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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ8553特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成16ワ26092特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成17ネ10021特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成15ワ23981補償金請求事件 判例 特許
平成14ワ11630損害賠償請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  方法の発明 /  生産方法の発明 /  製造方法 /  物を生産する方法 /  技術的範囲 /  消尽 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  耐用期間 /  効用を終えた /  加工 /  交換 /  黙示の許諾 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  特許権者の許諾 /  対価 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (ワ) 8557号 特許権侵害差止請求事件
原告 キャノン株式会社
同訴訟代理人弁護士 久保田 穰
同 増井和夫
同 橋口尚幸
被告 リサイクル・アシスト株式会社
同訴訟代理人弁護士 上山浩
同 西本強
同訴訟復代理人弁護士 松山遙
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/12/08
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録(1)及び(2)記載のインクタンクの輸入若しくは販売又は販売のための展示をしてはならない。
2 被告は,別紙物件目録(1)及び(2)記載のインクタンクを廃棄せよ。
事案の概要
本件は,インクジェットプリンタ用のインクタンクに関し特許権を有する原告が,上記特許権の実施品である原告製品の使用済み品を利用して製品化された被告製品を輸入する被告に対し,上記特許権に基づき,製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めたのに対し,被告が特許権の消尽等を主張してこれを争った事案である。
1 前提事実 証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。)である。
(1) 原告の有する特許権 原告は,次の特許権を有している(その特許請求の範囲の請求項1の発明を「本件発明1」といい,請求項10の発明を「本件発明10」という。)。
特許番号 第3278410号 発明の名称 液体収納容器,該容器の製造方法,該容器のパッケージ,該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置 出願日 平成11年4月27日 登録日 平成14年2月15日 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下,同公報掲載の明細書及び図面を「本件明細書」という。) (2) 構成要件の分説 ア 本件発明1を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。
A 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と, B 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と, C 前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と, D を有する液体収納容器において, E 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し, F 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に, G 前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり, H 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高く,かつ(I及びJは欠番), K 液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている L ことを特徴とする液体収納容器。
イ 本件発明10を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A’ 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と, B’ 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と, C’ 前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と,を有し(D’は欠番), E’ 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し, F’ 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に, G’ 前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり, H’ 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高い I’ 液体収納容器を用意する工程と, J’ 前記液体収納室に液体を充填する第1の液体充填工程と, K’ 前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填工程と, L’ を有することを特徴とする液体収納容器の製造方法
(3) 原告製品 ア 原告は,本件発明1及び10の実施品として,製品番号BCI-3eBK,BCI-3eY,BCI-3eM,BCI-3eCのインクジェットプリンタ用インクタンク(以下「原告製品」又は「本件インクタンク」という。)を日本国内で製造し,一部を日本国内で販売している。
イ 海外においては,原告,原告関連会社又は商社が,原告製品を販売している。
