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事件 平成 15年 (ワ) 10959号 特許権侵害差止請求権等不存在確認請求事件
平成 16年 (ワ) 4755号 特許権侵害差止等請求事件
原告(反訴被告) 株式会社コベルコ科研
訴訟代理人弁護士 岡田春夫
同 小池眞一
同 矢倉信介
同 森博之
同 中西淳
同 長谷川裕
補佐人弁理士 植木久一
同 二口治
被告(反訴原告) 日立金属株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 中道徹
補佐人弁理士 北野健
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2005/02/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告(反訴被告)の本訴に係る訴えをいずれも却下する。
2 被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
請求
1 本訴請求 (1) 原告(反訴被告)の別紙原告物件目録記載のイ号物件の製造、販売について、被告(反訴原告)が、特許番号第3212024号の特許権に基づいて差止請求権を有しないことを確認する。
(2) 原告(反訴被告)の別紙原告物件目録記載のイ号物件の製造、販売について、被告(反訴原告)が、特許番号第3212024号の特許権に基づいて不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことを確認する。
2 反訴請求 (1) 原告(反訴被告)は、別紙原告物件目録記載のイ号物件ないしハ号物件について、製造、譲渡もしくは貸渡しを行い、又は譲渡もしくは貸渡しの申し出をしてはならない。
(2) 原告(反訴被告)は、別紙原告物件目録記載のイ号物件ないしハ号物件を廃棄せよ。
(3) 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、5億円及びこれに対する平成16年4月27日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、被告(反訴原告)(以下単に「被告」という。)が「Al系スパッタリング用ターゲット材およびその製造方法」に関する特許権を有しており、原告(反訴被告)(以下単に「原告」という。)がターゲット材を製造販売しているところ、本訴事件は、被告が原告に、原告が製造販売しているターゲット材が上記特許発明実施品であるとして、上記特許権に基づいてその製造販売の差止めと損害賠償を請求する旨を警告したのに対し、原告が、被告がこれらの請求権を有しないことの確認を求めた事案であり、反訴事件は、原告が製造販売しているターゲット材が上記特許発明実施品であるとして、被告が原告に対し、上記特許権に基づいてその製造販売の差止め等と損害賠償を求めた事案である。
1 前提となる事実(いずれも争いがない。) (1)ア 被告は、下記の特許権(以下「本件特許権」といい、その明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件第1発明」と、特許請求の範囲の請求項2に記載された発明を「本件第2発明」と、その特許権にかかる明細書を「本件明細書」といい、本件第1発明と本件第2発明を合わせて「本件各発明」という。)を有している。
発明の名称 Al系スパッタリング用ターゲット材およびその製造方法 出願日 平成9年4月16日 出願番号 特願平9-114391号 優先日 平成8年11月14日 公開日 平成10年7月31日 公開番号 特開平10-199830号 登録日 平成13年7月19日 特許番号 第3212024号 特許請求の範囲の請求項1及び2は、別紙特許公報(甲9)の各該当欄記載のとおり イ 本件第1発明の構成要件は、次のとおり分説される。
A Alマトリックスに、遷移元素から選択される元素のいずれか1種または2種以上とAlとの化合物が分散した組織であって、
B 前記遷移元素として3A族元素を必須として含有し、
C 前記組織における長径0.5μm以上の前記化合物を含まないAl域が、内接円径で10μmを越えないことを特徴とする D Al系スパッタリング用ターゲット材 ウ 本件第2発明の構成要件は、次のとおり分説される。
E 分散する化合物の最大外接円径は、実質的に5μm以下であることを特徴とする F 請求項1に記載のAl系スパッタリング用ターゲット材 (2) 原告は、別紙原告物件目録記載のイ号物件ないしハ号物件(それぞれ以下「イ号物件」ないし「ハ号物件」という。)を製造販売している(なお、ロ号物件及びハ号物件の構成については当事者間に争いがある。)。
イ号物件は、本件各発明の構成要件をいずれも充足し、その技術的範囲に属する。
(3) 被告は、原告に対し、平成13年9月4日付の警告書で、イ号物件が本件各発明の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害する旨警告した。
被告は、前記警告書を発した後、原告と交渉を続けたが、平成15年9月22日付の書簡で、原告が被告の主張する条件を受け容れないならば、原告に対し、イ号物件の製造販売等の差止め及び損害賠償を請求する訴訟を提起する旨通告した。
2 争点 (1) ロ号物件及びハ号物件は本件各発明の技術的範囲に属するか 〔被告の主張〕 ロ号物件及びハ号物件の構成は、いずれもイ号物件と同一である。
したがって、ロ号物件及びハ号物件は、いずれも、本件各発明の構成要件をいずれも充足し、その技術的範囲に属する。
〔原告の主張〕 ロ号物件及びハ号物件は、いずれも、「長径0.5μm以上の前記化合物を含まないAlの偏在領域は、内接円径で10μmを越えない」との構成、すなわち、イ号物件における構成bを有しない。
したがって、ロ号物件及びハ号物件は、いずれも、本件各発明の構成要件Cを充足せず、その技術的範囲に属しない。
(2) 原告は本件特許権について先使用による法定実施権を有するか 〔原告の主張〕 ア 原告は、本件特許権の優先日よりも前である、平成8年6月頃から、現在まで、Al-2.0at%Ndターゲット材を商業的に製造販売しているところ、このAl-2.0at%Ndターゲット材の構成は、その製造販売開始当初から一貫して、イ号物件と同一である。すなわち、原告は、本件特許権の優先日よりも前から現在に至るまで、本件各発明の技術的範囲に属するイ号物件を、商業的に製造販売しているものである。
そして、原告のAl-2.0at%Ndターゲット材(イ号物件)は、
原告の親会社である株式会社神戸製鋼所と共同して、本件各発明を知らないで完成させたものである。
したがって、原告は、本件各発明に関し、本件特許権について、特許法79条に基づき、法定の通常実施権を有する。
イ(ア) 原告が、本件特許権の優先日よりも前に、本件各発明の技術的範囲に属するイ号物件を製造していることを裏付ける証拠として、別紙組織写真一覧表記載の組織表面を撮影した組織写真(以下「本件組織写真」といい、それぞれの写真について、同表の写真番号欄記載の番号を付して、以下例えば「写真番号1の写真」ということがある。)がある。これらは、いずれも、ターゲット材において、
圧延加工されたものからサンプル片を採取して、500倍の光学顕微鏡で観察した組織写真であり、本件各発明の技術的範囲に属するか否かを判断するための資料となるに足りる鮮明さを有するものである。
これらの組織写真を観察すると、いずれも、その撮影対象となったものが本件各発明の実施品であることは明らかである。
(イ) なお、本件明細書の記載と、ターゲット材の製造の工程に照らせば、本件各発明の技術的範囲に属するか否かを判断するための観察対象としては、
圧延加工後のもの(圧延板)のうち、切断加工されて最終製品とならなかった部分である端材と最終製品とは組織上同一のものとなるから、端材を観察すれば足りるし、組織観察のためにはターゲット材から試料を切り出さなければならないことに照らせば、このような端材を用いて検査することは当業者の技術常識でもある。
ウ 原告が、本件特許権の優先日よりも前に製造したターゲット材の組織写真である本件組織写真と、最近製造したターゲット材の組織写真とを比べれば、両者は、金属間化合物が本件各発明により要求されている程度に均一かつ微細に分散していることにおいて、実質上異なるところはないから、原告がこの期間、一貫して同一の製造方法及び技術を用いて同一のターゲット材を製造販売していることは明らかである。
被告は、原告のターゲット材の開発経緯に関する資料から、原告が本件各発明を完成した時期は、平成12年ころ、早くとも、平成10年ころであると主張するが、被告が援用する資料には本件各発明と関係のない発明の特許出願が含まれるし、また、被告が援用する公開資料は、その公開されているという性質上、常に最新の研究成果を掲載するものでもないから、被告の主張は理由がないものである。
