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関連審決 不服2001-9785
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15行ケ220審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成18行ケ10406審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10416特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  試行錯誤 /  技術常識 /  先行技術 /  技術情報 /  翻訳文 /  パリ条約 /  優先権 /  着想 /  優先日 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  合理的な理由 /  国際出願 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10073号 審決取消(特許)請求事件
原告 カイロンコーポレイション
訴訟代理人弁理士 山本秀策
同 谷剛志
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 種村慈樹
同 佐伯裕子
同 一色 由美子
同 長井啓子
同 柳和子
同 伊藤三男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/05/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-9785号事件について平成16年2月4日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が,その特許出願につきなされた拒絶査定を不服として審判の請求をしたところ,特許庁から審判不成立の審決を受けたため,その取消しを求めて提起した訴訟である。
当事者間の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成4年9月11日,発明の名称を「免疫反応性C型肝炎ウィルスのポリペプチド組成物」とする国際出願(パリ条約による優先権主張日平成3年9月13日〔以下「本件優先日」という。〕・アメリカ合衆国,以下「本件特許出願」という。)をしたが,特許庁から平成13年3月14日(送達日)に拒絶査定を受けたので,平成13年6月11日,これに対する不服の審判請求(乙10)をした。
特許庁は,同請求を不服2001-9785号事件として審理した上,平成16年2月4日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月17日原告に送達された。
(2) 発明の要旨 平成13年7月11日付け手続補正書により補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項は1〜17であるが,そのうち【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨は,下記のとおりである。
記 「少なくとも2つのC型肝炎ウイルス(HCV)アミノ酸配列を含む免疫反応性ポリペプチド組成物であって,各アミノ酸配列が,HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在する少なくとも1つのエピトープを含有し,ここで,該可変ドメインのアミノ酸配列が互いに異質性であり,別個のHCV単離体由来であり,該可変ドメインが,HCVポリタンパク質の384位のアミノ酸から414位のアミノ酸まで,または215位のアミノ酸から255位のアミノ酸までにコードされ,そして各アミノ酸配列は全長のエンベロープタンパク質より長くない,組成物。」 (3) 審決の内容 審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。その要旨とするところは,本願発明は,Hepatology,14[2](1991年〔平成3年〕8月)p.381-388(審判引用例1・本訴甲1,以下「引用例1」という。),Virology,180[2](1991年2月)p.842-848(審判引用例2・本訴甲2,以下「引用例2」という。),Molecular Immunology,27[6](1990年〔平成2年〕)p.539-549(審判引用例3・本訴甲3,以下「引用例3」という。)及びAIDS Research And Human Retroviruses,6[7](1990年)p.855-869(審判引用例4・本訴甲4,以下「引用例4」という。)に記載された技術的事項並びに本件優先日前の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものである。
(4) 審決の取消事由 しかしながら,審決には,以下に述べるような取消事由があるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(審理手続等の誤り) 本件審決は,本願発明と引用例1に記載された発明(以下「引用例1発明」という。)発明を含む技術水準との対比を十分にしていないのみならず,本願発明と引用例1発明との一致点・相違点を明確にしていない。
また,被告は,審査段階,審判段階及び審決書のいずれにおいても,課題が自明であることを延々と述べるにとどまり,全く関係のない事項(例えば,HIVに関する論文,多価ワクチンの製造が自明であること)を時折おりまぜながら,本願発明の免疫反応性組成物を容易に発明することができたものとするのが相当であるなどと結論付けている。しかし,課題が自明であるからといって,それだけで解決手段が容易に想到し得るとはいえないことは明らかである。解決手段が当業者に容易に想到し得るといえなければ,当業者は,その解決手段に到達するまでに過度の試行錯誤を強いられるところ,そもそも,目的を解決するために過度の試行錯誤が必要とされるような先行技術が存在したとしても,そのような先行技術は,当業者が容易に課題を解決し得る程度,すなわち,当業者が実施可能な程度に開示をしていないため,引用文献たり得ないものである。
イ 取消事由2(一致点の認定の誤り) 審決は,前記のとおり本願発明と引用例1発明との一致点を明示していないが,仮に引用例1発明との一致点として,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在するエピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドに関するものである点」が認められるとしても,その認定は,以下の理由により誤りである。
(ア) 審決は,引用例1(甲1,乙9)には,HCVの可変ドメインがHIV-1と同様に中和免疫応答であることが記載されているとする(審決6頁最終段落)が,引用例1は,HCVとHIVの双方に超可変領域が存在することを示しているにすぎない。当業者は,効率的な診断薬やワクチンを開発しようとする場合,種々のHCVを網羅的に捕捉できるよう,異質性の少ないドメインでかつ可変ドメイン以外のドメインを選択する。引用例1には,HCVに関して中和免疫応答を誘起する可能性についても,可変ドメインから免疫反応性ポリペプチドを調製しうるか否かについても,記載はない。
