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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ14399職務発明対価請求事件 判例 特許
平成14ワ5323職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成11ネ3208補償金請求控訴事件 判例 特許
平成15ワ29080補償金請求事件 判例 特許
平成16ネ2790損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 冒認出願(冒認) /  特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  業務範囲 /  現在または過去の職務(現在又は過去の職務) /  無償の通常実施権 /  相当の対価(相当な対価) /  共同研究 /  共同発明 /  物質発明 /  出願公開 /  同一の発明 /  パリ条約 /  優先権 /  分割出願 /  悪意 /  善意 /  時効 /  援用権(援用) /  存続期間 /  製造承認 /  特許料(維持年金) /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  信用回復措置(106条) /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  対価 /  減縮 /  拡張 /  除斥 / 
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事件 平成 16年 (ネ) 35号 職務発明の対価請求控訴事件
控訴人(1審原告) A(以下「原告」という。)
訴訟代理人弁護士 川中宏
同 浅野則明
同 森川明
同 岩橋多恵
同 藤浦龍治
被控訴人(1審被告) 大塚製薬株式会社(以下「被告」とい う。)
訴訟代理人弁護士 松本司
同 山形康郎
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2005/06/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨等
1 原判決を取り消す。
2 被告は、原告に対し、1億円及びこれに対する平成14年6月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、1、2審とも被告の負担とする。
4 仮執行宣言
事案の概要
1 本件は、被告の従業員であった原告が、外3名の被告従業員とともにした原判決別紙特許一覧表1ないし7の各特許権(以下、その番号を付して「本件特許権1」等といい、これらを総称するときは「本件各特許権」という。)に係る職務発明に関し、第1次的には、そのうち本件特許権2、3、6及び7に係る発明については、被告が、原告から特許を受ける権利を譲り受けていないのに、被告担当部長名義で冒認出願をして特許権を取得したことにより、原告の上記発明に係る特許を受ける権利侵害されたと主張して、被告に対し、主位的に不法行為に基づく損害賠償請求を、予備的に不当利得返還請求(いずれも一部請求)として、10億円及びこれに対する平成14年6月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、第2次的には、
仮に被告において原告から上記特許を受ける権利を譲り受けたものであるとしても、被告に対し、特許法35条3項に基づき、相当の対価の支払請求(一部請求)として上記と同額の金員の支払を求めるとした事案である。
原審は、原告の上記各請求をいずれも棄却したので、原告が控訴を提起した(ただし、原告は、控訴審において、前記第1の2記載のとおり請求を減縮した。)。
2 前提となる事実(争いのない事実並びに甲1〜7の各1・2、甲50、乙1、3、7の1〜41、乙8及び弁論の全趣旨から認定できる事実) (1) 被告は、医薬品、動物用医薬品、医薬部外品、臨床検査、医療用具等の製造、販売、輸出及び輸入を目的とする株式会社である。
原告は、昭和43年に株式会社大塚製薬工場に入社し、昭和46年に被告に転籍し、平成元年9月に被告を退職した。
(2) 被告は、昭和48年からβ-アドレナリン作動薬の創製研究を行い、その結果、商標名を「メプチン」とする新薬(一般名・塩酸プロカテロール。以下「メプチン」という。)を開発し、昭和55年10月に厚生省の製造承認を得た上、同年12月からその販売を開始した。
メプチンは、本件特許権2に係る特許公報(甲2の1)に記載された新規化合物(以下「本件化合物」という。)から成る気管支拡張剤(喘息治療薬)である。
(3) 原告は、他の被告従業員と共に前記研究に従事し、職務発明として、本件各特許権に係る発明を含むメプチン関連の発明をした。
(4) 前記メプチン関連の発明に関し、被告は、
ア 昭和48年12月26日から翌49年12月4日までの間に、本判決別表下側の表記載のとおり、日本国において、本件特許権1(昭和49年6月13日出願)、4及び5(いずれも同年5月22日出願)を含む41件の製法特許に係る特許出願をし、それぞれ特許権を取得した(これらを総称するときは、以下「本件製法特許」という。)。
イ 昭和50年4月29日、ニュージーランドにおいて、被告担当部長C(以下「C」という。)名義で、本件特許権2に係る発明と同一の発明について特許出願(NZ177367/75。以下「ニュージーランド出願」という。)をした。
ウ 昭和51年4月28日、日本国において、本件特許権2に係る特許出願をし、昭和56年10月15日、同出願から本件特許権3、6及び7を分割出願し、それぞれ特許権を取得した(これらを総称するときは、以下「本件物質特許」という。)。
エ 以上はいずれも原告外3名の被告従業員による共同発明に係るが、そのうちニュージーランド出願及び本件物質特許に係る特許出願は、いずれも被告担当部長C名義でなされたものであり、また、本件物質特許に係る各特許出願は、ニュージーランド出願に基づく優先権主張を伴うものである。
(5) メプチン関連の発明のうち、メプチンの原料である本件化合物に係る物質特許は、本件特許権2である(ただし、その明細書には、本件化合物のみでなく、
本件製法特許に係る各明細書に記載された各種の中間物質や目的物質等が記載されている。)。
そして、出発物質から第1中間物質を合成する製法特許が本件特許権4(本判決別表11〔4〕)、第1中間物質から第2中間物質を合成する製法特許が本件特許権5(同9〔5〕)、第2中間物質から目的物質である本件化合物を合成する製法特許が本件特許権1(同16〔1〕)である。また、第1中間物質に係る物質特許が本件特許権6、第2中間物質に係る物質特許が本件特許権7、用途(気管支拡張剤)発明に係る特許が本件特許権3である。
(6) 被告には、昭和47年1月1日実施の「発明考案取扱規程」(乙1。以下「被告規程」という。)が存在する。
(7) 原告は、被告を退職後の平成14年5月31日、本件訴訟を提起した。
