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関連審決 不服2004-8470
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成17行ケ10586特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10292審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10055審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  慣用技術 /  技術常識 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10222号 審決取消請求事件
原告日 立化成工業株式会社
同訴訟代理人弁理士長 谷 川芳樹
同 池田正人
同 清水義憲
同 城戸博兒
被告特 許庁長 官肥塚雅博
同 指定代理 人北川清伸
同 山本章裕
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/04/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が,不服2004−8470号事件について,平成19年5月7日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「接続部材及び該接続部材を用いた電極の接続構造・接続法」とする発明につき,平成6年11月25日,特許を出願(以下「本願」という。)したが,平成16年3月22日付けの拒絶査定を受けたので,同年4月23日,審判請求(不服2004-8470号事件)を行った。特許庁は,平成18年11月20日付けの拒絶理由通知を発し,これに対し,原告は平成19年1月23日付け手続補正書(甲16)を提出した(補正後の発明の名称は,「接続部材を用いた電極の接続法」である。)。
特許庁は,平成19年5月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
2 特許請求の範囲平成19年1月23日付け手続補正書(甲16)による補正後の本願発明の請求項1(請求項の数は全部で3である。)は,下記のとおりである。
【請求項1】少なくとも一方が突出した電極を有し,相対峙する電極列間に,導電材料及びバインダからなり,加圧方向に導電性を有する接着層の少なくとも片面に絶縁性の接着層を形成してなる接続部材であって,該絶縁性の接着層と該バインダの成分は反応性樹脂と潜在性硬化剤を含有し,該絶縁性の接着層と該バインダの成分中の潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することにより該絶縁性の接着層と前記バインダとの間でDSCピーク温度で示される活性化温度による反応性に差を設けた接続部材の絶縁性接着層が突出した電極側となるように配置し,絶縁性接着層とバインダ成分との高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧することを特徴とする電極の接続法(以下この発明を「本願補正発明1」という。)3 審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明1は,特開平4-366630号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)及び昭和62年12月25日発行の「エポキシ樹脂ハンドブック」(甲2。以下「刊行物2」という。)の記載に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,刊行物1及び刊行物2記載の各発明(以下「引用発明1」,「引用発明2」という。)の内容並びに本願補正発明1と引用発明1との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容ア 引用発明1の内容突出した複数の回路端子(26)を有し,相対峙して並んでいる複数の回路端子(28)との間に,導電性粒子(22)と接着剤(23)からなる第1の接着剤層(21)の両面に導電性粒子を含まない絶縁性の接着剤のみからなる第2の接着剤層(24)を形成した異方性導電接着テープであって,第1の接着剤層(21)を構成する接着剤(23)は熱硬化性樹脂であるエポキシ系樹脂の接着剤をベースとしていて,第1の接着剤層(21)を構成する接着剤(23)は溶融時の流動性の低い特性を有し,第2の接着剤層(24)は接合加工時の加熱及び加圧によって流動し易い特性を有するものが用いられ,異方性導電接着テープを回路端子(26)と回路端子(28)との間に配置し,加熱及び加圧する回路端子(26,28)の接合方法。
イ 引用発明2の内容エポキシ樹脂に添加する潜在性硬化剤の種類または添加量を変更することにより,ゲル化時間で示される反応性を変化させる発明。
(2) 一致点少なくとも一方が突出した電極を有し,相対峙する電極列間に,導電材料及びバインダからなり,加圧方向に導電性を有する接着層の少なくとも片面に絶縁性の接着層を形成してなる接続部材であって,該バインダの成分は反応性樹脂と潜在性硬化剤を含有し,接続部材の絶縁性接着層が突出した電極側となるように配置し,加熱加圧する電極の接続法である点。