エ なお、仮に、原告が製造販売しているAl-0.6at%Ndターゲット材及びAl-0.2at%Ndターゲット材が本件各発明の技術的範囲に属するものであるとしても、既に述べたところから、原告は、これらの製造販売についても先使用に基づく法定通常実施権を有するものである。
〔被告の主張〕 ア 原告が、本件特許権の優先日よりも前である、平成8年6月頃から製造販売していたと主張するAl-2.0at%Ndターゲット材について、本件各発明の構成要件を充足し、その技術的範囲に属することの立証はない。
したがって、原告は、本件各発明に関し、本件特許権について、特許法79条に基づく法定通常実施権を有するとはいえない。
イ(ア) 本件各発明の技術的範囲に属するか否かを判断するためには、最終的に製品となったターゲット材そのものを観察すべきところ、原告が、本件特許権の優先日よりも前に、本件各発明の技術的範囲に属するイ号物件を製造していることを裏付ける証拠として主張する本件組織写真は、圧延品の端材のものであり、ターゲット材そのものの組織写真ではなく、端材と最終製品であるターゲット材とが、常に同一の組織であるということもできないから、証拠価値がなく、原告の主張を裏付けるものとはならない。
しかも、本件組織写真は、いずれも焦点が合っておらず、コントラストも弱く、汚れもあり、また写真によっては強い偏析があったり、試料観察面が顕微鏡に対して傾斜していたりしているから、これらに基づいて本件各発明の技術的範囲に属するか否かを判断することのできないものである。
(イ) 本件組織写真は、その成立の真正が立証されていないものであり、
証拠力がないものであるが、この点をおいて、例えば写真番号5の写真(甲81)を観察しても、0.5μm以上の金属間化合物を含まないAl域の最大内接円径が10μmを越えており、本件各発明の構成要件Cを充足していないから、その撮影対象となったものは本件各発明の実施品ではない。
ウ 上記イで述べたところと同様、原告が、最近製造したターゲット材の組織写真として主張する組織写真は、圧延品の端材のものであり、ターゲット材そのものの組織写真ではないから、証拠価値がなく、原告の主張を裏付けるものとはならない。
しかも、両者の写真を比べると、実質的に同一ではないから、これらの写真は、原告の主張を裏付けるものではなく、かえって製造方法や技術が異なることは明らかであるし、これ以外に、原告が本件各発明の優先日以前から一貫して同一の製造方法及び技術を用いてターゲット材を製造していることを示す客観的な証拠はない。
加えて、原告のターゲット材の開発経緯に関する資料を総合すると、原告が本件各発明を完成した時期は、平成12年ころ、早くとも、平成10年ころである。
(3) 本件特許に出願前公然実施の無効理由が存在することが明らかか 〔原告の主張〕 前記(2)〔原告の主張〕のとおり、原告は、本件特許権の優先日よりも前から、本件各発明の技術的範囲に属するイ号物件を、商業的に製造販売していた。
そして、原告は、イ号物件の納入先との間で、製品の構成について秘密を保持する旨の合意をしていない。
したがって、原告は、本件特許権の優先日よりも前に、本件各発明を公然実施していたのであるから、本件特許には無効理由が存在することが明らかである。
このように、無効理由が存在することが明らかな本件特許権に基づく請求は、権利の濫用であって許されない。
〔被告の主張〕 前記(2)〔被告の主張〕のとおり、原告が、本件特許権の優先日以前に製造販売していたAl-2.0at%Ndターゲット材は、本件各発明の技術的範囲に属するものではない。
したがって、本件特許には原告が主張するような無効理由は存在しない。
(4) 本件特許に明細書記載不備の無効理由が存在することが明らかか 〔原告の主張〕 ア 以下のイないしオに述べるとおり、本件特許には特許法36条違反(明細書の記載不備)の無効理由が存在することが明らかであり、このように、無効理由が存在することが明らかな本件特許権に基づく請求は、権利の濫用であって許されない。
イ 本件各発明の構成要件Cは、以下の3つの理由から、技術上の意義及び臨界的意義がなく、不明確であるから、特許法36条6項2号に違反し、また、当業者が技術上の意義を理解できないから、同条4項1号、特許法施行規則24条の2に違反し、さらに、当業者が実施できる程度に記載されていないから、同法36条4項2号にも違反する。
(ア) 構成要件Cは、Al域の定義として、長径0.5μmと規定されているが、本件明細書によれば、長径0.5μmという下限を設定した理由は、光学顕微鏡では同定できないからというものであって、これは視覚上の意義にすぎず、
この数値の技術上の意義は示されていない。
しかも、本件各発明は、微細な金属間化合物を分散させた組織を有するターゲット材を得ることを目的としているのであるから、「長径0.5μm未満の微細なAl化合物が均一に分散した金属組織」は、その最も理想的な姿として位置づけられるはずであるのに、構成要件Cの定義によって、このようなものがAl化合物が分散していない好ましからぬAl域と同一視されるという矛盾も存在するところ、「長径0.5μm未満の微細なAl化合物が均一に分散した金属組織」が、かえって悪影響を及ぼすことの根拠もデータもなく、結果として技術上の矛盾を内包したままとなっている。
(イ) 構成要件Cは、Al域の内接円径が10μmを越えないと規定しているが、本件明細書の記載によれば、これは、スパッタリング期間における生成薄膜の経時的な組成変動を抑制するためであると解される。
しかし、本件明細書の記載によっても、Al域の内接円径が10μmを越えないとすることによって、生成薄膜の経時的な組成変動を抑制するという効果を確認することができない。本件明細書に記載された実施例では、Al域の内接円径が10μmを越えるもので、組成変動を良好に抑制できるものもあるし、原告が行った実験によっても、同様の結果が生じているのであるから、この数値による規定には技術上の意義はない。
(ウ) 本件特許の添付図面代用写真には、以下のように不自然な点が存在するから、これを含む実施例を根拠として読み込まれたAl域の内接円径の値も極めて不確定なものである。
すなわち、本件各発明と同一の発明者に係る特許出願についての特開平11-293454号公開特許公報の、図5ないし8は、本件特許の添付図面代用写真の、それぞれ図1、3、4、6と同一である。
ところが、本件明細書の記載と、上記公開特許公報の記載とを比較すると、同一の写真であるにもかかわらず、その試料の製作時の熱間静水圧プレス(HIP)条件が異なって記載されており、不自然なものというべきである。
構成要件Cで規定される内接円径の数値は、上記の添付図面代用写真から読み込まれたものであるが、その写真自体に不自然な点がある以上、これを含む実験データ全体の信頼性が乏しいものというべきであり、その数値も不確定なものであるというべきである。
したがって、Al域の内接円径が10μmを越えないとする構成要件Cには、技術的意義がない。
ウ 本件第2発明の構成要件Eは、以下の4つの理由から、技術上の意義及び臨界的意義がなく、不明確であるから、特許法36条6項2号に違反し、また、
当業者が技術上の意義を理解できないから、同条4項1号、特許法施行規則24条の2に違反し、さらに、当業者が実施できる程度に記載されていないから、同法36条4項2号にも違反する。
(ア) 構成要件Eは、化合物の最大外接円径を5μmと規定しているが、
本件明細書の記載によれば、これは、加工率が高くなった場合にも、金属間化合物の割れに起因する空隙(欠陥)の発生を防止し、スプラッシュを抑制するためであると解される。
しかし、本件明細書の記載によっても、化合物の最大外接円径を5μmとすることによって、空隙を防止するという効果を確認することができない。本件明細書に記載された実施例では、化合物の最大長径が5μm以下である方が、むしろ加工によって欠陥が生じやすくなっているから、この数値による規定には技術上の意義はない。
(イ) 上記(ア)で述べたとおり、構成要件Eが、化合物の最大外接円径を5μmと規定しているのは、金属間化合物の割れに起因する空隙(欠陥)の発生を防止し、スプラッシュを抑制するためであると解される。
しかし、本件明細書の記載によっても、欠陥が発生しなければスプラッシュの増加がないという効果を確認することができない。本件明細書に記載された実施例では、単位面積当たりの欠陥数が相違するターゲット材を用いて製膜されたAl合金膜のスプラッシュ数は、同一であったり、むしろ欠陥数が多いターゲット材を用いたものの方が、スプラッシュ数が少なかったりするのであるから、欠陥の抑制によるスプラッシュの抑制を前提とした構成要件Eには技術上の意義はない。
(ウ) 上記(ア)で述べたとおり、構成要件Eが、化合物の最大外接円径を5μmと規定しているのは、金属間化合物の割れに起因する空隙(欠陥)の発生を防止し、スプラッシュを抑制するためであると解される。