3 争点 (1) 不法行為による損害賠償請求及び不当利得返還請求について ア 原告は、被告に対し、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利を譲渡したか。
イ 被告は、前記特許を受ける権利時効取得したか。
不法行為による損害賠償請求権は、除斥期間の経過により消滅したか。
不法行為による損害額又は不当利得の額 (2) 特許法35条3項に基づく相当対価支払請求について ア 相当対価支払請求権は、消滅時効により消滅したか。
イ 被告による消滅時効援用は、信義則違反となるか。
ウ 原告が受けるべき相当の対価の額 4 争点に関する当事者の主張 (1) 不法行為による損害賠償請求又は不当利得返還請求について ア 原告は、被告に対し、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利を譲渡したか。
〔原告の主張〕 本件製法特許及び本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利は、職務発明として、原告外3名の共同発明者に原始的に帰属するところ、原告は、そのうち本件製法特許に係る発明については、被告に対して特許を受ける権利を譲渡したが、本件物質特許に係る発明については、これを譲渡していない。
特許を受ける権利は、当該特許出願に固有の権利であるから、その権利の譲渡は、本来、特許出願ごとに行われなければならない。
被告は、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利承継につき、被告規程を援用しているが、当時、原告ら従業員は被告から出願補償及び登録補償についての説明は受けたが(ただし、実績補償については説明を受けておらず、被告はその存在を隠していた。)、被告規程は、原告が所属していた被告徳島研究所において掲示されるとか、そのコピーが従業員に配付される等のことはなかったから、労働基準法106条所定の方法による労働者に対する周知を欠いており、就業規則としての効力を生じない。
仮に被告規程の効力を認めるとしても、被告規程によっても、被告が職務発明について従業員たる発明者から特許を受ける権利承継するためには、当該発明に係る特許出願の都度、個別に特許を受ける権利を譲り受ける必要があることは明らかであり、現実にも、被告においては、特許出願に際して、必ず、発明者たる従業員から譲渡書を徴する取扱いがなされてきた。ところが、本件特許権2に係る特許出願については、譲渡書が作成されていないばかりか、被告規程の定める出願補償金及び登録補償金も支払われていない。
また、被告主張の時点では、日本国においては物質特許が認められていなかったのであるから、そもそも、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利を譲渡できるはずがない。
もっとも、原告は、ニュージーランド出願に際しては、被告から、ニュージーランド特許法の関係で被告名義では特許出願をすることができないため被告担当部長C名義で特許出願をしたい旨の虚偽の説明を受けて、C名義でニュージーランドにおいて特許を受ける権利を譲渡したが、これは日本国における特許を受ける権利とは別のものである。
〔被告の主張〕 被告は、被告においてあらかじめ制定した被告規程に基づき、原告外3名の共同発明者から、本件製法特許に係る発明についての特許を受ける権利を譲り受けたが、その際に、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利も同時に譲り受けた(なお、上記特許を受ける権利は、日本国のみならず、外国において特許を受ける権利をも含む。被告規程第9条3項第10条3項)。
本件に関し、原告外3名の共同研究者らによってされた発明は、本件特許権1、4及び5を含む41件の本件製法特許に対応する発明であって、これと全く別個に、本件物質特許に係る発明がなされたわけではなく、本件物質特許は本件製法特許によって得られた目的物質等をまとめたものについて、物質特許として特許出願をしたものにすぎない。日本国においては、昭和50年まで物質特許が認められなかった事情から、被告としては、ひとまず本件製法特許に係る特許出願によらざるを得なかったが、上記発明のうち物質発明に係る部分については、日本国における本件特許権2に係る特許出願に先行して、これと同一の発明についてニュージーランド出願(ただし、被告担当部長C名義)をした。その際は、原告も、被告に対し、被告担当部長C名義で特許を受ける権利を譲渡している。
原告は、被告規程が就業規則である旨主張するが、被告規程は、特許法35条に基づき、労働基準法上の就業規則とは独立した規程として定められたものであって、就業規則ではないから、労働基準法の適用はない。
仮に被告規程が就業規則であるとしても、また、被告規程を従業員に周知させなければならないとしても、被告規程は、その制定後、被告従業員に対してその内容の説明がされるとともに、そのコピーが配布された上、その他の各種規程と同様に職場に備え付けられ、従業員もこれを容易に閲覧し得る状態にあって、従業員に周知されていた。原告との関係でいえば、被告規程は、その制定以来、被告徳島工場総務課の社内規程集ファイルの中に綴って備え置かれる等しており、従業員においていつでも閲覧可能な状態にあったのであるから、被告規程の存在及び内容を原告が知らなかったことなどあり得ない。
また、原告は、職務発明について被告が承継するためには、当該発明に係る特許出願の都度、個別に発明者たる従業員から特許を受ける権利を譲り受ける必要があり、被告規程上もそのように定められている旨主張するが、特許を受ける権利の譲渡行為の回数と出願形式ないし特許権の個数とが対応すべき必然性はないし、被告規程上も、出願補償金及び登録補償金は、出願、登録された特許権の個数に対応して支払われることとされてはいるが、そうであるからといって、特許を受ける権利の譲渡行為についてまで、出願、登録された特許権の個数に対応するという定めにはなっていない。
もっとも、被告においては、従前から、出願の都度、発明者たる従業員から譲渡書を徴する取扱いがなされてきており、本件各特許権についても譲渡書を徴しているが、この取扱いは、出願補償等をするための確認作業(社内手続)にすぎない。
なお、被告は、本件特許権2に係る出願、登録については、出願補償金及び登録補償金を支払ってはいない(ただし、譲渡書は徴している。乙9、10)が、これは、本件特許権2に係る特許出願に先だって、原告外3名の共同発明者に対して本件製法特許に係る出願補償金及び登録補償金を支払済みであったため、改めてその支払をしなかったものにすぎない。
イ 被告は、前記特許を受ける権利時効取得したか。
〔被告の主張〕 本件特許権2は、昭和61年2月28日に被告名義で登録されたところ、被告は、その後、本件特許権2の権利者として権利行使する等の行動をし、かつ、上記登録時、善意であり過失もなかったから、上記登録時から10年の経過により本件特許権2を時効取得した(民法163条)。
仮に、本件特許権2が被告に帰属しないとする余地があるなら、被告は、上記取得時効援用する。