ウ 少なくとも原告又は原告関連会社が海外で販売した原告製品については,国際消尽の問題となると考えられるところ,原告又は原告関連会社は,海外における原告製品の譲受人との間で,販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意をしていないし,その旨の合意をしたことを原告製品に明確に表示していない。
(4) 被告製品 ア 被告は,中国マカオにある会社(以下「甲会社」という。)から,別紙物件目録(1)及び(2)記載の構成を有するインクタンクを輸入した。別紙物件目録(1)記載の製品と同目録(2)記載の製品とは,容器の幅が異なるだけで,その余の構造は同一である(以下,これらの製品を「被告製品」という。)。
イ 甲会社の関連会社(以下「乙会社」という。)は,原告製品のインクを使い切って残ったインクタンク本体(以下「本件インクタンク本体」という。)を北米,欧州及び日本を含むアジアから収集し,それを乙会社の子会社(以下「丙会社」という。)に売却している。
ウ 丙会社は,次の手順で,本件インクタンク本体から製品化している。
@ 本件インクタンク本体の液体収納室の上面に,洗浄及びインク注入のための穴を開ける。
A 本件インクタンク本体を洗浄する。
B 本件インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す。
C @の穴から,負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分まで及び液体収納室全体にインクを注入する。
D @の穴及びインク供給口に栓をする。
E ラベル等を装着する。
エ 甲会社は,丙会社から,被告製品を買い入れ,これを日本に輸出している。
(ア〜エにつき,争いのない事実,甲8,乙30,弁論の全趣旨) オ 被告は,平成16年6月まで被告製品の輸入販売を行っていたが,税関による輸入禁制品の認定手続が開始されるなどしたため,この訴訟の係属中,その輸入を中止している。
(甲4,弁論の全趣旨) (5) 被告製品の構成要件充足性 ア 本件発明1について (ア) 構成要件A(負圧発生部材収納室)について 被告製品の構成(前記(4)ア)によれば,被告製品は,構成要件Aを充足する(一部は,当事者間に争いがない。)。
(イ) 構成要件B(液体収納室)について 被告製品は,構成要件Bを充足する。
(ウ) 構成要件C(仕切り壁)について 被告製品は,構成要件Cを充足する。
(エ) 構成要件D(液体収納容器)について 被告製品は,構成要件Dを充足する。
(オ) 構成要件E(交差)について a 被告製品の構成によれば,被告製品の「界面18」が本件発明1の「第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面」に当たり,仕切り壁17に突き当たっているから,本件発明1の「圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し」の要件を充たしている。よって,被告製品は,構成要件Eを充足する。
b 被告は,交差とは斜めや十字に交わることを意味するから,界面18が仕切壁17に突き当たって接しているだけでは,交差とはいえない旨主張する。
しかしながら,一般的用語法において,「交差」とは,「2本以上の線状のものが,1点で重なること」(大辞林第二版)と定義され,「丁字路交差点」のように使用されているから,交差とは,ある線に他の線が突き当たって接しているものを含んでいる。また,本件明細書【0043】には,「境界層132Cの仕切り壁138との交差部分は,連通部を下方にした液体収納容器の使用時の姿勢(図2(a))において大気導入路150の上端部より上方に存在している。」と記載され,図2(a)には,負圧発生部材圧接部の界面が仕切り壁に突き当たって接している状態が図示されている。したがって,構成要件Eにいう「圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し」は,界面が仕切り壁に突き当たって接している構成を含むと解すべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。
(カ) 構成要件F(第1の負圧発生部材の連通状態)について 被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Fを充足する(一部は,当事者間に争いがない。)。
(キ) 構成要件G(第2の負圧発生部材の連通状態)について 被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Gを充足する(一部は,当事者間に争いがない。)。
(ク) 構成要件H(毛管力)について 被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Hを充足する。
(ケ) 構成要件K(充填液体量)について 本件明細書に,本件インクタンクのようにインクタンクを2室に分け,インク供給口を有する側にのみインク吸収体を充填し,他の室にはインクのみを収納する構成とすると,製品の運送中などに傾けて置かれた場合,インク吸収体を収納した室にインクが過剰に流れ込み,大気連通部などからインクが溢れるという欠陥があったこと(【0010】),本件発明1及び10は,インク吸収体を2つに分け,その界面部分の毛管力を各インク吸収体の毛管力より高くする構成とし,界面部分の上方までインクを充填すると,本件明細書図2(b)に示されるような厳しい条件の姿勢であっても,界面部分に保持されているインクが,大気連通部からの空気を遮断して液体収納室への空気の流入を防止することにより,負圧発生部材収納室に過剰なインクが流れ込むことを防止できるという作用効果を有すること(【0043】〜【0048】)と記載されているとおり,構成要件Kの「液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている」とは,インクは,境界層132Aよりも上まで充填されていることを意味するところ,被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Kを充足する。
(コ) 構成要件L(液体収納容器)について 被告製品は,構成要件Jを充足する。
(サ) まとめ 以上のとおり,被告製品は本件発明1の構成要件をすべて充足しており,その技術的範囲に属する。
イ 本件発明10について (ア) 構成要件A’〜C’及びE’〜H’について 本件発明10の構成要件A’〜C’は本件発明1の構成要件AないしCと,本件発明10の構成要件E’〜H’は本件発明1の構成要件E〜Hと,それぞれ同内容であるから,対比関係は上記ア(ア)〜(ウ)及び(オ)〜(ク)のとおりである。
