関連審決 | 不服2002-12430 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17行ケ10820審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10097審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10429審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10171審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18行ケ10550審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 容易に実施 / 実施可能要件 / 試行錯誤 / 複雑高度な実験 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10720号
審決取消請求事件
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原告 株式会社ヒューネット・ディスプレイテクノロジー(審決上の表示 株式会社ヒューネット) 原告X 原告ら訴訟代理人弁理士 平田忠雄,遠藤和光 被告 特許庁長官中嶋誠 指定代理人 向後晋一,平井良憲,立川功,田中敬規 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/09/20 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告らの請求を棄却する。 訴訟費用は,原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告らの求めた裁判
「特許庁が不服2002-12430号事件について平成17年8月22日にした審決を取り消す 」との判決。。 |
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事案の概要
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。 本件は,原告らが,本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯(1) 本願発明(出願人は,その後,株式会社フロンティア・ジャパン 出願人:株式会社ブライト研究所及び株式会社ヒューネットを経て 原告X 原告株式会社ヒューネット・ディスプレイテクノロジー ,,に変更されている )。 発明の名称: ネマティック液晶の駆動方法」 「出願番号:特願平9-267819号出願日:平成9年9月12日(甲1)手続補正日:平成10年4月22日(甲4)手続補正日:平成13年11月2日(甲7)(2) 本件手続拒絶査定日:平成14年5月24日付け審判請求日:平成14年7月4日(不服2002-12430号)手続補正日:平成14年8月2日(甲11)補正却下決定:平成16年10月6日(平成14年8月2日付け手続補正に対して。甲13)手続補正日:平成16年12月6日(甲2)審決日:平成17年8月22日審決の結論: 本件審判の請求は,成り立たない 」 「。 審決謄本送達日:平成17年9月6日(原告らに対し)2 本願発明の要旨(平成16年12月6日付けの手続補正後のもの。以下,請求項1〜4記載の発明を総称して「本願発明」という )。 【請求項1】2つの電極に挟まれたネマティック液晶の駆動方法において,前記2つの電極間に1フレーム期間内で前記2つの電極間の平均電圧がほぼ0となる様に画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップと,前記2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを前記1フレーム期間中に行うことを特徴とするネマティック液晶の駆動方法【請求項2】2つの電極に挟まれたネマティック液晶の駆動方法において,前記2つの電極間に1フレーム期間内で前記2つの電極間の平均電圧がほぼ0となる様に画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップと,前記2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを前記1フレーム期間中に行うことにより,ネマティック液晶の応答速度を速めることを特徴とするネマティック液晶の駆動方法【請求項3】2つの電極に挟まれたネマティック液晶の駆動方法において,前記2つの電極間に1フレーム期間内で前記2つの電極間の平均電圧がほぼ0となる様に画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップと,前記2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを前記1フレーム期間中に行うことにより,前記ネマティック液晶の光透過率が変化した後,光透過率が元の状態に戻ることを促進することを特徴とするネマティック液晶の駆動方法【請求項4】2つの電極に挟まれたネマティック液晶の駆動方法において,前記2つの電極間に,画像データに応じた電圧を1フレーム期間内で前記2つの電極間の平均電圧がほぼ0となる様に極性反転を行って印加する第1のステップと,前記2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを前記1フレーム期間中に行うことにより,前記ネマティック液晶の光透過率が変化したときに,その光透過率の変化速度を速めることを特徴とするネマティック液晶の駆動方法。 3 審決(甲1)の要点,,( () 審決は 以下のとおり 本願明細書 願書に最初に添付された明細書 甲3の1の発明の詳細な説明に,平成10年4月22日及び平成16年12月6日付け手続補正書による変更が加えられたもの 以下同様の記載は不備であり 特許法36 。。),条4項の規定により特許を受けることができないとした。 「明細書の【0026】〜【0029】では,応答速度がフレーム周期や液晶材料,液晶パネルの温度などに依存すると記載しており,3色バックライトによるカラー化を実現できる応答速度を持つ液晶パネルに必要な駆動周期を8ms以下( 0016 )としておきながら,ど 【】のような条件 液晶材料 液晶パネルの温度 電圧 パルス幅 基板間隔 電極形態 マトリッ (, ,,,,(クス電極等 ,フレーム周期,など )で,上記のように応答速度が速いネマティック液晶の駆 )。 動方法が実現できるのか,具体的な実施例が何ら記載されていない。 また 本願発明は 画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する 平成16年12 ,「 」 (月6日付手続補正書の請求項1〜3)ものであって 「画像データに応じた」というからには ,複数画素の駆動を行うものであることは明らかであるが,その場合に液晶表示装置の駆動方法として,TFT駆動であれ単純マトリクス駆動であれ,複数画素に対して具体的にどのような駆動がなされるのかが明細書を見ても不明である。 よって,本願発明は,依然として,当業者が容易に実施しうるものではない 」。 |
