関連審決 | 訂正2006-39001 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成11ワ3012特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ10524特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20ワ25354特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ827特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 技術的範囲 / 試行錯誤 / 技術常識 / 明確性 / クレーム / 対象製品 / 参酌 / 数値限定 / 均等 / 置き換え / 信義則 / 禁反言 / 特許発明 / 実施 / 加工 / 交換 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 不法行為(民法709条) / 混同 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 変更 / 釈明 / 審決確定(審決が確定) / 異議申立 / |
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事件 |
平成
18年
(ワ)
10033号
特許権侵害差止等請求事件
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原告ジャパンファインスチール株式会社 訴訟代理人弁護士飯島歩 荒川雄二郎 吉田広明 酒井大輔 伊達伸一 児玉実史 生沼寿彦 敷地健康 末永久大 小瀧あや 谷口明史 訴訟復代理人弁護士桶田大介 訴訟代理人弁理士西谷俊男 浦利之 補佐人弁理士角田嘉宏 横井知理 被告株 式会社キスワイヤ 訴訟代理人弁護士山上和則 吉田豪 訴訟代理人弁理士池内寛幸 川上桂子 補佐人弁理士米田賢治 |
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裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 2008/09/04 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1原告の請求をいずれも棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1被告は,別紙イ号物件目録記載のソーワイヤ用ワイヤ(以下「イ号物件」という )を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,輸入し,譲渡及び貸渡しの申出をし 。 てはならない。 2被告は,その本店,営業所及び工場に存するイ号物件の完成品並びに半製品(イ号物件の構造を具備しているが,未だ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。 3被告は,原告に対し,2億2881万6000円及びこれに対する平成18年。 10月2日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え |
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事案の概要
本件は,発明の名称を「ソーワイヤ用ワイヤ」とする発明の特許権者である原告が,被告が輸入,販売等しているイ号物件は上記発明の技術的範囲に属し,これを輸入,販売等する被告の行為は原告の特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法100条に基づき,イ号物件の生産,使用等の差止めとその完成品及び半製品の廃棄を求めるとともに,特許権侵害の不法行為による損害賠償(訴状送達の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む )を請求した 。 事案である。 1 争いのない事実1本件特許権( )原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」と,その発明を「本件発明」という。また,本件発明の願書に添付した明細書(後記カの訂正審決による訂正後のもの)を「本件明細書」という )の特許権者であ 。 る。 ア出願日平成10年8月27日(特願平10-242066)イ公開日平成12年3月7日(特開2000-71160)ウ登録日平成11年7月23日(第2957571号)エ特許公報発行日平成11年10月4日オ異議決定確定日平成13年4月28日カ訂 正 審 決 日平成18年2月7日(訂正2006-39001)キ発 明 の 名 称ソーワイヤ用ワイヤク特許請求の範囲「 請求項1】シリコン,石英,セラミック等の硬質材料の切断,スライス 【用に用いられるソーワイヤであって,径サイズが0.06〜0.32mmφで,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側は圧2縮応力)の範囲に設定されていることを特徴とするソーワイヤ用ワイヤ 」。 2構成要件( )本件発明は,次の構成要件に分説するのが相当である。 Aシリコン,石英,セラミック等の硬質材料の切断,スライス用に用いられるソーワイヤであって,B径サイズが0.06〜0.32mmφで,Cワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側は2圧縮応力)の範囲に設定されていることを特徴とするDソーワイヤ用ワイヤ3被告の行為( ), 被告は,遅くとも平成13年11月21日以降,業として,イ号物件を輸入販売等している。 4イ号物件の構成( )イ号物件は次の構成を有する(本件発明の構成要件Cに対応するイ号部件cの構成には後記のとおり争いがある 。。), aシリコン,石英,セラミック等の硬質材料の切断,スライス用に用いられb径サイズが0.14又は0.16mmφである,dソーワイヤ用ワイヤ。 5本件発明とイ号物件との対比( )イ号物件の構成a,b及びdは,それぞれ本件発明の構成要件A,B及びDを充足する。 2 争点1イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか。 ( )イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足するか (争点1) 。 2原告の損害(争点2)( )第3争点1(イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足するか )に関する当事者の主 。 張1 争点1に関する当事者の主張の概要【原告の主張の骨子】以下のとおり,イ号物件は,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (以2下「本件数値」という )の範囲に設定されており,本件発明の構成要件Cを充足 。 する。 1甲第6号証の1及び甲第7号証について( )本件訴え提起に際して原告が提出した甲第6号証の1(東京農工大学工学部教授A作成の平成15年2月14日付け「極細鋼線残留応力測定結果報告書」と題する書面。以下「甲6報告書」という )及び甲第7号証(早稲田大学機械工 。 学科教授B作成の平成17年9月28日付け「ソーワイヤ残留応力測定結果報告書」と題する書面。以下「甲7報告書」という )は,それぞれ上記各証拠記載 。 の試料について層除去法により内部応力を測定したもの,すなわち,試料のワイヤについて層除去(エッチング)を行い,エッチング前後のワイヤの直径及び曲率半径等を測定し,その測定結果を所定の応力算出式に代入して内部応力値を算出した結果を記載したものである。甲6報告書の測定結果は別表1「甲第6号証の1の測定結果」に記載のとおりであり,甲7報告書の測定結果は別表2「甲第7号証の測定結果」に記載のとおりであって,イ号物件は,おおむね本件数値の範囲内にあり,本件発明の構成要件Cを充足する。 被告は,甲6報告書及び甲7報告書(以下「甲6・7報告書」と総称する )。 の測定結果には内部応力が本件数値の範囲外のものが含まれており,原告が本件特許権を侵害するワイヤとしていかなる認定をしているのか不明である旨主張する。しかし,測定結果が本件発明の数値範囲内にあるものは特に問題なく被告の侵害行為を証明する証拠となる。他方,数値範囲内にないものも,単に製造過程で生じるダイスの磨耗によって数値範囲から外れただけであるとして被告による侵害行為を推認し,又は,現に数値範囲にある製品が存在することと相まって侵害の恐れを立証する証拠となる。少なくとも,測定結果の中に数値範囲外のものが含まれているからといって,被告による侵害行為が否定されるものではない。 2甲第31号証及び甲第32号証について( )被告は,甲6・7報告書の測定結果は数値にばらつきがあって信頼できない旨主張する。しかし,上記測定結果にばらつきがあったとしても,測定を繰り返すことにより精度を確保することができることは常識である。そこで,原告は,より多くの測定を繰り返すことによって信頼性の高い実験データを得ることを目的として,新たにイ号物件の内部応力の測定を行った。甲第31号証(大阪法務局所属公証人C作成の平成19年12月26日付け公正証書。以下「本件公正証書」という )及び甲第32号証(原告作成の平成19年12月2 。 8日付け「ソーワイヤ内部応力測定結果報告書」と題する書面。以下「甲32報告書」といい,本件公正証書と併せて「本件公正証書等」ともいう )は,そ 。 の経緯及び測定結果を記載したものである。すなわち,本件公正証書は,同公正証書記載の試料のワイヤについてエッチングを行い,エッチング前後のワイヤの直径等を測定し,その経緯及び測定結果を記載したものであり,甲32報告書は,本件公正証書記載の経緯でエッチングを行った試料の一部について,エッチング前後のワイヤの曲率半径等を測定し,その測定結果を所定の応力算出式に代入して内部応力値を算出した結果を記載したものである。本件公正証書等の測定結果は,別表4「甲第31・32号証の測定結果」に記載のとおりである。これによりイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することが改めて明らかになった。 3乙第16号証について( )被告は,乙第16号証(JFEテクノリサーチ株式会社分析・評価事業部(以下「JFEテクノ社」という )作成の平成19年3月7日付け「試験報告 。 書ソーワイヤの残留応力測定結果」と題する書面。以下「乙16報告書」という )の測定結果を根拠にイ号物件は本件発明の構成要件Cを充足しない旨主 。 張する。しかし,乙16報告書の測定試料は,本件訴訟と関係のない製品である可能性があり,少なくとも,イ号物件を代表する製品として検査試料とするのに適切なものではない。また,乙16報告書におけるワイヤの線径の測定方法には,マイクロメーターによる計測などごく一般に用いられているものではなく,特異な手段が用いられており,測定精度が著しく低下していると考えられる。したがって,乙16報告書の測定結果には信頼性がない。 【被告の主張の骨子】イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足しない。 1甲6・7報告書について( )そもそも,原告が甲6・7報告書記載のどの数値から被告のどの製品について特許権侵害を構成すると主張しているのか不明である。甲6・7報告書に関する原告の上記主張は,特許請求の範囲に記載された内部応力値(本件数値)の範囲から逸脱しているものをあたかも本件発明の技術的範囲に属するかのよ。 うに主張するものであって,特許権の権利解釈として容認できるものではないまた,甲6・7報告書の測定結果は,同じリールから採取された試料によるものであるにもかかわらず相互に全く異なっているなど,甲6・7報告書の測定結果には信頼性がない。 さらに,原告が層除去法による実際の作業状況を撮影したものであるとして提出した甲第28号証(DVD)に示された内部応力の測定方法では,正確なエッチングができず,また,エッチング前後の形状変化を正確に把握できないため,正確な内部応力値を算出することはできない。 したがって,甲6・7報告書の測定結果をもって,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできない。 2本件公正証書等について( )まず,本件公正証書等に関する原告の主張は,本件訴訟提起後1年以上が経過した時点で行った本件公正証書等記載の実験(以下「本件追加実験」という。甲31)に基づくものであり,時機に後れたものである。また,原告の上記主張は,原告がイ号物件の内部応力値としていかなる数値を特定するのかという結論も明確に記載されていない甲6・7報告書に基づいて本件訴訟を提起し,その主張内容を明確にしないまま被告に反論と反証(乙16等)の提出を行わせ,その後に自分に都合のよいデータのみに基づいて被告による特許権侵害を主張するものであって,許されるべきではない。また,本件追加実験の目的は,甲6・7報告書における証明内容の不明確さを払拭することにあった。しかるに,原告は,本件追加実験の結果を甲6・7報告書の有効性に結びつけることができなかった。したがって,原告が甲6・7報告書に基づいて被告の侵害行為を立証することができなかったことは明らかである。 また,本件公正証書等の内容は,被告の鑑定(乙16報告書)とは比べものにならない程の不透明性,不公平性を有する。また,本件追加実験における内部応力値の測定手法は,乙16報告書と比較して多くの点で不正確であり,内部応力測定結果の算出手法やその結論の導出においても多くの点で不的確である。 さらに,本件追加実験には,エッチング前のワイヤの直径の測定等において基本的な誤りがあり,その結果,甲32報告書により得られた数値は,イ号物件の内部応力数値を正確に表していない。 したがって,甲32報告書の測定結果をもって,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできない。 3乙16報告書について( )被告は,第三者機関であるJFEテクノ社にイ号物件の内部応力の測定を依頼した。乙16報告書はその報告書である。乙16報告書は,同報告書記載の試料について層除去法により内部応力を測定したもの,すなわち,試料のワイヤについてエッチングを行い,エッチング前後のワイヤの直径及び曲率半径等を測定し,その測定結果を所定の応力算出式に代入して内部応力値を算出した結果を記載したものである。その測定結果は,別表3「乙第16号証の測定結果」に記載のとおりである。乙16報告書の測定結果は,イ号物件の内部応力値の正しい数値を示すものとして,高い信頼性を有するものである。乙16報告書から明らかなように,イ号物件には,内部応力が本件数値の範囲内にあるものは存在しない。 よって,イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足しない。 2 甲6・7報告書,本件公正証書と乙16報告書の信用性に関する当事者の主張の摘示について上記当事者の主張の骨子及び当裁判所に顕著な本件訴訟の経過によれば,原告は,イ号物件はそのワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が本件数値の範囲に設定されており,本件発明の構成要件Cを充足することを立証するため,まず,甲6・7報告書を提出したが,被告がその反証として乙16報告書を提出して,甲6・7報告書の信用性を弾劾し,同報告書によってはイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできないと主張したため,さらに,同報告書の信頼性を補強し,又は同報告書とともにイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することを立証するものとして,本件公正証書等を証拠として提出したことが明らかである。このように,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するものと認定し得るかどうかは,専ら,原告が提出した甲6・7報告書,本件公正証書等の信頼性の有無にかかっており,それは主として,内部応力値の算出に必要な数値であるワイヤの直径及び曲率半径の測定が適正かつ正確に行われたか否かによって決まるものであり,当事者の主張もこの点を中心として攻防がなされている。 そこで,以下,甲6・7報告書及び本件公正証書等及びこれに対する反証として提出された乙16報告書の各信用性に関する当事者の主張を上記各報告書等ごとに整理することとし,甲6・7報告書については後記3で,本件公正証書等については後記4で,乙16報告書については後記5で摘示する。 3 甲6・7報告書に関する当事者の主張【原告の主張】イ号物件が本件発明の技術的範囲に属することは,甲6・7報告書により証明されている。 1甲6・7報告書の明確性について( )アはじめに被告は,甲6・7報告書に記載されたデータには内部応力が本件数値の範囲外のものも含まれており,原告が本件特許権を侵害するワイヤとしていかな, る認定をしているのか不明である旨主張する。しかし,以下に述べるとおり甲6・7報告書は,本件における侵害行為を認定する証拠資料として十分に明確なものである。 イ内部応力にばらつきが生じる理由ソーワイヤの製造は,太い素線を複数のダイスに繰り返し通しながら,(ア)徐々に細くしていく伸線加工によって行われる。内部応力の制御には,いくつかの方法があるが,一般的には,湿式多段伸線機による最終伸線工程でのパススケジュール(伸線に用いるダイスの選択及び配列)やダイスのリダクション角度を調整することで行うのが一般的である。ところで,最終伸線後の製品においては,リール1本(1ロット ,すなわち1本のワイ )ヤの全長は300〜500kmにも及ぶため,伸線工程の最終段階では,1本のワイヤを製造するだけでも極めて長いワイヤがダイスを通ることとなるので,その過程において緩やかにではあるが磨耗が進む。そのため,リダクション角度や,製造されるワイヤの内部応力値が全長にわたって常に一定とまではいえず,理論上は内部応力値にばらつきが生じる可能性がある。そのため,同じ時期に製造されたワイヤであっても,ロットごとにその内部応力には一定のばらつきがあるのが通常である。また,商業ベースでソーワイヤを生産するためには,通常多数の伸線機を並行して稼動させる必要があるから,同時期に生産されたソーワイヤであっても,同じダイスによって伸線されたものとは限らない。このような現実的理由によっても,同時期に生産されたソーワイヤはある程度の品質幅をもった製品群となるので,内部応力にはばらつきが生じることとなる。 他方,内部応力が本件発明に開示された本件数値内又はこれに近いワイ(イ)ヤを製造しようとすれば,ダイスのリダクション角度を通常よりも小さくしたり,極微小な孔を有するダイスのリダクション角度を,摩耗を考慮しつつワイヤの生産中概ね一定に維持するには,あらかじめ精度が確保されたものを選別した上で,ダイス寿命を厳密に管理するなど,その運用に手間と労力をかける必要があるなど,通常の場合を上回るコストをかけ,意図的に内部応力を制御する必要がある。 また,本件数値の範囲内のワイヤを生産するための設備を用いてワイヤ(ウ)の生産を継続した場合であっても,ダイスの磨耗によりどこかの時点で数値外の製品が生産されることとなるところ,ダイスの交換のタイミングを本件発明の技術的範囲内の製品が製造できる期間内とするかどうかは,コストや顧客ニーズなどに基づく生産者の任意の選択にかかるものである。 ウ甲6・7報告書による侵害行為の認定の可否甲6・7報告書においては,確かに,算出された内部応力が本件数値の(ア)範囲内にないものもある。 しかし,甲6報告書の8頁(判決注・本判決添付の別表1。以下同じ )。 , についてみると,5本の試料のうち上記数値外にあるのは1本のみでありまた,その数値も51.4kg/mm と,内部応力を制御していないワイ2ヤに比べてかなり小さいものとなっている。甲7報告書の8頁(判決注・本判決添付の別表2。以下同じ )については,4本の試料のうち2本が数 。 値外となっているが,これらについても,43.4kg/mm ,46.02kg/mm ,42.8kg/mm ,43.7kg/mm と,一般的ワイ2 2 2ヤに比して極めて小さな数値が得られている。 , 上記イに述べたところに基づき,これらの測定結果を観察・分析すれば?@現に内部応力が本件数値の範囲内の製品が存在することから,被告が内, 部応力を制御し,本件発明の技術的範囲に属する製品を製造していること?A一部の試料の内部応力が本件数値範囲外であるとしても,その数値の低さに照らし,本件発明の技術的範囲に属する製品を製造することを企図しながら単にダイス交換のタイミングの問題から本件数値の範囲外になったにすぎないと推認されること,?B仮にそうでなくとも,本件数値の範囲外の製品が存在することが,本件数値の範囲内の製品の存在を疑わせる事情となるものではないこと,がそれぞれ認められる。 以上によれば,甲6・7報告書の測定結果が本件数値の範囲内にあるものについては,特に問題なく被告の侵害行為を証明する証拠となる。 他方,本件数値の範囲内にないものについても,上述したところから,単に製造過程で生じるダイスの磨耗によって本件数値の範囲から外れただけであるとして被告による侵害行為を推認し,または,現に本件数値の範囲内にある製品が存在することと相俟って侵害の恐れを立証する証拠となると認められ,少なくとも,これが,被告による侵害行為を否定する根拠となるものではない。 被告は,甲6・7報告書において,測定結果の平均値をとっていること(イ)の意味がわからないと主張する。 しかし,一般に,測定して得られる数値に必ず誤差が含まれることは当然であり,測定データから一定の結論を得ようとするときに複数の測定結果の平均値を求めるのは常識的な手法である。統計学上も,測定は繰り返すことで正規分布をとることが知られており,測定を繰り返せばその精度が向上することは常識である。測定値の平均値は測定対象(ワイヤ)の性状を示す代表的な値であり,この平均値をもって測定対象の性状に一定の結論を得ることに意味がある。 また,被告は,測定を繰り返すことによって測定精度が向上するのは同じ測定対象について同じ測定方法で測定した場合に限られるところ,エッチング精度による変動がある場合にこの理はあてはまらないと主張する。 しかし,まず,ソーワイヤの内部応力は両端部分を除き長さ方向で一定しているから,同一ワイヤから採取される複数の試料は同一の測定対象であるということができる。そして,層除去法は,エッチングから曲率変化の測定に至るまでの一連の所為を1個の測定手段と見るものであって,エッチング精度のばらつきもまた測定を繰り返すことによって平均化することが可能である。被告の主張は,何ゆえエッチング精度だけを特別扱いするのか明らかにしていない点で不当である。 よって,被告の主張に理由はない。 2甲6・7報告書の信頼性について( )ア被告は,甲6報告書と甲7報告書とでは同じ試料を用いながら測定結果が異なるからその測定データには信頼性がない旨主張する。 しかし,被告の主張は,それぞれの報告書で検討された各試料の対応関係が不明確なままなされており,また,内部応力には一定のばらつきがあり得るから,甲6・7報告書の測定結果が相互に異なることが直ちに各測定結果の信頼性を疑わせるものではない。 イ被告は,甲6報告書の内容に関し,?@「原告の提唱する方法」が不明,?A算出式の根拠が不明,?B外観の変化の求め方が不明,?Cワイヤ断面形状が不正確と主張し,また,?D残留応力値のばらつきがあることから,原告の観察は恣意的である旨主張する。 上記?@ないし?Cについては,要するに,層除去法は技術常識に属するものであって算出式は教科書レベルの知識で導くことができ,また,外観の変化はワイヤを自然に置くだけで求められる。なお,層除去法については,実際の作業状況を撮影したビデオ(甲28)によって明らかである。 上記?Dについては,結局,測定結果の信頼性という立証の問題に帰着する。 ウ甲7報告書の内容に関する被告の主張は,甲6報告書に関する上記主張と同質であり,測定の精度を高めるためには,単純に測定の回数を増やせばよく,結局,測定結果の信頼性という立証の問題に帰着する。 【被告の主張】1甲6・7報告書の明確性について( )ア原告による侵害行為の認定について原告が,甲6報告書の8頁及び甲7報告書の8頁に記載されたデータの(ア)どの数値をとって,イ号物件のどのワイヤが本件数値の範囲内のものと主張しているのか不明である。 たとえば,甲6報告書の8頁には,φ0.16のワイヤ2本及びφ0.(イ), 14のワイヤ3本についての残留応力測定結果が示されている。このうち残留応力を示すと考えられる「σ,kgf/mm 」欄には,それぞれ3本2の試料についての値とこれを単純平均した値が記載されている。しかし,φ0.14Cの残留応力値は 「40.5「63.9「49.9」の値が ,」,」,示されており,その平均値も「51.4」であり,いずれも本件数値の範囲外である。 また,甲7報告書の8頁には,φ0.16のワイヤ1本及びφ0.14(ウ)のワイヤ3本についての残留応力測定結果が示されており,それぞれのワイヤについて,硝酸濃度が「15% 「30% ,及び「残留応力 「角度を 」」」考慮した残留応力」との4種類の分類がされる中で,それぞれ3本の試料についての値と,これを単純平均した値とが記載されている。そして,それぞれのワイヤについて記載されている全部で16個の数値は,ほとんどそのすべてが異なっている。特に,φ0.14の製品?auDT200301002」のワイヤについては 「36.0」〜「52.6」と大きく隔たり ,のある数値が記載されており,一応本件数値の範囲内のものは,全16データのうち4つのみである。なお,φ0.14の3本の製品すべてが本件数値の範囲内と範囲外を示している。 , 同じワイヤを測定したにもかかわらず,その内部残留応力の数値として本件数値の範囲内の数値と範囲外の数値とが記載され,原告が当該ワイヤについて本件特許権を侵害するものと主張しているのか否か不明である。 イ原告の主張に対する反論原告は,甲6・7報告書に記載された測定結果について,本件数値の範(ア)囲内にあるものについては特に問題なく被告の侵害行為を証明する証拠となり,本件数値の範囲内にないものについても,単に製造過程で生じるダイスの摩耗によって本件数値の範囲から外れただけであるとして,被告による侵害行為を推認し,又は現に本件数値の範囲にある製品が存在することと相俟って侵害の恐れを立証する証拠となると認められ,少なくとも,。 これが被告による侵害行為を否定する根拠となるものではない旨主張するしかし,かかる主張は,甲6・7報告書のデータでは明らかに本件数値の範囲から逸脱しているものをも,あたかも本件数値の範囲内にあり本件発明の技術的範囲に属するかのごとく主張するものであり,特許権の権利解釈の上での正当性を有しない。 また,原告は,イ号物件の応力数値を「内部応力を制御していないワイ(イ)ヤに比べてかなり小さいものとなっている「一般的ワイヤに比して極め 」,て小さな数値が得られている」と主張する。 しかし,本件発明は「内部応力値を(従来品よりも低い所定のものに)制御したソーワイヤ」ではなく,平成18年2月17日に審決が確定した訂正審判での訂正後の特許請求の範囲に記載されたとおりのものであり,イ号製品が本件発明の技術的範囲に属するとするためには,その内部応力」 。 値が「0±40kg/mm(本件数値)の範囲であることが要件となる2特許請求の範囲に記載された内部応力の数値範囲に含まれる応力値を有するワイヤと,数値範囲に含まれない応力値を有するワイヤが存在していた場合に,数値範囲から外れたワイヤを「数値範囲内のものを作ろうとしてたまたま外れただけだから侵害の企図があった」などと主張することは許されないし 「数値範囲から外れているワイヤが存在するから,今後数値 ,範囲内のワイヤを製造する恐れがある」として,差止請求権の行使を正当化することはできない。 甲6報告書の8頁及び甲7報告書の8頁におけるワイヤ残留応力の数値(ウ)については,いずれの表においても,それぞれのワイヤについて3個の試料についての測定結果を求めて(n=3)これを単純平均した値が示されている。しかしながら,甲6報告書のデータは,たとえば「φ0.16A」のデータを見ると,その残留応力値が最小「18.5」から最大「35.9」と大きくばらついており,このようなばらついた値を単純平均することは無意味である。また,甲7報告書のデータでは,それぞれの値が異なる「エッチング深さ」や「エッチング角度」の試料に基づいて得られたものであることが明らかであり,このような異なる条件下で求められた複数のデータを単純平均することは無意味である。 また,本件発明が奏する作用効果,すなわちソーマシン内で真直な姿勢を維持可能なソーワイヤを得ることを考慮すると,本件発明の数値限定要件は,ソーワイヤの全長すべてにわたって満たされていることが必要となるべきものである。したがって,たとえば,甲7報告書の8頁にデータが示される 「φ0.14,DT200301002」の硝酸濃度が30%の ,ものについて「残留応力σ,kgf/mm 」欄に記載されている数値の2ように,同欄の右側に記載されている単純平均の数値「39.97」が本件発明の数値条件に入っているものであっても,それを算出する?@〜?Bの3つの数値のうちの一つが本件数値の範囲外(この場合は,?Aが「44.5 )であれば,かかるワイヤについて本件発明の技術的範囲に属すると主 」張をすることはできない。 また 「統計学上も,測定は繰り返すことで正規分布をとることが知られ(エ) ,ており,測定を繰り返せばその精度が向上することは常識である 」という 。 原告の主張内容は正しいが,このように測定結果が正規分布を描くのは,原告自ら述べているように,測定を「繰り返した」場合,すなわち,同じ測定対象について同じ測定方法で測定した場合であり,本件の応力値算出方法はこれに該当しない。なぜなら,本件の応力値算出方法では,全ての試料について,同じ状態のエッチングを施すことなど不可能であるから,結果として得られる内部応力値は,エッチング精度による大きな変動を受けるからである。仮に内部応力が全く同じ値であるワイヤの内部応力値の測定結果が一定の値とならなかった場合には,それは,読み取り誤差や測定誤差のようないわゆる「誤差」ではなく,本件の応力値算出方法自体が有する,同じ状態での測定ができないという特質に基づく「ばらつき」である可能性が高い。