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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10030特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10040特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10034特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  実施料相当額 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 18年 (ネ) 10042号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人出 光興産株式会社
訴訟代理人弁護 士片山英二
同 林康司
訴訟復代理人弁護 士江幡奈歩
訴訟代理人弁理 士小林浩
被控訴人昭和シェル石油株式会社
訴訟代理人弁護 士島田康男
補佐人弁理士友松英爾
被控訴人日 興産業株式会社
被控訴人エヌ・エスルブリカンツ株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士石川順道
同 訴訟代理人弁理 士亀川義示
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2被控訴人らは,原判決別紙物件目録記載の各物件を製造し,又は販売してはならない。
3被控訴人らは,その占有に係る原判決別紙物件目録記載の各物件を廃棄せよ。
4被控訴人昭和シェル石油株式会社及び被控訴人日興産業株式会社は,控訴人に対し,連帯して2億1000万円及びこれに対する平成15年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して11億6760万円及び内金9億1000万円に対する平成15年10月24日から,内金2億5760万円に対する被控訴人昭和シェル石油株式会社については平成16年10月8日から,被控訴人日興産業株式会社及び被控訴人エヌ・エスルブリカンツ株式会社については同月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
7 仮執行宣言
事案の概要
1 事案の要旨本件は,塑性加工用潤滑油剤に係る特許権を有する控訴人が,被控訴人らの原判決別紙物件目録記載の各製品(以下,これらを併せて「被告各製品」という。)の製造販売が上記特許権を侵害するなどと主張して,被控訴人らに対し,被告各製品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,民法703条に基づく実施料相当額の不当利得の返還及び特許権侵害不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
原審は,控訴人の特許は,特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人は,同法104条の3第1項の規定により,被控訴人らに対し,上記特許権を行使することができないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人は,これを不服として控訴を提起した。
なお,本件訴訟が原審係属中に,控訴人の特許に対し被控訴人らから特許無効審判請求がされ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,控訴人が被控訴人らを被告として同審決の取消しを求める訴訟(平成17年(行ケ)第10855号)を当庁に提起したため,本件訴訟と上記審決取消訴訟は,並行的に審理が進められてきた。
2 当事者間に争いのない事実,争点及びこれに関する当事者の主張次のとおり訂正付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1ないし3(原判決3頁7行目〜60頁2行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
なお,以下においては,原判決の略語表示は,当審においてもそのまま用いる。
(1) 原判決の訂正ア原判決7頁14行目を「(2)特許法104条の3第1項による本件特許権の行使の制限の成否」と改める。
イ原判決30頁14行目末尾に「したがって,控訴人は,特許法104条の3第1項の規定により,被控訴人らに対し,本件特許権を行使することができない。」を加える。
ウ原判決51頁17行目の「第2回弁論準備手続期日」を「第1回弁論準備手続期日」と改める。
(2) 当審における控訴人の主張(争点(2)ウ関係)本件発明は,以下のとおりの理由により,進歩性を有する。
ア 引用例10の記載内容(ア)引用例9には,「α-オレフィン,あるいは芳香族化合物の油性剤としての効果が注目されている」及び「これらのオレフィン類は,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物と混合される。」との記載があり,上記記載に関連して文献49),50)(甲27の2,29)が引用されている。しかし,引用例9には,α-オレフィンの油性剤としての効果を実際に確認した旨の記載やこれを推認させる記載はない。また,油性剤の機能は,金属表面の摩擦の低減にあり,その結果として磨耗を減少することにあるが,文献49),50)には,1-セテン(α-オレフィン)は潤滑油として記載されており,油性剤の機能を有することを裏付ける記載はない。