(3) 相違点本願補正発明1においては,「絶縁性の接着層」の成分は,「バインダ」と同様に,「反応性樹脂と潜在性硬化剤を含有」するもので,「該絶縁性の接着層と該バインダの成分中の潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することにより該絶縁性の接着層と前記バインダとの間でDSCピーク温度で示される活性化温度による反応性に差」が設けられ,さらに「絶縁性接着層とバインダ成分との高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧する」のに対し,引用発明1の「第2の接着剤層(24)(絶縁性の接着層)」は,その成分が不明で,また,加熱加圧する時の温度と「絶縁性接着層とバインダ成分との高温側の活性化温度」との関係も不明である点。
原告主張の取消事由
審決は,?@引用発明1の認定を誤り(取消事由1),?A一致点の認定を誤ると共に相違点を看過し(取消事由2),?B相違点に対する容易想到性の判断を誤った(取消事由3)ものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)審決は,引用発明1について,「…『第1の接着剤層(21)(加圧方向に導電性を有する接着層)を構成する接着剤(23)(バインダ)は熱硬化性樹脂であるエポキシ系樹脂の接着剤をベースとして』おり,加熱及び加圧によって回路端子(26,28)(電極)を接合(接続)するものであるから,『反応性樹脂』であるエポキシ樹脂と加熱によりエポキシ樹脂を硬化させる『潜在性硬化剤』とを含有していることが明らかである。」(審決5頁14行〜19行)と認定したが,誤りである。
(1)刊行物1には,「潜在性硬化剤」に関する記載はない。また,エポキシ系樹脂には,エポキシ化されたオレフィン系ポリマー(甲11)があり,このようなポリマーは潜在性硬化剤等の硬化剤を含有させることなくホットメルト接着剤として使用することができる。また,高分子量エポキシ樹脂(甲12,13)のようなエポキシ樹脂も潜在性硬化剤を含有させることなく接着剤として使用することができる。したがって,刊行物1記載のエポキシ系樹脂をベースとした接着剤が「潜在性硬化剤」を含有する接着剤であると断定することはできない。
(2)被告は,引用発明1においては,加熱及び加圧することから,潜在性の硬化剤を使用することが自然であると主張する。しかし,加熱硬化型のエポキシ樹脂は,硬化温度を超える温度で硬化するのに対し,通常の硬化剤の場合においても,硬化温度より低温であるほど硬化までに時間的余裕が存在し,その間に処理,保存するのが当該技術分野の常識であるから,「加熱及び加圧」によって接合されるからといって,硬化剤が「潜在性硬化剤」であると断定する根拠にはならない。
(3)乙1は,本願の出願日より後に発行されたものであり,その出願当時の技術水準とはいえないし,本願補正発明1のように加圧方向に導電性を有する接着層(異方導電性接着層)について記載したものではないし,異方導電接着剤における潜在性硬化剤の使用について記載したものではない。また,乙2は,溶接やリベットに代わる接合方法として構造物の接着に使用される構造用接着剤について記載するものであり,その記載事項が本願の出願当時の電極の接続法における技術水準であるとはいえない。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)上記1のとおり,引用発明1は「潜在性硬化剤」を含有するものか否かは不明であるから,審決の一致点の認定のうち「該バインダの成分は・・潜在性硬化剤を含有し」の部分は誤りであるし,相違点の認定も引用発明1に係るエポキシ樹脂をベースとした接着剤が本願補正発明1に係る「潜在性硬化剤」を含有するか否かは不明である点を看過しているので誤りである。
3 取消事由3(相違点に対する容易想到性の判断の誤り)(1)審決は,引用発明1の「第2の接着剤層」にエポキシ樹脂系の接着剤を採用することは当業者の設計事項であると判断した(以下「相違点に対する審決の判断1」という。)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
刊行物1には,第2の接着剤層(絶縁性の接着層)に用いられる接着剤について,具体例は何ら示されていない。当業者が,接着層に確実な絶縁性を求める場合,極性の高いエポキシ基を有するエポキシ系樹脂よりも,極性の低い炭化水素系ポリマー,例えば,スチレン-エチレン-ブチレン共重合樹脂のようなポリエチレン骨格を有するエチレン系炭化水素系ポリマーを選択するのが常識に沿っている。仮に,第2の接着剤層にエポキシ樹脂系の接着剤を採用したとしても,その接着剤が潜在性硬化剤を含有するか否かについては,不明である。
(2)審決は,「ゲル化時間が短いエポキシ樹脂は早く流動性を失い,ゲル化時間が長いエポキシ樹脂は流動性が長時間保たれるものであることが明らかである。」とした上で,「刊行物2記載の発明に倣い,引用発明の『溶融時の流動性の低い特性を有』する『第1の接着剤層(21)』,及び『接合加工時の加熱及び加圧によって流動し易い特性を有』する『第2の接着剤層(24)』として,混合される潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更して,早く流動性が失われるようにゲル化時間を短く設定したエポキシ樹脂,及び長時間流動性が長く保たれるようにゲル化時間を長く設定したエポキシ樹脂を採用することは,当業者であれば容易に想到し得ることである」と判断した(以下「相違点に対する審決の判断2」という。)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
