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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 技術的思想 /  頒布された刊行物 /  慣用技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  実施料相当額 /  時効 /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  対象製品 /  技術的意義 /  均等 /  置き換え /  置換 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  専用実施権 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (ワ) 11483号 損害賠償請求事件

原告 土佐機械工業株式会社
訴訟代理人弁護士 小松陽一郎
同 平野和宏
訴訟復代理人弁護士 井口喜久治
補佐人弁理士 田中幹人
被告 株式会社技研製作所
被告 株式会社技研施工
被告ら訴訟代理人弁護士 米川耕一
同 永島賢也
同 鈴木謙吾
同 櫻井滋規
同 大泉健志
同 小石耕市
同 小出剛司
被告ら補佐人弁理士 田中二郎
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2004/11/15
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告らは、原告に対し、各自1億円及びこれに対する平成15年11月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「杭圧入引抜機」に関する特許権を有していた原告が、被告株式会社技研製作所(以下「被告技研製作所」という。)が製造し、被告株式会社技研施工(以下「被告技研施工」という。)が譲り受けて使用した機械が、上記特許発明実施品であると主張して、主位的には、被告らによる上記機械の製造、販売、使用は、上記特許権(ただし、特許登録以前は出願公告による仮保護の権利)を侵害したものであると主張して、損害賠償を請求し、予備的には、被告らによる上記機械の製造、販売、使用は、上記特許発明実施したものであり、その実施料相当額の不当利得が生じていると主張して、不当利得返還を請求した(ただし、不当利得返還請求にかかる遅延損害金については訴え変更申立書送達の日の翌日である平成16年5月21日をその始期とする。)事案である(ただし、いずれも一部請求である。)。
1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。) (1)ア 原告は、下記の特許権(以下「本件特許権」といい、その明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件発明」と、その特許権にかかる明細書を「本件明細書」という。)を有していた(甲1、2)。
発明の名称 杭圧入引抜機 出願日 昭和59年2月7日 出願番号 特願昭59-20509号 公開日 昭和60年8月27日 公開番号 特開昭60-164513号 出願公告日 平成6年3月2日 出願公告番号 特公平6-15771号 登録日 平成9年12月19日 特許番号 第2133956号 権利期間満了日 平成16年2月7日 特許請求の範囲の請求項1は、別紙特公平6-15771号特許公報(甲2)の該当欄記載のとおり イ 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。
(ア) 下方に反力掴み装置を具備して既設杭上に定置される基盤と、
(イ) 基盤の上方に立設され軸受部を中心として回動可能に軸支されたガイドフレームと、
(ウ) ガイドフレームに昇降自在に装着された昇降体と、
(エ) 昇降体を昇降させる昇降シリンダと、
(オ) 昇降体の下方に装着された旋回自在な杭掴み装置とを備え、
(カ) ガイドフレームの回動中心位置を昇降シリンダの作用中心線と一致させた杭圧入引抜機において、
(キ) 昇降シリンダの作用中心線が被作業杭の断面中心位置より後方で、
かつ、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあること (ク) を特徴とする杭圧入引抜機。
(2) 被告技研製作所は、型式番号をPP260とする装置(以下「イ号装置」という。)及び型式番号をSCP260とする装置(以下「ロ号装置」といい、イ号装置とロ号装置を合わせて以下「被告装置」という。)を製造している(ただし、これらの構成については後記のとおり争いがある。)。
ロ号装置は、イ号装置の構成にオーガ装置を付加したものである(被告らにおいて明らかに争わない。)。
2 争点 (1) 本件発明の特許請求の範囲の記載の解釈 ア 「杭」の意義 〔原告の主張〕 本件明細書の特許請求の範囲の記載においては杭を限定する記載はない。本件明細書の「発明の詳細な説明」の項には、「被作業杭(鋼矢板)」との記載があるが、これは本件発明における「杭」の意義を限定するものではなく、実施例として説明する被作業杭を例示したものにすぎない。
すなわち、本件発明は、被作業杭の抵抗力の発生する範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させることにより、被作業杭の抵抗力とのずれがほとんどなくなって杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止するものであり、圧入する杭の形状や種類は本件発明において特段の技術的意義はない。
したがって、本件明細書の「発明の詳細な説明」の項における「被作業杭(鋼矢板)」等の記載は、本件発明における杭の形状や種類を限定する趣旨の記載ではない。
そして、本来、鋼管矢板は、鋼矢板の一種である。
したがって、本件発明の特許請求の範囲の記載における「杭」には、鋼管矢板も含まれると解すべきである。
被告らは、本件明細書に添付された第5図の符号31の杭掴み装置では鋼管矢板を掴めないことを指摘するが、同図に示された装置は本件発明の実施例にすぎず、本件発明における杭掴み装置の意義を限定するものではない。
〔被告らの主張〕 本件発明の特許請求の範囲に記載されている「杭」が何を指すかについて、特許請求の範囲の記載からは確定することができない。本件発明の特許請求の範囲に、単に「杭」と記載されているからといって、当業者において、一義的に全ての杭が用いられるとは理解できない。
そこで、本件明細書の記載を見るに、「発明の詳細な説明」の項には、
「本発明は自走式静荷重型杭圧入引抜機に関し、詳細には杭圧入時の被作業杭(鋼矢板)にかかる傾斜モーメントの影響をなくした装置に関するものである。」との記載がある。しかも、本件明細書には、この鋼矢板にかかる傾斜モーメントの改良がその課題とされ、実施例や作用効果についても、鋼矢板にかかる傾斜モーメントに関する効果についてしか記載されていない。
また、本件明細書添付の図面を見るに、第5図の符号36で「被作業杭」と指示された図も、符号21で「既設杭」と指示された図も、明らかに鋼矢板の平面図の形状を示している。
これらの記載に照らせば、本件発明における「杭」とは、鋼矢板を意味し、これに限定されていると解すべきである。
そして、鋼矢板とは、日本工業規格A5528でいう熱間圧延鋼矢板であり、鋼管矢板とは、日本工業規格A5530でいう鋼管矢板であって、両者は異なるものである。本件特許出願以前である昭和58年11月当時の当業者の認識としても、鋼管矢板は、鋼矢板よりも鋼管杭に近く、鋼管矢板と鋼矢板では継手の機能も異なると認識されていたものである。
したがって、本件発明の特許請求の範囲の記載における「杭」には、鋼管矢板は含まれないと解すべきである。
構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」の意義と被告装置におけるその位置 〔原告の主張〕 (ア) 上記アで主張したとおり、鋼管杭は本件発明の特許請求の範囲の記載における杭に相当する。
本件明細書の記載から明らかなとおり、本件発明の構成要件(キ)が特定する技術内容は、被作業杭の抵抗力が発生する範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させることにある。したがって、当業者の技術常識慣用技術を斟酌すれば、本件発明における「噛合位置」も、「被作業杭の断面中心位置」とともに、
「昇降シリンダの作用中心線を位置させる範囲を被作業杭の抵抗力が発生する位置」に定めるためのものであるから、単に噛み合っている位置という意味ではなく、いわゆるグリップ抵抗(継手抵抗、セクション抵抗)の発生する位置を意味し、被告装置においては別紙イ号装置説明書(1)図2の「噛合部S2と噛合部S3」がこれに当たる。
