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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 6年 (ワ) 935号 特許権侵害差止等請求事件
原告 ローム・アンド・ハース・カンパニー右代表者 【A】 右訴訟代理人弁護士 小坂志磨夫小池豊櫻井彰人右補佐人弁理士 【B】
被告 旭電化工業株式会社右代表者代表取締役 【C】 右訴訟代理人弁護士 上村正二石葉泰久石川秀樹田中愼一郎右補佐人弁理士 【D】
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1999/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
被告は、原告に対し、九七五〇万円及びこれに対する平成九年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、原告が被告に対し、「ポリウレタン増粘剤」を含有する「ラテツクス組成物」に係る特許権の間接侵害を理由として、実施料相当額の損害賠償を求めている事案である。
原告は、被告の製造販売するポリウレタン増粘剤(商品名「アデカノールUH四二〇」。以下「被告製品」という。)の構成は、別紙一「物件目録(原告案)」記載のとおりであって、特許発明における「ポリウレタン増粘剤」に該当し、かつ、
被告製品は特許発明の「ラテツクス組成物」の生産のみに使用する物であるから、
被告製品の製造販売は原告の特許権の間接侵害(特許法101条1号)に当たると主張している。
これに対し、被告は、被告製品は別紙二「物件目録(被告案)」のとおり特定されるべきであると主張するとともに、仮に被告製品が原告主張のように特定されるとしても、被告製品は特許発明における「ポリウレタン増粘剤」に該当しないから、その製造販売が間接侵害になることはないと主張している。
一 争いのない事実1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者であった。
(一) 特許番号 第一七六六〇〇五号(二) 発明の名称 増粘剤含有ラテツクス組成物(三) 出願年月日 昭和五二年一二月六日(四) 出願公告年月日 平成元年一一月二四日(五) 登録年月日 平成五年六月一一日(六) 存続期間満了日 平成九年一二月六日2 本件特許権に係る明細書(原告申立ての訂正審判請求を認める審決が確定した後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲1項の記載は、別紙三「特許請求の範囲」のとおりである(この発明を、以下「本件特許発明」という。)。
3 右の特許請求の範囲は、次の構成要件に分説できる(以下、それぞれの構成要件をその番号により「構成要件(ア)」などという。)。
(ア) エマルションポリマー及びエマルションポリマーの固形分をベースにして約〇・一ないし約一〇重量パーセントの非イオン性の水溶性又は水に可溶化しうるポリウレタン増粘剤組成物を含有するラテックス組成物であって、
(イ) 前記ポリウレタン増粘剤組成物が少なくとも三個の疎水性基を有し、かつそれらの疎水性基の少なくとも二個が末端基であり、それらの疎水性基は一緒にして全部で少なくとも二〇個の炭素原子を含み、それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており、そして前記ポリウレタンの分子量は少なくとも一万であり、
(ウ) 前記ポリウレタン組成物は下記の1)〜5)の反応生成物から選択され、その中で反応体(a)は少なくとも一五〇〇分子量のポリオキシエチレン鎖を含む少なくとも一種の水溶性ポリエーテルポリオールであり、前記ポリエーテルポリオールはポリエチレングリコール、酸化エチレンとトリメチロールプロパンとの付加物、及び酸化エチレンとジペンタエリスリトールとの付加物の三種から選択される化合物、若しくは当該化合物と有機ポリイソシアネートとのヒドロキシル‐末端プレポリマー、又は当該化合物とそのようなプレポリマーとの混合物であり、反応体(b)は少なくとも一種の水に不溶性の有機ポリイソシアネートであり、反応体(c)は単官能価活性水素含有化合物及び有機モノイソシアネートから選ばれる少なくとも一種の単官能価疎水性有機化合物であり、そして反応体(d)は少なくとも一種の多価アルコールまたは多価アルコールエーテルである、
