運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2001-35463
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10073審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成18行ケ10406審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10416特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  慣用技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  複雑高度な実験 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  実施 /  構成要件 /  実施料 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  訂正明細書 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 220号 審決取消請求事件
原告 カイロンコーポレイション
訴訟代理人弁護士 花岡巖
同 木崎孝
訴訟代理人弁理士 山本秀策
同 谷剛志
被告 シスメックス株式会社
訴訟代理人弁護士 小林幸夫
訴訟代理人弁理士 西野卓嗣
同 奥村茂樹
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2001-35463号事件について平成15年1月21日にした審決中,「特許第2733138号の請求項1ないし12に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「抗HCV抗体の免疫アッセイに使用するC型肝炎ウイルス(HCV)抗原の組合せ」とする特許第2733138号の特許(パリ条約に基づく優先権(優先権主張日1990年4月4日(以下「本件優先日」という。))を主張して平成3年3月29日出願,平成9年12月26日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は,後記本件訂正により12となった。)の特許権者である。
被告は,平成13年10月22日,本件特許をすべての請求項に関して無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,これを無効2001-35463号事件として審理した。原告は,審理の過程で,平成14年5月21日,特許請求の範囲の文言の訂正に係る明細書の訂正(以下「本件訂正」といい,訂正後の明細書を「本件明細書」という。)を請求した。特許庁は,審理の結果,平成15年1月21日,本件訂正の請求を認めた上で,「特許第2733138号の請求項1ないし12に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同月31日,その謄本を原告に送達した(なお,出訴期間として90日が付加された。)。
2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの) (1) 請求項1 C型肝炎ウイルス(HCV)に対する抗体を含むと思われる哺乳類体成分において該抗体を検出するための,化学合成または組換え発現により生成されるHCV抗原の組合せを含む物質の組成物であって, (a) HCVポリタンパク質のCドメインからのエピトープを含む第1HCV抗原;および (b) 以下からなる群から選択される少なくとも1つの別のHCV抗原(第2HCV抗原): (i) HCVポリタンパク質のNS3ドメインからのエピトープを含むHCV抗原; (ii)HCVポリタンパク質のNS4ドメインからのエピトープを含むHCV抗原; (iii)HCVポリタンパク質のSドメインからのエピトープを含むHCV抗原; および (iv)HCVポリタンパク質のNS5ドメインからのエピトープを含むHCV抗原, ただし,該組合せは,ペプチドp1(アミノ酸1位〜75位)とc100との組合せ,ペプチドp35(アミノ酸35位〜75位)とc100との組合せ,ペプチドp99(アミノ酸99位〜126位)とc100との組合せを含まない, を含む,組成物。
(2) 請求項2 以下からなる群から選択される第3HCV抗原: (i) HCVポリタンパク質のNS3ドメイン由来のエピトープを含むHCV抗原; (ii)HCVポリタンパク質のNS4ドメインからのエピトープを含むHCV抗原; (iii)HCVポリタンパク質のSドメインからのエピトープを含むHCV抗原; および (iv)HCVポリタンパク質のNS5ドメインからのエピトープを含むHCV抗原, をさらに含み,ここで,前記第2HCV抗原と該第3HCV抗原とは,HCVポリタンパク質の異なるドメインからのエピトープを含む,請求項1に記載の組成物。
(3) 請求項3 前記第2HCV抗原が,HCVポリタンパク質のNS3ドメインからのエピトープを有する,請求項1または2に記載の組成物。
(4) 請求項4 前記第2HCV抗原が,HCVポリタンパク質のNS4ドメインからのエピトープを有する,請求項1または2に記載の組成物。
(5) 請求項5 前記第2HCV抗原が,HCVポリタンパク質のSドメインからのエピトープを有する,請求項1または2に記載の組成物。
(6) 請求項6 前記第2HCV抗原が,HCVポリタンパク質のNS5ドメインからのエピトープを有する,請求項1または2に記載の組成物。
(7) 請求項7 前記組合せが,融合ポリペプチドの形態である,請求項1,2,3,4,5,または6に記載の組成物。
(8) 請求項8 前記組合せが,前記第1HCV抗原および前記第2HCV抗原のそれぞれが共通の固体マトリックスに結合した形態である,請求項1,2,3,4,5,または6に記載の組成物。
(9) 請求項9 前記組合せが,前記第1HCV抗原と,前記第2HCV抗原との混合物の形態である,請求項1,2,3,4,5,または6に記載の組成物。
(10)請求項10 C型肝炎ウイルス(HCV)に対する抗体を含むと思われる哺乳類体成分において,該抗体を検出する方法であって,抗原抗体反応を起こさせる条件下で,該哺乳類体成分を請求項1〜9のいずれかに記載の組成物に接触させる工程;および該抗体と該組成物中のHCV抗原との免疫複合体の存在を検出する工程,を包含する方法。
