関連審決 | 審判1999-39065 審判1996-10996 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10312審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10073審決取消(特許)請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13行ケ358特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 反復(反復可能性) / 有用性 / 製造方法 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 化学構造 / 実質的に同一 / 援用権(援用) / 製造承認 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 減縮 / 変更 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
442号
審決取消請求事件
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原告 日本臓器製薬株式会社 訴訟代理人弁理士 萼経夫 同 中村寿夫 同 加藤勉 同 藤井郁郎 被告 株式会社フジモト・ダイアグノスティックス 訴訟代理人弁護士 山本忠雄 同 安部朋美 同 酒井一 同 弁理士 谷良隆 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/12/20 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が平成8年審判第10996号事件について平成15年8月27日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 原告は,発明の名称を「新規生理活性物質,その製造方法及び鎮痛,鎮静,抗アレルギー作用を有する医薬」(後に「鎮痛,鎮静,抗アレルギー作用を有する医薬」と訂正)とする特許第1490163号発明(昭和52年2月17日出願,平成元年4月7日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 被告は,本件特許につき無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を平成8年審判第10996号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理した上,平成9年6月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「第1次審決」という。)をした。そこで,被告が,第1次審決の取消しを求める訴え(当庁平成9年(行ケ)第215号)を提起したところ,平成11年7月15日,第1次審決を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡され,前訴判決は確定した。 他方,原告は,同月29日,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)をする旨の訂正審判の請求をし,特許庁は,同請求を平成11年審判第39065号事件として審理した上,平成15年5月30日,本件訂正を認める旨の審決をした。 (3) 前訴判決の確定を受けて,特許庁は,本件審判事件について更に審理した上,同年8月27日,「特許第1490163号を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年9月8日,原告に送達された。 2 本件発明の要旨 (1) 本件訂正前のもの 1 次の物理化学的性質: @ 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末 A 溶解性:水,メタノール,エタノールに可溶 B 紫外部吸収:UVmax255-275nm C ニンヒドリン反応:陽性 D 本発明物質2mgをとり,過塩素酸1mlを加え,液が無色となるまで加熱し,希硫酸3ml,塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml,モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき,液は青色を呈し, E 本発明物質5mgをとり,水を加えて溶かし10mlとし,この液1mlに,オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし,この液を塩酸83mlに加え,水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき,液は緑色を呈し, F 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ,そして G 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である, を有する新規生理活性物質。 2 次の物理化学的性質: (上記1記載の物理化学的性質@〜Gと同一の記載) を有する物質を有効成分とする鎮痛剤。 3 次の物理化学的性質: (上記1記載の物理化学的性質@〜Gと同一の記載) を有する物質を有効成分とする鎮静剤。 4 次の物理化学的性質: (上記1記載の物理化学的性質@〜Gと同一の記載) を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤。 5(略) (2) 本件訂正に係るもの(訂正部分を下線で示す。なお,本件訂正により,本件訂正前の請求項1及び5は削除され,本件訂正前の請求項2〜4が請求項(1)〜(3)に繰り上げられた。) (1) 次の物理化学的性質: @ 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末 A 溶解性:水,メタノール,エタノールに可溶 B 紫外部吸収:UVmax255-275nm C ニンヒドリン反応:陽性 D 本発明物質2mgをとり,過塩素酸1mlを加え,液が無色となるまで加熱し,希硫酸3ml,塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml,モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき,液は青色を呈し, E 本発明物質5mgをとり,水を加えて溶かし10mlとし,この液1mlに,オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし,この液を塩酸83mlに加え,水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき,液は緑色を呈し, F 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ,そして G 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である, を有する物質を有効成分とする鎮痛剤。 (2) 次の物理化学的性質: (上記(1)記載の物理化学的性質@〜Gと同一の記載) を有する物質を有効成分とする鎮静剤。 (3) 次の物理化学的性質: (上記(1)記載の物理化学的性質@〜Gと同一の記載) を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤。 (以下,上記請求項(1)〜(3)記載の発明を本件発明1〜3という。) 3 本件審決の理由 本件審決は,別添審決謄本写しのとおり,@前訴判決は,本件訂正前の請求項1記載の発明の生理活性物質は,青沼繁ほか「ワクシニアウイルスで感染した家兎皮膚組織中の生物活性物質の研究 特に胃酸分泌抑制物質の分離とその性質」(昭和51年10月25日社団法人日本薬学会発行「薬学雑誌」96巻10号1247〜1254頁,審判甲1,本訴甲3,以下「甲3論文」という。)記載の抽出物U(以下,単に「抽出物U」という。)と同一のものであると認定しているところ,当該認定は,行政事件訴訟法33条1項の規定により拘束力を有する,そして,本件発明1〜3の有効成分物質が,本件訂正前の請求項1記載の発明の生理活性物質と同一の物質であることは明らかであるから,当該有効成分物質は抽出物Uと同一の物質である,A抽出物Uは,P1「A NEW DIRECTION IN THE ASTHMA TREATMENT BASED ON THE THEORY OF THE MOVEMENT OF TENSION IN PARASYMPATHETIC NERVOUS SYSTEM」(1952)の目次及び43〜47頁(審判乙5,本訴甲13,以下「甲13論文」という。)に記載された生理活性物質(以下「甲13物質」という。),すなわちノイロトロピンと同等の生理活性物質であると認められる,Bノイロトロピンに鎮痛,鎮静及び抗アレルギー作用があることは,本件特許出願前に知られていたから,ノイロトロピンと同等の生理活性物質である抽出物Uを有効成分とする本件発明1〜3の鎮痛剤,鎮静剤及び抗アレルギー剤は,当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとし,以上によれば,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとした。 |
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原告主張の本件審決取消事由