(イ) 構成要件I’(容器を用意する工程)について 前記(4)ウのとおり,丙会社は,使用済みの本件インクタンク本体を洗浄し,インクの再充填が可能な空のインクタンク本体としているところ,この工程は,液体収納容器を用意する工程に該当する。
よって,被告製品の製造方法は,構成要件I’を充足する。
(ウ) 構成要件J’(第1の液体充填工程)について 被告製品の構成及び前記(4)ウの事実によれば,被告製品の製造方法は,構成要件J’を充足する。
(エ) 構成要件K’(第2の液体充填工程)について 構成要件K’のうち「前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する」ことの意味は,前記ア(ケ)のとおりであるところ,被告製品の構成及び前記(4)ウの事実によれば,被告製品の製造方法は,構成要件K’を充足する。
(オ) 構成要件L’(製造方法)について 被告製品の製造方法は,構成要件L’を充足する。
(カ) まとめ 以上のとおり,被告製品の製造方法は,本件発明10の構成要件をすべて充足しており,その技術的範囲に属する。
2 争点 (1) 原告製品の日本国内及び海外における販売により,物の発明である本件発明1についての特許は消尽したか。
(2) 原告製品の日本国内及び海外における販売により,物の生産方法の発明である本件発明10についての特許は消尽したか。又は黙示の許諾があったか。
3 争点(1)(物の特許の消尽)に関する当事者の主張 (1) 原告の主張 ア 法律論-廃棄品を入手して行うリサイクルと消尽論 (ア) 最高裁第三小法廷平成9年7月1日判決民集51巻6号2299頁(以下「BBS事件最高裁判決」という。)は,国内における特許権の消尽が認められる実質的理由として,「特許製品が市場での流通に置かれる場合にも,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として,取引行為が行われるものであって,仮に,特許製品について譲渡等を行う都度特許権者の許諾を要するということになれば,市場における商品の自由な流通が阻害され(る)」,「特許権者が流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しない」と述べている。
この判示は,消尽論は,通常の取引過程・流通過程を前提として,特許権が市場における商品の自由な流通を阻害しないための法理であることを示している。
(イ) この法理によれば,使い捨て商品である特許製品の購入者が,その特許製品を使い切り,使用価値が無くなったと判断して廃棄し,資源回収のルートにゆだねた後に,その廃棄品を用いて行う製造が新たな生産として特許侵害行為となることは明らかである。よって,リサイクル業者の行為に関しては,新たな生産か修理かの判断はそもそも必要がない(角田政芳「リサイクルと知的財産権」日本工業所有権法学会年報22号98頁)。
イ 本件インクタンクの構造等 (ア) 本件インクタンクの構造 a 液状インクは化学製品であるから,長く使いすぎると化学的変質や溶剤の蒸発による濃度変化を生ずる危険があるが,インクを使い切った後に再充填した場合,この危険が増大する。インクの変質は,プリンタの印字品質を低下させ,プリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生の原因となる。また,プリンタ用のインクは,各プリンタの設計に合わせ,その印字機構が最高の機能を発揮できるように独自の特性のものが使用されているから,インクが変われば,やはりプリンタの性能に影響し,故障の原因となる。
b また,本件インクタンク本体は,それ自体,時間の経過とともに劣化する。
c そのため,原告製品は,使い切りを前提に設計され,インクの再充填ができない構造になっている。仮に本件インクタンク本体を再利用する場合には,開口部を開け,内部に残ったインクを洗浄して除去し,液体収容室にインクを充填し,洗浄,充填に使用した開口部を完全に塞ぎ,包装を施すことが必要になるが,特に繊維体である負圧発生部材の洗浄は手数のかかる作業であるから,設備と技術を持った事業者でなければ行い得ない。
(イ) 本件発明1の本質的要素 a 特定の態様にインクを充填すること(構成要件K)は,本件発明1の負圧発生部材室の構成と関連して,輸送中のインク漏れを確実に防止するための必須の手段である。
b したがって,インクの消費により特定の態様でのインクの充填の要件を欠くに至った本件インクタンク本体に,特定の態様にインクを再充填することが新たな生産に該当することは明らかである。
(ウ) 原告の意図 a 原告は,上記(ア)の理由から,原告製品を使い捨ての商品として販売している。
b 原告は,環境保護の目的とともに,使い捨ての商品である旨を通知するために,原告製品のパッケージ(甲9)に「キヤノン製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」と表示し,ウェブサイトにおいても,同趣旨の広報を行っている(甲10)。
(エ) 後記被告の主張イ(エ)(使い捨てカメラ事件との比較)のうち,aは認め,bは否認する。
ウ 取引の実情等 (ア) 廃棄物 本件インクタンク本体は,消費者が無価値の使用済み品として廃棄し,又は回収に付した物品である。
(イ) 被告の主張ウ(イ)(アンケート調査結果)は不知。
(ウ)a 同ウ(ウ)(リサイクル品の販売)は不知。
b 平成15年9月4日付けの日経産業新聞の記事(甲13)は,使用済みインクカートリッジを回収してインクを注入し,「エコリカ」ブランドで販売する事業を「近く,開始する」と報道しており,平成15年秋までは,本件インクタンクのリサイクル品は我が国の市場に存在しなかった。
(エ)a 同ウ(エ)(詰め替え用インクの販売)のうち,aは認め,bは否認する。
b 実際の詰め替え作業は面倒であり,インクがこぼれて手や机を汚すことが多く,利用者は限られている。
また,インクの詰め替えを行うのは,大部分がインクタンクの購入者本人である。詰め替え用インクの販売と被告製品のようなインクタンクのリサイクル品の販売とは,性質が全く異なる。
(オ)a 同ウ(オ)(使用済みインクタンクの回収)のうち,aは認め,bは否認し,c及びdは不知。
b 被告指摘のアンケート調査結果(乙3の1)によれば,全体の48.2%が自宅でゴミとして廃棄し,46.1%が回収箱に入れている。消費者は,インクタンクとして再利用するためではなく,資源としての回収に協力するため,回収ボックス等での回収に協力している。
c 消費者からの回収が有償で行われているとしても,その額は回収キャンペーンの協力費又は店舗における他の製品の販売促進費程度の金額であり,消費者にとって使用済み品を廃棄しているという認識に変わりはない。