(11)請求項11 C型肝炎ウイルス(HCV)に対する抗体を含むと思われる哺乳類体成分において,該抗体を検出する方法であって, 抗原抗体反応を起こさせる条件下で,該哺乳類体成分を,以下の(a)および(b)を含む化学的合成または組換え発現により生成されるHCV抗原のパネルに接触させる工程: (a) HCVポリタンパク質のCドメインからのエピトープを含む第1HCV抗原;および (b) 以下からなる群から選択される少なくとも1つの別のHCV抗原: (i) HCVポリタンパク質のNS3ドメインからのエピトープを含むHCV抗原; (ii)HCVポリタンパク質のNS4ドメインからのエピトープを含むHCV抗原; (iii)HCVポリタンパク質のSドメインからのエピトープを含むHCV抗原; および (iv)HCVポリタンパク質のNS5ドメインからのエピトープを含むHCV抗原, ただし,(a)および(b)の組合せは,ペプチドp1(アミノ酸1位〜75位)とc100との組合せ,ペプチドp35(アミノ酸35位〜75位)とc100との組合せ,ペプチドp99(アミノ酸99位〜126位)とc100との組合せを含まない;ならびに 該抗体および該HCV抗原の免疫複合体の存在を検出する工程, を包含する方法。
(12)請求項12 C型肝炎ウイルス(HCV)に対する抗体を含むと思われる哺乳類体成分において,該抗体を検出するアッセイを実施するためのキットであって,パッケージされた状態で, (a) 請求項1〜9のいずれかに記載の組成物, (b) 標準コントロール試薬,および (c) 該アッセイを実施するための指導書, を組合せて含む,キット。
(以下,「本件発明1」,「本件発明2」・・・「本件発明12」といい,合わせて「本件発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明1ないし12は,平成5年法律第26号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条4項の要件を満たしていないものであり,また,本件発明1ないし6,8ないし12は,同法29条の2第1項の規定に違反してなされたものであるから,無効とする,というものである。
原告の主張の要点
審決は,本件発明について,その特徴を誤認し,本件優先日時点における当業者の技術常識を誤認して,本件明細書は旧特許法36条4項の要件を満たしていないと誤って判断するとともに,本件発明1ないし6,8ないし12について,引用文献の優先権主張の有効性及び記載内容並びに当業者の技術常識を誤認して,各発明と先願発明との対比を誤り,旧特許法第29条の2第1項の規定に該当するとの誤った結論を導いたものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 本件発明1ないし6,8ないし12についての取消事由 【旧特許法36条4項違反の判断の誤り】 (1) 審決は,「訂正明細書発明の詳細な説明には・・・HCVポリタンパク質の上記各ドメインのどの部位がエピトープであるかは記載されておらず」(審決書8頁)と認定している。
しかし,そもそも,HCVポリタンパク質の上記各ドメインにおいて,エピトープがどの部位であるかは,本件発明の実施可能要件とは無関係であり,審決は本件発明の特徴を誤認したものである。
ア 本件発明の特許請求の範囲の記載は,「・・・HCVポリタンパク質のCドメインからのエピトープを含む第1HCV抗原・・・」などとなっており,本件発明において重要なのは,各抗原における配列の由来(どのドメインからのものか)及びその抗原がエピトープを含むかどうか(すなわち,HCVに対して抗原性を有するかどうか)であり,エピトープがドメインのどの部位であるかは関係がない。
イ 本件発明は,少なくとも2種の抗原の組合せを構成要件とするものであり,その本質・技術思想は,HCVポリタンパク質の特定のドメインに由来する抗原の組合せが,抗原抗体反応の検出に顕著な効果を有する,というものであって,用いるHCV抗原が特定のエピトープを有することに特徴があるわけではないから,エピトープを特定する必要は全くない。
ウ 本件発明は,請求項の記載から明らかなように,「C型肝炎ウイルス(HCV)に対する抗体を含むと思われる哺乳類体成分において該抗体を検出する」ものである。
患者の体内において,HCVのようなウイルスに対する抗体は,ポリクローナルの形態をとり,非常に多種類のものが存在するから,本件発明において,抗原により同定しようとする抗体は,特定のエピトープに結合する単一の抗体というわけではない。このような多種類の抗体を含む(と思われる)サンプルから,HCV抗原に反応する抗体(これは,特定のエピトープに結合する単一の抗体というわけではない)を検出することが本件発明の本質であり,本件発明は,個々のエピトープを特定することを目的とするものではない。
したがって,本件発明を実施するためには,抗原の中のどの位置にどのような構造のエピトープが存在するかを特定する必要はなく,当該抗原がHCV抗体と結合するという性質さえ確認できれば充分なのである。
エ HCV抗原がHCVポリタンパク質の特定のドメイン由来のエピトープを含むかどうかは,その配列を確認すれば容易に判定することができるのであり,本件発明を実施する上で,その配列のどの部分がエピトープの活性を有するかどうかまで決定する必要はない。このほか,本件発明を実施するためには,HCV抗原の作製と,作製したHCV抗原が抗原抗体反応を有するか否かの判定ができれば足りる。
これらのことは,次のとおり,本件優先日当時の周知技術により当業者が容易に実行できたものである。
(ア) 抗原の作製は,周知慣用技術である合成法又は組換え技術によって行うことができた。
(イ) 作製したHCV抗原が抗原抗体反応を有するか否かも,容易に判定できた。
すなわち,ELISA(酵素免疫測定法)のほか,免疫蛍光法,ラジオイムノアッセイ(RIA)が,抗原抗体反応検出手段として,本件優先日前に周知慣用の技術となっていた。
(ウ) エピトープが特定ドメイン由来であるかどうかの判定(おおよその抗原性領域の特定)も,周知慣用技術である配列決定法を用いれば,容易に実施することができた。
(エ) 抗原を決定,選択,判定する方法であるスクリーニング法も,本件優先日前に周知技術となっていた。
(2) エピトープの特定が必要であるとしても,アミノ酸配列の一位の違いも許さないような厳密な特定は不要であり,おおよその抗原性領域の特定で足りるし,仮に,そうではないとしても,エピトープの特定は,以下に述べるとおり,本件優先日時点における技術常識に基づいて,当業者が容易にできたものである。したがって,本件明細書は,本件優先日時点の技術常識に鑑みれば,HCVポリタンパク質の各ドメインのエピトープがどの部位であるかを,当業者が理解し,実施することができるように記載されている,ということができる。エピトープの特定に,過度の実験を要するとして,本件発明の実施可能性を否定した審決の判断は誤っている。
ア 審決は,過度の実験が必要であることの理由として,「・・・例えば1011個のアミノ酸配列からなるNS5ドメインについては,少なくとも5個のアミノ酸配列からなる断片(フラグメント)の数は50万通り以上存在し得る。1個の「ドメインフラグメントの抗原性は,当業者により容易にスクリーニングされる」としても,そのような膨大数の断片の抗原性の確認には,ペプチド断片の化学合成あるいは組換え発現により作製,精製,抗原抗体反応試験と,当業者にとって過大な実験を要する。しかも,本件発明では,抗原性のあるドメインフラグメントを利用するとしても,請求項1にあるように,1種類のHCV抗原ペプチドだけ使用するものでなく,必要なHCV抗原の組合せを得るためには,他のドメインについても,ドメインを構成するアミノ酸数がそれぞれ120,590,360,280とNS5ドメインよりも少ないとはいえ,Cドメイン,NS3ドメイン,NS4ドメイン,Sドメインの可能性ある約7800通りから16万通り以上のドメイン断片についても,同様にその抗原性を確認しなければならず,それらの確認作業は,全体として当業者にとって,過大な実験といわざるをえないものである。」(審決書11頁)と判断している。