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原告らの主張の要点
1 本件出願当時の技術水準本件出願時には,@TN(ツイステット・ネマティック)液晶及びSTN(スーパーツイステット・ネマティック)液晶を含むネマティック液晶を使用した液晶表(.(),.( )), 示素子の構造及びその動作原理 甲17の図3 2 46頁 図3 4 48頁Aネマティック液晶の応答速度が強誘電性液晶及び反強誘電性液晶の応答速度より遅いこと(甲18の表6.1(251頁,Bカラーフィルターを使用した液晶表 )示素子のカラーフィルターの凹凸がコントラスト低下を招くこと(甲17の..(),.( ),.( )), 図3 13及び図3 14 60頁 図3 17 63頁 図3 18 64頁Cカラーフィルターを使用した液晶表示装置の画素数はフィールド順次方式の液晶表示装置の画素数の1/3になること(甲19の2頁左上欄4〜7行 ,Dフィー)ルド順次方式の液晶表示装置の構造及び動作原理,当該液晶表示装置に使用される赤,緑,青のバックライトの構造及び動作原理(甲17の115〜135頁)が技術水準として確立していた。 また,液晶の応答速度の厳格な定義は存在せず,液晶の応答速度を規定するときは,その都度測定基準となる透過率のしきい値を定めて表すのが一般的である。したがって,被告が主張するように,液晶の応答速度は,電界印加による立上り時間τ と電界除去による立下り時間τとの和で定義されるとは断定できない。 on off2 取消事由(実施可能要件の充足性についての判断の誤り),「(, ,,, (1) 審決は どのような条件 液晶材料 液晶パネルの温度 電圧 パルス幅基板間隔,電極形態(マトリクス電極等 ,フレーム周期,など)で,上記のよう )に応答速度が速いネマティック液晶の駆動方法が実現できるのか,具体的な実施例が何ら記載されていない (甲1の2頁26〜30行)とする。 」ア しかしながら,本願明細書の段落【0016】に「図1及び図2におけるネマティック液晶パネルは従来から使われているTN液晶または,STN液晶を使用し,液晶材料及びセルギャップなどを最適化して高速化したパネルであって,図1及び図2における液晶パネルは同一のパネルについてのものである」と記載されているように,本願発明の実施形態におけるネマティック液晶パネルの構成は従来の技術と同一である。 イ 以下,審決が挙げる条件について個別に検討する。 (ア) 液晶材料【】 , ,, 本願明細書の段落 0016 の記載から明らかなように 液晶材料は 例えばTN液晶あるいはSTN液晶である。これらのネマティック液晶材料の選択は,当業者の技術常識に属する。 (イ) 液晶パネルの温度ネマティック液晶表示装置が室温で使用される範囲において,液晶パネルの温度が特に問題にされることはない。これも当業者の技術常識である。 (ウ) 印加電圧甲17の図3.3(46頁)には,STN液晶が約2Vの印加電圧を境にして透過率が90%以上の値と10%以下の値の範囲で変化することが示され,TN液晶は約2V以下の印加電圧によって90%以上の透過率になり,約2.4V以上の印加電圧によって10%以下の透過率になることが示されている。また,甲17の図7.5(144頁)には,TN液晶を使用したアクティブマトリクス型LCDとスタティック型LCDにおける透過率が約2 0Vの近傍で約90%以上と約10 ,.%以下の間で変化することが示されている。このような技術常識によれば,液晶の印加電圧は液晶材料の決定により一義的に決定されるものであり,当業者であれば液晶材料に応じて決定し得るものといえる。 本願明細書,甲19,20,23,24は,印加電圧値を記載していないが,こ。, れは技術常識に属するのでわざわざ記載を要しないためである 図1の電圧V1は従来より採用されているV2に相当する5Vの電圧より大きい6Vの電圧であってもよく,また甲17の128頁に記載された8Vの電圧であってもよい。 このように,液晶の印加電圧の設定は,本件出願当時の当業者の技術常識に属するものであり,本願明細書に記載がなくとも当業者が本願発明を実施することを妨げるものではない。 (エ) パルス幅本件出願前の平成9年4月15日に公開された特開平9-101497号公報(甲21)は,段落【0013】及び図2において,120H 程度のR,G,Bzの色フレームを示している また 甲21の段落0014 0016 及び図3 4 。, 【 】【】,は,1〜256枚の間で任意の階調を設定できる6.5msの色フレームを示している また 本件出願前の平成8年9月13日に公開された特開平8-234161 。,号公報(甲22)は,甲21の図3,4に相当する図3,9において,甲21とほぼ等しいパルス幅を示している。 したがって,色フレームに応じて定まる液晶に印加される電圧のパルス幅の設定は技術水準を構成するものであり,本願発明においては,フレーム周期である8msに応じて定まるパルス幅である。 (オ) 基板間隔(セルギャップ)甲17の表3.1(48頁)においては,TN液晶とSTN液晶を使用する液晶表示素子のセルギャップが,5〜10μ及び5〜8μ であることが示され, mm必要なギャップコントロール精度が±0.5μ 及び±0.1μ であると記載 mmされている。甲17の128頁には2μmとの記載もあり,高速化のためにセルギャップを1〜2μmにすることも当業者の技術常識であったといえる。 また,本願明細書の段落【0016】には「図1および図2におけるネマティック液晶パネルは従来から使われているTN液晶または,STN液晶を使用し液晶材料及びセルギャップなどを最適化して高速化したパネルであって,図1及び図2における液晶パネルは同一のパネルについてのものである との記載がある 甲17 。」。 (.)( ) , , , , の 3 1 式 54頁 によれば 応答速度τは 液晶の粘度ηに比例し かつセルギャップdの2乗に比例するのであり,このような技術常識に基づけば,本願明細書に具体的な数値の記載がないとしても,当業者は基板間隔を最適化することができる。 (カ) 電極形態(マトリクス電極等)甲17の図7.7(148頁 ,図7.9(152頁 ,図7.15(163頁) ))は,電極形態(マトリクス電極等)を示している。また,甲20は,発明の名称を「液晶マトリクス・ディスプレーの温度補償方法と装置」としながら,1つの表示セル(図2,3)を示すにとどまっているが,これは,マトリクス電極は当業者の技術常識にすぎないので,省略しているものと考えられる。 電極形態(マトリクス電極等)の構成は技術常識であり,本願明細書に記載がなくとも,当業者であれば理解し得るものである。 (キ) フレーム周期甲21の段落【0013】及び図2は,120H の色フレームと40H の映 zz像を色合成フレームを示している また 甲22の段落 0022 及び図1は 40 。, 【 】 ,H 〜50H の映像フレームと,120H〜150H の色フレームを示して zz z zいる。フレーム周期の設定は本件出願当時の技術常識に基づいて,当業者が容易に行うことができる。 (ク) 以上のとおり,(ア)〜(キ)の各条件は,当業者の技術常識に属する事項であり,本願明細書に記載がないとしても,当業者であれば容易に設定し得るものである。 ウ 本願明細書の段落【0021】及び図2は,従来のネマティック液晶の駆動方法を示している。図2の従来のネマティック液晶の駆動方法における液晶表示パネルはノーマリーブラックモードである。また,液晶材料はTN液晶又はSTN液晶と記載されている。図2において,印加電圧の絶対値V2を決定しようとするとき,甲17の図3.3(46頁)及び図7.5(144頁)記載の技術常識を参酌できる。このような技術常識に基づくと,図2における電圧V2を,例えば,約5Vに設定することができ,また,図2の各期間T1〜T6は,甲21,22記載の技術常識を参酌すると,例えば,120H 〜150H に設定することができ zzzmsms る 150H とすると 各期間T1〜T6は それぞれ 約6 7 であり 8 。,,,.,以下となる。 従来のネマティック液晶の駆動方法によると,T1,T2,T4,及びT6の全期間内で絶対値V2の電圧をTN液晶又はSTN液晶に印加している。このため,TN液晶又はSTN液晶の高速化は実現されていない。これに対し,本件特許出願の発明の実施の形態のネマティック液晶の駆動方法によると,本願明細書の段落【0020】及び図1に説明されるように,期間T1,T2,T4及びT6の各期,(, 間の前半において 図2に示されているV1>V2の条件を満たす絶対値 例えば約6V)の電圧V1を印加し,当該期間の後半において,0Vの電圧を印加する。 この印加方法により,TN液晶又はSTN液晶の透過率が約6.7msという高速で変化する。もちろん,ここでも,段落【0024】に説明されるように,ノーマリーブラックモードである。 本願明細書の段落【0020】及び【0022】においては,本願発明の実施の形態のネマティック液晶の駆動方法が応答速度を高速化する理由について,@図1において,図2のV2より高い電圧V1を印加する,Aその後,一定周期で一定の時間,印加電圧の絶対値を0Vにするためであると説明されているのであり,このような本願明細書の記載に加えて,技術常識から自明な事項を参酌すると,本願明細書には,応答速度を高速化するネマティック液晶の駆動方法が,当業者が実施できる程度に記載されているということができる。 (2) 審決は 「その場合に液晶表示装置の駆動方法として,TFT駆動であれ単 ,純マトリクス駆動であれ,複数画素に対して具体的にどのような駆動がなされるのかが明細書を見ても不明である (甲1の2頁末行〜3頁2行)としている。 。」しかしながら,本願明細書の図1(本願発明)の基礎とされている図2(従来技術)の波形図は,1画素の説明を行うためのものである。また,図1及び図2は,ネマティック液晶の印加電圧の変化に対する光透過率の時間変化を示す図面であり,1フレーム周期でTFT(薄膜トランジスター)がon状態となるのが1回に限られるわけではない。したがって,被告の主張は誤解に基づくものである。 本願発明の図2では,期間T1,T2,T4,T6においてV2と-V2の電圧がほぼ等周期(T/6)で切り替わっていることから,ゲートパルスの周期(走査周期)はT/6と理解することが当業者であれば容易であり,本願発明の図1を同一周期で走査すると考えれば,容易にTFTの図1の印加電圧波形を実現できると考えられる。図1において,印加電圧の絶対値がV1から0Vになるタイミングにおいて,TFTのゲートに操作信号としてのゲートパルスを印加する必要があること及び図1においてそれが省略されていることは,当業者が容易に理解できることである。 そうすると,審決が 「その場合に液晶表示装置の駆動方法として,TFT駆動 ,であれ単純マトリクス駆動であれ,複数画素に対して具体的にどのような駆動がなされるのかが明細書を見ても不明である」と認定判断したのは,誤りである。 。 3結論審決は,本件出願当時の技術水準を十分に斟酌しないまま,本願明細書の記載が不備であり,特許法36条4項に反すると結論付けたもので,その判断は誤りである。 |
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被告の主張の要点
原告らの主張する取消事由は,いずれも理由がなく,審決に違法な点はない。 1 本件出願当時の技術水準出願時の技術水準をまとめると,以下のとおりである。 ア TN,STNなどのねじれネマティック型液晶の応答速度は,電界印加による立上り時間τ と電界除去による立下り時間τ との和で定義される。電界除on off去による立下り時間τ は,セルギャップが薄いほど速くなり,また,液晶材料 offの物性である粘度や弾性定数の関数でもあり,粘度が低いほど,弾性定数が大きいほど速くなる一方,電界とは無関係である(乙1の110頁 。)イ STN型の一般的な応答速度は,130〜300msである。セルギャップを2.1μmに狭めたものでは19msを達成した。また,走査線を複数選択する新しい駆動法に用いる液晶の応答速度は100ms程度である (乙1。 ,, 【】【】,【】, の128 175頁 乙2の段落 00380039 乙3の段落 0047乙4の段落【0052 )】ウ STN型の場合,TN型に比べて表示容量の増大に伴って急激に応答速度が遅くなり,テレビなどの動画表示に不向きとなる。TN型で単純マトリクス電極による時分割駆動を行う場合には,表示容量に限界がある (乙1の124,175 。 頁)エ TN型セルを用いたTFTによる駆動法では,順次,走査電極にゲートパルスを印加していき,その走査電極に接続されている行の画素のTFTをon状態にし,それに同期して表示画素の信号電極に電圧を印加する。フレーム周期後に再び選択されるまでの間,TFTはoff状態となっているため画素は信号電極と切り離されており,いったん蓄えられた電荷はその間保持される (乙1の135。 〜136頁)2 取消事由(実施可能要件の充足性についての判断の誤り)に対して(1) 原告らは,応答速度が速いネマティック液晶の駆動方法がどのように実現できるのかについて,本願明細書には何ら記載されていないとした審決の認定判断は誤りであると主張する。 しかしながら,願書に添付すべき明細書においては,発明をどのように実施するかに関し,@その方法による機能・特性が技術水準等から予測される機能・特性より著しく隔たっており,なおかつそのような機能・特性に関して理論的な解明がなされていないとき,A技術水準等を考慮しても,方法を実施するに際し,構成要素の選択・組合せなどが相当多岐にわたり,当業者がそのような方法を実施するために,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるときには,具体的な実施例を記載しなければならない。 ア 上記@に該当するかどうかについて本願明細書によれば,液晶の応答速度は8ms以下であることが理解できる。他方,STN型の一般的な応答速度は,130〜300msであり,セルギャップを2.1μmに狭めた特殊なものでも19ms程度である。また,走査線を複数選択する新しい駆動法に用いる液晶,材料を工夫して応答速度を速くしたSTN液晶表示パネルの応答速度にしても100ms程度である。