審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ネ10119特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10052特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10007損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10052特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 公然知られ(29条1項1号) / 発明特定事項 / 公知技術 / 上位概念 / 技術的範囲 / 遡及 / 分割出願 / 実質的に同一 / 権利の濫用(権利濫用) / 出願経過 / 参酌 / 均等 / 均等侵害 / 置換 / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 先使用権(先使用) / 構成要件 / 差止請求(差止) / 侵害 / 実施権 / 通常実施権 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
17年
(ネ)
10050号
特許権に基づく侵害差止等請求控訴事件
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控訴人(原告) 株式会社プラネット 訴訟代理人弁護士 土釜惟次,佐々木良行,弁理士 阿部美次郎 補佐人弁理士 武井義一 被控訴人(被告) 株式会社並木製作所 訴訟代理人弁護士 吉武賢次,保田眞紀子,宮嶋学,弁理士 勝沼宏仁 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/04/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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控訴人の求めた裁判
1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の物件を製造,販売してはならない。 3 被控訴人は,前項記載の物件を廃棄せよ。 4 被控訴人は,控訴人に対し,4536万円及びこれに対する平成15年5月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 |
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事案の概要
本判決においては,原判決と同様又はこれに準じた略称を用いることとする。 1 本件は,発明の名称を「止め具及び紐止め装置」とする本件特許権を有する控訴人が,被控訴人が製造,販売している製品は本件特許発明(請求項1及び3)の技術的範囲に属すると主張し,特許法100条に基づき被控訴人製品の製造,販売の差止めを,同法102条2項に基づき損害賠償を求めた事案である。 原判決は,被控訴人製品は,本件特許発明の特許請求の範囲請求項1の「弾性体は,外周が円形状であ」るとの要件(以下「構成要件イ」という。)及び「弾性体は,…その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており」との要件(以下「構成要件ロ」という。)をいずれも充足せず,また,仮に控訴人の主張するとおり,被控訴人製品が上記構成要件をいずれも充足するとすれば,本件分割手続は特許法44条1項の規定する分割手続要件を満たさないこととなり,本件特許権には無効理由が存在するなどとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。 当事者の主張は,次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」,「第3 争点」及び「第4 当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。 2 当審における控訴人の主張の要点(控訴理由の要点) (1) 被控訴人製品の構成について 原判決は,被控訴人製品のネックレス止め具の写真である乙10の1ないし18等に基づいて被控訴人製品の特定を行っているが,乙10の10の隙間部分は,金属製外殻体を取り除いたことにより収縮力も取り除かれ,弾性材チューブの当該部分が変形後の弓なり状態から変形前の元の無負荷(自然)状態に戻ったことにより生じた隙間部分である。したがって,乙10の10の写真は,弾性材チューブが金属製外殻体内に収容された状態そのものを360度全周にわたって正確に表したものではない。被控訴人製品の特定に関する原判決の認定は誤りである。 (2) 構成要件イの充足性 ア 原判決は,構成要件イの「弾性体」はOリング状又は円盤状のものに限られると認定したが,以下の理由から,同要件の「弾性体」は環状のものを広く含むと解すべきである。 (ア) 本件特許発明の作用効果は,弾性体の外周が円形状であり,当該外周面が球面状の中空部の内周面に面で圧接すれば達成することができるものであるから,弾性体の形状をOリング状又は円盤状に限定すべき理由はない。なお,原判決は,構成要件イ及びロを分離して個別に検討しているが,両要件は一体不可分のものとして解釈されるべきである。 (イ) 本件特許出願の審査過程において,審査官は,当初,本件特許発明の弾性体について「Oリング状又は薄い円盤状のもの」との限定が必要であると考えていた。ところが,控訴人が,弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接するという技術事項により本件特許発明の効果を奏することができる旨の説明を行ったところ,特許庁審査官は上記限定を加えることを要求することなく特許査定を行った。 (ウ) 原出願明細書は,「弾性体」をOリング状部材に限定しておらず,同明細書に記載された作用効果は,弾性体がOリング状部材でなくても生じ得る。確かに,原出願明細書では「Oリング状部材」との用語が使われているが,その理由は,原出願に係る発明の特許請求の範囲をOリング状部材からなる弾性体に限定したことから,特許法36条違反に基づく拒絶査定を回避すべく,実施の形態と特許請求の範囲との対応関係を明らかにする橋渡し的な記載が必要になったことにある。つまり,原出願明細書においては,文言どおり「弾性体」を構成要件とする発明が開示されており,特許請求の範囲のみが「Oリング状部材」に限定されているにすぎない。このことは,原出願明細書の【課題を解決するための手段】(段落【0007】ないし【0013】)においてOリング状部材であるとの限定を付さずに「弾性体」という用語が用いられている場合があり,同明細書の【発明の実施の形態】(段落【0014】以下)では,ほとんどの場合において,限定を付すことなく「弾性体」という文言が使用されていることからも明らかである。また,そもそも,「弾性体」をOリング状部材に限定する必要があるのであれば,「弾性体」という文言を使用することなく,当初から「Oリング状部材」とだけ記載すれば足りるはずである。 イ 仮に,構成要件イの「弾性体」をOリング状又は円盤状のものに限定したとしても,原出願明細書における「Oリング状部材」は「Oリング」そのものではなく,環状のものを広く包含すると解すべきであるから,被控訴人製品はなお構成要件イを充足する。 そもそも,本件特許発明のように装飾分野で使用される「Oリング状部材」の意味を機械部品における「Oリング」の意味と同様に解すべき理由はなく,原出願明細書でも「Oリング状部材」という用語と「Oリング」という用語は使い分けられている(例えば,段落【0021】)。また,原出願の願書に添付された図8,9,18には,球状の外殻体の内部に収容される弾性体として,断面が四角形状のものや,外径に対して厚み(高さ)が著しく小さいとはいえないものが開示されている。すなわち,原出願明細書における「Oリング状部材でなる弾性体」は,断面の形状にかかわらず環状のものを広く含むと理解すべきである。被控訴人製品の弾性材が環状であることは明らかであるから,被控訴人製品は構成要件イを充足する。 ウ 以上のとおり,構成要件イの「弾性体」をOリング状又は円盤状に限定されるとした原判決は誤りであり,仮に,原判決のように解釈したとしても,被控訴人製品は構成要件イを充足する。また,原出願明細書は「弾性体」をOリング状又は円盤状のものに限定していないのであるから,本件分割出願は,原出願明細書に記載された事項の範囲内でなされたものであり,適法な分割要件を満たす。 (3) 構成要件ロの充足性 ア 原判決は,本件特許発明の弾性体の外周面「全体」が中空部の球面状の内壁面に面で圧接することを意味すると認定したが,本件特許発明の弾性体の外周面はその「全体」又は「一部」が内壁面に圧接していれば足りると解すべきである。 (ア) 原判決は,控訴人が,平成14年4月9日付け意見書(乙5)において,「弾性体の外周が,外殻体の形状と同一であることから,紐部材操作時に弾性体に力が加わっても,弾性体が球面状内壁面に沿って変位また移動し得る旨の効果を説明している」(32頁)と判示するが,控訴人はそのような説明を行ったことはない。上記効果が生じるのは,中空部の外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持されるからである。 (イ) 原判決は,本件特許発明に係る当初明細書において,「弾性体の外周面の一部が,中空部の球面状の内壁面の一部の面に圧接していればよいことを示唆する記述や図面は認められず」(32頁)と指摘している。しかしながら,記載がないという消極的事実をもって,特許請求の範囲に記載のない外周面の「全体」が圧接するという要件を課すことは誤った解釈である。弁理士や出願人が明細書を作成する場合,発明特定事項としては「一部」であっても「全部」であってもいずれでも構わない場合には,あえて「一部で」あるいは「全部で」という形容をつけないのが一般的である。 (ウ) 本件特許発明の上記作用効果を奏する上で重要なのは,弾性体が外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持されることであるが,そのためには,必ずしも,弾性体の外周面の「全体」が中空部の球面状の内壁面に面で圧接している必要はなく,外周面の「一部」が球面状の内壁面に圧接していれば足りる。 (エ) 以上によれば,構成要件ロの「圧接」には,弾性体の外周面の「全部」が中空部の球面状の内壁面に面で圧接する場合のみならず,その「一部」が圧接する場合も含まれるというべきである。 イ 被控訴人製品の弾性体の「全部」又は「一部」が中空部の球面状の内壁面に面で圧接していることは,以下のとおり,明らかである。 控訴人が被控訴人製品のネックレス止め具における弾性部材の状態を明らかにするため,東京都立産業技術研究所に依頼して行った実験の結果(甲31の1ないし3)によれば,被控訴人製品の品名「K18 4m/m丸玉」(以下「4mm玉」という。)及び「K18 5m/m丸玉」(以下「5mm玉」という。)のうち,5mm玉のものについては横断面においてリング状の隙間が現れ,縦断面において隙間が生じていることが判明した。しかし,これらの隙間は被控訴人が主張するほどの大きなものではなく,「圧接」と評価できるほどのわずかなものである上,仮に隙間があっても,接触している箇所が存在する限りそこから力は伝達し,圧力を及ぼし合う関係にあるのであるから,「圧接」しているということができる。なお,被控訴人は,4mm玉は被控訴人製品ではないと主張するが十分な裏付けがない。 (4) 均等侵害について 原判決の判示するとおり,本件特許発明の「弾性体」がOリング状部材に限定されるとしても,Oリング状部材に相当する被控訴人製品の円筒状部材は,本件特許発明の本質的部分ではなく,Oリング状部材と容易に置換できる上,被控訴人製品は,本件特許出願時における公知技術から容易に推考できたものではなく,本件特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものでもないのであるから,被控訴人製品は,本件特許発明の構成と均等なものであり,本件特許権の侵害となる(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決参照。)。 3 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 被控訴人製品の構成に対して 控訴人は,乙10の10は信頼性を欠くものであるから,原判決の被控訴人製品の特定は誤りであると主張する。確かに,乙10の10の被写体は,必ずしも切断前の弾性材の状態が保全されているとはいい難いが,原判決は,乙10の15,16,乙11の写真番号5番にも依拠している。これらの写真の被写体は,いずれも弾性材が切断されておらず,弾性材が収縮している外殻体の孔付近も切断されていないから,その信頼性は高いところ,これらの写真には,露わになった弾性材の膨らみの程度が外殻体の膨らみの程度に比べて小さいことが示されており,これによれば,外殻体内部の弾性材の外周面全面が外殻体の内壁面に圧接しているとはいえないことは明らかである。 (2) 構成要件イの充足性に対して ア 構成要件イの「弾性体」がOリング状又は円盤状のものに限られるとの原判決の判断は,相当である。 控訴人は,原出願明細書及びその図面には,Oリング状又は円盤状以外の形状の弾性体が開示されていると主張するが,原出願明細書及びその図面に開示されているのはOリング状又は円盤状の弾性体のみである。同明細書の【発明の実施の形態】(段落【0014】以下)においては,単に「弾性体」と記載され,Oリング状部材であるとの限定が付されていない場合もあるが,これは「弾性体」との用語を使用するたびにOリング状部材である旨の説明を繰り返すことを避けるためにすぎない。 控訴人は,原判決が,構成要件イ及びロを分けて解釈していることを不当だと主張するが,構成要件イは,弾性体の形状を直接特定する要件であるのに対し,構成要件ロは,弾性体と球面状内壁面との関係を特定する要件であり,その意味するところが違うのであるから,両要件を分けて論じたとしても何ら問題はない。また,両要件を一体的に論じたとしても,原判決の判示に何ら影響を及ぼさない。 イ 控訴人は,構成要件イの「弾性体」をOリング状又は円盤状のものに限定したとしても,被控訴人製品は構成要件イを充足すると主張するが,理由がない。 控訴人は,「Oリング」という用語と「Oリング状部材」という用語の意味を別異に解し,「Oリング状部材」は環状のものを広く含むと主張するが,「Oリング」が一般的に使用されている用語である以上,その通常の意味に従って解釈すべきことは当然である。「Oリング状」とは,「Oリング」そのものの形状に限定されないとしても,通常理解されるOリングの形状及びこれに類似する形状を意味すると理解すべきところ,原出願の願書に添付された各図面に記載されている弾性体は,いずれも通常の意味におけるOリングの形状と実質的に同一のものである。