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関連審決 不服2001-11021
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10073審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成13行ケ358特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10079審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  上位概念 /  技術常識 /  共有 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  国際公開 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 54号 審決取消請求事件
原告 日水製薬株式会社
同訴訟代理人弁理士 光来出良彦
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 福島浩司
同 一色由美子
同 涌井幸一
同 鐘尾みや子
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/12/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001―11021号事件について平成15年12月10日にした審決を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,特許庁に対し,平成9年3月10日,発明の名称を「分析方法,キット及び装置」とする発明につき特許出願(平成9年特許願第72649号。以下「本願」という。)を行ったところ,特許庁は,平成13年5月18日に拒絶査定をした。
そこで,原告は,同年6月28日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2001―11021号)ところ,特許庁は,平成15年12月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,平成16年1月13日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 平成15年4月1日付け手続補正書により補正された後の本願に係る明細書(甲5,8,9。以下「本願明細書」という。)の「特許請求の範囲」の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】 液体試料中に存在する2種類以上の分析物の量を測定あるいは有無を検定する分析方法であって, (1)第一配位子にマーカーが結合されてなる2種類以上のマーカー標識化配位子を含み,且つ第二配位子に分析物の種類に応じて予め決定された塩基配列を有する核酸である結合子が結合されてなる2種類以上の結合子標識化配位子を含む試薬と, 2種類以上の分析物を含む液体試料を接触させて,特定の種類の分析物,該分析物に対して特異的に結合する特定の種類のマーカー標識化配位子,及び該分析物に対して特異的に結合する特定の種類の結合子標識化配位子からなる特定の種類の複合体を2種類以上形成させること, (2)形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させること, (3)前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎に独立して前記展開要素上に固定されてなる検出ゾーンにおいて,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲して各々独立した帯を形成させること, (4)前記検出ゾーンで形成された帯に含まれるマーカーを測定又は検定することを含むこと, からなる分析方法。」 3 本件審決の理由の要旨 本件審決は,次のとおり,本願発明は,国際公開第94/27150号パンフレット(甲2。以下「刊行物1」という。),特開平8―94618号公報(甲3。以下「刊行物2」という。)及び特表平5―506095号公報(甲4。以下「刊行物3」という。)に記載された発明並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(1) 本願発明と刊行物1記載の発明との対比 (一致点) 「液体試料中に存在する2種類以上の分析物の量を測定あるいは有無を検定する分析方法であって, 第一配位子にマーカーが結合されてなる2種類以上のマーカー標識化配位子を含み,且つ第二配位子に分析物の種類に応じて予め決定された塩基配列を有する核酸である結合子が結合されてなる2種類以上の結合子標識化配位子を含む試薬と, 2種類以上の分析物を含む液体試料を接触させて,特定の種類の分析物,該分析物に対して特異的に結合する特定の種類のマーカー標識化配位子,及び該分析物に対して特異的に結合する特定の種類の結合子標識化配位子からなる特定の種類の複合体を2種類以上形成させること, 前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎に独立した固相において,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲させること, 前記固相に捕獲された前記複合体に含まれるマーカーを測定又は検定することを含むこと, からなる分析方法。」 (相違点) 本願発明では,形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,抗結合子が種類毎に独立した前記展開要素上に固定されてなる検出ゾーンにおいて,前記結合体を捕獲して各々独立した帯を形成させ,前記検出ゾーンで形成された帯に含まれるマーカーを測定又は検定するものであるのに対し,刊行物1には,抗結合子が種類毎に独立して固定される固相として,ポリスチレンビーズを使用することは記載されているが,形成された2種類以上の複合体をシート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,抗結合子が種類毎に独立した前記展開要素上に固定されてなる検出ゾーンにおいて捕獲し,各々独立した帯を形成させ,前記検出ゾーンで形成された帯に含まれるマーカーを測定又は検定することは記載されていない点。 (2) 相違点についての検討 従来,試験管の中でのビーズ状の固相や容器内壁などの固相を用いて行われていた抗原抗体反応を利用した免疫学的分析法に代えて,シート状の展開要素中に免疫複合体を毛管現象により展開し,展開要素上に該免疫複合体を捕捉する成分を固定した検出ゾーンにおいて展開し移動してくる免疫複合体を捕獲して捕獲帯を形成し,該捕獲帯に含まれる免疫複合体中のマーカーを測定又は検定する,試験管や容器等を使用せずに抗原抗体反応を行わせる方法は,本願明細書の従来技術についての段落【0004】〜【0009】の記載や刊行物2にも見られるように,「イムノクロマト法」,「イムノクロマトグラフ法」などと呼ばれ,免疫学的分析法の分野においては簡易性など種々の利点のある方法として周知の方法である。 そして,刊行物3には,免疫複合体をその中に毛管現象により展開し,その上の検出ゾーンに捕獲するシート状の展開要素において,検出ゾーンで反応生成物を捕獲しかつ集めることができる帯として局在化された捕獲成分が該展開要素上に固定化されてなるものを使用し,標識抗体-抗原(分析物)-捕獲可能種結合抗体からなるサンドイッチ状の免疫複合体を毛管現象により展開し,捕獲成分により該サンドイッチ状の免疫複合体を捕獲し,検出ゾーンで形成された帯に含まれた標識,すなわちマーカーを測定することも記載されているし,2種類以上の分析物を測定しようとするイムノクロマト法において,展開し移動してくる免疫複合体を2種類以上の分析物の種類毎に各々独立して捕獲するようにして,分析物の種類毎にマーカーを含む免疫複合体の各々独立した捕獲された帯を形成させることも,刊行物2に記載されている。 そうすると,従来の抗原抗体反応を利用した免疫複合体の固相への捕獲に比べて極めて短時間とすることができ,非特異的な結合の低減化等が図れる,核酸の相補的結合を免疫複合体の固相への捕獲に利用し試験管内でのビーズなどの固相を用いて行う刊行物1記載の免疫学的分析法についても,イムノクロマト法を採用して,(1)第一配位子にマーカーが結合されてなる2種類以上のマーカー標識化配位子を含み,且つ第二配位子に分析物の種類に応じて予め決定された塩基配列を有する核酸である結合子が結合されてなる2種類以上の結合子標識化配位子を含む試薬と,2種類以上の分析物を含む液体試料を接触させて,特定の種類の分析物,該分析物に対して特異的に結合する特定の種類のマーカー標識化配位子,及び該分析物に対して特異的に結合する特定の種類の結合子標識化配位子からなる特定の種類の複合体を2種類以上形成させ,(2)形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,(3)前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎に独立して前記展開要素上に固定されてなる検出ゾーンにおいて,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲して各々独立した帯を形成させ,(4)前記検出ゾーンで形成された帯に含まれるマーカーを測定又は検定するように,分析方法を変更するようなことは,当業者が容易に想到できる事項である。 そして,核酸の相補的結合を利用したことによる高感度化等の効果は,刊行物1に記載された発明から予測できる範囲内の効果に過ぎない。 (3) むすび したがって,本願発明は,刊行物1〜3に記載された発明及び周知事実に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本願発明と刊行物1記載の発明との相違点を看過し(取消事由1),また,相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果,本願発明についての進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の看過) 本願発明は,抗結合子が種類毎に独立して固相上に固定されてなる1個の固相を用いるものであるのに対し,刊行物1記載の発明は,1つの固相に1種類の抗結合子が結合し,且つ,種類の異なった各固相が個別に独立して存在している複数の固相を用いるものであるところ,本件審決は,本願発明と刊行物1記載の発明との上記相違点を看過したものである。
(1) 本願発明に係る請求項には,「(3)前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎に独立して前記展開要素上に固定されてなる検出ゾーンにおいて,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲して各々独立した帯を形成させること,」との記載があり,また,本願の図2(甲5)には,本願発明の分析方法に用いられる分析装置を例示した図面として,一つの展開要素(固相)に3種類の抗結合子が種類毎に独立して固定されてなる分析装置が示されている。これらの記載によれば,本願発明の分析方法に用いる固相は,抗結合子が種類毎に独立して前記展開要素上に固定されたものであり,展開要素(固相)は一つである。
(2) 一方,刊行物1の特許請求の範囲のうち,分析方法に関する唯一の独立請求項である請求項11は,次のとおりである。なお,下線部中の「請求項2記載の固相(C)」とは,「固相(C):前記物質群(A)のヌクレオチドに対して,それぞれ相補的に結合できる塩基配列を有するヌクレオチドが水不溶性担体に結合されている固相-ヌクレオチド結合体。」である。
