関連審決 | 不服2000-10959 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17行ケ10046審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13行ケ164審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / パリ条約 / 優先権 / 優先日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
162号
審決取消請求事件
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原告 ドイチエトムソン−ブラント ゲゼルシヤフ ト ミツトベシユレンクテル ハフツング 訴訟代理人弁護士 加藤義明 同 川田篤 訴訟代理人弁理士 アインゼル・フェリックス=ラインハルト 同 矢野敏雄 同 青山耕三 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 西川正俊 同 小曳満昭 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/03/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2000-10959号事件について平成13年11月26日にした審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文1,2項と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成元年10月6日,パリ条約による優先権を主張して(優先権主張日1988年10月7日(以下「本件優先日」という。),優先権主張国ドイツ連邦共和国),発明の名称を「フイルタ」(平成8年10月7日付け手続補正書により「デジタルフィルタ及びデジタルフィルタリング方法」と補正)とする発明(平成11年10月27日付け手続補正書による補正後の請求項の数は6である。)について,特許出願(平成元年特許願第260331号,以下「本件出願」という。)をし,平成12年4月18日付けで拒絶査定を受けたため,同年7月17日,これに対する不服の審判を請求した。 特許庁は,これを不服2000-10959号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成13年8月27日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付された明細書につき,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の補正をした(以下,この補正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年11月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年12月11日,原告に送達された。なお,出訴期間として,90日が付加された。 2 特許請求の範囲〔請求項1〕(別紙1ないし4参照) 「入力信号を2つの異なる周波数帯域信号(1,2)に分割するための第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N1)を有し,該フィルタ段の出力信号のサンプリングレートは,前記入力信号のサンプリングレートの1/2であり, 前記第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N1)の出力信号の1つを2つの周波数帯域(3,4)に分割する別のさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N2)を有し,該さらなるフィルタ段の出力信号のサンプリングレートは,該さらなるフィルタ段の入力側のサンプリングレートの1/2であり, 対応する2つの異なるサンプリング周波数を有しかつ低域周波数帯域と中域周波数帯域と高域周波数帯域を表わしている,3つの最終的フィルタ出力信号(1,3,4)は,データの整理を行う符号器内で処理され, 前記第1の相補形低域パス/高域パスと前記さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段によって形成される3つの周波数帯域のフィルタ応答特性は,前記低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域が重なりかつ前記中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域も重なり,但し低域周波数帯域と高域周波数帯域のクロスオーバー領域については全周波数範囲のいかなる場所においても重ならないように構成され,これによって,前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じるかあるいは低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(X)が抑圧され, 前記クロスオーバー領域(F0〜Fs)は,前記低域,中域及び高域周波数帯域のそれぞれの周波数振幅応答特性における実質的にフラットな部分(0-F0)と遮断帯域エッジ周波数(Fs)の間の周波数領域であることを特徴とする,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化方式用のデジタルフィルタ。」 (以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭58-40914号公報(以下,審決と同じく「引用例1」という。)に記載された発明(以下,審決と同じく「引用例1の発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない,とするものである。 