しかし,この判断は,当該分野において技術常識を構成していた技術であっても,その技術を実施するための試験の回数又は工程数(いわゆるルーチンワーク)が単に多いという理由のみによって,その技術の実施が当業者にとって過度の実験となるとするものであり,誤りである。
イ 特許庁の審査基準によれば,単に工程数が多いだけで,期待し得る程度を超える試行錯誤又は複雑高度な実験等を行う必要があるとはいえないこと,単純作業の繰返し回数が多いことを理由として,実施可能要件が満たされていないとすることができないことは,明らかである。過度の実験とは,当業者が通常行い得ない程度の高度の,又は想定外の技術をいうのであって,ルーチンワークや単純作業は含まれないと解すべきである。
本件の場合は,仮に各断片について試験を行うにしても,それぞれについて,陰性・陽性を単純に繰り返して測定するだけであり,解決の見通しが立たない状況はなく,このような見通しの明らかな状況において単純作業・ルーチンワークを繰り返すことは,過度の実験に当たらない。
ウ 本件発明は物の発明である。物の発明実施について,特許庁の審査基準は,「「実施をすることができる」とは,物の発明にあってはその物を作れること,その物を使用できることであり・・・」としている。そして,前記のとおり,本件明細書に記載された配列情報に基づき,合成法及び遺伝子工学による産生法,並びにELISAなどの原理を用いたスクリーニング法などによって,本件発明を作り,診断等に使用できることは明らかであるから,本件発明が実施可能要件を満たさないとはいえないのであって,単純作業の繰り返しに時間や経費等がかかるとしても,そのことは,発明の実施可能要件と無関係である。
エ 審決が認定する実験回数は過大であり,実験回数は,2400回程度で足りる。
(ア) 前記のとおり,審決は,過度の実験になる理由として,1011個のアミノ酸配列からなるNS5ドメインについて,5個以上のアミノ酸からなる断片は50万通り以上存在し得,そのような膨大な数の断片の抗原性の確認は過度の実験となる,としている。
しかし,本件発明を実施するためには,エピトープを含む抗原を,HCVのCドメイン,NS3ドメイン,NS4ドメイン,Sドメイン及びNS5ドメイン(以下「本件ドメイン」という。)に基づいて作製でき,本件発明の抗原の候補としてのペプチド断片がHCVに対する抗体と反応するか否かを試験すればよいのであって,本件ドメイン全体にわたってエピトープを同定する必要はない。
NS5ドメイン全体について,それに由来するエピトープを含む抗原を作製するとしても,5個以上のアミノ酸からなる断片50万通りすべてについて抗原性の確認などする必要はなく,1000通り程度のペプチド断片について試験すればよい。また,本件ドメイン全体について考えても,10残基長のペプチド断片2400通り程度について試験すれば十分である。
(イ) 本件発明を,ペップスキャンにより実施する場合,そのために必要となる時間は,@ペプチド合成に必要な時間とA免疫アッセイに必要な時間である。
本件優先日当時,多数の業者がエピトープマッピングを含めペプチドの受託合成を行っており,その納期は一般的に2〜4週間程度であった。業者に依頼せずに自ら合成する場合,甲第13号証によれば,ペップスキャン技術に使用する6残基のペプチド(ヘキサペプチド)を2000個合成するのに10日間必要であり,ペプチド1個あたりの残基数と合成に必要な時間とはほぼ比例すると考えられるので,10残基長のペプチド断片2343個(≒2400)の合成に要する時間は19.5日(約2.8週間)である。
免疫アッセイに要する時間は,1枚で約90サンプルの検出が可能なマイクロタイタープレートを用いて1〜2日程度で完了することから,2343個のサンプルに対し,約26枚のマイクロタイタープレートを用いて,複数プレートについて順次に作業を行えば,数日以内に全ての免疫アッセイが終了する。
したがって,ペップスキャンを実施するのに必要な時間は, ペプチド合成に必要な時間=2〜4週間 免疫アッセイに必要な時間=数日 であるから,全体で約2〜4週間である。
エピトープの同定は,本件発明の実施に必須ではないが,仮にこれを行うとしても,診断薬の開発段階において一度だけ行えばよいのであり,また,本件発明を用いて実際に診断を行うには,当該組成物と患者の血清とを反応させるだけでよく,これには数時間〜2日程度しかかからない。
(ウ) 本件発明の開発に要する費用も,多額とはいえない。
甲第53号証によれば,2400個のペプチドを合成するために必要な26ブロック分のペプチド合成サービスに要する費用は,5万9890ドル(約600万円)である。なお,これは利益を含む商用サービスの価格であるから,自社開発する場合には,これよりも少ない費用で済む。
そして,合成されたペプチド断片のスクリーニングには,標識された二次(第2)抗体があればよく,このような抗体は,本件優先日時点において,安価で提供されていた。
したがって,開発費用が1000万円に満たないことは明らかである。
(エ) エピトープを同定するためには,10残基長程度のペプチドを合成して試験すれば十分である。
すなわち,エピトープよりも長いペプチド断片を用いて免疫アッセイをすることによって,1残基レベルの正確さでエピトープを同定することができるから,エピトープが5〜7個程度のアミノ酸残基から構成されることを考慮すると,本件ドメインの全体にわたって10残基長程度のペプチドを合成して,抗体との反応性を試験すれば,1残基の正確さでエピトープを同定することが可能である。
オ 審決は,エピトープの特定のための実験の回数が50万回を超えることの根拠として,@不連続エピトープとA外因性配列に基づくエピトープ,の存在を挙げている。
(ア) 審決の, 「しかも,「エピトープ」を構成するアミノ酸配列は,必ずしも連続したアミノ酸配列により形成される「連続エピトープ」だけではなく,・・・「不連続エピトープ」が存在し,タンパク質中の大部分のエピトープが不連続エピトープに相当するものと考えられている。・・・」(審決書11頁) との部分及び 「タンパク質がいくつかのペプチドに断片化された際,「不連続エピトープ」を構成しているアミノ酸は分散し,通常,エピトープを構成していた部分はもはや抗体に認識されなくなることが生じる。またタンパク質抗原が断片化されたことにより,ペプチド断片を構成するアミノ酸配列の立体構造は,どのような断片とされたか,その長さなどにより,それがネイティブなタンパク質抗原上に一部分として存在した場合とは異なる立体構造をとる場合があり,・・・このような不連続エピトープを考慮すると,各ドメインのアミノ酸配列に基づいて確認の対象となるペプチドの数は,さらに膨大なものとなることは明らかである。」(同頁〜12頁) との認定は認める。
