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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18行ケ10366審決取消請求事件 判例 特許
平成16行ケ136審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10066審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10312審決取消請求事件 判例 特許
平成16ワ14321特許権譲渡代金請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  技術的思想 /  物の発明 /  製造方法 /  新規性 /  守秘義務 /  秘密保持義務 /  共同研究 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  公開性 /  頒布性 /  特許の有効性 /  技術常識 /  先行技術 /  パリ条約 /  優先権 /  抵触 /  優先日 /  置換 /  不存在 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  移転登録 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  訂正要件 /  異議申立 /  国際出願 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10572号 審決取消請求事件

原告 アプレラ コーポレイション 代表者
訴訟代理人弁護士 木ア 孝
同 森岡 誠
同 弁理士 山本秀策
同 森下夏樹
被告 バイオ−ラッド・ラボラトリ ーズ・インコーポレーテッド 代表者
訴訟代理人弁護士 鈴木 修
同 深井俊至
同 下田憲雅
同 遠藤崇史
同 弁理士 伊藤 茂
同 江尻 ひろ子
同 深澤憲広
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/01/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35449号事件について平成17年3月25日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許につき,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が無効とする審決をしたことから,特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。
なお,本件特許に関連する事件として,当庁平成17年(行ケ)第10065号 審決取消請求事件(旧表示・東京高裁平成16年(行ケ)第190号,原告バイオ-ラッド・ラボラトリーズ・インコーポレーテッド・被告アプレラ コーポレイション),当庁平成17年(ネ)第10004号 特許権侵害差止等請求控訴事件(旧表示・東京高裁平成15年(ネ)第2558号,控訴人日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ株式会社,被控訴人アプレラ コーポレイション)等がいずれも当庁に係属中である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁等における手続の経緯 本店所在地がスイス・シーエイチー4070 バーゼル・グレンツアーヘルストラツセ 124であるエフ.ホフマン-ラ ロシュ アーゲー(F.HOFFMANN-LA ROCHE AKTIENGESELLSHAFT)(国籍・スイス連邦。以下「ロシュ社」という。)は,平成4年5月6日,パリ条約による優先権主張日を平成3年(1991年)5月2日(米国)(以下「本件優先日」という。)とし,名称を「核酸増幅反応モニター装置」とする発明について特許を国際出願し,その後平成10年2月2日に至りその一部を新たな特許出願(特願平10-21236号)としたところ,これにつき平成12年12月1日,特許庁から特許第3136129号として設定登録を受けた(請求項の数7。甲2,3。以下「本件特許」という。)。
その後,原告と同じ場所に本店所在地を有するピーイーコーポレイション(エヌワイ)(国籍・アメリカ合衆国。以下「ピーイー社」という。)は,ロシュ社から本件特許権の移転を受け,平成13年5年17日(受付年月日 平成13年4月20日)その移転登録を受けた後,原告に合併されて原告が本件特許権を承継し,平成16年10月6日(受付年月日 平成16年9月21日)その移転登録を受けた(甲2,3)。
被告は,平成14年9月20日,本件特許につき無効審判請求(被請求人ピーイー社。以下「第1次無効審判事件」という。)をし,特許庁は,これを無効2002-35399号事件として審理した上,平成15年12月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(第1次審決)をした(甲2,乙33)。同審決に対しては被告がその取消訴訟を提起し,当庁平成17年(行ケ)第10065号(旧表示・東京高裁平成16年(行ケ)第190号)事件として,係属中である。
前記第1次審決がなされる前の平成15年10月30日,被告は,本件特許につき更に無効審判請求(第2次無効審判事件)をした。特許庁は,同請求を無効2003-35449号事件として審理し,その係属中の平成16年6月24日,ピーイー社(その後,原告がその地位を承継)は,請求項3の訂正等を内容とする訂正請求をした(甲24。以下「本件訂正」という。)。その後,原告は,前記のとおりピーイー社を合併して第2次無効審判事件の被請求人の地位を承継した。そして特許庁は,平成17年3月25日,「訂正を認める。特許第3136129号の請求項1〜7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(第2次審決。以下「本件審決」という。)をし,その審決謄本は平成17年3月29日原告に送達された。
(2) 発明の内容 本件訂正後の発明の内容は,以下のとおりである(下線部は訂正部分。なお,請求項1ないし7に記載された発明を,以下順次,「本件発明1ないし7」という。)。
【請求項1】 複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置であって,1又は複数の核酸増幅反応混合物を収容するための支持体を有する熱循環器,及び前記1又は複数の核酸増幅反応混合物に光学的に連係される光学系を有し,ここで該光学系は,前記1又は複数の核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定するために作用し得る検出器を有し,これにより,複数の循環期間にわたって各光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能である,ことを特徴とする装置。
【請求項2】 単一の核酸増幅反応混合物のみを収容するようにされた,請求項1に記載の装置。
【請求項3】 複数の核酸増幅反応混合物を収容するようにされた,請求項1に記載の装置であって,増幅前 に存在 する 標的核酸量 の定量 のために 使用 される,装置 。
【請求項4】 前記検出器が蛍光発生シグナル検出するように作用する,請求項1〜3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】 前記検出器が,各反応混合物からの光シグナルを集めるための1又は複数の光ファイバーリードを有する,請求項1〜4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】 前記1又は複数の核酸増幅反応混合物を収容するための1又は複数の反応容器をさらに有する,請求項1〜5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】 前記検出器が,各反応混合物からの光シグナルを集めるための1又は複数の光ファイバーリードを有し,そして各光ファイバーリードが,前記1又は複数の反応容器の各々の透明な又は半透明なキャップと光学的に連係するようにされている,請求項6に記載の装置。
(3) 審決の内容 審決の内容の詳細は,別紙審決写しのとおりである。
その要旨は,本件訂正請求を認めた上で,請求項1ないし7に係る本件発明1ないし7は,本件優先日(1991年(平成3年)5月2日)前に頒布された下記の刊行物に記載された発明と同一であるから,特許法29条1項3号に違反する等としたものである。
記 ・刊行物 「進化の研究についてのレポート,マックス・プランク生物物理化学研究所,生化学動態研究部」表紙,巻頭言,目次および本文(審判甲8・本訴甲8。
原文の題名等「REPORT ON EVOLUTION RESEARCH,DEPARTMENT OF BIOCHEMICAL KINETICS MAX-PLANCK-INSTITUT FUR BIOPHYSIKALISCHE CHEMIE GOTTINGEN,1990」。以下,単に「甲8」という。) (4) 審決の取消事由 しかしながら,本件審決は,甲8が本件優先日前に外国において頒布された刊行物であると誤って認定判断した上,本件発明1ないし7が甲8に記載された発明と同一であるとして,その新規性の判断を誤ったから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(頒布刊行物該当性の判断の誤り) 審決は,1991年(平成3年)4月18日から20日までの間に,ドイツ国ゲッテインゲン市の「マックス・プランク生物物理化学研究所」(以下「マックス・プランク研究所」という。)で「国際会議”Selection-natural and unnatural-in biotechnology”」(以下「本件ワークショップ」という。)が開催され,「本件配布冊子は,複数部数が,本件ワークショップにおいて,本件配布冊子の内容に関連の深い企業,雑誌,大学等の研究機関からの出席者に対し,その利用処分につき何らの制限も加えることなく配布されたものと認めることができる。
そして,このような守秘義務のない出席者は,配布冊子について,配布者に対してその処分について何の義務も負わないという点から見て,公衆に該当するものと認められる。 したがって,甲第8号証は,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書であって,頒布されたもの」といえるから,特許法第29条第1項第3号頒布された刊行物に該当するものである。」(23頁19行〜28行)と認定したが誤りである。
(ア) 配布の事実の不存在 甲8の配布の事実を裏付ける客観的な証拠は一切存在しない。
なお,審決は,K博士(本訴甲4・審判甲9),L博士(本訴甲5・審判甲11,本訴甲6・審判甲13),M博士(本訴甲7・審判甲21)の各宣誓供述書(供述書を含む。)における,甲8が本件ワークショップにおいて配布されたとの供述に信用性が認められるとして,その配布の事実を認定しているが,以下のとおり,これらの供述はいずれも信用することができない。
a L博士及びK博士の供述の問題点 甲8の配布について,L博士(本訴甲5・審判甲11,本訴甲6・審判甲13)及びK博士(本訴甲4・審判甲9)は各宣誓供述書で「zuganglich」などと述べるだけで,具体的な配布の状況について各宣誓供述書に一切記載されていないから,その証拠力は極めて限定的にしか評価できない。なお,欧州特許条約54条の「zuganglich」とは,「配布」のみならず,「口頭による伝達」をも含むものであって,必ずしも「配布」を意味するものではない。
b M博士の供述の問題点 @ M博士は,本件特許に対応する原告の欧州特許(欧州特許第0872562号。以下,単に「原告欧州特許」という。)の欧州特許庁(EPO)における異議手続の証人尋問で,本件ワークショップのポスター及び甲8に図の記載があることを前提として,甲8が本件ワークショップで配布された旨供述しているが(本訴甲9・審判甲34),その供述には,甲8にそのような図が存在しないという致命的な矛盾がある。
A M博士は,甲8の配布場所について,甲7の宣誓供述書においては,「会議の机」に置かれ,その他の書類及び名札とともに配布されたと供述しているの対し,原告欧州特許の異議手続の証人尋問では,「受付で名札と共に配布され」た(甲9の2頁,訳文2頁)と供述しており,配布状況についての供述に変遷がみられ,このような変遷があるようでは,M博士の供述が具体的かつ明確であるということはできない。
B M博士は,原告欧州特許の異議手続の証人尋問で,L博士の特許の詳細に関することは甲8に含まれておらず,本件ワークショップにおいても,「その情報はI博士に回してはならなかった」旨供述する(甲9の8頁,訳文8頁)。しかし,L博士は,甲5の宣誓供述書で,自己の欧州特許(欧州特許第0583265号。以下「L特許」という。)の内容が甲8に含まれていることを前提に,その特許の有効性を確保するために,本件ワークショップの開催前の時点ではI博士に甲8を示していなかったが,本件ワークショップ時には開示した旨供述しており,M博士の供述とL博士の供述内容は食い違っている。