また,審決は「一般に,特定のドメインの誘発する免疫応答は当該ドメイン中に存在するエピトープに基づくものとするのが相当である」(7頁第3段落)とするが,根拠が示されていないし,そもそも引用例1には,HCVの免疫反応性ポリペプチドに関する記載はない。
(イ) 被告が本件訴訟で提出した特表平4-504715号公報(乙1,以下「乙1刊行物」という。),The FASEB Journal, Vol.5, July 1991, p.2427-2436(乙2,以下「乙2刊行物」という。),Journal of General Virology, 72, 1991, p.117-124(乙3,以下「乙3刊行物」という。),Journal of General Virology, 72, 1991, p.1835-1843(乙4,以下「乙4刊行物」という。)及び平成8年3月21日発行「岩波 生物学辞典 第4版」1527頁〜1534頁(乙5,以下「乙5刊行物」という。)は,審決で引用されていない文献であるから,審決取消訴訟において,これらの文献と本願発明との対比を前提とする主張をすることは許されない。
加えて,乙1刊行物は,HIVとHCVの関連性について何ら記載されていないし,乙2〜4刊行物は,HCVとは全く関係のないHIV,ロタウイルス,IBDV(伝染性ファブリキウス嚢病ウイルス)に関するものであり,HCV以外のウイルスの情報がどれだけあったとしても,また,HCVのゲノム情報が分かっていたとしても,本願発明の可変領域が免疫反応性ポリペプチドとして使用できることは予測できなかった。
(ウ) 被告は,HCVのエンベロープタンパク質に可変領域が存在すること及びHIVの超可変領域に中和ドメインがあることから,HCVのエンベロープタンパク質の可変領域の免疫反応性が強く示唆されていると主張するが,HIVの超可変領域に関する情報をそのままHCVに適用することが本件優先日当時の技術水準であったとはいえないから,被告の主張は誤りである。
PubMedデータベースのGene. 1991 Jul 22;103(2):163-9の要旨(甲19,以下「甲19電子的技術情報」という。)には,HCVエンベロープタンパク質に対する抗体は検出できないから免疫反応性がないと報告され,平成3年8月発行「医学と薬学」26巻2号303頁〜312頁(甲20,以下「甲20刊行物」という。)によれば,本件優先日時点で実用化されたHCV抗体測定キットにおいても,コア抗原,NS3,NS4のみが使用され,Gut, 1993; Suppplement, Vol.34, No.2, S26-35(甲21,以下「甲21刊行物」という。)によれば,本件優先日の少し後ですら,可変ドメインを含むHCVのエンベロープタンパク質について抗体ができるとは考えられていなかったものである。したがって,A作成の平成17年2月25日付け鑑定書(甲23,以下「甲23鑑定書」という。)がいうように,このような技術水準の下では,引用例1に免疫反応性であるペプチドが記載されていたということはできない。
ウ 取消事由3(相違点1についての判断の誤り) 審決は,前記のとおり本願発明と引用例1発明との相違点を明示していないが,仮に相違点1として「本願発明が,可変ドメインのアミノ酸配列が互いに異質性であり,別個のHCV単離体由来である,少なくとも2つのHCVアミノ酸配列を含む免疫反応性ポリペプチド組成物とするものであるのに対し,引用例1には免疫反応性ポリペプチドをこのように組み合わせて用いることについて記載されていない点」が認められるとしても,本願発明とは全く異なる生物(HIV)を引き合いに出し,多価ワクチンの調製という課題が自明であるとして,相違点1の構成を想到容易であると判断した(審決7頁最終段落〜8頁第3段落)。
しかしながら,ある生物と別の生物とを結び付けることに相当の根拠が示されない限り,適用することは許されるべきでなく,HCVとは何ら関係のないHIV(引用例3,4〔甲3,4〕)を根拠に,HCVの可変ドメインの免疫反応性を議論する合理的な理由はない。
すなわち,引用例4(甲4)は,中和抗体について,「もしも,・・・中和抗体を誘導することを示すことができるならば,派生単離体由来の可変領域を用いて単一のgp120ハイブリッド分子を設計することが可能かもしれない。そのような抗原は,広範囲のHIV-1単離体に対する中和活性を生ずるのに効果的であろう」(訳文最終段落)と記載しており,このような単なる憶測又は仮定から,「複数の異なるHIV-1単離体由来の超可変領域を含む単一のハイブリッド分子とすることにより,広範囲のHIV-1単離体に対する中和活性を生じさせることが記載されている」(審決5頁下から第2段落)と認定することは,許されない。
また,引用例3(甲3)には,インフルエンザウイルスについての記載はあるものの,HIVとHCVとの関係,インフルエンザウィルスとHCVとの関係については,記載されていない。引用例3が引用する文献(Eur. J. Immunol.(1989)19, p.515-521〔甲15,以下「甲15刊行物」という。〕及び同p.523-528〔甲16,以下「甲16刊行物」という。〕)も,HIVとHCVとの関係を記載するものではない。
被告が本件訴訟で提出した特開昭52-76421号公報(乙6,以下「乙6刊行物」という。)及び特開昭63-196293号公報(乙7,以下「乙7刊行物」という。)は,審決で引用されていない文献であるから,審決取消訴訟において,これらの文献と本願発明との対比を前提とする主張をすることは許されない。
エ 取消事由4(相違点2についての判断の誤り) 審決は,前記のとおり本願発明と引用例1発明との相違点を明示していないが,仮に相違点2として,「本願発明においては,可変ドメインが,HCVポリタンパク質の384位のアミノ酸から414位のアミノ酸まで,または215位のアミノ酸から255位のアミノ酸までにコードされているのに対し,引用例1には,明記されていない点」が認められるとしても,これに関する審決の判断は,引用例2(甲2)にHCVポリペプチドのアミノ酸配列の異質性が将来のワクチン開発にとって重要になる可能性が示唆されていること(審決7頁第2段落),また,引用例1(甲1,乙9)から,E1に属するアミノ酸215-255のあたりではグループI,U間及びグループI内において変異が多く,E2/NS1のアミノ酸配列384-414のあたりではグループI,U間及び各グループ内の単離体間において変異が多いこと(審決6頁第2段落)を前提に,抗HCV抗体を検出するための試薬として,HCVポリペプチドの215-255アミノ酸あるいは386-411アミノ酸などの可変ドメイン中のエピトープを含有するアミノ酸配列を含む,免疫反応性ポリペプチドを用いることが当業者にとって自明であると判断した(7頁下から第2段落)が,誤りである。
