関連審決 | 異議2002-72302 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10470審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10362審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18行ケ10550審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10315審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10256審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 加工方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 寄せ集め / 公知技術 / 技術的手段 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 着想 / 援用権(援用) / 参酌 / 数値限定 / 均等 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 合理的な理由 / 取消決定 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
100号
特許取消決定取消請求事件
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原告 日本ゼオン株式会社 同訴訟代理人弁理士 菊間忠之 同 西川繁明 被告 特許庁長官小川洋 同指定代理人 鹿股俊雄 同 秋月 美紀子 同 瀬川勝久 同 高橋泰史 同 涌井幸一 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/11/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-72302号事件について平成16年1月23日にした決定を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,弁論の全趣旨) (1) 原告は,平成3年6月25日,名称を「位相板」とする発明について特許出願(特願平3-178891号)をした。特許庁は,同出願につき,特許すべき旨の査定をし,平成14年1月25日,特許第3273046号として設定登録をした(以下,この特許を「本件特許」という。)。 (2) 本件特許に対して,ジェイエスアール株式会社ほか2名から特許異議の申立てがされ,同申立ては異議2002-72302号として特許庁に係属した。原告は,平成15年2月12日,本件特許に係る明細書の「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」について訂正の請求をした。特許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成16年1月23日,上記訂正を認めるとした上,「特許第3273046号の請求項1ないし6に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年2月16日,その謄本は原告に送達された。 2 本件特許の発明の要旨 前記訂正後の本件特許の請求項1ないし6に係る発明の要旨は,前記訂正後の明細書(甲10の2,以下「本件明細書」という。)及び登録時の図面からみて,次のとおりのものであると認められる(以下,請求項1ないし6に係る発明をそれぞれ「本件発明1ないし6」という。)。 【請求項1】水素添加率が99%以上であるノルボルネン系モノマーの開環(共)重合体水素添加物からなる熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂を溶融法により成形し,延伸配向してなる波長550nmでのレターデーションの絶対値が50〜800nmで,かつレターデーションのバラツキが±30nm以内のフィルムを2枚以上含む複数の延伸配向フィルムからなる多層構造の複屈折性層を有することを特徴とする位相板。 【請求項2】溶融法がTダイを用いた溶融押し出し法であることを特徴とする請求項1記載の位相板。 【請求項3】多層構造が,2枚以上の延伸配向フィルムの光軸方向を同一方向に合わせたものである請求項1記載の位相板。 【請求項4】複屈折性層の少なくとも片面に,光等方性保護層が積層されている請求項1ないし3のいずれか1項記載の位相板。 【請求項5】少なくとも一方の最外層に,感圧性接着剤層を介して剥離性シートが積層されている請求項1ないし4のいずれか1項記載の液晶ディスプレイ用位相板。 【請求項6】偏光板を積層一体化してなる請求項1ないし5のいずれか1項記載の液晶ディスプレイ用位相板。 3 引用刊行物等 (1) 本件決定で引用された刊行物等は次の6点であり,以下,本判決においても,「刊行物2」のように引用する。 刊行物2 特開平2-196832号公報(甲2) 刊行物3「化学工業 1991年2月号」pp.20-26(甲3) 刊行物4「光メモリシンポジウム'88 論文集」pp.15-16(甲4) 刊行物5 特開平2-256003号公報(甲5) 刊行物7 特開平2-158701号公報(甲6) 刊行物9 特開平3-109418号公報(甲7) (2) 本件訴訟において,被告は周知事項の立証のために以下の文献を証拠として提出しており,以下「周知例1」のように引用する。 周知例1「日東技報 1989年5月 第27巻1号」pp.46-53(乙1) 周知例2 特開平2-59703号公報(乙2) 周知例3 特開平3-24502号公報(乙3) 4 本件決定の理由の要旨 (1) 本件発明1について 下記アないしウの理由により,本件発明1は刊行物2ないし5,7及び9に記載された発明並びに本件出願前周知の技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件発明1についての特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものである。 ア 本件発明1と刊行物2記載の発明(以下「刊行物2発明」という。)との一致点及び相違点は,次のとおりであると認められる。 〔一致点〕 水素が添加された開環(共)重合体水素添加物からなる樹脂を成形し,延伸配向してなる光学材料用フィルムである。 〔相違点1〕 本件発明1では,樹脂が,水素添加率が99%以上であるノルボルネン系モノマーの開環(共)重合体水素添加物からなる熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂であるのに対し,刊行物2のものでは水素添加率が90%以上である環状オレフィン成分の開環(共)重合体水素添加物からなる樹脂である。 