このような測定値の「ばらつき」が 「誤差」のように, ,測定を繰り返すことで正規分布を描いて収斂していくことなど考えられない。 2甲6・7報告書の信頼性について( )甲6報告書の8頁及び甲7報告書の8頁に記載されている内部応力の測定結果においては,イ号物件の応力値が本件数値の範囲内の数値を示すものが存在している。 しかし,甲6・7報告書における内部応力の測定は,以下のとおり,極めて不正確な条件の下で行われたことが明らかであり,このような測定条件の不正, 確さが,そのまま誤った内部応力数値の算出に繋がったものと考えられるからその測定結果には信用性がない。 ア甲6・7報告書のデータの対応関係甲6・7報告書の測定データは,いずれも同じリールから採取された試(ア)料から作成されたものであるにもかかわらず,甲6報告書の残留応力値と甲7報告書の残留応力値とは全く異なっている。この事実は,甲6・7報告書の測定データに信頼性がないことを如実に表している。 甲6・7報告書は,いずれも,同じ試料を使用し,大学という信頼度の(イ)高い公共的機関で試験を行ったにもかかわらず,測定者が異なれば同一製品について本件数値の範囲内の数値を示したり,示さなかったりするという事実が,?@そもそも,本件特許には,ワイヤ半面の層をエッチングにより除去したときのワイヤの曲率の変化から残留応力を求める方法として,その測定結果の正確性を担保するための工夫を行っていないという瑕疵があることや,?Aそのような正確性を担保しない状況下での層除去法により求められた数値に信頼性がないことを裏付けている。 本件発明の特許請求の範囲は,ソーワイヤの表面残量応力値を「0±4(ウ)0kg/mm 」と絶対的な応力値で規定するものであり,そうである以上,2この数値は測定条件によって変動するものであってはならないことは明白である。しかし,甲6・7報告書の測定結果は,同じワイヤを測定したものであるにもかかわらず,その数値が一致しないのみならず,同一報告書に示された同一試料に対する測定結果ですら測定方法により異なる数値を呈しており,その測定結果には信頼性がない。 イ甲6報告書について甲6報告書の測定対象の不明瞭(ア)甲6報告書には,測定対象のワイヤがイ号物件であることを裏付ける記載がない。また,原告が甲6報告書との対応で提出した甲第6号証の2(甲6報告書の作成者であるA助教授作成の「証明書」と題する書面であり,測定対象のワイヤがイ号物件であることを証明する内容のもの)には発行日が記載されていないから 「証明書」としての体裁をなしていない。 ,。 このような不十分な証拠に基づく原告の主張は,認められるべきではない内部応力測定の測定条件の不明瞭(イ)また,甲6報告書における応力測定方法は,以下に述べるとおり,具体的な測定条件が全く不明である。 a 「 原告の提唱する方法」とは何か不明甲6報告書の1頁「1.2評価条件」の1〜2行に 「腐食面を限定す ,る手法として鋼線の円周の半分をマスキングするジャパンファインスチール(株)が提唱する方法を利用致します」と記載されている。しかし 「原告の提唱する方法」とは何かについて,甲6報告書にも甲 ,第6号証の2にも具体的に記載されておらず,内容が不明である。 b算出式の根拠が不明甲6報告書の1頁「1.2評価条件」の6行以下に算出式(1)〜(3)が示されている。しかし,この算出式は本件明細書には開示されていない。加えて,(1)式は本件特許についての異議申立ての審理において削除された式とも大きく異なるし (3)式は本件特許の特許公報からは予測すらでき ,ない式である。c「外観の変化」の求め方が不明甲6報告書の2〜6頁には 「外観の変化 (曲率変化のこと)が図示 ,」されているが,それがどのように観察されたものか(例えば,ワイヤを所定の観測台の上に置いたか否か,観測台を用いたとしたらその材質はいかなるものか,重力の影響をいかにして排除したか等)が記載されていない。 また,甲6報告書の2〜6頁に記載されたワイヤ形状は,特にワイヤ曲率半径が小さいものにおいて,その曲率半径は一定ではなく,ワイヤ長さ方向のどの部分において曲率を測定するかによって得られる曲率半径の値は大きく変動すると認められるところ,甲6報告書にも甲第6号証の2にも,ワイヤの曲率半径の具体的な算出方法について何らの説明もされていないし,上記「曲率変化」を測定する上で,測定数値に大きな影響を与えると考えられるワイヤ長さについても,何らの記載もされていない。 d「ワイヤ断面形状」が不正確(不正確なエッチング)甲6報告書の7頁には 「2.2断面の変化」としてワイヤの断面顕微 ,鏡写真と思われる写真2枚が示されている。 そのうち,図6として示される「φ=0.16mmの断面変化」なる写真の断面形状は,写真から読み取れる範囲で,エッチング角度が160度未満,エッチング深さが13μm程度以下であると判断でき,なおかつ,エッチング深さは場所ごとで大きく異なっている。また,図7として示される「φ=0.14mmの断面変化」なる写真の断面形状は,エッチングされた側の半面の形状が半円ではなく,むしろ四角形(台形)に近い形状となっている。そして,図7においても,エッチング深さが部分によってまちまちとなっている。 甲6報告書における応力測定では,2種のφ=0.16mm及び3種のφ=0.14mmの,合わせて5種の鋼線について,それぞれn=3本の合計15本を測定試料としているが,断面形状を示す写真は図6及び図7の2枚のみであり,これら2枚の写真が,15本の試料いずれについての,また,どの部分の断面形状を示すものであるかは定かではない。 加えて,上記のとおり,上記2枚の写真が示す断面形状が,本件明細書の図3に示されるような,本来あるべきエッチング後の形状と大きくかけ離れていることから,同じ試料の他の部分の断面形状についても,また,別の試料の断面形状についても,これら2枚の写真のものと同じく本来あるべき形状から大きくかけ離れたものであると考えるのが自然である。少なくとも,他の部分が本件明細書の図3に示されるような形状に,正確にエッチングされたと思わせる根拠とすべき記載は全く存在していない。したがって,甲6報告書において内部応力値を測定するために行われたエッチングは,極めて不正確なものであったと断じざるを得ない。 e断面形状と応力算出式との関係甲6報告書において,内部応力を算出するための数式は,1頁に式(1)〜(3)として示されているものであり,乙7報告書に記載され)) , た式(23 (28 (27)とそれぞれ同じものと認められる。そしてこの乙7報告書に記載された応力算出式は,同報告書の図1及びこれに関連する記載から明らかなように,本件明細書の図3のように,ワイヤの半周が,きっちりと同じ深さでエッチングされた場合を想定して算出されたものである。他方,甲6報告書で示された測定対象試料のエッチング後の断面形状は,決して本件明細書の図3に示されているようなものではない。 層除去法によって内部応力値を算出するに当たっては,除去される層の形状と,層除去の前後における試料の全体形状の変化が明確に特定されていなければならず,応力算出式を導出した際に規定した断面形状が得られていない状態で単に所定の数値のみを代入したとしても,正しい内部応力値は算出できない。 fエッチング深さと応力算出式への代入数値との関係甲6報告書において,応力を算出する際に式(1)〜(3)に実際に代入されたデータは,甲6報告書の8頁に記載されたものであると考え, られる。そして,上記表中においてワイヤの直径を示すd ,d の値は01φ0.16mmのワイヤではd =0.16mm及びd =0.13mm 0 1. と,また,φ0.14mmのワイヤではd =0.14mm及びd =0 0 111mmと記載されている。これらの数値から,いずれの試料においても,エッチング深さを15μmとして応力数値が算出されたことが分かる。 しかし,上記dで主張したように,甲6報告書におけるエッチング後の断面形状から読み取れるエッチング深さは,15μmとは到底思えないものである。また,甲6報告書の8頁には,同じ径サイズの全ての試料に対して,同じd ,d の数値が示されており,しかもその数値は,01ワイヤの公称値をd とし,理想のエッチングが行われた場合に得られる 0エッチング後の直径をd とするものである。 1これらを総合して考えると,甲6報告書における内部応力値の算出に当たっては,エッチング前後のワイヤの直径を実測してd ,d の値を01求めたのではなく,エッチングの結果に関わりなく規定の数値を数式に代入したものであると考えるのが妥当であり,少なくとも,図6及び図7に示された断面形状と整合するような条件を代入して,内部応力の値を求めたと認めることはできない。 g甲6報告書における内部応力値以上のとおり,甲6報告書における内部応力測定は,その内容から明らかな部分に限って検討しても,応力算出式を導き出す前提となったワイヤの断面形状と,実際にエッチングを行った後に得られたワイヤの断面形状とが大きく乖離しており,また,甲6報告書の8頁で示された残留応力分布には大きなばらつきがあり,その原因がワイヤ自体がもっている残留応力分布のばらつきなどではなく,測定方法の不正確さによって生じる測定誤差であると考えることが妥当である。 , したがって,甲6報告書は,その8頁に示された内部応力値をもって甲6報告書における測定対象製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて議論することができるだけの正確性を有しているとはいえない。 ウ甲7報告書についてエッチング深さについて(ア)測定対象試料が本件発明の技術的範囲に属するかを議論する際の内部応力値算出実験を行うに当たっては,本件明細書の記載からエッチング深さの上限が15μmであることが条件となる。 ところが,甲7報告書の8頁に記載された,甲7報告書で測定対象とされたイ号物件24本の試料のうち,エッチング深さが15.0μm以下のものは,7試料のみである。したがって,エッチングの深さが15μmを超えている17本の試料,及び,これらの試料により導き出された内部応力数値は,測定対象のワイヤが本件発明の技術的範囲に属するか否かの議論における検討対象にすることができない。 エッチング角度について(イ)a 本件明細書の「ワイヤの片面を所定厚さにエッチングして除去(図3参照(段落【0007 )との記載,また,出願時に記載ミスをしたため )」】に削除したと原告が主張する応力算出式【数1】における断面形状の規定から,本件発明における内部応力数値算出に当たってのエッチング角度条件が,180°として想定されていることは明白である。 他方,甲7報告書は 「エッチング角度を考慮した,残留応力の算出」 ,をその作成目的とする(1頁5行)ものである。そして,この目的を果たすために敢えて様々なエッチング角度となるようにエッチング条件の制御を行ったためか,甲7報告書の測定結果として示されるエッチング角度は,109°〜250°と大きくばらついている(8頁 。)このような,本件発明が本来想定していた応力数値算出条件とは明らかに異なるエッチング角度でのエッチングが行われた甲7報告書の測定結果を使用して,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属すると主張することは,本来できないはずである。 bそれにもかかわらず,原告は,本件訴訟の証拠として甲7報告書を採, 用するに当たって,甲7報告書の6頁〜7頁にわたって記載されている腐食角度を考慮する場合の算出式(4)〜(7)で補正されたとする内部応力数値を,イ号物件の内部応力値と判断しているようである(別表2の「角度を考慮した残留応力」欄参照 。)ここで,甲7報告書の算出式(4)〜(7)自体が本当に正しい式であるか否かはともかく,これらの式は,甲7報告書の7頁に記載された断面形状を前提として算出されたことが明らかであるところ,甲7報告書の9頁〜12頁に示された実際のエッチング後の断面形状は,甲7報告書の7頁に図示された断面形状と明らかに異なり,エッチングによる層除去部分の両端部に理想の形状でエッチングされなかったために生じる三角形の「エッチング残り部分」が存在している。すなわち,このエッチング残り部分は,上記角度補正式なるものにおいて考慮されていない誤差要因である。この「エッチング残り部分」の大きさは,エッチング角度との関連性が薄く,エッチング深さに対応してほぼ一定量出現するものである。このため,この応力値算出式に反映されていない「エッチング残り部分」が,エッチング角度が小さくなるほどより大きな誤差要因として無視できないものとなることが考えられる。そして,この「エッチング残り部分」が,算出される内部応力数値に影響を与えることが,原告の提出した山口大学生の卒業論文「ワイヤーソー内部の除去法による残留応力分布測定 (甲20)において指摘されている(54 」頁 。したがって,甲7報告書における「角度を考慮した残留応力」欄の )内部応力数値データは,エッチング角度に依存してその影響度合いが変化する誤差要因を包含しているものである。 cなお,原告は,中立軸近傍のワイヤ断面形状の誤差が,中立軸と垂直な方向部分での形状の誤差と比較して,応力算出結果に与える影響が小さいと主張している。しかし,かかる誤差が内部応力数値という測定結果に,具体的にどの程度の影響を与えるかが明確にされておらず,また,エッチング角度が180°から大きく隔たっている甲7報告書のデータにおいては,ワイヤ断面形状の誤差部分が中立軸近傍に位置していないことも明白である。したがって,これらそれぞれ異なる程度の誤差を包含することが明らかなデータを用いて,しかも,単純にその平均値を取る形で算出された値を,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かという議論に用いることは不適切である。 d以上のとおり,甲7報告書の8頁に記載された内部応力値測定データは,本件発明が想定している180°でのエッチングが行われていない点で,また,本件明細書に示唆すらもされていないエッチング角度の補正を行うという概念を適用している上,その補正式すらもエッチング角度によって影響度合いが変化する誤差要因を包含している点で,本件発明の技術的範囲を議論する上で適切な資料とはいえないものである。 ワイヤの断面形状の確認について(ウ)a甲7報告書では,全部で24本のワイヤについて,その内部応力値を測定し,図-1〜図-4(9頁〜12頁)として,エッチング前後のワイヤの外観形状の変化と,それぞれのワイヤの断面顕微鏡写真が示されている。 しかし,図-1〜図-4に示されているワイヤの顕微鏡写真は,それぞれのワイヤについて,その撮影場所が示されていない「1つのみ」である。他方,甲7報告書におけるマスキング方法については,甲7報告書には明示されていないものの 「鋼線の半分をマスキングするジャパン ,ファインスチール(株)が提唱する方法を利用します(6頁2〜3。」行)との記載からすると,甲第28号証(DVD)に示されたような方法,すなわち,作業者が片手でワイヤを保持しながらマニキュア容器に付属の刷毛を使ってマニキュア塗布角度やマニキュアの塗布状態を目視によって観測しながら塗布する,という方法を用いていると考えるのが妥当であると思われる。 しかし,ワイヤの全長にわたって,その半周に過不足なく手作業でマニキュアを塗布することは,仮に作業者が相当程度熟練していたとしても,極めて困難な作業である。 bこのように,ワイヤ全長にわたって所定の角度でのマニキュア塗布を行うことが容易ではないと判明している状況において,より正確な内部応力値を算出するためには,正しくエッチングが行われたか否かの判断を,ワイヤの長さ方向に対するより多くの部分で実際の断面形状を確認して,測定試料を選別する以外に方法はない。にもかかわらず,わずか1か所の断面写真から,そのワイヤの断面形状が,全長にわたって同じであると推定して内部応力値を算出している甲7報告書に記載のデータは,測定対象のワイヤが本件発明の技術的範囲に属するか否かの議論を行うに足る正確性を有していないことは明白である。 甲7報告書における内部応力値(エ)a以上のとおり,甲7報告書における内部応力測定では,エッチング深さとエッチング角度の条件が,本件発明の技術的範囲を議論する上で適切なものではなく,以上のような問題のある甲7報告書に記載された応力測定数値をもって,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するとすることはできない。 bなお,甲7報告書の8頁に記載されているデータで,エッチング深さが15.0μm以下という条件を満たすもののうち,算出された内部応力値(ここでは,原告の主張する「角度を考慮した残留応力」欄の数値で検討する )が本件数値に該当するのは 「φ0.16mmDT20 。 ,0301001」の硝酸濃度15%の?@(内部応力数値は「34.7kg/mm,及び 「φ0.14mmDT200301003」の硝酸2」),濃度15%の?@(内部応力数値は「40.0kg/mm)の2種類のみ2」である。しかし,これら2種類のデータについても,エッチング角度がそれぞれ211°と208°であり,本来のエッチング角度である180°から30°前後も大きくかけ離れている。このため,いずれにしても,甲7報告書には,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属することを示す有効なデータは存在しない。 エ甲6・7報告書の有効性について甲6報告書と甲7報告書は同じワイヤを対象とした測定結果であるが,甲6報告書での上記測定日(2003年2月3日)と甲7報告書の作成日(2005年9月28日)には,2年半以上の間隔がある。 イ号物件たるソーワイヤはブラスメッキを施しただけの鋼線であるから,極めてさびやすいという特質を持っているため,イ号物件を顧客に販売する際には,それぞれのワイヤをリールごと厳重にパッキングして,外気と触れないようにしている。甲7報告書での測定に当たって,イ号物件は甲6報告書の測定を行った東京農工大から直接送付されたものである(1頁13行)が,東京農工大でかかる製品の錆を防止するような保管がされていたのかは不明であり,また,一旦開封したワイヤを2年半後に再度測定した場合に,ワイヤにさびが生じていた可能性はかなり高いと考えられる。 したがって,かかる状態で測定されたデータが,イ号物件としての正しい内部応力値を呈しているか疑問である。 3甲第28号証(DVD)について( )ア甲第28号証で示されている応力測定方法の位置づけについて甲第28号証は,原告がいかなる主張をするためにかかる証拠を提出したか不明であるが,そこに示された内部応力測定方法は,簡易であるが,以下に詳述するとおり極めて不正確なものである。したがって,少なくとも,測定対象のワイヤが本件発明の技術的範囲に属するか否かを議論するに値するレベルのデータが得られるような測定方法ではない。 イ具体的な測定手順原告が,本件特許についての無効審判手続の中で平成19年1月22日付け上申書(乙17)と共に提出した文献7「内部応力測定手順 (乙18)な 」る出所不明の資料が存在するが,これについて原告は,上記上申書(乙17)において「内部応力を測定する方法の一例を説明するもの (3頁下から 」10行目)との説明しかしていない。しかし,乙第18号証に記載された応力値測定手順は,甲第28号証におけるナレーションや,テロップで示される作業工程の内容とその一連の工程に付された番号までが一致しており,多くの作業ステップにおいて共通点を有することなどからして,乙第18号証は,原告社内における内部応力測定手順を示す基準書,もしくはそれに準じる位置づけにある書面であると解され,甲第28号証はこの乙第18号証の手順に添って作業手順を映像化したとものと考えることができる。 このため,以下では,乙第18号証をも参照して,甲第28号証の内容についての被告の見解を述べる。なお,乙第18号証は,甲7報告書の測定試料等の多くの条件が一致していることから,甲7報告書の測定を依頼する際に,原告から早稲田大学B教授に対して,これに基づいて甲7報告書が作成された可能性が高い。 ウマニキュアの塗布作業について甲第28号証は,ワイヤへのマニキュア塗布作業を説明するに当たり,(ア)「乾燥させたワイヤの下反面にマニキュアを塗ります」と述べているだけであり,また,画面に表示されるテロップも「5.ワイヤの下反面(範囲:150°〜250°)にマニキュアを塗る」とされているだけで,具体的にどのようにマニキュアを塗るかの文章若しくは音声での説明はない。 しかし,ビデオに撮影されているその具体的マニキュア塗布方法は,ワイヤ端部の折り曲げ部分を上に向けた状態,すなわちワイヤが下に凸となって湾曲している状態で,折り曲げ部分を左手で保持し,マニキュア瓶の蓋に付属している刷毛の側面を使って,ワイヤの湾曲部分内側にワイヤの上側から,ワイヤをなぞるように1回だけ塗布するものであることが認められる。 ここで,甲第28号証に示されたようにマニキュアをワイヤの上側から塗ると,マニキュアが乾くまでの間に「垂れ」が生じ,しかもこの「垂れ」はマニキュアの粘度,刷毛に付いているマニキュアの量などによって常に変化する。このため,甲第28号証に示される方法では,乾燥後のマニキュア塗布部分の端部,すなわち,マニキュア塗布部分と塗布していない部分との境界線を,ワイヤ長さ方向に対して曲がることなく,しかもその状態がワイヤ全長にわたってきっちりと直線状に形成することはほとんど不可能であると考えられる。 また,一度しかマニキュアを塗布しない場合,マニキュア塗布側にマニキュアが塗布されていない「塗り残し部分」が生じやすくなる。特に,ワイヤの上からマニキュアを塗布する甲第28号証の方法によれば,ワイヤの上側が稜線のようになっている状態でマニキュアを塗布するものであるから,マニキュアが乾燥する間により低い両側面方向に流れ,ワイヤの最も上側の部分のマニキュアが薄くなることは極めて容易に想像できる。 このようにしてワイヤの最も上側の部分に,マニキュアが塗布できていなかったり十分な厚さ形成されていなかったりすると,この部分がエッチングされてしまうが,このワイヤの最も上側の部分は,エッチングによる層除去部分のちょうど反対側の中央部分に当たる。このように,層除去部分のちょうど反対側が少しでもエッチングにより削られてしまうと,ワイヤに対して,本来の層除去部分の変形とは逆向きに変形するような応力が加わるため,ワイヤの曲率半径変化に与える影響が極めて大きく,ワイヤの曲率半径の変化から層除去部分の内部応力値を正確に算出することがほとんど不可能となる。 また,甲第28号証の方法では,ワイヤに対してDVD画面での奥側からのみマニキュアを塗布しているが,このように塗布する場合,塗布する側とは反対側のDVD画面での手前側のワイヤ側面には,奥側のワイヤ側面よりもマニキュアが塗布されにくい。特に,甲第28号証の方法では,ワイヤを左手で保持しているのみなのでワイヤが自由に動き,刷毛をワイ, ヤに押しつけるようにしてもワイヤが下側にしなるように逃げてしまってワイヤの上手前側半面に十分にマニキュアを塗布できないことが容易に想像できる。さらに,ワイヤのしなり具合は,刷毛を押しつける力に応じて変動するため,マニキュア塗布部分の境界線を直線に保つことがより困難となることも明白である。 甲第28号証の画面では,マニキュアの塗布角度が「範囲:150°〜(イ), 250°」と表示されている。乙第18号証には,このような表現はなく, 「範囲:150°〜250°」が何を意味しているのか不明である。特に甲第28号証では,エッチング後の工程として 「12,180°エッチン ,グされているか顕微鏡で確認する 」とする工程があり,また 「13,6 。 ,でコピーした紙にエッチングしたワイヤを貼付けコピーする 」とされる工 。 程で 「約180°にエッチングされていたワイヤは,最初にコピーした紙 ,に再度ワイヤを貼り付けます 」と解説されているとおり,そこで示される 。 内部応力測定手順においては,測定対象とするワイヤを「180°エッチングされたもの」と把握していることは明白であり,このように,本来的に180°のエッチングを企図しているのであれば 「範囲」は,当然18 ,0°であるべきである。 一方で 「範囲:150°〜250°」という表現が,マニキュアの塗布 ,範囲が150°〜250°の任意のものでよいということを示しているのであれば,このような広い作業目標範囲とする表現には極めて大きな問題が含まれている。既に何度か指摘しているように,本件の応力値算出方法では,ワイヤ線径がφ0.06mm〜φ0.32mmという,極細線の片側半面にマニキュアを塗布するという作業自体が人手に頼らざるを得ず,いかに正確なマスキングを行うことができるかという作業条件(塗布手, 法)に,測定結果である内部応力値の精度が大きく影響される。すなわちこのような測定方法を用いて内部応力値を測定するに当たっては,作業者が,その測定対象である内部応力値にいかなる正確性が求められているかを正しく認識し,その測定精度が得られるだけの正確性を持ってマスキングを行うという意識を持つか否かが,作業の精度とその作業の結果得られるデータの精度に強い影響を与えるのである。しかし,本来,このような作業者の意識が測定精度に極めて大きな影響を与えることなどがあってはならない。たとえば,JIS等の規格として定められている各種の測定方法は,その測定を行うための用具や具体的な測定条件が厳密に定められており,初めてその測定方法を採用する場合でも,正確な測定結果が得られるように,十分な担保がされているが,上記応力値測定方法は,そのような厳格な測定条件が定められていない。このため,結局は,被告が依頼した第三者鑑定(乙16報告書)で行ったように,その測定結果数値が重大な影響を及ぼすものであるとの認識のもと,より正確な内部応力数値を求めることができるように意識して作業したか否かが,測定データの信頼性を左右するのである。 したがって 「範囲:150°〜250°」という記載が,マニキュア塗 ,布の目標値であるならば,作業者はその範囲の塗布であれば十分であると認識し,正確にワイヤの半面にマニキュアを塗布しようなどとはせず,このような意識のもとで,手作業により塗布されたマニキュアは,当然なが。 らワイヤ長さ方向の各部分で塗布角度がばらついていることが想定できる, そして,後述する外周からの検査や,一断面のみの断面形状の確認という厳密さを欠くエッチング精度の検証の結果から,たまたま確認した断面のエッチングが180°になっていたと確認できたとしても,ワイヤ全長にわたって正確な応力値を算出できるだけのマスキング精度が得られていたとすることはできない。 このように,甲第28号証に示された方法は,エッチング部分を規定する上で最も重要であり,正確な作業が要求されるマニキュアの塗布において,いくら作業者が熟練しているとしても,正確な内部応力数値を特定しうるだけの正確性を持って塗布できるとは到底理解できないものであり,本件発明の技術的範囲の議論を行うような,絶対的な応力数値を測定するに足りるレベルにはないことが明白である。 上記観点から,乙16報告書においては,ワイヤをフリーサークル形状(ウ)を保ったままなるべく動かないように固定し,マニキュアの垂れを考慮し。 て塗布面を下側にして,塗布部分を拡大しながら塗布を行ったものであるなお,マニキュアがたくさん塗られすぎていることは,ことエッチングに関しては問題がない。もっとも,マニキュアを分厚く塗布された状態では,硬化したマニキュア自体が有する強度によりワイヤの応力分布が自然状態と異なること,さらに,ワイヤの曲率半径を測定する際に,マニキュアと測定台との摩擦が大きくなって自然な曲率半径が測定できなくなるという懸念が生じるが,これらの問題点は,乙16報告書で行っているように,マニキュアが塗布されていない状態でワイヤの曲率半径を測定することにより,容易に解決できる。 エワイヤ曲率半径の測定作業について甲第28号証に示されたワイヤの応力測定方法では,ワイヤにマニキュアが塗布された状態でこれを測定するとし,しかも,ワイヤをテープで用紙に貼り付けてコピーを取っている(乙184-1.内部応力測定手順?D?Eおよび?L?N 。また,コピーしたワイヤ形状から実際の曲率半径を求める(同 )?O)に際し,定規を用いた手作業で曲率半径算出のために必要なアークハイト数値を得ている。これらの全てのステップに,ワイヤ曲率半径の測定を正確に行い得ない要因を有している。 マニキュアが塗布された状態での曲率半径の測定(ア), a甲第28号証によれば,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定をいずれもマニキュアが塗布された状態で行っている。しかし,マニキュアはエナメル樹脂の粘性溶剤であり,特に乾燥した後には所定の硬さを有するものであるから,マニキュア塗布後のワイヤは,その半周部分に所定硬度の膜が形成されているものと考えることができる。このようなマニキュアによる膜が,ワイヤの応力分布に影響を与え,ワイヤの曲率半径を変化させることが十分に考えられる。しかも,マニキュアがワイヤに対して及ぼす応力は,塗布されたマニキュアの量や粘度などによって変動するものである。 このように,塗布されたマニキュアがワイヤの曲率半径に与える影響が,不明確かつ不均一であることから,ワイヤの曲率半径の測定をマニキュアが塗布された状態で行うという甲第28号証の方法は,その測定の都度変化する誤差要因を包含している再現性のない方法であるといわざるを得ない。 bさらに,甲第28号証の方法では,半周部分にマニキュア塗布されたワイヤを,コピー用紙の上に載置して,これをテープで留めてその形状をコピーするとしている。 しかし,マニキュアが片面に塗布された状態のワイヤをコピー用紙のような微視的に見て表面が決して平坦とは言えないものの上に載置すると,マニキュアとコピー用紙との間に摩擦力が生じて,ワイヤが自然状態で放置されたことにならない。特に,マニキュアを刷毛で手作業により塗布するのであるから,乾燥した後のマニキュア表面には凹凸が生じており,この凹凸がコピー用紙に引っかかるような状態となり易く,ワイヤの変形が正しく把握できないことは明らかである。 また,エッチング後のエッチング液を水洗いして乾燥させた状態のワ, イヤでは,マニキュア塗布部分と塗布されていない部分との境界部分でワイヤがエッチングによって削られて段差状態となっているため,マニキュアが浮きやすくなり,場合によっては膜のまま剥がれるような現象が生じやすくなる(乙16 。このように,マニキュアが剥がれた状態, )もしくは完全に剥がれなくてもワイヤから少し浮いた状態となると,上記したマニキュア膜がワイヤの内部応力に与える影響がさらに変動するとともに,剥がれかけたマニキュア膜がコピー用紙とこすれたり,引っかかったりすることで,自然状態の曲率半径を描かなくなるという課題もより顕著に表れることになる。 以上のように,マニキュアが塗布された状態でワイヤの曲率半径を測定することは,その測定精度を低下させるものである。 