しかし、本件明細書の記載によっても、化合物の最大外接円径を5μmとすることによって、スプラッシュを抑制するという効果を確認することができない。本件明細書に記載された実施例では、化合物の最大外接円径が5μmを越えるものと、これを越えないものとで、単位面積当たりのスプラッシュ数が同等であったり、金属化合物の最大長径が5μm以下であるものが、これを越えるものよりも単位面積当たりのスプラッシュ数が多くなったりしているし、原告が行った実験によっても、また、上記ア(ウ)の公開特許公報記載の実施例においても、同様の結果が生じているから、この数値による規定には技術上の意義はない。
(エ) 本件特許の添付図面代用写真には、以下のように不自然な点が存在するから、これを含む実施例を根拠として読み込まれた化合物の最大外接円径の値も極めて不確定なものである。
すなわち、本件特許の添付図面代用写真には、上記イ(ウ)のとおり不自然な点があり、これを含む実験データ全体の信頼性が乏しいというべきところ、
構成要件Eで規定される外接円径の数値は、上記の添付図面代用写真から読み込まれたものであるから、その数値も不確定なものであるというべきである。
したがって、化合物の最大外接円径が実質的に5μm以下であるとする構成要件Eには、技術的意義がない。
エ 仮に、被告が主張するように、本件各発明の技術的範囲への属否を判断する際、その観察手段を問わず、透過型電子顕微鏡(TEM)によってもその判断が可能であるとするならば、当業者は本件明細書に従って本件各発明を実施することができないから、特許法36条4項2号に違反し、また、本件各発明の構成要件CのAl域の特定が妨げられることになるから、特許請求の範囲も不明確となり、
特許法36条6項2号に違反する。
すなわち、本件明細書においては、その実施例において、400倍の光学顕微鏡を用いており、また、前記イ(ア)のとおり、構成要件CにおいてAl域の定義として0.5μm以上との特定をした理由は、光学顕微鏡ではこれよりも微細なものは同定できないからというものであるから、本件各発明においてはその構成要件充足性の判断に際して、光学顕微鏡を用いることが前提となっているものである。
被告は、TEMによっても構成要件充足性の判断が可能であると主張するが、TEMは、試料内部を透過して観察するから、試料表面を観察する光学顕微鏡とでは測定原理が異なり、構成要件充足性の判断も異なってくることがあり得るものである。
このように、被告の主張は本件明細書の記載に反するものであるが、仮に、TEMによっても本件各発明の技術的範囲への属否の判断が可能とするならば、当業者は本件明細書に従って本件各発明を実施することができなくなり、また、本件各発明の構成要件CのAl域の特定も妨げられ、特許請求の範囲も不明確になる。
オ 仮に、被告が主張するように、本件各発明の技術的範囲への属否を判断する際、その観察対象は最終製品であるターゲット材でなければならないとするならば、当業者は本件明細書の記載から本件各発明を実施することができないから、
特許法36条4項に違反する。
すなわち、組織写真を撮影するにはターゲット材から試料を切り出して撮影する必要があり、このため、物理的に製品を破壊することになるから、観察対象は最終製品であるターゲット材でなければならないとし、出荷前のターゲット材を観察するとすると、当該ターゲット材は破壊によって製品にはならなくなり、本件各発明の実施は実質的に不可能となる。かといって、使用後のターゲット材を観察しても、当該ターゲット材の使用条件は必ずしも明らかではなく、使用によってターゲット材の組織が変動している可能性も否定できないから、本件各発明の技術的範囲への属否を判断するには適切ではないし、加えて、使用者から返ってきたターゲット材の観察によってしか構成要件充足性を判断できないのでは、実質的には、本件各発明の実施は不可能というべきである。
このように、観察対象は最終製品であるターゲット材でなければならないとすれば、当業者は本件明細書に従って本件各発明を実施することができなくなる。
〔被告の主張〕 ア 以下のイないしオに述べるとおり、本件特許には原告が主張するような特許法36条違反(明細書の記載不備)の無効理由は存在しない。
イ 〔原告の主張〕イ及びウの特許法36条6項2号違反の主張について 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確に把握できるように記載することを求めるものであり、技術上の意義や臨界的意義を把握できるように記載することを求めるものではない。
したがって、本件各発明の構成要件C及びEに技術上の意義や臨界的意義がないから、同号違反であるという原告の主張は当を得ないものである。
ウ 〔原告の主張〕イ及びウの特許法36条4項違反の主張について 本件明細書は、特許法施行規則様式29備考15の記載に従って、発明の属する技術分野、発明が解決しようとする課題、課題を解決するための手段を、
それぞれ適式に記載しているから、特許法36条4項1号には違反しない。
また、本件明細書には、ターゲット材の製造方法及び使用方法が記載されており、その記載に従えば、本件各発明のターゲット材を製造して使用することが可能であるから、同項2号にも違反しない。
エ 〔原告の主張〕エについて TEMにより金属試料を観察する場合の試料の厚さは通常0.2μm程度以下とするものであるから、0.5μm以上の化合物を含まないか否かを判断するために、厚さ方向でも化合物が観察されることは何ら問題とならない。
光学顕微鏡による観察においても、試料の表面を研磨して行うこととなるが、この際の表面の粗さは少なくとも0.2μm程度となるから、TEMによる観察と同様にある程度の深さ方向の化合物の情報も得ることとなり、その結果はTEMによる観察と変わるところがない。
したがって、光学顕微鏡によっても、TEMによっても、本件各発明の構成要件充足性判断をすることができるから、本件各発明について、当業者における実施は妨げられないし、発明が不明確になるものでもない。
オ 〔原告の主張〕オについて 本件明細書の記載から、組織観察を行ったのは、ターゲット材そのものであることが明らかであり、組織に関わる特許発明を認識するためには、ターゲット材そのものを観察する必要がある。
そして、本件明細書には、ターゲット材の製造方法も記載されており、
その記載に従えば、本件各発明のターゲット材を製造することは可能である。
しかも、破壊検査による観察を全てのターゲット材について行う必要はなく、ターゲット材そのものの幾つかをサンプリングして観察すれば足りるものであるし、使用済みのターゲット材を観察することもできる。
このように、本件各発明について、当業者が実施できないということはない。
(5) 本件特許に進歩性欠如の無効理由が存在することが明らかか 〔原告の主張〕 いずれも本件特許権の優先日よりも前に公開された刊行物である特開平6-128736号公開特許公報及び特開平6-299354号公開特許公報に記載された発明には、本件各発明の構成要件A、B及びDが開示されており、本件各発明とは、構成要件C及びEの数値限定の有無のみで相違する。
ところで、前記(4)の〔原告の主張〕イ及びウのとおり、本件各発明の構成要件C及びEの数値限定には技術上の意義及び臨界的意義のいずれもないものであるから、本件各発明は、上記各公開特許公報に記載された発明に基づいて、優先日より前に、当業者であれば容易に想到することのできたものである。
したがって、本件特許には無効理由が存在することが明らかであり、このように、無効理由が存在することが明らかな本件特許権に基づく請求は、権利の濫用であって許されない。
〔被告の主張〕 本件明細書によれば、本件各発明の構成要件C及びEの数値限定をすることによって、本件各発明の目的である膜組成変動の抑制とスプラッシュ数の抑制が達成できていることが明らかであり、これらの数値限定には重要な技術上の意義があるものである。この点に関する実験データについての原告の分析や解釈は相当でない。
そして、原告が引用する各公開特許公報には、これらの数値限定については何ら記載されていないから、当業者であれば、上記各公開特許公報に記載された発明に基づいて、本件各発明に容易に想到することができたとはいえない。
したがって、本件特許には原告が主張するような無効理由は存在しない。
(6) 被告の損害額 〔被告の主張〕 原告は、遅くとも平成13年7月19日から平成16年3月31日までの間に、イ号物件ないしハ号物件を少なくとも合計50億円分販売した。
本件特許権の実施料相当額は、販売額の10パーセントを下らない。
したがって、被告は、少なくとも5億円の損害を被った。
〔原告の主張〕 否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点(1)(ロ号物件及びハ号物件は本件各発明の技術的範囲に属するか)について 被告は、ロ号物件及びハ号物件の構成は、いずれもイ号物件と同一であると主張する。
これに対し、原告は、ロ号物件及びハ号物件は、いずれも、イ号物件における構成bを有しないと主張して被告の主張を否認する。
そこで検討するに、ロ号物件及びハ号物件がイ号物件における構成bを有することについて、被告は積極的な立証をせず、本件に現れた全証拠によっても、これらを認めることはできない。
したがって、被告の上記主張は、これを認めることができない。