すなわち,引用例3(甲3)のような,HCVとは何ら関係ないHIV-1に関する知見を根拠に,HCVの可変ドメインの免疫反応性を導き出すことはできない。また,引用例2(甲2)の記載からは,免疫反応性ポリペプチドの調製のために異質性のある領域を使用するのか,あるいは異質性のない領域を使用するかは導き出されない。広範な診断用途を有するような,免疫反応性組成物の調製においては,異質性を有する部分は回避されるべきであると考えられていた(上記各点につき,B作成の2004年〔平成16年〕7月14日付け宣誓書〔甲6,以下「甲6宣誓書」という。〕,C作成の平成16年9月13日付け鑑定書〔甲9,以下「甲9鑑定書」という。〕,D作成の平成16年8月26日付け鑑定書〔甲10,以下「甲10鑑定書」という。〕,Infection and Immunity, Aug. 1991, p.2658-2663〔甲12,以下「甲12刊行物」という。〕,平成4年7月10日ライフ・サイエンス発行「図説 C型肝炎」15頁〜16頁〔甲13,以下「甲13刊行物」という。〕及びJ. Virol., Aug. 1988, p.3027-3031〔甲14,以下「甲14刊行物」という。〕参照)。本件優先日当時の技術水準に基づけば,当業者は,免疫反応性ポリペプチドを調製するために,可変ドメイン以外の領域を選択するのである。また,引用例1(甲1,乙9)には,特定のアミノ酸範囲についての開示も示唆もない。
オ 取消事由5(本願発明の顕著な作用効果の看過) 審決は,本願発明のポリペプチドが交差反応性を有することは当業者が予測し得たとした(審決8頁下から第2段落)が,具体的根拠が示されていない。
本件明細書(甲5添付)の実施例2に示された,特定の種由来の386-411アミノ酸の部分ペプチドの交差反応性が確認されたこと自体が,本願発明における予想外の効果である。
また,審決は,本願発明は格別顕著な効果を奏するものではないとした(審決9頁第4段落)が,本願発明の組成物は,本件明細書(甲5添付)の実施例3に示されるように,異なるエピソードのHCVについて検出等に使用し得るという全く予測されない効果をも奏する。
さらに,審決は,本件明細書(甲5添付)の実施例5〜7には,ワクチンとしての中和活性が得られたかどうかについて記載がないとする(審決9頁第2段落)が,本件特許出願は,ワクチンを請求するものではないから,本願発明のポリペプチドについて中和活性が得られたかどうかについての記載がないことと本願発明の進歩性とは関係ない。
本願発明のエンベロープ由来のポリペプチドが免疫反応性であることは予想外であった。被告は,本件明細書(甲5添付)の実施例2,3に記載した以外のHCVの単離体については,免疫反応性ペプチドを得たことは記載されていないと主張するが,いったんエンベロープタンパク質が免疫反応性であることが分かれば,周知技術を用いてエピトープを決定することができたのであるから,実施例2,3の記載から,当業者は,本願発明が予想外の作用効果を奏することを認識できる。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)〜(3)の事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論 本件審決に原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1について 本件審決書の記載からすると,本願発明と引用例1に記載された技術的事項との一致点・相違点については,審決に記載された,本願発明及び引用例1に記載された技術的事項の認定並びに相違点についての判断内容から十分に読み取れるものである。
その余については,後記(3)ないし(5)で反論するとおりである。
(2) 取消事由2について ア 引用例1(甲1,乙9)には,HCVのエンベロープタンパクに可変領域や超可変領域があることが記載され,HCVの超可変領域がHIV-1の超可変の主要中和ドメインを想い起こさせること,及び将来のワクチン開発に当たって,HCVの超可変領域に注意を向けるべきことが記載され,また,HCVのグループ特異的及びタイプ特異的な免疫診断法を開発することの重要性について記載されている。そして,引用例1が頒布された当時,HCVのウイルスポリペプチドのコード配列がほぼ解明され,当該ウイルスポリペプチドの種々の部分に抗原性が予測され,それらの部分ペプチドの中から,HCV感染に由来する患者血液中の抗体の検出試薬や中和ワクチンとなり得るものを検索するための試みがなされていた(乙1刊行物参照)。また,引用例3(甲3)には,HIV-1の超可変領域にサブタイプ特異的なウイルス中和抗体に対するエピトープが存在することが記載され,HIV-1とは構造や科の異なる多種類のウイルスにおいても,ウイルスタンパクの可変領域に中和免疫応答を誘起する部位があることが知られていた(乙2〜5刊行物参照)。当業者が,これらの技術水準の下に引用例1の上記記載を読めば,将来のワクチン開発に当たって,中和抗体を誘発する免疫原を探索する対象の領域として,HIV-1と同様に,HCVの超可変領域を用いてみることを,まず着想するのが自然であり,免疫診断法に用いる免疫反応性ポリペプチドを探索する対象の領域として,HCVの可変領域及び超可変領域を用いてみることを,まず着想するのが自然である。したがって,引用例1の記載事項を,当時の技術水準に沿って読めば,引用例1には,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中には免疫反応性の部位がある可能性」が強く示されており,「そのような部位を含む免疫反応性ポリペプチドを免疫試薬などに用い得る可能性」が強く示されているといえるから,本願発明1と引用例1は,この意味で,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在するエピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドに関するものである」点で一致する。
ちなみに,本件明細書(甲5添付)にも,エピトープとは,「免疫反応性のアミノ酸配列を意味する」(20頁第2段落)と記載されているから,本願発明の組成物の免疫反応性は,HCVの可変ドメイン中に存在するエピトープによりもたらされるものであり,当該可変ドメインを含むエンベロープタンパク質の全長又はエピトープをそのままの形で有するその部分は,上記免疫反応性を有するものと解される。
イ 原告は,前記主張において技術水準を示すものとして甲19〜21刊行物を挙げるが,甲19電子的技術情報にその要旨が記載された文献の原典であるGene. 103(1991)p.163-169(乙12,以下「乙12刊行物」という。)を参照すれば,乙12刊行物がHCVのエンベロープ領域のポリペプチドに免疫反応性がないことを教示するものではないことが理解できる。甲21刊行物も,HCVのエンベロープ領域のポリペプチドに免疫反応性がないことを教示するものではない。また,甲20刊行物は,本件優先日時点でHCV抗体を検出するために実用されていた抗原が,コア抗原等の保存領域に関する抗原であったことを示すにとどまるものである。
ウ このように引用例1(甲1,乙9)は,HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン,特にその超可変領域は中和免疫応答を誘起する可能性が強く示唆されており,少なくともHCVエンベロープポリペプチドの可変ドメインには免疫原性がある可能性が高いことが記載されているといえる。
