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関連審決 無効2004-80192
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10038損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10034特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10030特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10024特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  相違点の認定 /  技術的範囲 /  同一の発明 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  抵触 /  権利の濫用(権利濫用) /  参酌 /  技術的意義 /  置き換え /  特許発明 /  実施 /  加工 /  交換 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (ネ) 10080号 特許権侵害排除等請求控訴事件
控訴人 X
被控訴人 ホワイトローズ株式会社
被控訴人 有限会社ヤマカワ
被控訴人 有限会社ルビ・ヨシムラ
被控訴人 有限会社えちごよしいけ
上記4名訴訟代理人弁護士 渡邊敏
同 森利明
上記4名訴訟代理人弁理士 林直生樹
同補佐人弁理士 林宏
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人ホワイトローズ株式会社は,原判決別紙物件目録1ないし3記載の料理シートを製造し,販売し,頒布し,販売の申し出をしてはならない。
3 被控訴人ホワイトローズ株式会社は,前項記載の各料理シート及び同料理シートを製造するための型刃等の機材を破砕した後に廃棄せよ。
4 被控訴人ホワイトローズ株式会社は,控訴人に対し,3524万9000円及びこれに対する平成16年8月19日(同被控訴人に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人有限会社ヤマカワは,原判決別紙物件目録1ないし3記載の料理シートを販売し,頒布し,販売の申し出をしてはならない。
6 被控訴人有限会社ヤマカワは,前項記載の各料理シートを破砕した後に廃棄せよ。
7 被控訴人有限会社ヤマカワは,控訴人に対し,1397万8000円及びこれに対する平成16年8月18日(同被控訴人に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被控訴人有限会社ルビ・ヨシムラは,原判決別紙物件目録1ないし3記載の料理シートを販売し,頒布し,販売の申し出をしてはならない。
9 被控訴人有限会社ルビ・ヨシムラは,前項記載の各料理シートを破砕した後に廃棄せよ。
10 被控訴人有限会社ルビ・ヨシムラは,控訴人に対し,1090万7000円及びこれに対する平成16年8月15日(同被控訴人に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
11 被控訴人有限会社えちごよしいけは,原判決別紙物件目録1ないし3記載の料理シートを販売し,頒布し,販売の申し出をしてはならない。
12 被控訴人有限会社えちごよしいけは,前項記載の各料理シートを破砕した後に廃棄せよ。
13 被控訴人有限会社えちごよしいけは,控訴人に対し,375万8000円及びこれに対する平成16年8月15日(同被控訴人に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
14 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事案の概要
1 本件訴訟は,名称を「料理シート,及び料理用具」とする発明の特許権(特許第3433195号。以下「本件特許権」又は「本件特許」という。)を有する控訴人が,被控訴人らによる原判決別紙物件目録1ないし3記載の各料理シート(以下「被告各製品」という。)の製造,販売等が上記特許権を侵害するとして,被控訴人らに対し,被告各製品の製造販売等の差止め・廃棄と損害賠償金の支払を求めた事案である。
原判決(平成17年3月25日言渡)は,控訴人の上記特許権には特許法29条1項3号違反(新規性の欠如)による無効理由があるので,その権利行使は権利の濫用に該当するとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。
2 当審においては,平成17年4月1日から特許法104条の3の規定が施行されたことに伴い,被控訴人らは,抗弁として,控訴人の上記特許権は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,その権利行使は同条の規定により許されないと主張している。
3 なお,上記特許権に対し被控訴人ホワイトローズ株式会社から特許無効審判請求(無効2004-80192号事件)がなされ,特許庁が平成17年5月24日上記特許権を無効とする審決をしたことから,控訴人が原告となり同被控訴人を被告として同審決の取消しを求める訴訟が当庁に提起され(平成17年(行ケ)第10547事件),本件訴訟と並行的に審理が進められている。
当事者の主張
1 当事者双方の主張は,次のとおり訂正付加するほか,原判決第2の2,3,及び第3に記載のとおりであるから,これを引用する。
なお,以下においては,原判決の略語表示は,当審においてもそのまま用いる。
2 訂正 (1) 原判決10頁24〜25行目を,次のとおり改める。
「4 本件特許発明が特許無効審判により無効とされるべきもの(特許法104条の3)と認められるか(争点4)」 (2) 原判決11頁5行目の「したがって,」から7行目末尾までを,次のとおり改める。
「したがって,本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから,控訴人は被控訴人らに対してその権利を行使することができない。」 3 当審において付加された当事者の主張(争点4に関し) (1) 控訴人 ア 乙1(特公昭59-43165号公報)に記載された発明は,以下の理由により,本件特許発明の無効理由とはなり得ない。
(ア) 技術的思想の相違 乙1に記載された発明と本件特許発明とでは,以下のとおり,技術的思想が異なり,異なる構成を有し,異なる作用によって異なる効果を発揮するところの,互いに独立した別の発明である。このように技術的思想が異なることから,乙1記載の発明は本件特許の無効理由とはなり得ない。
すなわち,乙1には,本件特許発明と共通する「課題」がなく,作用,機能,効果の共通性がなく,本件特許発明を示唆する記載がないのであって,乙1である「調理シートを着脱自在に被着してなる電気調理器」から,「調理中につまみ部をつまみ上げることで調理中の調理物の変形を可能にする」本件特許発明を抽出できるとした原判決の認定判断は誤りであるといわざるを得ない。
このことについて以下整理する。
a 発明の名称について 本件特許発明(甲2)「料理シート,及び料理用具」 乙1記載の発明「電気調理器」 b 権利範囲について 本件特許発明は下記(a)に記載するように料理シートに関する発明であり,乙1記載の発明は下記(b)に記載するように電気調理器に関する発明である。
特許請求の範囲(a) 本件特許発明 請求項1「柔軟な薄膜状態であって,熱伝導部である平面部とつまみ部によって構成され,熱伝導部の端を延長して平面部から突出させたつまみ部を構成し,つまみ部をつまみ上げることで調理中の調理物の変形を可能にした料理シート 」(請求項2ないし請求項4についても,「……料理シート。」で終わっている。) (b) 乙1記載の発明 請求項1「発熱体を具備する調理器本体の内面に,耐熱性基材に非粘着性処理を施して形成した調理用シートを着脱自在に被着してなる電気調理器。」(請求項2についても,「……電気調理器。」で終わっている。) c 乙1記載の発明から,調理シートのみを抽出することについて。
