関連審決 | 無効2003-35486 |
---|
審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成17行ケ10081審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ176審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14行ケ604審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16行ケ191審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18ワ13040特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 容易に実施 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
17年
(行ケ)
10080号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 ベンキュージャパン株式会社 訴訟代理人弁護士 高橋隆二 同 櫻井彰人 同 弁理士 高野昌俊 被告 シャープ株式会社 訴訟代理人弁護士 永島孝明 同 山本光太郎 同 伊藤晴國 同 明石幸二郎 同 弁理士 中尾俊輔 同 伊藤高英 同 磯田志郎 |
|
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/04/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
特許庁が無効2003-35486号事件について平成16年6月21日にした審決を取り消す。 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「液晶表示装置の駆動方法」とする特許第1662613号発明(昭和57年12月29日出願,平成2年2月19日出願公告,平成4年5月19日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。 原告は,平成15年11月26日,本件特許について無効審判の請求をした。特許庁は,同請求を無効2003-35486号事件として審理し,平成16年6月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年7月1日,原告に送達された。 2 本件特許の登録時の明細書(以下,図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨 行電極と列電極の交点に形成されるマトリックス型表示絵素の各々に薄膜トランジスタを付加したマトリックス型液晶表示装置において,前記行電極に加えられる走査信号波形の,前記薄膜トランジスタが導通状態から非導通状態に変化するタイミングを,前記列電極に加えられるデータ信号波形の,前記各々の行電極に接続された表示絵素の表示内容に対応するデータから次のデータへ変化するタイミングに対して,少なくとも走査信号が行電極上を伝播する間に生ずる最大の遅れ時間だけ進めることを特徴とする液晶表示装置の駆動方法。 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,@本件明細書の特許請求の範囲の記載は,不明りょうであり,発明の構成に欠くことができない事項が記載されているとは認められないので,昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条5項(以下「特許法旧36条5項」という。)の規定を満たしておらず,また,A本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が容易にその発明を実施することができる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されているということができず,上記改正前の特許法36条4項(以下「特許法旧36条4項」という。)の規定を満たしていないから,本件特許は,平成5年法律第26号による改正前の特許法123条1項3号の規定により無効とすべきである,との請求人(原告)の主張に対し,(ア)本件明細書の特許請求の範囲の記載が不明りょうであるということはできず,また,(イ)本件明細書の発明の詳細な説明の記載についても同様であり,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されていないとすることはできないから,請求人が主張する理由によっては本件特許を無効とすることはできないとした。 |
|
原告主張の審決取消事由