2 本件各発明について 争点についての判断の前提として、本件各発明について検討する。
(1) 本件明細書(甲9)には、以下のとおりの記載が存在する。
ア 「発明の属する技術分野」の項 本発明は、Alを主体とするAl系スパッタリングターゲット材に関し、特に液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display以下LCDと略す)の薄膜電極、薄膜配線等に用いられるLCD用Al系スパッタリングターゲット材およびその製造方法に関するものである。
イ 「従来の技術」の項 現在主流である基板サイズは370×470mmであり、この基板に金属膜を形成するための枚葉式スパッタ装置用のターゲット材には550×650mm程度のスパッタリング面を有する大型のターゲット材を一体で製造する必要がある。一般的なAl系スパッタリング用ターゲット材は、Al合金を鋳造してインゴットを製造し、これを機械加工してターゲット材とする場合が多い。しかし、Alを主体とする合金は冷間での塑性加工性に優れるため、CrやTa等の高融点の金属のターゲット材を製造する場合に比較して、一体で大きなターゲット材を製造しやすいという利点があり、鋳造インゴットに鍛造、冷間圧延等を施しターゲット材の形状に機械加工を行なう場合もある。たとえば、550×650mmに対応する枚葉式の0.3m2以上のスパッタ平面積を有する大型のターゲット材を製造するためにはインゴットを大きくし、
冷間で高い加工率(80%程度以上)を適用して一体のターゲット材を製造できるように塑性加工、機械加工を行って製造していた。
また、ターゲット材の組成の改良に関する提案も多くなされている。たとえば、純Al膜では比抵抗は低いが耐熱性に問題があり、TFT(Thin-Film-Transistor)製造プロセス上不可避である電極膜形成後の加熱工程(250〜400℃程度)等において、ヒロックといわれる微小な突起が表面に生じるという問題点がある。このヒロックはストレスマイグレーション、サーマルマイグレーション等により発生すると考えられ、このヒロックが発生するとAl配線膜上に絶縁膜や保護膜等を形成し、さらに配線膜、電極膜等を形成しようとした場合に電気的短絡(ショート)や、このヒロックを通してエッチング液等が侵入しAl配線膜が腐食してしまうという問題点がある。
このため、純Alではなく、これらの問題を解決する目的で高融点の金属を添加する。たとえば、特開平4-323872号ではMn、Zr、Crを0.05〜1.0at%添加することが有効であることが述べられている。また、特公平4-48854号では、Bを0.002〜0.5wt%、Hf、Nb、Ta、Mo、Wを0.002〜0.7wt%添加する方法や、さらにSiを0.5〜1.5wt%加える方法が開示されている。また、特開平5-65631号ではTi、Zr、Taを0.2〜10at%添加することがヒロックの発生の抑制に効果があることが述べられている。さらに特開平6-299354号や特開平7-45555号で述べられているようにFe、Co、Ni、Ru、Rh、Irを0.1〜10at%、また希土類元素を0.05〜15at%添加する方法や、特開平5-335271号のようにAl-Si合金にCu、Ti、Pd、Zr、Hf、Y、Scを0.01〜3wt%添加する方法が知られている。このような添加元素は、Alと化合物を形成しAlのマトリックス中に分散するが、形成した化合物は、Alと比重が異なるため、偏析を生じやすい。そのため特開平5-335271号、特開平6-336673号に記載されるように、偏析を防止する鋳造技術の提案もある。
ウ 「発明が解決しようとする課題」の項 これまでのAl系スパッタリング用ターゲット材については、ヒロックを防止するために添加元素を加えたものや、その偏析を防止する鋳造方法に重点が置かれていた。従来の改良法により、溶解鋳造法によってターゲット材を得る方法では、たとえばできるだけ急冷することによりインゴット組織におけるAlと添加元素とのマクロ的な偏析は防止できる。しかし、鋳造法の場合、組織中に薄片状等の化合物の凝集部分が生じてミクロ的な偏析はどうしても残留するため、LCD配線等の微小な薄膜にとっては、なお偏析の問題が存在している。
ターゲット材のマクロ的な偏析を防止する方法として、粉末を混合して焼結する方法が考えられる。しかし、我々の検討によれば、純Al粉末を原料とする場合、Al粉末原料の大きさが大きいと偏析域が大きくなる。偏析域を小さくするためには、微細な原料粉末を使用することが考えられる。しかし、微細なAl粉末および添加元素粉末は、酸化や発火の対策という取り扱い上の問題と、混合時の粉末の凝集といった製造上の問題から、満足できる均一組織のターゲット材が得られていない。また、溶製法を開示する特開平6-299354号が指摘するようにAl粉末と合金化元素粉末を混合した焼結ターゲット材では、各元素のスパッタ効率の違いからAl膜中の合金元素濃度が経時的に変動するという問題がある。本発明の第1の目的は、ミクロ的な組織偏析を防止した新規なAl系ターゲット材を提供することである。
また、Al系ターゲット材においてはインゴットを大きくし、冷間で高い加工率で塑性加工を行ったターゲット材を用いてスパッタするとターゲット材からスプラッシュと呼ばれる異常飛沫が発生する問題がある。スプラッシュとは、ターゲット材から発生する異常飛沫のことであり、通常のスパッタ粒子に比較して大きく、このスプラッシュが基板上に付着すると配線間のショート、断線等を引き起こす可能性が高くなり、製造した液晶ディスプレイの歩留まりを大きく低下させてしまう問題がある。
発明者らは、スプラッシュの発生原因を鋭意検討した。その結果スプラッシュの原因がターゲット材中にある微小な空隙にあることを見いだした。さらに検討した結果、この微小な空隙の発生原因の一つは、溶解鋳造法で大型のインゴットを製造する場合、Alの熱収縮が大きいため発生する引け巣にあることが判明した。また、もう一つの原因は、Alの溶湯は水素を溶存するが、冷えて固まる際には水素を放出するため、この水素により微細な空隙が発生しやすいということである。特に偏析を防止するために、できるだけ急冷して凝固すると空隙がインゴット中に包括されやすくなる。
また、Al以外の添加元素によって生成するAl化合物が、ターゲット材への加工中に割れて、空隙の原因となる場合がある。本発明者がターゲット材組織における微小な空隙の発生を抑えるべく検討したところ、溶解鋳造法を適用する限りは、引け巣や溶存水素による空隙の発生を抑えることは困難であった。そのため、本発明者は粉末焼結法を適用することを試みた。粉末焼結法を適用すると、上述した引け巣や溶存水素による空隙の発生を抑制することができる。しかし、単純に上述したようなヒロックを防止する元素の粉末をAl粉末と混合して焼結すると、Alとの反応により粗大な化合物を形成する場合があり、この化合物も、溶解鋳造法によって生成される化合物と同様に加工中に割れやすく、スプラッシュの原因となる空隙を形成してしまうことがわかった。
本発明の第2の目的は、スプラッシュの原因となる微小な空隙の発生を防止したAl系ターゲット材およびその製造方法を提供することである。
エ 「課題を解決するための手段」の項 本発明者は、ヒロックを防止することを主目的とする遷移元素をAlに添加した合金溶湯から急冷凝固粉末を得てこれを加圧焼結することにより、薄片状に成長しやすいAl化合物の成長を抑え、組織中に均一に化合物が分散した組織を得ることができることを見いだし、この方法で製造した微細組織を有するターゲット材が、スプラッシュの防止と形成する薄膜の濃度の変動を防止できることを見いだし本発明に到達した。
すなわち、本発明は、Alマトリックスに、遷移元素から選択される元素のいずれか1種または2種以上とAlとの化合物が分散した組織であって、前記遷移元素として3A族元素を必須として含有し、前記組織における長径0.5μm以上の前記化合物を含まないAl域が、内接円径で10μmを越えないAl系スパッタリング用ターゲット材である。
このターゲット材はたとえば、遷移元素から選択される元素のいずれか1種または2種以上を10原子%以下含み、前記遷移元素として3A族元素を必須として含有し、残部実質的にAlからなる合金溶湯を急冷凝固処理し粉末とした後、得られた粉末を加圧焼結することにより得ることができる。
特に、スプラッシュを防止するためには、ターゲット素材中に存在する化合物が製造工程中に割れないように、その形状をできるだけ微細にする必要がある。好ましくは、Alマトリックスに分散する化合物の最大外接円径は、実質的に5μm以下にする。さらに望ましくは、ターゲット材の断面組織における0.5μm以上の化合物の長径/短径で規定するアスペクト比は10以下、さらに望ましくは5未満とする。
また、本発明においては、特に3A族元素はAlと薄片状の化合物を形成しやすい。そのためターゲット材を製造する行程で化合物が割れてスプラッシュの原因となる空隙を生じやすい。したがって、3A族元素を添加したAl系ターゲット材に対して、本発明は特に有効である。