〔原告の主張〕 被告の時効取得に係る主張は争う。
被告は本件物質特許を悪意により取得したものであり、仮に被告に本件特許権2の時効取得が認められるとしても、20年の期間経過を必要とするから、
取得時効が完成するのは昭和61年2月28日から20年を経過した日以降であり、本件訴訟提起時にはいまだ取得時効は完成していない。
不法行為による損害賠償請求権は、除斥期間の経過により消滅したか。
〔被告の主張〕 本件特許権2に係る日本国における特許出願は、これに先立つ昭和50年4月29日付けのニュージーランド出願を基礎として優先権を主張してなされたものであるから、仮に原告から被告が本件物質特許に係る特許を受ける権利を譲り受けていなかったとすれば、不法行為になるのは、ニュージーランド出願に係る出願行為であるというべきである。したがって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求権は、本件訴訟の提起前に20年の除斥期間の経過により消滅している(民法724条後段)。
原告は、除斥期間の起算日は、早くとも被告が本件特許権2に係る特許料を納付した日である昭和60年12月12日であると主張するが、冒認出願においては、発明者の承諾を得ずに特許出願をする行為が不法行為であり、付随的な出願後の行為の完了をもって除斥期間の起算日とする原告の主張は誤りである。
〔原告の主張〕 被告の不法行為に基づく損害賠償請求権に係る除斥期間の起算点は、早くとも、被告の不法行為が完結した特許料納付の日である昭和60年12月12日であり、除斥期間はこの時から20年で満了するというべきであるから、原告が本件訴訟を提起した平成14年5月31日の時点では除斥期間はいまだ満了していない。
なお、被告の不法行為は、被告が原告から特許を受ける権利の譲渡を受けずに本件特許権2を取得した行為であるところ、その侵害は被告が単に出願行為を行っただけでは成立せず、これが成立するためには特許権を取得することが必要であり、そのためには出願行為、審査請求行為及び特許料納付行為の三つの行為すべてが不可欠となる。本件の場合、被告が本件特許権2に係る特許料を納付したのは昭和60年12月12日であるから、除斥期間の起算日は、早くても同日というべきである。
不法行為による損害額又は不当利得の額 〔原告の主張〕 (ア) 被告は、原告から特許を受ける権利を譲り受けていないのに、被告担当部長C名義で冒認出願をして特許権を取得したことにより、原告の本件物質特許に係る発明について特許を受ける権利を失わせた。
上記発明は職務発明であり、原告がその特許を受ける権利を被告に譲渡した場合には、原告は、被告に対して相当対価支払請求権を有するから、原告が上記不法行為によって被った損害は、原告が上記権利を譲渡した時の相当の対価の額を下らない。
そして、後記(2)ウの原告の主張のとおり(ただし、原告が上記被告の不法行為によって損害を被ったのは、専ら本件特許権2に係る発明についての特許を受ける権利侵害によるものである。)、原告が得ることができたはずの相当の対価の額は、25億2000万円となり、これが、原告が被告の不法行為により被った損害に当たるところ、本件では、このうち1億円の損害賠償を請求するものである。
(イ) 被告は、本件物質特許に係る発明を、法律上の原因なく実施して利益を上げた。
上記発明は職務発明であり、原告がその特許を受ける権利を被告に譲渡した場合には、これに対して相当対価支払請求権を有するから、被告は、原告から上記権利を譲り受けたときに支払うべき相当の対価を支払わない限度において利得をしているものであって、相当の対価の額について不当利得が生じている。
そして、後記(2)ウの原告の主張のとおり、相当の対価の額は25億2000万円であるが、不当利得返還請求権の消滅時効期間が10年であることにかんがみ、このうち本件訴訟の提起から10年を遡った時点から本件物質特許の存続期間が満了するまでの約4年間分に相当する10億0800万円(25億2000万円×4/10)のうち、本件では1億円の不当利得返還を請求するものである。
(ウ) 原告は、本件物質特許中、本件特許権3、6及び7に係る発明についての特許を受ける権利も被告に譲渡していないが、本件物質特許のうち本件特許権2が最も強力な効力を有するものであり、原告が被った損害ないし損失も専らこれに係るものであるから、本件では、被告が本件特許権2に係る発明についての特許を受ける権利侵害したことによる損害ないし利得を主張する。
(エ) なお、被告が主張する特許法35条1項による無償の通常実施権は、使用者以外の者が特許権を設定登録した場合に発生するのであって、本件物質特許におけるように、使用者である被告が特許権を設定したときには発生しない。
〔被告の主張〕 (ア) 不法行為による損害額又は不当利得の額に関する原告の主張は、争う。なお、相当の対価の額についての主張の詳細は、後記(2)ウの被告の主張のとおりである。
(イ) 本件物質特許に係る原告の発明は職務発明であるから、被告は、特許法35条1項により、無償の通常実施権を有していた。したがって、被告が本件物質特許に係る発明を実施したことによって得た利益は、法律上の原因に基づいて得られたものであって、不当利得は成立しない。
(2) 特許法35条3項に基づく相当対価支払請求について ア 相当対価支払請求権は、消滅時効により消滅したか。
〔被告の主張〕 (ア) 被告規程によれば、実績補償は一回的な支払として規定され、「工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し、」と規定されているから、
原告主張の実績補償に係る相当対価支払請求権を行使することができる時は、各特許出願に係る特許権が登録され、その実施状況の把握が可能となった時点であるというべきである。
メプチン製剤は厚生省の製造承認を得て昭和55年12月から販売が開始され、その販売額は、薬事ハンドブック等で公開されているから、原告はその販売額等を知り得る立場にあった。また、本件各特許権の登録時期は、原判決特許権目録1ないし7記載のとおりであるが、最後に登録になった本件特許権3及び7の登録日である昭和62年4月22日には、メプチン製剤の製造販売開始後6年半が経過している。したがって、原告主張の相当対価支払請求権(実績補償)の消滅時効の起算点は、遅くとも昭和62年4月22日であるというべきである。
そして、本件においては、昭和62年4月22日から本件訴訟が提起された平成14年5月31日までに、既に10年が経過していた。
(イ) 仮に、実績補償に係る相当対価支払請求権が各年ごとに発生するとしても、平成4年5月30日以前の請求権は、本件訴訟の提起まで各10年が経過しているから、当該部分について、上記請求権の消滅時効は完成している。原告は、昭和56年2月に被告から実績補償として40万円相当の腕時計の交付を受けているのであるから、本件各発明が被告規程による実績補償の対象となったことを認識することができた。したがって、原告は、昭和56年以降、被告に対し、実績補償の不足額を請求することができたといえるから、本件訴訟が提起された平成14年5月31日から10年を遡った平成4年5月当時において、原告が知り得たメプチンの販売額である昭和55年から平成3年までの販売額についての上記相当対価支払請求権の消滅時効は完成している。