すなわち、圧入作業時の被作業杭の抵抗力(圧入抵抗力)は、先端抵抗力と周面抵抗力と継手抵抗力の3つに分解することができ、このうち、先端抵抗力と周面抵抗力の合力は、被作業杭の断面中心位置が限界地点である。これに対し、継手抵抗力は、単に継手同士の金属接触部分に発生するもののみではなく、継手すきまに入り込んだ土砂により引き起こされるいわゆる楔現象により発生する抵抗力も含むものであるから、被告装置において、被作業鋼管矢板の継手部分にかかる抵抗力が別紙イ号装置説明書(1)図2のEの位置で発生することは明らかである。
したがって、被作業杭と噛合する既設杭の噛合位置の限界地点は、別紙イ号装置説明書(1)図2のEの位置となり、抵抗力の発生位置すなわち噛合位置は、別紙イ号装置説明書(1)図2の「噛合部S2と噛合部S3」となる。
(イ) 被告らは、既設鋼管矢板の継手と被作業鋼管矢板の継手とが接触して抵抗力が発生する最も後方の限界位置は、別紙図面@(被告ら準備書面5添付別紙2。ただし、図面中のFは裁判所において記入したものである。)のDであり、
本件発明における噛合位置は、同図のCからDを指すと理解すべきと主張する。
しかしながら、継手抵抗力は、既設鋼管矢板の継手と被作業鋼管矢板の継手とが接触して発生するもののみではなく、継手すきまに入り込んだ土砂により引き起こされるいわゆる楔現象により発生する抵抗力も含むものであるから、被告の上記主張は相当でない。
また、被告らは、鋼管矢板では、既設鋼管矢板の継手部分に入っている土の体積は、被作業鋼管矢板の継手の一部の体積よりも圧倒的に大きいために、
圧入時に土の固結化現象が生じるとは考え難く、被作業鋼管矢板に生じる継手にかかる抵抗力が、別紙イ号装置説明書(1)図2のEの位置で発生することはあり得ないと主張する。
しかし、鋼管矢板の圧入に際して継手内に入り込んだ土砂等の異物を除去することなく、新たな鋼管矢板について圧入作業を開始すると、既設鋼管矢板の継手によって閉塞された状態の土砂等の異物が逃げ場を失うことで既設鋼管矢板の継手を圧迫し、空洞の継手を噛み合わせた場合以上の抵抗力が発生する、いわゆる楔現象は、継手部分の体積が大きい鋼管矢板においても、継手部分に異物が混入する限り確実に発生するものであり、とりわけ、継手内に入り込んだ土砂中に岩石が混入していた場合には、その岩石自体が楔の役割をして、大きな継手抵抗力を発生させるものである。
さらに、被告らは、ロ号装置にはオーガ装置が付属しているため、楔現象の発生する前提となる、継手の内部に入る土がそもそも存在しないと主張する。しかし、オーガ装置とは、圧入の障害となる玉石や岩盤を粉砕して、硬質地盤を通常の地盤に置換して杭の圧入を可能とすると共に、粉砕された玉石や岩盤の一部を地上に排出することで、杭が圧入される最小限の間隙を作り出す装置であり、
ロ号装置においても、粉砕された土砂の全部が排出されるわけではなく、残存する土砂に対する関係で圧入抵抗力が依然として発生するため、反力を利用した杭圧入が必要となるものである。したがって、ロ号装置においても、継手内部に残土が存在する限りは楔現象が発生するものである。
〔被告らの主張〕 (ア) 本件発明の構成要件(キ)における「被作業杭と既設杭の噛合位置」とは、被作業杭と既設杭の噛み合わせの位置と解するのがごく自然である。
原告は、「被作業杭と既設杭の噛合位置」とは、抵抗力の発生する位置であるとし、被作業杭の抵抗力とは、継手抵抗力を含むものとし、継手抵抗力は、いわゆる楔現象により発生する抵抗力を含むものであるとして、本件発明の技術的範囲拡張解釈しようとしているが、このような拡張解釈は、特許権の権利範囲を第三者に公示するという特許請求の範囲の記載の機能を著しく害し、不当な結果を招くものであって許されない。
(イ) 本件明細書の「発明の詳細な説明」の項に記載されている、「圧入作業時の被作業杭の抵抗力」とは、杭自身の圧入抵抗力と継手噛み合わせ抵抗力の合力である。この抵抗力は、別紙図面@の最大限AからDまでの範囲で生じ得る。
なぜなら、既設鋼管矢板の継手と被作業鋼管矢板の継手とが、接触して抵抗力が発生する最も後方の限界位置は、Dだからである。
そうすると、本件発明にいう噛合位置とは、同図のCからDを指すと理解するのが合理的である。
(ウ) なお、既設鋼管矢板の継手の溶接部である別紙図面@のEは、鋼管矢板に最初から溶接されて固定されている部分であるから、この点に対して、継手噛み合わせ抵抗力がかかることはあり得ない。
原告は、別紙イ号装置説明書(1)図2の噛合部S2と噛合部S3が、いわゆるグリップ抵抗(継手部抵抗、セクション抵抗)の発生する位置であり、本件発明における噛合位置であると主張する。
しかし、噛合部S2は、既設鋼管矢板に溶接された継手であって、この溶接部が別紙図面@のEにあたるが、この点は被作業鋼管矢板の継手である噛合部S3と接触するものではないから、継手噛み合わせ抵抗力がかかるなどということはあり得ない。
(エ) 楔現象とは、鋼矢板の圧入時に、継手すきまに入り込んだ土が抵抗力を発生させてしまう現象で、これが生じると、それ以上、圧入施工することが不可能になったり、継手が破損して離脱してしまうという事故が発生し得るものである。このように、楔現象は、避けなければならない病理現象であり、これを通常起きるものとして立論するのは誤りである。
原告は、既設鋼管矢板の継手に被作業鋼管矢板の継手を噛み合わせて圧入する際、既設鋼管矢板の円形の継手部分に入っている土に、被作業鋼管矢板の継手の一部が圧入されて、土が圧縮され、固結化した土が、被作業鋼管矢板の継手抵抗力を生じさせ、楔現象が生じると主張する。
しかし、鋼矢板の継手とは異なり、既設鋼管矢板の継手部分に入っている土の体積は、被作業鋼管矢板の継手の一部の体積よりも圧倒的に大きいから、
被作業鋼管矢板に生じる抵抗力が、イ号装置説明書(1)図2のEの位置で発生することはあり得ない。
なお、ロ号装置には、抗体本体用の太いメーンオーガと継手用の細いサブオーガの2つのオーガ装置が付いているところ、これにより、継手部分は削孔され、継手内部の土は掘り出されて空隙が生じているのであるから、ロ号装置による工事においては、楔現象は発生しない。
(2) 被告装置の構成と本件発明の構成要件該当性(文言侵害の成否) 〔原告の主張〕 ア イ号装置の構成は、別紙イ号装置説明書(1)記載のとおりである。
被告装置のクランプ、サドル、リーダーマスト、チャック本体及びチャックは、本件発明における反力掴み装置、基盤、ガイドフレーム、昇降体及び杭掴み装置にそれぞれ相当する。
本件発明における「杭」の意義については上記(1)アで主張したとおりであり、被告装置の鋼管杭は本件発明における杭に相当する。
本件発明の構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」の意義と被告装置におけるその位置は、上記(1)イで主張したとおりであり、噛合位置は、別紙イ号装置説明書(1)図2の「噛合部S2と噛合部S3」であるから、昇降シリンダの作用中心線である同図のA-A線が同図のEよりも前方にある被告装置の構成は、
別紙イ号装置説明書(1)の構成Gのとおりであり、本件発明の構成要件(キ)を充足することは明らかである。
したがって、被告装置は本件発明の構成要件をいずれも充足する。
イ なお、被告装置の構成Aについて、被告らは、本件発明と被告装置は、
クランプの形状において明らかな差異があると主張するが、クランプの形状は本件発明の構成ではなく、既設鋼管矢板上にサドルを定置させるメカニズムも本件発明の構成ではない。被告らの主張は、本件明細書に記載された本件発明の実施例と記載して、その相違を主張しているにすぎず、相当でない。
被告装置の構成Bについて、被告らは、被告装置はターンフレームによるもので異なる旨主張するが、これは、被告装置においてリーダマストが回動可能に軸支されている構成を具体的に説明したにすぎず、被告装置が構成Bを備えることを否認する理由とはならない。
被告装置の構成Eについて、被告らは、被告装置は鋼管矢板を掴む点で、鋼矢板を対象とする本件発明とは異なると主張しているが、構成Eは鋼管矢板を掴むものとして特定しているのであるから、被告装置が構成Eを備えることを否認する理由とはならない。また、被告らは、被告装置は「回動はするが、旋回はしない」と主張するが、旋回とは垂直軸の回りの回転運動を意味し、旋回には一方向のみの旋回、間欠回転、一定角度範囲内の往復回転を含むとされているから、回動という概念は旋回という概念に含まれるものであり、被告装置が構成Eを備えることを否認する理由とはならない。
被告装置の構成Hについて、被告らは、被告装置は鋼管矢板の圧入引抜機であると主張しているが、構成Hは鋼管杭圧入引抜機として特定しているのであるから、被告装置が構成Hを備えることを否認する理由とはならない。
