然に『ワイヤが円弧を描く部分』ということが含有されて」いると主張する。
しかし,甲32の図-1-1として示された,アークハイトを測定するための各ワイヤの弦の長さは,エッチング前のものが12本全てにおいて「90(mm)」とされ,エッチング後のものがφ0.16mmのワイヤ10本全てにおいて「70(mm)」,φ0.14mmのワイヤ2本ともが「60(mm)」とされている。
控訴人の甲31におけるエッチング作業は,控訴人自らが,限りある時間内で行われたためのばらつきを有するものと認めるところ,ワイヤの線種毎に区別された,同じ長さの弦の部分に「ワイヤが円弧を描く部分」が存在するとは考えられない。
したがって,甲32の内部応力数値算出において,アークハイト法を適用すべく,ワイヤの描く曲線に対する弦(b ,b )を書き加えた作01業者は,それぞれのワイヤの「円弧を描く部分」のみを測定しようとしたのではなく,むしろ,アークハイトの算出計算上容易なように,弦の長さとして切りのいい「90mm」「70mm」「60mm」を機械的に用いたと考えることが妥当である。
以上により,甲28において控訴人自らが「任意に」と説明する「任意」とは,文字どおりの「任意」を意味するものであって,ワイヤが円弧を描いている部分を選択するという意味は含まれてはいないとしか考えられず,原判決の判示に誤りはない。
(ウ)控訴人は,甲31の資料をもとに,乙23で採用された光学的拡大手法で測定したところ,手作業による測定との誤差は1〜2%にとどまり,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属すると主張している。
しかし,既に述べたとおり,甲31及び甲32の応力測定結果には,甲28に示された具体的測定手段の不正確性に起因する,数多くの問題点が存在する。
特に,マニキュアが塗布された状態でのワイヤをテープで紙に貼り付け,コピー機に押しつけられた状態で行われる,ワイヤ形状の特定自体に無視し得ない誤差要因を内包するものであるから,特定されたワイヤ形状から曲率半径を算出する手段部分の精度のみを向上させたからといって,内部応力の結果数値の信憑性が確保されたとはいえない。
(エ)控訴人は,甲31の実験は時間的制約があり,実験を繰り返すことができず,甲7報告書と甲32報告書の測定値にばらつきが生じたと主張している。
しかし,本件発明として規定されている内部応力値の測定方法では,測定手法及びエッチング方法において,正確な内部応力値を測定しうるための工夫が必要であることは,既に述べたとおりである。また,公証人の立会いの下での実験を選択したのは控訴人自身であり,そのために測定精度が低くなったとの主張は,失当である。
(オ)控訴人は,甲31及び32における選別の趣旨を説明し,物理的な作業を伴わない経験則に基づく判断は公証になじまないなどと主張している。
しかし,甲31の実験と,その結果に基づく甲32における内部応力値の算出は,控訴人が行うと主張していた第三者鑑定に代えて行われたものであり,測定対象ワイヤの内部応力値を特定するものであることから,内部応力値の算出という最終作業までの全ての課程において,第三者鑑定と同じだけの透明性を要求されるのは当然であり,むしろ,控訴人自身が行う実験であることから,第三者鑑定以上の透明性を求められて当然である。
また,控訴人は,原判決で甲32の作成過程で除外された「選別に漏れた35本の測定値が示されていない」(121頁1行)と指摘されて初めて,甲38としてワイヤ径0.16mmについてのみ,37本の測定結果データを示した。しかし,ここでもまだ,No.30,34,40,43,44の5本の試料については,「エッチングが明らかに正常でない」と,その具体的判断基準すら示さずに内部応力数値の欄を空欄としており,全てのデータの提出を拒んでいる。また,ワイヤ径0.14mmのワイヤについて,選別されなかった8本のデータは相変わらず開示されていない。このような控訴人の態度は,甲38の結果数値の検証を行うまでもなく,極めて不誠実なものであり,「手続の透明性に疑問ありとの被告の指摘も首肯し得ないではない。」(原判決120頁下2行〜下1行)という原判決の判示を覆すに足りるものではない。
さらに,控訴人は,甲27は当然に選別をしていると主張している。
しかし,甲27には選別したことの記載も示唆すらもなく,サンプル番号はH01〜H19,M01〜M07まで連続番号が並べられており,選別した形跡はない。また,原審の審理において,裁判長から,甲6及び甲7に示されたエッチングの精度と比較して,甲27のエッチングの正確性が極めて高いことについて指摘があった際にも,控訴人は,選別を行ったとの説明は行っておらず,甲27において選別が行われているとの控訴人の主張は,控訴審において初めてなされたものであって,このような控訴人の主張が真実であるのか疑問である。なお,乙16報告書においては,重要な実験手順の一つとして,「記載したサンプルは断面形状が良好な試料を選択している。」(乙16,3頁7行)と,ワイヤ選別が行われたこと,その基準が断面形状の良好性によるものであることを,甲32報告書と同様に測定手法説明部分に明示している。
(カ)控訴人は,エッチング深さとして15μmを超えるものも許容されると主張している。
しかし,本件発明の構成要件Cは,「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側は圧縮応力)の範囲に2設定されている」というものである。そして,この数値範囲を導き出す根拠として,本件明細書(甲4)の段落【0006】には,「…内部応力を求める深さをワイヤ表面から15μmの深さまでに設定し得たのは,実使用における使用済みワイヤの片側最大磨耗が15μmであることを確認したことによるものである。また,内部応力値の範囲は,実使用において使用線に小波の発生がなかったことを確認したことによるものである。また,この範囲では,従来例に比較し,使用線のフリーサークル径が明らかに大きくなっていることを確認した。」と記載され,他方,本件明細書(甲4)には,深さ15μmを超える層除去を行うことを許容する記載はない。また,本件発明の上記構成要件Cのうちの,「層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた」の部分は,第2次訂正によって控訴人自身によって追加されたものであるところ,この追加された部分は,本件発明における内部応力数値の測定方法を規定するものであることは明らかである。
したがって,原判決の「…本件発明の構成要件Cを充足するか否かの判断に供するために内部応力値を算出するに当たって用いるべき試料のエッチング深さが15μmを超えるものであってはならないことは,本件発明の要求するところというべきである。」という判示(123頁3行〜6行)に誤りはない。