これに対し,被控訴人製品の弾性材は,縦方向の厚みと外径が同程度であり,通常理解されるOリングの形状とは実質的に異なるものである。 (3) 構成要件ロの充足性に対して 原判決の判示するとおり,控訴人は,前記意見書(乙5)において,中空部が球面状であることに合わせて弾性体の外周が円形状であると規定したものであると説明している。弾性体の外周面の形状を外殻体の球面状の内壁面の形状に合わせて特定したということは,弾性体の外周が,外殻体の内壁面の形状と同一であることを意味する。 控訴人は,原判決が,本件特許発明に係る当初明細書において「弾性体の外周面の一部が,中空部の球面状の内壁面の一部の面に圧接していればよいことを示唆する記述や図面は認められず」と指摘していることを問題視するが,原判決は,かかる記載の欠如のみをもって外周面全体が圧接することを要すると判断したのではない。控訴人の主張は,原判決を正解しないものである。 前記4mm玉及び5mm玉のうち,4mm玉は,外殻体の表面につけられている止め輪がレーザー溶着により固定されているという被控訴人製品の特徴が認められないので,被控訴人の製品ではない。5mm玉については,その断面写真(甲31の3)から明らかなように,外殻体と弾性材との間に隙間がある。弾性材と外殻体の間にたとえわずかであっても隙間が存在するということは,両者が圧接していないことを意味する。 (4) 均等侵害に対して 控訴人による均等侵害の主張は,明らかに時機に後れており,訴訟の完結を遅延させることになることも明らかであるから,却下されるべきである。仮に,かかる主張を行うことが許されるとしても,本件特許発明の「弾性体」がOリング状部材であることは本件特許発明の本質的部分であり,出願人である控訴人は,本件特許の出願経過において,「弾性体」をOリング状部材に意識的に限定していたのであるから,均等侵害の要件を欠く。 |
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当裁判所の判断
当裁判所は,被控訴人製品は,構成要件イを充足せず,かつ,均等侵害も成立しないので,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求は理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 被控訴人製品の構成の特定について 被控訴人製品の構成について,控訴人は,乙10の1ないし18の各写真(とりわけ乙10の10の写真)は,被控訴人製品の弾性体と外殻体の内壁面との圧接状況を正確に反映していない写真であり,被控訴人製品の弾性材の外周面は,その全面が外殻体の内壁面に圧接しているはずであると主張する。 しかしながら,被控訴人製品と認められる5mm玉について,控訴人が当審において東京都立産業技術研究所に依頼して行った試験結果(甲31の3)によれば,被控訴人製品は,外殻体の中空部における最も径の大きな中央部分において,弾性材と外殻体と間に隙間を有するものと認めることができる(なお,乙31及び弁論の全趣旨によれば,4mm玉が被控訴人の製品であるとは認められない。)。控訴人は,この隙間はわずかなものである(この隙間が「圧接」と評価することを妨げるものであるかどうかは別論)と主張するが,甲31の3の写真に現れた隙間は明確であり,わずかなものなどということはできない。甲31の3の写真に示された上記隙間の位置,形状等は,乙10の9,10,14の写真に示された隙間と矛盾しないものであり,さらに乙10の15及び16,乙11の写真番号5の各写真などにも照らすと,被控訴人製品の構成は,原判決別紙「被告説明図面」の【図6】のとおりであると認められる。 2 構成要件イの充足性について (1) 控訴人は,構成要件イの「弾性体」はOリング状又は円盤状のものに限られないと主張するので,検討する。 ア 特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであるところ,本件特許の特許請求の範囲請求項1及び3には,以下のとおり記載されている。 「【請求項1】外殻体と,弾性体とを含む止め具であって,前記外殻体は,孔と,中空部とを有し,前記孔は,前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,前記中空部は,内壁面が球面状であり,前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部に内蔵されており,前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,前記通孔部は前記孔に通じている止め具。 【請求項3】止め具と,紐部材とを含む紐止め装置であって,前記止め具は,請求項1又は2の何れかに記載されたものであり,前記紐部材は,前記止め具の前記外殻体の前記孔及び前記弾性体の前記通孔部を貫通し,前記弾性体によって弾性的に保持される紐止め装置。」 