関連審決 | 無効2001-35185 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ワ8874不当利得返還請求事件 平成17ワ15841不当利得返還請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ12207特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ27193損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18ワ1223特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 慣用技術 / 技術的範囲 / 明確性 / 発明の詳細な説明 / 明瞭でない記載 / 援用権(援用) / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 販売利益 / 実施権 / 専用実施権 / 移転登録 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 釈明 / |
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事件 |
平成
16年
(ワ)
5380号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 P1 原告 ミスミ株式会社 原告ら訴訟代理人弁護士 石井義人 同 濱田佳志 同 安藤誠一郎 同 林健太郎 原告ら補佐人弁理士 杉本勝徳 被告 日本コパツク株式会社 訴訟代理人弁護士 増田利昭 訴訟代理人弁理士 佐藤英昭 |
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裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 2005/05/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は、別紙物件目録記載の物品を製造、販売してはならない。 2 被告は、その本店及び営業所内に存する別紙物件目録記載の物品を廃棄せよ。 3 被告は、原告P1に対し、2350万円及びこれに対する平成16年5月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は、原告ミスミ株式会社に対し、1650万円及びこれに対する平成16年5月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は、「被服用ハンガー」に関する特許権を有している原告P1及び上記特許権の元特許権者から被告に対する損害賠償請求権を譲り受けたという原告ミスミ株式会社(以下「原告会社」という。)が、被告による製品の製造販売が上記特許権の侵害にあたると主張して、原告P1がその製造販売の差止め等及び損害賠償を、原告会社が損害賠償を、それぞれ請求した事案である。 1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。) (1) 原告P1は、下記の特許権(以下「本件特許権」といい、その明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件発明」と、その明細書を「本件明細書」という。)の特許権者である。なお、本件特許権の当初の特許権者はP2であり、原告P1は、下記のとおり、P2から特許権移転登録を受けたものである(甲1)。 発明の名称 被服用ハンガー 出願日 平成10年7月28日 出願番号 特願平10-212425号 公開日 平成12年2月15日 公開番号 特開2000-41825号 登録日 平成13年1月26日 特許番号 第3153513号 移転登録日 平成14年6月10日 特許請求の範囲の請求項1は、別紙特許公報(甲2)の該当欄記載のとおり (2) 被告は、別紙物件目録に記載された、商品名を「MB-4」という物品(以下「イ号物件」という。)を製造販売したことがある(ただし、その構造の説明と、製造販売の時期については、後記のとおり争いがある。)。 (3) P2は、原告会社との間で、P2の被告に対する本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権を全部原告会社に譲渡する旨の合意をし、その旨を被告に通知した。当該通知は、平成16年3月18日に被告に到達した。 (4) 被告は、平成16年9月9日、本件特許権について無効審判請求をした(乙1)。 当該無効審判手続において、原告P1は、本件明細書の訂正請求をした(以下「本件訂正請求」という。)(甲8の1ないし4)。 上記訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1は、下記のとおりである(甲8の4)。 フック部を形成したハンガー本体のアーム部に、略U字形の合成樹脂製のばねを有するとともにばねの両脚片の外側に開口部を備えたピンチを配設し、 前記ピンチを、端部に挟持部及び操作部を、中央部の内側に外向きのばね係止爪を、中央部の外側に前記開口部の一部を塞ぐばね保持片を、それぞれ形成した2個の対向するピンチ片と、前記ピンチ片のばね係止爪と係合する内向きの係止爪を両脚片に形成した略U字形のばねとで構成した被服用ハンガーであって、前記略U字形のばねの両脚片を、前記2個の対向するピンチ片のばね係止爪と、該ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片の間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、ばねの脚片に内向きに形成した係止爪とばね係止爪とが係合するように構成したことを特徴とする被服用ハンガー。 2 争点 (1) 本件発明の構成要件とその解釈 〔原告らの主張〕 ア 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。 (1) フック部を形成したハンガー本体のアーム部に、略U字形の合成樹脂製のばねを有するピンチを配設し、 (2) 前記ピンチを、端部に挟持部及び操作部を、中央部の内側に外向きのばね係止爪を、中央部の外側にばね保持片を、それぞれ形成した2個の対向するピンチ片と、前記ピンチ片のばね係止爪と係合する内向きの係止爪を両脚片に形成した略U字形のばねとで構成した被服用ハンガーであって、 (3) 前記略U字形のばねの両脚片を、前記2個の対向するピンチ片のばね係止爪と、該ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片の間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、 (4) ばねの脚片に内向きに形成した係止爪とばね係止爪とが係合するように構成したことを特徴とする被服用ハンガー イ 構成要件(2)及び(3)の「ばね保持片」について 特許発明の構成要件は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきである。 被告は、本件発明の基本構成は、略U字形のばねを、中央部外側のばね保持片と中央部内側の外向きのばね係止爪とで両側から係合するところにあると主張するが、そのような記載は本件明細書の特許請求の範囲の記載には存在しない。 したがって、被告が主張するように、本件発明における「ばね保持片」とは、外側からばねと係合するものである必要があると解する理由はない。 また、本件発明における「ばね保持片」については、これがばねの両脚片を押圧するものでなくとも、また、その下端が挿入したばねの両脚片の先端より上方に位置するものであっても、ばねの両脚片が完全に露出することがなく、ばねが破損した際に、破損したばねが飛散することを防止する作用を有していれば足りる。 ウ 構成要件(3)について 被告は、本件発明の構成要件(3)について、ばね保持片がばねの両脚片をばね係止爪の方向に押しつけることにより、ばねの係止爪とばね係止爪との係合を得るものでなければならないと主張するが、本件明細書の特許請求の範囲には、そのように解すべき記載は存在しないから、被告主張のように解する理由はない。 エ ピンチ片のアーム部への取付け方法及びピンチ片の組立て方法について 被告は、本件発明の、ピンチ片のアーム部への取付け方法及びピンチ片の組立て方法について、下記〔被告の主張〕エのとおり主張するが、これらはいずれも本件明細書の実施例の図面等の記載を前提としたものにすぎず、本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づかないものであるから、被告主張のように解する理由はない。 〔被告の主張〕 ア 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。 A フック部を形成したハンガー本体のアーム部に、 B 略U字形の合成樹脂製のばねを有するピンチを配設し、 C 前記ピンチを、端部に挟持部及び操作部を、中央部の内側に外向きのばね係止爪を、 D 中央部の外側にばね保持片を、それぞれ形成した2個の対向するピンチ片と、 E 前記ピンチ片のばね係止爪と係合する内向きの係止爪を両脚片に形成した略U字形のばねとで構成した被服用ハンガーであって、 F 前記略U字形のばねの両脚片を、前記2個の対向するピンチ片のばね係止爪と、該ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片の間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、 G ばねの脚片に内向きに形成した係止爪とばね係止爪とが係合するように構成したことを特徴とする被服用ハンガー イ 構成要件D及びFの「ばね保持片」について (ア) 本件発明の基本構成は、略U字形のばねを、中央部外側のばね保持片と中央部内側の外向きのばね係止爪とで両側から係合するところにある(本件特許権についての無効2001-35185号無効審判請求事件の審決書〔甲7〕5頁18行ないし19行)。 したがって、本件発明における「ばね保持片」とは、外側からばねと係合するものである必要がある。 (イ) また、「ばね保持片」は、ばねの両脚片を、ばね係止爪14とばね保持片15とで押圧する等の方法によって保持する作用を有するものでなければならない。 なぜならば、ばねが単にばね係止爪14とばね保持片15との間の空間に挿入されているだけであれば、「ばね2が破損した場合に、破損したばね2の破片が飛散することを防止することができる」(本件明細書段落【0014】)ものとはならず、ばね係止爪14とばね保持片15とで押圧等されることによって、 ばねの両脚片が固定され、ばねが破損したときにも飛散することを防止することができるようになるからである。 (ウ) さらに、「ばね保持片」は、その下端がばね係止爪14の上端より下方に位置しているだけではなく、ばねの両脚片の先端部よりも下方に位置しているものでなければならない。 そうでなければ、ばねの両脚片が露出し、破損したばねの飛散防止効果も生じず、本件明細書に本件発明の効果として記載された、「略U字形のばねの両脚片が露出することがなく、ばねが破損しても、破損したばねの破片が飛散することがな」い(段落【0021】)という効果を奏しないことになるからである。 ウ 構成要件Fについて 構成要件Fは、ばねの両脚片をばね係止爪とばね保持片との間に挿入し、このとき、ばね保持片がばねの両脚片をばね係止爪の方向に押しつけることにより、ばねの係止爪とばね係止爪との係合を得るものでなければならない。 その理由は、上記イ(イ)で述べたとおりである。 エ ピンチ片のアーム部への取付け方法及びピンチ片の組立て方法について (ア) 本件発明におけるピンチ片のアーム部への取付け方法は、ピンチ片に保持溝16が設けられ、この保持溝16にアーム部の上縁をはめ込むことにより、保持溝16がアーム部を保持する構造となっている。 (イ) 本件発明におけるピンチ片の組立て方法は、ばね2の脚片21に形成した係止爪22とばね係止爪14とを係合させて一対のピンチ片1を組み付けた後に、ピンチ片1の挟持部11側から対向するピンチ片1、1を拡開しながらハンガー本体のアーム部(H1、H2)を押し込むものである。 (2) イ号物件の構成と本件発明の技術的範囲への属否 〔原告らの主張〕 本件発明の構成要件は、上記(1)〔原告らの主張〕のとおり解釈されるべきである。 イ号物件の構造は、別紙物件目録3に記載のとおり、このうちC及びEについては、それぞれのうちAに記載のとおりに説明されるべきものである。 そして、イ号物件の突起片16aは、ピンチ片の中央部に形成され、破損したばねの飛散を防止する作用効果を有するものであるから、本件発明における「ばね保持片」に相当する。 したがって、イ号物件の構成@ないしDは本件発明の構成要件(1)及び(2)を、イ号物件の構成Eは本件発明の構成要件(3)を、イ号物件の構成Fは本件発明の構成要件(4)をそれぞれ充足する。 