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関連審決 審判1984-2600
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11行ケ248特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  発明者 /  新規性 /  公開性 /  頒布性 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  新規性喪失の例外(喪失の例外) /  刊行物に発表 /  出願公開 /  同一の発明 /  遡及効 /  遡及 /  発明の利用 /  パリ条約 /  優先権 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  優先期間 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  公序良俗 /  同盟国 / 
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事件 昭和 59年 (行ケ) 285号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1986/05/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告「特許庁が昭和五九年審判第二六〇〇号事件について昭和五九年八月八日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決2 被告 主文第一、二項同旨の判決
請求の原因
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和五一年一月一日、名称を「第三級環式アミン」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許法第30条第1項の適用を受けることを申立てて特許出願(昭和五一年特許願第五二五号)をし、同月三一日本願発明が同条同項に規定する発明であることを証する書面として、原告を出願人とする、本願発明と同一の発明についての特許出願に係る特開昭五〇―一四二五五八号公開特許公報(以下「引用例」という。)、オランダ国特許出願第七五〇四六五三号公開公報及びドイツ連邦共和国特許出願P二四 一九 九七〇・〇号公開公報を提出したところ、昭和五八年一〇月五日拒絶査定を受けたので、昭和五九年二月二〇日審判を請求し、昭和五九年審判第二六〇〇号事件として審理された結果、同年八月八日、
「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月二五日原告に送達された。なお、出訴期間として九〇日が附加された。
2 本願発明の要旨 昭和五八年一月四日付手続補正書中の特許請求の範囲に記載されたとおりの複素環置換された五―スルフアミル安息香酸誘導体及びそれを含有する医薬製剤。
3 審決の理由の要点(一) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(二) 本願は、その出願時に、特許法第30条第1項の規定の適用を申立てており、その後昭和五一年一月三一日付で、本願発明が同条同項に規定する発明であることを証する書面として、引用例外二件が提出されている。
これに対して、原査定の理由の概要は、本願発明はその出願前頒布されたことが明らかな引用例に記載された発明であるから、
特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないというものであつて、同法第30条第1項の規定の適用については、引用例の特許公報による公開が「刊行物に発表」したことに該当しないとした。
(三) 請求人(原告)は、引用例による公開が特許法第30条第1項の「刊行物に発表」したことに該当する旨主張する。