(a) 乙1記載の発明から,調理シートのみを抽出し,新しい機能を与えれば新しい発明である。
被控訴人らは,電気調理器に関する発明である乙1記載の発明には,調理シートのみを抽出することを妨げる記載がないと主張しているが,電気調理器に関する発明から調理シートのみを抽出し,異なる機能を与えれば新しい発明であると考えられ,乙1に調理シートが記載されているからといって無効理由とすることは失当である。
仮に,乙1に記載された発明から調理シートのみを抽出できたとしても,本件特許発明は前記調理シートを抽出したものではなく,新しい概念によって新しく構成された新たな発明であって,形状(構成),作用及び効果も乙1に記載された発明で使用される調理シートとは異なる。
乙1の明細書に記載された調理シートの把持部は,「第1図及び第2図に点線で示す如く」設けられるのであり,細く長い形状を示している。平面部と把持部のみで構成される調理シートの形状については,当該記述以外の記述,あるいは,当該形状以外の形状を示唆する記述は存在しないし,本件特許発明に係る記述は一切存在しない。
当該抽出は,把持部9,9はつまみ部に相当するなどと本来乙1記載の発明が意図したものではない事項に置き換えたり,可能であろうと推定したりすることで成り立つ理論であり,この論法に立てば乙1の権利範囲のみが著しく拡大されることになり,合理性に欠ける。
本件特許発明との比較においては,明細書に明記されている事実のみに厳しく限定されるべきであり,そうでないとすれば,公正さが著しく損なわれる。
(イ) 権利範囲の相違 乙1に記載された発明は権利範囲が電気調理器に限定されるものであって,料理シートに関する発明である本件特許発明の無効理由とはなり得ない。乙1記載発明の特許出願人は権利範囲を電気調理器に限定する意思を持っている。
すなわち,出願者が意図した権利の範囲は下記のようであって,互いに抵触し合わず,共に存在する異なる発明である。
a 本件特許発明 請求項として記載したとおりであって,「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした料理シート」そのものである。
b 乙1記載の発明 @ 権利としての「調理シートの構成」についてはどこからも読みとれない。「調理シートを着脱自在に被着してなる電気調理器」に関するものである。
A 出願人自身がこの調理シートの性格を「電気調理器に付随したものとして限定して」出願していることが,乙1の2頁左欄6行目の「尚,上述構成のホットプレート において ,調理用 シート 8の一部 を・・・」の記述から読みとれる。
控訴人は,乙1に記載された調理シートが独立した調理シートではなく,電気調理器の一部であり,請求項に記載されているように電気調理器本体と共にあって初めて意味を持つものであることを主張してきたが,前記の記載から判断できるように,出願人も最初からそういう前提に立って出願しているのである。
(ウ) 目的,形状(構成),作用,効果の相違 仮に,乙1に記載された発明である電気調理器から調理シート部分のみを抽出し得たとしても,乙1記載の調理用シートと本件特許発明の料理シートでは目的が異なり,異なる形状(構成)を有し,異なる扱い方(作用)によって異なる効果を得るものであるから,当該抽出した調理用シートは本件特許発明の無効理由とはなり得ない。
この点の主張をさらに詳細に述べると,以下のとおりである。
a 本件特許発明における「つまみ部」と乙1記載の「把持部」では構成が異なる。
控訴人は,本件特許発明が「熱伝導部である平面部とつまみ部」によって構成されているのに対し乙1号証に記載された発明の部品である調理シートが「熱伝導部である平面部と把持部」によって構成されており,該把持部と前記つまみ部が共につまみ上げることのできる構成であることは認めるが,その細部の形状の違いや作用,効果について同一であることを認めたわけではない。
技術的思想は目的,解決手段としての構成,作用,効果等,技術に関する総合的な概念によるものであり,本件特許発明と乙1記載の発明とでは技術的思想が根本的に異なることを主張してきたため,本件特許発明のつまみ部と乙1記載の発明の把持部の細部にわたる構成の違いまでは主張しなかったのであるが,技術的思想から導かれるそれぞれの構成には差異がある。この点については,争点とされておらず,審理不十分である。
b つまみ部について 原判決は,「乙1(3欄6行ないし9行)には「調理シート8の一部を第1図及び第2図に点線で示す如くプレート本体1外に突出する位置まで延長して当該部分を把持部9,9とすれば」との記載があり,これに照らせば,乙1に係る調理用シートの把持部9,9が熱伝導部の端を延長して平面部から突出させたものであることは明らかである。」(23頁2〜6行)とし,本件特許の無効要因としている。
しかしながら,以下に述べるとおり,乙1に記載された調理シートの把持部と本件特許発明のつまみ部とではその用途・目的が異なり,効果が異なるものであって,その形状(構成)も異なり,乙1に係る調理シートの把持部9,9が熱伝導部の端を延長して平面部から突出させたものであることをもって無効要因とすることは失当である。
(a) 本件特許発明 本件特許発明のつまみ部は,つまみ部をつまみ持つことで調理中の調理物の変形を可能にするための「つまみ部」であるため,調理中につまみ持ちやすく,「つまみ部」の動きを平面部に伝えやすい形状,即ち,太く,短く,付け根がしっかりとした形状を呈している。この構成については請求項の文言から読み取れ,図面もそのように描かれている(本件明細書の特許請求の範囲及び図1参照)。
(b) 乙1記載の調理シート 乙1の2頁左欄6行目に「・・・ホットプレートにおいて,調理用シート8の一部を第1図及び第2図に点線で示す如くプレート本体1外に突出する位置まで延長して当該部分を把持部9,9とすれば,調理用シート8を容易に取り出すことができ,」の記載があり,第1図及び第2図に示されているように,乙1記載の調理シートにおける「把持部9,9」は,紐もしくは細く長い帯の形状をしている。
乙1記載の第1図及び,第2図に示された調理シートは平面部をホットプレート等の底面に敷き,把持部を平面部から突出させ,ホットプレート内側面に沿って曲折しながら立ち上げ,さらに上端部において水平方向に向かって曲折させてある。
「当該部分を把持部9,9とすれば調理用シート8を容易に取り出すことができ,特に使用後直ちに取り出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理用シート8を取出せ,安全である。」(乙1の2頁左欄9行ないし13行)と記載されているように,ホットプレート本体が熱くても把持部をつまみ上げて移動すればホットプレート本体を汚すことがないという乙1記載の発明の目的からすれば,前述の構成とならざるを得ず,把持部が細く長いことは必然の形状である。
しかも,ガラス織布は使用とともに弾力を失い柔軟性が増すことから,繰り返し使用した調理シートにおいて,把持部9,9が図のような形状で図のような形態を維持することは不可能である。ホットプレートの内底面に向かってずり落ちるか倒れ込むようになってしまい実施不可能である。
これを防ぐには更に把持部9,9の長さをホットプレート本体の外側に向かって延長し,前記ホットプレート本体の外壁にかけておくようにする必要がある。そうすると把持部の長さは更に伸びて,細く長い形状であることは極めて確かである。
前記「高温状態にある」把持部を「つまみ持つことができる」ためにも,図に記載された把持部の長さはさらに延長された方が好都合である。