このように、イ号物件は、本件発明の構成要件をすべて充足し、これにより、略U字形のばねが破損しても、破損したばねが飛散することがなく、かつ、ピンチを簡単に組み立てることができるという本件発明の作用効果を奏するものであるから、その技術的範囲に属するものである。 〔被告の主張〕 ア 本件発明の構成要件は、上記(1)〔被告の主張〕のとおり解釈されるべきである。 イ号物件の構造は、別紙物件目録3に記載のとおり、このうちC及びEについては、それぞれのうちBに記載のとおりに説明されるべきものである。 イ号物件の構成@ないしB、D及びFが、それぞれ本件発明の構成要件AないしC、E及びGを充足することは認める。 イ 構成要件Dについて (ア) イ号物件の突起片16aは、単にピンチ片の外側部材16をそのまま延出しただけの構造であり、外側からばねに係合する構造とはなっていない。 (イ) また、イ号物件の突起片16aは、ピンチ片の外側部材16の延長線上に存在しているだけであり、ばねの両脚片をばね係止爪7と両側から押圧するような構造にはなっていない。 (ウ) さらに、イ号物件の突起片16aの下端は、外向きのばね係止爪7の上端より下方に位置しているものの、ばねの両脚片の先端部よりも上方に位置しており、ばねの両脚片は露出している。 (エ) このように、イ号物件の突起片16aは、本件発明における「ばね保持片」とは構造、作用とも異にするから、「ばね保持片」に相当するものではない。 そして、イ号物件には、他に本件発明におけるばね保持片に相当する部材は存在しないから、イ号物件は本件発明の構成要件Dを充足しない。 ウ 構成要件Fについて (ア) イ号物件では、ばね係止爪と外側部材16との間の空間に、ばねの両脚片を挿入し、ばね3の付勢力でピンチ片9を押圧することにより、ばね3の係止爪とばね係止爪7とが係合するのであるから、本件発明の構成要件Fの係合関係とは異なる。 したがって、イ号物件は本件発明の構成要件Fを充足しない。 (イ) イ号物件にばね保持片が存在しないことは、上記イで被告が主張するとおりである。また、上記(ア)のとおりの係合関係を有するため、イ号物件にはばね保持片が存在しない。 このように、イ号物件にはばね保持片が存在しないのであるから、イ号物件は本件発明の構成要件Fを充足しない。 エ ピンチ片のアーム部への取付け方法及びピンチ片の組立て方法について (ア) イ号物件におけるピンチ片のアーム部への取付け方法は、ピンチ片9のばね係止爪7の上端7aより上方に、内側に向けて突設した取付突起15が設けられ、この取付突起15をアーム部2の凸壁2a及び底壁2bの間に位置するように組み付け、この組み付け状態をピンチ片9を押圧するばね3の付勢力によって保持させる構造となっており、本件発明のものとは異なる。 (イ) イ号物件におけるピンチ片の組立て方法は、ハンガー本体1のアーム部2に設けられた凸壁2aと底壁2bとの間に、ピンチ片9の取付突起15が位置するようにして2個のピンチ片9、9を対向させた後に、ばね3を上方から差し込むものであり、本件発明のものとは異なる。 オ 作用効果について 本件発明の作用効果は、略U字形のばねの両脚片が露出することがなく、ばねが破損しても、破損したばねの破片が飛散することがないというものである。 ところが、イ号物件は、ばねの両脚片が露出しているので、ばねが破損した場合には、破損したばねの破片の飛散が防止できない。 したがって、イ号物件は、本件発明の作用効果を奏しない。 カ 以上のとおり、イ号物件は、本件発明の構成要件をすべて充足するものではなく、本件発明の作用効果も奏しないものであるから、本件発明の技術的範囲に属するものではない。 (3) 本件特許は特許無効審判により明細書の記載不備を理由に無効とされるべきものか 〔被告の主張〕 ア 本件発明の構成要件Fは、「前記略U字形のばねの両脚片を、前記2個の対向するピンチ片のばね係止爪と、該ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片の間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、」というものであるが、このうち「該ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片」の「その」が指し示すものが、「ばね係止爪」、「ばねの両脚片」又は「ばね保持片」のいずれであるか、明らかではない。 したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載は、明確性を欠くものであるから、本件特許には特許法36条6項違反の無効理由が存在する。 イ 本件発明の構成要件Fの部分に対応する本件明細書の発明の詳細な説明の記載としても、「そして、略U字形のばね2は、その脚片21が、ピンチ片1のばね係止爪14と、このばね係止爪14の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片15の間に形成された空間18に挿入することにより、ばね2が破損した場合に、破損したばね2の破片が飛散することを防止することができるものとなる。」(段落【0014】)とあるのみであって、このうち「このばね係止爪14の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片」の「その」が「ばね係止爪」、 「ばねの両脚片」又は「ばね保持片」のいずれを指し示しているか、明らかにされていない。 そのため、発明の詳細な説明の項の記載を参考にして、本件特許における特許請求の範囲の内容を確定することができない。 したがって、本件明細書の記載によって、当業者が本件特許発明を実施することは不可能であるから、本件特許には特許法36条4項違反の無効理由が存在する。 ウ 上記のとおり、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものである。 〔原告らの主張〕 本件発明の構成要件(3)中の、「該ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片」の「その」については、「その下端が下方に位置する」との記載がその後に続く「ばね保持片」を説明することが、前後の文脈から明らかであるから、上記「その」が「ばね保持片」を指し示すことも明らかである。このことは、本件明細書の発明の詳細な説明の項の段落【0014】の記載においても同様である。 したがって、本件明細書の特許請求の範囲の記載についても、発明の詳細な説明の記載についても、被告が主張するような不明確な点は存在せず、被告が主張するような特許無効理由も存在しない。 (4) 本件特許は特許無効審判により新規性ないし進歩性の欠如を理由に無効とされるべきものか 〔被告の主張〕 ア 本件発明は、以下のとおり新規性ないし進歩性を欠くものであり、本件特許には特許法29条違反の無効理由が存在する。 