1 本件発明1〜3の有効成分物質が抽出物Uと同一の物質であること,甲13物質がノイロトロピンであること,及び,ノイロトロピンに鎮痛,鎮静及び抗アレルギー作用があることが本件特許出願前に知られていたことは,いずれも認める。 また,特公昭25-4206号公報(審判乙4,本訴甲12,以下「甲12公報」という。)と甲13論文とが,相互に同等の方法により,実質的に同一の生理活性物質,すなわちノイロトロピンを製造しているものであることも認める。 しかしながら,本件審決は,抽出物Uが,甲13物質,すなわちノイロトロピンと同等の生理活性物質であると誤って認定判断した(取消事由)結果,本件発明1〜3は,当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。 2 取消事由(抽出物Uが甲13物質と同等の生理活性物質であるとした認定判断の誤り) (1) 本件審決は,@抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との対比検討(審決謄本7頁第1段落〜同10頁第4段落)において,両者に相違点はあるものの,「いずれもそれによって得られる抽出物に生理活性物質としての違いをもたらすほどの相違でない」(同7頁第1段落)と判断し,また,A抽出物Uの物性と甲13物質の物性との対比検討(同10頁下から第3段落〜11頁下から第2段落)において,両者に相違点はあるものの,「両者が生理活性物質として同一といえなくなる程の相違をもたらすものではない」(同10頁下から第2段落)と判断し,その結果,「甲第1号証(注,甲3論文)の抽出物Uは,乙第5号証(注,甲13論文)に記載された生理活性物質(注,甲13物質),すなわちノイロトロピン,と同等の生理活性物質であると認められる」(同11頁最終段落〜12頁第1段落)と認定した。 しかしながら,抽出物Uと甲13物質とは,以下のとおり,その物理化学的性質(物性)及び製造方法が相違するから,明らかに異なる物質である。 他方,医薬の薬理作用,効果は一般に予想することができないものであるから,抽出物Uを有効成分とした本件発明1〜3に係る医薬が,いかなる薬理作用,効果を奏するかは,実験的確認を経なければ全く分からないことであるというほかはない。そうすると,甲13物質,すなわちノイロトロピンに鎮痛,鎮静,抗アレルギー作用があることが知られていたとしても,それとは異なる物質である抽出物Uが,鎮痛,鎮静,抗アレルギー作用を有するものであることは,当業者が容易に想到し得ることではないというべきである。 なお,被告は,本件発明1〜3の有効成分である生理活性物質が公知物質であることが前訴判決によって確定した以上,その医薬用途自体が新規性及び進歩性を示すものであることが出願当初の明細書の記載によって確認されなければならない旨主張するが,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(甲22)には,臨床試験及び動物実験により,鎮痛剤,鎮静剤及び抗アレルギー剤としての有効性が確認されたことが具体的に記載されている。 (2) 物性についての対比検討の誤り ア 本件審決は,抽出物Uの物性と,甲13物質の物性は,(@)性状,特に色の点,(A)アルコール,アセトンに対する溶解性の点,及び(B)ニンヒドリン反応の点で相違するものの,「これらの相違は両者が生理活性物質として同一といえなくなる程の相違をもたらすものではない」(審決謄本10頁下から第2段落)と判断したが,以下のとおり,誤りである。 イ 性状,特に色の点について 本件審決は,抽出物Uと甲13物質との色の相違について,「色の判定は感覚による試験であるため試料量,観察方法または主観などで,色が異なって感じる場合があり,たとえ着色したものでもそれが軽微な場合は『白色』と表現されることもある。そして,甲第1号証(注,甲3論文)においてカラム分画などによって成分の単離を行う前の抽出物には不活性な成分(夾雑物)と思われる成分が多数含まれているように,生体組織を原料として抽出物を得る方法では生体成分由来の夾雑物がある程度混在するから,着色程度に違いが生じることもある。甲第1号証の製造方法と乙第5号証(注,甲13論文)の方法は,同じ原料から同等の有効物質を採取するための同等の方法であることは・・・既に述べた通りであるから,抽出物の色の表現の違いは,得られた抽出物を生理活性物質として実質的に異なるとものとするような違いとはいえない」(審決謄本10頁最終段落〜11頁第2段落)と判断した。 しかしながら,甲13論文には,甲13物質が「白色無定形の粉末」(訳文2枚目第1段落)であることが明記されており,他方,抽出物Uが「褐色の吸湿性の粉末」であることは,被告実施に係る実験報告書(甲8,以下「甲8実験報告書」という。)に記載されたとおり(5頁第1段落)であって,両者の色の相違は,両者の物質の相違に基づくものとみられるものである。 ウ アルコール,アセトンに対する溶解性の点について 本件審決は,抽出物Uと甲13物質とのアルコール,アセトンに対する溶解性の相違について,「『可溶』,『不溶』という表現は厳密なものではなく,同じ物であっても基準の取り方により変わってくる。また・・・本件抽出物は有効成分以外に同じ原料由来の夾雑物を含んだ状態の組成物であるから,生物活性物質としての有効成分は同一であっても,存在する夾雑物によっては組成物としての溶解性に影響がでてくる可能性もある。したがって,溶解性に関する表現の違いが本件における生理活性物質としての相違につながるとはいえない」(審決謄本11頁第3段落〜第4段落)と判断した。 しかしながら,抽出物Uが,「水1ml,メタノール1ml及びエタノール5mlに溶解した」ことは,甲8実験報告書(5頁第2段落)に記載されたとおりである。これに対し,甲13論文においては,甲13物質は,「アルコール,アセトン若しくはエーテルに溶けないが,水には可溶である」(訳文2枚目第1段落),「このように処理した濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」(同4枚目最終段落)と明記されている。また,本件発明の実施品である「ノイロトロピン原液」(以下「新ノイロトロピン原液」という。)に,甲13論文に記載されたものと同量のメタノール,エタノール,アセトンを添加したところ,原告実施に係る実験報告書(甲15,以下「甲15実験報告書」という。)記載のとおり,いずれの溶媒の添加に対しても沈殿は生じなかった。 これに対し,本件審決は,上記のとおり,「『可溶』,『不溶』という表現は厳密なものではなく,同じ物であっても基準の取り方により変わってくる」とするが,溶解性の有無は,物質の物理化学的性質を記述する際,一般的に当業者が採用し,理解する常識的な基準によって判断すべきであるから,極論というほかはない。また,本件審決は,上記のとおり,「生物活性物質としての有効成分は同一であっても,存在する夾雑物によっては組成物としての溶解性に影響がでてくる可能性もある」とするが,仮に,甲13物質の有効成分が抽出物Uの有効成分と同一であるとすれば,これに夾雑物が含まれていようといまいと,当該有効成分自体がアルコールやアセトンに不溶であることに変わりはないはずである。 そうすると,抽出物Uと甲13物質とは,アルコール,アセトンに対する溶解性において明確な相違があるにもかかわらず,合理的な根拠も示さずに,これを排斥した本件審決の上記判断は誤りというほかはない。 エ ニンヒドリン反応の点について 本件審決は,「抽出物Uと乙第5号証(注,甲13論文)の抽出物(注,甲13物質)は,同じ原料から同等の方法により抽出されたものであることは既に詳述した通りであり,抽出物の原料となっている動物組織にはもともと多数のアミノ酸,ペプチド類が含まれるから,乙第5号証の透析前の抽出物に,アミノ酸,ペプチドなどのニンヒドリン反応に対して陽性を示す物質が含まれることは明らかである。そうすると,乙第5号証には,その透析後の抽出物の物性として,非透析性であり,ニンヒドリン反応陰性であることが記載されていると解され,本件明細書に記載された方法に透析工程がないことや,乙第4号証(注,甲12公報)の特許請求の範囲では透析工程を構成要件としていないことからみても,甲第1号証(注,甲3論文)に記載された抽出物Uと実質的に異なる生理活性物質が記載されているということはできない」(審決謄本11頁下から第3段落〜下から第2段落)と判断した。 しかしながら,甲8実験報告書に記載のとおり,抽出物Uは,「ニンヒドリン反応に陽性」の物質である(6頁第1段落)のに対し,甲13物質は,「如何なる蛋白質反応およびニンヒドリン反応に対しても,本品の水溶液は陰性を示す」(訳文2枚目第1段落)ことが明記されている。そうすると,両者は明らかに異なる物質と見るべきであって,本件審決の上記判断が誤りであることは明らかである。 オ 透析性の相違について (ア)甲13論文において,甲13物質につき,「本品は透析されず」(訳文2枚目第1段落)と明記され,また,有効成分の分離方法について,その最終段階で,「次に・・・得られた濾液から塩類を除くために透析する。その後,濾液を再び真空下,室温で濃縮する。このように処理した濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」(訳文4枚目下から第2段落〜最終段落)と記載されているとおり,甲13物質は非透析性の物質である。 これに対し,甲3論文における抽出物Uの抽出工程には透析工程はなく,この点は,本件発明においても同様である。このように,本件発明において透析工程がないのは,本件発明の有効成分物質を得るには,透析工程を必要とせず,むしろ,透析を施すと,新ノイロトロピン原液について原告が実施した実験に係る実験報告書(甲16,17,以下「甲16実験報告書」,「甲17実験報告書」という。)に記載のとおり,有効成分は透析膜を透過して透析外液中に移動してしまい,透析内液は鎮痛作用を喪失してしまうためであり,この点は,抽出物Uについても同様である。 そうすると,抽出物Uは透析性の物質であり,甲13物質は非透析性の物質であるから,両者は透析性において相違し,明らかに別異の物質と見なければならない。 (イ)被告は,甲13論文において用いられた透析膜の分画分子量が不明である以上,甲16実験報告書に係る実験は,抽出物Uと甲13物質とが異なるとする根拠にはなり得ない旨主張する。 確かに,甲13論文には,透析膜の種類や分画分子量は記載されていないが,甲13物質と実質的に同一の物質に係る甲12公報には,第6工程において,「更に濾過器又はコロジューム膜にて透析して後低温真空乾燥すると有効成分が得られる」(1頁右欄,「第6工程」の項)と記載されている。そうすると,甲12公報と甲13論文が同時期の技術文献であること,及び当時の透析膜の主流がコロジオン膜(コロジューム膜)であったこと(甲62の370頁)からすれば,甲13物質もコロジオン膜で透析されたものと考えるのが合理的である。そして,分画分子量については,当時,コロジオン膜として実際に通常使用されていたものとして,最も孔径の小さいものは,5mμ(50Å)程度のものであったと考えられる(甲63,甲65参照)ことに照らし,それと同程度の孔径のものであったことがうかがえる。 甲16実験報告書に係る実験においては,現在,コロジオン膜は販売されていないことから,セルロースチューブを用いたが,そこで用いた透析膜は,分画分子量が12000〜14000,すなわち,孔径が24Å(甲24)のものであり,甲12公報や甲13論文で用いられたと考えられる透析膜よりも孔径が小さいものである。 したがって,甲16実験報告書に係る実験は,甲12公報及び甲13論文における透析との対比実験として,相当なものというべきであり,被告の上記主張は失当である。 (ウ)被告は,甲12公報及び甲13論文における「透析」は,除タンパクして得られた抽出物の「脱塩」を目的として行われるものであることを根拠に,甲16実験報告書に係る実験は,甲12公報及び甲13論文における透析との対比実験として,相当なものとはいい難いとする。 しかしながら,昭和30年代のコロジオン膜について詳述する文献(甲62)においてさえ,甲16実験報告書に係る実験で用いたセルロースチューブの孔径より小さな孔径のコロジオン膜は記載されていないことからすれば,昭和20年代に発行された甲12公報及び甲13論文記載の透析において,上記実験で用いたセルロースチューブよりも小さな孔径のコロジオン膜が用いられたとは考え難い。 また,甲13論文に,「これらの結果から,本品成分はその化学組成として多糖類あるいは糖類をもつことが想像される」(訳文2枚目第1段落),甲12公報に,「特殊多糖類の白色粉末有効動物質」(2頁左欄最終段落)と記載されていること等からすれば,甲13論文の執筆者であり,かつ,甲12公報に係る発明の発明者であるP1氏は,当該有効成分物質は多糖類であると考えていたことが強くうかがえる。そして,多糖類は,高分子物質に属する(甲68)から,甲12公報及び甲13論文記載の透析において,あえて孔径の極めて小さい特殊なコロジオン膜を調製して使用したとは考えられず,コロイド溶液の透析で一般的に使用されているコロジオン膜を使用したものと考えるのが合理的である。 