「11.(1)前記請求項2記載の物質群(A),前記請求項2記載の物質群(B),および被測定物質として1種類以上の免疫学的配位子を含んでいると疑われる被検試料を一の反応容器内で反応させ,各々の免疫学的配位子の種類に応じた,(免疫学的抗配位子-ヌクレオチド結合体)-免疫学的配位子-標識物導入体からなる複合体を反応溶液中に形成し, (2)各々独立 して 存在 している 前記請求項 2記載 の固相 (C) に対し,前記(免疫学的抗配位子-ヌクレオチド結合体)-免疫学的配位子-標識物導入体からなる一種類以上の複合体を含んでいると思われる反応溶液を接触させることにより,互いの相補的な塩基配列有するヌクレオチド部分において結合した(固相-ヌクレオチド結合体)-(免疫学的抗配位子-ヌクレオチド結合体)-免疫学的配位子-標識物導入体からなる複合体を形成し,次いで, (3)前記(2)で形成された複合体に含まれる標識物を検出または定量することにより一種類以上の免疫学的配位子を同時に分析する方法。」 また,刊行物1には,第3図の固相について,「第3図は,本発明の一種類以上の抗原の分析試薬と組み合わせて使用されるヌクレオチドが結合した固相の1例を示し,第3図(a)はヌクレオチドON1に相補的な塩基配列を有するヌクレオチド(ON)が結合された固相(抗原A用固相),第3図(b)はヌクレオチドON 2に相補的な塩基配列を有するヌクレオチド(ON)が結合された固相(抗原B用固相),第3図(c)はヌクレオチドON3に相補的な塩基配列を有するヌクレオチド(ON)が結合された固相(抗原C用固相)をそれぞれ示す。これらの種類の異なる各固相は個別に独立して存在している。これらの各固相は,第2図に示される一種類以上の抗原の分析試薬と組み合されて使用され,これらは本発明の分析キットの1例を構成している。」(10頁4〜14行)との記載がある。
これらの記載によれば,刊行物1の分析方法に用いられる固相は,1つの固相に1種類の抗結合子が結合し,且つ種類の異なった各固相が個別に独立して存在しているものである。
(3) このように,本願発明は,抗結合子が種類毎に独立して固相上に固定されてなる1個の固相を用いるものであるのに対し,刊行物1記載の発明は,1つの固相に1種類の抗結合子が結合し,且つ,種類の異なった各固相が個別に独立して存在している複数の固相を用いるものである。しかるに,本件審決は,本願発明と刊行物1記載の発明との上記相違点を看過したものである。
すなわち,本件審決は,「抗結合子が種類毎に独立した固相」を一致点と認定するが,上記認定では,抗結合子と固相との関係が何ら特定されていない。
そして,本件審決は,相違点として,「本願発明では,形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,抗結合子が種類毎 に独立 した 前記展開要素上 に固定 されてなる 検出 ゾーン において ,前記結合体を捕獲して各々独立した帯を形成させ,」と認定しているが,上記のとおり,本願発明の分析方法に用いる展開要素は,「抗結合子が種類毎に独立して前記展開要素上に固定されてなる」ものであり,展開要素(固相)は一つであって,本件審決が認定するような「種類毎に独立した展開要素」を用いるものではない。
また,本件審決は,相違点として,「刊行物1には,抗結合子が種類毎 に独立 して 固定 される 固相 として,ポリスチレンビーズを使用することは記載されているが,」と認定しているが,上記のとおり,刊行物1の分析方法に用いられる固相は,1つの固相に1種類の抗結合子が結合し,且つ種類の異なった各固相が個別に独立して存在するものであって,本件審決が認定するような,「抗結合子が種類毎に独立して固定される固相(1個)」を用いるものではない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) 本件審決は,本願発明の前記相違点に係る構成は,当業者が容易に想到できる事項である旨判断したが,誤りである。
(1) イムノクロマト法について 本件審決は,相違点の判断の前提として,「従来,試験管の中でのビーズ状の固相や容器内壁などの固相を用いて行われていた抗原抗体反応を利用した免疫学的分析法に代えて,シート状の展開要素中に免疫複合体を毛管現象により展開し,展開要素上に該免疫複合体を捕捉する成分を固定した検出ゾーンにおいて展開し移動してくる免疫複合体を捕獲して捕獲帯を形成し,該捕獲帯に含まれる免疫複合体中のマーカーを測定又は検定する,試験管や容器等を使用せずに抗原抗体反応を行わせる方法は,本願明細書の従来技術についての段落【0004】〜【0009】の記載や刊行物2にも見られるように,「イムノクロマト法」や「イムノクロマトグラフ法」などと呼ばれ,免疫学的分析法の分野においては簡易性など種々の利点のある方法として周知の方法である。」と認定する。
しかしながら,本願明細書の従来技術についての段落【0004】〜【0009】の記載や刊行物2には,試験管の中でのビーズ状の固相や容器内壁などの固相を用いて行われていた抗原抗体反応を利用した免疫学的分析法については何も開示されていないし,ましてや,該免疫学的分析法に代えて,イムノクロマト法ないしイムノクロマトグラフ法(以下,単に「イムノクロマト法」という。)を行わせる方法が周知であることも何も開示されていないから,上記認定は誤りである。
(2) 容易想到性の論理付けについて 本件審決は,本願発明の具体的な構成要件のどの部分が刊行物1〜3のどの部分に該当し,刊行物1〜3の該当部分がどのような必然性でもってどのように結びつく結果,本願発明が当業者に容易に導きだせるかについて,具体的に説明しておらず,相違点に係る構成の容易想到性について十分な論理付けが示されていない。
(3) 本願発明の作用効果について 原告は,本願についての平成15年1月16日付け拒絶理由通知書に対して提出した平成15年3月14日付け意見書において,本願発明ではイムノクロマト法における検出ゾーンに固定される抗結合子として核酸を用いることにより,抗結合子として抗原又は抗体を検出ゾーンに固定するよりも極めて安定であり,また,核酸の塩基配列の相補的な一致率を変化させて検出感度をコントロールできるという,本願発明の顕著な作用効果を主張したが,本件審決は,本願発明の作用効果について何も言及しておらず,その顕著な作用効果を看過したものである。