4 審決が認定した本願発明と引用例1の発明との一致点・相違点 (1) 一致点 「入力信号を2つの異なる周波数帯域信号(1,2)に分割するための第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N1)を有し,該フィルタ段の出力信号のサンプリングレートは,前記入力信号のサンプリングレートの1/2であり, 前記第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N1)の出力信号の1つを2つの周波数帯域(3,4)に分割する別のさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N2)を有し,該さらなるフィルタ段の出力信号のサンプリングレートは,該さらなるフィルタ段の入力側のサンプリングレートの1/2であり, 対応する2つの異なるサンプリング周波数を有しかつ低域周波数帯域と中域周波数帯域と高域周波数帯域を表わしている,3つの最終的フィルタ出力信号(1,3,4)は,データの整理を行う符号器内で処理され, 前記第1の相補形低域パス/高域パスと前記さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段によって形成される3つの周波数帯域のフィルタ応答特性は,前記低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域が重なりかつ前記中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域も重なり,前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じるかあるいは低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(X)が抑圧され, 前記クロスオーバー領域は,前記低域,中域および高域周波数帯域のそれぞれの周波数振幅応答特性における部分と遮断帯域エッジ周波数(Fs)の間の周波数領域であることを特徴とする,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化方式用のデジタルフィルタ。」(審決書7頁〜8頁) (2) 相違点 「(1)クロスオーバー領域に関し,低域,中域および高域周波数帯域のそれぞれの周波数振幅応答特性における遮断帯域エッジ周波数(Fs)との間の周波数領域は,本願発明は,実質的にフラットな部分(0-F0)との間(F0〜Fs)であるのに対し,引用例1の発明は,どの部分との間であるか具体的な記載がない。 (2)第1の相補形低域パス/高域パスと,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段によって形成される3つの周波数帯域のフィルタ応答特性に関して,本願発明は,低域周波数帯域と高域周波数帯域のクロスオーバー領域については全周波数範囲のいかなる場所においても重ならないように構成されているのに対して,引用例1の発明にはこの点についての記載がない。」(審決書8頁) (以下「相違点1」,「相違点2」という。) |
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原告の主張
審決は,本願発明と引用例1の発明との一致点の認定を誤り,相違点1の認定を誤り,相違点2についての判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(一致点認定の誤り・相違点の看過の1) 本願発明は,構成要件上,(A)第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ(N1)の中の低域パスフィルタの出力側が,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ(N2)の入力側に接続されている場合と,(B)第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ(N1)の中の高域パスフィルタの出力側が,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ(N2)の入力側に接続されている場合とを両方とも含んでいるように読める。しかし,本願発明は,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化方式用のデジタルフィルタであり,それらの信号は低域部分のパワーが大きいことから,相補形低域パス/高域パスフィルタ(Nl)の中の低域パスフィルタの出力側が,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ(N2)の入力側に接続された構成,すなわち,(A)の構成に限られる。このことは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載からも明らかである。 これに対し,引用例1の発明は,帯域分割フィルタブロック1001の高域の通過帯域が分割されている構成,すなわち(B)の構成であり,本願発明とは異なる。また,上記のとおり,これではオーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化方式用のデジタルフィルタとして不適である。 審決は一致点の認定を誤り,相違点を看過している。 2 取消事由2(一致点認定の誤り・相違点の看過の2) 仮に,引用例1の発明の帯域分割フィルタブロック1001の中の高域通過フィルタ301の出力側が帯域分割フィルタブロック100 3の入力側に接続されている接続構成のもの(上記(B)の構成)が本願発明に含まれるとしても,やはり審決のした一致点の認定は,次のとおり誤っている。 審決は,引用例1の発明の帯域分割フィルタブロック1001の中の低域通過フィルタ201の振幅周波数特性(別紙5の第2図A)により決まる低域周波数帯域を本願発明の低域周波数帯域と認定し,同じ帯域分割フィルタブロック1001の中の高域通過フィルタの振幅周波数特性(別紙5の第2図D)によって決まる高域通過周波数帯域を本願発明の中域周波数帯域にあたると認定した上で,上記低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応する遷移領域(別紙5の第2図Aの振幅周波数特性の遷移領域と同図Dの振幅周波数特性の遷移領域)がf s/4の周辺で少なくとも一部において重なっていると判断している。 しかし,引用例1において,帯域分割フィルタブロック1001の中の低域通過フィルタの振幅周波数特性によって表される周波数帯域が低域周波数帯域であり,中域周波数帯域は帯域分割フィルタブロック1003の中の低域通過フィルタの振幅周波数特性によって表される周波数帯域であると解すべきであるから,この点で審決の上記認定は誤っている。 また,このように解すべきである以上,引用例1の発明において,低域及び中域周波数帯域の遷移領域には,それぞれ,帯域分割フィルタブロック1001の低域通過フィルタの振幅周波数特性により表される遷移領域と帯域分割フィルタブロック1003の中の低域通過フィルタの振幅周波数特性により表される遷移領域が対応し,それら遷移領域が重なって,本願発明のいう低域周波数帯域と中域周波数帯域の二つの対応するクロスオーバー領域が重なる,と認定すべきである。そして,この重なりは,上記各フィルタの設計によって生じたり,生じなかったりするものに過ぎない。しかるに,審決は上記重なりを,帯域分割フィルタブロック1001の中の低域通過フィルタと高域通過フィルタの振幅周波数特性により表される周波数帯域の重なりとしてしまっている。 このように,審決は,中域周波数帯域の認定を誤り,「低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域が重なり」と誤って認定し,さらには,「中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域も重なり」と誤って認定したものであって,審決には一致点の認定の誤り・相違点の看過がある。 