関連審決 | 無効2005-80225 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18ワ1223特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19ワ4544特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18ワ19307特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18ワ22172損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 進歩性(29条2項) / 同一技術分野(同一の技術分野) / 上位概念 / 優先権 / ライセンス / 権利の濫用(権利濫用) / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 不存在 / 実施 / 間接侵害 / 構成要件 / 課題解決に不可欠(課題の解決に不可欠) / 差止請求(差止) / 侵害 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 取消判決 / 判決の拘束力 / |
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事件 |
平成
19年
(ワ)
24878号
特許権差止請求権不存在確認請求事件
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アメリカ合衆国ノースカロライナ州〈以下略〉 エンシステックスインコーポレイテッド 原告 (Ensystex Incorporated) 大野聖二 同訴訟代理人弁護士 坂巻智香 同田中玲子 同補佐人弁理士 東京都千代田区〈以下略〉 被告 バイエルクロップサイエンス株式会社 同訴訟代理人弁護士中島和雄 同補佐人弁理士川口義雄 同 小野誠 同 金山賢教 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2008/01/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1被告が原告に対し,特許第3162450号の特許権に基づいて,別紙原告製品目録記載の製品の生産,使用,譲渡,輸入及び譲渡の申出につき,差止請求権を行使することができないことを確認する。 2原告のその余の請求を棄却する。 3訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告が原告に対し,特許第3162450号の特許権に基づいて,別紙原告製品目録記載の製品の生産,使用,譲渡,輸入及び譲渡の申出につき,差止請求権を有しないことを確認する。 |
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事案の概要
本件は,原告が被告に対し,被告の特許権の無効を主張して,原告製品の生産等に対する差止請求権の不存在確認を求めた事案である。 1前提事実(1)当事者ア原告は,シロアリ防除剤等の研究開発,製造及び販売等を目的とする会社である。 イ被告は,農薬,家庭用害虫駆除剤,業務用害虫駆除剤の製造,輸出入及び販売等を目的とする株式会社である。 (争いのない事実)(2)本件特許権ア被告は,次の特許権を有している。以下,「本件特許権」又は「本件特許」といい,その明細書を「本件明細書」といい,その特許公報(甲4の11)を別紙本件明細書として添付する。 特許番号第3162450号発明の名称工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤出願日平成3年12月12日(特願平3-350751号)優先権主張平成3年4月27日(日本)登録日平成13年2月23日特許請求の範囲別紙本件明細書の該当欄に記載のとおりイ平成17年10月7日付け訂正請求後の特許請求の範囲の記載平成17年10月7日付け訂正請求後の本件特許の請求の範囲は,次のとおりである。 以下,上記訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし3の発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明3」という。 (ア)【請求項1】1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジンを有効成分として含有することを特徴とする工芸素材類をイエシロアリ又はヤマトシロアリより保護するための害虫防除剤。 (イ)【請求項2】工芸素材類が木材及び木質合板類であるところの請求項1の害虫防除剤。 (ウ)【請求項3】1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジンを土壌処理することにより,工芸素材類をイエシロアリ又はヤマトシロアリの侵襲から保護する方法。 (争いのない事実)(3)特許庁及び知的財産高等裁判所における手続の経緯ア原告は,平成17年7月20日,特許庁に対し,被告を被請求人として,本件特許につき無効審判請求(無効2005-80225号)をしたところ,被告は,同年10月7日,訂正請求を行った。 