c マックス・プランク研究所の他の研究者及び本件ワークショップ参加者らの供述(弾劾証拠) O博士(本訴甲13・審判乙1,甲29),Z博士(甲40),P博士(本訴甲14・審判乙2)は,いずれもマックス・プランク研究所の研究者で,甲8の作成者であり,本件ワークショップに参加していた者であるにもかかわらず,各宣誓供述書において本件ワークショップで甲8が配布された事実を知らない旨供述する。
また,R氏(「Nature」誌のジャーナリスト)(本訴甲25・審判乙13),S氏(ドイツの著名な科学系出版社の記者,本訴甲26・審判乙14),T博士(ノーベル医学・生理学賞受賞者)(本訴甲27・審判乙16),U博士(コロラド大学教授・本件ワークショップの発表者)(甲28),V博士(甲30),W博士(甲31)及びY博士(甲34)は,いずれも本件ワークショップの参加者であるにもかかわらず,各宣誓供述書において本件ワークショップにおける甲8の配布の事実を否定する供述している。また,マックス・プランク研究所の秘書であったX氏も甲8の配布を否定する(甲32)。
同人らのその地位や職業から考えて,あえて虚偽の供述を行わなければならない理由はない。また,ジャーナリストについては,資料収集整理を職業柄当然にきちんと行うことが考えられること,研究者についても,自身の強く関心のある分野の資料についての整理は曖昧にすることは考えにくいことからしても,その供述の信用性は十分に認められる。
d 甲10は甲8について一切触れていないこと 仮に甲8が本件ワークショップの参加者に配布されたのであれば,本件ワークショップの発表の要旨をまとめた冊子である甲10(「REPORT ON THE INTERNATIONAL WORKSHOP SELECTION -NATURAL AND UNNATURAL-IN BIOTECHNOLOGY,HELD FROM APRIL 18 TO 20, 1991 AT THE MAX-PLANCK-INSTITUT FUR BIOPHYSIKALISCHE CHEMIE GOTTINGEN-GERMANY」)に,最も関連するテーマを取り扱っている論文集である甲8を参考文献として引用するはずであるが,甲10には,甲8を引用する記載は一切ない。
e 甲8は図書館に所蔵されていないこと マックス・プランク研究所が甲8を配布したのであれば,少なくともマックス・プランク研究所附属図書館には甲8が所蔵されているはずであるが,ドイツ国内の主要な図書館のみならず,マックス・プランク研究所にも所蔵されていない(本訴甲17・審判乙5,本訴甲18・審判乙6,本訴甲19・審判乙7)。
f 甲8の原本の存在を確認できないこと 甲8の原本(本件ワークショップで配布されたとされる原本)は現在に至るまで提出されていない。もし甲8の原本が本件ワークショップの58名の参加者全員に配布されたのであれば,複数の原本が提出されてしかるべきである。
g L博士の秘書Q氏の回答 L博士の秘書Q氏は,2000年(平成12年)の時点でもなお,アプライドバイオ社の委任を受けたV弁理士からの甲8のコピー提供の要請に対し,甲8は内部文書であり,この形式(「in dieser Form」)では公開されていないとして,上記要請を拒否している(本訴甲15・審判乙3,本訴甲16・審判乙4)。もし甲8がいったん本件ワークショップにおいて公開されているのであれば,Q氏がV弁理士の上記要請を拒否する理由はない。
(イ) 頒布刊行物に非該当 審決は,甲8が本件ワークショップにおいて守秘義務のない出席者に配布されたことを理由に,特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」に該当すると判断したが,次に述べるとおり誤りである。
a 特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」とは,少なくとも公衆に対し頒布することを目的として複製された文書,図画その他これに類する情報伝達手段をいい,不特定又は多数の者を対象しているという公開性と,配布の目的という頒布性を有する必要がある。
しかし,本件ワークショップでの配布を目的として甲8の複製がされた事実はない。M博士の供述(甲9)によっても,甲8のコピーが300部無料見本として作成されたというにとどまり,本件ワークショップのため複製が行われたわけではない。
b 次に,「頒布」とは,公衆により閲覧可能な状態で配布されることが少なくとも必要である。「公衆」とは,不特定かつ多数人を意味するのであって,多数であっても特定人であれば公衆とはいえない。したがって,本件ワークショップの参加者が58名であったとしても,主催者が予め招待した者以外の者が参加できなかった以上,甲8の配布の対象者は特定人であって公衆ではないから,参加者の守秘義務の有無にかかわらず,甲8は頒布性を有しない。
また,公衆からの要求を待ってその都度複写が成される文書について頒布刊行物性を肯定した最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁は,頒布刊行物といえるためには公衆(不特定・複数人)が自由に入手可能であることを当然の前提としている。誰であっても(利害対立する当事者であっても),入手しようと思えば入手できた文献だけが頒布刊行物に該当するのであって,実際に配布された人物が守秘義務を負っていたかどうかは問題にならないというべきである。
しかし,甲8に関しては,前記のとおり,ドイツ国内の主要な図書館のみならず,マックス・プランク研究所附属図書館でも所蔵しておらず,また,平成12年の時点でもなお,L博士の秘書は,V弁理士からの甲8のコピー提供の要請を拒否している。さらに,被告ですら,平成16年11月19日に至るまで甲8を証拠として提出することができなかったものである。
このことは,L博士ら甲8の作成者が本件ワークショップ後も甲8が公衆に利用されないように取り扱ったものと考えるのが自然である。
イ 取消事由2(本件発明1の新規性についての判断の誤り) 本件発明1(請求項1)の構成要件を分説すると,次のとおりとなる。
「A 複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置であって, B 1又は複数の核酸増幅反応混合物を収容するための支持体を有する熱循環器, C 及び前記1又は複数の核酸増幅反応混合物に光学的に連係される光学系を有し, D ここで該光学系は,前記1又は複数の核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定するために作用し得る検出器を有し, E これにより,複数の循環期間にわたって各光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能である,ことを特徴とする装置。」 しかし,以下のとおり,甲8には構成要件A,D及びEの開示がないから,甲8に本件発明1が記載されているとして,「本件発明1と甲第8号証に記載された発明を対比すると,両者の構成に差異はない。」とした審決の判断(27頁下から5行〜28頁4行)は誤りである。
(ア) 構成要件Dの開示の欠如 審決は,甲8中の「II.3.4 大規模な平行進化の実験 H」の項(53頁9行〜55頁28行,訳文9頁15行〜13頁1行。以下「H論文」という。)の「薄い箔で中身が入ったマルチウェルチャンバーをシールすることにより,交差夾雑を防止する。この箔は非常に光透過性が高く,核酸の増加をマルチチャンネル蛍光計により観察することができる。」との記載に基づいて,構成要件D(「閉じたまま」)が甲8に記載されている(審決27頁15行〜24行)と認定したが,誤りである。
a W論文の看過等 @ 甲8の「II.3.3 IN VITROでの進化実験の制御と自動化 Z・W」(CONTROLLED AND AUTOMATED EVOLUTION EXPERIMENTS IN VITRO,W)の項(51頁30行〜53頁8行,訳文7頁14行〜9頁14行。以下「W論文」という。)には,シリアルトランスファー(連続的トランスファー)用の自動化機械についての記載がある。シリアルトランスファーとは,RNA増幅反応生成物を次の容器に移動(トランスファー)して,新鮮な複製用混合物と混合してRNA増幅反応を再開させるサイクルを連続的(シリアル)に繰り返すプロセスである(甲8の52頁1行〜18行,訳文7頁23行〜8頁11行)。シリアルトランスファープロセスにおいて,RNA増幅反応試料を次の容器に移動する際には,RNA増幅反応が中断(interrupt)されることになるが,従来のシリアルトランスファー機械では,この移動工程を手作業で行っていたために長時間の中断が必要とされていた。
この従来の機械の欠点について,W論文は,オンラインモニタリング装置を含むシリアルトランスファーの自動化装置によって,移動工程の差異のRNA増幅反応の中断がなくなったと記載している(甲8の52頁1行〜32行,訳文7頁23行〜8頁19行)。しかし,W論文は,エチジウムブロマイドが核酸反応を妨害しないとは一切記載していない。
A また,W論文(甲8)には,「古くなった混合物は,後の実験解析のために保存しておき」(52頁8行〜9行,訳文8頁2行〜3行),「新規な環境に対する適応の後 に,保存したトランスファー混合物を解析することができる」(52頁14行〜15行,訳文8頁7行〜8行),「RNA濃度の測定は,エチジウムブロマイドが核酸の二本鎖領域中に挿入された後における ,エチジウムブロマイドの蛍光増強に基づく」(52頁24行〜26行,訳文16行〜17行),「この機械において,RNA増加を,1チャンネルの高感度グラスファイバー蛍光計を使用してオンラインでモニターする(例えばZによるリポート。蛍光計は特に,少量サンプル中の蛍光を,容器にふれることなく測定し,したがって交差夾雑を回避するように構築した。」(52頁21行〜24行,訳文8頁13行〜16行)との記載がある(なお,下線部分は,甲8の原文が「after」であるため,訳文を訂正した。)。
このようにW論文は,オンラインの蛍光計を用いる場合であっても,シリアルトランスファープロセスにおける増幅反応が終了した後に容器を開けて蛍光指示薬を添加し蛍光測定することが核酸増幅反応の分野の技術常識であることを記載し,蛍光測定の前に試料の容器をシールすれば交差夾雑を防げることを記載している。しかし,審決は,上記技術常識の記載を看過している。
b H論文の看過等 @ H論文(甲8)は,測定ポジションを「a measurement position」と単数形で記載しているから,H論文の進化装置の測定ポジションは一つであることが明らかである。この進化装置は,蛍光計が,PCR反応を行う複数のステーションではなく,一つの測定ポジションに接続されており,この進化装置でPCRを行う場合には,複数のステーションの間で移送ユニットによりサンプルキャリアを移動させながら,PCRの各ステップの反応が行われ,そして,一部のサンプルが液体供給システムにより測定ポジションに移され,反応ステーションで残りのサンプルの反応を進めると同時に,測定ポジションにおいて蛍光測定を行うことができる。
したがって,H論文における「オンラインモニタリング」との記載は,蛍光計を測定ポジションに接続して測定を行うことを意味し,「核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ」との記載は,PCR反応を複数のステーションで行っている間に,一部のサンプルを測定ポジションに移動し,測定ポジションにおいて蛍光指示薬を添加して蛍光測定を行うことを説明している。また,「そのことにより増幅反応は妨害されない」との記載は,測定ポジションで蛍光測定を行っている間にも反応ステーションでは残りのサンプルで増幅反応を継続できるから蛍光測定を行うことにより増幅反応が妨害されないことを説明している。
しかし,審決は,反応ステーションにおいて蛍光測定が行われるとの誤った解釈を加えて甲8記載の発明を認定している。
A H論文(甲8)には,蛍光指示薬を添加するタイミングについての記載がないが,本件優先日(1991年5月2日)当時,PCRの当業者においては,PCR反応終了後蛍光測定を行う前に蛍光指示薬を添加することが技術常識であった(甲20,甲22)。
したがって,H論文を読んだ当業者は,反応ステーションでの反応が終わった後,測定ポジションで測定される前に蛍光指示薬が添加されること,及び蛍光指示薬の添加の後に光透過性の高いシールを用いてオンラインで蛍光測定すれば,測定器が溶液に触れることによる交差夾雑を防ぐことができることを理解することになる。
このようにH論文には,核酸増幅反応混合物を閉じたまま測定を行うこと(構成要件D)が記載されていない。
B さらに,H論文(甲8)が,核酸増幅反応混合物を閉じたまま測定を行うことを記載していないことは,1995年(平成7年)にH博士が甲8のH論文をさらに詳細に説明した論文(原文の題名「Multichannel PCR and Serial Transfer Machine as a Future Tool in Evolutinary Biotechnology」。本訴甲23・審判甲23)からも明らかである。
甲23は,シリアルトランスファー装置について記載しており,この装置においては,RNAの増幅の実験の際に,交差夾雑を最小にするために,反応容器をシールし,液体供給システムのピペッティングロボットのアームによりこのシールに穴を開けて反応溶液を取り出し,その後,反応溶液を蛍光モニタリングする。また,PCRの実験に関しても,甲23は,そのPCRの実験結果を分析するためにサンプルを取り出してPAGE(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)を行ったと記載し,反応容器を開けて測定したことを記載している。