3 取消事由3(一致点認定の誤り・相違点の看過の3) (1) 審決は,引用例1について「・・・信号処理回路の出力が供給される帯域合成フィルタブロック2003と,このブロック200 3の出力が供給される帯域合成フィルタブロック2001は,帯域分割フィルタブロック100 3と,これに接続される帯域合成フィルタブロック1001とそれぞれペアーとなっていて,これらの帯域合成フィルタブロックにおいて,再び帯域分割に対応するサンプリング周波数の信号に戻され低域通過フィルタと高域通過フィルタを介した信号は合成され,折返し雑音のない,つまり,少なくとも結合におけるミラー作用によって生じるノイズ信号が抑圧された,元の信号が得られる。(第2図(8),(9),(10),(11)参照。)」(審決書6頁)と認定している。すなわち 帯域合成フィルタブロック2001の低域通過フィルタに帯域分割フィルタブロック1001の低域通過フィルタからの低域周波数帯域が供給されており,帯域合成フィルタブロック2001の高域通過フィルタには帯域分割フィルタブロック1001の高域通過フィルタからの高域周波数帯域に対する帯域分割フィルタブロック1003とペアとなっている帯域合成フィルタブロック200 3の高域通過フィルタからの高域周波数帯域が供給されている,としているのである。 しかし,このような構成は,取消事由1で述べたとおり,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化に使用するデジタルフィルタとしては不適である。 したがって,本願発明の構成とは一致しない。 (2) また,引用例1の第2図G,H,I,J(別紙5)は,三つの周波数帯域が生じず(中域周波数帯域が生じず)折り返し雑音が生じないことを示しているに過ぎない。どのような理由で,本願発明のように,二個の帯域分割フィルタブロックと二個の帯域合成フィルタブロックを用いた場合に,三つの周波数帯域のうちの低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域内に生ずるノイズ(])が抑圧されるのか,引用例1には全く記載も示唆もない。 しかるに,審決は,引用例1の発明が,本願発明の「前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じるかあるいは低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(])が抑圧され,」の要件を備えている。」(審決書7頁)として,引用例1の発明を誤認して,一致点を認定している。 本願発明では,相違点2に係る構成に基づき前述の低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生ずるノイズ信号(])が抑圧されるのであって,相違点2に係る本願発明の構成を引用例1の発明が備えているというのは矛盾であり,明らかな誤りである。 4 取消事由4(一致点認定の誤り・相違点の看過の4) 仮に,引用例1の第2図のA及びD(別紙5)に示すフィルタの振幅周波数特性の遷移領域の重なりにおいて,バンドギャップがあるとすると,引用例1の発明は,本願発明の相補形低域パス/高域パスフィルタ段を持たないことになる。したがって,一致点認定の誤り・相違点の看過があることになる。 5 取消事由5(相違点1の認定の誤り) 審決の相違点1の認定は,全く文意不明である。 また,相違点1の認定の意味を,引用例1の発明にはクロスオーバー領域は低域,中域,高域周波数帯域のそれぞれの周波数振幅応答特性における実質的にフラットな部分と遮断帯域エッジ周波数との間の周波数領域であることが記載されていないと認定しているものと解釈したとしても,相違点1の認定は誤りである。 本件優先日以前の,従来の相補形低域/高域パスフィルタにおける上記遷移領域は,別紙3の図4に示すように遷移領域の傾斜の緩やかなものである(例えば特開昭62-163425号公報(甲第8号証)4頁左欄8行に記載されている,8次のQMFフィルタ)。そうすると,引用例1の第2図AD(別紙5)では,遷移領域の重なりは小さくバンドギャップがあるかのように図示されているものの,実際には,低域周波数帯域と高域周波数帯域の二つの対応するクロスオーバー領域が重ならないことは全く明らかではなく,むしろ,遷移領域の傾斜の緩やかな相補形低域/高域パスフィルタを用いるのだから,それらが重なると見るのが自然なのである(そうでないと,伝送周波数の欠落部分ができ伝送品質の低下を招くし,また,折返し雑音が混入しても相補形低域パス/高域パスフィルタではそれを除去できるから問題とならない。)。ただし,引用例1の発明は,低域通過フィルタや高域通過フィルタの遷移領域の重なりが生じても全く折り返し雑音が生じないことを教示するにとどまり,遷移領域の重なりをどのように選択するかについては全く開示していない。 審決は,引用例1の発明では,8次のQMFフィルタのように遷移領域の傾斜の緩やかなものが採用されていることを看過し,その結果,引用例1の第2図AD(別紙5)の解釈を誤り,相違点1の認定を誤ったものである。 6 取消事由6(相違点2についての判断の誤り) 審決は,相違点2についての判断において「第1の相補形低域パス/高域パスと,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段によって形成される三つの周波数帯域のフィルタ応答特性に関して,帯域フィルタの阻止域減衰量を十分確保することが必要なことは技術的常識であり,且つ,前記理想的な遷移領域のことも知られているから,引用例1の発明において,遷移領域の帯域を狭くすることとして,前記3つの周波数帯域の低域周波数帯域と高域周波数帯域のクロスオーバー領域については全周波数範囲のいかなる場所においても重ならないように構成することは当業者が容易になし得ることである。」(審決書9頁)としている。 5において述べたとおり,引用例1の発明のフィルタの遷移領域の傾斜は,相当に緩やかなものであり,そのようにしても,折返し雑音は除去できるから,遷移領域の傾斜を急峻にする必要はなかった。逆に,遷移領域の帯域を狭くするためにその傾斜を急峻なものにするためには,フィルタ係数の個数ひいてはフィルタタップの数を増やす必要があるが,それはデジタルフィルタのコストを高めることになり,また,処理遅延を来すことになるから,当業者はそのようなフィルタを用いることを回避する(フィルタタップ数を増加することを回避する)のである。本願発明は,相補形低域パス/高域パスフィルタで除去できないノイズがあるという課題を認識した上で,上記当業者の常識に反する解決手段を提供している。 これに対し,引用例1等の発明には,そのような従来の問題点の認識は全く存在せず,遷移領域の重なりの選択について開示するものではなく,相違点2に係る構成は全く示唆されていない。審決は,技術常識の理解を誤り,本願発明の核心となる点について判断していないものである。 |