被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(相違点の看過)について (1) まず,本願発明に係る請求項1には,原告の主張する「展開要素が1つであること」が記載されていないから,原告の主張は,特許請求の範囲に基づかない主張であって,その前提において誤っている。
(2) 仮に,本願発明が原告の主張するようなものであるとしても,その点は,本件審決が認定した相違点に含まれているから,結局,本件審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。
ア 本願発明においては,展開要素上には,相互間に「抗結合子」の存在していないゾーン部分を挟み複数独立した状態で存在する「検出ゾーン」に固定(結合)されて,「前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸」からなる抗結合子が種類毎に独立して存在している。
一方,刊行物1記載の発明では,分析物の種類毎に複合体を捕獲するための,「前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸」であるオリゴヌクレオチド(ON)からなる抗結合子が固定されている「固相」は,例えば実施例1〜2におけるポリスチレンビーズの形で,分析物の種類毎に個別に独立して存在しているものであるから,該固相に結合されて存在する抗結合子も分析物の種類毎に独立して存在している。
そうであるから,本願発明の固相である展開要素上に検出ゾーンで結合された抗結合子も,刊行物1記載のポリスチレンビーズを一例とする固相に結合された抗結合子も,固相において“分析物の種類毎に独立した”状態にあるという上位概念では共通している。本件審決は,一致点の項において,「抗結合子が分析物の種類毎に独立した状態で存在する固相において」という趣旨で,「抗結合子が種類毎に独立した固相において」と認定したものである。したがって,原告の主張する一致点認定の誤りはない。
イ そして,本件審決は,本願発明における展開要素と刊行物1記載の発明における固相についての上記一致点に収まらない点を,相違点として認定している。また,抗結合子と検出ゾーンないしポリスチレンボール固相との固定関係についても,相違点として認定している。したがって,原告の主張する相違点の看過はない。
なお,相違点のうち,「本願発明では,形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,抗結合子が種類毎に独立した前記展開要素上に固定されてなる検出ゾーンにおいて,前記結合体を捕獲して各々独立した帯を形成させ,」の下線部分「独立した」は,「独立して」の単なる誤記にすぎない。
また,相違点のうち,「刊行物1には,抗結合子が種類毎 に独立 して 固定される 固相 として,ポリスチレンビーズを使用することは記載されているが,」の下線部分の記載は,抗結合子が種類毎に独立して固相に固定されていることを示しているだけであり,その固相の数を1個に限定することは何ら記載されていない。原告の主張は,該記載を「固相を1個」と誤って解釈するものにすぎない。むしろ,該記載が複数の固相を示すことは,本件審決の認定した一致点及び相違点全体の記載をみれば明らかである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) イムノクロマト法について イムノアッセイ(免疫測定法)のうちのサンドイッチ法において,2つの抗原抗体反応,及び固相に結合したもの(bound)と液体試料中の分析物以外の様々な成分や未結合の標識抗体などを含む上清である結合しなかったもの(free)との分離(いわゆるB/F分離)等の複数段階のイムノアッセイのための操作工程は,容器内で行われることが,通常のことであった。
しかるに,イムノアッセイにおける抗原抗体反応やB/F分離を,上記のように容器内で行うのではなく,分離に基づく分析法であるクロマトグラフィーにおいて使用されているような,シート状展開要素を用いて行う発明も,1985年前後には種々出現してきた(乙6)。
このようなシート状展開要素を用いたサンドイッチ法に基づくイムノアッセイは,「イムノクロマト法」,「イムノクロマトグラフ法」等と称され,乙6の他にも本願出願前に多数出願されて,イムノアッセイの分野において,周知の技術となっている(乙7〜9)。
また,イムノクロマト法において,同時に2種以上の抗原あるいは抗体等の分析物を定量あるいは検出することも,本願出願前に周知であった(刊行物2,乙6〜8)。
本件審決のイムノクロマト法についての認定は,上記のような本願出願前の技術水準を踏まえたものであり,誤りはない。
(2) 容易想到性の論理付けについて 本願発明と刊行物1記載の発明との関係は,要するに,サンドイッチ状の複合体の固相への捕獲が,イムノクロマト法に見られるシート状の展開要素を使用する方法によるものであるか,容器を使用した免疫分析法であるかの違いである。
分析方法における簡便性や迅速性,高感度性などは,一般的に常に求められる技術的課題であるところ,シート状展開要素を用いるイムノクロマト法は,容器を用いて行われる分析方法に比較して,簡便で迅速的であることが当業者に広く知られている方法である。