c以上の点を考慮して,乙16報告書によるワイヤの曲率半径の測定では,ワイヤの湾曲形状をマニキュアを塗布する前及びマニキュア除去後に行っている。もちろん,ワイヤの形状に変化が生じないよう,マニキュアの除去は,除去液に浸漬して放置するという手法を用いており,甲第28号証に示されたように除去液を浸したペーパーでこすり取る類のものではない。 ワイヤをテープで紙に貼ってコピーすることについて(イ)a甲第28号証の方法では,ワイヤの曲率半径を算出するための試料作成手順として,ワイヤをテープで紙に貼ることが行われている。 しかし,ワイヤは,必ずしも一方向にのみ湾曲しているとは限らず,ねじれを持った状態であることもある。このようなねじれた状態のワイヤをテープで紙に貼り付けるということは,ワイヤに外力を加えてワイヤ自身が有する自然状態の曲率半径とは異なった状態を強制していることが明らかである。したがって,このような測定方法では,エッチング, されて所定の厚さの層が除去されたことのみによるワイヤ形状の変化をその曲率半径の変化として正確に測定しなくてはならない応力値測定方法としては,極めて不適切な方法である。 , b以上の点を勘案し,乙16報告書では,ワイヤを自然状態で放置して垂直上方からデジタルカメラにて撮影するという方法を採用した。この方法であれば,ワイヤに触れることなくワイヤの曲率半径を把握することができるので,事実上不可避の重力以外にはワイヤを測定台に押さえつけるような無理な力が作用することはない。このため,自然状態のワイヤの曲率半径が測定できる。 また,ワイヤをデジタルカメラで撮影する際には,表面の摩擦の少なさを考慮して,テフロンボードで測定台を作成して,これにワイヤを載置することとした。さらに,ワイヤを測定台に載せた後,軽く揺すって,ワイヤがより自然な状態で観測できるような配慮をしている。 ワイヤの曲率半径の値を定規で測定していることについて(ウ)a甲第28号証に示される測定方法では,コピーして得られたエッチング前のワイヤ形状と,エッチング後のワイヤ形状に対して,アークハイトを求めてその曲率半径を算出している(乙184-1.内部応力測定方法手順?O 。)上記測定方法は,測定方法における簡易さを印象づけるためか,弦の長さ(乙18におけるb 及びb )を求めるのに定規を用い,しかも,そ0 1の弦の長さを「任意」に定めるという不正確なものである。また,この弦の垂直二等分線と円弧との交点と弦の中点との距離(乙18におけるa 及びa )を求めるに際しても,a 及びa を,定規を当てて図って0 1 0 1いることはもちろん,弦の垂直二等分線の引き方に至っては,正確な垂直二等分線を引くことができる数学的な方法や各種の用具を用いるのではなく,単に定規の両側メモリを鉛筆で引いた弦にあてがって,作業者の目分量で垂直を定めている。 このように,アークハイトを求めるための弦の長さや,弦から引かれた垂直二等分線と円弧との交点との高さを定規で測るという方法では,人間の目で目盛りを読む以上,0.5mm程度の誤差は十分に生じ得るものと想定でき,エッチング前のフリーサークル径の測定における円弧と直線との交点を求めたり,垂直二等分線を引く場合に,目分量では得られた数値の正確性は乏しく,ワイヤの曲率半径の数値として十分なものが期待できない。 以上から,甲第28号証の方法は,得られたワイヤの外観形状から,ワイヤの曲率半径を算出する部分に関しても,誤差変動要因を数多く含む極めて不正確なものである。 b以上の点を勘案して,乙16報告書では,デジタルカメラでの撮影によって得られたワイヤ形状データに対し,コンピュータソフトを用いてその座標点を把握し,座標点を用いた計算によってワイヤの曲率半径を求めている。このような方法であれば,人為的な誤差が生じ得るとすれば,ワイヤ形状を示す画像データ上に測定対象とする点の座標を定める, ためのポインタをどのように合わせるのかという点のみである。そしてこの問題は,ワイヤの画像データの拡大率を適切にして,全てのデータ。 について同じ条件で座標点を定めるようにすることで容易に解消できるオエッチング後のワイヤ断面形状確認甲第28号証に示される方法では,エッチング後のワイヤが,180°(ア)エッチングされたかどうかを,顕微鏡で確認するとしている(乙184-1.内部応力測定方法手順?K 。)しかし,この?Kとして示されている測定手順では,ワイヤをその周囲から監視するのみであるから,側面から180°離れた2つのエッチング境界面を同時に見ることはできないし,エッチングされた側から観察したとしても,所定の厚さのあるエッチング境界部分がワイヤの中心に対する見込み角として正確に180°であるか否かを判別することはできない上,前記のとおりこれをマニキュアが塗布された状態で行っているため,エッチングが正確に180°行われたかを判断する上で適した方法ではない。 また,ワイヤの表面状態をより詳細に確認しようとすれば,顕微鏡での拡大倍率を高くしなくてはならないが,顕微鏡の倍率が高くなれば,逆に一度に確認できる長さ方向の範囲が狭くなるというジレンマが生じる。 マニキュア塗布状態の確認は,120〜130mmのワイヤの全長に対して行なわなくてはならず,これを1mmずつ行うというのであれば,それは極めて根気のいる作業であり,見落としなどの人為的ミスが生じる余地が高い。 さらに,一度に確認できる範囲が,ワイヤ長さ方向における一部分に限られているのであるから,エッチングの方向とワイヤの長さ方向とのねじれといった,広い範囲を確認して初めて分かるような,エッチングの不正。 確さについては,なかなか判断できないであろうことが容易に理解できる顕微鏡内におけるエッチング精度の確認について(イ)a甲第28号証には,その最終段階で,マニキュアを除去したワイヤの断面を顕微鏡で撮影し,エッチング前の直径d の円周と,エッチング後0の直径d の円周とを書き入れ,円の中心を確認し,エッチング角度を測 1定することが示されている(乙184-2エッチング後の断面形状の測定手順欄 。)甲第28号証では,ワイヤのどの部分の断面を何か所確認するかの説明はないが,同号証から確認できる限りにおいては,ワイヤ長さ方向の中央部分1か所のみを確認するようである。さらに,ワイヤの断面形状として 「エッチングの角度を確認します 」とだけ説明されていて,そ , 。 れがどの程度であれば,正確なエッチングがなされたと判断されるかの判断基準についての説明はない。 前記のとおり,甲第28号証に示された方法では,エッチングのマスキングとなるマニキュアの塗布を,手作業でしかも無造作に行うものであり,その塗布範囲として150°〜250°と規定されているから,マニキュアの塗布状態のばらつきはかなり大きいことが予想される。そして,エッチング角度の他の確認としては,外周面からの確認しか行われない。このため,顕微鏡でワイヤの断面写真を撮影して,エッチングがどのように行われているかを確認する本ステップこそが,甲第28号証に示されるエッチングによる層除去がどの程度正確なものであるかを確認し得る唯一の手段なのである。その手段が甲第28号証に示されるようなたった1か所の断面写真の測定であるということは,同号証の手順に基づいて行われた内部応力測定では,測定対象のワイヤの正確な内部応力値を得ることができないことの有力な証拠である。 bこれに対し,乙16報告書では,ワイヤの中央部分と両端近傍部分の3か所の断面を実際に確認し,?@エッチング角度がほぼ180°であると視認されること,?Aマスキング部分には著しいワイヤの欠けが生じていないこと,という2つの判断基準に基づいて選別した試料に基づいて内部応力値を算出するようにしている。 カエッチング条件について甲第28号証に示される方法では,エッチング条件は「9,ホットス(ア)ターラで5%硝酸水溶液を80±2℃に熱しエッチングする 」とされ,エ 。 ッチング時間は 「ストップウォッチで測定します 」とだけ述べられてい , 。 るが,乙第18号証から,15μmの深さを得る場合は約13秒とされ(2頁表1 ,甲第28号証でも約13秒でエッチング作業を終えている。 )しかし,エッチング温度を高くすると当然エッチング速度が速くなり,その結果,エッチング時間の誤差がエッチング深さの大きな誤差として現れやすくなる。乙第18号証の「4-1.内部応力測定手順?K」にも記載されているように,エッチング槽として使用されているビーカーから引き上げても,水洗いするまではエッチングが進行するから,エッチング速度を上げすぎることがそのままエッチング条件の不均一さに繋がることは自明である。したがって,正確な深さでのエッチングを行いたいのであれば,エッチング温度はむしろ下げるはずであり,わざわざホットスターラを使って温度を80℃という高温に設定するというエッチング手法は,エッチング深さの正確性よりも,エッチング時間の短縮という効率を優先した結果導き出されたものと考えられる。 また,甲第28号証によれば,このエッチング時間の制御は,片方の手で保持したワイヤをビーカーの中のエッチング液に浸漬させた作業員自らが,もう片方の手でストップウォッチを持って確認することで行われているが,これでは,ワイヤがしっかりとエッチング液につかっているかの監視と,エッチング時間の監視とを同時に行わなくてはならず,いずれかがおろそかになったとしても何ら不思議ではない。 また,甲第28号証には,エッチング後の水洗の後に,3本のワイヤを作業台上に広げる状況が映されているが,ここから3本のワイヤを同時に重ねて保持してエッチングを行っていることがわかる。特に,ワイヤを1本1本にほぐす状況からは,3本のワイヤが密着してエッチングされていることが窺え,エッチング液につかっている状態で3本のワイヤの全周がしっかりとエッチング液と接しているのか疑問である。また,エッチング自体をワイヤの大きさに対してそれほど余裕のない大きさのビーカーで行っていることに加え,ワイヤを重ねて持つことでワイヤ同士がこすれ,塗布されていたマニキュアが剥がれて不所望なエッチングが行われる可能性も捨てきれない。 このように,甲第28号証に示される方法は測定結果を不正確にする要因を多数含んでいる。 これに対し,乙16報告書では,エッチング条件としてはエッチング時(イ)間が60秒となるように設定して,エッチング液から引き出すタイミングのずれによるエッチング深さのばらつきを最小限に抑えようとしている。 また,ワイヤは平皿に入れたエッチング液内に,ピンセットを使って完全につかるようにし,エッチング時間を確認する作業員がエッチング時間終了の合図を別の作業員に与え,その作業員が直ちにエッチング液内からワイヤを引き上げ水洗するという手順を踏んでいる。 キワイヤ直径(d ,d )の測定方法01甲第28号証に示される方法では,エッチング前後のワイヤの直径を, (ア)デジタルパッサメータで測定している。 デジタルパッサメータの原理は,ノギスやマイクロメータと同様,測定子が測定対象物に直接当たって測定子の間隔を把握することで測定対象物の厚さとするというものである。このような,測定子が直接測定対象物に押しつけられてその厚みを測る方法で得られた数値では,測定子を当てる強さによって測定誤差が生じるものであることは,当業者の常識である。 この点,甲第28号証でも,エッチング前には,デジタルパッサメータ内でワイヤを回転させ,必要以上に測定子が押さえつけられていないか確認をしているものの,エッチング後のワイヤ直径(d )の測定の際は,ワ1イヤの半面がエッチングされているために測定子に挟まれた状態でワイヤを回すことができないため,単にワイヤを一方向から挟むだけで,その数値をそのままエッチング後のワイヤ直径としている。このような測定方法で,エッチング液に浸されて最表面が脆くなっているワイヤの直径を正確に測定できているのか不明である。 また,デジタルパッサメータの品番等が不明であるため詳細はわからないが,通常測定結果として表示される数値(分解能)と,それぞれの数値が有する精度(指示精度)とは異なるため,デジタルパッサメータで読み取った数値を測定結果としてどのように取り扱うか,すなわち,表示された数値のどこまでを有効な数字として用いるかが問題であるところ,甲第28号証では,この点について何らの説明も行っていない。 これに対し乙16報告書では,このような測定子を直接ワイヤに押し当(イ)てて測定する方法ではなく,ワイヤの断面形状を拡大した状態で拡大鏡内のスケールで測定するという方法を採用している。 ク小括以上具体的に指摘したように,甲第28号証に示される方法は,確かに簡便な方法ではあるものの,正確な層除去が行われているかという点及び層除去前後の形状変化を正確に把握できているかという点で,その結果得られた内部応力数値を「kg/mm で表現される絶対的な応力値」として把握でき2る程度の正確性を持っているとはいい難いものである。 4 本件公正証書等に関する当事者の主張【原告の主張】1はじめに( )イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するものであることは,甲6・7報告, 書及び他の関係各証拠により十分な証明がなされている。これに対し,被告は上記各報告書に示された測定結果は数値にばらつきがあることから信頼性を欠くと主張し,また,両報告書における測定対象の対応関係が不明瞭であるという問題があった。これらの問題のうち,両報告書における測定対象の対応関係については如何ともしがたいが,数値のばらつきに関しては,測定結果にばらつきがあったとしても,測定を繰り返すことにより精度を確保することができる。そこで,原告は,より多くの測定を繰り返すことによって信頼性の高い実験データを得ることを目的として,新たにイ号物件の内部応力の測定を行う本件追加実験をした。 その際に作業の中核をなす層除去作業については,公証人の立会いの下で実施し,その過程を事実実験公正証書(甲31)とすることによって客観性を確保した。測定の対象となるワイヤについては,本来原告が確保したイ号物件の全部とすることが理想ではあるが,大量の試料について層除去作業を実施するには長時間を要し,公証人の立会いの下で行うことになじまないため,今回の層除去作業に際しては,原告が確保していたイ号物件のうち直径0.16mmのもの1本及び同0.14mmのもの1本のみを測定の対象として予備的に層除去を実施し,その後,これら2つのワイヤのうちエッチングの状態が良好であった直径0.16mmのもののみを対象としてさらに多数本のワイヤ片について層除去作業を行い,より多くのデータを得ることを目指した。 このような観点から実施した層除去作業の経緯及び結果は,原告の作成にかかる甲32報告書に示されたとおりである。 上記層除去作業によって得られた資料に基づいてイ号物件の内部応力を測定した結果,イ号物件の内部応力値は,38.3kg/mm であると認められ,2本件数値の範囲内にあることが改めて明らかになった。よって,イ号物件は,本件発明の技術的範囲に属すると認められる。 なお,被告は,本件口頭弁論期日において,長期間保存したワイヤは錆などの影響から内部応力値の正確な測定に適しない旨の指摘をしたが,本件公正証書によって認められるとおり実験試料となったワイヤに錆は生じていない。 また,少なくとも,通常の室温下で数年程度の時間の経過によって内部応力に変化を生じるような金属原子の動きは生じないから,経年変化によって内部応力に変動を生じたと考える余地はなく,甲32報告書の測定値は,イ号物件の内部応力値を適切に反映したものであると認められる。 よって,被告の上記指摘は本件にあてはまらない。 2被告の主張(1)(実験結果に基づく原告主張が不適切であること)について( )ア同ア(本件追加実験前の原告の主張の変遷)について被告の主張中,原告が技術的範囲論について十分な説明をしていないこと並びにこれと同趣旨の主張及び原告が平成19年10月12日に鑑定を申し出たとの事実は否認し又は争い,その余は認める。 イ同イ(本件追加実験に基づく主張)について被告は 「本件追加実験においては,本件数値の範囲に属する結果が得られ ,たということを示すものでしかなく」と述べるところ,これが立証命題であるから,原告の主張立証活動としては十分である。よって,被告の主張に理由はない。 ウ同ウ(時機に後れた主張)についてここで被告が主張する事実は原告の証拠の証明力にかかるものであって,時機に後れた攻撃防御方法の却下の要件に触れるものではないから,主張自体失当である。 エ同エ(原告の不誠実な訴訟態度)について原告が認識している鑑定をめぐる経緯は以下のとおりである。 原告が鑑定の申出を計画し,期日においてその意向を表明したところ,被告は不必要との意見を述べ,裁判所は,原告に対し,技術的範囲論についての追加的立証活動を行うことは認めるものの,鑑定以外の方法も検討することを命じた。原告は,上記訴訟指揮に対する釈明として,私的鑑定の過程を事実実験公正証書とすることにより,書証にて侵害の事実を立証する方針を採用することを明らかにし,これを実行した。その実験経過は甲32報告書に克明に記載されたとおりである。 被告の主張にかかる事実のうち上述の事実に反する部分は否認し,原告の訴訟追行が不公正であるとの評価は争う。 オ同オ(小括)について法律上の根拠がなく,失当である。 3被告の主張(2)(本件追加実験の内容の不備)について( )ア同ア(本件追加実験の不透明性)について原告は,本件訴訟提起前にも,被告に対し,数次にわたって双方当事者共同で第三者鑑定を行い,本紛争の合理的解決を図ることを提案したが,被告はこれを拒絶してきたため,原告は,やむを得ず本件訴訟を提起するに至った。また,被告は,裁判所による鑑定にも不相当であるとの意見を述べた。 さらに,被告の批判は抽象的な可能性を述べているだけであって,具体的事実に基づく問題を指摘するものではない。 したがって,被告の主張には理由がなく,または,禁反言又は信義則に反する。 なお,原告自らが実験を行ったのは,限られた時間で大量の処理を行うには,層除去法の実施に手馴れた原告従業員がこれにあたるのが最も効率的であるからである。 イ同イ(応力算出作業の不透明性)について内部応力の算出過程は事実たるデータに対する経験則の適用によって構(ア)成されるから事実実験公正証書に記載するにはなじまず,また,算出に用いたデータがあれば第三者が後日検証することも可能であるから,事実実験公正証書に記載する必要もない。よって,被告の主張に理由はない。 被告は,甲32報告書の試料No.47のエッチング角度の測定値が(イ)誤っていると指摘する。 しかし,これは,試料No.38の写真を試料No.47の写真として貼付した単純ミスによるものであり,このことは,試料No.38の写真と試料No.47の写真とを対比することによって確認可能である。 また,貼付されるべきであった正しい写真は,原資料である本件公正証書中に添付された試料No.47の断面写真に角度を確認するためのガイドを記入したものであり,エッチング角度は上記写真によって確認可能である。なお,計測自体は正しい写真によって行われており(そうであるからこそ,被告が主張するように,写真から読み取られる角度に誤りが生じる,上記の写真の貼付ミスの点を除いて甲32報告書の内容に誤りはな 。)い。 ウ同ウ(測定データの取捨選択)について同(ア)(不明確な原告基準によるデータの峻別)について(ア)エッチングが正確に行われたワイヤを選別することによって精度の高いデータが得られることは明らかであるから,ワイヤを選別したこと自体を批判する被告の主張には理由がない。現実的には,ワイヤの取捨選択なくして有意のデータを取得するのは不可能であり,むしろ,適切に取捨選択を行うのが層除去法の一般的な手順である。現に,被告自身,乙16報告書において試料の取捨選択が行われていることを認めている。 問題とされるべきは選択の手法であるが,被告の主張によると,乙16報告書における試料選択は断面形状の良否を基準とするものであるから,エッチング後の曲率の測定が行われた後に取捨選択が行われていることとなる。この場合には,被告に有利なデータが残されるように選択することが可能であるから,ここでの被告の主張は,そのまま乙16報告書におけ, る試料の選択に対しても当てはまる。これに対し,原告による選別作業は公証人の立会いの下,マニキュア塗布後エッチング前,すなわち,当該試料から得られるデータの有利不利を予測することが不可能な時点で実施されている(本件公正証書の表紙を除き13頁目 。)よって,この点においても,本件公正証書等の実験結果の信頼性は,乙16報告書のそれを大きく上回る。 同(イ)(エッチングの深さの選別基準の不明確性)について(イ)a厳密に15μmまで層除去した理想的な試料を多数作製することは困難であるから,クレームの趣旨に沿うデータを得るには平均値によらざるを得ず,また,再三述べたとおり,平均値を用いることには測定方法として合理性がある。ここで,平均値を用いる以上,15μm以下のデータのみによって内部応力を算出したのでは15μm付近のデータを得ることができないから 「15μmまでの層除去の前後における曲率変 ,化から求めた内部応力」を求めるに際しても,15μmの前後の深さまで層除去した数値から算出するのが合理的かつ科学的である。 また,同一のワイヤについて,エッチング深さが変動した場合における内部応力値の変化についてみるに,例えば,本件紛争が生じる前に,卒業論文の作成を目的として採取されたデータであって,客観性に問題のない甲第20号証のデータをもとに,15μmのエッチングをした場合と16μmのエッチングをした場合とを対比すると,内部応力値の相違は0.11kg/mm にすぎない(甲第33号証 。被告も主張する2)とおり,ワイヤの製造工程は各社ともさほど大きく変わることはないから,このような傾向は同種ソーワイヤ一般に認められるものである。 したがって,エッチングの深さについて15μmを中心に前後2μmの幅でデータを採取し,その平均値を求めることは合理的である。 さらに,甲6・7報告書の記載に基づいて,それぞれ作成者も作成経緯も異なる本件公正証書等の記載内容を批判することには意味がない。 なお,上記観点からすると,エッチング深さが概ね12 2μm程度と+-, なっている乙16報告書のデータは,本件公正証書等のそれと比較して本件訴訟における証拠資料としての価値が低いといえる。 b被告は,本件発明の特許請求の範囲の記載を根拠に,15μmを中心に前後2μmの幅でのデータ採取をすることは不当であると主張する。 しかし,特許請求の範囲は特許発明の技術的範囲を限定するものであって立証手段を制限するものではないところ,15μmまでエッチングした場合における応力値を求めるためにその前後の深さのエッチングを行うことは正当な立証手段である。被告の主張は,立証命題の問題と立証手段の問題とを混同するものであって,失当である。 同(ウ)(エッチング角度の選別基準の不明確性)について(ウ)被告はエッチング角度による試料の選別が不適切であると批判するが,以下のとおり理由がない。すなわち,第1に,本件発明においてエッチング角度の限定はない。第2に,層除去法の実施に際してエッチング角度が, 重要な意味を持たないことは技術常識であったことが認められる。第3に曲げ方向に対して直角方向付近のワイヤ表面のエッチングの状態は曲率の変化に大きな影響を及ぼすものではない。第4に,甲32報告書においては,エッチング角度による応力値の補正も行っている。第5に,甲6・7報告書の記載に基づく批判に意味がないことは上述のとおりである。 同(エ)(エッチング後の径の値についての選別基準の不明確性)につい(エ)てエッチング深さのばらつきの幅を最大2.5μmとしたのは,その範囲であれば,およそ良好な測定結果が得られると考えられるからである。 これに対し,被告は,単純に他のパラメータを変化させずに両極端の数値のみを代入した場合の応力値の変動を問題とする。しかし,第1に,両端に2.5μmの開きがある場合においては,単純に中央値を基準としても最大でも1.25μm分以上の誤差は生じず,さらに,具体的な測定値の平均値を基準とする場合には,被告が主張するような大きなばらつきが生じることはないから,被告の主張は,前提とする数値の取り上げ方において誤謬がある。第2に,巨視的観点から内部応力の値を求めるにあたっては,長さ方向の応力の偏在などは平均化されることが想定されており,エッチング深さについても,長さ方向で平均値を取ることによって妥当な測定値を得ることができるから,個々のワイヤにおける測定の手法として妥当性を欠くことはない。第3に,たとえ個々のワイヤにおける測定データとして若干の不正確性が残るとしても,それが測定値として問題になるのは,1つのデータにのみ依拠する場合である。これまでにも何度も説明しているとおり,測定を繰り返すことにより測定精度が向上すること,及び複数の測定値の平均をとることにより測定結果の信頼性が向上することは技術常識であり,本件においても,これに倣った手法によって測定結果を得ており,被告が主張するような問題は解消されている。 よって,被告の主張に理由はない。 エ同エ(被告ワイヤの内部応力値の特定における不適切性)について同(ア)(原告によるイ号物件の内部応力値の特定)について(ア)時機に後れた攻撃防御方法であるとの主張は前述のとおり争う。 同(イ)(角度補正式による補正後のデータを用いている点)について(イ)角度補正が可能であり,かつ,それが技術常識であった。なお,被告が主張するように角度補正をすることが不適切であって,行うべきでないと2すれば,実験対象となったイ号物件の内部応力値は,37.3kg/mmと,より小さな数値となり〔 甲32報告書の表1(判決注・本判決添付の (別表4。以下同じ,本件発明の技術的範囲に属することは疑いのないも 。)〕のとなる。 同(ウ)(エッチング深さ)について(ウ)15μmまでの層除去を行った場合の曲率変化から求められる内部応力値を求めるために15μmちょうどのエッチングを行うことは現実的でなく,その周辺のデータを利用して推認することが科学的かつ合理的であることは上述のとおりである。 また,本件で採用した実験試料のエッチング深さの平均値は15.85μmであり,15μmを0.85μm上回っていることは確かであるが,1μm程度のエッチング深さの変化によって生じる内部応力の変化が微小であることは上述のとおりであるのに対し,甲32報告書によって得られた内部応力値は38.3kg/mm と,40kg/mm を大きく下回る2 2ものである。 したがって,仮に平均値において0.85μm深くエッチングがなされ, ていることを考慮しても,本件公正証書によって得られたデータをもとに15μmまでの層除去法によって求められるイ号物件の内部応力が本件発明の技術的範囲内にあることが十分に認められる。 よって,被告の主張に理由はない。 同(エ)(エッチング前のワイヤ直径d について)について(エ) 0ワイヤの直径について被告が問題とするのは0.1μmすなわち1mmの1万分の1のオーダーの誤差であるところ,この程度の誤差は,加工精. 度上の問題や,表面への付着物,傷などによって生じるものであるし,01μmはデジタルパッサメータの最小桁であるところ,この桁については測定値に若干の誤差が生じることもある。しかし,0.1μmのオーダーの誤差を問題とすることは,例えば,径0.16mmのワイヤについて見ると,直径1.6cmの鉄棒に対して0.1mmのオーダーの誤差を問題とするに等しく,この程度の誤差が内部応力の測定値に大きく影響することは考えがたいから,被告の主張には理由がない。 エッチング後のワイヤ断面形状が軸非対称になるため測定精度が増すとの主張は,その意味が不明である。エッチング面も半円状であるから,測定精度という観点から特に変化が生じるとは思われない。 同(オ)(エッチング前後のワイヤ曲率半径の測定について)について(オ)原告の採用する手法により所用の精度が維持できることはすでに詳述し, た。被告は作為の可能性を問題とするが,そのようなレベルで論ずるなら温度計で水の温度を測るにも,定規で鉛筆の長さを測るにも作為が介在する余地があり,特許請求の範囲を数値で特定した特許権というものはおよそ実効性を持たないこととなる。原告は,技術常識とされた層除去法のごく一般的手法を本件に適用したものである。 被告が自らプロファイルプロジェクタを用いて測定したという測定結果については,その測定の信頼性について,不透明であるなど被告が原告に加える批判がそのまま該当する上,ひとつの試料に対してのみ実施されたにすぎず,その論述内容は科学的根拠が不明瞭であるから,本件公正証書等の信頼性を覆すものではない。 同(カ)(同じワイヤを測定した測定結果との対比について)について(カ)測定値の相違は,より厳密に試料を選別し,かつ,試料数を大幅に増加させることによって精度を向上させたことによるものであり,この点を考慮しない被告の主張に理由はない。 精度は区々であるものの,3件のすべての実験結果においてイ号物件の内部応力値が本件数値の範囲内にあるとの結果が得られたのであるから,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属する。 オ同オ(本件追加実験の手法の不適切性)について同(ア)(ワイヤ端部を折り曲げること)について(ア)被告の主張は,抽象的可能性を指摘するものにすぎず,具体的事実に基づくものではないから理由がない。 同(イ)(エッチング条件)について(イ)被告の指摘する問題は,試料の選別によって回避可能である。これに対し,乙16報告書の測定結果によれば,測定箇所によるばらつきが存在するか否かすら確認することができず,むしろ,有利な数値が選択されている可能性もある。 同(ウ)(ワイヤ曲率半径の測定方法)について(ウ)抽象的可能性の指摘の域を出ない。 同(エ)(ワイヤ断面形状の確認が中央の1箇所のみであること)につい(エ)て断面形状の測定は,エッチング角度の確認を主たる目的とするものであるところ,上述のとおり,180°近辺の角度の誤差は測定値にほとんど。 影響しないから,1箇所の測定により十分な精度を維持することができるまた,そもそもエッチングの状態が良好な試料を選択しているから,さらに複数個所の断面形状を観察する実質的意義はない。 4被告の主張(3)(甲第31ないし第33号証の基本的な誤り)について( )ア同ア〔エッチング前のワイヤ径の特定における複数の誤り(第1の誤り 〕)についてエッチング前の線径について(ア)被告は,0.16のワイヤの線径を2つのグループで分けるべきであると指摘する。しかし,もとより,ワイヤの線径を長手方向の複数個所で測定したのは,ワイヤの真円度や測定誤差の問題から,0.1μm単位では測定箇所によって測定値にばらつきが生じる可能性があるため,その平均値を求めることに目的がある。そして,2つのグループに分けたのは測定手順の便宜の問題であって,測定対象となっている試料は連続したワイヤを切り分けたものであり,また,全長数百kmに及ぶワイヤの中で,数mの範囲内で線径に有意のばらつきが生じることもない。