審決は,本件明細書の記載不備に関する判断を誤った(取消事由1,2)ものであり,その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(特許法旧36条5項適合性の判断の誤り) (1) 本件発明が発明の詳細な説明に記載された発明でないことについて 審決は,本件明細書の発明の詳細な説明に,「本発明(注,本件発明)の駆動方法の特徴は,・・・トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)は,行電極の電極抵抗および容量から予想される最大の遅れ時間τ1だけ,データ波形のタイミング(1)に対して速めてある」との記載があることを指摘(審決謄本5頁第1段落)した上,「本件発明の上記目的,効果を達成する上で,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)を最大の遅れ時間τ1だけデータ波形のタイミング(1)に対して速めることは本件発明の構成に欠くことができない事項であるということができるところ,本件明細書の特許請求の範囲には,これに対応して,『前記行電極に加えられる走査信号波形の,前記薄膜トランジスタが導通状態から非導通状態に変化するタイミングを,前記列電極に加えられるデータ信号波形の,前記各々の行電極に接続された表示絵素の表示内容に対応するデータから次のデータへ変化するタイミングに対して,少なくとも走査信号が行電極上を伝播する間に生ずる最大の遅れ時間だけ進める』との記載がされており,本件発明の構成に欠くことができない事項が記載されているということができる」(同頁最終段落〜6頁第1段落)と判断した。 審決の上記判断は,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)を行電極の電気抵抗及び容量から予想される最大の遅れ時間τ1(以下「最大の遅れ時間τ1」又は単に「τ 1」という。)だけデータ波形のタイミング(1)に対して速めること,すなわち,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)のデータ波形のタイミング(1)に対する進み時間Td(以下「進み時間Td」又は単に「Td」という。)を最大の遅れ時間τ1と一致させる(Td=τ 1)という事項が本件発明の構成に欠くことのできない事項であると認定した点においては正しいが,特許請求の範囲に記載された「少なくとも 走査信号が行電極上を伝播する間に生ずる最大 の遅れ時間 だけ 進める 」(下線付加)という事項が,発明の詳細な説明に記載された上記事項に対応する技術内容であるとした点は,誤りである。 本件明細書の発明の詳細な説明に開示された発明は,第6図において最大の遅れ時間τ1が進み時間とされていることに表われているように,進み時間Tdを最大の遅れ時間τ1に一致させる,すなわち,Td=τ 1とするというだけの内容である。進み時間Tdを最大の遅れ時間よりも大きくすること,すなわちTd>τ1とすることについては,本件明細書の発明の詳細な説明中に何ら説明されておらず,特許請求の範囲に記載された技術内容(Td≧τ1)は,発明の詳細な説明に記載された本件発明の必須要件に係る技術内容(Td=τ1)とは異なっている。 したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明によって裏付けられているとはいえず,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではない。 (2) 特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないことについて ア 本件発明は,その特許請求の範囲の記載から明らかなとおり,進み時間Tdが「少なくとも」最大遅れ時間τ1であること,すなわち,Td≧τ 1であることを構成要件としている。ところが,進み時間Tdが最大遅れ時間τ1よりも大きくなって,例えば,走査信号波形の前端縁のタイミングが,対応するデータ信号波形の後端縁のタイミングよりも進んでしまったような場合には,表示動作に不都合が生じ,本件発明の目的を達成できなくなる。したがって,進み時間Tdには,本件発明の目的を達成する上で技術的限界となる上限値が存在するはずであるのに,本件明細書には,上記上限値に関する明確な説明がない。そうすると,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,不明りょうであるというほかはなく,発明の構成に欠くことができない事項を記載したものとはいえない。 イ この点につき,被告は,平成16年2月16日付けで提出した審判事件答弁書において,「進み時間Tdの上限値はデータ信号波形の対応するデータの1データ長(第6図のHの幅)である」と主張した。しかしながら,進み時間Tdを大きくして,被告のいう上限値,すなわち1データ長にまで進めた場合には,例えば,本件明細書(甲2)の第6図の例で説明すると,次のような不具合が生じる。 @走査信号波形のタイミング(2)-(3)間の信号部分とデータ波形信号の対応するデータ部分との重なり状態が不必要に小さくなり,最大遅れ時間分のみの重なりとなって,十分な充電動作が阻害され,適正な表示が不可能となる。 A特に,行電極の走査信号の印加端に近いところでは,走査信号の遅れがほとんどないため,その重なり状態は略零となり,所要の充電動作が全く行われないこととなるから,表示に重大な支障を来すことになる。 Bまた,重なり部分が不必要に小さくなるということは,それにつれて隣り合うデータ部分との重なりが不必要に大きくなるので,隣り合う画素の動作に対する影響が大きくなり,かえって表示の品質を低下させてしまう。 上記@〜Bの各不具合は,いずれも本件明細書中で第5図を参照して説明されている従来技術における不具合そのものであり,仮に,進み時間Tdの上限値が被告の主張するように「1データ長」であるとすると,本件発明はその目的を達成できない部分を包含することになる。したがって,進み時間Tdの上限値が「1データ長」であるという被告の主張は,失当である。 ウ 審決は,本件明細書の特許請求の範囲の記載について,「充電動作,隣り合う画素の動作に対する影響などの表示動作の不都合は,液晶表示装置の駆動一般に際して当然考慮すべき事項であって,このような事項は,・・・本件発明の目的,効果に関係するものではなく,進み時間(注,進み時間Td)の上限値が本件発明の構成に欠くことができない事項であるというべき根拠は見出せず,この点で本件明細書の特許請求の範囲の記載が不明瞭であるということはできない」(審決謄本6頁第3段落)と判断しているが,これは,本件明細書の内容を正しく理解していないことに基づくものである。 例えば,本件明細書(甲2)には,データ波形が走査波形に対して遅れている,すなわち,データ波形に対して走査波形が進められている場合を示す第5図のa及びdの波形の組合せについて,「走査期間Hに比べて充電のスピードがあまり速くない場合には本来第5図hのように+X(注,本件明細書では「V」の前の記号は「○」と「+」を組み合わせた記号であるが,以下「+」記号で代用する。)まで充電されるものが第5図iのように途中のレベル+V3までしか充電されず,コントラストのむらを生じる」(5欄第2段落)との記載がある。これは上記イの@,Aとして指摘した不都合であり,コントラストむらを生じさせないためには,充電のスピードを考慮した所要の充電期間が確保されなければならないことが問題点として指摘されているのである。本件発明は,Td≧τ1という範囲での動作を前提としているから,「行電極および列電極の電極抵抗及び容量により駆動信号波形に歪が生じた場合でも良好な表示コントラストを得る」(同欄第3段落〈発明の目的〉)という本件発明の目的を達成するためには,所要の充電期間を確保するための条件としての進み時間Tdの上限値が存在しなければならない。 さらに,本件明細書には,電極抵抗及び容量の影響により,「本来ゼロボルトに充電されるべきものが第5図fのようにある電圧+V2に充電され,オフになるべき絵素に電圧がかかるようになる」(4欄最終段落)との指摘がされている。これは上記イのBとして指摘した不具合である。コントラストむらを生じさせないために,オフになるべき絵素に電圧がかからないようし,駆動信号波形に歪が生じた場合でも良好な表示コントラストを得るという発明の目的の達成のためにも,本件発明には,上記の不具合を発生させないための条件としての進み時間Tdの上限値が存在していなければならないはずである。 したがって,進み時間Tdの上限値が本件発明の目的とは関係しないとした審決の認定,及びこれに基づく「進み時間の上限値が本件発明の構成に欠くことができない事項であるというべき根拠は見出せず」との判断が誤りであることは明らかである。 (3) 以上のとおり,本件明細書の特許請求の範囲の記載が特許法旧36条5項に規定する要件に適合しているとした審決の判断は誤りである。 2 取消事由2(特許法旧36条4項適合性の判断の誤り) 審決は,「本件明細書の発明の詳細な説明の記載についても同様であり,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されていないとすることはできない」(審決謄本6頁第4段落)とする誤った認定をしており,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明白である。 上記1で述べたとおり,本件明細書には,特許請求の範囲に記載されたTd≧τ1のうちのTd>τ 1の範囲についての技術的説明は何ら記載されておらず,本件発明の目的を達成するために進み時間Tdの上限値をどのように決定すべきかについての指針すらも与えられていない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明を当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,特許法旧36条4項違反の記載不備がある。 |
