運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2004-80241
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10034特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10040特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10038損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10080特許権侵害排除等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10004特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  慣用技術 /  課題の共通性 /  技術的範囲 /  技術常識 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  交換 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 18年 (ネ) 10030号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人ダ イワ精工株式会社
訴訟代理人弁護士和泉芳郎
同弁理士中村誠
補佐人弁理 士鈴江武彦
同河野哲
同幸長保 次郎
同根本恵司
被控訴人株 式会 社シ マノ
訴訟代理人弁護士鎌田邦彦
同弁理士小林茂雄
補佐人弁理 士小野由己男
同山下託嗣
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,原判決別紙被告製品目録記載の電動リールを製造し,販売してはならない。
3被控訴人は,前項記載の電動リール及びその半製品を廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,5607万円及びこれに対する平成16年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
事案の概要
1本件は,名称を「魚釣用電動リール」とする発明(本件特許発明)につき特許権(出願日:平成3年12月27日。登録日:平成11年9月10日。特許第2978025号。請求項の数1。以下「本件特許」という。)を有する控訴人が,被控訴人の製造販売する原判決別紙被告製品目録1,2記載の製品(被控訴人製品)は本件特許発明技術的範囲に属するとして,被控訴人に対し,被控訴人製品の製造,販売の差止め及び廃棄と損害賠償金の支払を求めた事案である。
2原審の東京地裁は,平成18年2月28日,@被控訴人製品は本件特許発明構成要件Bを充足しない,また,A本件特許発明は,特開平3-119941号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)に記載された発明(原判決にいう「引用例発明1」)にフランス特許第1525043号明細書(乙3。以下「乙3明細書」という。)その他の周知技術を組み合せることにより,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項に違反する無効事由を有し,特許法104条の3により本件特許権を行使することができないとして,控訴人の請求を棄却した。
そこで,控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。
3なお,被控訴人は,平成16年12月1日,特許庁に対し,本件特許について無効審判を請求(無効2004-80241号事件)したところ,控訴人は,平成17年2月18日付けで訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。特許庁は,平成18年1月24日,本件訂正を認めた上,本件特許を無効とする審決をしたので,控訴人から審決取消請求訴訟(当庁平成18年(行ケ)第10096号)が提起され,本件訴訟と並行して審理が進められている。
当事者の主張
1当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2,第3記載のとおりであるから,これを引用する(略称は,原判決の表現をそのまま用いる。)。
2 当審における控訴人の新たな主張(1) 構成要件Bの充足性(原判決の争点(2))についての判断の誤り原判決は,被控訴人製品の「速巻きスイッチ」が本件特許発明の「モータ出力調節体」に該当すると誤認し,さらに,本件特許発明の「最大値」の解釈を誤った結果,構成要件Bの充足性の判断を誤ったものである。
ア 被控訴人製品の「速巻きスイッチ」の誤認(ア) 原判決は,被控訴人製品の「速巻きスイッチ」について,「被告製品の速巻きスイッチは,押すことによって,スプール駆動モータの回転若しくは出力を停止させるか,最大値にするものであって,速巻きスイッチをONにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータの最大値のモータ出力を得ることができ,また,その後に,速巻きスイッチをOFFにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータを停止することができる。したがって,被告製品の速巻きスイッチも,また,「定数×回転数×トルク」という関係式で表わされるモータ出力をほどよくととのえるものということができ,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力を調整するものであるから,構成要件Bの「モータ出力調節体」に当たる」(原判決44頁12行目〜23行目)と認定したが,誤りである。
(イ) 被控訴人製品の「速巻きスイッチ」には,モータ出力を「ほどよくととのえる」機能はなく,その名称のとおり,速巻き(オン)とオフを切換える,単なる「スイッチ」の一つであり,「スプール駆動モータのモータ出力を調節する」機能を有さず,「モータ出力調節体」とは何ら関係のない部材である。「モータ出力」とは,「定数×回転数×トルク」という関係式で表わされるものであり,「モータ出力調節体」とは,「モータ出力をほどよくととのえるもの」,「モータ出力をととのえてほどよくするもの」又は「モータ出力をつりあいのとれるようにするもの」である。したがって,モータ出力をほどよくととのえる等(調節)をするとは,上記の式のうちの固定値である定数を除いた,「回転数×トルク」をほどよくととのえる(調節)をすることにほかならない。「速巻きスイッチ」は,「回転数×トルク」が一定の値である「速巻き状態」のオンとオフの切換操作しかできず,「回転数×トルク」を「速巻き状態」以外にほどよくととのえる等(調節)をすることはできない。
また,本件明細書(甲3添付)の記載(段落【0008】,【0011】,【0036】及び【0039】)によると,魚釣用電動リールに関する本件特許発明において,「モータ出力を調節する」とは,スプール駆動モータによる巻上げ操作時に,巻上げの状況や海の状況に応じて最適なモータ速度となるように,モータ出力調節体の操作量に応じて「モータ出力を調節する」こと,すなわち最適な巻上げ速度にほどよくととのえることを意味している。これに対して,出力が所定の一定の値であるモータ出力の「速巻き状態」のオンとオフの切換操作しかできず,状況,操作量に応じて最適な巻上げ速度に調節できない「速巻きスイッチ」は,「モータ出力調節体」ではない。