ア前記(1)のとおり,審決の上記判断は,引用発明1の「第2の接着剤層」にエポキシ樹脂系の接着剤を採用することが当業者の設計事項であるとの前提に立っている点で誤りである。また,仮に「第2の接着剤層」にエポキシ樹脂系の接着剤を採用したとしても,その接着剤及び「第1の接着剤層」を構成する接着剤が潜在性硬化剤を含有するか否か不明であるから,引用発明1の「第1の接着剤層」及び「第2の接着剤層」に潜在性硬化剤を混合することを所与の前提事実としている点で誤りである。
イ 「ゲル化時間」と「流動性」との関係刊行物2の記載によると,「ゲル化時間」は,急激に流動性を失い始める時点までの時間とされている。「ゲル化時間」は,個々の樹脂における,相対的な流動性の変化の度合いを基準とするものであって,絶対的な流動性の程度を基準とするものではない。したがって,仮に,当業者が引用発明1の「第2の接着剤層」にエポキシ樹脂系の接着剤を採用したとしても,エポキシ樹脂における「ゲル化時間」と「その流動性」とはおよそ関係がないのであるから,「ゲル化時間が短いエポキシ樹脂は早く流動性を失い,ゲル化時間が長いエポキシ樹脂は流動性が長時間保たれるものであることは明らかである」ということはできない。引用発明2は,ゲル化時間で示される反応性と共に,流動性を変化させる発明であるとはいえない。
ウ 引用発明1の「溶融時の流動性」の意義(ア)刊行物1には「溶融時の流動性」と明記されており,ゲル化時又は硬化時の流動性に関する記載や示唆はない。そして,熱硬化性樹脂を含む接着剤層の加熱時の流動性については,接着剤層を構成する樹脂のみならず,硬化剤の種類や量及び加熱温度や加熱時間等によって相対的,経時的に刻々変化し,しかも両者の流動性の高低は逆転することもある。また,熱硬化性樹脂の流動性は,溶融域を過ぎて硬化剤の実効的な寄与により架橋が始まるゲル化域に入ると,流動性の高低に逆転が生じ得るのに対して,溶融域においては,硬化剤の寄与は実質的に小さいので,流動性の高低に逆転が生ずることは,通常想定できない。
そうすると,引用発明1における「溶融時の流動性」とは,溶融域における流動性を意味するものであって,硬化剤が実効的に機能を開始し,流動性の高低の逆転が生じ得るゲル化域における流動性を意味するとはいえない。
(イ)引用発明1における,溶融時の流動性の低い特性を有する「第1の接着剤層(21)」及び接合加工時の加熱及び加圧によって流動し易い特性を有する「第2の接着剤層(24)」を組み合わせたことと,本願補正発明1における「絶縁性接着層」と「導電性接着層」のように,早く流動性が失われる接着剤層と長時間流動性が保たれる接着剤層の組み合わせたことは,組合せにおける選択の基準が異なる。
引用発明1では,2種の接着層を選択するに当たり,「溶融域における流動性」に着目している。そして,溶融域における流動性は,一般的に非反応性又は反応性希釈剤の増減,分子量,無機増粘剤の添加によって調整される(甲10)。
これに対し,本願補正発明1では,2種の接着層を選択するに当たり,流動性を失うタイミングが早いか遅いかという意味での「流動性」に着目している。本願補正発明1においては,DSCピーク温度で示される活性化温度に差を設け,「ゲル化域」及び「硬化域」にかけての接着層の挙動を制御することで,2つの接着層を分離して形成している。
そして,活性化温度の差は,潜在性硬化剤の種類又は添加量によって達成される。
エ 引用発明1に基づく容易想到性の有無(ア)前記ウ(ア)のとおり,引用発明1における流動性は流動域における流動性を意味する。そして,溶融域とゲル化域とでは接着剤層の状態は異なるから,当業者が,引用発明1に基づいて,ゲル化時間を考慮して流動性を調整することは困難である。また,前記ウ(イ)のとおり,エポキシ系樹脂の溶融時の流動性は,非反応性又は反応性希釈剤の増減,分子量,無機増粘剤の添加によって調整されるから,当業者は,引用発明1の第1及び第2の接着剤層に混合される潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することによって,「ゲル化域」における流動性を調整することは困難である。
以上のとおり,引用発明1における溶融時の流動性と本願補正発明1におけるDSCピーク温度で示される活性化温度とは技術思想が異なるから,刊行物1の記載から溶融時の流動性に差を設けようとして潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することは,当業者にとって困難である。
(イ)前記イのとおり,ゲル化時間と流動性とは無関係であるから,当業者が刊行物1に基づいて,溶融時の流動性の低いエポキシ樹脂と,接合加工時の加熱及び加圧によって流動し易い特性を有するエポキシ樹脂とを採用したとしても,ゲル化時間の長短を指標としてそれらのエポキシ樹脂を採用することは,当業者にとって困難である。
(3)審決は,引用発明1の第1の接着剤層と第2の接着剤層に,それぞれの成分中の潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更したものを採用することによって,ゲル化時間で示される反応性と共に,DSC(示差走査熱量測定)を用いて測定したピーク温度で示される活性化温度にも,差が生じるものといえると判断した(以下「相違点に対する審決の判断3」という。)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