|
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(特許法旧36条5項適合性の判断の誤り)について (1) 原告は,本件明細書の特許請求の範囲に記載された技術内容は,発明の詳細な説明に記載された本件発明の必須要件に係る技術内容とは異なると主張するが,失当である。 本件明細書(甲2)には,「(走査信号波形の)トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)は,行電極の電極抵抗および容量から予想される最大の遅れ時間τ1だけ,データ波形のタイミング(1)に対して速めてある。これによって走査波形の遅れの影響を無くすことができる」(5欄最終段落)と記載されている。 さらに,「走査波形の遅れの影響」について,「データ波形に対して走査波形が遅れている場合,即ち第5図b,cの組み合わせを考える。第i行-第j列の絵素ではトランジスタがオン状態になるとまず+Vまで充電が行なわれる。しかしトランジスタがオン状態の時にデータ波形が+Vからゼロボルトに変化するために放電が起こり,トランジスタがオフ状態に変化した時に保持している電圧は第5図eに示す如く+Vより小さくなってしまう。このような電圧降下は,遅れの程度が大きい程即ちその点から入力端を見た場合の電極抵抗および容量が大きい点程大きくなる。・・・第(i-1)行-第j列の絵素についても同様に本来ゼロボルトに充電されるべきものが第5図fのようにある電圧+V2に充電され,オフになるべき絵素に電圧がかかるようになる」(4欄最終段落)と記載されている。 すなわち,従来の液晶表示装置では,走査信号波形に歪が生じることに起因して,走査信号波形の薄膜トランジスタを導通状態から非導通状態に変化するタイミングが最大の遅れ時間τ1の間に位置するので,データ信号が次のデータに変化した後にも導通状態となっている薄膜トランジスタが存在するという不都合を生じる。これが,従来技術の問題点である「走査波形の遅れの影響」であり,「走査波形の遅れの影響」は最大の遅れ時間τ1の間に発生するのである。 そこで,本件発明は,歪が最大となる薄膜トランジスタにおいても,次のデータの取り込みによる表示不良をなくすために,走査信号波形のタイミングを進めた(速めた)ものである。走査信号波形の薄膜トランジスタを導通状態から非導通状態に変化するタイミングが最大の遅れ時間τ1の間に位置しないように走査信号波形のタイミングを進めるのであるから,本件発明は,走査信号波形のタイミングを最大の遅れ時間τ1に一致させるだけではなく,最大の遅れ時間τ 1以上に進めることも含んでいる。このように,本件明細書の発明の詳細な説明の「トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)は,行電極の電極抵抗及び容量から予想される最大の遅れ時間τ1だけ,データ波形のタイミング(1)に対して速めてある」という記載における「だけ」は,本件発明の目的に照らして,下限値を意味すると解することが技術的に妥当である。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)を,データ波形のタイミング(1)に対して,最大の遅れ時間τ1以上進めること,すなわち,Td≧τ 1が記載されている。 このように,本件発明は,走査信号が行電極上を伝播する間に生ずる走査波形の遅れの影響を無くすために,少なくとも走査信号が行電極上を伝播する間に生ずる最大の遅れ時間τ1だけ,薄膜トランジスタが導通状態から非導通状態に変化する走査信号波形のタイミング(本件特許の第6図におけるタイミング(2))を列電極に加えられるデータ信号波形が表示絵素の表示内容に対応するデータから次のデータへ変化するタイミング(同図におけるタイミング(1))に対して進めているのであるから,本件明細書の特許請求の範囲は,本件発明の構成に欠くことができない事項を記載したものということができる。 (2) 原告は,特許請求の範囲に係る発明(Td≧τ1)では,進み時間Tdに上限値が存在しなければならないのに,本件明細書の発明の詳細な説明にはTdの上限値に関する記載がない,進み時間Tdの上限値がデータ信号波形の対応するデータの1データ長(第6図のHの幅)であるとすると,この「上限値」にまで進み時間Tdを進めた場合には,第5図のa及びdの波形の組合せについて述べられているような不具合が生じるなどと主張し,コントラストむらを生じさせないためには,充電のスピードを考慮した所要の充電期間が確保されなければならないと指摘する。 