また,控訴人は,原判決が被控訴人の主張にすら現れない独自の検算を行っていると主張するが,原判決の当該部分(123頁9行〜12行)は,被控訴人が平成20年5月16日付けで提出した「被告第7準備書面」の主張に基づくものである。
(キ)控訴人は,選別の基準を「150°〜210°」に設定したのは,補正の範囲を最小化することが好ましいこと,エッチング角度が極端に大きい場合や小さい場合には,エッチングの両端付近における形状のばらつきが測定値に影響する理論上の可能性が残されていること等の理由を挙げ,原判決を批判している。
しかし,前記(4)ウ(ウ)のとおり,控訴人自身が補正可能なエッチング誤差の範囲を「180度に対して数度のもの」と認識しているのであるから,30度にわたっての角度公差を規定する理由は見い出せない。
また,甲27においては,控訴人自身も,26例中23例で「180°±10°」の角度でエッチングしているし,甲31には,「塗布されたマニキュアとエッチングの様子を長手方向にわたって観察し,およそ180°の角度でエッチングがされているかどうかを確認する。」(20頁11行〜13行)と明記されているから,甲31の実験においては,180°かどうかの確認が行われている。
さらに,控訴人は,信頼性は大きく低下するが,選別を行わない測定値は,平均が38.7kg/mm となると主張している。しかし,甲232のデータですら,内部応力の測定結果を判断する上での正確性に欠けると認定されているものであり,これよりさらに信頼性が劣るデータであると控訴人が自認するデータを用いて,内部応力数値について議論する意義は見い出せない。また,甲37は,試料No.7を除いて深さ15μmを超えるエッチングが行われているため,このようなデータを用いて,本件発明の構成要件Cの充足性を判断すべきではない。
(ク)控訴人は,?@ワイヤの長手方向におけるエッチング深さの選別条件と,甲32におけるエッチング深さの選別基準とを比較することに意味はなく,?A甲32では,ワイヤ長さ方向での3箇所で測定したエッチング後の線径を基にばらつきの大きいものを排除し,かつ,三つの数値の平均値を用いて誤差の平準化を図っていることなどから,甲32の測定に十分な信頼性が認められると主張している。
しかし,原判決は,より正確な断面形状を得るべく,エッチング条件が制御されているか否かを問題とする上で,ワイヤ相互間のばらつきの基準より大きなばらつき基準を,「ワイヤの長手方向中央の左右1cmしか離れていない狭い範囲で許容されるというのは,いかなる理由であるか疑問」とするものであり(124頁14行〜16行),上記控訴人の主張?@は失当である。また,控訴人自らが認める不正確性を有するエッチングが行われた甲31の測定試料について,ワイヤ中央部の長さ方向にわずか2cm幅の部分から得られた測定値を平均化しても,その数値がワイヤ全長における正確な断面形状を現す数値であるとして一般化することはできないから,控訴人の上記主張?Aも誤りである。
さらに,甲32のデータよりも控訴人自らが精度が劣るというデータを用いた甲38に基づいて,測定対象製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かの議論をする意義は存在しないし,試料No.30,34,40,43,44がいかなる基準に基づいて「異常」と判断されたのか明らかではなく,控訴人のデータ選択に恣意的選別がないとはいえない。その上,上記(カ)のとおり,本件発明の技術的範囲を判断するためのエッチング深さは15μmまでとすべきであるところ,甲38に示された試料において,「エッチング深さが15μmまで」との本件発明の要件に合致するものは試料No.2,7,10,26,41の5点のみであり,他の15μmを超えるエッチングが施されたデータと単純平均をとって内部応力を議論する意義も見い出せない。
イ 甲32報告書における測定数値の特定について(ア)控訴人は,原判決が問題としているのはサブミクロンの問題であるから,元来要求される精度との関係において問題とすること自体が不当であるとし,同一ワイヤの線径であるからデータ全部について平均値を求めることが合理的であると主張している。
しかし,エッチング前後のワイヤ形状を正確に測定して,この数値を応力算出式に代入しなければ,正しい内部応力数値が導き出せたということはできない。現に乙28の検証結果から,エッチング前のワイヤ径の代入値を異ならせるだけで,測定対象製品が本件発明の構成要件Cを充足するか否かの結論が異なることが明らかである。一方,甲32の内部応力値の算出に当たって,それぞれの測定グループ毎に実際の測定結果数値を内部応力値の計算式に代入できないとの事情もない。したがって,控訴人の上記主張には理由がない。
なお,控訴人は,エッチング前のワイヤ直径の平均値が,「0.16025mm」であり,これを四捨五入して「0.1603mm」とした旨の主張をしている。しかし,最初のグループと二つめのグループとは採取されたデータの個数が異なるから,単純に二つのグループでの測定数値を平均化することに合理性は見い出せない。試料数による重み付けをすると,甲32で選択された10本についての平均値は0.16023mmとなり,甲31に記載された37本全体についての平均値は0.16022mmとなるから,1μm単位に四捨五入した数値はいずれも0.1602mmとすべきである。
(イ)控訴人は,めっき層を除去した後に線径を測定する必要はないと主張している。
しかし,めっき層が施されたソーワイヤが用いられる理由は,「高精度な線径公差が必要なことから,また,伸線性の面から」であることが本件明細書(甲4)の段落【0002】に記載されており,めっき層自体には,ソーワイヤとしてワークを切断する機能はない。また,甲20(卒業論文「ワイヤーソー内部の除去法による残留応力分布測定」平成11年2月23日山口大学工学部機械工学科システム要素工学研究室F)の7頁16行〜18行にも,めっき層をあらかじめ除外してワイヤ径を測定することが記載されており,ソーワイヤの内部応力を測定する際にめっき層を除去することが当業者の技術常識であると考えられる。
さらに,エッチング前のワイヤ直径を測定する上で,めっき層を除去できない理由も存在しない。
してみれば,控訴人の上記主張は失当である。
(ウ)控訴人は,甲39を用いてワイヤ表面が凹凸であり,また,めっき層の平均厚さの2倍がそのままワイヤ直径の誤差として現れるものではないと主張している。