さらに,甲23に,試験管中の進化を直接的にモニターする方法は実験中であると記載されているように,1995年(平成7年)当時,PCR反応中の蛍光を「閉じたまま」測定する方法は実験中であったのであるから,1991年(平成3年)の甲8において「閉じたまま」の測定が開示されていないことは明らかである。
このように,甲23において,容器をシールした後にそのシールを開けて測定することのみが記載されているのであるから,甲8においてもシールを開けて測定することが記載されていると当然に解釈されるべきである。
(イ) 構成要件A,Eの開示の欠如 審決は,H論文(甲8)の「核酸濃度をPCRの間測定する。」,「核酸増幅のオンラインモニタリングする」との記載に基づいて構成要件Aが,「核酸濃度を,蛍光指示薬を用いて測定する」,「蛍光計により,核酸増幅のオンラインモニタリングを行う」との記載に基づいて構成要件Eが,それぞれ甲8に記載されている(審決の27頁8行〜14行)と認定したが,いずれも誤りである。
a H論文(甲8)には,核酸濃度の測定回数も,1回の測定時間も記載されていない。
また,2000年(平成12年)年8月1日発行の甲20(「細胞工学別冊 目で見る実験ノートシリーズ バイオ実験イラストレイテッド B新版 本当にふえるPCR」株式会社秀潤社)によれば,1986年(昭和61年)にPCRが発表されてからおよそ15年後においても,PCRは実験前の予想どおりに反応が進まないことが多く,逆に増幅反応が起こらないはずのサンプルで増幅反応が起こることさえあることが技術常識であったというべきであるから,本件優先日当時の1991年(平成3年)の技術水準においては,実験前の予想どおりにPCR反応が進まない可能性が非常に高いことが技術常識であったことは当然である。
したがって,実験前の予想どおりにPCR反応が始まるか否かは重要な問題であったため,当業者は,H論文に記載されている実験中の蛍光測定とは,ポジティブコントロールが増幅し始めたこと,及びネガティブコントロールが増幅しないことを確認して,実験が予想どおりに進み始めたことを確認するために行われるものと理解し,また,当該サンプルについては,PCR中に1回蛍光測定を行って順調に予定した増幅が起きていることを確認すれば足り,かつそれ以上測定を行うことには意味がないと理解するというべきである。
b 以上のとおり,甲8には,光学シグナルの循環依存的変化を複数サイクルにわたって測定することが全く示されておらず,本件発明1の構成要件A,Eについての開示がないから,これらの開示があるとする審決の認定は誤りである。
(ウ) 実施可能性についての判断の誤り a 審決は,甲8には増幅反応混合物を閉じたまま蛍光測定を行うために必要な蛍光指示薬についての具体的な記載がなく,実施可能性がないから,本件発明1に対する先行技術文献ではないとの原告の主張について,W論文(甲8)がエチジウムブロマイドが増幅反応を妨害しないことを記載していると述べて,原告の上記主張を否定した(審決29頁の(5-2-4-2)項)。
しかし,刊行物に発明の構成要件の全てが記載されているように見えたとしても,発明を実際に実施するために必要な事項が記載されていなければ刊行物に技術的思想が記載されている(特許法29条1項3号)と認められない(東京高判平成3年10月1日・判時1403号104頁参照)。
前述のとおり,W論文には,エチジウムブロマイドが核酸反応を妨害しないとは一切記載されておらず,むしろ,核酸増幅反応の終了後に,容器を開けてエチジウムブロマイドを添加し,その後に蛍光測定を行うことを記載している。
そして,エチジウムブロマイドが核酸増幅反応を阻害することは技術常識であったこと(本訴甲11・審判乙11),反応容器を閉じたまま核酸増幅反応をモニターするための蛍光指示薬は知られていおらず,甲8にはこの「閉じたまま」測定を行うために必要な蛍光指示薬の記載がないことからすれば,当業者は,格別の思考を要することなく容易に甲8の技術的思想実施することができなかったものである。
b また,甲8のW論文と,H論文中のPCRについての記載を相互に関連して読まれるべきであるとする審決の認定(29頁23行〜28行)も誤りである。
W論文は熱サイクルを伴わないおよそ30℃の一定温度で行われるRNA増幅反応を記載するのに対し,他方,H論文中のPCRは,90℃以上の高温を含む熱サイクルを用いて行われる反応であって,W論文のシリアルトランスファーとは全く異なる反応であるから,シリアルトランスファーで用いられる試薬がそのままPCRで用いることはできないと考えるのが当然である。
ウ 取消事由3(本件発明3の新規性についての判断の誤り) (ア) 原告は,平成16年6月24日付けの本件訂正請求により,請求項3を前述のとおり訂正した。本件発明3(本件訂正後の請求項3)の構成要件を分説すると,次のとおりとなる。
「F 複数の核酸増幅反応混合物を収容するようにされた, 請求項1に記載の装置であって(本件発明1の構成要件A〜E), G 増幅前に存在する標的核酸量の定量のために使用される装置。」 (イ) 審決は,構成要件Gについて,「本件発明3の「増幅前に存在する標的核酸量の定量のために使用される」という事項は,本件発明3のモニター装置によりモニターされた「光学シグナルの循環依存的変化」の測定値の使用目的を記載したものにすぎず,本件発明3の装置は,当該測定値を用いて「増幅前に存在する標的核酸量の定量」を行うための手段を何も具備しないものであり,このような定量に用いるのに特に適した物でも,またそのためにのみもっぱら使用される物でもないから,これにより「複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置」として,甲第8号証に記載されたものと異なることにはならない。」(30頁下から2行〜31頁7行)と判断した。
しかし,構成要件Gにいう「増幅前に存在する標的核酸量の定量のために使用される」とは,本件発明3の装置の用途を限定するものである。そして,反応容器を開けて測定を行うタイプの装置では,増幅前に存在する標的核酸量の定量を容易かつ迅速に行うことができないのに対し,本件発明3の装置は,「核酸反応混合物に光学的に連係される光学系及び反応容器を閉じたまま測定を行う検出器」という構成(構成要件C,D)を有することにより,増幅前に存在する標的核酸量の定量を容易かつ迅速に行うことが可能であるから,本件発明3の装置は「このような定量に用いるのに特に適した物」に該当し,これと異なる審決の上記認定は誤りである。
また,特許庁の審査基準(甲12)は,特定の用途に特に適した物については用途限定により新規性が認められる旨説明しているところ,本件発明3の構成要件Gは,甲8の装置の用途とは全く異なる新たな用途を提供するものであるから,本件発明3については,当然に用途限定による新規性が認められるべきである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 (1) 取消事由1に対し ア 甲8の配布 (ア) 甲8は表紙に「1990」の文字が記載されているが,これがいつの時点で刊行されたかについては甲8自体は示していないが,甲8が本件ワークショップで配布されたことを裏付ける次のような客観的な事実がある。
まず,本件ワークショップに参加したBASF社は,本件とは関係のない欧州特許庁におけるL特許(欧州特許第0583265号)に対する異議手続の中で,2000年(平成12年)10月12日付け書簡に添付し,欧州特許庁に対し,甲8の53頁ないし55頁を抜粋して提出している(乙12の2)。また,同様に本件ワークショップに出席したロッシュ社(乙31,6頁)も,甲8を保有していた。
さらに,本件ワークショップに参加していないCepheid社も,本件特許に対応する原告欧州特許(欧州特許第0872562号)に対する異議手続の中で,甲8を証拠として欧州特許庁に提出している(乙27。「O5」はCepheid社,「D30」は甲8を意味する。)。また,原告の代理人であるドイツのV弁理士が,L博士に対し,甲8のコピーの提供を依頼した2000年(平成12年)8月30日付け書簡(甲15)には,「2000年8月29日の電話につきまして,「Report on Evolution Research」のコピーを私共にご提供いただきますよう依頼いたします。この報告書の最初の頁を添付します。さらに,この会議に誰が参加したのかをご教示ください。」との記載がある上,同封物として甲8の1頁が添付されており,本件ワークショップに参加していない原告は,遅くとも2000年(平成12年)8月30日の時点で,甲8の存在を知っていたことばかりか,所有していたことも明白である。
このように甲8が存在し,本件ワークショップに参加していない者の間において転々流通していたことは客観的に明らかである。
また,本件ワークショップのテーマ,内容(甲10,乙35)と甲8の内容も一致している。
(イ) L博士及びK博士の供述の信用性 a K博士の2000年12月20日付け宣誓供述書(甲4)及びL博士の2000年12月20日付け宣誓供述書(甲5)は,本件特許とは関係のない,欧州特許庁におけるL特許(欧州特許第0583265号)に対する異議手続に使用される目的で作成されたものであり,被告はもちろんのこと,被告代理人もその作成手続には一切関与していない。L博士の2004年9月29日付け宣誓供述書(乙26)は,欧州特許庁の異議手続において,本件特許に対応する原告欧州特許(欧州特許第0872562号)に対する異議申立人の1人であるEppendorf AGから提出されたものであり,同様に被告及び被告代理人もその作成手続には一切関与していない。
L博士は,1967年(昭和42年)に分子レベルの高速化学反応の研究によりノーベル化学賞を受賞するほどの世界的に高名な研究者であり,また,K博士は本件ワークショップが開催された当時,マックス・プランク研究所の生化学動態研究部に所属し,責任者であるL博士の下,「化学分野」の唯一のグループリーダーとして本件レポートに関する研究に従事し,また論文の執筆者として本件レポートの作成に携わっていた。
このような被告に関係のない複数の者による供述は,甲8が本件ワークショップで配布されたことを証明する直接かつ客観的な証拠である。
b K博士の宣誓供述書(甲4)及びL博士の宣誓供述書(甲5)には,「Bericht(報告書)」が本件ワークショップにおいて「zuganglich」されたと記載され,「zuganglich」される対象を「Bericht(報告書)」,すなわち文献としており,K博士及びL博士が「zuganglich」なる言葉により,甲8が頒布(zuganglich)された事実を供述していることに疑いなく,発明が口頭で説明されたと解釈する余地はない。
また,L博士は,上記宣誓供述書の後に作成された供述書(甲6)で,甲8が「was distributed」(頒布)されたと明確に供述している。
(ウ) M博士の供述の信用性 a M博士は,本件ワークショップ開催当時,マックス・プランク研究所の生化学動態研究部に所属し,L博士の下,「生化学分野」の唯一のグループリーダーとして甲8に関する研究に従事し,論文の執筆者として甲8の作成に携わっていた。
M博士は,2004年(平成16年)12月7日,欧州特許庁の原告欧州特許に対する異議手続において証人として供述した。原告は,甲8にはいかなる図も存在しないのに,M博士は甲8に図の記載があることを前提とする証言があることを理由に,M博士の証言全体が信用できない旨主張するが,その証人尋問は,甲8が配布された1991年(3年)4月18日ないし20日より約13年8か月も経過した後に実施されたものであり,文献の内容について記憶に不正確な点が出てくることは仕方のないことである。
他方,M博士は,本件ワークショップで配布されたと記憶している冊子の表紙にはハイポキューブが描かれていることを証言しているところ(甲9・3頁7行〜9行,訳文3頁7行〜9行),甲8の表紙に描かれている図形はまさにハイポキューブであり,同博士の甲8に関する記憶は正確である。また,M博士は,本件ワークショップに主催者側の一人として出席し,甲8と共に配布された物,受付にいた2人の女性秘書が甲8を本件ワークショップの参加者に配布したこと等具体的な事実とともに本件ワークショップにおいて参加者に配布された資料が甲8であると証言している(甲9)。
以上のとり,原告が取り上げるM博士の記憶の誤りは,その他同博士の記憶の内容と比較し,総合的に判断すると,非常に些細なものであり,同博士の証言の信用性に影響を与えるものではない。
b M博士は,2004年(平成16年)6月10日付け宣誓供述書(甲7)において,「主催者のスタッフによって,参加者の数に対応する部数の上記の冊子が,会議の机上に置かれ,参加者に対しその他の書類及び名札と共に手渡されました。」(甲7)と供述し,その約半年後の2004年(平成16年)12月7日に実施された欧州特許庁の異議手続の証人尋問において,「この冊子は多数作成され,私の知る限り,これは受付で名札と共に配布された」(甲9の2頁10行〜13行,訳文2頁10行〜11行])と供述している。上記宣誓供述書の「会議の机」(conference desk)の意義は,その他の書類及び名札と共に,主催者のスタッフにより甲8は参加者に手渡されたという後の証人尋問の供述内容から,受付として使用されていた会議場内にある机と解するのが合理的である。