ア しかしながら,原告がその主張する不具合を記載したものとして指摘する本件明細書(甲2)の記載(5欄第2段落)は,「データ波形が走査波形に対して遅れている」第5図のa及びdの波形の組合せにおいて,「走査期間Hに比べて充電のスピードがあまり速くない場合」の問題点を指摘したものであり,この場合には,「予想される遅れ時間τ2だけ,走査波形の(3)の〔トランジスタがオフからオンに変化する〕タイミングをデータ波形のタイミング(1)より遅らせる。・・・これによってデータ波形の遅れの影響を無くすることができる」(6欄第1段落,〔 〕内付加)のである。 また,本件発明は,「走査信号波形の遅れ」の影響をなくすために,「走査信号波形のトランジスタがオンからオフに変化するタイミングを進める」ことを規定するものであるから,「データ波形の遅れ」の影響を無くすために,「走査信号波形のトランジスタがオフからオンに変化するタイミングを遅らせる」ことに関する記載,しかも,充電のスピードがあまり速くない場合という特定の状況を前提とするものは,本件発明とは別の発明に関するものであり,本件発明の技術的意味の解釈には関係がない。 イ さらに,原告は,進み時間Tdの上限値はデータ信号波形の対応するデータの1データ長(第6図のHの幅)であるという被告の主張に対し,進み時間Tdを上限値(1データ長)とした場合の不具合点Bとして,隣り合うデータ部分との重なりが不必要に大きくなるので,隣り合う画素の動作に対する影響が大きくなり,かえって表示の品質を低下させてしまうことになると主張し,これと関連づけて,本件明細書にも,第5図fについて,「オフになるべき絵素に電圧がかかるようになる不具合が指摘されている」と主張する。しかし,これらは全く根拠のない主張である。本件特許の第5図fは,第(i-1)行-第j列の絵素の電位を示すものであり,第(i-1)行-第j列のトランジスタのオンからオフへ移るタイミング(2)が遅れることによって,次の第i行-第j列の絵素に対応するデータが充電されることを示している。したがって,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)をデータ波形のタイミング(1)に対して最大の遅れ時間τ1以上速めることにより解決されるのである。なお,本件発明において,トランジスタのオンからオフへ移るタイミング(2)を進めることにより,1行前の絵素に対応するデータが充電される場合もあり得るが,その後,本来の絵素に対応するデータが充電されるため,問題は生じない。 ウ 原告は,審決の「充電動作,隣り合う画素の動作に対する影響などの表示動作の不都合は,液晶表示装置の駆動一般に際して当然考慮すべき事項であって,このような事項は,電極抵抗及び容量により走査波形のタイミングが遅れると表示コントラストにむらが生じるという問題点を解決し,行電極および列電極の電極抵抗及び容量により駆動信号波形に歪が生じた場合でも良好な表示コントラストを得るという本件発明の目的,効果に関係するものではなく,進み時間の上限値が本件発明の構成に欠くことができない事項であるというべき根拠は見出せず,この点で本件明細書の特許請求の範囲の記載が不明瞭であるということはできない」(審決謄本6頁第3段落)という判断が誤りであると主張するが,その根拠とするところがいずれも失当であることは,以上述べたことから明らかである。 2 取消事由2(特許法旧36条4項適合性の判断の誤り)について 本件明細書には,上記1(1)のとおり,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)をデータ波形のタイミング(1)に対して最大の遅れ時間τ1以上進めることが開示されている。したがって,特許法旧36条4項の記載不備に関する原告の主張は,本件明細書には特許請求の範囲に記載されたTd>τ1の範囲についての技術的説明は何ら記載されていないとする前提において誤っており,失当である。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法旧36条5項適合性の判断の誤り)について (1) 原告は,@本件明細書の特許請求の範囲に規定された「少なくとも 走査信号が行電極上を伝播する間に生ずる最大の遅れ時間だけ進める」は,進み時間(Td)≧最大の遅れ時間(τ1)であることを意味しているところ,発明の詳細な説明中には,Td=τ1の場合について説明はあるが,Td>τ 1の場合の説明はないから,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではない,A本件発明がTd>τ1の場合を含んでいる以上,Tdには何らかの上限値がなければならないが,本件明細書中にはTdの上限値についての説明がないから,本件発明におけるTd≧τ1の技術内容の意義が不明であり,本件明細書の特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないなどと主張する。 (2) 本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の記載は,上記第2の2のとおりであり,発明の詳細な説明欄には,以下の記載がある。 ア 「(〈従来技術〉)・・・以上のように行電極13列電極14が無視できない大きさの電極抵抗を持つと,電極に接続された負荷容量24や浮遊容量との作用により,加えられた電圧波形に歪が生じる。例えば第4図aのような波形信号が電極に加えられた場合,電極抵抗および容量により第4図bのように歪が生じ,その波形は第4図cのように,本来の波形信号aが時間的に若干遅れを生じたとみなすことができる。」(4欄第2段落) イ 「まずデータ波形に対して走査波形が遅れている場合,即ち第5図b,cの組み合わせを考える。第i行-第j列の絵素ではトランジスタがオン状態になるとまず+Vまで充電が行なわれる。しかしトランジスタがオン状態の時にデータ波形が+Vからゼロボルトに変化するために放電が起こり,トランジスタがオフ状態に変化した時に保持している電圧は第5図eに示す如く+Vより小さくなってしまう。このような電圧降下は,遅れの程度が大きい程即ちその点から入力端を見た場合の電極抵抗および容量が大きい点程大きくなる。また第(i+1)行もオンとなるような表示内容では電圧降下は生じない。第(i-1)行-第j列の絵素についても同様に本来ゼロボルトに充電されるべきものが第5図fのようにある電圧+V2に充電され,オフになるべき絵素に電圧がかかるようになる。前述のように,電極抵抗及び容量により走査波形のタイミングが遅れると,表示内容によって絵素に加わる電圧が変化し,その変化の大きさは場所によって異なるため,表示コントラストにむらが生じる結果となる。」(4欄第2段落〜5欄第1段落) ウ 「次にデータ波形が走査波形に対して遅れている場合,即ち第5図のa及びdの波形の組み合わせを考える。この場合,第i行-第j列の絵素ではトランジスタがオンになった時に,まず第(i-1)行のデータであるゼロボルトへ向けて充電が行われた後に本来のデータである+Vに充電される。この時,トランジスタを通しての充電が速やかに行われるような駆動条件ならば第5図gのようにトランジスタがオフ状態に変わる時には常に+Vまで充電されるため問題はない。しかし,走査期間Hに比べて充電のスピードがあまり速くない場合には本来第5図hのように+Vまで充電されるものが第5図iのように途中のレベル+V3までしか充電されず,コントラストのむらを生じる。」(5欄第2段落) エ 「<発明の目的> 本発明は,マトリックス型液晶表示装置の従来の駆動方法における上記問題点に鑑みてなされたものであり,行電極および列電極の電極抵抗及び容量により駆動信号波形に歪が生じた場合でも良好な表示コントラストを得ることのできる新規有用な液晶表示装置の駆動方法を提供することを目的とするものである。」(5欄第3段落) オ 「<発明の基本原理> 本発明の駆動方法の特徴は,データ波形の切り替えのタイミングに対して,走査波形のタイミングを予じめずらせておき,波形の遅れの影響を無くすも(の)で,第6図はその駆動波形である。第6図aは列電極に加えられるデータ波形で,(1)のタイミングで等間隔(間隔H)に各行に対応するデータを切り替えている。b,cは本発明の駆動方法における走査波形である。ここで,トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)は,行電極の電極抵抗および容量から予想される最大の遅れ時間τ1だけ,データ波形のタイミング(1)に対して速めてある。これによって走査波形の遅れの影響を無くすことができる。次に走査波形においてトランジスタがオフからオンへ移るタイミング(3)は,トランジスタを通しての充電が十分に速く行われる条件では特に制限が無く,(2)-(3)の間隔は最大で走査ライン数によって定まる値Hにすることができる。このような走査波形が第6図bである。ここでデータの切り替えのタイミングと走査のタイミングは,間隔が等しく,データに対して走査がτ1だけ速くなっている。また充電が遅く,走査波形に対するデータ波形の遅れが問題となる場合は,予想される遅れ時間τ2だけ,走査波形の(3)のタイミングをデータ波形のタイミング(1)より遅らせる。これが第6図cの走査波形である。これによってデータ波形の遅れの影響を無くすることができる。」(5欄最終段落〜6欄第1段落) カ 「<発明の効果> 以上の如く本発明は,行または列電極の電極抵抗および容量とによって発生する信号波形の歪の影響を無くすことができる有効な駆動方法であり,大容量]Yマトリックス型液晶表示装置を駆動する上で極めて有益である。」