上述した、急冷凝固処理して粉末を製造する方法は、上述したような長径0.5μm以上のAlとの化合物を含まないAl域(以下Al偏在域と言う)を低減するだけでなく、分散する化合物を微細にして、上述した微細な化合物を分散した本発明のターゲット材を得る方法としても有効である。すなわち、圧延処理を行なっても、化合物の割れに起因するスプラッシュの発生の少ないターゲット材が得られるのである。
具体的には、本発明のターゲット材は、たとえば遷移元素から選択される元素のいずれか1種または2種以上を10原子%以下含み、前記遷移元素として3A族元素を必須として含有し、残部実質的にAlからなる合金溶湯を急冷凝固処理し粉末とした後、得られた粉末を加圧焼結し、ついで圧延処理を行いターゲット材とする本発明の製造方法を採用できるのである。
なお、本発明において遷移元素とは、Sc,Y,ランタノイドでなる希土類元素と称される3A族、Ti,Zr,Hfの4A族、V,Nb,Taの5A族、Cr,Mo,Wの6A族、Mn,Tc,Reの7A族、Fe,Co,Ni,Ru,Rh,Pd,Os,Ir,Ptの8族、Cu,Ag,Auの1B族である。これらの遷移元素は、スパッタリングにより薄膜を形成後、典型的には加熱温度150℃〜400℃の熱処理を施すことによって金属間化合物として組織に析出する。
析出した化合物は、熱や電位差によりAlの結晶粒の成長、あるいは流動を抑えるピンニングポイントとなり、薄膜にヒロックが発生するのを防止するものである。
また、本発明のAl系スパッタリング用ターゲット材を成膜することにより電極膜を形成することが可能であり、その電極膜を液晶ディスプレイに適用することが可能である。
オ 「発明の実施の形態」の項 本発明において、最大の特徴の一つは、Alとの化合物が分散したターゲット材組織において、長径0.5μm以上の前記化合物を含まないAl偏在域が、前記化合物に対する内接円径で10μm以下という、ミクロ的な組織偏析を防止した新規なAl系スパッタリング用ターゲット材を実現したことである。上述したように、この微細な組織は、たとえばガスアトマイズ法等のアトマイズ法に代表される溶湯急冷法により作製した粉末を加圧焼結することによって得ることができるものである。この溶湯急冷法の適用は、従来の溶解鋳造法によるAlの偏析を防止するだけでなく、微細に分散する化合物によって、まず生成薄膜の濃度分布の従来にない均一化を達成することができる。すなわち、粉末状に急冷凝固させることによって、粗大なデンドライト組織が発達しない微細な化合物が存在する組織の粉末が得られるのである。
これを焼結すると、Al偏在域がほとんどない本願発明で規定する組織のターゲット材が得られる。このターゲット材により、溶解鋳造により得られるターゲット材の問題であった、Al偏在域が存在するためにAl膜中に添加元素の濃度分布が生ずるのを防止できる。また、このように微細な化合物を含んだ急冷凝固粉末を使用することは、従来の粉末焼結ターゲット材のようにAlをAl単体粉末とし、添加元素の単体粉末と混合する場合に問題であった異なる粉末を使用することによるスパッタ効率の違いの問題も解消することができる。
本発明において、Al域の定義として長径0.5μm以上の前記化合物を含まない領域とした。Al域に0.5μm未満の化合物が存在している場合には、光学顕微鏡では、同定しにくいためである。またAl域の内接円径を10μm以下としたのは、これ以上大きい偏在域が存在すると、生成薄膜の組成分布のばらつきが無視できないほど大きくなるためである。
また、急冷凝固法を適用すれば、上述した化合物を外接円径を実質的に5μm以下とすることができる。また、ターゲット材の断面組織における0.5μm以上の化合物の長径/短径で規定するアスペクト比を10以下、好ましくは5未満とすることもできる。Al系ターゲット材にこのようなヒロックを防止する元素を導入する方法としては焼結法の適用が望ましい。添加元素を粉末にしてそのまま導入すると、焼結過程でAlと反応し典型的には、バラの花状の如き粗大な薄片状の化合物あるいは樹状の粗大な化合物を形成する場合が多い。
粗大な化合物が存在すると、圧延などの加重により組織内で容易に割れが発生する。この割れた部分に空隙が発生し、スパッタリング時にスプラッシュを発生するのである。本発明者の検討によれば、スプラッシュの原因となる空隙の発生は、組織中の化合物の形態に依存し、できるだけ微細で、好ましくはアスペクト比の1に近い球状とすることにより、発生を防止できることを見いだした。上述したように、本発明はターゲット材の断面組織における0.5μm以上の化合物の長径/短径で規定するアスペクト比を5未満とすることが可能であり、圧延等を適用してもスプラッシュの原因の空隙を生成しにくいため好ましいのである。
さらに検討した結果、急冷凝固粉末のうち、凝固速度が速い小径、典型的には200μm以下の直径の粒子は、化合物が薄板状に成長せずに微細に凝固できており、これを焼結すれば、圧延などの加工によってもスプラッシュの原因となる空隙の発生を一段と防止できるターゲット材が得られる。また、本発明において、特に化合物の外接円径を5μm以下としたのは、これ以下の微粒子を分散することにより、トータルの加工率が50%以上であっても、化合物の割れに起因する空隙は発生せず、スプラッシュの増加もないことを確認したためである。
上述した粉末原料は、典型的には400℃以上600℃以下で焼結する。400℃未満では、焼結が進行しにくく、600℃を越えるとAlが溶解する危険があるためである。加圧焼結は、空隙のない緻密な焼結体とするために、好ましくは50MPa以上の圧力で行なうものとする。この焼結時に空隙が残留することは、ターゲット材にスプラッシュが発生する原因となるためできるだけさけなければならない。
50%以上の加工率で圧延をする場合、加工温度を高めることにより、
加工時の割れを低減をすることが可能である。実質的にはAlの再結晶温度以上の400℃以上とし、また圧延等の加工による局所的な温度上昇により、Alの融点を越えない550℃以下とすることが望ましい。
カ 「発明の効果」の項 本発明によれば、スプラッシュの発生が大きな問題であった0.3m2以上スパッタ平面積を有するLCD用Al系ターゲット材に対して、膜組成の変動をなくすとともに、欠陥を少なくでき、結果としてスプラッシュを抑制することが可能となった。したがって、本発明は今後さらに大型化が求められるLCDに対応するターゲット材として、LCDの品質向上を達成する上で極めて有効である。
(2) 上記(1)のとおりの本件明細書の記載に照らせば、本件各発明は、Al系スパッタリングターゲット材においては、純Al膜では耐熱性に問題があるために、純Alではなく、高融点の金属を添加するが、@ ターゲット材の組織が偏析すると、配線に影響が及ぶため、微小な薄膜に影響を及ぼすようなミクロ的な組織偏析を防止する必要があるところ、そのために、Alとの化合物が分散したターゲット材組織において、長径0.5μm以上の前記化合物を含まないAl偏在域を、
前記化合物に対する内接円径で10μm以下として(構成要件C)、ミクロ的な組織偏析を防止しようとし、また、A ターゲット材からスプラッシュと呼ばれる通常のスパッタ粒子より大きい異常飛沫が発生することを防止する必要があるが、スプラッシュの原因は、ターゲット材中にある微小な空隙にあり、この空隙については、Al以外の添加元素によって生成するAl化合物に粗大な化合物が存在すると、これがターゲット材への加工中に圧延などの加重により組織内で割れて、空隙の原因となる場合があるから、化合物が製造工程中に割れないようにするためには、その形状をできるだけ微細にする必要があるところ、そのために、Alマトリックスに分散する化合物の最大外接円径を、実質的に5μm以下として(構成要件E)、圧延等適用時の空隙生成を防止しようとするものであると解される。
そして、本件各発明において、@ 構成要件Cのとおり、Al域の定義として長径0.5μm以上の前記化合物を含まない領域としたのは、Al域に0.5μm未満の化合物が存在している場合には、光学顕微鏡では、同定しにくいためであり、Al域の内接円径を10μm以下としたのは、これ以上大きい偏在域が存在すると、生成薄膜の組成分布のばらつきが無視できないほど大きくなるためであり、A 構成要件Eのとおり、特に化合物の外接円径を5μm以下としたのは、これ以下の微粒子を分散することにより、加工率が50%以上であっても、化合物の割れに起因する空隙は発生せず、スプラッシュの増加もないからであると解される。
以上の検討を前提として、以下、本件の争点について判断する。
3 争点(2)(原告は本件特許権について先使用による法定実施権を有するか)について (1) 特許法79条は、「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。」と規定する。
上記規定によれば、原告が本件各発明に関し、本件特許権について先使用による法定実施権を有するというためには、@ 本件特許権の優先日である平成8年11月14日当時、原告が、日本国内において本件各発明の実施である事業をし、又はその準備をしていたこと、A 原告による現在の本件各発明の実施が、@の実施に係る発明と事業の目的の範囲内であること、B 原告が、@の実施の際、