(イ)引用例10記載発明は,アルミニウム加工において,従来から使用されていた他の液状物に代えて長鎖オレフィンを用いると,特にアルミニウムが塑性流動又は塑性変形を起こす条件下で,アルミニウムの付着を防止できるという発見に基づく発明であって,引用例10の特許請求の範囲及び実施例に記載されているとおり,本質的には,長鎖オレフィン単体で,アルミニウム加工に用いることしか意図していない。このように引用例10は,直鎖オレフィンを基油(潤滑油)として開示しているにすぎない。もっとも,引用例10には,長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)について「他の潤滑剤への添加剤として優れた特性」との記載があるが,その特性については何ら記載されておらず,上記記載は,単に材料の広い用途を漠然と確保しようとするための記載とみるのが妥当であり,「他の潤滑剤への添加剤として優れた特性」が油性向上剤としての特性であると一義的にはいえないから,上記記載から直鎖オレフィンを油性向上剤などの添加剤として認識することには無理がある。
(ウ)以上のとおり,引用例10には,直鎖オレフィンを基油として用いることが記載されているだけであり,引用例9に直鎖オレフィンを油性向上剤として用いることのできる旨の記載があったとしても,直鎖オレフィンは油性剤でなく,これを油性剤ないし油性向上剤として他の基油と混合しようと理解すべきではないから,引用例10における潤滑油剤の成分である直鎖オレフィンは油性向上剤として機能し,直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物等」は基油に相当すると理解できるものではない。
イ 引用例1の記載内容引用例9記載の表7によれば,引用例1の「アルキルペンタエリトリトール」(正しくは「アルキルペンタエリトリトールホスファイト」)などのホスファイト類は「油性剤」ではなく,「極圧剤」として扱われており,また,引用例1の発明者らは,引用例1に係る発明の出願後に他の特許出願をした際に,アルキルペンタエリトリトールホスファイトを極圧剤として認識している。このようにアルキルペンタエリトリトールホスファイトは油性向上剤ではなく,極圧剤であり,引用例1記載発明は,基油に極圧剤を配合してなる潤滑剤組成物に関する発明である。
ウ 組合せの障害事由の存在(ア)@前記ア(イ)のとおり,引用例10記載の潤滑油剤の成分である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)は,基油であって,油性向上剤ではないから,油性向上剤の共通点に基づいて引用例10と引用例1とを組み合わせることはできない。
A仮に引用例10記載の直鎖オレフィンが油性向上剤であるとしても,通常,組み合わせる成分の一方の成分を別のものに変更しようとする動機づけは,少なくとも他の成分の機能・作用機構が同じ場合でないと生じ得ないものであるが,前記イのとおり,引用例1で用いられているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性向上剤ではなく,極圧剤である以上,引用例10の直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を引用例1の「ポリブテン」(原判決がいう「分岐オレフィン又は分岐オレフィンの水素化物」)に代える動機づけは存在しない。
B仮に引用例1で用いているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性向上剤としての効果を有するとしても,以下のとおり,引用例10の直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しない。
a引用例10記載発明は,アルミニウム加工において,従来から使用されていた他の液状物に代えて直鎖オレフィンを用いることにより,優れた仕上がりの加工を可能とし,かつ,残留汚染物を少なくするというものである。そして,引用例10には,これらのオレフィン類について,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等と混合できる可能性が示唆されている。一方,引用例1記載発明は,請求項1記載のとおり,「潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上を配合させることを特徴とする冷間加工用潤滑剤」であり,引用例1中には,本発明のベース油として用いられる潤滑油として,鉱油,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及び混合油があること,当該冷間加工用潤滑剤がアルミニウムあるいはアルミニウム合金の冷間鍛造に好適な潤滑剤であることについても記載されている。そうすると,引用例1には,鉱油,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油等の潤滑油に,アルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の両者を必須成分として配合させたアルミニウム冷間加工用潤滑剤について記載されているといえる。これらの記載からすると,引用例10記載の潤滑油は直鎖オレフィンを必須成分とするのに対し,引用例1記載の潤滑油はアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の両者を必須成分とし,上記各潤滑油は本質的に構造及び機能が全く異なるものである。