したがって,本願発明の応答速度8ms以下という値は,技術水準をはるかにしのぐ値であることが分かる。 電界除去による立下り時間τ は,電界とは無関係な,専ら液晶材料の物性及offびセルギャップにより決まる時間である。したがって,同じ仕様の液晶セルである本願明細書の図1と図2とでは,電界除去による立下り時間τ は,理論的にはoff同じ時間になるはずである。ところが,本願明細書の図1(本願発明)では図面で見る限り4ms程度であるのに対し,図2(従来例)では8ms(フレーム周期)をオーバー(フレーム周期内においても十分に立ち下がっていない)しており,大きく異なる。電界除去による立下り時間τ は電界とは無関係なのであるから,off印加電圧の波形の違いのみでは両者の違いを到底理解し得ない。 そして,かかる効果について本願明細書には段落【0022】に「一定周期で一定の時間,印加電圧の絶対値が必ず0Vにすることにより,白から黒に変化する時間も高速化することができる」とだけ説明されている。かかる印加電圧の変化は,図2の従来例でもT2からT3へ遷移する過程で同様に生じているから,この説明ではかかる効果が本願発明でだけ奏せられる理由を説明したことにはならない。 したがって,本願発明の駆動方法による液晶の応答速度は,技術水準等から予測される応答速度より著しく隔たっており,なおかつそのような応答速度が達成可能であることに関し理論的な解明がなされていないから,本願発明が上記@の場合に該当することは明らかである。 イ 上記Aに該当するかどうかについて審決で具体的に指摘した条件が,技術水準を考慮した場合に,実施できる程度に特定できるかについて検討する。 (ア) 液晶材料について原告らは,液晶材料は,例えばTN液晶あるいはSTN液晶であると主張しているが,液晶の応答速度は液晶材料及びその物性によって大きく異なることから,本願明細書に記載された所期の性能(応答速度8ms以下)を当業者が確認するためには,技術水準で想定される液晶材料の範囲内において材料の選択,物性の調整などに相当程度の試行錯誤を余儀なくされることは明らかである。 (イ) 液晶パネルの温度について原告らは,ネマティック液晶表示装置が室温で使用される範囲において,液晶パネルの温度が特に問題にされることはないと主張しているが,液晶の応答速度は液晶材料の物性(粘度,弾性定数など)によって大きく異なる。特に粘度は温度の関。, 数なので液晶パネルの温度条件によって応答速度は変化する 本願発明においては通常の応答速度に比べて著しい高速化が達成されたのであるから,出願人はその温度条件を具体的に開示すべきであって,それが明らかでない状況では,当業者は,明細書に記載された所期の性能を確認するために様々な温度条件での試験をしなければならないことになる。 (ウ) 電圧について原告らは,液晶の印加電圧は液晶材料の決定により一義的に決定されるものであり,本願明細書で印加電圧の値を記載していないのはそれが技術常識に属するためであると主張する。しかしながら,本願発明では液晶材料の開示がないばかりでなく,電圧値についても記載がない。その結果,本願明細書に記載された所期の性能(応答速度8ms以下)を確認するためには,液晶材料の選択,物性の調整及びそれに見合った電圧の設定などに相当程度の試行錯誤を余儀なくされることになる。 (エ) パルス幅について原告らは,色フレーム周波数がほぼ等しい甲21と22とは,図面を見るとほぼ等しいパルス幅を示しているから,電圧のパルス幅は色フレームに応じて定まると主張しているが,甲21,22のものは,本願発明のように1フレーム期間内で液晶が立上り,立下りを終了する駆動方法とは異なる液晶の累積的な応答による駆動方法を用いるものである。それゆえ,駆動方法の異なるもののパルス幅を直ちに本願発明に適用できるとは,当業者といえども想定し得ない。 (オ) 基板間隔について原告らは,本願発明のネマティック液晶パネルは,従来から使われているTN液晶又はSTN液晶を使用し,液晶材料及びセルギャップなどを最適化したものであって,甲17には,その最適化の結果として,通常は5〜7μmであると記載されていると主張する。 しかしながら,本願発明のセルギャップは,本願明細書を見ても特許請求の範囲の記載から見ても,上記数値範囲に特定されるものとしては記載されていない。 結局,明細書の開示内容に従えば,本願発明を実施しようとする当業者は,所期の性能を達成可能なセルギャップを自ら見つけ出さなければならず,その他のパラメータとの組合せも考慮すれば,その作業は膨大なものとなる。 (カ) 電極形態(マトリクス電極等)について原告らは,本願発明の電極形態(マトリクス電極等)の構成は,本件出願当時の技術水準を構成するものであると主張しているが,原告らが根拠とする文献等は,いずれもTFTなどのスイッチング素子を用いたアクティブマトリクス型表示素子に関するものである。しかしながら,後記のとおり,原告らが主張する技術水準及び本願明細書の開示によっては本願発明をTFT方式で実施することはできない。 また,STN型については段落【0011 【0016】などにそれぞれ「ST 】,N型のネマティック液晶 「STN液晶」の記述があるが,電極形態及び当該電極 」に印加される電圧波形についての開示はない。STN型であれば,単純マトリクス駆動が通常であるから,その電極形態については想定可能であるが,対向する上下,。, 電極に印加される電圧波形は種々のものがあり 想定可能とはいえない すなわちSTN型の単純マトリクス駆動で本願発明を実施する当業者は対向する上下電極に具体的な電圧波形を印加する必要があるが,本願明細書の図1に開示された印加電圧は,上下電極に具体的な電圧波形を印加した結果,液晶に作用するであろう印加電圧を示したものであって,上下電極に印加すべき具体的な電圧波形を開示したものではない。 したがって,本願発明の実施をしようとする当業者は,上下電極に印加すべき具体的な電圧波形を,図1に開示された印加電圧から導き出さなければならず,多様性のある中からそのような駆動電圧波形を選択することは,技術水準等を考慮しても困難であることは明らかである。 (キ) フレーム周期について原告らは,甲21,22は,120Hz程度の色フレームを示しているので,フレーム周期の設定は本件出願時の技術水準を構成するものである旨主張している。 確かに,フィールドシーケンシャル方式でテレビ画像を表示しようとすれば,フレーム周波数は120Hz以上必要であり,フレーム周期は,本願明細書の段落【0016】に記載された8ms程度以下となるが,かかる記載はテレビ方式から自ずと求められる計算値を示したものにすぎない。また,甲21,22に記載されたものは,液晶の累積的な応答による駆動方法を用いるものであり,これとは駆動方法の異なる本願発明がこのようなフレーム周期でブラウン管並みの動画表示を可能にしたことを証明するものではない。 (ク) 上記(ア)〜(キ)によれば,技術水準等を考慮しても本願発明の駆動方法を実,, ,,, , 施するに際し 液晶材料 液晶パネルの温度 印加電圧 パルス幅 フレーム周期基板間隔,電極形態など構成要素の選択・組合せなどが相当多岐にわたり,当業者が本件駆動方法を実施するために,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を余儀なくされることになり,事実上,本願発明を実施することは不可能であるといえる。 