〔被告らの主張〕 ア イ号装置の構成は、別紙イ号装置説明書(2)記載のとおりである。
イ号装置を現した図面は、別紙イ号装置説明書(1)図1及び2(ただし、
これに付された符号を除く。)である。
イ イ号装置の構成の説明についての原告の主張のうち、構成C、D及びFについての主張は認め、その余の構成についての主張は否認する。
まず、被告装置は、鋼管矢板の圧入引抜機であって、原告の本件発明とは関連性がない。
原告主張の構成Aについて、被告装置は、鋼管矢板を前提にするため、
クランプの形状は明らかに異なる。既設鋼管矢板上にサドルを定置するメカニズムも異なる。
原告主張の構成Bについて、被告装置は、ターンフレームによるもので異なる。
原告主張の構成Eについて、被告装置は、チャックの形状が異なる。原告の本件発明は鋼矢板を掴むが、被告装置は鋼管矢板を掴むものであるからである。また、被告装置は、回動はするが、旋回はしない。鋼矢板の圧入引抜作業には旋回が必要になるが、鋼管矢板の場合には必要がない。
原告主張の構成Gについて、被告装置は、昇降シリンダの作用中心線が、被作業鋼管矢板と既設鋼管矢板の噛合位置より後方にあるので異なる。
すなわち、本件発明の構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」の意義と被告装置におけるその位置は、上記(1)イで主張したとおりであり、被告装置において、昇降シリンダの作用中心線は、イ号物件説明書(1)図2のA-A線であるところ、これは、被作業鋼管矢板の本体及び継手のいずれにも交わっても接してもおらず、既に圧入されて地盤に固定された既設鋼管矢板の継手部分に交わっている。このように、昇降シリンダの作用中心線が、別紙図面@のDよりも、被作業鋼管矢板の最も後方の点である別紙図面A(乙第29号証の右側一部)のFよりも、
更に後方に位置する被告装置は、原告主張の構成Gとは異なる構成をとっているものであり、このような被告装置が本件発明の構成要件(キ)を充足しないことは明らかである。
原告主張の構成Hについて、被告装置は、各鋼管矢板に適応する鋼管矢板圧入引抜機であり、鋼矢板を対象とするものではないから異なる。
以上のとおりであって、被告装置は本件発明の構成要件の全てを充足するものではない。
(3) 均等の成否 〔原告の主張〕 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、@当該部分が特許発明の本質的部分ではなく、A当該部分を対象装置等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、Bこのように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当とされる。
仮に、被告らが主張するように、被告製品の「噛合位置」の限界地点が別紙図面@のDであったり、鋼管矢板が本件発明にいう「杭」に含まれないとしても、本件発明の構成と被告製品とで異なる部分は、(1)昇降シリンダの作用中心線が別紙図面@のDを越えて別紙イ号装置説明書(1)図2のA-A線上にあること、(2)被告装置が鋼管杭に適応するものであることの両方又は一方であるところ、以下のとおり、被告装置は、上記均等の要件全てを充足するものであり、本件発明の構成と均等なものであって、その技術的範囲に属するものである。
均等の要件@について 特許発明の本質的部分とは、当該発明における課題の解決手段であり、
特許発明技術的思想である。したがって、均等の要件@の判断手法としては、特許発明を全体として特許出願時における先行技術と対比することにより課題の特徴的な解決手段を確定し、これを対象製品等が共通に備えているかどうかという点で判断すべきである。すなわち、要件@は、「特許請求の範囲に記載された構成と対象製品との異なる部分、すなわち両者の差異が、特許発明の本質的な部分ではない」ことであり、より実質的には、「対象製品特許発明の技術思想の範囲内にあること」である。
本件発明は、従来技術における、昇降シリンダの作用中心線と被作業杭の抵抗力の発生する位置とのずれを解消できないという問題点及び杭圧入につれて被作業杭が後方に傾斜してしまうという技術的課題を解決するために、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成を採用したことが、本件発明に特有の解決手段である。
ここで、本件発明の構成要件(キ)の構成をとったのは、圧入抵抗力が被作業杭の断面中心位置より後方で、被作業杭と既設杭との噛合位置との間にあるからである。
したがって、本件発明における課題解決手段の特徴的原理は、被作業杭の抵抗力の発生する範囲に証拠シリンダの作用中心線を位置させることにより傾斜モーメントの発生を可及的に解消することである。
なお、この課題解決手段の特徴的原理は、本件発明の構成中には、構成要件(キ)のとおり表現されているが、それは課題解決手段そのものであり、その背景にある特徴的原理とそのまま一致するものではない。
ところで、仮に、被告ら主張のとおり、噛合位置の限界地点が別紙図面@のDであったとした場合、これは本件発明の構成要件(キ)とは異なる構成となる。
しかし、被告装置による圧入作業時に圧入抵抗力は、その作業時に不可避的に発生する楔現象を考慮すれば、別紙図面B(原告準備書面(6)添付図面2)のP及びQの部分でも発生することは明らかである。そして、被告装置における昇降シリンダの作用中心線(別紙イ号装置説明書(1)図2のA-A線)は、かかる圧入抵抗力の発生する範囲内にあり、特に楔現象が発生するであろうPの部分に設定されている。
そうすると、本件発明の備える課題解決手段の原理と被告装置の備える課題解決手段の原理とは、いずれも、被作業杭の抵抗力の発生する範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させることで、被作業杭の抵抗力とのずれがほとんどなくなって、杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生が防止されるという同一の技術思想に基づくものである。
そして、本件発明と被告製品との間には、昇降シリンダの作用中心線の位置が被作業杭と既設杭との噛合位置より前方にあるのか、後方にあるのかという相違はあるものの、いずれも杭圧入時に圧入抵抗力の発生する場所にあることには違いはない以上、本件発明と被告製品との上記差異は、本件発明の本質的部分には当たらない。
したがって、仮に、被告ら主張のとおり、噛合位置の限界地点が別紙図面@のDであったとしても、昇降シリンダーの作用中心線と噛合位置との具体的位置関係は本件発明の本質的部分には当たらない。
また、本件発明の本質的部分が上記のとおり解すべきものである以上、
杭の形状及び種類における差異も、本件発明の本質的部分ではない。
以上のとおりであるから、被告装置は均等の要件@を充足している。
均等の要件Aについて 被告装置における昇降シリンダの作用中心線を別紙イ号装置説明書(1)図2のA-A線上に位置させても、被作業杭の抵抗力の発生する範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させることに変わりはなく、本件発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する。
また、鋼管矢板という構成は特段の作用効果を奏するものではなく、特段の技術的意義を見出すことはできないから、本件発明における杭を、被告装置の鋼管矢板に置換しても、本件発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏することは明らかである。
したがって、被告装置は均等の要件Aを充足している。
均等の要件Bについて 圧入作業時の被作業杭の抵抗力(圧入抵抗力)が先端抵抗力と周面抵抗力と継手抵抗力の3つに分解することができることは周知のことであり、被告らが被告装置の製造・使用等をした平成6年3月当時、昇降シリンダの作用中心線を継手抵抗力が生ずる範囲内である別紙イ号装置説明書(1)図2のA-A線上に位置させて、本件発明の昇降シリンダの作用中心線の位置を被告装置の構成に置換することは、当業者が容易に想到することのできたものというべきである。
また、鋼管矢板は日本工業規格上元々は鋼矢板と同じ分類であったものであり、被告装置の鋼管矢板の構成が特段の作用効果を奏するものではないことを合わせ考えれば、被告らが被告装置の製造・使用等をした平成6年3月当時、鋼管矢板を使用して、本件発明の杭を被告装置の鋼管矢板という構成に置換することは、当業者が容易に想到することのできたものというべきである。