そうすると,引用例10で用いている直鎖オレフィンについて,潤滑油として構造及び機能が全く異なる引用例1の記載に基づいて,組合せの相手である引用例10の「鉱油,ジエステル油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しない。
また,引用例1は,基油に,アルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステルを添加剤として用いることを特徴とした潤滑油剤に関するものであり,基油自体に特徴があるわけではないので,引用例1の記載に基づいて引用例10記載のベース油(基油)を変更する動機づけも存在しない。
b鉱油に代替する基油として合成油を選択するのは単純なことではない上,引用例1の記載においては,ポリブテン油は例示化合物の一つにすぎず,実施例において使用された基油の中でも最も性能が悪い(実施例8)。また,甲13には,同一粘度の鉱物油と比べるとポリブテンの潤滑性能は非常に悪いと記載されている。
したがって,引用例1記載のベース油から積極的に合成油であるポリブテンを基油として選択して,引用例10記載の鉱油に代える合理的根拠はない。
c引用例10には,長鎖オレフィンは低い摩擦係数を示すけれども,激しい磨耗を起こすこと(2欄11行〜20行),潤滑剤として,不飽和添加物を含有することは望ましくないとこと(2欄20行〜28行)の記載があり,これらの記載によれば,不飽和化合物である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)を混合した潤滑油剤は好ましくないことが,当業者に認識されていたといえる。
引用例10は,このことを前提に,「〜アルミニウム加工の際に改善を生じるオレフィンの能力に顕著に影響しないその他の希釈剤及び展延剤と混合してもよい。かくして,・・・潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等と混合できる。」として,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定された条件下において,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性を示唆している。
そうすると,当業者は,オレフィンと,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という鉱油,ジエステル油以外の潤滑油とを混合しようとする発想には至らない。
d引用例10及び引用例1のいずれにも,直鎖オレフィンと,「40℃における動粘度が0.5〜30cStの分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」(相違点に係る本件発明の構成)を組み合わせることにより,加工性が向上するとともに,使用中に発生する臭気が少なく,作業環境が向上し,さらに加工製品の表面の脱脂性が向上する塑性加工用潤滑油剤が得られることを示唆する記載は存在しない。
C引用例10では,直鎖オレフィン,鉱油などを基油として認識しているのに対し,引用例9では直鎖オレフィンを油性向上剤として捉えている。また,引用例9においては,ホスファイト類が極圧剤とされているのに対し,引用例1では,それが油性剤として記載されており,引用例9と引用例1とでは,明らかに油性剤と極圧剤の範囲が異なる。このように「基油」,「油性向上剤」,「極圧剤」などの定義・範囲は明確でなく,当業者間でもその認識する範囲が異なるものである。
そして,代替させようとしている添加剤(油性向上剤)の用語の意味が異なる文献間において,その定義の異なる成分を代替するという発想を当業者がすることはあり得ないから,油性剤と極圧剤の意味において異なっている引用例9と引用例1の組合せをすることは困難である。
また,引用例10では直鎖オレフィンを基油として開示しているのに対し,引用例9では直鎖オレフィンが油性向上剤としての効果がある旨示唆しており,基油として開示されている引用例10の直鎖オレフィンを油性向上剤として,引用例1に適用することも困難である。
このように引用例10,引用例9及び引用例1を組み合わせることには阻害事由がある。
Dしたがって,引用例10の潤滑油組成物の基油である鉱油又はジエステル油をポリブテン(相違点に係る本件発明の成分)に置換することは当業者が容易に想到することができるものではない。
(イ)引用例10記載の潤滑油粘度の鉱油又はジエステル油に代えて「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」(相違点に係る本件発明の構成)とすることは当業者が容易に想到することができるものではない。
@一般的に,ポリブテンのような繰り返し単位を持つ化合物は,構成単位がどの程度繰り返されているか(いわゆる「重合度」),ひいては分子量がどの程度の大きさであるかによってその性質が顕著に異なるものであるから,重合度や分子量を無視してその物を解釈してはならない。本件明細書(甲2)中にも,「特に低分子量ポリブテン,低分子量ポリプロピレンさらには炭素数8〜14のα-オレフィンオリゴマーが好ましい。上記のポリブテン及びその水素化物としては,通常40℃における動粘度が0.5〜500cSt,特に0.5〜30cStのものが好適に用いられる。」(段落【0005】)と記載されており,「0.5〜30cSt」の動粘度の限定は,ポリブテンが低分子量のものであることを意味していることが読み取れる。したがって,本件発明の「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」は,40℃における動粘度が0.5〜30cSt程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリブテンを意味することを念頭において,構成要件を分断することなく理解すべきである。