すなわち、いずれも本件特許出願前である平成10年5月6日公開の特開平10-113273号公報(乙2)、平成2年3月7日発行の意匠登録第782935号公報(乙3)及び平成8年8月13日公開の特開平8-205984号公報(乙4の2)にそれぞれ記載された各発明(それぞれ以下「引用発明1」ないし「引用発明3」という。)は、いずれも、本件発明と同一であるから、本件発明は新規性を欠くものである。 仮に、引用発明1ないし3に、本件発明と同一でない部分があるとしても、それはわずかな差異にすぎないものであって、当業者であれば、引用発明1ないし3から本件発明に想到することは容易であるから、本件発明は進歩性を欠くものである。 イ 本件特許については、前記「前提となる事実」(4)記載のとおり、訂正請求がされているが、上記訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、あるいは変更するものであり、また、発明をかえって不明瞭にするものであるから許されるものではない。 また、仮に上記訂正請求が認められるとしても、ピンチに開口部を備えることは、周知慣用技術であり、上記特開平8-205984号公報(乙4の2)にも記載されているものであるから、当業者であれば容易になし得たものである。 そして、上記特開平10-113273号公報(乙2)には、本件発明におけるばね保持片に相当する箇所が存在するから、開口部の一部を塞ぐばね保持片を設けることも、当業者であれば、上記記載に基づいて容易に想到することができる。 したがって、仮に上記訂正請求が認められるとしても、本件発明が進歩性を欠くことに変わりはない。 ウ 上記のとおり、上記訂正請求が認められるか否かにかかわらず、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものである。 〔原告らの主張〕 ア 被告は、特開平10-113273号公報(乙2)に記載された引用発明1を援用する。 しかし、本件発明と引用発明1は、@本件発明においては、ハンガー本体のアーム部にピンチを配設するのに対し、引用発明1では、ハンガー本体のアーム部に相当するハンガー腕ではなく、これと別に設けられた桟材に衣類挟持用のクリップが設けられる点、A引用発明1におけるクリップ板41aは、クリップに挿入された付勢部材(ばね)全体を覆うものであり、本件発明においてピンチ片中央部に設けられたばね保持片に相当するものではなく、引用発明1には、他にばね保持片に相当する構成が存在しない点、B引用発明1においては、ばね保持片が存在せず、その結果、本件発明の構成要件(3)を充足しない点において相違する。 そして、上記相違点は、わずかなものではなく、当業者において引用発明1から容易に本件発明を想到することができたものではない。 イ 被告は、意匠登録第782935号公報(乙3)に記載された引用発明2を援用する。 しかし、本件発明と引用発明2は、@本件発明においては、ハンガー本体のアーム部にピンチを配設するのに対し、引用発明2では、ハンガー本体のアーム部ではなく、ハンガーの横桟に挟持具が取り付けられる点、A引用発明2におけるクリップ片は、ばね全体を覆うものであり、本件発明においてピンチ片中央部に設けられたばね保持片に相当するものではなく、引用発明2には、他にばね保持片に相当する構成が存在しない点、B引用発明2においては、ばね保持片が存在せず、その結果、本件発明の構成要件(3)を充足しない点において相違する。 そして、上記相違点は、わずかなものではなく、当業者において引用発明2から容易に本件発明を想到することができたものではない。 ウ 被告は、特開平8-205984号公報(乙4の2)に記載された引用発明3を援用する。 しかし、本件発明と引用発明3は、@本件発明のばね保持片は、ピンチ片のばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置する構造を有するものであるのに対し、引用発明3における飛散防止部8は、そのような位置関係に配置されたものではないから、飛散防止部8は本件発明のばね保持片に相当するものではなく、引用発明3には、他にばね保持片に相当する構成が存在しない点、A引用発明3においては、その下端がばね係止爪の上端より下方に位置するばね保持片が存在せず、 その結果、本件発明の構成要件(3)を充足しない点において相違する。 そして、上記相違点は、わずかなものではなく、当業者において引用発明3から容易に本件発明を想到することができたものではない。 エ 以上のとおり、引用発明1ないし3は、いずれも、本件発明とは異なったものであり、かつ、これらによって、本件発明の進歩性も否定されるものではないから、被告が主張するような特許無効理由は存在しない。 (5) 原告会社との関係で特許法102条及び103条は適用されるか 〔被告の主張〕 特許法102条及び103条は、特許権者又は専用実施権者による請求について適用されるものである。 ところが、原告会社は、本件特許権の特許権者ではなく、過去にそうであったこともない。 したがって、原告会社との関係で、特許法102条及び103条は適用されない。 〔原告会社の主張〕 争う。 (6) 損害の額 〔原告らの主張〕 ア 原告会社が譲り受けたP2の損害 1650万円 被告は、遅くとも平成13年1月ころ以降現在まで、イ号物件を業として製造、販売しており、その数量は1月当たり少なくとも10万本に上る。 P2が代表者を務める株式会社トスは、本件発明の実施品であるハンガーを販売していたが、その1本当たりの利益額は10円である。 被告によるイ号物件の販売行為がなければ、株式会社トスは自らのハンガーを販売することができた。 したがって、被告によるイ号物件の販売行為により、P2は、本件特許権の登録日である平成13年1月26日から原告P1への移転登録日の前日である平成14年6月9日までの16.5月分である少なくとも165万本の販売利益である少なくとも1650万円の損害を被った。 原告会社は、P2の被告に対する上記損害賠償請求権を譲り受けた。 イ 原告P1の損害 2350万円 原告P1は、本件発明の実施品であるハンガーを販売しているが、その1本当たりの利益額は10円である。 被告によるイ号物件の販売行為がなければ、原告P1は自らのハンガーを販売することができた。 したがって、被告によるイ号物件の販売行為により、原告P1は、本件特許権の原告P1への移転登録日である平成14年6月10日から現在までの23.5月分である少なくとも235万本の販売利益である少なくとも2350万円の損害を被った。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。 なお、被告は、平成13年7月をもって、イ号物件の製造販売を終了した。 |