イ特許庁は,平成18年6月14日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。 ウ原告は,本件審決の取消しを求めて出訴し,知的財産高等裁判所は,平成19年7月12日,「特許庁が無効2005-80225事件について平成18年6月14日にした審決中,『本件審決の請求は,成り立たない。』との部分を取り消す。」との判決(甲3)をした。以下,この判決を「本件知財高裁判決」といい,その判決内容は,別紙本件知財高裁判決のとおりである。 エ被告は,平成19年7月25日,最高裁判所に対し,上告受理の申立てを行ったが,最高裁判所は,同年11月22日,上告不受理決定をした。 (争いのない事実)(4)原告の行為及び確認の利益ア原告は,米国において別紙原告製品目録記載の製品(以下「原告製品」という。 )を製造し,米国及びその他の国においてその譲渡等を行っている。 (争いのない事実,弁論の全趣旨)イ原告は,日本においても,原告製品の譲渡の申出を現実に行い,原告製品の生産,使用,譲渡及び輸入を計画している。 (弁論の全趣旨)ウ原告は,日本において,原告製品の販売を開始するに当たって,平成17年6月,被告に対し,無償ライセンスの申入れを行ったが,被告は,これを拒否した。 (争いのない事実)エ被告は,前記(3)エの最高裁決定後も,後記(5)のとおり,訂正請求を行って本件特許権の有効性を維持しようとしており,原告は,上記イの行為につき,被告から差止請求権を行使されるおそれがある。 (争いのない事実)(5)訂正請求ア訂正内容被告は,更に次の訂正(以下「本件訂正」という。)を行う予定である(特許法134条の3第1項)。 訂正事項1請求項1及び請求項3の「工芸素材類」をいずれも「木材及び木質合板類」に訂正する。 訂正事項2請求項2を削除し,それに伴い,請求項3を請求項2に繰り上げる。 以下,訂正後の請求項1の発明を「本件訂正発明1」といい,訂正後の請求項2の発明を「本件訂正発明2」という。 (弁論の全趣旨)イ訂正の可否本件訂正は,特許法134条の2第1項1号の「特許請求の範囲の減縮」に該当し,本件の当初明細書【0010】には,「・・・保護される工芸素材類の個々の例としては,その定義も含めて,次のものが例示できる。木材,木質合板類(例えば,圧縮材,小片ボード・・・)・・・上記,工芸素材類に於いて,その好ましいものは,木材または木質合板類を示す。」と記載されているから,明細書に記載した範囲内の事項であり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでないものと認められる。 (6)充足ア直接侵害原告製品が本件発明1及び2並びに本件訂正発明1の構成要件をいずれも充足することは,原告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。 イ間接侵害原告製品が本件発明3及び本件訂正発明2の使用に用いる物で,課題の解決に不可欠なものであり,その生産等が特許法101条5号による間接侵害に当たることは,原告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。 2争点(1)争点1本件発明1ないし3は無効か。 (2)争点2本件訂正発明1及び2は無効か。 (3)争点3本件特許権が無効であるとしても,特許庁の無効審決の確定前に,請求欄記載の請求の趣旨での確認請求をすることができるか。 3争点1(本件発明の無効)(1)原告の主張ア本件発明1(ア)甲2発明との一致点及び相違点本件発明1と特開昭61-267575号公報(審決時甲2。本訴における甲4の2。以下「甲2」又は「甲2(本訴における甲4の2)」といい,そこに記載された発明を「甲2発明」という。)とは,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤である点で一致しており,相違点は,?@害虫から保護する対象が,本件発明1では工芸素材類と特定されているのに対し,甲2発明では栽培植物は具体的に挙げられているが,保護する対象については明確にされていない点,?A対象となる害虫が,本件発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,甲2発明では具体的な生物試験でこれらのイエシロアリ又はヤマトシロアリに殺虫効果が確認されていない点,の2点である。 (イ)相違点?Aについての判断a本件知財高裁判決は,相違点?Aに関して,甲2の「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に適用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11〜15行。以下,この部分を「甲2の残効性に関する記載」という。)等を指摘した上,「・・・甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,上記の課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物である甲2に接したならば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないというべきである。」