しかしながら、同条同項にいう「発表」とは、特許を受ける権利を有する者が自らの発表せんとする積極的な意思をもつて発表することであり、他人が発表することを容認するというような消極的な意思が存在するだけでは同条同項にいう「発表」とはいえないというべきであり、これに対して、出願公開は、特許庁長官が特許公報に所定事項を掲載して行うものであつて、出願人の発明を公表しようという積極的な意思に基づいてなされるものではなく、また、特許を受ける権利を有する者が特許出願をするのは、それによつて特許権を取得するか、他人の特許権取得を阻止することにあり、特許公報による出願公開又は出願公告によつて出願にかかる発明を発表することを意図してなされるものではないというべきであるから、引用例による公開は同条同項にいう「刊行物に発表」に該当しないものであり、東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号判決(昭和五七年六月二二日言渡)においても、その旨判示されている。してみると、本願に引用例に基づく特許法第30条第1項の規定を適用することはできない。
そして、引用例には、本願発明の複数環置換された五―スルフアミル安息香酸誘導体及びこれを有効成分とする血管拡張剤が記載されている。
したがつて、本願発明は、原査定の理由によつて拒絶すべきものである。
4 審決の取消事由 本願発明は、引用例記載の発明と同一であることは争わないが、審決は、特許法第30条第1項の規定の解釈、適用を誤つたものであり、違法であるから、取消されねばならない。
(一) 引用例は、特許公開公報であつて、特許法第30条第1項に規定する「刊行物」に該当する。
同法第29条第1項第3号は、特許出願前に日本国内又は外国において頒布された「刊行物」に記載された発明は新規性を有しないと規定しており、他方で、同法第30条第1項は、右のような発明であつても、特許を受ける権利を有する者が「刊行物」に発表することにより、その発表が同法第29条第1項の各号の一に該当するに至つた場合には、一定の要件の下に特許出願をすれば、その発明は新規性を失わないものとみなす旨定めている。そして、同じ法律中の同一の用語は同一に解釈すべきであるから、右両法条の「刊行物」も当然同一に解すべきである。ところで、同法第29条第1項第3号に規定する「刊行物」とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であるとされており、特許公開公報は、出願公告と同様、公開性頒布性のいずれをも有しており、右刊行物の代表的なものとして実務上引用されている。
したがつて、特許公開公報は、同法第30条第1項に規定する「刊行物」にも該当することは明らかである。
(二) ところで、審決は、同法第30条第1項にいう「発表」とは、「特許を受ける権利を有する者が自らの発表せんとする積極的な意思をもつて発表することであり、他人が発表することを容認するというような消極的な意思が存在するだけでは『発表』とはいえない」としている。
しかしながら、右法条の「発表」をこのように狭く解する法的根拠は全く存在しない。右法条には、単に「特許を受ける権利を有する者が」、「刊行物に発表」することが規定されているのみであつて、条文の文理解釈上、刊行物への発表が特許を受ける権利を有する者の意思に基づくものであれば、必要かつ十分であり、刊行物に発表する意思がある限り、他の目的を有していても何ら妨げとなるものではない。また発表の意思の積極性消極性による区別は条文の文理解釈からは出て来ない。むしろ、同法第30条第2項において、「特許を受ける権利を有する者の意に反して」同法第29条第1項各号の一に該当するに至つた発明について同条第一項と同様に規定されていることの反対解釈からしても、同条第一項の場合は、刊行物に発表することが特許を受ける権利を有する者の「意に反しない場合」には、その者の「意思に基づく」と解するのが自然である。
本件の場合、出願人である原告は、出願を取下げたり放棄したりせずに出願を維持することにより、刊行物である引用例に本願発明を発表したのであつて、刊行物に発表する意思が存在することは明白である。けだし、特許制度は、発明の公開の代償として一定の時間的範囲でその実施について独占権を付与するものであつて、
出願をすることは当初から出願公開による発表の意思の存在したことを意味する。
そして、出願人が、出願公開に必要な特許出願の日から一年六月の期間内に右出願の取下又は放棄をすることにより自己の意思で発表を妨げることが可能であるに拘らず、これをしなかつたことは、出願当時の発表の意思が維持されていることを意味する。
このように、本願発明の公開特許公報への発表は特許を受ける権利を有する原告の意思に基づいており、同法第30条第1項刊行物に発表したものに該当する。