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当裁判所の判断
1 争点(4)(本件特許は特許無効審判により新規性ないし進歩性の欠如を理由に無効とされるべきものか)について (1)ア 本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の項には、以下のとおりの記載が存在する。 (ア) 「発明の属する技術分野」の項 本発明は、被服用ハンガーに関し、特に、スラックス、スカート等の被服(本明細書において、単に「被服」という。)を、縫製工場から販売店等へ出荷する際に使用される業務用の被服用ハンガーに関するものである。 (イ) 「従来の技術」及び「発明が解決しようとする課題」の項 被服を、縫製工場から販売店等へ出荷する際に使用される業務用の被服用被服用〔判決注・「被服用」が重複して記載されているのは誤記と認める。〕ハンガーとして、従来、フック部を形成したハンガー本体のアーム部に、略U字形のばねを有するピンチを配設した被服用ハンガーが汎用されている…。この被服用ハンガーは、被服を被服用ハンガーに保持した状態で、縫製の際に使用した針の残留を検知する検針装置にかけることができるように、略U字形のばねを有するピンチを含むすべての部材を、鉄分を有しない合成樹脂により製造するようにしている。 合成樹脂製のばねは、金属製のばねに比べて破損し易いという問題があった。しかしながら、従来の被服用ハンガーは、被服用ハンガーのピンチを組み立てる際の作業性等を考慮して、ピンチを開放的な構造としているため、略U字形のばねが露出し、このため、ばねが破損したとき、破損したばねの破片が飛散して、作業者等が負傷するおそれがあった。 本発明は、上記従来の被服用ハンガーの有する問題点に鑑み、ピンチに用いる略U字形のばねが破損しても、破損したばねの破片が飛散することがなく、かつ、被服用ハンガーのピンチを簡単に組み立てることができる被服用ハンガーを提供することを目的とする。 (ウ) 「課題を解決するための手段」及び「発明の効果」の項 本発明の被服用ハンガーによれば、ピンチを構成する2個の対向するピンチ片の中央部の内側に外向きのばね係止爪を、中央部の外側にばね保持片を、 それぞれ形成し、略U字形のばねの両脚片を、2個の対向するピンチ片のばね係止爪と、ばね係止爪の上端よりその下端が下方に位置するばね保持片の間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、ばねの脚片に内向きに形成した係止爪とばね係止爪とが係合するように構成するようにしているので、略U字形のばねの両脚片が露出することがなく、ばねが破損しても、破損したばねの破片が飛散することがなく、安全性の高い被服用ハンガーとすることができる。 イ なお、本件訂正請求のうち、上記アの記載に関係する部分は、以下のとおりである。 (ア) 「従来の技術」及び「発明が解決しようとする課題」の項の記載中、「被服を、縫製工場から販売店等へ出荷する際に使用される業務用の被服用被服用ハンガーとして、」との記載のうち、「被服用被服用ハンガー」とあるのを、 誤記訂正を目的として「被服用ハンガー」と訂正する。 (イ) 「課題を解決するための手段」及び「発明の効果」の項の記載中、 「ピンチを構成する2個の対向するピンチ片の中央部の内側に外向きのばね係止爪を、中央部の外側にばね保持片を、それぞれ形成し、」とあるのを、特許請求の範囲の記載の訂正と整合させるために、明瞭でない記載の釈明を目的として、「ピンチを構成する2個の対向するピンチ片の中央部の内側に外向きのばね係止爪を、中央部の外側に開口部の一部を塞ぐばね保持片を、それぞれ形成し、」と訂正する。 ウ 上記のとおりの本件明細書の記載に照らせば、本件発明は、被服を縫製工場から販売店等へ出荷する際に使用される業務用の被服用ハンガーにおいて、略U字形のばねを有するピンチを含むすべての部材を合成樹脂により製造しているが、従来の被服用ハンガーは、ピンチを組み立てる際の作業性等を考慮して、ピンチを開放的な構造としているため、略U字形のばねが露出し、このため、ばねが破損したとき、破損したばねの破片が飛散して、作業者等が負傷するおそれがあるという課題が存在したところ、ピンチの組み立ての容易性を確保しつつこの課題を克服するため、本件特許請求の範囲の記載のとおりに、略U字形のばねの脚片を、ピンチ片のばね係止爪と、ばね保持片の間に形成された空間に挿入させ、ばねの脚片に形成した係止爪とばね係止爪とが係合するように構成することで、略U字形のばねの両脚片を露出させず、これによって、ばねが破損しても、破損したばねの破片が飛散することがなく、安全性を高めるという効果を達しようとするものであると認められる。 (2)ア 本件特許出願前である平成10年5月6日に公開された特開平10-113273号公報(乙2)には、以下の記載があることが認められる。 (ア) 特許請求の範囲の項【請求項1】 中央部に上方に向かってフックが突設され、かつ、中央部から左右に向けて先下がりに設けられた左右一対の衣類吊持杆を有するハンガー本体と、上記一対の衣類吊持杆の先端部間に差し渡された桟材と、この桟材に摺接状態で長手方向に移動可能に付設された衣類挟持用の少なくとも一対のクリップとを備えて形成された衣類用ハンガーにおいて、上記クリップは、上記桟材回りに回動することによって衣類を挟持して吊持する鉛直姿勢と、この鉛直姿勢から所定角度傾斜した傾斜姿勢との間で姿勢変更可能に桟材に取り付けられ、上記桟材は、上記クリップの桟材に沿った長手方向への移動を規制する複数のクリップ移動規制部を有し、上記クリップは、鉛直姿勢に設定された状態で上記クリップ規制部によって上記移動が規制され、傾斜姿勢に設定された状態で上記移動の規制が解除されるように構成されていることを特徴とする衣類用ハンガー。 (イ) 発明の詳細な説明の「発明の実施の形態」の項、段落【0022】ないし【0028】 …クリップ4は、左右一対のクリップ板41と、これらクリップ板41の略中央部の対向面に互いに対向する方向に向かって突設された軸受板42と、 各クリップ板41の下端部の対向面に互いに対向する方向に向かって膨設された膨設部43と、一対のクリップ板41を付勢状態で互いに結合する付勢部材44とを備えて形成されている。 