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被告の主張
1 取消事由1(一致点認定の誤り・相違点の看過の1)に対して 本願発明は,原告の主張する(A)と(B)の構成をいずれも含むものである。特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも,(A)に限る根拠は見出せない。 また,原告がオーディオ又はビデオ信号用として不適とする引用例1の発明は,高能率音声(オーディオ)符号化方式に用いられることができるサブバンド符号化方式用デジタルフィルタに関するものである。 2 取消事由2(一致点認定の誤り・相違点の看過の2)に対して 審決は,原告の主張する(B)の構成を念頭に,帯域分割フィルタブロック1001の中の低域通過フィルタ20 1の振幅周波数特性を通過した信号Bの周波数帯域が本願発明の低域周波数帯域に対応し,同じ帯域分割フィルタブロック1001の中の高域通過フィルタを通過した信号の高域周波数帯域が,後段帯域分割フィルタブロック1003に入力されて,別紙6の図面のフィルタ特性A′とD′により帯域が低域周波数帯域と高域周波数帯域に2分割されたもののうち,前者が本願発明の中域周波数帯域に,後者が高域周波数帯域に対応すると判断している。原告主張のように,同じ帯域分割フィルタブロック1001の中の高域通過フィルタの振幅周波数特性(別紙5の第2図D)によって決まる高域通過周波数帯域を本願発明の中域周波数帯域にあたると認定しているのではない。 そして,引用例1の,信号処理回路300に入力される位置における,最終的なフィルタ出力信号の周波数帯域でみれば,引用例1の発明が「低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域が重なりかつ前記中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域も重なり」の要件を満たしていることは明らかである。 なお,本願発明において,中域周波数帯域のクロスオーバー領域が,二段に構成される相補形低域パス/高域パスフィルタ段のうちの後段のフィルタの振幅周波数特性により表される遷移領域であると限定する記載はない。原告主張のように,低域及び中域の遷移領域には帯域分割フィルタブロック1001の低域通過フィルタの振幅周波数特性により表される遷移領域と帯域分割フィルタブロック1003の中の低域通過フィルタの振幅周波数特性により表される遷移領域が対応し,それらの遷移領域が重なることをもって,低域と中域の2つの対応するクロスオーバー領域が重なることであると限定して解すべき理由はない。 3 取消事由3(一致点認定の誤り・相違点の看過の3)に対して (1) 1において述べたとおり,前段帯域分割フィルタブロックの高域通過フィルタからの高域周波数帯域の信号を後段でさらに分割し,分割側とペアの帯域合成フィルタブロック(2001,200 3)を用いるデジタルフィルタは,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化用として使用可能であり,そうである以上,この帯域分割フィルタブロックに対応したペアの帯域合成フィルタブロックを用いるのは当然である。引用例1の発明が,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化に使用可能なデジタルフィルタであるとして,本願発明の要件を備えると認定した審決の判断に誤りはない。 (2) 原告が問題にしている本願発明の特許請求の範囲の「前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じるかあるいは低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(X)が抑圧され」の記載は,その前に「これによって,」と記載されていることからも明らかなように,本願発明の構成を規定したものではなく,その前に記載された本願発明の構成を具備することにより得られる効果の記載にすぎないから,特許請求の範囲には本来必要のないいわば余事記載とも言うべき記載であり,この点に関する審決の認定の当否は,本願発明の構成が容易に想到できるとした審決の結論には影響しないものである。 また,審決は,折り返し雑音をなくすこと(結合におけるミラー作用によって生じるノイズ信号が抑圧された元の信号が得られること)は引用例1に記載されているので,少なくとも「結合におけるミラー作用によって生じるノイズ信号が抑圧され」,それゆえ「結合におけるミラー作用によって生じるかあるいは低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(X)が抑圧され,」の要件を備えるとしているのであり,低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域内に生ずるノイズ(X)が抑圧されると判断しているのではない。 4 取消事由4(一致点認定の誤り・相違点の看過の4)に対して 審決は,別紙5の第2図ADに示すフィルタの振幅周波数特性の遷移領域は重なっており,クロスオーバ領域も重なっていると判断している。そのことは,引用例1の第2図(別紙5の第2図)を参照して,AとDを1つの周波数軸上においてみるとV形の減衰領域(バンドギャップ)と遷移領域の重なりがみてとれることから明らかである。審決の一致点の認定に誤りはない。 5 取消事由5(相違点1の認定の誤り)に対して 審決が相違点1を挙げたのは,本願発明を特許請求の範囲の記載以上に限定的に解釈した結果であり,相違点1は,本来相違点として挙げる必要のないものであった。そのような相違点1は,それが把握可能に記載されているか否かにかかわらず,審決の当否には関係しないものである。 6 取消事由6(相違点2についての認定の誤り)に対して (1) 引用例1の発明のフィルタ特性は折り返し雑音をなくすものではあるものの,他方,その特性の設計は,通常のデジタルフィルタのそれであり,それゆえ,阻止帯域減衰量を十分に確保し,通過帯域の特性なども考慮されて設計されている。 デジタルフィルタにおいて,理想的な遷移領域も,遷移領域の帯域幅を狭くするための設計(タップ数を多くすること)も知られていた(「ビギナーズデジタルフィルタ」(中村尚五著)・乙第1号証及び第2号証,特開昭61-224511号公報・乙第3号証,引用例1)。 引用例1の発明も本願発明も相補的な高域パス/低域パスフィルタを用いて折り返し雑音をなくすものであるが,そうであるからといって,通常のデジタルフィルタの技術常識が全く通用しないものではなく,通過帯域,通過阻止帯域,遮断周波数,遷移領域,遮断帯域エッジ周波数などの技術常識は共通であって,遷移領域だけでなく,通過帯域の特性や遮断周波数帯域の特性などを考慮しなければならない(折り返し雑音のほかにも,通過帯域を通過する信号のフィルタ特性による歪み,変形等も考慮した設計がなされる必要がある。)。また,いずれも,フィルタ特性自体の設計に特異な技術を用いるわけではない。 