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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  クレーム /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  一部の訂正 /  一事不再理 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10366号 審決取消請求事件
原告富 田製薬株式会社
訴訟代理人弁護士岩坪哲
訴訟代理人弁理士三枝英二
同 藤井淳
被告特許庁長官 中嶋誠
指定代理 人横尾俊一
同 塚中哲雄
同 唐木以 知良
同 内山進
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/12/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が訂正2006-39002号事件について平成18年7月12日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告がその有する後記特許につき,明細書の訂正を求める訂正審判請求をしたところ,特許庁が「本件審判の請求は,成り立たない 」との審決。
をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
なお,本件特許の請求項7ないし10に対し訴外ニプロ株式会社から特許無効審判請求が提起され,特許庁は平成17年9月8日これを無効とする審決(第2次審決)をしたが,これに対する審決取消訴訟が提起され同訴訟は最高裁判所に係属中である。
第3当事者の主張1請求の原因(1)特許庁等における手続の経緯ア原告は,平成4年12月14日,名称を「重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤の製造方法及び人工腎臓潅流用剤」とする発明について特許出願をし,平成10年4月17日,特許庁から特許第2769592号として設定登録を受けた(請求項1〜10。甲18。以下「本件特許」という。。)イところが,訴外ニプロ株式会社(以下「訴外会社」という )から本件。
特許のうち請求項7ないし10につき特許無効審判請求がなされたので,特許庁は,これを無効2002-35452号事件として審理した上,平成16年1月26日 「本件審判の請求は,成り立たない 」との審決 , 。
(甲2。第1次審決)をした。これに対し訴外会社から審決取消訴訟が提起され,東京高等裁判所は,これを平成16年(行ケ)第78号事件として審理した上,平成16年12月21日,上記審決を取り消す旨の判決(甲3。第1次判決)をした。
ウそこで特許庁は,上記無効2002-35452号事件につきさらに審理した上,平成17年9月8日 「特許第2769592号の請求項7〜 ,10に係る発明についての特許を無効とする 」との審決(甲4。第2次 。
審決)をした。これに対し原告から審決取消訴訟が提起され,当庁はこれを平成17年(行ケ)第10736号事件として審理した上,平成18年7月31日 「特許庁が無効2002-35452号事件について平成1 ,7年9月8日にした審決のうち,特許第2769592号の請求項9,10に係る発明についての特許を無効とするとの部分を取り消す。原告のそ。 。 の余の請求を棄却する 」との判決(甲33の1〜2。第2次判決)をしたこれに対し当事者双方から敗訴部分の取消しを求める上告・上告受理申立てがなされ,現在,同訴訟は最高裁判所に係属中である。
エ一方,本件特許につき,上記審決取消訴訟係属中の平成18年1月6日,原告から明細書の訂正を求める訂正審判請求(以下「本件訂正」という )がされ,特許庁はこれを訂正2006-39002号事件として審 。
理した上,平成18年7月12日 「本件審判の請求は,成り立たな ,い 」との審決(本件審決)をし,その謄本は平成18年7月21日原告 。
に送達された。そして,平成18年8月8日に至り,本件審決の取消訴訟が提起された。
(2)訂正審判請求の内容原告がなした訂正審判請求の内容は,別添審決の訂正事項aないしeのとおりであるが,その要点は,特許請求の範囲の請求項7及び9を後記のとおり訂正するほか,発明の詳細な説明を上記訂正に合わせるため,その段落【0011】の訂正と段落【0042】の【表8】等の削除をしたものである。
ア本件訂正前の請求項7〜10(甲18)「 請求項7】塩化ナトリウム粒子の表面に塩化カリウム,塩化カルシウ 【ム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物を含むコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合した造粒物からなる顆粒状乃至細粒状の重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤(以下「本件発明1」という ) 。」 。
「 請求項8】さらに酢酸を含有してなる請求項7に記載の重炭酸透析用 【人工腎臓潅流用剤 」。
「 請求項9】塩化ナトリウム粒子の表面に塩化カリウム,塩化カルシウ 【ム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物及びブドウ糖を含むコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合した造粒物からなる顆粒状乃至細粒状の重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤(以下「本件発明2」という ) 。」 。
「 請求項10】さらに酢酸を含有してなる請求項9に記載の重炭酸透析 【用人工腎臓潅流用剤(以下「本件発明3」という ) 。」 。
イ本件訂正後の請求項7〜10(甲19,21。下線部は訂正部分)「 請求項7】塩化ナトリウム粒子の表面に,塩化カリウム,塩化カルシ 【ウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合した造粒物からなる長期に安定なさらさらした顆粒状乃至細粒状の重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤(以下「本件訂。」正発明1」という )。
「 請求項8】さらに酢酸を含有してなる請求項7に記載の重炭酸透析用 【人工腎臓潅流用剤 」。
「 請求項9】塩化ナトリウム粒子の表面に,塩化カリウム,塩化カルシ 【ウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウム及びブドウ糖が付着して均一に形成されたコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合した造粒物からなる長期に安定なさらさらした顆粒状乃至細粒状の重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤 」。
(以下「本件訂正発明2」という )。
「 請求項10】さらに酢酸を含有してなる請求項9に記載の重炭酸透析 【用人工腎臓潅流用剤 」。
(3)審決の内容平成18年7月12日になされた本件審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本件訂正後の請求項7及び9に係る発明(本件訂正発, 明1及び2)は,特許出願の際に独立して特許を受けることができないから本件訂正の審判請求は,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定に適合しないので,本件訂正を認めることができない,としたものである。
(4)審決の取消事由しかしながら,本件審決は,引用発明の解釈及び本件訂正発明に関する明白な事実誤認により誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(引用実施例1と本件訂正発明1の対比の誤り-その1),, (ア)本件訂正発明1は,塩化ナトリウム粒子の表面に 「塩化カリウム塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」を有することを特定事項とするところ 「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込 ,んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」の意味内容は,これらの微量電解質が実質的に分散した(取り込まれた)酢酸ナトリウム層によって塩化ナトリウム粒子の表面を被覆する(コーティング層を有する)という意味のものとして,明瞭に把握できる。
この点,本件審決は 「引用実施例1において,塩化ナトリウム粒子 ,に噴霧される電解質溶液中の酢酸ナトリウム(CH COONa.3H O)の量は353 27.2部(無水のCH COONa換算で357.2×(82.03÷136.08)=215.3部)で, 352.2部の塩化カリウム,77.2部の塩化カルシウムや35.6部の塩化マグネシウムよりも多くなっているから,引用実施例1で得られる造粒物においては噴霧された電解質溶液が塩化ナトリウム粒子の表面に付着し,水分が蒸発後には量の多い酢酸ナトリウムが量の少ない他の電解質化合物を取り込んだ状態で被覆を形成するものと認められる(6頁5行〜。」12行)とするが,流動層造粒法においてどのような構造の造粒物が得られるかは予測不能であるから,かかる審決の説示は根拠を伴わないものと言わざるを得ない。
また被告は,本件訂正発明1における「取り込んだ」とは,本件訂正明細書(甲19)の発明の詳細な説明からみれば,最多成分である酢酸ナトリウムが少量成分である塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを「取り込んだ」といえる意味に解されると主張する。しかし,本件訂正明細書(甲19)の発明の詳細な説明において,酢酸ナトリウムの配合量が他の電解質化合物より多い例が記載されているか否かにかかわらず,本件訂正発明1の要旨は特許請求の範囲の記載に基づいて認定されるものであって,発明の詳細な説明をわざわざ参酌して配合量に基づく解釈を付加することはできないし,そもそも,このような不明瞭な解釈を施さなくても 「取り込んだ」との文言は,上記のような意味 ,のものとして,明瞭に把握できるものである。
したがって,本件訂正発明1は,粒子表面における,上記微量電解質化合物(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)を取り込んだ酢酸ナトリウム以外の物質の実質的析出・存在を許容しないものであって,粒子表面に,塩化ナトリウムなどの別物質が実質的に存在するものは,酢酸ナトリウムによるコーティング層で核粒子が覆われているとはいえないから,本件訂正発明1の構成を有するものと評価できない。
(イ)また,訂正前の本件発明1は 「塩化ナトリウム粒子の表面に塩化 ,カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物を含むコーティング層」を有することを特定事項としており,コーティング層中に「…からなる電解質化合物」を含んでいれば,更に別物質を含有していても差し支えなかったのに対し,本件訂正発明1では,コーティング層が塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,酢酸ナトリウムの4種類の電解質化合物のみによって実質的に構成され,他の物質「を含む」ものを実質的に排除したクレームとなった。
(ウ)しかるに,引用実施例1(甲1)においては,流動層造粒法を用いて塩化ナトリウムを増量したことは記載されているが,それ以上に,塩化ナトリウムの被覆層がどのような構造を有するか,まして,本件訂正発明1の 「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り ,込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」を有するとの構成については,何ら開示されておらず,これを補う技術常識も存在しない。
(エ)かえって,製剤試験報告書(甲6,10)は,引用実施例1の造粒物を同実施例と同等の流動層造粒機で再現し粒度分布も同実施例と同一であることを確認した造粒物において,コーティング層中に塩化ナトリウムが多量に析出していることを示し(甲6の別紙Table.1の2 ,酢酸)ナトリウムが付着したコーティング層の,塩化ナトリウム粒子表面における存在を到底認めるに足りないものであった(甲10のFig.1,Fig.2 。しかるに,本件審決は,甲6,10の上記分析結果の存在を見過 )ごし,かえって甲6の 「引用実施例1が本件訂正発明1の構成を備え ,ない」という立証命題を 「本件訂正発明1の構成の特定」と取り違え ,るなどして,誤った判断をした。
(オ)以上によれば,引用実施例1は 「塩化ナトリウム粒子の表面に, ,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」を有するとの,本件訂正発明1の特定事項を備えていない。
イ取消事由2(引用実施例1と本件訂正発明1の対比の誤り-その2)本件訂正発明1の「長期に安定なさらさらした」とは概ね1年間の固結防止を意味することは当業者の常識であり,また,本件訂正発明1は,甲1の実施例5のような「乾燥剤の封入」を伴わないことは本件訂正明細書(甲19)及び技術常識上自明である。しかるに,本件審決は,本件訂正発明1の「長期」が僅か1週間であるという,当業者常識と全く相容れない判断をし,また,本件訂正明細書(甲19)に「乾燥剤なしで」との明記がない,とのきわめて表面的な理由により,引用実施例1(実施例5の,凝集防止手段として乾燥剤を入れたもの)と本件訂正発明1とは差異がないという誤った判断をしたものである。
また,本件審決は引用実施例(甲1)の実施例5(乾燥剤を封入して2か月後に凝集しなかった例)を引用したが,本件訂正発明1である実施例1〜3で得られたA剤は,乾燥剤なしで「長期に安定したさらさらした」特性を有するものであるから,引用実施例(甲1)の実施例4(乾燥剤なしで1か月後に凝集した例)を引用せず,実施例5を引用したのは誤りである。
ウ取消事由3(引用実施例2と本件訂正発明2の対比の誤り)本件審決は,本件訂正後の請求項9(本件訂正発明2)について,特開平2-311419号公報(甲32)に基づき進歩性が否定されるとしたが,本件訂正前の請求項9の進歩性を否定した判断は誤りである(甲33の1〜2)から,同じ刊行物に基づき本件訂正発明2の独立特許要件(進歩性)を否定した本件審決の判断は誤りである。
2請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対しア原告は,本件訂正発明1の「塩化ナトリウム粒子の表面に,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」という構成を,粒子表面における塩化ナトリウムなどの別物質の実質的析出・存在を許容しないことを意味すると解釈するが,誤りである。
本件訂正明細書(甲19)の記載からは 「塩化カリウム,塩化カルシ ,ウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウム」という構成は,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,酢酸ナトリウムという電解質化合物成分の組成としては,酢酸ナトリウムが最多で,他の電解質化合物(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)が少量であるので,少量成分は最多成分に取り込まれた状態になっているという意味に解することはできるが,それ以上の具体的な取り込まれた構造を意味するものと解することはできない。
イなお,甲6の試験に供された製剤は,特定の条件のもとで製造した物であるから,たとえ,甲6の試験に供された製剤が,本件訂正発明1の必須の構成要件を満たすとしても,本件訂正発明1には,甲6の試験に供された製剤以外の製剤も含まれるものである。したがって,仮に,甲6の試験に供された製剤が引用実施例1とは異なるとしても,このことは,本件訂正発明1の製剤が引用実施例1の製剤と異なることを立証したことにはならない。
(2)取消事由2に対しア「長期に安定なさらさらした」特性を有するのは,微量電解質成分(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)を取り込んだ酢酸ナトリウムが塩化ナトリウム粒子の表面に付着した均一なコーティング層が形成されるためであるところ,かかるコーティング層が形成されることは,引用実施例1(甲1)に記載されている。
イ本件訂正発明1における「長期に安定なさらさらした」とは,本件訂正明細書(甲18)の比較例の条件で少なくとも1週間以上凝集しないということを意味すると解される。そして,固化防止という作用効果は,特定の製造方法により製造されたとの限定がなく物の構造のみ特定された本件訂正発明1の奏する効果であると認めることはできず,少なくとも,潮解性を有する塩化カルシウム及び塩化マグネシウムに対し,何らかの方法で酢酸ナトリウムによるコーティングが形成されるようにしさえすれば,固化防止という効果が得られることを意味するにとどまる。
ウ原告は,本件審決は引用実施例(甲1)の実施例5(乾燥剤を封入して2か月後に凝集しなかった例)を引用したが,本件訂正発明1である実施例1〜3で得られたA剤は,乾燥剤なしで「長期に安定なさらさらした」特性を有するものであるから,引用実施例(甲1)の実施例4(乾燥剤なしで1か月後に凝集した例)を引用せず,実施例5を引用したのは誤りである旨主張する。
しかし,まずそもそも,原告が主張する,乾燥剤なしで「長期に安定なさらさらした」特性を有するという効果は,本件訂正発明1の実施例である,実施例1及び2という,限られた特定の実施例としての効果にすぎない。そして,本件訂正発明1の安定性とは乾燥剤なしで凝集しないものであると解される事項は本件訂正明細書(甲18)に何ら記載されていないから,本件訂正発明1における重炭酸透析用人工腎臓灌流用剤は,当然に,乾燥剤を封入する態様をも包含するものであると解するほかない。
(3)取消事由3に対し争う。
第4当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯 ,(2)(訂正審判請求の内容 , ) )(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2取消事由1(引用実施例1と本件訂正発明1の対比の誤り-その1)について(1)まず,本件訂正発明1の特許請求の範囲について検討する。
ア訂正前の本件発明1の構成要件は,A塩化ナトリウム粒子の表面にB塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物を含むコーティング層を有し,かつ,C複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合したD造粒物からなる顆粒状乃至細粒状のE重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤。
と分節されるところ,この構成要件B(コーティング層の構成)について,本件訂正は 「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢 ,酸ナトリウムからなる電解質化合物を含むコーティング層を有し,…」とあるのを 「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込 ,んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層を有し,…」と訂正するものである。