上記クリップ板41は、クリップ板本体41aと、このクリップ板本体41aの外周部に裏面側に向かって環状に突設された環状壁部41bとを備えて形成され、この環状壁部41bに囲繞された空間に上下方向に延びるように左右一対の軸受板42が設けられ、これら軸受板42間に上記付勢部材44を装着する装着空間41cが形成されている。 上記軸受板42は、上下の裾部から中央部分に向けて盛り上がった軸受部(嵌合片)42aを有しており、この軸受部42aに上記桟材本体31の径より僅かに大きい径を有する半円状の円弧部42bが設けられている。これら左右一対の円弧部42bが桟材本体31に外嵌された状態で一対のクリップ板41からなるクリップ4が桟材本体31に装着されるようになっている。また、上記円弧部42bの下部の軸受板42間には架橋片42cが架橋されている。この架橋片42cとクリップ板本体41aとの間には上記付勢部材44の側部が挿通され得る隙間が形成されている。 上記膨設部43は、クリップ板41の装着空間41cの下部の仕切り片41dによって仕切られた部分に嵌め込まれたゴム製の緩衝材430によって形成されている。この緩衝材430は、上部が環状壁部41bの上縁部と面一状態の直方体状に形成され、下部が側面視で円弧状に膨出されて蒲鉾状に形成されている。そして、左右一対のクリップ板41の下縁部間に衣類を配置して各下縁部を互いに押圧接近させることにより左右の膨設部43が衣類を押圧挾持し、これによる膨設部43の弾性変形で膨設部43間に挾持された衣類が外れ難くなるようにしている。 上記付勢部材44は、弾性変形し得る硬質の合成樹脂がU字形状に成形され、かつ、両端部が互いに当接するように形成されている。従って、上記両端部を離間させると、両端部が当接する方向に付勢力が生じるようになっている。この付勢部材44は、幅寸法がクリップ板41の装着空間41cの軸受板42間の隙間寸法よりも小さく設定されているとともに、上下寸法が桟材本体31の直径の2倍強に設定されている。また、付勢部材44の上部の曲折部分は、内面の円弧の径寸法が桟材本体31の径寸法より若干大きく設定され、これによって桟材本体31が上記曲折部分に嵌まり込み得るようにしている。 このような付勢部材44は、両端部に互いに接近する方向に突設された一対の爪片44aを有しており、付勢部材44の両側部が一対のクリップ板41のクリップ板41に上方から差し込まれた状態で、爪片44aが架橋片42cを潜って架橋片42cに係合し、これによって付勢部材44が抜け止めされた状態で一対のクリップ板41を結合し、…クリップ4が得られるようになっている。 このようにして形成されたクリップ4は、付勢部材44が弾性変形した付勢力によって各クリップ板41の架橋片42cを互いに接近する方向に押圧することにより膨設部43同士が押圧当接されるようになっている。そして、桟材本体31に対して円弧部42bを外嵌させた状態で各クリップ板41を互いに対向させ、この状態で上記のように付勢部材44の両側部をそれぞれの装着空間41cに挿入することによって、…桟材本体31にクリップ4が装着された状態になる。 イ そして、上記のとおりの記載及び同公報の第1図、第3図によれば、同公報の記載において、ハンガー腕、付勢部材、付勢部材の両側部、爪片、クリップ、クリップ板及び架橋片が、それぞれ本件発明におけるハンガー本体、ばね、ばねの両脚片、係止爪、ピンチ、ピンチ片及びばね係止爪に相当することは明らかである。 そうすると、引用発明1は、少なくとも、フック部を形成したハンガー本体に取り付けられた桟材本体に、ピンチを配設したものであり、当該ピンチは、 中央部の内側に外向きのばね係止爪を形成した2個の対向するピンチ片と、前記ピンチ片のばね係止爪と係合する内向きの係止爪を両脚片に形成した略U字形の合成樹脂製のばねとで構成されたものであり、ばねの両脚片を、対向するピンチ片のピンチ片本体とばね係止爪との間に形成された空間にそれぞれ挿入することによって、ばねの係止爪とばね係止爪が係合するように構成されたものであると認められる。 (3) そこで、本件発明と引用発明1とを比較すると、両者は、いずれも、略U字形の合成樹脂製のばねを有するピンチが配設され、前記ピンチが、中央部の内側に外向きのばね係止爪を形成した2個の対向するピンチ片と、前記ピンチ片のばね係止爪と係合する内向きの係止爪を両脚片に形成した略U字形のばねとで構成した被服用ハンガーであって、前記略U字形のばねの両脚片を、前記2個の対向するピンチ片のばね係止爪と、ピンチ片の本体(引用発明1)ないしピンチ片に形成されたばね保持片(本件発明)との間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、ばねの脚片に内向きに形成した係止爪とばね係止爪とが係合するように構成したことを特徴とする被服用ハンガーである点で一致し、以下の各点で一応相違するということができる。 @ ピンチが、本件発明においては「ハンガー本体のアーム部」に配設されるのに対し、引用発明1においてはハンガー本体に取り付けられた桟材本体に配設される点 A ピンチ片の端部に、本件発明においては「挟持部」及び「操作部」が形成されるのに対し、引用発明1においては特段の部位形成がされる旨の記載がない点 B 本件発明においては、ピンチ片の中央部の外側に、その下端がばね係止爪の上端より下方に位置するように、ばね保持片が形成されるのに対し、引用発明1においては、ピンチ片本体がばねの両脚部分の外側全体を覆うように一体として形成され、特段の部位形成がされていない点。 (4) 上記(3)の各相違点について検討する。 ア 相違点@について 確かに、本件発明においては、ピンチは「ハンガー本体のアーム部」に配設するものとされているのに対し、引用発明1においては、ハンガー本体に桟材本体が取り付けられ、これにピンチが配設されている。 しかしながら、「ハンガー本体」や「アーム部」の形状について、本件発明は何ら限定するところがなく(本件明細書においても、「発明の実施の形態」の項の段落【0010】に、ハンガー本体の形状は任意の形状のものを採用することができる旨記載されている。)、本件明細書にも、ピンチを「ハンガー本体のアーム部」に取り付けることにより格別の作用効果がある旨の記載も示唆もない。 また、上記(1)のとおり、本件発明は、従来汎用されている「フック部を形成したハンガー本体のアーム部に、略U字形のばねを有するピンチを配設した被服用ハンガー」を前提として、そのピンチ部を改良しようとするものであり、被服用ハンガーを、上記のように「フック部を形成したハンガー本体のアーム部に、略U字形のばねを有するピンチを配設」して構成することは、例えば本件特許出願前に刊行された意匠登録第782935号公報(乙3)及び特開平8-205984号公報(乙4の2)にも記載されているところであり、本件特許出願当時の当業者にとって周知慣用技術であったと認められる。 