しかし,審決が,連続エピトープ及び不連続エピトープの存在を,本件発明の実施可能要件と関連付けている点は誤りである。エピトープの種類は,本件発明の特許性とは何ら関連がなく,立体構造もまた,本件発明の実施には無関係である。
(イ) 本件発明の請求項の記載は,「(a)HCVポリタンパク質のCドメインからのエピトープを含む第1HCV抗原」という表現になっており,本件発明は,HCV抗原の組み合わせを含むことを特徴とし,HCV抗原は,特定のドメインからのエピトープを含むことを特徴としている。エピトープは抗原決定基であり,抗原決定基は抗原抗体反応を有するかどうかで判定され得る。本件発明で必要なのは抗原性という性質であり,そのような抗原は,エピトープが連続であるか否かにかかわらず,スクリーニング方法を用いることにより容易に取得できたことは明らかである。
ペップスキャン技術によって同定が困難なエピトープ(例えば,不連続エピトープ)が存在したとしても,本件ドメイン全体にわたって「エピトープを含む抗体」が同定される以上,そのような同定困難なエピトープの存在は,本件発明の実施の障害とはならない。
(ウ) 外因性配列に関して,審決が, 「・・・本件発明で使用される「請求項1特定形式HCV抗原」は,外因性の配列を含むポリペプチドをも包含している。
・・・外因性のアミノ酸配列を含む「請求項1特定形式HCV抗原」には,その外因性のアミノ酸配列につき特定等がなされているものではないから,「HCVポリタンパク質の所定ドメインからポリペプチド断片」が遊離状態で有する「HCVポリタンパク質の所定ドメインからのエピトープ」を,その立体構造を保持したまま有することにより「HCV抗原性」であるポリペプチド以外に,「HCVポリタンパク質の所定ドメインからのポリペプチド断片」が有していた「HCVポリタンパク質の所定ドメインからのエピトープ」は有さず,該断片配列とは別のアミノ酸配列を含むことで形成される,HCVポリタンパク質の所定ドメインあるいは別ドメインからの「エピトープを含むHCV抗原」ポリペプチドが包含されていると認められる。・・・ そのような外因性アミノ酸配列を含む「請求項1特定形式HCV抗原」を入手することは,同様に「請求項1特定形式HCV抗原」から除外されていない,HCVのポリタンパク質の所定ドメインからの特に抗原性もない任意のアミノ酸断片配列と外因性の配列との融合タンパク質一般から全体として「HCVポリタンパク質の所定ドメインからのエピトープを含むHCV抗原」を入手することがそうであるように,そもそも,当業者にとって,過度な実験を要することなく可能なこととは認められない。」(審決書12頁〜13頁) と判断した点も誤っている。
エピトープを同定する技術は,本件優先日時点で技術常識を構成しており,当業者は,本件明細書の記載があれば,外因性配列を含むような構成であっても容易に実施することができたものであるから,立体構造の変化は本件発明の実施可能要件と無関係である。また,確認方法において,そもそも,請求項1において,配列を特定し,かつ,(a)の構成要件において抗原性を有すること,(b)の構成要件において抗原性を有すること,をそれぞれ確認すればよいだけである。
このようなことは甲第23号証,第24号証に記載される技術常識の記載から当業者が容易に実施することができ,審決の認定は誤りである。
カ なお,当業者は,エピトープとなり得る領域を推測することができ,これにより,実験の回数を大幅に減らすことができる。
この点について,審決は, 「・・・「エピトープ」となり得る可能性の高い親水性領域を上記のような解析によってある程度推測可能であり,これにより当業者が実験すべき対象の数がある程度減少するとしても,残された対象の数は依然として膨大であり,当業者に過度の負担を要求するものである点に変わりはない。抗体検出用の抗原として元の抗原をペプチド断片化した場合,必ずしも元の完全な状態のタンパク質抗原上における立体構造と同じであることが保証されているわけではないし,上記の解析方法は,どのような長さの配列にすれば実際に断片化をしても,その立体構造を失うことがないかまで教示しているものではない。」(審決書14頁) と判断しているが,これは誤りである。
審決は,本件発明とは全く関係ない特異な例を持ち出し,本件発明に関連付けられるかのような議論を展開しているが,親水性領域の解析による予測は,十分効果的であり,また,立体構造については,本件発明を実施するときに考慮する必要は必ずしもない。
確かに,親水性疎水性プロットでは,一位の位の違いも許さないような正確なエピトープの特定を容易に実施することはできないものの,乙第1号証にも,その予測値が50%以上であることが記載されており,むしろ,予測手段として十分有用であることが裏付けられる。
(3) 被告は,本件明細書には,具体的にどのような抗原の組合せ組成物を用いれば,より効果的にHCV抗体の検出ができるかについて記載されていないとして,本件発明は当業者が容易に実施できるものではない旨主張するが,失当である。
ア 本件明細書には,本件発明である,第1HCV抗原と第2HCV抗原とを含む組成物を用いて抗原抗体反応を行う実施例が実施例7として記載され,また,1つの抗原よりも複数の抗原の組合せ組成物でHCV抗体の検出を行うことによって,より効果的に検出が可能となることは,実施例6の結果である表1(以下,単に「表1」という。)からも明らかである。
これらから,コアドメインからのエピトープを含むHCV抗原(第1HCV抗原)と,NS3ドメイン,Sドメイン,NS5ドメインからのエピトープを含むHCV抗原のうちの少なくとも1つのHCV抗原(第2HCV抗原)との組合せが,より効率的なHCV抗体の検出を可能にする,と統計学的にいえるのである。
イ 被告は,同じく実施例6の結果である表2(以下,単に「表2」という。)に基づけば,Cドメインからのエピトープを含む抗原が,他のドメインからのエピトープを含む抗原よりも,抗体検出率が高いとはいえない,と主張する。
しかし,表2は,擬陽性を表したものに過ぎず,真の陽性を表したものではない。つまり,表2は,どのドメインからの抗原の組合せでも擬陽性(HCV抗体以外の抗体との非特異的反応)の発生率に違いはないことを示しているのであり,表1から認められる結果(本件発明の特定の抗原の組合せでは他の抗原の組合せよりもHCV患者の検出率が高い)が,HCV抗体以外の抗体との非特異的反応の多い少ないによるものではないことを示すためのものである。擬陽性のデータをもって,各抗原の陽性率(抗体検出率)を論ずる被告の主張は,無意味である。
【特許法29条の2第1項に該当するとした判断の誤り】 (1) 審決は,本件発明1について,「請求項1の記載は,これらの組合せから,「ただし,該組合せは,ペプチドp1(アミノ酸1位〜75位)とc100との組合せ・・・を含まない」と,特定の組合せについては除外しているが,・・・いまだ先願当初明細書(判決注・特開平4-253998号公報(以下「先願当初明細書」という。))に記載された組合せと重複する組合せがすべて除外されていない。」(審決書17頁)と認定しているが,これは誤りである。