そして,本件審決は,イムノクロマト法にも,展開要素上の検出ゾーンで捕獲後の複合体の状態が,標識抗体-抗原(分析物)-検出ゾーン固定化抗体からなる基本的なサンドイッチ状の3者複合体である場合だけでなく,展開し移動してくる標識抗体-抗原(分析物)-捕獲可能種結合抗体からなるサンドイッチ状の3者複合体を検出ゾーンに固定化された捕獲成分により捕獲した,標識抗体-抗原(分析物)-捕獲可能種結合抗体-検出ゾーン固定化捕獲成分からなる4者複合体である場合もあること(刊行物3),及び2以上の分析物のイムノクロマト法による分析をあたかも新規な事項であるかのように本願明細書に記載しているので,それも本願出願前に公知の事項であること(刊行物2)を示し,刊行物1記載の発明のサンドイッチ状の複合体の固相への捕捉が分析物の種類毎に別個の容器内で行われる方法を,イムノクロマト法に見られるシート状の展開要素を使用する方法に変更するに際して,刊行物1記載の発明の核酸の相補性を利用して固相で捕獲された複合体の状態が4者複合体であること,及び2以上の分析物を測定することが,固相への複合体捕捉をイムノクロマト法化する際の阻害要因になるものでないことを明らかにした上で,刊行物1記載の発明を本願発明のように変更することは,当業者が容易に想到できる事項であると判断したもので,同判断に誤りはない。
(3) 本願発明の作用効果について 刊行物1には,免疫複合体-標識物導入体を含む混合物を固相と核酸結合させる時間は,従来の抗原抗体反応を利用した場合に比べて極めて短時間とすることができることが記載されている。シート状の展開要素上の検出ゾーンで展開し移動してくる複合体を捕獲する際には,固相との結合に必要な反応がより短時間である方が,確実に安定して捕獲を行えることは,容易に予測できる事項である。
また,試薬として用いる抗体は,マウスなどの動物体内で作成しなければならないところ,どのような抗体が作成されるかは偶然によるものであって,その抗原と結合する能力について,予め人間が意図的に設計できるものではないし,他の抗原と結合する交差(交叉)反応性を示すものもある(乙10,11)。
一方,核酸は,本願出願前,DNA合成機を用いて自動的に合成されるなどして,試薬としての様々な塩基配列や長さの核酸の入手が確立しているものである(乙12)。しかも,核酸の相補性を利用したハイブリダイゼーションによる核酸同士の結合のし易さは,設計プログラムさえ存在し,人為的にコントロールできる(乙12,13)。そして,核酸の相補性を利用したハイブリダイゼーションによる核酸同士の結合は,当業者であれば,当然に生化学の基礎的な常識として認識している事項である。
したがって,複合体中の結合子と展開要素上の検出ゾーンに固定された抗結合子との核酸同士の結合能を調整することにより,高感度化を図ったり,逆に検出感度を低く調整することが可能であることは,刊行物1に記載された核酸の相補性を利用して複合体を固相に捕獲すること自体から,当業者であれば,予測できる範囲内の事項である。
よって,本件審決には,原告主張の顕著な作用効果の看過はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について 原告は,「本願発明は,抗結合子が種類毎に独立して固相上に固定されてなる1個の固相を用いるものであるのに対し,刊行物1記載の発明は,1つの固相に1種類の抗結合子が結合し,且つ,種類の異なった各固相が個別に独立して存在している複数の固相を用いるものであるところ,本件審決は,本願発明と刊行物1記載の発明との上記相違点を看過したものである。」旨主張する。
(1) 本願発明に係る請求項をみると,展開要素に関しては,「(2)…複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させること,」,「(3)…抗結合子 が種類毎 に独立 して 前記展開要素上 に固定 されてなる 検出 ゾーン において,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲して各々独立した帯を形成させること,」という記載があるのみであり,展開要素の数についての記載はない。
実際,ヌクレオチドON1’,ON2’,ON3’の3種類の抗結合子を展開要素上に固定する場合を考察するに,本願明細書の図2に示されるように,1つの展開要素上に間隔を隔ててこれら3つを配置することと同様に,ON1’とON2’の間,及びON2’とON3’の間の展開要素を除去して,該除去した部分に分析物を含む液体試料の通路を配置したもの(つまり,展開要素を3つに分割したもの)も,本願発明に係る請求項記載の構成をすべて満たしていると解することができる。
換言すれば,本願発明においては,抗結合子が固相上に固定されている検出ゾーン毎に,抗結合子が種類毎に独立して存在していれば良いのであって,各検出ゾーンが1つの展開要素上に固定されていることは何ら規定されていないのである。
したがって,本願発明における「展開要素」(固相)の数が1つである旨の原告の上記主張は,請求項の記載に基づかないものであって,理由がない。(なお,仮に,原告の主張するように,本願発明における「展開要素」(固相)の数が1つであり,この点が本願発明と刊行物1記載の発明の相違点となるとしても,展開要素を2つ以上に分割するか1つにするかは,当業者が必要に応じて適宜行うことができる設計事項というべきであるから,このことは,本件審決の結論を何ら左右するものではない。) (2) 一致点の認定について 原告は,本件審決が認定した「抗結合子が種類毎に独立した固相」という一致点では,抗結合子と固相との関係が何ら特定されていない旨主張する。
しかしながら,本件審決は,相違点として,後記(3)ウのとおり認定しており,本願発明及び刊行物1記載の発明における抗結合子と固相との詳細な関係は,相違点として認定されているから,同関係が一致点として認定されていなくても,何ら問題はない。