ア前記(1)のとおり,審決の上記判断は,引用発明1の「第2の接着剤層」にエポキシ樹脂系の接着剤を採用することが当業者の設計事項であるとの前提に立っている点で誤りである。また,仮に「第2の接着剤層」にエポキシ樹脂系の接着剤を採用したとしても,その接着剤及び「第1の接着剤層」を構成する接着剤が潜在性硬化剤を含有するか否かが不明なのであるから,引用発明1の「第1の接着剤層」及び「第2の接着剤層」に潜在性硬化剤を混合することを所与の前提事実としている点で誤りである。
イ前記(2)エ(ア)のとおり,引用発明1における各接着層に潜在性硬化剤を含有していたとしても,引用発明1における溶融時の流動性と,本願補正発明1におけるDSCピーク温度で示される活性化温度とはその技術思想が異なるから,当業者が,引用発明1から溶融時の流動性に差を設けようとして,潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することは困難である。
ウゲル化温度は一定の加熱温度の下で測定されるのに対し,DSCのピーク温度で示される活性化温度は,所定の昇音温度で昇温させながら測定されるものである。このように,それぞれの測定の際の加熱方法が一定温度で加熱する方法か昇温させているかで異なっていることから,「ゲル化時間で示される反応性」に差が生じるからといって,必ずしも活性化温度に差が生じるとは限らない。
(4)審決は,引用発明1の加熱加圧時の温度に関し,「第1の接着剤層(21)(加圧方向に導電性を有する接着層)」と「第2の接着剤層(24)(絶縁性の接着層)」の両方を硬化させるために加熱するのであるから,当然,「第1の接着剤層(21)(加圧方向に導電性を有する接着層)」と「第2の接着剤層(24)(絶縁性の接着層)」との「高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧する」べきことは,当業者にとって明らかであると判断した(以下「相違点に対する審決の判断4」という。)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
DSCピーク温度で示される活性化温度は,反応性を示すための指標であり,その活性化温度よりも低い温度であっても反応性樹脂と潜在性硬化剤との間の架橋反応は起こるから,高温側の活性化温度よりも低い温度であっても反応性樹脂は架橋反応して硬化することが可能である。しかるに,本願補正発明1では,高温側の活性化温度以上の温度で加熱する技術思想を採用するものであって,このように,第1の接着剤層と第2の接着剤層との高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧するが,当業者にとって明らかな事項とはいえない。
(5)審決は,「本願発明の効果も,引用発明,刊行物2に記載された発明及び慣用技術から当業者が予測できる範囲内のものであって,格別なものとはいえない。」と判断した(以下「相違点に対する審決の判断5」という。)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
本願補正発明1において,高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧することにより,確実な面方向の絶縁性と強固な機械的接続が得られるという当業者が予測できない格別な効果を奏する。
被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1取消事由1(引用発明1の認定の誤り)及び取消事由2(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)に対し(1)刊行物2によると,潜在性硬化剤は,定温において長時間特性が変わることなく保存可能で,所定の温度に加熱した場合に速やかに硬化する機能を有する硬化剤である。そして,引用発明1のエポキシ系樹脂の接着剤をベースとした第1の接着剤層を構成する接着剤は熱硬化性樹脂であり,加熱及び加圧によって接合を行うこと,上記接着剤はあらかじめ異方性導電接着テープに形成されて使用されるため,加熱及び加圧によって接合を行うまでの間には硬化が起きないように保存性が求められることも明らかであることから,潜在性硬化剤を含有するものと考えることは自然である。また,導電性接着剤に用いられるエポキシ樹脂には硬化剤が使用されること(乙1)及び,エポキシ-フィルム状接着剤には潜在的硬化剤が使用されること(乙2)が技術常識である。
したがって,刊行物1記載のエポキシ系樹脂をベースとした接着剤は,潜在性硬化剤を含有していることが明らかであるとした審決の判断に誤りはない。
(2)原告は,ホットメルト接着剤として使用できるエポキシ化されたオレフィン系ポリマーや潜在性硬化剤を含有させることなく接着剤として適用できる高分子量エポキシ樹脂が存在することを根拠として,刊行物1記載のエポキシ系樹脂をベースとした接着剤は潜在性硬化剤とはいえないと主張する。
しかし,ホットメルト接着剤として使用できるエポキシ化されたオレフィン系ポリマー(甲11)は,熱硬化性樹脂であるエポキシ系樹脂の接着剤ではないし,甲12,13にも高分子量エポキシ樹脂を熱硬化させて接着剤として用いることは何ら記載されていないから,原告の主張は失当である。
(3)本願補正発明1において「潜在性硬化剤」が用いられているのは,接続部材の保存性を維持するために採用された構成にすぎず,その目的である導電粒子の凝集を防ぐこと等とは直接の関係はない。そして,引用発明1の熱硬化性樹脂であるエポキシ系樹脂の接着剤をベースとした第1の接着剤層に硬化剤が含まれていることはエポキシ樹脂における常識的な事項であり,エポキシ樹脂と硬化剤の混合物を長期間保存可能とするために硬化剤として潜在性硬化剤を採用することは刊行物2に記載されているように従来から知られていたことであるから,保存性を維持する必要の有無に応じて硬化剤を潜在性とするか否かは当業者が適宜選択し得る設計的事項にすぎない。