(38頁12〜19行)と判示している。 b本件知財高裁判決の判示するとおり,相違点?Aのように構成することは,当業者が容易に想到することができたことである。 (ウ)相違点?@についての判断イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤がイエシロアリ,ヤマトシロアリに殺虫効果があれば,工芸素材類が保護されることは当然であり,相違点?@は,何ら進歩性を基礎付けるものではない。 (エ)まとめよって,本件発明1は,進歩性を欠き,無効である。 イ本件発明2(ア)容易性工芸素材類を「木材及び木質合板類」に限定しても,木材及び木質合板類が工芸素材類に含まれることは明らかであり,しかも,保護対象いかんにより殺虫効果に相違が生じるものではない。 (イ)まとめしたがって,このような限定により,進歩性は生じない。 ウ本件発明3(ア)容易性a本件発明1に土壌処理するという限定を加えても,甲2には,甲2の残効性に関する記載がある。 bしたがって,本件発明3は,甲2発明とこの点において相違はない。 c仮に,上記bが認められないとしても,上記aの記載があれば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤が,イエシロアリ又はヤマトシロアリの侵襲から保護する点において,「木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている」ことは,当業者であれば容易に知り得たことである。 (イ)まとめしたがって,このような限定により,進歩性は生じない。 (2)被告の主張ア本件発明1(ア)甲2発明との一致点及び相違点原告の主張ア(ア)は明らかに争わない。 (イ)相違点?Aについての判断同ア(イ)bは否認する。 (ウ)相違点?@についての判断同ア(ウ)は否認する。 (エ)まとめ同ア(エ)は否認する。 イ本件発明2同イは否認する。 ウ本件発明3同ウは否認する。 4争点2(本件訂正発明の無効)(1)原告の主張ア本件訂正発明1(ア)甲2発明との一致点及び相違点本件訂正発明1と甲2発明とは,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤である点で一致し,相違点は,?@害虫から保護する対象が,本件訂正発明1では木材及び木質合板類と特定されているのに対し,甲2発明では栽培植物は具体的に挙げられているが,保護する対象については明確にされていない点,?A対象となる害虫が,本件訂正発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,甲2発明では具体的な生物試験でこれらのイエシロアリ又はヤマトシロアリに殺虫効果が確認されていない点,の2点である。 (イ)相違点?Aについての判断前記3(1)ア(イ)のとおり,相違点?Aは,当業者が容易に想到することができた点である。 (ウ)選択発明としての新規性についてaまとめ後記被告の主張ア(ウ)aは否認する。 b本件訂正発明の効果同bは認める。 c甲2に記載された効果同cは否認する。 d顕著な効果同dは否認する。 選択発明における顕著な効果は,従来技術の示す効果との比較ではなく,当該発明のように構成したものが奏すると当業者が予想する効果との比較でのものであり,被告の主張は,そもそも比較の対象を誤っている。 害虫防除剤を使用するに当たって,どの程度の濃度があれば殺虫効果を有するのかは,当業者であれば当然に調べる事柄であり,被告が同b(b)で主張する効果は,顕著な効果には該当しない。 e甲2の残効性に関する記載同eは否認する。 f審決取消判決の拘束力との関係同fは否認する。 (エ)相違点?@についての判断本件知財高裁判決が認定するように,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤がイエシロアリ,ヤマトシロアリに殺虫効果があるということが容易に想到できるのであれば,これを使用してイエシロアリ,ヤマトシロアリを殺虫することは,当業者であれば当然に行うことである。 その結果,木材及び木質合板類だけではなく,あらゆる物に対するイエシロアリ,ヤマトシロアリの被害から保護できることは,容易に知り得たことである。 (オ)まとめしたがって,本件訂正発明1は,進歩性を欠き,無効である。 イ本件訂正発明2(ア)容易性本件訂正発明1に土壌処理するという限定を加えても,甲2には,甲2の残効性に関する記載がある。 (イ)したがって,本件訂正発明2は,甲2発明とこの点において相違はない。 (ウ)仮に,上記(イ)が認められないとしても,上記(ア)の記載があれば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤が,イエシロアリ又はヤマトシロアリの侵襲から保護する点において,「木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている」ことは,当業者であれば容易に知り得たことである。 (エ)まとめしたがって,このような限定により,進歩性は生じない。 (2)被告の主張ア本件訂正発明1(ア)甲2発明との一致点及び相違点原告の主張ア(ア)は明らかに争わない。 (イ)相違点?Aについての判断同ア(イ)は否認する。 (ウ)選択発明としての新規性aまとめイミダクロプリドを含有する害虫防除剤が,ヤマトシロアリ又はイエシロアリの侵食から木材及び木質合板類を保護する優れた効果は,甲2に示される効果とは異質の効果であり,仮に同質の効果と評価される場合にも際立って優れた効果を有する。 したがって,本件訂正発明1及び2は,選択発明として,新規性を有する。 b本件訂正発明の効果(a)本件明細書の実施例11(【0051】〜【0054】)には,イミダクロプリドの薬剤吸収濃度ごとにそれぞれ3本の木材片標本を用いた8週間後の試験結果において,平均吸収濃度68.211g/□の標本群において5段階の評価値において「0」(被害なし),平均吸収濃度1.344g/□という極めて低い平均吸収濃度の標本群において評価値「1」(痕跡程度)であったこと,及びいずれの標本においても職蟻各250頭は全頭死滅したことが示されている。 (b)そして,その有毒閾値は「0.135g/□と1.344g/□の間」というもので,その高い側の値をとっても,本件明細書第6表(10頁)に示す周知の殺虫剤ディルドリンの有毒閾値50g/□に比して約37倍,リンダンの75g/□に比し,約56倍という格段に優れたものである。 c甲2に記載された効果これに対し,甲2に記載された技術的に裏付けのある効果,すなわち生物試験により裏付けられた効果としては,いずれも専ら半翅目に属するツマグロヨコバイ等5種のみについて,稲又はナス苗に撒布乾燥2日後の殺虫率(100%)を確認したというだけであり,その他の翅目の害虫についてはそれらの殺虫活性すら確認していないばかりか,イミダクロプリドの殺虫残効性については,上記5種の害虫に対する関係についても確認していない。 まして,イミダクロプリドの木材における有利な残効性については,確認はもとより,記載もされていない。 d顕著な効果したがって,本件訂正発明1及び2の上記bの効果は,その上位概念で表現された甲2発明に示される効果とは異質の効果であり,仮に同質の効果とみる場合にも,際立って優れた効果を有すると評価されるべきものであって,このような効果は,当業者が予測できたものではない。 e甲2の残効性に関する記載(a)一原告は,甲2の残効性に関する記載を指摘するが,上記記載中の「衛生害虫」とは,人体に直接又は間接的に害を与える昆虫であり,具体的には,吸血性のノミ,シラミ等,皮膚炎を起こすアオバアリガタハネカクシ等,人を刺すハチ等,間接的に人体に害を与えるハエ・ゴキブリ等,間接的又は直接的害をなすカ・ノミ・シラミ等をいい,「貯蔵物に対する害虫」とは,粉類,貯蔵穀類,豆類,乾製品,薬草,タバコ葉,水産製造品等の貯蔵物を食餌とする害虫であり,具体的には,ガ・コクヌストモドキ等をいう(乙19)。 二一方,日本家屋害虫学会発行「家屋害虫」35,36号(乙20)79〜80頁の「表6家屋害虫の食性による分類」は,「植物質食品害虫」,「動物質食品害虫」及び「動植物食品害虫」と区別して,「住居の害虫」を分類している。 そして,同表は,「住居の害虫」の内訳として,「衛生害虫」,「不快動物」及び「家屋建物の害虫」を分類し,この「家屋建物の害虫」の例示として「イエシロアリ,ヤマトシロアリ」を挙げている。 三以上によれば,「家屋建物の害虫」に分類されるヤマトシロアリ及びイエシロアリは,甲2の残効性に関する記載における「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫」には含まれない。 四したがって,甲2の残効性に関する記載は,ニトロイミノ誘導体をヤマトシロアリ又はイエシロアリに適用する際の「木材及び土壌における優れた残効性」について何も述べていない。 (b)一また,ノミ,シラミ,ハエ,カ,ゴキブリ,ガ等の「衛生害虫」や「貯蔵物に対する害虫」に対する殺虫剤の施用方法としては,存在を確認した害虫に直接的に噴霧する直接噴霧のほか,天井,壁,床下,堆肥等の害虫の出現が予想される場所にあらかじめ撒布しておく残留噴霧と呼ばれる方法がある。 二したがって,甲2の残効性に関する記載中の「木材及び土壌における優れた残効性」とは,ニトロイミノ誘導体を,それら衛生害虫や貯蔵物に対する害虫の防除ための残留噴霧として適用する際の噴霧対象である天井等や堆肥等の素材である木材や土壌における残効性に言及したにとどまると解すべきことになる。 三上記(a)一に例示したような衛生害虫や貯蔵物害虫は,天井等の木製の建具類を棲家として発生・生息することがあっても,その素材である木材自体を食害・侵襲することはないから,甲2の残効性に関する記載中の「木材における優れた残効性」は,木材等をヤマトシロアリ又はイエシロアリの侵食から保護するためのイミダクロプリドの木材及び土壌における有利な残効性とは無縁の記載である。 f審決取消判決の拘束力との関係(a)本件知財高裁判決が甲2との関係において,「イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではない」(38頁17〜19行)と判断した根拠は,甲2中に,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が,?