(c) 前記両者の構成の差異について 以上のように,前記両者は,一方は太く,短く,付け根のしっかりした形状が求められるのに対し,一方は細く長い形状が求められる。このことは,技術的思想の違いが形状(構成)の違いとなって現れたものであり,それぞれの特許願書の図面にも,その通りに表現されており,両者の違いは歴然としている。
c 「つまみ部をつまみあげることで調理中の調理物の変形を可能にする」ということについて (a) つまみ部をつまみ上げることについて 原判決は,「前記(1)記載のとおり,乙1に係る調理用シートが柔軟性を有しており,調理シートをつまみあげるための把持部9,9を有することから,これをつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にしたという構成を有するものということができる。」(23頁7〜10行)としている。
しかしながら,つまみ上げ可能であるということが即ち調理中の調理物の変形を合理的に行うための構成・形状であることを意味するものではない。合理的に行なうための構成と,やればできなくはない構成とを同一視することは失当といえる。
本件特許発明の請求項に「変形を可能」にするとの記載はあっても「合理的あるいは理想的に変形する」との記載はないという指摘がなされるとしても,料理シート上の調理物が流動物であるか,極めて柔軟な素材である場合には「調理シートの端をつまみ上げることで,調理シート上の調理物は変形する」ことは自明のことであって,わざわざ請求項に「合理的に」の文言を記載する必要はない。
請求項に「つまみ部をつまみ上げることで調理中の調理物の変形を可能にした調理シート」とわざわざ記載したことは「合理的に」調理中の調理物の形を整えるための変形を可能にしたことを示すものであって,その趣旨は明細書中にも記載されている(本件明細書(甲2)の段落【0003】,【0004】,【0016】)。
つまみ上げ可能な把持部と変形可能なつまみ部では構成が異なる。本件特許発明は調理中の調理物の変形を合理的にするための構成である。
このことについては,審査の過程において「『つまみ部をつまみ上げることで』調理中の調理物の変形を可能にするというように意味を明確にする補正を行っているのである。
以上のように本件特許発明は「つまみ部」を単につまみ上げ可能に設けているのではなく,変形可能にするために設けているのであり,合理的に調理中の調理物の変形を可能にするために構成された,合理的な形状の料理シートである。
したがって,つまみ上げ可能であることが,本件特許発明と同一である理由にはならない。
一致点・相違点の認定において問題となるのは発明の構成であり,その構成を採用した理由ではない〔東京高裁平成14年(行ケ)471号判決の「第5 当裁判所の判断」の1(2)〕のであるが,乙1に記載された調理シートと本件特許発明の料理シートでは技術的思想の違いが前述のごとき形状の違い,即ち本件特許発明のつまみ部は太く短く付け根がしっかりした構成であるのに対し乙1記載の調理シートの把持部は細く長い形状として明瞭に現れており,両者の構成が異なることは歴然としている。
したがって,原判決の上記判断は,本件特許発明における「つまみ部」と乙1記載の「把持部」の技術的思想の違い,並びにそこから導かれる具体的な形状(構成)の違いを無視したものであり,これをもって本件特許発明の無効理由とすることは失当である。
(b) 変形することについて 原判決は,「乙1(3欄14行ないし20行)に,「調理用シート8の外周縁部をプレート本体1の内底面から内面側に跨る円弧面上に乗り上げたり‥‥‥することにより,調理用シート8の外周縁を中央部より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる」と記載されていることからも,乙1に係る調理用シートにおいて調理シートの外周縁部分を高くすることによって,調理物を中央に集めることが想定されているということができ,この調理シートの外周縁部分を高くする方法の一つとして,把持部9,9をつまみ上げることも,通常思いつく方法である。」(23頁10〜18行)と判断している。
しかしながら,「調理用シート8の外周縁を中央部より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる」ことは,単に余剰の調理用たれ・油分が「集まる」にすぎず,意図的に調理中の調理物を変形することには結びつかない。把持部9,9をつまみ上げることで調理中の調理物を変形するためには,意図的・積極的な操作が必要であり,調理中に当該意図的な操作を可能としたところに本件発明の創造性が存在するのであって,内底面に跨る円弧面上に乗り上げて調理用シート8の外周縁部を中央部より高くしておくこととは意味が異なる。
原判決が上記のとおり判断し,乙1記載の調理シートが調理中に調理物の変形を可能にした料理シートであることの根拠としている点は,誤りであるといわざるを得ない。
また,本件特許発明と乙1記載の調理シートでは前述したように形状が異なるのみでなく,作用と効果も異なる。すなわち,本件特許発明のつまみ部はつまみ部をつまみ上げることで調理中の調理物の変形を可能にするものであり(請求項1),乙1記載の調理シートは「調理シート8をプレート本体から取出して……丸洗い」(乙1の1頁右欄31〜32行)するためのものであり,その違いは明細書に明りょうに記載されている。前記「調理用シート8の外周縁部を……調理用シート8の外周縁を中央部より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる」という記載事項をもって本件特許発明の無効理由に結びつけることは,乙1記載の発明の権利のみを拡大解釈することにつながり失当である。
さらに,原判決は,「なお,乙1には,『調理用シート8をプレート本体1の内面に被着させてある。‥‥‥このようなホットプレートにあっては,‥‥‥調理物の雑返しによっても調理用シート8にしわが寄ることもなくなり,‥‥‥調理作業上極めて好都合である』(3欄31行ないし40行)との記載があり,『当該部分を把持部9,9とすれば,調理用シート8を容易に取出すことができ,特に使用後直ちに取出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理用シート8を取出せ,安全である」』(3欄9行ないし13行)と記載されていることから,乙1に係る発明の発明者としては,把持部9,9を,調理用シートを取り出す際の取っ手として考えていたことがうかがわれるが,乙1に係る調理用シートが,客観的に,把持部9,9をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にしたシートであることは前記のとおりである。乙1に上記記載があるからといって,乙1を見る者が乙1に係る調理用シートが上記Aの構成を有することを認識することについて,これを妨げる事情が存するとは認められない。」(23頁19行〜24頁6行)としている。
ここで,原判決は「上記Aの構成」すなわち「これをつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にしたという構成を有する『つまみ部』を有する」(原判決の22頁下2〜1行)と認識することについて妨げる事情が存在しないと指摘しているが,前述のとおり,本件特許発明と乙1に記載された発明とでは構成を含む技術的思想が異なるのであって,原判決の上記判断は,AをBと見間違えて「認識することについて,これを妨げる事情が存在するとは認められない」と言っているに等しく,失当である。
(エ) 以下に記載する理由により,無効理由とされた乙1の第1図と第2図記載の調理シートは,乙1の明細書に記載された作用・効果を発揮できず,乙1の発明の目的を果たすことが不可能,つまり実施不可能である。実施不可能な記載事項をもって本件特許発明の無効理由とすることはできず,原判決はその前提を欠くものである。