上記記載,とりわけ「外周が円形状」との記載によれば,Oリング状の弾性体が本件特許発明の「外周が円形状」の「弾性体」に該当することは明らかであるが,特許請求の範囲の記載においては,「外周が円形状」の意味内容はあいまいであり,本件特許発明に含まれる「弾性体」の範囲は明らかでない。 イ そこで,本件明細書及び図面の記載を考慮するに,同明細書には,以下の記載がある。 「【0006】上述した課題を解決するため,本発明に係る止め具は,外殻体と,弾性体とを含む。…前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部の内部に内蔵され,その外周面が前記中空部の内壁面に圧接する。 【0008】本発明に係る止め具は,弾性体を有しており,弾性体は,通孔部を有し,中空部の内部に内蔵される。弾性体の通孔部は,外殻体に設けられた孔に通じている。したがって,外殻体の孔を通して,外殻体の内部に導入された紐を,弾性体の通孔部に導くことができる。この場合,紐の内径と,弾性体の通孔部の内径とを適当に選定することにより,弾性体の弾力性を利用して,通孔部を通る紐に摩擦抵抗を生じさせ,紐を任意の長さに係留することができる。 【0012】弾性体21は,通孔部22を有し,中空部13に内蔵されており,通孔部22は,孔15,16に通じている。…弾性体21は,外殻体10の内部に挿入する以前は,Oリングの形状(アルファベットのOに似た形状)を有している。このOリング形状の弾性体21に,針金等を用いた引っ掛け手段を引っ掛け,外殻体10の内部に導入することができる。 【0024】外殻体17,18の材質,形状,装飾等,及び,弾性体211,213の材質,形状等は,図1を参照して既に説明したとおりである。」 また,本件特許出願の願書に添付された図面(原出願の願書に添付された図面と同一)には,Oリング状又は円盤状の弾性体が図示され,それ以外の形状の弾性体は図示されていない。なお,図8,9には,図1に図示された弾性体よりも縦方向の厚みが長い弾性体が図示されているが,これらの図面に図示された例は,複数枚の弾性体の組合せからなるものであるところ,本件特許発明の弾性体の形状については,個々の弾性体の形状を基礎として判断するのが相当である。上記図8,9に図示された個々の弾性体の形状は,Oリング状又は円盤状であると認められる。 以上の本件明細書の記載及びその図面によれば,本件明細書においても「外周が円形状」の「弾性体」の意義についての明確な記載は存在しないというほかなく,本件特許発明の実施例にも,Oリング又は円盤状の形状以外の形状の弾性体は開示されていない。したがって,本件明細書及びその図面に照らしても,本件特許発明に含まれる「弾性体」の範囲を明確に理解することはできない。なお,控訴人は,本件特許発明の作用効果は,Oリング状又は円盤状以外の形状の弾性体でも奏することができるのであるから,本件特許発明の「弾性体」の形状は,Oリング状又は円盤状に限られないと主張するが,特許請求の範囲中に不明確な文言が用いられた場合の技術的範囲の認定において,その文言を当該発明の作用効果を奏するものをすべて含むように解すべき理由はないことはいうまでもないから,控訴人の主張は失当である。 ウ さらに,本件特許の補正経過を参酌する。 本件特許の当初明細書(乙4)の特許請求の範囲請求項1には,弾性体の構成に関し,「前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部の内部に内蔵され,その外周が前記中空部の内壁面に圧接しており,」と記載されていたところ,同記載は,平成14年4月9日付け手続補正書において,本件特許の特許請求の範囲第1項の文言,すなわち「前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部に内蔵されており,前記弾性体 は,外周 が円形状 であって ,その外周面 が前記中空部の 前記球面状 の内壁面に面で圧接し, 前記外周面 と前記球面状 の内壁面 との 前記圧接 によってのみ 前記内壁面 によって 支持 され ており」(判決注:下線部は補正部分)との文言に補正されている(乙5)。 その理由について,控訴人は,同日付け意見書(乙5)で,以下のとおり説明している。 「「前記弾性体は,外周が円形状であって」と補正する点は,出願当初明細書において,弾性体の1実施例として「Oリングの形状」と記載されていたこと,弾性体を表示する添付図面の全部において,弾性体の外周が円形状になっていること,弾性体が収納される外殻体の中空部が球面状であることから,これに圧接すべき弾性体の外周が円形状であることは当然であることから,上記補正は,出願当初明細書から,直接的かつ一義的に導かれるものと確信します。」(2頁18行〜23行) 上記意見書の記載によれば,控訴人は,Oリングの形状の弾性体は「1実施例」にすぎないと認識していることが窺われるが,他方,控訴人が言及する「弾性体を表示する添付図面の全部」には,Oリング状又は円盤状以外の形状の弾性体は開示されていないことは前記判示のとおりである。