@広範な害虫に対して強力な殺虫作用を示すことが記載されていること,?A木材における優れた残効性を示すことが記載されていること,?B同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられていること,の3点の認定による。 (b)そして,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り,所期の効果を予測することはできないとの被告の主張に対しては,「このような事情を考慮したとしても,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物をヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除剤として適用してみようとする動機付けとする限りにおいては,上記に説示したところを左右するには足りない。」(38頁22〜25行)と斥けたものである。 (c)以上のとおり,本件知財高裁判決は,選択発明の点については何ら判断をしていないから,その取消判決としての拘束力は,本件訂正発明1及び2の甲2に対する選択発明としての特許性の有無には及ばない。 (エ)相違点?@についての判断同ア(エ)は否認する。 (オ)まとめ同ア(オ)は否認する。 イ本件訂正発明2同イは否認する。 5争点3(不存在確認請求の可否)(1)原告の主張ア最高裁平成12年4月11日判決・民集54巻4号1368頁の権利の濫用という構成の下においては,差止請求権の行使が許されないとされるにすぎず,差止請求権の存在そのものが否定されるわけではないが,このような場合であっても,差止請求権の不存在確認請求は当然に認められていた。 イ特許法104条の3も,差止請求権の存在そのものは否定するものではないが,権利の濫用法理の下での取扱いと同様に,差止請求権の不存在確認請求は当然に認められるべきである。 (2)被告の主張ア本件においては,本件特許を無効とする審決は確定していないから,本件特許権は依然として有効に存続し,その結果,それから派生する差止請求権も存続していることは明らかである。 イしたがって,差止請求権を有しないことの確認を求める本件請求は,主張自体失当である。 第3当裁判所の判断1争点1(本件発明の無効)(1)本件発明1ア甲2発明との一致点及び相違点原告の主張ア(ア)は,被告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。 イ相違点?Aについての判断本件知財高裁判決が判示するとおり,相違点?Aのように構成することは,当業者が容易に想到することができたことであると認められる。 ウ相違点?@についての判断(ア)本件発明1における「工芸素材類」とは,「木材,木質合板類(例えば,圧縮材,小片ボード,チップボード,ウェハーボード,プライウッド,積層木材,製材化角材・板材・引き材等々),紙類,革,皮革製品,天然又は合成ポリマー類,織物類等々。上記,工芸素材類に於いて,その好ましいものは,木材または木質合板類」(本件明細書【0010】)を意味するところ,証拠(甲4の3・4・12)によれば,ヤマトシロアリやイエシロアリは木材を食害する害虫であることが認められる。 (イ)したがって,イミダクロプリドをヤマトシロアリ及びイエシロアリの害虫防除に用いるに際し,その保護対象を木材等を含む「工芸素材類」と特定することにつき,格別の困難はないものと認められる。 エまとめ(ア)以上によれば,本件発明1は,進歩性欠如の無効理由を有する。 (イ)仮に,被告の主張が本件発明1の奏する顕著な効果をその進歩性の判断に当たり参酌すべきことを含むとしても,その主張が理由がないことは,後記2(1)のとおりである。 (2)本件発明2ア容易性上記(1)ウに判示したことからすると,工芸素材類を「木材及び木質合板類」に限定することにつき,格別の困難はないものと認められる。 イまとめ以上によれば,本件発明2も,進歩性欠如の無効理由を有する。 (3)本件発明3ア容易性本件発明3における「土壌処理」とは,殺虫剤組成物を土壌に散布,浸漬等して,シロアリを殺虫・防除することを意味するところ(本件明細書【0033】及び【0055】実施例5),証拠(甲4の3・12)及び弁論の全趣旨よれば,土中に巣を作ったり,地上近くの木材を食うなどの性質を有するヤマトシロアリやイエシロアリの駆除に当たり,シロアリ防除用薬剤をシロアリの棲息場所及び通路である土壌に用いることは,当業者が通常に行うことであると認められる。 したがって,イミダクロプリドを土壌に用いて,ヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除を行うことも,当業者が通常に行うことであると認められる。 イまとめ以上によれば,本件発明3も,進歩性欠如の無効理由を有する。 2争点2(本件訂正発明の無効)(1)本件訂正発明1ア甲2発明との一致点及び相違点原告の主張ア(ア)は,被告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。 