1) 少なくとも三個のヒドロキシル基を含む反応体(a)と前記有機モノイソシアネートとの反応生成物、
2) 反応体(a)と二個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物、
3) 反応体(a)と少なくとも三個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物、
4) 反応体(a)と反応体(b)と前記モノイソシアネートとの反応生成物、及び5) 反応体(a)と反応体(b)と前記モノイソシアネートと反応体(d)との反応生成物を特徴とするラテックス組成物4 被告は、「アデカノールUH四二〇」という商品名のポリウレタン増粘剤を製造販売していた。
二 争点及びこれに関する当事者の主張1 被告製品の特定(原告の主張)(一) 被告製品は、別紙一「物件目録(原告案)」(その一枚目(化学構造及び反応体)は、訴状の別紙である「物件目録二」。二枚目(右の化学構造を当事者間の主張を比較するために書き直したもの)は、平成七年五月一九日付け原告第五準備書面の別紙2のうちの原告の説明部分)記載のとおりに特定されるべきである。
(二) 被告が、被告製品が被告案のように特定されると主張するのであれば、被告はその分析結果につき、民訴法220条1号の「引用文書」に当たることなどを理由として文書提出義務を負うので、原告は、文書提出命令の申立て(平成一〇年(モ)第一五九二三号)をする。
(被告の主張)(一) 被告製品は、別紙二「物件目録(被告案)」(その一枚目(一般式及び反応成分)は、平成六年七月二五日付け被告準備書面(三)の別紙(二)。二枚目(右の一般式を具体的な基に置き換えたもの)は、同七年一月二三日付け被告準備書面(五)の別紙2)記載のとおりに特定されるべきである。
(二) 被告は本件特許権を侵害していないし、当該文書は被告の営業秘密に係るものであるから、被告には文書提出の義務はない。
2 被告製品を使用したラテックス組成物が本件特許発明技術的範囲に属するかどうか。
(原告の主張)(一) 構成要件(ア)の充足性 被告製品は、非イオン性及び水溶性という物性を有しており、ラテックス組成物においてエマルションポリマーとともに増粘剤として使用する場合、その量は、右のエマルションポリマー固形分重量の約〇・一ないし約一〇パーセントとなる。したがって、被告製品を含有するラテックス組成物は、本件特許発明構成要件(ア)を充足する。
(二) 構成要件(イ)の充足性(1) 別紙一「物件目録(原告案)」記載の化学構造中、A及びBが疎水性基であり、Eは少なくとも一五〇〇分子量のポリオキシエチレン鎖から成る親水性のポリエーテル基であって、疎水性基のすべてに含まれる炭素原子の数は二〇個以上、ポリウレタンの総分子量は一万以上である。そして、被告製品は、右の化学構造から明らかなように、少なくとも三個の疎水性基を有し、かつ、それらの疎水性基の二個は末端基であり、右の親水性ポリエーテル基が、疎水性基を連結している。したがって、被告製品は、本件特許発明構成要件(イ)のすべてを具備している。
(2) 被告は、被告製品は、「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」との点を充足しないと主張する。
しかし、右の「それぞれ」という文言は、本件特許発明のポリウレタン増粘剤のすべての疎水性基が、分子量一五〇〇以上の親水性ポリエーテル基で連結されなければならず、疎水性基同士が連結されることがない、という意味ではなく、親水性基のそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であることを示していると解すべきである。このことは、特許請求の範囲の文理上明白であるばかりでなく、本件明細書の発明の詳細な説明の記載からも明らかであって、疎水性基のすべてが分子量一五〇〇以上の親水性基によって連結される必要はないのである。したがって、別紙一「物件目録(原告案)」記載の化学構造中、疎水性基であるAとBとが連結している点は、構成要件(イ)の充足性に影響しない。