したがって、被告装置は均等の要件Bを充足している。
均等の要件Cについて 被告装置は、本件発明の特許出願時である昭和59年2月7日当時における公知技術と同一または当業者がこれから上記出願時に容易に推考することができたものではない。
したがって、被告装置は均等の要件Cを充足している。
均等の要件Dについて 被告装置における昇降シリンダの作用中心線を別紙イ号装置説明書(1)図2のA-A線上に位置させるとの構成及び被告装置における鋼管矢板との構成が、
本件特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情は存在しない。
したがって、被告装置は均等の要件Dを充足している。
〔被告らの主張〕 被告装置は、均等の要件のいずれも充足しない。
均等の要件@について 特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、特許発明特有の課題解決のための手段を基礎付ける技術的思想の中核的、特徴的部分と解するべきである。
そして、本件発明は、昇降シリンダーの作用中心線が被作業杭の断面中心位置より後方で、かつ、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあることを特徴とする杭圧入引抜機であり、構成要件(キ)の構成は、本件発明特有の傾斜モーメントの発生という課題を解決するための手段を基礎付ける技術的思想の中核的、特徴的な部分であるから、この構成は本件発明の本質的部分である。
均等の要件Dについて 本件明細書の「発明の詳細な説明」の項には、杭とは鋼矢板のことを指すと明確に定義されている。
そして、本件特許にかかる特許願においても、平成5年9月24日付の意見書に代える手続補正書においても、出願人である原告は、一貫して、杭とは鋼矢板であると述べている。
このように、鋼管矢板は、本件特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものである。
(4) 権利濫用の有無(特許無効理由) 〔被告らの主張〕 本件特許には、以下のとおり無効理由が存在するから、このような本件特許権の行使である本件請求は、権利の濫用として許されないものである。
なお、原告は、侵害訴訟において無効理由の存在を理由とした権利濫用の抗弁が認められるのは、無効理由が存在することが明らかであることが必要であると主張する。
しかしながら、特許法改正の法律案要綱では、いわゆる明白性の要件は削られている。このように、特許の無効理由の存在が明らかであることを要するとする明白性の要件は撤廃され、特許法104条の3として結実することになっている。
そうだとすると、現時点において、明白性の要件を不要とする立法事実が存するのは明らかであり、かつ、将来、不要となる要件を現時点で要求するのは明らかに不合理である。
ア 原告は、本件特許出願(昭和59年2月7日)に先立ち、昭和58年10月3日から7日にかけて行われた、社団法人日本建設機械化協会主催の「建設機械展示会」において、「TSM-130スティルワーカ」なる自走式静荷重型鋼矢板圧入引抜機を展示した。同展示会には、誰でも自由に見学が可能であった。
TSM-130スティルワーカは、本件発明の技術的範囲に属するものであった。
展示されたTSM-130スティルワーカについて、展示会に赴いた当業者はこれを観察することができ、写真撮影することもできたところ、当業者が観察すれば、昇降シリンダの作用中心線の位置が鋼矢板掴み装置の回転中心位置から約200メートル後方に移動していること、この位置に鋼矢板の継手が位置していること、被作業鋼矢板の継手端部までの全幅440ミリメートルの半分である220ミリメートルの幅内に昇降シリンダの作用中心位置が収まっていることを認識することができる。
したがって、当業者であれば、展示会でTSM-130スティルワーカを観察して、本件発明の構成要件(キ)を含め、本件発明の具体的内容を知ることができた。
このように、本件発明は、本件特許出願以前に公知となっていた。
イ 原告は、本件特許出願(昭和59年2月7日)に先立ち、昭和58年10月3日から7日にかけて行われた、社団法人日本建設機械化協会主催の「建設機械展示会」において、乙第2号証のカタログを頒布した。
これには、昇降シリンダーの作用中心線が、被作業杭の断面中心位置より後方で、かつ、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあることが記載されている。
このように、本件発明は、本件特許出願以前に、公衆に対し頒布された刊行物に記載されていた。
ウ 原告は、本件特許出願以前(昭和59年2月7日)である昭和58年9月14日、有限会社石井重機に対し、スティルワーカTSM-130本体及び付属品等を売ることを約し、同月26日にこれを引き渡した。同社は、そのころ、スティルワーカTSM-130を実際に工事現場で使用した。これにより、有限会社石井重機やスティルワーカTSM-130が実際に使用された工事現場の関係者等は、スティルワーカTSM-130を使用または分析し、本件発明の具体的内容を知ることができた。
このように、本件発明は、本件特許出願以前に、公知となっていた。
〔原告の主張〕 特許権の行使が権利濫用となるのは、特許に無効理由が存在することが明らかな場合に限られる。そして、被告らは上記でアないしウとして本件特許に無効理由が存在すると主張するが、以下のとおり、本件特許に無効理由が存在することは明らかではない。
ア 被告ら主張の昭和58年10月に行われた「建設機械展示会」に展示されたTSM-130スティルワーカは、未完成の試作機であった。
しかも、展示会においては、鋼矢板は杭掴み装置に装着されておらず、
杭圧入引抜機も既設杭ではなく反力架台上に定置させられていたにすぎない。そして、TSM-130の外観によっては、昇降シリンダの位置やその作用中心線の位置を特定することは、事実上不可能である。
したがって、この展示会においては、昇降シリンダの作用中心線、被作業杭、既設杭、被作業杭と既設杭の噛合位置は開示されておらず、本件発明の構成要件(キ)も開示されていたとはいえない。
また、上記展示会において、原告従業員から本件発明の構成要件にわたる説明がされたこともない。
したがって、上記展示会の展示によって、本件発明が特許出願以前に公知になっていたとはいえない。
イ 乙第2号証のカタログは、昭和58年10月3日から7日にかけて行われた、社団法人日本建設機械化協会主催の「建設機械展示会」において頒布したものではなく、もっと遅い時期に頒布されたものである。そして、これが本件特許出願以前に頒布されていたことの立証はない。
しかも、これに記載された図面は、機械全体の輪郭と基準寸法を明らかにするために掲載されたものであり、構成の位置関係についてまで正確に記載されたものではないから、この図面によって、被作業杭の断面中心位置及び被作業杭と既設杭の噛合位置との関係で昇降シリンダの作用中心線の位置を特定することはできない。
したがって、上記カタログの頒布によって、本件発明が特許出願以前に頒布された刊行物に記載されていたとはいえない。
ウ 原告は、昭和59年3月頃、有限会社石井重機に対してスティルワーカを売り渡したことがあるが、これは、本件発明の実施品であるTSM-130型ではなく、本件発明の実施品ではないTSM-100型であった。
TSM-130には、その試作機において、既設杭クランプの圧力保持が効かず、作業中にその支持力を失う、クランプ及び被作業杭チャックの圧力検出用圧力スイッチから想定量以上の油漏れが起こる等の不具合が存在していた。このうち、既設クランプの圧力保持が効かないという点は、反力を利用して杭を圧入するという杭圧入引抜機にとっては致命的な不具合である。
この不具合は、昭和58年11月24日当時は解消されていなかったものであるから、被告らが主張するように、同日に本件発明の実施品であるTSM-130を販売することはあり得ない。
したがって、上記スティルワーカの売り渡しによって、本件発明が特許出願以前に公知になっていたとはいえない。
(5) 損害賠償請求権の時効消滅の成否 〔被告らの主張〕 原告従業員であるP1は、平成7年11月8日、被告技研製作所の新製品・新工法発表会を訪れ、新製品であり、本件発明の実施品である鋼管パイラーを見て回った。
すなわち、原告は、平成7年11月ころ、鋼管パイラーの存在、すなわち本件特許権侵害の事実を知ったのであるから、原告の損害賠償請求権は、既に時効により消滅している。
被告らは、当該消滅時効援用する。
〔原告の主張〕 否認し、争う。
なお、仮に、原告において被告装置が本件特許権を侵害している事実を知ったのが平成7年11月8日であったとしても、本件訴え提起時に3年が経過していない本件特許権の侵害行為については、消滅時効は完成していない。また、被告技研施工による被告装置の使用については、これが本件特許権を侵害することを原告が知ったときから3年以上経過していなければ、消滅時効は完成していない。
