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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ネ10050特許権に基づく侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成19ネ10036特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成19ネ10075特許権侵害行為差止,同請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  製造方法 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  存続期間 /  均等 /  均等侵害 /  置き換え /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (ネ) 10052号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 チェックポイント システムズ インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士 熊倉禎 男,辻居幸 一,竹内麻 子,相良 由里子
補佐人弁理士 西島孝 喜,竹内英人
被控訴人 ルカトロン・ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士 小池 豊,櫻井彰人
補佐人弁理士 丸山幸雄
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/06/16
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
当審における控訴人の新請求を棄却する。
控訴費用(当審における新請求につき生じたものを含む。)は控訴人の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
控訴人の求めた裁判
1 控訴の趣旨 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,別紙物件目録2記載のラベルを製造し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
(3) 被控訴人は,その占有に係る前項記載のラベルを廃棄せよ。
(4) 被控訴人は,控訴人に対し,3億円及びこれに対する平成14年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 当審における新請求の趣旨 (1) 被控訴人は,別紙物件目録3記載のラベルを製造し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
(2) 被控訴人は,その占有に係る前項記載のラベルを廃棄せよ。
事案の概要
1 手続の経緯 (1) 控訴人は,原審において,別紙物件目録1,2記載のラベル(以下「被控訴人製品1」,「被控訴人製品2」という。)が控訴人の有する特許第1677440号の特許権の請求の範囲1に係る発明(以下「本件発明1」といい,その特許権を「本件特許権1」という。)及び特許第2869068号の特許権の請求項1に係る発明(以下「本件発明2」といい,その特許権を「本件特許権2」という。)の技術的範囲に属し,被控訴人が被控訴人製品1をかつて製造販売し,また,被控訴人製品2を現に製造販売する行為が本件特許権1及び2を侵害すると主張して,被控訴人に対し,本件特許権1及び2に基づき,被控訴人製品2の製造販売等の差止め及び製品の廃棄,被控訴人製品1の製造販売に係る損害賠償として3億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成14年12月6日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(2) 原審は,被控訴人製品1及び2は本件発明1の構成要件D及びEを充足しないし,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものでない,被控訴人製品1及び2は本件発明2の構成要件Jを充足しないと判示して,控訴人の請求を棄却すべきものとした。
(3) 控訴人は,原判決を不服として控訴した。なお,本件特許権1は,平成16年4月23日に存続期間の終了により消滅したので,控訴人は,当審において,本件特許権1に基づく被控訴人製品2の製造販売等の差止め及び製品の廃棄に係る請求を取り下げた。