被告は、上記消滅時効援用する。
(ウ) 原告は、本件特許権の存在そのものを知らされていなかったとか、
被告の違法行為により相当対価支払請求権行使の機会が奪われたなどと主張するが、原告は、昭和56年2月に被告から当時40万円相当の腕時計を授与されていること、本件特許権2に係る出願の分割出願である本件特許権3、6及び7については、出願補償金及び登録補償金を受領していること、製薬会社における特許発明は、原告のように合成研究を担当する研究者の新規物質発明がほとんどであること等からすれば、原告が本件特許権2に係る特許の存在そのものを知らなかったことなどあり得ない。
〔原告の主張〕 (ア) 原告は、被告が、本件特許権2に係る発明について冒認出願をした上、その存在を全く原告に知らせていなかったため、被告が本件特許権2を取得していたことさえ本件訴訟提起の直前まで知らなかったのであるから、相当対価支払請求権の消滅時効は進行しないと解釈されるべきである。
(イ) 仮にそうでないとしても、少なくとも、本件各特許権中、出願日の最も遅い特許権の存続期間である平成8年4月28日までは相当対価支払請求権の消滅時効は進行しない。すなわち、
a 実績補償に関する相当対価支払請求権は、使用者が取得した特許権に係る発明の実施によって利益を享受した時点で発生するが、当該利益が明らかでなく、上記利益の額の算定ができない間は、相当対価支払請求権の消滅時効は進行しないと解すべきところ、特許権の価値は存続期間満了による権利消滅時に初めて客観的に明らかになるものであり、その時点で初めて上記利益の額の算定も可能になるから、それまでは消滅時効は進行しない。
b 職務発明を使用者に承継させる代わりに従業者に相当対価支払請求権を認める特許法の趣旨は、従業者の利益を保護し、使用者と従業者との間の利害を合理的に調整しようとするものであるから、使用者は特許法35条に基づき自らが受けた利益の額を従業者に明らかにする義務を負っているものと解すべきである。使用者が従業者に対して自らが得た利益を明らかにしない限りは、従業者としても相当の対価の額を確定することができない(薬事ハンドブック等の数値はあくまでも推計値であるから、被告からメプチンの販売額等を開示されない以上、原告はそれらを知り得る立場にはなかった。)から、相当対価支払請求権の消滅時効の期間は進行しないと解すべきである。
c 被告規程は、実績補償については、支払時期も支払回数も定めておらず、毎年支払うことも、登録後一定時点で支払うことも、特許権の存続期間満了時に支払うことも可能な規定となっている。何らかの時点で被告が実績補償をしていたならば(そのときは被告の得た利益と貢献度の説明がなされるはずである。)、不足分の相当対価支払請求権はその時点から消滅時効の期間が進行するといい得るが、何らの実績補償もなされないうちは、原告は被告規程に基づいて被告が実績補償をしてくれると期待して当然であるから、この間は相当対価支払請求権の行使を期待することは法律上も困難であり、特許権の存続期間が満了し、特許権に係る発明の実施が終了したにもかかわらず、いまだ実績補償をしてくれないという段階になって初めて権利行使が可能となる。被告規程では、特許権の実施状況を調査してから支払うというものであるから、仮に原告がメプチン製剤を製造販売した時点で相当対価の支払を請求したとすれば、あくまでもメプチンの製造販売の実績に基づいて請求することを要求されたはずである。実績補償に係る相当対価支払請求権は、特許を受ける権利の譲渡の時ないし発明実施の時ではなく、実施の状況が明らかになるころに後れて発生することを前提としている。どの時点まで後れるかは、特許権の存続期間内に補償金が支払われなかったときは、特許権消滅の時ということになる。
イ 被告による消滅時効援用は、信義則違反となるか。
〔原告の主張〕 被告は、本件特許権2を取得するために、発明者である原告に無断で本件特許権2に係る発明について冒認出願をしたこと、ニュージーランド特許庁をだまして虚偽の優先権証明書を入手したこと、日本国特許庁に虚偽の優先権証明書を添付して特許出願をするというパリ条約違反行為を行う等の、様々な違法行為を行っている。
すなわち、被告は、本件特許権2に係る特許出願に際して、パリ条約によれば、優先権主張は第1国の出願についてしかできないのに、その制限を潜脱するために、故意に出願人を被告とは異なる個人(被告担当部長C)として行ったニュージーランド出願の優先権を主張することにより、パリ条約に違反する行為を行ったものであり(かかる被告の行為は、特許詐欺罪(特許法197条)に該当するものである。)、この違法行為が露見することを恐れて、本件特許権2に係る特許出願に関する一切の情報を秘匿したものである。
したがって、被告は、本件特許権2に係る発明について冒認出願をしたばかりか、その存在すら原告には知らせておらず、そのため、原告が、そのことを知ったのは、本件訴訟を提起する直前の平成13年9月ころに本件特許権2に係る包袋を入手し、その内容を確認したときが初めてである。このため、原告が、本件特許権2に係る発明について相当の対価の支払を請求する機会は一方的に失われたものであり、かかる行為を行って原告の権利を侵害してきた被告が、本件特許権2に係る相当対価支払請求権について消滅時効援用を主張することは、著しく正義に反し、信義則に反するものとして許されない。
なお、被告は、ニュージーランド出願等について、被告担当部長C名義で特許出願をしたことについて、「最初の出願」とは、出願人(及びその承継人)ごとに決定され、出願人が異なれば実質上同一の発明が先に出願されていようと、
後の出願の出願人にとって「最初の出願」となるからである旨主張しているが、そのような解釈が成り立つのであれば、実質的な特許権者たる企業は、いつでも従業員の名前をもって外国に特許出願しさえすれば、その者の下で優先権を主張することができることになり、パリ条約の趣旨が完全に没却されることになってしまう。
〔被告の主張〕 原告は、被告が、自己の違法行為を秘匿するために、冒認出願をした上、本件特許権2の存在を秘匿した結果、原告はその存在自体を知らず、相当対価支払請求権の行使を妨げられたなどと主張するが、原告は、本件特許権2に係る発明についての特許出願後の昭和56年2月に被告から当時40万円相当の腕時計を授与されていること、本件特許権2に係る特許出願の分割出願である本件特許権3、6及び7については、出願補償金及び登録補償金を受領していること、製薬会社における特許発明は、原告のように合成研究を担当する研究者の新規物質に係る発明がほとんどであること、特許出願は対外的には秘密事項ではあるが、内部の発明者にまで秘匿する必要はないこと、現に原告から譲渡書を徴していること(乙9、10)からすれば、原告が本件特許権2の存在そのものを知らなかったことなどあり得ない。また、被告が、本件特許権2に係る発明についての特許を受ける権利を原告から承継していることは前述のとおりであり、また、ニュージーランド出願も適法な特許出願である。