(7欄第2段落) (3) 本件発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではないとの主張について 本件明細書の発明の詳細な説明の上記記載によれば,本件発明は,@「行電極および列電極の電極抵抗及び容量により駆動信号波形に歪が生じた場合でも良好な表示コントラストを得ることのできる新規有用な液晶表示装置の駆動方法を提供すること」を目的とすること(上記(2)エ),Aその基本原理は,「データ波形の切り替えのタイミングに対して,走査波形のタイミングを予じめずらせておき,波形の遅れの影響を無くす」というものであって,「トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)は,行電極の電極抵抗および容量から予想される最大の遅れ時間τ1だけ,データ波形のタイミング(1)に対して速めてある」構成に特徴を有するものであること(同オ),また,B「行または列電極の電極抵抗および容量とによって発生する信号波形の歪の影響を無くすことができる有効な駆動方法であり,大容量]Yマトリックス型液晶表示装置を駆動する上で極めて有益である」という効果を奏するものであること(同カ)が認められる。 ここで,「波形の遅れの影響」とは,本件明細書(甲2)に,「データ波形に対して走査波形が遅れている場合,即ち第5図b,cの組み合わせを考える。 第i行-第j列の絵素ではトランジスタがオン状態になるとまず+Vまで充電が行なわれる。しかしトランジスタがオン状態の時にデータ波形が+Vからゼロボルトに変化するために放電が起こり,トランジスタがオフ状態に変化した時に保持している電圧は第5図eに示す如く+Vより小さくなってしまう。このような電圧降下は,遅れの程度が大きい程即ちその点から入力端を見た場合の電極抵抗および容量が大きい点程大きくなる。・・・第(i-1)行-第j列の絵素についても同様に本来ゼロボルトに充電されるべきものが第5図fのようにある電圧+V2に充電され,オフになるべき絵素に電圧がかかるようになる」(4欄最終段落)と記載されているとおり,データ信号が次のデータに変化した後にも導通状態となっている薄膜トランジスタが存在することに生じる不都合であるから,このような波形の遅れによる影響をなくすためには,「トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)」を「データ波形のタイミング(1)に対して速める」場合の進み時間Tdが,τ1と同一(Td=τ 1)か又はそれよりも大きい(Td>τ 1)ものでなければならないことは,本件明細書中の発明の目的,構成及び効果の説明に接した当業者が格別の思考を要することなく容易に理解し得ることというべきである。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,走査波形の切り替えのタイミングをあらかじめデータ波形の切り替えのタイミングに対してずらしておく場合の進み時間Tdを少なくとも最大の遅れ時間τ1とすること(Td≧τ 1)が開示されているということができる。 この点について,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明にはTd=τ1とすることしか開示されていないと主張する。確かに,本件明細書の発明の詳細な説明には,「〈発明の基本原理〉」として,本件発明の駆動方法の特徴が説明され,進み時間Tdと最大の遅れ時間τ1との関係につき,「トランジスタがオンからオフへ移るタイミング(2)は,行電極の電極抵抗および容量から予想される最大の遅れ時間τ1だけ,データ波形のタイミング(1)に対して速めてある」と記載されていること(上記(2)オ),この説明において参照されている第6図において,トランジスタがオンからオフに移るタイミング(2)は,データ波形のタイミング(1)に対してτ1だけ速められていること(Td=τ 1)が認められる。しかしながら,本件明細書に記載された目的,効果を参酌すると,上記記載における「・・・最大の遅れ時間τ1だけ,・・・速めてある」の「だけ」は,原告主張のように進み時間Tdを最大の遅れ時間τ1とすること(Td=τ 1)のみを意味すると理解すべきではなく,むしろ,上記判示のとおり,進み時間が「少なくとも」最大の遅れ時間τ1であること,すなわちTd≧τ1を含意していると解すべきである。第6図に示された例においてTd=τ1とされていることは,本件発明の基本原理をTdが下限値(Td=τ1)である場合を例にとって説明したものと解されるから,上記のように解することを何ら妨げるものではない。 したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明というべきであり,原告の主張は採用することができない。 (4) 特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないとの主張について 原告は,本件発明における進み時間Tdの上限値に関連して,本件明細書の特許請求の範囲の記載は発明の構成に欠くことができない事項を記載していないと主張する。