(4) 控訴人は,当審において,別紙物件目録3記載のラベル(以下「被控訴人製品3」という。)が本件発明2の技術的範囲に属し,被控訴人が被控訴人製品3を現に製造販売する行為が本件特許権2を侵害すると主張して,被控訴人に対し,本件特許権2に基づき,被控訴人製品3の製造販売等の差止め及び製品の廃棄を求めた。
(5) 以上により,控訴人は,現在,被控訴人に対し,本件特許権2に基づく被控訴人製品2及び3の製造販売等の差止め及び製品の廃棄と本件特許権1及び2に基づく被控訴人製品1の製造販売に係る損害賠償を求めている。
なお,別紙物件目録1は,原判決別紙ロ号物件目録(同イ号物件目録に「貫通孔10」を付加したもの)と同一であり,別紙物件目録2は,原判決別紙ニ号物件目録(同ハ号物件目録に「貫通孔10」を付加したもの)と同一であって,被控訴人製品1は原判決の原告製品1及び2に相当し,被控訴人製品2は原判決の原告製品3及び4に相当する。以下,原判決を引用した場合において,原判決中「被告製品1及び3」,「被告製品2及び4」とあるのは,特に断らない限り,「被控訴人製品1ないし3」と読み替えるものとする。
2 争いのない事実等,争点及び当事者の主張 争いのない事実等,争点及び当事者の主張は,以下のとおり,原判決を訂正し,かつ,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 原判決の訂正 (1) 原判決4頁15行目から5頁5行目までを次のとおり改める。
「(3) 被控訴人製品の構成 被控訴人製品の構成については,当事者間に争いがある。控訴人は,被控訴人製品1及び2の構成は,別紙物件目録1及び2記載のとおりであり,また,被控訴人製品3の構成は,別紙物件目録3記載のとおりで,被控訴人製品2に設けられていた2つのクレーター状部が1つのクレーター状部になったことを除くと,別紙物件目録2記載の構成と同一であると主張する。これに対して,被控訴人は,被控訴人製品1及び2の構成について,ポリエチレン部には貫通孔が存在しないとして否認し,また,被控訴人製品3の構成について,クレーター状部が1つであることは認めるものの,ポリエチレン部に貫通孔が存在しないを含めてその余を否認する。
(4) 被控訴人の行為 ア 被控訴人製品1の製造販売 被控訴人は,平成13年ころから被控訴人製品1の製造販売を開始したが,平成14年9月30日にその製造を,同年10月25日出荷分をもってその販売を終了した(乙15,弁論の全趣旨)。
イ 被控訴人製品2の製造販売 被控訴人は,平成14年7月以降,被控訴人製品2を製造販売している(乙15)。
ウ 被控訴人製品3の製造販売 被控訴人は,現在,被控訴人製品3を製造販売している(当事者間に争いのない事実)。」 (2) 原判決5頁7行目,17行目,18行目,21行目,23行目,6頁18行目,19行目,22行目,24,25行目,7頁16行目,17行目,20行目,8頁4行目,5行目,8行目,10行目,12行目,9頁5行目,6行目,10頁21行目,22行目,11頁17行目,20行目,23行目,12頁7行目,19行目,22行目,13頁2行目,3行目,5行目,7行目,11行目,12行目25行目,14頁4行目,13行目,15行目,21行目,22行目,15頁9行目の「被告製品1及び3」を「被控訴人製品1」に改める。
(3) 原判決9頁7行目の「なお」から8行目の「当てはまる。」までを削る。
(4) 原判決14頁4,5行目の「本件特許発明1」,8行目の「本件特許権1」,15頁2行目の「本件特許1」及び10行目の「本件1」を「本件発明1」に改める。
(5) 原判決15頁16行目及び24行目の「本件特許1の」を削る。
(6) 原判決16頁2行目の「(4)」を「(3)」に改める。
(7) 原判決16頁4行目から6行目までを削る。
(8) 原判決18頁5行目から9行目までを次のとおり改める。
「 被控訴人製品のポリエチレン部には貫通孔が存在しないから,被控訴人製品は,本件発明2の技術的範囲に含まれない。」 (9) 原判決19頁12行目から16行目までを削る。
(10) 原判決19頁18行目から21行目までを次のとおり改める。
「 被控訴人製品のポリエチレン部には貫通孔が存在しないから,被控訴人製品1ないし3は,「少なくとも1ケの」との要件を充足しない。」 (11) 原判決20頁17行目の「被告製品」の後に「1ないし3」を加える。
(12) 原判決21頁13行目,15行目及び17行目の「被告製品3及び4」を「被控訴人製品2及び3」に改める。
(13) 原判決21頁23行目の「被告製品1及び2」を「被控訴人製品1」に改め,24行目の「被告製品」の後に「1」を加える。