さらに,甲12公報及び甲13論文には,当該物質の物理化学的特徴として「非透析性」であることが明示されているが,仮に,極小孔径の特殊な透析膜を用いて試料から塩類を除く操作を行ったにすぎない場合,当該物質の物理化学的特徴として「非透析性」とわざわざ明示することは考えられないから,甲13物質は,一般的に使用されている透析膜による透析において透析されない高分子様の物質(多糖類等)であることを強調しようとして,あえて,「非透析性」との点を特徴として掲げたものとみるのが自然である。 以上によれば,甲16実験報告書に係る実験は相当なものであり,被告の上記主張は失当である。 (3) 製造方法についての対比検討の誤り ア 本件審決は「抽出物Uは,P1ら4)の抽出物と同じ生物活性を示す抽出物を得るために,P14)の方法に準じた抽出方法によって得られたものと解される」(審決謄本6頁下から第3段落)とした上,甲13論文における甲13物質の製造方法と甲3論文における抽出物Uの製造方法との相違点は,「いずれもそれによって得られる抽出物に生理活性物質としての違いをもたらすほどの相違でない」(同7頁第1段落)から,「同じ原料から,同等の有効物質を採取するための同等の方法である」(同11頁第2段落)と判断した。 しかしながら,確かに,甲3論文には,抽出物Uの製造方法について,「P14)の方法に準じ」(1248頁最終段落)と記載されているが,実際には,以下のとおり,抽出物Uの製造方法は,P14)の方法,すなわち甲13物質の製造方法とは明らかに異なる工程を有するものであるから,本件審決の上記判断は誤りである。 イ 粗抽出工程の相違について 甲13論文では,摩砕物懸濁液に凍結,融解を施すことによって,発痘組織から粗抽出物を得ている(訳文3頁第1段落)。これに対し,甲3論文では,ワーリングブレンダーによるホモジナイズによって,発痘組織から粗抽出物を得ている(1248頁最終段落〜1249頁下から第2段落)。 前者の凍結融解処理は,細胞だけでなく細胞内の小器官(ミトコンドリア等の原形質顆粒など)も損傷することが多く,原形質顆粒等に含まれる物質も抽出される処理である(甲18の20頁)。そうすると,このような両者の細胞に対する破砕法の相違に基づいて,当然に,抽出される細胞内の諸物質,酵素等の粗抽出物に相違がもたらされることとなる。また,前者の凍結融解処理は煩雑であるのに対し,抽出物Uの製造方法には,そのような操作はなく,産業上有用なものである。 ウ アルカリ処理の有無について 甲3論文では,「抽出液を・・・pH9.2にてそれぞれ沸騰させた」(1249頁第1段落)として,アルカリ処理の工程を経ているが,この工程は,甲13論文にはない工程であって,粗抽出物中に含まれる諸成分を分解又は変性させる可能性の大きい処理である。特に,甲13論文において,甲13物質は,「その化学組成として多糖類あるいは糖類をもつことが想像される」(訳文2枚目第1段落)と記載されているところ,多糖類は,アルカリ条件下で分解しやすいものである(甲19)。 これに対し,本件審決は,甲3論文記載の上記アルカリ処理について,「乙第5号証(甲13論文)のクロロホルム処理は,甲第1号証(甲3論文)の弱アルカリで沸騰する工程に対応するものである」(審決謄本9頁下から第4段落)などとして,不要なタンパク質を除去する工程であると位置付けている。しかしながら,上記アルカリ処理は,抽出物中に含まれる有効成分を変化させて生理活性物質として別物質とするような相違をもたらすと見られるものであるから,単に,不要なタンパク質を除去する工程と同一視することは誤りである。 エ 透析工程及び沈殿工程の有無について 甲13論文においては,透析工程と有効成分をアセトンやアルコールを添加して不溶性物質として沈殿させて最終的に取り出す工程とを有する(訳文4枚目下から第2段落〜最終段落)が,これらは,甲3論文における抽出物Uの製造方法にはない工程である。 これらの工程の有無は,それぞれの製造方法によって得られる生理活性物質を別物質とするような相違であるとみられるにもかかわらず,本件審決は,その点を看過している。 また,透析処理は大量生産に不向きな操作であるが,抽出物Uの製造方法にはそのような操作はなく,産業上有用なものである。 オ クロロホルム処理及びアスベスト処理の有無について 甲13物質の製造方法においては,クロロホルム処理及びアスベスト処理を採用しているが,いずれも,健康被害をもたらす危険性がある物質を使用するものである。抽出物Uの製造方法においては,このような物質を使用しておらず,より安全性が高い。 (4) 一部変更承認の点について 被告は,「(旧)ノイロトロピン」から「新ノイロトロピン」への切替えが一部変更承認により行われたことは,抽出物Uと甲13物質とが生理活性物質として同一であることを原告自身が認めているものにほかならないなどと主張する。 しかしながら,「(旧)ノイロトロピン」から「新ノイロトロピン」への切替えを一部変更承認申請により行ったのは,これに先立つ「ノイロトロピン錠」の製造承認によりノイロトロピン原液が刷新されたことに起因するものである。すなわち,「ノイロトロピン錠」の製造承認申請に際しては,旧ノイロトロピン原液をそのまま用いて錠剤とすることが許されず,新有効成分含有医薬品(いわゆる新薬)の申請にも匹敵する資料の提出を要求された。そして,「ノイロトロピン錠」が承認された時点で,当局から,ノイロトロピン注射剤についても,その原液を「ノイロトロピン錠」の原液と同一にする一部変更承認申請をするよう指示されたため,そのようにしたものにすぎない(甲27)。したがって,被告の上記主張は失当である。 |
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被告の反論
1 本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。 2 取消事由(抽出物Uが甲13物質と同等の生理活性物質であるとした認定判断の誤り)について (1) 抽出物Uと甲13物質とは,いずれも,ワクシニアウイルス接種家兎の発痘皮膚組織を水性抽出溶媒で抽出し,除タンパク,吸着,溶出によって調製したものであり,両者が同等の物質であることは,当業者にとって自明のことである。そして,甲13物質に,鎮痛,鎮静及び抗アレルギー作用があることは本件特許出願前から知られていたのであるから,抽出物U,すなわち,本件発明の有効成分物質について,鎮痛,鎮静及び抗アレルギー剤としての用途を想到することは当業者にとって容易なことというほかはなく,本件審決の判断に誤りはない。 なお,本件訂正前の本件発明は,甲13物質,すなわちノイロトロピンの有効成分が,生体組織由来の,その化学構造が不明である複数の化合物の混合物であって,その組成成分によっては特定することができないことを逆手に取り,甲13物質の製造方法と基本的には同じ製造方法に,若干の修飾を加えたり,試験項目を別の定性反応に改めたりすることによって,あたかも新規生理活性物質を抽出したと見えるようにしたものであったということができる。しかしながら,前訴判決によって,本件発明に係る新規生理活性物質と抽出物Uとが同一物質であることが明らかとなったことから,原告は,本件訂正によって,本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1及び5を削除し,特許請求の範囲を,医薬用途に係る本件発明1〜3のみに減縮したものである。 確かに,公知の化学物質に新しい医薬用途を見いだした場合,用途発明につき,特許が認められる場合はある。しかしながら,新規物質を有効成分とする場合と,同種同効の薬効を持つ医薬品が存在している状況の下で,当該医薬品の有効成分と類似の公知物質を同種同効の用途に用いる場合に要求される有用性等の程度は著しく異なるというべきである。本件訂正前においては,本件発明に係る生理活性物質が新規の物質であるという誤った判断に基づいて,その新規性及び進歩性が認められたものであるが,当該生理活性物質が公知物質であることが前訴判決によって確定した以上,その医薬用途自体が新規性及び進歩性を示すものであることが,出願当初の明細書の記載によって確認されなければならない。ところが,原告は,抽出物Uは甲13物質とは別異の物質であるとしか主張せず,当業者が,同一用途について記載された甲13論文から本件発明1〜3を想到することが困難であるとする根拠については特段の主張立証をしていない。したがって,本件発明1〜3の進歩性は否定されるべきである。 (2) 物性についての対比検討の誤りについて ア 性状,特に色の点について 生体由来の抽出物には異なる夾雑物が混在することがあり,その結果,それぞれの抽出物における色に若干の相違が見られることもあるが,その場合も薬理効果を示す有効成分に変わりはない。また,「色の表現は物質の採取量や観察者の主観によって異なる」ことは,本件特許に係る名古屋地裁平成6年(ヨ)第689号事件(以下「別件仮処分事件」という。)において,原告自身が主張しているとおりである(乙5,8頁)。 したがって,色の相違が,抽出物Uと甲13物質との生理活性物質としての相違につながるものではない。 イ アルコール,アセトンに対する溶解性の点について 原告の主張に係る「可溶」あるいは「不溶」との基準は明確でないから,抽出物Uと甲13物質との間に,アルコール,アセトンに対する溶解性の点で相違があることは明らかではない。 原告は,甲13論文に,「このように処理した濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」(訳文4枚目最終段落)との記載があることを指摘するが,溶媒を混合することによって沈殿を生じさせること(いわゆる溶媒析)が,直ちに,当該溶媒に対する溶解性の有無を示すことにはならない。また,原告は,新ノイロトロピン原液についての甲15実験報告書を援用するが,甲15実験報告書には,新ノイロトロピン原液の製法等が開示されておらず,同原液に含まれる生理活性物質等の量が不明である。溶媒を混合した場合における沈殿の生じ方は溶液の濃度によって異なる(乙16参照)から,濃度が分からない試料にアセトンを加えて沈殿の成否を調べても,抽出物Uと甲13物質とが同一であるか否かの判断資料となるものではない。 ウ ニンヒドリン反応の点について 甲16実験報告書では,透析外液及び透析内液の双方がニンヒドリン反応陽性であることが示されているが,甲17実験報告書では,鎮痛活性が外液にはあり内液にはないとされている。この結果は,鎮痛活性物質の有無とニンヒドリン反応性とは本質的に関係がなく,ニンヒドリン反応性が鎮痛活性を奏する生理活性物質の存否の判断基準とはなり得ないことを示している。 したがって,抽出物Uがニンヒドリン反応陽性を示し,甲13物質がニンヒドリン反応陰性を示すことは,抽出物Uと甲13物質との生理活性物質が異なることの根拠とはならないというべきである。 エ 透析性の相違について (ア)原告は,抽出物Uは透析性の物質であり,甲13物質は非透析性の物質であるから,両者は透析性において相違し,明らかに別異の物質と見なければならない旨主張する。 しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲においては,透析性の有無の点は何ら規定されていないから,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである上,本件審判事件においては主張されず,審理判断されなかった事項に係るものであるから,許されるものではない。 (イ)甲13論文には,「塩類を除くために透析する」(訳文4枚目下から第2段落)と記載されているが,当該透析に用いられた透析膜の種類や分画分子量については何ら記載されていない。原告は,甲16実験報告書に係る実験において,分画分子量12000〜14000の透析膜を使用した透析を行い,それを根拠に,抽出物Uは透析性の物質であるとの主張をしているが,甲13論文において用いられた透析膜の分画分子量が不明である以上,当該実験は,抽出物Uと甲13物質とが異なるとする根拠にはなり得ない。 また,透析を行う際には,通常,その対象物や目的等に応じて,それに適した透析膜を選択するものである。昭和の初期から,コロジオン膜は目的に応じて透析性を加減調製したものが用いられ(乙17),塩素イオンが透過困難な透析性のものまでもが調製可能であり,低分子量の分子やイオンを除くためによく用いられていた(乙18)。現在でも透析膜(透析用セルロースチューブ)には,分画分子量100,500,1000,2000,3500,5000,8000,10000,15000,25000,50000,100000,300000など多種多様のものが市販されており,それぞれが目的に応じて使用されている(乙19)。 そして,甲12公報及び甲13論文における「透析」は,除タンパクして得られた抽出物の「脱塩」を目的として行われるものであるのに対し,分画分子量15000のコロジオンバッグは,タンパク質溶液の濃縮の目的で使用されることが多いとされている(甲24の143頁)ことからすれば,前者は後者よりも分画分子量が小さい透析膜を用いたものであることが推測される。そうすると,甲16実験報告書に係る実験は,甲12公報及び甲13論文における透析との対比実験として,相当なものとはいい難いというべきである。 オ 以上のとおり,抽出物Uと甲13物質とは別異の物質であるという原告の主張は,いずれの点においても失当である。 (3) 製造方法についての対比検討の誤りについて ア 本件発明の有効成分物質,抽出物U及び甲13物質は,いずれも,ワクシニアウイルス接種家兎の発痘皮膚組織という同じ原料から,水性抽出溶媒で抽出し,除タンパク,吸着,溶出によって調製するという実質的に同じ方法により製造したものである。 原告は,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法とが実質的に異なる旨主張するが,その主張が失当であることは,甲3論文の記載自体から明らかである。すなわち,甲3論文には,「P1ら4)はワクシニアウイルスで感染した家兎の皮膚組織から調製した抽出物がアレルギー性疾患に有効で,自律神経の異常な興奮に対して鎮静作用を示すことを報告している。また感染組織よりウイルス抑制活性を示すinterferon5),抗体など6)の活性物質が得られているがいずれもその作用を発現する化学的本体については研究が遅れている。著者らはワクシニアウイルスで感染した家兎皮膚組織中のウイルス抑制活性以外の生物活性に注目し,ウイルスを死滅させた抽出液を粗分画し,まず種々の生物活性スクリーニングを行った」(1247頁最終段落〜1248頁第1段落),「P14)の方法に準じ・・・抽出物U200mlを得た」(1248頁最終段落〜1249頁下から第2段落)と記載されているが,これらの記載は,粗分画する前の抽出物Uには,「アレルギー性疾患に有効で,自律神経の異常な興奮に対して鎮静作用を示す」有効成分が含まれていることを前提としたものと解される。仮に,甲3論文が,甲13物質と異なる有効成分を得るために,甲13論文記載の製造方法とは異なった製造方法を用いたのであるとすると,「生物活性物質の化学的本体を明らかにする」(1248頁第2段落)という甲3論文の目的が達成されないことになるから,そのような解釈を採り得ないことは明らかである。 イ 粗抽出工程の相違について 原告を特許権者とする特許第2539665号公報(乙9,以下「乙9公報」という。)には,本件発明の有効成分物質の製造方法と実質的に同等の製造方法が記載されているが,そこでは,感染組織を無菌的に採取して磨砕して,抽出溶媒を加えて有効成分物質の抽出を行う際,「凍結融解・・・の処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることができる」(2頁4欄35行目〜37行目)とされており,凍結融解処理が何ら質的な影響を与えない処理であることが示されている。 このことは,本件発明の生理活性物質が凍結融解処理によっては影響を受けないことを意味するから,甲13物質の製造方法に,凍結融解処理が存在するからといって,それが抽出物Uの製造方法と本質的に異なるものであるということはできない。 ウ アルカリ処理の有無について 乙9公報に,除タンパクの方法として,「得られた乳状抽出液を濾過又は遠心分離して組織片を除去した後,除蛋白処理を行う。除蛋白は,公知の方法により実施でき,加熱,超音波,蛋白質変性剤,例えば,酸,塩基・・・等による処理,等電点沈澱,塩析等の方法を適用することができる」(2頁4欄38行目〜43行目)と記載されているとおり,甲3論文記載のアルカリ処理は,公知の除タンパク処理方法の一つである加熱及び塩基等のタンパク変性剤による処理に該当することは明らかである。 また,仮に,甲3論文記載のアルカリ処理工程が,生理活性物質を別物質にするような変化を与えるための工程であるならば,乙9公報では,当該工程を必須工程として規定していなければならないはずであるが,そのような規定はなく,上記のとおり,極めて広範囲にわたる各種除タンパク操作の1例として,任意に選択できるものとされているのである。 したがって,甲3論文記載のアルカリ処理について,除タンパク以外の技術的意義は認められないというべきであるから,当該処理に係る相違は,「抽出物中に含まれる有効物質を変化させて生理活性物質として別物質とするような相違ではない」(審決謄本10頁第2段落)とした本件審決の判断は正当である。 エ 透析工程及び沈殿工程の有無について 透析工程については,上記のとおり,透析性と非透析性を分ける原告主張の分画分子量に合理的な根拠がないから,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法とが実質的に異なるとする理由にはなり得ない。 また,沈殿工程については,原告が甲13論文記載の製造方法と相互に同等の方法であると自認する甲12公報記載の製造方法には存在しないから,当該工程は,任意に付加し得る程度のものでしかない。 オ 以上のとおり,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との間に実質的な相違点は見当たらず,原告の主張はいずれも失当である。 (4) 一部変更承認の点について 甲13物質を有効成分とする「(旧)ノイロトロピン」から,抽出物Uと同一の物質を有効成分とする「新ノイロトロピン」への切替えは,平成4年5月11日,厚生省の一部変更承認を受けることによって行われたが,一部変更承認は,医薬品の薬理効果に変化を来さない範囲,例えば,試験方法の変更などの有効成分以外の変更しか認められないものである(乙1)。この事実は,新旧ノイロトロピンの有効成分が同一であり,両者は同一品目として同等の薬理効果を有するものであること,すなわち,抽出物Uと甲13物質とが生理活性物質として同一であることを原告自身が認めているものにほかならない。 また,新ノイロトロピンに係る医薬品インタビューフォーム(乙3)において,原告は,「(旧)ノイロトロピン」の薬理効果を示す文献(甲4,6,7等)を,「新ノイロトロピン」の薬理効果を示す文献として引用しているが,これは,薬剤として両物質の効果の程度に全く差がないことを自認するものというべきである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由(抽出物Uが甲13物質と同等の生理活性物質であるとした認定判断の誤り)について (1) 本件発明1〜3の有効成分物質が抽出物Uと同一の物質であることは,当事者間に争いがないから,本件における実質的な争点は,公知の抽出物Uと同一の物質である本件発明1〜3の有効成分物質につき,鎮痛剤(本件発明1),鎮静剤(本件発明2)又は抗アレルギー剤(本件発明3)としての用途の発明をすることが,当業者にとって容易に想到し得るものであったか否かにある。 本件審決は,上記容易想到性を検討するに当たり,まず,@抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法とを対比検討して(審決謄本7頁第1段落〜同10頁第4段落),両者には相違点はあるものの,「いずれもそれによって得られる抽出物に生理活性物質としての違いをもたらすほどの相違でない」(同7頁第1段落)と判断し,次に,A抽出物Uの物性と甲13物質の物性とを対比検討して(同10頁下から第3段落〜11頁下から第2段落),両者には相違点はあるものの,「両者が生理活性物質として同一といえなくなる程の相違をもたらすものではない」(同10頁下から第2段落)と判断し,さらに,上記@,Aの検討に基づいて,「甲第1号証(注,甲3論文)の抽出物Uは,乙第5号証(注,甲13論文)に記載された生理活性物質(注,甲13物質),すなわちノイロトロピン,と同等の生理活性物質であると認められる」(同11頁最終段落〜12頁第1段落)と認定した上で,「ノイロトロピンに鎮痛・鎮静・抗アレルギー作用があることは・・・本件出願前に知られているから,ノイロトロピンと同等の生理活性物質である甲第1号証(注,甲3論文)の抽出物Uを有効成分とする鎮痛剤・・・,鎮静剤・・・及び抗アレルギー剤は,当業者が容易に発明できたものと認められる」(同12頁第2段落)と判断した。 これに対し,原告は,抽出物Uと甲13物質とは,その物理化学的性質(物性)及び製造方法が相違するから,明らかに異なる物質であるとして,本件審決の上記認定判断は誤りである旨主張する。 (2) まず,抽出物Uと甲13物質とは,その製造方法が相違するとの原告の主張について検討する。 ア 抽出物Uの製造方法について (ア)甲3論文には,抽出物Uの製造方法等について,以下の記載がある。 a 「古くより牛痘ワクチン接種により子供が百日咳にかかっても軽症で済むことが知られており・・・ワクチン接種組織中に何らかの生活活性物質の存在が示唆されてきた。P1ら4)はワクシニアウイルスで感染した家兎の皮膚組織から調製した抽出物がアレルギー性疾患に有効で,自律神経の異常な興奮に対して鎮静作用を示すことを報告している。また感染組織よりウイルス抑制活性を示すinterferon5),抗体など6)の活性物質が得られているがいずれもその作用を発現する化学的本体については研究が遅れている。著者らはワクシニアウイルスで感染した家兎皮膚組織中のウイルス抑制活性以外の生物活性に注目し,ウイルスを死滅させた抽出液を粗分画し,まず種々の生物活性スクリーニングを行なった」(1247頁最終段落〜1248頁第1段落) b 「本報では生物活性物質の化学的本体を明らかにする目的で特に胃酸分泌抑制物質をとり上げ,その分離精製と生理化学的性質について検討した。また赤血球の加熱溶血抑制作用を示す分画について有効成分の分離および同定を行なったのであわせて報告する」(1248頁第2段落) c 「局方精製痘苗を家兎睾丸に接種し,1週間目に睾丸を採取して摩砕乳剤化後家兎の背部皮内に接種し,その後1週間目に発痘した皮膚組織を分離して細砕し,抽出材料とした」(1248頁第3段落) d 「一方組織6.0kgを用いP14)の方法に準じ10倍量の2%フェノール中に2日間放置後ワーリングブレンダーを用いてホモジナイズ抽出し,抽出液をpH5.0およびpH9.2にてそれぞれ沸騰させた後pH4.5において活性炭吸着を行ない,pH9.6にて活性炭より溶出される分画を減圧濃縮し,抽出物U200mlを得た。