〔相違点2〕 本件発明1では,樹脂が溶融法により成形されるのに対し,刊行物2のものではTダイ法により成形される。 〔相違点3〕 本件発明1に係る位相板は,波長550nmでのレターデーションの絶対値が50〜800nmで,かつレターデーションのバラツキが±30nm以内のフィルムを2枚以上含む複数の延伸配向フィルムからなる多層構造の複屈折層を有するのに対し,刊行物2に記載の発明に係るフィルムは,位相板として用いることは記載されておらず,また,上記数値限定に関する記載もなく,さらに,多層構造とすることも言及されていない。 イ 本件発明1の相違点1に係る構成は,当業者が適宜採用し,または容易に想到しうるものであり,相違点2は,実質的な差異ではない。 ウ 相違点3について (ア) 刊行物2には、ノルボルネン系樹脂を延伸配向してフィルムを形成することは開示されているものの、それを位相板として用いることは記載されていない。しかしながら、刊行物3及び4を参酌すれば、環状ポリオレフィン、すなわちノルボルネン系樹脂(製品名「ZEONEX」)を液晶表示用の複屈折補償フィルムとして使用しうることは本件発明1の出願前に知られていたことである。ここで、 複屈折補償フィルムが、フィルムの複屈折性を利用したもので、適宜、延伸配向させることにより所望の複屈折率を得るもので、通常、位相板として用いられることは、本件発明1の出願時において技術常識といえるものであるから、上述したとおり、刊行物2に示されたノルボルネン系樹脂が、液晶表示用の複屈折補償フィルムとして使用しうることが刊行物3及び4に開示されている以上、当該フィルムを位相板として用いることは、当業者であれば適宜採用しうる事項と認められる。 (イ) 本件発明1における数値限定の値は、フィルムを位相板として用いる際に、位相板の機能として通常に採用される数値範囲のものであり、格別なものとはいえない。なお、これらの数値範囲を満たす位相板は,刊行物5及び刊行物7にも開示されている。 (ウ) 延伸配向フィルムからなる位相板を本件発明1のごとく多層構造とすることは、刊行物7にも示されているように本件出願前周知である。 エ 本件発明1に係る作用・効果も、刊行物2ないし5、7及び9に記載された発明並びに本件出願前周知の技術から当業者が予測できる範囲のものである。 (2) 本件発明2ないし6は、いずれも、本件発明1の構成要件に限定を加えた従属発明であるところ,本件発明1には上記(1)のとおり進歩性がなく、本件発明2に係る限定事項は刊行物2に記載のTダイ法と実質的な差異のないものであり、また,本件発明3ないし6に係る各限定事項はいずれも刊行物7に開示されたものであるから、結局、本件発明2ないし6は、前記(1)に掲記の各刊行物に記載された発明及び本件出願前周知の技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。 |
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原告主張の取消事由
本件決定は,本件発明1の進歩性に関し,相違点3及び本件発明1の奏する作用・効果についての判断を誤り(取消事由1ないし3),また,本件発明2ないし6の進歩性に関する判断を誤った(取消事由4)ものであり,これらの誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 1 取消事由1(本件発明1についての進歩性判断の誤り(1)) 本件決定は,刊行物2の開示するノルボルネン系樹脂からなるフィルムを位相板として用いることは,当業者であれば適宜採用できる事項であると判断したが,以下のとおり誤りである。 (1) 刊行物2の二軸延伸フィルムは低複屈折性であることの看過 刊行物2が開示しているのは,ノルボルネン系樹脂を二軸延伸した,複屈折率が極めて小さな実質的に光等方性のフィルムである。これに対し,本件発明1のものは,ノルボルネン系樹脂を一軸延伸して高複屈折性を付与したフィルムである。 合成樹脂フィルムの技術分野において,同じ合成樹脂材料から形成されたフィルムであっても,未延伸フィルムでは分子が配向していないのに対して,延伸フィルムでは分子が一軸又は二軸方向に配向しているため,未延伸フィルムと延伸フィルムは異なった特性を有する別個の物質として評価されている。特に,光学フィルム等の光学材料の技術分野においては,延伸フィルムの中でも,複屈折性が付与された光異方性のものと,複屈折性が実質的に付与されていない光等方性のものとは,全く特性の異なる別異の物質として評価されている。 そして,刊行物2には,ノルボルネン系樹脂を二軸延伸したフィルムの作用効果として,ノルボルネン系樹脂の有する透明性及び低複屈折性という光学特性を維持したまま,二軸延伸により,強度,防湿性及び加熱収縮性の向上がもたらされることが開示されているにとどまる。すなわち,刊行物2には,ノルボルネン系樹脂を延伸加工したフィルムに複屈折性を付与することに関する記載はなく,逆に,ノルボルネン系樹脂の有する低複屈折性という特徴を維持することが記載されているのみであるから,刊行物2は,その延伸フィルムが高複屈折性が要求される位相板として使用可能であることを開示ないし示唆するものではない。 しかるに,本件決定は,一軸延伸と二軸延伸との相違による複屈折性の付与の有無を無視して,延伸フィルムであれば当該フィルムを位相板として用いることは当業者が適宜採用し得る事項であると認定したものであり,誤りである。 (2) 刊行物3及び4が刊行物2に開示された延伸フィルムを位相板として用いることを示唆するものではないこと 本件決定は,刊行物3及び4中に,ノルボルネン系樹脂である「ZEONEX」について液晶表示の複屈折補償フィルムへの応用も可能であるとの記載があることをもって,刊行物2のノルボルネン系樹脂からなるフィルムを位相板として用いることは当業者が適宜採用し得たものであるとの判断の理由付けに加えているが,以下のとおり不当である。 ア 刊行物3及び4の当該記載は,ノルボルネン系樹脂を一軸延伸して所定の複屈折率を有するフィルムを得るという本件発明1の具体的構成を教示ないし示唆するものではない。 (ア) 刊行物3及び4には,ノルボルネン系樹脂である「ZEONEX」を複屈折補償フィルム(位相板)に応用することの可能性が触れられているに過ぎず,高複屈折性の延伸フィルムまで教示しているとするには,具体的な技術的手段の開示に欠けている。すなわち,刊行物3及び4は,ノルボルネン系樹脂を複屈折補償フィルムに加工するにあたって一軸延伸という工程を経ること,さらには,一軸延伸を施すことにより,レターデーションが大きな複屈折性の延伸フィルムが得られることまで示唆するものではない。 (イ) 刊行物3には,「ZEONEX」を用いた光ディスク基板のレターデーション値が25nm未満であることが開示されている。