したがって,甲8が配布された場所を含む具体的状況につき,欧州特許庁の異議手続におけるM博士の証言(甲9)と,同博士の上記宣誓供述書(甲7)の間には表現上の微細な違いはあるものの,内容自体は同一であり,供述の変遷はみられない。
c L博士は,2000年12月20日付け宣誓供述書(甲5)において,甲8は当初内部用として作成されたが,その後本件ワークショップにおいて配布されたことのみを供述しており,上記宣誓供述書にはL特許に関する記載は認められず,M博士の証言(甲9)との間にそもそも矛盾が生じる余地はない。
また,M博士は,上記証人尋問において,「本件ワークショップ時においても」その情報はI博士には回してはならなかったとは述べておらず,かえって「私が彼(被告注:I博士)と話したとき,彼はこの冊子を知っており,あるいはこの冊子の内容を彼が知っていたことも,私には分かっている」(甲9の訳文8頁)と述べ,本件ワークショップ時において,I博士が甲8を入手していたことを明言しており,M博士の供述とL博士の供述との間に原告が主張するような食い違いは存在しない。
(エ) 原告主張の弾劾証拠に対し R氏(甲25)及びS氏(甲26)の各宣誓供述書は,甲8が本件ワークショップにおいて参加者に配布されたという審決の認定を妨げるものではない。
また,O博士(甲13)及びP博士(甲14)の各宣誓供述書(甲13,甲14)は,1991年(平成3年)4月16日を優先日とするL欧州特許に対する異議手続において提出された書面であって,上記異議手続では甲8が上記優先日前に公開されたかどうかが争点となったため,甲8が前記優先日前には公開されていなかったことを立証しようとするものである。したがって,上記各宣誓供述書(甲13,甲14)には,争点となった日より後の事情である1991年(平成3年)4月18日から20日に開催された本件ワークショップにおける甲8の配布について一切言及されていないのは当然のことである。
さらに,T博士(甲27),U博士(甲28),V博士(甲30),W博士(甲31)及びY博士(甲34)上の各宣誓供述書も,同様に,甲8が本件ワークショップにおいて参加者に配布されたという審決の認定に影響を与えるものではない。
なお,本件ワークショップに招待されて,講演を行ったN博士は,2005年(平成17年)7月14日付け宣誓供述書(乙35)で,本件ワークショップにおいて甲8を受領したと明確に供述している。
(オ) 甲10が甲8について触れていないことに対し 甲10は,本件ワークショップで行われた講演の要旨をまとめ,会議についての記念とすることを目的として作成されたものであり,この作成経緯を考えれば,甲10において本件ワークショップでの配布物にまで言及する意味は存しない。また,論文の執筆者が,甲8を自らの論文に引用するか否かは,執筆者の自由な裁量に委ねており,甲10に掲載されている各論文が,甲8を参考文献として引用されていないことは,甲8が本件ワークショップで配布されたか否とは関係がない。
(カ) 甲8が図書館に所蔵されていないことに対し 甲8は,本件ワークショップに参加した者に対し受付において名札と共に配布されたものであり,参加者は1部ずつしか受領していないものと思われる。また,甲8は約100部ないし300部作成されたものであるが(甲9の10頁6行〜13行,訳文10頁16行〜22行),マックス・プランク研究所の諮問委員会用,本件ワークショップの参加者に対する配布用を除くと,マックス・プランク研究所としては,世界各国になる大学や研究機関に寄贈することは当初より予定されていなかったものと考えられる。
したがって,甲8がある図書館に所蔵されていないという事実が,甲8が本件ワークショップで参加者に対し配布されたという事実認定に何らの影響も与えるものではない。
(キ) 甲8の原本が確認できていないことに対し 本件ワークショップが開かれたのは1991年(平成3年)4月という,今から14年以上も前であることを考えると,甲8が配布された事実を供述したL博士,K博士,M博士が,甲8の原本を保有していないために原本を提出することができなかったとしても仕方がないことである。
前記(ア)のとおり,原告は,遅くとも2000年(平成12年)8月30日の時点で,甲8の存在を知っていたのみならず,所有していたことも明白であり,また,本件ワークショップに参加したBASF社,ロシュ社や,本件ワークショップに参加していないCepheid社及び被告も,甲8を保有している。加えて,M博士の欧州特許庁の異議手続における供述(甲9の9頁1行〜5行,訳文9頁11行〜15行])によると,甲8は本件ワークショップに出席していないY博士にも送付されている。
(ク) Q氏の回答に対し Q氏の回答(甲16)は,原告代理人から求められていた甲8のコピーの提供要請に対し,マックス・プランク研究所としては部外者に甲8のコピーを作成・提供するという形では公開していないとしているだけである。原告代理人から甲8が本件ワークショップで公開されたか否か問われていない以上(甲15),Q氏の回答に本件レポートが本件国際会議において公開されたか否かについて言及されていないのは極めて自然なことである。
イ 頒布刊行物該当性 (ア) 公開性 前記アのとおり,甲8が,本件ワークショップにおいて参加者に配布する目的で,必要部数作成されたことは明らかである。したがって,甲8は,本件ワークショップでの配布を目的として複製された段階で,公開性を有するに至ったとする審決の認定は,適切かつ合理的である。
(イ) 頒布性 a 内部資料であっても,それが秘密保持義務を有さないいわゆる「不特定人」に配布する目的で複製され,頒布された文書は,その時点において秘密性は解かれ,特許法29条1項3号にいう頒布された刊行物に該当するというべきである(最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁)。
本件ワークショップの主催者であるマックス・プランク研究所は,本件ワークショップの参加者に対し甲8を配布する際,甲8の取り扱いにつき何らの守秘義務を課しておらず,甲8が不特定人の間を転々流通することを認容した上で相当部数の甲8を作成し,本件ワークショップの参加者に配布したのであるから,本件ワークショップへの参加者があらかじめマックス・プランク研究所が招待した研究者やメディア等であったとしても,これらの参加者は,数の多少に関わらず,「不特定人」に該当する。
したがって,甲8は,「頒布された刊行物」(特許法29条1項3号)に該当するというべきである。
b また,本件特許の出願人であるロシュ社に所属する数名が本件ワークショップに実際に出席し(甲10),甲8の配布を受けている。
さらに,本件ワークショップの参加者はいかなる守秘義務も負わされていない以上,甲8を受領した者はこれを公開したとしても,民事的にも刑事的にも不利益を受けることはないから,少なくとも甲8が守秘義務を課さずに本件ワークショップで配布された時点で,図書館に入れられ,雑誌で発表されたり,参加者に頼めば閲覧することができる可能性が生じている。加えて,甲8は,BASF社やロシュ社のような甲8の記載内容と同種の研究を行っている企業にも配布されたり,欧州特許庁の異議手続においても提出されるなど,甲8は現実に転々流通しており,参加者以外から隔絶された資料とはなっておらず,原告を含む一般公衆が閲覧する可能性が常に存在していた。
したがって,甲8は,本件優先日(1991年5月2日)の時点において,出願人及び原告が入手することが可能な文献であったことは明らかであり,甲8が,特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」に該当すると判断した審決に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し ア 構成要件Dについて (ア) 甲8は,マルチウェル反応チャンバーのそれぞれのサンプルが,開くことなく閉じたまま蛍光計で測定することなどを開示しており(甲8の55頁1行〜4行,訳文12頁4行〜6行,56頁13行〜15行,訳文13頁下から3行〜末行),審決が認定したように,甲8の発明は,本件発明1の構成要件Dを備えていることは明らかである。
(イ) W論文に関する主張に対し 原告は,W論文(甲8)は,自動化装置によって,移動工程の際に生じるRNA増幅反応の中断がなくなったと記載しているのであって,エチジウムブロマイドが核酸反応を妨害していないとは一切記載していない旨主張するが,上記主張は誤りである。
また,原告は,W論文は,オンラインの蛍光計を用いる場合であっても,増幅反応が終了した後に容器を開けて蛍光指示薬を添加し蛍光測定することが核酸増幅反応の分野の技術常識であることを記載している旨主張する。しかし,W論文(甲8)中の原告主張の記載部分は,いずれも,増幅反応後にエチジウムブロマイドを挿入することを意味するものではなく,原告の主張は,分子進化に関する研究内容及び連続的トランスファーに関する誤解から生じたものである。
(ウ) H論文に関する主張に対し a PCRとは,「(i)DNA二本鎖の解離,(ii)オリゴヌクレオチドとのアニーリング,(iii)DNAポリメラーゼによる相補鎖合成」の3反応の繰返し(通常20〜30回)から成る」ところ(乙7),(i)の段階(鋳型となる二本鎖DNA分子が高熱に曝されて解離する段階)及び(ii)の段階(その後の低温に移されてプライマーであるオリゴヌクレオチドとアニーリングさせる段階)では,二本鎖が存在しないため二本鎖に挿入されて蛍光を発するような蛍光指示薬も蛍光を発せず,(iii)の段階で,ポリメラーゼによる核酸の増幅が行われる温度条件に曝されて初めて二本鎖核酸の形成が開始され,二本鎖核酸量が増加を始めるのであるから,測定ポジションを,核酸の二本鎖が形成される反応ステーション((iii)の段階を行う反応ステーション)の上方に設定しておけば,PCRの間継続的にモニターしているのと同等の結果が得られることは,当業者にとっては当然のことである。
原告は,H論文(甲8)における「オンラインモニタリング」との記載は,PCR反応を複数のステーションで行っている間に,一部のサンプルを測定ポジションに移動し,測定ポジションにおいて蛍光指示薬を添加して蛍光測定を行うことを説明していると主張するが,甲8には「一部のサンプルのみを測定ポジションに移動する」などの記載はない。甲8では,全てのサンプルが移送ユニットにより各ステーション間を移動し,これにより温度循環がなされるのであり,当然核酸の二本鎖が形成される反応ステーションに移動し,ここに設けられた測定ポジションにより測定がなされ,増幅反応前に蛍光指示薬が添加されていることを前提とするものであるから,原告の上記主張は誤りである。
また,H論文(甲8)における「そのことにより増幅反応は妨害されない」との記載にいう「そのことにより」は「蛍光指示薬を用いてPCRの間測定すること」を指しており,上記記載部分は,蛍光指示薬を用いて測定しているそのサンプルそのものの増幅反応が妨害されないこと,すなわち測定中も増幅反応が妨害されることなく継続することを意味している。
b 次に,原告は,H論文(甲8)に,蛍光指示薬を添加するタイミングが記載されていないと主張するが,蛍光指示薬は本件発明の構成要件ではないのみならず,甲8の55頁21〜24行の記載から,増幅反応前,マルチウェル反応プレートを薄い箔を用いてシールする前に増幅反応混合物に対して蛍光指示薬を添加していることが明らかである。
c 原告は,甲23の著者が甲8の53〜55頁の著者と同一であったというだけの理由で甲23の内容が甲8の内容と同一であったかのような議論をしているが根拠がない。甲23では,主に960個もの多数のウェルを適切な温度に管理する方法に関して述べられているのに対し,甲8では,オンラインモニタリングによりリアルタイムでPCR反応を観察する方法について述べられており,甲23は甲8をより詳細に論じた論文ではなく,両論文の研究内容は異なるものである。
構成要件Aについて (ア) 甲8は,「PCRを行うことができる装置」と「蛍光計」とを組み合わせて,「核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ」る装置を開示している(55頁16行〜24行,訳文12頁16行〜23行)。そして,PCRとは複数の熱循環を伴う核酸増幅反応の一態様であり,甲8が開示する装置は,「複数の熱循環を伴う核酸増幅反応を,複数の熱循環を伴う核酸増幅反応の間,オンラインでモニタリングする」ことを特徴とする装置であるから,本件発明1の構成要件Aを備えている。
(イ)a 原告は,甲8には,核酸濃度の測定回数も,1回の測定時間も記載されていないと主張するが,本件特許発明に係る装置は,「複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置」(構成要件A)で,「複数の循環期間にわたって各光学シグナルの循環依存的変化を測定する」(構成要件D)装置であれば足り,各モニター又は各測定の具体的継続時間は本件特許発明の構成要素とはなっていない。甲8には,「核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ」と記載されており,PCRとは「複数の熱循環」を有する増幅反応で「1回の熱循環」しか有さない増幅反応は概念として含まれないから,上記記載は,必然的に,複数の熱循環にわたってその熱サイクルごとに増加する核酸からの光学的シグナルを,蛍光計を用いて測定することを意味している。