(三) 審決は、出願公開は、出願人の発明を発表しようという積極的な意思に基づいてなされるものではなく、また特許出願をするのは、それによつて特許権を取得するか、他人の特許権取得を阻止することにあり、特許公報による出願公開又は出願公告によつて出願にかかる発明を発表することを意図してなされるものではないとしている。仮に特許法第30条第1項にいう「発表」が特許を受ける権利を有する者の発表の積極的意思に基づくことを要するとしても、審決の右判断は次の理由により誤りである。
(1) 公開特許公報は特許法第65条の2の規定に基づいて発行されるものであり、特許出願の日(パリ条約による優先権主張を伴う出願にあつては第一国の出願の日)から一年六月を経過したときには必ず発行されなければならない。現実に、
公報編さん等の実務により、若干の遅れはあるものの、一年六月経過したものは、
出願公告済みのものあるいは公序良俗を害するおそれがあるものを除きすべて確実に発行されていることはよく知られている事実である。
ところで、特許法の目的とする発明の利用を図ることにより発明を奨励する(同法第1条)うえにおいて、発明者による発明の開示が大きな比重を占めるものであるが、発明者すべてに自ら開発した発明を第三者に発表する場が与えられているわけではなく、そのような場を全くもたないか、又は容易に得られない者が多いため、一定の方式にのつとつて出願しさえすれば一年六月経過後確実に発行される公開特許公報は、事情を知る発明者にとつて手近に利用できる発明の発表の場となつている。このような実情のもとにおいては、特許出願は、それによつて発明を公開特許公報に発表しようとする積極的意思を表明するものという意義を有すると解すべきである。
なるほど、特許法第65条の2の規定によれば、出願公開は、特許庁長官が特許公報に所定事項を掲載して行うものであるが、このことは特許を受ける権利を有する者が出願にかかる発明を公開特許公報に発表しようとする積極的な意思を有することを否定するものではない。すなわち、右の出願公開の方法に関する定めは出願公開に法律効果を伴わせるために単に発行の主体及び形態を規定したものにすぎず、特許を受ける権利を有する者の発表意思とは本来無関係なことであり、このことは一般の学会誌等の学術雑誌における発行目的、発行形態如何がその雑誌に寄稿する研究者らの発表意思の積極性の程度を示す尺度とはならないことと差異がない。
たとえ、公開特許公報が特許付与手続の一環として発行されるものであつても、
もともと特許出願をしただけでは直ちに特許権取得意思を表明したことにはならず、特許権取得意思表明のためには、特許法第48条の2所定の出願審査の請求を含む別途の手続が必要であつて、特許を受ける権利を有する者が右手続を執る以前においては、むしろ発明の発表ということが公開特許公報発行の主たる意義をなすものである。この点からみても、公開特許公報での発表は、一般の学術誌での発表と軌を一にするものであり、発表のための積極的意思を否定することはできない。
更に公開特許公報は、出願後一年六月経過すれば確実に発行される一方、出願公開前の一定時期までに出願を取下げるか放棄するかによつて出願公開を避けることができるのであつて、一般の学術誌において、一旦発表のため寄稿した後に、発表者が発表を欲しない状態になつた場合には刊行物への収載を中止することと変りはなく、このように発表者の自由な意思により発表の時期をコントロールすることができるということは、発表そのものが発表者の積極的意思に基づくことを前提としてはじめて理解できるところである。
(2) 特許出願人にとつて、特許権を取得しようとする意思が重要であることはいうまでもないが、このことは出願公開による発明の発表の意思を否定するものではない。けだし、特許権の所得は、発明の公開の代償だからであつて公開なきところに特許権は存在しないからである。すなわち、特許権の取得には発明の公開が不可避であり、特許権取得の意思ありということはすなわち発明の発表の意思があるということでもある。
また、他人の特許権取得を阻止するという特許出願人の意図も発明の発表の意思を排除するものではない。すなわち、特許公報による出願公開又は出願公告は特許法第29条第1項第3号に規定する刊行物として他人の後の特許権取得を阻止する事由になるが、これは特許公報以外の一般の刊行物に発表された発明と格別異なるものではなく、これらの刊行物により、その頒布の日以降の同一発明に関する特許出願が拒絶されることは、出願人の意思とは無関係に刊行物頒布の効果として法律の規定によつて発生する効果である。また特許法第29条の2は、特許出願における願書に最初に添付した明細書に記載された発明又は考案は、他人の後願を排除する効果を規定しているが、この後願排除権はあくまでもその出願が公開されなければ発生しないのであって、出願公開という発表に対する一種の代償として与えられるものである。これらの規定があることは発明についての発表意思の積極性を否定する根拠とはなりえない(以上述べたところは、出願公告のために発行される出願公告公報の場合も同じである。もつとも、出願公告公報の場合は、発行時期が特定されておらず、拒絶により公告に至らない不確定性をもつこと、出願公告に伴う仮保護は、特許法第52条に規定されているようにきわめて厚いものであることからして、これを単なる「発表」以上のものとする議論も可能かも知れないが、少なくとも出願公開の場合はそうではない。)。