なお、ニュージーランド出願等において被告担当部長C名義で特許出願をしたのは、日本国において物質特許が認められる昭和51年以降に本件物質特許について特許出願をした場合、本件製法特許に係る発明の公開公報が公知文献となって拒絶されるおそれがあったところ、これを回避するためには、日本国において本件製法特許に係る出願公開が行われる前に、物質特許が認められているニュージーランドにおいて物質特許の出願をし、その出願に基づく優先権を日本国において主張するという方法が考えられたが、基礎となるニュージーランド出願がパリ条約4条C(4)項の「最初の出願」である必要があった。ところが、被告が出願人となって特許出願をすれば、「最初の出願」とはならず、日本国内での優先権主張が認められない可能性があったため、被告担当部長C名義で特許出願をすることとしたものである。これは、「最初の出願」が、出願人ごとに決定され、出願人が異なれば実質上同一の発明が先に特許出願されていても、「最初の出願」となるからであり、また、特許法29条2の適用はなく、当時の審査実務では発明のカテゴリーが異なれば別発明とされていたため、同法39条にも適合するものであったのである。
ウ 原告が受けるべき相当の対価の額 〔原告の主張〕 (ア)a 本件物質特許に係る特許を受ける権利が被告に譲渡されているとすれば、原告は、特許法35条3項に基づく相当対価支払請求権を有する。
被告は、昭和55年12月からメプチン製剤の販売を開始したが、
本件特許権2が被告名義で登録された昭和61年2月28日から存続期間が満了する平成8年4月28日までのうち、昭和61年から平成7年までの間の被告によるメプチン製剤の総売上高は1200億円を下らない。
そして、このうち、被告が上記特許権の登録を受けたことにより当該発明の実施を独占することができたことに起因する部分は、50パーセント、実施料率は12パーセント、当該発明における発明者の貢献度は50パーセント、原告外3名の共同発明者中の原告の貢献度は、開発に当たって原告が中心的な役割を果たしたことから70パーセントとそれぞれ評価するのが相当であるから、原告が受けるべき相当の対価の額は、25億2000万円(1200億円×0.5×0.12×0.5×0.7)である。
b もっとも、メプチンに係る特許としては、本件特許権2のほかにも製法特許である本件特許権1があったところ、これが平成5年4月18日まで有効であった事情を考慮に入れると、平成5年4月19日から平成8年4月28日までの間は、本件特許権2のみが有効であったから、少なくともこの間は、被告が原告に対して全く無断でメプチンを製造、販売していたことになる。そして、この3年間におけるメプチン製剤の売上高は420億円であるから、この間の相当の対価の額は、8億8200万円(420億円×0.5×0.12×0.5×0.7)となる。
c 原告は、上記aないしbの一部請求として1億円の支払を求める。
(イ) 被告は、本件特許権2を除く本件各特許権について、原告に対し、
出願補償金及び登録補償金以外に補償金も報奨金も支払っておらず、本件特許権2については、それらの補償すら支払っていない。
なお、昭和56年2月に、社長表彰として30万円相当の腕時計を授与されたが、これは表彰に伴って授与された記念品であって、実績補償の性格を有さない。
〔被告の主張〕 (ア) 原告の主張(ア)のうち、メプチン製剤の販売額は否認し、その余の主張は争う。
なお、メプチンの有効成分の合成は、公知の知見に被告の有していた知見を合わせれば、製薬合成を担当する研究者なら容易に想到し得たものであること、原告は、メプチンの合成研究において中心的な役割を果たしたものではなく、
合成研究に参加した4人の研究者の一人にすぎないこと、構造決定から製剤として完成するまで長期間を要したこと、さらに、新規化合物の合成は、製剤の完成に至るまでの第一歩にすぎず、製剤の完成までには多数者の関与、多額の経費、長期の時間を要することに照らせば、原告の貢献度は極めて低く、したがって、原告が受けるべき補償額としては、メプチン製剤の販売額に対して0.0025パーセント(0.01パーセントを原告外3名で4等分した数字)程度とされるべきである。
(イ) 被告規程によれば、職務発明に係る補償金のうち、出願補償は1件当たり3000円、登録補償は1件当たり5000円(乙1の第9条1項第10条1項)であり、共同発明の場合は、発明者の人数で等分して配分し(乙1の第9条2項第10条2項)、複数国に特許出願し又は登録となった場合は倍額(2か国分)を支払い(乙1の第9条3項第10条3項)、その支払時期は、特許出願又は登録された年の12月が原則であった。
上記のように、昭和48年12月から昭和49年12月にかけて、本件特許権1、4及び5を含めた41件の本件製法特許について、日本及び複数の外国に特許出願をし、倍額の出願補償金及び登録補償金が原告を含む4名の共同発明者に支払われている。これに対して、本件特許権2に係る特許出願は、ニュージーランド出願に基づく優先権主張を伴った特許出願であるが、その内容は、上記41件の本件製法特許に係る発明の目的物質等を対象とした特許出願(昭和51年4月28日)であり、既に上記倍額の出願補償金及び登録補償金が支払われていたため、これについては出願補償及び登録補償はなされなかったが、本件特許権2に係る特許出願の分割出願である本件特許権3、6及び7(昭和59年10月15日)については、原告外3名の共同発明者に出願補償金及び登録補償金が支払われている。
また、昭和56年2月には、被告から、実績補償として時価40万円相当の腕時計が原告に交付されている。
以上により、本件各特許権について被告が原告に対して支払うべき補償金は支払済みである。
当裁判所の判断
1 不法行為による損害賠償請求及び不当利得返還請求について(争点(1)) (1) 争点(1)ア(原告は、被告に対し、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利を譲渡したか。)について ア 原告が、本件特許権2に係る出願より前に、本件製法特許に係る発明について特許を受ける権利を被告に譲渡したこと、また、ニュージーランド出願に際し、本件特許権2に係る発明と同一の発明について、少なくともニュージーランドにおいて被告担当部長C名義で特許を受ける権利を譲渡したことは、当事者間に争いがない。
イ 前記前提となる事実(3)ないし(5)によれば、メプチン開発の過程において、原告外3名の共同発明者がした発明は、出発物質から中間物質を経て本件化合物を含む目的物質を合成する製法発明及びそれによって得られた新規化合物である中間物質、目的物質等に係る発明であり、そのうち製法発明が本件製法特許に係る発明であり、中間物質、目的物質等の物質発明が本件物質特許中の本件特許権2に係る発明にほかならず(なお、本件物質特許中、その余の本件特許権3、6及び7は、本件特許権2に係る特許出願から分割出願されたものにすぎない。)、また、
本件特許権2に係る特許出願に先行して、これと同一の発明についてニュージーランドで出願されたのが、ニュージーランド出願であるということができる。