構成要件Bにおける「最大値」の解釈の誤り(ア) 原判決は,「「最大値」とは,文字どおり,1個の魚釣用電動リールにおける,スプール駆動モータの出力の物理的な最大値を意味するものと解される」(同45頁26行目〜46頁2行目)と解釈したが,誤りである。
(イ) 本件特許発明の「最大値」は,スプールモータの出力の物理的に最大の絶対値を意味するものではなく,あくまでも入力としてのレバー形態のモータ出力調節体の作動量(変位量)と,出力としてのスプールモータの出力との関係の中で,その入力としてのレバー形態のモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」を意味しており,この点において,原判決は「最大値」の解釈を誤っている。
原判決は,「本件明細書には「最大値」の意味に関し,それを特に制限するような記載はないから,原告が主張するように限定的に解釈しなければならない根拠はない。また,「最大値」の意味をそのように解すると,ある単一のモータ出力調節体がもたらすその上限値は常に「最大値」ということになり,特許請求の範囲に「最大値」という文言を用いて本件特許発明技術的範囲を画する意味を持たないというべきであるから,原告の主張は失当である」(同46頁10行目〜16行目)としたが,本件明細書(甲3添付)の記載から明らかなように,「最大値」は,その作動量に応じた,あるいはその回転操作の変位に応じて関係づけて解釈すべきものであり,スプールモータの出力の物理的に最大の絶対値を意味するものではなく,入力としてのレバー形態のモータ出力調節体の作動量(変位量)と,出力としてのスプールモータの出力との関係の中で,その入力としてのレバー形態のモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」を意味していると解釈すべきである。
ウ 本件特許発明の「利用」による構成要件Bの充足性の看過被控訴人製品における「速巻きスイッチ」は,構成上も作用効果上も,「テクニカルレバー」とは直接の関連性を有するものではなく,全く独立した別個の構成である。すなわち,「速巻きスイッチ」は,本件特許発明の「レバー形態のモータ出力調節体」におけるような回転可能なレバー形態ではなく,しかも手動ハンドルが取り付く側に設けられてもいない。そして,巻取速度を複数段階に変速できる変速機能を有するとともに,餌の交換時あるいは魚が逃げた時等の空巻きスイッチを備えた構成を有する魚釣用電動リールは,周知の技術手段である(実願平1-151737号(実開平3-91775号)のマイクロフィルム〔甲10〕,以下「甲10公報」という。)。この周知の技術手段において,巻取速度変更用スイッチ,オートスイッチから成る変速機能として,本件特許発明におけるような「レバー形態のモータ出力調節体」の構成を採用すると,正に被控訴人製品となる。被控訴人製品が,「速巻きスイッチ」と「テクニカルレバー」の両者の構成を有するものとしても,被控訴人製品の「テクニカルレバー」においては,本件特許発明構成要件のすべてが,そっくり存在して,本件特許発明の構成が一体性を失うことなく含まれている。
そして,被控訴人製品が「速巻きスイッチ」と「テクニカルレバー」の両者の構成を備えたその結合による,格別の作用効果は期待し得ないものであり,被控訴人製品が,「速巻きスイッチ」を付加したことによって,付加しないものに比べて,作用効果に本質的な違い,変更が生ずるとも認められない。
したがって,被控訴人製品は,周知の技術手段としての空巻きスイッチ(速巻きスイッチ)を本件特許発明に単に付加したにすぎず,本件特許発明をいわば「利用」しているものであり,被控訴人製品の構成は,本件特許発明構成要件のすべてを充足し,その技術的範囲に属するというべきである。
(2) 進歩性欠如1(原判決の争点(4)ア)についての判断の誤りア 引用例発明1の認定の誤り・一致点の認定の誤り・相違点の看過(ア) 原判決は,引用例発明1(乙1公報に記載された発明)として,「第20図において,変速用スライドスイッチ(11)の回転速度が「高」となる方向が,ハンドル(20)の巻上げ方向と同方向である」(原判決49頁4行目〜5行目)とし,「当該変速用スライドスイッチ(11)のモータ回転速度増加方向を,手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とした釣用リール」(同55頁17行目〜19行目)を認定したが,誤りである。
(イ) すなわち,引用例発明1には,「変速用スライドスイッチ(11)」は,リール本体に対して直流モータ(M)の回転速度を高・中・低の3速に選択的に,前後方向にスライド操作可能に,すなわち,一本の直線上を前方向か後方向の二方向のみに直線運動する形態で設けられているのに対して,「手動ハンドル(20)」は,リール本体に対して回転可能に,すなわち,「ハンドル軸18」を回転軸として360°にわたって絶えず方向を変えながら回転運動する形態で設けられているから,両者間でその運動方向が「同方向」ということは,あり得ない。昭和62年3月1日制定の日本工業規格JISZ8907「方向性及び運動方向通則」(乙9。以下「JIS規格」という。)によると,運動の「方向」において,「直線運動における方向概念」と「回転運動における方向概念」とは明確に区別しており(9頁〜14頁),このことからも,両者間での運動方向が「同方向」はあり得ない。
原判決は,本件特許発明と引用例発明1との対比に当たって,上記の誤認をした結果,「モータ調節体の特定の値の増加方向を,手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とした」点を,一致点として誤って認定し,この一致点の誤認により,本来的には相違点2として認定すべき「本件特許発明においては,「モータ出力調節体のモータ出力増加方向を,手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とした」との構成を有しているのに対し,引用例発明1においては,そのような構成を有していない点」」を看過したものであり,上記相違点の看過は,原判決の結論に影響を及ぼすものである。
イ 相違点1’についての判断の誤り(ア) 乙3明細書及び周知慣用技術の誤認原判決は,「ある特定の魚釣用電動リールに関する技術を,本件特許発明のような両軸受け型リール及び乙第3号証の発明のようなスピニングリールの双方に適用することは,一般的に行われている技術であると認められる。したがって,乙第3号証の発明を引用例発明1のような両軸受け型リールに適用することは,当業者が容易に想到することができた」(原判決57頁26行目〜58頁5行目)と判断したが,この判断は,乙3明細書(フランス特許第1525043号)及び周知慣用の技術手段の誤認に基づくものであり,誤りである。
乙3明細書に記載された発明(以下「乙3発明」という。)は,本件特許発明におけるようなスプールが回転するいわゆる両軸受け型リールではなく,スプールが固定されてロータが回転するいわゆるスピニングリールに関するものである。その第1図及び第2図の図示,並びに,明細書の記載を検討しても,操作部材21がスピニングリールのハウジング26に対してどのように配置構成されているのか不明であり,さらに,レバー形態のモータ出力調節体を,リール本体に回転可能に設けるとの技術事項が明示的に開示されてなく不明である。
特開昭60-120932号公報(乙7。以下「乙7公報」という。)には,モータによる自動運転はできず,手動ハンドルを回すことによって,その手動ハンドルの回転を検出して駆動モータの回転速度を制御できる技術が開示されているにすぎない。手動ハンドルの回転操作によってのみしか駆動モータを回転駆動することはできないことから,モータによる自動運転や手動ハンドルによる手動駆動はできない。乙7公報から,他の形式のリールに転用可能とし,「ある特定の魚釣用電動リールに関する技術を,本件特許発明におけるような両軸受け型リール及び乙第3号証の発明のようなスピニングリールの双方に適用することは,一般的に行われている」とすることは,技術背景,技術常識に対する誤認である。