b また,原告は,甲20を引用して,PCRの実験を行う場合予想どおりに増幅反応が進まないことがあることは周知であると主張するが,甲8の装置は,反応チューブ内で生じている核酸の量の変化を蛍光指示薬を用いて実際に測定したことが重要であり,反応チューブ内でうまく増幅反応が進行する条件を甲8に記載したかどうかなどは,発明の本質とは無関係である。
構成要件Eについて 本件発明1の構成要件Eは,本件特許発明の目的を示している構成要件Aの「複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置」に対応した効果を示すもので,両者は表裏一体をなすものである。
したがって,構成要件Aにおいて述べたのと同様の理由により,甲8の発明は,構成要件Eを備えている。
実施可能性について (ア) 原告が引用する裁判例(東京高判平成3年10月1日)は,原告の指摘部分に引き続き,「本願発明は物の発明であるから,物としての同一性を判断するにあたって,これと対比される刊行物の記載には物の構成が開示されておれば十分とすべきであって,さらに進んで,その物を製造する具体的な方法(あるいは,そのような具体的な方法を得る手掛り)まで開示されている必要は必ずしもないというべきである。」と判示しているところ,本件発明1は,「装置」というまさに「物」の発明であるから,刊行物に「物の構成」が全て開示されていれば新規性を否定するには十分であり,本件特許の請求項に記載されていない蛍光指示薬は,物の発明である本件特許の構成要素ではなく,本件審決の判断に原告が主張するような誤りはない。
また,甲8の15頁に蛍光指示薬としてエチジウムブロマイドを使用したことが明確に記載されており,それ以外の蛍光指示薬については言及されていないから,当業者は甲8の53〜55頁記載の「蛍光指示薬」とは「エチジウムブロマイド」を意味すると理解すべきである。そして,核酸研究に従事する研究者であれば,甲8に「核酸濃度を蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されない」と記載されている以上,エチジウムブロマイドをはじめ当業者にとってなじみのある各種の蛍光指示薬を試してみるはずであり,甲8の発明の実現可能性を否定する根拠は存在しない。
(イ) また,原告は,W論文とH論文とを相互に関連して読むべきであるとする審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,甲8は一研究室の業績をまとめたものであり,両論文(甲8)は,特に「II.3.3 進化バイオテクノロジー」という一つのテーマの基に作成されたもので,W論文の末文に「連続的トランスファー機械により得られた経験は,進化実験を平行して行うことができる機械の構築をサポートする(例えばHによるレポート)。」(甲8の53頁6行〜9行,訳文9頁12行〜14行)と記載され,両論文は相互に有機的に関連していることが明らかである。
さらに,原告は,H論文中のPCRは,W論文のシリアルトランスファーとは全く異なる反応であるから,シリアルトランスファーで用いられる試薬がそのままPCRで用いることはできないと考えると主張するが,研究者がある事象で好ましい実験条件を見いだしたときに,それを他の似た事象に当てはめてみようとすることは,研究者としては極めて日常的なことであり,シリアルトランスファーとPCRとで温度条件が異なるとしても,単にそのことをもってシリアルトランスファーで用いられる試薬をそのままPCRで用いることはできないと考えることはありえない。
(3) 取消事由3に対し ア 本件発明3の構成要件Gは,装置を用いて得られたデータの用途を特定しているにすぎず,装置の用途を提供するものではない。
本件訂正後の請求項3において特定される装置自体の構成は,本件発明1の装置と何ら構成的に変わるところはない。
そして,甲8の装置と本件発明1の装置とはその具体的な構成が全く同一であるから,本件発明1の装置に何ら新たな機械的構成を追加することなく「増幅前に存在する標的核酸量の定量」が可能であるとすれば,甲8の装置も当然にそのような機能を有し,「増幅前に存在する標的核酸量の定量」に用いることができることになる。
また,PCR反応中にサイクル数に依存して核酸濃度が増加していくことを示すデータに基づいて,増幅反応混合物中に反応前に存在していた初期標的核酸量を定量する方法自体は,当該技術分野において公知であり(乙21,乙22),PCR反応がプラトーに達する点と初期核酸量とが関連することは,当該技術分野において技術常識であった(乙6)。
したがって,本件発明1の構成要件Gは,当業者にとって自明なものであり,何ら技術的に意味のあるものではなく,本件発明3に新規性はない。
イ 請求項3に対する訂正要件の具備について 仮に本件訂正後の請求項3について新規性が認められるとすれば,原告による本件訂正請求は,実質上特許請求の範囲拡張または変更となり,特許法126条3項に規定の訂正の要件を充足していないこととなる。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
本件特許は,前述のように,平成3年(1991年)5月2日を優先日(本件優先日)としてロシュ社が取得した「核酸増幅反応モニター装置」に関する特許であるが,本件審決は,本件特許と同一内容を記載した甲8(「REPORT ON EVOLUTION RESEARCH」)が本件優先日以前の1991年4月18日から20日に,ドイツ国ゲッテインゲン市でマックス・プランク研究所のL博士主催で開かれた国際会議(本件ワークショップ)で頒布されていたから,特許法29条1項3号にいう新規性を欠く発明に対して特許権を賦与したことになるので無効であるとしたものであり,これに対し原告は,配布の有無・頒布性の有無・発明の同一性の有無等を争うので,原告主張の取消事由(請求原因(4))について,順次判断する。
2 取消事由1(頒布刊行物該当性の判断の誤り)について (1) 事実認定 証拠(甲1ないし40,乙1ないし36(枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 甲8の作成時期 (ア) 甲8は,本文が70頁の英語で書かれた文書であり,表紙には,「REPORT ON EVOLUTION RESEARCH,DEPARTMENT OF BIOCHEMICAL KINETICS MAX-PLANCK-INSTITUT FUR BIOPHYSIKALISCHE CHEMIE GOTTINGEN 1990」との記載(訳文「進化の研究についてのレポート」マックス・プランク生物物理化学研究所生化学動態研究部 ゲッティンゲン 1990」)があり,その中央には,ハイポキューブ(正方形の各辺にn次元的に正方形が接続している図形)のイラストが配されている。
また,表紙の次頁にL博士による巻頭言(甲8の訳文1頁)があり,巻頭言には,「このリポートは,ゲッティンゲンのマックス・プランク生物物理化学研究所,生化学動態研究部での分子自立形成に関して行われた研究を記載する。
このリポートは,研究所メンバー全ての共同作業の産物である。」と記載され,巻頭言の末尾には,「ゲッティンゲン,1990年12月20日」との記載がある。
(イ) 1973年(昭和48年)から1994年(平成6年)までマックス・プランク研究所(生物物理化学研究所)の生化学動態研究部の一員であったM博士は,2004年(平成16年)12月7日,欧州特許庁における本件特許に対応する原告欧州特許(欧州特許第0872562号)の異議手続の証人尋問において,甲8は,1991年1月に開かれたマックス・プランク研究所の諮問委員会(Beirat)に進化バイオテクノロジーの計画を説明するために作成されたこと,諮問委員会は諸国の科学者から構成されているため,諮問委員会用の報告書は常に英語で作成される旨供述している(甲9の訳文2頁,10頁)。
(ウ) 上記認定事実によれば,甲8は,1991年(平成3年)1月までに作成されたことが認められる。
イ 甲8の作成目的 (ア) L博士,M博士,K博士(1965年(昭和40年)からマックス・プランク研究所のL博士の研究チームで研究者として勤務),Z博士(1989年(平成元年)春から1991年(平成3年)夏までL博士の上記研究チームで共同研究者として勤務)は,それぞれ,宣誓供述書(甲4,5,7,乙8)において,甲8は,生化学動態研究部のL博士の研究チームがL博士の指揮の下に行った研究の成果を記載した論文の集成であり,内部研究記録として作成され,内部用としてのみ使用された旨供述している。
また,M博士が,原告欧州特許の異議手続の証人尋問で,甲8がマックス・プランク研究所の諮問委員会用に作成された旨供述していることは,前記認定のとおりである。
(イ) 上記各供述によれば,甲8は,当初,マックス・プランク研究所の内部資料として作成されたことが認められる。
ウ 本件ワークショップの開催 (ア) 甲10には,次のような記載がある。
@ 表紙 甲10の表紙には,「REPORT ON THE INTERNATIONAL WORKSHOP SELECTION -NATURAL AND UNNATURAL- IN BIOTECHNOLOGY, HELD FROM APRIL 18 TO 20, 1991 AT THE MAX-PLANCK-INSTITUT FUR BIOPHYSIKALISCHE CHEMIE GOTTINGEN-GERMANY」との記載があり,「国際会議」(THE INTERNATIONAL WORKSHOP)が,1991年(平成3年)4月18日から20日までの間,ドイツ国ゲッティンゲン市のマックス・プランク研究所において開催された旨記載されている。また,甲10の表紙には,甲8の表紙に描かれているハイポキューブのイラスト(前記ア(ア))と同様のイラストが描かれている。
A まえがき L博士による「まえがき」(Foreword)には,以下のような記載がある。
「“Selection- Natural and Unnatural - in Biotechnology”という表題のもと,国際ワークショップが1991年4月19日および20日にゲッティンゲン/ドイツにおいて開催された。最新のトピックである“応用分子進化(Applied Molecular Evolution)”およびそのバイオテクノロジーにおける応用の展望について議論するため,ヨーロッパ各国および米国の約30人の科学者が,マックス・プランク生物物理化学研究所の同業者および製薬業界を代表する人々と一堂に会した。」,「国際レベルではこの種のものとしては初めての会議であり,大きな期待が持たれた。」,「この会議が組織されたのは,非常に急なことであった。招待状は,ついこの2月になってから発送した。」,「産業界からはBayer AG, BASF AG, Hoechst A G, およびHoffmann La Rocheという企業が追加の助成金を出してくれた。」,「ゲッティンゲン,1991年6月」(甲10の訳文1頁〜2頁)。
B 参加者リスト 甲10の31頁から38頁までに,招待された参加者のリスト(「LIST OF INVITED PARTICIPANTS」)という表題のもと,参加者の氏名及び所属が記載されており,L博士,M博士,K博士のほか,Z博士等マックス・プランク研究所の他のスタッフを含めた58名の参加者が記載されている。その中には,ヨーロッパ各国及びアメリカ合衆国内の大学・研究機関所属の研究者,ジャーナリスト,製薬会社に所属する者などが含まれており,本件特許の出願人であり,元の特許権者であるロシュ社に所属するU氏も参加者の一人である(甲10の本文36頁3段目)。
C 日程 甲10の39頁以下には,「PROGRAM OF THE MEETING」という表題のもと,1991年(平成3年)4月18日から同月20日までの会議の日程が記載されており,L博士が担当する時間の割当て等が示されている。
(イ) L博士,M博士及びK博士は,各宣誓供述書(甲4,5,7)において,ドイツ国ゲッテインゲン市のマックス・プランク研究所で1991年(平成3年)4月18日から同月20日まで,国際会議“Selection- Natural and Unnatural - in Biotechnology”(本件ワークショップ)が開催された旨供述している。
(ウ) 以上の認定事実によれば,1991年(平成3年)4月18日から同月20日までの間,ドイツ国ゲッティンゲン市のマックス・プランク研究所において,L博士が企画・主催した国際会議(本件ワークショップ)が開催されたこと,本件ワークショップには,主催者側と招待された者との合計58名が参加したことが認められる。
(2) 本件ワークショップにおける甲8の配布の有無 ア(ア) M博士は,原告欧州特許の異議手続の前記証人尋問において,甲8が,本件ワークショップの受付で,参加者全員に対し,プログラム,参加者リスト,名札とともに配布された旨,本件ワークショップは,必ずしもマックス・プランク研究所の共同研究者全員がその研究を発表するわけではなく,外部の人々による講演を聴くことができるためのものであった旨,甲8の研究内容は講演においてではなく冊子(Buchlein)の形で提供することが本件ワークショップの企画者であるL博士によって決定された旨供述している(甲9の訳文2頁,3頁,5頁ないし8頁)。