乾物量は120mg/mlであった」(1248頁最終段落〜1249頁下から第2段落) e 「抽出法U 兎皮膚(6.0kg) ↓ 細砕し,10倍量の2%フェノールで2日間浸出後,ホモジ ↓ ナイズし,遠心分離した。 上 清 ↓ pHを5.0に調整し,1時間沸騰してろ過した。 ろ 過 ↓ pH9.2に調整し,30分沸騰してろ過した。 ろ 過 ↓ pH4.5に調整し,900gの活性炭を加え,ろ過した。 活性炭 ↓ 3lの精製水,pH9.6で抽出し,ろ過した。 ろ 過 ↓ pH7.0に調整し,40°減圧で濃縮した。 抽出物U(200ml)」(1249頁図1「ExtractionU」の訳文) (イ)上記(ア)のa〜eの各記載によれば,抽出物Uは,ワクシニアウイルスに感染し発痘した家兎の皮膚組織を原料とするものであり,その製造方法は,@上記原料を10倍量の2%フェノール中に2日間放置する工程,Aその後ワーリングブレンダーを用いてホモジナイズ抽出する工程,B上記抽出液をpH5.0に調整して,1時間沸騰してろ過する工程,C上記ろ過液をpH9.2に調整して,30分沸騰してろ過する工程,D上記ろ過液をpH4.5に調整し,900gの活性炭を加えて活性炭吸着を行った上でろ過する工程,E3lの精製水を加え,pH9.6に調整して活性炭より吸着物を溶出させた上で,ろ過する工程,及びFpH7.0に調整し,40°減圧で濃縮する工程によって構成されるものであると認められる。 (ウ)また,甲3論文においては,上記(ア)aのとおり,「P1ら4)」の「ワクシニアウイルスで感染した家兔の皮膚組織から調製した抽出物がアレルギー性疾患に有効で,自律神経の異常な興奮に対して鎮静作用を示す」との報告が前提とされ,また,上記(ア)dのとおり,実験によって,「P14)の方法に準じ・・・抽出物U・・・を得た」旨が記載されているところ,甲3論文の脚注(1247頁,脚注4))に掲げられた4本の論文のうち,英文表記による単独名義の「P1」に該当するものが,「P1」を執筆者とする「A new direction in the asthma treatment based on the theory of the movement of tension in parasympathetic nervous system」すなわち甲13論文しか存在しないことから見て,後者でいう「P14)」とは,甲13論文を指すものと認められる。 そうすると,甲3論文の執筆者において,上記(イ)のような抽出物Uの製造方法が「P14)の方法」,すなわち甲13論文に記載された甲13物質の製造方法に「準じ」るものであると考えていたことは,甲3論文の記載から明らかというべきである。 イ 甲13物質の製造方法について (ア)甲13論文には,甲13物質の製造方法について,次のような記載がある。 a 「牛痘を接種して6〜7日後に,牛または兎の睾丸または皮膚を無菌的に剥出する。これら動物の接種部位の腫脹,発赤および浮腫は,ほぼこの時期に最大となる。このように処理された睾丸および皮膚組織はよく摩砕されている」(訳文2枚目下から第2段落) b 「この摩砕物に5倍量の生理食塩水を加える」(同2枚目最終段落) c 「ついで,この懸濁液を-5〜-20℃で完全に凍らせる。その後,この凍結懸濁液を1時間,15〜20℃におき融解させる。前記の凍結融解工程を2乃至3回反復した後,摩砕臓器あるいは組織の小片を除去するために,懸濁液を遠心分離する。そして,その上層をとり濾過する」(同3枚目第1段落) d 「このようにして得られた濾過液の上層を次に加熱処理し(100℃,1時間加熱),熱凝固性の蛋白質を除去する。次いで,酸凝固性蛋白質を除去する(濾過液のpHが5になるまで塩酸を添加)。上記濾過液を・・・濾過し,液からウイルスを分離する」(同第2段落〜第3段落) e 「次いでその濾液に精製カオリン粉末・・・および酢酸緩衝液・・・を加え・・・カオリン粉末は濾液中の有効成分を吸着し,容器の底に沈殿する」(同第4段落) f 「濾液から沈殿物を分離し,その沈殿物にアンモニア溶液(24〜26規定,沈殿物の2〜5倍量)を滴下し・・・この撹拌した溶液を濾過し,その濾液にpHが7.0となるまで酢酸を添加する」(同第5段落) g 「この濾液中の残存蛋白質は以下の2通りの方法で除去される。 1.濾液を真空下,室温で濃縮する。この濃縮液にクロロホルム・・・を加え・・・それにより水不溶性のクロロホルム-蛋白質ゲル・・・が形成される。・・・クロロロホルム-蛋白質ゲルが形成されなくなるまでこのクロロロホルム処理を繰り返す。2.濾液を・・・アスベストと混合する・・・」(同3枚目下から第2段落〜4枚目第2段落) h 「次に,前記1および2の方法で得られた濾液から塩類を除くために透析する。その後,濾液を再び真空下,室温で濃縮する」(同下から第2段落) i 「このように処理した濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」(同最終段落) (イ)甲12公報と甲13論文とが,相互に同等の方法により,実質的に同一の生理活性物質,すなわちノイロトロピンを製造しているものであることについて,当事者間に争いはないところ,甲12公報には,同公報に係る鎮静剤の製造方法(以下「甲12物質の製造方法」という。)について,次のような記載がある。 a 「家畜の睾丸又は皮膚に牛痘苗を接種し4-5日に至り腫脹,発赤,浮腫等の症状が最強度に達したるものを無菌的に剔出しよく磨潰し5倍量の生理的食塩水又は石炭酸加グリセリン水を加へて乳剤とする」(1頁右欄「第1工程」の項) b 「前記の乳剤を5°-10℃にて凍結させる」(同「第2工程」の項) c 「凍結後15°-20℃にて1-2日放置し又これを15°-20℃にて加温する。第2工程と第3工程とを数回繰返して数時間放置すると上澄液が得られる」(同「第3工程」の項) d 「前記の上澄液に精製カオリン粉末1-2%及P.H.4.5-4.7の緩衝液を10%加へて振盪し放置するとカオリンは上澄液に含有するヴイルス及痘苗の有効成分を共に吸着して沈澱するからこれを取り出してN/24-N/26アムモニア水を加へて原量の2-5倍液とする」(同「第4工程」の項) e 「前記の液を濾過して之にN/1醋酸を加へP.H.7.4-7.8とする」(同「第5工程」の項) f 前記の液を60°-80℃に1日1回3日間加温すると蛋白質が沈澱するからこれを除き更に濾過器又はコロジューム膜にて透析して後低温真空乾燥すると有効成分が得られる」(同「第6工程」の項) (ウ)上記(ア)及び上記(イ)の記載を対比すると,@前者の記載a及びbは,後者の記載a,すなわち第1工程に,A前者の記載cは,後者の記載b及びc,すなわち第2〜第3工程に,B前者の記載eは,後者の記載d,すなわち第4工程に,C前者の記載fは,後者の記載e,すなわち第5工程に,D前者の記載hは,後者の記載f,すなわち第6工程中「コロジューム膜にて透析して後低温真空乾燥すると有効成分が得られる」との工程にそれぞれ対応することが明らかである。 また,前者の記載d及びgについては,記載dにつき,「不要な蛋白質の除去及びウイルス等の感染性物質の除去のためのものであり,どの段階でこの除去処理を行うかは,当業者が適宜に行うことである」(審決謄本8頁第2段落)と原告が自認するとおり,不要なタンパク質等の除去のための工程であるから,後者の記載f,すなわち第6工程中の濾過処理及び「前記の液を60°-80℃に1日1回3日間加温すると蛋白質が沈澱するからこれを除き」との処理がこれに対応するものと認められる。 他方,前者の記載i,すなわち,「濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」との工程に対応する工程は,後者には認められないから,当該工程は,甲13物質,すなわちノイロトロピンの製造には不可欠の工程ではないものと認めるのが相当である。 ウ 抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との対比 以上を前提に,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法とを対比する。 (ア)まず,原料については,抽出物Uの原料は「ワクシニアウイルスに感染し発痘した家兎の皮膚組織」であり,甲13物質の原料は「牛痘を接種して発痘した兎の皮膚組織」であると認められる。そして,例えば,秦多恵子ほか「Neurotropinの中枢ならびに降圧作用と抗潰瘍作用」(昭和51年10月20日日本薬理学会発行「日本薬理学雑誌」72巻7号879〜890頁,審判甲5,本訴甲7)に,「家兎のワクシニアウイルス増殖皮膚組織よりの抽出物であるNeurotropin(注,ノイロトロピン)」(879頁,「要約」の項),「家兎の牛痘ウイルス増殖皮膚組織からの抽出物であるNeurotropin」(同頁,「緒言」第1段落)と記載されるように,「ワクシニアウイルス」と「牛痘」とを同一視するのが,甲3論文及び甲13論文の刊行当時の当業者の技術常識であったと認められることからすれば,抽出物Uと甲13物質とは,同一の原料を用いるものであると認めるのが相当である。 (イ)次に,製造方法について見ると,両者は,大きく分けて,@原料を水を主体とする溶媒と混合する工程(上記ア(イ)@,イ(ア)b,甲12公報にいう第1工程に相当,以下「混合工程」という。),A溶媒中に有効成分等を溶出させた後,これを抽出する工程(上記ア(イ)A,イ(ア)c,甲12公報にいう第2〜第3工程に相当,以下「粗抽出工程」という。),B不要なタンパク質等を除去する工程(上記ア(イ)のB及びC,イ(ア)のd及びgに相当,以下「タンパク質除去工程」という。),C粗抽出した有効成分等を吸着させた後,溶出させる工程(上記ア(イ)のD及びE,イ(ア)のe及びf,甲12公報にいう第4〜第5工程に相当,以下「吸着溶出工程」という。),D得られた有効成分物質を濃縮等する工程(上記ア(イ)F,イ(ア)h,甲12公報にいう第6工程に相当,以下「濃縮等工程」という。)から構成されている点で一致する。 (ウ)他方,相違点としては,(@)混合工程について,前者では,フェノール水を用いるものとされているのに対し,後者では,生理的食塩水又は石炭酸加グリセリン水を用いるものとされていること,(A)粗抽出工程について,前者では,ワーリングブレンダーを用いてホモジナイズするものとされているのに対し,後者では,凍結融解処理を繰り返すものとされていること,(B)タンパク質除去工程について,前者では,ろ過液をpH9.2に調整して,30分沸騰してろ過する工程があるのに対し,後者には存在しないこと,また,後者では,クロロホルム処理及びアスベスト処理の工程があるのに対し,前者には存在しないこと,(C)吸着溶出工程について,前者では活性炭を用いているのに対し,後者ではカオリンを用いていること,(D)濃縮等工程につき,後者には,塩類を除くために透析する工程があるのに対し,前者には存在しないこと,(E)後者には,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合して沈殿させる工程があるのに対し,前者には存在しないこと,といった相違点が認められる。 