4 当審における当事者の主張 (1) 控訴人 ア 本件発明1の構成要件充足性 (ア) 構成要件D及びEの「アーク放電」の意義について a 原判決は,本件発明1の構成要件D及びEの「アーク放電」について,「字義どおりアーク放電のみを指すのであって,その他の形式の放電を包含しないと解するのが相当である。」(原判決25頁10,11行)と判断した。
b 本件明細書1には,例えば,第10ないし12図に,コンデンサの電極間に全路破壊を生じさせ,短絡路を形成することが開示されているが,出願人は,このような短絡路を形成する放電形式を意味するものとして「アーク放電」と表現したにすぎず,構成要件D及びEの「アーク放電」に「火花放電」が含まれることを排除したわけではない。
c 原判決が引用した文献(甲18の2,34)によれば,全路破壊放電とは電極間が短絡される放電をいうこと,火花放電は全路破壊を生じさせる放電であること,火花放電はアーク放電への移行の際に生ずることが理解され,また,控訴人が原審で提出した意見書(甲17,20,27)によれば,火花放電はアーク放電の初期状態の放電であること,アーク放電と火花放電とは全路破壊を生じさせるものであること,アーク放電と火花放電との区別の基準はさまざまであり,火花放電がアーク放電にいつ移行したかを判定することも困難であること,学問上は,電極間に流れた電流量等によって,アーク放電と火花放電とを区別するのが一般的であるが,分野ごとに諸説あり,定説があるわけではないことが理解される。
d 本件発明1において,電極間に全路破壊を生じさせるアーク放電と火花放電との間に実質的な相違はないのであって,本件発明1の構成要件D及びEの「アーク放電」には,火花放電を含むと解するのが相当であるから,原判決の判断は,誤りである。
(イ) 被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で放電が発生していることについて a 原判決は,「被告製品のクレーター状部において放電が生じているとしても,被告製品のクレーター状部を設ける際に,アルミニウム及びポリエチレン部に亀裂が生じ,これらの亀裂部分を介して電極間に放電が生じている可能性を否定することはできない。したがって,原告の実施した実験結果から,被告製品の絶縁層で放電が生じているとは認め難い。」(原判決26頁7ないし12行)と認定した。
b 控訴人は,被控訴人製品1のコンデンサのクレーター状部のポリエチレン部分(薄いポリエチレン部9c)に空隙があり,この空隙で全路破壊放電(アーク放電又は火花放電)が発生すると主張しているが,原判決が認定した「アルミニウム及びポリエチレン部に亀裂が生じ,これらの亀裂部分を介して電極間に放電が生じている」とは,まさに控訴人の上記主張が認められたものであり,これによれば,被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で放電が発生しているということができるのである。
c 原判決は,構成要件Eの「誘電材を貫通して」を,電極間の誘電材そのもの(空隙ではない固体部分)で全路破壊により短絡が生じている場合に限られると解釈した結果,「被告製品の絶縁層で放電が生じているとは認め難い。」としたと考えられるが,構成要件Eの「誘電材を貫通して」とは,放電が誘電材を貫通する全路破壊を生じさせることを意味しているものであって,誘電材部分に空隙があり,この空隙で全路破壊により短絡が生じている場合をも含んでいることは明らかである。
d したがって,原判決の認定は,誤りである。
均等侵害の成否 (ア) 原判決は,「出願人は,本件発明1の出願手続において,本件発明1の技術的範囲を,アーク放電を発生させる構成のみに限定し,その他の放電形式を除外したというべきである。」(原判決29頁4ないし6行)と判断した。
(イ) 本件発明1の出願手続において,出願人及びその承継者が,本件発明1の技術的範囲に,アーク放電以外の放電形式が属しないことを明確に承認したり,又は外形的にそのように解されるような行動をとった事実はない。むしろ,出願人は,本件明細書1において,基板層(絶縁層)の全路破壊により基板層(絶縁層)上下の電極間に短絡を生じさせる放電形式を「アーク」放電と表現したにすぎず,基板層(絶縁層)の全路破壊により基板層(絶縁層)上下の電極間に短絡を生じさせる放電形式である「火花」放電を排除していない。
(ウ) したがって,原判決の判断は,誤りである。
ウ 本件発明2の構成要件充足性 (ア) 原判決は,「構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」とは,電極間の絶縁層を切り開いて設けた開口を意味するものというべきである。」(原判決31頁25行ないし32頁1行)とした上,「被告製品のクレーター状部は,ラベルの一部に圧力を加えることにより,結局,薄いポリエチレン層を作出する方法により製造されており,これは,正に,・・・従来例Aと同様の方法であって,絶縁層を切り開く過程は存在しない。このような被告製品の製造方法に照らすならば,被告製品に貫通孔が存在すると認めることはできない。したがって,被告製品は,本件発明2の構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」を具備せず,被告製品は,本件発明2の構成要件Jを充足しない。」(原判決32頁23行ないし33頁4行))と判断した。