なお,刊行物1には,固相に関して,「本発明で使用される固相には,例えば,ポリスチレンが好適に使用される」(9頁6〜7行),「第3図は,本発明の一種類以上の抗原の分析試薬と組み合わせて使用されるヌクレオチドが結合した固相の1例を示し,第3図(a)はヌクレオチドON1に相補的な塩基配列を有するヌクレオチド(ON)が結合された固相(抗原A用固相),第3図(b)はヌクレオチドON2に相補的な塩基配列を有するヌクレオチド(ON)が結合された固相(抗原B用固相),第3図(c)はヌクレオチドON3に相補的な塩基配列を有するヌクレオチド(ON)が結合された固相(抗原C用固相)をそれぞれ示す。これらの種類の異なる各固相は個別に独立して存在している。これらの各固相は,第2図に示される一種類以上の抗原の分析試薬と組み合されて使用され,これらは本発明の分析キットの1例を構成している。」(10頁4〜14行),「これらのオリゴヌクレオチドをそれぞれアミノ基が導入されたポリスチレンビーズにグルタルアルデヒドを用いて共有結合させた後,…保存した。(以下,ヌクレオチドペア1(+)を結合させたものを固相A,ヌクレオチドペア2(+)を結合させたものを固相B,ヌクレオチドペア3(+)を結合させたものを固相Cとする。)」(16頁13〜20行)との記載がある。これらの記載によれば,刊行物1記載の発明では,本願発明の抗結合子に相当するヌクレオチドが固定されたポリスチレンビーズ(固相)からなる検出ゾーンは,ヌクレオチドの種類毎に独立して存在していること,すなわち,刊行物1記載の発明が,「抗結合子が種類毎に独立して固相に固定されてなる検出ゾーン」を有するものであることが明らかである。
そうすると,本願発明も,刊行物1記載の発明も,「抗結合子が種類毎に独立して固相に固定されてなる検出ゾーン」を有する点で一致すると認められる。
本件審決の認定した一致点のうち,「前記複合体中の結合子に対して相補的な配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎 に独立 した 固相 において,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲させること,」の部分は,そのうちの下線部がやや不正確な表現ではあるものの,上記の趣旨を述べるものと理解することができるから,本件審決の上記認定に誤りはない。
そして,本件審決の認定した一致点のうちその余の部分については,当事者間に争いがないから,結局,本件審決の一致点の認定は相当である。
(3) 相違点の認定について ア 原告は,本願発明の展開要素(固相)は一つであるから,本件審決の認定した相違点における「本願発明では,形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,抗結合子が種類毎 に独立 した 前記展開要素上 に固定 されてなる 検出 ゾーン において ,前記結合体を捕獲して各々独立した帯を形成させ,」の下線部は誤りである旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,本願発明における「展開要素」(固相)の数が1つであるという点は,請求項の記載に基づかないものであるから,原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
なお,本願発明に係る請求項のうち,上記認定に対応する部分は,「(2)形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させること,(3)前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎 に独立 して 前記展開要素上 に固定 されてなる 検出ゾーン において ,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲して各々独立した帯を形成させること,」というものであるから,上記認定された相違点の下線部のうち「独立した」の部分が「独立して」の単なる誤記であることは明らかである。このことは,本件審決の「相違点についての検討」の項の「そうすると,…刊行物1記載の免疫学的分析法についても,イムノクロマト法を採用して,…(2)形成された2種類以上の複合体を,シート状の展開要素中に毛管現象により展開させ,(3)前記複合体中の結合子に対して相補的な塩基配列を有する核酸からなる抗結合子が種類毎 に独立 して 前記展開要素上 に固定されてなる 検出 ゾーン において ,前記結合子と前記抗結合子間の相補的結合により分析物の種類毎に前記複合体を捕獲して各々独立した帯を形成させ(る)…ように,分析方法を変更するようなことは,当業者が容易に想到できる事項である。」の下線部において,本願発明に係る請求項と同一の記載がされていることからも明らかである。
イ また,原告は,刊行物1記載の発明は,「抗結合子が種類毎に独立して固定されている固相(1個)」を用いるものでないから,本件審決の認定した相違点における「刊行物1には,抗結合子が種類毎 に独立 して 固定 される 固相 として,ポリスチレンビーズを使用することは記載されているが,」の下線部は誤りである旨主張する。
しかしながら,本件審決の認定した上記相違点では,刊行物1の固相が1個であるとの限定は何ら記載されていないから,原告の上記主張は,本件審決を正解しないものであり,理由がない。なお,上記下線部が,より正確には,「抗結合子が種類毎に独立して固相に固定されてなる検出ゾーン」との趣旨と理解されることは,前記のとおりである。
ウ そして,本件審決の認定した相違点は,次のとおりであって,本願発明の構成のうち,一致点として認定された部分以外は,すべて相違点として挙げられているから,本件審決の相違点の認定は相当であり,相違点の看過はない。
「本願発明では,形成された 2種類以上 の複合体 を,シート 状の展開要素中に毛管現象 により 展開 させ ,抗結合子 が種類毎 に独立 した (「 独立 して 」の誤記と認める 。) 前記展開要素上 に固定 されてなる 検出 ゾーン において ,前記結合体 を捕獲 して 各々独立 した 帯を形成 させ ,前記検出 ゾーン で形成 された 帯に含まれる マーカー を測定又 は検定 するものである のに対し,刊行物1には,抗結合子が種類毎に独立して固定される固相として,ポリスチレンビーズを使用することは記載されているが,形成された 2種類以上 の複合体 をシート 状の展開要素中 に毛管現象 により展開 させ ,抗結合子 が種類毎 に独立 した (「 独立 して 」の誤記 と認める 。) 前記展開要素上 に固定 されてなる 検出 ゾーン において 捕獲 し,各々独立 した 帯を形成 させ,前記検出 ゾーン で形成 された 帯に含まれる マーカー を測定又 は検定 することは記載 されていない 点。」 (4) 以上のとおり,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) イムノクロマト法について 原告は,「本願明細書の従来技術についての段落【0004】〜【0009】の記載や刊行物2には,試験管の中でのビーズ状の固相や容器内壁などの固相を用いて行われていた抗原抗体反応を利用した免疫学的分析法については何も開示されていないし,ましてや,該免疫学的分析法に代えて,イムノクロマト法を行わせる方法が周知であることも何も開示されていないから,本件審決のイムノクロマト法についての認定は誤りである。」旨主張する。