(イ) 阻害要因の看過乙3発明を引用例発明1に適用するには阻害要因があり,原判決の容易想到との判断には,阻害要因を看過した誤りがある。
乙3発明におけるようなスピニングリールでは,手動ハンドルの内方に釣糸巻取り時に高速で回転するロータが存在し,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中は当該箇所に手指が接近することがないように,操作部材をロータに手指が近づく方向には配置しない等,設計上も危険を回避するような配慮を行うことが必要である。したがって,乙3発明を,本件特許発明におけるように「リール本体に……レバー形態のモータ出力調節体を回転操作可能に設ける」よう構成することには,阻害要因が存在し,そのまま適用することはできない。さらに,乙3発明のものは,手動ハンドルによるロータ回転駆動か,モータによるロータ回転駆動か,どちらかの駆動しか行えず,本件特許発明におけるようにモータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作は行うことはできず,乙3発明の電動スピニングリールの操作部材の構成を,引用例発明1における両軸受け型電動リールにそのまま適用することはできない。
したがって,乙3発明は,引用例発明1に適用するに当たり,そのまま適用して組み合わせることはできず,阻害要因が存在するものである。原判決は,上記阻害要因を看過し,その結果,進歩性の判断を誤ったものである。
ウ 相違点についての判断の遺脱上記ア(イ)で主張したように,原判決は,相違点2として認定すべき「本件特許発明においては,「モータ出力調節体のモータ出力増加方向を,手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とした」との構成を有しているのに対し,引用例発明1においては,そのような構成を有していない点」を看過した結果,この相違点2についての判断の遺脱がある。
本件特許発明は,上記相違点2により,本件明細書(甲3添付)に記載した格別顕著な作用効果,すなわち,「スプール駆動モータによる巻上げ操作を行う場合には,リール本体に設けられたレバー形態のモータ出力調節体の容易な回転操作によってモータ出力を増減調節できるので,無理のないリール本体の保持状態で釣場の状況に応じた最適なモータ速度での巻上げ操作が可能となる。特に,本発明は,……手動ハンドルの回転操作による手動巻取りとレバー形態のモータ出力調節体による自動巻取りとの交互使用や,モータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作が行えるようになり,……レバー形態のモータ出力調節体は,モータ出力増加方向を手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向としていることから,上記したような複合操作が実釣時の状況に応じてより容易に行えるようになる」(段落【0043】〜【0044】)との作用効果を奏するものである。
エ 訂正請求についての判断の誤り(ア) 原判決は,「乙第4号証(判決注:実願昭59-40697号(実開昭60-151369号)のマイクロフィルム。以下「乙4公報」という。)の考案には,モータ調節体をリール本体の右側の側面に構成することが記載され,また,……乙第5号証(判決注:実願昭60-203774号(実開昭62-111371号)のマイクロフィルム。以下「乙5公報」という。)の考案及び乙第6号証(判決注:特開平2-257820号公報。以下「乙6公報」という。)の発明にも,それぞれ手動ハンドルの存するリール本体の右側の側面に操作レバーを設けた構成が記載されているから,モータ調節体又は操作レバーをリール本体の右側の側面に構成することは周知慣用の技術手段であると認められる」(原判決58頁19行目〜24行目)とし,「上記訂正は,本件特許発明進歩性の有無に関係のある訂正とはいえず,単に乙第5号証及び乙第6号証の周知な設計事項を付加したにすぎない訂正というべきである。
よって,仮に,上記訂正請求が認められたとしても,無効を回避することはできないというべきである」(同58頁25行目〜59頁2行目)と判断したが,この判断は周知慣用の技術手段の誤認に基づくものであり誤りである。
(イ) 乙4公報においては,モータ調節体としての「操作レバー9」が,判決指摘のとおり,「リール本体の右側の側面に構成する」点が開示されているとしても,この電動リールは,手動用ハンドルを有していないものであり,そもそも本件特許発明の課題を有していない。さらに,乙5公報及び乙6公報においては,モータ調節体の開示はなく,単にクラッチの係合トルクとドラッグの調整のための操作レバー(乙5)や,ドラッグ調整摘手クラッチを作動させる操作レバー(乙6)が開示されているにすぎず,本件特許発明の課題を何ら有していない。
原判決は,単なる,文言上からの表面的かつ断片的な対応から,「モータ調節体又は操作レバーをリール本体の右側の側面に構成することは周知慣用の技術である」(原判決58頁下4行目〜3行目)と誤って認定し,その結果,訂正後の発明についての判断を誤ったものである。
オ 動機付けの欠如の主張に対する判断の誤り(ア) 原判決は,乙3〜乙6公報の記載事項を摘示して,「本件特許発明にいう「ハンドルによる巻取りとの複合操作が可能な操作性に優れた魚釣用電動リールを提供する」という課題が示されているというべきである。したがって,この点に関する原告の主張は採用できない」(原判決59頁26行〜60頁3行)と判断したが,このような判断は,本件特許発明に対する課題の誤認,及び,乙3〜乙6公報の課題の誤認に基づくものであり,誤りである。
(イ) 本件特許発明は,「リール本体の側部を握持し乍らモータ出力の変速操作が可能で,而も,ハンドルによる巻取りとの複合操作が可能な操作性に優れた魚釣用電動リールを提供することを目的とする」(本件明細書〔甲3及び甲18の平成17年2月18日付け訂正請求書添付のもの〕段落【0008】)との課題に対応した,「スプール駆動モータによる巻上げ操作を行う場合には,リール本体を保持する手を大きくずらすことなくレバー形態のモータ出力調節体を回転操作すると,その操作量に応じてスプール駆動モータのモータ出力が停止状態から最大値まで連続的に増減し,スプールの巻上げ速度が増減変更することとなる。……手動ハンドルの巻取り操作とモータ出力調節体による変速操作との複合操作によっても,釣糸がスプールに巻き取られることとなる」(段落【0011】〜【0012】)との作用,「スプール駆動モータによる巻上げ操作を行う場合には,リール本体に設けられたレバー形態のモータ出力調節体の容易な回転操作によってモータ出力を増減調節できるので,無理のないリール本体の保持状態で釣場の状況に応じた最適なモータ速度での巻上げ操作が可能となる。特に,本発明は,手動ハンドルより内方となるよう,リール本体の右側部の前方にレバー形態のモータ出力調節体を回転操作可能に設けているため,ハンドルの回転操作中やハンドル部分を保持しているとき,あるいはモータ出力調節体を回転操作しているときに,手を大きくずらすことなく一連の動きで,手動ハンドルの回転操作による手動巻取りとレバー形態のモータ出力調節体による自動巻取りとの交互使用や,モータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作が行えるようになり,しかも,モータ出力調節体は,モータ出力を停止状態から最大値まで連続的に増減させることができることから,より実釣時の状況に応じた幅広い変速操作を,上記した一連の動きと共に容易に行えるようになる。さらに,レバー形態のモータ出力調節体は,モータ出力増加方向を手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向としていることから,上記したような複合操作が実釣時の状況に応じてより容易に行えるようになる」(段落【0043】〜【0044】・下線部は甲18の訂正明細書にあるもの。)との効果を奏する点に特徴がある。正にこの「リール本体の側部を握持し乍らモータ出力の変速操作が可能で,而も,ハンドルによる巻取りとの複合操作が可能な操作性に優れた」点に意義があるものである。