(6) 損害ないし不当利得の額 〔原告の主張〕 ア 原告は、本件発明について、平成6年3月2日から平成9年12月18日までは平成6年改正前の特許法52条に基づく仮保護の権利を、平成9年12月19日以降は特許権を有していた。
被告技研製作所は、平成6年3月2日以降、1台当たり少なくとも2億0200万円の被告装置を、少なくとも10台製造し、被告技研施工に販売した。
被告技研施工は、平成6年3月2日以降、秋田中央道路緊急街路整備工事(工期:平成13年12月から平成15年3月まで)等において、被告装置を用いて、基礎工事を施工した。
損害額(主位的主張) 原告は、上記アの被告らの行為により、下記のとおりの損害を被った。
本件では、このうち1億円の賠償を請求する。なお、この損害賠償債務は、被告らの不真性連帯債務である。
(ア) 被告技研施工は被告技研製作所の100パーセント子会社であり、
被告技研製作所の代表取締役は被告技研施工の取締役会長を兼務し、被告技研施工の代表取締役は被告技研製作所の取締役会長を兼務するなど両者間で役員の兼務がある他、業務についても、被告技研製作所が建設機械の製造部門、被告技研施工が工事施工部門といった関係にある。したがって、被告製品の製造販売及び被告装置を使用した工事の施工については、被告らの共同不法行為が成立する。
被告技研製作所は、被告装置について、少なくとも20億2000万円の売上を上げた。その利益率は50パーセントを下らない。したがって、被告技研製作所は、イ号装置の製造販売により少なくとも10億1000万円の利益を得た。この額は、原告が被った損害と推定される(特許法102条2項)。
これは、被告らの共同不法行為による損害である。
(イ) 仮に、被告らの共同不法行為が成立しないとしても、上記(ア)のとおり、被告技研製作所による被告装置の製造販売により、被告技研製作所は、少なくとも10億1000万円の利益を得た。この額は、原告が被った損害と推定される(特許法102条2項)。
そして、被告装置の使用について、本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額は、被告装置の購入額の10パーセントを下らない。したがって、被告技研施工による被告装置の使用について、原告が受けるべき金銭の額に相当する額は、20億2000万円の10パーセントである2億0200万円を下らない。この額は、原告が被った損害である(特許法102条3項)。
(ウ) 仮に、特許法102条2項による推定が認められないとしても、被告装置の製造販売について、本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額は、被告装置の売上額の10パーセントを下らない。したがって、被告技研製作所による被告装置の製造販売について、原告が受けるべき金銭の額に相当する額は、20億2000万円の10パーセントである2億0200万円を下らない。この額は、原告が被った損害である(特許法102条3項)。
そして、被告装置の使用について、本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額は、被告装置の購入額の10パーセントを下らない。したがって、被告技研施工による被告装置の使用について、原告が受けるべき金銭の額に相当する額は、20億2000万円の10パーセントである2億0200万円を下らない。この額は、原告が被った損害である(特許法102条3項)。
(エ) 原告は、弁護士に依頼して本件訴訟を提起追行せざるを得なくなったものであるところ、これに要した費用のうち、1000万円は、被告らの被告装置の製造販売、使用行為と相当因果関係のある損害である。
ウ 不当利得額(予備的主張) 仮に、被告らの損害賠償債務が時効により消滅しているとしても、以下のとおり、被告らは不当利得を得ている。
すなわち、被告装置の製造販売について、本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額は、被告装置の売上額の10パーセントを下らない。
したがって、被告技研製作所による被告装置の製造販売についての実施料相当額は、20億2000万円の10パーセントである2億0200万円を下らない。
そして、被告装置の使用について、本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額は、被告装置の購入額の10パーセントを下らない。したがって、被告技研施工による被告装置の使用についての実施料相当額は、20億2000万円の10パーセントである2億0200万円を下らない。
被告らは、原告に対する実施料相当額の支払いを免れ、これにより、原告は同額の損失を被った。すなわち、被告らは少なくとも2億0200万円の不当利得を得ている。
原告は、このうち1億円の返還を請求する。なお、この不当利得返還債務は、被告らの不真性連帯債務である。
〔被告らの主張〕 否認ないし争う。
仮に被告らが原告に対して損害賠償ないし不当利得返還債務を負うとしても、これが被告らの不真性連帯債務となる理由はない。
なお、被告技研施工が原告の主張する秋田中央道路緊急街路整備工事において用いたのは、ロ号装置である。
当裁判所の判断
1 本件発明の意義について (1) 本件における争点についての判断の前提として、本件発明の意義がどのようなものであるか、検討を加える。
本件明細書の「発明の詳細な説明」の項には、以下のとおりの記載が存在する(甲2)。
ア 本発明は自走式静荷重型杭圧入引抜機に関し、詳細には杭圧入時の被作業杭(鋼矢板)にかかる傾斜モーメントの影響をなくした装置に関するものである。〔1欄14行ないし2欄1行〕 イ 従来、自走式静重荷型杭圧入引抜機は第1図、第2図に示す如く、既設杭9上に定置される基盤1の下方に反力掴み装置としての既設杭クランプ2を有するとともに、基盤1の上方にガイドフレーム3を立設し、ガイドフレーム3の側方を昇降自在に装着された昇降体5と、この昇降体5を昇降させる昇降シリンダ6と、前期昇降体5に装備されて旋回自在な杭掴み装置7が設けてあって、被作業杭8を圧入又は引抜きするように構成されている。上記の如き装置の場合、昇降シリンダ6はガイドフレーム3に近接配置されているのが通常である。
しかしながら、圧入作業時の被作業杭8の抵抗力Gが発生する位置は、
一般に土質及び被作業杭8の圧入深さによって変化するが、被作業杭8の断面中心Oと、被作業杭8と既設杭9の噛合位置10との間にあるのが通例である。この場合、昇降シリンダ6の作用中心線6aが前記抵抗力Gの位置と距離Xだけずれており、この状態で被作業杭8の圧入作業を行うと距離Xを力学上での腕の長さとした傾斜モーメントが発生するので、昇降体5の摺動部とガイドフレーム3の間に余分な荷重が働くことになる。そのため、昇降体5の摺動部の摩耗が激しくなる一方、
摩擦による抵抗力が発生して昇降装置の能力を低下させ、ガイドフレーム3に対しても強い剛性が要求される欠点があった。
一方、前記抵抗力Gは基盤1下方の反力掴み装置としての既設杭クランプ2でクランプした既設杭9を支点として、杭圧入引抜機本体を後方へ倒す傾斜モーメントMとして作用するので、当初ガイドフレーム3を垂直になるように定置してから杭の圧入作業をはじめても、圧入につれて被作業杭8が後方へ傾斜してしまう傾向が当然生ずることになる。〔2欄2行ないし3欄16行〕 ウ 本発明は上記の如き従来の自走式静荷重型杭圧入引抜機に存する各種欠点を解消した装置を得ることを目的とするものであり、下方に反力掴み装置を具備して既設杭上に定置される基盤と、基盤の上方に立設され軸受部を中心として回動可能に軸支されたガイドフレームと、ガイドフレームに昇降自在に装着された昇降体と、昇降体を昇降させる昇降シリンダと、昇降体の下方に装着された旋回自在な杭掴み装置とを備え、ガイドフレームの回動中心位置を昇降シリンダの作用中心線と一致させた杭圧入引抜機において、昇降シリンダの作用中心線が被作業杭の断面中心位置より後方で、かつ、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にある杭圧入引抜機を得ることを主眼としている。〔3欄27行ないし3欄39行〕 エ 本発明にかかる杭圧入引抜機によれば、ガイドフレームの回動中心位置を昇降シリンダの作用中心線と一致させる一方、昇降シリンダの作用中心線が引作業杭の断面中心位置より後方で、かつ、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあるようにしたので、被作業杭の抵抗力とのずれがほとんどなくなって杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止することができる。