このように,本件訂正発明1のコーティング層の構成は,本件発明1の,塩化ナトリウム粒子の表面に「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物を含む」コーティング層,という記載から「及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物を含む」を削除し,同削除部分に「を取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成された」を加えた文言により特定されるものである。
, イこの点,確かに,本件発明1の人工腎臓灌流用剤のコーティング層は塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物を「含む」ものという限度の特定がなされているのであるから,これ以外の物質が当該コーティング層中に同時に存在することも許容しているといえる。そうすると,本件訂正により,そのような解釈を導いた「…を含む」という文言が削除されたのであるから,逆に,本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤のコーティング層は,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物以外の物質が含まれないものに限定されたようにもみえる。
しかし,本件訂正発明1は,本件発明1の「…を含む」という文言が単純に削除されたものではなく,同削除部分に「を取り込んだ酢酸ナト, リウムが付着して均一に形成された」を加えたものである。そうすると本件訂正発明1のコーティング層が,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物以外の物質を含まないものであるかどうかについては,上記の「を取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成された」という文言が加えられた本件訂正発明1の特許請求の範囲の記載から,そのような意義を導くことができるかどうかを検討する必要があるというべきである。
ウしかるに,一般的に 「取り込む」との文言は,取って内へ入れる, ,という語義を有する(新村出編「広辞苑第五版 )から 「塩化カリウム, 」,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層を有し,…」という記載から,塩化カリウム,塩化カルシウム及び塩化マグネシウムと,酢酸ナトリウムとの関係について,後者(酢酸ナトリウム)が前者(塩化カリウム,塩化カルシウム及び塩化マグネシウム)を取って内へ入れたという形態であることは認められるものの,こうした一般的,日常的にも用いられる「取り込んだ」という文言から,取って内へ入れたといった一般的な意義を超えて,物理的・化学的な見地における何らかの具体的意義を導くことはできないというほかない。その結果,本件訂正発明1の「取り込んだ」という文言には様々な形態が包含されるといわざるを得ないこととなる。
すなわち,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムと,酢酸ナトリウムとの関係について,後者(酢酸ナトリウム)が前者(塩化カリウム,塩化カルシウム及び塩化マグネシウム)を取って内へ入れた形態としては,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムの各々の電解質化合物が,それぞれに微細な析出物として,固化した酢酸ナトリウム結晶中に均一に分散して存在する形態のみであるとは限らず,各々の電解質化合物が,それぞれは微細な析出物であるが,それらが相互に密着して3種類(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)が複合した比較的大きな粒状物として酢酸ナトリウム中に存在する形態,あるいは,前記各々の電解質化合物が,それぞれは微細な析出物であるが,それらが同一種類ごとに相互に密着して各種類ごとに比較的大きな粒状物として酢酸ナトリウム中に存在する形態,あるいは,前記各々の電解質化合物が比較的大きな粒状物として存在し,その粒の各々, を,量的に少ない酢酸ナトリウムの薄皮が取り巻くように存在する形態あるいは,前記各々の電解質化合物が何らかの別の化合物を形成して存在する形態など,様々な形態があり得るものといわざるを得ない。
エ以上のように 「取り込んだ」という文言には様々な形態が包含され ,るものであるから,酢酸ナトリウム中における存在形態について技術的な意味を有するものとは到底解することはできず,酢酸ナトリウム中における塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム以外の他の物質(塩化ナトリウムなど)と酢酸ナトリウムとの量的な多寡についても技術的な意味を有するものとみることはできない。したがって,このような物理的・化学的な見地における何らの具体的意義をも導くことができない「取り込んだ」という文言から,本件訂正発明1のコーティング層の組成が,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムのみに限定されるとみることはできないというほかない。
したがって,上記のように「取り込んだ」状態の物理的・化学的意味が明確ではない以上,本件訂正発明1の「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層を有し,…」という記載が,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム以外の他の物質(塩化ナトリウムなど)が同時に存在しないという技術的意味を有するとみることはできない。
オ以上によれば,本件訂正発明1の特許請求の範囲の記載から,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を,本件訂正発明1の「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」との構成が排除している態様ということはできないというほかない。