一方,引用例1では,「ベース油としての潤滑油」としてのポリブテン油を記載しているが,「ベース油としての潤滑油」という場合には,比較的高粘度のものを意味する(甲29等)。また,引用例1記載の潤滑油の粘度は,ジオクチルセバケートに関するものであり,ポリブテンあるいはその水素化物に関するものではない。したがって,引用例1は,潤滑油としてのポリブテンあるいはその水素化物について「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」であることを何ら開示するものではない。
Aそして,本件発明において,ポリブテンあるいはその水素化物の動粘度を「40℃で0.5〜30cSt」とするのは,このような特定の動粘度により特徴づけられる特定の分子量(重合度)のポリブテンを選択するという趣旨であるが,この要件を鉱油やジオクチルセバケートに関する粘度の記載に基づいて導き出すことはできない。
なお,鉱油とポリブテンは,動粘度が同程度であっても潤滑油としての性能は全く異なるから(前記(ア)Bb),両者に潤滑油に用いられる物質であることの共通性があるとしても,鉱油に関する動粘度の記載をもって,ポリブテンあるいはその水素化物の動粘度を論じることはできない。
Bしたがって,「ベース油としての潤滑油」としてポリブテンを記載するにすぎない引用例1から,当業者が「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」を想起することは容易ではない。
エ 本件発明の顕著な効果(ア)本件発明は,引用例10に他の潤滑油と混合すると加工性が劣ると示唆されている直鎖オレフィンと,潤滑油としては加工性に劣る最悪の部類に属するボリブテン等とを混合することで,本件明細書の実施例に示すように,しごき不良率2%という,極めて良好な加工性が得られることを見いだしたものである。そして,炭素数6〜40の直鎖オレフィン2〜50重量%と,動粘度を0.5〜30cStのポリブテン等とを組み合わせたこと,及び両者の配合比として直鎖オレフィン2〜50重量%を選択したことによる本件発明の効果は,引用例10,引用例9,引用例1及び引用例11のいずれを参酌しても予想できるものではない。
(イ)本件発明が優れた効果を奏することは,加工性に関する実験結果からも明らかである。
@甲27の5(試験報告書(5))の表1に示すように,組成物の各成分単体での摩擦係数から予測される結果に反して,直鎖オレフィンである1-オクタデセンとイソパラフィン(ポリブテン等)の組成物は,ブチルステアレートとイソパラフィン(ポリブテン等)の組成物よりも,摩擦係数は小さく潤滑性能が優れていることを本件発明の発明者らは見いだした。つまり本件発明(請求項1)の特定の直鎖オレフィンと特定粘度のポリブテン等の組合せのみが良好な潤滑性能を有していることを見いだしたものであり,このことが,本件明細書の実施例1記載のしごき不良率2%(第1表)という顕著な効果につながっている。
Aまた,甲27の7(試験報告書(7))の表3に示すように,直鎖オレフィンである1-テトデセンと特定粘度のイソパラフィン(ポリブテン等)の組成物が,最も良好な加工表面性状を示している。特に注目すべきであるのは,試作油(イソパラフィン+1-テトラデセン),比較油(3)(パラフィン系鉱油+1-テトラデセン)及び比較油(5)(1―テトラデセン単体)の摩擦面性状の違いである。イソパラフィン+1-テトラデセンを混合してなる本件発明の試作油を用いて,アルミニウムからなる試験板材上で鋼球を往復摺動させた場合の摩擦面は,微細な摩耗粉が広範囲に均一に分散し,摩擦状態も安定しており,良好な加工表面を形成していることがわかる。これに対し比較油(3)(パラフィン系鉱油+1-テトラデセン)及び比較油(5)(1―テトラデセン単体)を用いて同様の試験を行った場合の摩擦面は,凝集した摩耗粉が多く発生し,これらが摩擦面や摩擦境界部に付着し,良好な加工表面を形成していない。この実験結果から,本件発明による塑性加工用潤滑剤の優れた加工性が確認できる。
Bさらに,甲27の6(試験報告書(6)),甲31(試験報告書(8))記載の実験結果からも,本件発明の成分の組合せにより顕著に加工性が向上していることが確認されている。
なお,控訴人は,直鎖オレフィンの含有量「2〜50重量%」及びポリブテン等の40℃における動粘度「0.5〜30cSt」の各数値それぞれに臨界的な意義があると主張するものではなく,本件発明の成分の組合せにより顕著な効果を奏することを主張するものである。
オ まとめ以上のとおり,相違点に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到することができたものではなく,本件発明は進歩性を有するから,本件特許に無効理由はない。
当裁判所の判断
当裁判所も,本件発明は進歩性を欠くものであり,本件特許には特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので,同法104条の3第1項の規定により,控訴人は,被控訴人らに対し,本件特許権を行使することができない(原判決摘示の争点(2)ウ)と判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本件発明と引用例10との対比(1) 本件発明の内容本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「(A)炭素数6〜40の直鎖オレフィン2〜50重量%」(以下「A成分」という。)と「(B)40℃における動粘度が0.5〜30cStの分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」(以下「B成分」という。)を「含有してなるアルミニウムフィン成形用潤滑油剤」と記載されている。