したがって、引用発明1において、桟材本体をハンガー本体に取り付ける別部材とせず、これに相当する部分を一体としてハンガー本体を形成し、これにピンチを配設するように構成することは、単なる設計事項にすぎないというべきである。 よって、上記相違点@は、実質的には相違点にはあたらない。 イ 相違点Aについて 確かに、本件発明においては、ピンチ片の端部に、「挟持部」及び「操作部」を形成するとされているのに対し、引用発明1においては特段の部位形成がされる旨の記載がない。 しかしながら、上記「挟持部」及び「操作部」について、本件明細書には、「発明の実際の形態」の項の段落【0012】において、「ピンチ片1の本体10の一端に被服を挟持する挟持部11を、他端に指をかけて押圧する操作部12を形成」する旨が記載されているにすぎず、その形状等については何らの限定もなく、これを設けることによる格別の効果も示唆されていない。 したがって、上記「挟持部」及び「操作部」とは、ピンチ片において、 それぞれ端部に所在する、「被服を挟持する」部位及び「指をかけて押圧する」部位を示しているにすぎないものと解すべきである。 そうすると、引用発明1においては、クリップ板の下端部が被服を挟持する部位である「挟持部」に、上端部が指をかけて押圧する部位である「操作部」に、それぞれ相当するというべきであるから、上記相違点Aは、実質的には相違点ではないということができる。 なお、仮に、上記「挟持部」及び「操作部」について、本件発明の実施例を示している本件明細書の第3図等に示されているように、これを、ピンチ片の端部の形状を、その中心部の形状から変更したものであることが必要であると解するとしても、そのようにピンチ片を構成することは、例えば本件特許出願前に刊行された特開平8-205984号公報(乙4の2)にも記載されているところであり、本件特許出願当時の当業者にとって周知慣用技術であったと認められる。したがって、引用発明1において、ピンチ片の両端部の形状をその中心部の形状から変更し、「挟持部」及び「操作部」を形成することも、単なる設計事項にすぎないというべきである。 よって、上記相違点Aも、実質的には相違点にはあたらない。 ウ 相違点Bについて 本件発明においては、ピンチ片の中央部の外側に、その下端がばね係止爪の上端より下方に位置するようにばね保持片を形成するとされている。 しかし、本件明細書には、ばね保持片について、上記以外にその形状、 大きさ及び個数を限定する記載は存在せず、その作用効果についても、上記(1)のとおり、「略U字形のばねの両脚片が露出することがなく、ばねが破損しても、破損したばねの破片が飛散することがな」い旨が記載されているにとどまり、特段の部位として形成することで、格別の作用効果を奏する旨の記載も示唆も存在しない。 したがって、本件発明におけるばね保持片としては、ピンチ片の中央部の外側に所在し、その下端がばね係止爪の上端より下方にあるように形成された部位で、ばねの両脚片を露出させず、ばねの破損時にその破片が飛散することを防止する効果を奏するようなものであれば足りるものというべきである。 ところで、引用発明1においては、ピンチ片本体がばねの両脚部分の外側全体を覆うように、一体として形成されている。 このように、ピンチ片本体がばねの両脚部分の外側全体を覆うように構成すれば、ばねの破損時にその破片が飛散することを防止することができることは明らかであるから、引用発明におけるピンチ片本体は、本件発明において「ばね保持片」を形成することによる作用効果を奏しているということができる。 そして、引用発明1におけるピンチ片本体は、上記のとおりばねの両脚部分の外側全体を覆うように、一体として形成されているのであるから、ピンチ片本体においてばねの両脚部分を覆う部分は、ばね係止爪の上端よりも下方にまで及んでいることは明らかである。 そうすると、引用発明1におけるピンチ片本体は、本件発明におけるばね保持片と、その構成においても作用効果においても同一であり、これに相当する部分を含んだものということができる。 そして、上記のとおり、ばね保持片を特段の部位として形成することで、格別の作用効果を奏する旨の記載や示唆が本件明細書に存在せず、また、そのような作用効果が当然に考えられるものともいえないから、引用発明1は、本件発明における「ばね保持片」に相当する部位を有しているというべきである。 よって、上記相違点Bも、実質的には相違点にはあたらない。 (5) 以上のとおり、本件発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平10-113273号公報(乙2)に記載された引用発明1と同一のものであるというべきであるから、本件特許には、特許法123条1項2号、29条1項3号の無効理由が存するというべきである。 (6)ア なお、本件特許につき、前記「前提となる事実」(4)のとおり、無効審判請求において、本件訂正請求がされている。 本件訂正請求のうち、特許請求の範囲の請求項1の記載に係る部分は、 @ピンチ片の中央部の外側に開口部を備えること、及び、Aピンチ片に形成するばね保持片を、前記開口部の一部を塞ぐように形成すること、の2点であり、いずれも特許請求の範囲を減縮しようとするものであると認められる。 イ このうち、上記@の、ピンチ片の中央部の外側に開口部を備えることは、本件特許出願前である平成8年8月13日公開の特開平8-205984号公報(乙4の2)に記載された構成であり、本件特許権の権利者である原告P1も、 上記無効審判請求事件において、本件特許出願時に周知慣用の技術であったと主張しているところである(審判事件答弁書〔乙9〕7頁)。 ウ また、上記Aについても、訂正後の本件明細書(甲8の4)には、ばね保持片の大きさ、形状及び個数について、上記以上に限定する記載は存在せず、また、ばね保持片を、ピンチ片に備えられた開口部の一部を塞ぐように形成することによる格別の作用効果も、何ら記載されていない。 そして、ばね保持片をこのように形成することによって得られる作用効果としては、ばねの破損時に、ピンチ片の開口部からばねの破片が飛散することを防止するという効果のほかに、当然に考えられる作用効果は認められない。 したがって、本件訂正請求による訂正後の本件発明におけるばね保持片としても、前記(4)ウで述べたほか、開口部の一部を塞ぐように形成されたものであれば足りるというべきである。 前掲特開平8-205984号公報には、特許請求の範囲の請求項1に、「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成したことを特徴とする合成樹脂製クリップ。」