(2)次に,本件訂正明細書(甲19)の発明の詳細な説明の記載から,本件訂正発明1のコーティング層の構成が,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を排除しているとみることができるかどうかについて検討する。
ア上記発明の詳細な説明には,本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤に係るコーティング層の構成が,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を排除していることを読み取れる記載部分は見当たらず,かかるコーティング層の構成については,本件訂正発明1の特許請求の範囲と同一の文言の記載,すなわち「本発明は,さらに,以下の人工腎臓灌流用剤にある。1.塩化ナトリウム粒子の表面に,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層を有し,かつ,複数個の塩化ナトリウム粒子が該コーティング層を介して結合した造粒物からなる長期に安定なさらさらした顆粒状乃至細粒状の重炭酸透析用人工腎臓潅流用剤。… (段」落【0011 )との記載が存するに止まる。 】なお,上記発明の詳細な説明に 「本発明の人工腎臓灌流用剤(A剤) ,は粉末状であって,塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムの各電解質化合物を必須成分として含有…する。…本発明のA剤においては,塩化ナトリウム粒子の表面に,他の電解質化合物…が付着して均一な組成のコーティングを形成しており,該コーティングの作用によって複数の塩化ナトリウム粒子が結合して造粒物を形成している。本発明のA剤においては,各造粒物を形成する各成分の割合はほぼ一定で特定の値にある。そのため,特定量のA剤を特定量の水に溶解して得られる溶液の各電解質化合物の濃度の割合は常に特定の所望の値になるという特徴がある。従って,本発明の粉末状のA剤を使用する際即ち水溶液にする際に,特定の電解質化合物の濃度を改めて補正する必要がない(段落【0013 )との記載があ 。」】るが,技術的にみて,コーティング層の組成が均一であることから当然に塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を排除していることを導くことはできないから,かかる記載の存在が上記説示を左右するものではない。
イ他方,上記発明の詳細な説明には,本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤が,酢酸ナトリウムを溶融する方法により製造されるものであることが読み取れる以下の各記載がある。
(ア)「本発明者は…重炭酸透析液を構成する電解質化合物の溶解度,熱溶融時の特性を巧みに利用した加熱混合によれば,物理的な造粒方法によらず即ち特殊な造粒設備を必要とせず且つもともと純粋な電解質化合物を汚染することなく造粒できることを見出して本発明を完成した(段落【0008 ) 。」】(イ)「すなわち,本発明は,…人工腎臓灌流用剤(A剤)の製造方法において,各電解質化合物を,酢酸ナトリウム100重量部(無水塩として)に対して10重量部以上好ましくは20重量部以上の水(酢酸ナトリウムに結合している結晶水も含む)の存在下で混合し,且つ,得られる混合物を50℃以上好ましくは60℃以上に加熱して酢酸ナトリウムを一時溶融状態においた後,該混合物に酢酸を混合することを特徴とする重炭酸透析用人工腎臓灌流用剤の製造方法にある(段落【000。」9 )】(ウ)「本発明は,特に (1)特定量の水に塩化カリウムを溶解させる工 ,程 (2)得られる塩化カリウムの濃厚液に塩化カルシウム及び塩化マ ,グネシウムを溶解させて塩化カリウムを析出させる工程 (3)得られ,る塩化カリウム懸濁液を塩化ナトリウムと加熱時混合する工程 (4),得られる混合物を酢酸ナトリウムと,酢酸ナトリウム100重量部(無水塩として)に対して10重量部以上の水(酢酸ナトリウムに結合している結晶水も含む)の存在下で混合し,且つ,得られる混合物を50℃以上に加熱して酢酸ナトリウムを一時溶融させた後,該混合物を酢酸と混合する工程からなることを特徴とする前記の重炭酸透析用人工腎臓灌流用剤の製造方法にある(段落【0010 ) 。」】(エ)「このような本発明のA剤は,各電解質化合物又は各電解質化合物とブドウ糖とを特定量の水の存在下で混合し,且つ,電解質化合物の内,少なくとも酢酸ナトリウムを一時溶融させることによって製造することができる。そして,本発明のA剤の製造方法においては,…水を使用する。水の使用量が少なすぎると酢酸ナトリウムを溶融状態にすることが困難となり均一なコーテイング層を形成させにくくなる。一方,必要以上に多くしても効果に差はなく,逆に後工程での乾燥に時間がかかるという問題が発生する恐れがある。また,本発明においては,得られる混合物を50℃以上好ましくは60℃以上更に好ましくは65〜100℃に加熱することによって酢酸ナトリウムを一時溶融状態にする。…また,一般に結晶水を有する酢酸ナトリウムを57〜59℃以上に加熱すると,酢酸ナトリウムが結晶水に溶解する現象に対して,ここでは,酢酸ナトリウムを含む混合物を加熱することによって,酢酸ナトリウムの少なくとも一部をその結晶水又は別途に添加した水に溶解させることをもって「酢酸ナトリウムを一時溶融状態におく」という(段落【001。」4 )】(オ)「…塩化カルシウム及び塩化マグネシウムの溶解度に比べ塩化カリウムの溶解度が低いため,全ての成分を溶解させるためには大量の水を必要とする。これに対して,塩化カリウム懸濁液は,水の必要量が少なくてよく,後工程で乾燥が容易であり,しかも,塩化カリウムの濃厚液に塩化カルシウム及び塩化マグネシウムを溶解させることによって得られる懸濁液は,析出する塩化カリウムが細かい微細粒子であることから,完全に溶解させた溶液と同様に極めて混合しやすい(段落【001。」9 )】(カ)「…酢酸ナトリウムを混合した後,該混合物の温度を50℃以上好ましくは60℃以上に維持すると,酢酸ナトリウムが溶融状態になって混合物に粘りが生じ,造粒物が形成される(段落【0020 ) 。」】(キ)「本発明のA剤の製造方法においては,前記(4)のようにして得られた造粒物に更に酢酸を混合する。この場合,酢酸を混合する前又は混合した後に該造粒物を乾燥することによってさらさらした顆粒状もしくは細粒状の粉体とすることができる(段落【0021 ) 。」】