そして,@特許請求の範囲には,A成分につき潤滑油剤中の含有割合が「2〜50重量%」と規定されているが,B成分の含有割合は規定されていないことに照らすならば,A成分がその範囲内にあれば,B成分の含有割合については,格別の制約はなく,それ以外の成分の含有を排斥していないこと,A本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」中に,本件発明の潤滑油剤に,公知の油性剤,極圧剤,乳化剤,防錆剤,腐食防止剤,消泡剤などを適宜添加することができること,添加される油性剤や極圧剤の配合量は特に制限はないことが記載されていること(段落【0007】)によれば,本件発明において,A成分又はB成分の少なくとも一方は,基油(ベース油)としての機能を果たす必要があるが,他方が添加剤としての機能を果たす場合を排斥していないことが明らかである。
(2) 引用例10の記載内容ア引用例10(乙19)の「特許請求の範囲」欄には,「1.切削,圧延,引き抜き及び押出から成る群から選ばれる加工方法に用いる加工部材とアルミニウム材を接触することによるアルミニウム材の加工方法において,加工部材とアルミニウム材との間の界面に,下記の一般式を有し本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給(supplying)することを特徴とする改良方法。
式(略)(式中,R’は水素及びメチル基から成る部類から選ばれる基であり,R”は8〜20個の炭素原子を有し,実質的にアルキル基の全ての炭素が直鎖の中にある一価のアルキル基である。)2.圧延ロールと圧延対象のアルミニウムとの間の界面に,下記の一般式の本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給することを特徴とするアルミニウムの圧延方法。(化学式とその説明省略。)」(7欄57行〜8欄14行)との記載がある。
また,引用例10の「発明の詳細な説明」には,@加工部材とアルミニウム材を接触することによるアルミニウム製品の加工方法において,加工部材とアルミニウムとの間の潤滑に関する様々な困難な問題点を解決し,アルミニウム製品の加工性を向上させることを目的として,加工部材とアルミニウム材の間の摩擦面(界面)に「1-デセン,1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセン」から選択される直鎖オレフィン類(本件発明のA成分に相当)を導入すること,A上記直鎖オレフィン類は,製造が容易なこと,合成原料が容易に入手できること,潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤としての優れた特性を有することを理由に,特に12〜25個の炭素原子の鎖長で1-又は2-の位置にオレフィン系不飽和結合を有する直鎖不飽和脂肪族炭化水素を使用することが好ましいこと,B上記直鎖オレフィン類は,単独あるいは混合物として使用され得るものであり,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等とも混合され得ること,C潤滑油組成物に対するオレフィンの濃度は,溶液又は混合物の総重量の10〜95重量%の範囲なら使用に好都合であること,D上記直鎖オレフィン類が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油は,25〜10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)の粘度を持つ石油から得られたものであり,単一の炭化水素でも炭化水素混合物でもよいこと等の記載がある。
イ上記記載によれば,引用例10には,本件発明のA成分に相当する直鎖オレフィン類が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として」,「単独あるいは混合物として」使用され,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等とも混合され得るものであり,潤滑油組成物に対する上記直鎖オレフィン類の濃度は「総重量の10〜95重量%」の範囲であれば使用に好都合であることが開示されている。そうすると,引用例10に接した当業者は,上記直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様としては,潤滑剤の基油同士として混合される場合及び添加剤として混合される場合があり得ると理解するものと考えられる。
(3) 対比前記(1)及び(2)によれば,本件発明と引用例10発明とは,A成分においては一致し,B成分においては,次の相違点があることが認められる。
(相違点)B成分が,本件発明では,40℃における動粘度が0.5ないし30cStの分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物であるのに対し,引用例10発明では,鉱油又はジエステル組成物等であり,その粘度が「潤滑油粘度」とされていて,オレフィン組成物が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油が,25〜10,000セイボルトユニバーサル秒の粘度を持つ石油から得られたものである点。