これに対して,この乙3明細書には,手動ハンドルによるロータ回転駆動か,モータによるロータ回転駆動か,どちらかの駆動しか行えず,本件特許発明におけるようにモータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作は行えない。したがって,本件特許発明における上記の課題に対する認識は,いわゆるスピニングリールに関する乙3発明には何ら存在していない。
さらに,乙4公報は,電動リールに関するものであるが,そもそも手動ハンドルを備えておらず,さらに,その操作レバー9は,単にモータ出力を高低2段に切換えるスイッチにすぎない。乙5公報及び乙6公報は,一応,手動ハンドルを備えた電動リールに関するものであるが,それらの操作レバーはいずれも本件特許発明におけるモータ出力調節体ではない。乙5公報の操作レバー28はクラッチを作動させる可動傾斜カム30と係合するためのものであり,乙6公報の操作レバー37はドラグ調整摘手クラッチ32を作動させるためのものであり,いずれも本件特許発明の課題に対しての動機付けの認識や示唆がまったくない。
上記のとおり,乙3明細書及び乙4〜乙6公報には,本件特許発明の課題に対する認識はなく,課題の認識,共通性は全くないことから,それぞれを組み合わせる動機付けとなるものは何ら存在しないにもかかわらず,原判決は,課題が示されていると誤認し,その結果,本件特許発明進歩性の判断を誤ったものである。
カ 本件特許発明の顕著な作用効果の誤認・看過(ア) 原判決は,「引用例発明1に乙第3号証の発明を組み合わせることにより,……乙第3号証の発明の効果に関する記載から,……十分予測できるものである」(原判決60頁7行目〜10行目)と判断したが,引用例発明1及び乙3発明の誤認に基づくものであり,誤りである。
(イ) 引用例発明1では,「変速用スライドスイッチ11」がリール本体に対して直流モータMの回転速度を高・中・低の3速に選択的に,前後方向にスライド操作可能に設けられていることが開示され,本件特許発明の明細書の「従来の技術」,「発明が解決しようとする課題」において,正に欠点のある従来例として記載されているものであり,その「変速用スライドスイッチ11」が前後方向のみに直線運動で移動するのに対し,「手動ハンドル20」は360°にわたって絶えず方向を変えながら回転運動で移動することから,両者間でその運動方向が「同方向」との認定は誤りである。
また,乙3発明では,手動ハンドルによるロータ回転駆動か,モータによるロータ回転駆動か,どちらかの駆動しか行えず,本件特許発明のようにモータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作は行えない。
さらに,本件特許発明においては,「追い巻き等の複合操作」そのものの効果ではなく,「ハンドルの回転操作中やハンドル部分を保持しているとき,あるいはモータ出力調節体を回転操作しているときに,手を大きくずらすことなく一連の動きで,手動ハンドルの回転操作による手動巻取りとレバー形態のモータ出力調節体による自動巻取りとの交互使用や,モータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作が行えるようになり」との点において顕著な効果を奏するものである。
したがって,本件特許発明の作用効果は,引用例発明1及び乙3発明に記載がなく,示唆すらもないのであるから,引用例発明1,乙3発明から予測できるものではなく,原判決は,本件特許発明の顕著な作用効果を看過,誤認し,その結果,進歩性の判断を誤ったものである。
3 控訴人の主張に対する被控訴人の反論控訴人の当審における主張は,以下に述べるとおり,いずれも失当であり,本件控訴は棄却されるべきである。
(1) 構成要件Bの充足性(原判決の争点(2))についての判断の誤りの主張に対しア 被控訴人製品の「速巻きスイッチ」の誤認につき「モータ出力調節体」の意義について,「モータ出力をほどよくととのえるもの」という程度の広い意味に解したとしても,速巻きスイッチを押すと,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータの最大値のモータ出力を得ることができ,また,その後に更に速巻きスイッチを押すと,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータを停止することができるものであり,速巻きスイッチがモータ出力をほどよくととのえるものであり,「モータ出力調節体」に当たることは明らかである。「速巻きスイッチ」がオン・オフを切り替えるスイッチ形態であることは,本件特許発明にいう「モータ出力調節体」であることをなんら妨げるものではないし,速巻きスイッチが電源自体をオン・オフする電源スイッチと異なることも明らかであり,控訴人の主張は失当である。
また,控訴人は,本件特許発明において,「モータ出力を調節する」とは,スプール駆動モータによる巻上げ操作時に,巻上げの状況や海の状況に応じて最適なモータ速度となるように,モータ出力調節体の操作量に応じて「モータ出力を調節する」こと,すなわち最適な巻上げ速度にほどよくととのえることを意味していると主張するが,「モータ出力調節体」を「操作量に応じて調節するもの」に限定する理由は全くない。
構成要件Bにおける「最大値」の解釈の誤りにつき本件特許発明にいう「最大値」は,スプール駆動モータの出力の物理的な最大値と解するほかない。仮に,控訴人のいうように,「モータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」」ということになると,どのようなモータ出力調節体であれ,そのモータ出力調節体がもたらすその上限値は常に「最大値」ということになり「最大値」という言葉はまったく空洞化してしまう。控訴人の主張は,特許請求の範囲に「最大値」という文言を用いて本件特許発明技術的範囲を画したにもかかわらず,「最大値」の意味内容を空洞化して特許請求の範囲の記載から実質的に「最大値」という限定をなくそうとするものであり,不当なものというほかない。さらに,審査経過等をみても,控訴人はモータ出力の物理的な最大値を「最大値」と主張し,レバーひとつで「巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」できる点が本件特許発明の特徴である旨主張してきたのであり,この点からも「最大値」はモータ出力の物理的な最大値と解するほかない。
ウ 本件特許発明の「利用」による構成要件Bの充足性の看過につき被控訴人製品は,「スプール駆動モータの出力を巻き上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するレバー形態のモータ出力調節体」を満たしておらず,そもそも控訴人主張の「利用」が問題となることはなく控訴人の主張は失当である。原判決が述べるように(原判決47頁8行目〜18行目),速巻きスイッチがテクニカルレバーによる上限値を上回る出力の最大値を生み出す以上,速巻きスイッチが「モータ出力調節体」であるか否かにかかわらず,被控訴人製品が構成要件B(「スプール駆動モータの出力を巻き上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するレバー形態のモータ出力調節体」)を満たさないことは明らかである。本件特許発明の作用効果は,モータ出力調節体がレバー形態であるからこそもたらされるものであり,レバー形態でない「モータ出力調節体」が設けられているものを排除しているというべきであって,かかる点からも,利用及び付加についての控訴人の主張は失当である。
(2) 進歩性欠如1についての判断の誤りの主張に対しア引用例発明1の認定の誤り・一致点の認定の誤り・相違点の看過につき引用例発明1において,「ハンドル(20)の巻取り回転方向は右巻きであり,操作者から見てハンドルを前方方向へ巻き取る構造である。そうすると,引用例発明1には,結局,「モータ出力調節体のモータ出力増加方向を手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とする」技術が既に開示されているというべき」(原判決57頁14行目〜18行目)であるから,この点を相違点ということはできない。控訴人は,JIS規格(乙9)によると,運動の「方向」において,「直線運動における方向概念」と「回転運動における方向概念」とは明確に区別していると主張するが,かえって,JIS規格には,「……できるだけ同種類又は類似の制御要素を用いて,それらを同じ方向に操作する(類似の制御要素の例は,付表2参照。)」(15頁)と記載され,「付表2アクチュエータ類の運動の方向の例」(17頁)には「水平運動(前-後)」として回転レバーの例(43,44)が挙げられており,幾何学的な意味では回転運動であっても,操作としては前後の水平運動と変わらず,同方向といえることが示されている。
イ 相違点1’についての判断の誤りにつき(ア) スピニングリールであれ両軸受型リールであれ,同じ魚釣用電動リールである以上,当業者にとってスピニングリールである乙3発明のモータ調節体を両軸受型リールである引用例発明1に適用することが容易であることは明らかである。また,乙3発明のモータ調節体を両軸受型リールである引用例発明1に適用するに当たり,乙3発明のモータ調節体(操作部材21)がスピニングリールのどの位置にあったかなどは問題にならない事項である。また,操作部材21はレバー形態で図1にも回転軸の孔が示されているからリール本体に所定角度範囲にわたって回転可能に装着されていることは明らかである。乙7公報には,魚釣用電動リールのモータの回転速度制御についての発明をスピニングリールに適用した第1実施例と両軸受型リールに適用した第2実施例が示され,さらに,「上記説明では魚釣用リールをスピニングリールと両軸受型リールで述べたが,他の形式のリールに実施してもよい」(3頁左下欄12行目〜14行目)との記載があるから,正に「魚釣用電動リールに関する技術を両軸受型リール及びスピニングリール双方に適用することが従来より一般的に行われている」ことを示すものということができる。なお,魚釣用電動リールに関する技術を両軸受型リール及びスピニングリール双方に適用することが従来より一般的に行われていることは,乙7公報のほかにも,たとえば,実願昭62-192169号(実開平1-94064号)のマイクロフィルム(乙31),実願昭59-51339号(実開昭60-162461号)のマイクロフィルム(乙32)及び実願平1-13361号(実開平2-105358号)のマイクロフィルム(乙33)からも明らかである。
(イ) 乙3発明において操作部材の配置に危険回避等の配慮が必要であるとしても,操作部材の配置について特に配慮を必要としない引用例発明1に適用することは,配置に何の配慮も要らないのであるから,容易になし得ることである。
また,乙3発明のリールも,手動ハンドルによるロータ回転駆動とモータによるロータ回転駆動の交互操作等の複合操作が可能なものであり,複合操作ができないとする控訴人の主張も誤りである。
ウ 相違点についての判断の遺脱につき前記アのとおり,原判決に相違点の看過はないから,相違点についての判断の遺脱をいう控訴人の主張は失当である。
エ 訂正請求についての判断の誤りにつき乙4公報には,モータ調節体をリール本体の右側の側面に構成することが記載されており,また,乙5公報及び乙6公報にも,それぞれ手動ハンドルの存するリール本体の右側の側面に操作レバーを設けた構成が記載されており,モータ調節体又は各操作レバーをリール本体の右側の側面に構成することが周知慣用の技術であることは明らかである。
オ 動機付けの欠如の主張に対する判断の誤りにつきリール本体の側部を握持しながらモータ出力の変速操作を行うことは,当業者にとって当然のことであるから,本件特許発明の課題は,操作性に優れた魚釣用電動リールを提供するという周知のありふれた課題と異なるところはない。また,「リール本体の側部を握持し乍らモータ出力の変速操作が可能で,而も,ハンドルによる巻取りとの複合操作が可能な操作性に優れた魚釣用電動リールを提供する」という本件特許発明の課題は,操作性に優れた魚釣用電動リールを提供するという周知のありふれた課題と実質的に異なるところはなく,かかる課題は引用例発明1にも共通するものである。そして,引用例発明1と乙3発明とは,いずれも魚釣用電動リールという同じ技術分野に属するもので,しかも,ある特定の魚釣用電動リールに関する技術を両軸受型リールとスピニングリールの双方に適用することは一般に行われていること(周知技術)なのであるから,殊更課題の共通性を問題にしなくとも,当業者にとってこれらを組み合わせるべき動機付けがあるというべきであり,この点においても控訴人の主張は失当である。
カ 本件特許発明の顕著な作用効果の誤認・看過につき本件特許発明の作用効果は,引用例発明1及び乙3発明から当然に予想されるものにすぎない。控訴人は本件特許発明の課題や効果において「追い巻き」が重要であるかのような主張をしているが,追い巻き自体は周知の技術にすぎない上に,本件特許発明の構成だけでは追い巻き操作することはできず(追い巻き操作をするためにはモータからの回転とハンドルからの回転とをスプールに重畳して出力するための特別な構成が不可欠である),「追い巻き」を本件特許発明の特徴的な課題や効果とみることはできない。
当裁判所の判断
1当裁判所も,本件特許発明は,特許無効審判により無効にされるべきものと認めるから,特許法104条の3により,控訴人は本件特許権を行使することができないと判断する。その理由は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第4,2記載のとおりであるから,これを引用する。
2進歩性欠如1(原判決の争点(4)ア)についての判断の誤りに関する控訴人の主張について(1) 引用例発明1の認定の誤り・一致点の認定の誤り・相違点の看過の主張につきア控訴人は,引用例発明1には,「変速用スライドスイッチ(11)」は一本の直線上を前方向か後方向の二方向のみに直線運動する形態で設けられているのに対して,「手動ハンドル(20)」は,リール本体に対して回転可能に,すなわち,「ハンドル軸18」を回転軸として360°にわたって絶えず方向を変えながら回転運動する形態で設けられているから,両者間でその運動方向が「同方向」ということは,あり得ず,原判決は,相違点2として認定すべき「本件特許発明においては,「モータ出力調節体のモータ出力増加方向を,手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とした」との構成を有しているのに対し,引用例発明1においては,そのような構成を有していない点」」を看過したものであると主張する。
イまず,引用例発明1(乙1公報に記載された発明)の「変速用スライドスイッチ11」のモータ回転増加方向についてみると,乙1公報には,「第20図(判決注:「第19図」とあるのは誤記と認める。)に示すように,リール本体(2)の右側部には直流モータ(M)の回転速度を高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチ(11)が設けられている」(3頁右下欄末行〜4頁左上欄4行目)と記載され,その第20図からは,変速用スライドスイッチ11が,指標を備えた作動片であって,それに沿う本体上面に図面上面側が「高」,図面中間部が「中」,図面下面側が「低」との指標が付されていることが見て取れる。そして,上記第20図において,図面上面側が操作者の前方に,下面側が後方となることは明らかであるから,引用例発明1の「変速用スライドスイッチ11」のモータ回転速度増加方向は前方であると認められる。
次に,引用例発明1の「ハンドル20の巻上げ方向」についてみると,「ハンドル(20)を巻き上げ方向(第17図では右周りの方向)へ回転操作すると,スプール(1)が巻上げ方向……へ回転駆動されるようになっている」(4頁右上欄16行目〜19行目)と記載されており,ハンドル20の巻上げ方向が第17図で右回りであるから,第20図においては,ハンドル20の巻上げ方向の回転方向は,ハンドル20の把持部が操作者からみて,上側を通過する際には,後ろから前に,下側を通過する際には前から後ろに移動する方向であると認められる。
上記認定したところによれば,控訴人の主張するように,「ハンドル20」の「巻上げ操作」は回転運動であり,「変速用スライドスイッチ11」の操作は直線運動であるから,両者の方向が常に一致するとすることはできない。
しかし,引用例発明1において,「変速用スライドスイッチ11」のモータ出力増加方向は,操作者から見て前方方向であるところ,「変速用スライドスイッチ11」はリール本体(2)の上面に設けられており,リール本体(2)の上面においては,ハンドル20の巻取り回転方向は右巻きであって,やはり操作者から見てハンドルを前方方向へ巻き取る構造である。
また,JIS規格(乙9)には,「7.3左右軸周りの回転左右軸の周りの回転は,次による。(1)左右軸の周りの時計回りの回転視方向Yの方向に見て対象物が左右軸の周りを時計回りに回る(図17及び図20参照)。(2)左右軸周りの逆時計回りの回転視方向Yの方向に見て対象物が左右軸の周りを逆時計回りに回る回転(図17及び図20参照)。備考左右軸の周りの回転の場合,例えば,ふたを開けるとき又は広い範囲が覆われている円筒を回すときなどのような場合には,回転ということを明確に表すことができないので,回転を直線運動とみなすことがある(図21及び図22参照)」(12頁)と記載され,回転運動の回転方向を直線運動とみなして表現する場合があることが,その付表2(17頁)には,電気機器の作動を制御するアクチュエータの回転操作を水平運動として表現したもの(水平運動前-後の項目欄)が開示され,以上のことからすると,引用例発明1の「変速用スライドスイッチ11の回転増加方向」と「ハンドル20の巻上げ回転方向」とを対比するに当たり,ハンドル回転方向の一部を直線運動として表して対比することは,通常行われていることであると認められる。
そうすると,引用例発明1において,変速用スライドスイッチ11がリール本体の上面に配置されているのであるから,これと対比するために,ハンドルの巻上げ回転方向を直線として表す場合には,操作者から見える部分であり,かつ,「変速用スライドスイッチ11」が配置される,リール本体(2)の上面で見るべきものであり,この場合,「ハンドル20」の「巻上げ操作」の方向と「変速用スライドスイッチ11の回転増加方向」は,同方向であると認められ,原判決に控訴人主張の引用例発明1の認定の誤りはない。
したがって,引用例発明1には,「モータ出力調節体のモータ出力増加方向を,手動ハンドルの巻取り回転方向と同方向とした」構成,すなわち控訴人のいう相違点2に係る構成が開示されているというべきであるから,この点を本件特許発明と引用例発明1の相違点ということはできず,原判決に控訴人主張の一致点の認定の誤り・相違点の看過はない。
(2) 相違点1’についての判断の誤りの主張につきア 乙3明細書及び周知慣用技術の誤認の有無(ア) 控訴人は,乙3発明は,スプールが固定されてロータが回転するいわゆるスピニングリールに関するもので,操作部材21がスピニングリールのハウジング26に対してどのように配置構成されているのか不明であり,さらに,レバー形態のモータ出力調節体を,リール本体に回転可能に設けるとの技術事項が明示的に開示されてなく不明であるから,原判決の相違点1’についての判断は,乙3明細書の誤認に基づくものである,と主張する。
(イ) 乙3明細書には,次の記載がある。
@「本発明は,いわゆる固定スプールの魚釣用リールに関するものであり,キャスティング時にスプールから釣糸が引き出されていくときにスプールが静止状態にある魚釣用リールに関する。本発明の目的は,キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるような上記リールを製造することにある。」(訳文1頁5行目〜10行目)A「一方,スプール1には釣糸が巻回されており,固定スプールと呼ばれる。これはキャスティング時釣糸が放出されていく時にスプール1が制止状態を保つためである。」(同2頁5行目〜7行目)B「一方,回転ドラム2は固定スプール1と同軸上にあり,ピックアップ3の支持部材としての役割を果たすと同時に,キャスト後に釣糸を巻き上げる時,釣糸Fを固定スプール1に確実に巻回するためのものである。最後に,ハンドル4はステップアップ機構を用いてドラム2を回転駆動させるものである。」(同2頁10行目〜14行目)C「電気モータ16は携帯用電源17(バッテリ又は蓄電池)から電力供給を受け,ステップダウン装置により回転ドラムと接続されている。ここにはフリーホイール等が介在し,モータ16の停止時に手動ハンドル4の操作による回転ドラムの駆動を可能にしている。」(同2頁28行目〜31行目)D「モータ16は好ましくは同じ操作部材21(図1及び図2)によって駆動開始と駆動停止を行うようにするのがよく,この操作部材21をハンドル4の近傍に配置するのが望ましい。そうすることにより釣り人は操作部材を一方向にあるいはそれとは逆の方向にハンドル4から手を離すことなく操作することができる。図2に明瞭に示されているように,この操作部材21をレバー形態とするのが好ましく,操作部材21の端部21aは,ハンドル4の回転面の近傍にある面内に位置している。釣り人は一方の手でハンドル4を正規位置で保持し続け,同じ手の親指で操作部材21の端部21aを操作することができる。図1に示されているように,操作部材21はモータ16の給電回路24に直列に接続されている可変抵抗器23の摺動部22を制御し,操作部材21は待避端部位置からアクティブ端部位置までの範囲にわたって変化させることができ,待避端部位置では摺動部22が絶縁スタッド25上に待避しておりモータ16は停止状態にあり,アクティブ端部位置においては可変抵抗23は(回路から)はずれた状態であってモータ16の速度は最大となっている。操作部材21の中間位置はモータの開始速度と最大速度の間の速度に対応している。設計においては,図2に示されるように,回転ドラム2の電気的制御に寄与する様々な要素を,回転ドラム2の機械的制御に寄与する部材を収容するケースと一体の同一ハウジング26内に纏めることもできる。」(同3頁9行目〜28行目)E「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収を,手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速に切り替えることができる。これら全ての要素は獲物を狙う魚を狙うのに効果的である。釣りの種類やその時々の状況に応じて,釣り人は回転ドラムの制御方法を一方から他方へ簡単に且つ迅速に行うことが可能である。例えば,魚がかかると電気制御による回収を停止し,魚を疲れさせるために手動制御に切り替えることができる。」(同3頁35行目〜4頁5行目)(ウ) 上記記載によれば,乙3明細書には,「リール本体に回転可能に支持された回転ドラムを回転駆動する手動用ハンドルと回転ドラム駆動モータとを備え,該回転ドラム駆動モータのモータ出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動スピニングリールにおいて,上記手動ハンドルが取り付く側の該ハンドルより内方となるよう,リール本体に,手動用ハンドルによる回転ドラムの回転駆動が行われていないときに,上記回転ドラム駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるレバー形態のモータ出力調節体を操作可能に設ける魚釣用電動スピニングリール」が開示されているものと認められる。
また,乙3明細書「Fig1」,「Fig2」の図示によれば,モータ出力調節体21の携帯用電源17の正極側接続線の接続点側に孔が示され,反対側には,ハウジングに設けられた空間によりレバーの移動範囲が制限されていること,モータ出力調節体21が,孔に枢動軸が通され,モータ調節体21の回動操作により摺動部22が絶縁スタッド25から可変抵抗器23上を摺動するようにされていること,が見て取れるから,乙3明細書のモータ出力調節体は回転操作可能に設けられているものと認められる。
したがって,乙3発明は,操作部材21がスピニングリールのハウジング26に対してどのように配置構成されているのか不明であり,レバー形態のモータ出力調節体を,リール本体に回転可能に設けるとの技術事項が明示的に開示されてなく不明であるということはない。
(エ) また,控訴人は,乙7公報から,一般のモータ出力調節技術すべてのものが,他の形式のリールに転用可能とすることは,技術背景,技術常識に対する誤認であると主張する。
(オ) しかし,乙7公報のほかも,乙31公報に,両軸受型リールについてのリール枠本体を把持した手の指で操作パネル上のオートスイッチ及びマニアルスイッチの操作を容易になし得るようにしたスイッチの配置についての技術をスピニングリールにも適用可能であることが開示され,乙33公報に,モータの回転をリールに伝達するギア構造についての技術をスピニングリール,両軸受型リールに適用する実施例が記載されているのであるから,スピニングリールと両軸受型リールにおいて,両者に共通して用いることができる技術を,双方の形式のリールに適用することは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が従来より行っていたことであると認められる。そして,釣糸巻上げ用モータの回転速度をレバー形態の回転操作可能なモータ調節体により行うという技術は,スピニングリールでも両軸受型リールでも共通して用いられる技術であることは明らかであるから,乙3発明を引用例発明1のような両軸受型リールに適用してみようとすることは当業者であれば容易に想到することである。
さらに付言するに,乙3明細書には,「本発明は,いわゆる固定スプールの魚釣用リールに関するものであり,キャスティング時にスプールから釣糸が引き出されていくときにスプールが静止状態にある魚釣用リールに関する。本発明の目的は,キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるような上記リールを製造することにある」(訳文1頁5行目〜10行目),「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収を,手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速に切り替えることができる。これら全ての要素は獲物を狙う魚を狙うのに効果的である。釣りの種類やその時々の状況に応じて,釣り人は回転ドラムの制御方法を一方から他方へ簡単に且つ迅速に行うことが可能である。例えば,魚がかかると電気制御による回収を停止し,魚を疲れさせるために手動制御に切り替えることができる」(同3頁35行目〜4頁5行目)と記載されており,「キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるようにする」という乙3発明の目的は,引用例発明1のような両軸受型魚釣用電動リールにおいても同様に達成すべき目的であることは当業者に明らかであるから,引用例発明1に乙3発明を適用する動機付けが存在するものということができる。
イ阻害要因の看過の有無(ア) 控訴人は,乙3発明におけるようなスピニングリールでは,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中は当該箇所に手指が接近することがないように,操作部材をロータに手指が近づく方向には配置しない等,設計上も危険を回避するような配慮を行う必要があるから,乙3発明を本件特許発明におけるように「リール本体の右側部前方に……レバー形態のモータ出力調節体を回転操作可能に設ける」よう構成することには,阻害要因が存在すると主張する。
(イ) しかし,乙3発明の技術的思想を適用する引用例発明1は,スピニングリールではないのであるから,その適用に当たって控訴人が主張するような設計上の配慮が必要となるものではない。
したがって,乙3発明を引用例発明1に適用するに当たって,控訴人主張の阻害要因が存在するということはできない。
(3) 相違点についての判断遺脱の主張につき控訴人は,原判決は,控訴人のいう相違点2を看過した結果,その判断を遺脱した誤りがあると主張する。
しかし,控訴人のいう相違点2は,本件特許発明と引用例発明1との相違点ということはできず,原判決に控訴人主張の相違点の看過がないことは,上記(1)のとおりである。したがって,控訴人の上記主張は,前提において誤りであり,理由がない。
(4) 訂正請求についての判断の誤りの主張につきア控訴人は,乙4〜乙6公報は本件特許発明の課題を何ら有していないのに,原判決は,単なる,文言上からの表面的かつ断片的な対応から,「モータ調節体又は操作レバーをリール本体の右側の側面に構成することが周知慣用の技術である」(原判決58頁下4行目〜3行目)と誤って認定し,その結果,訂正後の発明についての判断を誤ったものであると主張する。
イ乙4公報には,「考案の目的本考案は……操作性の良い変速スイッチを有する電動リールを提供するものである」(明細書2頁6〜9行)との記載があり,魚釣用電動リールの操作性を向上させるという課題を読み取ることができる。
乙5公報には,「従来の電動リールにおけるクラッチ装置はスプールと一体回転する第2腕車の軸筒部に対し主歯車と噛合しているピニオン歯車をクラッチ操作レバーで係脱させ,ドラッグ装置は主歯車にドラッグワッシャーを装着し,これを調整摘まみの回動で圧着状態を強弱可変するものである。従って,クラッチのON・OFF切替えと,ドラッグ力調整は別々に操作しなければならず操作性に欠けると共に,構造も複雑化するといった不具合があった。(考案が解決しようとする問題点)本考案は上述した如き従来の事情に鑑み,1本の操作レバーによってクラッチのON・OFF切替え及びドラッグ作用の強弱調整が行えるようにすることにある」(2頁8行目〜3頁3行目),「クラッチの係合トルク調整とドラッグ力の強弱調整を1本の操作レバーにて行なうことが出来るため釣り操作を大幅に向上することが出来る」(11頁5行目〜8行目)との記載があり,釣用リールにおいて,釣り操作を向上させることを目的とした技術が記載されているから,魚釣用電動リールの操作性を向上させるという課題を読み取ることができる。