(ク)「本発明のA剤の製造方法においては,溶融した酢酸ナトリウムが,塩化カルシウム,塩化カリウム,塩化マグネシウム等の微量の電解質化合物又はこれらの電解質化合物及びブドウ糖と均一に分散し,また,これら微量の電解質化合物を取り込んだ酢酸ナトリウムが塩化ナトリウムの結晶粒子の表面に付着してコーティング層を形成し,さらに,該コーティング層が結合剤となって複数の塩化ナトリウム結晶粒子の間で結合が繰返されて造粒物,すなわち,本発明の人工腎臓灌流用剤が形成される。… (段落【0023 ) 」】ウ上記イ(ア)〜(ク)の各記載,特に,上記イ(ア)の「…電解質化合物の溶解度,熱溶融時の特性を巧みに利用した加熱混合によれば,…」との記載,上記イ(イ)の「…酢酸ナトリウムを一時溶融状態においた後,該混合物に酢酸を混合する…」との記載,上記イ(ウ)の「…塩化カリウムを析出させ…得られる塩化カリウム懸濁液を塩化ナトリウムと加熱時混合する…得られる混合物を酢酸ナトリウムと,…水(酢酸ナトリウムに結合している結晶水も含む)の存在下で混合し…酢酸ナトリウムを一時溶融させた後,該混合物を酢酸と混合する…」との記載,上記イ(エ)の「…酢酸ナトリウムを一時溶融させる…水を使用…水の使用量が少なすぎると酢酸ナトリウムを溶融状態にすることが困難となり均一なコーテイング層を形成させにくくなる。…必要以上に多くしても効果に差はなく,…乾燥に時間がかかる…。…酢酸ナトリウムを一時溶融状態にする。…一般に結晶水を有する酢酸ナトリウムを57〜59℃以上に加熱すると,酢酸ナトリウムが結晶水に溶解する…ここでは,酢酸ナトリウムを含む混合物を加熱することによって,…結晶水又は別途に添加した水に溶解させることをもって「酢酸ナトリウムを一時溶融状態におく」という 」との記載及び上記イ(カ)の 。
「…酢酸ナトリウムが溶融状態になって…」との記載によれば,本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤は,酢酸ナトリウムを含む混合物を加熱することによって酢酸ナトリウムを結晶水又は別途に添加した水に溶解させる方法により製造できることが読み取れる。そうすると,かかる製造方法をとれば,本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤に係るコーティング層は塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様となり得ないことになるのであれば,上記各記載をもって,本件訂正発明1がかかる態様を排除していることの根拠となし得るようにもみえる。
しかし,上記の各記載から,酢酸ナトリウムを溶融状態におく過程を経る方法により,本件訂正発明1に係る人工腎臓灌流用剤の一態様としての剤を製造できることが読み取れるとしても,これを超えて,当然に,本件訂正発明1に係る人工腎臓灌流用剤が酢酸ナトリウムを溶融状態におく過程を経る方法により製造される剤に限られる,と限定的に解すべき根拠となり得るものではなく,本件訂正明細書(甲19)を精査しても,かかる根拠となり得る記載は何ら見いだせない。しかも,本件特許は,請求項1〜10,すなわち,方法の発明(請求項1〜6)及び物の発明(請求項7〜10)から成るところ,上記の各記載事項は,いずれも,人工腎臓灌流用剤を製造する方法の発明について説明したものであることが各記載内容自体から明らかであり,物の発明である本件訂正発明1の構成,特に,「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウム」という構成に係る,前者(塩化カリウム,塩化カルシウム及び塩化マグネシウム)と後者(酢酸ナトリウム)との関係について,その物理的・化学的状態がいかなるものであるかを説明する記載ではない。
なお,上記イ(ク)の「…溶融した酢酸ナトリウムが,塩化カルシウム,塩化カリウム,塩化マグネシウム等の微量の電解質化合物…と均一に分散し,…これら微量の電解質化合物を取り込んだ酢酸ナトリウムが…コーティング層を形成し 」との記載についても,上記の説示がそのまま当ては ,まる上に,溶融した酢酸ナトリウムが,塩化カルシウム,塩化カリウム,塩化マグネシウム「等」の電解質化合物を取り込むことが記載されているから,むしろ,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤に係るコーティング層が排除していない,という上記(1)の説示に沿うものである。
エ以上によれば,本件訂正明細書(甲19)の発明の詳細な説明の記載からしても,本件訂正発明1のコーティング層の構成が,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を排除しているとみることはできない。
(3)原告の主張に対する補足的説明ア原告は 「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込 ,んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」の意味内容は,これらの微量電解質が実質的に分散した(取り込まれた)酢酸ナトリウム層によって塩化ナトリウム粒子の表面を被覆する(コーティング層を有する)という意味のものとして明瞭に把握でき,本件訂正発明1は,粒子表面における,上記微量電解質化合物(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)を取り込んだ酢酸ナトリウム以外の物質の実質的析出・存在を許容しないものである,と主張する。
しかし,上記(1)で説示したように,一般的,日常的にも用いられる「取り込んだ」という文言から,取って内へ入れたといった一般的な意義を超えて,物理的・化学的な見地における何らかの具体的意義を導くことはできないというほかなく,その結果,本件訂正発明1の「取り込んだ」という文言には様々な形態が包含されるといわざるを得ず,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムの各々の電解質化合物が,それぞれに微細な析出物として,固化した酢酸ナトリウム結晶中に均一に分散して存在する形態のみであるとは限らないものである。そして,このような物理的・化学的な見地における何らの具体的意義をも導くことができない「取り込んだ」という文言が,本件訂正発明1のコーティング層の組成を,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムのみに限定したり,これらの物質相互の量的大小関係や酢酸ナトリウム中における存在形態を規定したものと解することもできない。