よって,仮に引用発明1のエポキシ系樹脂をベースとした接着剤が「潜在性硬化剤」を含有する接着剤であるか否かが不明であったとしても,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
2 取消事由3(相違点に対する容易想到性の判断の誤り)に対し(1) 相違点に対する審決の判断1についてア「潜在性硬化剤」を含有するエポキシ系樹脂の接着剤は,加熱により接着を行う電子部品等の接続部材の材料として慣用的に用いられるものであり(甲3ないし5),第2の接着剤には,第1の接着剤と同様の熱硬化性樹脂が用いられていると考えることは自然であるから,審決の判断に誤りはない。
イ原告は,極性の高いエポキシ基を有するエポキシ系樹脂よりも,極性の低い炭化水素系ポリマーを選択するのが当業者の技術常識であると主張する。しかし,エポキシ系樹脂が電気絶縁性に優れていることは従来より知られていることであり,現に潜在性硬化剤を含有するエポキシ系樹脂の接着剤は異方導電性の接着剤の絶縁性の接着剤として慣用的に用いられているから(甲3ないし5),原告の主張は失当である。
(2) 相違点に対する審決の判断2についてア 「ゲル化時間」と「流動性」との関係「ゲル」とは「コロイド溶液が流動性を失い,多少の弾性と硬さをもってゼリー状に固化したもの」であり,ゲル化することによってエポキシ樹脂は流動性を失うから,ゲル化時間が短いエポキシ樹脂はゲル化時間が長いエポキシ樹脂よりも早くゲル化して流動性を失うことは明らかである。
そして,ゲル化時間が短いエポキシ樹脂のゲル化時間が経過してゲル化時間の長いエポキシ樹脂のゲル化時間に至るまでの時間範囲についてみると,ゲル化時間が短いエポキシ樹脂はゲル化が始まっているため流動性の低い特性を有するものといえ,ゲル化時間が長いエポキシ樹脂は溶融状態のままであるから,流動しやすい特性を有するものといえる。そうすると,引用発明2は,ゲル化時間で示される反応性と共にその流動性を変化させる発明であるといえる。
よって,ゲル化と流動性とは無関係であるとの原告の主張は失当である。
イ 引用発明1の「溶融時の流動性」の意義引用発明1における「溶融時の流動性」は,溶融している時間範囲での流動性を意味するものであって,特定の温度領域での流動性を意味するものではない。
すなわち,引用発明1の異方性導電接着テープは,接着時の加熱によって一時的に流動性を獲得するが,流動性を獲得している時間範囲を「溶融時」という語で示していることは明らかである。また,刊行物1においては,「接合加工時の加熱及び加圧」によって,「流動性」を限定していることに照らすならば,引用発明1の「溶融時」とは,加熱及び加圧をして接合加工を行うために溶融している時間範囲,すなわち,異方性導電接着テープが加熱されて流動性を獲得した状態となっている時間範囲を意味する。「ゲル化域」の内,「溶融域」と同等の流動性を備えている領域も溶融時といえる。
ウ 引用発明1に基づく容易想到性の有無(ア)引用発明1の「第1の接着剤層」と「第2の接着剤層」の流動性の比較は,接合加工時のある時点における流動性の比較であると認められるが,ある時点におけるゲル化時間を経過したゲル化時間が短いエポキシ樹脂系の接着剤とゲル化時間を経過していないゲル化時間の長いエポキシ樹脂系の接着剤は,それぞれ「溶融時の流動性の低い特性」と「接合加工時の加熱及び加圧によって流動し易い特性」を有するものといえる。
よって,相違点に対する審決の判断2に誤りはない。
(イ)原告は,引用発明1に関して,?@エポキシ樹脂の流動性は非反応性希釈剤の増減,分子量,無機増粘剤の添加によって調整されるのが一般的である,?A第1及び第2の接着剤層に混合される潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更して流動性を調整することは困難である,?B溶融時の流動性と本願補正発明1におけるDSCピーク温度で示される活性化温度とはその技術思想が異なる,と主張する。しかし,審決は引用発明2にしたがって潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することが当業者であれば容易に想到し得ることであると判断しているのであるのに対し,原告の上記主張は引用発明2を考慮したものでないから,失当である。
(3) 相違点に対する審決の判断3について本願補正発明1における「絶縁性の接着層とバインダとの間でDSCピーク温度で示される活性化温度による反応性の差」は,絶縁性の接着剤とバインダの成分中の潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更することにより生じるのであるから,引用発明1においても,引用発明2によって,「第1の接着剤層」と「第2の接着剤層」にそれぞれの成分中の潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更したものを採用することによって,DSCピーク温度で示される活性化温度による反応性に差を生じるものといえる。また,「ゲル化時間」と「DSCを用いて測定したピーク温度で示される活性化温度」とは,いずれも反応性樹脂と潜在性硬化剤との架橋反応の進行速度に関連するパラメータであり,所定の温度条件下において架橋反応が早く進行する「ゲル化時間で示される反応性」が高い接着剤であれば,温度が連続的に昇温させられる条件下においても,通常,それぞれの温度領域において架橋反応は早く進行するといえるから,変化させられる温度領域を合わせた全体で見ても架橋反応は早く進行するものといえる。そして,ゲル化時間で示される反応性が高い接着剤は,温度が連続的に昇温させられる,DSCのピーク温度の測定時においても架橋反応が早く進行するから,最も架橋反応が進行する時点での温度であるDSCのピーク温度で示される活性化温度は,ゲル化時間で示される反応性が低く架橋反応の進行が遅い接着剤よりも早い時点で記録され,その温度は,架橋反応の進行が遅い接着剤と比較すると,低い温度である。