なお、以上、日本国における公開特許公報について述べた点は、日本国の法制と同じであるドイツ連邦共和国及びオランダ国における特許出願公開公報についてもそのまま該当する。
(四) 特許庁は、これら特許公報を特許法第30条第1項の適用対象と認める旨の運用を長年にわたって堅持し、これが安定したプラクテイスとして定着してきた。このことは、特許庁が審査上のガイドラインとして制定した審査便覧にも明示されており、審査便覧(昭和三七年四月発行のもの及び昭和四六年二月発行のもの)の「一〇・三八A」では、同条同項にいう「刊行物」の例として、「国内または外国で発行された図書、雑誌、新聞、特許公報等の刊行物」が挙げられている。
このような審査プラクテイスにより、特許公報への発表に基づいて第30条の適用を受けることを申立てた数多くの特許出願が審査され、それぞれ権利が生まれた。
もし、このような慣行を否定するならば、既に登録された多くの特許権が無効になる恐れがある。したがつて、このような慣行は、特に長い歴史をもつ特許制度の法的安定性を形作るためにきわめて重要な基礎の一つであり、十分維持されるべきである。
しかるに、特許庁は、法改正措置によらず、出願人や登録権利者の蒙むる不測の損害を顧慮することなく、その手続慣行を変更した。もしこれが法改正により行われたならば、当然経過措置がとられ、既に行つた出願、登録についての権利保護が確保される筈であり、将来は改正法により出願を考えればよいので何ら混乱はない。
およそ、出願手続は、分り易くかつ安定した手続によつて行われることが必要である。本件のように、文理上、慣行上明らかになつていたものについては、たとえ解釈が分かれていても、既存の慣行を尊重し、変更の必要性が高い場合は法改正により明確にすべきであつて、解釈によつて手続を変更するのは誤りである。審決はこの点においても瑕疵を帯びる。
被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由について主張は争う。但し、本願発明は引用例記載の発明と同一であることは認める。
審決の判断は正当であつて、審決には、原告主張のような違法の点はない。
(一) 審決は、引用例である公開特許公報が特許法第30条第1項にいう「刊行物」に該当するかどうかはさておき、引用例への掲載が同条同項にいう「発表」に該当しないとの理由で、本願に引用例に基づく同条同項の規定を適用することはできないと判断したものであるが、右法条は、発明者が特許出願をすることなく、刊行物に発表する等の行為によつて発明を公表した結果、その行為によつて権利の取得が不可能になつた場合に、これを救済することを意図して設けられた規定である。これに対して、発明が特許公報に掲載されるのは、発明者が権利の取得のためにすでに特許出願をした結果であつて、その公報によつてその発明について権利を取得することが不可能になることはないのであるから、同条同項の規定は、このような場合に、もう一度重ねて権利取得の道を保障するためのものではないというべきである。
したがつて、特許公報は、同法第29条第1項第3号にいう「刊行物」に当たるかどうかが問題となる場合と異なり、同法第30条第1項にいう「刊行物」に該当しないと解すべきである。
(二) そして、同法第30条第1項の「特許を受ける権利を有する者が……刊行物に発表し」という規定は、特許を受ける権利を有する者が自らの発表しようとする意思をもつて発表すること、いいかえれば、特許を受ける権利を有する者の発表しようとする意思が明白に表明されているような発表を意味するものと解すべきであり、審決のいう「自らの発表せんとする積極的な意思をもつて発表すること」は、これと同旨である。
(三)(1) 特許法第65条の2第1項に、「特許庁長官は、特許出願の日から一年六月を経過したときは、……その特許出願について出願公開をしなければならない。