エ 相違点の検討 以下,両者の製造方法に見られる上記ウ(ウ)の各相違点が,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点と認められるか否かについて検討する。 なお,上記各相違点のうち,相違点(@)及び(C)については,本件審決において,前者につき,「最終抽出物に生理活性物質としての違いをもたらすほどの相違ではない」(審決謄本8頁最終段落),後者につき,「吸着剤として活性炭およびカオリンのいずれを用いても・・・実質的に同一の有効成分を持った生理活性物質が抽出されることは明らかである」(同10頁第4段落)と判断され,原告もこれを争っていないことから,以下では,その余の相違点についてのみ検討する。 (ア)粗抽出工程(相違点(A))について a 昭和38年4月15日丸善発行「実験化学講座24 生物化学U」第2版(甲18,以下「甲18文献」という。)においては,「組織切片・・・からホモジネートに移ることは・・・抽出,精製,純化の第一歩でもある」(17頁最終段落〜18頁第1段落)と記載した上で,原料組織内に含まれる物質を組織外に抽出する,いわゆる粗抽出操作について,「1・7・1 圧力法」,「1・7・2 磨砕」,「1・7・3 凍結融解」,「1・7・4 高圧押出し法」,「1・7・5 超音波」,「1・7・6 自己消化」,「1・7・7 リゾチームの利用」,「1・7・8 浸透圧差を利用する方法」の見出しの下に各種の処理が列挙されているところ,抽出物Uの製造方法のものは,上記「磨砕」のうち,「割合大量の組織が使える場合にはワーリングブレンダー(日本で普通ミキサーと呼んでいるもの)が便利である」(19頁第2段落)とされるワーリングブレンダーを利用した処理に,甲13物質の製造方法のものは,上記「凍結融解」(20頁下から第2段落〜21頁第1段落)にそれぞれ相当し,いずれも粗抽出方法として慣用されるものであると認められる。そして,甲18文献に,「凍結融解」について,「細胞を急速に凍結すると原形質は結合水まで奪われるため,原形質の性質が非可逆的に変化するとともに,細胞の内部にできた氷の結晶のために機械的な破壊を受け,ついで融解した場合には細胞内の諸物質,酵素などが抽出されやすくなる。この点では細胞を磨砕する方法と本質的には変りはない・・・」(20頁下から第2段落)と記載されているとおり,磨砕も,凍結融解も,機械的に細胞を損傷することによって細胞内の諸物質を抽出しやすくするものである点で,本質的に同等の粗抽出処理であると理解される。 また,乙9公報は,原告を特許権者とする「神経疾患治療剤」の発明についての特許に係るものであるところ,乙9公報には,実施例1について,「健康な成熟家兎の皮膚にワクチニアウイルスを接種し感染させた後,発痘した皮膚を無菌的に剥出しこれを細切した後フェノール加グリセリン水を加え,ホモゲナイザーで磨砕し乳状とした。次いでこれを遠心濾過し,得た濾液を塩酸で弱酸性(約pH4.5乃至5.5)に調整した後,流通蒸気下100℃で加熱処理し濾過した。濾液はさらにザイツ濾板を用いて濾過した後,水酸化ナトリウムで弱アルカリ性(約pH8.5乃至10.0)とし,さらに100℃で加熱処理した後濾過した。濾液を塩酸でpH4.5とし,活性炭1.5%を加えて1乃至5時間撹拌した後濾過した。濾取した活性炭に水を加え水酸化ナトリウムでpH9.4乃至10に調整し,3乃至5時間撹拌した後,濾過した。濾液を塩酸で約pH7の中性付近に中和し,減圧下に凝縮乾固して本発明物質を得た」(5欄42行目〜6欄5行目)と記載されているとおり,抽出物Uのものと,同一の原料から,ほとんど同一といってよいほど酷似した製造方法により,神経疾患治療剤の有効成分となる生理活性物質を抽出する方法が記載されているものと認められる。そして,乙9公報においては,「感染組織を無菌的に採取して磨砕し・・・抽出溶媒を加えて乳化懸濁液とする。抽出溶媒としては,蒸留水・・・などを用いることができ・・・フェノール等の殺菌・防腐剤・・・などを適宜添加してもよい。この時,凍結融解,超音波,細胞膜溶解酵素又は界面活性剤等の処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることができる」(4欄29行目〜37行目)と記載されているとおり,粗抽出処理として,「ホモゲナイザーで磨砕」するという上記実施例1の処理のみならず,「凍結融解」の「処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることができる」とされているから,そこでは,両者を同等の粗抽出処理であると位置付けていることが明らかである。 もとより,甲3論文(論文受理日昭和51年5月14日)の実験は,乙9公報に係る特許の出願日(昭和63年6月20日)より10年以上前に実施されたものではあるが,その間に,粗抽出処理に関する当業者の理解に変化があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,上記乙9公報の記載に,上記甲18文献により認められる粗抽出処理に関する技術常識を加味すれば,乙9公報と同様,甲3論文においても,「ワーリングブレンダーを用いてホモジナイズ」する処理と,「凍結融解」とは,同等の粗抽出処理として位置付けているものと理解されるから,この点に関する抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との差異は,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点とは認められないというべきである。 b これに対し,原告は,@凍結融解処理は,細胞だけでなく細胞内の小器官(ミトコンドリア等の原形質顆粒など)も損傷することが多く,原形質顆粒等に含まれる物質も抽出される処理であるから,このような細胞に対する破砕法の相違に基づいて,当然に,抽出される細胞内の諸物質,酵素等の粗抽出物に相違がもたらされることとなる,A凍結融解処理は煩雑であるのに対し,抽出物Uの製造方法には,そのような操作はなく,産業上有用なものである旨主張する。 しかしながら,上記@の主張については,粗抽出工程の方法の相違に基づいて,抽出される細胞内の諸物質にある程度の差異が生じることは原告主張のとおりである(甲18文献の20頁下から第2段落参照)としても,その差異は,抽出物Uの製造方法において,凍結融解処理に代えて,ワーリングブレンダーによるホモジナイズ処理としたときに,その粗抽出物に,甲13物質中の有効成分物質が含まれなくなるようなものでないことは上記判示のとおりである。また,上記Aの主張については,抽出物Uないし本件発明1〜3の有効成分物質の製造方法が,製造方法として甲13物質のそれに優位する旨を主張するものであると理解されるが,本件発明1〜3は鎮痛剤等の薬剤,すなわち「物」の発明であって「製造方法」の発明ではないから,主張自体失当であるというほかはない。 (イ)タンパク質除去工程(相違点(B))について a 抽出物Uや甲13物質の製造方法において,粗抽出工程によって得られた粗抽出物にタンパク質が含まれることは,その原料からみて明らかであるところ,甲13物質の製造方法における加熱処理,塩酸添加等の処理(上記イ(ア)d)並びにクロロホルム処理及びアスベスト処理(同g)が,不要なタンパク質の除去のためのものであることは,上記イ(ウ)において判示したとおりである。 他方,乙9公報には,前示のとおり,抽出物Uのものと,同一の原料から,ほとんど同一といってよいほど酷似した製造方法により,神経疾患治療剤の有効成分となる生理活性物質を抽出する方法が記載されているものと認められるところ,乙9公報においては,「得られた乳状抽出液を濾過又は遠心分離して組織片を除去した後,除蛋白処理を行う。除蛋白は,公知の方法により実施でき,加熱,超音波,蛋白質変性剤,例えば,酸,塩基・・・等による処理,等電点沈澱,塩析等の方法を適用することができる。次いで・・・濾過・・・遠心分離などにより析出してきた不溶蛋白質を除去する」(4欄38行目〜47行目)と記載され,さらに,その具体例として,実施例1では,上記のとおり,「次いで・・・得た濾液を塩酸で弱酸性(約pH4.5乃至5.5)に調整した後,流通蒸気下100℃で加熱処理し濾過した。濾液はさらにザイツ濾板を用いて濾過した後,水酸化ナトリウムで弱アルカリ性(約pH8.5乃至10.0)とし,さらに100℃で加熱処理した後濾過した」とされているから,そこでいう「水酸化ナトリウムで弱アルカリ性(約pH8.5乃至10.0)とし,さらに100℃で加熱処理した後濾過した」との処理が,タンパク質除去のためのものであることは明らかである。そして,甲3論文の実験は,乙9公報に係る特許の出願日より10年以上前に実施されたものではあるが,その間に,タンパク質除去処理に関する当業者の理解に変化があったことを認めるに足りる証拠はないから,抽出物Uの製造方法における「ろ過液をpH9.2に調整して,30分沸騰してろ過する工程」も,乙9公報記載のものと同様に,不要なタンパク質除去のためのものであると認めることができる。 以上のように,甲13物質の製造方法における加熱処理,塩酸添加等の処理並びにクロロホルム処理及びアスベスト処理と,抽出物Uの製造方法におけるアルカリ処理とは,いずれも不要なタンパク質除去のためのものであると認められるところ,乙9公報において,上記のとおり,多種多様なタンパク質除去のための処理方法が記載され,適宜に選択可能な同等の処理方法であると位置付けられていることからすれば,抽出物Uの製造方法では,ろ過液をpH9.2に調整して,30分沸騰してろ過する工程があるのに対し,甲13物質の製造方法にはこれが存在しないとの差異は,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点とは認められないというべきである。 b これに対し,原告は,アルカリ処理は,粗抽出物中に含まれる諸成分を分解又は変性させる可能性の大きい処理であり,単に,不要なタンパク質を除去する工程と同一視することは誤りである旨主張する。 しかしながら,上記のとおり,抽出物Uのものと,同一の原料から,ほとんど同一といってよいほど酷似した製造方法により,神経疾患治療剤の有効成分となる生理活性物質を抽出する方法が記載されているものと認められる乙9公報の実施例1において,タンパク質除去方法として,抽出物Uの製造方法とほぼ同一のアルカリ処理が採用されていることからすれば,甲13論文において,甲13物質は,「その化学組成として多糖類あるいは糖類をもつことが想像される」(訳文2枚目第1段落)とされていること,及び,多糖類は,アルカリ条件下で分解しやすいものであるとの知見があること(甲19)を考慮しても,甲13物質の製造方法において,タンパク質除去処理として,抽出物Uの製造方法と同じアルカリ処理を行うこととしたときに,甲13物質における生理活性物質が含まれなくなるような分解又は変性が現実に生じるとは考え難いというべきである。 c さらに,甲13物質の製造方法では,クロロホルム処理及びアスベスト処理の工程があるのに対し,抽出物Uの製造方法にはこれが存在しないとの差異については,そもそも,上記イ(イ)のとおり,甲13物質の製造方法と,相互に同等の方法により,実質的に同一の生理活性物質,すなわちノイロトロピンを製造するものであることにつき当事者間に争いのない甲12物質の製造方法においては,クロロホルム処理及びアスベスト処理の工程は存在しないから,当該工程の有無に関する差異が,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点でないことは明らかというべきである。