また,M博士は,宣誓供述書(甲7)において,甲8の表紙,序文,目次及び論文本文の1頁から70頁までが,本件ワークショップの参加者に配布された旨,本件ワークショップの期間中,主催者のスタッフによって,参加者の数に対応する部数の甲8が会議の机上に置かれ,参加者に対しその他の書類及び名札と共に手渡された旨供述している。
(イ) L博士の2000年(平成12年)12月20日付け宣誓供述書(甲5)及びK博士の宣誓供述書(甲4)には,甲8が本件ワークショップの期間中に,初めて一般に公開された旨の各供述がある。
甲4,5及び弁論の全趣旨によれば,上記各宣誓供述書は,L博士自身の欧州特許第0583265号(「新規生体高分子の製造方法」。以下「L特許」という。)に対する欧州特許庁における異議手続において,L特許の優先日(1991年(平成3年)4月16日)以前に甲8が公開されていたかどうかの争点に関して提出されたことが認められる。
(ウ) L博士は,別の供述書(甲6)において,甲8が,1991年(平成3年)4月18日から同月20日に開かれた本件ワークショップの参加者に配布された旨供述している。
さらに,L博士は,原告欧州特許の異議手続に提出する目的で作成された2004年(平成16年)9月19日付け宣誓供述書(乙26)において,甲8は,最初は内部研究記録として意図され,それに相応して内密に取り扱われたが,その後,L博士自身の特許出願がされたことにより守秘の理由が存在しなくなったため,L博士の指示で,本件ワークショップの最初に招待者リストに挙げた参加者に配布された旨供述している。
(エ) 前記(1)の認定事実と上記(ア)ないし(ウ)を総合すれば,甲8は,1991年(平成3年)4月18日から同月20日にドイツ国ゲッテインゲン市のマックス・プランク研究所で開催された本件ワークショップにおいて,各参加者に配布されたものと認められる。
イ これに対し原告は,本件ワークショップにおいて甲8が配布された事実を争うので,以下,原告の主張について検討する。
(ア)a 原告は,L博士及びK博士の宣誓供述書(甲4,5)において,「zuganglich」という言葉が用いられているが,この言葉は,口頭での伝達も含むものであるから,これらの供述は甲8が配布されたことの根拠にはならない旨主張する。
しかし,上記各宣誓供述書には,甲8(の抜粋)が添付されており,両博士はそれについて述べているのであるから,甲8が配布されたと解するのが自然である。したがって,原告の主張を採用することはできない。
b また原告は,本件ワークショップにおいて甲8が配布された旨のL博士の供述によっても,甲8の具体的配布状況が明らかになっていないため,上記供述は信用することができない旨指摘する。
しかし,@前記ア(ウ)のとおり,L博士は,2004年(平成16年)9月19日付け宣誓供述書(乙26)において,甲8は,最初は内部研究記録として内密に取り扱われたが,その後,L博士自身の特許出願がされたことにより守秘の理由が存在しなくなったため,L博士の指示で,本件ワークショップの最初に参加者に配布された旨供述し,更に供述書(甲6)においても,甲8が本件ワークショップで参加者に配布されたことを明確に供述していること(なお,上記供述書(甲6)は,その上端に示されたファクシミリ送信記録から,2003年(平成15年)7月1日ころに,クライスラー特許事務所(DOMPATENT VON KREISLER KOELN)から送信されたものであり,送信された基の文書は,それ以前に同事務所とL博士との間で作成されたものと考えられる。),A前記ア(イ),(ウ)によれば,L博士の上記宣誓供述書(乙26)で指摘するL博士自身の特許は,L特許(欧州特許第0583265号)であり,その優先日が1991年(平成3年)4月16日であることが認められ,上記優先日は本件ワークショップの開催日(1991年(平成3年)4月18日から同月20日)より前の日付けであり,本件ワークショップで甲8を配布してもL特許の新規性等に抵触することにならないから,L博士が,当初内密に取り扱われていた甲8を本件ワークショップで配布することを指示するに至った経緯に不自然な点はみられないことに照らすと,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 次に原告は,原告欧州特許の異議手続の証人尋問におけるM博士の供述(甲9)について,同博士が本件ワークショップにおいて配布された文書に図があることを前提とした供述をしているが,実際には甲8には,図が存在しないこと,本件ワークショップにおける甲8の配布状況について供述の変遷がみられること,同博士の上記供述にはL博士の供述と矛盾する部分があること,M博士の記憶と相反するO博士等の供述があること等を指摘して,M博士の上記供述の信用性に疑問がある旨主張する。
a しかし,原告欧州特許の異議手続の証人尋問におけるM博士の供述(甲9)は,甲8の配布の点において具体的かつ明確であり,その供述態度において特段不自然な点は認められず,また,部分的に記憶の誤り等があるとしても,本件ワークショップがM博士の証言時(2004年(平成16年)12月7日)の13年以上前に開催された点を考慮すれば,それによって,甲8の配布に関する同博士の供述の信用性を否定するということはできない。
b また,O博士の2000年(平成12年)12月19日付け宣誓供述書(甲13)には,同博士は,マックス・プランク研究所でL博士の協力者として働いていたが,甲8はL博士の部門の内部書類として作成され,その作成の前後において,L博士から,甲8そのもの又はその書類中の情報を第三者(特にI博士又は同博士の協力者)が入手できるようにしてはならないと厳しく指示されていた旨,甲8が外部の人物に利用可能にされたことを知らない旨の供述があり,P博士の2000年(平成12年)12月18日付け宣誓供述書(甲14)及びZ博士の同年12月20日付け宣誓供述書(乙8)にも,これと同旨の供述がある。
しかし,上記各宣誓供述書(甲13,14,乙8)は,L特許に対する欧州特許庁における異議手続において,その優先日(1991年(平成3年)4月16日)以前に甲8が公開されていたかどうかの争点に関して提出されたものであり(甲13,14,乙8,弁論の全趣旨),上記優先日までの甲8の取扱いに主眼が置かれ,本件ワークショップとの関連は念頭に置かれていないと解する余地がある。
そして,P博士は本件ワークショップの参加者リスト(甲10の31頁〜38頁)に掲載されておらず,本件ワークショップに参加していたことを認めるに足りる証拠はない。もっとも,O博士の氏名は,上記参加者リストに掲載されており,O博士の2005年(平成17年)9月7日付け宣誓供述書(甲29)には,同博士は,本件ワークショップのために,講堂の正面のロビーに展示された2つのポスターを準備し,本件ワークショップの多くの講演に出席したが,甲8が本件ワークショップの出席者又は他の外部の者に利用可能にされたことはないと記憶している旨の供述があるものの,O博士は,上記参加者リストに個別に氏名,所属等が掲載されている者とは異なり,マックス・プランク研究所所属のスタッフとして末尾に一括して記載されているにすぎないし,本件ワークショップの企画全体に具体的にどの程度関与していたのか明確ではない。また,Z博士の2005年(平成17年)10月11日付け宣誓供述書(甲40)には,同博士は,本件ワークショップの際に,甲8を秘密に保持するようにとのL博士の指示が変更されたことは知らない旨,L博士の指示に従って,甲8が本件ワークショップの出席者又は他の外部の者に利用可能にされた記憶はない旨の供述があるが,Z博士も上記参加者リストに個別に氏名,所属等が掲載されている者とは異なり,O博士と同様,マックス・プランク研究所所属のスタッフとして末尾に一括して記載されているにすぎず,本件ワークショップの企画全体に具体的にどの程度関与していたのか明確ではない。
以上の諸点に照らすと,O博士,P博士及びZ博士の上記各宣誓供述書(甲13,14,29,40,乙8)は,M博士の前記供述の信用性に疑問を生じさせるものであるとはいえない。
(ウ) 次に,本件ワークショップに参加したR氏(甲25),S氏(甲26),T博士(甲27),U博士(甲28),V博士(甲30),W博士(甲31),X氏(甲32)及びY博士(甲34)の各宣誓供述書中には,@甲8は,本件ワークショップにおいて利用可能にされず,参加者に配布されなかったと信じる旨(甲25),A甲8のコピーを本件ワークショップ又はそれ以外の時において受け取った記憶がない旨(甲26),B本件ワークショップにおいて甲8のコピーを絶対に受け取っておらず,私の知る限りでは,甲8は,本件ワークショップで頒布されていない旨(甲27),C甲8が本件ワークショップで渡されたとは記憶していない旨(甲28),D甲8が,本件ワークショップの出席者に利用可能にされたという記憶を有さないし,その出席者に利用可能にされたとは思わない旨(甲30),E甲8が,本件ワークショップの出席者に利用可能になったとも配布されたとも記憶していない旨(甲31),F甲8が本件ワークショップにおいて配布されたという記憶を有しない旨(甲32),G甲8が本件ワークショップの参加者に利用可能にされたかは覚えていない旨(甲34)の供述がある。
しかし,上記各供述は,上記Bを除き,本件ワークショップにおける甲8の配布の有無について明確な表現を用いていないこと,上記Bには,甲8を絶対に受け取っていないと断言する根拠等について述べられていないこと,上記各宣誓供述書は,それぞれ2005年(平成17年)2月から同年9月にかけて作成されたものであり,その作成までに,本件ワークショップの開催日(1991年(平成3年)4月18日から同月20日)から約14年経過していることに照らすと,上記各供述は,本件ワークショップにおいて甲8が配布された旨のL博士及びM博士の前記各供述の信用性を左右するものではない。
(エ) さらに,原告は,本件ワークショップの発表の要旨をまとめた冊子である甲10に,甲8について触れた記載が一切ない旨,マックス・プランク研究所附属図書館やドイツ国内の主要な図書館に甲8が所蔵されていない旨,甲8の原本が提出されていない旨主張するが,原告主張の事実があるからといって,本件ワークショップにおける甲8の配布が否定されるということはできない。
(オ) また,原告は,L博士の秘書であるQ氏が,L博士の指示に基づいて,甲8のコピーの提供を拒否していること(甲16,33)は,本件ワークショップにおいて甲8が公開されたことと相反する旨主張する。
証拠(甲15,16,33)及び弁論の全趣旨によれば,L博士の秘書であるQ氏は,V弁理士からL博士に対する甲8のコピー提供の依頼に対し,L博士の指示により,甲8は,「マックス・プランク研究所の内部報告書であり,この形式では公開されていないことをお知らせ致します。」と2000年9月5日付けで回答(甲16)し,上記依頼に応じなかったことが認められる。
しかし,Q氏の上記回答は,甲8のコピーを作成して外部の者に配布するという形式での公開はしていないことを意味するにとどまり,本件ワークショップにおいて甲8が配布されたことと矛盾するということはできない。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
(カ) 以上によれば,原告が指摘する諸点は,本件ワークショップにおいて甲8が配布されたとの前記認定を覆すに足りない。
(3) 頒布刊行物該当性について ア 前記認定のとおり,甲8は,当初は,マックス・プランク研究所における内部資料として作成されたものであるが,1991年(平成3年)4月18日から同月20日までの間に開催された本件ワークショップにおいて,58名の参加者に配布されたものである。
そして,本件ワークショップの参加者は,招待された者であり,希望する者が自由に出席できる会議であったわけではないが,ヨーロッパ各国及びアメリカ合衆国内の大学・研究機関所属の研究者,ジャーナリスト,製薬会社に所属する者で構成された国際会議の実質を有しており,しかも,本件ワークショップの企画者・主催者であるL博士が,前述したL特許(優先日1991年(平成3年)4月16日)との関係で甲8の非開示厳守を指示した際に特に氏名を挙げたI博士(甲9)のほか乙40の本文34頁末尾),本件特許の出願人であり,元の特許権者であるロシュ社に所属するU氏も(甲10の本文36頁3段目),その中に含まれていたのである。
加えて,本件ワークショップにおいて前記のように配布された甲8は,当初は内部資料として作成されたものの,本件ワークショップの主催者であるL博士が,自らの特許であるL特許につき1991年(平成3年)4月16日に優先日を確保したことから,甲8を秘密にしておく必要性がなくなったと判断し,L博士の指示により,本件ワークショップにおける討論の質を上げるため,各参加者に守秘義務を課すことなく配布されたものであり(乙26,弁論の全趣旨),これを受領した被配布者も,甲8を含む資料の利用は自由であると受けとめた(甲9)のである。
イ ところで,特許法29条1項3号にいう「頒布された刊行物」とは,公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体であって,頒布されたものを指すと解される(最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁,同昭和61年7月17日第一小法廷判決・民集40巻5号961頁参照)ところ,小冊子である甲8は,前記アのとおり,ドイツ国ゲッテインゲン市で開催された国際会議の実質を有する本件ワークショップにおいて,生物物理化学を専攻する欧州又は米国の学者・研究者・ジャーナリスト・製薬会社担当者等の58名の出席者(その中には本件特許の出願人ないし元特許権者であるロシュ社の担当者も含まれている。)に対し,何らの守秘義務を課すことなく配布され,これを受領した者もその利用は自由であると受けとめていたというのであるから,甲8は,前記配布により,特許法29条1項3号にいう「外国において頒布された刊行物」に該当するに至ったと認めるのが相当である。