しかしながら,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。 ア トランジスタを通しての充電が速やかに行われるような大容量XYマトリックス型液晶表示装置において,行電極に加えられる走査信号波形の,トランジスタが導通状態(オン)から非導通状態(オフ)に変化するタイミング(2)が,列電極に加えられるデータ信号波形の各々の行電極に接続された表示絵素の表示内容に対応するデータ期間内,すなわち,前のデータから変化したタイミング後で,次のデータへ変化するタイミング前であって,かつ,トランジスタの導通状態(オン)から非導通状態(オフ)への変化の直前に必要な充電時間が得られれば,表示絵素の表示内容に対応する電圧での充電が確保される。このことは,本件特許出願前に,技術常識として認識されていたということができるのであって,本件明細書の従来技術に関する説明中の,「この時,トランジスタを通しての充電が速やかに行われるような駆動条件ならば第5図gのようにトランジスタがオフ状態に変わる時には常に+Vまで充電されるため問題はない」(上記(2)ウ),同じく発明の基本原理に関する説明中の,「次に走査波形においてトランジスタがオフからオンへ移るタイミング(3)は,トランジスタを通しての充電が十分に速く行われる条件では特に制限が無く」(同オ)との記載からも十分にうかがい知ることができる。 そして,本件明細書の発明の詳細な説明に,走査波形の遅れの影響をなくすために走査波形のタイミングを「最大の遅れ時間τ1だけ」速めておくこと(進み時間Td≧τ1)についての開示があると認められることは上記判示のとおりであり,このような開示内容に対応する構成を,特許請求の範囲に「少なくとも・・・最大の遅れ時間だけ」との文言で表現することについては,特にそのような表現によって発明の構成が不明になるなどの特段の事情がない限り,一般に許容され得るものということができる。 イ この点について,原告は,本件発明の目的を達成する上で進み時間Tdには上限値がなければならないのに,本件明細書には,この上限値についての説明がないから,特許請求の範囲の記載が不明りょうであると主張する。 しかしながら,大容量XYマトリックス型液晶表示装置において,行電極に加えられる走査信号波形の,トランジスタが導通状態(オン)から非導通状態(オフ)に変化するタイミングが適正な充電時間を確保することができなくなるようなタイミングであると,問題が発生することは明らかである(このことについては,本件明細書においても指摘されている。上記(2)ウ)から,本件明細書中に明示的に記載されていなくとも,適正な充電時間が確保するという観点から,進み時間Tdについてはおのずと上限が定まっているということができる。 原告は,進み時間を「1データ長」とした場合を例にとって,この場合には十分な充電動作が阻害され,表示に重大な支障を来すと主張するが,その当否はともかく,進み時間Tdにおのずと上限があることは,液晶表示装置の分野における当業者にとって自明のことというべきであるから,その点について本件明細書に特に記載がなくても,そのことをもって,特許請求の範囲の記載が不明りょうであるということはできず,また,上限値についての記載を欠くことをもって,特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないということもできないというべきである。 (5) 以上のとおり,原告の取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(特許法旧36条4項適合性の判断の誤り)について 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されていないとして,本件明細書の特許法旧36条4項違反の記載不備を主張する。 原告の主張は,本件明細書の発明の詳細な説明には,進み時間TdがTd=τ1である発明しか開示されていないことを前提とするものであるが,本件明細書がTd≧τ1の場合についても開示していると認めるべきことは上記1(3)判示のとおりである。そして,トランジスタがオンからオフに移るタイミング(2)をデータ波形のタイミング(1)に対して速める(進める)場合の進み時間Tdにおのずと上限があることも,当業者が容易に理解し得ることというべきであるから,Tdの上限値が明示されていなくても,当業者が本件発明を実施することに困難があるということはできない。 したがって,本件明細書に原告の主張するような記載不備があるということはできず,原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を 取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
---|---|
裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 古城春実 |