d 家電量販店等の事業者に対し金銭が支払われるとしても,若干の謝礼程度のものと考えられる。
(カ) 同ウ(カ)(海外における取引の実情)は不知。
(キ)a 同ウ(キ)(リサイクル促進法の制定)は認める。
b 原告は,他のメーカーと同様,消費者に対し,使用済みインクタンクの回収への協力を呼びかけ,回収したインクタンクを資源としてリサイクルしている(甲9〜12,14)。回収されたインクタンクは,それ自体の品質劣化や残存インクの悪影響の問題があるため,再利用は困難であり,環境保全のためのリサイクルの目的は,資源としてのリサイクルにより十分達せられる。
エ まとめ (ア) 以上のとおり,消費者が無価値の使用済み品として廃棄した本件インクタンク本体を用いて被告製品を製造する行為は,新たな生産であり,本件発明1についての特許を侵害する。
(イ) この理は,被告製品の製造に用いられた本件インクタンク本体が海外で初めて販売された場合も同様である。
(2) 被告の主張 ア 法律論-新たな生産か修理か (ア) 特許権者が特許製品を譲渡した場合,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(BBS事件最高裁判決)。したがって,当該特許製品を譲り受けた者は,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができる。
(イ) 新たな生産か修理かの判断に当たっては,@当該製品の機能,構造,材質や,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮し,特許製品がその効用を終えたといえるか,又はA当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換する等により,特許製品の同一性が失われたかを考慮する必要がある(東京地判平成12年8月31日特許ニュース10404号,10405号(以下「使い捨てカメラ事件判決」という。)。他にアシクロビル事件における東京高判平成13年11月29日判例時報1779号89頁参照)。
イ 本件インクタンクの構造等について (ア) 原告の主張イ(ア)(本件インクタンクの構造)は否認する。本件インクタンク本体は,インクが消費されても物理的に使用可能であり,その機能,用途に何ら損耗はない。また,一般消費者も,後記ウ(エ)の詰め替え用インクを用いるなどして,容易にインクを詰め替えることができる。
(イ) 同イ(イ)(本件発明1の本質的要素)は否認する。インクの充填態様(構成要件K)は,本件インクタンクの構造に規定された必然的なものである。また,インクは,本件発明1の構成要件の1つではあるが,それ自体特許されたものではない。
(ウ) 同イ(ウ)(原告の意図)は不知。
(エ) 使い捨てカメラ事件との比較 a 使い捨てカメラ事件では,内蔵されたフィルムの撮影を終えた消費者が,フィルムユニット本体から撮影済みのフィルムを露光させることなく取り出すことは困難な構造となっていた。さらに,撮影後に現像所においてフィルムを取り出す際にフック等の連結部材が破壊される上,新たなフィルムを装填するために裏カバーを本体から外すと,フック,超音波溶着部分等が破壊されることから,使い捨てカメラのフィルムを入れ替えた上で裏カバーを再び装着した製品は,遮光性の低下など品質,性能が劣るものとならざるを得なかった(使い捨てカメラ事件判決参照)。
b これに対し,本件インクタンク本体は,繰り返し使用が可能な構造になっている。
ウ 取引の実情等について (ア) 原告の主張ウ(ア)(廃棄物)は否認する。(イ)以下の事実によれば,インクが消費されるとインクタンク本体が廃棄物になるといった社会一般の共通認識は存在しない。
(イ) アンケート調査結果 株式会社BCNの市場調査部門であるBCN総研は,平成16年4月,日本国内向けのウェブサイト上で,インクジェットプリンタ用インクカートリッジの利用者に対するアンケート調査を行ったが,その結果は,次のとおりである(乙3の1・2)。
@ 使用後のインクカートリッジの処理について,家電量販店等に設置されているインクカートリッジ回収箱に入れると回答した者は全体の46.1%,インク詰め替えを行い再利用すると回答した者は4.4%に達している。
A リサイクルインクカートリッジを現在利用していると回答した者は全体の8.8%,現在は利用していないと回答した者は8.7%,利用意向においては,「是非利用したい」と「なるべく利用したい」と回答した者を合わせると,全体の33.4%に及んでいる。
(ウ) リサイクル品の販売 株式会社エコリカは,我が国の家電量販店を通じて,本件インクタンクのリサイクル品を販売し(乙4の1・2),他の多くのメーカーも,家電量販店やウェブサイト上で販売を行っている(乙5の1〜10)。
(エ) 詰め替え用インクの販売 a 本件インクタンク用の詰め替え用インクも,我が国において販売されている。これらの商品には,インクを再充填する際に必要となる注入孔を開けるためのドリル,注入孔を塞ぐためのプラグ等の付属品が付いたものもある。
b 消費者であっても,簡単にインクを再充填できるし,そうして使用した場合でも,印字の鮮明度は純正品とほとんど変わらない。
(オ) 使用済みインクタンクの回収 a 使用済みインクタンクは,回収ボックス等で回収されている。
b 無償で回収ボックスに投入する消費者は,それをゴミと考えているわけではなく,再利用される価値を有していると考えているからこそ,回収ボックスに投入している。
c また,有償で消費者から使用済みインクタンクの回収が行われている例は,珍しくない。
d 回収された使用済みインクタンクは,家電量販店等の事業者にとって取引価値を有し,専門的回収業者やリサイクル事業者に有償で譲渡されている。
(カ) 海外における取引の実情 アメリカ合衆国及びドイツにおいては,インクジェットプリンタ用インクタンクのリサイクル品の販売は,我が国におけるよりも大規模に行われ,確固たる市場が確立している(乙1の1〜4,2の1・2,6の1〜10)。
(キ) リサイクル促進法の制定 近年,廃棄物の大量発生が深刻な社会問題・環境問題を引き起こしているが,リサイクル可能な物品のリサイクルを行うことは,社会全体にとって極めて有用かつ重要である。かかる観点から,資源の有効な利用の促進に関する法律(平成3年法律第48号)が制定され,平成14年改正後の同法は,再生資源及び再生部品の使用は企業を含む国民の責務である旨定めている。
エ 同エ(まとめ)は否認する。本件インクタンクの機能,構造,材質や用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮すると,本件インクタンク本体にインクを再充填する行為は,製品全体に比べ耐用期間の短いインクを再充填して製品の使用を継続するために必要な行為であり,被告製品は,本件発明1についての特許を侵害しない。