」と規定されているところから明らかなように、出願公開は、特許権取得の代償として、特許庁長官が発明を特許公報に掲載して公表する制度であつて、権利の取得に至るための避けられないプロセスの一つとして位置付けられているものである。
そして、出願公開に際しては、出願人に発表の意思があるかどうか確認することはなくこれを行い、また発明の内容が公序良俗を害するおそれがあると特許庁長官が認めた場合には、出願人の意思にかかわりなく公開されない(同条第二項第四号)。してみると、出願公開は、特許を受ける権利を有する者(出願人)の、明白に表明された発表意思に基づいて行われるものとはいえない。
出願公開は、右のとおり、特許権取得の代償として、特許庁長官が発明を公表する制度であって、原告主張のように発明者に発表の場を提供するための制度ではない。もつとも、発明者がこれを発表の場として利用することは自由であるが、そのように利用できることをもつてそれが制度の趣旨であるということはできない。また発明の発表の場として利用する目的で一度特許出願をし、出願公開された発明については、もう一度重ねて出願をする途が閉ざされることとなる。
出願公開をされる前に出願を取下げれば、出願人は発明が発表されるのを避けることができること原告主張のとおりであるが、それによつて出願の本来の目的である特許を受けることができなくなるのであり、このように、本来の目的を犠牲にしなければ出願公開を避けられないということは、出願公開に際して、出願人が何ら自由な意思をさしはさむ余地のないことを意味するものである。
出願公開は、このように、特許権取得に至るための避けられないプロセスの一つとして、出願人に発表の意思を確認することなく、特許庁長官が発明を公表するものであり、それによつて、出願人は、特許権の取得に向つて一歩前進し、その発明を実施した者に対して、補償金の支払を請求することができるという効果が得られるのである。これに対し、一般の学術雑誌は、発明者に発表の場を提供するために存在するのであつて、発表以外の効果は何も生じないのであるから、発明者がそこに投稿するという行為そのものが、発明者の発表しようとする意思を明白に表わすものということができる。したがつて、公開特許公報への掲載と一般の学術雑誌への発表とは、両刊行物の発行形態等の外形的な面を対比検討するまでもなく、根本的に相違するものである。
(2) 特許出願は、特許法第36条第1項に、「特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。」と規定されているところから明らかなように、特許権の取得を願い出る手続であつて、発明の発表を願い出る手続ではない。ただ、特許を受けるには、その代償としての出願公開を免れることはできないが、それをもつて、特許出願をするという行為自体が当初から出願公開により発明を発表する意思が存在することを表明するものであるとはいえない。むしろ、代償として免れることができないということは、特許出願において、出願公開による発明の発表の意思を明白に表わす余地がないことを意味するものである。
特許出願の維持又は取下とは、このような特許権を取得しようとする手続の維持又は取下であつて、発明の発表を願い出る手続の維持又は取下を意味するものではない。したがつて、仮に出願を取下げずに維持した結果出願公開されたとしても、
出願を維持することが発明を発表しようとする意思を明白に表わしているとはいえない。
特許出願は、前記のとおり、特許権の取得を願い出る手段であつて、権利の取得と切り離された手続ではない。ただ、出願をしただけで権利を取得できるものではなく、審査を経なければならないのであり、この審査は出願審査の請求をまつて行われるが、出願審査の請求は、出願人ばかりでなく、誰れでも請求できるものであるから、これをもつて、出願人の特許権取得意思を表明するものとはいえない。
(3) 以上のとおり、出願公開及び特許出願は、いずれも特許を受ける権利を有する者(出願人)の発明を発表しようとする意思を明白に表明するものではなく、
したがつて、公開特許公報に掲載されることは、特許法第30条第1項にいう「刊行物に発表」することに該当しないとした審決の判断に誤りはない。
(四) 特許庁の制定した審査便覧には、特許法第30条第1項の「刊行物に発表」に関する取扱について、「特許を受ける権利を有する者が国内または外国で発行された図書、雑誌、新聞、特許公報等の刊行物に発表し」と記載されていたが、