しかし,甲39は,対象ワイヤを表示する「1)ワイヤ」欄に「サイズ:0.20φ,メッキ付着量:5.0g/kg」と記載されているとおり,甲31及び甲32で内部応力を測定されたワイヤではない。また,甲39の断面写真は,めっきとスチール部との境界が不明確であり,めっき層の状態が正確に特定できない。さらに,甲39の断面写真は,ワイヤの1断面の状態のみを示したものであり,このような断面形状が,ワイヤの長さ方向にわたって一般化されるものでもない。したがって,甲39の断面写真を用いて,本件発明の内部応力測定におけるめっき層の影響を議論することはできない。
また,控訴人が認めるとおり,パッサメータではワイヤ直径の最凸部間の数値を読むことになるから,パッサメータで読み取られためっき層を含むワイヤ直径から,めっき層を除去したときのワイヤ直径を導き出すには,測定されたワイヤ直径の平均値から,めっき層の厚さの平均値の2倍を除去するという乙28の検討に誤りはないと考えられる。
(エ)控訴人は,15μmを超えるものについてのみ補正し,15μm未満のものは補正してはならないとの原判決の判示に対し,本件発明の技術的意義から離れた補正方法であると主張する。
しかし,この控訴人の主張は,特許請求の範囲の一部のみを抽出して「15μmの深さまでの層除去」と曲解する解釈論を前提とするものであるから,その前提自体が失当である。また,控訴人が提示する各証拠において,15μmを超えるものも,15μm以下のものも補正して,15μmの理想的なエッチングがなされた場合の数値を算出したものはない。したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(6)原判決の「争点に対する判断」のうち「乙16報告書について」(132頁6行〜133頁11行)に対しア原判決の乙16報告書に対する認定は,エッチング前後のワイヤ直径の測定方法として,モールドに固定したワイヤ断面の径を顕微鏡で測定する方法を用いている点についてのみ看過できない問題があるというもの(132頁12行〜133頁11行)であり,エッチング方法やワイヤ曲率の測定方法については,甲28の測定方法と比べ,正確性を確保するために数々の工夫がなされていることが認められている(132頁7行〜11行)。
イ原判決は,乙16報告書によって用いられている,ワイヤ断面を顕微鏡で確認するという線径測定手法が一般的ではないと判示している(132頁15行〜17行)。
しかし,少なくともエッチング後のワイヤ径をノギスやマイクロメータ(パッサメータ)などで測定することが,通常の方法として測定精度が高い方法であると直ちに断言することはできない。
エッチング後のワイヤ表面は,「エッチングによって粗面が形成される」ものであり,形成された粗面の凸部は,エッチング液の溶解を受けて非常に脆い状態となっている。このようなワイヤ表面に対し,測定子の端面を所定の圧力で押しつけながら,測定端子の間隔を測定するマイクロメータなどの測定機器を用いた場合,測定時にワイヤ表面の凹凸を押しつぶしてしまう可能性がある。このため,エッチング後のワイヤ直径をマイクロメータなどで測定すると,正確な測定値が得られない可能性がある。乙16では,当該技術分野の専門家であるJFEテクノリサーチ株式会社社員の検討の結果,敢えて「通常の方法」ではない上記測定法を採用したものである。
したがって,乙16報告書のワイヤ直径測定方法がワイヤの直径を測定する通常の方法ではなく,測定誤差を生じやすい方法であることのみを理由として,乙16報告書の測定方法が不適切であるとする原判決の認定は受け入れがたい。
ウ控訴人は,乙16報告書の実験で使用したワイヤは,内部応力をコントロールしていない製品であると主張している。
しかし,乙16報告書の実験で使用したワイヤは,一般顧客向けの販売製品と同じロットとして製造されたソーワイヤである。
(7) イ号物件につき被控訴人は,甲5,6の2,7,31の製品を生産,使用,譲渡,貸渡し,輸出,輸入又は譲渡等の申出のいずれも実施したことはない。その理由は,以下のとおりである。
ア甲5,6の2,7の製品を示す各写真によれば,製品の付票に製造メーカー名として,「KISWIRE」と記載されていることが読み取れる。
この表示は,韓国慶北,浦項市に存在する,被控訴人の親会社である高麗製鋼株式会社のブランド名を示している。同じく甲5,6の2,7の製品を示す各写真から,製品の付票に顧客名として,「DAILTechnoCorp.」と記載されていることが読み取れる。これは,韓国に存在する商社名を示している。
これらの製品の付票に示されている情報から,甲5,6の2,7の製品は,韓国の高麗製鋼株式会社が,韓国の商社であるDAILTechnoCorp.に直接販売したものであることが明らかであるが,この製品の売買に被控訴人は関与していない。
また,被控訴人は,DAILTechnoCorp.から最終顧客までの甲5,6の2,7の製品の販売についても関与していない。
イ甲31によれば,甲31の試験に供された製品の納められていた木箱には,「『KISWIRE』の文字からなる標章が付されていた」(10頁1行)と記載されており,また,この標章の下に「CUSTOMERDAILTechnoCorp」(甲31,10頁6行及び16行)と記載されていたことが明らかである。
さらに,甲31の試験に供された0.14mmのワイヤについては,控訴人が公証人に対し,「早稲田大学による鑑定においてもっとも低い内部応力が得られたリールナンバー『DT200301001』の製品を選択する」(甲31,9頁2行〜4行)と説明していることから,甲31の試験に供されたワイヤは,甲7の測定対象となったワイヤと同じワイヤであることが理解できる。
これらのことから,甲31の試験に供された製品は,韓国の高麗製鋼株式会社が,韓国の商社であるDAILTechnoCorp.に販売したものであることが明らかであるが,この製品の売買に被控訴人は関与していない。
また,被控訴人は,DAILTechnoCorp.から最終顧客までの甲31の試験に供された製品の販売についても関与していない。
第4当裁判所の判断1当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付加・訂正・削除するほかは,原判決の「第4争点に対する判断」記載のとおりであるからこれを引用する。なお,「原告」は「控訴人」と,「被告」は「被控訴人」と適宜読み替える。
(1) 原判決100頁9行〜102頁6行までを次のとおり改める。
「イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するというためには,少なくとも,その製品の最小単位である1本のワイヤが本件発明の構成要件Cを充足すると認められることが必要であると解される。