a 原判決が指摘するとおり,乙1の2頁左欄14行目ないし20行目には「又,調理シート8の外周縁部をプレート本体1の内底面から内側面に跨る円弧状面に乗り上げたり……することにより,調理シート8の外周縁を中央部分より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる。」との記載がある。
しかしながら,乙1に記載された発明の目的のとおりに,ホットプレート本体が熱くても取り外し可能としたところの把持部先端をつまみ上げて調理シートを取り外そうとすると,調理シートがバランスよく持ち上げられたとしても,該調理シートの平面部が二つ折り状にされた折り目あるいは湾曲した下端部が直線状になり,前記中央部に集めたところの「余剰の調理用たれ,油分」は調理シート本体の側端より流出する。
油類はラードのような固形に近い性質の油分でさえ加熱することにより流動性を持つようになるのであって,出願人が乙1の2頁左欄6行目に「‥・ホットプレートにおいて,調理用シート8の一部を第1図及び第2図に点線で示す如くプレート本体1外に突出する位置まで延長して当該部分を把持部9.9とすれば,調理用シート8を容易に取り出すことができ,特に使用後直ちに取り出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理シート8を取出せ,安全である。」と記載した目的を達成するために前記把持部9,9をつまみ上げれば,前記垂れ下がった調理シート8の下端部が直線上になり,前記中央部に集めたところの「余剰の調理用たれ,油分」は調理シート本体の側端より流出することになる。
当該調理シートは例えば商品名「チューコーフローGタイプ」であるガラス織布にフッ素加工を施して製造された調理シートであるため,非粘着性が高く(乙1の1頁右欄17行ないし21行)極めて流れやすい状況にある。
以上のように「特に使用後直ちに取り出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理シート8を取出せ,安全である。」というような状態にあっては,前記「余剰の調理用たれ,油分」は極めて流れやすい状態にあり,ホットプレート本体を汚さずにすむどころか周辺部まで汚れを広げる結果となる。
こうして,調理シートのみを取り外すことでホットプレート本体を汚すことなく後片付けを手軽に行うことができるという当該発明の目的に反する結果が生じる。
以上のように乙1の第1図と第2図に記載された調理シートは乙1の明細書に記載された目的を達成できず実施不可能である。
b 把持部の長さ,形状について 以下記載の理由によっても,乙1の第1図と第2図に記載された発明は実施不可能である。
(a) 把持部が第1図と第2図に記載された状態を維持することは不可能である。
ガラス織布は使用の経過とともに弾力を失い柔軟性が増すことから,繰り返し使用した調理シートにおいて,把持部9,9が第1図と第2図に記載された形状で同図のような状態を維持することは不可能である。
乙1記載の調理シートが当該第1図と第2図に記載された状態であるとすれば,安定して把持部9,9をホットプレート本体の側壁にかけておくには,把持部9,9の長さを延長してホットプレートの外壁に跨るように折り曲げてかけておくか,掛止手段を用いない限り,前記把持部9,9はホットプレートの内底面に向かってずり落ちるか内側に向かって倒れ込む。調理の過程における被調理物の移動等において,該把持部9,9に直接的あるいは間接的な力が加わることを考えれば,この可能性は極めて高い。
以上のように,第1図と第2図に記載された調理シートは,図のとおり実施しようとしても乙1に記載された目的を達成できず,実施不可能である。
(b) 乙1に記載された発明について,前記「本体1に触れることなく」調理シートを合理的に取り出すためには図1及び図2に記載された把持部の長さでは長さが足りず,ホットプレート本体から更に突出するだけの長さが必要となるのであり,このままの構成では合理的とはいえない。
(c) 上記不都合をなくす為に把持部の長さを延長して,ホットプレート本体が熱くても取り去ることを可能にした場合,細く長い把持部9,9の先に二つ折りにされた調理シートが垂れ下がるのであって,当該把持部9,9をつまみ上げた際の調理シートはバランスを欠きやすく,安定性に欠ける状態が作られる。
前述の「余剰の調理用たれ,油分が流出しやすい状態」になる不合理性が助長され,実施不可能性は更に高まる。
(d) 把持部の細く長い形状は前述のように当該発明の目的,作用,効果から導かれた必然の形状であるが,これを幅広にした場合,ホットプレート内側面に密着しにくくなり,また,その屈折部においてゆがみを生じさせる原因となって新たな不都合を生じさせる。
c 繰り返し使用することについて 乙1に係る調理シートは繰り返し使用することを前提とし,ガラス繊維による織布によって構成されたものである。
ガラス繊維による織布は,当初弾性を有しているが,使用の経過と共に繊維が折れ,弾性を失い腰のない状態になる。
前記調理シートを明細書中に記載されているところの保形枠等,緊張状態を保つための何らかの手段を用いずに,第1図と第2図に記載されたように平面と把持部のみによって構成される状態で調理作業に使用した場合,意図的な折り曲げ作業がなくても,使用の度に洗浄作業等により繊維が折れて腰のない状態になり,把持部をつまんで持ち上げた時の形状が維持できなくなる。平面部の両端に設けられた把持部をつまみ上げると該平面部が二つ折りになり,2枚合わせになった平面部の端が下に向かって折れ曲がってしまい,前述の「余剰の調理用たれ,油分が流れやすい状態」はますます顕著となり,実施不可能性は更に高まる。
該事項は経時的劣化にすぎないとの指摘があったとしても,ガラス繊維が折れやすく弾力を失いやすい素材であることは事実である。
d 以上のことから,乙1記載の第1図と第2図に記載された調理シートに係る発明が実施不可能であることは明白である。実施不可能な記載事項をもって本件特許発明の無効理由とすることは失当である。
イ 原判決の違憲性 (ア) 権利剥奪の違憲性について 共に並び立つことのできる二つの発明がすでに特許されている場合に,その一つをもって他の一つの無効理由とするためには,@当該二つの特許の厳格な意味での同一性と,A当該並んで存在することの特別の不都合性とが,ともに立証されるべきである。
特許権は知的「財産権」であり,一旦特許された権利の剥奪は特許権者の経済基盤を破綻させるものであり,財産権を保障した憲法29条に違反する。
原判決は,上記@及びAの二点につき不明確なままなされたものであって,本件特許に無効理由があるとした原判決は,取り消されるべきである。
(イ) 乙1記載の発明が,本件特許発明と共に並び立つことが可能なものであることについては,上記アにおいて具体的に述べたとおりである。
(ウ) 構成の表現には機能表現も含まれることについて a 特許出願においてはその構成を機能の記述によって表現することが許されている。(特許庁の特許・実用新案審査基準(以下「審査基準」という。)下記抜粋Uを参照)。
本件特許の審査手続において,控訴人が平成15年2月26日付け手続補正書とともに提出した意見書(乙6)には,「本願発明は調理の過程においてつまみ部を持って引き上げることで料理シートと共に調理物を変形し,形を整えることを可能ならしめる機能を有するものであり,………」(2頁3〜5行),「本願発明における【請求項1】は形状を表す表現が不十分と考えますので,段落【0016】と【0017】を【図1】を根拠に補正し,「柔軟な薄膜状体であって,熱伝導部である平面部とつまみ部によって構成され,熱伝導部の端を延長して平面部から 突出 させた つまみ部を構成し,つまみ部をつまみ 上げることで 調理中 に調理物 の変形 を可能 にした 料理シート。」に変更いたします。以上のことから拒絶の理由は解消されたものと考えます。」(2頁17行〜下8行)としている。