よって昇降シリンダの能力を最大限に発揮し得て、かつ、昇降時の摩擦を最小限とし、昇降体の摺動部とガイドフレーム間に余分な荷重が働くことを防止し得る。よって昇降シリンダとして必要以上に強力な装置を配設することを要さず、装置の構成も比較的簡易となるので、コストの上昇を招来しない効果があり、自走式静荷重型杭圧入引抜機に適用して極めて有用である。〔5欄21行ないし6欄10行〕 (2) 上記のとおりの本件明細書の記載に照らせば、本件発明は、自走式静荷重型杭圧入引抜機について、従来の技術においては、圧入作業時の被作業杭の抵抗力が発生する位置と、昇降シリンダの作用中心線とがずれているため、被作業杭の圧入作業を行うと傾斜モーメントが発生し、昇降体の摺動部とガイドフレームの間に余分な荷重が働き、これにより、昇降体の摺動部の摩耗が激しくなる上、摩擦による抵抗力が発生して昇降装置の能力を低下させ、ガイドフレームに対しても強い剛性が要求されるという問題点があり、また、圧入作業時の被作業杭の抵抗力は、基盤下方の反力掴み装置としての既設杭クランプでクランプした既設杭を支点として、杭圧入引抜機本体を後方へ倒す傾斜モーメントとしても作用するため、当初ガイドフレームを垂直になるように定置してから杭の圧入作業を始めても、圧入につれて被作業杭が後方へ傾斜してしまう傾向が生ずるという問題点もあったところ、
このような問題点を解決するため、ガイドフレームの回動中心位置を昇降シリンダの作用中心線と一致させつつ、被作業杭の抵抗力が発生する位置が、被作業杭の断面中心と、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあるのが通例であることを利用して、この範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させるという構成をとることによって、昇降シリンダの作用中心線と被作業杭の抵抗力の発生位置とのずれをほとんどなくし、これにより、杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止しようとするものであると解される。
上記の検討を前提として、以下、本件における争点につき判断をする。
2 争点(1)(本件発明の特許請求の範囲の記載の解釈)について (1) 「杭」の意義について 被告らは、本件発明の特許請求の範囲に記載されている「杭」の意義について、本件明細書と添付図面の記載から、「鋼矢板」に限定され、「鋼管矢板」は「杭」に含まれないと主張する。
確かに、本件明細書には、「発明の詳細な説明」の項に、「本発明は自走式静荷重型杭圧入引抜機に関し、詳細には杭圧入時の被作業杭(鋼矢板)にかかる傾斜モーメントの影響をなくした装置に関するものである。」との記載があり、添付図面においても、従来の杭圧入引抜機を示す第1図ないし第3図も、本件発明の実施例を示す第4図ないし第7図も、被告らがいう「鋼矢板」の圧入引抜機の図面となっている。
しかしながら、本件発明の特許請求の範囲の記載には、「杭」とあるだけで、これを「鋼矢板」に限定する記載はなく、「被作業杭と既設杭の噛合位置」として「杭」が噛み合う部分を有していることを要件とする記載はあるものの、「鋼矢板」を「杭」として用いるために特有の構成も記載されていない。
また、前記1で検討したとおり、本件発明の目的は、杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止しようとするものであると解されるところ、これは、圧入作業時に抵抗力が発生するような杭の圧入引抜機であれば、共通の課題であるというべきであって、鋼矢板の圧入引抜機に限定される課題とは解されない。
これらに照らせば、本件明細書と添付図面の上記記載は、本件発明が用いられる代表的な例として「鋼矢板」の圧入引抜機があることを記載し、その実施例を示したものにすぎないと解すべきであり、本件発明の「杭」は、上記のように、
噛み合う部分を有していることは必要であると解されるものの、被告らが主張するように「鋼矢板」に限定すべきものと解することはできない。
そして、被告装置が「杭」として用いる鋼管矢板が、継手として互いに噛み合う部分を有していることは、当事者間に争いがないから、被告装置が「杭」として用いる鋼管矢板は、本件発明にいう「杭」に該当するものと認められる。
(2) 構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」の意義と被告装置におけるその位置について ア 原告は、構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」について、被作業杭と既設杭の継手抵抗力の発生位置を意味すると主張する。
しかしながら、前記1で検討したとおり、本件発明は、被作業杭の抵抗力が発生する位置が、被作業杭の断面中心と、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあるのが通例であることを利用して、この範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させるという構成を採用し、これによって、昇降シリンダの作用中心線と被作業杭の抵抗力の発生位置とのずれを低減し、もって杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止しようとするものであると解されるところ、ここにおいて、「被作業杭と既設杭の噛合位置」は、「被作業杭の断面中心」と共に、被作業杭の抵抗力が通常発生する位置の範囲を確定するものとして用いられている。
そして、被作業杭の圧入抵抗力が、原告の主張するように、先端抵抗力と周面抵抗力と継手抵抗力の3つに分解することができることは、甲第25号証により認めることができるが、このうち、先端抵抗力と周面抵抗力の合力の限界地点が被作業杭の断面中心位置に相当するとしても、本件明細書には、これらの事項に関する記載は全く存在しない。すなわち、ごく単純に考えれば、被作業杭の先端抵抗力と周面抵抗力は、被作業杭が圧入される地盤の状態によって異なるから、例えば被作業杭の後方の土質は柔らかいのに、前方の継手付近(別紙図面@のF付近)に岩石が存在していて、当該継手付近の被作業杭の先端に圧入に対する強い抵抗があるというような場合には、先端抵抗力と周面抵抗力の合力は、被作業杭の断面中心位置よりも前方に位置することになりそうに思われ、仮にそうだとすると先端抵抗力と周面抵抗力の合力の限界地点は被作業杭の断面中心位置ではないことになるが、これらの事項に関する記載は存在しないところである。
したがって、本件明細書の記載を前提として構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」の意義を解釈するとき、これが被作業杭と既設杭の継手抵抗力の発生位置を意味するものと直ちに解することまではできない。
以上を前提として「被作業杭と既設杭の噛合位置」がどの点であるか検討するに、その文言からすると、被作業杭と既設杭の継手部分が相互に噛み合っている部分を意味するものと解するのが相当である。なお、甲第45号証は、継手の嵌合状態を示すにすぎず、噛合位置について示すところはないから、これをもって、噛合位置が噛み合っている継手部全体を意味するものと解することはできない。
これを被告装置について見るに、被告装置において被作業杭と既設杭の継手部分が相互に噛み合っている部分は、イ号装置説明書(1)図2のCの位置であるから、この位置が構成要件(キ)にいう「被作業杭と既設杭の噛合位置」にあたるというべきである。
イ また、仮に、原告が主張するように、構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」が、被作業杭と既設杭の継手抵抗力の発生位置を意味すると解するとしても、被告装置におけるその後方の限界地点は、被作業杭の継手の外周後端部であるというべきである。
もっとも、原告は、継手抵抗力は、継手同士の接触部分に発生するものだけではなく、継手すきまに入り込んだ土砂により引き起こされるいわゆる楔現象により発生する抵抗力も含むものであるから、被告装置において、被作業鋼管矢板の継手部分にかかる抵抗力が、既設杭の継手の後端部である別紙イ号装置説明書(1)図2のEの位置で発生すると主張するので、これを検討する。
(ア) 原告が主張するいわゆる楔現象とは、甲第27、第28号証によれば、既設作業鋼矢板の継手部の隙間に異物土砂が入ったまま、荷重をかけて圧入を続けると、土砂が被作業杭の継手により圧迫されて圧縮され、その部分が脱水状態となり固結化して、継手抵抗を著しく増大させ、圧入不能となったり、ついには継手離脱に至らせたりするという現象であり、これを防ぐためには、あらかじめ土砂が継手部の隙間に入らないようにしたり、抵抗が圧入荷重が以上に大きくなった時点で圧入をいったん停止して引抜操作を行ったりすることなどが有効であるとされていることが認められる。