(3) 取消事由3について ア 引用例3,4(甲3,4)には,HIV-1単離体の異なる可変ドメイン由来のペプチドを複数含む免疫原,特に,サブタイプに特異的なペプチドを一つにつなげた免疫原が,広範囲の免疫応答を導き得ることが記載されている。また,乙6,7刊行物に記載されているように,本件優先日当時,複数の変異種が存在するウイルスに対するワクチンとして,当該複数の変異種に特異的なエピトープを複数有する,いわゆる多価ワクチンとすることが,HIVに限られることなく,当業者にとって周知であった。また,上記引用例及び刊行物は,有効な中和エピトープが可変部位にある場合には,汎用性に乏しいものであっても当該部位を用いるしかなく,ワクチンの汎用性を高めるためには,単離体によって異なる複数の中和エピトープを組み合わせて,多価ワクチンとするしかないことを示すものである。他方,引用例1は,グループ特異的及びタイプ特異的な測定法の重要性と共に,広範な反応性と感受性を有する診断を確実なものにすることの重要性についても記載している。そして,可変領域に基づく抗原性は,単離体特有のものである可能性が高いから,グループ特異的及びタイプ特異的な測定法に適した抗原ペプチドを用いて広範な検出を行おうとするなら,引用例3,4における多価ワクチンの場合と同様に,異なる単離体由来の抗原を組み合わせて用いるほかないことは自明である。
イ 原告は,HCVとは何ら関係のないHIV(引用例3,4〔甲3,4〕)を根拠に,HCVの可変ドメインの免疫反応性を議論する合理的な理由はない旨主張するが,引用例1(甲1)自体に,HCVとHIV-1とを結び付ける記載があり,引用例1の頒布時の技術常識は,そのような結び付けが技術的に無理のないものであることを示している。
(4) 取消事由4について ア HCVのグループ特異的及びタイプ特異的な免疫診断法などに用いるための免疫反応性ポリペプチド組成物を調製するために可変ドメインを選択するに当たり,引用例2(甲2)に異質性があることが特記され,引用例1にも異質性があることが示されている,215-255アミノ酸あるいは386-411アミノ酸の部位を採用することに,格別の困難性はない。また,引用例1(甲1,乙9)の図3によれば,引用例2に記載された386-411アミノ酸部位の前後の384位及び414位にも異質性があることが見て取れるから,このような部位まで含む384-414アミノ酸の範囲を選択することも,当業者が容易に想到し得ることである。
イ 原告は,引用例2(甲2)の記載からは,免疫反応性ポリペプチドの調製のために異質性のある領域を使用するのか,あるいは異質性のない領域を使用するかは導き出されない等と主張するが,引用例2が頒布された当時の技術水準(すなわち,引用例1〔甲1〕が頒布された当時の技術水準と同じ。)に沿って引用例2の記載を読めば,引用例2には,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に免疫反応性の部位がある可能性」が強く示唆されているというべきであり,免疫反応性ポリペプチドの調製のために異質性のある領域を使用することも強く示唆されているというべきである。
ウ また,原告は,本件優先日当時の技術水準に基づけば,当業者は,免疫反応性ポリペプチドを調製するために,可変ドメイン以外の領域を選択するとも主張する。しかしながら,種々のウイルスにおいて,ウイルスタンパクの可変部位に中和エピトープがある事例が当時既に知られており,他に適当な中和エピトープが見いだせない場合は,例え,それ単独ではワクチンとしての汎用性が期待できなくても,可変部位にある中和エピトープを用いるほかはないのであり,このような場合,当業者は,変異種に特異的なエピトープを組み合わせて複数有する多価ワクチンとすることにより汎用性を持たせる周知手法が利用できると想起するはずである。また,引用例1(甲1,乙9)には,HCVのグループ特異的及びタイプ特異的な免疫診断法を開発することの重要性について記載されており,このような免疫診断に異質性を有する部分を用いることが好適なことは明らかである。
エ 原告は,引用例1(甲1,乙9)には,特定のアミノ酸範囲についての開示も示唆もないと主張するが,引用例1の図2,3から,特定のアミノ酸範囲において異質性があることは見て取れる。
(5) 取消事由5について 本件明細書(甲5添付)の実施例2は,いくつかの単離体の384-414アミノ酸配列由来の8アミノ酸長の部分ペプチドが,患者血漿と交差反応したことを示すものである。このうち,当該単離体に感染した患者の血漿と交差反応したことは,予測された範囲内のものである。また,HCT 18とHICV J1の384-414アミノ酸配列由来の8アミノ酸長の部分ペプチドが,他の単離体であるThに感染した患者の血漿と交差反応したことについて,本件明細書には,「IVの薬剤使用者であるThは,HCVの複数の株に対して感染可能状態に置かれ得た」(62頁第2段落)と記載されており,上記交差反応がThに由来する抗体とのものであることを確定していない。これらの交差反応が,部分ペプチドが由来する単離体とは異なる単離体由来の抗体とのものであったとしても,このことはHCT 18とHICV J1の特定のペプチドのみが有する効果にすぎず,しかも,交差反応を有する抗体の由来する単離体が特定できないのであれば,これにより格別重要な情報が得られたものとも認められない。
実施例3は,慢性肝炎の被験体Qから,約2年間隔の肝炎の二つのエピソード(Q1,Q3)の際に得たE2/NS1遺伝子を部分的に配列決定した結果,推定アミノ酸配列におけるアミノ酸の八つの変化のうち七つが398-407の間に集中したこと,アミノ酸396から407をもとにQ1及びQ3に特異的な12量体ペプチドを合成し,ELISAにおいてQ1及びQ3の血漿と各ペプチドを別々に反応させたところ,Q1及びQ3の両血漿中の抗体は,Q1ペプチドと反応したが,Q3ペプチドとは反応しなかったというものである。実施例3は,Q1ペプチドについては,実施例2と同様に,Q1ペプチドの由来する単離体に感染した患者血漿と交差反応したことを示すものであるが,Q3ペプチドについては,その程度の免疫反応性すら示さないことを示すものである。実施例3において,Q3血漿はQ3ペプチドと交差反応性を示していないから,Q3ペプチドは免疫試験用の試薬としての効果を有しておらず,これをQ1ペプチドと組み合わせても,Q1に対する抗体を検出できるというQ1ペプチド自体の予測される効果を超えるものでないことは明らかである。
本件明細書(甲5添付)には,実施例2,3に記載した以外のHCVの単離体については,本願発明の可変ドメインから免疫反応性ペプチドを得たことは記載されておらず,特に,上流側の215-255位の可変ドメインについては,免疫反応性を確認した事例はただの一つも存在しない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の要旨)・(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下においては,本件審決の適否につき,原告の取消事由ごとに判断することとする。