4 争点(2)(製造方法の特許の消尽等)に関する当事者の主張 (1) 原告の主張 ア 法律論-消尽 (ア) 物の発明の場合,新たな生産は特許侵害となるが,新たな生産か修理かの判断につき争いを生ずる余地がある。
(イ) しかし,物を生産する方法の発明の場合,当該製造方法が特許として認められている以上,その実施行為が特許法上の製造に当たることに議論の余地がない。
イ 新たな生産 (ア) 本件発明10は,特定の構成を有するインクタンクを用意し,これに特定の態様にインクを充填する工程から構成されているところ,被告製品は,これらの工程を新たに実施して製造されているから,本件発明10についての特許権侵害に当たることは明らかである。
(イ) 仮に製造方法の発明についても,新たな生産か修理かの判断が必要であるとしても,被告製品への加工が製造に当たることは,前記3(1)イないしエのとおりである。
黙示の許諾について (ア) 後記被告の主張ウは否認する。
(イ) 特許権の制限を消尽で考えるか黙示の許諾で考えるかは,言葉の問題にすぎず,考慮要素は同じであるから,いずれの考え方によるかで結論が異なることはない。
(ウ) 原告には,原告製品を最初に販売するに際し,将来その使用済み品を第三者の事業者が入手の上,再生して販売することを許容する意思は全くなかったし,黙示の許諾をうかがわせる事情は全くなかった。
原告製品には,再利用を禁止する旨の明示の記載はなかったが,製品の包装には「キヤノン製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」との記載があり(甲9),使用済み品は回収されるものとして販売されていることが記載されている。
エ まとめ (ア) 以上のとおり,本件インクタンク本体を用い,第2の液体充填工程(構成要件K’)等を経て被告製品を製造する行為は,本件発明10についての特許を侵害する。
(イ) この理は,被告製品の製造に用いられた本件インクタンク本体が海外で初めて販売された場合も同様である。
(2) 被告の主張 ア 法律論-消尽について (ア) 物を生産する方法の発明を実施して生産した当該物については,物の発明実施品の場合と同様に,特許権者により適法に流通に置かれた時点で特許権は消尽し,それ以降その物には特許権の効力が及ばない。
したがって,当該特許製品を譲り受けた者は,物の発明実施品を譲り受けた者と同様に,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができる。
(イ) 新たな生産か修理かの判断に当たっては,物の発明の場合と同様に,@当該製品の機能,構造,材質や,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮し,特許製品がその効用を終えたといえるか,又はA当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換する等により,特許製品の同一性が失われたかを考慮する必要がある(前記3(2)ア(イ))。
イ 新たな生産について 原告の主張イは否認する。
黙示の許諾 (ア) 仮に物の生産方法の特許に消尽の適用がないとしても,特許製品が市場での流通に置かれる場合,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等することができる権利を取得することを前提として取引行為が行われるから,その使用・再譲渡等に関する制約について特段の合意をした場合を除き,譲渡人は,譲受人に対し,目的物について有する使用・再譲渡等する権利を移転することを黙示に許諾したものである。
(イ) 本件においても,原告は,その購入者との間で,原告製品の使用・再譲渡等に関する制約について特段の合意をしないで販売したことにより,当該原告製品について有する使用・再譲渡等する権利を移転することを黙示に許諾した。
エ まとめについて 同エは否認する。
当裁判所の判断
1 争点(1)(物の特許の消尽)について (1) 法律論 ア 国内消尽について (ア) 特許権者が我が国の国内において特許発明に係る製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである(BBS事件最高裁判決)。
しかしながら,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。
(イ) そして,本件のようなリサイクル品について,新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
特許製品の製造者,販売者の意思は,価格維持の考慮等が混入していることがあり得るから,特許製品の通常の使用形態を認める際の一事情として考慮されるにとどまるべきものである。
イ 国際消尽について (ア) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き,譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の旨の合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解される(BBS事件最高裁判決)。
(イ) しかしながら,上記のような場面においても,上記アと同様な事情が認められる場合には,特許権者による権利行使は許されると解される。
ウ 原告の主張に対する判断 原告は,インクを使い切った本件インクタンクが廃棄された後のリサイクル業者の行為に関しては,新たな生産か修理かを判断する必要がない旨主張する。
しかしながら,特許製品を譲り受けた者は消尽等によりその使用及び譲渡等を自由に行うことができるものであるから,新たな生産か否かが問題とされる行為を行った者が原告からの直接の購入者であるか転得者であるかは,新たな生産か修理かの判断に影響せず,ただ,インクを使い切った本件インクタンクが消費者によって廃棄され又はリサイクルに付されたという事情が,新たな生産か修理かの判断の考慮要素である取引の実情の一部として考慮される関係にあるものと考えられる。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 事実認定 前提事実に,各項に掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告製品の構造等 (ア) 原告製品をインクジェットプリンタで使用すると,液体供給口14から適宜インクが供給され,インクを使い切ると,本件インクタンク本体のみが残る。ただし,負圧発生部材はもともとインクを吸収する性質のものであるため,わずかにインクが残った状態となる。