本件各発明の内容を知らないで発明に至った者からその内容を知得したこと、の各要件がいずれも充足されることが必要であると解される。
そこで以下、上記の3要件がいずれも充たされていると認められるかについて、順次検討する。
(2) 要件@について 原告は、平成8年11月14日以前から、日本国内において、本件各発明の技術的範囲に属するAl-2.0at%Ndターゲット材(「Al-2.0at%Ndターゲット材」について、以下単に「ターゲット材」ということがある。)を製造販売していたと主張する。
これに対し、被告は、原告が、平成8年11月14日以前から、日本国内において、ターゲット材を製造販売していたこと、このターゲット材が本件各発明の構成要件A、B及びDを充足する構成を有していることは、明らかに争わないが、このターゲット材が、本件各発明の構成要件C及びEを充足する構成を有していたことは否認する。
そこで、原告は、その当時製造していたターゲット材の端材表面の500倍の光学顕微鏡による組織観察写真であるとして、本件組織写真を書証として提出している。
ア これに対し、被告は、(i)本件各発明の構成要件C及びEの充足性判断のためには、最終的に製品となったターゲット材を観察すべきであり、端材と最終製品であるターゲット材が同一の組織になるともいえないから、端材の写真で判断することはできない、(ii)本件組織写真は、いずれも成立の真正が立証されておらず、証拠力がない、(iii)本件組織写真は、いずれも焦点が合っておらず、コントラストも弱く、汚れもあり、また写真によっては強い偏析があったり、試料観察面が顕微鏡に対して傾斜していたりしているから、これらに基づいて本件各発明の構成要件C及びEの充足性判断はできないと主張するので、まずこれらの点について検討する。
(ア) まず、本件各発明の構成要件C及びEの充足性判断のために観察すべき対象と、観察に基づいた充足性判断の方法について検討する。
この点、原告は、最終的に製品となったターゲット材によらずとも、
その製造過程で母材となる圧延板から作成した端材を観察すれば足りると主張し、
これに対し、被告は、最終的に製品となったターゲット材を観察すべきであると主張する。
そこで、本件各発明、特に構成要件C及びEの技術的意義を参照すると、前記2(2)のとおり、本件各発明は、ターゲット材を使用して形成されるべき微細な配線への影響の防止と、スプラッシュの発生防止を目的とし、前者の目的達成のために、ターゲット材のミクロ的な組織偏析を防止し、後者の目的達成のために、Al化合物の形状を微細にし、スプラッシュの発生原因となる微小な空隙の発生を防止するものである。
また、本件明細書(甲9)には、主流となっている基板サイズに対応するターゲット材のスパッタリング面としては、550×650mm程度が必要となること(段落【0005】)、実施例1として直径100mmのターゲット材を、実施例2として550mm×690mmのターゲット材を作成したこと(段落【0031】、【0039】)が記載されており、また、これらの実施例の光学顕微鏡による400倍の組織観察写真を、添付図面代用写真としているが(【図1】、【図4】)、その観察視野は170×120μm程度であることが認められる。
したがって、本件明細書の添付図面代用写真で実施例のターゲット材の表面全体の状態を証明しようとすれば、何十万回、何百万回の観察を繰り返さなければならないことになる。
これに加えて、本件明細書の添付図面代用写真は、光学顕微鏡によって撮影したものであるから、組織の表面を観察したにすぎず、組織内部は観察されていない(極端なことをいえば、光学顕微鏡で見て長径1μmと見えた化合物は、内部にある大きな化合物であるものの一部が表面に出ているだけで、いわば氷山の一角が見えている可能性が排除しきれているわけではない。)。
さらに、本件特許権の特許権者である被告自身、本件各発明の実施のためには、全てのターゲット材について破壊検査を行う必要はなく、幾つかをサンプリングして観察すれば足りると主張している(前記「争点」2(4)〔被告の主張〕オ)。
以上を前提として検討するに、あるターゲット材が本件各発明の構成要件C及びEを充足するか否かを判断するためには、その表面全体を観察しなくとも、一部分の組織を観察すれば足りるものと解せられる。加えて、製造方法と製造条件を同様にして複数のターゲット材を製造する場合には、そのうちの一部を観察した結果によって、他のターゲット材も含めた構成要件C及びEの充足性を判断することができ、さらに、ターゲット材を製造する際に生じた端材についても、これが同一の母材である圧延板から製造されたターゲット材とほぼ均質の組織であるといえるならば、これを観察した結果によって、同一の母材である圧延板から製造されたターゲット材の構成要件C及びEの充足性を判断することができるものと解するのが相当である。
なぜならば、工業的実施の場面を考えれば、そもそも、製品となるターゲット材(例えば550×650mm程度の大きさのもの)の全表面積を光学顕微鏡を用いて組織観察することは、事実上不可能というべきであり、また、光学顕微鏡を用いてターゲット材の組織観察をするためには、表面の研磨等を伴う破壊検査となるところ(このことは被告も争わず、乙第1号証によっても認められる。)、出荷前の製品についてこのような検査を行えば、その製品は出荷不能となるのであるから、組織観察の対象としては、製造方法と製造条件を同一とする複数の最終製品のうちの一部について、さらにその表面の一部分を観察すれば足りるものと解すべきである。そして、このようなサンプリングによる組織観察で足りると解するならば、ターゲット材製品を製造する際に生じた端材であっても、その組織が製品となったターゲット材の組織とほぼ均質である限り、製品となったターゲット材から得たサンプルと本質において変わるものではないから、このような端材を観察することによっても、最終製品であるターゲット材の本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断することができると解されるからである。
この点に関し、被告は、スプレイフォーミングによりアルミニウム合金のプリフォームを製造した場合、プリフォームの中心部より、表層に近い部分で組織が微細になる傾向があり、端材は、この表層部分にあたるから、製品となったターゲット材と端材とでは組織は均質とはいえないと主張する。しかしながら、甲第131号証によれば、ターゲット材を製造する際に母材となる圧延板から生じる端材とは、母材となる圧延板からターゲット材製品として用いられる部分を除いた残余であることが認められるのであって、被告主張にいう表層部分にあたるというものではない。そして、甲第65号証の1ないし3によれば、本件特許権の優先日後ではあるものの、原告が製造したターゲット材母材である圧延板の異なった部位から作成したサンプルを組織観察しても、その組織がほぼ均質であると認めることができる。しかも、本件特許権の特許権者である被告は、本件において、原告がイ号物件の構成を認める以前、ターゲット材内の数か所から採取したサンプルを組織観察した結果を記した乙第1号証(ただし、同号証に添付されている組織観察写真は同一箇所を倍率を変えて撮影した2枚である。)を根拠として、イ号物件の構成を主張しているところ(被告第2準備書面6頁)、このような主張態様自体、同一のターゲット材内ではその組織はほぼ均質であることを前提とするものである。以上に照らせば、同一の母材である圧延板から製品となったターゲット材と端材では、その組織は均質であると推認することができる。
そして、上述のとおりの本件各発明の構成要件C及びEの技術的意義、これらの構成要件の実質的に意味するところが、いずれもある物が一定の構成を積極的に備えれば足りるというものではなく、一定の構成を備えないことを必要とするものであること(構成要件Cは、一定の大きさのAl域が存在しないという要件であり、構成要件Eは、一定の大きさの化合物が存在しないという要件である。)、本件各発明の実施のためには、上記のようなサンプリングによる組織観察で本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断することができると解されることを考慮すれば、本件各発明の構成要件C及びEの解釈としても、あるターゲット材の全体をくまなく厳密に観察して、上記各構成要件を文言上充足しないといえる部分が1か所も存在しないといえない限りそのターゲット材は上記各構成要件を充足することにはならないという趣旨のものではなく、全体をくまなく厳密に観察した場合には上記各構成要件を文言上充足しないといえる部分が多少はあるかもしれないとしても、全体のおおよそにおいて、上記各構成要件を充足するといえる程度に組織が均一であれば、そのターゲット材は上記各構成要件を充足すると解するのが相当である。