(イ) 特許請求の範囲の記載から明らかなように,本件発明2は,絶縁層に「貫通切込み又は貫通孔」を設けたことを本質的な特徴とするものであって,それ以上に,「貫通切込み又は貫通孔」が,どのような道具を使用して,どのようにして形成されるかといったことについては,構成要件としていない。原判決は,「被告製品のクレーター状部を設ける際に,アルミニウム及びポリエチレン部に亀裂が生じ」と認定しているところ,構成要件Jの「貫通孔」は,絶縁層を貫く穴を意味するから,原判決の認定した「亀裂」は,まさに構成要件Jの「貫通孔」に該当するのである。
(ウ) 控訴人の製品は,箔押し用に作られた恩田製作所製のOPM-HL300型機に改良を加え,特別な仕様に変更した機械を使用して,上部支持体に高温の棒状ヒーターを挿入し,ピン(上治具)を400℃前後で加熱して,「クレーター状部」を形成しているが,その際,加熱されたピンによる急激な熱と圧力によって,ポリエチレン層の一部に貫通孔が形成される。被控訴人製品1ないし3の製造方法は,控訴人の製品の製造方法とほぼ同一であって,押圧ピンを400℃前後で加熱する点が従来技術と異なっているのであり,このような押圧ピンを使用することによって,貫通孔を確実に形成している。
(エ) したがって,原判決の判断は誤りである。
(2) 被控訴人 ア 本件発明1の構成要件充足性 (ア) 構成要件D及びEの「アーク放電」の意義について 本件明細書1には,「アーク放電」による共振特性の破壊が本件発明1の特徴であることが随所に記載されているところ,火花放電など「アーク放電」以外の放電現象に関する記載はないから,特許請求の範囲の「アーク放電」の中に,その他の放電現象である「火花放電」まで含めて解釈することは許されない。また,そもそも,「アーク放電」と「火花放電」とは,異なる放電現象であり,「アーク放電」の中に「火花放電」を含めて解釈することは,理論的にも誤りである。
したがって,原判決の判断に誤りはない。
(イ) 被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で放電が発生していることについて コンデンサ板間が短絡(絶縁破壊)する原因には,熱的要因,機械的要因,電気的要因,高エネルギー放射線,微生物浸食及び吸湿による加水分解などがあり,電気的要因のうちの放電現象に限っても,部分放電(コロナ放電),火花放電,グロー放電及びアーク放電があるが,控訴人は,被控訴人製品1に生じる絶縁破壊現象の原因について何ら立証していない。また,本件発明1の「アーク放電」は,誘電材部分で発生するものであるから,アルミニウム板及びポリエチレン部の亀裂部分を介して電極間で発生した放電は,本件発明1の「アーク放電」に該当しない。
したがって,原判決の認定に誤りはない。
均等侵害の成否 控訴人は,被控訴人製品1のクレーター状部に火花放電が発生していることさえ立証していないし,仮に火花放電が発生しているとしても,本件発明1の「アーク放電」は,発明の本質的部分であり,これを火花放電に置き換えることはできない。
したがって,原判決の判断に誤りはない。
ウ 本件発明2の構成要件充足性 (ア) 本件発明2は,単に凹部を形成することにより不作動化を確保するという従来技術の問題点を,「貫通切込み又は貫通孔」を設けることにより解決したところに特徴があり,たまたま「貫通孔」が形成されていればよいというものではない。
被控訴人製品1ないし3は,ラベルの一部に圧力を加えて薄いポリエチレン層を作出する方法により製造されるものであり,絶縁層であるポリエチレン層を切り開く工程はないから,被控訴人製品1ないし3には,貫通孔が存在しない。なお,仮に甲13に示されるような貫通孔があるとしても,それはたまたま形成されたものであるから,構成要件Jの「貫通孔」には当たらない。