本件訂正により,先願当初明細書に記載された組合せと重複する組合せは除外されている。
ところで,先願の記載事項のうち,本件優先日(1990年4月4日)より前に出願された発明は,1989年12月22日に出願された第一優先権に係る出願(特願平2-418240号の第一優先権書類)に記載された事項と,わが国における出願に記載された事項との重複部分であるが,これには,請求項1に係る記載から明らかなように,少なくともp2302に関する記載はなく,審決はこの事実を無視した認定を行っており,判断の前提に誤りがある。
(2) 審決は,「ミクロタイターウエル(微量滴定ウエル)や試験管の固体表面,シート,膜状物の固体表面に複数種のHCV抗原が固定化された形態のものは,その固体表面を構成する成分が1つにまとまって偏在しているので「組成物」と認められるものではない」(審決書17頁)としているが,これらの部分についても組成物の範疇に入ると認められるべきである。
本件発明1に関して,審決の「本件請求項1に係る「組成物」の発明は,先願当初明細書に記載された発明と区別できず同一である。」(審決書17頁)との認定は,(1)において述べたとおり,先願当初明細書に記載された事項に関する誤った認定に基づいてなされたものであり,その対比に誤りがあることは明らかである。
そして,本件発明1と先願当初明細書の記載事項との対比に誤りがある以上,本件発明1に従属する本件発明2ないし6,8〜12と先願明細書の記載事項との対比もまた誤りであることは明らかである。
(3) また,本件発明12に関して,審決の「先願優先権主張日前の免疫測定における技術水準を勘案すれば,先願当初明細書に記載されていたに等しい事項であるから,請求項12に係る発明も,先願当初明細書に記載された発明と同一である」(審決書19頁)との認定は,旧特許法第29条の2の判断から遺脱しており,誤りである。
すなわち,旧特許法第29条の2の判断は,原則として先願の明細書又は図面に記載された事項との対比のみにおいて判断すべきである。審決は,進歩性の判断のみにおいて勘案されるべき技術水準を追加の証拠も示さずに勘案したものであり失当である。
2 本件発明7についての取消事由 本件発明1ないし6,8ないし12についての取消事由のうちの【旧特許法36条4項違反の判断の誤り】について主張したのと同一である。
被告の主張の要点
1 本件発明1ないし6,8ないし12についての取消事由のうち,【旧特許法36条4項違反の判断の誤り】に対して (1) エピトープの特定の必要性について ア 原告は,本件発明の実施において,エピトープを特定することはそもそも不要であると主張する。しかし,エピトープが特定されていなければ,本件発明は特許請求の範囲において特定されていないことになる。したがって,エピトープの特定が必要であることは当然である。
請求項1には「HCVポリタンパク質のCドメインからのエピトープを含む第1HCV抗原」と記載されており,第2HCV抗原についても,例えば「HCVポリタンパク質のNS3ドメインからのエピトープを含むHCV抗原」と記載されているから,エピトープを特定しなければ,発明が特定されないことになる。
原告の主張は,特許請求の範囲が不明確でもよいとの前提に立つものであり,旧特許法36条5項2号に反することになる。そのようなことは認められないから,本件発明において,エピトープが特定されていることは必須である(もしあくまで特定が不要であるというのであれば,そもそも特定していない発明は実施不能であるから,やはり,旧特許法36条4項に反することになり,審決の結論に誤りはないことになる。)。
イ 原告は,特定のドメインに由来する抗原の組合せが抗原抗体反応の検出に顕著な効果を有すると主張するが,後記(3)において述べるとおり,Cドメイン由来のすべての抗原の抗体検出率が,他のドメイン由来のどの抗原のそれより高いとか,Cドメイン由来の抗原と他のドメイン由来の抗原を組み合わせると,抗体検出率が高いと認めるに足りる証拠はなく,原告の主張は,その前提が誤っている。
ウ エピトープの(厳密な)特定がなくても,本件発明を容易に実施できるとの原告の主張は争う。
(2) 過度の実験が必要となることについて ア 本件発明を実施するためには,エピトープの位置が特定されている必要があるが,本件明細書にはその特定がない。そのため,HCVの各ドメインのどの部位のアミノ酸配列を持ち,どれほどの長さを持つポリペプチドが,どのような立体構造を持ったときに,エピトープを含む抗原として機能するか否かを,まさにしらみ潰しに,50万通り以上もの実験を行って確認しなければ,本件発明は実施できず,この実験に要する期間は数十年から数百年,費用は数千億円にものぼる。このような労力,期間及び費用を要する実験が,過大なものであることは当然である。
イ 原告は,仮にエピトープを特定する必要があったとしても,それは当業者が容易になし得ることであり,過度の実験を必要とするものではないと主張する。原告の主張は,50万通り以上の実験であっても,過度の実験に該当せず,実施可能要件を満たしているとするものである。
しかしながら,前記のとおり,50万通りの実験に要する期間は数十年から数百年であり,その費用は数千億円を要するのであって,過度の実験以外のなにものでもない。
ウ 原告は,本件ドメイン全体にわたって,エピトープを特定するのに,2400通りの実験を行えばよいとし,ペップスキャン技術を用いて,この2400通りの実験を,合成ペプチドの作製に2〜4週間,抗原抗体反応には数日程度の期間で実施することができるとして,この程度の時間及び費用(6万ドル程度)を要する実験は,過度の実験に該当しないと主張している。
(ア) ここでいう2400通りという実験回数は,アミノ酸数が10個のみのペプチドを試すとの前提に立っている。またエピトープも連続エピトープに限るとの前提に立っている。すなわち,エピトープがアミノ酸数十個の連続エピトープであることを前提としているのである。
しかしながら,本件発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載されたエピトープには,このような限定はなく,10個を超えるもの,あるいは10個未満であってもよいし,不連続エピトープであってもよいのである。むしろ,審決が指摘しているように,「タンパク質中の大部分のエピトープが不連続エピトープに相当するものと考えられている」のである。2400通りの実験では,アミノ酸数が10個以外のエピトープを含む抗原は,見出せない。
(イ) また,エピトープを含む限り,ペプチド断片が多少長くなっても(多少アミノ酸が付加されても),抗原抗体反応は常に保たれるともいえない。ある長さのポリペプチドで抗原抗体反応をみることは,その一部のみからなるポリペプチドが抗原抗体反応を持つか否かを確実に発見することにはならないのである。