また、特許請求の範囲に「少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基」と記載され、発明の詳細な説明にも「それぞれが少なくとも一五〇〇、望ましくは少なくとも約三〇〇〇の分子量のポリオキシエチレン鎖からなるポリエーテルセグメントを含む親水性(水溶性)基」と記載されていることからすれば、本件特許発明における「親水性基」は、「少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなるポリエーテル基」と定義されているといえる。他方、発明の詳細な説明として、「この明細書における術語『疎水成分(hydrophobe)』はヒドロキシル、アミノまたはイソシアネート反応体の炭化水素残基ばかりでなくまたそのような残基と反応後に構造中に残留する隣接のウレタンおよびその他の基との組合わせを含む。術語『疎水成分』または同様の術語は従ってここでは水に対する不溶性に寄与する重合体状反応生成物の部分またはセグメントの総てを意味して使用する。ポリエーテルポリオール反応体の残基以外の総ての部分またはセグメントは従って疎水性である。」と記載されており、しかも、
本件特許発明に係る増粘剤を構成する基は親水性基か疎水性基かのいずれかに分類され、その中間の基は存在しないことからすると、本件特許発明における「疎水性基」は、前記のとおり定義された「親水性基」以外のすべての基であると定義されているものである。右の親水性基及び疎水性基の定義は、本件特許発明における特殊な増粘機構に着目して定められているものであり(分子量が一五〇〇未満のポリオキシエチレン鎖は、これに結合する「疎水性基」間に十分な距離を与えることができず、本件特許発明に係る増粘剤に特有の作用を奏しないから、本件特許発明にいう「親水性基」には含まれないのであり、これに結合する疎水性基と一体となって「疎水性基」として作用するにすぎない。)、被告の主張は本件明細書の記載を無視して親水性基及び疎水性基の意味を解釈しようとするものであって失当である。
そして、別紙一「物件目録(原告案)」のAに存在するポリエーテル基「(OCH2CH2)X」における「x」の値は約八ないし一四であり、右ポリエーテル基の分子量は一五〇〇未満であるから、本件特許発明の「親水性基」ではなく、右目録のR(メチレン基がついた一ないし四個のフェニル環を有する芳香族基)とともに「疎水性基」を形成しているとみるべきである。
したがって、被告製品は、構成要件(イ)の「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」との点を充足する。
(3) さらに、被告は、被告製品は構成要件(イ)のうち「前記ポリウレタンの分子量は少なくとも一万であり」の点を充足しないと主張する。
しかし、被告は、低分子量のジアダクト成分を含めて被告製品の分子量を測定しているところ、本件特許発明においては、特許請求の範囲に記載された構造を有する化合物が所定の増粘効果を発揮し、その他の構造の化合物は効果を奏しないのであるから、被告製品の特定に際しても所定の増粘効果を発揮する化合物のみを対象物件とすべきである。そして、ジアダクト成分は、親水性ポリエーテル基を含んでおらず、構成要件(ウ)の1)ないし5)のいずれの反応生成物にも該当しないから、これを除外して分子量を測定すべきである。右のように測定した被告製品の分子量は一万を超えているから、被告製品は、構成要件(イ)の「前記ポリウレタンの分子量は少なくとも一万であり」との点を充足する。
(三) 構成要件(ウ)の充足性(1) 被告製品は、別紙一「物件目録(原告案)」の2@ないしB記載の反応体によって生成されるものであり、次のとおり、構成要件(ウ)の2)の反応生成物(反応体(a)と二個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物)に該当する。
ア 右@の物質(ポリエチレングリコール)は、少なくとも一五〇〇分子量のポリオキシエチレン鎖を含む水溶性のポリエーテルポリオールであって、ポリエチレングリコールであるから、反応体(a)に相当する。
イ 右Aの物質(ヘキサメチレンジイソシアネート)は、水に不溶性で二個のイソシアネート基を含むから、反応体(b)に相当する。