(イ) 控訴人の製品の製造方法と被控訴人製品1ないし3の製造方法とでは,クレーター状部形成用の押圧ピンの形状,加熱温度及び押圧力が異なるから,被控訴人製品1ないし3の製造方法が控訴人の製品の製造方法とほぼ同一であるということはできない。そして,高温に加熱した押圧ピンで押圧したときに,「貫通孔」が容易かつ確実に形成されることの立証はなく,被控訴人製品1ないし3の製造方法において使用される押圧ピンで押圧したときに,「貫通孔」が形成されることの立証もない。また,仮に原判決が認定した「亀裂」が構成要件Jの「貫通孔」に該当すると考えるとすると,別紙物件目録1ないし3の各第6図の符号9bのように,「亀裂」部分のアルミニウム板3も亀裂しているから,ポリエチレンの「亀裂」部分は導電層であるアルミニウム板に覆われていないことになってしまうが,本件発明2の「貫通切込み又は貫通孔」は,導電層と導電層との間に存在し,「貫通切込み又は貫通孔」の上下は導電層により覆われていなければならないから,上記のようにアルミニウム板3に覆われていない符号9bの「亀裂」部分が構成要件Jの「貫通孔」に該当すると考えることはできない。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求は,当審において追加したものを含めて,理由がないと判断する。その理由は,以下のとおり,原判決を訂正し,かつ,当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決の事実及び理由の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決の訂正 (1) 原判決22頁5行目,25頁15行目,16行目,18行目,23行目,25行目,26頁13行目,16行目,21行目,27頁1行目及び2行目の「被告製品1及び3」を「被控訴人製品1」に改める。
(2) 原判決23頁12行目の「持続放電と非持続放電」を「自続放電と非自続放電」に,13行目の「持続放電」を「自続放電」に改める。
(3) 原判決23頁16行目の「電気が絶縁体である」を「電気的絶縁体である」に,22行目の「印可電圧の上昇」を「印加電圧の増加」に,25行目の「百oA]を「百mA」に改める。
(4) 原判決25頁2行目の「持続放電と非持続放電」を「自続放電と非自続放電」に改める。
(5) 原判決25頁21,22行目「被告製品1及び3」,26頁1行目及び2行目の「被告製品」を「被控訴人製品1及び2」に改め,25頁22行目の「記載があり,」の次に「また,当審において提出した実験の報告書(甲42)にも,被控訴人製品1及び3について,同様の記載があるところ,」を加え,26頁5行目の「被告製品」の次に「1ないし3」を,6行目,7行目,8行目,11行目,14行目及び23行目の「被告製品」の次に「1」を加える。
(6) 原判決27頁9行目及び10行目の「基盤」を「基板」に,11行目の「生じしめ」を「生ぜしめ」に改める。
(7) 原判決28頁4行目の「補正した」の次に「(乙1の6)」を,15,16行目の「説明した」の次に「(乙1の7)」を加え,18行目の「乙7の2」を「乙7」に改め,29頁7行目の「被告製品」の次に「1」を加える。
(8) 原判決29頁23,24行目の「基盤」を「基板」に改め,30頁11行目の「が使用されており,これ」を削る。
(9) 原判決32頁3行目の「(1)ア」を「(ア)」に改める。
(10) 原判決32頁15行目,16行目,23行目,33頁1行目,2行目及び3行目の「被告製品」の次に「1ないし3」を加える。
(11) 原判決33頁5行目の「被告製品2及び4」を「被控訴人製品1及び2」に改め,6行目の「甲13(実験報告書)を」の次に「提出し,さらに,当審において,甲37(盗難防止用ラベルの不作動化に関する事実実験公正証書)を提出する。また,控訴人は,当審において,被控訴人製品3のクレーター状部には貫通孔が存在する旨主張し,これに沿う証拠として甲43(実験報告書(9))を」を加え,7行目,7,8行目の「被告製品」を「被控訴人製品1ないし3」に改める。
3 当審における控訴人の主張に対する判断 (1) 本件発明1の構成要件充足性について ア 構成要件D及びEの「アーク放電」の意義について (ア) 本件明細書1には,例えば,第10ないし12図の説明として,「不作動化のプロセスを第10図-第12図に示した。第10図には,コンデンサ板112と114の間でプラスチック層110を通る電圧降伏(voltage breakdown)の開始状態が示されている。第11図には,アーク放電後のプラズマの形成が示され,第12図には,コンデンサ板を短絡させる放電路の沿つた金属の最終的な付着状態が示されている。」(16欄4行ないし11行)と記載されているなど,コンデンサの電極間に全路破壊を生じさせ,短絡路を形成することが開示されている。しかし,本件明細書1の特許請求の範囲1には,「この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,・・・」と記載されており,また,発明の詳細な説明にも,コンデンサの電極間にアーク放電が発生することは記載されているものの,火花放電については記載がない。