したがって,線径を求める上では,2つのグループを一体として捉え,その平均値を線径とするのが合理的であるから,被告の主張に理由はない。なお,仮に線径を被告の主張するとおりに変更しても,内部応力値の変化は0.2kg/mm 程度にとどまり,本件の結論に影響はない。 2ブラスめっきの影響について (イ)被告は,ブラスめっきにはソーワイヤの機能はないから,これを除去した状態で内部応力を測定すべきであると主張する。しかし,本件発明は,ソーワイヤの実使用における現実的な最大磨耗量を想定し,その範囲内の内部応力を最適化することによって磨耗時の真直姿勢を維持しようとするものであるから,エッチングによって最大磨耗時の状態を作出する場合にも,実製品の状態を基準とすべきである。この点,ソーワイヤの中にはあえてブラスめっきを施さない特殊な製品も存在はするが,一般には錆止め及び伸線の容易化を目的としてめっきを施すのが通常であり,かつ,ソーワイヤの利用者が実使用に際して事前にブラスめっきを除去することもない。また,本件発明の特許請求の範囲や本件明細書の記載に,エッチング前の線径を得るためにめっきを除去すべきことを開示し,または示唆するものもない。 したがって,めっきを除去する前の状態を線径の基準とすることは,本。 件発明の技術的思想に反するものではなく,むしろこれに沿うものであるなお,被告は,甲第20号証の第7頁においてめっき除去後に線径を測定していることを指摘しているが,同号証は,本件特許出願以前に,第三者が,ワイヤ内部の残留応力分布の一般的傾向及びエッチング角度やダイス角度による影響を把握することを目的として作成したものであって(59頁参照 ,本件発明の特許請求の範囲の記載に基づく技術的範囲の属否を )検証する目的で行われたのではないから,両者の手法が一部において異なっていても何ら不自然なことはないし,むしろ,本件特許出願に際し,一部の手法を目的に合致するように変更するのは合理的行動であるといえる。 よって,線径の測定に際してブラスめっきを除去すべきであるとした被告の主張及びこれを前提とする主張には理由がない。 イ同イ(エッチング深さが内部応力に与える影響の誤り(第2及び第3の誤り )について)同(ア)に記載されたデータの読み誤りは,被告の指摘のとおりである。 (ア)同(イ)については,原告としても,甲第33号証のデータをもとに,線 (イ)径の異なるワイヤについて求めたデータの補正に用いることができないことは争わないし,そもそもそのような主張はしていない。 甲第33号証における検証作業の目的は,1μm前後のエッチング深さの差異が内部応力の測定結果に大きな影響を及ぼさないことを示すことを目的としたものであって,甲第33号証のデータから得られる回帰直線を他のワイヤにおける測定値に適用し,エッチング深さの誤差を補正することを目的としたものではないからである。 。 よって,被告の主張は,証拠の評価を誤ったものであって,失当であるなお,乙第28号証には計算のプロセス等について詳細な説明がないため明らかではないが,回帰直線のあてはめに際し,エッチング深さが15μmを超えるもの,すなわち,補正の結果内部応力値が大きくなるデータにのみ補正をかけており,内部応力値が小さくなる15μm未満の部分については補正をかけていないと見受けられることから,信頼性を欠く。 ウ同ウ(第1〜第3の誤りを修正した値)について上述のとおり,被告が指摘する3つの「誤り」のうち,第1のものと第3のものはもとより「誤り」とはいえない。 被告の指摘にかかる第2の誤り(甲20のデータの読み誤り)を補正した結果は甲第35号証のとおりであるところ,これによっても,わずかなエッチング深さの変動による測定値への影響は限定的であることが認められるから,従前の原告の主張の内容を左右すべき影響はない。 エ同エ(1本のワイヤの全ての部分が応力範囲内でないことについての判断の誤り)について原告が平均値を求めたのは測定誤差の吸収を目的とするものであって,実際の内部応力のばらつきを吸収することを目的としたものではない。内部応力自体のばらつきについては,ごくミクロ的な観点からばらつきが存在することは避けられないが,伸線加工の性質上,被告の主張が前提とするような極端なばらつきが生じることはなく,マクロ的には概ね均質性が維持されている。仮に,イ号物件に被告が考えているようなばらつきが存在するのであれば,それは明らかな粗悪品である。また,内部応力を制御することによって磨耗時におけるワイヤの真直性を維持することが可能にはなるが,逆に,内部応力が高い部分がすべて真直性を失うとは限らず,高内部応力の部位が十分に少なければ本件発明の作用効果を奏することが可能になる。被告の主張する論理は,このような製品の特質を考慮することなく,製品の一部に高内部応力の部分を作り込むことによって特許権侵害を回避できるとするものであるから,不当である。 よって,被告の主張に理由はない。 【被告の主張】以下のとおり,本件公正証書等に関する原告の主張は,本件訴訟提起後1年以上が経過した時点で行った本件追加実験に基づくものであるなど,時機に後れた主張であり,鑑定をめぐる原告の不誠実な態度によるものであって,許されるべきではない。また,本件追加実験の目的は,甲6・7報告書における証明内容の不明確さを払拭することにあったところ,原告は,本件追加実験の結果を甲6・7報告書の有効性に結びつけることができなかったから,原告が甲6・7報告書に基づいて被告の侵害行為を立証することができなかったことは明らかである(後記(1) 。)また,本件追加実験及びその結果得られた甲32報告書の内容は,数多くの不透明性,不正確性を有するもので信用性がない(後記(2) 。)以上より,本件追加実験による測定結果をもって,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできない。 以下,詳述する。 1本件追加実験の結果に基づく原告主張が不適切であること( )ア本件追加実験前の原告の主張の変遷本件発明に係るソーワイヤ用ワイヤの内部応力値の数値範囲について,(ア)特許請求の範囲には「0±40kg/mm(本件数値)と規定されてい2」る。これに対し,原告は,訴状におけるイ号物件の特定において,イ号物件の内部応力値を明示することをせず,イ号物件の内部応力を測定した甲6・7報告書における内部応力測定結果数値を示す表が記載されている頁(甲6報告書の8頁,甲7報告書の8頁)を指摘するのみであった。 , 上記各頁には,測定結果としての内部応力数値が羅列されているものの同じワイヤについて複数の応力数値が記載されていることや,本件数値の範囲外の数値を示す測定結果が多数含まれていることから,被告は,上記各頁に示されたデータからは,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するとはいえないと主張した。 これに対し,原告は 「主張レベルの論理によって解決されるものではな ,く,立証の問題に帰着すると考えられるので,原告は,イ号物件の全部または一部が本件発明の技術的範囲内にあることを明らかにするため,鑑定を申し立てる予定である(原告第二準備書面8頁18〜21行)と主張 。」するのみであって,上記各頁の表に記載されたどの数値に基づいてイ号物件が本件発明の構成要件Cを満たすのかといった具体的な対比特定を行わなかった。 被告は,イ号物件における正しい内部応力数値を把握するため,公正な(イ)第三者機関であり,かつ,技術解析を業とする専門機関でもあるJFEテクノ社にイ号物件の内部応力の測定を依頼し,測定結果報告書を乙第16号証(乙16報告書)として提出した。乙16報告書において測定対象とした4本のイ号物件の内部応力数値は,いずれも本件数値の範囲外であるとの明確な結論が得られた。また,被告は,JFEテクノ社での測定方法との比較に基づいて,甲6・7報告書に示された測定結果が不正確であり信頼できないことを主張した(被告第3準備書面12〜22頁 。)原告は,これらの被告主張に対しても直接的な反論をせず 「侵害論固有(ウ) ,の問題は,結局のところイ号物件の内部応力が本件発明の数値内にあるか否かに尽き,これは本質的に立証問題であるから,原告が入手したイ号物件を試料として鑑定を行うことによって明らかにすれば足りる(原告第。」五準備書面7頁3〜5行)と述べるに止まっている。 要するに原告は,本件訴訟において,原告が侵害の証拠として提出する甲6・7報告書のいかなる内容をもってイ号物件が本件発明の技術的範囲。 に属することとなるのかについて,一度も当を得た説明をなし得ていない, そして,原告は,平成19年10月12日の弁論準備手続期日において甲6・7報告書における証明内容についての不明確さを払拭するためと称して鑑定を申請した。 さらに,原告は,平成19年10月31日付けの上申書において 「貴庁,頭書事件における技術的範囲論に関する立証につき,原告は鑑定の申立を予定している旨を述べましたが,今般検討の結果,鑑定の申立は行わず,別途の立証を考えていくことといたしました(2頁1〜3行)と述べ, 。」同年11月9日の弁論準備手続期日において,原告は,鑑定は行わずに,甲6・7報告書の2つの実験結果について,測定対象のワイヤについての直接の対応関係は示せないものの,測定結果数値の分布状況を示し,測定結果数値としての応力値が甲6・7報告書の2つの実験結果においてどのような対応かを見ることができる資料を得ることを目的として,原告自身が実験を行いたいと要請した。 イ本件追加実験に基づく主張上記した原告が要請する鑑定,さらには原告自身での追加実験は,訴訟提起から1年以上経過した段階での鑑定申請は時機に後れたものではないかとの被告反論にもかかわらず認められたものである。 したがって,原告が本件訴訟提起時に提示した甲6・7報告書から,どのようにイ号物件が本件発明の技術的範囲に属すると主張するのか,本件追加実験の結果に基づいて原告からの明確な主張がなされることが厳に求められるものである。 しかし,原告から提示されたのは,イ号物件のφ0.16mmのワイヤから取得された10本の試料と,同じくφ0.14mmのワイヤから取得された2本の試料についての,原告社内での原告単独での内部応力数値算出結果である甲32報告書と 「上記層除去作業によって得られた資料に基づいてイ ,号物件の内部応力を測定した結果,イ号物件の内部応力値は,38.3kg/mm であると認められ,本件発明の数値範囲内にあることが改めて明らか2になった。よって,イ号物件は,本件発明の技術的範囲に属すると認められる(原告第七準備書面3頁7〜10行)との主張のみであった。 。」かかる原告主張は,単に,イ号物件のφ0.16mm(REELNo.DT200301001,BOBBINNo.2Y555)について応力測定をしたところ,今回の原告実験においては,本件発明の数値範囲に属する結果が得られたということを示すものでしかなく,甲6・7報告書との関連性は全く示唆すらもされていない。 ウ時機に後れた主張上記のとおり,本件公正証書等に基づく原告の主張は,本件訴訟が提起されてから1年以上が経過する時点で初めて得られた測定結果に基づいて,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属すると主張するものであり,時機に後れた主張といわざるを得ない。 また,原告は,イ号物件についての内部応力数値測定結果が示されているものの,その測定方法やイ号物件の内部応力値としていかなる数値を特定するのかという結論も明確に記載されていない証拠に基づいて本件訴訟を提起し,その主張内容を明確にしないまま被告に反論と反証の提出を行わせ,その後に自分に都合のよいデータのみに基づいて,被告の侵害を主張しているものであって,かかる原告の行為は許されるべきでない。 また,原告は,原告自身での追加実験を行う機会を付与されたにもかかわらず,その実験結果を甲6・7報告書の有効性に結びつけることができなかった。かかる経緯から,原告が甲6・7報告書に基づいて,被告の侵害行為を立証することができなかったことは明らかである。 エ原告の不誠実な訴訟態度原告は 「鑑定を申請したとの事実は否認しまたは争い」と主張する。しか ,し,原告が第二準備書面及び第五準備書面等により鑑定を申し立てたことから,裁判所は,平成19年10月12日に行われた弁論準備手続期日において,原告からの鑑定申出を受け入れ,原告に対して,その方法,条件などにつき具体的提案をするよう求め,原告はこれを受け入れると述べた。しかるに,原告は,同月31日提出の上申書において,突然,鑑定申出は止めて公証人立会いの下に原告が実験すると一方的に通告し,平成20年1月11日に甲第32号証を提出した。裁判所が客観的な第三者による鑑定を求め,原告がこれに応じないのは,鑑定をすると,原告に不利になる何らかの理由の存在が考えられる。オ小括, 以上述べたとおり,訴状に添付した侵害証拠についての詳細な説明を避け被告からの反論が提出された後に作成された新たな証拠に基づいてのみ被告。 の侵害行為を立証しようとする原告の行為は,決して許されるべきではない2本件追加実験の内容の不備( )以上のとおり,本件追加実験に基づく測定結果は,本件訴訟において何らの意義をも有さないものであるが,その内容自体にも数多くの不透明性,不正確性を有するものである。以下,その詳細を指摘する。 ア本件追加実験の不透明性基本的な問題(ア), 本件追加実験は,東大阪市立産業技術支援センター内開放型研究室にて原告により持ち込まれた測定機器を使用して行われた(甲31・4〜5頁 。なお,本件公正証書の記載から,測定に使用された機器類は,全て市 )販されている一般的なものであり,その機器類に原告の特別な技術的ノウハウが含まれているとは考えられないものである。また,本件発明にかか, る内部応力の測定方法が機密を有するものであるはずもない。したがって本件追加実験の内容を裁判所や被告に対して秘密下に置くべき理由は存在しない。それにもかかわらず,被告には何の事前連絡もないままに今回の実験が原告のみによって行われたということは,原告側には本件追加実験において裁判所や被告に知られては困る何らかの不都合が存在したのではないかとの疑問すら生じる。 公証人の立会いによる実験の透明性確保の限界(イ)原告は,本件追加実験が原告の手により行われたことについての透明性, を確保するため,公証人の立会いを求めている。しかしながら,公証人は裁判所や被告関係者と比較して,本件訴訟手続の経緯や本件発明関連技術を十分に知悉しているとはいえないことから,公証人による公平性の担保には限界があるといわざるを得ない。公証人が公正証書によって証明できる内容は,基本的に原告から確認要請があったものや,詳細な説明があった部分に関することのみであると考えるのが妥当である。 よって,公証人が立ち会ったからといって,原告独自で行われた本件追加実験の内容のすべてについて,第三者機関で行った場合と同等レベルの高い透明性,公平性を確保することは不可能である。 小括(ウ)以上のように,本件公正証書の記載から,本件追加実験の内容のすべてにわたって,高い透明性,公平性が確保されているとはいえない。本件追加実験は,公開された実験室内で行われたにもかかわらず,技術的内容を知悉していて,本件追加実験において確認すべき内容を容易かつ正確に把握することができる裁判所や被告関係者の立会いが許されなかったものである。このような状況下で行われた本件追加実験は,高い透明性を求められることに十分な配慮をしてなされたものであるとは,到底認めることはできない。 原告の主張に対する反論(エ)a原告は,本件追加実験は原告単独で行われたものであることにより透明性に欠けるとの被告主張が禁反言ないし信義則に反すると主張する。 しかし,被告が問題にしているのは,本件追加実験の透明性,公平性であって,鑑定を行うか否かの議論ではない。また,被告は,裁判所に, よる鑑定に不相当との意見を述べたことはない。被告が問題視するのは答弁書による応答時から,原告が,訴訟提起時に訴状とともに提示した侵害の証拠である甲6・7報告書とに基づいてイ号物件がどのような構成を有していて,本件発明の技術的範囲に属すると主張するのかの具体的な特定がなされていないことを指摘していたにもかかわらず,この被告の指摘にまともな応答をせず,訴訟提起から1年以上経過した時点で鑑定を申し出た原告の訴訟態度が不誠実であるという点である。 また,被告は,裁判所に対して原告による鑑定申請を受け入れる旨を表明し,その具体的手法についての原告の提案を待っていたのであり,訴訟前の当事者間での交渉時点から,常に後出しの明らかに不誠実な態。 度をとっている原告から,信義則に反するなどといわれるいわれはないb原告は,本件追加実験を自ら行った理由として 「限られた時間で大量 ,の処理を行うには,層除去法の実施に手慣れた原告従業員がこれに当たるのが最も効率的だから」と主張する。しかし,本件追加実験を公共の実験施設で行うのであれば,原告には被告や裁判所の立会いを拒む理由はないという被告の主張に反論したことにならない。原告が公証人の立, 会いの下で原告工場において原告自身による実験を行うと表明した際に被告は,公平性を担保するために公証人に正確な証書を作成してもらうようにと要請した。この被告の要請を了承したにもかかわらず,実験場所を公共の実験施設に変えることを裁判所や被告に連絡もせずに原告単独での実験を行った原告の姿勢には,本件追加実験が原告の鑑定申出に代わるものであるからこそ求められる高い公正性を確保しようとする意図は微塵も感じられない。 このような本件追加実験の測定結果が,公正中立な第三者であり,高い技術的専門能力を有するJFEテクノ社において行われた乙16報告書による測定結果に匹敵する信頼性を有するものとはいえないことは明白である。 c以上より,原告は,甲6・7報告書を上回る証拠の提示を行い得ていないのであり,甲6・7報告書では,本件発明の構成要件との対比において,測定対象試料であるワイヤが本件発明の技術的範囲に属すると主張する根拠とはなり得ない。 イ応力算出作業の不透明性原告は,本件追加実験により得られたワイヤの曲率半径の変化から内部(ア)応力を算出する部分については,公証人を立ち会わせずに,原告単独で行っている。今回の実験においても,ワイヤの曲率半径を算出するにあたっては,原告が層除去法の手順を説明する資料として提出したDVD(甲第28号証)に示された,手作業によりアークハイトを求める方法が採用されたと考えられるが,原告のこの方法は極めて作為的な不正確かつ不透明な方法である。したがって,原告単独で行われた内部応力の算出作業について,第三者による鑑定に匹敵するだけの透明性が担保されているとはいえない。 原告の主張に対する反論(イ)a原告は,内部応力の算出過程は事実たるデータに対する経験則の適用によって構成されるから事実実験公正証書に記載するのはなじまず,また,算出に用いたデータがあれば,第三者が後日検証するのも可能であるから,事実実験公正証書に記載する必要もないと主張する。 しかし,本件発明の測定方法では,エッチングによる層除去前後のワイヤの曲率半径の変化から層除去部分の内部応力値を算出するものであ, るから,エッチング作業の完了によってその実験が終了するのではなくエッチング後に行われる内部応力を算出するためのデータ取得に至るま。 でが内部応力を算出するための一連の作業として把握されるべきであるまた,第三者による鑑定に代わるだけの公正性を担保する実験を目的とするのであるから,得られた測定結果数値を用いた応力値の算出までのすべての手順において,何らの作為なく公正に行われたことが示されるべきである。 原告が単独で行ったエッチング前後のワイヤ曲率の測定作業,それぞれの試料のエッチング角度の測定作業,さらに,実験の結果得られた値を算出式に代入してその内部応力値を算出する作業は,いずれも公証人が立ち会うことに何らの困難も認められない作業過程である。にもかかわらず,エッチング後の一連の作業の中で,ワイヤ直径の測定作業のみを公証人の立会いの下で行い,エッチング角度の測定や,本件発明における特徴部分であり,それぞれの試料における内部応力値を直接的に左右するワイヤ曲率半径の測定作業を敢えて原告単独で行ったことに対して,原告から首肯できるだけの明解な理由は示されていない。 bなお,被告による検証の結果,甲32報告書の信頼性を疑わせる誤りが発見された。すなわち,甲32報告書の表1の左上欄の下から2段目の試料No.47には,エッチング角度測定結果が「183°」と記載されている。しかし,9頁,図-1-4に示される試料No.47のエッチング後の断面形状は,明らかにエッチング角度が180°以下(半, 周以下)であることを示している。被告が正確な角度測定をしたところその角度は約174°であり,この点において甲32報告書には明白な誤りがある。原告は,測定対象ワイヤの内部応力値として,角度補正後の値を用いているから,試料であるワイヤの断面形状を観察して得られるエッチング角度に誤りがあれば,甲32報告書における内部応力の測定結果数値に誤りがあることとなる。このような誤りがあり,原告単独でいわば秘密裏に作成された報告書に記載された内部応力の測定結果数値が何らの信頼性も有しないことは明白であり,これを根拠とする原告の主張は失当である。ウ測定データの取捨選択不明確な原告基準によるデータの峻別(ア)a甲32報告書では,エッチング精度の良好な試料を選別したとして,φ0.16mmのワイヤでは37本中10本の,φ0.14mmのワイヤでは10本中2本のデータのみに基づいて,イ号物件の内部応力を測定したと結論づけている(4頁 。しかし,本件追加実験では,エッチング )の正確性に影響のあるマニキュアによる良好なマスキング状態を確認するため,実体顕微鏡によりマニキュア塗布状態を確認して,φ0.16mmのワイヤでは,まず30本の試料から10本を選別し(甲31・14〜15頁 ,さらに,追加試料として50本から27本を選別している )(甲31・26〜28頁 。また,φ0.14mmのワイヤでも,少なく )とも27本の試料から10本のワイヤを選別している(甲31・15〜17頁 。すなわち,本件追加実験に用いられた合計47本のワイヤ試料 )は,すべてあらかじめある程度以上の正確性を持ってエッチングされたことが期待できるものである。甲32報告書では,選別された12本のワイヤについてのデータは示されているが,選別されなかった残り35本のワイヤについてのデータが示されておらず,原告が選択しなかったワイヤが,本当に原告の選別基準を満たさなかったものか否かの確認すらすることができない。 このように,公証人が立ち会っている段階で,ある一定以上の正確性を持ってエッチングが行われたと考えられるワイヤ試料から,原告単独の作業によってその一部が選別され,この選別されたワイヤ試料のデータからのみ算出された内部応力値が,客観的かつ公正なものであると判断することはできない。 bこれに対し,原告は 「原告による選別作業は,公証人の立会いの下, ,マニキュア塗布後エッチング前に,すなわち,当該試料から得られるデータの有利不利を予測することが不可能な時点で実施されている」と主張し,この点においても,本件追加実験の結果の信頼性は,乙16報告書のそれを大きく上回るとすら主張する。しかし,被告が指摘しているのは,甲32報告書における根拠不明のデータ選別,すなわち,原告が単独で行ったエッチング後の試料選別が不透明であるという点についてである。したがって,原告自身の選別が公証人の立会いの下に行われたから公正なものであるとの原告主張は,反論として当を得たものではない。 また,原告は,乙16報告書におけるワイヤの選別に対し,被告の批判がそのまま当てはまるなどとも主張する。しかし,乙16報告書におけるワイヤの選別は,被告のあずかり知らないところで,公平な第三者であるJFEテクノ社の技術者によって純粋に技術的な判断に基づいて行われたものである。一方,原告による甲32報告書作成時点でのワイヤ選別は,本件明細書や原告が過去に提出したいずれの資料にも記載されていない,今回新たに原告により設定された判断基準により選別されたものであり,しかも,選別後のデータのみしか開示されていないことから,本当にその選別基準で客観的な選別が行われたか否かを第三者が検証することすら不可能なものである。エッチング後のワイヤ選別であることが共通するからといって,乙16報告書の試料選別がこのような不明瞭きわまりない甲32報告書での試料選別と同列に論じられるようなものではない。 さらに原告は,公証人の立会いの下,エッチング前のマニキュア塗布状態が良好であるとして少なくとも107本のワイヤから選択された47本のワイヤに対してエッチング処理を行い(甲31,14〜17頁,26〜28頁 ,エッチング後にも,全てのワイヤがおよそ180°の角 )度でエッチングされたかを顕微鏡により確認し,その写真を撮影している(甲31,20頁8行〜21頁1行 。しかも,これらの確認や選別を )含む全ての作業が,原告自らが主張するところの「層除去法による内部応力測定試験に手馴れた従業員」により行われたものであるから,本件公正証書にデータが示されている47本の試料はエッチング角度についてさらなる選別など必要としないものであるはずである。このように,公証人の立会いの下,原告自らがエッチング角度が良好であると確認した47本のワイヤに対して,さらに付加的に原告単独で行われた甲32報告書作成時点でのワイヤ選択について,その根拠を明確に開示することなく,また,選別されなかったデータを秘匿したまま行われる原告の反論は取るに足らないものであり,かかる甲32報告書作成時点での選別が,意図的な操作を目的として行われたものではないと信じるに足るものではない。 エッチング深さの選別基準の不明確性(イ)a甲32報告書では,エッチング精度の良好な試料を選択するエッチング深さの条件を「13〜17μm」としている(4頁5行 。原告は,こ )の数値範囲の根拠について一切明らかにしておらず,それが適切であるとされる理由が不明である。また,本件発明においては,内部応力の測定条件として 「ワイヤ表面から15μmまでの深さまでの層除去の前後 ,におけるソーワイヤの曲率変化から求めた」ものであることが,特許請求の範囲に規定されているのであるから,エッチング深さが,この規定範囲を逸脱して深さ15μmより大きな値となったワイヤから得られた内部応力数値に意味がないことはいうまでもない。このような,不明瞭かつ本件発明から乖離した条件で選択された試料の内部応力値が,イ号物件のワイヤの内部応力値を正しく表しているということはできない。 また,本件追加実験は,甲6・7報告書のデータが,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属することの証拠として十分であることについて確認することを目的とするものである。しかし,甲7報告書の8頁では,エッチング深さとして「φ0.14のDT200301001,硝酸濃度30%の?A」が17.2μm,また 「φ0.14のDT200301 ,003,硝酸濃度30%の?B」が19.2μmとなっており,13〜17μmの範囲外のものが存在する。また,甲6報告書の8頁では,エッチング前後のワイヤ径として実際に測定されたものではないと考えられる数値が代入されていると考えられ,現実のエッチング深さがどの程度であったか不明である。すなわち,原告のワイヤ選別基準は,本件追加, 実験の目的である甲6・7報告書に示されたデータとの関係についても何ら整合性のない条件である。 以上によれば,原告が設定したエッチング深さの選定条件は,明らかに不適切なものである。 b 原告は,?@厳密に15μmまで層除去した理想的な試験片を多数作成するのは困難であるから,平均値に依存しなければならず,平均値を利用するのは一般的な実験又は測定方法として合理性がある,また,?A15μmまでの層除去の前後における曲率変化から内部応力を求めるに当たり,15μm前後の深さまで層除去した数値から算出するのが合理的かつ科学的である,さらに,?Bエッチング深さが15μmである時と16μmである時の内部応力値の相違は0.11kg/mm にすぎないと主2張し 「エッチング深さについて15μmを中心に前後2μm幅でデータ ,。 を採取し,その平均値を求めることは合理的である」と結論づけているしかし,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば,15μmを超えたエッチングを行って内部応力値を算出することは,明, らかに本件発明における数値限定の意義に反するものである。もちろん本件明細書に,深さ15μmまでの層除去を行うに当たり15μmを中心に前後2μmの幅でデータを採取し,その平均値を求めるとの記載も示唆も存在しない。 本件発明の対象であるソーワイヤは,伸線工程により製造されるためその内部応力にワイヤ深さ方向の分布を有するものであるため,内部応力を測定するための深さの基準(前提条件)が変われば,内部応力も当然に変わってしまうのであり,原告が主張するような,異なる深さの層除去により得られた数値を平均化することで求められるものではない。 また,エッチング深さが内部応力数値に与える影響は,ワイヤ径0.16mmのワイヤの場合,15μmと16μmとの内部応力差が「0.87kg/mm,15μmと17μmの内部応力差が「1.87kg2」/mm 」であり,ワイヤ径0.14mmのワイヤの場合は,15μmと216μmの内部応力差が「1.26kg/mm,15μmと17μm2」の内部応力差が「2.63kg/mm 」である(後記(3)イ 。これらの2)数値は,本件発明の技術的範囲に属するか否かを定める内部応力数値の範囲が0±40kg/mm であることを勘案すると,極めて大きな影響2を及ぼす数値であるといわざるを得ない。したがって,甲第20号証のデータを誤った技術認識に基づいて算定した甲第33号証に基づく,エッチング深さが15μを超えた場合でも内部応力数値に与える影響が小さいとする原告の主張は明らかに失当である。 エッチング角度の選別基準の不明確性(ウ)a甲32報告書におけるエッチング角度についての試料選別条件は 「1,50〜210°」である(4頁6行 。原告は,エッチング角度の条件を )150〜210°とする理由についても何ら説明をしておらず,この数値範囲の根拠は不明である。原告が主張する内部応力を算出するための正しい式(乙7の式(23 )は,除去される層の角度を180°として )算出されている。また,本件明細書にも,添付された図3に,層除去部分として180°のものが示されているのみであり,エッチング角度としてどの範囲のものが好ましいのかについて参照とすべき記載も示唆もない。したがって,このような不明瞭でかつ本件明細書における開示もない条件で選択された試料の内部応力値がイ号物件のワイヤの内部応力値を正しく表しているということはできない。 エッチング角度について,甲7報告書の8頁では,開示されている24本のデータのうち,エッチング角度が150〜210°の範囲に該当するものはわずか9本しかなく,残り15本は,150°未満もしくは210°を超えたエッチング角度を有している。