そして,本件明細書(甲4)の段落【0004】には,本件発明の解決しようとする課題について,「解決しようとする課題は,ワイヤへの負荷を大きくした状況下で使用されても,使用後にフリーサークル径が極端に小さくなったり,又,小波状となるようなことがなく,ソーマシン内で真直な姿勢を維持可能なソーワイヤ用ワイヤを提供することにある。」と,段落【0006】には,「…内部応力値の範囲は,実使用において使用線に小波の発生がなかったことを確認したことによるものである。また,この範囲では,従来例に比較し,使用線のフリーサークル径が明らかに大きくなっていることを確認した。」と各記載されているから,本件発明の内部応力値の範囲は,使用後にフリーサークル径が極端に小さくなったり,小波状となるようなことがない数値の範囲であるということができるところ,1本のワイヤから切り出された相当数のワイヤのすべての内部応力値が本件発明の数値範囲内でないとしても,相当数のワイヤのかなりのものが数値範囲内であり,その内部応力値の分布から,その1本のワイヤについて本件発明の作用効果が発揮されていると評価できるのであれば,本件発明の構成要件Cを充足するということができる。しかし,単純に測定値の平均を取るのみでは足りないというべきである。
また,本件発明の構成要件Cは,「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側は圧縮応力)の範囲に設定されてい2る」というものであり,本件明細書の段落【0006】には,「…内部応力を求める深さをワイヤ表面から15μmの深さまでに設定し得たのは,実使用における使用済みワイヤの片側最大磨耗が15μmであることを確認したことによるものである。」との記載があるから,本件発明の構成要件Cにいう「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去」というのは,ワイヤ表面から15μm層除去したことを意味するというべきである。
したがって,1本のワイヤから切り出された相当数のワイヤについて,イ号物件のワイヤ表面から15μm層除去した前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が本件発明の構成要件Cに規定する本件数値の範囲内にあるかどうかについて,信頼できる測定結果が得られなければならず,本件については,実際にイ号物件についてその内部応力を測定した結果,本件数値の範囲内であるとの測定結果が得られたとする甲6・7報告書及び本件公正証書等の信用性の有無が問題となる。
そこで,まず,正確な上記内部応力の値を得るために必要な条件について考えると,次のとおりである。
イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するか否かを判断するためには,まず,「ワイヤ表面から15μmの層除去」,すなわちエッチングを行い,エッチングの前後におけるワイヤの直径及び曲率半径を測定し,これによって得られた数値(エッチング前のワイヤ直径,エッチング後のワイヤ直径,エッチング前のワイヤの曲率半径,エッチング後のワイヤの曲率半径)を所定の内部応力計算式(甲6・7報告書,甲32報告書及び乙16報告書において共通に使用されている計算式)に代入して内部応力値を算出することが前提となる。
したがって,正確な内部応力値を得るためには,本来,「ワイヤ表面から15μm」の正確なエッチングを行うことが必要である。それが困難であるとしても,少なくとも「ワイヤ表面から15μmの層除去した数値」を的確に推認することができる立証がなされなければならない。なお,控訴人はエッチング深さについて補正が可能であるとの主張はしておらず(当審における控訴人第13準備書面[平成21年6月15日付け]4頁下5行〜下4行),甲33(及びそれを修正した甲35)の内部応力値の差の算定も,補正を目的としたものではなく(原審における原告第9準備書面4頁下6行〜5頁2行),補正に用いることはできない。したがって,本件において補正方法が立証されているとは認められない。
また,証拠(甲2,6の1,7,32,乙7)によれば,上記内部応力計算式は,エッチングがワイヤの半周(180°)について均一な深さで行われた場合を想定したものであることが認められるから,上記計算式を用いて正確な内部応力値を得るためには,エッチング深さが均一であるという条件を満たすようにエッチングを行うことが必要であると解される。しかし,エッチング角度180°であるという点は,実際の測定におけるエッチング角度が180°でないとしても,計算式(甲7報告書の(4)〜(7)式)によって補正することができるから,その限りにおいてエッチング角度が正確に180°である必要はないというべきである。
さらに,上記内部応力計算式に代入する数値,すなわち,エッチング前のワイヤ直径,エッチング後のワイヤ直径,エッチング前のワイヤの曲率半径及びエッチング後のワイヤの曲率半径の測定を正確に行うことも重要であると解される。
そこで,以下においては,上記各観点,すなわち,?@ワイヤ表面から15μmの深さまでのエッチングが,エッチング深さが均一であるとの条件を満たすよう正確に行われたか否か,エッチング角度が補正されているか,?Aエッチング前後のワイヤ直径の測定が正確に行われたか否か,?Bエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定が正確に行われたか否か,の各観点に照らし,甲6・7報告書及び本件公正証書等及びこれに対する反証となる乙16報告書について,順次その信用性の有無を検討することとする。」(2)原判決102頁18行の「エッチング角度180°で,」を「いかなるエッチング角度で,」と改め,103頁18行の「内部応力計算式」から25行末尾までを,「エッチング深さが均一であるという条件を満たしているとはいえないし,180°ではないエッチング角度が補正されたどうか明らかでない。断面形状の写真が示されていない残りの13点の試料については,これらの点は明らかでなく,また,写真に示されている試料2点についても,写真に示されている部分以外の部分の断面形状は明らかでない。」と改める。
(3)原判決106頁4行の「前記のとおり,」を削除し,109頁2行の「乙第28号証」を「甲第28号証」と改め,110頁8行〜111頁13行を次のとおり改める。
「前記のとおり,実際の測定におけるエッチング角度が180°でないとしても,計算式(甲7報告書の(4)〜(7)式)によって補正することができるから, その限りにおいてエッチング角度が正確に180°である必要はないというべきである。