(イ) そして,甲18の1ないし3(「電気工学ハンドブック(第6版)」社団法人電気協会,2001年(平成13年)2月20日第6版第1刷発行)には,「放電形式の分類」の項に,「電極間が短絡される放電を全路破壊と呼び,電極付近で局部的に持続条件が成立して発光する放電がコロナ放電である。全路破壊に移行するときの過渡現象を火花放電といい,・・・。また,気体・液体中で生ずる全路破壊をスパークオーバ,・・・という。」と記載され,また,図17(気体の放電形式の分類)に,気体放電が自続放電と非自続放電とに分類され,そのうちの自続放電がさらにコロナ放電,火花放電(スパークオーバ),グロー放電及びアーク放電に分類されることが示されている。また,甲34(「放電ハンドブック上巻」社団法人電気学会放電ハンドブック出版委員会,平成10年8月21日初版発行)には,原判決が認定したように,「電気的絶縁体である気体が電子の電離増倍作用で極めて短時間に導電率の高い強電離プラズマとなり,ギャップを橋絡する現象を火花放電と呼ぶ。」,「低気圧放電管の定常放電は,暗流域と自続条件達成後のタウンゼント放電(定在型と非定在型)で開始される。その後,電流密度の過渡的上昇による空間電荷作用で電圧降下を生じ(電圧-電流の負特性),グロー放電に移行する・・・。電流密度を上昇するには印加電圧の増加を必要とし,後,再び電流密度の過渡的急上昇と電圧降下が起こり,放電の最終段階で導電率の高いアーク放電に至る。アーク放電の特徴は電圧が数十Vで数百mA以上の電流を維持し,極めて輝度の高い陰極点と陽極点,そして輝度が高く長い陽光柱(アークコラム)の発光で構成されることである。」と記載されている。
これらの記載によれば,アーク放電と火花放電とは,放電形式において,区別されていることが認められる。
(ウ) また,確かに,甲17(工学博士W1作成の意見書(2)),20(工学博士W2作成の意見書)及び27(工学博士W2作成の意見書(2))には,控訴人が主張する事柄が記載されている。
しかし,上記証拠には,「部分放電から全路破壊に移行するときの過渡現象を火花放電といい,全路破壊に完全に移行した放電をアーク放電という(「電気工学ハンドブック 第6版 電気協会(2001年)の「2.3.1 放電形式の分類」)。
火花放電は,部分放電が全路破壊に移行するときの過渡現象下の放電であり,火花放電はアーク放電への移行過程,つまりアーク放電の所期過程状態の放電といえる。」(甲17),「部分放電から全路破壊に移行するときの過渡現象を火花放電といい,これがさらにアーク放電に移行します。」(甲20),「なお,全路破壊を生じさせる放電としては,アーク放電と火花放電が知られています(・・・)。
先の意見書(判決注:甲20)において「部分放電から全路破壊に移行するときの過渡現象を火花放電といい,これがさらにアーク放電に移行します。」と述べましたが,「全路破壊に移行する時」とは全路破壊に至った場合も当然含まれる趣旨であり,火花放電では全路破壊が生じないという意味ではありません。」(甲27)などと記載されているのであって,これらの記載においても,アーク放電と火花放電とは,放電形式において,区別されているのである。
(エ) そうであれば,アーク放電と火花放電とは,全路破壊を生じさせるものとして共通しているとしても,放電形式において,区別されるものであるから,本件発明1の構成要件D及びEの「アーク放電」は,字義どおり,アーク放電を指すと考えるのが自然である。そして,技術的にみて,アーク放電に火花放電が含まれると解さなければならないような事情があることもうかがえない。
したがって,本件発明1は,アーク放電が基板層(絶縁層)の全路破壊を生じさせ,これにより基板層(絶縁層)上下の電極間に短絡を生じさせることを特徴とするものであって,構成要件D及びEの「アーク放電」に「火花放電」は含まれないというべきである。
イ 被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で放電が発生していることについて (ア) 本件明細書1の特許請求の範囲1には,「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,・・・」と記載されており,この記載によれば,本件発明1の「アーク放電」は,誘電材部分で発生するものであると認められる。
そうであれば,控訴人が主張するように,被控訴人製品1のコンデンサのクレーター上部のポリエチレン部分(薄いポリエチレン部9c)に空隙があり,この空隙で全路破壊放電(アーク放電又は火花放電)が発生したとしても,誘電材部分で発生したものではないから,このことをもって,被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で放電が発生したということはできない。