一方,刊行物5には,STN液晶表示装置の液晶セルのムラを補償し表示品位を向上させるために用いる光学フィルムのレターデーション値として,概ね0〜200nmという範囲が開示されている。 したがって,刊行物3の前記記載に接した当業者は,「ZEONEX」は低複屈折性ではあるが,複屈折補償に最低限必要とされる程度の複屈折率は備えていることから,その複屈折性を利用して,液晶表示の複屈折補償フィルムとしての応用も可能であることを想起するにとどまり,一軸延伸加工という本件発明1の具体的な構成及び作用効果まで示唆されることはない。 イ 刊行物2の開示するノルボルネン系樹脂を二軸延伸したフィルムは,僅か4〜5nm程度のレターデーション値を示すに過ぎず,液晶表示の複屈折補償フィルムとして用い得ないことは当業者にとって自明であるし,刊行物2には,複屈折補償フィルムとしての使用可能性を示唆する記載は一切存在しない。したがって,当業者が,刊行物3及び4における,ノルボルネン系樹脂である「ZEONEX」が複屈折補償フィルムに応用可能であるとの記載に接したとしても,これを刊行物2発明と組み合わせて,本件発明1のごとく,ノルボルネン樹脂を一軸延伸して複屈折補償フィルムに適した高複屈折率を有するフィルムを得ることの示唆を受けるものではない。 2 取消事由2(本件発明1についての進歩性判断の誤り(2)) 本件決定は,本件発明1のごとくレターデーションの絶対値及びそのバラツキを規定することは,位相板の機能として通常採用される数値範囲のものであり,格別のものとはいえないと判断したが,以下のとおり誤りである。 (1) 刊行物2には,ノルボルネン樹脂の延伸配向によっては,延伸条件を変化させてもレターデーション値の大きい複屈折性フィルムは得られないことが示されているだけであり,ノルボルネン系樹脂を用いて高レターデーション値を有する複屈折性フィルムを作製することについて示唆する記載は何ら存在しない。また,刊行物9は,ノルボルネン系モノマーの開環重合体の水素添加物からなる成形材料の射出成形により低複屈折性の光学用透明基板が得られることを開示しているにとどまり,同材料を高複屈折性の延伸配向フィルムとすることについては何らの示唆もない。 よって,これらの刊行物は,ノルボルネン系樹脂を一軸延伸してレターデーション値の大きな高複屈折性の延伸フィルムを得るという本件発明1の構成を示唆するものではないし,ましてや,具体的なレターデーション値に関して示唆を与えるものでもない。 (2) 本件審決は,刊行物5及び7を,位相板の機能として通常に採用されるレターデーション値の数値範囲を開示したものであるとして引用するが,失当である。 ア(ア) 刊行物5には,熱可塑性高分子フィルム,及び該フィルムを一軸又は二軸延伸して形成されるフィルムであって,レターデーションの値が1200nm以下であり,かつ,レターデーションのフレ幅が10%以下の光学用フィルムが開示されている。しかし,熱可塑性高分子材料としては,汎用のポリカーボネート,ポリメチルメタクリレート等が開示されているだけであり,ノルボルネン系樹脂については開示も示唆もない。また,多層フィルムについても何ら開示・示唆はない。 (イ) 刊行物7には,レターデーション値が30〜1000nmの複屈折性単位フィルムの複数層を光軸を合わせて積層一体化した複屈折性多層フィルムからなる複合位相板に関する発明が開示されている。しかし,フィルムの樹脂材料としてノルボルネン系樹脂を用いることについての具体的な開示はないし,延伸に先立つ成形の方法として流延法を用いるものとしており,溶融法は好ましくないものとして排除されている。 イ このように,いずれの刊行物も,樹脂の種類等の構成を異にする従来技術の位相板に関して,レターデーション値とそのバラツキを明らかにしているだけである。すなわち,刊行物5及び7は,本件発明1とは異なった材料及び製法によるフィルムについてのレターデーション値を開示しているにとどまり,本件発明1のもの(水素添加率99%以上のノルボルネン系樹脂を溶融法により成形し,さらに延伸して成るフィルム)が有すべきレターデーションの絶対値及びそのバラツキについて開示ないし示唆を与えるものではない。 これらの刊行物に記載された技術的事項を寄せ集めても,本件発明1のようにノルボルネン系樹脂を一軸延伸して位相板用途の高複屈折性フィルムを構成する場合において,得られるレターデーション値及びそのバラツキを定めることはできない。 したがって,本件決定が,これらの刊行物の記載を参照すべきものとしつつ,本件発明が特定したレターデーション値及びそのバラツキについて,「これらの値は,フィルムを位相板として用いる際に,位相板の機能として通常に採用される数値範囲のものであり,格別なものとはいえない。」と判断したのは,誤りである。 ウ 前記のとおり,刊行物2のフィルムのレターデーション値は,位相板として通常採用される数値範囲をはるかに下回る4〜5nmである。かかる低複屈折性のノルボルネン系樹脂の二軸延伸による延伸フィルムを教示している刊行物2の記載と,その他の合成樹脂を用いた刊行物5及び同7の高複屈折性の延伸フィルムに関する公知技術を組み合わせることに合理的な理由はない。また,他の合成樹脂を用いた高複屈折性の延伸フィルムに関する公知技術に基づいて,ノルボルネン系樹脂を用いた高複屈折性の延伸フィルムについて,具体的なレターデーション値とそのバラツキに関する数値範囲を予測し,定めることはできない。 (3) なお,被告は周知例1及び2を援用して,位相板のレターデーション値がこれらの文献にも示されているとも主張する。しかし,これらの文献は,ポリカーボネート樹脂を延伸加工したフィルムについて開示したものであり,ノルボルネン系樹脂を延伸加工した本件発明1のフィルムについてレターデーション値の示唆を与えるものではなく,この点において刊行物5及び7と同様である。 3 取消事由3(本件発明1についての進歩性判断の誤り(3)) 本件発明1は、本件明細書の比較例1と実施例1との対比結果から明らかなように、この技術分野で使用されている最も代表的な合成樹脂であるポリカーボネート樹脂を用いた場合(比較例1)に比べて、溶融法によっても厚さムラが小さな延伸前シートが得られ、延伸後にも厚さムラが小さく、レターデーションの面内でのバラツキが小さく、さらには、「80℃で2時間保持後」の「レターデーションの変化率」が、ポリカーボネート樹脂フィルムの2%(比較例1)に対して、1%と半減しており(実施例1)、「複屈折層の全面が光学的に均一」で、かつ「温度や湿度が変化しても光学的に均一」な位相板が得られるという格別顕著な作用・効果を奏し得たものであり、このような顕著な作用・効果は、当業者といえども到底予測することができないものである。しかるに,本件決定がこれを当業者が予測できる範囲のものであると判断したことは,本件発明1の顕著な作用効果を看過するものであって、誤りである。 4 取消事由4(本件発明2ないし6についての容易想到性の判断誤り) (1) 本件発明1が容易に想到し得たものでない以上、本件発明1に従属する本件発明2ないし6についても、容易想到性がないことは明らかである。 (2) 本件発明2について 刊行物7には,本件発明2で採用しているTダイ法などの溶融法について,「溶融法では,ゲル,スジ,フィッシュアイ等の欠点を生じやすく,本発明の目的には適当でない。」として,これを積極的に否定する記載がある。同様に,刊行物5においても,厚みの均一性にすぐれ,ゲル状物質やブツ等の欠点が生じにくい点で,溶剤キャスト法が好ましいことが記載されている。 しかるに,本件発明2では,Tダイ法などの溶融形成法を採用しても,厚みのバラツキが小さく,レターデーションのバラツキも小さな延伸配向フィルムを得ることができたのである。Tダイ法などの溶融押出成形法を採用すると,溶媒を用いた流延や乾燥工程が不要であり,生産性,成形加工性に優れ,残留溶媒に起因する環境汚染もない。 刊行物2には,Tダイを用いて成形したことが示されているが,レターデーションの小さな低複屈折性の延伸配向フィルムが示されているだけである。 したがって,本件発明2において本件発明1の構成要件を限定する事項は,当業者が刊行物2に基づいて容易に想到できたものではない。 (3) 本件発明3ないし6について 本件決定は,本件発明3ないし6において本件発明1の構成要件を限定した事項について,それぞれ「2枚以上の延伸配向フィルムの光軸方向を同一方向に合わせたものは刊行物7に開示されている」,「屈折性層の少なくとも片面に,光等方性保護層が積層されている位相板は,刊行物7に開示されている」,「少なくとも一方の最外層に,感圧性接着剤層を介して剥離性シートが積層されている位相板は,刊行物7に開示されている」,「偏光板を積層一体化してなる液晶ディスプレイ用位相板は,刊行物5及び刊行物7に開示されている。」と認定している。 しかし,刊行物7には,低配向した流延法フィルムからなる複屈折性単位フィルムを積層一体化することが開示されているだけであり,ノルボルネン系モノマーの開環重合体水素添加物を溶融法にて成形し,延伸配向した複屈折性フィルムについての開示も示唆もない。また,刊行物5には,熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂を延伸配向してなる複屈折性フィルムについて開示も示唆もない。 したがって,本件発明3ないし6において本件発明1の構成要件を限定する各事項は,当業者が刊行物5及び刊行物7に基づいて容易に想到できたものではない。 |
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被告の反論の要点
本件決定の判断には原告の主張する誤りはない。 1 取消事由1について (1) 原告は,本件発明1にかかる延伸フィルムは一軸延伸フィルムであるのに対し,刊行物2の延伸フィルムは二軸延伸フィルムである点の差異を強調している。 しかしながら,高分子樹脂のフィルムを延伸して高複屈折性を付与する際,その延伸手段が一軸延伸か二軸延伸かは問わないものである。いずれの手段によっても高複屈折性フィルムを作製することが可能であることは,複数の文献(刊行物5,周知例3)にも開示されているとおり,本件出願前周知であった。なお,これらの文献のフィルムの材料はノルボルネン系樹脂ではないが,ノルボルネン系樹脂が一軸延伸にせよ二軸延伸にせよ高複屈折性のフィルムに延伸できない特段の事情はない。 (2) 本件出願時の技術水準に照らせば,刊行物3の,「ZEONEX」が液晶表示の複屈折補償フィルムへの応用も可能であるとの記載に接した当業者は,かかるフィルム(位相差フィルム)として通常必要とされる数10ないし1000nm程度のレターデーション値を有する光学フィルムを想起するものである。高分子材料が液晶表示用の複屈折補償フィルム(位相差フィルム)の材料として用いられる際,その位相差フィルムのレターデーション値が数10ないし1000nm程度の値をとることは,本件出願前周知である(刊行物5及び7、周知例1及び2)。 このように,液晶表示装置に用いられる位相板(単層又は多層の位相差フィルム)に要求されるレターデーション値は,本件出願前,当業者において技術常識となっていたものである。 したがって,当業者は,刊行物3の,「ZEONEX」すなわちノルボルネン系樹脂が液晶表示の複屈折補償フィルムとして用いられうるとの記載に接すれば,同じノルボルネン系樹脂を材料とする刊行物2記載の延伸フィルムについても,通常の延伸手段を用いることにより,本件発明1のレターデーション値を有する位相差フィルムとしての用途に使用できることを容易に想到しうるというべきである。 2 取消事由2について 本件発明1が規定するレターデーションの絶対値及びそのバラツキの数値は,下記の各文献記載のとおり,樹脂を材料とする延伸フィルムを位相板として用いる場合に通常採用される数値範囲に含まれるものであって,格別のものではない。 (1) レターデーションの絶対値につき,液晶表示装置の位相板としての用途を開示した刊行物5には「概ね80〜1200nm,好ましくは200〜1000nm」,刊行物7には「30〜1000nm」であることが記載されている。同じく周知例1には「250〜800nm」,周知例2には「80〜1200nm」の数値範囲が開示されている。 (2) レターデーションのバラツキについては,周知例1並びに刊行物5の実施例3,4及び7において開示されており,いずれも本件発明1で規定される値30nmよりも低い。周知例1においても,30nmよりも低い値が開示されている。 (3) 本件発明1でレターデーション値の絶対値を波長550nmを基準として規定している点は,単に可視光の中心波長付近の波長を基準としたものに過ぎず,レターデーション値を表すときに何らかの基準波長を用いて表現することは慣用されているので,格別な技術的な意味はない。 3 取消事由3について 原告は,本件発明1のフィルムの顕著な作用効果を主張するが,ノルボルネン系樹脂を延伸配向したフィルムは刊行物2に開示されており,同刊行物の記載から,かかるフィルムが光学的安定性,温度や湿度の変化による光学特性の安定性に優れ,耐熱性,耐光性,耐湿性などにも優れたものであることは,当業者にとって予測可能なものである。また,レターデーション値の絶対値及びそのバラツキを本件発明1のとおり特定したことによる作用効果も,上記2のとおりその数値範囲が通常の位相板として採用される数値であることから,当業者が予測しうる範囲のものである。 したがって,本件発明1に係る作用効果も,刊行物2ないし5,7及び9に記載された発明並びに本件出願前周知の技術から当業者が予測できる範囲のものであるとした本件決定の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。 4 取消事由4について (1) 前記1ないし3で述べたとおり,本件発明1が刊行物2ないし5,7及び9に記載された発明並びに本件出願前周知の技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとした本件決定に誤りはない。