以上によれば 「…コーティング層」の意味内容が,原告主張のような ,意味のものとして明瞭に把握できるということはできず,本件訂正発明1が,粒子表面における,上記微量電解質化合物(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)を取り込んだ酢酸ナトリウム以外の物質の実質的析出・存在を許容しないものであるということもできないから,原告の上記主張は採用することができない。
イ次に原告は,本件発明1は,コーティング層中に「…からなる電解質化合物」を含んでいれば,更に別物質を含有していても差し支えなかったのに対し,本件訂正発明1では,コーティング層が塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,酢酸ナトリウムの4種類の電解質化合物のみによって実質的に構成され,他の物質「を含む」ものを実質的に排除したクレームとなった,と主張する。
しかし,上記(1)に説示したとおり,本件訂正発明1のコーティング層が,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム及び酢酸ナトリウムからなる電解質化合物以外の物質を含まないものであるかどうかについては 「を取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成された」とい ,う文言が加えられた本件訂正発明1の特許請求の範囲の記載から,そのような意義を導くことができるかどうかを検討する必要があるというべきであり,かかる検討を行った結果として,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を,本件訂正発明1の「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」との構成が排除している態様ということはできないとの結論を導いたところである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
ウ次に原告は,引用実施例1(甲1)においては,塩化ナトリウムの被覆層がどのような構造を有するか,まして,本件訂正発明1の 「塩化カリ,ウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」を有するとの構成については,何ら開示されておらず,これを補う技術常識も存在しない,と主張する。
しかし,原告が引用実施例1において開示されていないとする,本件訂正発明1の 「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り ,込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層」を有, するとの構成については,上記(1)で説示したとおり,原告主張のように微量電解質化合物(塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム)を取り込んだ酢酸ナトリウム以外の物質の実質的析出・存在を許容しないものであるとの前提が既に成り立たないものである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
エさらに原告は,製剤試験報告書(甲6,10)は,コーティング層中に塩化ナトリウムが多量に析出していることを示し(甲6の別紙Table.1の2 ,酢酸ナトリウムが付着したコーティング層の,塩化ナトリウム粒子 ), 表面における存在を到底認めるに足りないものであった(甲10のFig.1Fig.2 ,しかるに,本件審決は,甲6,10の上記分析結果の存在を見 )過ごし,かえって甲6の 「引用実施例1が本件訂正発明1の構成を備え ,ない」という立証命題を 「本件訂正発明1の構成の特定」と取り違える ,などして,誤った判断をした,と主張する。
しかし,製剤試験報告書(甲6,10)は引用実施例1の人工腎臓灌流用剤において,コーティング層中に塩化ナトリウムが多量に析出していることなどを示すものではあるが,上記(1)に説示した,本件訂正発明1のコーティング層の構成が塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を排除しているとみることはできないとの判断については,何らこれを左右するものではない。また,本件訂正発明1の「塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムを取り込んだ酢酸ナトリウムが付着して均一に形成されたコーティング層を有し,…」という記載が,塩化ナトリウムなどの物質と酢酸ナトリウムとの量的な多寡について技術的な意味を有するものとみることもできないことも,上記(1)に説示したとおりである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(4)よって,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(引用実施例1と本件訂正発明1の対比の誤り-その2)について(1)前記のとおり,本件発明1の構成要件Dについて,本件訂正は 「造粒,物からなる顆粒状乃至細粒状の」とあるのを 「造粒物からなる長期に安 ,定なさらさらした顆粒状乃至細粒状の」と訂正するものであるところ,その文言内容から 「長期に安定なさらさらした」とは,本件訂正発明1の ,人工腎臓灌流用剤に係るコーティング層の構成から導かれる効果を特性として要件化したものと解するのが自然である。
そして,確かに,本件訂正明細書(甲19)の段落【0042】に「実施例1〜3で得られたA剤(製品)は,いずれも長期に安定なさらさらした顆粒状乃至細粒状の粉体であった。…」と記載されており,実施例1〜3は,いずれも酢酸ナトリウムを溶融状態におく工程を経て製造を行っているものであることからすると 「長期に安定なさらさらした」とは,上 ,記工程を経て製造されたものが有する効果とみることはできる。
しかし,上記2で説示したように,本件訂正発明1に係る人工腎臓灌流用剤が酢酸ナトリウムを溶融状態におく過程を経る方法により製造される剤に限られる,と限定的に解すべき根拠は本件訂正明細書(甲19)に何ら見出すことができず,本件訂正発明1のコーティング層の構成が,塩化ナトリウムなどの他の物質が共存する態様を排除しているとみることはできないというのである。