引用例1には,8次のQMFフィルタのように遷移領域の傾斜の緩やかなものを採用するなどといった記載はなく,引用例1の発明がそのような限定がなくても成立する発明であることは,その記載内容から見て明らかであるから,遷移領域の傾斜が急峻なものを用いることができるのは当然である。むしろ,例えば,伝達関数の近似の設計により得るフィルタにおいて,通過域リップルが小さいなど所望の特性を得ようとすると,数10次あるいは100次以上の次数を必要とし,88の次数を有するディジタルフィルタを得ることが知られているのである(乙第3号証)。なお,8次のQMFフィルタを使用して引用例1の発明を実現したものが,相違点2に係る本願発明の要件を具備しないといえるかどうかも疑問である。 引用例1の発明が,相違点2に係る構成を採用することに対する阻害要因は何ら存在しない。 (2) 引用例1には,低域周波数帯域と高域周波数帯域のクロスオーバー領域については重ならない旨の明示的な記載があるわけではない。 しかし,概ねfs/4あたりのAD(別紙5)の遷移領域と概ねfs/8あたりのA′D′(別紙6)の遷移領域とは,別の帯域分割に関わる遷移領域であって,フィルタの技術常識を踏まえれば,ADの遷移領域とA′D′の遷移領域とは重ならないと判断できる(別紙6参照)ので,Aのクロスオーバ領域と後段のクロスオーバ領域とは重ならず(Dのクロスオーバ領域と後段のクロスオーバ領域とは重ならず),重ならないのであるからノイズ信号であろうと信号であろうと通過できず,最終的な低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号が抑圧されると判断できる。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点認定の誤り・相違点の看過の1)について 原告は,本願発明は,第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ(N1)から別のさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ(N2)の入力側への接続形式として,(A)第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ(N1)の中の低域パスフィルタの出力側が,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ(N2)の入力側に接続されている構成を採用しているのに対し,引用例1の発明は,(B)第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ(N1)の中の高域パスフィルタの出力側が,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ(N2)の入力側に接続されている構成を採用しているものであるから,審決には一致点認定の誤り・相違点の看過があると主張する。 しかし,本願発明の特許請求の範囲の記載中の「第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N1)の出力信号の1つを2つの周波数帯域(3,4)に分割する別のさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N2)を有し・・・」では,第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段の出力のうちのいずれの帯域の信号をさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段で分割するのか特定されていない。 また,サブバンド符号化方式では,音声符号化方式においてパワーの大きい低周波領域のサブバンドに量子化ビット数を多く割り当てることが知られており(特開昭58-193598号公報・甲第11号証2頁左下欄),そのため上記(A)の構成に該当するオクターブ分割が存在していた(「シミュレーションで学ぶディジタル信号処理」・甲第15号証158頁〜159頁)ものの,他方,そうでない構成として等分割(甲第15号証159頁,「ディジタル信号処理ハンドブック」・甲第18号証135頁)も存在していた。したがって,「オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化方式」との文言から,本願発明が(A)の構成のものに限定されるということはできず(なお,本件明細書の実施例に(A)の構成のものが記載されているとしても,そのことから,本願発明が(A)の構成のものに限定されるといえないことは当然である。),引用例1の発明が上記(B)の構成を採用するものであることは,一致点認定の誤り・相違点の看過をもたらすものではない。 そして,引用例1には,「この発明は例えば信号を複数個の帯域に分割した後,符号化伝送,復号化等の信号処理回路を介して再び各帯域の信号を合成することにより原信号を得るために用いられる帯域分割・合成フィルタに関する。 高能率音声符号化の一方式として帯域分割符号化方式(サブバンド符号化方式)が知られている。この方式の原理は,音声信号を複数個のフィルタにより帯域分割し,各フイルタ出力の信号パワーに応じてそれぞれ最適な符号化ビツト数の割当てを行なつて各帯域信号の符号化を行なう。従つて低伝送レートで高品質な音声の符号化が実現可能となる。」(甲第7号証1頁右下欄〜2頁左上欄)と記載されており,引用例1の発明が「オーディオ信号のサブバンド符号化方式用のデジタルフィルタ」であることは明らかである。 取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(一致点認定の誤り・相違点の看過の2)について (1) 原告は,審決は,中域周波数帯域の認定を誤り,「低域周波数帯域と中域周波数帯域との間」,さらには「中域周波数帯域と高域周波数帯域との間」のそれぞれ二つの対応するクロスオーバー領域の重なりを誤って認定していると主張する。 (2) 審決は, ア「引用例1の発明の帯域分割フィルタブロック100 1は,・・・通常の相補形のフィルタが含まれると解される低域通過フィルタ201及び高域通過フィルタ301とからなるフィルタと,サンプリングのためのスイッチを有する。そして,帯域分割フィルタブロック100に入力されたサンプリング周波数fsHzの入力信号は,帯域が2分割され,それぞれサンプリング周波数がfs/2Hzの信号としてフィルタブロック100から出力される・・・」(審決書5頁2段落) イ「また,引用例1の発明の帯域分割フィルタブロック1003は,・・・第3図の帯域分割フィルタブロック100と同一の構成をしており,前段ブロックから帯域分割フィルタブロック1003に入力された信号はさらに帯域が2分割され・・・るので,引用例1の発明は,本願発明の「前記第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N1)の出力信号の1つを2つの周波数帯域(3,4)に分割する別のさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N2)を有し,該さらなるフィルタ段の出力信号のサンプリングレートは,該さらなるフィルタ段の入力側のサンプリングレートの1/2であり,」の要件を備えている。」