この点に関する本件決定の判断に誤りがあることを前提とする原告の主張は,その前提を欠く。 (2) 本件発明2において本件発明1の構成要件を限定する各事項については,刊行物2に,本件発明3ないし5において本件発明1の構成要件を限定する各事項については刊行物7に,本件発明6において本件発明1の構成要件を限定する事項については刊行物5及び7にそれぞれ開示されており,上記各限定事項に基づく作用効果も当業者が予測しうる範囲のものであるから,上記各限定事項に係る構成は当業者が容易に想到できたものである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1についての進歩性判断の誤り(1))について 原告は,刊行物2は,ノルボルネン系樹脂を二軸延伸してなるフィルムについて,ノルボルネン系樹脂の有する低複屈折性という特性を維持したまま強度等が向上することを開示したものであり,当該フィルムの有する僅か4〜5nmという複屈折性の値からみて,当該フィルムは位相板として用い得るものではないことは明らかであるし,ノルボルネン系樹脂を一軸延伸することによって位相板に適用可能な高複屈折性を付与するという本件発明1の構成を示唆するものではないと主張するので,以下検討する。 (1) 刊行物2の記載について ア 刊行物2には,次の記載がある。 a「〔従来の技術〕 高透明性と低複屈折率を有するシートまたはフィルムとして,ポリメチルメタクリレートまたはポリカーボネートで押出成形されたものがある。これらはフレキシブル光ディスクや光カード用の基材として検討されているが,前者はアセトンや酢酸エチルなどによりソルベントクラックが発生しやすく,また吸湿性が大きいため吸湿変形が生じやすいなどの問題がある。後者は耐水性が不充分である上,複屈折率と収縮率が前者に比べて大きいという問題がある。」(1頁右下欄16行〜2頁左上欄6行) b「〔発明が解決しようとする課題〕 本発明の目的は,透明性に優れ,複屈折率が小さく,フレキシブル光ディスクや光カードなどの光学材料用の基材としての使用に耐える強度を有し,しかも,防湿性および加熱収縮性などにも優れた環状オレフィン系重合体シートまたはフィルムを提供することである。」(2頁左上欄15行〜右上欄1行) c「本発明で使用する環状オレフィン系ランダム共重合体[A]は,エチレン成分および前記環状オレフィン成分を必須成分とするものであるが,これらの必須の2成分の他に本発明の目的を損なわない範囲で,必要に応じて他の共重可能な不飽和単量体成分を含有してもよい。………任意に共重合されてもよい不飽和単量体として具体的には,例えば生成するランダム共重合体中のエチレン成分単位と等モル未満のプロピレン,………ノルボルネン,エチリデンノルボルネン,ジクロペンタジェン等の環状オレフィン………等を例示することができる。」(6頁右下欄1行〜16行) d「 本発明のシートまたはフィルムは,前記環状オレフィン系ランダム共重合体[A],またはこれと必要に応じて配合される値の成分との組成物からシートまたはフィルムを形成し,これを2軸延伸したものである。」(10頁左上欄5行〜9行)「………こうして得られる2軸延伸シートまたはフィルムは,環状オレフィン系ランダム共重合体[A]の特性である透明性に優れ,かつ複屈折率が小さいという優れた光学特性を維持したまま,2軸延伸により強度が大幅に向上し,………」(10頁右上欄14行〜18行) e「………この環状オレフィン系ランダム共重合体[A]の代わりに前記一般式[T]で表される環状オレフィンから選ばれる1種以上のオレフィン成分からなる開環重合体またはこの水素化物[B]を用いてもよく,同等の効果が得られる。」(10頁右下欄6行〜10行) f「〔発明の効果〕 本発明によれば,環状オレフィン系ランダム共重合体[A],または開環重合体もしくはこの水素化物[B]を2軸延伸したため,2軸延伸によって強度が大幅に向上し,高透明性,低複屈折率などの優れた光学特性および強度を有し,しかも防湿性および加熱収縮性などにも優れた環状オレフィン系重合体シートまたはフィルムが得られる。」(11頁右下欄2行〜9行) g 実施例として,環状オレフィン系ランダム共重合体のシートを2軸延伸したフィルム2例が示されており,それぞれ複屈折値は4nm及び5nmであったとされている(11頁右下欄12行〜12頁左上欄2行,12頁表2)。 イ 上記アに引用した記載bないしgによれば,刊行物2には,ノルボルネン系樹脂を材料として形成したシート又はフィルムをさらに二軸延伸加工して作製したフィルム(以下「刊行物2発明」という。)が開示されている。また、このようにして作製されたフィルムには,材料であるノルボルネン系樹脂が有する低複屈折率という特徴が維持されたまま,強度等の向上が図られるという利点があることが開示されているということができる。 (2) 適用の動機付けの存在 確かに,原告が主張するとおり,刊行物2が開示するフィルムは,実施例によれば僅か4〜5nmの複屈折率を示すに過ぎず,そのままでは,高複屈折性を要求される位相板の用途に供し得ないものであることは明らかである。 しかしながら,以下に述べるとおり、刊行物2の上記記載に接した当業者は,二軸延伸加工前の材料として開示されたノルボルネン系樹脂という物質に着目し,これを刊行物2発明のごとく二軸延伸加工するのではなく、本件発明1のごとく一軸延伸加工することによって位相板として用い得るフィルムを開発することを着想することができたものと認められる。 ア 位相板(複屈折補償フィルム)の開発という技術分野に携わる当業者にとって,その材料として用いる高分子樹脂の選択の幅が相当に広いものであることは、以下のとおり、技術常識に属する事柄であったと認められる。 (ア) 位相板の開発を技術課題とし,多種多様な合成樹脂にその材料としての適合可能性があることを開示している刊行物等及び周知例の記載は,次のとおりである。 a 本件明細書 「【0005】従来,このような位相板の合成樹脂材料として,フェノキシエーテル型架橋性樹脂,エポキシ樹脂,ポリカーボネート樹脂,アリレート樹脂,ポリカーボネート樹脂などの各種フィルム形成性樹脂が使用されてきた。」 b 刊行物5 「 本発明の光学用フィルムに用いられる熱可塑性樹脂を例示するならば,ポリカーボネート系樹脂,ポリメチルメタクリレート,……等のポリ(メタ)アクリレート系樹脂,……ポリスチレン系樹脂,ポリアクリロニトリル,……アクリロニトリル系樹脂,……等のポリエステル系樹脂,……等のポリアミド系樹脂,……等のポリ塩化ビニル系樹脂,……等のポリオレフィン系樹脂,ポリサルフォン,ポリエーテルサルフォン,フッ素系樹脂等およびこれらの変性物,……から選ばれる少なくとも1種以上の樹脂材料があげられる。」