ウ 以上によれば,甲8は,本件発明1,3の優先日(本件優先日)である平成3年5月2日前に外国において頒布された刊行物であると認めるのが相当である。
(4) したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(本件発明1の新規性についての判断の誤り)について (1) 甲8の記載内容 ア 甲8中の「II.3.4 大規模な平行進化の実験 H」の項(H論文)には,次のような記載があることが認められる。
@「進化装置の主要な特徴は: -実験の各ステップのための複数ステーション; -ステーション間でサンプルキャリアを移動させるための移送ユニット; -2つの独立したピペッティングロボットを含む液体供給システム(液体に接触するパーツは,交差夾雑を防止するため,使い捨てである); -交差夾雑を最小限にするために,中身が入ったマルチウェル反応プレートをシールするための収縮包装材; -実験後にさらに解析するために反応用液を保存するための凍結保存装置; -マルチチャンネル蛍光計により実験中に核酸濃度を測定するための測定ポジション; -急激な温度変化を行うための,いくつかのサーモスタット装置; -VMEデータバスに基づいてマスターコンピュータを介する,プロセスコントロールとリアルタイムデータ処理; -ステーションに付属するコンピュータの相互作用的駆動; である。」(54頁18行〜33行,訳文11頁6行〜20行)。
A「マルチチャンネル蛍光計の小規模テスト版は,Z博士により構築されたものであり,そしてスケールアップされるだろう。」(54頁34行〜35行,訳文11頁21行〜22行)。
B「全てのサーモスタット付きステーションは,高い熱容量を有する大きなアルミニウムブロックから構築される。それらは,加熱装置または冷却装置を備える。サンプルキャリアは,アルミニウムからできているが,しかし銀の熱伝導性の方がより高いため,銀に置換したものも計画されている。サンプルキャリアは,薄い(4μm)プラスチックでできた使い捨てマルチウェル反応チャンバーを支持する。薄い箔で中身が入ったマルチ反応ウェルチャンバーをシールすることにより,交差夾雑を防止する。この箔は非常に光透過性が高く,核酸の増加をマルチチャンネル蛍光計により観察することができる。サンプルキャリアは,アルミニウムブロックに一体的に組み込まれたバキュームシステムにより,アルミニウムブロック上に引きつけられる。したがって,急速な温度変化が行われるときに低い熱抵抗が保証される。アルミニウムブロックの温度は,大きな熱容量を有するため,ほとんど変化しない。この技術は,高速ポリメラーゼ連鎖反応を行うために構築されたプロトタイプではすでにうまく使用されている。」(54頁38行〜55頁10行,訳文11頁末行〜12頁11行)。
C「急速な温度変化をできるようにするこの進化装置は,複数の核酸増幅反応(PCR)(Mullis et al.,1987)を同時に行うことができるように容易に改造することができる。他のPCR装置とは対照的に,この装置では,全てのウエルにおける温度経過が一定になることが保証され,そして大幅で急速な温度変化が可能とされる:50℃を超える温度の急激な変化を数秒以内で行うことができる。さらに,蛍光計により,核酸増幅のオンラインモニタリングが可能になる。OおよびZにより行われた予備的実験では,核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されない,ということが示された。マルチチャンネル蛍光計は,PCRによる特異的な核酸の存在を検出しあるいはその特異的な核酸の濃度を測定するために必要とされる努力を大幅に減少させるだろう。」(55頁16行〜26行,訳文12頁16行〜末行)。
イ また,甲8中の「II.3.5 マルチチャンネル蛍光計 Z」(MULTICHANNEL FLURORIMETER,Z)の項(以下「Z論文」という。)には,「蛍光は,・・・高出力Ar+-レーザ-により励起される。励起光は,光ファイバーにより全てのサンプルに導かれる。」(56頁4行〜5行,訳文13頁14行〜末行),「蛍光放射は,独立した複数のファイバー(ウェーブガイド)により集められる。検出器部位では,それらファイバーは一緒にまとめられて,規則的なパターンが得られる。ペルティエ冷却型CCDカメラは,ファイバー末端から出射する光強度を測定する。」(56頁13行〜15行,訳文13頁22行〜末行)との記載がある。
ウ さらに,甲8中の「II.3.3 IN VITROでの進化実験の制御と自動化 W」(CONTROLLED AND AUTOMATED EVOLUTION EXPERIMENTS IN VITRO,W)の項(W論文)には,には,「この機械において,RNA増加を,1チャンネルの高感度グラスファイバー蛍光計を使用してオンラインでモニターする(例えばZによるリポート)。蛍光計は特に,少量サンプル中の蛍光を,溶液にふれることなく測定し,したがって交差夾雑を回避するように構築した。RNA濃度の測定は,エチジウムブロマイドが核酸の二本鎖領域中に挿入された後における,エチジウムブロマイドの蛍光増強に基づく。」(52頁21〜26行,訳文8頁13〜17行),「連続的トランスファー機械により得られた経験は,進化実験を平行して行うことができる機械の構築をサポートする(例えばHによるリポート)。」(53頁6〜8行,訳文9頁12〜14行)との記載がある。
エ 甲8は,「I.Intoroduction」,「II.Individual reports」で構成され,「II.Individual reports」は,「II.1.Evolutionary theory」,「II.2.Evolution experiments」,「II.3.Evolution biotechnology」,「II.4.References」のセクションに区分されている。H論文,Z論文及びW論文は,いずれも「II.3.Evolution biotechnology」(「II.3.進化バイオテクノロジー」)のセクション中の一部分を構成するものである。
(2) 構成要件Dについて ア 前記(1)アの認定事実によれば,甲8のH論文には,進化装置が,交差夾雑を最小限にするために,中身が入ったマルチウェル反応プレートをシールするための収縮包装材を含んでいること(前記(1)ア@),この収縮包装材は薄い箔であって非常に光透過性が高く,核酸の増加をマルチチャンネル蛍光計により観察することができること(同B),蛍光計により,核酸増幅のオンラインモニタリングが可能となること,予備的実験では,核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されなかったこと(同C)が記載されている。
これらの記載を総合すると,甲8の装置においては,交差夾雑を最小限にするために,核酸増幅反応混合物の入ったマルチウェル反応プレートが収縮包装材でシールされているが,この収縮包装材は光透過性の高い薄い箔であることから,核酸増幅反応混合物の入ったマルチウェル反応プレートをシールしたまま,マルチチャンネル蛍光計によって,核酸増幅のオンラインモニタリングをすることができ,PCRの間核酸濃度を測定することが可能となることが認められる。
したがって,甲8には,本件発明1の「光学系は,1又は複数の核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定するために作用しうる検出器を有し」(構成要件D)が記載されているものと認められる。
イ これに対し原告は,本件発明1の構成要件Dについて,@甲8中の「II.3.3 IN VITROでの進化実験の制御と自動化 W」の項(W論文)には,オンラインの蛍光計を用いる場合であっても,シリアルトランスファープロセスにおける増幅反応が終了した後に容器を開けて蛍光指示薬を添加して蛍光測定することが核酸増幅反応の分野の技術常識であるとの記載がある,AH論文には,甲8の進化装置の測定ポジションは一つであり,蛍光計は一つの測定ポジションに接続されているから,この進化装置でPCRを行う場合には,複数のステーションの間で移送ユニットによりサンプルキャリアを移動させながら,PCRの各ステップの反応が行われ,そして,一部のサンプルが液体供給システムにより測定ポジションに移され,反応ステーションで残りのサンプルの反応を進めると同時に,測定ポジションにおいて蛍光測定を行うことができるのであり,また,PCR反応終了後蛍光測定を行う前に蛍光指示薬を添加することが技術常識であったから,H論文を読んだ当業者は,反応ステーションでの反応が終わった後,測定ポジションで測定される前に蛍光指示薬が添加されること,及び蛍光指示薬の添加の後に光透過性の高いシールを用いてオンラインで蛍光測定すれば,測定器が溶液に触れることによる交差夾雑を防げることを当然に理解する,B甲8の内容をさらに詳細な論文とした甲23には,容器をシールした後そのシールを開けて測定することのみが記載されており,試験管中の進化を直接的にモニターする方法は実験中であると記載されているから,甲8においてもシールを開けて測定することが記載されていると当然に解釈されるべきであり,甲8に構成要件Dは開示されていないと主張する。しかし,次に述べるとおり,原告の上記主張は採用することができない。
(ア) 原告の主張@について a 確かに,W論文(甲8)には,原告が指摘するように,「一定のRNA濃度まで達した後,約1012RNA分子を含有する部分試料を,新鮮な複製用混合物に移す。古くなった混合物は,後の実験解析のために保存しておき,」(52頁6行〜9行,訳文8頁1行〜3行),「新規な環境に対する適応の後に,保存したトランスファー混合物を解析することができる」(52頁14行〜15行,訳文8頁7行〜8行),「この機械において,RNA増加を,1チャンネルの高感度グラスファイバー蛍光計を使用してオンラインでモニターする。・・・蛍光計は特に,少量サンプル中の蛍光を,溶液にふれることなく測定し,したがって交差夾雑を回避するように構築した。RNA濃度の測定は,エチジウムブロマイドが核酸の二本鎖領域中に挿入された後における,エチジウムブロマイドの蛍光増強に基づく。」(52頁21行〜26行,訳文8頁13行〜17行)などと記載されている。
しかし,この論文はシリアルトランスファー(RNA増幅反応生成物を次の容器に移動(トランスファー)して,新鮮な複製用混合物と混合してRNA増幅反応を再開させるサイクルを連続的(シリアル)に繰り返すプロセス)について記載したものである以上,「一定のRNA濃度まで達した後,RNA分子を含有する部分試料を,新鮮な複製用混合物に移す」ために,一旦容器を開ける必要があることは当然であるところ,その際に蛍光指示薬を添加するとは記載されていないし,増幅反応終了後に蛍光指示薬を添加して蛍光を測定するとも記載されていない。
むしろ,W論文には,「RNA増加を,1チャンネルの高感度グラスファイバー蛍光計を使用してオンラインでモニターする」と記載されていることによれば,増幅反応当初から蛍光指示薬を添加しておいてRNA増加をオンラインでモニターすると理解するのが相当である。
b したがって,W論文が,オンラインの蛍光計を用いる場合であっても,増幅反応が終了した後に容器を開けて蛍光指示薬を添加して蛍光測定することが核酸増幅反応の分野の技術常識であることを示しているとの原告の主張@は採用することができない。
(イ) 原告の主張Aについて a H論文には,前記(1)ア@のとおり,「マルチチャンネル蛍光計により実験中に核酸濃度を測定するための測定ポジション」(原文は,"a measurement position to measure nucleic acid concentrations during the experiment by a multichannnel fluorimeter(cf. reported by Z")と記載されていることから,甲8の装置には,一つのマルチチャンネル蛍光計によって実験中の核酸濃度を測定する測定ポジションが一つしかないことが認められる。
しかし,H論文の中で引用されているZ論文には(前記(1)アAのとおり,H論文には「マルチチャンネル蛍光計の小規模テスト版は,Zにより構築されたものであり」との記載がある。),マルチチャンネル蛍光計に関して,蛍光放射は,独立した複数のファイバー(ウェーブガイド)により集められ,検出器部位では,それらファイバーは一緒にまとめられて,ペルティエ冷却型CCDカメラによって,ファイバー末端から出射する光強度を測定すること(前記(1)イ)が記載されている。
そして,H論文には,サンプルが液体供給システムによりステーションから測定ポジションに移動することを示す記載は認められない。
そうすると,H論文における一つの測定ポジションにおいては,反応ステーション上のすべての反応サンプルからの蛍光放射が複数のファイバーに集められ,CCDカメラによって一度に蛍光測定されると解するのが相当であり,測定ポジションが一つしかないからといって,「一部のサンプルが液体供給システムにより測定ポジションに移され,反応ステーションでは残りのサンプルの反応を進めると同時に,測定ポジションにおいて蛍光測定を行うことができる」というように解釈をすべき理由はない。