ウ 右Bの物質(ポリエトキシアルコール)は、「活性水素含有化合物」に相当する。
被告は、被告製品の反応成分Bは親水性であるから被告製品は構成要件(ウ)の2)の反応生成物に当たらないと主張するが、本件明細書には、水溶性物質であっても反応体(c)となり得ることが明確に示されている。すなわち、反応体(c)の「単官能価活性水素含有化合物」が水溶性物質であったとしても、その残基が反応生成物の水に対する不溶性に寄与するのであれば、当該水溶性物質は本件特許発明の反応体(c)に該当するのである。そして、被告製品の反応成分Bは、疎水的に改質され、
被告製品の水に対する不溶性に寄与するから、これが反応体(c)に該当することは明らかである。
(2) したがって、被告製品は構成要素(ウ)を充足する。
(四) 右のとおり、被告製品は、本件特許発明のポリウレタン増粘剤の構成要件をすべて具備しており、これと同一の構造を有するから、被告製品を使用したラテックス組成物の作用効果も、本件特許発明に係るラテックス組成物と同一である。
(五) したがって、被告製品を使用したラテックス組成物は、本件特許発明技術的範囲に属する。
(被告の主張)(一) 構成要件(イ)の充足性について(1) 被告製品は、構成要件(イ)のうち、「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」との構成を欠いている。
すなわち、構成要件(イ)の右構成は、それぞれの疎水性基が「疎水性基‐分子量一五〇〇以上であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基‐疎水性基」の形で連結されており、疎水性基同士が連結されることがないことを意味している。すべての疎水性基が親水性ポリエーテル基を通して連結されていることは、
原告自身が本件特許権の出願経過で認めていたところであって、本件訴訟においてその解釈を変更することは、禁反言の原則からも許されない。
また、右の「ポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基」とは、一般式「(OCH2CH2)X」で示されるポリオキシエチレン鎖から成る親水性ポリエーテル基を意味し、右一般式の「x」の値によって種々の分子量のものを包含し得るが、構成要件(イ)を充足する親水性ポリエーテル基は、その分子量が一五〇〇以上のものに限られ、これが一五〇〇未満のものは含まれない。原告は、「少なくとも一五〇〇の分子量である親水性ポリエーテル基」が「親水性基」であり、「分子量一五〇〇未満である親水性ポリエーテル基」は「疎水性基」である旨主張するが、本件明細書にはそのような特別な定義は何ら示されていない。分子量が一五〇〇以上であろうとそれ未満であろうと、親水性基は親水性基であり、分子量一五〇〇未満の親水性ポリエーテル基が「疎水性基」であるという原告の右主張は、当業者の常識に反しており、全く根拠のないものである。しかも、一般にいう親水性基の中には分子量一五〇〇未満の親水性ポリエーテル基があり、このような親水性ポリエーテル基で連結されたポリウレタン増粘剤が本件特許発明で使用される増粘剤に当たらないことは、原告が自ら本件特許権の出願経過で認めていたところであって、原告の右主張は、禁反言の原則からも認められない。
そして、別紙一「物件目録(原告案)」によれば、被告製品の末端の疎水性基と内部の疎水性基を連結しているポリオキシエチレン鎖から成る親水性ポリエーテル基中の繰返し数「x」は、約八ないし一四であるから、この親水性ポリエーテル基の分子量は約三五〇ないし六二〇となるのであって(別紙二「物件目録(被告案)」では、繰返し数は約一〇ないし一六であり、分子量は約四四〇ないし七〇〇となる。)、被告製品の疎水性基を連結している親水性ポリエーテル基の分子量が一五〇〇より少ないことは、原告の主張からも明らかである。
したがって、被告製品は、仮に原告主張のように特定されるとしても、構成要件(イ)のうち、「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」との要件を充足しない。
(2) さらに、被告製品は、構成要件(イ)のうち、「前記ポリウレタンの分子量は少なくとも一万であり」との構成も欠いている。