(同頁3段落) ウ「また,引用例1の発明は,帯域分割フィルタブロック1001から出力されるサンプリング周波数fs/2Hzの信号のうちの1つは信号処理回路300に供給され,もう1つは帯域分割フィルタブロック1003に入力されて,前記のようにさらに帯域が2分割され,帯域分割後のサンプリング周波数は前記fs/2Hzとは異なるfs/4Hzの2つの信号として信号処理回路300に供給され,これらの3つの帯域の信号が供給された信号処理回路300において符号化/復号化,遅延,信号の伝送などに関わる処理が可能であると解され,且つ,前記帯域分割されて信号処理回路300に供給される信号の周波数帯域は,低域周波数帯域と中域周波数帯域と高域周波数帯域に対応付けることが可能であるから,引用例1の発明は本願発明の「対応する2つの異なるサンプリング周波数を有しかつ低域周波数帯域と中域周波数帯域と高域周波数帯域を表わしている,3つの最終的フィルタ出力信号(1,3,4)は,データの整理を行う符号器内で処理され,」の要件を備えている。」(同5頁4段落〜6頁1段落) エ「また,引用例1の発明は,帯域分割フィルタブロック100(1001も同様と解される。)のフィルタ応答特性の例が,第1図の回路の動作を説明するための第2図の(2)と(5)に低域通過フィルタ201の振幅周波数特性,高域通過フィルタ301の振幅周波数特性として例示され(この高域通過の周波数帯域は,前記3つの帯域においては中域周波数帯域にあたる。),遷移領域が概ねfs/4あたりであるものが示されている。そして,第2図の(2)と(5)に示された低域通過フィルタと高域通過フィルタの振幅周波数特性の例では,低域通過フィルタの遷移領域の端部(阻止域エッジ)はfs/4を越えた高域側にあり,高域通過フィルタの遷移領域の端部はfs/4を越えて低域側にあるのが読み取れるので,そうすると,低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応する遷移領域(クロスオーバー領域に対応する。)が,少なくとも一部において重なっているといえる。」(同6頁2段落) オ「また,図示されていないが,帯域分割フィルタブロック1003は,帯域分割前後のサンプリング周波数はfs/2Hz及びfs/4Hzであって,帯域分割フィルタブロック1001の1/2であり,そのフィルタ応答特性に関して,前記帯域分割フィルタブロック1001の場合に倣って類推でき,低域通過フィルタの振幅周波数特性,高域通過フィルタの振幅周波数特性についての遷移領域は概ねfs/8あたりであって,低域通過フィルタの遷移領域の端部はfs/8を越えた高域側にあり,高域通過フィルタの遷移領域の端部はfs/8を越えて低域側にあると解され,これら2つの帯域の間の2つの対応する遷移領域が,少なくとも一部において重なっていると解される。」(同6頁3段落) と説示している。この説示からは,引用例1の発明における中域周波数帯域が,帯域分割フィルタブロック1001から同100 3に入力された信号をさらに2分割したもののうち,低域周波数帯域側の出力信号(3)の帯域を指していることは明らかである(記載イ,ウ)。そうすると,記載エの「(この高域通過の周波数帯域は,前記3つの帯域においては中域周波数帯域にあたる。)」は,「この高域通過の周波数帯域は,帯域分割フィルタブロック1003に入力されてさらに帯域を2分割された,その低域周波数帯域側にあたる」という趣旨と解すべきである。 審決は,低域,中域及び高域周波数帯域について的確に認定しており,原告の主張は,審決についての誤った解釈を前提にしたものであって,採用できない。 (3) また,この構成では,帯域分割フィルタブロック1001において,入力信号が低域周波数帯域と高域周波数帯域(帯域分割ブロック100 3における分割前の中域周波数帯域及び高域周波数帯域)の間に,クロスオーバー領域の重なりがあることは明白である。これを,低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の二つの対応するクロスオーバー領域の重なりということに何ら差し支えはないし,帯域分割フィルタブロック1003における分割後の中域周波数帯域及び高域周波数帯域の間にクロスオーバー領域の重なりがあることも明らかで,これを「中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の二つの対応するクロスオーバー領域も重なり」といえることは当然である(なお,この点に関して,本願発明は「前記第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段と前記さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段によって形成される三つの周波数帯域のフィルタ応答特性は,前記低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の二つの対応するクロスオーバー領域が重なりかつ前記中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の二つの対応するクロスオーバー領域も重なり」という以上に,具体的にどのフィルタ間でクロスオーバー領域の重なりをみるかは限定されていない。そして,まず,第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段において,低域周波数帯域と(分割前の高域周波数帯域を含む)中域周波数帯域が分割され,当該フィルタ段においてクロスオーバー領域の重なりがあり,次にその中域周波数帯域がさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段で中域周波数帯域と高域周波数帯域とが分割され,そのフィルタ段にもクロスオーバー領域があるというように,三つの周波数帯域の形成と,それに関与するフィルタのクロスオーバー領域の重なりが説明できる以上,(さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段が第1の相補形低域パス/高域パスフィルタ段から入力された信号の全帯域をカバーする必要はあるものの)上記二つのクロスオーバー領域の重なりに加えて,さらに第1の相補形低域/高域パスフィルタ段の低域周波数帯域と,さらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段の低域周波数帯域との関係でクロスオーバー領域の重なりの存在を検討すべきであると解釈する必要はなく,また,そのような重なりもなければ本願発明が動作しないとも認められない。)。 取消事由2も理由がない。 