したがって,上記意見書の記載に照らしても,本件特許発明の「弾性体」がOリング状又は円盤状以外の形状のものを含むと認定することはできない。なお,控訴人は,本件特許の審査過程において,当初,審査官が「Oリング状又は薄い円盤状のもの」との限定が必要であるとの心証を抱いていたが,最終的にはそのような限定を付すことなく特許査定が行われたと主張するが,控訴人の主張するような特許査定に至るまでの審査官の心証内容や発言等は,証拠上認められないのみならず,仮に証拠上認められたとしても本件特許発明の「弾性体」の意義を認定判断する資料や根拠となるものではない。 エ ところで,本件特許出願は,平成11年7月6日に出願した特願平11-192395号(原出願)の一部を平成11年10月6日に新たな特許出願として分割出願したものである。分割出願が原出願のときにしたものとみなされるという特許法44条2項に規定された分割出願の効果に照らすと,分割出願の対象となる発明は,原出願について補正のできる範囲に限定されるべきであり,原出願の出願当初の明細書又は図面に開示されていなければならないというべきである。したがって,分割出願の特許請求の範囲の文言は,原出願の出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲外のものが含まれないことを前提として解釈するのが合理的であり,仮に,分割出願された発明が原出願の出願当初の明細書又は図面に含まれない事項を含む場合には,当該分割出願は分割出願の要件に違反して出願されたものとして,出願日遡及の効果を生じないこととなる。 そこで,本件原出願明細書(乙3)において開示されている「弾性体」の構成について検討するに,原出願に係る発明の特許請求の範囲,原出願明細書及びその図面(乙3)には,原判決(第5,2(1)ウ)認定のとおりの記載又は図示がなされており(当裁判所はこれを引用する。),さらに同明細書の【発明を解決するための手段】の段落【0008】には,「弾性体に,針金等を用いた引っ掛け手段を引っ掛け,外殻体の内部に導入することができる」との記載がある。これらの記載によれば,原出願明細書及びその図面においては,針金等で引っ掛けることにより外殻体の内部に導入できるようなOリング状又は円盤状以外の形状の弾性体は開示されていないというべきである。 これに対し,控訴人は,原出願明細書及びその図面には,Oリング状弾性体の上位概念として,形状を問わず弾性体一般が開示されていると主張する。しかしながら,原出願明細書には,「弾性体は,通孔部を有するOリング状であって」(段落【0007】),「弾性体はOリング状部材でなる」(段落【0008】)等と明確に記載された上で,限定を付さない「弾性体」という用語が使われているのであるから,同明細書における「弾性体」は,限定の有無にかかわらず「Oリング状部材」からなるものと解すべきであり,限定のない「弾性体」という文言が用いられているのは不要な繰り返しを避けるためであると理解するのが自然である。 同様に,控訴人は,原出願明細書でOリング状部材を具体的に挙げているのは,実施の形態と特許請求の範囲との対応関係を明らかにするためにすぎないと主張するが,原出願明細書の上記記載によれば,同明細書におけるOリング状部材の記載が実施の形態と特許請求の範囲との対応関係を明らかにするための単なる橋渡し的なものとは到底認められない。 控訴人は,「弾性体」をOリング状部材に限定する必要があるのであれば,「弾性体」という文言を使用することなく,当初から「Oリング状部材」とだけ記載すれば足りるとも主張するが,Oリング状部材は弾性力を有する物に限らないのであるから,「弾性体」という文言を使用する必要があることは明らかである。 オ 前記アないしウで判示したとおり,本件特許の特許請求の範囲,本件明細書及びその図面,出願経過等に照らしても,本件特許発明に含まれる「弾性体」の範囲は必ずしも明確ではない。しかしながら,前記エで判示したとおり,分割出願の特許請求の範囲には原出願の出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲外のものが含まれないことを前提として解釈するのが合理的であるところ,原出願明細書及びその図面に開示されている「弾性体」は,Oリング状又は円盤状のものに限られると認められるのであるから,本件特許発明の「外周が円形状」の「弾性体」も,Oリング状又は円盤状のものを意味すると解するのが相当である。 カ 仮に,控訴人の主張するとおり,本件特許発明の「弾性体」が環状のものを広く含むとした場合には,本件特許の特許請求の範囲には,原出願明細書及びその図面に開示されていない新たな事項が追加されていることになり,本件分割手続は特許法44条1項に規定する分割手続要件を充足せず,本件分割出願の出願日は,本件分割出願が実際に特許出願された平成11年10月6日となる。