特許公報に掲載されることが同条同項にいう「刊行物に発表」したことに該当しないとする取扱がなされることが多くなるにつれて、昭和五二年に改正されて、特許公報等の具体例を挙げた部分が削除されている。そして、東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件判決(昭和五七年六月二二日言渡)において前記(二)と同旨の判示がされた後は、特許公報に掲載されることが同条同項の「刊行物に発表」に該当しないとする取扱が定着している。
特許公報に掲載されることが、同条同項にいう「刊行物に発表」したことに該当するとすることに対する疑問や弊害の指摘等は古くからなされていたところであり、特に、特許公報に掲載されるということは、すでに特許出願をした結果であるから、その特許公報に基づく同条同項の適用を申請して、もう一度重ねて出願をする途を開くことは、きわめて不自然かつ不必要なことと考えられる。
証拠関係(省略)
理 由1 請求の原因1ないし3の事実並びに本願発明は引用例記載の発明と同一であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証及び第五号証によれば、原告において本願発明が特許法第30条第1項に規定する発明であることを証する書面として特許庁長官に対し提出した書面である特開昭五〇―一四二五五八号公開特許公報(引用例)は昭和五〇年一一月一七日に、オランダ国特許出願第七五〇四六五三号公開公報は一九七五年(昭和五〇年)一〇月二八日に、ドイツ連邦共和国特許出願P二四 一九 九七〇・〇号公開公報は同年一一月一三日に、いずれも公開されたものであることが認められるから、本願は、これらの書面の公開日から六月以内に特許出願されたことが明らかである。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
(一) 特許出願にかかる発明が特許法第29条第1項各号の一に該当する場合には、新規性がないものとして特許を受けることができないが、同法は第30条にこの発明の新規性喪失の例外規定を設け、その第一項には、「特許を受ける権利を有する者が試験を行い、刑行物に発表し、又は特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもつて発表することにより、第29条第1項各号の一に該当するに至つた発明について、その該当するに至つた日から六月以内にその者が特許出願をしたときは、その発明は、同項各号の一に該当するに至らなかつたものとみなす。」と規定されている。この規定の趣旨は、特許出願をすることなく、
自ら発明を公開した者が、その後においてその発明について特許出願をした場合において、その理由の如何にかかわらずすべて特許を受けることができないとすることは、発明者、とりわけ、特許法の規定を十分知らない技術研究者にとつて酷であり、また産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法第1条)に悖る結果ともなることから、前記の要件を具備した場合には、発明がすでに公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないことを明らかにしたものというべきである。したがつて、同条同項の解釈、適用は、その趣旨に合致するよう発明者の救済措置として必要な限度に留めるべきであり、発明者を必要以上に保護したり、社会一般に不測の損害を与える結果を招来することがあつてはならない。
(二) ところで、特許法第30条第1項に定める公開の一形態である刊行物への発表について、同条項には、「特許を受ける権利を有する者が……刊行物に発表し」とのみ規定されており、刊行物の種類、性質、型態等について何ら限定していないし、また特許法は「刊行物」に関する定義規定も設けていない。一方、同法第29条第1項第3号にいう「刊行物」には、日本国内又は外国において頒布された特許公報が含まれると解するのが一般であるが、同じ「刊行物」という文言が用いられていても、同法第30条第1項の「刊行物」の解釈に当たつては、その規定の趣旨に即して検討する必要がある。
まず、国内の公開特許公報についてみると、右公報は、特許庁長官が、特許出願の日から一年六月を経過したとき、出願公告をしたものを除き、その特許出願について出願公開する方法として、所定事項を掲載して発行するものである(同法第65条の2)。ところで、特許を受ける権利を有する者は、特許出願にかかる発明が特許法の定める要件を満たすならば、当該出願手続を追行することによつて特許権を取得することができるのであるが、その手続の過程において前記出願公開のため当該発明を公表する特許公報が同法第30条第1項にいう刊行物に当たると解すると、当該特許を受ける権利を有する者は、その公開日から六月以内に再度同一の発明について特許出願をすることができることになるが、このようなことを許容することは前述した同条同項の趣旨を越えて必要以上に発明者を保護することとなる。