2 取消事由1について (1) 審決の認定した一致点と相違点について 原告は,まず,本件審決は本願発明と引用例1発明との一致点・相違点を明確にしていないから違法であると主張する。
しかしながら,訴状の別紙1として添付された本件審決書によれば,その1頁から11頁にかけて本願発明と引用例1〜4の内容が記載され,また,明示的ではないが,審決書7頁最終段落から8頁第2段落にかけては後記相違点1が,審決書7頁第5段落と8頁第3段落には後記相違点2が,審決書7頁第5段落には後記相違点3が,それぞれ記載されていると認めることができる。そして,本願発明の内容から前記相違点1・2・3を差し引けば,後記一致点があると解することが可能である。したがって,これらの一致点・相違点は,本来ならば,本件審決書に明示的に記載されるべきものであるが,前述のように認定ないし解釈することができる以上,その瑕疵は審決を違法ならしめるほどのものと解することはできない。
この点に関する原告の主張は理由がない。
記 <一致点> HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在するエピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドに関するものである点 <相違点1> 本願発明が,可変ドメインのアミノ酸配列が互いに異質性であり,別個のHCV単離体由来である,少なくとも2つのHCVアミノ酸配列を含む免疫反応性ポリペプチド組成物とするものであるのに対し,引用例1には免疫反応性ポリペプチドをこのように組み合わせて用いることについて記載されていない点 <相違点2> 本願発明においては,可変ドメインが,HCVポリタンパク質の384位のアミノ酸から414位のアミノ酸まで,または215位のアミノ酸から255位のアミノ酸までにコードされているのに対し,引用例1には,明記されていない点 <相違点3> 本願発明においては,上記HCVアミノ酸配列が全長のエンベロープタンパク質より長くない旨規定されているのに対し,引用例1にはそのようなことは明記されていない点 (2) その余の主張について 原告は,取消事由1として,そのほか,前述した一致点・相違点の不明示のほか,本件審決は本願発明と引用例1発明を含む技術水準との対比を十分にしていない,課題の目的性を述べているだけで解決手段に関する文献を開示していない等の主張をするが,これらは結局は,引用例1発明から本願発明を相当することが容易か否かの問題に帰着し,これに対する判断は次に述べる取消事由2ないし5の主張に対する判断の箇所で説示するとおりであるから,ここで独立して判断することはしない(後記説示によれば,原告のこの主張も理由がないことになる。)。
3 取消事由2について 原告は,引用例1(甲1,乙9)には,HCVの可変ドメインがHIV-1と同様に中和免疫応答であることが記載されていると認めることはできず,一致点として「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在するエピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドに関するものである点」を認定した審決は誤りであると主張する。
(1) そこで,引用例1(甲1,乙9)について見ると,引用例1には,以下の記載がある。
・「グループIとUの推定上のウイルスエンベロープ蛋白において観察される配列の変異は,これら二つのグループの間のアミノ酸配列の特徴的な隔離を反映するものである。この一例が,E1遺伝子産物の配列をグループIとUのウイルスについて比較した,図2に示されている。グループに特異的なアミノ酸残基は明確に識別される(図2のアスタリスク)。このようなアミノ酸のグループ特異的な隔離は,E2/NS1遺伝子によりコードされるgp72を含む,その他の遺伝子産物にも存在する。この蛋白は,ほとんどすべての単離体の間で大きな変異を示す,約30アミノ酸のN末端超可変領域をも有する。このN末端領域でみられる,異なるウイルスグループ間,またグループ内の変異の例を図3に示す。この推定HCVエンベロープ蛋白における超可変領域の存在は,B細胞あるいはT細胞による防護エピトープに対する強い選択圧の結果かもしれず,ヒト免疫不全ウイルス-1のエンベロープ蛋白のV3ループにおける超可変の主要中和ドメインを想い起こさせるものである。明らかに,異なるHCV単離体の間で観察される,この及びその他の異質性には,ウイルスと宿主間の相互作用,慢性化の展開,およびワクチンの開発の観点から,綿密な注意が向けられるべきである。」(甲1の訳文2枚目第3段落) ・「図2 グループI及びUの異なるHCV単離体によってコードされるE1タンパク質の推定アミノ酸配列の比較。」(同最終段落) ・「図3 グループI及びUの異なるHCV単離体によってコードされるE2/NS1タンパク質の推定N末端アミノ酸配列の比較。」(同3枚目第2段落) 上記のように,引用例1には,HCVエンベロープタンパク中,E1遺伝子産物にはグループ特異的な配列部分が存在し,E2/NS1遺伝子によりコードされるgp72には,ほとんどすべての単離体間で大きな変異を示す約30アミノ酸のN末端超可変領域が存在すること,そして,この超可変領域の存在はHIV-1の主要中和ドメインを思い起こさせることが記載されている。ここで,「超可変領域」は,本願発明でいう「可変ドメイン」に包含されるものと認められ,また,本件明細書(甲5添付)に「『免疫反応性』は(1)抗体および/またはリンパ球抗原リセプターに免疫学的に結合する能力,または(2)免疫原性である能力を意味する」(20頁下から第2段落)と記載されているところ,「中和ドメイン」は,抗体と免疫学的に結合する領域をいうことが明らかであるから,「免疫反応性」を有するものといえる。
そうすると,引用例1は,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中には免疫反応性の部位がある可能性」を示唆するものであるということができる。
(2) 被告は,乙1〜5刊行物を挙げて,引用例1(甲1,乙9)が頒布された当時,HCVのウイルスポリペプチドのコード配列がほぼ解明され,当該ポリペプチドの種々の部分に抗原性が予測され,抗体の検出試薬や中和ワクチンとなりうるものを検索するための試みがなされていたこと(乙1刊行物),多種類のウイルスにおいて,ウイルスタンパクの可変領域に中和免疫応答を誘起する部位があること(乙2〜5刊行物)等の技術水準を考慮すれば,引用例1には,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中には免疫反応性の部位がある可能性」が強く示されており,「そのような部位を含む免疫反応性ポリペプチドを免疫試薬などに用い得る可能性」が強く示されているといえるから,本願発明1と引用例1は,この意味で「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在するエピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドに関するものである」点で一致すると主張する。