(ウ) 本件優先日当時,合成法によっては,アミノ酸数が100以上のポリペプチドを作製することはできなかった。また,ペプチド合成は,研究者自ら行う必要があったことにも留意する必要がある。
(エ) 本件明細書には,上記50万通り以上の実験を軽減するための何らの技術的事項も開示されていない。
なお,HCV抗原において,どの部分がエピトープであるか特定することが容易であったとの原告の主張は否認する。
(3) HCV抗原の組合せについて,本件明細書には,実施例として,第1HCV抗原が1種,第2HCV抗原が4種記載され,それぞれを単独で用いたときの抗原抗体反応の結果,及び第1HCV抗原としてC22,第2HCV抗原としてC33cを組み合わせて組成物とした例(実施例7)が記載されているものの(ただし,この組成物を用いた抗原抗体反応の結果は記載されていない。これは,ペーパーイグサンプルに過ぎない。),それ以上に,具体的にどのような抗原の組合せ組成物を用いれば,より効果的にHCV抗体の検出ができるかについては全く記載されていない。
原告主張のような効果を奏するというためには,Cドメイン由来のエピトープを含む抗原が,他のドメイン由来のどのエピトープを含む抗原より,抗体検出率が高いことが前提となるところ,本件明細書には,Cドメインからのエピトープを含む抗原であれば,どのようなものでも,第1位の抗体検出率を有するということが開示されていないのである。
表1は,具体的な,特定のC22抗原について,それが,C33c,C100,S2及びNS5抗原よりも,抗体検出率が高いことを示しているだけである。
また,表2の結果に基づけば,CドメインからのC22抗原でさえ,C33c抗原よりも,抗体検出率が劣っている。したがって,Cドメインからのエピトープを含む抗原が,他のドメインからのエピトープを含む抗原よりも,抗体検出率が高いとはいえない。
(4) 以上のとおりであるから,当業者が,本件明細書に基づき本件発明を実施することは到底不可能である。
2 本件発明1ないし6,8ないし12についての取消事由のうち,【旧特許法29条の2第1項に該当するとした判断の誤り】に対して 本件発明1ないし6,8ないし12と,先願当初明細書に記載された発明とは同一であり,審決の結論に誤りはない。
本件訂正後においても,先願当初明細書に記載された発明のうち, ・第1HCV抗原に当たる先願(a)抗原と第2HCV抗原に当たるp1192又はp1223との組合せ ・第1HCV抗原に当たる先願(a)抗原と第2HCV抗原に当たるp1684,p1689,p1694,p1866,又はp1899との組合せ ・前二者の組合せにさらに第2HCV抗原に当たるC100抗原を組み合わせた組合せ ・第1HCV抗原に当たる先願(a)抗原と第2HCV抗原に当たるp1192とp1223との組合せ 等が未だ除外されていない。
3 本件発明7についての取消事由に対して 前記1で主張したとおりである。
当裁判所の判断
1 エピトープの特定の必要性について (1) 本件発明は,その請求項の記載において,「・・・ドメインからのエピトープを含む・・・抗原」,「・・・ドメイン由来のエピトープを含む・・・抗原」とされている。したがって,エピトープがどのようなものか(HCVポリタンパク質のドメイン上の位置・構造)が分からなければ,それを含む抗原を作製することはできない(換言すると,HCVポリタンパク質のどの部分を作製すればよいか,あるいは,できあがった抗原が,ある特定のドメインからのエピトープを含むか否か判断できない)から,エピトープの特定が必要であることは当然である。
(2) また,本件明細書では「発明を実施するための形態」において,「定義」として,「「HCV抗原」は,HCVの単離体に見いだされるエピトープを決定する,少なくとも5個のアミノ酸,より普通には,少なくとも8個から10個のアミノ酸のポリペプチドを指す。好ましくは,エピトープは,HCVに特有である。抗原が,英数字コードで示されるときには,エピトープは,英数字によって特定されるHCVドメインからのものである。」としている(甲第2号証6頁)。そして,甲第4号証(今堀和友・山川民夫監修「生化学辞典」1986年3月1日発行)によれば,エピトープとは「構造の明らかな抗原決定基」のこととされている。
したがって,本件発明において,HCV抗原は,構造の明らかな抗原決定基であるエピトープを決定する,少なくとも5個以上のアミノ酸のポリペプチドとして作製されるべきものである。そのようなものとしてHCV抗原を作製するということは,とりわけ少ない数のアミノ酸からなるポリペプチドとして作製されるHCV抗原については,エピトープを特定して作製することにほかならない。
(3) 原告は,エピトープの位置の特定がなくても,本件発明を実施できると主張する。この主張は,そのような特定がなくても,抗原抗体反応を検査すること(免疫アッセイ)は容易であるとの限度では正しいといえる。原告が提出する甲第30号証(P1博士の陳述書)の記載「免疫エピトープを含む抗原の位置決定に関して,機能的免疫アッセイを実行するために,免疫エピトープの正確な部分を実際に位置決定する必要はありません。・・・」(訳文3頁),甲第31号証(P2博士の意見書)の記載「エピトープを含む抗原を位置決定する必要性に関していえば,機能的免疫アッセイの実行には,エピトープの正確な部分を実際に位置決定する必要はありません。そもそも,免疫アッセイは,抗原と抗体とが「結合する」かどうかという点が問題であり,どのような形態で結合するか,またはどこで結合しているかを厳密に決定することが必要というわけではないからです。」(2頁〜3頁),甲第32号証(P3博士の意見書)の記載「そもそも,免疫アッセイは,抗原と抗体とが「結合する」かどうかという点が問題であり,どのような形態で結合するか,またはどこで結合しているかを知ることは必ずしも必要というわけではありません。それが証拠に,エピトープの特定を必要としない免疫アッセイが本件優先日時点で開発されており,そのキットが市販されていました。」(3頁)も,いずれもそのことを指摘するものである。
しかし,本件発明の実施において問題となるのは,免疫アッセイだけではなく,むしろ,その前段階としての「特定のドメイン由来の(からの)エピトープ」を含む抗原を作製すること(あるいは,作製した抗原がそのようなエピトープを含むか否かの判定)であって,そのような抗原が作製できなければ,本件発明が実施できないことは明らかであり,これを作製するためには,エピトープのアミノ酸配列(すなわちドメイン上のエピトープの位置)が分かっていることが必要となるのである。ここで注意すべきは,HCVポリタンパク質のドメイン中の特定の領域を含む検査薬が,HCVの抗原抗体反応を有するか否か(エピトープを含むか否か)を判定することが容易であることは,本件発明の特許請求の範囲に含まれるすべてのエピトープを含む抗原領域を探索し,特定することが容易であることを必ずしも意味しない,ということである。それが容易であるか否かは,探索すべき領域の範囲の広狭や,エピトープを含む領域の予測(絞り込み)手段の有効性等に大きく左右されるのであり,本件において,それが必ずしも容易なことではなく,過大な実験なくしては,本件発明に含まれるすべてのエピトープを特定し,本件発明を実施することができないことは,後記2で述べるとおりである。