本件特許発明は,上記意見書(乙6)の提出とともになされた補正の後に初めて特許査定されたのであって,同意見書に「形状を表す表現が不十分と考えますので」と記載されているように,「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」の文言は明らかに構成を表す文言であると同時に,調理中の調理物を変形するための合理的な形状のつまみ部を有していることを意味するものである。そうでなければ,当該文言を採用した意味はなく,それ以外には考えようがない。
すなわち,乙1記載の調理シートと本件特許発明は異なる(審査基準の下記抜粋T参照)。
乙1には,「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」の記載がなく,またこのことを示唆する記載事項もなく,かつ特許請求の範囲の記載事項も本件特許発明と重複していない。
当該「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」の記載は,審査基準の下記抜粋Uに照らし,本件特許発明を特定する大きな要素であると同時に,乙1記載の調理シートとは異なるものであることを示している。
記 T「明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、
及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。」(審査基準第U部第2章の2.5(3)A) U「機能・特性等による物の特定を含む請求項において,当業者が,出願時の技術常識を考慮して,請求項に記載された当該物を特定するための事項から,当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合には,新規性進歩性等の特許要件の判断や特許発明技術的範囲を理解する上での手がかりとなる,発明に属する具体的な事物を理解することができるから,発明の範囲は明確であり,発明を明確に把握することができる。」(審査基準第T部第1章の2.2.2.1(6)@) b 原判決は,審査基準を無視するものである。
発明はその用途によっても特定されるのであって,本件特許発明と乙1記載の料理シートとはその用途においても区分される。
本件特許発明が「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」ものであるのに対し,乙1記載の調理シートは電気調理器の部品であって「ホットプレート本体が熱くても把持部を持って移動」できるものである。
審査基準の下記抜粋Vに照らし,本件特許発明は,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に照らして,その記載が,「その用途(調理中に調理物の変形をすること)に特に適した物」ということができ,前記二者は明らかに異なるものであることがいえる。
原判決の「乙1(3欄14行ないし20行)に,「調理用シート8の外周縁部をプレート本体1の内底面から内面側に跨る円弧面上に乗り上げたり‥‥‥することにより,調理用シート8の外周縁を中央部より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる」と記載されていることからも,乙1に係る調理用シートにおいて調理シートの外周縁部分を高くすることによって,調理物を中央に集めることが想定されているということができ,この調理シートの外周縁部分を高くする方法の一つとして,把持部9,9をつまみ上げることも,通常思いつく方法である。」(23頁11〜18行)とした判断は,審査基準の下記抜粋Vの例に当てはめると,「該釣り針は魚の口にかけて吊り上げることを想定しているということができ,物にかけて引き上げる方法の一つとして該釣り針の構成を採ることは通常思い付く方法である。該釣り針と該クレーン用フックは吊り上げるという点において同一。」と言っているのに等しく,通常の社会生活をする者が理解できる範囲を超えた論理の飛躍があると同時に,特許庁が営々として築き上げた審査基準をも否定するものである。
審査基準の下記抜粋Vの記載事項は異なる技術分野に関するものであり,本件料理シートと乙1記載の調理シートは同一の技術分野に関するものであるとの反論が予想されないこともないが,本件特許発明は料理シートに関するものであり,乙1記載の発明は電気調理器に関する発明であり該電気調理器に付随する部品であり,その用途は明らかに異なる(構成・作用・効果についても異なる)。
記 V「請求項中に、ある物をその用途によって特定しようとする明示の記載(用途限定)がある場合には、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、その記載が、@その用途に特に適した物、Aその用途にのみもっぱら使用される物、又はBその用途に特に適し、かつその用途にのみもっぱら使用される物のいずれを意味しているかを判断する。(いずれに該当するかを判断できない場合は、第36条第6項第2号違反となりうることに留意する。) @については、例えば「〜の形状を有するクレーン用フック」が、クレーンに用いるのに特に適した大きさや強さ等を有する構造のフックを意味していると解される場合には、同様の形状の「釣り用フック(釣り針)」とは構造の点で相違する物を意味していると解することが適切であり、両者は別異の発明である。同様に、
「飛行機」と「水上離着水用飛行機」とは、後者がもっぱら水上離着水に使用しうる特有の構造を有しているという点で別異のものを意味すると解される場合には、
後者は前者により新規性が否定されることはない。その用途に特に適し、かつその用途にのみもっぱら使用される物である(Bに該当する)と解される場合も、同様である。」(審査基準第U部第2章の1.5.2(2)) (2) 被控訴人らの主張 ア 控訴人の上記(1)アの主張に対し 原判決が乙1記載の発明を本件特許の無効理由としたことに誤りはなく,控訴人の主張は失当である。
(ア) 同主張の(ア)及び(イ)に対し 控訴人は,乙1の発明の名称及び請求項の文言が「電気調理器」であるから本件特許発明の「料理シート」と同一ではあり得ないと主張するが,原判決は乙1から抽出した発明の「調理用シート」を本件特許発明と対比しているのであり,控訴人の主張は失当である。また,原判決が乙1の記載から「調理用シート」の発明を抽出して本件特許発明と対比したことも正当であり,かかる抽出及び対比が「置き換え」や「推定」に基づくもので誤りであるとの控訴人の主張も理由がない。
(イ) 同主張の(ウ)に対し 控訴人は,乙1の調理用シートの構成では把持部が長く細い形状であって,本件特許発明の「つまみ部」のように調理中につまみ持ってその動きを平面部に伝えやすい形状ではないこと,及び,当該調理用シートの把持部をつまみ上げることで調理物の変形が可能であるとしても,卵焼きやクレープ生地のような調理物を上手に完成させることができるという本件特許発明の目的を達成できないことから,両発明は同一ではないと主張する。
しかし,本件特許発明の特許請求の範囲の記載では,つまみ部の具体的形状や調理物の変形態様は何ら特定されていないのであるから,つまみ部に相当する把持部が存在するという構成の点で一致し,これをつまみ上げることによって調理物に何らかの変形を与えるという機能においても一致する以上,本件特許発明と乙1の「調理用シート」とが同一であるとの原判決の判断に何ら誤りはない。
(ウ) 同主張の(エ)に対し 控訴人は,乙1の「調理用シート」の発明は実施不可能であることの理由として,余剰の調理用たれ・油分の流出,把持部のずり落ち,ガラス織布の劣化を指摘するが,いずれの不都合も,乙1に接した当業者が形状や素材を適宜選択することによって解消若しくは軽減し得るものであるから,乙1の調理用シートがその目的を達成できず実施不可能であるということはできない。
イ 控訴人の上記(1)イの主張に対し 前記アに述べたとおりである。