しかしながら,乙1〜5刊行物に被告の主張するような事項が記載されているとしても,これらは,いずれも「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン」の免疫反応性について具体的に記載するものではない。したがって,乙1〜5刊行物を参酌しても,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,引用例1に「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中には免疫反応性の部位がある」ことが記載されているものと認識するとまではいえず,その可能性が示唆されているにとどまるものというほかない(なお,原告は,乙1〜5刊行物は,審決で引用されていない文献であるから,審決取消訴訟において,これらの文献と本願発明との対比を前提とする主張をすることは許されないと主張するが,乙1〜5刊行物は,本願発明と対比する公知刊行物として提出されたものではなく,本件優先日当時における技術常識を認定するため資料として提出されたものであり,そのような資料としてこれを参酌することは許されるというべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。)。
(3) 他方,本件明細書(甲5添付)の実施例2では,患者の血漿が,HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中のいくつかのエピトープを同定したことが確認されている(62頁第2段落)から,本願発明は,「エピトープを含有する免疫反応性」が実際に確認されたポリペプチドを包含すると認められる。そうすると,本願発明と引用例1に記載された発明とは,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中のポリペプチド」に関するものである点で一致するということはできても,「エピトープを含有する免疫反応性」の点については,前者(本願発明)は,実際に確認されたものを包含するのに対し,後者(引用例1)は,単に可能性を示唆するにすぎないから,この点をも含めて両者の一致点とすることはできない。したがって,一致点として「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン中に存在するエピトープを含有 する 免疫反応性 ポリペプチドに関するものである点」(下線付加)を認定した審決は,誤りというほかない。
(4) しかしながら,審決の一致点の認定に上記の誤りがあっても,「エピトープを含有する免疫反応性」の点が,引用例及び本件優先日当時の技術常識から当業者にとって容易に想到できたものであるといえる場合には,上記の誤りは審決の結論に影響しないこととなるので,進んで,この点について検討する。
ア 引用例3(甲3)には,「ウイルス中和抗体は,ほとんどサブタイプ特異的であり,主にHIV-1 gp120のV3領域由来の超可変領域上のエピトープに対するものである」(訳文1枚目第2段落),「保護免疫反応がウイルス表面タンパクの高度に可変な領域に対するものであるという観察は,HIV-1に独特なものではない。同様の発見が,例えばインフルエンザウイルスを含むその他のウイルスにも当てはまる」(同2枚目第1段落)と記載されている。そして,乙2刊行物に,牛の口蹄病ウイルス(FMDV)について,「カプシド蛋白VP1のカルボキシ端側半分(アミノ酸140-160)は,ウイルスの感染性を中和することに関連する主要な抗原決定基を含んでいる。このVP1の領域は高度に可変性であり,3次元構造分析によればループを形成している。特定のFMDV株に対して誘発されたモノクローナル抗体は,そのVP1領域に結合することによってウイルスを中和することが見出された」(訳文2枚目)と記載され,乙3刊行物に,ロタウイルスについて,「血清型に特異的な中和エピトープのほとんどはVP7上に位置する・・・これらの研究は,VP7上の二つの可変領域(アミノ酸87から101,及びアミノ酸208から221)がウイルスの中和に主に関係していること,そしてこれらは互いに機能的に関連しあい,1つの大きな抗原部位を形成することを示した」(訳文第2段落)と記載され,乙4刊行物に,伝染性ファブリキウス嚢病ウイルス(IBDV)について,「IBDVのオーストラリア002-73株に対して産生されたウイルス中和性モノクローナル抗体(MAbs)は,ウイルス変異体の発現産物と反応しないか,きわめて弱く反応した。この変異体株由来のVP2の推定アミノ酸配列は,オーストラリア株のそれと17残基が異なっており,IBDVの6種の型1株から構築されたコンセンサス配列と8箇所が異なっていた。
全てのアミノ酸変化は,ウイルス中和性MAbsにより認識されるコンフォメーショナルなエピトープを形成する,VP2の中央の可変領域に位置した」(訳文第2段落)と記載されているように,乙2〜4刊行物には,様々なウイルスにおける可変領域に,エピトープ(抗原決定基)が存在し,中和免疫応答を誘起する部位があることが示されており,引用例3の上記記載はこれらの技術常識によって裏付けられているものと認められる。このように技術常識により裏付けられた引用例3の記載を考慮すれば,「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン(具体的には「超可変領域」)中には免疫反応性の部位がある可能性」を示唆する引用例1に接した当業者は,HCVエンベロープポリペプチドの超可変領域中にも,HIV-1と同様にエピトープを含有する免疫反応性の部位があることを期待し,これを確認してみることを強く動機付けられるということができる。なお,原告が平成13年9月12日付けで本件審判事件において提出した手続補足書(乙11)に添付したEの宣誓書に,「抗原性ペプチドを合成およびスクリーニングする方法(『エピトープマッピング』として知られている)は,関連日までに当業者に公知でありました」(訳文2枚目第3段落),「上述のペプチドに基づくエピトープマッピング技術の実践のための市販キットは,・・・関連日までに既に入手可能でありました」(訳文3頁第2段落)として多数の文献名が示されていることから,免疫反応性の有無は,本件優先日当時,当業者が格別の困難なく確認できたものと認められる。
そうすると,このようにして確認を行った結果,HCVエンベロープポリペプチドの超可変領域中に免疫反応性があることが見いだされても,そのことは,当業者が期待したとおりの結果が得られたことを意味するにすぎない。したがって,引用例1に記載された「HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメイン」の中にエピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドが存在することは,当業者が容易に想到し得ることである。