ウ 以上のとおり,本願発明は上記@,Aの場合に該当し,具体的に示した実施例を記載する必要があるところ,本願明細書には何ら具体的実施例が開示されていない。本願発明のTN液晶等における具体的な数値等が,技術水準を具体化したものであるというのであれば,その具体的内容を明細書に当初から開示すべきであって,それを開示しない本願発明は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないというべきであり,また,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反する。 よって,審決が 「どのような条件(液晶材料,液晶パネルの温度,電圧,パル ,ス幅,基板間隔,電極形態(マトリクス電極等 ,フレーム周期,など)で,上記 )のように応答速度が速いネマティック液晶の駆動方法が実現できるのか,具体的な実施例が何ら記載されていない」と認定判断したことに誤りはない。 。 (2) 原告らは,審決が複数画素に対して具体的にどのような駆動がなされるのかが明細書を見ても不明であると認定判断したのは,誤りであると主張する。 ア 本願明細書の図2(従来技術)が複数画素の説明をしているとすると,全ての画素について図2の上に示された印加電圧が加わることから,各画素はTl,T2,T4,T6の各フレームにおいて全て点灯し,T3,T5の各フレームにおいては全て消灯(完全に立ち下がらないことから半点灯状態)することになるが,これでは画像の表示ができない。これとの比較で,図1のものも,複数画素とは理解できない。 TFT方式においては 「順次,走査電極にゲートパルスを印加していき,その ,走査電極に接続されている行の画素のTFTをon状態にし,それに同期して表示画素の信号電極に電圧を印加する。フレーム周期後に再び選択されるまでの間TFTはoff状態となっているため画素は信号電極と切り離されており,いったん蓄えられた電荷はその間保持される (乙1の135〜136頁)のであるから,T 。」FT方式の画素の構造における画素電極と共通電極との間に,本願発明の図1に示されている印加電圧Vlが印加されれば,その電荷は1フレーム周期の間保持され,。 ることになり 本願発明の図1に示されたような光透過率の変化は生じようがない仮に,同図1の印加電圧に記載されているような波形の変化が1フレーム周期の間にTFTに加わったとすると,V1で蓄積された電荷が一瞬のうちに-V1で放電させられることになるから,その間の電圧の絶対値に応答して液晶は多少は応答するにしても,1フレーム期間(ないしはそれに近い期間)において電荷の蓄積はできないことから,通常のTFT駆動による通常の表示はできないことになる。 また,原告らが主張するように,期間Tl,T2,T4,及びT6の各期間の前半において 図2に示されているV1>V2の条件を満たす絶対値が 例えば 約6 ,,,,, , Vの電圧V1を印加し 当該期間の後半において 0Vの電圧を印加するとしても本願明細書には,当該期間の後半に,それまで保持されている電荷を放出して0Vにするような手段は全く開示されていない。 以上のように,原告らの提示した技術水準を考慮しても本願明細書の記載内容では,TFT方式で本願発明のような印加電圧波形及び光透過率変化を生じせしめることは当業者といえども困難であるから,結局,TFT方式に関しては,1画素の駆動方法についても明らかではない。 イ さらに,単純マトリクス駆動によれば,複数画素化には,特に応答速度に関し解決すべき課題があるのが出願時の技術水準であるといえる。本願発明は,本願明細書の段落【0012】に「動画再生においてブラウン管を使用したディスプレイと同等以上の性能を得ることを可能とする」と記載しているのであるから,少なくとも応答速度が8ms以下の性能の単純マトリクスであれば,どの程度の表示容量(走査線数など)で,上下の対向する電極にそれぞれどのような電圧波形を印加して,どの程度のコントラストで,達成することができたのか具体的に開示する必要がある。これを開示することなく単一画素における液晶層への印加電圧波形,すなわち上下の電極に然るべき電圧波形を印加した結果,理論的に得られるであろう波形を開示しただけでは,複数画素で動画表示を達成することができたとしても,当業者が本願発明を再現してこれを評価することが著しく困難であることは明らかである。 ウ 以上のとおり,TFT方式によるアクティブマトリクス型表示素子で本願発明を実施しようとしても,開示が不十分で,実施することができず,また,STN型(単純マトリクス)で複数画素の動画表示が可能であるか再現しようにも開示が不十分で実施することができないことは明らかであるから,審決が 「その場合に,液晶表示装置の駆動方法として,TFT駆動であれ単純マトリクス駆動であれ,複数画素に対して具体的にどのような駆動がなされるのかが明細書を見ても不明である 」と認定判断したことに誤りはない。 。 3結論以上のとおり,本件出願当時の技術水準を考慮しても,本願明細書の記載が不備であるとした審決の認定及び判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由にはいずれも理由がない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由(実施可能要件の充足性についての判断の誤り)について原告らは,本願明細書には本願発明が当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとした審決の判断は誤りであると主張する。 (1) まず,本願明細書に記載されている事項について検討する。 ア 本願明細書には,以下の記載が存在する。 「 0009 【発明が解決しようとする課題】カラーフィルタを使用しないカラー液晶表示 【】装置としては,特開平1-179914の様に,白黒液晶パネルと3色バックライトを組み合わせてカラー表示を行う方法が提案されており,カラーフィルタ方式に較べ,安価に高精細のカラー表示を実現出来る可能性がある。しかしながら,従来の液晶駆動方法では,ネマティック液晶の応答速度は数十ミリセカンドから数百ミリセカンドかかっていた 従って ネマティッ 。,ク液晶を使った液晶パネルでは,3色バックライトによるカラー化を実現できる応答速度である8ミリセカンド以下の応答速度を得ることは困難だと思われていた。 【0010】高速に動作する液晶パネルとして,強誘電液晶や反強誘電液晶を使った液晶パネルが提案されているが,液晶のセルギャップが1μm以下と非常に狭いギャップにする必要があるなど製造が困難であり,実用化に至っていない。 【0011】本発明が解決しようとする課題は,駆動方法の変更により,従来から用いられているTN型やSTN型のネマティック液晶の応答速度を速め,前述の3色バックライトによるカラー化や,動画再生においてブラウン管を使用したディスプレイと同等以上の性能を得ることを可能とすることであり,即ち,応答速度が速いネマティック液晶の駆動方法を提供するものである 」。 