イ相違点?Aについての判断(ア)組合せの動機付け本件知財高裁判決が判示するとおり,相違点?Aのように構成することは,当業者が容易に想到することができたことであると認められる。 (イ)効果の点a被告の主張被告は,本件訂正発明1につき,選択発明としての新規性を主張する。この主張は,本件訂正発明1の進歩性の判断に当たり,その奏する顕著な効果を参酌すべきことを含むと認められるから,この観点からも検討する。 b異質の効果(a)確かに,甲2(本訴における甲4の2)には,イミダクロプリドの残効性について,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は・・・木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11〜15行)とあるだけで,ヤマトシロアリやイエシロアリとは異なる衛生害虫と貯蔵物害虫に対する木材及び土壌における残効性が示唆されているのみである。 (b)しかしながら,優れた残効性とは,殺虫剤を低濃度で使用した場合でも,その施用場所によくとどまり,そこで長期間の殺虫効果を発揮することであるから,イミダクロプリドが別の翅目のものに対しても殺虫効果を有するのであれば,当該別の翅目のものに対してもその施用場所において長期間の殺虫効果を発揮することは,当業者であれば,容易に予想することができたことであると認められる。 そして,前記1(3)アのとおり,土中に巣を作ったり,地上近くの木材を食うなどの性質を有するヤマトシロアリ及びイエシロアリの駆除に当たり,シロアリ防除用薬剤をシロアリの棲息場所及び通路である土壌に用いることは,当業者が通常に行うことであるから,ヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除・撲滅のために,イミダクロプリドを木材や土壌に施用したときに,木材及び土壌において優れた残効性を有したとしても,その効果が当業者に予測外のものであると認めることはできない。 (c)さらに,被告は,木材に生息する虫に対する殺虫効果と,木材を浸食する虫に対する殺虫効果は異なる旨主張するが,イミダクロプリドが木材に生息する虫に対してその生息する場所で有利な殺虫効果を有するのであれば,木材を浸食する虫に対してもその生息する場所で有利な殺虫効果を有することは,当業者であれば,容易に予想することができたことであると認められる。 したがって,ヤマトシロアリ及びイエシロアリに対するイミダクロプリドの木材及び土壌における有利な残効性が当業者に予想外のものであると認めることはできない。 c同質の効果イミダクロプリドは,甲2(本訴における甲4の2)17頁右上欄以下に例示される50種類以上のニトロイミノ誘導体(第1表)の中でも,全部の生物試験に供される代表成分の一つであるから,その上位概念であるニトロイミノ誘導体がイエシロアリやヤマトシロアリに対する殺虫効果を有することが甲2に記載されている以上(本件知財高裁判決38頁14〜16行),イミダクロプリドが他の化合物よりも強い殺イエシロアリ及び殺ヤマトシロアリ効果を奏すると期待することは,当業者として当然のことであると認められる。 したがって,被告主張の有利な同質の効果は,選択発明の成立を基礎付けるものではなく,また,本件訂正発明1の進歩性を基礎付けるほどのものでもない。 ウ相違点?@についての判断前記1(1)ウ及び(2)アに説示したことからすると,イミダクロプリドをヤマトシロアリ及びイエシロアリの害虫防除に用いるに際し,その保護対象を木材及び木質合板類と特定することにつき,格別の困難はないと認められる。 エまとめ以上によれば,本件訂正発明1は,進歩性欠如の無効理由を有する。 (2)本件訂正発明2ア容易性前記1(3)に説示のとおり,イミダクロプリドを土壌に施用して,ヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除を行うことも,当業者が通常に行うことであると認められる。 イまとめ以上によれば,本件訂正発明2も,進歩性欠如の無効理由を有する。 3争点3(不存在確認請求の可否)(1)特許法104条の3第1項の適用がある場合,特許権から派生する差止請求権及び損害賠償請求権は,その存在そのものは否定されるわけではなく,その行使が制限されるものと解される。そして,この点の理解自体は,原告自体も認めており,本訴における原告の請求も,この点の消極的確認を求めているものと解される。 (2)問題は,請求権自体は存在するがその行使が制限されている場合の主文の表現であるが,上記のような行使が制限された状態を厳密に表現するためには,主文第1項の表現を採用すべきである。 (3)原告の請求は,請求欄に記載のとおりの表現で認容がされない場合には,主文第1項に記載の表現での請求を求める趣旨を含んでいると考えられる。 4結論以上によれば,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,その余を棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 市川正巳 |
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裁判官 | 大竹優子 |
裁判官 | 宮崎雅子 |