のみならず、出願公開後に出願が無効となつた場合(同法第18条)、あるいは出願人が任意に出願を取下げた場合には、出願人が出願公開日の日から六月以内に再度出願をしても、その出願に係る発明は本来同法第29条第1項第3号に該当し、
該発明について特許を受けることができないのであるが、公開特許公報が同法第30条第1項にいう刊行物に当たると解すると、当該発明は同号に該当するに至らなかつたものとみなされることになり、発明の新規性に関する法律の解釈、運用に不合理な結果をもたらすばかりでなく、発明者を不当に保護し、第三者による発明の利用が阻害されるという弊害が生じる。もつとも、当事者間に争いがない本願発明及び引用例記載の発明の要旨及び前掲甲第四号証によれば、右発明は、本願の出願前は昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法第32条第2号により特許を受けることができなかつたが、同改正法律(昭和五一年一月一日施行)により特許を受けることができることになつたいわゆる医薬特許発明に該当するものであり、原告は右改正法律の施行前である昭和五〇年四月二五日本願発明と同一のものであること当事者間に争いのない発明について特許出願をし、右特許出願について同年一一月一七日出願公開がされたものであることが認められ、次いで原告は右改正法律の施行当日である昭和五一年一月一日本件特許出願に及んだものであるところ、このように発明者が特定の発明について特許出願をした当時その発明について法律上特許を受けることができなかつた場合に、その後法律改正が行われて特許を受けることができるようになつたためその発明について再度特許出願をしたとき、最初の特許出願について出願公開のため発行された公開特許公報を同法第30条第1項の刊行物として同条項の適用を受けることを認めるならば、発明者にとつて特許権取得の途が開かれることになるが、発明者をそこまで保護する必要はないし、法改正の遡及効を認めるような解釈を許容すべき理由はない。
また、外国の公開特許公報についてみても、外国において特許出願をした者が当該発明について日本国において特許出願をするに当たり、パリ条約第4条所定の優先期間が経過したにもかかわらず、外国において出願公開のため発行した公開特許公報を特許法第30条第1項所定の刊行物であるとして、同条項の適用を受けることを認めることは、特許を受ける権利を有する者に対し、優先権主張の利益のほかに過重な保護を与えると共に、第三者の利益を害する結果を招来することにもなるとおもわれる。すなわち、パリ条約第4条Bは、同条所定の優先期間(特許については一二ケ月)の満了前に、「他の同盟国においてされた後の出願は、その間に行われた行為、例えば、(中略)当該発明の公表(中略)によつて不利な取扱いを受けないものとし、」と規定しており、優先期間中に行われた当該発明の公表によつて第二国出願に係る発明が新規性を失つたとして、出願について拒絶されることがないように配慮して、特許を受ける権利を有する者を保護している。もとより、第一国において、出願公開のための所要期間が原則として前記優先期間より長いものに定められている場合には、前記パリ条約第4条Bの規定にいう「当該発明の公表」の中には出願公開の型態による「公表」は含まれないこととなるが、いずれにせよ、各規定が優先期間中に行われた当該発明の公表によつて新規性を喪失したものとして第二国出願について拒絶がされることがないよう保障していること自体に変りはない。したがつて、外国において特許出願をした者が当該発明について日本国において特許出願をするに当たり、既に優先期間が経過したにかかわらず、外国の公開特許公報を特許法第30条第1項所定の刊行物であるとして、同条項の適用を受けることを認めることは、その者に前記パリ条約第4条Bの規定による発明の公表に基づく不利益取扱の禁止を適用するほか、更に、これと実質上同じ趣旨の新規性喪失の例外措置を認め、過重な保護を与えることとなり、他面において、当該発明の日本語による公開が日本国における出願日から一年六月を経過した後にされることになつて、優先権主張を伴う特許出願がされた場合と比べて遅延し、それだけ第三者に不利益を与える等の弊害を生ずるのである。