すなわち、右にいうところの「分子量」とは、本件特許権に係る明細書の記載に照らし、数平均分子量を意味している。そして、本件特許発明で使用される増粘剤は、構成要件(ウ)の1)ないし5)の反応生成物そのものであり、その中に含まれるジアダクト成分等を除去したり、特定の成分のみを取り出したりしたものではないから、右の「分子量」は反応生成物全体の数平均分子量と解される。
ところが、原告がその分析結果に基づいて主張する被告製品の分子量は、低分子量のジアダクト成分等を除去した部分の数平均分子量であるから、これを根拠に被告製品が「分子量が少なくとも一万」という範囲に入るということはできない。被告製品にはジアダクト成分も含まれているのであるから、これを含めた分子量を算出すべきである。原告が被告製品そのものの分子量を開示すれば、これが一万未満であって、被告製品が構成要件(イ)を欠いていることが明らかになるはずである。
(3) したがって、被告製品は、構成要件(イ)を充足しない。
(二) 構成要件(ウ)の充足性について(1) 原告は、被告製品が2)の反応生成物に該当すると主張するが、被告製品の反応成分Bが「活性水素含有化合物」であることは否認する。
すなわち、構成要件(ウ)の反応体(c)は、特許請求の範囲において「単官能価活性水素含有化合物および有機モノイソシアネートから選ばれる少なくとも一種の単官能価疎水性有機化合物」と定義されており、「疎水性」のものに限定されている。
したがって、反応体(c)の単官能価疎水性有機化合物の一つである「活性水素含有化合物」も当然に疎水性のものであり、親水性のものはこれから除外されている。
他方、別紙二「物件目録(被告案)」記載の反応成分のうち、@の水溶性ポリエーテルポリオールは反応体(a)に、Aの有機ジイソシアネートは反応体(b)に、それぞれ該当するものであるが、Bの水溶性ポリエーテルモノオールは、親水性で水溶性のものであるから、2)の反応生成物の成分となる「活性水素含有化合物」ではない。なお、仮に被告製品が別紙一「物件目録(原告案)」記載のとおりであるとしても、原告案における反応体Bのポリエトキシアルコールも親水性で水溶性の化合物であるから、右の「活性水素含有化合物」に当たらない。
したがって、被告製品は構成要件(ウ)の2)の反応生成物に該当しない。
(2) また、被告製品が、構成要件(ウ)の反応生成物1)及び3)ないし5)のいずれにも該当しないことも明らかである。
(3) したがって、被告製品は、構成要件(ウ)を充足しない。
(三) 右のとおり、仮に被告製品が原告主張のとおりに特定されるとしても、被告製品を使用したラテックス組成物は本件特許権を侵害しない。
3 間接侵害の成否(被告製品が本件特許発明のラテックス組成物の生産にのみ使用される物であるか。)(原告の主張)(一) 前記のとおり、被告製品を使用したラテックス組成物は、本件特許発明技術的範囲に属する。
(二) 被告製品は、本件特許発明のラテックス組成物の生産のみに使用される物である。
被告は、この点を否認するが、ラテックス組成物以外に商業的かつ経済的に確立した用途が被告製品に存在することを具体的に立証していない。
(三) したがって、被告製品を製造販売する被告の行為は、特許法101条1号により、本件特許権を侵害するものとみなされる。
(被告の主張)(一) 本件特許発明に使用されるポリウレタン増粘剤が、洗浄剤、接着剤、洗面用化粧品、局処医薬品等の製造に使用されることは、本件明細書に記載されているし、他の多くの特許公報や刊行物にも、ラテックス組成物以外の用途に使用し得る旨が記載されている。このように、本件のポリウレタン増粘剤は、ラテックス組成物以外にも商業的、経済的に実用性のある用途があり、実用化されているものであるから、「本件特許発明実施のみに使用する物」でない。
(二) また、本件特許発明においては、ポリウレタン増粘剤の量がエマルションポリマー固形分の約〇・一ないし一〇重量パーセントの範囲内であることが要件とされているが、被告製品は、ラテックス組成物に使用される場合であっても、右の範囲外の量で使用されることがある。
(三) したがって、被告製品を製造販売する行為は、本件特許権を間接侵害するものではない。
4 公知技術の抗弁(被告の主張) 被告製品等のポリウレタン増粘剤をラテックス組成物へ使用することは、本件特許権の出願前に既に公知であり、このような公知技術は本件特許発明技術的範囲に含まれないから、被告製品の製造販売は本件特許権を侵害するものでない。