ア(ア) 本願明細書には,次の記載がある。
「【0004】近年,こうした問題を解決できるように,免疫反応とクロマトグラフィーを組み合わせた方法(以下,イムノクロマト法と略記する。)が開発された。従来のイムノクロマト法の標準的な原理を次に説明する。
【0005】従来のイムノクロマト法に使用される分析装置は,ニトロセルロース膜などの多孔質性でシート状の展開要素の一端に,分析物を含む液体試料を適用するための適用ゾーンが設けられ,他方端に展開要素を毛管現象により移動してきた液体を受入れるための吸水ゾーンが設けられ,それらの間で適用ゾーンに近い側にマーカー標識化免疫物質が含まれている封入ゾーンが配置され,適用ゾーンに遠い側に,分析物と標識化物からなる複合体を結合するための免疫物質が固定された検出ゾーンが配置されたものである。
【0006】このような分析装置を用いた分析方法は,まず測定すべき分析物を含む液体試料が,適用ゾーンに適用されると,液体試料は毛管現象により,マーカー標識化免疫物質が含まれる封入ゾーンに移動する。該封入ゾーンにおいて,マーカー標識化免疫物質と分析物が免疫学的親和性により結合し,マーカー標識化免疫複合体が形成される。該マーカー標識化免疫複合体は,毛管現象及び/又は拡散により,展開要素を展開移動して検出ゾーンに達し,該検出ゾーンに固定化されている免疫物質によって捕獲される。該検出ゾーンで捕獲されたマーカー標識化免疫複合体中のマーカーについて測定あるいは検出することによって,液体試料中に含まれている分析物の量の測定あるいはその存在を検定することができる。
【0007】この方法は,免疫化学的活性物質の測定検出のひとつである酵素免疫測定法などに比べ,測定途中で洗浄操作が不要で,また目視により検定が可能であるのでマーカーを検出するための測定装置も特に必須ではなく,さらに分析装置に含まれる試薬が乾燥状態で保たれるために室温で長期保存が可能という点に特徴を有する。このような従来のイムノクロマト法によれば,医師が採取した検体を直ちに医師自身が検査することができるので,患者の臨床的な症状と免疫学的な検査結果を総合して医師が短時間で診断をくだすことができ,そのため,治療のタイミングを逸してしまうことは少なくなるという利点がある。
【0008】イムノクロマト法に関してはいくつかの特許が公開されている。例えば,特公平7-13640号公報に記載のイムノクロマト法は,…。
【0009】また,特許第2504923号明細書に記載のイムノクロマト法は,…。」 (イ) また,刊行物2には次の記載がある。
「【0008】…本法の検出手段として用いるイムノクロマトグラフィーは,クロマトグラフィーの体系からみると,まさしくアフィニティークロマトグラフィーに包括されるべきものであって,…。
【0009】すなわち,あらかじめ支持体上に固相化した抗原もしくは抗体が存在し,支持体の下端に着色した標識微粒子が水などの溶媒を媒体として支持体のもつ毛細管現象の作用で順次拡散・移動し,その際,免疫的に形成せしめた複合体-着色標識粒子によって,先の抗原もしくは抗体を固相化しておいた位置にその複合体-微粒子が到達し,その場所で特異的に抗原-抗体反応を生じ,着色シグナルとして目視的に観察することができるものである。
【0010】以上のようなアフィニティークロマトグラフィーの原理に基づいて,本法をさらに発展せしめ鋭意研究を重ねた結果,以下,本発明の完成に至った。…」 (ウ) さらに,特開昭61-145459号公報(乙6),特開平5-5743号公報(乙7),特開平6-160388号公報(乙8),特開平4-299262号公報(乙9)にも,同様に,本願発明の展開要素に相当する「シート状試験エレメント」,「多孔性担体」及び「乾燥多孔質免疫クロマトグラフィーキャリア材料からなるストリップ若しくはシート」等を用いたイムノクロマト法について記載されている。
(エ) これらの記載によれば,シート状の展開要素中に免疫複合体を毛(細)管現象により展開し,展開要素上に該免疫複合体を捕獲して捕獲帯を形成し,該捕獲帯に含まれる免疫複合体中のマーカーを測定又は検定するイムノクロマト法が,本願出願前に周知であったことが明らかである。
イ(ア) そして,イムノアッセイ(免疫測定法)とは,生体に侵入する細菌等 の異物(抗原)に対して,生体が防御機構のひとつとして有している,抗体による免疫反応(すなわち抗原-抗体反応)が,抗原に特異的であるという点に着目し,微量の分析物の測定に利用されているものであることは,技術常識であるところ,「酵素免疫測定法 第2版」(昭和57年株式会社医学書院発行)(乙3)には,酵素を利用したイムノアッセイについて,図1(32〜33頁)に第1抗体固定法による抗原測定が,また,図7(42頁)にサンドイッチ法による抗原測定がそれぞれ図示されており,これらの図面によれば,表面に抗体を固定した支持体は,容器底面に配置され,これらの測定が容器内で行われることが認められる。また,図1に関する説明には,「図1@@に示すように予め抗体を支持体に結合させ,固相の状態(固相化抗体)にしておく。この際の支持体としては,図のようにチューブそのものを使う場合もあり,また,容易に取り出せる球形や,板状の固体を使う場合もある。…」(31頁6〜9行)との記載があり,支持体として球形(ボール状)のものやチューブそのもの(試験管状容器内壁)等を使用することも認められる。