当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件特許発明には特許法29条1項3号に違反する無効理由(新規性の欠如)があり,特許無効審判により無効にされるべきものと認めるから,特許法104条の3第1項により,特許権者たる控訴人は被控訴人らに対し,その権利を行使することができないものと判断する。
原判決は,本件特許は乙1に記載された発明と同一の発明であって新規性を有せず,特許法29条1項3号に違反して特許されたものとして無効理由を有することが明らかである(同法123条1項2号)から,本件特許権に基づく請求は権利の濫用に当たり許されない,とした。そして,原判決後の平成17年4月1日から施行され,被控訴人らが当審において前記主張と交換的に新たに主張するに至った同法104条の3の適用の主張は,前記権利濫用の主張と実質的差異はないので,当裁判所の判断は,原判決と基本的に同一であるということになる。
当裁判所の判断の理由は,下記2のとおり,控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決の「第4 当裁判所の判断」の記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の当審における主張に対する判断 (1) 控訴人の主張ア(ア)(技術的思想の相違)及び(イ)(権利範囲の相違)について ア 控訴人は,本件特許発明と乙1の特許請求の範囲に記載された発明とは,発明の名称及び請求項の末尾の表現が異なっていて技術的思想が相違すること,及び,両発明の権利範囲が異なることからみて,乙1をもって本件特許発明新規性を否定する根拠とすることはできない旨を主張する。
しかし,特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」とは,その刊行物に記載されているすべての事項及び記載されているに等しい事項から把握されるものをいうと解されるから,その刊行物が乙1のような特許公報である場合には,特許請求の範囲の記載のみならず,発明の詳細な説明,図面等の記載を含め,その刊行物全体に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から引用発明を認定すべきものである。また,「刊行物に記載された発明」は,特許出願人が特許を受けようとする発明の新規性,進歩性を判断する際に,考慮すべき一つの先行技術として位置づけられるものであって,その発明には,そもそも「権利範囲」という概念は存在しない。
したがって,乙1に記載された発明とは,乙1の特許請求の範囲に記載されたものに限定されるべきであるとの見解を前提にする控訴人の上記主張は,独自の見解に基づくものといわざるを得ず,採用することができない。
イ 控訴人は,乙1には,「調理用シートを着脱自在に被着してなる電気調理器」の発明が記載されているにとどまり,「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理中の調理物の変形を可能にする」ことについて記載も示唆もないから,把持部9,9がつまみ部に相当するなどとして,「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理中の調理物の変形を可能にする」こと等をも内容とする乙1発明を抽出することはできない旨を主張するので,検討する。
(ア) 本件特許発明と対比すべき引用発明の把握に当たっては,乙1全体に記載されている事項及び記載されているに等しい事項を参酌し得ることは上記アのとおりである。そこで,乙1の記載を検討すると,乙1には,下記の記載がある。
記 a「1 発熱体を具備する調理器本体の内面に,耐熱性基材に非粘着性処理を施こして形成した調理用シートを着脱自在に被着してなる電気調理器。
2 発熱体を具備する調理器本体の内面に,柔軟性を有する耐熱性基材に非粘着性処理を施こして形成した調理用シートを着脱自在に被着し,この調理用シートを緊張状態に保つ保形手段を備えてなる電気調理器。」(特許請求の範囲) b「第1図及び第2図に示したホットプレートにおいて,・・・8はプレート本体1の内面の内,調理に使用する範囲に載置,即ち着脱自在に被着した調理用シートで,例えばガラス織布にフッ素樹脂を充分に含浸し高温で焼きつけて製造したシート(中興化成工業株式会社より商品名「チューコーフローGタイプ」で市販されているものがある。)よりなり,耐熱性,非粘着性及び柔軟性を有する。」(1頁右欄4〜21行) c「プレート本体1の内面に被着して発熱体2からの熱を調理物に有効に作用させる為,良好な状態で行なえることになる」(1頁右欄27〜30行) d「尚,上述構成のホットプレートにおいて,調理用シート8の一部を第1図及び第2図に点線で示す如くプレート本体1外に突出する位置まで延長して当該部分を把持部9,9とすれば,調理用シート8を容易に取出すことができ,特に使用後直ちに取出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理用シート8を取出せ,安全である。」(2頁左欄6〜13行) e「第7図の実施例は調理用シート8をプレート本体1の内面形状に合った形状に成形し,プレート本体1の内面全体に被着したものである。調理用シート8は耐熱性織布を基材とする為プレス加工等により成形することができず,従つて貼り合せ,縫い合せ等の手段により所定の形状に成形する。」(2頁右欄43行〜3頁左欄4行) f「尚,第7図における調理用シート8の外周縁及び第8図における保形枠11の外周縁に,プレート本体1外方に突出する舌片を形成し該舌片を把持部9とすれば,調理用シート8の取出しを容易に行なえる。」(3頁左欄16〜20行) g「第9図及び第10図の実施例は調理用シート8を緊張状態に保つ保形手段として,調理用シート8の外周縁部をプレート本体1との間に挟持する挟着体を用いたものである。第9図は熱絶縁性材料により挟着体13を環状に形成すると共に該挟着体13の下面全周に渡つて突条14を形成し,この挟着体13の突条14を調理用シート8の外周縁部を介してプレート本体1の外周壁上端面の溝15に嵌合することにより,プレート本体1と挟着体13との間に調理用シート8の外周縁部を挟持して該シート8をプレート本体1の内面全体に被着させかつ緊張状態を保つものである。他方,第10図は円弧形状の挟着体13を二個備え,把手4,4間においてプレート本体1の外周壁と挟着体13,13との間に調理用シート8の外周縁部を挟持するものである。」(3頁左欄26〜41行) h「而して,この両実施例にあっては調理時プレート本体1を汚すことがなく,しかも調理用シート8が移動したりしわを生じたりすることがなく良好な状態で調理を行なうことができ,又使用後は挟着体13を取外して調理用シート8を取出し,該シート8のみを洗浄すればよい。」(3頁左欄42行〜右欄3行) i 第1図,第2図には,調理用シート8を調理器に被着した例が示されている。
(イ) 上記a〜hの記載及び第1図,第2図の内容からすると,調理用シート8は,調理器本体の内面に着脱自在に被着されるものであり,調理器本体とは別の物品であることのほか,熱伝導性を有する一方,調理時にしわがよるほどの柔軟性に富んだものであり,非粘着性を有していることが認められる。また,調理用シート8は,柔軟性に富み,かつ,非粘着性を有するから,調理中に把持部9を持ち上げると,調理用シート8上の食品は下方に向かって滑り落ち,柔らかな食品であれば変形が生じるのは,自明のことである。
そうすると,乙1には,ガラス織布にフッ素樹脂を充分に含浸し高温で焼きつけて製造したシート(本件特許発明構成要件A「柔軟な薄膜状体」に相当)であって,当該シートはプレートに被着される熱伝導性の部分とその一部をプレート本体外まで延長した把持部(同構成要件B「熱伝導部である平面部とつまみ部」及び構成要件C「熱伝導部の端を延長して平面部から突出されたつまみ部」に相当)によって構成される調理用シート(同構成要件E「料理シート」)が明示的に記載されているということができるのみならず,この調理用シートが,把持部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にするものであること(同構成要件D「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」に相当)も記載されているということができる。