2 本件発明の容易想到性について(1) 引用例10についての当業者の理解ア引用例9(乙13)には,油性向上剤と従来の極圧添加剤の上位概念としての潤滑性能を向上させる添加剤について,「極圧添加剤」又は「油性剤」との用語を使用した上で,従来からα-オレフィンはアルミニウムの潤滑に対しても有効に作用する「潤滑剤として」知られていたが,最近ではα-オレフィンが配合された潤滑油剤において「油性剤」としての効果を有する側面があることが注目されているとの記載がある。
イ上記アと前記1(2)の認定を総合すれば,引用例10及び引用例9に接した当業者は,「潤滑剤として」従来から知られていた引用例9記載のα-オレフィンは,引用例10記載の直鎖オレフィン類に相当し,最近では「油性剤」(潤滑性能を向上させる添加剤)としての効果を有する側面があることが注目されていることを認識し,潤滑剤として公知の「鉱油,ジエステル組成物等」と上記直鎖オレフィン類とを基油同士として混合できるとともに,「鉱油,ジエステル組成物等」を基油として,上記直鎖オレフィン類を添加剤である「油性剤」として混合することができると理解するものと認められる。
(2) 引用例1の記載内容引用例1(乙6)の「特許請求の範囲」の請求項3には,「3.潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上を配合させた冷間加工用潤滑剤を被加工材の表面に塗布し,被加工材表面にアルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステルと被加工材との反応によって形成される膜の存在の下に被加工材の塑性加工を行うことを特徴とするアルミニウム塑性加工方法。」との記載がある。また,引用例1の「発明の詳細な説明」等によれば,@アルキルペンタエリトリトールホスファイトは,油性向上剤として機能すること,Aベース油(基油)として用いられる潤滑油は,「鉱油の他に,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及びこれらの混合油」が例示されていること等の記載がある。
上記記載によれば,引用例1には,潤滑油基油に油性向上剤として働くアルキルペンタエリトリトールホスファイト及びホスホン酸エステルを配合した潤滑油組成物(潤滑剤組成物)が開示されていると認められる。
(3) 相違点についての判断前記認定のとおり,@引用例10には,本件発明のA成分に相当する直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様としては,潤滑剤の基油同士として混合される場合と添加剤として混合される場合があり得ることの示唆があり(前記1(2)イ),また,上記直鎖オレフィン類が混合される鉱油,ジエステル組成物等は潤滑油粘度であり,具体的には,「25〜10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)」の粘度であることの記載があること(乙19の2欄67行〜3欄10行),A引用例9には,従来からα-オレフィンはアルミニウムの潤滑に対しても有効に作用する「潤滑剤として」知られていたが,最近ではα-オレフィンが配合された潤滑油剤において「油性剤」としての効果を有する側面があることが注目されていることが開示されていること(前記(1)ア),B引用例1には,ベース油(基油)として用いられる潤滑油は,「鉱油の他に,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及びこれらの混合油」が例示されており(前記(2)),鉱油と並んで,ポリブテン(ポリブテン油)及びその混合油がベース油(基油)として使用できることが示唆されていること,Cポリブテンは,本件発明のB成分に該当すること(甲2の段落【0005】),D「25〜10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)」の粘度は,「少なくとも2.0〜2160cSt」の範囲を包含することが認められること(乙38),E引用例10,引用例9及び引用例1は,アルミニウム製品の塑性加工においてその加工性を向上させるための潤滑剤の技術分野に関する文献である点で共通することに照らすと,引用例10,引用例9及び引用例1に接した当業者であれば,引用例10記載の上記直鎖オレフィン類に,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物を組み合わせることに代えて,引用例1記載のポリブテン油を組み合わせ,相違点に係る本件発明の構成(B成分)に想到することは格別困難ではなく,容易想到であるものと認められる。
(4) 控訴人の主張に対する判断これに対し控訴人は,以下のとおり主張するが,いずれも採用することができない。
ア(ア)控訴人は,引用例10記載の潤滑油剤の成分である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)は,基油であって,油性向上剤ではないこと,あるいは,引用例1で用いられているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性向上剤ではなく,極圧剤であることを理由に,引用例10の直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しないと主張する。