もっとも,証拠(甲7,甲20・54頁)及び弁論の全趣旨によれば,上記角度補正式は,甲7報告書の7頁に記載されているような模式的な断面形状を想定して得られたものであると認められるのに対し,実際のエッチング後の断面形状は,甲7報告書の9〜12頁に示されているように,同報告書の7頁に記載されている模式的な断面形状とは異なり,エッチングされた部分の両端部にエッチングされずに残ってしまった三角形の部分が存在する。
この三角形の部分は,上記角度補正式では考慮されていない誤差要因であること等を考慮すると,エッチング角度があまりに小さいもの又は大きいものは適切でないということができる。」(4)原判決114頁8行の「読むものである以上,」と「0.5mm程度」との間に,「線の太さや定規の最小目盛り間隔と同程度の誤差は存在し得るから,」を加える。
(5) 原判決114頁下5行から115頁下5行までを次のとおり改める。
「以上のとおり,甲7報告書の測定結果の信用性は低いのであって,このことのみで,甲7報告書の測定結果を根拠にイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできないのであるが,これに加えて,仮にその測定数値を採用するとしても,次のとおり,甲7報告書の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできないというべきである。すなわち,甲7報告書の試料数は,「φ0.16mmDT200301001」の硝酸濃度15%,30%が各3,「φ0.14mmDT200301001」の硝酸濃度15%,30%が各3,「φ0.14mmDT200301002」の硝酸濃度15%,30%が各3,「φ0.14mmDT200301003」の硝酸濃度15%,30%が各3と少ない上,後記のとおり同一試料を用いた本件公正証書等における測定結果との間に看過できない相違があることからすると,甲7報告書における内部応力の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認めるには足りないというべきである。」(6) 原判決120頁17行〜121頁8行を,次のとおり改める。
「このように,内部応力の算出が行われた上記12本への選別までには,2度にわたる選別を経ている。また,エッチングが施された47本の試料については,公証人立会いの下で,エッチング角度をおよそ180°としてエッチングがされたかどうかが顕微鏡により確認されている。
その上でされた上記3条件を選別基準とする選別について検討するに,次のようにいうことができる。」(7) 原判決121頁下1行〜123頁16行を次のとおり改める。
「そこで検討するに,前記のとおり,本件発明の構成要件Cにいう「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去」というのは,ワイヤ表面から15μm層除去したことを意味するというべきであるから,エッチング深さは本来15μmでなければならないというべきであり,それが困難であるとしても,少なくとも「ワイヤ表面から15μmの層除去した数値」を的確に推認することができる立証がなされなければならないのであって,エッチング深さが「13〜17μm」のものを選別して,それを平均するだけでは足らないというべきである。
原告は,甲33(ジャパンファインスチール(株)作成の「内部応力測定におけるエッチング深さの影響」と題する書面)によって,同一のワイヤについて,エッチング深さが15μmである場合と16μmである場合とで内部応力値の相違は0.11kg/mm にすぎないと主張する。
2しかし,証拠(乙28)及び弁論の全趣旨によれば,甲33には,次の2点において問題があり,この点に補正を加える必要がある。
?@甲20の45頁に記載されているφ0.18mm(エッチング角度180°)のワイヤのグラフの読み取りに誤りがある点(甲33では,エッチング深さ3.9μm時の内部応力値を31kg/mm と読み取っている2が,正しくは41.7kg/mm である。)。
2?A回帰直線式を求めるに際し,径の異なるワイヤの内部応力の分布状況を用いる場合,エッチング深さについては,これを絶対値で把握するのではなく,ワイヤ表面からの半径の比率で把握することが通常行われる方法であるところ,甲33では,エッチング深さを絶対値で把握している点。
そして,証拠(乙28)及び弁論の全趣旨によれば,これらの問題を補正すると,φ0.16mmのワイヤの場合,エッチング深さが15μmと16μmとの内部応力差は0.87kg/mm であり,φ0.14mmのワイ2ヤの場合,エッチング深さが15μmと16μmとの内部応力差は1.27kg/mm である。これらの差異は,本件発明の構成要件C所定の内部応2力値の範囲が「0±40kg/mm 」であることに照らすと,軽視できな2いというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。」(8) 原判決123頁17行〜124頁2行を次のとおり改める。
「ウエッチング角度の選別基準について甲32報告書では,内部応力値を算出するに当たり,本件公正証書記載の試料から,エッチング角度が「150〜210°」のものが選別されている。前記のとおりエッチング角度は補正が可能であるところ,エッチング角度があまりに小さいもの又は大きいものは適切でないから,エッチング角度の上限下限を設定したこと自体に不合理な点があるということはできない。
しかし,その数値範囲を「150〜210°」としたことについては,その根拠が明らかでない。」(9)原判決124頁10行の「そもそも」から14行の「しかも,」までを削除する。
(10)原判決124頁17行〜126頁3行(「オ原告による過去の内部応力測定結果との対比」に関する部分)を削除する。
(11) 原判決126頁5行〜127頁18行を次のとおり改める。
「ア証拠(甲31)によれば,本件公正証書におけるエッチング前のワイヤ直径の測定方法は,実際にエッチングを行う試料のそれを測定するのではなく,第1のグループと試料とする部分とは別にワイヤを切り出し,これをワイヤ直径の測定のみに用いるというものであること,φ0.16mmの試料については2回に分けて内部応力の測定を行い,その都度エッチング前のワイヤ直径の測定が行われ,その測定結果は,1つ目のグループでは最大0.1605mm,最小0.1601mmであり,2つ目のグループでは最大0.1604mm,最小0.1600mmであったことが認められるところ,本件公正証書等における測定結果を示す甲32報告書表1では,エッチング前のワイヤ直径はいずれのグループでも0.1603mmとなっている。そして,1つ目のグループの最大0.1605mmと最小0.1601mmの平均値が0.1603mmであり,2つ目のグループの最大0.1604mmと最小0.1600mmの平均値が0.1602mmであることからすると,少なくとも各グループについてそれぞれの平均値を用いるべきであったということができる。