ウ 原告は、特許を受ける権利は、当該特許出願に固有の権利であるから、
その権利の譲渡は、本来、特許出願ごとに行われなければならない旨主張するが、
特許を受ける権利は、特許出願をする、しないとはかかわりなく、発明をすることによって当然に発明者に付与される権利である(特許法29条)から、上記原告の主張のようにいうことはできない。
また、前記前提となる事実(6)のとおり、被告には昭和47年1月1日実施の被告規程(乙1)が存在するところ、原告は、その効力を認めるとしても、被告規程により、被告が職務発明について従業員たる発明者から特許を受ける権利承継するためには、当該発明に係る特許出願の都度、個別に特許を受ける権利を譲り受ける必要があると定めていることは明らかであるとも主張している。
しかし、被告規程においては、職務発明承継につき、「従業員が、会社の業務範囲に属する事項について、発明等をなした場合は、別に定める様式により遅滞なく所属上長を経て、第8条に定める発明考案審査委員会に届けなければならない。」(第3条)、「従業員は、前条によって届け出た発明等でそれをなすに至った行為がその者の現在または過去の職務に属する場合(以下特許法第35条職務発明という)のものについては、それに基づく日本国および、外国における工業所有権を受ける権利および工業所有権を会社に譲渡しなければならない。」(第4条)、「会社は第4条によって工業所有権を受ける権利を取得した場合には審査のうえ必要と認めたものについては特許…の出願を行う。」(第7条1項)、「前項の特許等の出願を行わないものについては、会社がなお承継の必要を認めた場合をのぞいて、その工業所有権を受ける権利を従業員に返却する。」(同条2項)と定められているところ、これらの条項によれば、発明をした従業員は、これを会社(発明考案審査委員会)に届け出る義務と、それが職務発明に該当する場合は、当該発明に基づく日本国及び外国における特許を受ける権利等を会社に譲渡する義務を負っていること、これを被告が譲り受けた場合は、被告において審査の上、出願の必要を認めたときは特許出願をするが、その必要を認めないときは従業員に返却する旨定めるもので、それ以上に、譲渡に関する具体的な方式や当該譲渡を特許出願ごとにしなければならない旨定めているものではない。むしろ、発明者たる従業員による特許を受ける権利の譲渡は、これを譲り受けた被告において、特許出願をするか否かを審査するより以前の段階で行われるものであること、上記譲渡があっても、必ずしも特許出願がされるとは限らず、特許出願をしないまま、その権利を従業員に返却される場合もあることが認められる。
そうすると、被告規程の定める特許を受ける権利の譲渡は、従業員がした職務発明に係る権利の譲渡というべきであって、原告主張のように、被告規程が、当該発明に係る特許出願の都度、個別に特許を受ける権利を譲り受ける必要があると定めたものとまで解することはできない(なお、この点に関連して、原告は、製法発明と物質発明とは全く異なる別の発明であるから、少なくとも、これらについては特許を受ける権利の譲渡は別個になされるべきであるとも主張しているようでもあるが、完成した一連の又は一まとまりの発明の中に両者が含まれる場合もあるから、そのような場合に、その両者が含まれた発明についての特許を受ける権利を包括して譲渡したとしても、何ら背理ではない。)。
もっとも、被告においては、従前から、特許出願の都度、発明者たる従業員から譲渡書を徴する取扱いがなされてきたものであるが(当事者間に争いがない。)、上記の点に加えて、被告規程においては、審査により特許出願をする旨決定された場合は、発明者たる従業員に対して出願補償(被告規程第9条)や登録補償(同第10条)等の規定に基づく補償金支払の必要が生じることを考慮すれば、
上記取扱いは、被告において出願補償等をするための確認作業(社内手続)としてなされていたにすぎないものと認めるのが相当である。そして、この点は、甲50(原告の陳述書)に記載のように、譲渡書の書式や用紙も、これを徴する仕方も、
極めて簡略なものであった実情とも符合するものといえる。
エ 証拠(乙2及び乙2の1の1〜41、乙2の2〜4)並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、原告外3名の共同発明者から本件製法特許に係る発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けた後、日本国及び外国での特許出願及び登録に際し、被告規程に基づき、発明考案審査委員会において出願補償及び登録補償の補償金支払の決定をし、社内の事務処理を経て、原告外3名の共同発明者に支払をしていること、その際、原告外3名の共同発明者から、その受領につき何らかの異議等が述べられたような形跡はなかったことが認められる。
オ また、原告は、被告規程が労働基準法上の就業規則であるとの前提の下に、当時、原告が所属していた被告研究所において被告規程が掲示される等のことはなかったから、労働基準法106条所定の方法による労働者に対する周知を欠いており、就業規則としての効力を生じないとの主張をしているが、被告規程が、被告の就業規則とは独立した別個の規程として作成されたものであることは、その形式及び弁論の全趣旨により明らかであり、また、内容的にも賃金や労働条件等を定めるものとはいえないから、これをもって、原告主張のように労働基準法上の就業規則に該当するものと解することはできず、むしろ、特許法上の「契約、勤務規則その他の定」のうちの「勤務規則」に該当するものというべきである。
そして、前記エの事実や証拠(乙9)によれば、被告規程は、その制定以来、少なくとも、被告徳島工場総務課の社内規程集ファイルの中に綴って備え置かれ、従業員において閲覧可能な状態にあったことが認められること、原告も、少なくとも出願補償や登録補償については、その制定後、被告従業員に対してその説明があったことは認めていること等からすると、被告規程は、原告ら従業員に対して開示されていたものと認めることができる(なお、原告は、実績補償については、被告は、従業員に全く説明せず、これを秘していた旨主張し、甲50(原告の陳述書)にもこれに沿う部分があるが、被告自らが、わざわざ被告規程に実績補償に関する規定を明記しながら、実績補償についてのみ殊更に秘匿しなければならないほどの事情があったものともうかがわれない(この点に関する上記陳述書中の記載が憶測にすぎないことは、その記載自体に照らしても明らかである。)から、原告ら従業員は、被告規程が存在し、その中に実績補償に関する規定が含まれていることも認識していたものと推認するのが相当である。)。
カ ところで、特許法35条2項は、従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は無効とする旨規定しているが、その反対解釈として、職務発明については、「契約、勤務規則その他の定」でそのような条項を定めることができる旨、同条2項ないし4項は、使用者は、あらかじめ一方的に定める「勤務規則」により、従業者等の意思とは関係なく、相当対価の支払と引き換えに、職務発明についての特許を受ける権利等を承継する旨の定めをしておくことができる旨を規定しているものと解されるから、前記ウでみた被告規程の内容は、原告をも拘束するものである。