しかし,引用例10記載の直鎖オレフィンは,基油として混合される場合のみならず,潤滑性能を向上させる添加剤である「油性剤」ないし「油性向上剤」としての効果を有するものとして混合される場合があり得ること,また,アルキルペンタエリトリトールホスファイトが「油性剤」ないし「油性向上剤」に相当することは,前記認定のとおりであり,控訴人の上記主張は,その前提を欠くので,採用することができない。
(イ)控訴人は,@引用例10記載の潤滑油は直鎖オレフィンを必須成分とするのに対し,引用例1記載の潤滑油は,アルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の両者を必須成分として含まなければならず,上記各潤滑油は本質的に構造及び機能が異なり,Aまた,引用例1は,基油に,アルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステルを添加剤として用いることを特徴とした潤滑油剤に関するものであり,基油自体に特徴があるわけではないので,引用例10で用いている直鎖オレフィンについて,組合せの相手である引用例10の「鉱油,ジエステル油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,引用例10には,直鎖オレフィン類が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として」,「単独あるいは混合物として」使用され得ることが開示されており,また,引用例1には,鉱油と並んで,ポリブテン(ポリブテン油)及びその混合油がベース油(基油)として使用できることが示唆されており,当業者は引用例10の「鉱油,ジエステル油」の少なくとも一部につき,これに代えて引用例1の「ポリブテン」の使用を試みようとする契機があるといえるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ)控訴人は,鉱油に代替する基油として合成油を選択するのは単純ではない上,引用例1において,ポリブテン油は例示化合物の一つにすぎず,実施例において使用された基油の中でも最も性能が悪く(実施例8),また,甲13には,同一粘度の鉱物油と比べるとポリブテンの潤滑性能は非常に悪いことが記載されているから,引用例1記載のベース油から積極的にポリブテンを基油として選択して,引用例10記載の鉱油に代えることが容易であるとはいえないと主張する。
しかし,ポリブテンの潤滑性能は,同一粘度の鉱物油と比較して非常に悪いとの記載(甲13)は,ポリブテンを単体で使用した場合に関するものであって,ポリブテンを他の基油と混合し,又はポリブテンに添加剤を混合した場合に潤滑性能が劣ることを示唆するものではないから,引用例10の直鎖オレフィンと混合する成分として鉱油に代えてポリブテンを組み合わせることを妨げる理由にはならず,控訴人の上記主張は採用することができない。
(エ)控訴人は,引用例10には,不飽和化合物である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)を混合した潤滑油剤は好ましくないことを前提として,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定した条件下において,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性が示唆されているのであるから,オレフィンと,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という鉱油,ジエステル油以外の潤滑油とを混合しようと発想することは容易ではないと主張する。
しかし,引用例10は,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性を示唆した点が,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定された条件下であったとしても,引用例10には,鉱油,ジエステル油以外の潤滑油が上記条件を充足しないとの記載や示唆があるわけではないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(オ)控訴人は,引用例10,引用例9及び引用例1では,「基油」,「油性向上剤」,「極圧剤」,「添加剤(油性向上剤)」などの用語について,その意義,当業者間での認識は異なるので,引用例10,引用例9及び引用例1を組み合わせることに阻害事由があると主張する。
しかし,引用例10,引用例9及び引用例1によれば,引用例9記載の「油性向上剤」,「極圧添加剤」及び「油性剤」,引用例1記載の「油性向上剤」がいずれも潤滑性能を高める添加剤として基油と区別され,上記添加剤が引用例10記載の「添加剤」に属することは自明であり,また,前記認定のとおり,引用例10には,直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様として,潤滑剤の基油として混合される場合と添加剤として混合される場合の両者があり得ることが示唆されているから,引用例10,引用例9及び引用例1を組み合わせることに阻害事由があるとはいえず,控訴人の上記主張は採用することができない。