したがって,原判決が,乙1の記載から,乙1に係る調理用シートの発明を抽出して認定し,これと本件特許発明構成要件とを対比して両者は同一であると判断したことに,誤りはない。
(2) 控訴人の主張ア(ウ)(目的,形状(構成),作用,効果の相違)について 控訴人は,本件特許発明の「つまみ部」は,太く,短く,付け根のしっかりした形状が求められるものであるのに対し,乙1の調理シート8の「把持部」は,細く長い形状が求められるものであり,両者の形状(構成)が相違するところ,原判決は,本件特許発明における「つまみ部」と乙1の調理シート8の「把持部」の技術的思想の違いを看過し,そこから導かれる具体的な形状(構成)・効果の違いを無視している旨を主張する。
ア まず,本件特許発明の「つまみ部」の意義について検討する。
本件特許発明に係る特許請求の範囲の記載は,下記のとおりである。
記 「柔軟な薄膜状体であって,熱伝導部である平面部とつまみ部によって構成され,熱伝導部の端を延長して平面部から突出させたつまみ部を構成し,つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした料理シート。」 特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,引用発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123号参照)。これを本件についてみるに,本件特許発明の特許請求の範囲の記載には,上記特段の事情は見当たらないから,本件特許発明の要旨は,本件特許の請求項1に記載されたとおりに認定されるべきである。
そうすると,本件特許発明の「つまみ部」は,「熱伝導部の端を延長して平面部から突出させた」ものであると認められるにとどまり,控訴人主張のように「太く,短く,付け根のしっかりした」形状であることを含めて認定することはできない。なるほど,請求項1には,「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」と記載されているが,この記載は,「つまみ部」が「つまみ上げ」可能とされていること以上に,「つまみ部」の形状(構成)を規定するものではないから,この記載をもって,「つまみ部」が,太く,短く,付け根のしっかりした形状であると認めることはできない。この点につき,控訴人は,つまみ部をつまみあげるための合理的な形状が,「太く,短く,付け根のしっかりした」形状であり,その趣旨は,本件明細書(甲2)の中に記載されている旨を主張するが,本件明細書中には,つまみ部が上記形状のものであると記載されているわけではないし,上記形状が合理的であるとする根拠が示されているわけでもない。
したがって,本件特許発明の「つまみ部」の形状として,原判決が,構成要件Cの文言どおりに,「熱伝導部の端を延長して平面部から突出させた」点のみを認定したことに誤りはない。
また,「つまみ部」の機能についても,特許請求の範囲には「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」と記載されているのであるから,原判決がこのとおりに「つまみ部」の機能を認定したことにも何ら誤りはない。控訴人は,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明における記載を根拠にして,本件特許発明にいう調理物の変形を可能にする機能は,破れやすい卵焼きやクレープ生地を上手に調理できるようなものを意味すると主張するが,上記のとおり本件特許発明の認定は特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきものであるから,控訴人の主張は採用できない。
イ 一方,乙1の調理用シートの「把持部」の意義については,乙1の全体に記載された事項及び記載されているに等しい事項から把握すべきものであり,かかる観点から乙1を検討すると,当該「把持部」が「シートの一部を外方に突出して」成るものであること,及び,把持部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にするものであることを認定し得ることは,上記(1)イのとおりである。
なお,控訴人は,乙1の調理用シートの「把持部」は,ホットプレート本体が熱くてもつまみ上げられるようにするものであるから,細く長いことは必然の形状であり,また,その長さは,乙1に図示されるよりも更に延長された方が好都合である旨を主張するが,乙1には,「調理用シート8の一部を第1図及び第2図に点線で示す如くプレート本体1外に突出する位置まで延長して当該部分を把持部9,9とすれば,調理用シート8を容易に取出すことができ,特に使用後直ちに取出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理用シート8を取出せ,安全である。」(2頁左欄6〜13行)と記載されており,この記載からすると,把持部は,プレート本体1外に突出する位置まで延長するものであればその機能を果たすものというべきであり,細く長くする必然性は認められない。
また,控訴人は,原判決が,乙1の調理用シートの「把持部」は「これをつまみ上げることによって調理中の調理物の変形を可能にしたという構成を有するものであるということができる」(23頁7〜10行)と認定したことについて,当該把持部は調理終了後に調理用シートを取り出すための取っ手にすぎないことや,乙1の「調理用シート8の外周縁を中央部より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる」との記載も,単に調理用たれ等が「集まる」ことを示しているにすぎず,意図的に調理中の調理物を変形する操作を可能にしたものとはいえないから,原判決の上記認定は不当である,とも主張する。しかし,乙1に係る発明の発明者が,当該把持部の機能及び効果として控訴人主張のようなものを企図していたとしても,乙1に記載された調理用シートの客観的構成からして,これに接する当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって,調理中に把持部をつまみ上げることによって意図的に調理物の変形を行うことも可能であることは自明であるから,原判決の上記認定に誤りはない。
ウ そうすると,上記アのとおり認定された本件特許発明の「つまみ部」の形状,機能及び効果と,上記イのとおり認定された乙1記載の「把持部」の形状,機能及び効果とは,同一であるというべきであるから,原判決が,乙1に記載された調理用シートは本件特許発明構成要件C,Dを充足すると判断したことに,控訴人の主張する誤りはない。
エ 控訴人は,特許請求の範囲に記載されていない事項を本件特許発明の構成として主張できないのであれば,乙1の特許請求の範囲に記載されていない事項を含めて乙1記載の調理用シートの構成を認定し,これを本件特許発明と対比することは不公正である旨主張する。
しかし,上記(1)ア,イに述べたとおり,特許の新規性の判断に当たっては,引用発明となる乙1記載の発明は,乙1全体に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握すべきものであり,他方,本件特許発明は,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲のとおりに認定されるべきものであり,両者の認定の方法はそもそも異なるのである。控訴人の主張は,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