(3頁右上欄13行〜左下欄14行) c 刊行物7 「フィルム形成用の樹脂としては,ガラス転移点が60℃以上,可視光線透過率が60%以上のフィルムを形成させる樹脂,たとえば,フェノキシエーテル型架橋性樹脂,エポキシ樹脂,アクリル樹脂,ウレタン樹脂などの架橋性樹脂,ポリカーボネート,………,ABS樹脂などが用いられる。2種以上の樹脂を混合して用いることもできる。」(2頁左下欄17行〜右下欄10行) d 周知例3 「固有複屈折値が正の材料としてはポリカーボネート樹脂,セルロースジアセテート樹脂,………,負の材料としてはポリ(メタ)アクリル酸エステル樹脂,………の位相差板が使用できる。特に,透明性に優れたポリカーボネート樹脂,セルロースジアセテート樹脂,………が好ましい。」(2頁右上欄4行〜16行) (イ) 以上の刊行物及び周知例の記載を総合すると、位相板の材料となりうる高分子樹脂の種類について一般的に厳しい限定はなく、透明性(可視光線透過率)などの一定の性質を満たし、光学製品の材料となりうるような新たな高分子樹脂が開示された場合、これを材料として適宜加工することによって新規な位相板を開発しようとすることは、当業者であれば容易に着想し得たものと認められる。 イ また、位相板の開発に携わる当業者にとって、フィルムを作製するにあたっての加工方法として一軸延伸を採用することも,技術常識に属する事柄であったと認められる。 (ア) 位相板に適したフィルムの開発を技術課題とし,その加工方法として一軸延伸を採用することを開示している刊行物等及び周知例の記載としては,次のものが挙げられる(下線部は本判決注)。 a 刊行物5 「 ………光学フィルムを最適な複屈折性を有するように延伸を実施することによって、本発明の複屈折性を有する光学フィルムが得られる。 一軸方向に延伸 する 方法として,テンター法による横一軸延伸法………が有用である。」(4頁右上欄19行〜左下欄8行) b 周知例1 「6.「LCD用位相差フィルム」の製造方法と一般特性 6.1 製造方法 「NRF」は、………一軸延伸高分子フィルムである。」 (52頁左欄1行〜6行) c 周知例2 「 すなわち本発明は熱可塑性高分子フィルムまたはシートを一軸に延伸して 形成されるフィルムまたはシートであって、………であることを特徴とする位相差板………に関する。」(2頁右下欄2行〜9行) d 周知例3 「 本発明の位相差板は、………異方性フィルムまたはシートが、………重ね合わされたもので実現される。 ………。 異方性配向フィルム又はシートは、例えば上記原料樹脂を………により成形した後、………一軸延伸、あるいは異方性を持つような条件で二軸延伸することにより得られる。」(2頁左上欄19行〜左下欄2行) (イ) 上記(ア)aないしdの各刊行物及び周知例の記載によれば、位相板の開発に携わる当業者にとっては,その製造にあたって,樹脂から成形したフィルムまたはシートをさらに一軸延伸するという加工工程を経ることは、技術常識に属するものと認められる。 ウ 以上のとおりであるから、刊行物2におけるノルボルネン系樹脂が光学材料用の基材として適用可能であることの記載に接した当業者は、ノルボルネン系樹脂を加工して新規な位相板を得ること、及びそのための加工方法として一軸延伸を採用することを容易に着想し得たものと認められる。 (3) 刊行物3及び4による動機付けの補強 ア 刊行物3は,光学材料用新規ポレオリフィン系樹脂である「ZEONEX」に関するものであり、その参考文献(3)として紹介された刊行物4と総合すると、「ZEONEX」がノルボルネン系樹脂であることも明らかである。 そして、刊行物3は,「ZEONEX」の液晶表示用の複屈折性補償フィルムへの応用が可能であることを明示している(26頁左下欄6行〜右上欄1行)。前記(2)のとおり、当業者の技術常識に照らせば、刊行物2は、その材料として開示されたノルボルネン系樹脂を一軸延伸加工して新規な位相板を得ることの着想を喚起するものであるが、刊行物3の上記記載は、かかる着想を具体的な開発の動機付けにまで高めるものであるということができる。 イ 原告は,刊行物3の上記記載は,延伸配向フィルムとする加工を経ないで「ZEONEX」を複屈折補償フィルムに適用することを示唆するに過ぎないと主張し,その根拠として,刊行物5に「液晶セルのムラを補償し表示品位を向上させるために用いる光学フィルムとしては0〜200nm」との記載(2頁右下16〜18行)があり,刊行物3が示す「ZEONEX」の複屈折値である「<25nm」がこの範囲に含まれることを挙げる。 しかしながら,「0〜200nm」と「<25nm」との範囲の重なりはごく一部に過ぎないうえ、原告の指摘する刊行物5には,上記記載の直前に「STN液晶表示装置の色補償用の光学フィルムとして用いる場合は概ね80〜1200nm,好ましくは200〜1000nm」との記載(同13〜15行)もみられ、刊行物3の「<25nm」とは重なり合わない。そして、前記(2)イのとおり、位相板の作製のための加工方法として一軸延伸を採用することが技術常識に属することをも考え合わせると,刊行物3の上記記載に接した当業者が,一軸延伸により複屈折性を付与する工程を経ることなく、ノルボルネン系樹脂をそのままで複屈折補償フィルムに適用することを想起するとは考えられない。よって,原告の主張は採用できない。 (4) ノルボルネン系樹脂の低複屈折性は阻害要因とならないこと 原告は,刊行物2及び刊行物3は,材料としてのノルボルネン系樹脂(「ZEONEX」)の低複屈折性を開示しており、このことは、高複屈折性が要求される位相板の材料としてノルボルネン系樹脂を用いることの阻害要因となる旨主張している。 しかしながら,以下のとおり,延伸加工前の材料としての樹脂が低複屈折性であることは,これを延伸して高複屈折性のフィルムを作製することの阻害要因になるものではない。 ア 周知例1には,次の記載がある。 a「本報では,高分子材料の一般的な光学的性質と位相差の評価方法を述べ,………」(46頁「要旨」4行) b「3.3 複屈折 延伸,配向した高分子媒体は,無機結晶体と同じように3次元方向で異なった屈折率を持つ光学的異方体である。完全に無定形の高分子媒体は・・・マクロ的には等方性で,複屈折性を示さない。しかしながら,高分子フィルムを延伸すると高分子鎖の配向が生ずるため,延伸方向の屈折率とそれに直交する方向の屈折率に差異が生じる。」(49頁左欄1行〜10行) 上記aの記載からすれば,複屈折に関するbの記載は,一般的な光学的性質に関する周知事項を記載したものというべきである。 イ 刊行物5には,次の記載がある。 a「 さらに,液晶表示装置の表示品位を向上させるために,各種のレターデーション値を有する一軸延伸の複屈折性光学フィルム,二軸延伸の複屈折性光学フィルムが各種液晶表示装置に検討されている。」(2頁右上欄19行〜左下欄3行) b「 フィルム又はシートの加熱変形温度以上の温度で熱処理を実施すると,フィルム又はシートの複屈折率は,実質的にゼロとなり,本発明の複屈折ゼロの光学フィルムが得られる。