(イ) また,甲17(工学博士W1作成の意見書(2))には,「イ号物件においては,アルミニウム電極間に短絡が生じている。したがって,イ号物件においては,全路破壊が生じており,コロナ放電のような部分放電によるものではないと判断される。全路破壊が生じる放電は,アーク放電に至る場合もあれば,アーク放電に至らず,火花放電で終了する場合もあり得る。イ号物件において全路破壊により短絡が生じていることからすれば,アーク放電に至らない場合には,少なくとも火花放電が生じていることは明らかである。」と記載され,甲17(工学博士W2作成の意見書(2))には,「ルカトロン製品においては,クレーター状部の貫通孔で,全路破壊を生じさせる放電現象が起きていると考えられます。なお,全路破壊を生じさせる放電としては,アーク放電と火花放電が知られています」,「全路破壊を生じさせるアーク放電ないし火花放電によって形成された短絡路が,当該放電現象の生じた場所(貫通孔)に形成されていると考えられます。」と記載されているところ,これらの記載によれば,仮に被控訴人製品のクレーター状部の絶縁層で放電が発生しているとしても,これがアーク放電であるとは断定することができない。そして,当審における証拠を考慮しても,アーク放電がクレーター状部の絶縁層で発生することは認められない。
(ウ) したがって,被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で放電が発生していると認めることはできず,また,仮に被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層において放電が発生しているとしても,これがアーク放電であると認めることはできない。
(2) 均等侵害の成否について 引用した原判決が判示するように,出願人は,アーク放電を発生させる以外の方法によっても,標識回路の共振特性を破壊するという効果をもたらすことができることを認識し,また,放電の種類に関し,火花放電等の他の放電形式も存在することが公知である中で,本件明細書1において,専らアーク放電を発生させる態様のみを「特許請求の範囲」に記載したものである。
したがって,出願人は,本件発明1の出願手続において,本件発明1の技術的範囲を,アーク放電を発生させる構成のみに限定し,その他の放電形式を除外したものというべきであり,仮に被控訴人製品1のクレーター状部の絶縁層で火花放電が発生しているとしても,均等の成立を妨げる特段の事情があるといわなければならないから,被控訴人製品1は,本件発明1の技術的範囲に属しない。
(3) 本件発明2の構成要件充足性について ア 引用した原判決が判示するように,本件明細書2の記載内容に照らすと,本件発明2は,放電を特定の位置に生じさせてラベルを非作動化させるために,特に電極間の絶縁体の一定の場所を何らかの方法により切り開いて一定の大きさ,間隔で切込み又は孔を形成することにその特徴があるから,構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」とは,電極間の絶縁層を切り開いて設けた開口を意味するものというべきである。そして,原判決は,「被告製品のクレーター状部を設ける際に,アルミニウム及びポリエチレン部に亀裂が生じ」と認定しているところ,ここにいう亀裂は,絶縁層を薄くし,薄いポリエチレン部を形成する際に,偶発的に形成されたものであるから,原判決の認定した「亀裂」が構成要件Jの「貫通孔」に該当するということはできない。
イ また,控訴人の製品の「クレーター状部」が,控訴人が主張するような方法によって形成され,その結果,ポリエチレン層の一部に貫通孔が形成されているとしても,控訴人が使用する機械と被控訴人が使用する機械とは,クレーター状部作成用ピンの形状が異なる(甲36,乙16)上,ピンの温度や押圧する際の力がほぼ同じであることを認めるに足りる証拠はないから,被控訴人製品1ないし3の製造方法が,控訴人の製品の製造方法とほぼ同一であるということはできず,したがって,被控訴人製品1ないし3の製造方法において,ポリエチレン層の一部に確実に貫通孔が形成されるとは即断することができない。そして,仮にポリエチレン層の一部に貫通孔が形成されるとしても,その形成工程において,電極間の絶縁層を切り開くという過程はないから,このような貫通孔は,構成要件Jの「貫通切込み又は貫通孔」に該当するものではない。
ウ したがって,被控訴人製品1ないし3は,本件発明2の構成要件Jを充足しない。
結論
よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,棄却されるべきであり,また,当審における控訴人の新請求は理由がないから,棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久