この点について,原告は,2つのグループに分けたのは測定手順の便宜の問題であって,測定対象となっている試料は連続したワイヤを切り分けたものであり,また,全長数百kmに及ぶワイヤの中で数mの範囲内で線径に有意のばらつきが生じることもないとして,線径を求める上では,2つのグループを一体として捉え,その平均値を線径とするのが合理的であると主張する。
確かに,全長数百kmに及ぶワイヤの中で数mの範囲内で線径に有意のばらつきが生じることは考え難い。しかし,線径を求める上でより正確性を期すという意味では,2つのグループにおいて測定結果の最大値及び最小値が異なる以上,各グループごとにその平均値を求めるのが妥当であり,両グループを一体としてその平均値を線径とすることの合理性は見出し難い。
したがって,原告の上記主張は採用できない。」(12)原判決127頁下8行〜128頁14行の「ところ,」までを,次のとおり改め,128頁下3行目を削除する。
「イ証拠(甲31)によれば,本件公正証書におけるエッチング前のワイヤ直径の測定は,ブラスめっきを除去する前の時点で行われ(12頁10行〜14頁6行),甲32報告書では,このめっき層の付いた状態での測定数値を「エッチング前のワイヤ直径d 」としていることが認められる。
0しかし,本件明細書(甲4)の段落【0002】には,「ソーワイヤは,スライス面を平滑にすること,またスライス厚さを均一に加工する必要性から,ソーワイヤには高精度の線径公差及びソーマシン内で真直な姿勢を維持する性状が求められる。…そして,通常その径は0.06〜0.32mmφで,例えば,1〜6kgの張力下で遊離砥粒を介して,シリコン,石英,セラミック等の硬質材料のスライスを行っている。高引張り強度及び耐摩耗性の面から通常は高炭素鋼スチールワイヤが使用され,また,高精度な線径公差が必要なことから,また,伸線性の面からも,その表面には銅,亜鉛及びその合金のブラスをメッキしたスチールワイヤが多く用いられている。」と記載されているから,ソーワイヤにおいては,ブラスめっきがされることが多いものの,その目的は,「高精度な線径公差が必要なことから,また,伸線性の面から」というものであって,硬質材料のスライスをする機能を有するのは,スチールワイヤであること,めっきされない製品も存すること(当事者間に争いがない)からすると,本件発明の構成要件Cにおけるソーワイヤは,めっき層を除去したものを意味すると解するのが相当である。本件明細書(甲4)に,測定に際し,めっきを除去することを要求ないし示唆する記載はないことは,上記判断を左右するものではない。また,」(13) 原判決128頁下2行〜129頁14行を,次のとおり改める。
「ウ証拠(乙28)及び弁論の全趣旨によれば,ソーワイヤのめっき層の厚さは,計算式〔めっき層厚さ(μm)=0.235×直径(mm)×めっき付着量(g/kg)〕に,平均めっき付着量を適用して算出することができること,一般的なソーワイヤのめっき付着量は6〜8g/kgであること,この中間値である7g/kgを上記計算式に代入すると,φ0.16mmのソーワイヤのめっき層厚さは0.263μm,φ0.14mmのソーワイヤのめっき層厚さは0.230μmであることが認められる。
もっとも,証拠(甲39)及び弁論の全趣旨によれば,ワイヤの金属表面にはかなりの凹凸があること,ブラスめっきは,この凹凸の上に施されて,凹凸を埋め合わせてワイヤ表面を平滑にする効果を持つものであること,そのため,ワイヤのスチール表面の凹部では厚くなり,凸部では薄くなることが認められるから,上記のとおりめっきの平均厚さが0.23μmあるとしても,めっき除去後の線径がその2倍である0.46μm分減少するとまで認めることはできない。しかし,めっき除去後の線径は,めっきの分だけいくらかでも減少するということはできるものと解される。
したがって,甲31における2回のそれぞれの測定グループごとのワイヤ直径の平均値を用いた上,めっき除去後の線径がいくらかでも減少することを考慮して,内部応力値を求めなければならず,そうすると,甲32報告書記載の内部応力値をそのまま用いることができないことは明らかである。」(14) 原判決129頁15行〜132頁5行を,次のとおり改める。
「(5) まとめ以上のとおり,本件公正証書等における内部応力の測定に関しては,?@本件公正証書等における測定方法に関して,甲28に示された測定方法に関する前記認定の問題点があり,特に,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定を定規を用いて手作業で行っていることによって生じ得る誤差の問題があり,甲32報告書におけるワイヤの曲率半径の測定結果の信用性は低いものというべきである,?A本件公正証書(甲31)におけるエッチングが施された合計47本の試料の中から,甲32報告書においてさらに12本を選別して内部応力を算出するという,試料の選別と選別基準に係る問題点が存在する,?B甲32報告書における測定数値の特定自体についても問題がある,?C同一試料を用いた甲7の測定結果との間に看過できない相違がある,ということができるのであって,これらのことからすると,本件公正証書等における内部応力の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認めることはできないというべきである。
そして,他にイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することを認めるに足りる証拠はない。」(15) 原判決132頁7行〜12行の「しかし,」までを削除する。
2 控訴人の主張について補足的に判断する。
(1) エッチング角度及びエッチング深さの均一性につきア前記1(1)のとおり,控訴人が,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することを立証するために提出している報告書(甲6の1,7,32)の実験は,いずれもエッチングがワイヤの半周(180°)について均一な深さで行われた場合を想定した内部応力計算式により内部応力値を求めたものであるから,エッチング深さが均一であるという条件を満たすように正確にエッチングを行うことが必要であると解される。エッチング角度が180°であるという点は,実際の測定におけるエッチング角度が180°でないとしても,計算式(甲7報告書の(4)〜(7)式)によって補正することができるから, その限りにおいてエッチング角度が正確に180°である必要はないというべきである。