したがって、組織観察による本件各発明の構成要件C及びEの充足性判断方法としても、観察対象となった全視野を厳密に観察し、上記各構成要件を文言上充足しない部分が1か所も存在しないといえない限り、その観察対象は上記各構成要件を充足したことにはならないという判断をすべきものではなく、上記各構成要件の数値を基準としつつ、観察対象となった視野を全体的に観察して、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足するといえる程度に組織が均一であれば、その観察対象は上記各構成要件を充足するものと判断すべきである。
この判断方法は、言い方を変えれば、構成要件C及びEの数値を基準としつつ、その数値を充たしているか否か判然としないところについては、観察対象となった視野を全体的に観察して、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足するといえる程度に組織が均一であるか否かで補うこととし、その程度に均一であれば、その観察対象は上記各構成要件を充足すると判断する方法ということもできる。
(イ) 次に、本件組織写真の証拠力について検討する。被告は、本件組織写真について、成立の真正が立証されていないと主張するが、その内容とするところは、これらの写真が原告主張に係るターゲット材の端材の組織写真であることが立証されていないという主張であると解される。
そこで検討するに、甲第13ないし第20、第22ないし第37、第39ないし第57、第67ないし第70、第72ないし第80、第82ないし第87、第89ないし第100、第102ないし第112、第114ないし第121、
第123ないし第127号証によれば、原告が、ターゲット材の製造販売の注文を受け、日本国内において別紙組織写真一覧表の各スプレイフォーミング日欄記載の日にスプレイフォーミングを行って製造したターゲット材母材である圧延板から製造されたターゲット材を、各出荷日欄記載の日に出荷して販売したこと、それぞれのチャージ番号は各チャージ番号欄記載のとおりであることが認められる。
そして、組織写真である甲第21、第38、第58、第71、第88、第101、第113、第122号証及び原告従業員であるP1の陳述書である甲第145号証によれば、本件組織写真のうち、写真番号1ないし4及び6ないし9の写真(上記各号証の写真)が、それぞれ、別紙組織写真一覧表の各スプレイフォーミング日欄記載の日にスプレイフォーミングを行って製造したターゲット材母材となる圧延板の端材からサンプルを作成して、その表面を500倍の光学顕微鏡で組織観察を行うために撮影した写真であることを認めることができる。
これに対して、写真番号5の写真(甲81)については、甲第145号証には、組織写真を貼り付けた台紙には、「写真.スプレーフォーミング製法Al-2.0Nd材のミクロ組織」と記載されていた旨の記述があり、現に、写真番号1ないし4及び6ないし9の写真が貼付されている台紙(甲21、38、58、
71、88、101、113、122)には、上記のとおりの記載ないし「写真.スプレーフォーミング製法Al-2Nd材のミクロ組織」との記載があるのに対し、写真番号5の写真が貼付されている台紙(甲81)には、「写真.Al-2.0Nd圧延板ミクロ組織」との記載がある。上記のとおり、別紙組織写真一覧表記載の写真番号1ないし9に対応するターゲット材は、前後2か月程度の近接した時期にスプレイフォーミングされて製造され、出荷されたものであり、写真番号5に対応するターゲット材は、その中でも中間的な時期に製造され、出荷されたものであるにもかかわらず、このように、同種の写真が貼付された台紙の記載のうち、写真番号5の写真が貼付されたもののみが異なっていることには、不自然さは否めないところである。そして、写真番号5の写真が貼付された台紙の記載のみが、このように異なっている理由について、甲第145号証には何ら記載されておらず、また、被告が、写真番号5の写真が貼付された台紙の記載と、甲第145号証の記載が異なっていることを指摘したのに対しても(被告第5準備書面19頁)、原告は何らの説明もしておらず、本件に現れた全証拠によっても、上記のように台紙の記載が異なった理由をみて取ることはできない。このように、写真番号5の写真について、これが貼付されている台紙の記載に不自然な点が存在する以上、これが別紙組織写真一覧表記載の写真番号5に対応するターゲット材端材の組織写真であると認めることはできない。したがって、写真番号5の写真(甲81)は、その撮影対象が本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断するための資料とすることはできない。
(ウ) 最後に、本件組織写真が、その撮影対象が本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断するに足りる写真であるか否かについて検討する。
この点につき、被告は、本件組織写真が、いずれも焦点が合っておらず、コントラストも弱く、汚れもあり、また写真によっては強い偏析があったり、
試料観察面が顕微鏡に対して傾斜していたりしているとし、このような写真によって、本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断することはできないと主張する。
確かに、本件組織写真である甲第21、第38、第58、第71、第88、第101、第113、第122号証の写真を観察するに、これらの写真には、焦点(ピント)が甘い部分、コントラストが弱い部分、汚れが生じている部分があることが認められる。
しかしながら、上記(ア)で述べたとおり、本件各発明の構成要件C及びEの充足性の判断方法としては、観察対象となった全視野を厳密に観察し、構成要件C又はEを文言上充足しない部分が1か所も存在しないといえない限り、その観察対象は構成要件を充足しないという判断をすべきものではなく、観察対象となった視野を全体的に観察して、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足するといえる程度に組織が均一であれば、その観察対象は上記各構成要件を充足するものと判断すべきものである。そうだとすると、例えば、写真の端の部分が焦点が合っていないために観察できないなら、(残余の視野があまりに狭すぎて組織を観察したといえる程度まで至らない場合でない限り、)その部分を除いた残余について全体的に、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足するといえる程度に組織が均一であるか否かを観察すべきこととなるし、コントラストが弱い部分があれば、(残余の視野があまりに狭すぎて組織を観察したといえる程度まで至らない場合でない限り、)その部分を除いた残余について全体的に、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足するといえる程度に組織が均一であるか否かを観察すべきこととなるし、汚れが生じている部分があれば、汚れの部分を除外して全体的に、同様の観点から観察すべきこととなる。したがって、観察対象の組織写真についても、上述の観点から判断資料となり得るか否かを検討すべきであって、その全視野について構成要件C又はEを文言上充足しない部分が存在するか否かを厳密に判断することができるような写真であるまでの必要はないというべきである。
そこで、上述の観点から本件組織写真である甲第21、第38、第58、第71、第88、第101、第113、第122号証の写真を改めて観察するに、写真番号7の写真(甲101)は、100倍の写真で明らかに組織偏析が認められるから、その一部分を拡大して撮影した500倍の写真によって構成要件C及びEの充足性を判断することはできないというべきであるが、その余の写真は、上述のように、全体的に観察して、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足する程度に組織が均一であるか否かを判断するには足りる程度の鮮明さを有しているというべきである。
したがって、本件組織写真のうち、写真番号1ないし4、6、8、9の各写真は、その撮影対象が本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断するに足りる写真ということができる(これらの組織写真を以下「本件観察対象写真」という。)。
イ そこで進んで、本件観察対象写真から、その撮影対象となったターゲット材母材である圧延板の端材が、本件各発明の構成要件C及びEを充足するものといえるか否かについて検討する。
(ア) 前記ア(ア)で述べたとおり、本件各発明の構成要件C及びEの充足性を判断するにあたっては、組織写真の視野を厳密に観察し、観察対象となった全視野を厳密に観察し、上記各構成要件を文言上充足しない部分が1か所も存在しないといえない限り、その観察対象は上記各構成要件を充足したことにはならないという判断をすべきものではなく、観察対象となった視野を全体的に観察して、そのおおよそにおいて、本件各発明の構成要件C及びEを充足するといえる程度に組織が均一であれば、その観察対象は上記各構成要件を充足するものと判断すべきである。