したがって、原告外3名の共同発明者は、前記イの発明につき、職務発明として、その特許を受ける権利を被告に譲渡する義務があったものというべきであり、また、以上にみたところに 照らせば、原告が被告に対して譲渡した本件製法特許に係る発明、殊に本件特許権1に係る発明について特許出願がなされた昭和49年6月13日の時点では、本件各特許権に係る発明はすべて完成していたことが明らかであるから、特に一部の発明について留保する旨の意思表示がなされたという事情も認められない本件においては、原告外3名の共同発明者は、本件特許権1に係る発明について譲渡書を作成、交付したころ(乙2の1の16によれば、同特許権については昭和49年12月に出願補償金の支払がなされているところ、遅くともそのころ)までに、本件物質特許に係る発明についても被告に対して特許を受ける権利を譲渡し、被告においてこれを承継したと認めるのが相当である。
キ なお、原告は、本件製法特許に係る発明についての特許を受ける権利を被告に譲渡した時点では、日本国においては物質特許は認められていなかったから、原告が、日本国において物質特許に係る発明についての特許を受ける権利を譲渡することはあり得ない旨主張する。
しかし、特許を受ける権利は、発明がなされたときに、当該発明との関係で付与されるものというべきであるから、被告がその譲渡を受けた後に、当該発明について新たに物質特許を受けられるようになったときは、前記のような特段の留保のない限り、被告においてその特許出願をすることができるのはむしろ当然のことであると考えられるし、また、上記譲渡の時点では、物質特許制度を認める新特許法が昭和51年ころ施行されることが既に予想されていたことをも考慮に入れれば、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利を被告に譲渡することは原告と被告の合理的意思にもかなうものといわなければならない。したがって、
この点に関する原告の主張も採用できない。
(2) そして、ほかに前記認定判断を左右するに足りる証拠はないから、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利は、本件物質特許に係る特許出願をするより前の時点で、既に被告に譲渡されていたものというべきである。したがって、これがなされていないことを前提とする原告の不法行為による損害賠償請求及び不当利得返還請求は、その前提を欠くものとして、いずれも理由がない。
2 特許法35条3項に基づく相当対価支払請求について(争点(2)) (1) 争点(2)ア(相当対価支払請求権は、消滅時効により消滅したか。)について ア 特許法35条3項は、「従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ(中略)たときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定しており、勤務規則等で職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させることを義務づけている場合には、そのような勤務規則等の定めに従って、従業者が使用者に職務発明についての特許を受ける権利承継させたときに、従業者は相当の対価を受ける権利を取得することになる。そして、勤務規則等に対価の支払時期の定めがある場合には、その定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないものというべきである(最高裁判所第三小法廷平成15年4月22日判決・民集57巻4号477頁参照)。
これを本件についてみるに、被告には被告規程が存在するところ、被告規程は、被告における職務発明については特許を受ける権利を被告に譲渡することを義務づけるとともに、特許出願等がなされた場合の補償金として、出願補償金、
登録補償金が支払われるほか、実績補償について、被告規程第11条に「委員会〔被告規程第8条によって被告に設置される発明考案審査委員会を指す。〕は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し、委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においては、その発明等をなした者に対して補償金を支給する。(50、000円以上)」旨規定されている(乙1)。
被告規程の実績補償に関する条項によれば、実績補償は、発明の実施後、その効果を検討した上で、補償金を支給するものと規定するにとどまっており、一義的に明確な支払回数や支払時期の定めがあるとはいえない。
ところで、職務発明についての特許を受ける権利を使用者に承継させた場合に従業者が取得する相当対価支払請求権は、承継の時に発生するものであるが、その相当の対価の額は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」(特許法35条4項)ものであり、一般には、相当の対価の額の算定に当たって、当該特許発明を使用者等が実施したこと等により使用者等が得た利益など、承継後の事情が判明するときにこれを参酌することは可能ではあるが、相当対価支払請求権の発生時において、特許法35条4項の定める「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」についても、客観的に見込まれる利益の額は算定可能であり、権利の発生時に対価の額も定まるとされている。
そして、上記のとおり、勤務規則等による支払時期の定めは、相当対価支払請求権を行使するに際しての法律上の障害であることを考慮すれば、被告規程による実績補償の支払時期は、特許権の登録後、被告が発明を実施した時に到来するものと解するのが相当である。
この点につき、原告は、実績補償は特許の実施により使用者等が利益を享受した時点で相当対価支払請求権が発生するところ、現実に使用者等の得た利益が算定可能にならなければ相当対価支払請求権の行使は可能とならず、特許権の価値は存続期間満了時になって初めて客観的に明らかになるから、それまでは消滅時効は進行しない旨主張するが、少なくとも本件においては、本件特許権2の登録がなされたのは、メプチン製剤の販売が開始されてから5年以上経過した時点(昭和61年2月28日)であり、その段階で、将来分を含め、上記利益を算定することは可能であったものというべきであるから、特許権の存続期間満了を待たなければ、相当の対価の額の算定が不可能ないし著しく困難であるということはできず、
原告の上記主張も採用することができない。