このように、いわゆる楔現象が発生すると、継手抵抗が著しく増大し、杭をそれ以上正常に圧入することができなくなるものであり、それ故に、いわゆる楔現象が発生した後もそのまま圧入を続けることは通常あり得ないものと認められる。
とするならば、杭圧入引抜機において、昇降シリンダの作用中心線を被作業杭の抵抗力の発生位置に近づけようとする際に、その被作業杭の抵抗力に、
いわゆる楔現象により生じる継手抵抗までも含めて発生位置を考慮し、これに昇降シリンダの作用中心線を近づけようとすることは、通常の圧入時に生じる被作業杭の抵抗力ではなく、発生を防止すべきいわば異常事態において生じる抵抗力をも考慮するということを意味する。
(イ) しかしながら、いわゆる楔現象により発生する抵抗力は、上記のとおり、圧入不能となったり、ついには継手離脱に至らせたりするほどに大きいものであるというのであるから、いわゆる楔現象により生じる継手抵抗まで含めた被作業杭の抵抗力の発生位置と、昇降シリンダの作用中心線を近づけようとすれば、通常の圧入時に生じる被作業杭の抵抗力の発生位置との間に生じるずれが大きくなることになる。
ところで、本件発明の意義は、前記1のとおり、昇降シリンダの作用中心線と被作業杭の抵抗力の発生位置とのずれをほとんどなくし、これにより、杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止しようとするものであると解されるところ、この被作業杭の抵抗力の発生位置を定める際に、いわゆる楔現象により生じる継手抵抗まで含めるならば、上記のとおり、昇降シリンダの作用中心線と、通常の圧入時に生じる被作業杭の抵抗力の発生位置との間のずれが大きくなり、通常の杭圧入時においては、ガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止しようとする発明の目的及び作用効果をかえって損なうこととなる。
このように、本件発明を、通常の杭圧入時においてその発明の目的や作用効果を損なうように解釈することは、それ自体相当とは解されない。
(ウ) しかも、甲第2号証によれば、本件明細書には、被作業杭に生じる抵抗力に関し、いわゆる楔現象や、これにより生じる継手抵抗を直接示す記載はないが、かえって、「発明の詳細な説明」の項の実施例の説明中に、「杭圧入作業時に異常な抵抗力が生じてガイドフレーム29が後方へ倒れる力が加わってもストッパ32が働いてこれを受け止めることができる。」〔5欄3行ないし5行〕という記載が存在することが認められ、この記載によれば、本件発明は、杭圧入時に生じ得る「異常な抵抗力」への対応をその目的とするものではなく、その作用効果としても「異常な抵抗力」への対応は想定されていないことが認められる。
ちなみに、被作業杭の後方の土質は柔らかいのに、前方の継手付近(別紙図面@のF付近)に岩石が存在するため、当該継手付近の被作業杭の先端に圧入に対する強い抵抗が生じ、先端抵抗力と周面抵抗力の合力が被作業杭の断面中心位置よりも前方に位置し、その結果、通常生じる継手抵抗も含めた被作業杭の圧入抵抗力が、被作業杭の断面中心よりも前方(別紙図面@のFの方向)にあるような場合も、一種の異常な事態としてはあり得るように考えられるが、本件明細書においては、昇降シリンダの作用中心線と被作業杭の抵抗力の発生位置とのずれをほとんどなくすにあたり、このような異常な事態についての記載はなく、かえって、
「被作業杭8の抵抗力Gが発生する位置は、…被作業杭8の中心断面Oと、被作業杭8と既設杭9の噛合位置10との間にあるのが通例である」として「通例」を前提とした記載がなされている。このことも、本件発明が、杭圧入時に生じ得る「異常な抵抗力」への対応をその目的や作用効果とするものではないとの上記認定を裏付けるものである。
このように、本件明細書の記載において、杭圧入時に生じ得る「異常な抵抗力」は本件発明と関わりのないものとして扱われていることに照らすと、本件発明の特許請求の範囲の解釈として、いわゆる楔現象により生じる継手抵抗(これは上記のとおり、いわば異常事態に生じる非常に大きな抵抗力である。)をも被作業杭の抵抗力の発生位置に含める解釈を採ることは相当ではない。
(エ) このことは、本件発明の被作業杭が鋼管矢板である場合には、なおさらである。すなわち、楔現象とは、前認定のとおり、既設作業杭の継手部の隙間に入った異物土砂が被作業杭の継手により圧迫され圧縮されて脱水状態となり固結化することにより発生するものである。そして、この楔現象は、鋼矢板では現実に発生することがあるものの、弁論の全趣旨によれば、鋼矢板とは異なり、鋼管矢板の継手部の隙間に入っている土砂の体積は、被作業杭が圧入する際にこれを圧迫する継手部分の体積よりもはるかに大きいことが認められるから、土砂の固結化現象が鋼管矢板においても現実に生じ得るということには多大な疑問があり、これが現実に発生していると認めるに足りる証拠もない。したがって、仮に、理論的には、
原告の主張するように、鋼管矢板においても、継手部の隙間内に入り込んだ土砂中に岩石が混入していた場合に岩石自体が楔の役割をして大きな継手抵抗力を発生させることがあり得るとしても、これによって楔現象が現実に発生するのは、よくよく異例な場合というべきであって、「通例」を前提としている本件発明の特許請求の範囲の解釈をするに当たって採用することはできないところである。
(オ) したがって、原告の上記主張は採用することはできず、構成要件(キ)の「被作業杭と既設杭の噛合位置」について、被作業杭と既設杭の継手抵抗力の発生位置を意味すると解するとしても、いわゆる楔現象により生じる継手抵抗は考慮すべきものではない。
そして、鋼管矢板において、その継手部分に発生する抵抗力には、継手の先端抵抗力と周面抵抗力があると考えられるから、被告装置におけるその後方の限界地点は、被作業杭の継手の外周後端部、すなわち、別紙図面AのFであるというべきである。
3 争点(2)(被告装置の構成と本件発明の構成要件該当性)について 被告装置が原告主張の構成Gを有し、本件発明の構成要件(キ)を充足するものであるか否かにつき検討する。
被告装置における被告装置における昇降シリンダの作用中心線がイ号物件説明書(1)図2のA-A線であることは、当事者間に争いがない。
そして、上記2(2)のとおり、被告装置における「被作業杭と既設杭の噛合位置」は、同図のCであるというべきであり、仮に、これが被作業杭と既設杭の継手抵抗力の発生位置を意味すると解するとしても、別紙図面AのFであるというべきであるところ、イ号物件説明書(1)図2のA-A線はこのいずれからも後方にある。
したがって、被告装置は原告主張の構成Gをとるものではなく、本件発明の構成要件(キ)を充足するものでもないと認められる。
したがって、被告装置は、本件発明の特許請求の範囲の記載の文言上、本件発明を実施したものであると認めることはできない。
4 争点(3)(均等の成否)について (1) 一般に、物件に特許発明の構成と異なる部分があっても、@当該部分が特許発明の本質的部分ではなく、A当該部分を対象物件におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
Bこのように置き換えることに、当業者が、対象物件の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C対象物件が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、
D対象物件が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、当該対象物件は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である。
そして、原告は、被告装置について、本件発明の構成要件(キ)を充足しないとしても、上記の5要件を充足するから、本件発明の構成と均等であると主張する。
そこで、以下、被告装置について、上記の5要件を充足するかについて検討する。
(2) 均等の要件@について 均等の要件@は、物件に特許発明の構成と異なる部分があっても、当該部分が特許発明の本質的部分ではないことである。
そこで検討するに、本件発明の意義は、上記1のとおり、被作業杭の抵抗力が発生する位置が、被作業杭の断面中心と、被作業杭と既設杭の噛合位置との間にあるのが通例であることを利用して、この範囲に昇降シリンダの作用中心線を位置させるという構成をとることによって、昇降シリンダの作用中心線と被作業杭の抵抗力の発生位置とのずれをほとんどなくし、これにより、杭圧入時にガイドフレームに働く傾斜モーメントの発生を防止しようとするものである。