本件インクタンク本体は,負圧発生部材を含め,形状や性質は特に変化しておらず,インク収納容器として再利用することが可能である。
(前提事実,弁論の全趣旨) (イ) 原告は,本件インクタンクをインクの再充填を行わないものとして設計しており,本件インクタンクには,再充填を可能とする注入孔は設けられていない。
そのため,本件インクタンク本体にインクを再充填しようとすると,本件インクタンク本体に穴を開け,内部を洗浄し,インクを注入後,穴に栓をするという方法を採らざるを得ない。
(前提事実,弁論の全趣旨) (ウ) 原告が本件インクタンクを再充填可能な設計にしていない理由の一部は,次のとおりである。
a 液状インクは化学製品であるから,長く使いすぎると化学的変質や溶剤の蒸発による濃度変化を生ずる危険があるが,インクを使い切った後に再充填した場合,この危険が増大する。
b インクの変質は,プリンタの印字品質を低下させ,プリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生の原因となる。
c また,プリンタ用のインクは,各プリンタの設計に合わせ,その印字機構が最高の機能を発揮できるように,独自の特性のものが使用されているから,インクが変われば,やはりプリンタの性能に影響し,故障の原因ともなる。
d 仮に再充填しようとしても,特に繊維体である負圧発生部材の洗浄は,手数のかかる作業であるから,消費者が行うことができることではない。
e 本件インクタンク本体についても,時間の経過とともに劣化が考えられる。
(弁論の全趣旨) (エ) 原告は,インクタンクの再使用をしないことを呼びかける趣旨を含めて,原告製品のパッケージに「キヤノン製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」と記載して販売し,ウェブサイト上でも,使用済みカートリッジの回収を呼びかけている。
(甲9) (オ) インクの再充填によるインクの変質により,プリンタの印字品質の低下やプリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生がどの程度高まるか,及び障害はどの程度のものかを示す的確な証拠はない。しかも,後記ウのとおり,詰め替え用インクや被告製品のようにインクを詰め替えた製品が相当数販売されている事実からすると,原告主張の印字ヘッドの目詰まり等の危険が,消費者の選択にゆだねても差し支えない程度を超えるものであることの立証はないといわなければならない。
イ 本件発明1の構成,作用効果の概要 (ア) 本件インクタンクのように,インクタンクを2室に分け,インク供給口を有する側にのみインク吸収体を充填し,他の室にはインクのみを収納する構成とすると,製品の運送中に傾けて置かれた場合,負圧発生部材収納室にインクが過剰に流れ込み,大気連通部などからインクが溢れるという欠陥があった。
本件発明1は,インク吸収体を2つに分け,その界面部分の毛管力を各インク吸収体の毛管力より高くする構成とし,界面部分の上方までインクを充填すると,本件明細書図2(b)に示されるような厳しい条件の姿勢であっても,界面部分に保持されているインクが,大気連通部からの空気を遮断して,液体収納室への空気の流入を防止することにより,負圧発生部材収納室に過剰なインクが流れ込むことを防止できるという作用効果を有するものであり,負圧発生部材収納室の構成と特定の態様にインクを充填することを主な構成要件とするものである。
(イ) 本件発明1では,インクの充填が構成要件の一部を構成しているが,インクそれ自体は,特許された部品ではない。
(前提事実,弁論の全趣旨) ウ 取引の実情等 (ア)a 甲会社の関連会社(乙会社)は,原告製品のインクを使い切ったインクタンク本体を北米,欧州及び日本を含むアジアから収集している。
b 使用済みの本件インクタンク本体を有する消費者は,それを家庭用ゴミとして捨てたり,リサイクルのために家電量販店,学校,教会等に設置された回収ボックスに投入する。大部分の場合,消費者は,本件インクタンク本体の対価を得ることはないが,1個当たり10円ないし20円の対価を支払う事例も増えている。
c 回収業者は,家電量販店等の回収ボックス等によって回収された本件インクタンク本体を若干の謝礼を支払って買い取り,甲会社の関連会社(乙会社)に対し,回収の経費に利益を上乗せした価格で売却している。
d なお,原告は,他のメーカーと同様,一般消費者に対し,使用済みインクタンクの回収への協力を呼びかけ,回収したインクタンクをプラスチック材料の資源としてリサイクルしている。
(前提事実,甲9〜12,14,乙30,31の1,32の1,33の1〜3,34〜36) (イ) 株式会社BCNの市場調査部門であるBCN総研は,平成16年4月,日本国内向けのウェブサイト上で,インクジェットプリンタ用インクカートリッジの利用者に対するアンケート調査を行ったが,その結果は,次のとおりである。
a リサイクルインクカートリッジの利用状況 現在利用している 8.8% 現在は利用していない 8.7% 現在・過去とも利用していない 81.6% b リサイクルインクカートリッジの利用意向 是非利用したい 14.3% なるべく利用したい 19.1% わからない 45.8% あまり利用したくない 9.8% 全く利用する気はない 7.0% c 使用後のインクカートリッジの処理 自宅でゴミとして廃棄する 48.2% 家電量販店等に設置されている回収箱に入れる 46.1% インク詰め替えを行い再利用する 4.4%(乙3の1・2) (ウ)a 被告は,平成16年6月まで,被告製品の輸入を行っていた。
b 株式会社エコリカは,平成15年10月ころから,我が国の家電量販店やウェブサイト上において,原告用やエプソン等の他メーカー用の被告製品と同種の製品を,相当安い価格で販売している。
c 現在,他の多くの会社も,被告製品と同種の製品を安く販売している。
d エコリカ製品等の製造を行っているジット株式会社は,平成16年6月,設備投資を行い,原告用,エプソン用等のインクタンクのリサイクル能力を月産30万個に高めた。
(前提事実,甲13,乙4の1・2,5の1〜10,17,20,21,32の2,38,弁論の全趣旨) (エ)a 原告のインクタンク用の詰め替え用インクも,我が国において販売されている。この商品には,インクを再充填する際に必要となる注入孔を開けるためのドリル,注入孔を塞ぐためのプラグ等の付属品が付いているものもある。
詰め替え用インクを使用した場合,印字の鮮明度が純正品に比し劣ることを認めるに足りる証拠はない。