5 原告の損害額(原告の主張) 被告は、平成六年一一月一日から同九年一〇月末日までの間、少なくとも年間六五〇トン(合計一九五〇トン)の被告製品を販売した。被告製品の単価は一キログラム当たり五〇〇円を下らないから、右期間の総売上額が九億七五〇〇万円を下回ることはない。本件特許発明実施料は売上高の一〇パーセントが相当である。
よって、原告は、被告に対し、九七五〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成九年一一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
争点に対する判断
一 争点2(被告製品を使用したラテックス組成物が本件特許発明技術的範囲に属するかどうか)について 後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により検討すると、被告製品を使用したラテックス組成物は、少なくとも以下の点で、本件特許発明構成要件を充足しないと認められる。
1 構成要件(イ)のうちの「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」という要件の充足性について(一) 本件明細書の特許請求の範囲の記載のうち右の構成要件に係る部分の文言によれば、本件特許発明に使用されるポリウレタン増粘剤において疎水性基と疎水性基とを連結するのは、ポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基であって、かつ、その分子量が一五〇〇以上であることが、必須の要件とされていると認められる。そうすると、疎水性基と疎水性基とがポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基によって連結されている場合であっても、右の親水性ポリエーテル基の分子量が一五〇〇未満であるときは、右の構成要件を充足しないというべきである。
この点について、原告は、前述のとおり、本件特許発明にいう「疎水性基」には、分子量が一五〇〇未満のポリオキシエチレン鎖から成るポリエーテル基も含まれる旨主張する。しかしながら、本件特許発明の特許請求の範囲に用いられている「親水性」及び「疎水性」という文言は、ある物質が、水との間で相互作用し合い、水との親和力が大きいという性質を持つ(親水性)か、これを持たない(疎水性)かという、当業者にとって明確な意味を持つものである(乙一七、二三)。両者は、物質が水との親和性に関して全く逆の性質を持つことを意味するものであり、「ポリオキシエチレン鎖から成るポリエーテル基」について、単に分子量の多寡のみによって、親水性であるか疎水性であるかが左右されることはないというべきである。また、明細書における用語は、それを特定の意味で使用するために明細書においてその意味を定義する場合にはその用語の有する通常の意味と異なる意味を持つことがあり得るが(特許法施行規則様式28、備考8参照)、本件明細書の記載を子細に検討しても、「疎水性基」が分子量一五〇〇未満のポリオキシエチレン鎖から成るポリエーテル基を含むものとして定義されていると認めることはできない。
したがって、原告の右主張は採用できない。
(二) 原告が主張する被告製品の化学構造は、別紙一「物件目録(原告案)」のとおりであり、これによれば、被告製品の末端に存在する疎水性基であるR(メチレン基がついた一ないし四個のフェニル環を有する芳香族基)ないしR‐O(メチレン基とイソプロピル基がついた二ないし四個のフェニル環を有する芳香族基のモノヒドロキシル残基)が、ポリオキシエチレン鎖からなるポリエーテル基(「(OCH2CH2)X」ないし「(CH2CH2O)X」)を介して、疎水性基であるB(ヘキサメチレンジイソシアネートの残基)と結合されている。そして、原告は、右のポリエーテル基の分子量が一五〇〇未満であることを認めている。そうすると、被告製品の末端の疎水性基は、分子量一五〇〇未満の親水性ポリエーテル基によって別の疎水性基と連結されていることになるから、被告製品が原告主張のとおりに特定されるとしても(なお、被告の主張に係る別紙二「物件目録(被告案)」によっても、