また,甲6報告書の8頁には,エッチング角度の記載はない。したがって,原告が規定するエッチング角度の条件は,今回の本件追加実験の目的である甲6・7報告書のデータの信頼性を説明するという観点からも,整合性のない条件である。 以上のとおり,原告が設定したエッチング角度の条件も,適切なエッチングが行われたワイヤ試料の選定条件として,明らかに不適切なものである。 b 原告は,エッチング角度による試料の選別について,本件発明においてエッチング角度の限定はない,層除去法の実施に際してエッチング角度が重要な意味を持たないことは技術常識であった,曲げ方向に対して直角方向付近のワイヤ表面のエッチングの状態は曲率の変化に大きな影響を及ぼすものではない,エッチング角度における応力値の補正を行っているなどと主張する。かかる原告の主張は,いずれも甲32報告書におけるエッチング角度におけるワイヤ選別基準を,本件明細書に記載も示唆すらもされていない150〜210°の範囲と規定する根拠となるも, のではなく,むしろ,エッチング角度がいかなるものであったとしても正確な内部応力を測定できるということを述べる内容となっている。また,甲32報告書の応力値算出に用いられた合計47本の試料は,いずれも公証人の立会いの下でエッチング角度がおよそ180°であることを熟練した原告従業員により確認されたものである(甲31,20頁8行〜21頁1行 。このため,たとえばエッチング角度として180°± ), 5°などといった,極めてシビアな条件での選別を行うならばまだしも公差範囲が30°という大きな範囲での選別を応力算出段階で行わなくてはならないということは,本件公正証書における原告の試験が極めて不正確なものであったことを裏付けるものと考えざるを得ない。 エッチング後の径の値についての選別基準の不明確性(エ)a甲32報告書では,エッチング後の線径のRが「R≦2.5μm」を満たすものが良好なエッチングがされたとする判断条件が示されている(4頁7行 。ここでいう「R」とは,3か所測定されたエッチング後の )線径データd2の,最大値と最小値との乖離幅であると考えられるところ,原告は,このエッチング後の線径のRについて,良好であると判断, される条件をR≦2.5μmとする理由について何ら説明をしておらずこの数値範囲の根拠は不明である。しかし,エッチング後のワイヤ線径の公差は,そのままエッチング深さの公差に相当するため,算出されるワイヤの内部応力値に直接的な影響を与える。例えば,甲32報告書の表1におけるワイヤ試料No.6のエッチング後のワイヤ径(d )0.21446[mm]が,上記判断条件に従い2.5μm減少して0.1421[mm]となった場合に,他の条件を全く同じとした場合のワイヤの内部応力値は,38.3[kg/mm ]から31.0[kg/mm2]へと7.3[kg/mm ]変動する。一方,エッチング後のワイヤ2 2径が2.5μm増加して0.1471[mm]となった場合には,ワイヤの内部応力は,38.3[kg/mm ]から48.9[kg/mm]2へと,10.6[kg/mm ]変動する。ワイヤの内部応力を正確に特2定することが目的の実験において,結果として得られるワイヤの内部応力が10[kg/mm ]前後も変動するほどの大きなエッチングばらつ2きを適正な公差範囲とすることができないことは明白である。 したがって,このような不明瞭でかつ測定結果の内部応力値に大きな影響を与える数値範囲が良好な範囲であるとして選択された試料に基づいて算出された結果が,イ号物件のワイヤの内部応力値を正しく表しているということはできない。 また,甲6・7報告書には,それぞれの表に記載されたデータを算出するに当たり,どの部分のワイヤ線径をどのように測定したかについての説明すら存在しない。したがって,甲6・7報告書との関連においても,原告がエッチング後のワイヤ線径の好適な範囲として 「R≦2.5 ,μm」という条件を規定する整合性は存在しない。 以上のとおり,原告が設定したエッチング深さの公差条件も,選定条件として明らかに不適切なものである。 . b原告は,1つの試料におけるエッチング深さのばらつきの幅を最大25μmと規定したことに対し 「その範囲であれば,およそ良好な測定結 ,果が得られると考えられるからである」と述べるに止まり,その根拠を示さない。しかし,上記2.5μmという値は,前記(イ)で説明した複数の試料間におけるエッチング深さのばらつきの選別基準である2μmよりも大きな値であり,ワイヤの中央から左右両側にわずか1cm離れた狭い範囲でのエッチング深さのばらつきとして到底許容できる数値ではない。 また,原告は,巨視的観点から内部応力の値を求めるにあたって,長さ方向の応力の偏在があったとしても長さ方向で平均値をとることで妥当な測定値が得られると主張する。しかし,原告実験においてエッチング深さの検証を行っているのは,ワイヤ中央部を中心として幅2cmの範囲においてのみであり,全長で約10cmの測定対象長さを有するワイヤの長さのわずか5分の1の範囲から,ワイヤ全長にわたるエッチングばらつきを判別できるとは考えられない。 以上のように,原告の主張は,本件明細書に記載も示唆すらもない,1つの試料におけるエッチング深さのばらつきの許容範囲として,原告が定めた2.5μm以下という選別基準の不透明性を解消するものではない。したがって,かかる不透明な選別基準で選別されたデータに基づく原告の主張は,明らかに失当である。 原告の過去の実験結果との対比について(オ)上記のとおり,本件公正証書等に示された原告自身による内部応力測定実験は,公証人の立会いの下で,高い精度でのエッチングが行われたと判断できる試料を得ていながら,そのわずか4分の1の応力値算出データのみを選別して,原告が測定した対象ワイヤが本件発明の技術的範囲に含まれるとの結論を導き出すという極めて不可解なものである。また,かかる測定試料の選別基準についても,原告は被告の指摘に対して何ら有意義な反論を行わず,その不透明性が極めて高いものである。 このことをさらに明確にするため,甲32報告書と,原告自身が自ら行ったソーワイヤの内部応力測定結果(甲27)との対比を行う。なお,甲第27号証の1〜4頁の記載から明らかなように,上記測定結果に係る内部応力測定実験の手順は本件公正証書のものと全く同じであると考えられる。また,測定対象のワイヤは,原告自身の製品であるが,その特性等は本件追加実験の対象製品とほぼ同じものと判断できる。さらに,ワイヤ径も甲32報告書の測定対象と同じ0.14mmと0.16mmである。 まず,甲第27号証には,甲32報告書のような内部応力算出時におけ, る,エッチング結果に基づく不透明な選別は行われていない。このことは甲第27号証の5〜6頁に記載された測定結果数値を示す表1及び表2において,左端欄に記載された測定試料のサンプル番号が連続していることからも明らかである。 次に,エッチング深さについてみると,甲第27号証の測定結果では,全26本の測定試料中,深さ15μmまでという条件を満たさないものは, わずかに6本(サンプルNo.H10,H11,H18,M04,M06M07)のみであり,他のワイヤのエッチング深さは,全て14μmから15μmの間にきっちりと収められている。しかも,15μmを超えるエッチングがされた6本のうち最も深いエッチングがされたものでも,サンプルNo.H10とM07の16μmである。 これに対し,甲32報告書に記載されている各試料に対するエッチング深さは,原告自身によりエッチング後の選別が行われたにもかかわらず,深さ15μmまでという規定範囲内のものは,12本中わずかに1本のみである。また,最も深くエッチングされたものは,16.9μmとなっており,甲第27号証のデータには存在しない深さ16μmより深くエッチングされたものも4本と試料全体の3分の1を占める。 さらに,エッチング角度についてみると,甲第27号証の26本のデータ全てが160〜200°,すなわち180°という目標値に対して較差20°の範囲に入っており,サンプルNo.H12,13,14の3本を除いて他の23本,率にして88パーセントの試料が170〜190°,すなわち較差10°の範囲内に入っている。これに対し,甲32報告書のデータは,全12本のうち較差10°以内に入っているものは半分の6本にすぎず,残り6本のうちの試料No.6を除く5本の試料が,較差20°の範囲からも逸脱している。 このように,原告による本件公正証書等の応力測定試験は,原告自身が行った過去の試験結果である甲第27号証と比較しても,極めて精度の低いものであり,また,エッチング後の試料選別という原告自身が行ったことがない不明瞭な作業すら行われているものである。原告は,甲第27号証の説明において,そのエッチング条件は出願時から原告が実施しているものと変わらないと主張しているから,本件公正証書等による本件追加実験は,本件発明がなされた時点でのエッチング精度レベルに対しても,比較にならないほどの低い精度で行われたものである。 以上より,本件公正証書等の内部応力測定は,内部応力測定に熟練した原告社員の手によって行うことで,より高い精度のデータを多数得るという目的を達成したものとはいえず,肝心な応力値の算出過程において原告単独で行われたという不明瞭性のみが際だつものである。かかる不正確かつ過去の原告実験と異なる条件下で行われた実験結果に基づいて,原告の測定した対象製品が本件発明の技術範囲に属するか否かの議論など行い得ないことは明白である。 エ被告ワイヤの内部応力値の特定における不適切性原告によるイ号物件の内部応力値の特定(ア)原告の主張によれば,本件追加実験で得られた結果は,原告が保有するイ号物件の1種類のワイヤ(φ0.16mm,REELNo.DT200301001,BOBBINNo.2Y555)の応力値が,38.3kg/mm であるという1点のみである。 2ここで,このような新たな測定結果数値を提示するだけでは,時機に後, れた主張であるため採用されるべきでないことは,前示のとおりであるがこの数値の特定自体にも以下のとおり不適切である要素が多々存在する。 角度補正式による補正後のデータを用いている点(イ)a原告が結論として採用する応力値の「38.3kg/mm 」は,甲322報告書の表1において,左側の表中最も右側の欄に記載された 「内部,応力[kgf/mm(角度補正 」欄の数値の平均値である。そして,2])この角度補正について甲32報告書では,3頁に「6)エッチング角度を考慮した内部応力は下式で計算した 」として算出式が記載されている。 。 なお,この算出式は,甲7報告書に記載された(6 (7)式と同じもの )であると認められる。 , しかし,本件明細書においてエッチング角度の補正を行う概念はなくまた,甲7報告書自体がエッチング角度をあえてばらつかせて応力測定, 結果の精度を確認することを目的としていると想定されること,さらに角度補正式そのものが現実のエッチング後のワイヤ形状とは異なる断面形状を想定して算出されたものであり不可避の誤差を有するものであるなど,角度補正式を用いた補正後のデータを採用することは,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かを示す証拠として不適切きわまりないものである。このような,本件明細書からかけ離れ,かつ,その内容に不正確性を有する補正式を用いて算出された内部応力値「38.3kg/mm 」が,イ号物件の正しい応力数値を示すものであると言え2ないことは明白である。 bワイヤから除去された層の形状と,層除去の前後の関係が応力算出式として明確に定まっているのであれば,そもそも角度「補正」など行う必要はない。また,エッチング角度に制限がないのであれば,甲32報告書における不明瞭な選別も必要でなくなるはずである。 原告は,角度補正が行われない場合には測定結果数値がより小さくな, ると主張するが,180°のエッチングか行われていない試料に対して180°のエッチングが行われた場合の応力算出式により求めた結果がそのまま適用できるはずなどないことは明白である。 エッチング深さ(ウ)原告が,本件追加実験の測定結果として得た内部応力値「38.3kg/mm 」は,甲32報告書の表1に記載されたφ0.16mmの10本のワ2イヤ試料の応力測定値から得られたものであるが,この10本のワイヤ試料の中でエッチング深さが15μmまでのものは,ワイヤ試料No.7の1本のみである。 , 本件発明において,内部応力はその特許請求の範囲に記載されたとおり「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去」の前後のワイヤ曲率の変化から求められたものでなくてはならず,エッチング深さが15μmを超えたワイヤのデータを用いて内部応力を算出することはできない。したがって,エッチング深さが,上記数値の範囲を逸脱するエッチングの結果得られたデータを用いて算出された内部応力値が,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かの判断基準とはならないことは明白である。 エッチング前のワイヤ直径d について(エ) 0甲32報告書の表1に記載されたワイヤ試料におけるφ0.16のワイヤのエッチング前のワイヤ直径は,10本全てが0.1603[mm]とされている。しかし,本件公正証書によれば,ワイヤNo.1からNo.10を取得する際の,デジタルパッサメータにおけるワイヤ直径値は,最大0.1605mm,最小0.1601mmであり(甲31・13頁 ,ま)た,ワイヤNo.21からNo.47を取得する際の,デジタルパッサメータにおけるワイヤ直径値は,最大0.1604mm,最小0.1600mmである(甲31・26頁 。これらのいずれから,表1における0. )1603mmという数値が得られたのか全く不明である。 また,同じワイヤから連続して取得された試料において,その値が異なるとは考えられないエッチング前のワイヤ直径d の値が,最初の測定時と0追加測定時とで異なった値として得られていることは,デジタルパッサメータによるワイヤ直径の測定手法そのものに不正確性を生じる要因があるためと考えざるを得ない。 さらに,エッチング後では,ワイヤ断面形状が軸非対称になるため,先端が平面状の接触子を用いるデジタルパッサメータでの測定は,エッチング前のようにデジタルパッサメータの測定子に挟んだ状態でワイヤを回転させることができず,ワイヤの直径を正しく測定できているかの確認が全く不可能となり,不正確性が増すものと考えられる。 したがって,本件追加実験におけるエッチング前後のワイヤ直径の測定値は,極めて信頼性の低い数値であるといわざるを得ない。このような,信頼性の低い測定結果に基づいて算出された内部応力数値が,正確なものであろうはずはない。 エッチング前後のワイヤ曲率半径の測定について(オ)a甲32報告書の表1に示される 「a「b「a「b 」の各数値 ,」」」 00110 1は,エッチング前のワイヤ曲率半径ρ と,エッチング後の曲率半径ρを得るための測定結果であると考えられる。 この4つの数値が,どのように得られたのかについて,本件公正証書等には何らの記載もないが,甲32報告書の図-1-1〜図2までの各図によれば,原告が層除去法の具体的手順を示す証拠として提出したDVD(甲28)での説明のとおり,コピーして得られたワイヤ形状に対して,作業者が定規をあてがうことで読み取った数値であると想定することができる。しかし,原告が提唱するこの方法では,特にエッチング前の大きな曲率半径を有するワイヤの曲率半径を測定する場合に,緩や, かな曲線と直線との交点の位置を正確に求めることが困難である。また弦の垂直二等分線を,定規をあてがって目分量で求めているなど,正確な測定結果が得られない要素を含んでいる。 すなわち,甲第28号証に示される測定方法は,コピーして得られたエッチング前のワイヤ形状と,エッチング後のワイヤ形状に対して,アークハイトを求めてその曲率半径を算出するもの(乙184-1.内部応力測定方法手順?O)であるところ,測定方法における簡易さを印象づけるためか,弦の長さ(乙18におけるb 及びb )を求めるのに0 1定規を用い,しかも,その弦の長さを「任意」に定めるという不正確なものである。また,この弦の垂直二等分線と円弧との交点と弦の中点との, 距離(乙18におけるa 及びa )を求めるに際しても,a 及びa を0 1 0 1定規を当てて測っていることはもちろん,弦の垂直二等分線の引き方に至っては,正確な垂直二等分線を引くことができる数学的な方法や各種の用具を用いるのではなく,単に定規の両側メモリを鉛筆で引いた弦にあてがって,作業者の目分量で垂直を定めている。上記測定方法では,人間の目で目盛りを読む以上0.5mm程度の誤差は十分に生じうるものと想定できること等,ワイヤ外観形状からワイヤの曲率半径を算出する部分に関しても誤差変動要因を含み,極めて不正確であることは,前記3【被告の主張】ウ(ウ)aのとおりである。 このような,不正確な方法で求められたワイヤの曲率半径から,正確な内部応力の値が得られないことは明白であり,このことは,被告が原告試料に基づいてエッチング前後のワイヤにおける曲率半径の値を,プロファイルプロジェクタ(NIKON,V-12B)を用いて測定した結果(乙23)によっても裏付けられる。 したがって,このような不正確な測定方法に基づいて得られたデータに基づいて算出されたワイヤ内部応力数値をもって,イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かの判断を行うことはできない。 b原告は,曲線のアークハイトを求めるための垂直二等分線を,正確な作図すら行わず定規をあてがっただけの目分量によって得るワイヤの曲率半径を求める原告の手法は,技術常識とされた層除去法のごく一般的手法を本件に適用したものであると主張する。しかし,たとえば,線分の両端から等しい半径の円弧を描いて,その交点同士を結ぶなどの数学的に確立された手法を採用するというのであればまだしも,正確な垂直二等分線を求める上で,定規の目盛りを当てて目分量で行うことがごく一般的手法であるなどということはできない。 同じワイヤを測定した測定結果との対比(カ)a本件追加実験は,イ号物件について「より多くの測定を繰り返すこと。 によって信頼性の高い実験データを得ることを目的とする」ものであるしかしながら,本件追加実験結果は,同じワイヤを測定対象とし,同じ。 方法によって測定されたと考えられる甲7報告書のデータとも相違する本件追加実験と甲7報告書とにおいて,同じワイヤにおける内部応力数値同士を比べてみると,φ0.16のワイヤについては,同じワイヤを測定した結果にもかかわらず,その数値には,4〜5kg/mm ,率2にして10%以上の差異が認められる。また,φ0.14のワイヤについても,内部応力の数値として3〜4kg/mm ,率にして10%程度2の差異が認められる。 このように,原告の主張を採用した数値に基づいて,甲7報告書におけるワイヤ測定データと甲32報告書の追加実験結果データとの関係を。 見た場合でも,同じ結果が示されているとはいえない差異が生じているこのことは,原告が採用する内部応力測定方法が,いかに不正確な方法であるか,また,その測定結果に大きな誤差を有するものであるかを如実に表している。 なお,この対比検討で重要なのは,測定結果数値の再現性であって,得られた内部応力数値が形式的に本件発明の特許請求の範囲に規定された内部応力数値の範囲に該当するか否かではない。また,被告は,上記測定結果数値をイ号物件の内部応力値を正しく示すものと認めるものではない。 b同じワイヤを測定対象としたことが明らかな甲7報告書における内部応力数値と甲32報告書における内部応力数値とが異なっているとの被告の指摘に対し,原告は,測定値の相違はより厳密に試料を選別し,かつ,試料数を大幅に増加させることによって精度を向上させたことによ, るものであると反論する。しかし,甲32報告書における試料の選別が極めて不明瞭な選別条件に基づいて,原告単独で秘密裏に行われたことは既に指摘したとおりである。また,原告が主張するような,測定数を増して複数の測定値を平均化することで測定精度が向上する場合とは,測定対象の数値が不動のものである場合であって,測定誤差が正規分布に近い分布を有する場合に限られる。これに対し,本件発明の測定方法では,まず測定対象のワイヤは,1本のワイヤの中でも一定のばらつきが生じる可能性があると原告自らが主張するものであり,1本のワイヤから複数の試料を採取したとしてもその試料の有する内部応力値は全て同じ,すなわち不動なものであるということはできない。また,本件発明の測定手法である層除去法は,破壊試験であるため,同じ試料について複数回の測定を行うこともできない。さらに,本件公正証書における測定方法は,作業員が手塗りでマスキングを行い,エッチング速度が早すぎるために正確なエッチング量(エッチング深さに相当する)のコントロールが困難であると容易に想像できる,液温80℃でのエッチングを行うものである。 当然ながら,その結果として得られたエッチング後のワイヤ形状は,エッチング深さ,エッチング角度の両面において,大きなばらつきを有するものであり,過去の原告自身の実験に基づく甲第27号証では行われなかったエッチング後のワイヤの選別を必要とするほど低い精度のものである。測定試料に対して厳密に試料の選別を行ったと原告は主張するが,エッチング後のワイヤ選別基準は,甲第27号証において示された,何らの選別も行われていない原告自身の内部応力測定結果で現実に得られたデータにおけるばらつきをもはるかに上回る大きな幅を持った値にすぎない。そして,このようなエッチングのばらつきは,そのまま除去される層の体積の変動となるのであるから,測定結果として求められるべき除去された部分の内部応力数値のばらつきとなる。すなわち,本件追加実験は,測定数を増して測定精度を向上させるとの原告の意図に沿うようなレベルのものではなく,これとは全く逆に,測定数を増すことによってその幅が拡大する,測定手法の不正確性(再現性のなさ)に起因するばらつきをいたずらに測定しようとするものにすぎない。 したがって,甲7報告書との測定結果の相違が,甲32報告書における測定精度の向上により生じているかのごとき,さらには,甲32報告書の測定結果がより正確なものであるかのごとき原告主張は明らかに失当である。 小括(キ)以上,本件追加実験によって得られた内部応力計測値が,イ号物件の内。 部応力を測定した結果として正確なものとはいえないことは明らかであるオ本件追加実験の手法の不適切性について本件公正証書に記載された本件追加実験の測定方法には,以下の不正確性がある。 ワイヤ端部を折り曲げること(ア)a本件追加実験において,測定対象試料としてのワイヤは,まず12cmの長さに切り出され,その一端部から2cmの箇所でペンチによってワイヤの円弧(フリーサークル)と同じ方向に折り曲げられたものが用いられている(甲31・13頁 。)このように,一端を折り曲げることにより,ワイヤの曲率半径測定時に,ワイヤの浮きが生じる原因となる恐れがある。エッチング前のワイヤであったとしても,ワイヤの湾曲方向と端部の折り曲げ方向とが少しでもずれると,ワイヤを用紙上に置いたときにワイヤのねじれが原因でワイヤの一部が浮き上がることになり,ワイヤ曲率形状測定のためのワイヤの用紙への貼り付けやコピー機でコピーをとる際に,ワイヤに不所望な力が加わってワイヤの変形の原因となる。 b本件公正証書では,φ0.16のワイヤについての最初の応力値測定の際に,当初30本切り出したワイヤに,円弧と同じ方向に折り曲げられなかったワイヤが生じたため,さらに2mのワイヤを切り出したことが記載されている(甲31・13頁 。)このとき,どのくらいの確率で折り曲げに関する不良が発生したのか本件公正証書には記載がないが,ワイヤの追加取得のために引き出された2mのワイヤからは,12cmの測定試料が最大16本切り出すことができるから,ワイヤ端部の折り曲げ不良は数十%程度の確率で発生したと推定される。いずれにしても,ワイヤに折り曲げ不良が発生し得ることは明白である。 c一方,本件追加実験では,φ0.16のワイヤに対して測定するワイヤの数を増やすために,さらに50本の試料を採取している。しかし,この50本については,ワイヤの折り曲げ不良が発生したとの記述や,ワイヤを追加したとの記述は存在しない。上記のとおり,ワイヤの折り曲げ不良は一定の確率で生じ得るにもかかわらず,追加試料を得る段階で折り曲げ不良のワイヤを除外したとは認められないことから,後に追加された50本のワイヤには,一定の確率で折り曲げ不良のワイヤが存在しているものと考えられる。このような,折り曲げ不良のワイヤは,ワイヤの曲率半径を測定する際に,ワイヤに不所望な力がかかって正しくワイヤ曲率半径が測定できていない可能性を否定できない。 d以上述べたとおり,測定試料であるワイヤの一端を折り曲げる原告方法では,ワイヤの内部応力値を測定するためのワイヤの曲率半径測定時を中心として,計測データに誤差が生じる可能性が高い。 エッチング条件(イ)a本件追加実験では,エッチング液として5%硝酸水溶液を80℃に加熱した状態でエッチングを行っている(甲31・18頁 。このとき,エ )ッチング時間は13秒であり,一度に5本のワイヤをビーカー内のエッチング液に浸している(甲31・20頁 。しかし,エッチング液の温度 )が高いことは,エッチング作業が短時間で効率よく行える半面,わずか, なエッチング時間の差がエッチング量のばらつきにつながること,また複数本のワイヤを同時にエッチングすることは,エッチング液に十分に浸漬されないワイヤが生じうるという問題があることは,前記3(3)カのとおりである。 現に,本件追加実験では,ワイヤ中央と,その左右わずか1cmの場所との非常に近接した3か所におけるエッチング後のワイヤ径測定データから,最大で12.4μmもの大きなエッチング誤差が生じている(甲31,ワイヤ試料No.44の実験手順確認書 。)bこのような本件追加実験でのエッチング条件は,対象ワイヤの内部応力値をより正確に測定することか求められる実験条件として好ましいものでないことは明白である。 ワイヤ曲率半径の測定方法(ウ)本件追加実験において採用されたエッチング前後のワイヤ曲率形状の把握方法では,ワイヤに不所望な力が加わって自然状態でのワイヤ形状が把握できないこと,また,公証人の証言からは本件追加実験でワイヤの形状。 を十分に正しく把握できたとはいえないことは,既に述べたとおりであるしたがって,本件追加実験におけるワイヤ曲率形状の把握において,ワイヤの自然状態での曲率半径が正確に表されていないことは明白である。 ワイヤ断面形状の確認が中央の1箇所のみであること(エ)本件追加実験におけるエッチング後のワイヤ断面の確認は,樹脂に埋め込まれたワイヤをダイヤモンドカッターで切断し,その後研磨したものをデジタルマイクロスコープで拡大して断面の写真を撮影することにより行われる(甲31・30〜32頁,33〜39頁 。エッチング後のワイヤの )断面形状は,エッチングが正確に行われたか否かの判断において最も重要なものであり,エッチングが不正確であった試料は,そのデータを廃棄することで測定結果全体の正確性を担保することもできる。したがって,ワイヤ断面形状の確認箇所は,1か所ではなく,より多くの箇所について確認することが好ましい。 すなわち,本件追加実験(甲28に示された方法)では,マニキュアの塗布状態におけるばらつきはかなり大きいことが予想され,エッチング角度の確認としては,正確な確認が困難と思われる外周面からの確認しか行われない。このため,顕微鏡でワイヤの断面写真を撮影して,エッチングがどのように行われているかを確認する本ステップこそが,甲第28号証に示されるエッチングによる層除去が,どの程度正確なものであるかを確認し得る唯一の手段であるところ,これがたった1か所の断面写真の測定であるということは,甲第28号証の手順に基づいて行われた内部応力測定では,測定対象のワイヤの正確な内部応力値を得ることができないことの有力な証拠であるといわざるを得ない(前記3(3)オ 。)特に,本件追加実験では,ワイヤの中央部と,その両側わずかに1cm, 離れた場所でのエッチング後のワイヤ直径が大きく異なっていることからワイヤの長さ方向において均一なエッチングがなされていないことは明白である。このような状況であるにもかかわらず,ワイヤの断面形状の測定を1か所のみについて行って,たまたま得られた断面形状の写真をワイヤの全長方向の断面形状であると判断する行為は,本件追加実験での測定データの不正確性を際だたせるものである。 小括(オ)以上のとおり,本件追加実験は,甲第28号証のDVDに示された原告独自の簡易手法に基づくものであり,測定精度を向上させるという配慮が全くなされていない。また,本件追加実験は,層除去法の実施に手慣れた原告従業員によって精度の高い測定結果を得ることを目標とする原告の意図に反し,原告の行った他の測定実験結果(甲27)と比較しても,精度の低いものである。したがって,かかる追加実験に基づいて得られた内部応力数値が,測定対象試料のより正確な内部応力数値を示すものであるとの原告主張は失当である。 3甲第31ないし第33号証の基本的な誤り( )アエッチング前のワイヤ径の特定における複数の誤り(第1の誤り)本件公正証書における測定データを反映させていないという誤り(ア)原告は,エッチング前のワイヤ直径を,実際にエッチングを行う試料から求めるのではなく,測定試料として切り出したワイヤの前端部分と後端部分とを別途切り出して,ワイヤ直径の測定のみに用いるという手法を採用している。本件公正証書によれば,0.16mmのワイヤ試料については2回に分けて内部応力の測定を行い,その都度エッチング前のワイヤ直径の測定を行っている。その測定結果は,1つ目の測定グループでは最大0.1605mm,最小0.1601mm(12頁10行〜13頁5行)であり,2つ目の測定グループでは最大0.1604mm,最小0.1600mm(26頁8行〜16行)である。 このように2グループに分けて内部応力の測定を行い,その都度測定したエッチング前のワイヤ直径の値が異なっているにもかかわらず,甲32報告書の表1では,エッチング前のワイヤ直径はいずれの測定試料に対しても0.1603mmとなっていて,実際の測定値と一致していない。 原告は,甲32報告書における内部応力値の算出が本件公正証書の測定結果に基づくと主張するのであれば,エッチング前のワイヤ直径についても本件公正証書のデータを正しく反映させるべきである。すなわち,試料No.28〜47の7本の試料については,エッチング前の測定結果として,0.1603mmではなく0.1602mmを用いるべきである。 ブラスめっきを含めたワイヤ直径を測定するという誤り(イ)原告は,内部応力計算時,エッチング前のワイヤ直径の測定をブラスめっきの除去前に行い(甲31,12頁10行〜14頁6行 ,この数値を )「エッチング前のワイヤ直径d 」としている(甲32報告書の表1の左か0ら3番目の欄 。しかし,エッチング前の直径は,めっき層を除去した直径 )を使うのが正しい。けだし,めっき層は錆止めや最終伸線工程での加工性向上の目的で被覆されているものであり,それ自体にはソーワイヤの機能はないからである(甲20,7頁16〜18行 。)ソーワイヤのめっき層厚さ(ウ)ソーワイヤのめっき層厚さは,ソーワイヤなどのめっき層厚さを示す式として普遍的に使われる下記の計算式(式1)に,平均めっき付着量を適用して算出することができる。 (式1)めっき層厚さ(μm)=0.235×直径(mm)×めっき付着量(g/kg)イ号物件を含め,一般的なソーワイヤのめっき付着量は6〜8g/kgであるから,その中間値である7g/kgを採用し,この数値を(式1)に代入すると,ワイヤ径0.16mmのソーワイヤのめっき層厚さが0.263μm,ワイヤ径0.14mmのソーワイヤのめっき層厚さが0.230μmであることがわかる。 以上を踏まえ,本件公正証書で測定されたソーワイヤの正しいエッチング前直径は,めっき層を含めたワイヤ直径からめっき層の厚さの2倍の値を引いた次表の数値となる。 区分試料めっき層厚さエッチング前直径(mm)No.(μm)原告の値正しい値0.16mm1〜100.2630.16030.1597721〜470.2630.16030.159670.14mm11〜200.2300.13960.13909エッチング前直径を補正した後の内部応力計算結果 (エ)甲32報告書において原告が算出したワイヤのエッチング前直径に関する誤りを正して計算した内部応力値は,ワイヤ径0.16mmのソーワイヤが40.1kg/mm ,ワイヤ径0.14mmのソーワイヤが41.42kg/mm である。したがって,本件公正証書等で原告が測定したワイヤ2は,いずれも本件発明の技術的範囲に属しない。 イエッチング深さが内部応力に与える影響の誤り(第2及び第3の誤り)原告は,甲第33号証での検証結果に基づいて 「15μmのエッチングを ,した場合と16μmのエッチングをした場合とを対比すると,内部応力の相違は0.11kg/mm にすぎない」と主張する。しかし,甲第33号証に2おける原告の検証には,以下の2つの誤りが存在する。これらの誤りを,以下「第2の誤り」と「第3の誤り」とする。データ数値読み取りの誤り(第2の誤り)(ア)原告は,甲第33号証において,甲第20号証(山口大学の卒業論文)45頁のグラフからデータを読み取り,ワイヤ表面からの所定の深さの層に分布する内部応力を解析する検討用モデルを作成している。ここで原告は,グラフ中最も右側のプロット点である3.9μmエッチング時の内部応力を「31kg/mm 」であると主張しているが(甲33の1頁表1の2最下段 ,これは明らかに読み取りの誤りであり,被告が検証した実際の正 )しいデータは「41.7kg/mm 」である(乙28,6頁表4の「線径20.17203mm」の右端欄 。)エッチング深さを絶対値で検証することの誤り(第3の誤り)(イ)原告は,甲第33号証の検証において,単純にエッチング深さ(μm)に対する内部応力(kg/mm )の回帰直線式を求めている(甲33,図21中に記載 。しかし,甲第20号証で測定対象となったワイヤは,ワイヤ )径が0.18mmのものであるため,甲第20号証のワイヤ表面からの深さの絶対値で示されたデータを,ワイヤ形の異なる0.14mmや0.16mmのワイヤにそのまま適用することはできない。このように,ワイヤの径が異なる場合におけるワイヤの深さ方向における残留応力の分布を検討するに際しては,ワイヤ表面からの深さをワイヤ線径に対する半径の比として把握すべきである。 そこで被告は,エッチング深さを表す指標を,絶対値ではなくワイヤの線径に対する比として表すこととした上で,エッチング深さと内部応力との関係を示す回帰直線式を,原告と同様な手順によって算出した。詳細な算出方法は,乙第28号証(陳述書)10頁の?C〜11頁の?Dに記載したとおりである。 第2の誤りと第3の誤りを修正した値(ウ)上記した原告の第2の誤りと第3の誤りを修正し,甲第33号証に示された内部応力値の変動幅を被告が再計算した結果,?@ワイヤ径が0.16mmのソーワイヤ場合,15μmと16μmの内部応力差は「0.87kg/mm,15μmと17μmの内部応力差は「1.87kg/mm 」2 2」となり,原告が提出した「0.11kg/mm 」に比べて約9倍〜18倍2, の大きい値となり,また,?Aワイヤ径が0.14mmのソーワイヤの場合15μmと16μmの内部応力差は「1.27kg/mm,15μmと2」17μmの内部応力差は「2.63kg/mm 」であった(乙28 。 2)なお,甲32報告書のデータには,エッチング深さが16μmを超えるものが多数存在するため,被告による検証では,エッチング深さが17μmになった場合の応力値の変化も計算した。 小括(エ)以上のように,エッチング深さが15μmを超えることによって内部応力数値に及ぼされる影響が小さなものであるとする原告の主張は,技術的知識に対する認識不足やグラフの読み取りミスに基づいて計算式を算出しているため,明らかな誤りを有するものである。エッチング深さが15μmを超えて16μmや17μmとなった場合の内部応力値の変動は,上記のように,とても大きい値となる。したがって,エッチング深さが15μmまでの測定資料が「φ0.16」の試料No.7の一つのみである甲32報告書の原告応力測定実験結果は,正しく行われたものとはいえない。 なお,付言するに,エッチング深さの内部応力算出結果数値に及ぼす影響についての原告の上記主張は,エッチング前のワイヤ直径として,ワイヤ表面のブラスめっき層を含んだ状態で行うか否かの相違点を看過している点においても,明白な誤りを有する。甲第20号証では,エッチング前のワイヤ直径の測定をめっき層の除去後に行っている(甲20,7頁16〜18行)のに対し,原告の実験ではめっき層を含めたワイヤ径をエッチング前のワイヤ直径として用いている(甲31,12頁10行〜14頁6行 。したがって,ワイヤ表面からのエッチング深さの議論において,めっ )き層の厚さが含まれているものといないものとを同列に扱って議論する原告主張には,その前提に無視し得ない誤りを有するものである。 ウ第1〜第3の誤りを修正した値原告の第1〜第3の誤りを修正し,甲32報告書の内部応力測定値であ(ア)る表1の数値を正しい値としたものが次の表である。 上記表中の補正?Tは,エッチング前のワイヤ線径についての補正を行っ(イ)たもので,エッチング前のワイヤ径として,ワイヤの試料グループ毎に原告実験での実際の測定値を厳格に採用するとともに,測定値からめっき層の厚さ分を除去した値を正しいエッチング前のワイヤの直径として用いて内部応力数値を求めたものである。すなわち,上記「第1の誤り」を補正した数値である。 補正?Uは,補正?Tに加え,原告が甲第33号証を用いて主張したワイヤ内部応力値の厚さ方向の分布状況を用いて,エッチング深さが15μmを超えたデータに対して,深さ15μmまでの層における内部応力数値に置, き換えたものである。ただし,原告が明らかに読み誤った,甲第20号証45頁のグラフ中最も浅い部分での内部応力数値(グラフ中右端のプロット)は,被告の再検証結果に置き換え,エッチング深さと内部応力数値との関係を示す回帰直線式は,原告算出のものをそのまま使用したものである。すなわち,上記「第1の誤り」と「第2の誤り」との両方を補正した数値である。 補正?Vは,補正?Tと補正?Uに加え,エッチング深さが15μmを超えた試料データについて,甲第20号証のデータに基づいて被告が作成した正しい応力分布モデルに基づいて,15μmまでの内部応力数値に置き換えたものである。上記した補正?Uの場合と比較して,エッチング深さと内部応力数値との関係を示す回帰直線式として,エッチング深さの絶対値ではなく,ワイヤ径に対するエッチング深さの比率について求めた被告修正式を用いている点が異なる。すなわち,上記した「第1の誤り 「第2の誤 」り 「第3の誤り」のすべてを補正した数値である。 」上記表の結果から明らかなように,エッチング前のワイヤ直径として正しい値を用いるだけでも,原告の測定したワイヤ径が0.16mmのワイヤ及び0.14mmのワイヤの内部応力数値は,いずれも本件発明の技術的範囲に属しない数値となる。 さらに,本件公正証書等及び甲第33号証における原告の技術的な誤りをすべて補正した結果では,原告の測定した0.16mmのワイヤの内部応力数値は41.0kg/mm ,0.14mmのワイヤの内部応力数値は242.0kg/mm となり,本件発明の技術的範囲に属さないことは明白2である。 エ一本のワイヤの全ての部分が応力範囲内でないことについての判断の誤り原告は,甲32報告書の5頁の表で,それぞれのワイヤの複数の試料における平均値を求めて,この数値のみを用いて測定対象のワイヤが本件発明の技術的範囲に属すると主張するが,以下のとおり誤りである。 すなわち,本件発明は 「内部応力が0±40kg/mm の範囲に設定さ ,2れている (甲2〜3の「請求項1 )ワイヤを対象とするものであり,ワイ 」」ヤの内部応力をこの範囲に設定することで,微小小波が発生したり,フリー, サークル径が極端に小さくなったり,癖がつきやすくなるということがなくソーワイヤのソーマシン内での真直性を維持することができるというものである(甲2,甲3の段落【0010】〜【0012。したがって,本件発 】)明の作用効果を奏するためには,1本のワイヤの全部が,本件発明の技術的範囲に入っていなければならないと解釈できる。けだし,ソーワイヤは,長さが数百キロにも及ぶ1本のワイヤを,ガイドローラーを用いて300本から1000本程度平行に懸架した状態で高速度で走行させながらワークに接触させることでワークを切断するものであり,ワイヤの一部においてソーマシン内での真直性が保てないのであれば,その一部の欠陥がワーク全体に影響を及ぼすこととなり,ワイヤ全体として好ましい特性を持っていないワイヤであると断じざるを得ないからである。また,本件明細書のどこにも,ワイヤの内部応力値として,平均値を求めるとは記載されていない。 そうすると,原告が本件追加実験をし,甲32報告書で内部応力を算出した線径0.14mmのワイヤ及び0.16mmのワイヤは,いずれも本件発明の技術的範囲に属しない。 5 乙16報告書に関する当事者の主張【被告の主張】1乙16報告書の検査試料について( )乙16報告書に用いられたソーワイヤ用ワイヤは,通常の製造工程を経て製造されたものであり,原告が疑義を呈するように表面残留応力が高い数値であるワイヤを選別したものではなく,被告が日本市場において販売する他のワイヤと同じ条件で製造されたものである。 2乙16報告書の測定手法について( )被告は,JFEテクノ社に依頼して行ったイ号物件の残留応力の測定に当たっては,本件訴訟における第三者鑑定としての客観性,厳密性を確保することを考慮した。このため,内部応力値測定の具体的方法としては,本件明細書の記載に基づくことを最優先としつつ,本件明細書から導き出せない具体的な測定手法については,原告が提出した甲6・7報告書の内部応力測定報告書に記載された測定条件を参酌した。さらに,個々の測定条件について,JFEテクノ社で試行錯誤を繰り返し,特許請求の範囲に規定された層除去法を用いた内部応力値の測定において,想定できる範囲で最も正しく残留内部応力値が測定できる条件を導き出し,かかる条件での測定を行った。したがって,乙16報告書の測定結果こそがイ号物件の内部応力値の正しい数値を示すものとして高い信頼性を有するものである。 以下,具体的な測定条件とこれを定めた経緯について,特に算出される内部応力値に影響を及ぼす諸条件について説明する。 アマニキュアの塗布方法本件発明の特許請求の範囲の記載より,測定対象のソーワイヤが本件発(ア)明の技術的範囲に属するか否かを検討するためには,ワイヤの内部応力を「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求め」ることが必要となる。そして,この「層除去」の方法として,本件明細書には 「ワイヤの片面を所定厚さにエッチングして除 ,去(図3参照 」と記載されているため(段落【0007,ちょうどワイ ) 】)ヤの半周をエッチング除去部分と示している図3を参照し,ワイヤの片面(=半周)をマスキングして,残り半周をエッチングするという方法を採用することとなる。 , ソーワイヤのような極細鋼線にいわゆる層除去法を適用する手段としてワイヤの所定部分にマニキュアを塗布して,エッチングを行う際のマスキングとするといういわゆる「マニキュア法」と呼ばれる手法が周知であり(乙1,甲9など ,また,甲7報告書でも,マニキュアでマスキングした )ことが明記されている(甲7報告書の7頁4.測定方法?B 。そこで,乙)16報告書の作成に当たり,JFEテクノ社でも,このマニキュア法を適用した層除去法を行うこととした。 JFEテクノ社では,まず,マニキュアの具体的な塗布方法について検(イ)討したが,直径0.14mm及び0.16mmの極細鋼線の全長(120mm)にわたり正確にワイヤの片面(=半周)にマニキュアを塗布することは非常に困難な作業であることが判明した。その検討を重ねた結果,結局は,乙16報告書の1頁「3.1 測定及び計算手順 (6)に記載のよう 」に,ワイヤのフリーサークル形状を保ったまま曲げ内側を下にしてワイヤを磁石で固定し,ワイヤの下側から刷毛の側面をワイヤにあてがうようにしてマニキュアを塗布する方法を採用した。 マニキュアをワイヤの下側半分に正確に塗布できるよう,拡大鏡で塗布(ウ)部分を拡大しながら塗布するとともに,全長にわたってマニキュアが正確に塗布されているか,特に,塗布部分と塗布しない部分との境界線の直線性と,マニキュアを塗布する半周側に未塗布部分が残っていないかについては,塗布後に顕微鏡で確認した。そして,未塗布部分がある場合はマニキュアを塗り足し,マニキュアのはみ出しがある場合にはアセトンでマニキュアを除去し,再度マニキュアを塗り直した。 イエッチング条件マニキュアを正確に塗布できれば,エッチング条件については,除去する層の厚さ,すなわちエッチング深さの観点に気をつければよい。 本件発明の特許請求の範囲の記載より,内部応力の測定にあたって除去する層は 「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層」でなくてはならず,本件 ,明細書の「内部応力を求める深さをワイヤ表面から15μmの深さまでに設定し得たのは (段落【0006 )との記載から,エッチング深さの条件と 」】して,15μmを超えてはいけないこととなる。このため,乙16報告書を作成するにあたっては 「エッチング深さの目標は15μmである。ただし, ,この深さを超えないようにする 」としている(3.1 測定及び計算手順 。 (9。))そして,具体的なエッチング条件としては,硝酸の濃度や温度を高く設定すると,エッチングが急速に進んでエッチング深さのコントロールが困難になり,上記「15μmを超えない」という条件を満たしてワイヤ全長にわたって同じ深さでのエッチングを行うことが困難となるおそれが強いため,「硝酸濃度36%,エッチング液は常温度(20℃ ,エッチング時間60 )秒」という条件が選択された(同(9。))ウワイヤ曲率半径(ρ ,ρ )の測定01ワイヤ曲率半径の測定に関しては,ワイヤを自然な状態で測定すること (ア)が重要となる。曲率半径測定時のワイヤに外力が加わった状態では,エッチング前後のワイヤの形状の変化からエッチング除去部分の応力を算出することができないことは明らかだからである。 このため,乙16報告書の作成にあたっては,マニキュアの塗布前と,マニキュア除去後のワイヤ形状から曲率半径を測定している(4.2 エッチング前後の線径及び輪径(曲率半径。マニキュアが塗布された状態で ))ワイヤの曲率半径を測定すると,塗布後に乾燥硬化したマニキュアが,ワイヤの片面に形成された表面皮膜としてワイヤに対して一定以上の応力を及ぼすことは自明だからである。なお,当然ではあるが,マニキュアの除去作業でワイヤに応力が加わって変形しないように,マニキュアの除去はワイヤをアセトンに漬けたまま放置することで行っている(同(12。))また,ワイヤが測定台との摩擦によって自然状態を保てなくなることがないように,テフロン製の測定台を試作し,ワイヤを載せた測定台を軽く揺すってワイヤが自然状態にあることを確認し,その状態でのワイヤ形状の, 測定を行っている。さらに,ワイヤに触れずにその形状を把握するために測定台垂直上方に設置したデジタルカメラでワイヤ形状を撮影し,そのデータを用いることにしている(同(4 (13。)))ワイヤの曲率半径の算出については,デジタルカメラで得られたワイヤ(イ)形状の電子データから,コンピュータ図形描画ソフトウエア(MicrosoftPaint)を用いて行っている。具体的には,ワイヤ上の3点(中央部と両端から約20mmの部分)の座標を測定し,この3点のうち隣り合う2点同士を結ぶ線分の垂直二等分線を計算で求めて,その交点を円の中心とし,この円の中心とワイヤ上に定めた前記3点の内一番左側の点との距離を,そのワイヤの曲率半径とした。なお,ワイヤと共に写真に写し込んだ定規を用いて,絶対値の較正を行っている(同(16。))。 一部のワイヤでは,ねじれが生じて端部が測定台から浮く現象が生じたこのような場合は,浮きが生じていない部分のみを用いてなるべく長い範囲の円弧を特定し,その円弧上に3点を定めて,以降の作業は上記と同じ方法で計算して,ワイヤの曲率半径を求めている。 エワイヤ径(d ,d )の測定01エッチング前後のワイヤの直径は,ワイヤの断面形状から顕微鏡を用い (ア)て測定している。ノギスやデジタルメータなどのワイヤを測定子で直接挟む方法で測定すると,測定子に加える圧力によって測定結果が変化するため,特にエッチング後に表面が腐食してもろくなっていると思われるワイヤ径(d )が,正確に測れなくなるおそれがあるためである。なお,エッ1チング前のワイヤ径は,それぞれの試料において測定サンプルに隣接する部分のワイヤを切断して,その断面を観察して測定している(同(5。))また,エッチング後のワイヤ径は,次に述べる「オ応力算出試料の選択(断面形状の確認 」を行う際に,断面形状を顕微鏡で観測するのと同時 )に測定している(同(14。))原告は,乙16報告書のワイヤ線径測定方法が,モールドに固定したワ(イ)イヤの断面を顕微鏡で確認する方法であることに対し,この方法ではワイヤ線径を正確に測定することができない旨を主張する。しかし,JFEテクノ社での鑑定作業において,ワイヤ線径(d ,d )を顕微鏡で拡大し01た断面から測定しているのは,ノギスやデジタルメーターなど,接触子を測定対象に押し当てる方法では,接触子の押圧力によって測定対象が変形する恐れがあり,特にエッチング後の表面がもろくなっているワイヤの径を測定する上で,好ましい方法ではないというJFEテクノ社での判断によるものである。顕微鏡で断面を測定する方法では,断面を水平に保つことが重要であり,ワイヤを正確に固定する上での手間がかかるが,これは作業精度の問題であって,顕微鏡で拡大投影している状態でワイヤの傾きを正確に調整すれば解決できる問題にすぎない。 オ応力算出試料の選択(断面形状の確認)マニキュアの塗布には細心の注意を払ったものの,マニキュア塗布後の(ア)顕微鏡による外観状態確認検査では判明しなかった微細なマニキュアの浮きや未塗布部分があると,本来マニキュアでマスキングされていなければならない部分がエッチングされてしまうなどの不都合が生じる。また,塗布角度が正確に片面(=180°)となっているか否かは,外周観察では十分に確認できないことから,エッチング後のワイヤ外観形状をデジタルカメラで撮影した後に,全てのワイヤについての断面形状確認を行っている。断面形状の確認場所は,原則としてワイヤ中央と両端部近傍の3か所としている(同(15。))このような断面形状確認の結果,エッチング角度がほぼ180°である(イ)と視認できることと,マスキングされている部分にエッチングによる大きな欠落がないことを判定条件とし,2品種2リールの4種のワイヤそれぞれについて,n=10本の実験対象の中から好ましいものから順にn=3本を選択し,この選択された3本のみを内部応力を計算する試料としている。 カ内部応力値の算出内部応力値の算出式は,本件明細書には記載されていないが,原告が正しい応力算出式と主張する 「wire残留応力測定方法 (乙7)なる原告作 , 」成の資料に記載された式(23 (28 (27)と同じ式が,甲6報告書 )), (1頁)及び甲7報告書(6頁)に応力値算出式として記載されているため乙16報告書でも同じ式を用いて算出している(3.2 残留応力の計算 。)測定結果と,算出された内部応力値とが表3に示されている。なお,内部応力の算出は 「オ応力算出試料の選択(断面形状の確認 」で説明した断 , )面形状が好ましいと判断された3本の試料のみについて行い,他の7本の試料については,内部応力値の算出を行っていない。 なお,表3ではφ0.14mm,φ0.16mm,それぞれ2リールずつという合計4種の測定対象のワイヤについて,断面形状を確認して応力算出対象試料とした各3本についての測定データと,その3本のデータの平均値とを示している。これは,原告が提示した甲6・7報告書における測定結果の表現形式に合わせたものにすぎず,被告が測定結果の平均値を求めることに意義を認めているためではない。 3イ号物件の内部応力数値( )乙16報告書から明らかなように,イ号物件には 「ワイヤ表面から15μm ,の深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側は圧縮応力)の範囲に設定され2ている」ものは存在しない。 したがって,イ号物件が,本件特許権を侵害していないことは明白である。 【原告の主張】1乙16報告書の検査試料について( )乙16報告書の鑑定は,本件訴訟とは関係のない製品を試料としてなされた可能性があり,少なくともイ号物件を代表する製品として検査試料とするに適切なものであるとはいえないから,その結果には信頼性がない。 2乙16報告書の測定手法について( )ア乙16報告書の測定手法は,その大部分において実質的に甲第28号証に示した手法と同一であるが,同報告書が選択したワイヤの線径の測定方法(乙16報告書3.1測定法及び計算手順(5(14 )は,マイクロメー ),)ターによる計測などごく一般に用いられているものではなく,このような特異な手段が用いられていることによって測定精度が著しく低下していると考えられる。 乙16報告書によって用いられている線径測定方法は,モールドに固定したワイヤの断面の径を顕微鏡で測定するものであるが,このような方法が一般に用いられない理由としては,第1に曲率のある極細線を垂直に埋め込むのが困難であることを指摘することができる。ワイヤを垂直に埋め込むのが困難であるために,ワイヤ断面を長手方向に直角に切断・研磨することも困難になり,その結果,研磨面が斜めになって,線径を測定できなくなるのである。第2には,ワイヤがモールド中の樹脂に埋め込まれる場合,研磨後のワイヤと樹脂との境界を鮮明にとることができなくなることがあげられる。 ワイヤは樹脂より硬いため,研磨時にワイヤ部分が樹脂面に対して若干突出し,ワイヤの外周部分が丸く面取りされたような状態となったり,ワイヤまたは樹脂が「垂れ」て境界面に凹凸を生じたりするからである。 以上2つの問題点について,例えば乙16報告書26頁(記号1-5)についてみると,写真1)の長径,短径とも写真2 ,同3)と同一のワイヤと )は思えないほど大きくなっている。 また,27頁(記号1-6)についてみると,写真1)や同3)の断面形状がいびつになり,また,ワイヤ表面に凹凸を生じているうえ,写真2)に。 ついては,エッチングされているかどうかも明らかでない状態になっているまた,これらの写真も,エッチングされていない部分を見ても同一ワイヤとは思えないほど線径が異なる。同様の傾向は,28頁(記号1-8 ,29頁 )(記号2-5)などにも見られる。30頁(記号2-8)などは,明らかに垂直に埋め込まれておらず,特に写真2)については歪みを明確に見て取れる。31頁(記号2-9)の各写真もエッチングによって短径となるはずの径が長径となるはずの径よりも大きくなっている。33頁の写真2 ,34頁 )の写真1)36頁の写真3)などにも同様の状態が見られる。 37頁(記号4-6)の写真2)にはエッチングされていない部分に凹み。 が生じているところ,これは研磨によって径に変容を生じた例と考えられる以上,乙16報告書には,線径の測定方法の選択において深刻な問題が認められるところ,このような状態で線径を一定の精度で測定するのは不可能である。 イ被告は,ワイヤの傾きを正確に調整すれば解決できるというが,その具体的方法について言及がなく,根拠がない。また,現にそのような調整が行われた形跡はない。すでに詳述したとおり,そもそもワイヤをモールドに適切に埋め込み,適切な横断面が得られるよう研磨することは困難である。 他方,被告が指摘するデジタルパッサメータの誤差は0.1μmのオーダーの問題であって,被告の測定手法の問題とは比較の対象とはならない。 , そもそも,乙16報告書に見られるような大幅な傾きの補正が可能であれば被告が批判する原告の鑑定における各種の精度上の問題など取るに足りないものばかりといえる。 6争点2(原告の損害)について【原告の主張】原告は,平成11年ころ以降,本件発明に係る製品を生産及び販売し,もって本件発明を自ら実施している。 被告は,日本国内において,半導体メーカー,ガラス加工業者等に対し,少なくとも1か月あたり数量合計7万kgのイ号物件を販売している。 原告が本件発明に係る製品を販売する場合の単価は●●●●円/kgであり,その利益率は●●を下回らない(1kgあたりの利益は●●●●円 。)したがって,被告が,本件特許権を侵害したことにより原告が受けた損害の額は,以下のとおり,●●●●●●●●●●●円と認められる(特許法102条1項 。)252万kg(被告がイ号物件を訴え提起日以前の過去3年間に販売した数量)×●●●●円(1kg当たりの原告の利益額)=●●●●●●●●●●●円【被告の主張】争う。 |
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争点に対する判断