イ 原告は,HCV以外のウイルスの情報がどれだけあったとしても,また,HCVのゲノム情報が分かっていたとしても,本願発明の可変領域が免疫反応性ポリペプチドとして使用できることは予測できなかったと主張し,HIVの超可変領域に関する情報をそのままHCVに適用することが本件優先日当時の技術水準であったとはいえないとも主張する。確かに,HIVの超可変領域に免疫反応性があることが知られているとしても,このことのみから,HCVの超可変領域にも免疫反応性があるとは,直ちに結論付けることはできない。しかしながら,引用例1の示唆に引用例3の記載を併せてみれば,当業者は,HCVエンベロープポリペプチドの超可変領域中にも,HIV-1と同様にエピトープを含有する免疫反応性の部位があることを期待し,これを確認してみることを強く動機付けられるのであり,その結果,HCVエンベロープポリペプチドの超可変領域中に免疫反応性があることが見出されても,そのことは,当業者が期待したとおりの結果が得られたことを意味するにすぎないことは上記のとおりであり,本願発明の可変領域が免疫反応性ポリペプチドとして使用できることが,予想できないことであったとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用できない。
ウ また,原告は,甲19〜21刊行物を挙げ,本件優先日当時,HCVエンベロープタンパク質に対する抗体は検出できないから免疫反応性がないと報告され(甲19電子的技術情報),本件優先日時点で実用化されたHCV抗体測定キットにおいても,コア抗原,NS3,NS4のみが使用され(甲20刊行物),本件優先日の少し後ですら,可変ドメインを含むHCVのエンベロープタンパク質について抗体ができるとは考えられていなかった(甲21刊行物)と主張し,甲23鑑定書にも,これと同趣旨の見解が記載されている。確かに,乙12刊行物の要約のみが記載された甲19電子的技術情報には,「慢性感染患者の血清は組換えコアタンパク質に強く反応したが,推定上のエンベロープタンパク質とは特異的な免疫反応は起こらなかった」(翻訳文)との記載がある。しかしながら,その原典である乙12刊行物には,「驚いたことに,我々は,慢性感染患者(n=10)からの血清とのイムノブロッティングでは,組換えENVタンパク質の反応性を見いださなかった。これは,次のような理由によるかもしれない。(i)抗体の反応性が高次構造的なエピトープに向けられること,(ii)大腸菌内で産生された糖鎖のないタンパク質が,糖鎖のあるタンパク質とは異なる高次構造のエピトープを有すること,(iii)ある単離体に存在する高度な可変性を有するエンベロープタンパク質エピトープが,わずかに異なるウイルスを保持している患者からの血清によっては認識されないこと,及び/又は,(iv)慢性感染患者の血清中にエンベロープタンパク質に対する抗体が欠如すること。この状況を明確にするために,再回復期の患者の血清がさらなる研究に供されるであろう」(抄訳文)と記載され,慢性感染患者の血清がエンベロープタンパク質に免疫反応を示さなかったことを「驚いたこと」と位置付け,このような予想外の結果が得られた理由の一つとして,上記(iii)のような,使用したエピトープが由来するウイルス単離体と患者の保有するウイルス単離体との相違という,行われた実験に固有の問題を挙げ,更に研究を行うべきことを示唆している。そうすると,甲19電子的技術情報は,そこで行われた特定の実験においては,慢性感染患者の血清が推定上のエンベロープタンパク質と特異的な免疫反応を示さなかったということを記載したにとどまると理解するのが相当であり,「HCVエンベロープタンパク質に対する抗体が検出できないから免疫反応性がないこと」を報告したものであるということはできない。甲20刊行物も,本件優先日当時実用化されていたHCV抗体測定キットが,抗原として,コア抗原,NS3,NS4を使用していたことを示しているにすぎず,HCVエンベロープポリペプチドの可変ドメインの中に,エピトープを含有する免疫反応性ポリペプチドが存在する可能性を否定するものではない。また,甲21刊行物には,「E1およびE2/NS1の糖タンパクは,検出できないことが証明された。なぜなら,おそらく,これらの領域において見出された配列の異質性のせいであろう」(原告抄訳文1枚目)と記載されているが,「E1及びE2/NS1ドメインには,超可変領域が存在する。エンベロープ糖タンパクにおけるこれらの領域は重要な抗原部位であるかもしれず,これらの領域における可変性は,診断のためのスクリーニング,免疫による病気の予防,そしておそらく感染の持続性と密接な関係がある」(被告抄訳第2段落)とも記載され,前者の記載は,E1及びE2/NS1ドメインに超可変領域が存在し,この超可変性領域が抗原部位であるかもしれないという前提のものであることを考慮すれば,検出対象に含まれる抗体の由来するHCV単離体のE1及びE2/NS1糖タンパクと,検出に用いたHCV単離体のE1及びE2/NS1糖タンパクとの配列が異質であることが,抗体が検出できなかった原因であると推測したことを示すにすぎないものと理解するのが相当であり,「可変ドメインを含むHCVのエンベロープタンパク質について抗体ができるとは考られていなかった」ことを示すものということはできない。したがって,原告の上記主張及びこれと同趣旨の見解を述べた甲23鑑定書は,採用できない。
(5) 以上検討したところによれば,審決の一致点の認定は,一部誤りがあるが,その誤りは審決の結論に影響しないから,原告の取消事由2の主張は理由がない。
4 取消事由3,4について 本願発明の要旨は,前記のとおりであり,別個のHCV単離体由来の,互いに異質性である少なくとも二つのアミノ酸配列が,いずれも,超可変領域の384位から414位までのアミノ酸配列に由来するものであるという態様を包含するものである。したがって,本願発明に包含される上記態様に関する審決の認定判断に誤りがなければ,本願発明の進歩性は否定され,審決の結論に誤りはないこととなるので,以下,この観点に基づいて検討する。
(1)ア 引用例1(甲1,乙9)には,上記2(2)ア〜ウのほか,以下の記載がある。
・「例えばC,NS3及びNS4などのような,異なるHCVグループ間でよく保存されているウイルス蛋白の使用は,広範な反応性と感受性を有する診断を確実なものにするであろう。ウイルスの1種類のいずれかによるHCV感染のための広範な診断と血液スクリーニング試験を開発するという目標とは別に,特に,異なるウイルスが異なる臨床上の結果や病状,あるいは治療上の感受性を示すことが明らかとなる場合,そして多重的なHCVによる共感染が病気の展開に影響を与える場合には,グループ特異的及びタイプ特異的な測定法を開発することもまた,将来重要になるであろう。」(乙9の抄訳文第2段落) ・「組織の趨性,病気の進行および結果,インターフェロンなどの治療手段に対する感受性,及び,ウイルス感染をクロス・ニュートライジングする能力に関する主要な質問が,異なるHCV単離体に向けられるべきである。異なるウイルスに特異的な免疫診断の手段とRNA測定法を開発することは,これらの研究にとって必要となろう。」(同最終段落) これらの記載から,引用例1には,広範な反応性と感受性を有する診断を行うことに加えて,グループ特異的及びタイプ特異的な測定法の重要性についても記載されているものと認められる。そして,引用例1の上記エの記載は,広範な反応性と感受性を有する診断を行うには,C,NS3及びNS4などのような,異なるHCVグループ間でよく保存されているウイルスタンパクを使用することを示しているところ,引用例1に記載された「ほとんど全ての単離体の間で大きな変異を示す,約30アミノ酸のN末端超可変領域」(上記3(1))は,「ほとんど全ての単離体の間で大きな変異を示す」ものである以上,タイプ特異的な測定に使用可能であると理解することができる。