さらに、原告は、被告規程が、実績補償について、支払時期も支払回数も定めておらず、毎年支払うことも、登録後一定時点で支払うことも、特許権の存続期間満了時に支払うことも可能な規定となっているとか、実績補償に係る相当対価支払請求権は、特許を受ける権利の譲渡の時ないし発明実施の時ではなく、実施の状況が明らかになるころに後れて発生することを前提としているなどと主張するが、既に述べたとおり、発明者は、特許権が登録され、被告が発明を実施した時点で実績補償に係る相当対価支払請求権を行使することができるのであり、また、少なくとも本件においては、本件特許権2の登録がなされた時点で、実施の状況は明らかであったというべきであるし、さらに被告規程の定めに照らすと、特許権の存続期間が満了するまでは、被告が実績補償金を支払ってくれると期待して当然であるということもできないから、相当対価支払請求権の行使を期待することが法律上困難であるということもできない。
また、原告が、使用者が従業者に対して自らが得た利益を明らかにしない限り、相当対価支払請求権の消滅時効は進行しない旨の原告の主張も、必ずしも、そのように解すべき根拠は明らかではなく、にわかに採用することができない。
イ 以上を前提として、原告が、本件物質特許についての特許を受ける権利を被告に譲渡したことによる相当対価支払請求権につき、消滅時効の起算点及び消滅時効期間の経過の有無について判断する。
原判決別紙特許一覧表1ないし7のとおり、本件各特許権は、昭和53年11月30日から昭和62年4月22日までの間に順次登録され、このうち本件特許権2は昭和61年2月28日に、本件特許権3は昭和62年4月22日に、本件特許権6は昭和61年12月24日に、本件特許権7は昭和62年4月22日にそれぞれ登録されている。
一方、前記前提となる事実(2)のとおり、被告がメプチン製剤を販売し始めたのは昭和55年12月である。
以上によれば、本件において、原告が相当対価請求の算定対象としている本件特許権2については、特許を受ける権利承継による相当対価支払請求権のうち実績補償に係る部分は、本件特許権2が昭和61年2月28日に登録されたことによって、原告において行使することができる状態となったと認められる。
したがって、本件特許権2についての相当対価支払請求権の消滅時効の起算点は、昭和61年3月1日であるというべきであり、原告が本件訴訟を提起した平成14年5月31日より前に、その消滅時効期間が経過していることは明らかである。また、その余の本件特許権3、6及び7についての相当対価請求権についてみても、最も遅い登録日は昭和62年4月22日であるから、これを基準とした場合でも消滅時効期間が経過していることに変わりはない。
なお、原告が被告従業員である間は権利の行使が事実上困難であり、かつ、そのような事実上の障害がある場合でも消滅時効期間は進行しないことがあるとしても、被告従業員であった原告が被告を退職したのは、前記前提となる事実(1)のとおり平成元年9月であるから、その時点からでも本件訴訟の提起まで既に10年が経過している本件においては、その消滅時効期間が経過していることも明らかである。
ウ 以上によれば、本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利承継による相当対価支払請求権は、既に時効により消滅したものというべきである。したがって、上記消滅時効援用する被告の主張は理由がある(なお、原告は、本件特許権2に係る特許出願については、被告から全く知らされておらず、その存在を知ったのは本件訴訟提起の直前であるから消滅時効期間は進行しない旨主張しているが、この点については、後記(2)の中で判断する。)。
(2) 争点(2)イ(被告による消滅時効援用は、信義則違反となるか。)について 原告は、被告が、ニュージーランド出願等に係る自己の違法行為を秘匿するために、本件物質特許につき、原告に無断で冒認出願をした上、原告にそのことを知らせなかった結果、原告はその存在自体を知らなかったもので、相当対価支払請求権の行使を妨げられたなどと主張する。
被告が、ニュージーランド出願に際し、被告担当部長C名義で特許出願をし、その出願に基づく優先権を主張して、日本国においてC名義で本件物質特許に係る特許出願をしたことは、前記前提となる事実(4)でみたとおりであるところ、被告の上記行為が脱法的なものであった疑いもないではないものの、原告においても、これが主張のような違法行為に当たることを確認できるだけの根拠、資料を提出していないし、また、仮に被告の上記行為が違法であるとしても、それが直ちに原告に対する関係で違法行為となるものではない。
そして、原告が、本件物質特許に係る特許出願より前に、被告に本件物質特許に係る発明についての特許を受ける権利も譲渡したものであることは、既に前記1においてみたとおりであるところ、その後の具体的な出願行為について、被告に秘匿する必要まで存したかどうかは疑問であり、他方、原告自身、本件訴訟の提起(平成14年5月31日)より8か月近く前の平成13年9月には本件物質特許の存在等を認識したと述べているにもかかわらず(甲50)、本件訴訟においては、訴状及び原審第1回準備書面を陳述する段階までは、本件物質特許についても特許を受ける権利を被告に譲渡した旨主張していたものであること(本件記録上明らかである。)、原告は、被告から、本件特許権2に係る特許出願より後の昭和55年12月にはメプチン開発の功績に対して腕時計を授与されており(弁論の全趣旨)、さらに昭和59年12月には、本件物質特許中、本件特許権2から分割出願された本件特許権3、6及び7について出願補償金の支払を受けていること(乙2、2の5の1〜3)等の事情に照らせば、原告が、その主張するように、本件物質特許の存在自体を全く知らなかったとは考えにくいといわざるを得ない。
もっとも、被告においても、本件特許権2に係る特許出願については、出願補償金及び登録補償金を支払っていない上、原告が本件特許権2の存在を了知していたことを直接立証し得るはずの原告作成の譲渡書についても、その存在を間接的にうかがわせる証拠(乙9、10)しか提出できていないが、本件特許権2に係る特許出願の時点から、本件訴訟の提起時点までに既に27年間が経過していた本件事案においては、証拠の散逸による立証の困難に着目する消滅時効制度の趣旨に照らしても、その点を過度に考慮することは相当でなく、ほかに被告による消滅時効援用信義則に反することをうかがわせる事情を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、この点に関する原告の主張(前記2の(1)に係る消滅時効が進行しない旨の主張を含む。)も採用することができない。
3 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、当審の認定、判断を左右するほどのものはない。
結論
以上によると、原告の本件請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がなく、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(平成16年8月27日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 竹原俊一
裁判官 小野洋一
裁判官 長井浩一
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