乙6公報には,「[発明が解決しようとする課題]前記従来の前者の方式は,ハンドル軸上にドラグ装置が設けられているので,手動捲取り操作中に迅速かつ容易なドラグ操作ができない問題点があり,……本発明は手動併用電動リールにおけるこれらの欠陥を改善して手動捲取り操作中においても円滑容易なドラグ操作ができる……ようにした魚釣用電動リールを提供することを目的とするものである」(1頁右欄11行目〜2頁左上欄2行目)との記載があり,円滑容易な操作が可能な魚釣用電動リールを提供することを目的とした技術が記載されているから,魚釣用電動リールの操作性を向上させるという課題を読み取ることができる。
以上検討したところによれば,乙4〜乙6公報には,操作性に優れ,釣糸の巻上げ性能の向上を図った魚釣用電動リールを提供するとの課題が記載されていると認められる。
ウそして,乙4〜乙6公報の記載及び図示(引用に係る原判決51頁下5行目〜54頁10行目)によれば,これらの公知刊行物には,「モータ調節体又は各操作レバーをリール本体の右側の側面に構成する」との技術的思想が開示されているということができ,また,これらの公知刊行物がいずれも本件出願日である平成3年12月27日以前に公開されたものであることにかんがみれば,上記の構成が本件出願時に周知慣用であったと認められる。
したがって,本件訂正は,周知の設計事項を付加したにすぎず,訂正が認められたとしても無効を回避することはできないとした原判決の判断(59頁1行目〜2行目)に誤りはない。
(5) 動機付けの欠如に関する誤りの主張につきア控訴人は,乙3明細書及び乙4〜乙6公報には,本件特許発明の課題(本件明細書〔甲3添付〕段落【0008】)に対する認識はなく,課題の認識,共通性は全くないことから,それぞれを組み合わせる動機付けとなるものは何ら存在しないにもかかわらず,原判決は,課題が示されていると誤認し,その結果,本件特許発明進歩性の判断を誤ったものであると主張する。
イそこで,上記各公知刊行物についてみると,まず,乙3明細書には,「本発明の目的は,キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるような上記リールを製造することにある」(訳文1頁8行目〜10行目),「モータ16は好ましくは同じ操作部材21(図1及び図2)によって駆動開始と駆動停止を行うようにするのがよく,この操作部材21をハンドル4の近傍に配置するのが望ましい。そうすることにより釣り人は操作部材を一方向にあるいはそれとは逆の方向にハンドル4から手を離すことなく操作することができる。図2に明瞭に示されているように,この操作部材21をレバー形態とするのが好ましく,操作部材21の端部21aは,ハンドル4の回転面の近傍にある面内に位置している。釣り人は一方の手でハンドル4を正規位置で保持し続け,同じ手の親指で操作部材21の端部21aを操作することができる」(3頁9行目〜18行目),「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収を,手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速に切り替えることができる」(3頁35行目〜4頁1行目)との記載があり,魚釣用電動リールの操作性を向上させることを目的として,モータ速度調節体の配置をハンドルを保持したまま行うことができるようにしたことが記載されているから,魚釣用電動リールの操作性を向上させるという課題を読み取ることができる。
また,乙4〜乙6公報に,操作性に優れ,釣糸の巻上げ性能の向上を図った魚釣用電動リールを提供するとの課題が記載されていることは,上記(4)イのとおりである。
そして,引用例発明1に乙3発明を適用する動機付けが存在することは上記イ(ア)のとおりであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(6) 本件特許発明の顕著な作用効果の誤認・看過の主張につきア控訴人は,本件特許発明は,単に「追い巻き等の複合操作」そのものが行えるという効果ではなく,「ハンドルの回転操作中やハンドル部分を保持しているとき,あるいはモータ出力調節体を回転操作しているときに,手を大きくずらすことなく一連の動きで,手動ハンドルの回転操作による手動巻取りとレバー形態のモータ出力調節体による自動巻取りとの交互使用や,モータ駆動中の手動ハンドルによる追い巻き操作等の複合操作が行えるようになり」との複合操作を行う際の操作容易性の点において顕著な効果を奏すると主張する。
イしかし,乙3明細書の「操作部材21をハンドル4の近傍に配置するのが望ましい。そうすることにより釣り人は操作部材を一方向にあるいはそれとは逆の方向にハンドル4から手を離すことなく操作することができる。図2に明瞭に示されているように,この操作部材21をレバー形態とするのが好ましく,操作部材21の端部21aは,ハンドル4の回転面の近傍にある面内に位置している。釣り人は一方の手でハンドル4を正規位置で保持し続け,同じ手の親指で操作部材21の端部21aを操作することができる」(訳文3頁10行目〜18行目)との記載によれば,乙3発明のリールは,ハンドルの近傍にモータ調節体を設けることで,ハンドルを保持する手をずらすことなくモータ調節体が操作可能となることは明らかである。また,乙4公報の「リール前面のパネル面に高速,低速の切換えスイッチが設けられており,迅速な操作を要求される魚の引上げ時に操作性が良くないという問題点があった」(明細書2頁2行目〜5行目),「本考案によれば,電動リールの側面に速度切換えスイッチの操作レバーが設けられるのでその操作レバーを片手で容易に操作することができる。従って魚の引上げ時に魚の種類や大きさ,引込強度等使用時の種々の状況に迅速に対応することが可能となり,操作性のよい使い易い電動リールとすることができる」(同2頁下4行目〜3頁3行目)との記載によれば,引用例発明1のリールにおいて,モータ調節体を前面のパネル面から側面に設ければ操作性が良くなることは,当業者に明らかである。してみると,本件特許発明の効果は,乙3明細書及び乙4公報に記載された事項から当業者が予測し得る程度のものであって,格別のものとはいえない。
したがって,本件特許発明が顕著な作用効果を奏するものということはできず,控訴人の上記主張も理由がない。
(7) 以上検討したところによれば,本件特許発明は,引用例発明1に乙3明細書,その他の周知技術を組み合せることにより当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項にいう進歩性の要件を欠くものとして,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるとした原判決の判断は相当というべきである。
したがって,特許法104条の3第1項の適用により,控訴人は,本件特許権を行使することはできない。
3 結論よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する請求をすべて棄却した原判決は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