(イ) また,特開昭61-145459号公報(昭和60年12月13日出願)(乙6)には,次の記載がある。
「診断方法において,特定の化合物を同定および測定することができるようになったため,医薬の投与,生理活性化合物またはその二次生産物および感染症の診断のモニターが可能となっている。この点に関し,免疫検定法…は特に重要である。… 従来の試験は高感度で特異的ではあるが,それらは試験に長時間(大抵の場合数時間あるいは数日間も)要しまた多くの試験段階例えば免疫反応,洗浄段階および酵素反応などを要するため便利な応用形態を呈していない。前述の長い試験時間は救急診断法に用いるのにはふさわしくない。
本発明に記載されているような一体化された乾燥化学試験エレメントは試験実施を簡素化しまた試験時間を短縮する。
固相検出を用いる不均質免疫検定法の免疫反応,作用の遂行および「結合相-遊離相(bound-free)」分離のためのすべての成分が一体化されているシート状試験エレメントは,これまで全く記載されていない。」(3頁右上欄11行〜右下欄2行) (ウ) これらの記載によれば,乙3出版時である昭和57年ころには,イムノアッセイにおいて,抗体を固定した支持体として容器内壁そのものや球形のもの等が使用されていたが,多くの試験段階や試験時間を要するなどという問題点を解決するため,乙6出願時である昭和60年ころからイムノクロマト法が開発されてきたことが認められる。
ウ 上記ア,イ認定の事実によれば,本件審決が,上記のような従来技術の流れを前提として,「従来,試験管の中でのビーズ状の固相や容器内壁などの固相を用いて行われていた抗原抗体反応を利用した免疫学的分析法に代えて,シート状の展開要素中に免疫複合体を毛管現象により展開し,展開要素上に該免疫複合体を捕獲して捕獲帯を形成し,該捕獲帯に含まれる免疫複合体中のマーカーを測定又は検定する,試験管や容器等を使用せずに抗原抗体反応を行わせる方法は,本願明細書の従来技術についての段落【0004】〜【0009】の記載や刊行物2にも見られるように,「イムノクロマト法」,「イムノクロマトグラフ法」などと呼ばれ,免疫学的分析法の分野においては簡易性など種々の利点のある方法として周知の方法である。」と認定したことに誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。
(2) 容易想到性の論理付けについて 原告は,本件審決が相違点に係る構成についての容易想到性について十分な論理付けを示していない旨主張する。
本件審決の認定した相違点につき明白な誤記があるものの,その認定が相当であることは,前記1(3)ウのとおりである。そして,上記相違点は,要するに,本願発明は,イムノアッセイの中でも,シート状の展開要素中に免疫複合体を毛(細)管現象により展開し,展開要素上に該免疫複合体を捕獲して捕獲帯を形成し,該捕獲帯に含まれる免疫複合体中のマーカーを測定又は検定するイムノクロマト法を用いるものであるのに対し,刊行物1記載の発明は,イムノアッセイではあるものの,イムノクロマト法を用いず,抗結合子が種類毎に独立して固相に固定されてなる検出ゾーンとして,ポリスチレンビーズ(球形)を用いるものであるということである。
しかるに,上記(1)のとおり,従前は,イムノアッセイにおいて,抗体を固定した支持体として球形のもの等が使用されていたが,多くの試験段階や試験時間を要するなどという問題点を解決するため,昭和60年ころからイムノクロマト法が開発され,本願出願時までにイムノクロマト法が周知になっていたものである。
そうであれば,刊行物1記載の発明のポリスチレンビーズ(球形)を用いる方法に,周知のイムノクロマト法を適用して,本願発明の構成とすることは,当業者であれば,容易に想到することができた事項というべきである。したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(なお,本件審決は,さらに,刊行物2,3を引用して,イムノクロマト法においても,「検出ゾーンで捕獲後の複合体の状態が,標識抗体-抗原(分析物)-捕獲可能種結合抗体-検出ゾーン固定化捕獲成分からなる4者複合体であること」や「2つ以上の分析物を種類毎に分析すること」が公知であった旨説示する。
しかしながら,これらの事項は,既に刊行物1に記載されている。換言すれば,これらの事項は,一致点として認定されており,その一致点認定が相当であることは,前記1(2)のとおりである。したがって,刊行物2,3の上記記載事項を引用するまでもなく,本願発明の構成の容易想到性は明らかというべきである。) (3) 本願発明の作用効果について 原告は,本願発明ではイムノクロマトグラフ法における検出ゾーンに固定される抗結合子として核酸を用いることにより,抗結合子として抗原又は抗体を検出ゾーンに固定するよりも極めて安定であり,また,核酸の塩基配列の相補的な一致率を変化させて検出感度をコントロールできるという顕著な作用効果を奏するところ,本件審決は,この顕著な作用効果を看過した旨主張する。
しかしながら,本願発明の上記効果は,抗結合子として結合子と相補的な核酸を利用することにより奏されるものであるところ,既に,刊行物1に,イムノアッセイ法において,抗結合子として結合子と相補的な核酸を利用することは記載されている。換言すれば,本件審決は,一致点として,「前記複合体中の結合子 に対して 相補的 な塩基配列 を有する 核酸 からなる 抗結合子 が種類毎に独立した固相において,前記結合子と前記抗結合子間 の相補的結合 により 分析物 の種類毎 に前記複合体 を捕獲 させること ,」を認定しており,その下線部の認定が相当であることは,前記1(2)のとおりである。したがって,本願発明の上記効果も,刊行物1から当業者が予測可能なものというべきであり,これと同旨の本件審決の認定に誤りはない。
(4) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人