よって,相違点に対する審決の判断3に誤りはない。
(4) 相違点に対する審決の判断4について本願補正発明1の「DSCピーク温度で示される活性化温度」は,「反応性樹脂」と「潜在性硬化剤」との架橋反応が最も進行する温度である。そして,引用発明1には確実で効率の良い接合が求められるから,接合のための加熱においては「反応性樹脂」と「潜在性硬化剤」との架橋反応が十分進む温度,すなわち「DSCピーク温度で示される活性化温度」よりも高い温度で加熱されるものといえる。また,異なる活性化温度の複数の樹脂を同時に硬化させようとする場合,高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧すべきことも当業者にとって明らかである。
よって,相違点に対する審決の判断4に誤りはない。
(5) 相違点に対する審決の判断5についてア引用発明1の溶融時の流動性の低い特性を有する「第1の接着剤層」として,刊行物2の混合される潜在性硬化剤の種類又は添加量を変更して,早く流動性が失われるようにゲル化時間を短く設定したエポキシ樹脂を採用すれば,樹脂の流動性が早く失われることにより導電性粒子の移動や凝集を防ぎ確実な面方向の絶縁性が得られること,及び引用発明1の接合加工時の加熱及び加圧によって流動しやすい特性を有する「第2の接着剤層」として,刊行物2の「長時間長く流動性が保たれるようにゲル化時間を長く設定したエポキシ樹脂」を採用すれば強固な機械的接続が得られることも,当業者であれば容易に予測し得る効果である。
イ原告は,高温側の活性化温度以上の温度で加熱加圧することにより,接着層がその活性化温度を経て確実に硬化すると主張する。しかし,本願補正発明1の「DSCピーク温度で示される活性化温度」は,実際の製造工程における接合条件に即することなくはるかに遅い昇温条件の下で測定された温度である上,本願補正発明1に係る特許請求の範囲においてはその加熱時間すら特定されていないから,DSCピーク温度で示される活性化温度以上の温度で加熱加圧を行っても確実に硬化するという根拠はなく,原告の上記主張は失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,審決の相違点に対する判断2に誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすので,原告の取消事由3に係る主張には理由があり,審決を取り消すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 本願補正発明1に係る明細書(甲15,16)の記載本願補正発明1に係る特許請求の範囲の記載は,第2の2のとおりであり,また,本願補正発明1に係る明細書(甲15,16)の記載は,以下のとおりである。
(1)「【0012】本発明では,バインダ成分4と絶縁性接着層2との反応性に差を設けることを特徴とする。その望ましい実施態様として前記バインダ成分4の活性化温度を低温とし,即ち,硬化速度を絶縁性接着層2に比べ速硬化する。或いは前記バインダ成分4の活性化温度を高温とし,硬化速度を絶縁性接着層2に比べ遅い硬化とする。前記のバインダ成分4の活性化温度を低温とし,絶縁性接着層2に比べ速硬化とすることで,電極接続時の加熱加圧で先ず導電材料3が電極と接触し,バインダ4の硬化反応が開始され,次いで硬化反応の進行に伴う増粘により,導電材料3がバインダ成分4で固定される。引き続いて絶縁性接着層2は隣接電極間の12-12’を充填し,硬化反応の進行に伴い,両基板を接着固定する。
後者の場合,絶縁性接着層2が先に硬化膜を形成するので気泡が発生し難く,やはり導電材料3がバインダ成分4で固定されて,両層が分離して形成可能である。」(2)「【0013】バインダ成分4と絶縁性接着層2との反応性に差を設ける方法としては,硬化剤の種類や添加量,粒径等の選択が一般的である。
硬化剤としては,接続部材の保存性を維持するために潜在性であることが好ましい。本発明でいう潜在性とは,反応性樹脂(例えばエポキシ樹脂)との共存下で30℃以下で2か月以上の保存性を有し,加熱下で急速硬化するものを云う。また,本発明の反応性とは,反応性樹脂と潜在性硬化剤との共存下での活性化温度を示す。
活性化温度は,反応性樹脂と潜在性硬化剤との共存混合試料の3mgをDSC・・を用い,10℃/分で常温(30℃)から250℃まで上昇させたときの発熱量の最大を示すピーク温度とする。」(3)「【0020】・・実施例3実施例1の導電性接着層及び絶縁性接着層の硬化剤を入れ替えた。即ち,バインダ成分の活性化温度を高温とし,硬化速度を絶縁性接着層に比べ遅い硬化とした。・・」(4)以上の明細書の記載からすれば,本願補正発明1は,DSCピークで示される活性化温度を指標として,導電性接着層のバインダ成分と絶縁性接着層との間において,硬化剤の種類や添加量,粒径等を変えることによって両者の硬化反応の速度に差を設けた,すなわち,硬化反応の開始時期に差を設けたことに特徴があるということができる。そして,活性化温度が接着層の硬化反応の開始時期の指標となっていることからすると,硬化反応の開始時期の相違は,硬化反応の開始が早い接着層がゲル化域に達した後において観察されるものと解することができる。