b エプソン等の他メーカー用の詰め替え用インクも,同様に販売されている。
(乙20,22の1・2,37) (オ) アメリカ合衆国及びドイツにおいては,インクジェットプリンタ用インクタンクのリサイクル品の販売は,我が国よりも大規模に行われている。
(乙1の1〜4,2の1・2,6の1〜10,9の9,24)。
(カ) 近年,廃棄物の大量発生が深刻な社会問題・環境問題を引き起こしているが,リサイクル可能な物品のリサイクルを行うことは,社会全体にとって極めて有用かつ重要である。かかる観点から,資源の有効な利用の促進に関する法律(平成3年法律第48号)が制定され,平成14年改正後の同法は,再生資源及び再生部品の使用は企業を含む国民の責務である旨定めている。
(争いのない事実) (3) 国内消尽について ア 上記(2)に説示の事実をまとめれば,次のとおりである。
(ア) 特許製品の構造等 本件インクタンク本体は,インクを使い切った後も破損等がなく,インク収納容器として十分再利用することが可能であり,消耗品であるインクに比し耐用期間が長い関係にある。この点は,撮影後にフィルムを取り出し,新たなフィルムを装填すると,裏カバーと本体との間のフック,超音波溶着部分等が破壊されてしまう使い捨てカメラ事件判決の事案とは大きく異なっている。
そして,液体収納室の上面に注入孔を開ければ,インクの再充填が可能である。
インクの変質等に起因する障害を防止する観点からは,原告指摘のとおり本件インクタンク本体を再利用しないことが最良であるが,上記障害が有意なものであることの立証はないし,純正品を使うかリサイクル品を使うかは,本来プリンタの所有者がプリンタやインクタンクの価格との兼ね合いを考慮して決定すべき事項である。
(イ) 特許発明の内容 a 原告主張のとおり,本件発明1においては,毛管力が高い界面部分を有する構造と界面部分の上方までインクを充填することの組合せにより,輸送中のインクの漏れを防ぐ効果を奏しているものであるが,毛管力が高い界面部分を形成した構造が重要であり,界面部分の上方までインクを充填することは,上記構造に規定された必然ともいうべき充填方法であるといわざるを得ない。そして,本件インクタンク本体においては,上記毛管力が高い界面部分の構造は,インクを使い切った後もそのまま残存しているものである。
b また,本件発明1では,インクの充填は構成要件の一部を構成しているが,インクそれ自体は,特許された部品ではない。
(ウ) 取引の実情等 本件インクタンク本体は,もともとゴミとして廃棄されている割合が高かったが,環境保護及び経費削減の観点から,リサイクルされた安価なインクタンクへの指向が高まり,近年では,被告製品のような再充填品を売る業者の数が多くなり,平成16年4月に行われたアンケート調査結果によると,リサイクルインクカートリッジを現在利用している割合だけでも,8.8%に達している。そして,リサイクルされた安価なインクタンクへの指向は,今後更に高まることが予想される。
イ 以上の事実によれば,本件インクタンク本体にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たると認めることはできないから,日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき,国内消尽の成立が認められる。
(4) 国際消尽について また,前記(2)及び(3)アの事実によれば,海外で譲渡された原告製品に基づく被告製品についても,国際消尽の成立が認められる。
2 争点(2)(製造方法の特許の消尽等)について (1) 法律論 ア 国内消尽について 物を生産する方法の特許についても,物の特許の場合と同様に(前記1(1)ア参照),国内消尽が成立し,特許権の効力は当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。
新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
イ 国際消尽について 物を生産する方法の特許についても,物の特許の場合と同様に(前記1(1)イ参照),国際消尽が成立し,特許権の効力は当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。
新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,国内消尽の場合と同様に,上記アに掲げた諸事情を総合考慮して判断すべきである。
ウ 原告の主張に対する判断 原告は,物を生産する方法の発明の場合,当該製造方法が特許として認められている以上,その実施行為が特許法上の製造に当たることに議論の余地がないから,特許製品の構造,特許発明の内容,取引の実情等に基づき新たな生産か修理かの判断を行う必要はない旨主張する。
しかしながら,特許された製造方法により生産された製品を譲り受けた者が,当該製品を使用し譲渡等する権利に基づき,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができることは,物の特許の場合と同様であり,製造方法の特許についてだけ構成要件の一部に該当する行為があれば当然特許権侵害となると解すべき理由はない。したがって,物を生産する方法の特許の場合も,物の特許の場合におけると同様な考慮要素を総合して新たな生産か修理かを判断する必要があるというべきであり,これに反する原告の主張は採用することができない。
(2) 国内消尽について ア 原告製品の構造等,取引の実情等は,前記1(2)ア,ウ及び(3)ア(ア),(ウ)で認定したとおりである。
イ そして,本件発明10の構成,作用効果の概要は,前記1(2)イで認定した本件発明1のそれと異なるところはないから,前記1(3)ア(イ)で述べたことは,本件発明10にそのまま当てはまる。
ウ したがって,本件発明10についての特許の関係においても,本件インクタンク本体を用意し,特定の態様にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たるものと認めることができないから,日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき,国内消尽の成立が認められる。
(3) 国際消尽について また,海外で譲渡された原告製品を再製品化した被告製品についても,上記(2)と同じ理由で,国際消尽の成立が認められる。
3 結論 よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録(1)下記「構造の説明」及び第1図ないし第5図に記載された構造のインクタンク本体に,下記「商品上の表示及びインクの種類」の表示を付し黒色インクを充填したインクタンク第1商品上の表示及びインクの種類本件インクタンク(黒色インク収納)は,下記の表示が付されている。