被告製品の末端の疎水性基は分子量一五〇〇未満の親水性基を介して別の疎水性基と連結されている。)、右(一)で検討したところに照らし、構成要件(イ)のうちの「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」との要件を欠くことになる。
(三) したがって、被告製品は、構成要件(イ)を充足しない。
2 構成要件(ウ)の2)の反応生成物のうちの「前記活性水素含有化合物」という要件の充足性について(一) 原告は、被告製品は構成要件(ウ)のうちの2)の反応生成物(反応体(a)と二個のイソシアネート基を含む反応体(b)と前記活性水素含有化合物との反応生成物)に当たると主張しているところ、被告製品の反応成分のうち、@の物質(原告の主張によれば、ポリエチレングリコール。被告の主張によれば、水溶性ポリエーテルグリコール)が反応体(a)に、Aの物質(原告の主張によれば、ヘキサメチレンジイソシアネート。被告の主張によれば、有機ジイソシアネート)が二個のイソシアネート基を含む反応体(b)に、それぞれ該当することは、当事者間に争いがない。被告は、Bの物質(原告の主張によれば、ポリエトキシアルコール。被告の主張によれば、水溶性ポリエーテルモノオール)が、「前記活性水素含有化合物」に該当することを争っている。
(二) そこで検討すると、右の「前記活性水素含有化合物」は、特許請求の範囲の「反応体(c)は単官能価活性水素含有化合物および有機モノイソシアネートから選ばれる少なくとも一種の単官能価疎水性有機化合物であり」との文言を受けたものであるから、構成要件(ウ)の2)の反応生成物の要件を充足する「前記活性水素含有化合物」が、疎水性の単官能価活性水素含有化合物に限られ、親水性の単官能価活性水素含有化合物が本件特許発明技術的範囲から除かれていることは、特許請求の範囲の文言自体から明らかであるといえる。したがって、構成要件(ウ)のうちの2)の反応生成物の反応成分である「前記活性水素含有化合物」は、疎水性のもの、
すなわち、水との相互作用が小さく、水との親和力が小さい性質を持つものに限られるというべきである。
この点について、原告は、前述のとおり、単官能価活性水素含有化合物が水溶性物質であったとしても、その残基が反応生成物の水に対する不溶性に寄与するものであれば、当該水溶性物質は本件特許発明の反応体(c)に該当すると主張する。しかし、原告の右主張は、前記のような特許請求の範囲の文言についての通常の国語上の解釈に反し、「疎水性有機化合物」の語の当業者にとっての通常の意味にも反するものであるところ、本件明細書中に「単官能価疎水性有機化合物」を原告主張のように解すべきことをうかがわせる記載は認められない。 (三) そして、原告の主張する被告製品は、別紙一「物件目録(原告案)」のとおりであり、これによれば、Bの物質であるポリエトキシアルコールは親水性の化合物であるから、被告製品が原告主張のとおりに特定されるとしても(なお、被告の主張に係る別紙二「物件目録(被告案)」によっても、Bの物質である水溶性ポリエーテルモノオールは親水性の化合物である。)、Bの物質が構成要件(ウ)のうちの2)の反応生成物のうちの「前記活性水素含有化合物」に該当するということはできない。
したがって、被告製品が構成要件(ウ)の2)の反応生成物に該当するとは認められない。
なお、被告製品が、構成要件(ウ)の1)又は3)ないし5)の反応生成物に該当する旨の主張立証はない。
(四) したがって、被告製品は、構成要件(ウ)を充足しない。
二 以上によれば、被告製品は、仮に原告主張のとおりに特定されるとしても、これを使用したラテックス組成物が本件特許発明技術的範囲に属さないと認められるから、その余の点につき判断するまでもなく、被告製品の製造販売が本件特許権の間接侵害に当たらないことは明らかであって、原告の請求は理由がないというべきである(また、原告の前記文書提出命令の申立ても、その必要性がないことになるから、これを却下する。)。
三 よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一一年九月六日)
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 長谷川浩二
裁判官 大西勝滋