2 刊行物1(甲1)の記載刊行物1(甲1)には,次の記載がある。
(1)「【請求項1】導電性粒子を含む接着剤から形成される第1の接着剤層の少なくとも一方の面上に,導電性粒子を含まない絶縁性の接着剤から形成される第2の接着剤層を形成したことを特徴とする異方性導電接着テープ。」(2)「【0008】図5に示すように準備された電子部品と異方性導電接着テープとを加熱及び加圧によって接合した後の状態を図6に示す。この図は接合不良が発生した状態を示している。回路端子14と回路端子16とが電気的に接続されるためには,異方性導電接着テープ10はこの中に含まれる導電性粒子12の大きさ程度まで圧縮される必要があるので,もとの厚さの1/2〜1/4にまで圧縮されることになる。このように異方性導電接着テープ10が大きく圧縮されると,中に含まれる導電性粒子12が移動し,回路端子14,16の間からはみ出してこれ以外の部分に流れ落ち,そこで凝縮してしまうことがある。このような場合,回路端子間が電気的に接続されずに断線状態に至るか,又は本来接合されるべきでない回路端子同士が電気的に接続されてショート状態に至る。一般に,異方性導電性接着テープを形成する接着剤としては,熱によって流動し易いものが使用されている。なぜなら,もし流動性の低い接着剤で形成された異方性導電接着テープを電子部品の接合に用いると,接合加工時に異方性導電接着テープを上述のように大きく圧縮するために極端に大きな圧力を電子部品に加える必要があり,この圧力によって電子部品が破損する恐れがあるからである。従って,接着剤としては溶融時の流動性の高いものを用いる必要があり,この結果上述のような接合不良が発生し易くなっている。」(3)「【0011】【作用】上記した様に構成した異方性導電性接着テープは電気伝導の機能と接合の機能とをそれぞれ第1の接着剤層と第2の接着剤層へと分担させることができる。すなわち,第1の接着剤層は,電子部品を電気的に接合するのに適した特性を備えるべく,接着剤の材料,導電性粒子の材料,大きさ及び形状が選定される。第2の接着剤層は,接合される電子部品を接着するのに適した特性を備えるべく,接着剤の材料及び厚みが選定される。第2の接着剤層の接着剤の材料としては溶融時の流動性の高い特性を有するものが選定され,かつ厚みは電子部品を接着するのに十分な大きさが選定される。この結果,第1の接着剤層の接着剤の材料としては溶融時の流動性の低い特性を有するものを選定することができる。」(4)「【0012】従って,本発明による第1の接着剤層の両面又は一方の面上に第2の接着剤層を形成した異方性導電接着テープを電子部品の接合に用いる際,第1の接着剤層の溶融時の流動性が低いために接合加工のための加熱及び加圧によって導電性粒子が流動化して移動しそして異常に凝集することはなくなり,回路端子のピッチが精細な場合でも断線及びショートの発生を抑止することができる。・・」(5)「【0016】テープ状の第1の接着剤層21の両面上には,導電性粒子を含まない絶縁性の接着剤のみから形成されている第2の接着剤層24が形成されている。第2の接着剤層24は,接合加工時の加熱及び加圧によって流動し易い特性を有する接着剤により形成されている。・・」(6)「【0017】本実施例による異方性導電接着テープ20を用いて,電子部品25と電子部品とを接合した場合の一例を図2に示す。
【0018】本実施例の異方性導電接着テープ20において,導電性粒子22は溶融時の流動性の低い接着剤23から形成されている第1の接着剤層に含まれているので,回路端子26,28間に確実に挟まれており,接合加工時の加熱及び加圧によって導電性粒子は流動化して移動しそして異常に凝集することはない。従って,回路端子26と回路端子28とは確実に接合され,接合されるべき回路端子間が電気的に接続されずに断線状態に至るとか,本来接合されるべきでない同一電子部品の回路端子同士が電気的に接続されてショート状態に至るといったことは発生しない。そして,電子部品25と電子部品27とは第2の接着剤層24によって確実に接着され得る。」(7)「【0022】【効果】・・接着剤としては溶融時の流動性の低い特性を有するものを用いることができる。その結果,接合加工のための加熱及び加圧によって導電性粒子が流動化して移動しそして異常に凝集することはなくなり,その結果回転端子のピッチが小さい場合でも断線及びショートの発生が起こらなくなる。・・」(8)図2には,第2の接着剤層24が,電子回路25,27間の凹部に流れ込み,被接合部材に行き渡り,第1の接着剤層21は,導線性粒子22を回路端子26,28間に保持していることが開示されている。
3 刊行物2(甲2)には,次の記載がある。
(1) 「4.8潜在性硬化剤4.8.1 潜在性硬化剤のコンセプトエポキシ樹脂と硬化剤の混合物(実際には充填剤,顔料その他の添加剤まで含有する塗料,接着剤,注型用コンパウンドなどの1成分型の配合樹脂)において,定温において長期間特性が変わることなく保存可能で,所定の温度に加熱した場合に速やかに硬化する機能を有する硬化剤を潜在性硬化剤という.」(225頁10行〜15行)(2)表III.45には,「ジシアンジアミドの硬化特性と硬化樹脂の物性」として,DGEBA(ビスフェノールA型エポキシ樹脂)に添加する潜在性硬化剤の種類または添加量を変更すると,ゲル化時間で示される反応性が変化する点が示されている。