(カ)控訴人は,本件発明の「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」は,40℃における動粘度が0.5〜30cSt程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリブテンを意味するのに対し,引用例1では,「ベース油としての潤滑油」としてのポリブテン油が記載されているが,「ベース油としての潤滑油」は,比較的高粘度のものを指すので,潤滑油としてのポリブテンあるいはその水素化物について「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」であることを開示するものではなく,鉱油とポリブテンは,動粘度が同程度であっても潤滑油としての性能は全く異なるから,引用例10及び引用例1の記載から「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」を選択することは,当業者が容易になし得るものとはいえないと主張する。
しかし,@そもそも,本件明細書(甲2)には,本件発明のB成分について,「特に低分子量ポリブテン,低分子量ポリプロピレンさらには炭素数8〜14のα-オレフィンオリゴマーが好ましい。上記の分岐オレフィン及びその水素化物としては,通常40℃における動粘度が0.5〜500cSt,特に0.5〜30cStのものが好適に用いられる。」(段落【0005】)との記載はあるものの,他方で,「好適」の具体的な意味の説明はなく,また,実施例記載のポリブテンの具体的な粘度の記載もないことからすれば,B成分のポリブテンの粘度を「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」とすることについて,潤滑性能等における固有の技術的意義があると認めることはできないこと,Aこれに対して,引用例1(乙6)には,潤滑油剤の基油である潤滑油として,鉱油,合成油またはこれらの混合油が例示され,これらの粘度につき,「40℃における粘度が10o /2S(cSt)以上が好ましい」との記載(2頁右下欄下から6行〜末行)があり,「40℃における粘度が10o /S(cSt)以上」の2性状を有する潤滑油剤の基油としての鉱油,合成油等は公知であったことが認められ,これらを総合すれば,引用例1の記載に基づいて,ポリブテンの粘度を「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」とすることが困難であったということはできず,控訴人の上記主張は採用することができない。
イ控訴人は,本件発明は,引用例10に他の潤滑油と混合すると加工性が劣ると示唆されている直鎖オレフィンと,潤滑油としては加工性に劣る最悪の部類に属するボリブテン等とを混合することで,本件明細書の実施例に示すように,しごき不良率2%という,極めて良好な加工性が得られることを見いだしたものであり,本件発明の効果は,引用例10,引用例9,引用例1及び引用例11のいずれを参酌しても予想できるものではなく,また,本件発明が優れた効果を奏することは,甲27の5ないし27の7,31記載の加工性に関する実験結果からも明らかであるから,審決には,本件発明の顕著な効果を看過した誤りがあると主張する。
しかし,本件明細書(甲2)によれば,@特許請求の範囲(請求項1)は,A成分及びB成分のみから構成されるものに限るのではなく,「A成分」,「B成分」及び「それ以外の成分」を含むものをその範囲に含む極めて広範なものとして記載されていること(前記1(1)),A本件発明は,従来の塑性加工油と比べて,加工性が向上,使用中に発する臭気の軽減,作業環境の向上,加工製品の表面の脱脂性の向上等の作用効果を奏するとされているが,他方,実施例としては,成分Aとして1-ヘキサデセンと1-オクタデセンの1:1の混合物20重量%に,成分Bとしてポリブテン(分子量265)80重量%のもの一態様のみが示されている(段落【0008】〜【0013】,【表1】)のであって,この実施例と従来の塑性加工油を用いた比較例1,2との対比結果だけでは,本件発明が,従来の塑性加工油の問題点を解決し,作用効果を奏すること(例えば,広範な範囲を含む発明の態様のすべての場合について,しごき不良率2%を奏すること)が明らかにされているとはいえないこと,B本件発明が解決すべき課題の一つとして,従来の塑性加工油では,油性剤,極圧剤等の添加により加工部分の脱脂や防錆面で様々な不都合があったことを挙げているが,油性剤,極圧剤が添加された実施例は示されていないこと等の点からすれば,本件発明は,甲27の5ないし27の7,31を参酌しても,控訴人の主張するとおりの顕著な作用効果を奏するものと認めることはできない。
(5) 本件訂正請求についての判断控訴人は,本件特許の無効審判事件において,本件訂正請求をしたので,無効理由は解消した旨を主張する。
しかし,本件訂正後の発明も,引用例10,引用例9及び引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,控訴人の主張は採用できない。その理由は,原判決72頁18行から73頁25行までに記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決73頁8行目の「上記(5)アないしエと同様である。」を「相違点に係る本件発明の構成と同様に,容易想到である。」と改め,同73頁10行目の「上記(1)ア(ア)のとおり」を削除する。)。
(6) 小括したがって,本件発明は,引用例10,引用例9及び引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を欠くものであり,本件特許には特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので,同法104条の3第1項の規定により,控訴人は,被控訴人らに対し,本件特許権を行使することができない3 結論以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大鷹一郎
裁判官 嶋末和秀