本件において、前掲甲第四、第五号証によれば、原告は、本願発明と同一の発明について、一九七四年(昭和四九年)四月二五日ドイツ連邦共和国に特許出願をし、右出願について一九七五年(昭和五〇年)一一月一三日出願公開がされ、その公開特許公報が前記1認定のものであること、原告は、右発明について、一九七五年(昭和五〇年)四月一八日オランダ国に特許出願をし、右出願について同年一〇月二八日出願公開がされ、その公開特許公報が前記1認定のものであることが認められ、右認定事実に徴すれば、原告は、本願発明についてドイツ連邦共和国における特許出願に基づく優先権を主張することができる期間の経過後に、日本国に特許出願をし、特許法第30条第1項の適用を受けることの申立てをしたものであり、このような申立てを是認することは、まさに前述したような問題点を包蔵することとなることが明らかである。
してみれば、特許を受ける権利を有する者が特定の発明について特許出願をした結果、その発明が出願公開され、公開特許公報に掲載されることは、同法第30条第1項にいう「刊行物に発表し」には該当せず、この理は日本国における公開特許公報であると、外国における公開特許公報であるとにより、異なるところはないというべきである。
(三) 審決は、特許法第30条第1項にいう「発表」とは、特許を受ける権利を有する者が「自らの発表せんとする積極的な意思」をもつて発表することであり、
他人が発表することを容認するというような消極的な意思が存在するだけでは同条同項にいう「発表」とはいえず、特許公報による出願公開は出願人の発明を公表しようという積極的な意思に基づいてなされたものではないから、本件引用例による公開は同条同項にいう「刊行物に発表」に該当しないとしているが、その要旨とするところは、結局、特許出願人が特許制度を利用した結果その発明が公表された場合には、「刊行物に発表し」に該当しないことを、出願公開制度と出願人の公表意思との関係で説明したものであり、公開特許公報による公表が出願人の発明を発表しようという積極的な意思に基づかないといえるか、疑義がないではないが、同条同項の適用について特許制度との関連において特許出願人が特許制度を利用した結果、その発明が公表された場合を排除する趣旨において、本判決と結論を同じくするものであり、「発表」という文言の解釈に関する原告の主張の当否について判断するまでもなく、審決の判断は結論において正当というべきである。
なお、原告は、特許庁が特許公報について、特許法第30条第1項の適用対象と認める運用を長年にわたつて堅持し、安定したプラクテイスとして定着してきたのにかかわらず、法改正措置によらず解釈によつて手続を変更するのは誤りであると主張する。
特許庁が特許制度を運用するに当たつては、特許法の解釈についてできる限り確定的な見解をもつて望み、これがいたずらに変更されることのないように努めるべきことは行政の安定性、信頼性の要請からして当然であるが、従来の特許法の解釈あるいはこれに基づく実務の運用に誤りがあると判断するに至つたときは、これを変更するのに必ず法改正措置を経なければならないものではなく、むしろ速やかに正しい解釈に基づく運用を行うべきであり、その適否は、究極的には変更された法解釈に基づいてなされた審決その他の行政処分についての司法審査によつて判断されるものであるから、これによつて特許出願人その他関係者に不測の損害を与えることにはならない。特許庁において従来の取扱を変更し、特許公報による公表については同条同項の「刊行物に発表し」に該当しないと解釈し、これを前提とした運用が行われてきており、本件の審決もそれに沿うものであるとしても、その解釈は当裁判所の説示したところと結論において一致するものであり、これを違法とすべき理由はない。
(四) 以上のとおり、原告が本願発明が特許法第30条第1項に規定する発明であることを証する書面として特許庁長官に対し提出した書面である特開昭五〇―一四二五五八号公開特許公報(引用例)、オランダ国特許出願第七五〇四六五三号公開公報、ドイツ連邦共和国特許出願P二四 一九 九七〇・〇号公開公報への掲載は、いずれも同条同項に規定する「刊行物に発表し」に該当しないものであり、本願発明は引用例記載の発明と同一である以上、本願発明は特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないとした審決の判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 蕪山巌
裁判官 竹田稔
裁判官 濱崎浩一