(3)表III.48には,「第三アミン塩系潜在性硬化剤の硬化特性と硬化樹脂の物性」として,DGEBA(ビスフェノールA型エポキシ樹脂)に添加する潜在性硬化剤の種類または添加量を変更すると,ゲル化時間で示される反応性が変化する点が示されている。また,同表には「ゲル化時間,80℃,100℃」との記載があり,ゲル化時間が一定の温度で測定されたものであることが示されている。
(4)「硬化反応の進行に伴いエポキシ樹脂は高分子量化していくが,その過程で樹脂に一定の振動変形を与えると,それにより発生する応力も硬化の進行につれて変化する。その応力を検出することで,硬化過程が解析できる。
この目的に用いられる装置がキュラストメーターであり,その原理は,上下2枚の熱盤の間の試料に,正弦波振動刺激を与え,発生する応力をロードセルによりトルクとして検出するものである。」(282頁末行〜283頁5行)。
(5)図IV.29からは,「?@誘導時間(ゲルタイム)」は,測定開始から応力が急激に上昇し始める時点までの時間であることが読みとれる。
4 判断(1)前記認定した刊行物1の記載並びに証拠(甲9,10)及び弁論の全趣旨によれば,エポキシ系樹脂を含む熱硬化性樹脂は,加熱により溶融して流動性が高くなり,その後硬化剤が寄与して硬化が始まり,熱硬化性樹脂の架橋反応によりゲル化して,流動性を失って硬化すること,この場合に,溶融している状態を「溶融域」,ゲル化が進行している状態を「ゲル化域」,硬化した状態を「硬化域」と呼ばれることが認められる。
刊行物1の記載によれば,引用発明1では,?@接合加工時に極端に大きな圧力をかけることを避けるためには,溶融時の流動性の高い接着剤を用いる必要があるが,他方,流動性の高い接着剤を用いた場合,接着テープに含まれる導電性粒子が,接着剤の流動に伴って,電気的に接続すべき本来の場所から移動して,接合不良が生じやすいという問題が存在していたこと,?Aこの課題を解決するために,電気伝導の機能を担っている,導電性粒子を含む第1の接着剤層における導電性粒子の移動を防止する手段として,第1の接着剤層に,溶融時における流動性の低い接着剤を採用し,他方,接合の機能を担っている,導電性粒子を含まない第2の接着剤層に,接合すべき電子部品間の隅々に少ない圧力で行き渡るように,溶融時における流動性の高い接着剤を採用したことが認められる。
引用発明1においては,シート状の接着剤が加熱加圧されて流動性を獲得し,移動可能になった段階において,第1の接着剤層は,ほとんど移動することなく導電性粒子を所定の位置に保持されているが,他方,第2の接着剤層は,高い流動性により,少ない圧縮力で移動する。そこで,引用発明1では,「溶融域」における両接着剤層の流動性の差異(大小)が,課題解決のために重要なものといえるから,同発明の「溶融時の流動性」とは,溶融域における流動性を意味するものであると理解するのが相当である。
したがって,「ゲル化域」の内「溶融域」と同等の流動性を備えている領域も「溶融時」と解すべきであるとの被告の主張は理由がない。
(2)そして,以下のとおりの理由から,引用発明1における「溶融時の流動性の大小」と「ゲル化時間の長短」とは,何らかの相関関係を有するものではないことが認められる。
すなわち,前記3で認定したとおり,刊行物2においては,ゲル化時間は,単に,急激に流動性を失い始める時点までの時間を指すものである。これに対し,証拠(甲9,20)によれば,エポキシ樹脂の硬化剤には,流動性が大きい「低粘度グレード」とゲル化時間が長い「遅硬化グレード」とが別個独立に存在するように,エポキシ樹脂においては,「ゲル化時間」と「流動性」とは,それぞれ独立した特性であって,「ゲル化時間」につき一定の範囲を示す樹脂であれば,それに応じて「流動性」につき一定の範囲を示すというような,両者の性質における相関関係はないと認められる。すなわち,エポキシ樹脂における硬化速度や流動性の変化の速度の遅速に係る特性は,それぞれ別個独立した特性として理解されるものである。
(3)以上によると,引用発明1は,溶融域における流動性の大小に着目して選択した,2つの物性の異なる接着剤層を用いた発明であるのに対し,本願補正発明1は,ゲル化域において観察されるDSCピークで示される活性化温度を指標として硬化反応の開始時期の差,すなわち流動性を保つ時間の長短の差に着目して選択した,2つの異なる接着層を用いた発明であり,その技術思想は異なるといえる。
引用発明1においては,上記のとおり溶融域における流動性の異なる2つの接着層を用いる技術が開示されているにすぎないのであるから,本願補正発明1のごとく硬化反応の開始が早い接着層を用いる技術に関する示唆は存在しない。そして,仮に,引用発明2が,ゲル化時間で示される反応性を変化させる発明であって,流動性を保つ時間の長短の差に着目した発明であると理解したとしても,「ゲル化時間」と「流動性」とは,それぞれ独立した特性であって,「ゲル化時間」につき一定の範囲を示す樹脂であれば,それに応じて「流動性」につき一定の範囲を示すというような,両者の性質における相関関係はないのであるから,引用発明1の「第1の接着剤層」と「第2の接着剤層」に,引用発明2を適用することによって,本願補正発明1のDSCピークで示される活性化温度による反応性に差を設けた2つの接着層を容易に想到することはできない。
5 結論以上に検討したところによれば,他の取消事由について判断するまでもなく,審決は取り消されるべきものである。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 上田洋幸
裁判官 三村量一