もっとも,前記1(3)のとおり,エッチング角度があまりに小さいもの又は大きいものについては適切でないということができる。
イ控訴人は,原判決が想定するエッチング深さの均一性はエッチング後のワイヤの断面形状が測定の模式図に表れるものと相似のものでなければならないというきわめて厳格なものであるところ,そのような要求は技術常識に反するものである,と主張する。
しかし,後記(2)イのとおり,甲6報告書のエッチングの深さは均一性が欠けているところ,その程度のばらつきは結果に影響を及ぼさず技術常識として許容されていると認めるに足りる証拠はない。また,後記(4)オのとおり,甲32報告書で用いている,本件公正証書記載の試料から,1つの試料につきエッチング後線径を,ワイヤの中央とワイヤの長手方向中央から左右両側に1cm離れた場所の合計3か所で測定し,その乖離幅Rが2.5μm以下のものを選別するという手法も,その根拠が明らかでないというほかない。
(2) 甲6報告書の信用性につきア控訴人は,層除去法は周知の測定手段であるから,甲6報告書にその具体的手法について詳細な記述がないことが直ちに報告書の信頼性を阻害するとは考え難いと主張する。層除去法が周知の測定手段であるとしても,その測定が正確に行われたかどうかは,測定の具体的手法に基づいて判断されるべきであって,実施したのが控訴人と利害関係のない第三者研究機関であるということから直ちに報告書の記載を採用することはできない。
また,甲6報告書が,控訴人と被控訴人の間において内部応力の測定方法についての紛争が先鋭化する前に作成されたものであるかどうかということも,その帰趨が直ちに同報告書の記載を採用すべきであるということに結びつくものでない。
イ控訴人は,甲6の1による立証命題は,イ号物件について,「15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」が「0±40kg/mm 」の範囲内にあることであって,一義的2・絶対的な数値を求めることではないと主張する。同物件について,「15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力」が「0±40kg/mm 」の範囲内にあることが立証され2れば,本件発明の構成要件Cを充足していることが認められるのであるから,甲6の1による立証命題がそのようなものであることは明らかであるが,原判決(102頁7行〜105頁16行,ただし,前記1(2)のとおり改める)が判示するとおり,甲6報告書は信用性が乏しいから,甲6報告書からそのような立証がされていると認めることができないものである。
なお,甲6報告書には,ワイヤの断面顕微鏡写真が図6及び図7(甲6の1・7頁)の2枚しか示されていないところ,図6の試料の断面形状によれば,同試料のエッチング角度は160°程度にも満たず,また,エッチング深さは,均一ではなく,場所によって相当程度深さが異なっていることが認められる(原判決103頁10行〜13行)。そうすると,甲6の実験においては,エッチング角度が180°でなかった可能性があるにもかかわらず,個々の試料のエッチング角度が何度であって,それが補正されたかどうかということが明らかでないし,エッチング深さの均一性についても,上記の程度のばらつきは結果に影響を及ぼさず技術常識として許容されていると認めるに足りる証拠もない。
(3) 甲7報告書の信用性につきア控訴人は,甲28の測定手法について,?@手作業でマニキュアを1回だけ塗る点,?Aワイヤの上側からマニキュアを塗布している点,?B高温のエッチング液で比較的短時間でエッチングを行っている点,?C3本のワイヤを同時にエッチングしている点のいずれも問題はないと主張する。
しかし,原判決(106頁10行〜110頁6行)が判示するとおり,これらの点は,エッチングの正確性を疑わせるものであり,測定値に影響を与えるということができる。
なお,甲31における試料No.37の下側の顕微鏡写真では,マニキュアの塗布過多によって「垂れ」が生じていると認められるのであり,この点は,測定値に影響を与えるものであるということができる。
イ控訴人は,甲28の測定方法には,?@ワイヤにマニキュアが塗布された状態で曲率半径の測定を行っている点,?Aワイヤをテープで紙に貼り付けてコピーをとっている点,?B任意に弦を定めて定規を用いて手作業でアークハイトを測定している点のいずれも測定値に影響を与えるものではなく,問題はないと主張する。
しかし,原判決が(111頁15行〜114頁12行[前記1(4)のとおり加える部分を含む])判示するとおり,これらの点は,測定値に影響を与えるものであるということができる。
なお,控訴人は,アークハイトの高さを測定する際にはノギスが用いられていると主張するが,そのような事実は認められない。
また,控訴人は,原判決によって信頼性が高いとされた乙23の手法を用いて曲率変化を測定し,甲32報告書のデータと比較したところ,測定値の誤差は1〜2%にとどまり(甲40[ジャパンファインスチール(株)作成の「ソーワイヤ内部応力測定におけるアークハイト法と投影法による曲率半径及び内部応力測定結果の差異の確認」と題する書面]),手作業ゆえの不正確性の存在は認められなかったと主張する。しかし,これは,上記?@〜?Bのうち?Bのみにかかわるものであって,?@,?Aの問題は解消されていない上,甲40の測定結果は,甲32報告書の測定結果に比べて,内部応力の平均値で0.6kg/mm の違いを生じており,この2違いは決して小さいということはできない。
(4) 本件公正証書等の信用性につきア控訴人は,乙23の測定結果は一つの試料に対してのみ実施されたに過ぎず,また,乙23は信用性のきわめて乏しい資料であると主張する。
しかし,原判決(117頁16行〜118頁下1行)が判示するとおり,甲32報告書における測定は乙23の測定に比べて精度が劣ることが認められる。
なお,控訴人は,甲28にいう「任意」には,曲率変化の測定という目的から,当然に「ワイヤが円弧を描く部分」ということが含意されていると主張する。しかし,「任意」というのみでは,「ワイヤが円弧を描く部分」をどのようにして特定したか明らかでない。
また,控訴人は,甲31に添付された資料をもとに,乙23で採用されたとされる手法を採用したところ,測定値の誤差は1〜2%にとどまり,手作業ゆえの不正確性は認められないことが確認された(甲40)とも主張するが,この点については,前記(3)イ記載のとおりである。また,甲40では,「ワイヤが円弧を描く部分」の特定は,甲32と同じものが用いられており,それをどのようにして特定したか明らかでない。