原告は,この点について,本件発明において,厳密なエピトープの特定は必要でなく,おおよその抗原性領域の特定ができれば足りるとも主張する。確かに,正確なエピトープの位置が分からなくても,ドメイン上の領域で,エピトープを含むことが明らかなものを特定することができるのであれば,原告の主張を採用する余地もあるといえる。しかし,そのようなことが,本件明細書に記載されているとも,本件優先日当時の周知技術であったとも認めることはできない。
(4) 原告は,本件発明は,少なくとも2種の抗原の組合せを構成要件とするものであり,その本質・技術思想は,HCVポリタンパク質の特定のドメインに由来する抗原の組合せが抗原抗体反応の検出に顕著な効果を有するというものであって,用いるHCV抗原が特定のエピトープを有することにあるわけではないから,その特定は不要であると主張する。
しかし,本件発明は,「Cドメインからのエピトープを含む第1HCV抗原」とNS3ドメイン等の他のドメインからのエピトープを含む第2HCV抗原との組合せを構成要件とするものであるから,それぞれのドメインからのエピトープを含む抗原を作製するためには,ドメイン上のエピトープの位置が分かっていることが必要であることは前記のとおりであるし,また,仮に,原告が主張するように,本件発明の開示する組合せにより,より効果的に抗体反応の検出ができ,そのことに一定の技術的価値があるとしても,エピトープを特定しなければ,本件発明を実施することができないという事実に変わりはないのであって,原告の主張は採用できない。
2 過度の実験の要否について (1) 前提として,開示すべきエピトープの範囲について検討する。
本件発明の特許請求の範囲の文言からは,HCV抗体の検出薬として,Cドメインからのエピトープを含む抗原と,その他のドメインからのエピトープを含む抗原との組合せであれば(一部除外した組合せを除き),いかなるエピトープを用いるものであっても,その範囲に含まれることになる。そして,本件優先日当時,HCVポリタンパク質上において,すべてのエピトープの位置が解明され周知となっていたとは,本件全証拠によっても到底認められないから,上記のような範囲の特許を取得する以上,本件明細書において,少なくとも当業者が容易にそれを得られるような技術を開示することが必要であることは,旧特許法36条4項の趣旨から当然のことである。なぜなら,そうでないと,本件明細書に例示されている以外の抗原の組合せについて,新たにエピトープを発見して実施する費用と時間と労力が何ら軽減されないにもかかわらず,それが本件発明の範囲内であるとして実施が禁止される(あるいは実施許諾契約を締結し,実施料の支払を余儀なくされる)ことになり,それは,技術(有益な情報)の開示に対して一定の独占権を与えるという,特許制度の趣旨に反するからである。
(2) 本件発明は,その特許請求の範囲に記載されたとおり,組み合わせる第1及び第2抗原のエピトープが特定のドメイン(前者はC(コア),後者はそれ以外)に由来するものであることを要件としているものであり,それ以外に,エピトープを特定するための記載は,本件明細書にはない。また,本件明細書において,例示されている抗原は,C22(第1HCV抗原),C33c,C100,S2及びNS5(第2HCV抗原)だけである。そうすると,それら以外の抗原,すなわちアミノ酸数5以上の,抗原となり得るポリペプチドについて,例えば,各ドメインの端から順次作製,精製及び抗原抗体反応の確認をしていかなければ,本件発明の特許請求の範囲に含まれる,各ドメイン由来のエピトープを含む抗原をすべて特定し,その効果を確認することができないことになるのである。
(3) 必要な実験の程度(回数,時間,費用等)について検討する。
原告は,本件ドメイン全体について,それに由来するエピトープを含む抗原を作製するとしても,周知のペップスキャン技術を用いて,2400通り程度の試験をすれば十分であり,それにかかる時間は2〜4週間程度,費用は1000万円に満たないことが明らかであるから,エピトープの特定に過大な実験を要するとして,本件発明の実施可能性を否定した審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告のこの主張は,次のとおり,採用することができない。
ア 2400通りの実験で済むとする原告の主張は,アミノ酸数が10個のポリペプチドのみで実験を行えば,すべてのエピトープを網羅できるとの前提に立っているものである(原告は,不連続エピトープや外因性の配列は,本件発明の本質とは直接関係はないと主張している。)。
しかし,本件発明の特許請求の範囲には,エピトープに関して,そのような限定はなく,5個以上の数のアミノ酸配列から成るエピトープも当然に含まれるし,不連続エピトープや外因性のアミノ酸配列を含むエピトープも含まれるのである(不連続エピトープを含むことについては,前掲甲第30号証の訳文3頁の「本件特許に記載され,かつ例示されるようなこのような組換え抗原フラグメントは,連続エピトープおよび不連続エピトープの両方を含むことが予想されます。」との記載及び前掲甲第31号証3頁の同旨の記載からも裏づけられる。また,外因性の配列を含むことについては,本件明細書の「HCV抗原は,HCVのアミノ酸配列全体を含むポリペプチドの形態であり得るか,またはHCVに外因性の配列を含み得る(すなわち,外因性配列を含む融合タンパク質の形態であり得る)。」(甲第2号証9頁)との記載から明らかである。)。
そのようなエピトープを全て同定しようとすると,アミノ酸数10個のポリペプチドのみで実験を行ったのでは,すべてのエピトープを網羅できると認めることはできない。それは,ペプチドを長くすると,立体構造が変化して抗原抗体反応に影響を与え得ること(乙第1号証("Methods of Immunological Analysis Volume 1")の訳文6頁の「より長いペプチドは,ネイティブな蛋白に存在する立体構造とは異なった構造をとる場合があるので,ペプチド鎖を長くすることは,必ずしも強い交差反応性へと導くことにはならないであろう」との記載参照。また,乙第6号証(特開平5-222094号公報)の35頁表4Dには,37個のアミノ酸からなるペプチド279A(Pep3)の反応性は100%であるにもかかわらず,これに続く5個のアミノ酸を付加したペプチド279Bの反応性が3.0%となっていることが示されている。),不連続エピトープを網羅しようとする場合,それを含む長さのポリペプチドを作製する必要があること(甲第30号証の訳文6頁「・・・コンフォメーションエピトープを有する抗原を得ることを望む場合,このような抗原は,目的の領域にわたる長いポリペプチドをコードする組換えDNAの慣用的な発現によって作製され得ました。」)との記載参照)から,明らかである。