b さらに,H論文には,蛍光計により,核酸増幅のオンラインモニタリングが可能となること,予備的実験では,核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されなかったことが記載されているのであるから,原告主張Aのような技術常識があったとしても,H論文を読んだ当業者(その発明の属する分野における通常の知識を有する者)が,反応ステーションでの反応が終わった後,測定ポジションで測定される前に蛍光指示薬が添加され,その後に光透過性の高いシールを用いてオンラインで蛍光測定すると理解するものとは認められない。
したがって,原告の主張Aは採用することができない。
(ウ) 原告の主張Bについて 甲23の要約には「インビトロにおける進化的最適化による機能性高分子を作るための改良された戦略として,筆者らは,960サンプルまでを平行して処理することができる自動化機械を提案する。この機械は,特殊な密封されたプラスチックの反応容器および適切な取り扱い装置を有する960ウェルのPCR機械からなる。」(652頁左欄Abstract1行〜8行,訳文1頁)との記載があり,この記載に照らすと,甲23は,「960サンプルまでを平行して処理することができる自動化機械」の提供を主題とした論文であると解され,甲8の内容をさらに詳細に記述した論文であるものと認めることはできない。
また,甲23において「進行中である」とされる「試験管内の核酸分子の進化を直接的に追跡する蛍光染料を使用することによってモニターされる実験」とは,「我々のシステム」すなわち,甲23によって提案された「960サンプルまでを平行して処理できる自動化機械」が「蛍光測定を反応容器中で直接行うのに適している」ことを確認するために行った実験を意味すると解され,この自動化機械を使用しない同様の実験が甲23の論文投稿以前に行われていなかったことまでをも意味するものと認めることはできない。
したがって,原告の主張Bも採用することができない。
(3) 構成要件A及びEについて ア 前記(1)アCによれば,甲8中のH論文には,進化装置を改造することにより,複数の核酸増幅反応(PCR)を同時に行うことができること,蛍光計により,核酸増幅のオンラインモニタリングが可能になること,予備的実験により,核酸濃度を蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されないということが示されたことが記載されている。
そして,@乙7によれば,PCRとは,DNA鎖の特定部位のみを繰返し複製する反応であって,1)DNA二本鎖の解離,2)オリゴヌクレオチドとのアニーリング,3)DNAポリメラーゼによる相補鎖合成,の3反応の繰り返しからなるものであることが認められること,A乙6には,「PCR法は,DNAサンプルをオリゴヌクレオチドプライマー,デオキシヌクレオシド三リン酸および耐熱性のTaqDNAポリメラーゼと適切な緩衝液の中で混合し,次に必要な量が増幅されるまで単にその混合液の加温と冷却を数時間繰り返し行うという方法である。」(11頁)と記載されていることからすれば,PCRは「複数の熱循環」を伴う「核酸増幅反応」であるものと認められる。
イ 以上の認定事実によれば,甲8には,複数の熱循環を伴う核酸増幅反応であるPCRの間,核酸増幅のオンラインモニタリングを行う装置が記載されていると認められるから,本件発明1にいう「複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置」(構成要件A)が記載されているものと認められる。
そうすると,甲8には,複数の熱循環を伴う核酸増幅反応であるPCRの間,蛍光指示薬を用いて核酸増幅のオンラインモニタリングを行うことが記載されているものと認められるから,複数の熱循環を伴うPCRの間蛍光指示薬からの光学シグナルの変化を測定すれば,必然的に複数の循環期間にわたる光学シグナルの循環依存的変化を測定することになり,甲8には本件発明1にいう「複数の循環期間にわたって各光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能である」(構成要件E)ことについても記載されているものと認められる。
ウ これに対し原告は,構成要件A及びEについて,PCRは予想どおりに反応が進まないことが多いというのが技術常識であったから,当業者は,甲8のH論文に記載された蛍光測定とは実験が予想どおりに進み始めたことを確認するために行われるものと理解し,PCR中に1回蛍光測定を行って順調に予定した増幅が起きていることを確認すれば足りると理解するなどとして,甲8に構成要件A及びEは開示されていない旨主張する。
しかし,先に説示したとおり,甲8には,蛍光計により,核酸増幅のオンラインモニタリングが可能になること,予備的実験により,核酸濃度を蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されないということが示されたことが記載されているのであり,これらの記載は,複数の熱循環を伴う核酸増幅反応であるPCRの間,継続的に蛍光指示薬からの光シグナルの変化を測定することにより,核酸増幅のオンラインモニタリングを行ったことを意味すると解するのが相当である。
そうすると,原告の主張するような技術常識があったとしても,甲8の蛍光測定が,PCR中に1回だけ行って増幅が起きていることを確認するためのものであると解することはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 甲8記載の発明の実施可能性について ア 原告は,甲8には増幅反応混合物を閉じたまま蛍光測定を行うために必要な蛍光指示薬についての具体的な開示がなく,反応容器を閉じたまま核酸増幅反応をモニターするための蛍光指示薬は知られていなかったのであるから,当業者は,反応容器を閉じたまま蛍光測定を行うことができなかったと主張する。
しかしながら,前記1(1)ウのとおり,W論文には,「連続的トランスファー機械により得られた経験は,進化実験を平行して行うことができる機械の構築をサポートする(例えばHによるリポート)。」との記載があり,このようにW論文により得られた経験がH論文における機械の構築をサポートすることが明記されている以上,両論文が相互に関連づけて読まれるべきものであることは明らかであり(前記1(1)エのとおり,H論文,Z論文及びW論文は,いずれも「II.3.進化バイオテクノロジー」のセクション中の一部分を構成するものである。),H論文において核酸増幅のオンラインモニタリングを可能とする蛍光指示薬の種類が具体的に記載されていなくとも,当業者はW論文で使用された,RNAの増加をオンラインでモニターを可能とする「エチジウムブロマイド」を使用すればよいことを当然に理解することができるものと認められる。
イ 次に,原告は,エチジウムブロマイドが核酸の増幅反応を阻害することが周知であった旨主張するが,甲8のH論文自体に,「予備的実験では,核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されない,ということが示された」(前記(1)アC)と明記されているのであるから,原告の主張する周知事項が存在したとしても,当業者が上記のような理解をする妨げとなるものではない。
ウ また,原告は,W論文がエチジウムブロマイドが増幅反応を妨害しないことを記載しているとの審決の認定について,W論文は自動化装置によって移動工程の際のRNA増幅反応の中断がなくなったことを記載しているのであり,エチジウムブロマイドが核酸反応を妨害しないとは記載していない旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,H論文自体に,「予備的実験では,核酸濃度を,蛍光指示薬を用いてPCRの間測定することができ,そのことにより増幅反応は妨害されない,ということが示された」(前記(1)アC)と明記されているのであるから,W論文にエチジウムブロマイドが核酸反応を妨害しないことが記載されているか否かは,甲8の実施可能性を左右するものではない。
エ さらに,原告は,W論文とH論文とが相互に関連して読まれるべきものであるとの審決の認定について,H論文中のPCRは,90℃以上の高温を含む熱サイクルを用いて行われる反応であり,熱サイクルを伴わないおよそ30℃の一定温度で行われるW論文のシリアルトランスファーとは全く異なる反応であるから,シリアルトランスファーで用いられる試薬がそのままPCRで用いることはできないと考えるのが当然である旨主張する。
しかしながら,先に説示したとおり,W論文により得られた経験がH論文における機械の構築をサポートすることが明記されている以上,両者が相互に関連づけて読まれるべきものであることは明らかであり,このような明確な記載があるにもかかわらず,反応温度が異なるというだけの理由で,W論文に記載された試薬がH論文の機械に適用できないとすることはできない。
(5) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(本件発明3の新規性についての判断の誤り)について (1)ア 甲8に,本件発明3(本件訂正後の請求項3)の構成要件A,D,E(本件発明1と同じ)が記載されていることは,先に説示したとおりであり,また,甲8及び弁論の全趣旨によれば,甲8に構成要件B,C(本件発明1と同じ)が記載されていることが認められる。
そして,前記3(1)アCによれば,甲8には,改造された装置は複数の核酸増幅反応(PCR)を同時に行うことができるものであることが記載されていることが認められるから,本件発明3の「複数の核酸増幅反応混合物を収容するようにされた」(構成要件F)が記載されているものと認められる。
イ 次に,本件訂正後の請求項3(本件発明3)は,その記載上,「増幅前に存在する標的核酸量の定量のために使用される」(構成要件G)特有の「装置の構成」を有するものと認めることはできない。
また,本件発明3の構成要件Gは,装置の用途を示すものではなく,単に,「光学シグナルの循環依存的変化」を測定することにより得られたデータの使用目的を規定したものにすぎないと解するのが相当である。
そして,請求項3が請求項1を引用して記載されていることによれば,本件発明3に係る装置の用途が,本件発明1と同様に,「複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターする」ことにあるものと認められる。
ウ そうすると,本件発明3の装置は甲8の装置と,構成要件AないしFの全てを備える点で一致しており,構成要件Gが加えられても,装置としての同一性は何ら変わるものではないから,甲8には,本件発明3の構成要件が全て開示されているものと認められる。
(2) これに対し原告は,特許庁の審査基準(甲12)は,特定の用途に特に適した物については用途限定により新規性が認められる旨を説明しているところ,構成要件Gは本件発明3の装置の用途を限定するものであり,本件発明3は,核酸反応混合物に光学的に連係される光学系及び反応容器を閉じたまま測定を行う検出器という構成を有することにより,増幅前に存在する標的核酸量の定量を容易かつ迅速に行うことが可能となるものであるから,本件発明3はこのような定量に用いるのに「特に適した物」に該当し,当然に用途限定により新規性が認められるべきである旨と主張する。
しかし,原告が指摘する審査基準は,ある物をその用途によって特定しようとする明示の記載(用途限定)がある発明について,用途の限定があることによって,その用途のための特有の構造を有するという点で用途限定のない引用発明と相違すると解される場合には,新規性が否定されないことを示したものと解される。
そして,前記(1)イのとおり,本件発明3において「増幅前に存在する標的核酸量の定量のために使用される」(構成要件G)は,装置の用途を示すものではなく,単に,「光学シグナルの循環依存的変化」を測定することにより得られたデータの使用目的を規定したものにすぎないと解するのが相当であって,構成要件Gがあることによって甲8に記載された装置と相違すると解することはできない。
のみならず,本件発明3が,核酸反応混合物に光学的に連係される光学系及び反応容器を閉じたまま測定を行う検出器という構成を有することにより,増幅前に存在する標的核酸量の定量を容易かつ迅速に行うことが可能となるものであるという原告の主張に従えば,「増幅前に存在する標的核酸量を定量する」(構成要件G)ための特有の構造とは,構成要件C及びDに記載された光学系及び検出器と解されるところ,甲8に構成要件C,Dが記載されていることは前記認定のとおりであるから,本件発明3は,構成要件Gのための特有の構造を有する点で甲8記載の装置と相違すると解することはできない。
したがって,原告の上記主張は使用することができない。
(3) そうすると,原告主張の取消事由3も理由がない。
5 結論 以上によれば,本件審決の認定判断は正当として是認することができ,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二
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