ところで、甲第10号証の1ないし4、第65号証の1ないし3によれば、本訴状添付の組織写真及び甲第65号証の2添付の組織写真は、平成15年10月ころ、原告が製造したターゲット材母材である圧延板の端材から作成したサンプルの組織写真であることが認められる。また、乙第1号証によれば、同号証添付の組織写真は、平成16年3月に近接する時期に、原告が製造したターゲット材から作成したサンプルの組織写真(ただし、その倍率は400倍及び1000倍である。)であることが認められる。すなわち、これらの組織写真は、原告が現在製造販売しているイ号物件の組織を現すものといえる(これらの組織写真を以下「イ号組織写真」という。)。そして、イ号物件が本件各発明の構成要件C及びEを充足する構成を有していることは、当事者間に争いがない。
このような事情に照らせば、本件観察対象写真を資料とする本件各発明の構成要件C及びEの充足性判断にあたっては、構成要件C及びEの数値を基準としつつ、併せて本件観察対象写真をイ号組織写真と比較し、イ号組織写真と同程度に組織が均一であることが認められるならば、その本件観察対象写真の撮影対象となったターゲット材母材である圧延板の端材も、本件各発明の構成要件C及びEを充足するものと判断することができると解される。
(イ) そこで、上記(ア)で述べた観点に従って本件観察対象写真とイ号組織写真とを比較する。
a イ号組織写真は、これらを詳細に観察すると、アルミニウムとネオジウムの化合物であることを示す色の濃い粒状物が点在し、多くの部分においては長径ないし直径1〜2μm程度の粒状物が点在し、それより目立って大きい粒子は見当たらないが、一部においては、そのような粒状物がなく、もっと小さな粒状物が細かく点在している部分があり、そのような部分が相当な大きさに及んでいることもある。さらに、その中には、例えば、訴状添付別紙写真6について別紙1、甲第65号証の2の組織写真1について別紙2、同組織写真2について別紙3、同組織写真6について別紙4の各矢印部分のように、粒状物が非常に小さい箇所もある。イ号写真の組織には、そのようなムラがあるということができるのである。
b 本件観察対象写真のうち、写真番号1(甲21)、6(甲88)、
8(甲113)及び9(甲122)の各写真については、イ号組織写真と同程度に組織が均一であるとまでいうことはできない。
c 本件観察対象写真のうち、写真番号2(甲38)、3(甲58)及び4(甲71)の各写真については、多くの部分においては長径ないし直径1〜2μm程度の粒状物が点在し、それより目立って大きい粒子は見当たらないが、一部においては、そのような粒状物がなく、もっと小さな粒状物が細かく点在していることがかすかに見て取れる部分があり、それが相当な大きさに及んでいることもある。その中には、その細かい粒状物が長径0.5μm以上か未満かの判定が容易でないため、長径0.5μm以上の粒状物が存在しない区域の範囲が内接円径で10μmを超えないことが明白ともいい切れない部分がある。
この点、長径0.5μm以上の粒状物が存在しない区域の内接円の最大の大きさについて、甲第147号証には、写真番号2は3mm(6μm)、同3は2.5mm(5μm)、同4は3.5mm(7μm)、甲第152号証には、写真番号2ないし4についていずれも3mm(6μm)と、それぞれ当業者たる第三者が判断した旨の記載がある。この判定を無視することも相当ではないが、それだけでその判定が正しいと直ちに断定もしがたいところである。
しかし、イ号組織写真と、本件観察対象写真のうち、写真番号2ないし4の各写真を対比すると、粒状物の大きさやその偏在の状態においては、イ号組織写真と同程度に組織が均一であるということはできる。そうだとすると、写真番号2ないし4の各写真は、構成要件C及びEの数値に反する点があるとも認められず、イ号組織写真と同程度に組織が均一である以上、それらの写真の撮影対象となったターゲット材母材である圧延板の端材も、本件各発明の構成要件C及びEを充足していたものと判断すべきものである。
そして、前記ア(ア)(イ)で述べたところを合わせ考えれば、別紙組織写真一覧表記載の写真番号2ないし4に対応するチャージ番号、スプレイフォーミング日及び出荷日のターゲット材は、本件各発明の構成要件C及びEを充足するものであったと認めることができる。
ウ 以上のとおりであるから、原告は、本件特許権の優先日である平成8年11月14日以前から、日本国内において、本件各発明の技術的範囲に属するターゲット材を製造販売していたものと認めることができる。
すなわち、前記(1)の要件@は、充たされているということができる。
(3) 要件Aについて ア 原告は、本件各発明を現在実施していることを認める一方で、ターゲット材の製造方法については開示しない。しかしながら、本件各発明は物の発明であり、製造方法を含む方法の発明ではない。したがって、本件各発明に関し、本件特許権についての先使用による法定実施権の発生要件として、現在の実施優先日前の実施に係る発明の範囲内であるというためには、優先日前の実施品と現在の実施品が構成を同一にすれば足りるものというべきである。
そして、前記(2)イで述べたところに照らせば、少なくとも優先日前の実施品であることが認められる、別紙組織写真一覧表記載の写真番号2ないし4に対応するチャージ番号、スプレイフォーミング日及び出荷日のターゲット材と、現在原告が製造販売しているイ号物件とは、構成を同一にしていると認めることができる。
イ 前記(2)のとおり、原告は、本件特許権の優先日前に、本件各発明の実施品を製造販売していたものと認められるのであるから、現在、原告が本件各発明の技術的範囲に属するイ号物件を製造販売することも、優先日前の実施に係る事業の目的の範囲内であるということができる。
ウ 以上のとおり、前記(2)の要件Aも、充たされているというべきである。
(4) 要件Bについて 甲第11号証の1・2、第135号証及び乙第4号証によれば、原告の親会社である株式会社神戸製鋼所が、本件特許権の優先日以前から、Al合金のスパッタリングターゲット材の研究開発を行っていたことが認められ、また、甲第12号証によれば、平成5年6月1日、株式会社神戸製鋼所と原告が、株式会社神戸製鋼所の営業のうちスパッタリングターゲット材に関する営業を原告に譲渡する旨の合意をしたことが認められる。
上記の事実に、原告及び株式会社神戸製鋼所と被告が競業者であり(弁論の全趣旨)、本件で現れた全証拠によっても、原告及び神戸製鋼所の従業員らが、
被告における本件各発明の研究開発に関与したり、その情報を得ていたと窺わせるような事情は認められないこと、並びに、原告従業員であるP2の陳述書である甲第131号証の記載内容を合わせて考慮すると、原告が、本件特許権の優先日前に製造販売した本件各発明の技術的範囲に属するターゲット材は、原告と株式会社神戸製鋼所の従業員らの共同の研究開発によって得られたものであり、その過程において、被告における本件各発明の内容は知られていなかったものと認めるのが相当である。
したがって、原告は、本件特許権の優先日前に、本件各発明の内容を知らないで発明に至った原告と株式会社神戸製鋼所の従業員らからその内容を知得し、
本件各発明の技術的範囲に属するターゲット材を製造販売したものと認めることができる。
以上のとおりであるから、前記(2)の要件Bも、充たされているといえる。
(5) 以上のとおり、上記(1)で述べた先使用による法定実施権が認められるための要件@ないしBはいずれも充たされていると認められるのであるから、原告は、本件各発明に関し、本件特許権について先使用による法定実施権を有しているものと認められる。
したがって、被告の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものである。
4 本訴に係る訴えの確認の利益について 本件の本訴請求は、差止請求権及び損害賠償請求権の不存在確認請求であるところ、前記「前提となる事実」(3)の事実に照らせば、本訴の提起当時はその確認を求める利益が存在していたということができる。
ところが、本件においては、本訴の提起後、これに対応する差止め等及び損害賠償を求める本件反訴が提起されたものである。
このような反訴が提起され、これが取り下げられることなく判決に至っている以上、本件本訴に係る訴えについては、もはや確認の利益を認めることはできないというべきである(最高裁判所平成16年3月25日判決・民集58巻3号753頁参照)。
したがって、原告の本訴に係る訴えは、いずれも不適法なものである。
5 結論 以上のとおり、原告の本訴に係る訴えは、いずれも不適法なものであるからこれらを却下し、被告の反訴請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用については、本訴について、その確認の利益が失われた事情と反訴の結論に鑑み、民事訴訟法62条後段を適用し、本訴反訴を通じてその全部を被告の負担とすることとして、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山田知司
裁判官 中平健
裁判官 守山修生