そうすると,仮に,ある長さのポリペプチドの抗原性の判断において,それが連続エピトープである場合と不連続エピトープを含む場合を区別して同時に判定できるとしても,NS5ドメインについてさえ理論上50万通り以上の断片数が存在し得るし(5個以上のアミノ酸配列から成るエピトープについて,計算式は「(1011-4)+(1011-5)+(1011-6)・・・(1011-1010)=1007+1006+・・・+1」となる。),他のドメインについても6700通りから17万通り以上の断片数となり,全体で70万通りを超える断片数となる。本件では,これらについて,さらに外因性の配列を含むエピトープを考慮することになるから,あり得るエピトープの数は,70万通りをはるかに超える膨大なものとなる。
イ さらに,本件明細書で開示されているHCVは,HCV1だけであり,それ以外のHCV株についても,上記のような実験を繰り返す必要がある。つまり,HCV1以外のHCVも,本件発明の対象となっていることについては,本件明細書の「図1に示す配列は,HCV1単離体の配列である。血液を媒介としたHCVのその他の株の配列は,特に,エンベロープ(S)およびヌクレオカプシド(C)ドメインにおいて,図1の配列と異なり得ることが予想される。このように異なる配列を有するHCV抗原の使用は,本発明の範囲内にあるものとする。」(甲第2号証8頁)との記載から明らかであり,また,異なるHCV株間で抗原抗体反応が異なり得ることも,本件明細書の上記記載や「出願人は,HCV抗原の血清学的研究をさらに行い,今日までに同定されているシングルHCVポリペプチドは,いずれもすべての血清に対して免疫学的に反応性をもつわけではないことを確認した。HCVを有する個体からのすべての血清に対して普遍的に反応するシングルポリペプチドがないのは,特に,HCVエピトープにおける株間の多様性・・・に起因する。」(同号証3頁)との記載から明らかであるから,HCV1以外のHCVについても,エピトープの位置・構造を探索していく必要があるのである。
ウ 仮に,2400通りの実験に要する時間と費用に,原告が主張するとおり2〜4週間と1000万円未満,例えば600万円がかかるとすると,HCV1についてだけでも,その70万通りの実験を要する時間と費用は,約580〜1160週間(11〜22年程度)と17億円以上という計算になる。
エ そうすると,本件ドメイン全体にわたってエピトープを特定するためには,70万通りをはるかに超える実験が必要となり,そのための時間と費用も膨大なものとなるのであって,当業者に過大な作業(実験)を強いるものといわなければならない。
原告は,解決の見通しの明らかな状況において単純作業・ルーチンワークを繰り返すことは,過度の実験に該当せず,そのような作業を要することを理由に実施可能要件が満たされていないとすることはできない旨主張する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲に属するすべての抗原の組合せを発見するためには,上記のような膨大の回数の実験をして,ポリペプチドの抗原性について確認することを余儀なくされるのであり,個々の実験が単純作業であるとしても,このような膨大な手間と費用がかかる以上,それが過度の実験に当たることは当然であって,このような過度の実験をしなければ本件発明に含まれるすべての抗原の組合せを実施できないということは,その実施可能要件を欠くものといわなければならない。
オ 原告は,エピトープになり得る親水性領域を推測することは本件優先日当時の周知技術であり,これにより,実験回数は大幅に減少できる,と主張する。
甲12号証("Epitope Mapping of the Outer Structural Protein VP1 of Three Different Serotypes of Foot-and-Mouth Disease Virus",VIROLOGY 149(1986))には「・・・親水性プロフィールおよび二次構造予測からの有用なペプチドの予測の信頼性は,疑問視される。」(55頁要約部分の訳文)との記載があり,タンパク質の親水性領域に着目する方法からの予測が,必ずしも効果的でないことが指摘されている。また,甲第14号証("Epitope-mapping on the Epstein-Barr virus major capsid protein using systematic synthesis of overlapping oligopeptides", Journal of Virological Methods, 21(1998))には「これらのエピトープ-クラスターの実際の位置と,親水性プロット,二次構造プロットまたは(さらなる)パラメータの組合せのいずれかを使用するコンピューター予測との間には,有意の相関性は見出されなかった。」との記載がある。さらに,前掲乙第1号証("Methods of Immunological Analysis Volume 1")には「・・・連続エピトープの特定には予測以外に方法はない。・・・予測は,連続エピトープの位置と短いポリペプチド鎖の様々な性質-例えばその親水性,近づきやすさ,可動性及び配列の多様性など-の間に見られる相関性に基づいてきている。・・・幾つかの測定法の予測値を比較すると,様々な疎水性と親水性の値はわずか51-57%しか正確に予測できないことが明らかとなった」(訳文8頁〜9頁)と記載されている。これらからは,親水性領域からエピトープとなり得る領域を推測する手法も,信頼性に疑問があり,その効果は高くなかったと認めることができる。
原告が指摘するとおり,その予測値が約50%であるにせよ,なお,エピトープの特定には数十万を優に超える回数の実験が必要となるから,本件明細書が実施可能なように記載されていないという結論を左右することになるものではない。
なお,前掲甲第31号証には,「どの位置にエピトープがあるかどうかを予測することによって,エピトープの同定に必要な工程数も格段に減少します。
通常,このような予測を組み合わせることによって,必要となる工程数は,2桁以上少ない工程数になると見積もられます。」(6頁〜7頁)との記載がある。しかし,具体的にどのような方法によるのか明らかではないし,仮に二桁以上少なくなるとしても,HCV1だけでも,7000通りを優に超える実験を行うことになるのであり,これは過度の実験に該当するといえる。
(4) 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本件発明の構成が記載されていると認めることはできず,本件発明1ないし12に係る特許について,旧特許法36条4項所定の要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはない。
したがって,本件発明1ないし6,8ないし12についての取消事由は,その余の点について検討するまでもなく理由がないというべきであり,また,本件発明7についての取消事由も理由がない。
3 結論 以上のとおりであって,審決にこれを取り消すべき誤りはなく,原告の請求は理由がない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久