原告は,甲13物質の製造方法におけるクロロホルム処理及びアスベスト処理は,健康被害をもたらす危険性がある物質を使用するものであるが,抽出物Uの製造方法においては,このような物質を使用しておらず,より安全性が高いとも主張するが,本件発明1〜3は鎮痛剤等の薬剤,すなわち「物」の発明であって「製造方法」の発明ではないから,主張自体失当であるというほかはない。 (ウ)濃縮等工程(相違点(D))について 前示のとおり,濃縮等工程において,甲13物質の製造方法では,塩類を除くために透析する工程があるのに対し,抽出物Uの製造方法にはこれが存在しないという差異が存するところ,原告は,この差異は,それぞれの製造方法によって得られる生理活性物質を別物質とするような相違である旨主張する。 しかしながら,甲13物質の製造方法における透析工程は,塩類を除くためのものであるから,透析前の液においても,透析後の液においても,甲13物質の有効成分自体は含まれているはずであり,仮に,これを行わないこととしても,若干の夾雑物(塩類)が含まれることになるだけであって,甲13物質の有効成分に差異はもたらされないことが明らかである。そうすると,この点に関する抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との差異は,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点とは認められないというべきである。 これに対し,原告は,透析処理は大量生産に不向きな操作であるが,抽出物Uの製造方法にはそのような操作はなく,産業上有用なものであるとも主張するが,本件発明1〜3は鎮痛剤等の薬剤,すなわち「物」の発明であって「製造方法」の発明ではないから,主張自体失当であるというほかはない。 なお,原告は,抽出物Uと甲13物質との透析性の相違に関する主張として,本件発明において透析工程がないのは,透析を施すと,甲16及び甲17実験報告書に記載のとおり,有効成分は透析膜を透過して透析外液中に移動してしまい,透析内液は鎮痛作用を喪失してしまうためであり,この点は,抽出物Uについても同様である旨主張するが,後記(3)エのとおり,甲16及び甲17報告書並びに甲13論文の記載によっては,抽出物Uと甲13物質とが透析性という物性において異なるということまではできないから,この点に関する原告の主張は採用の限りではない。 (エ)沈殿工程(相違点(E))について 前示のとおり,甲13物質の製造方法では,アルコール,アセトンのような水可溶性有機溶媒と混合して沈殿させる工程が存するのに対し,抽出物Uの製造方法にはこれが存在しないという差異が存するところ,原告は,この差異は,それぞれの製造方法によって得られる生理活性物質を別物質とするような相違である旨主張する。 しかしながら,上記イ(ウ)において判示したとおり,甲13物質の製造方法と,相互に同等の方法により,実質的に同一の生理活性物質,すなわちノイロトロピンを製造するものであることにつき当事者間に争いのない甲12物質の製造方法においては,上記沈殿工程は存在しないから,当該工程の有無に関する差異が,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点でないことは明らかというほかはない。 オ 以上のとおり,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法とは,いずれも,同一の原料を用いるものであり,かつ,製造工程においても,@当該原料を水を主体とした溶媒に混合し,A溶媒中に有効成分を溶出させた後,これを抽出し,B不要なタンパク質等を除去した後,C有効成分等を吸着,溶出させ,D得られた有効成分物質を濃縮等するという基本的に同等の工程を有するものであると認められる上,両者の製造方法の間に見られる相違点は,いずれも,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点であるとは認められない。加えて,上記ア(ウ)のとおり,甲3論文の執筆者において,抽出物Uの製造方法が,「P14)の方法」,すなわち甲13物質の製造方法に「準じ」るものであると考えていたことは,甲3論文の記載から明らかであることをも考え併せれば,甲3論文に接した当業者においては,そこに記載された抽出物Uの製造方法は,公知の甲13物質の製造方法と実質的に同等のものであると理解するものと認められる。 そして,そうとすれば,甲3論文に接した当業者は,他に特段の事情が認められない限り,甲13物質の製造方法と実質的に同等の製造方法から得られた生理活性物質である抽出物U自体も,甲13物質と実質的に同等の物質であると理解するものというべきである。 (3) 進んで,抽出物Uと甲13物質とは物理化学的性質(物性)おいて相違する旨の原告の主張について検討する。 ア 性状,特に色の点について (ア)原告は,甲13論文には,甲13物質が「白色無定形の粉末」(訳文2枚目第1段落)であることが明記されており,他方,抽出物Uが「褐色の吸湿性の粉末」であることは,甲8実験報告書に記載されたとおり(5頁第1段落)であって,両者の色の相違は,両者の物質の相違に基づくものとみられるものである旨主張する。 (イ)確かに,甲8実験報告書(1頁の表-1,5頁第1段落)及び滋賀県立大学看護短期大学部教授P2作成の「実験報告書」(甲61,以下「甲61実験報告書」という。2頁の表,7頁)によれば,抽出物Uの乾固物の性状は「褐色の吸湿性の粉末」であるとされており,一方,甲13論文において,甲13物質は上記のとおり「白色無定型の粉末」(訳文2枚目第1段落)であるとされている。 しかしながら,色に関する表現は,物質の採取量や観察者の主観によって異なることはよく知られているところであって,このことは,別件仮処分事件において,原告自身が主張するところでもある(乙5の8頁)上,抽出物Uや甲13物質のような生体由来の抽出物の場合,夾雑物の混入等により性状に差異の生じ得ることは,当業者に自明の事項である。そして,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との間には,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点が存在するとは認められないものの,幾つかの差異があることは前示のとおりであり,特に,後者に認められる透析工程が前者には存在しないこと等からすれば,後者に含まれない夾雑物が前者に含まれ,これが上記色に関する差異をもたらしたとしても,何ら不自然なことではないというべきである。 そうすると,抽出物Uと甲13物質との間に,表現上,実際上,色に関する差異があるとしても,そのことから直ちに,抽出物Uの有効成分物質と甲13物質の有効成分物質との間に物性の違いが存在するということはできないから,原告の上記主張は採用の限りではない。 イ アルコール,アセトンに対する溶解性の点について (ア)原告は,抽出物Uが,「水1ml,メタノール1ml及びエタノール5mlに溶解した」ことは,甲8実験報告書(5頁第2段落)に記載されたとおりであるのに対し,甲13論文においては,甲13物質は,「アルコール,アセトン若しくはエーテルに溶けないが,水には可溶である」(訳文2枚目第1段落),「このように処理した濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」(同4枚目最終段落)と明記されているから,抽出物Uと甲13物質とは,アルコール,アセトンに対する溶解性において明確な相違がある旨主張する。 (イ)確かに,甲8実験報告書(1頁の表-1,5頁第2段落)及び甲61実験報告書(2頁の表,8頁)によれば,抽出物Uの乾固物は,「メタノール1ml及びエタノール5mlに溶解した」とされ,甲13論文においては,甲13物質は,「アルコール,アセトン若しくはエーテルに溶けないが,水には可溶である」(訳文2枚目第1段落)とされている。 ところで,溶解性の試験条件や基準によって,ある物質の「溶けない」,「可溶である」等の溶解性に関する評価が変わることは明らかである。例えば,平成3年7月29日廣川書店発行「第十二改正 日本薬局方解説書」(乙4)によれば,平成3年(1991年)のものについてではあるが,日本薬局方では,医薬品の溶解性の試験条件や基準について,その試験条件を「溶解性は,別に規定するもののほか,医薬品を固形の場合は粉末とした後,溶媒中に入れ,20±5°で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき,30分以内に溶ける度合をいう」とし,「溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量」により,もっとも溶けにくい「溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量」が10000ml以上のもの(「ほとんど溶けない」)から,1ml未満のもの(「極めて溶けやすい」)まで,7段階で溶解性を示すこととしている(A-45,24項)。 抽出物Uの溶解性は,甲8実験報告書においても,甲61実験報告書においても,「資料液1mlの減圧乾固物」について示されているところ,いずれの実験でも,「試料60mgをとり,(蒸留)水を加えて溶かし,50mlとした液を資料液とした」(甲8実験報告書の3頁下から第4段落,甲61実験報告書の5頁第1段落)というのであるから,資料液1mlの減圧乾固物とは資料1.2mgに相当する。そして,減圧乾固物1.2mgが,「エタノール5ml」に溶解したとの事実は,溶質1gを溶かすために溶媒量約4200mlが必要であるということになるから,当該溶解が,仮に,上記日本薬局方の定める溶解条件に従ったものであるとすれば,同基準上,「極めて溶けにくい」と評価されるものであって,こうした物質について,「極めて溶けにくい」のであるから,「溶けない」と評価することも,また,溶解しないことはないのであるから「可溶である」と評価することも,いずれも可能であるというべきである。 他方,甲13論文は,甲13物質について,「アルコール,アセトン若しくはエーテルに溶けない」と記載するが,甲13物質何gに対して溶媒を何mlを用いたのか,どのような溶解条件を用いたのか,そして,どのような基準で「溶けない」,「可溶である」と評価したのか等,その試験条件や基準が明らかではなく,それを補うための当時の技術常識等を明らかにするに足りる証拠もない。 そうすると,甲13論文において,少なくとも,エチルアルコールに対する溶解性につき,抽出物Uについてのものと同程度の溶解現象に対し,「溶けない」との評価がされた可能性は否定することができないから,結局,上記のような甲8実験報告書及び甲61実験報告書と甲13論文との表現上の違いを根拠に,抽出物Uと甲13物質とが,アルコール,アセトンに対する溶解性という物性において相違するとまでは認められないというべきである。 これに対し,原告は,溶解性の有無は,物質の物理化学的性質を記述する際,一般的に当業者が採用し,理解する常識的な基準によって判断すべきである旨主張するが,上記のとおり,当業者が採用する蓋然性が高いと思われる日本薬局方に従った基準においても,同一の溶解現象につき,「溶けない」,「可溶である」との異なった表現がされる可能性は否定されないというべきであるから,原告の主張は上記の判断を左右するものではない。 (ウ)さらに,甲13論文においては,甲13物質につき,「このように処理した濾液を,濾液の10倍量のアセトンやアルコールのような水可溶性有機溶媒と混合する。そうすると有効成分は沈殿し容器の底に沈む」(訳文4枚目最終段落)とされているところ,原告は,本件発明の実施品である「新ノイロトロピン原液」に,甲13論文に記載されたものと同量のメタノール,エタノール,アセトンを添加したところ,甲15実験報告書に記載のとおり,いずれの溶媒の添加に対しても沈殿は生じなかった旨主張する。 確かに,甲15実験報告書によれば,「新ノイロトロピン原液」(Lot No.03021,1.125mg/mlのもの及びLot No.03022,1.192mg/mlのもの)の各0.5mlに,「10倍量の有機溶媒(メタノール,エタノール,アセトン)5mlを加え,かき混ぜて静置」したとき,「両ロットとも,3種いずれの溶媒添加に対しても,変化を認めなかった」(1頁下から第2段落〜最終段落)とされている。 ところで,昭和46年11月5日共立出版発行「分析化学辞典」(乙16)によれば,「水溶液に有機溶媒を加えて媒質の条件を変えて溶解度を小さくすること」(右欄,「沈殿」の項)が知られている。すなわち,同じ溶質を溶解した水溶液に,同じ有機溶媒を同じ割合で添加したとしても,基となる水溶液における溶質の濃度が異なれば,溶質の沈殿挙動は相違すること(通常,溶質の濃度がより大きいほど,より沈殿しやすいこと)が一般的であると認められる。 そうすると,仮に,「新ノイロトロピン原液」が本件発明の実施品であると認められるとしても(甲26-1,2),甲13論文における甲13物質の濃度が不明である以上,「新ノイロトロピン原液」の濃度よりも,甲13論文における有機溶媒添加前の濾液における溶質の濃度が濃いことにより,溶質の沈殿挙動が左右された可能性を排除することはできないから,結局,甲15実験報告書と甲13論文との表現上の違いを根拠に,抽出物Uと甲13物質とが,アルコール,アセトンを添加した際の沈殿の成否という物性において相違するとまでは認められないというべきである。 (エ)以上によれば,原告の上記主張は採用の限りではない。 ウ ニンヒドリン反応の点について (ア)原告は,甲8実験報告書に記載のとおり,抽出物Uは,「ニンヒドリン反応に陽性」の物質である(6頁第1段落)のに対し,甲13物質は,「如何なる蛋白質反応およびニンヒドリン反応に対しても,本品の水溶液は陰性を示す」(訳文2枚目第1段落)ことが明記されているから,両者は明らかに異なる物質と見るべきである旨主張する。 (イ)確かに,甲8実験報告書(1頁の表-1,6頁第1段落)及び甲61実験報告書(2頁の表,10頁)によれば,抽出物Uは,「ニンヒドリン反応に陽性であった」とされ,甲13論文においては,甲13物質は,「如何なる蛋白質反応およびニンヒドリン反応に対しても,本品の水溶液は陰性を示す」(訳文2枚目第1段落)とされている。 ところで,ニンヒドリン反応とは,平成10年2月20日岩波書店発行「岩波 理化学辞典 第5版」(甲20)によれば,「タンパク質の呈色反応の1つ」であり,ニンヒドリンを水に溶かした水溶液を,検査する物質(液体)に数滴加え,煮沸し冷却したときに青紫色を呈するものは,「遊離したカルボキシ基および遊離したアミノ基を少なくとも1個もつアミノ酸,ポリペプチドおよびタンパク質で,非常に鋭敏ではあるが,これらだけに特異的ではなく,アミン類,尿素誘導体そのほかで陽性を示すものもある」とされるものである。すなわち,上記のニンヒドリン反応の有無に関する相違は,抽出物U中にはニンヒドリン反応陽性物質が存在するが,甲13物質中にはそのような物質が存在しないことを意味するにすぎない。 そして,抽出物Uや甲13物質のような生体由来の抽出物の場合,夾雑物の混入等により性状に差異の生じ得ることは,当業者に自明の事項であるところ,抽出物Uの製造方法と甲13物質の製造方法との間には,最終的に製造される生理活性物質に相違をもたらすような実質的な相違点が存在するとは認められないものの,幾つかの差異があることは前示のとおりであり,特に,後者に認められる透析工程が前者には存在しないこと等からすれば,後者に含まれないニンヒドリン反応陽性の夾雑物が前者に含まれているとしても,何ら不自然なことではない。 そうすると,ニンヒドリン反応における差異を根拠に,抽出物Uの有効成分物質と甲13物質の有効成分物質との間に物性の違いが存在するということはできないから,原告の上記主張は採用の限りではない。 エ 透析性の相違について (ア)原告は,甲13論文に明記されているとおり,甲13物質は非透析性の物質である(訳文2枚目第1段落,同4枚目下から第2段落〜最終段落)のに対し,甲16及び甲17実験報告書に記載のとおり,新ノイロトロピン原液の有効成分,すなわち抽出物Uは透析性の物質であるから,両者は透析性において相違し,明らかに別異の物質と見なければならない旨主張する。 (イ)甲16及び甲17実験報告書によれば,「新ノイロトロピン原液」(Lot No.03021,1.125mg/mlのもの及びLot No.03022,1.192mg/mlのもの)に対し,「透析分子量12000-14000」の「透析用セルロースチューブ」によって透析操作を行うと,その透析内液では,「鎮痛作用は認められなかった」(甲17実験報告書,3頁第2段落)ことが認められる。これに対し,甲13物質は,前示のとおり,製造方法の最終段階である濃縮等工程において,「濾液から塩類を除くために透析」(訳文4枚目下から第2段落)を行い,その透析内液から析出したものであると認められる。 しかしながら,例えば,昭和31年4月20日丸善発行「実験化学講座2 基礎技術U」(甲62,以下「甲62文献」という。)に,短時間に透析を行うための条件として,「1.適当な半透膜を選ぶこと.2.被透析液量に対して膜面積が大きいこと.3.・・・内外液の濃度差を大きくすること.4.・・・温度を上げれば透析は著しくすみやかになる」(366頁下から第2段落)と記載され,また,そのうち透析膜の選択についても,膜の孔の大きさのほか,「膜の孔の大きさはいろいろであり,コロジオン膜などでは自由に孔の大きさを変化しうるが,通過を妨げられる粒子の径が膜の孔の径より必ずしも大きいとは限らない。すなわち,半透膜は単なるふるいの作用をするものではなく,吸着や膨潤などの現象がおこり,孔の性質が変化するのがふつうだからである」(364頁第2段落)と記載されるとおり,単に,透析性の有無(透析されるか否か)だけを論じても無意味であり,透析に用いた透析膜(半透膜)の性状その他の透析条件が確定されなければ,真に,対象とされる物質の間に物性の相違があるか否かは不明であるというほかはない。 こうした観点から見ると,甲13論文においては,透析条件について何ら記載がなく,他にこれを明らかにするに足りる証拠もないから,結局,甲13論文における透析条件は不明であるといわざるを得ない。そうすると,甲16及び甲17実験報告書並びに甲13論文の上記記載からは,「新ノイロトロピン原液」における有効成分,すなわち抽出物Uと甲13物質とが,透析性の有無という物性において異なるということまではできないから,原告の上記主張は採用することができない。 (ウ)これに対し,原告は,@甲12公報に,「コロジューム膜にて透析して」と記載されていること等からすれば,甲13物質もコロジオン膜で透析されたものと考えるのが合理的である,A分画分子量については,当時,コロジオン膜として実際に通常使用されていたものとして,最も孔径の小さいものは,5mμ(50Å)程度のものであったと考えられることに照らし,それと同程度の孔径のものであったことがうかがえる,B甲16実験報告書に係る実験においては,現在,コロジオン膜は販売されていないことから,セルロースチューブを用いたが,そこで用いた透析膜は,分画分子量が12000〜14000,すなわち,孔径が24Åのものであり,甲12公報や甲13論文で用いられたと考えられる透析膜よりも孔径が小さいものであるなどとして,甲16実験報告書に係る実験は,甲12公報及び甲13論文における透析との対比実験として,相当なものというべきである旨主張する。 しかしながら,甲62文献によれば,透析膜の孔径のほか,膜の吸着や膨潤の性質によっても,透過される物質は異なると認められることは上記のとおりである。そうすると,仮に,原告主張のとおり,甲13物質の製造方法においては,コロジオン膜が用いられており,かつ,その孔径は,当時,通常使用されていたものとして,最も孔径の小さい5mμ(50Å)程度のものであり,甲16及び甲17実験報告書に係る実験においては,それよりも小さな孔径の透析膜が用いられたということができるとしても,少なくとも透析膜の種類において両者の透析条件が異なる以上,甲16及び甲17実験報告書に係る実験の結果をもって,新ノイロトロピン原液の有効成分が,甲13物質の製造方法における透析膜を透過したことが明らかになったとすることも,甲13物質の有効成分が,甲16及び甲17実験報告書に係る実験で用いられた透析膜を透過しないことが明らかになったとすることもできないというべきである。 さらに,原告は,@甲13論文及び甲12公報の記載からうかがえる執筆者の意図からすれば,甲12公報及び甲13論文記載の透析において,あえて孔径の極めて小さい特殊なコロジオン膜を調製して使用したとは考えられず,コロイド溶液の透析で一般的に使用されているコロジオン膜を使用したものと考えるのが合理的である,A甲12公報や甲13論文において,当該物質の物理化学的特徴として「非透析性」であることが明示されていることからすれば,甲13物質は,一般的に使用されている透析膜による透析において透析されない高分子様の物質(多糖類等)であることを強調しようとして,あえて,「非透析性」との点を特徴として掲げたものとみるのが自然であるなどとも主張する。しかしながら,原告主張のとおり,甲13物質の製造方法において孔径5mμ(50Å)程度のコロジオン膜が用いられたものであると仮定したとしても,そのことから直ちに,新ノイロトロピン原液の有効成分と甲13物質との透析性に相違があることを明らかにすることはできないことは上記のとおりであるから,原告の上記主張は,上記(イ)の判断を左右するものではない。 オ 以上のとおり,抽出物Uと甲13物質とは物性において相違する旨の原告の主張は,いずれも採用することができない。 (4) そうすると,他に特段の事情の認められない本件において,甲3論文に接した当業者は,甲13物質の製造方法と実質的に同等の製造方法から得られた生理活性物質である抽出物U自体も,甲13物質と実質的に同等の物質であると理解するものというべきである。 他方,甲13物質がノイロトロピンであること,及び,ノイロトロピンに鎮痛,鎮静及び抗アレルギー作用があることが本件特許出願前に知られていたことは,いずれも当事者間に争いがないから,甲3論文に接した当業者において,抽出物Uと同一の物質である本件発明1〜3の有効成分物質につき,甲13物質,すなわちノイロトロピンと同様,鎮痛剤(本件発明1),鎮静剤(本件発明2)又は抗アレルギー剤(本件発明3)としての用途の発明をすることは,容易に想到し得ることであったというほかはない。 したがって,以上と同旨の本件審決の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由の主張は理由がない。 2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 早田尚貴 |