その場合,本件特許発明1及び3は,いずれも特許法29条1項1号の規定に違反して特許されたものということができ,本件特許に基づく控訴人の請求は権利の濫用に当たるものとして許されない。また,被控訴人は,特許法79条に基づき,先使用による通常実施権を有するものということができる。その理由については,原判決第5,3(1)(2)のとおりであるので,これを引用する。 (2) 控訴人は,仮に,本件特許発明の「弾性体」がOリング状部材に限定されるとしても,@装飾分野における「Oリング状部材」の意味を機械分野で用いられる「Oリング」と同様に解すべき理由はなく,A原出願明細書の段落【0021】においても「Oリング状部材」という用語と「Oリング」という用語は使い分けられており,B原出願の願書に添付された図8,9,18などには,断面が円形状のものばかりではなく,外径に対して厚み(高さ)が著しく小さい弾性体が開示されているのであるから,「Oリング状部材」は環状のものを広く含むと解すべきであるなどと主張する。 しかしながら,装飾分野においては,機械分野で用いられる「Oリング」とは異なる意味での「Oリング状部材」が存在するなどの特別な事情は証拠上認められない上,控訴人が指摘する原出願明細書の段落【0021】には「本発明に係る止め具1では,Oリング状部材でなる弾性体21が用いられているから,弾性体21として,市販のOリングの中から選択使用できる。」と記載され,本件特許発明の弾性体として市販のOリングを用いることができるとされている。したがって,原出願明細書の「Oリング状」とは,一般に市販されているOリングと同様の形状及びこれに類似する形状を意味するものと解すべきである。 また,控訴人は,原出願に添付された図8,9,18に環状の弾性体が示されていると主張するが,このうち,図8,9は,本件特許公報の図8,9と同一であり,前記判示のとおり,これらの図面に示された個々の弾性体は,Oリング状又は円盤状であると認められる。図18は,弾性体21の中心部に球面状の空隙が設けられたものであるが,弾性体21の形状としてはなおOリング状であるということができる。 以上のとおりであるから,「Oリング状部材」という用途と「Oリング」という用語の意味をことさら別異に解し,「Oリング状部材」は環状の部材を広く含むと解すべき理由はないというべきである。 乙6(「機械用語辞典」,株式会社コロナ社昭和47年9月30日初版発行)によれば,「Oリング状の弾性体」とは,乙10の5,6の写真に示されるような「円形断面の環状パッキングの形状,又はこれと類似の形状」の弾性体を意味すると認めるのが相当である。乙10の3,4,7ないし18,乙12,乙27の1ないし6によれば,被控訴人製品は,金属製パイプに円柱状の弾性材チューブを挿入し,同パイプをプレスして球状の外殻体を形成することにより製造されるものであり,その弾性材は,外殻体に内蔵された状態では,円柱の上下の部分が内側に曲がった状態であり,高さ方向の厚みが外殻体の外径と同程度であると認められる。もとより「Oリング」といってもその高さ方向の厚みには幅があり,必ずしも扁平なものには限られないというべきではあるが,原出願明細書における弾性体は「針金等を用いた引っ掛け手段を引っ掛け,外殻体の内部に導入することができる」ものであることも考慮すると,被控訴人製品の弾性材のように高さ方向の厚みが外殻体の外径と同程度のものは「Oリング状」ではないというべきである。 したがって,本件特許発明の「弾性体」をOリング状又は円盤状と解したとしても,被控訴人製品の弾性材は「Oリング状」であるものとして構成要件イを充足するとの控訴人の主張は採用できない。 (3) 以上によれば,被控訴人製品は構成要件イを充足しないのであるから,構成要件ロの充足性については検討するまでもなく,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないことは明らかである(なお,控訴人は,構成要件イ及びロは一体不可分のものとして解釈されるべきであると主張するが,構成要件イは弾性体の形状を特定する要件であるのに対し,構成要件ロは弾性体と球面状内壁面との関係を特定する要件であるから,両要件を個別に検討しても何ら問題はない。)。 3 均等侵害について 控訴人は,本件特許発明の「弾性体」がOリング状部材に限定されるとしても,被控訴人製品は本件特許発明の構成と均等なものであるから本件特許権の侵害となると主張するが,構成要件イは本件特許発明の本質的な部分であると認められるので,均等侵害が成立するための要件を満たさないことは明らかである。 4 結論 以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないので,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 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裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 佐藤達文 |