表示:「forCanon」,「recycleinkcartridge」,「BCI-3eBK」第2図面の説明第1図ないし第5図は,本件インクタンクを示す図面であって,第1図は平面図,第2図は底面図,第3図は上面図,第4図は左側面図,第5図は右側面図である。
第3構造の説明1.第1図に示すようにインクタンク1は,容器2,蓋部材3,インク供給部材4,第1の負圧発生部材5,第2の負圧発生部材6より構成されている。
2.容器2は,その上側開口を蓋部材3によって覆い,溶着して形成されている。
3.第3図に示すように,インクタンク1の上面には,大気連通口8と大気連通路9とによって構成され,インクタンク1内を大気と連通する大気連通部10が形成されている。
4.インクタンク内部の構成(1)インクタンク1は,互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材5,6を収納するとともに,液体供給部7と大気連通部10とを備える負圧発生部材収納室14を備えている。
(2)インクタンク1は,負圧発生部材収納室14と連通する連通部16を有すると共に,連通部16を除き密閉空間を形成し,インクを貯留する液体収納室15を備えている。
(3)インクタンク1は,さらに,負圧発生部材収納室14と液体収納室15とを仕切るとともに,連通部16を形成するための仕切壁17を有している。
5.負圧発生部材の構成(1)第1及び第2の負圧発生部材5,6は,いずれも毛管力を備えた繊維集合体であって,第1の負圧発生部材5の毛管力は,第2の負圧発生部材6の毛管力より相対的に大きく,第2の負圧発生部材6は第1の負圧発生部材5より相対的に硬く形成されている。
(2)第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6は,その外側面が,負圧発生部材収納室14の内側面と隙間なく密着しており,第2の負圧発生部材6の上面は蓋部材3の内面に設けられたリブ23によって押圧され,該押圧力により,第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6の界面18において,第1の負圧発生部材5の上面が圧縮された圧接部を形成している。
(3)前記圧接部を含む界面18は,第1及び第2の負圧発生部材5,6の有する毛管力より高い毛管力を有する。
(4)前記圧接部を含む界面18は,仕切壁17を含む負圧発生部材収納室14の側面と隙間なく交差している。
(5)第1の負圧発生部材5は,連通部16と連通すると共に,界面18を介してのみ,大気連通部10と連通可能である。
(6)第2の負圧発生部材6は,界面18を介してのみ連通部16と連通可能である。
6.インクの充填量(1)液体収納室15には,ほぼ一杯にインクが充填されている。
(2)負圧発生部材収納室14には,圧接部の界面18より上方までインクが充填されている。
(別紙)物件目録(2)下記「構造の説明」及び第1図ないし第5図に記載された構造のインクタンク本体に,下記「商品上の表示及びインクの種類」(1)ないし(3)のいずれかの表示を付しインクを充填したインクタンク第1商品上の表示及びインクの種類本件インクタンク(カラーインク収納)は,下記(1)ないし(3)のいずれかの表示が付され,インクが充填されている。
(1)表示:「forCanon」,「recycleinkcartridge」,「BCI-3eY」充填インク:黄色インク(2)表示:「forCanon」,「recycleinkcartridge」,「BCI-3eM」充填インク:マゼンタ色インク(3)表示:「forCanon」,「recycleinkcartridge」,「BCI-3eC」充填インク:シアン色インク第2図面の説明第1図ないし第5図は,本件インクタンクを示す図面であって,第1図は平面図,第2図は底面図,第3図は上面図,第4図は左側面図,第5図は右側面図である。
第3構造の説明1.第1図に示すようにインクタンク1は,容器2,蓋部材3,インク供給部材4,第1の負圧発生部材5,第2の負圧発生部材6より構成されている。
2.容器2は,その上側開口を蓋部材3にようて覆い,溶着して形成されている。
3.第3図に示すように,インクタンク1の上面には,大気連通口8と大気連通路9とによって構成され,インクタンク1内を大気と連通する大気連通部10が形成されている。
4.インクタンク内部の構成(1)インクタンク1は,互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材5,6を収納するとともに,液体供給部7と大気連通部10とを備える負圧発生部材収納室14を備えている。
(2)インクタンク1は,負圧発生部材収納室14と連通する連通部16を有すると共に,連通部16を除き密閉空間を形成し,インクを貯留する液体収納室15を備えている。
(3)インクタンク1は,さらに,負圧発生部材収納室14と液体収納室15とを仕切るとともに,連通部16を形成するための仕切壁17を有している。
5.負圧発生部材の構成(1)第1及び第2の負圧発生部材5,6は,いずれも毛管力を備えた繊維集合体であって,第1の負圧発生部材5の毛管力は,第2の負圧発生部材6の毛管力より相対的に大きく,第2の負圧発生部材6は第1の負圧発生部材5より相対的に硬く形成されている。
(2)第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6は,その外側面が,負圧発生部材収納室14の内側面と隙間なく密着しており,第2の負圧発生部材6の上面は蓋部材3の内面に設けられたリブ23によって押圧され,該押圧力により,第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6の界面18において,第1の負圧発生部材5の上面が圧縮された圧接部を形成している。
(3)前記圧接部を含む界面18は,第1及び第2の負圧発生部材5,6の有する毛管力より高い毛管力を有する。
(4)前記圧接部を含む界面18は,仕切壁17を含む負圧発生部材収納室14の側面と隙間なく交差している。
(5)第1の負圧発生部材5は,連通部16と連通すると共に,界面18を介してのみ,大気連通部10と連通可能である。
(6)第2の負圧発生部材6は,界面18を介してのみ連通部16と連通可能である。
6.インクの充填量(1)液体収納室15には,ほぼ一杯にインクが充填されている。
(2)負圧発生部材収納室14には,圧接部の界面18より上方までインクが充填されている。
(別紙)
裁判長裁判官 市川正巳
裁判官 頼晋一
裁判官 高嶋卓