との、段落【0015】に、「また、 上記飛散防止部8は、クリップ片2の操作部から合成樹脂製バネ3の掛合部4の近傍位置まで延出されたもので、図3に示すように飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端6aとはこのクリップ片2を成形する金型(図示せず)の摺動方向Xに直交する方向Yで重なり合わないように隙間を持たせてある。このように、飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端6aとが方向Yで重なり合わないようにすると金型が互いに干渉しないことから、クリップ片2を形成する成形金型が一対で済ませられるのである。」との記載があることが認められる。上記記載は、飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端6aとが方向Yで重なり合うようにする方法もあること、及びそのようにすると金型が互いに干渉するためクリップ片2を形成する成形金型が一対で済むという引用発明3の作用効果を奏しないこと(したがって、引用発明3の技術的範囲内ではないこと)をも示唆しているということができる。 そうだとすると、同公報に接した当業者は、引用発明1に、ピンチ片の中央部の外側に開口部を設けるという周知慣用技術を適用するに当たり、引用発明3の飛散防止部8の先端8aを変更して、同発明の開口部の上方の一部を上記飛散防止部8の先端8aで塞ぐように形成し、飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端6aとがクリップ片2を形成する金型の摺動方向Xに直交する方向Yで重なり合うようにすることに容易に想到し得たものと認められる。 ところで、前記(4)ウで述べたとおり、本件発明におけるばね保持片としては、ピンチ片の中央部の外側に所在し、その下端がばね係止爪の上端より下方にあるように形成された部位で、ばねの両脚片を露出させず、ばねの破損時にその破片が飛散することを防止する効果を奏するようなものであれば足りるものであって、引用発明1のピンチ片本体は、訂正前の本件発明におけるばね保持片に相当する部分を含んだものということができる。そして、引用発明1に、ピンチ片の中央部の外側に、開口部の上方の一部を塞ぐように形成した場合には、当該塞いだ部分(引用発明3における飛散防止部8の先端8aを変更した部分)は、ピンチ片の中央部の外側に所在し、その下端がばね係止爪の上端より下方にあるように形成された部位であって、ばねの両脚片を露出させず、ばねの破損時にその破片が飛散することを防止する効果を奏することが明らかであるから、本件訂正請求による訂正後の本件発明における「ばね保持片」に相当する部位ということができる。したがって、上記Aの点は、引用発明1、3と周知慣用技術から、当事者において容易になし得た設計事項にすぎないというべきである。 エ 以上のとおり、本件訂正請求が認められたとしても、これによる訂正後の本件発明は、いずれも本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平10-113273号公報(乙2)に記載された引用発明1及び特開平8-205984号公報(乙4の2)に記載された引用発明3並びに周知慣用技術によって、当業者であれば容易に想到することができたものであるというべきであるから、本件特許に、特許法123条1項2号、29条2項の無効理由が存するというべきである。 (7) 以上のとおり、本件特許には、特許法123条1項2号、29条1項3号ないし2項の無効理由が存すると認められるところ、特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者はその権利を行使することができないのであるから(特許法104条の3第1項)、本件特許の特許権者である原告P1において、本件特許権に基づく差止め等や損害賠償を請求することが許されないのはもちろん、特許権者であったP2から本件特許権侵害による損害賠償請求権を譲り受けたと主張する原告会社においても、損害賠償を請求することは許されない。 2 結論 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。 よって、主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
(別紙)物件目録1.商品名MB-42.図面の説明第1図はピンチを配設したハンガーの斜視図、第2図はピンチの斜視図、第3図はピンチの縦断側面図、第4図はアーム部に取り付けたピンチの縦断側面図、第5図はピンチ片の正面図(ただし、ピンチとなったときの外側をピンチ片の正面とする。)、第6図はピンチ片の裏面図(ただし、ピンチとなったときの内側をピンチ片の裏面とする。)、第7図はピンチ片の縦断側面図である。 3.構造の説明(ただし、C及びEについては、Aが原告らの主張、Bが被告の主張である。)@フック部を形成したハンガー本体1のアーム部2に、 A略U字形の合成樹脂製のばね3を有するピンチ4を配設した被服用ハンガーであって、 B前記ピンチ4は、端部に挟持部5及び操作部6を、中央部の内側に外向きのばね係止爪7を有する一対のピンチ片9からなり、 CA前記ピンチ片9の中央部の外側に窓部8を設けると共に、該窓部8の上縁から外側部材16を延出して突起片16aを設け、前記窓部8を略凹字形状に形成し、 B前記ピンチ片9の中央部の外側に窓部8を設けると共に、該窓部8の上縁から外側部材16を延出して突起片16aを設け、前記窓部8を略凹字形状に形成することにより、ばねの装着状況が視認できるように構成し、 D前記ばね3には、前記ピンチ片9の前記ばね係止爪7と係合する内向きの係止爪10を両脚片に形成し、 EA前記略U字形のばね3の両脚片を、前記2個の対向するピンチ片9のばね係止爪7と、該ばね係止爪7の上端7aよりその下端16bが下方に位置する突起片16aの間に形成された空間にそれぞれ挿入することにより、 B前記ばね係止爪7の上端7aより上方で内側に向けて取付突起15を突設し、前記取付突起15を前記アーム部2の凸壁2a及び底壁2bの間に位置するようにして配設し、前記ばね3の付勢力で前記ピンチ片9を押圧することにより、 F前記係止爪10と前記ばね係止爪7とが係合するように構成したことを特徴とする被服用ハンガー図-1図-2、図-3図-4、図-5、図-6、図-7 |
裁判長裁判官 | 山田知司 |
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裁判官 | 高松宏之 |
裁判官 | 守山修生 |