ここで、原告は、いわゆる楔現象により生じる継手抵抗力の存在を前提として、被告装置における昇降シリンダの作用中心線が、被作業杭の抵抗力の発生する範囲にあるから、本件発明の構成要件(キ)における相違は、本件発明の本質的部分の相違ではないと主張する。
しかしながら、いわゆる楔現象により生じる継手抵抗力の存在を前提とする原告の主張が相当でなく、被告装置における被作業杭の継手抵抗力の発生位置の後方の限界地点は、被作業杭の継手の外周後端部であるというべきであり、被告装置における昇降シリンダの作用中心線が、被作業杭の断面中心位置と継手の外周後端部のいずれからも後方にあることは、前記2イ(イ)のとおりである。
したがって、原告の上記主張は前提を欠くものであって採用することができない。
そして、上記のとおりの本件発明の意義に照らせば、均等の要件@の意味や、その充足の有無の判断方法についてどのように解しようとも、被作業杭の継手抵抗力の発生位置の後方の限界地点よりもさらに後方に昇降シリンダの作用中心線が位置する被告装置が、本件発明とその本質的部分において構成を異にしていることは明らかである。
よって、被告装置が均等の要件@を充足するものとは認められない。
(3) 上記のとおりであるから、被告装置について、本件発明のその余の構成要件の充足性や、均等のその余の要件の充足性について判断するまでもなく、本件発明の構成と均等であるということができないことは明らかである。
5 争点(4)(権利濫用の有無)について ア 一般に、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができ、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。
この点につき、被告らは、特許法改正の法律案要綱では、いわゆる明白性の要件は削られており、特許の無効理由の存在が明らかであることを要するとする明白性の要件は撤廃され、特許法104条の3として結実することになっているのであるから、現時点において、明白性の要件を不要とする立法事実が存するのは明らかであり、かつ、将来、不要となる要件を現時点で要求するのは明らかに不合理であると主張する。
そして確かに、裁判所法等の一部を改正する法律(平成16年法律第108号)により、特許法104条の3第1項として、「特許権又は専用実施権侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」との条項が新たに追加され、この条項は平成17年4月1日から施行されることになっている。
しかしながら、本来、特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし、無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしており、したがって、特許権は無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。
上記のとおりの特許無効理由の存在と特許権の有効性についての一般原則に照らすと、新設された特許法104条の3第1項は、特許権侵害訴訟の被告に、
訴訟法上の抗弁権を新たに認めたものと解すべきであり、このような条項が新設されたからといって、その施行前の現時点において、その内容がそのまま、民法1条3項にいう権利濫用の評価根拠事実となると解すべきものではない。被告らの上記主張は、当裁判所の採用するところではない。
したがって、以下では、原告の本訴請求が権利濫用に当たるか否かを判断するために、本件特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて検討する。
イ 被告らは、本件特許出願前の昭和58年10月3日から7日にかけて行われた、社団法人日本建設機械化協会主催の「建設機械展示会」において、原告が「TSM-130スティルワーカ」なる自走式静荷重型鋼矢板圧入引抜機を展示したことによって、本件発明は公知となったと主張する。
そして、上記展示された「TSM-130スティルワーカ」(以下「本件展示品」という。)が本件発明の実施品であったこと、上記展示会は誰でも自由に見学が可能であったことは、原告も争わない。したがって、上記展示会に来場した者が、本件展示品を観察して、本件発明の構成を了知することができる状況があったならば、本件発明は本件特許出願前に公知となっていたというべきである。
よって検討するに、乙第1、第3号証から上記展示会において本件展示品を撮影した写真であると認められる乙第5号証によれば、本件展示品において、昇降シリンダとその作用中心線の位置は、外観から容易に看得することができ、本件発明の構成要件(ア)ないし(カ)及び(ク)の各構成を備えることも明らかに認めることができるから、上記展示会に来場して本件展示品を見た者であれば、上記事実を容易に了知することができたと認められる。
また、乙第5号証によれば、本件展示品において、被作業杭を掴む杭掴み装置の位置も、外観から容易に看得することができるところ、その中心位置は被作業杭の断面中心位置と一致することは自ずから明らかであるから、本件展示品が、
本件発明の構成要件(キ)のうち、「昇降シリンダの作用中心線が被作業杭の断面中心位置より後方…にあること」を備えることも明らかに認めることができ、したがって、上記展示会に来場して本件展示品を見た者も、上記事実を容易に了知することができたと認められる。
そして、本件展示品のような鋼矢板の圧入引抜機であれば、基盤下方に具備する反力掴み装置の間隔は、既設鋼矢板の断面中心線の間隔と等しくなければ機能しないことは明らかであるところ、乙第5号証によれば、本件展示品の反力掴み装置の間隔は本件展示品の外観から容易に看得することができることが認められるから、上記展示会に来場して本件展示品を見た者も、本件展示品に適合する鋼矢板の断面中心線の間隔、ひいては本件展示品に適合する鋼矢板の有効幅(噛合部分の中心間の幅)等の規格寸法を知ることができたと認められる。また、本件展示品において、被作業杭の断面中心位置と昇降シリンダの作用中心線の位置が、いずれも外観から容易に看得することができることは上記のとおりである。すると、本件展示品において、昇降シリンダの作用中心線の位置が、被作業杭の断面中心位置から、鋼矢板の有効幅の半分の長さよりわずかに短い距離だけ後方にあることは、上記展示会に来場して本件展示品を観察した者であれば、了知することができたものと認められる。なお、上記展示会に来場した者において、本件展示品を写真撮影することができたことは、乙第5号証の写真が存在することから明らかであるところ、本件展示品を側面から写真撮影し、その写真において、昇降シリンダの作用中心線の位置と杭掴み装置の中心線の間隔及び反力掴み装置の間隔を測れば、上記の事実はより容易に了知することができるものである。上記の位置関係を総合すれば、本件展示品において、昇降シリンダの作用中心線の位置が、被作業杭と既設杭の噛合位置よりも前方にあることは、上記展示会に来場して本件展示品を観察した者において了知することができた事実であると認めることができる。
この点に関し、原告は、上記展示会においては、鋼矢板は杭掴み装置に装着されておらず、杭圧入引抜機も既設杭ではなく反力架台上に定置させられていたとした上で、本件展示品の外観によっては、昇降シリンダの位置やその作用中心線の位置を特定することは、事実上不可能であると主張するが、上記のとおり、本件展示品において、その外観から、昇降シリンダの作用中心線の位置や、これと被作業杭の断面中心位置及び被作業杭と既設杭の噛合位置との各位置関係を知ることはできたものと認められるから、原告の上記主張は採用することができない。
したがって、上記展示会に来場して本件展示品を観察した者において、本件展示品が本件発明の構成要件(キ)の構成を備えることを了知することができたものと認めることができる。
以上のとおり、上記展示会に来場して本件展示品を観察した者は、本件展示品が本件発明の構成全てを備えることを了知することができたものであるから、
本件発明はこの時点において公知となっていたというべきである。
ウ 上記イのとおり、本件特許には無効理由があることが明らかであるというべきであるから、本件特許権に基づく本件請求は、権利の濫用にあたり許されないものである。
6 結論 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないことが明らかである。
よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山田知司
裁判官 中平健
裁判官 守山修生