1 争点1(イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足するか )について 。 イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するものと認定し得るかどうか,すなわち,イ号物件のワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が本件発明の構成要件Cに規定する本件数値の範囲内にあるか否かは,純粋な事実認定の問題であって,本件においてこのことは,実際にイ号物件についてその内部応力を測定した結果,これが本件数値の範囲内であるとの測定結果が得られたとする甲6・7報告書及び本件公正証書等の信用性の有無にかかっている。そして,その信用性の有無は,後記のとおり,主としてイ号物件の上記内部応力の値の算出に必要な数値であるワイヤの直径及び曲率半径の測定が適正かつ正確に行われたか否かによって決まるものであるといえる。また,被告において第三者に依頼し,上記測定結果とは異なりイ号物件のワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が本件数値の範囲外であるとの測定結果が得られたとする乙16報告書も存在し,その信用性との対比も必要である。そこで,まず,正確な上記内部応力の値を得るために必要な条件について考えると,次のとおりである。 イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するか否かを判断するためには,まず,「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去 ,すなわちエッチングを行い,エ 」ッチングの前後におけるワイヤの直径及び曲率半径を測定し,これによって得られた数値(エッチング前のワイヤ直径,エッチング後のワイヤ直径,エッチング前のワイヤの曲率半径,エッチング後のワイヤの曲率半径)を所定の内部応力計算式(甲6・7報告書,甲32報告書及び乙16報告書において共通に使用されている計算式)に代入して内部応力値を算出することが前提となる。 したがって,正確な内部応力値を得るためには,まず 「ワイヤ表面から15μ ,mの深さまで」の正確なエッチングを行うことが必要である。 また,証拠(甲2,6の1,7,32,乙7)によれば,上記内部応力計算式は,エッチングがワイヤの半周(180°)について均一な深さで行われた場合を想定したものであることが認められるから,上記計算式を用いて正確な内部応力値を得るためには,同計算式が想定する,エッチング角度180°で,かつ,エッチング深さが均一であるという条件を満たすように正確にエッチングを行うことが必要であると解される。 なお,イ号物件は,直径が0.14mmと0.16mmという極めて細いワイヤであるから,このようなワイヤに対して,表面から15μmの深さまでのエッチングを,エッチング角度180°で,かつ,エッチング深さが均一であるという条件を満たすように正確に行うことは相当に困難な作業であろうことは容易に想像されるところであり,したがって,このような正確なエッチングを行うためには,試行錯誤をしながらそれ相応の工夫が必要であろうと考えられる。 そして,上記の条件を満たすように正確にエッチングが確かに行われたか否かを確認・検証すること,すなわち,エッチング後のワイヤの断面形状を観察することによってエッチング角度及びエッチング深さを事後的に確認することも不可欠であるというべきである。 さらに,上記内部応力計算式に代入する数値,すなわち,エッチング前のワイヤ直径,エッチング後のワイヤ直径,エッチング前のワイヤの曲率半径及びエッチング後のワイヤの曲率半径の測定を正確に行うことも重要であると解される。 そこで,以下においては,上記各観点,すなわち,?@ワイヤ表面から15μmの深さまでのエッチングが,エッチング角度180°で,かつ,エッチング深さが均一であるとの条件を満たすよう正確に行われたか否か,?Aエッチング後のワイヤの断面形状の確認・検証が適切に行われたか否か,?Bエッチング前後のワイヤ直径の測定が正確に行われたか否か,?Cエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定が正確に行われたか否か,の各観点に照らし,甲6・7報告書及び本件公正証書等及びこれに対する反証となる乙16報告書について,順次その信用性の有無を検討することとする。 2 甲6報告書の信用性について1甲6報告書における測定方法( )甲6報告書における内部応力算出のために必要な各数値の測定方法については,「腐食面を限定する手法として鋼線の円周の半分をマスキングするジャパンファインスチール(株)が提唱する方法を利用」するとの記載があるのみで,その具体的な測定手順,方法等に関する記載はなく,その詳細は不明である。原告は,具体的な測定手順,方法等について 「層除去法については,実際の作業状況を ,撮影したビデオ(甲28)によって明らかにする 」と主張するが,甲第28号 。 証(DVD)に示された方法が甲6報告書における測定の際に用いられたことを認めるに足りる証拠はない。 したがって,甲6報告書の信用性を上記1の各観点,すなわち?@ワイヤ表面から15μmの深さまでのエッチングが,エッチング角度180°で,かつ,エッチング深さが均一であるという条件を満たすよう正確に行われたか,?Aエッチング後のワイヤの断面形状の確認・検証が適切に行われたか,?Bエッチング前後のワイヤ直径の測定が正確に行われたか,?Cエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定が正確に行われたか,の各観点から具体的に検証するということはできず,また,その信用性を積極的に肯定し得る証拠はない。 かえって,甲6報告書の記載内容からすると,同号証の信用性については次のとおり疑問があるというべきである。 2甲6報告書における測定方法の問題点( )アエッチングの正確性について甲6報告書の測定では,φ=0.16mmのワイヤが2種類,φ=0.14mmのワイヤが3種類,合わせて5種類のワイヤについて各3本ずつ,合計15本が測定試料とされているが,甲6報告書には,ワイヤの断面顕微鏡写真が図6及び図7(甲6の1・7頁)の2枚しか示されていない。このう. ち,図6はφ=0.16mmの試料の断面形状の写真とされ,図7はφ=014mmの試料の断面形状の写真とされているが,15本の試料のどの試料のどの部分の断面形状を示すものであるかは,同報告書からは明らかではない。 図6の試料の断面形状によれば,同試料のエッチング角度は160°程度にも満たず,また,エッチング深さは13μm程度以下であることが看取され,かつ,これが均一ではなく場所によって相当程度深さが異なっていることが認められる。また,図7の試料の断面形状によれば,同試料のエッチングされた側の半面の形状は半円ではなく,むしろ四角形(台形)に近い形状となっている上,図6の試料と同様,エッチング深さが均一ではなく場所によってまちまちであることが認められる。 上記事実によれば,甲6報告書の図6及び図7の試料の断面形状は,いずれも,内部応力計算式が想定している条件,すなわち,エッチング角度180°で,かつ,エッチング深さが均一であるという条件を満たしているとはいえない。このように,断面形状の写真が示されている試料2点についてさえ,上記計算式が想定している条件を満たしているとはいえないことからすると,断面形状の写真が示されていない残りの13点の試料についても上記条件を満たしているとは考え難く,また,写真に示されている試料2点についても,写真に示されている部分以外の部分の断面形状が上記条件を満たしているとは認め難いというべきである。 したがって,甲6報告書の測定に際して行われたエッチングの正確性には多大の疑問があるというべきであり,その他,上記計算式が想定する条件を満足するような正確なエッチングが行われたことを認めるに足りる証拠はないから,仮に,エッチング前後のワイヤの直径及び曲率半径の測定自体が正確に行われていたとしても,これらの測定数値を上記計算式に代入して得られた内部応力値に信頼性を認めることはできない。 よって,甲6報告書における内部応力の測定結果は,その余の点について検討するまでもなく信用することができない。 イエッチング前後のワイヤ直径の測定について上記のとおり,甲6報告書は,仮にエッチング前後のワイヤの直径及び曲率半径の測定自体が正確に行われていたとしても,その測定数値を上記内部応力計算式に代入して得られた内部応力値に信用性はないというべきであるが,加えて甲6報告書については,エッチング前後のワイヤ直径の測定についても次のような問題がある。 すなわち,甲6報告書の測定結果を示す別表1には,エッチング前のワイヤ直径を示す数値として,φ0.16mmのワイヤについては2種類計6点についてすべてd =0.16mmと記載され,φ0.14mmのワイヤにつ0いては3種類計9点についてすべてd =0.14mmと記載されている。ま 0た,エッチング後のワイヤ直径を示す数値として,φ0.16mmのワイヤでは6点の試料についてすべてd =0.13mmと記載され,φ0.14m1mのワイヤでは9点の試料についてすべてd =0.11mmと記載されてい 1る。したがって,いずれの試料についても,エッチング深さを15μm〔 d(-d )÷2〕として内部応力値が算出されたことが認められる。 01しかし,上記アのとおり,図6,図7の試料のいずれもエッチング深さは均一ではなく場所によってまちまちであるなど,甲6報告書の測定に際して行われたエッチングの正確性には多大の疑問があるというべきであるから,試料計15点のすべてについてエッチングの深さが同じ15μmで均一であるとは到底考えられない。 また,別表1に記載されたエッチング前のワイヤ直径の数値は,いずれも当該ワイヤの直径の公称値と一致し,同じく別表1に記載されたエッチング後のワイヤ直径の数値は,いずれも当該ワイヤの直径の公称値から本件発明の構成要件C所定の「15μmの深さ」にいう15μmの2倍の数値を差し引いた数値と一致する。 以上の点を総合考慮すると,別表1にエッチング前後のワイヤ直径として記載されている数値は,いずれも実測値ではなく,エッチング前のワイヤ直径としては当該ワイヤの直径の公称値を記載し,エッチング後のワイヤ直径としては当該ワイヤの直径の公称値から一律に15μmの2倍の数値を差し引いた数値を記載したものにすぎないと推認することができる。 したがって,甲6報告書における内部応力の測定結果は,この点からしても信用することができないというべきである。 3まとめ( )以上のとおりであるから,甲6報告書における内部応力の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認めることはできない。 3 甲7報告書の信用性について1甲7報告書における測定方法( )証拠(甲7,28,乙17,18)及び弁論の全趣旨によれば,甲7報告書におけるワイヤのエッチング,エッチング後のワイヤの断面形状の確認,エッチング前後のワイヤの直径及び曲率半径の測定等,具体的な測定手順,方法は,甲第28号証(DVD)に示されたとおりであると認められる。 しかして,甲第28号証に示された測定方法に関しては,?@エッチングの正確性,?Aエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定の正確性に関して,次のとおり問題がある。 2甲7報告書における測定方法の問題点( )アエッチングの正確性についてエッチングを正確に行うためには,エッチングをしない部分のマスク(マニキュア)を正確に塗布することが必須となる。また,エッチング温度の設定等エッチングの方法が適切であることも必要である。さらに,前記のとおり,エッチング後のワイヤの断面形状の確認・検証を適切に行うことも重要である。 しかるところ,甲第28号証におけるエッチング作業については,これらの点に関して次のような問題があり,したがって,同号証に示された方法でエッチングを行っている甲7報告書の測定についても,エッチングの正確性に関して疑問がある。 マニキュアの塗布方法によるエッチングの正確性(ア)甲第28号証(DVD)では,ワイヤへのマニキュアの塗布作業について 「乾燥させたワイヤの下半面にマニキュアを塗ります」との音声での説 ,明があり,また,画面に表示されるテロップに「5.ワイヤの下半面(範, 囲:150°〜250°)にマニキュアを塗る」と表示されている。また同号証に映し出されたDVD画面によれば,そこで示された測定方法の過程でされるマニキュアの塗布作業は,ワイヤ端部の折り曲げ部分を上に向けた状態,すなわちワイヤが下に凸となって湾曲している状態で,折り曲げ部分を左手で保持し,マニキュア瓶の蓋に付属している刷毛の側面を使って,ワイヤの湾曲部分内側にワイヤの上側からワイヤをなぞるように1回だけ塗布する方法で行うものである。以上によれば,上記の音声での説明による「ワイヤの下半面」とは,保持されたワイヤの上側を指すものと認められる。 上記のマニキュアの塗布作業は,要するに,マニキュアをワイヤの上側。 からなぞるように1回だけ塗布するという方法により行われるものであるしかし,上記塗布方法によれば,次のとおり,マニキュアの「垂れ」と「塗り残し」が生じる可能性があり,そのために正確にマスキングを行うことができないのではないかという疑問がある。 すなわち,マニキュアの塗布作業を行うにあたり,マニキュアでマスクされていない部分のエッチングを正確に行うためには,マニキュアを塗布した部分と塗布していない部分との境界線がワイヤの長さ方向に対して曲がることなく直線状になるように,しかも,このような状態がワイヤ全長にわたって確保されるようにマニキュアを塗布することが必要であると解される。しかるに,甲第28号証に示された方法でワイヤの上側からマニキュアを塗布すると,マニキュアが乾くまでの間に「垂れ」が生じる可能性がある 「垂。 れ」が生じた場合,乾燥後にマニキュアが塗布されている部分と塗布されていない部分との境界線が直線状になっていることを期待するのは困難であり,まして,ワイヤ全長にわたって上記境界線が直線状になっていることを期待するのはほとんど不可能であることが容易に推認できる。 また,マニキュアを1回しか塗布しないと,マニキュアを塗布することを意図した部分であっても「塗り残し」が生じる可能性があり,特に,ワイヤの上側からマニキュアを塗布する上記の方法では,マニキュアが,乾燥するまでの間にワイヤの円周の上側から両側面方向に流れ,ワイヤの円周, の最も上側の部分のマニキュアが薄くなる可能性がある。そのような場合ワイヤの円周の最も上側の部分にマニキュアが十分な厚さをもって塗布できず,その部分がエッチングされてしまう可能性が生じる。しかして,ワイヤの円周の最も上側の部分は,エッチングを予定している部分のちょうど反対側の中央部分に当たるから,このエッチング予定部分のちょうど反対側にマニキュアが十分な厚さをもって塗布できず,同部分が少しでもエッチングにより削られてしまうと,ワイヤに対して,エッチング予定部分におけるワイヤの変形方向とは全く逆方向への変形を生じさせる応力が加わることになる。その結果,エッチング前後のワイヤの曲率半径の変化を正確に把握することは困難となり,正確な内部応力値を算出することが不可能となる。 さらに,甲第28号証では,ワイヤに対してDVD画面での奥側からのみマニキュアを塗布していることが認められるが,このような方法では,DVD画面での手前側のワイヤ側面には,奥側のワイヤ側面よりもマニキュアが塗布されにくくなる。加えて,同号証の方法では,ワイヤを左手で保持するのみなので,ワイヤが自由に動き,刷毛をワイヤに押しつけるようにしてもワイヤが下側にしなるように逃げてしまい,ワイヤの手前側半面に十分にマニキュアを塗布できない可能性がある。ワイヤのしなり具合は,刷毛を押しつける力に応じて変動するため,マニキュアを塗布した部分と塗布していない部分との境界線を直線に保つことがより困難になることも懸念される。 以上のとおり,ワイヤの上側からマニキュアを塗布する甲第28号証の方法では,マスキングを正確に行い,これによってエッチングを正確に行うことができるのか疑問である。ちなみに,乙16報告書の測定におけるマニキュアの塗布作業は,マニキュアの「垂れ」を考慮して,塗布面を下側にして行われていることが認められる。 エッチングの方法について(イ)証拠(甲28,乙17,18)及び弁論の全趣旨によれば,甲第28号証の測定方法におけるエッチング作業は,ホットスターラで5%硝酸水溶液を80±2℃に熱し,このエッチング液に約13秒間浸す方法で行うものであることが認められる。 , ところで,エッチング温度を高くするとエッチング速度が速くなるからエッチング時間の誤差がエッチング深さの大きな誤差として現れやすくなる。エッチング液を入れたビーカーから試料を引き上げた後も,水洗いするまではエッチングが進行するため,エッチング速度を上げすぎるとエッチングの深さにばらつきが生じる可能性が高くなる。したがって,エッチングを正確に行うためには,エッチング温度はむしろ低い方が望ましいというべきであり,乙第28号証の方法のように80±2℃という高温に設。 定すると,エッチング深さの正確性を確保しにくくなるという難点があるちなみに,乙16報告書の測定では,エッチング温度は硝酸濃度36%で常温度(20℃)とし,エッチング時間は約60秒と設定されていることが認められる。 また,甲第28号証におけるエッチング時間の制御は,片方の手で保持したワイヤをビーカーの中のエッチング液に漬けた作業員自らがもう片方の手でストップウォッチを持って確認することにより行われていることが認められる。このような方法では,ワイヤがしっかりとエッチング液に漬かっているかの確認と,エッチング時間の確認とを同時に行わなくてはならず,いずれかがおろそかになる危険性があることが否定できない。ちなみに,乙16報告書の測定では,エッチング液を平皿に入れ,ワイヤをピンセットでつかんで,ワイヤがエッチング液内に完全に漬かるように工夫されており,また,エッチングを行う作業員とは別にエッチング時間を確認する作業員がおり,この作業員がエッチングを行う作業員にエッチング時間終了の合図を送り,合図を受けた作業員が直ちにエッチング液内からワイヤを引き上げ水洗いするという手順が踏まれていることが認められ,甲第28号証におけるよりも正確に測定できるように配慮されているといえる。 なお,甲第28号証における測定方法では,3本のワイヤを同時に重ねて保持してエッチングを行っており,同号証に映し出されたDVD画面によれば,エッチング後の水洗いの際に,ワイヤを1本1本ほぐしていることが認められるところ,この画面映像等からすれば,上記測定方法においては,3本のワイヤが密着してエッチングされていることが推認される。 このような方法では,エッチング液に漬かっている状態で3本のワイヤの全周がくまなくエッチング液に浸されているのか疑問である上,ワイヤ同士が密着することによりこすれ,塗布されていたマニキュアが剥がれてしまい,その結果エッチングを予定していない部分にエッチングが行われてしまう可能性も否定できない。 以上のとおり,甲第28号証のエッチングの方法では,正確なエッチングを行うことができるのか少なからず疑問が残る。 エッチング後のワイヤの断面形状の確認(ウ)甲第28号証の測定方法では,エッチング後のワイヤの断面形状の確認・検証は,ワイヤ長さ方向の中央部分の1箇所においてエッチング角度が180°となっているかどうかを確認する方法で行うものであることが認められるところ,その角度がどの程度であれば「エッチング角度180°」として正確なエッチングが行われたと判断するものとしているのかは不明である。 甲第28号証の測定方法では,エッチングのマスキングとなるマニキュアの塗布は「150°〜250°」の範囲内で行うものとされており,しかも,この作業はワイヤの上側から手作業で行われていることからすると,マニキュアの塗布状態にはかなりのばらつきがある可能性がある。実際,甲第28号証の測定方法を採用した甲7報告書の測定結果を見ると,合計24の試料のエッチング角度には,109°から250°までの範囲でばらつきがあり,しかも,エッチング角度が180°±10°の範囲内に入っているものは,24点中2点しかない。 もっとも,内部応力算出式として,甲7報告書が採用している角度を考慮した補正式(4)ないし(7)のような角度補正式を用いれば,エッチング角度にはある程度の幅があっても正確な内部応力値を算定することについて差し支えないようにも思われる。 しかし,証拠(甲7,甲20・54頁)及び弁論の全趣旨によれば,上記角度補正式は,甲7報告書の7頁に記載されているような模式的な断面形状を想定して得られたものであると認められるのに対し,実際のエッチング後の断面形状は,甲7報告書の9〜12頁に示されているように,同報告書の7頁に記載されている模式的な断面形状とは異なり,エッチングされた部分の両端部にエッチングされずに残ってしまった三角形の部分が存在する。この三角形の部分は,上記角度補正式では考慮されていない誤差要因であり,エッチング角度の大小には関係なく,エッチング深さに対応してほぼ一定量出現するものである。したがって,上記三角形の部分の誤差要因としての意味合いは,エッチング角度が小さくなればなるほど増すことになり,算出される内部応力値への影響が大きくなることが認められる。 そうすると,上記角度補正式を採用することを前提とするとしても,エッチングされずに残ってしまった上記三角形の部分の存在が内部応力値に与える影響の度合いが明らかでない以上,直ちにエッチング角度に幅があっても正確な内部応力値を算定し得るものということはできない。 イエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定について証拠(甲28,乙17,18)及び弁論の全趣旨によれば,甲第28号証の測定方法では,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定は,ワイヤにマニキュアが塗布された状態で,ワイヤをテープで紙に貼り付けてその形状をコピーし,コピーしたワイヤの形状について,任意に弦を定め,定規を用いて手作業で曲率半径の算出のために必要なアークハイトを測定する方法で行うものであることが認められる。 このような方法には,?@ワイヤにマニキュアが塗布された状態で曲率半径の測定を行っている点,?Aワイヤをテープで紙に貼り付けてコピーを取っている点,?B任意に弦を定めて定規を用いて手作業でアークハイトを測定している点において,曲率半径の測定を正確に行う上で軽視できない次のような問題が存在するものというべきである。 ワイヤにマニキュアが塗布された状態で曲率半径の測定を行っている点(ア)甲第28号証の測定方法では,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定をマニキュアが塗布された状態で行うものである。 ところで,マニキュアは,エナメル樹脂の粘性溶剤であり,乾燥後の状, 態では所定の硬さを有するものであるから,マニキュア塗布後のワイヤはマニキュアが塗布された半周部分に所定硬度の膜が形成されているものと考えることができる。このようなワイヤの半周部分に形成されたマニキュアによる膜は,ワイヤの応力分布に影響を与え,ワイヤの曲率半径を変化させる可能性がある。また,その影響の程度は,塗布されたマニキュアの量や粘度などによって変動するものと考えられる。したがって,ワイヤの曲率半径の測定をマニキュアが塗布された状態で行うと,塗布されたマニキュアの量や粘度によってワイヤの曲率半径の測定値に対して影響を及ぼす可能性がある。 また,甲第28号証の測定方法では,ワイヤの半周部分にマニキュアが塗布された状態で,ワイヤをテープで紙に貼り付けてその形状をコピーしているが,マニキュアが片面に塗布された状態のワイヤをコピー用紙のような微視的に見れば表面が平坦とはいえないものの上に置くと,マニキュアとコピー用紙との間に摩擦力が生じ,ワイヤが自然に放置された状態での曲率半径とは異なる曲率半径を描く可能性がある。 ワイヤをテープで紙に貼り付けてコピーを取っている点(イ)甲第28号証の測定方法では,ワイヤをコピー用紙の上に置き,これをテープで留めている。 ところで,一般に,ワイヤは,必ずしも一方向にのみ湾曲しているとは限らず,ねじれを持った状態である場合もある。すなわち,エッチング前では,ワイヤの材料となる鋼線の内部組成のばらつきや,ワイヤの伸線加工工程において生じるワイヤ内部の応力分布のひずみ,最終伸線加工後に高い張力を印加した状態でリールに巻き取られる際にワイヤにかかる外力の不均等さなどから,ワイヤをねじれさせるような内部応力が存在する場合があることが考えられる。これらの歪みは,製造条件などによって変動するものであり,原則として不可避である。また,エッチングによって,ワイヤ内部に残留していた応力分布の不均一さが露出してワイヤ全体形状に及ぼす応力バランスが崩れ,エッチング前にはねじれが生じていなかったワイヤに正しくエッチングを行った場合でも,エッチング後にはワイヤがねじれてしまうことが考えられる。このようにねじれた状態のワイヤをテープで紙に貼り付けると,ワイヤに外力が加わり,ワイヤ自身が有する自然状態の曲率半径とは異なった状態を強制することになる。また,ねじれを有するワイヤをテープで留めると,紙自体が変形することで安定していたワイヤの形状が,コピー機でコピーを取る際にコピー機の表面に押しつけられて,その形状に予期せぬ変形が生じる可能性がある。 このように,ワイヤをテープで紙に貼り付けてコピーを取るという作業が加わると,ワイヤが,それ自身が有する自然状態の曲率半径とは異なった状態となり,正確に曲率半径を測定することができなくなる可能性がある。 任意に弦を定めて定規を用いて手作業でアークハイトを測定している点(ウ)証拠(甲28)及び弁論の全趣旨によれば,甲第28号証の測定方法におけるアークハイトの測定は 「任意に」弦(乙第18号証におけるb 及 ,0びb )を定めてその長さを定規で測定し,この弦の垂直二等分線と円弧と 1, の交点と弦の中点との距離(乙18におけるa 及びa )も定規で測定し 0 1かつ,弦の垂直二等分線も,正確な垂直二等分線を引くことができる数学的な方法や各種の用具を用いるのではなく,定規を用い,鉛筆で引いた弦に定規の両側目盛りをあてがって作業者の目分量で垂直を定める方法で行うものであることが認められる。 ところで,証拠(乙23)及び弁論の全趣旨によれば,エッチング後のワイヤの曲率半径は,ワイヤが正確な円弧状になっていない限り,その測定場所によって得られる数値が変動するものであって 「任意に」弦を定めて正 ,確な数値が得られるようなものではないこと,エッチング後のワイヤの曲率半径の数値が1mm変化すれば,他の数値が全て同じであったと仮定しても,算出される内部応力値は約1.2kg/mm 変動することが認められる。 2また,アークハイトを求めるための弦の長さや,弦から引かれた垂直二等分線と円弧との交点との高さを定規で測るという方法は,人間の目で目盛りを読むものである以上,0.5mm程度の誤差は十分に生じ得るものと考えられるところ,上記のとおり,エッチング後のワイヤの曲率半径の数値が1mm変化すれば,他の数値が全て同じであったと仮定しても,算出される内部応力値は約1.2kg/mm 変動することが認められることか2らすれば,その誤差は軽視し得ないものというべきである。 ウ小括以上のとおり,甲第28号証の測定方法には,?@エッチングの正確性,?Aエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定の正確性に関して上記のような問題があり,同測定方法を採用した甲7報告書の測定についても同様の問題がある。 特に,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定を,任意に弦を定めて定規を用いて手作業でアークハイトを測定することによって行っていることを考えると,甲7報告書の測定結果の信用性には少なからぬ疑問があるものというべきである。 3甲7報告書によるイ号物件の構成要件C該当性の判断( )以上のとおり,甲7報告書の測定結果の信用性は低いものであるが,これに加えて,仮にその測定数値を採用するとしても,次のとおり,甲7報告書の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認定することはできないものというべきである。 すなわち,後記5において説示するとおり,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するか否かを判断するためには,エッチング深さの上限が15μmであることが条件となるというべきである。しかるに,別表2「甲第7号証の測定結果」によれば,甲7報告書の試料24点のうち,エッチング深さが15.0μm以下のものは7点のみであり,残り17点の試料はすべて,エッチング深さが15μmを超えるものであるから,これら17点の試料から算出された内部応力値については,そもそもイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するか否かの判断資料とはなり得ないものというべきである。 そして,エッチング深さが15.0μm以下の試料7点のうち,算出された内部応力値が本件発明の構成要件C所定の「0±40.0kg/mm(本件数2」値)の範囲内にあるものは 「φ0.16mmDT200301001」の硝 ,酸濃度15%の?@(内部応力値は「34.7kg/mm)及び「φ0.14m2」mDT200301003」の硝酸濃度15%の?@(内部応力値は「40.0kg/mm)の2点のみである。しかも,これら2点の試料のエッチング角2」度は,それぞれ211°と208°であり,本来のエッチング角度である180°から30°前後も大きくかけ離れている。 上記(2)のとおり,甲7報告書の測定方法に関しては,その正確性に軽視できない問題があり,その測定結果の信用性は低いというべきである上,測定数値自体を見ても,本件発明の構成要件C所定の範囲内にあるものは,試料24点中,エッチング角度が本件発明の予定している180°から30°前後もかけ離れた試料2点のみであることからすると,甲7報告書における内部応力の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認めるには足りないというべきである。 4 本件公正証書等の信用性について1本件公正証書等における測定方法( )証拠(甲31,32)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件訴え提起後,被告から,甲6・7報告書の測定結果について数値にばらつきがあり信用性がない旨の指摘を受け,新たにイ号物件の内部応力の測定(本件追加実験)を行ったこと,本件追加実験に係る作業のうち,?@エッチングについては,公証人の立会いの下で実施し,試料については,原告が保有していたイ号物件のうちφ0.16mmのワイヤ1本及びφ0.14mmのワイヤ1本とし,マニキュアの塗布状態を確認の上,φ0.16mmのワイヤについては,30本を切り出した中から選別した10本と,追加で50本を切り出した中から選別した27本の合計37本についてエッチングを施し,0.14mmのワイヤについては,少なくとも27本を切り出した中から10本を選別してこれにエッチングを施し,これら合計47本の試料の断面形状を顕微鏡で確認するなどしたこと,この一連の作業の経緯及び結果を事実実験公正証書(甲31)である本件公正証書としてまとめたこと,そして,?A内部応力の算出に当たっては,エッチング精度の良好な試料として,φ0.16mmのワイヤについては37本中, 10本を,φ0.14mmのワイヤについて10本中2本をそれぞれ選別してこれら合計12本の試料について内部応力を算出し,その結果を甲32報告書としてまとめたこと,?B本件公正証書及び甲32報告書における内部応力の測, 定方法は,各証拠に記載されている点以外の点については,甲7報告書と同様甲第28号証(DVD)に示された方法が採用されたこと,以上の事実が認められる。 しかして,本件公正証書等における内部応力の測定に関しては,?@本件公正証書における測定方法に関して,甲第28号証に示された測定方法に関する前記認定の問題点,特に,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定を,任意に弦を定めて定規を用いて手作業でアークハイトを測定することによって行っているという問題点があり,これにより測定数値の信用性が低いものとなっていることが指摘されるほか,?A本件公正証書においてエッチングが施された合計47本の試料の中から,甲32報告書においてさらに12本を選別して内部応力を算出するという,試料の選別と選別基準に係る疑問点が存在し,?B甲32報告書における測定数値の特定自体についても問題があることが認められる。以下詳述する。 2本件公正証書等における測定方法の問題点( )ア証拠(甲28,乙17,18)及び弁論の全趣旨によれば,本件公正証書等におけるワイヤのエッチング,エッチング後のワイヤ断面形状の確認,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定等,具体的な測定手順,方法は,甲第28号証(DVD)に示されたとおりであると認められる。 したがって,甲第28号証の測定方法を採用した本件公正証書等の測定については,?@エッチングの正確性,?Aエッチング前後のワイヤの曲率半径の測定の正確性に関して前記のような問題があり,特に,エッチング前後のワイヤの曲率半径の測定を定規を用いて手作業で行っていることによって生じ得る誤差を考慮し,かつ,以下で認定するとおりの,被告による同一試料を用いた内部応力の測定結果にも照らすと,甲32報告書におけるワイヤの曲率半径の測定結果の信用性は低いものというべきである。 イ被告による同一試料の曲率半径の測定結果証拠(乙23)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件公正証書に示されたNo.6の試料のエッチング前後の曲率半径をプロファイルプロジェクタ(NIKON,V-12B)を用いて測定したこと,その具体的方法としては,本件公正証書に示されたワイヤ形状をコピーした用紙を用い,この形状について,10倍に拡大した状態で円弧上の2点を定め,その座標から,プロファイルプロジェクタに付属するデータプロセッサ(DP-22)を用いて曲率半径を求めたこと,それによれば,エッチング前のワイヤの曲率半径は,231.438mm,エッチング後のワイヤの曲率半径は,測定部分によって異なるが,層除去法の理論によれば,より広い間隔の円弧上の2点から求められた曲率半径を用いることがワイヤの全体形状の変化を正確に表すものであるから,エッチング後のワイヤの曲率半径の値としては,より広い間隔の円弧上の2点から得られた44.757mmを採用したこと,そして,別表4「甲第31・32号証の測定結果」中の「ρ 」に,原告測定の2022.4(mm)に代えて231.438(mm)を代入し,また 「ρ 」 ,1に原告測定の46.3(mm)に代えて44.757(mm)を代入して計算したところ,内部応力は,原告の測定では38.3kg/mm (エッチン2グ角度補正を行っていない数値)であったものが,40.4kg/mm と2なったこと,以上の事実が認められる。 