0012 課題を解決するための手段 前記の課題を解決するためになされた本発明は 2 【】【】 ,つの電極に挟まれたネマティック液晶の駆動方法において,前記2つの電極間に1フレーム期間内で前記2つの電極間の平均電圧がほぼ0となる様に画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップと前記2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを前記1フレーム期間中に行うことを特徴とするものである。また,前記の課題を解決するためになされた本発明は,従来の液晶の駆動回路と異なるタイミングで液晶に電圧を印加することにより,液晶の応答速度を速めることを特徴とするものである。 【0013】本発明人は,3色バックライトによるカラー化を実現できる応答速度を持つ液晶パネルを開発するために,ネマティック液晶の印加電圧波形と光透過率の動的な特性の測定を行ったところ,印加電圧の波形によっては,印加電圧が変化した時に,光透過率が高速に変化する状態が存在することがわかった。 【0014】この光透過率が高速に変化する状態を,繰り返し発生させることにより,従来の駆動方法に較べて応答速度が遥かに速く,明るく低消費電力のカラー液晶パネルを得ることが可能となった 」。 イ 以上の記載によれば,@カラーフィルタを使用しないカラー液晶表示装置における液晶駆動方法は,安価で高精細のカラー表示を実現できる可能性があるが,ネマティック液晶の応答速度は数十msから数百msを要するという問題があったこと,Aこれを解決するための方法として,液晶のセルギャップを1μm以下と非常に狭くすることも考えられるが,製造が困難であることなどから,実用化に至っておらず,3色バックライトによるカラー化を実現できる応答速度である8ms以下の応答速度を得ることは困難であったこと,B本願発明は,駆動方法の変更により,従来から用いられているTN型やSTN型のネマティック液晶の応答速度を高速化することを目的とするものであること,C具体的には,2つの電極に挟まれたネマティック液晶の駆動方法において,当該電極間に1フレーム期間内で平均電圧がほぼ0となるように画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップと,この2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを1フレーム期間中に行うことを特徴とするものであることが認められる。 ウ さらに,本願明細書には,本願発明の実施の形態として,以下の記載が存在する。 0015 発明の実施の形態 図1は本発明の実施の形態を示すものであり ネマティッ 「【】【】 ,ク液晶パネルに対する印加電圧波形とその実効値,光透過率の変化を示している。図2は本発明の実施の形態に対応させた従来技術におけるネマティック液晶パネルに対する印加電圧波形とその実効値,光透過率の変化を示している。 【0016】図1および図2におけるネマティック液晶パネルは従来から使われているTN液晶または,STN液晶を使用し液晶材料及びセルギャップなどを最適化して高速化したパネルであって 図1及び図2における液晶パネルは同一のパネルについてのものである また図1 ,。 及び図2におけるT1からT6は同一時間であって時間の長さは,前述した3色バックライト方式によるカラー化に必要な液晶の駆動周期である8ミリセカンド以下の時間である。 【0018】本発明の実施の形態による駆動方法では,図1に示すように,T1からT6の各期間において,画像データに応じて印加電圧の絶対値がV1か0Vのいずれかになっている時間と,一定の周期で一定の時間,印加電圧の絶対値が必ず0Vになっている2つの状態が存在している。 【0019】図1において,T3およびT5の期間では,印加電圧の実効値がずっと0Vであり光透過率も黒の状態のままである。 【0020】図1において,T1,T2,T4およびT6の期間では,まず印加電圧の絶対値がV1になり,光透過率が白の状態に変化する。次に印加電圧の絶対値が0Vになり,光透過率が黒の状態に変化する。従って,各期間で光透過率が黒から白に高速に変化し,その後また黒に高速に戻っている。 【0021】従来の駆動方法では,図2に示すように,表示するべき画像データによって印加電圧の絶対値がV2か0Vのいずれかになるが,次の画像データに切り替わるまでの期間は印加電圧の絶対値は一定である。このような駆動方法では,TN液晶またはSTN液晶パネルでは,動作速度が遅く,例えば図2のT2からT3の様に印加電圧がV2から0Vに変化させてもT3の期間では,光透過率が完全に黒にならない。 【0022】図1および図2を比較すると,光透過率を白の状態にするために印加する電圧が,従来の駆動方法では図2のようにV2であったものが,本発明の実施の形態では図1のようにV2より高いV1の電圧を印加することができる。従って,光透過率が黒から白に変化する時間は本発明の実施の形態の方が高速化することができる。また,本発明の実施の形態のように,一定周期で一定の時間,印加電圧の絶対値が必ず0Vにすることにより,白から黒に変化する時間も高速化することができる【0025】本発明の実施の形態において,コントラスト比の高い表示を行うためには,一周期で,液晶パネルの光透過率が変化した後,光透過率が元の状態に戻る必要がある。 【0026】従って,本発明の実施の形態においては,フレーム周期を短くすると光透過率。。, が完全に元の状態に戻る前に次の周期に移ってしまい コントラストが低下してしまう 一方フレーム周期を遅くすればフリッカーが発生するなど,不具合が発生してしまう。 【0027】光透過率が元の状態に戻る時間は,液晶材料の特性,特に液晶材料の粘性などにより大きく変化する。 【】, , 0028 従って 光透過率が元の状態に戻る時間の短い液晶材料を選択することによりフリッカーの発生を押さえながら,コントラスト比の高い表示を行うことが可能となる。 【0029】また,光透過率が元の値に戻る時間が液晶材料の粘性などに大きく影響を受けることから,液晶パネルの温度を上げることにより,液晶材料を変更しなくてもコントラスト比の高い表示を行うことも可能である 」。 エ 上記記載によれば,以下の点を指摘することができる。 (ア) 本願明細書には 図1として本願発明の実施の形態による駆動方法が 図2 ,,として従来の実施の形態による駆動方法が記載されているところ,図1,2における液晶パネルは同一のパネルであり,いずれも従来から使われているTN液晶又はSTN液晶を使用し液晶材料及びセルギャップなどを最適化して高速化したパネルであるとされているが,どのようにして液晶材料やセルギャップなどを最適化するかについての記載は存在しない。 (イ) 本願明細書には,コントラスト比の高い表示を行うためには,一周期内で液晶パネルの透過率が変化した後,光透過率が元の状態に戻る必要があり,光透過率が元の状態に戻る時間は,液晶材料の特性,特に液晶材料の粘性により大きく変化することが記載されているが,液晶材料の粘性やそれを左右する液晶パネルの温度の設定について,具体的な内容や数値は記載されていない。 (ウ) 本願発明において印加する電圧の絶対値は,図1においてV1,図2においてV2であり,本願明細書には,V2より高い電圧V1を印加することにより光透過率が黒から白へ変化する時間を高速化することができると記載されているが,V1,V2についての具体的な数値についての記載はない。 (エ) 図1及び2のフレーム周期T1〜T6は,8ms以下と記載されているものの,具体的にどの程度の時間であるかは明らかではなく,また,本願明細書によれば,図1のT1,T2,T4,T6の各期間において,絶対値がV1の電圧を一定時間印加し,光透過率が白の状態に変化した後,一定期間印加電圧の絶対値を0Vにすると,光透過率が黒の状態に変化するとされているが,印加電圧の絶対値がV1又はV0の時間,光透過率が黒から白又は白から黒に変化するのに要する時間は具体的に記載されていない。 (2) 以上に基づいて,原告らの主張する取消事由について検討する。 ア 本願発明は液晶の応答速度を速めることを目的とするものであるところ,乙1(株式会社コロナ社発行「液晶とディスプレイ応用の基礎 )には,電界の印」加による黒から白への光透過率の変化速度と,電界の除去による白から黒への光透過率の変化速度に関し,以下の記載がある。 「TN型電気光学効果の過渡応答特性は3.8節で述べたフレデリクス転移の応答特性と同様に考えられる。すなわち,電界印加による立上り時間τ および電界除去による立下り時間onτは offτ =γ・d /ε。ε (V -X ) (4.4) on a c222τ =γ・d /π K (4.5) off22で表される。ここで,γは粘度,dはセルギャップ,Kは弾性定数で,この場合,K=K + 11(K -2K )/4,V はしきい値電圧である。これから,応答速度を速くするにはセル 33 22 cギャップdを薄くすればよいことが分かる。ただし,実際にはdの2乗ではない。この場合も変形の応答に比べると若干の遅れが観測される (110頁「4.2.4 動的特性 ) 。」」この記載によれば,TN液晶の応答速度は,ノーマリブラックにおいては,黒から白への光透過率の変化速度(電界印加による立上り時間)は,粘度とセルギャップ,印加電界の大きさにより変化するものであるが,白から黒への光透過率の変化速度(電界除去による立下り)は,粘度とセルギャップと弾性定数により変化するものであるから,印加電界の大きさは関係しないものであり,液晶パネルに固有の値であると認められる。 これに対し,原告らは,液晶の応答速度の厳格な定義は存在せず,液晶の応答速度を立上り時間τ と電界除去による立下り時間τ との和で定義されるとは断on off定できないと主張するが,乙1に記載された上記知見が誤り又は不合理であることを示す証拠はない。 イ まず,TN液晶パネルの白から黒への光透過率の変化速度(電界除去による立下り時間)に関する本願明細書の記載について,検討する。 (ア) 本願明細書には,白から黒への光透過率の変化速度について,図1と2の液晶パネルは同一であることを前提とした上で 「一定周期で一定の時間,印加電 ,圧の絶対値が必ず0Vにすることにより,白から黒に変化する時間も高速化することができる (段落【0022 )と記載され,図1には,白から黒への光透過率 。」】の変化速度が図2より速いことが示されている。 しかしながら,本件出願当時の技術常識を示すものと認められる乙1の上記記載によれば,液晶パネルの白から黒への光透過率の変化速度は,印加した電圧の大小に関係なく,液晶材料の粘度(γ ,セルギャップ(d ,弾性定数(K)の数値に ))より変化するものと認められるので,同一の液晶パネルを使用する場合には,光透過率の変化速度も同一になるはずである。 にもかかわらず,本願明細書には,同一の液晶パネルを用いて,0Vの電圧を一定周期で一定の時間印加することにより,白から黒に変化する時間も高速化することができると記載されているが,液晶材料の粘度(γ ,セルギャップ(d ,弾性 ))定数(K)の数値を変化させることなく,白から黒への光透過率の変化速度が向上する理由や原理については何ら記載されておらず,印加電圧の絶対値を0Vとする周期や時間についても具体的な数値は特定されていない。 (イ) 他方,本願明細書には 「光透過率が元の状態に戻る時間は,液晶材料の特 ,性,特に液晶材料の粘性などにより大きく変化する (段落【0027 「光透 。」】),過率が元の状態に戻る時間の短い液晶材料を選択することにより,フリッカーの発生を押さえながら,コントラスト比の高い表示を行うことが可能となる (段落。」【0028 「光透過率が元の値に戻る時間が液晶材料の粘性などに大きく影響 】),を受けることから,液晶パネルの温度を上げることにより,液晶材料を変更しなくてもコントラスト比の高い表示を行うことも可能である (段落【0029 )な 。」】どの記載も存在し,液晶パネルの白から黒への光透過率の変化速度自体が,液晶材料の粘性やこれを左右する液晶パネルの温度などに大きく影響されるとの認識が示されている。 この記載は,白から黒への光透過率の変化速度が,液晶材料の特性(粘性など)により変化するとの乙1記載の知見に沿うものであるが,本願明細書には,本願発明の実施に適した液晶材料の具体的な特性についての記載は存在せず,また,光透過率の変化速度に影響する液晶パネルの特性等と,絶対値が0Vの印加電圧を印加することがどのように関係するのかも明らかではない。 ,, , , この点 原告らは 本願発明に用いるネマティック液晶材料 液晶パネルの温度セルギャップなどは,本件出願当時の技術常識であり,本願明細書に記載がなくとも,当業者が本願発明を実施することを妨げないと主張する。 しかしながら,例えば,セルギャップは,乙1に「応答速度を速くするにはセルギャップdを薄くすればよい」と記載されているとおり,液晶パネルの光透過率の変化速度に影響を与える要素であるが,その数値は,甲17(48頁の表3.1)にTN液晶及びSTN液晶についてそれぞれ5〜10μ ,5〜8μ と記載さ mmれている一方,本願明細書には「セルギャップが1μ 以下と非常に狭いギャッ m」(【 】),, プにする必要がある 段落 0010と記載されているなど 数値に幅があり本願発明に最適のセルギャップが従来技術から自ずと導き出されるものとはいえない。 また,本願発明の実施の形態において使用する液晶パネルは,従来周知の液晶パネルであればいかなるものでも適するわけではなく 「従来から使われているTN ,液晶または,STN液晶を使用し液晶材料及びセルギャップなどを最適化して高速化したパネル」であるから,当業者が本願発明を実施する上では,最適化した液晶パネルが具体的にどのようなものであるかを把握する必要があるが,本願明細書には具体的な記載はなく,従来技術から一義的に明らかともいえない。 そうすると,本願発明に適したネマティック液晶材料,液晶パネルの温度,セルギャップが,本件出願当時の技術常識であり,本願明細書には記載がなくとも当業者による本願発明の実施を妨げないとの原告らの主張は採用することができない。 (ウ) 以上のとおり,本願発明の駆動方法に従い,当業者が白から黒への光透過率の変化を高速化しようとしても,本願明細書には,絶対値0Vの電圧を一定周期で一定時間印加することにより光透過率の変化速度が向上する原理や,印加電圧の絶対値を0Vとする具体的な周期や時間について何ら記載がなく,また,白から黒への光透過率の変化速度に影響を与えるとされている液晶材料の特性についても何ら具体的な特定はなされていないのであるから,本願明細書に接した当業者が,本願明細書に記載された事項から,白から黒への光透過率の変化速度を,過度の試行錯誤を経ずに向上させることは困難であるといわざるを得ない。 