………。 上記のようにして得られた光学フィルムを最適な複屈折性を有するように延伸を実施することによって,本発明の複屈折性を有する光学フィルムが得られる。」(4頁右上欄12行〜左下欄2行) 上記aの記載は,従来技術に関する記載の一部であり,これによると,液晶表示装置に応用する複屈折性の光学フィルムを作製するにあたり,延伸加工の工程を経ることは周知の技術事項であったことが認められる。そして,このことを前提として,材料としての高分子樹脂は複屈折性ゼロのものであっても,これを適宜延伸加工することによって所望の複屈折性を付与したフィルムを作製できるという上記bの記載がなされていることが明らかである。 ウ 上記ア及びイの各記載によれば,本件出願当時,材料となる樹脂が低複屈折性または無複屈折性のものであっても,これを延伸加工することによって所望の複屈折性を有するフィルムを作製できることは当業者の技術常識であったと認められる。したがって,ノルボルネン系樹脂が低複屈折性であることは,これを一軸延伸加工した本件発明1の構成を有する高複屈折性フィルムに想到することの阻害要因になるものではない。 (5)ア 原告は,刊行物2が開示するのは二軸延伸加工をしたフィルムであるのに対し,本件発明1のフィルムは一軸延伸加工によって作製するものであるという相違点を強調し,合成樹脂を材料とする光学フィルムの分野においては二軸延伸フィルムと一軸延伸フィルムは物性の全く異なる別異の物質として評価されるから,ノルボルネン樹脂に対して,刊行物2発明の二軸延伸加工に代えて,本件発明1のような一軸延伸加工を施し,高複屈折性の複屈折補償フィルムを得ることは当業者の容易に想到し得ないことである旨主張する。 しかしながら,本件明細書及び刊行物5の下記記載によれば,二軸延伸と一軸延伸とは複屈折性を付与する点において,全く異質の加工技術というわけではなく,原告の主張は採用できない。 (ア) 本件明細書 「【0026】 (延伸配向フィルム) 本発明で用いる延伸配向フィルムは,シートを一軸方向に延伸することにより得られる。………。なお,実質的な一軸延伸,例えば,分子の配向に影響のない範囲で延伸した後,分子を配向させるべく一軸方向に延伸する二軸延伸であってもよい。」 (イ) 刊行物5 「 さらに,液晶表示装置の表示品位を向上させるために,各種のレターデーション値を有する一軸延伸の複屈折性光学フィルム,二軸延伸の複屈折性光学フィルムが各種液晶表示装置に検討されている。」(2頁右上欄19行〜左下欄3行) イ そして,刊行物5では,各種の一軸延伸の方法(4頁左下欄3行〜右下欄6行)及び二軸延伸の方法(同7行〜11行)に言及しており,このような記載を合わせ考慮すると,当業者にとって,高分子樹脂の材料に対し最適な複屈折性を付与するために,一軸延伸又は二軸延伸を適宜選択することは,技術常識であったと認めることができる。 このように,一軸延伸と二軸延伸とが適宜選択し得る技術的選択肢であった以上,刊行物2の記載に接した当業者は,ノルボルネン系樹脂を材料とする位相板を開発しようという前記(2)及び(3)の動機付けに従って加工方法を検討するにあたり,刊行物2発明の採用した二軸延伸(それが縦横均等である限りは複屈折性を付与しないことが刊行物2自体に示されているし,刊行物5の実施例10,13及び16の記載によっても二軸延伸加工では高複屈折性の付与が困難であることは明らかである。)に代えて,一軸延伸という方法を適宜採用し得たものというべきである。 (6) 以上のとおりであるから,本件決定が「複屈折補償フィルムが、フィルムの複屈折性を利用したもので、適宜、延伸配向させることにより所望の複屈折率を得るもので、通常、位相板として用いられることは、本件発明の出願時において技術常識といえるものである」と認定判断したことには誤りがない。ここで,「適宜,」といっているのは,一軸延伸・二軸延伸のいずれの方法を採るか,延伸倍率,温度その他の諸条件をどのように設定するか,といった技術的事項に関しては,上記の各刊行物及び周知例の記載事項をも参酌して当業者が判断しうるものであるとの趣旨をいうものであると理解される。 そして,従来技術において,位相板の材料となる高分子樹脂として広範な可能性が示されており,樹脂自体が低複屈折性のものであることは高複屈折性のフィルムを得るための阻害要因とは考えられていなかった(熱処理によって一旦複屈折性がゼロとなったものですら適宜延伸することによって所望の複屈折性を得ることができるとされていた。)のであるから,ノルボルネン樹脂自体が低複屈折性であっても,そのことは、これを延伸して位相板に適用可能な複屈折補償フィルムを作製することの阻害要因ではなかったというべきである。加えて、刊行物3の記載は,ノルボルネン系樹脂を位相板に応用しうることを積極的に開示するものであるから,本件決定が,技術常識についての前記説示部分に続けて,「刊行物2に示されたノルボルネン系樹脂が,液晶表示用の複屈折性補償フィルムとして使用しうることが刊行物3及び4に開示されている以上,当該フィルムを位相板として用いることは,当業者であれば適宜採用しうる事項である」と認定判断したことも,誤りではない。 よって,取消事由1にかかる原告の主張は,採用することができない。 2 取消事由2(本件発明についての進歩性判断の誤り(2))について (1) 原告は、本件発明1のレターデーションの絶対値及びバラツキにかかる構成について、これが格別なものとはいえないとした本件決定の認定判断は誤りである旨主張するので、検討する。 (2)ア 各種の高分子樹脂を材料とする位相板(複屈折補償フィルム)のレターデーション値について、刊行物及び周知例には次のとおりの記載がある。 (ア) 刊行物5 「STN液晶表示装置の色補償用の光学フィルムとして用いる場合は概ね80〜1200nm、好ましくは200〜1000nmの範囲」(2頁右下欄13行〜15行) (イ) 刊行物7 「複屈折性単位フィルム(1a)としては、低配向した流延法フィルムからなるレターデーション値30〜1000nmのフィルムが用いられる。」(2頁左下欄14行〜16行) (ウ) 周知例1 「『NRF』(判決注:ポリカーボネート系の樹脂を主原料として,特殊Tダイ押し出し法で成膜後,熱延伸して得られる延伸高分子フィルム)は,………透明性を持ち,位相差はΔnd=250〜800nmにおいて任意の位相差の設定が可能であり、」(52頁右欄2行〜4行) イ また、位相板におけるレターデーションのバラツキについては、刊行物及び周知例が次のとおり開示している。 (ア) 周知例1の、「『NRF』は………透明性を持ち,位相差はΔnd=250〜800nmにおいて任意の位相差の設定が可能であり,ばらつきは位相差設定中心値に対して±2%以下である。」(乙1,52頁右欄2〜6行)との記載によれば,複屈折値は250〜800nmであり,そのバラツキは±2%以下であるから±5nm〜±16nm以下で,本件発明1で規定されるバラツキ値30nm以下である。 (イ) 刊行物5には,実施例3について,「延伸フィルムは(判決注:レタデーションの平均値)が540nm,ΔR(判決注.レターデーションの振れ幅)が4.5%」(6頁左下欄10〜11行)と記載され,また,実施例4について,「延伸フィルムはが280nm,ΔRが8.5%」(同,6頁右下欄12〜13行)と記載され,さらに,実施例7については「延伸フィルムはが485nm,ΔRが5.8%」(同,7頁右下欄20行〜8頁左上欄1行)と記載されている。上記ΔRが本件発明1にいう「バラツキ」に相当するのは明らかであるから,ΔRをレターデーション値で表すと,実施例3では24.3nm(540nm×4.5%),実施例4では23.8nm(280nm×8.5%),実施例7では28.13nm(485nm×5.8%)となり,いずれも本件発明1で規定されるバラツキ値30nm以下である。 ウ 本件発明1でレターデーション値の範囲を波長550nmを基準として規定している点は,単に,可視光の中心波長付近の波長を基準としたものにすぎず,レターデーション値を表すときに何らかの基準波長を用いて表現することは慣用されているもので,格別な技術的な意味はないというべきである。 エ 以上アないしウによれば、本件発明1における「波長550nmでのレターデーションの絶対値が50〜800nmで,かつレターデーションのバラツキが±30nm以内」というレターデーションの絶対値及びバラツキの限定は、位相板の望ましい複屈折性を示すものとして従来周知の数値範囲に属するということができる。したがって、本件決定が、「これらの値は、フィルムを位相板として用いる際に、位相板の機能として通常に採用される数値範囲のものであり、格別なものとはいえない。」と判断したことは相当であり、原告の主張は採用できない。 (3) 原告は、前記(2)の各刊行物及び周知例において開示されているレターデーションの絶対値及びバラツキは、いずれも本件発明1のノルボルネン系樹脂とは異なる種類の樹脂を材料とする位相板に関するものであるから、上記の各刊行物及び周知例の記載に基づいて、ノルボルネン系樹脂を原料とする本件発明1の位相板に最適なレターデーション値の数値範囲を定めることはできない旨主張する。 しかしながら、上記の各引用例及び周知例の記載は、いずれも、特定の樹脂を材料とした位相板にのみ適するレターデーション値を開示したものとは到底考えられず,それは,延伸加工後の位相板(複屈折補償フィルム)が備えるべきレターデーション値の数値範囲を一般的に開示したものであるということができる。したがって、ノルボルネン系樹脂の場合に、これらの樹脂とは異なるレターデーション値を採用することが位相板の用途にとって必要ないし有益であることを想起させる特段の事情があったのであれば格別、そのような事情の主張立証もない本件においては、上記の各刊行物及び周知例がノルボルネン系樹脂を材料としたものではないという一事をもって、本件発明1におけるレターデーション値の数値限定が格別なものであるとすることはできない。 3 取消事由3(本件発明1についての進歩性判断の誤り(3))について 原告は,刊行物2ないし4においてはノルボルネン系樹脂は低複屈折性に優れた光学材料として開示されており,一方,刊行物5,7及び9及び周知例1ないし3には一軸延伸フィルムの複屈折性に関する記載はあるが、いずれもノルボルネン系樹脂を材料とする一軸延伸フィルムに関する記載ではないから,これらの刊行物及び周知例の記載を総合しても、ノルボルネン系樹脂を溶融法で成形したうえ一軸延伸して得られる本件発明1のフィルムが、レターデーション値50〜800nm,そのバラツキが±30nm以内のものであることまで容易に予測できるものではないと主張している。 しかしながら,位相板として求められるフィルムのレターデーション値及びそのバラツキが本件発明1の規定程度のものであることは上記2において説示したとおりであるし、高分子樹脂を適宜一軸延伸することによって位相板に適した複屈折性を備えたフィルムを得ることができることも、上記1(2)に認定説示したとおり樹脂の種類を問わず公知の技術事項であって,他の種々の熱可塑性樹脂においても実現されているものであるから,本件発明1で規定する延伸フィルムのレターデーション値等の数値は,当業者にとって予測不可能な範囲のものであるとは認められない。 4 取消事由4(本件発明2〜6に関する容易想到性判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1が容易想到でないことを前提に本件発明2〜6も容易想到ではないと主張するが,上記1ないし3のとおり,その前提が誤っている。 (2) 原告はさらに,本件発明2について,刊行物7ではTダイ法などの溶融法の欠点を挙げて否定しており,刊行物5にも溶剤キャスト法が好ましいとされているから,本件発明2におけるTダイ法を用いる溶融押出法の構成は容易想到ではないとも主張する。 しかしながら,刊行物2には,環状オレフィン系ランダム重合体[A],またはこれと他の成分との組織物からシート又はフィルムを成形するについて,Tダイ法などの一般的なフィルム成形法が使用できることが記載され(10頁左上欄12行),刊行物5の実施例6〜10において溶融押出法によりフィルムが製造されており,フィルムの製造方法として溶融法が溶剤キャスト法とともに普通に用いられる方法の一つであると認められ,Tダイ法を用いた溶融押出法を選択することに何ら困難性は認められない。 (3) 原告はまた,本件発明3について,刊行物7には低配向の流延法により成形されたフィルムを積層一体化することが開示されているだけであり,本件発明3のノルボルネン系樹脂を溶融法により成形し延伸配向したものについては開示も示唆もないと主張するが,刊行物7は、位相板を作製するに当たり複数のフィルムを積層する技術を開示しているものと認められ,その各フィルムもレターデーション値が30〜1000nmのものとされているし,流延法については各フィルムを成形するときのゲル,スジ,フィッシュアイ等の欠点を避けるために選択された方法で,積層するに際しての阻害要因となるものではないから,刊行物7と他の引用刊行物が開示した技術事項に基づいて本件発明1の構成要件に限定を加える本件発明3の構成を想到することは当業者が容易になしうるものであると認められる。 (4) 原告は,本件発明1の構成要件に限定を加える本件発明4ないし6の構成についても,刊行物7及び刊行物5にノルボルネン系樹脂に関する記載がないことを理由に本件決定の誤りを主張するが,本件発明4ないし6がその材料に特有の技術を選択し採用したものとは認められないから,原告の主張は採用することができない。 5 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 青柳馨 |
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裁判官 | 清水節 |
裁判官 | 上田卓哉 |