イ控訴人は,甲7報告書と甲32報告書の測定値に違いがあるからといって,甲32報告書の測定結果が信用できないということにはならないと主張する。
しかし,甲7報告書と甲32報告書は,同じワイヤを対象としたものであって,それにもかかわらず,大きな相違が生じることは,原判決(119頁2行〜120頁3行)が判示するとおり,甲7報告書及び甲32報告書の測定結果が信用できないことを示しているというべきである。
ウ控訴人は,測定手法としてエッチング深さが15μm以下でなければならないという原判決の判示は誤りであると主張するが,この点については,前記1(1)のとおり,正確な内部応力値を得るためには,本来,「ワイヤ表面から15μm」の正確なエッチングを行うことが必要であり,それが困難であるとしても,少なくとも「ワイヤ表面から15μmの層除去した数値」を的確に推認することができる立証がなされなければならないというべきである。
甲32報告書では,内部応力値を算出するに当たり,本件公正証書(甲31)記載の試料から,エッチング深さが「13〜17μm」のものが選別され,それらの数値を平均しているが,前記1(7)のとおり,このような選別を行いその数値を平均することには合理性がないというべきである。
エ控訴人は,甲31において,「エッチング角度がおよそ180°であるかどうかの確認」などなされておらず,他に公証人立会いのもとでそのような確認がなされたことを示す証拠もない,甲32報告書において選別の基準を「150°〜210°」に設定したことには,合理的な理由があると主張する。
しかし,甲31(本件公正証書)20枚目11行〜13行には,「塗布されたマニキュアとエッチングの様子を長手方向に渡って観察し,およそ180°の角度でエッチングされているかどうかを確認する。」と記載されているから,甲31において「エッチング角度がおよそ180°であるかどうかの確認」がされている。甲32報告書において選別の基準を「150°〜210°」に設定したことについては,前記1(8)のとおりである。
なお,控訴人は,甲31のデータをもとにエッチング角度に基づく選別を行わない場合の測定値を求めたところ,38.7kg/mm となる2(甲37[ジャパンファインスチール(株)作成の「公正証書に記載した測定試料の内部応力」と題する書面])と主張する。しかし,この場合に用いられた試料は,甲32報告書のものよりも,エッチング角度の点で問題があるものであって,その結果を採用することはできない。
オ控訴人は,測定を繰り返すことにより平均値を求めることの本来的目的は,測定値に影響を与える誤差を平準化することにあるから,甲32報告書において,内部応力値を算出するに当たり,本件公正証書(甲31)記載の試料から,一つの試料につきエッチング後線径を,ワイヤの中央とワイヤの長手方向中央から左右両側に1cm離れた場所の合計3か所で測定し,その幅Rが2.5μm以下のものを選別したことには合理性がある,と主張する。
しかし,試料の選別には合理的な理由がなければならないところ,甲32報告書において幅Rが2.5μm以下のものを選別した根拠は不明というほかない。
なお,控訴人は,甲31のデータに基づき,上記エッチング角度による絞り込みの排除に加え,エッチング深さのばらつきによる選定もせず,単に明らかにエッチングに異常がある極端なデータのみを排斥した場合においても,その結果は39.7kg/mm となる(甲38[ジャパンファ2インスチール(株)作成の「公正証書に記載した全測定試料の内部応力」と題する書面])と主張する。しかし,この場合に用いられた試料は,甲32報告書のものよりもエッチング角度等の点で問題があって,その結果を採用することはできない。
カ控訴人は,1μm以下の単位におけるブレの存在を前提として平均値を取り測定値を定量化したからといって測定の信頼性が損なわれることはない,甲31の測定対象は1本の同一のワイヤの線径であり,また,上記のとおりこのようなごく微小なオーダーではブレが避けられないから,同一ワイヤのデータ全部について平均値を求めるほうが合理的である,甲32報告書が平均値として0.1603mmを採用したのは,全体の平均値の0.16025の最終桁を四捨五入したものである,と主張する。
しかし,前記1(11)のとおり,φ0.16mmの試料については2回に分けて内部応力の測定を行い,その都度エッチング前のワイヤ直径の測定が行われたのであるから,1本のワイヤであっても,2回のそれぞれのグループごとのワイヤ直径の平均値を用いることが相当であるというべきであって,1μm以下の単位であるからといって,そのことが左右されることはない。
甲32報告書が平均値として0.1603mmを採用したのは,控訴人が主張するように,全体の平均値の0.16025の最終桁を四捨五入したものであるとしても,上記判示したところに照らせば相当でないというべきである。
キ控訴人は,?@めっき層は,砥粒ののりや切断面の平滑性の向上に資するものであり,スチールの部分と一体のものとしてソーワイヤの機能を担うものであること,?A実際に使用されるソーワイヤのほとんどにはめっきが施されており,めっきが施された製品こそソーワイヤの一般的性質を代表するものというべきであること,?B本件明細書(甲4)に,測定に際し,めっきを除去することを要求ないし示唆する記載はないことから,めっき層を除去した後に線径を測定しなければならないということはないと主張する。
しかし,前記1(12)記載のとおり,めっき層を除去した後に線径を測定しなければならないというべきである。
さらに,控訴人は,めっき層の除去に関し,0.230μmなどという単位の厚みは,内部応力の測定における測定精度においては測定誤差の中に埋没する厚みであり,考慮することに意味がない,仮にめっき部分にソーワイヤとしての機能がないのであれば,ここでもめっきの影響を考慮する必要はないと主張するが,1μm以下の単位であっても,内部応力の値に影響する以上考慮する必要があるし,また,前記1(12)記載のとおり,硬質材料のスライスをする機能を有するのはめっき部分でないから,めっき層を除去した後の線径を算定しなければならないのであって,めっき部分にソーワイヤとしての機能がないからめっきの影響を考慮する必要はないということにはならない。
3 結論以上のとおりであって,控訴人の本訴請求は,原審及び当審において取り調べた全証拠によっても,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属する(争点1)と認めるに足りないことになるから,理由がないことに帰する。
よって,これと結論を同じくする原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 澁谷勝海