ウ 次に,液晶パネルの黒から白への光透過率の変化速度(電界印加による立上り時間)に関する本願明細書の記載について,検討する。 本願明細書の段落【0022】には 「光透過率を白の状態にするために印加す ,る電圧が,従来の駆動方法では図2のようにV2であったものが,本発明の実施の形態では図1のようにV2より高いV1の電圧を印加することができる。従って,光透過率が黒から白に変化する時間は本発明の実施の形態の方が高速化することができる 」と記載されている。 。 乙1の前記記載によれば,液晶パネルが黒から白へと変化する速度は,しきい値電圧より印加電圧がどれくらい高いかにより定まるものであることが認められ,そうすると,液晶材料の粘度(γ ,セルギャップ(d ,しきい値電圧(V )とと ))cもに,印加電圧V1が液晶パネルの黒から白への光透過率の変化速度を規定する重要なパラメータとなる。 印加電圧V1について,本願明細書には,従来の駆動方法における電圧V2よりも高い電圧である旨の記載は存在するものの,本願発明の印加電圧V1及びV2の具体的な電圧値や電圧差についての例示はなく,しきい値電圧との差についての記載もない。したがって,本願明細書からは,V1をどの程度の数値に設定することが適切かは明らかではない。 この点,原告らは,電圧V2は液晶材料の決定により一義的に決定されるもので,, , 。 あり 例えば V1を6Vに設定し V2を5Vに設定すればよいなどと主張するしかしながら,仮に,本件出願当時に刊行されていた文献等に基づき,従来の駆動方法における印加電圧の範囲を特定することができるとしても,それに対して本願発明の印加電圧V1をどの程度高い電圧とすればよいかについては,本願明細書には記載がなく,従来の駆動方法による印加電圧から明らかともいえない。前記のとおり,液晶が黒から白へと変化する速度は,しきい値電圧より印加電圧がどれくら,, い高いかにより定まるものであるから V1をV2よりわずかでも高く設定すれば本願発明の目的とする応答速度の高速化が直ちに達成されるものではないことは明らかである。 また,液晶パネルが黒から白へと変化する速度は,液晶材料の粘度(γ ,セル)ギャップ(d)等にも左右されるところ,これらの条件を最適化した液晶パネルが具体的にどのようなものであるかについては,本願明細書に具体的な記載はなく,従来技術から一義的に明らかともいえない。 そうすると,本願発明を当業者が実施するには,少なくとも電圧V1の数値,従前の電圧V2との電圧差又はしきい値電圧との電圧差や,液晶材料の特性などが記載されていることを要するというべきである。 エ さらに,パルス幅についての本願明細書の記載について,検討する。 本願発明は,請求項1に「2つの電極間に1フレーム期間内で前記2つの電極間の平均電圧がほぼ0となる様に画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップと,前記2つの電極間に一定の電圧を一定の時間印加する第2のステップとを前記1フレーム期間中に行うことを特徴とする」と記載されていると,, (, おり 1フレーム期間内において 印加電圧の絶対値をV1とする時間 すなわちV1を印加するパルス幅)と0Vを印加する時間とを設けることにより,液晶の応答速度を高速化するものである。本願明細書の発明の詳細な説明にも「図1におい,,, , , て T1 T2 T4およびT6の期間では まず印加電圧の絶対値がV1になり光透過率が白の状態に変化する。次に印加電圧の絶対値が0Vになり,光透過率が黒の状態に変化する。従って,各期間で光透過率が黒から白に高速に変化し,その後また黒に高速に戻っている (段落【0020 )と記載され,1フレーム期間内 」】において印加電圧の絶対値が一定である図2(従来技術)と対比されている。 このような本願発明の特徴に照らすと,本願発明を実施する上で,電圧V1,0Vをそれぞれ印加する時間や,電圧V1と0Vをそれぞれ印加する時間の割合,液晶パネルが黒から白に変化する時間などが重要な要素となることは明らかであるが,本願明細書には 「従来の液晶の駆動回路と異なるタイミングで電圧を印加す ,る (段落【0012 「一定周期で一定時間に印加する電圧」と記載されてい 」】),るにすぎず,電圧V1,0Vをそれぞれ印加する時間や,電圧V1と0Vをそれぞれ印加する時間の割合,液晶パネルが黒から白に変化する時間についての記載は存在しない。 この点,原告らは,本願発明のパルス幅は,本件出願当時の技術常識であり,フレーム周期である8msから自ずと定まるものであると主張する。しかしながら,従来の駆動方法におけるパルス幅が技術水準から想定できるものであったとしても,本願発明の駆動方法の特徴となる「画像データに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップ」と「一定電圧を一定時間印加する第2のステップ」の時間幅や割合が,従来の技術水準やフレーム周期から自ずと明らかになるものではなく,T1ないしT6の期間も8ms以下の周期であるとは記載されているもののその具体的数値は明記されていないから,本願発明の駆動方法における1フレーム期間内において,画像データに応じた電圧を印加する時間(第1ステップ)と一定時間,一定電圧とする時間(第2ステップ)との割合をどの程度とすればよいのかは不明であるといわざるを得ない。 したがって,本願発明を実施する上では,電圧V1,0Vをそれぞれ印加する時間又は電圧V1と0Vをそれぞれ印加する時間の割合,液晶パネルが黒から白に変化する時間等についての記載を要するというべきであり,そのような記載がない場合には,当業者が不相当な程度の試行錯誤を強いられるというべきである。 オ 以上のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明に用いる「液晶材料及びセルギャップなどを最適化したパネル 「印加電圧V1 「画像デー 」,」,タに応じた電圧を極性反転を行って印加する第1のステップにおけるパルス幅 ,」「一定電圧を一定時間印加する第2ステップにおける一定時間」等が具体的に記載されておらず,本件出願当時の技術水準を参酌しても,当業者が合理的な範囲を超えた試行錯誤を行うことなく本願発明を実施することは困難であるというべきである。 したがって,本願明細書は,当業者がその発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものということはできず,特許法36条4項の要件を充足していないので,原告らの主張するその余の点(複数画素に対する駆動方法に関する本願明細書の記載等)については判断するまでもなく,特許法36条4項違反とした審決に誤りはないというべきである。 2結論以上によれば,原告らの主張する審決取消事由は理由がないので,原告らの請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 石原直樹 |
裁判官 | 佐藤達文 |