しかも 「長期に安定なさらさらした」という文言自体,物の性状を抽 ,象的に表すに止まり,具体的にどれ程の期間,いかなる状態を維持することを意味するものかがそれ自体から技術的に明らかになる表現ではないと言わざるを得ず,本件訂正明細書(甲19)においても,かかる文言が,具体的にどれ程の期間,いかなる状態を維持することを意味するものかを直接説明する記載は見当たらず,僅かに,段落【0043】に比較例1として 「…酢酸ナトリウムによるコーティング及び造粒は起らず,…しか ,も,やや湿った流動性の粉末であって,室温保存において1週間で固結した 」と間接的に言及されるに止まっているものである。そうすると 「長 。 ,期に安定なさらさらした」という文言の意義は,それ自体では技術的に何ら明らかでないとの評価を免れないから,前記2に説示したとおり,本件訂正発明1の人工腎臓灌流用剤に係るコーティング層の構成が,塩化ナトリウムなどの他の物質も共存する態様も排除しないことに対応して,かかる態様のコーティング層の構成から導かれる効果をも意味する記載とみるほかない。
なお,上記のとおり 「長期に安定なさらさらした」という文言の意義 ,が,それ自体では技術的に何ら明らかでないとの評価を免れないことからすれば,かかる文言をもって,上記2に説示した「取り込んだ」という文言の意義を技術的に明らかにするものとみることはできない。
(2)原告の主張に対する補足的説明原告は,本件訂正発明1の「長期に安定なさらさらした」とは概ね1年間の固結防止を意味することは当業者の常識であり,かつ,本件訂正発明1は,甲1の実施例5のような「乾燥剤の封入」を伴わないことは明細書及び技術常識上自明である,と主張し,かかる主張を前提に,本件審決が引用実施例1と本件訂正発明1の対比を誤った旨を述べ,甲11,21〜31,35を提出する。そして,甲11,21〜31,35によれば,人工腎臓透析用粉末製剤の添付文書に「貯法室温保存」などの記載があり,使用期限として,1年6月〜3年などの記載があることが認められる。
しかし,発明の要旨認定は,基本的には,特許請求の範囲に基づいてなされるべきであるから,特許請求の範囲から読み取れず,ひいては明細書の発明の詳細な説明からすらも読み取れない技術的意義を,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の常識であるという理由で当然に発明の要旨と認定することはできないというべきである。しかるに,上記(1)に説示したとおり 「長期に安定なさらさらした」との文言は,そ ,もそも具体的にどれ程の期間,いかなる状態を維持することを意味するものかがそれ自体から技術的に明らかになる表現ではないものであるから,仮に人工腎臓透析用粉末製剤の添付文書に「貯法室温保存」などの記載があり,使用期限として,1年6月〜3年などの記載があったとしても,このような事項を,当業者の常識であるという理由で当然に本件訂正発明1の要旨として読み取り 「長期に安定なさらさらした」とは概ね1年間の固結防止を意 ,味し,乾燥剤の封入を伴わないものと認定することはできないというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は,本件審決が引用実施例1と本件訂正発明1の対比を誤ったと述べる前提である,本件訂正発明1の「長期に安定なさらさらした」との文言に係る技術的意義の把握の点において既に失当であるから,これを採用することができない。
(3)よって,取消事由2は理由がない。
4取消事由3(引用実施例2と本件訂正発明2の対比の誤り)について(1)上記2,3によれば,引用実施例1と本件訂正発明1の対比の誤りをいう取消事由1,2はいずれも理由がなく,本件訂正発明1が特許出願の際に独立して特許を受けることができないとの本件審決の判断には誤りがないこととなる。
そして,願書に添付した明細書又は図面の記載を複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判の請求において,同訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼす場合には,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決をしなければならず,たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係になく,かつ,上記一部の訂正を許すことが請求人にとって実益のあるときであっても,その箇所についてのみ訂正を許す審決をすることはできないと解するのが相当である(最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁参照 。)これを本件についてみるに,本件訂正の審判請求も,本件訂正発明1,2の特許請求の範囲の訂正を含み,かつ,明細書の記載を複数箇所にわたって訂正することを求めるものであるから,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの判断をすべきであり,たとえ客観的には本件訂正発明2の特許請求の範囲に係る訂正部分が本件訂正発明1の特許請求の範囲に係る訂正部分と技術的にみて一体不可分の関係になく,かつ,上記の一部の訂正を許すことが請求人たる原告にとって実益のあるときであっても,その箇所についてのみ訂正を許す審決をすることはできないものというほかない。
そうすると,本件訂正発明2については独立特許要件があると判断する余地があるとしても(平成18年7月31日になされた第2次判決〔甲33の1,2〕は,訂正前の本件発明2,3〔本件訂正発明2は本件発明2を訂正したもの〕には進歩性があると判断した,上記2,3において説示したよ 。)うに,引用実施例1と本件訂正発明1の対比の誤りをいう取消事由1,2にいずれも理由がなく,本件訂正発明1の独立特許要件が否定され同発明に係る訂正部分についての訂正がいずれも許されない本件においては,本件訂正発明2の訂正部分についてのみ訂正を許す審決をすることはそもそもすることができないというべきである (なお,このように解しても,訂正審判に 。
ついては一事不再理の原則が適用されず,請求人は,後日訂正許可となる部分に限定して特許法の規定に従い訂正審判の請求をすることが可能であるから,請求人に不当に不利益を強いることにはならない 。)(2)以上によれば,上記2,3で判断したように,取消事由1,2にいずれも理由がない以上,原告主張の取消事由3のとおり本件訂正発明2の進歩性を否定した本件審決の判断が誤りであると判断できる余地があるとしても,なお,本件審決を取り消すことはできないというべきである。
5結語よって,本件審判の請求は成り立たないとした本件審決は,結論において相当であるから,原告の本訴請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 田中孝一