ところで,甲32報告書におけるワイヤの曲率半径の測定は,甲第28号証における測定手法に従ったもので 「任意に」弦を定めてその長さを作業員 ,が定規をあてがって目盛りの数値を目で読んで測定し,また,手作業で垂直二等分線を引くなどして得られたアークハイトから算出するという手法である。これに対し,被告による上記測定は,ワイヤ形状をコピーした用紙を光学的に10倍に拡大した状態で行い,かつ,人手に頼る部分は,ワイヤの円弧上の点を指定する部分のみであることからすると,被告による上記測定結果は,本件公正証書等における測定結果に比べて格段に精度の高いものであると考えられる。 また,証拠(乙23)及び弁論の全趣旨によれば,エッチング後のワイヤの曲率半径は,その測定場所によって得られる数値が変動するものであり,したがって,エッチング後のワイヤが正確な円弧状になっていないから 「任,意に」弦を定めて正確な数値が得られるようなものではないこと,エッチング後のワイヤの曲率半径の数値が1mm変化すれば,他の数値が全て同じであったと仮定しても,算出される内部応力値は約1.2kg/mm 変動する2ことが認められる。 以上のとおり,被告による同一試料の測定結果に照らすと,甲32報告書におけるワイヤの曲率半径の測定結果については,容易にこれを信用することはできないというべきである。 ウ甲7報告書の測定結果との対比証拠(甲7,31,32)及び弁論の全趣旨によれば,本件公正証書等における測定は,甲7報告書における測定の際に用いられたのと同じワイヤを測定対象としたものと認められるところ,同一試料を用いたにもかかわらず。 両者の測定結果の間には以下のとおり無視できない相違があると認められるすなわち,φ0.16mmのワイヤについて見ると,本件公正証書等の測定結果は,エッチング角度による補正を行わない状態での平均値が37.3kg/mm ,エッチング角度による補正を行った数値の平均値が38.3k2g/mm であるのに対し,甲7報告書の測定結果は,エッチング角度の補正2を行わない状態の数値は,硝酸濃度15%の場合が32.53kg/mm ,230%の場合が34.57kg/mm であり,エッチング角度の補正を行っ2た数値は,硝酸濃度15%の場合が33.1kg/mm ,30%の場合が324.7kg/mm となっており,両者の間には,数値にして4〜5kg/m2m ,率にして10%以上もの相違がある。 2, また,φ0.14mmのワイヤについても,本件公正証書等の測定結果はエッチング角度による補正を行わない状態での平均値が39.6kg/mm ,2エッチング角度による補正を行った数値の平均値が39.8kg/mm であ2るのに対し,甲7報告書の測定結果は,エッチング角度の補正を行わない状態の数値は,硝酸濃度15%の場合は35.40kg/mm ,30%の場合2が35.27kg/mm であり,エッチング角度の補正を行った数値は,硝2酸濃度15%の場合が36.8kg/mm ,30%の場合が37.2kg/2mm となっており,両者の間には,数値にして3〜4kg/mm ,率にし2 2て10%程度もの相違がある。 上記事実は,同一のワイヤを試料として,同一の方法(甲第28号証に示された方法)でエッチングを行っても,その結果として測定・算出される内部応力値に10%程度の相違が生じるということであり,これは言い換えれば,甲第28号証に示された測定方法が,正確な内部応力値を得るための関係数値の測定方法として正確性の乏しいものであることを示すものともいうことができる。 エ小括以上によれば,甲7報告書の測定結果はもとより,本件公正証書等の測定結果の信用性は低いものというべきである。 3試料の選別と選別基準に関する疑問点( )ア上記のとおり,本件公正証書等では,公証人立会いの下で,φ0.16mmのワイヤから合計80本の試料が切り分けられ,φ0.14mmのワイヤからは少なくとも27本の試料が切り分けられ,合計107本以上の試料について顕微鏡によりマニキュアの塗布状態を確認の上,そこから合計47本が選別され,これにエッチングを施し,その中から,さらにエッチング精度が良好なものとして合計12本を選別して内部応力を算出している。そして,甲32報告書によれば,その選別は,次の3つの条件,すなわち,?@エッチング深さ:13〜17μm,?Aエッチング角度:150〜210°,?Bエッチング後線径:R≦2.5μmという3つの条件で行われたことが認められる。 このように,内部応力の算出が行われた上記12本への選別までには,2度にわたる選別を経ているのであるから,上記12本の試料については,ある程度以上の正確性をもってエッチングされていることが期待できるはずのものである。また,エッチングが施された47本の試料については,公証人立会いの下で,エッチング角度をおよそ180°としてエッチングがされたかどうかが顕微鏡により確認されている。 これらのことからすると,2度ならず3度も選別の必要があるのかという疑問が生じる。また,公証人の立会いを離れた内部応力の算出過程において,試料の選別を行うこと自体,手続の透明性に疑問ありとの被告の指摘も首肯し得ないではない。特に,次に述べるように,上記3つの選別基準が不明確である上,選別に漏れた35本の試料の測定値が示されていないため,真に原告が主張する選別基準によって試料の選別が行われたか否かを検討することもできない。さらに,原告が過去に行ったソーワイヤの内部応力の測定(甲27)では,本件公正証書等の測定におけるような試料の選別は行われておらず,また,測定数値のばらつきも,本件公正証書等の測定におけるより遙かに小さい。以上の諸点に照らすと,本件公正証書等における測定に関しては,そもそもその正確性を確保するための手立てが講じられているのか,大いに疑問があるというべきである。以下,詳述する。 イエッチング深さの選別基準について甲32報告書では,内部応力値を算出するに当たり,本件公正証書記載の試料から,エッチング深さが「13〜17μm」のものが選別されている。 この点について,原告は,エッチングの深さについて15μmを中心に前後2μm幅でデータを採取し,その平均値を求めることは合理的であるとして,その理由について要旨次のとおり主張する。すなわち,?@厳密に15μmまで層除去した理想的な試料を多数作製するのは困難であるから,平均値によらざるを得ず,また,平均値を用いることは測定方法として合理性がある。?A平均値を用いる以上,15μm以下のデータのみによって内部応力を算出したのでは15μm付近のデータを得ることができないから,15μm。 の前後の深さまで層除去した数値から算出するのが合理的かつ科学的である?B同一のワイヤについて,エッチング深さが15μmである場合と16μmである場合とを対比すると,内部応力値の相違は0.11kg/mm にすぎ2ない(甲33 。?C特許請求の範囲は特許発明の技術的範囲を限定するもので )あって立証手段を制限するものではないから,15μmまでエッチングした場合における内部応力値を求めるためにその前後の深さのエッチングを行うことは正当な立証手段である,と。 そこで検討するに,本件発明の構成要件Cは 「ワイヤ表面から15μmの ,深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力,-側は圧縮応力)の範囲に設定さ2れている」というものであり本件明細書の段落【0006】には,「…内部応力を求める深さをワイヤ表面から15μmの深さまでに設定し得たのは,実使用における使用済みワイヤの片側最大磨耗が15μmであることを確認したことによるものである。また,内部応力値の範囲は,実使用において使用線に小波の発生がなかったことを確認したことによるものである。また,この範囲では,従来例に比較し,使用線のフリーサークル径が明らかに大きくなっていることを確認した。」との記載があることが認められる。他方,本件明細書には,深さ15μmまでの層除去を行うに当たり,15μmの前後2μmの深さまで層除去したものの内部応力値の平均値を求める旨の記載がないことはもとより,内部応力の算出に当たり,15μmを超える深さまで層除去したものを用いることを許容する旨の記載もなければ示唆もない。 したがって,原告が主張するように15μmまで層除去した理想的な試料を多数作製するのが困難であり,内部応力値を算出するに当たり平均値によらざるを得ないという事情があるとしても(内部応力値の算出に当たりその平均値をもってイ号物件の内部応力値と認定し得るか否かについては,原被告間に争いがあることは前記のとおりであるが,この点はしばらく措く,。)エッチング深さは15μmが上限になるというべきであり,エッチング深さが15μmを超える試料については,後記(4)イ(エッチング深さが内部応力に与える影響について)において判示するような,15μmまでの層における内部応力値への置き換えがなされていれば格別,そうでない以上,内部応力値算出のために直ちにその測定結果を用いることはできないというべきである。 原告は,同一のワイヤについて,エッチング深さが15μmである場合と16μmである場合とで内部応力値の相違は0.11kg/mm にすぎない2(甲33)と主張するが,エッチングの深さが15μmの場合と16μmの場合とでの内部応力値の相違がいかに小さいものであったとしても,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するか否かの判断に供するために内部応力値を算出するに当たって用いるべき試料のエッチング深さが15μmを超えるものであってはならないことは,本件発明の要求するところというべきである。 なお,念のためエッチング深さが15μmの場合と16μmの場合とで,内部応力値の相違がどの程度あるかを算出すると,後記5で認定説示するとおり,原告の上記主張するところとは異なって,φ0.16mmのワイヤの場合,エッチング深さが15μmと16μmとの内部応力差は0.87kg/mm であり,φ0.14mmのワイヤの場合,エッチング深さが15μm2と16μmとの内部応力差は1.26kg/mm である。これらの差異は,2本件発明の構成要件C所定の内部応力値の範囲が「0±40kg/mm 」で2あることに照らすと,軽視できないというべきである。 したがって,内部応力値の算出に当たり,エッチング深さは15μmが上限になるというべきであり,原告の上記主張は採用できない。 ウエッチング角度の選別基準について甲32報告書では,内部応力値を算出するに当たり,本件公正証書記載の試料から,エッチング角度が「150〜210°」のものが選別されている。この点について,原告は,本件発明においてエッチング角度の限定はない,層除去法の実施に際してエッチング角度が重要でないことは技術常識であると主張する。 しかし,本件公正証書において公証人立会いの下で既にエッチング角度がおよそ180°であるかどうかの確認が行われたものについて,さらに「150〜210°」という広い幅で選別を行わなければならない理由は何か,選別基準を「150〜210°」に設定した理由は何かについて,原告が合理的な説明をせず,原告の上記主張のみでは本件公正証書におけるエッチングの正確性に対する疑問を解消するに足りるものではない。 エエッチング後線径の値についての選別基準について甲32報告書では,内部応力値を算出するに当たり,本件公正証書記載の試料から,1つの試料につきエッチング後線径を,ワイヤの中央と,ワイヤの長手方向中央から左右両側に1cm離れた場所の合計3か所で測定し,その乖, 離幅Rが2.5μm以下のものが選別されている。この点について,原告はエッチング後線径のばらつきの幅を最大2.5μmとしたのは,その範囲であればおよそ良好な測定結果が得られると考えられるからであると主張する。 しかし,そもそも,2.5μmという数値は,複数の試料間におけるエッチング深さのばらつきの幅が2μmとなること(理想のエッチング深さ15μmと,エッチング深さの選別基準「13〜17μm」によって許容されるエッチング深さとのばらつきの幅は,2μmとなる )に照らし,この2μmよりも 。 大きい数値となるもので,しかも,このようなばらつきが,ワイヤの長手方向中央の左右1cmしか離れていない狭い範囲内で許容されるというのは,いかなる理由によるものか疑問であるところ,原告はその根拠を示さない。 オ原告による過去の内部応力の測定結果との対比以上のとおり,甲32報告書における試料の選別に関しては,試料を3度選別するということの必要性について疑問がある上,選別基準の不明確さという問題もあるところ,原告自身が過去に行ったソーワイヤの内部応力測定, 結果(甲27)と対比すれば,甲32報告書における試料の選別,ひいては甲32報告書の測定結果の正確性に対する疑問はより大きいものとなる。 すなわち,証拠(甲27)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,甲第27号証において,本件公正証書における内部応力の測定と同様の方法によりソーワイヤの内部応力の測定を行ったこと,甲第27号証の測定対象は原告販売に係る製品であると考えられるところ,その線径は,本件公正証書の測定対象と同じφ0.16mmとφ0.14mmのであること,?@甲第27号証における測定では,本件公正証書とは異なり,試料の選別は行われていないこと,?Aエッチング深さについてみると,甲第27号証の測定結果では,全26本の測定試料中,本件発明の構成要件C所定の「15μmの深さまで」という条件を満たさないものはわずかに6本(サンプルNo.H10,H11,H18,M04,M06,M07)のみであり,他の20本のエッ, チング深さは,全て14μmから15μmの間に収まっていること,しかも15μmを超えるエッチングがされた6本についても,最も深いエッチング, がされたものでも,16μm(サンプルNo.H10,M07)であることこれに対し,甲32報告書に記載されている各試料に対するエッチング深さは,エッチング後に試料の選別が行われたにもかかわらず 「15μmの深さ ,まで」の条件を満たすものは,12本中試料No.7の1本しかなく,最も深くエッチングされたものは,16.9μmとなっており,甲第27号証の測定結果には存在しない深さ16μmより深くエッチングされたものは4本(試料No.13,35,38,47)であり,試料全体の3分の1を占めること,?Bエッチング角度についてみると,甲第27号証では試料26本全てが160〜200°の範囲(180°という目標値に対して較差20°の範囲)に入っており,このうち,3本(試料No.H12,13,14)を除く残り23本,率にして88%の試料が170〜190°(較差10°の範囲)に入っていること,これに対し,甲32報告書では,試料全12本のうち較差10°以内に入っているものは半分の6本(No.7,8,11,38,47)にすぎず,残り6本のうちの5本(試料No.6以外)は較差20°の範囲からも逸脱していること,以上の事実が認められる。 上記事実によれば,本件公正証書等における測定は,エッチング後の試料選別という,原告が過去に甲第27号証において行った測定の際にもなされなかった作業をことさらに経ているという不透明さをぬぐえず,しかも,そのような試料選別を行いながらも,得られた測定結果は,甲第27号証と比較して極めて精度の低いものであって,このことからも,本件公正証書等の信用性は低いものというべきである。 4甲32報告書における測定数値の特定に関する問題点( )アエッチング前のワイヤ直径の特定について本件公正証書における測定数値を反映させていない点について(ア)証拠(甲31)によれば,本件公正証書におけるエッチング前のワイヤ直径の測定方法は,実際にエッチングを行う試料のそれを測定するのではなく,試料とする部分とは別にワイヤの前端部分と後端部分を切り出し,これをワイヤ直径の測定のみに用いるというものであること,そして,φ0.16mmの試料については2回に分けて内部応力の測定を行い,その都度エッチング前のワイヤ直径の測定が行われ,その測定結果は,1つ目. のグループ(試料No.6,7,8)では最大0.1605mm,最小01601mm(12頁10行〜13頁5行)であり,2つ目のグループ(試料No.28,31,35,38,42,45,47)では最大0.1604mm,最小0.1600mm(26頁8行〜16行)であることが認められる。 このように2つのグループに分けて内部応力の測定を行い,その都度測定したエッチング前のワイヤ直径の値が異なっているにもかかわらず,本件公正証書等における測定結果を示す別表4では,エッチング前のワイヤ直径はいずれのグループでも0.1603mmとなっていて,実際の測定値と一致していない。 しかし,本件公正証書の測定結果に基づいて甲32報告書における内部応力値を算出するのであれば,エッチング前のワイヤ直径についても本件, 公正証書の測定結果を正しく反映させるべきであることはいうまでもなく本件公正証書における2つ目のグループに属する試料7本については,エッチング前のワイヤ直径の測定結果として,最大値0.1604mmと最。 小値0.1600mmの平均値である0.1602mmによるべきであるこの点について,原告は,2つのグループに分けたのは測定手順の便宜の問題であって,測定対象となっている試料は連続したワイヤを切り分けたものであり,また,全長数百kmに及ぶワイヤの中で数mの範囲内で線径に有意のばらつきが生じることもないとして,線径を求める上では,2つのグループを一体として捉え,その平均値を線径とするのが合理的であると主張する。 確かに,全長数百kmに及ぶワイヤの中で数mの範囲内で線径に有意のばらつきが生じることは考え難い。しかし,線径を求める上でより正確性を期すという意味では,2つのグループにおいて測定結果の最大値及び最, 小値が異なる以上,各グループごとにその平均値を求めるのが妥当であり特に,各グループに属する試料の数に相違がある以上(1つ目のグループでは3本,2つ目のグループでは7本 ,敢えて両グループを一体としてそ )の平均値を線径とすることの合理性は見出し難い(なお,甲32報告書においては,試料の少ない1つ目のグループの平均値が採用されており,両グループの平均値は採用されていない。。)したがって,原告の上記主張は採用できない。 ブラスめっきを含めてワイヤ直径を測定している点について(イ)証拠(甲31)によれば,本件公正証書におけるエッチング前のワイヤ直径の測定は,ブラスめっきを除去する前の時点で行われ(12頁10行〜14頁6行 ,甲32報告書では,このめっき層の付いた状態での測定数 )値を「エッチング前のワイヤ直径d 」としていることが認められる。 0しかし,証拠(乙28)及び弁論の全趣旨によれば,めっき層は錆止めや最終伸線工程での加工性向上の目的で被覆されているものであり,それ自体にはソーワイヤの機能はないことが認められるから,構成要件Cの充足性判断の対象となるソーワイヤはめっき層を除去した状態のものと解すべきである。したがって,エッチング前のワイヤ直径は,めっき層を除去した直径を用いるべきである。この点について,原告は,本件発明はソーワイヤの実使用における現実的な最大磨耗量を想定しその範囲内の内部応力を最適化することによって磨耗時の真直姿勢を維持しようとするものであるから,エッチングによって最大磨耗時の状態を作出する場合にも実製品の状態を基準とすべきであり,また,本件発明の特許請求の範囲や本件明細書の記載に,エッチング前の線径を得るためにめっきを除去すべきことを開示し,又は示唆するものもないと主張する。確かに,本件発明の特許請求の範囲や本件明細書において,エッチング前の線径を得るためにめっきを除去すべきことは開示されていないし,これを示唆する記載もない。 しかし,ソーワイヤの中にはブラスめっきを施さない製品も存在する(争いがない )ところ,エッチング前のワイヤ直径の測定をめっき層を含 。 めた状態で行うと,ソーワイヤの機能を有する部分において同一の直径の製品であっても,ブラスめっきが施されているか否かによって,エッチング前のワイヤ直径に差異が生じることになる。そうすると,ソーワイヤの機能を有する部分に対して同一の深さでエッチングを施したとしても 「エ,ッチング深さ」の数値が異なることになり(ブラスめっきが施された製品の方が,めっき層の厚さ分だけ 「エッチング深さ」の数値が大きくな ,る,その結果として,両者の内部応力値に差異が生じることになる。こ 。)のような結果は,めっき層の有無のみによって本件発明の構成要件Cの充足性の有無が決定されることを許容することになり,相当ではない。 したがって,原告の上記主張は採用できない。 上記(ア)(イ)を補正した場合の内部応力値(ウ)証拠(乙28)及び弁論の全趣旨によれば,ソーワイヤのめっき層の厚さは,計算式〔めっき層厚さ(μm)=0.235×直径(mm)×めっき付着量(g/kg)〕に,平均めっき付着量を適用して算出することができること,一般的なソーワイヤのめっき付着量は6〜8g/kgであること,この中間値である7g/kgを上記計算式に代入すると,φ0.16mmのソーワイヤのめっき層厚さは0.263μm,φ0.14mmのソーワイヤのめっき層厚さは0.230μmであることが認められる。 そうすると,本件公正証書において測定された試料のエッチング前のワイヤ直径として正確な数値は,めっき層を含めたワイヤ直径からめっき層の厚さの2倍の値を引いた数値となる。 このようにして甲32報告書におけるエッチング前のワイヤ直径の測定結果に補正を加えると,各試料についてのエッチング深さは,別表5「甲31・甲32号証の測定結果の補正値」中の「補正値 「エッチング深さ」 」の欄に記載のとおりとなり,この場合の内部応力値は,同表中の「補正値」「内部応力 「補正?T」欄記載のとおりとなる。 」イエッチング深さが内部応力に与える影響について甲32報告書では,エッチング深さが「13〜17μm」の試料について(ア)内部応力値が算出されているが,このうちエッチング深さが15μmを超える試料については,先に説示したとおり,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足するか否かの判断に供することは許されない。 そして,甲32報告書の試料12点(φ0.16mmのもの10点,φ0.14mmのもの2点)中,上記アの補正値によればエッチング深さが15μm以下となるものは4点(φ0.16mmの試料No.7,42,45,φ0.14mmの試料No.11)あり,これら以外の試料については,内部応力値算出のために直ちにその測定結果を用いることはできない。 もっとも,証拠(甲33,乙28)及び弁論の全趣旨によれば,ワイヤ径が異なる場合におけるワイヤの深さ方向における内部応力の分布状況を用いて,エッチング深さが15μmを超える試料の測定結果を深さ15μmまでの層における内部応力値に置き換えることは可能であることが認められ,実際,甲第33号証では,甲第20号証45頁に記載されているφ0.18mm(エッチング角度180°)のワイヤのグラフから数値を読み取った上で,エッチング深さと内部応力値が比例関係にあるとみなして回帰直線式を求め,これを用いて内部応力値の置き換えが試みられている。 しかし,甲第33号証での内部応力値の置き換えは,次の2点において誤りがあり,この点に補正を加える必要がある。 ?@甲第20号証45頁に記載されているφ0.18mm(エッチング角度180°)のワイヤのグラフの読み取りに誤りがある点〔甲第33号証では,エッチング深さ3.9μm時の内部応力値を31kg/mm と読み2取っているが,正しくは41.7kg/mm である(争いがない。 2。)〕?A証拠(乙28)によれば,回帰直線式を求めるに際し,径の異なるワイヤの内部応力の分布状況を用いる場合,エッチング深さについては,これを絶対値で表すのではなく,ワイヤ表面からの半径の比率で表すことが通常行われる方法であることが認められるところ,甲第33号証では,エッチング深さを絶対値で表している点。 上記(ア)?@?Aの点を補正した場合の内部応力値(イ)証拠(乙28)によれば,上記ア認定のエッチング前のワイヤ直径の補正値を前提として,さらに上記(ア)のうち,?@の点(グラフの読み取りの誤り)を補正した場合の内部応力値は,別表5の「補正値 「内部応力 「補正 」」?U」欄記載のとおりとなり,?@に加えて?Aの点(エッチング深さを絶対値で表している点)を補正した場合の内部応力値は,同「補正?V」欄記載のとおりとなることが認められる。 なお,原告は,エッチング深さが15μmを超えるもの(補正の結果内部応力値が大きくなる数値)にのみ補正をかけ,内部応力値が小さくなる15μm未満の部分について補正をかけないことは妥当でないとの趣旨の主張をする。しかし,エッチング深さが15μmを超える試料の数値については,そもそも直ちにこれを内部応力値の算出のために用いることはできないのであって,そうであるからこそ補正をかけているのであり,補正を必要とするのは,エッチング深さが15μmを超えるもののみである。したがって,原告の上記主張は採用できない。 ウ小括以上によれば,本件公正証書等における測定結果について,上記ア及びイの必要な補正をすべて行うと,甲32報告書の試料12点の補正後の内部応力値は,別表5中の「補正値 「内部応力 「補正?V」欄記載のとおりであり,φ0. 」」16mmの試料については,全10点中,その内部応力値が本件発明の構成要件C所定の本件数値「0±40kg/mm 」の範囲内にあるのは,試料No.27,45,47の3点のみであり,これら3点を含めた試料10点の内部応力値の平均値は,41.0kg/mm である。また,φ0.14mmの試料22点の内部応力値については 「0±40kg/mm 」の範囲内にあるもの ,2はない。 以上のとおり,原告が本件公正証書等において内部応力値を算出した試料全12点中3点は,本件発明の構成要件C所定の本件数値の範囲内にある。 しかし,そもそも本件公正証書等における測定結果の信用性が極めて低いことに加えて,原告自身,内部応力値の算出に当たっては,算出に用いられた試料の測定値の平均値をとることが合理的であると主張しているところ,平均値については,φ0.16mmの試料もφ0.14mmの試料も,いずれも構成要件C所定の本件数値の範囲内にはないこと,構成要件C所定の本件数値の範囲内にある試料は,φ0.16mmの試料10点のうちの3点にすぎず,φ0.14mmの試料2点についてはいずれも構成要件C所定の本件数値の範囲内にないこと,以上の点を併せ考えると,本件公正証書等における内部応力の測定結果を根拠に,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足すると認めることができないのはもとより,本件公正証書等における測定結果の補正値によっても,イ号物件が構成要件Cを充足すると認めるには足りないというべきである。そして,他にイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することを認めるに足りる証拠はない。 5 乙16報告書について乙16報告書における内部応力の測定に関しては,甲7報告書,本件公正証書及び甲32報告書が依拠する甲第28号証の測定方法と比べ,マニキュアの塗布方法,エッチングの方法,ワイヤの曲率半径の測定方法等に関して,正確性を確保するために数々の工夫がなされていることが認められることは,前記認定説示のとおりである。 しかし,ワイヤの線径の測定方法に関して,次のとおり測定精度が維持されているのか疑問があり,乙16報告書の測定結果についても,これを直ちに採用することはできないというべきである。すなわち,証拠(乙16)及び弁論の全趣旨によれば,乙16報告書によって用いられている線径測定方法は,モールドに固定したワイヤの断面の径を顕微鏡で測定するものであるが,このような方法は一般に用いられてないこと,その理由としては,?@曲率のある極細線を垂直に埋め込むのが困難であるため,ワイヤ断面を長手方向に直角に切断・研磨することも困難になり,その結果,研磨面が斜めになって,線径を測定できなくなること,?Aワイヤがモールド中の樹脂に埋め込まれる場合,研磨後のワイヤと樹脂との境界を鮮明にとることができなくなることが指摘されること,実際,乙16報告書に添付されたワイヤの断面形状の写真を見ると,同一のワイヤとは思えないほど長径短径とも長さに差のあるもの(26頁・記号1-5 ,断面形状がいびつになり, )また,ワイヤ表面に凹凸を生じている上,エッチングされているかどうかも明らかでない状態になっているなど,エッチングされていない部分を見ても同一ワイヤとは思えないようなもの(27頁・記号1-6,28頁・記号1-8,29頁・記号2-5など ,歪みがあったり,短径となるはずのφが長径となるはずの径 )よりも長くなっているなど,垂直に埋め込まれているとは思われないもの(30頁・記号2-8,31頁・記号2-9,33頁の写真2,34頁の写真1,36頁の写真3など ,エッチングされてない部分に凹みが生じているもの(37頁・ )記号4-6の写真2)が見受けられること,以上の事実が認められる。 これに対して,被告は,ワイヤの傾きを正確に調整すれば解決できると主張するが,その具体的方法については何ら主張しないし,乙16報告書において現にそのような調整が行われた形跡も窺われない。 したがって,ワイヤの線径の測定方法に関する限り,乙16報告書の手法にも看過することができない問題があり,その測定結果を採用してイ号物件が本件発明の構成要件Cを充足しないとの積極認定をすることはできない。 6 争点1に関する判断のまとめ以上のとおり,乙16報告書によっては,イ号物件のワイヤ表面から15μmまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が本件数値の範囲外であることが積極的に立証されているとはいい難いものの,甲6・7報告書,本件公正証書等によっても,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,結局のところ,本件において,イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足することの立証ができているとはいい難いことに変わりはない。 したがって,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。 7 結論以上によれば,原告の本件請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 田中俊次 |
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裁判官 | 西理香 |
裁判官 | 北岡裕章 |