イ また,引用例3(甲3)には,「ウイルス中和抗体は,ほとんどサブタイプ特異的であり,主にHIV-1 gp120のV3領域由来の超可変領域上のエピトープに対するものである。・・・gp120の一次配列の異常な可変性は,HIV-1に対する広範に効果的な防御免疫原の設計のために,サブタイプ特異的成分の組合せが必要であることを示す。・・・21個のペプチドを単一の免疫原中に組み合わせて,21個のペプチドおよび試験した唯一の単離体HIV-1 VB由来のgp120の全てを認識する,広範に反応性の抗体を惹起した。」(抄訳文第2段落)と,HIV-1の超可変領域上のエピトープに対するウイルス中和抗体がほとんどサブタイプ特異的であることから,HIV-1のエンベロープ糖タンパク質の超可変領域のペプチド成分を組み合わせて広範に反応性の抗体を作成する必要があることが記載されている。
ウ そうすると,引用例1に記載されている,グループ特異的及びタイプ特異的な測定を行う場合であっても,複数の単離体由来HCVの検出を同時に行う等,ある程度広めに検出を行おうとするなら,異なる単離体由来の「約30アミノ酸のN末端超可変領域」(本願発明における「可変ドメイン」に包含される。)の,互いに異質性のポリペプチドを組み合わせて組成物とすべきこと,すなわち,相違点1に係る構成とすべきことは,当業者が容易に想到することである。
そして,引用例2(甲2)には,アミノ酸386から411までの間に配列異質性の著しい上昇があることが記載され(抄訳文最終段落),引用例1のFig.3によれば,それより若干長いアミノ酸384位から414位までの「約30アミノ酸」の部分に,顕著な配列異質性のあることが認められるから,引用例1に記載の「約30アミノ酸のN末端超可変領域」のポリペプチドを使用すれば,「アミノ酸384から414までのアミノ酸」が選択されること,すなわち,相違点2に係る構成が選択されることは必定である。
(2) 原告は,甲6宣誓書及び甲9,10鑑定書等を挙げて,引用例3(甲3)のようなHCVとは何ら関係ないHIV-1に関する知見を根拠にHCVの可変ドメインの免疫反応性を導き出すことはできないと主張する。しかしながら,引用例1(甲1,乙9)と引用例3は,タイプ特異的な反応のみならず広範な反応について言及している点で共通している上,引用例3に示された超可変領域に基づく免疫反応性がサブタイプ特異的なものであるという知見は,HIV-1に限らず他のウイルスについてもいえると考えるのが自然であり,このように考えることを阻害する事由も存在しないから,引用例1に引用例3を組み合わせる動機付けは十分存在するというべきである。甲6宣誓書及び甲9,10鑑定書の見解は,いずれも引用例1と引用例3との共通点について考慮することなく,HCVとHIVとは異なるウイルスであること,HCV感染の検出の網羅率を上げるには保存領域を用いるのが常識であることを述べているにすぎないものであり,採用することができない。
また,原告は,引用例2の記載からは,免疫反応性ポリペプチドの調製のために異質性のある領域を使用するのか,あるいは異質性のない領域を使用するかは導き出されないし,広範な診断用途を有するような,免疫反応性組成物の調製においては,異質性を有する部分は回避されるべきと考えられていたことを主張する。しかしながら,引用例1は,広範な診断用途のみならず,グループ特異的及びタイプ特異的な測定法の重要性についても記載しているのであるから,広範な診断用途を目指す場合には,異質性を有する部分は回避されるとしても,グループ特異的及びタイプ特異的な測定を目的とする場合には,引用例2の記載からは導き出されないとしても,異質性のある領域を使用することは明らかであるから,原告の上記主張は採用できない。
(3) したがって,原告の取消事由2,3の主張も理由がない。
5 取消事由5について (1) 原告は,本件明細書(甲5添付)の実施例2に示された,特定の種由来の386-411アミノ酸の部分ペプチドの交差反応性が確認されたこと自体が,本願発明における予想外の効果であると主張する。
実施例2には,HCT18,Th,HCV J1のE2/NS1 HV(超可変)ドメイン(アミノ酸384〜416位)に対応する8量体ペプチドと,HCT18又はTh由来の血漿とを反応させた結果,HCT18血漿は,HCT18のエピトープを同定したが,他の二つのドメインとは反応せず,Th血漿は,Thのドメイン中のエピトープのみならず,HCT18及びHCV J1のドメイン中のエピトープをも同定したことが示されている。
しかしながら,特定の単離体のHVドメイン中のペプチドが当該単離体に感染した患者の血漿を同定したことは,当業者が当然に予想することであるし,Th血漿がHCT18及びHCV J1のドメイン中のエピトープをも同定したことは,この二つの単離体のドメイン中の特定のペプチドが奏する効果にすぎない。本願発明は,単離体ごとにアミノ酸配列が大きく異なる超可変ドメインに由来する多種類のポリペプチドを,様々に組み合せて成る多様な組成物を包含するものである。超可変ドメインが,単離体間でそのアミノ酸配列に大きな違いのある領域である以上,実施例2に,特定の二つの単離体の超可変ドメイン中の特定のペプチドが他の単離体に感染した患者の血漿と交差反応性を示すという予想外の効果が示されているからといって,アミノ酸配列が異なる他の単離体の超可変ドメイン中のペプチドが,これと同様の交差反応性を示すと予測することは,極めて困難というべきである。したがって,本願発明の全体が実施例2と同様の効果を奏すると認めることはできない。
(2) また,原告は,本願発明の組成物は,本件明細書(甲5添付)の実施例3に示されるように,異なるエピソードのHCVについて検出等に使用し得るという全く予測されない効果をも有するとも主張する。
実施例3は,慢性肝炎の被験体Qにおける,約2年間隔の肝炎の二つのエピソード(Q1,Q3)のそれぞれに特異的な12量体ペプチドを合成し,Q1及びQ3の血漿と各ペプチドを別々に反応させたところ,Q1及びQ3の両血漿中の抗体は,Q1ペプチドと反応したが,Q3ペプチドとは反応しなかったことを示している。
しかしながら,Q1ペプチドがQ1ペプチドの由来する単離体に感染した患者血漿と反応したことは,当業者が当然に予想することであるし,Q3ペプチドについては,血漿との反応性を示さなかったのであるから,HCVの検出に使用できないと解するほかない。そうすると,実施例3の結果から,本願発明の組成物が異なるエピソードのHCVの検出に使用できるということはできない。
(3) 以上検討したところによれば,審決が本願発明の顕著な作用効果を看過したものということはできず,原告の取消事由5の主張も理由がない。
6 結語 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