(3) 控訴人の主張ア(エ)(乙1記載の発明の実施不可能性)について ア 控訴人は,乙1の第1図,第2図の調理用シートは,@取り出し時に「余剰の調理用たれ,油分」の流出が生じること,A図示された把持部の形状・長さでは合理的でないこと,B繰り返し使用できないこと,から実施不可能であり,原判決が,本件特許発明新規性を否定するに当たって,乙1記載の調理用シートを引用したことは誤りであると主張する。
イ まず,調理用シートの取り出し時に「余剰の調理用たれ,油分」の流出が生じるか否かについてみると,乙1には,「調理用シート8の外周縁部をプレート本体1の内底面から内面側に跨る円弧面上に乗り上げたり或いは第3図の如くプレート本体1の内底面上に突設した環状突条10に乗り上げたりすることにより,調理用シート8の外周縁を中央部分より高くしておけば,余剰の調理用たれ,油分のプレート本体1上への流出を防止できる。」(2頁左欄14〜20行)と記載されている。この記載からすると,「余剰の調理用たれ,油分」の流出は,調理用シート8の外周縁を中央部分より高くしておくことにより防止できるのであるから,調理用シートの取り出し時においても,同様の状態としておくことにより,流出が生じないようにできることは明らかである。仮に,把持部9,9を把持し,調理用シートを二つ折り状態で取り出す場合であっても,例えば,二つ折り部の一側端を何らかの手段でつまみ上げ,つまみ上げた側に,調理用シート全体を少し傾けることによって,二つ折り部の両側端を中央部より高い状態にできるから,取り出し時に,必ず「余剰の調理用たれ,油分」の流出が生じるわけではない。
ウ 一方,把持部の形状・長さについて,まず,図示された把持部の長さでは合理的でないかどうかについてみると,乙1には,「調理用シート8の一部を第1図及び第2図に点線で示す如くプレート本体1外に突出する位置まで延長して当該部分を把持部9,9とすれば,調理用シート8を容易に取出すことができ,特に使用後直ちに取出す場合高温状態にあるプレート本体1に触れることなく調理用シート8を取出せ,安全である。」(2頁左欄6〜13行)と記載されている。この記載からすると,第1図,第2図に図示されている程度に把持部9,9がプレート本体1外に突出する位置にあれば,本体1に触れることなく調理用シート8を取り出すことができるものと解され,それ以上に突出長さを長くする必然性は認められないから,図示された把持部の長さでは合理的でないということはできない。そして,把持部の長さを延長すると安定性に欠けるとか,把持部を幅広にすると密着性に欠けるとかの控訴人の主張も,図示された把持部の長さでは合理的でないことを前提としたものであるから,これらの主張も採用することができない。
次に,図示の把持部ではずり落ちるかどうかについてみると,乙1には,「調理用シート8を保形手段を以って緊張状態に保ち,調理時調理物を雑返した際に調理用シート8にしわが寄るのを防止する」(2頁左欄22〜25行)と記載されており,確かに,保形手段を設けないと,柔軟性のある調理用シートの場合,調理時にしわが寄って,調理用シート8の外縁部がずり落ちることが想定される。しかし,仮に,ずり落ちが生じるようであれば,雑返しの際に,把持部を把持するなどしておけば,ずり落ちは防止できるから,ずり落ちが生ずる可能性があるからといって,乙1に記載された調理用シートが実施不可能なものであるとはいえない。
エ さらに,繰り返し使用できないかどうかについてみると,乙1には,「使用後は調理用シート8をプレート本体1より取出して該シートを丸洗いすればよく」(1頁2欄31〜32行)と記載されており,当該調理用シートは,繰り返し使用を前提としたものであることは明らかである。仮に,使用回数を重ねることによって,当初から予定されている性能を発揮できなくなるとしても,それは製品の寿命が尽きたからであって,このことを理由に乙1に記載された調理用シートが実施不可能であるということはできない。
オ 以上のとおり,乙1記載の調理用シートは実施不可能であるから引用発明となし得ないとの控訴人の主張は,その前提において理由がなく,採用することができない。
(4) 控訴人の主張イ(原判決の違憲性)について ア 同(ア)の主張について 控訴人は,既に特許された発明であって,並び立つことのできる二つの特許のうちの一つをもって他を無効とする場合には,@当該二つの特許の厳格な意味での同一性と,A当該並んで存在することの特別の不都合性とが,ともに立証されるべきであり,上記二点につき不明確なまま原判決が本件特許発明に係る特許に無効理由があるとしたことは,特許権者である控訴人の憲法29条に保障された財産権を剥奪するものであって違法である等と主張する。
しかし,本件特許発明新規性についての原判決の判断に誤りのないことは,上記(1)〜(3)において説示したとおりである。特許を無効とするためには上記@及びAの二点の立証が必要であるとの控訴人の主張は,独自の見解であって採用できない。
そして,本件訴訟において特許法29条1項3号の適用の有無を判断するに当たっては,その判断資料につき特段の制約は加えられていないのであるから,乙1に記載された発明を引用例として控訴人の有する本件特許発明に係る特許に無効理由があると判断したとしても,何ら違法となる余地はなく,それが財産権の保障を定めた憲法29条に違反することもないことは明らかである。
控訴人の上記主張は理由がない。
イ 同(イ)の主張について 控訴人は,原判決が本件特許発明と乙1記載の調理シートとの効果の相違を看過したことは,審査基準の前記抜粋Tに照らし不当であり,また,本件特許発明構成要件D(「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」)についての原判決の認定は,審査基準の前記抜粋Uに照らして不当であると主張する。
しかし,特許庁が特許出願に対する審査の際に用いる審査基準の前記抜粋Tが,特許の進歩性(特許法29条2項)に係る基準の一部であることは当裁判所に顕著であるから,本件特許発明新規性(同29条1項3号)が問題となっている本件においては,審査基準の抜粋Tの記述を理由とする控訴人の主張はその前提において理由がない。
また,本件特許発明構成要件Dについて,原判決は,これが機能によって物を特定する文言であることは認めているのであって,審査基準の前記抜粋Uに即した判断をしているものである。原判決は,その上で,構成要件Dである「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」という機能の点においても,本件特許発明と乙1記載の調理シートの間に相違がないと判断しているのであり,かかる判断に誤りがないことも,前記(2)で説示したとおりである。
よって,控訴人の上記主張も,採用することができない。
ウ 同(ウ)の主張について 控訴人は,審査基準の前記抜粋Vの記載に照らし,本件特許発明と乙1記載の調理用シートはその用途においても区分される,と主張する。
しかし,原判決が,乙1の記載から「把持部9,9をつまみ上げることによって調理中に調理物の変形を可能にした調理シート」の発明を抽出して認定したことに誤りがないことは,上記(1)のとおりである。そうすると,構成要件D(「つまみ部をつまみ上げることで調理中に調理物の変形を可能にした」)及び同E(「料理シート」)を有する本件特許発明との間に,用途の点においても相違はないことに帰するから,控訴人の上記主張もまた採用の限りでない。
3 結論 以上によれば,その余について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求は理由がなく,これと結論を同じくする原判決は正当として是認することができる。
よって,本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