3 取消事由3(一致点認定の誤り・相違点の看過の3)について (1) 1において述べたとおり,引用例1の発明は,オーディオ又はビデオ信号のサブバンド符号化のためのデジタルフィルタである。そのような用途には不適であるとの前提に立って,本願発明の構成と一致しないとする原告の主張は,採用できない。 (2) 原告は,引用例1の発明は,三つの周波数帯域が生じないものであるから,本願発明の,三つの周波数帯域のうちの低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域内に生ずるノイズ(])が抑圧される構成を備えることはなく,この点において一致点認定の誤り・相違点の看過があると主張する。 この点に関する本願発明の構成要件は,「これによって,前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じるかあるいは低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(X)が抑圧され,」であり,「前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じる」ノイズと「低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じる」ノイズ信号とは,選択的に規定されているものである。 引用例1の「このサブバンド符号化方式を実現する際に特に重要な点は,各フイルタの通過帯域端において生じる折返し雑音を小さくする又は消去するための方法である。そこで直交ミラーフイルタ(以下QMFと記す)と呼ばれるフイルタを用いることにより折返し雑音を除去できる・・・」(甲第7号証2頁左上欄)の記載からは,引用例1の発明において除去の対象として明示されている雑音(ノイズ)は,これらのうち「前記符号器に続く逆性の相応のデータ整理を行う復号器に後続する相応の逆性フィルタとさらなる逆性フィルタ段の出力信号の結合におけるミラー作用によって生じる」ものであることは明らかである。したがって,このことを一致点として挙げたことに誤りはない。 しかし,審決は,相違点2として,引用例1には,「低域周波数帯域と高域周波数帯域のクロスオーバー領域については全周波数範囲のいかなる場所においても重ならないように構成されている・・・点についての記載がない。」としている。したがって,審決が「低域周波数帯域と高域周波数帯域の共通のクロスオーバー領域範囲内に生じるノイズ信号(])が抑圧され」るとの点を,選択的にせよ,引用例1の発明の構成として挙げ,この点を一致点として認定したことは,不適切であり,誤りである。 しかし,翻ってみると,上記構成(正確には構成に基づく効果)について,審決は相違点2として摘示し,その容易推考性について検討しているのであるから,上記一致点認定の誤りは,結論に影響を及ぼす相違点の誤認・看過をもたらしていないというべきである。 4 取消事由4(一致点認定の誤り・相違点の看過の4)について 原告は,引用例1の第2図のA及びD(別紙5)に示すフィルタの振幅周波数特性の遷移領域の重なりにおいてバンドギャップがあるとすると,本願発明の要件とする相補形低域パス/高域パスフィルタ段を欠くことになるから,この点について一致点認定の誤り・相違点の看過があると主張する。 しかし,引用例1の第2図のA及びD(別紙5)をみる限り,フィルタの振幅周波数特性の遷移領域の重なりにおいて伝送不能な周波数間隔(バンドギャップ)があると認めることはできない。また,審決も,そのようなバンドギャップがあると認定しているわけではないから,原告の上記主張は失当である。 5 取消事由5(相違点1の認定の誤り)について (1) 原告は,審決の相違点1の認定は文意不明であると主張する。 しかし,本願発明の特許請求の範囲には「・・・前記クロスオーバー領域(F0〜Fs)は,前記低域,中域および高域周波数帯域のそれぞれの周波数振幅応答特性における実質的にフラットな部分(0〜F0)と遮断帯域エッジ周波数(Fs)の間の周波数領域であることを特徴とする」と規定されており,相違点1は,これと対比して,引用例1の発明においては,特段そのことについて記載がないことを挙げたものと理解できる。そうすると,相違点1における「遮断帯域エッジ周波数(Fs)との間」とは,クロスオーバー領域を画する,ある周波数帯域の遮断帯域エッジ周波数(Fs)ではないもう一つの端点(本願発明ではF0)との間のことであり,また,「実質的にフラットな部分(0〜F0)との間」とは,実質的にフラットな部分(0〜F0)と,その実質的にフラットな部分にはない,クロスオーバー領域を決定する他の端点(本願発明ではFs)との間のことであり,さらに,「引用例1の発明はどの部分との間であるか。」とは,引用例1の発明については,クロスオーバー領域が,実質的にフラットな部分(0〜F0)や遮断帯域エッジ周波数(Fs)との関係でどの部分にあるか具体的な記載がない点を指摘したものと十分理解できる。 (2) 原告は,引用例1は低域通過フィルタや高域通過フィルタの遷移領域の重なりが生じても全く折り返し雑音が生じないことを教示するにとどまり,遷移領域の重なりをどのように選択するかについては全く開示されていないし,また,引用例1の発明では,甲第8号証に記載されている8次のQMFフィルタのように遷移領域の傾斜の緩やかなものが使用されているとして,この点について本願発明との相違点を看過し相違点1の認定を誤った,と主張している。 しかし,引用例1の発明において,低域及び中域周波数帯域並びに中域及び高域周波数帯域の間において,二つの対応するクロスオーバー領域の重なりが生じることは,2(2)で述べたところから明らかであり,また,低域及び高域周波数帯域の間でそのような重なりが生じることが明らかでない点については,相違点2において指摘されている。 また,引用例1の発明は,8次のQMFフィルタのように遷移領域の傾斜の緩やかなものを使用することに必ずしも限定されているものではないし,そのようなフィルタを用いなければ動作しないとも認められない。 6 取消事由6(相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,引用例1の発明において,遷移領域の傾斜の急峻なフィルタを用いる必要性はなく,むしろそのようなフィルタを用いることの阻害理由があるという技術常識を理解していないとした上で,引用例1には,本願発明が解決しようとする課題の認識がなく,遷移領域の重なりについて全く開示もなく,さらに,引用例1の発明はその傾斜の緩やかなものを採用することを前提にしているから,同発明から,低域及び高域周波数帯域の間において,二つの対応するクロスオーバー領域の重なりが生じないようにする構成を容易に推考することはできないとして,相違点2についての審決の判断は誤っている,と主張する。 (2) 引用例1の発明が,遷移領域の傾斜の緩やかなフィルタを用いることに限定されていないことは,5で述べたとおりである。 (3) 甲第8号証には「上記の例では,当該帯域以外の信号は折り返し雑音が帯域内に混入することを防止するため,帯域フィルタの阻止域減衰量を十分確保する必要があり,そのため各帯域間にはバンドギャップを生じることとなり,本来の伝送周波数帯域に欠落部分ができ,ひいては伝送品質の低下を招くという欠点があった。 〔課題を解決するための手段〕 本発明は帯域分割フィルタに直交ミラーフィルタ(quadrature mirror filter;QMF)を用いることを特徴とし,その目的は前述の如き従来の帯域分割形エコーキャンセラの欠点を除去し通話品質を改善することである。」(3頁右上欄〜左下欄)との記載がある。すなわち,本来は,折り返し雑音の混入を避けるために十分な阻止域減衰量を確保したいのであるが,バンドギャップがあると伝送品質が低下するから,クロスオーバー領域を設けることとし,それに伴う弊害を避ける技術として,QMFフィルタが存在するのである。 そうすると,引用例1の発明のように,周波数帯域を低域,中域及び高域とし,低域及び中域,中域及び高域の間にそれぞれクロスオーバー領域を設ければ,それらに加えて低域及び高域周波数帯域の間にクロスオーバー領域を設けなくても,それらの間に中域周波数帯域があるのであるから,バンドギャップが生じなくなることは当然である。すなわち,相違点2に係る構成は,周波数帯域を3分割し,低域と中域,中域と高域の間にそれぞれクロスオーバー領域を設けるという構成から,自然に出てくる構成といえるのである。 そして,クロスオーバー領域を設けることにより混入する雑音を除去する手段(2分割フィルタバンクにおいて,QMFフィルタバンクを使用すること)が周知であること,すなわちある必要性(伝送品質の低下の防止)に基づき採用される構成(クロスオーバー領域を設けること)に伴う弊害を解決する手段が周知であることは,そもそも当該必要性がないときに,当業者が上記構成のないもの(回路・装置)を思い付くことを何ら阻害するものではない。 (4) また,次のようにいうこともできる。 分割フィルタバンクにおいて,複数のフィルタで帯域を分割する際,バンド間に重なりが生じると折り返し雑音が発生するものの,これは,2分割フィルタバンクに関してはQMFフィルタバンクを用いることにより除去できることは本件優先日当時の技術常識であった(甲第7号証2頁左上欄)。しかし,QMFフィルタバンクは,引用例1の発明の3分割フィルタバンクを用いて帯域分割する場合において,低域及び中域周波数帯域を分割する各フィルタのバンド間に重なりが生じ,かつ,中域及び高域周波数帯域を分割するそれらのバンド間にも重なりが生じるだけでなく,上記各重なり間にもさらに重なりが生じる場合に,信号処理回路300に基づく雑音(挿入された信号処理回路300は入力信号の符号化/復号化や伝送路等の機能を示すもので(甲第7号証5頁左下欄),これにより一般に量子化雑音及び伝送路上の雑音と呼ばれる雑音が発生する。)を除去できるものではないし,上記さらなる重なり部分に二重にミラー効果が働き,雑音帯域が拡大することも考えられる。 そして,上記さらなる重なり部分が存在するために,雑音の発生ないし雑音帯域の拡大という問題が生じるのであるから,これを回避する方法として,上記さらなる重なり部分そのものをなくしてしまえばよい(すなわち,低域及び高域周波数帯域のクロスオーバー領域をなくすこと)と当業者が推考することは極めて容易である。 (5) 上記さらなる重なり部分が,要するに遷移領域の傾斜が緩やかな場合に発生することは明らかであるから,その傾斜を急峻なものにすること,すなわち,引用例1の発明における1003の帯域分割フィルタブロック(本願発明のさらなる相補形低域パス/高域パスフィルタ段(N2))において,遷移領域の傾斜のより急峻なフィルタを用いることもまた,当業者が容易に推考できると認められる。そして,このような構成をとれば,低域,中域及び高域を分けるフィルタにおいて,低域周波数帯域と中域周波数帯域の間の2つの対応するクロスオーバー領域が重なりかつ中域周波数帯域と高域周波数帯域の間の二つの対応するクロスオーバー領域は重なるが,低域周波数帯域と高域周波数帯域のクロスオーバー領域については全周波数範囲のいかなる場所においても重ならないような構成になることは明らかである。 本件優先日当時,遷移領域の傾斜の急峻なフィルタ及びその構成は知られていた(乙第1号証ないし第3号証。例えば,乙第3号証の「・・・フィルタ特性における通過域リップルの小さい程,また遷移域の傾斜が大きい程,さらに遮断域の減衰量が大きい程,フィルタの次数が増大し,従ってフィルタを構成する遅延素子の数が増大する。ディジタルオーディオ信号やディジタルビデオ信号を扱う場合は,所望の特性を得ようとすると,数10次あるいは100次以上の次数を必要とする。」(1頁右欄〜2頁左上欄)参照。なお,乙第1号証及び第2号証の第1版発行日は本件優先日より後であるものの,これらはその書名から明らかなとおり初学者向けの書籍であり,かつ参考文献として本件優先日以前の書物が多数列挙されていることから,それらに記載された事項は,本件優先日当時の技術常識であったと認められる。)。そして,前記のとおり,引用例1の発明において,遷移領域の傾斜の緩やかなフィルタを採用することが不可欠であるとは認められないから,急峻なものを採用することはもちろん可能である。しかも,急峻な傾斜を持つ遷移領域のフィルタ(すなわち,より理想的な特性(矩形状)に近いフィルタ)を得るために次数を増やすと,素子が多くなるため信号遅延を生じるとしても,そのことは解決可能であるし(甲第9号証の「従来の副帯域信号処理においては,そのような遅延時間補償は,QMF波機能自体の一部として,またはそれに隣接するものとして従来行われていた。・・・本発明の発明者は,副帯域チヤネル内の帯域圧縮された符号化されたデジタル信号に対して所要の遅延時間補償をうまく行うことができ・・・」(同号証13頁左上欄),乙第1号証の「5.2 デジタルフィルタの実現・・・5.2.1 乗算器を用いる方法 デジタルフィルタを実時間で実現する場合に基本となる計算は式(5.14)に示すような”たたみ込み”である。この計算を如何に効率よく高速に処理できるかが重要な問題である。・・・実際のハードウェアでは”たたみ込み”の計算でタップ切り換えをするたびごとに今述べた信号の転送を行うことができるので,信号転送のために余分な時間を必要としないようなハードウェア構成が可能である。」(同号証142頁〜144頁)参照),また,仮にフィルタの価格が高くなりコスト的に不利になるとしても,それは,低価格と性能のどちらをより優先させるかに基づき,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない。 以上のとおりであるから,引用例1の発明において,相違点2に係る構成を採用することは容易に推考でき,そのことに何の阻害理由はない。審決の相違点2についての判断に誤りはない。 7 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決にこれを取り消すべき誤りは認められない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |