運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ16531特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成16ワ25576特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ8545特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ6322特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 方法の発明 /  加工方法 /  使用方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  択一的 /  共有 /  出願経過 /  技術的意義 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  置換 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  先使用権(先使用) /  加工 /  間接侵害 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施権 /  通常実施権 /  知らないで /  発明の実施である事業 /  事業の準備 /  後用権 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  審決確定(審決が確定) /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (ワ) 13637号 特許権侵害行為差止等請求事件
原告 ドーワテック株式会社右代表者代表取締役 【A】
原告 名果冷蔵加工株式会社右代表者代表取締役 【B】 右原告両名訴訟代理人弁護士 牛田利治
同 岩谷敏昭
同 澤由美右補佐人弁理士 【C】
同 【D】
被告 ラオックスエンジニアリング株式会社右代表者代表取締役 【E】 右訴訟代理人弁護士 八掛俊彦右補佐人弁理士 【F】
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2000/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
全容
事実及び理由は、別紙「事実及び理由」のとおりであり、それによれば、原告らの請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(平成一二年三月六日口頭弁論終結)
追加
(別紙)事実及び理由以下、書証番号は甲1などと略称し、枝番のすべてを示すときは枝番の記載を省略する。
第1請求1被告は、別紙物件目録記載のバナナ追熟加工自動制御装置を製造し、譲渡し又は譲渡の申出をしてはならない。
2被告は、原告両名に対し、金2億円及びこれに対する平成12年1月13日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要1基礎となる事実(争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)(1)原告らの特許権原告両名及び日立機電工業株式会社は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を共有している。
ア発明の名称バナナ追熟加工自動制御方法イ出願日平成元年5月11日(特願平1-118228)ウ公告日平成7年3月22日(特公平7-24543)エ登録日平成7年12月8日オ登録番号第2000084号カ特許請求の範囲本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(以下同特許請求の範囲欄記載の特許発明を「本件発明」という。)。
(2)本件発明の構成要件の分説本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
Aバナナ成熟室を一定時間毎に換気又はCO2ガスの換気を行った後室温T2に達するまで加温し、
B果肉温度が予め設定した温度T2に達するとエチレンガスを一定時間室内に注入し、
Cさらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、
一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、
Dついで一定時間毎に複数繰り返して換気するか、又は室内に配設されたCO2ガスセンサの出力に基づいて、予め設定したCO2ガス濃度に達すると一定時間の換気を複数回行うようにしたEことを特徴とするバナナ追熟加工自動制御方法(3)被告の行為ア被告は、バナナ追熟加工自動制御装置(以下「被告装置」といい、被告装置によって行われるバナナ追熟加工自動制御方法を「被告方法」という。被告装置及び被告方法の構成については、後記のとおり争いがある。)を製造し、譲渡し又は譲渡の申出をしている。
イ被告方法は、本件発明の構成要件B、D及びEを充足する。
2原告らの請求本件は、原告らが、被告に対し、被告装置は本件発明の実施にのみ使用する物であるから、前記被告の行為は本件特許権を侵害するものとみなされる(間接侵害)として、本件特許権に基づき被告装置の製造、譲渡及び譲渡の申出の差止めを求めるとともに、損害賠償を請求した事案である。
3争点(1)被告装置の構成(2)被告装置は、本件発明の実施にのみ使用する物か。
ア被告装置は、本件発明の構成要件Aの実施にのみ使用する物か。
イ被告方法は、本件発明の構成要件Cを充足するか。
(ア)文言上の充足の有無(イ)均等論による充足の有無ウ被告装置は、本件発明方法の構成要件Eの実施にのみ使用する物か。
(3)被告の先使用による通常実施権の有無(4)損害額第3争点に関する当事者の主張1争点(1)(被告装置の構成)について【原告らの主張】被告装置の構成は、別紙物件目録記載のとおりである。
【被告の主張】別紙物件目録の記載のうち、傍線部は否認し、その余は認める。右否認に係る部分は、次のとおりとすべきである。
「果肉温度検出器のセンサーが予め設定した果肉温度設定値X2を検知すると、直ちにバナナ熟成室の温度設定値が、右センサーがX2を検知した時の室温設定値よりも低い温度設定値に移行するので、クーラー140が作動してバナナ熟成室10の室温を下げる。そして、一定時間経過後、エチレンガス抜き信号を出力して排気を開始することによって室内の空気を換気する。」2争点(2)ア(被告装置は、本件発明の構成要件Aの実施にのみ使用する物か。)について【被告の主張】(1)本件発明の構成要件Aでは、バナナ成熟室を加温する前に必ず換気をすることとされているが、被告方法では、バナナの熟成度の進み具合により必要がなければ加温(又は冷却)の前に排気しない。
(2)また、本件発明の構成要件Aでは、バナナ成熟室を加温するだけであるが、被告方法では状況により、バナナ熟成室を加温することもあれば冷却することもある。
【原告らの主張】(1)被告のいう「必要がなければ換気しない」という場合は、単に設定された条件に達せず作動しなかっただけのことであり、本件発明においても当然予想され得る事態である。
(2)本件発明の構成要件Aは、外気に関係なく熟成室の設定温度になるまで調節するという趣旨であり、したがって「加温」とは、負の加温という意味での冷却を含むものである。
3争点(2)イ(ア)(被告方法の構成要件Cの文言充足性)について【被告の主張】(1)被告方法は、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」の要件を充足しない。
バナナを含む多くの果実は、収穫後も成熟を続ける(これを追熟という。)が、バナナの追熟加工は、このような性質を利用して、バナナが完全に成熟しない緑熟状態で収穫し、その後に強制的に追熟を促すことによって、出荷時期に合わせて黄熟化させて可食状態とし、外観を美しくするとともに甘味や芳香を増すことで商品価値を高めることに目的がある。ところでバナナは、追熟過程のある時期に急激に呼吸作用を増大させ、この呼吸の高まり(クライマクテリック・ライズと呼ばれる)とともに果皮の色が緑色から黄色に変化し、果肉が軟化し、甘味や芳香を増すという性質があり、バナナの追熟加工では、加温やエチレンガスの注入によってこのようなクライマクテリック・ライズを促す一方、過熟を避けるために、
バナナの熟成がある状態(「やく」と呼ばれる)に達すると、換気をするとともに室温を下げてバナナの呼吸を抑制し、バナナの品質を保持することが行われている。
右のようなバナナの追熟加工は、従来はすべて職人の経験と勘によって行われており、「むろ」と呼ばれる熟成室にバナナを収容して密閉し、加温やエチレンガスを注入して追熟を促し、「やく」の状態になると「むろ」を開封して換気し、以後冷却しながら追熟を促すという方法がとられていたが、いつ「やく」の状態になったのかについては、すべて職人の経験と勘に頼っていた。
本件発明は、このような職人的な追熟加工をコンピュータ制御による自動加工としたものであるが、コンピュータ自動制御による追熟加工の場合、いつ「やく」の状態になったかについての職人の経験的感覚的な判断を何らかの尺度(データ化した要因)に変換して、その尺度に従って追熟を進めなければならない。そして、本件発明の構成要件Cでは、この尺度として「バナナの果肉温度がバナナの醗酵開始温度T3に達する」ことを採用し、バナナの果肉温度がT3に達したことをもって「やく」の状態になったものと設定している。そして、その検知後一定時間室温を維持し、しかる後に加温を停止し室温を低下させて換気することとしている。
これに対し、被告方法では、独自に設定された果肉設定温度X2を検知すると直ちにクーラー140が作動してバナナ熟成室10の室温を下げることとされている。ここでは、特定の果肉温度を検知したことをもって「やく」の状態になったものと設定する点では構成要件Cと同様であるが、検知する対象は被告が独自に設定した果肉温度X2であり、構成要件Cの果肉温度T3の検知又はT3に達したときの処理等の工程はなく、また、X2の検知後直ちに室温を下げる方法が採られている点でも異なる。したがって、被告方法では、果肉温度T3から一定時間室温を維持するという工程がない。
(2)原告らは、「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、
一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」との要件は、
「やく」の発生後に果肉温度を急激に低下させるような室温低下を避けるという意味にすぎないと主張している。しかし、本件発明の出願経過を見ると、当初明細書(乙16の2)における特許請求の範囲の記載では、「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度に達すると、一定時間経過後に室内の空気を換気し」とされていたところが、拒絶理由通知(乙17)において、出願前の公知文献(甲14ないし16)を指摘されて進歩性がないとされたことに対して、補正(乙18)によって現在の特許請求の範囲の記載に補正されるとともに、意見書(乙19)を提出して、「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3になると室温T2を一定時間維持した後に加温を停止し室温を下げるように」することを「最近に於けるこの分野の研究成果に基づく新規性進歩性のある方法」であると主張して、特許査定を得、さらに後の補正(乙20)において、明細書中の「課題を解決するための手段」の記載を、前記補正に沿うように補正したものである。
これらの出願経過からすれば、原告の主張は、禁反言に反し許されない。
【原告らの主張】(1)「バナナの果肉温度が醗酵開始温度T3に達する」の意義について構成要件Cにおける「バナナの果肉温度が醗酵開始温度T3に達する」時とは、「やく」発生時のことであるが、「やく」という概念は種々の意味に理解され得るものであるから、本件発明の「バナナの果肉温度が醗酵開始温度T3に達する」時とは、次の@ないしBのいずれかの時点の意味に解すべきである(択一的主張)。
@バナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇を開始する時点(クライマクテリック・オンセット)。
これは、本件明細書において、「やく」とは、エチレンガス注入後、バナナが醗酵を開始する時期をいい、「やく」発生「後」にバナナの澱粉質がぶどう糖に変化し始めるとの記載(本件公報6欄24ないし26行目)に基づく解釈である。
Aバナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇が開始された(クライマクテリック・オンセット)後、呼吸作用がピークに達する(クライマクテリック・マキシマム)までの間の時点。
本件明細書には、「やく」とはバナナが醗酵を開始する時期をいい、
「やく」発生後にバナナの澱粉質がぶどう糖に変化し始めるとの記載があるが、そこにいう「醗酵を開始」「ぶどう糖に変化し始める」とはクライマクテリック・オンセットよりも後の「著しく急激なぶどう糖への変化の開始」を意味すると解した場合、この解釈が導かれる。
Bバナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇がピークに達する時点(クライマクテリック・マキシマム)被告方法においては「やく」とは、「果肉温度が所定の温度(バナナの生化学反応のピークと考えられる温度)に到達する状態」とされている(乙6)ところ、右解釈は、本件発明における「バナナの醗酵開始温度T3」をそれと同義に解するものである。
(2)被告方法の、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」の要件の充足性について被告方法においては「やく」とは、「果肉温度が所定の温度(バナナの生化学反応のピークと考えられる温度)に到達する状態」(すなわちクライマクテリック・マキシマム)とされており、この状態を果肉温度X2により検知することとされている。
したがって、
ア被告方法では、果肉温度X2を検知する前に択一的主張@による「バナナの醗酵開始温度T3」(クライマクテリック・オンセット)を必然的に経由する。そして、被告方法では、右択一的主張@による「バナナの醗酵開始温度T3」に達した時点以降、果肉温度X2を検知するに至るまで、一定時間室温T2を一定に維持している。
したがって、択一的主張@による場合、被告方法は、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」の要件を充足する。
イ被告方法では、果肉温度X2を検知する前に択一的主張Aによる「バナナの醗酵開始温度T3」(クライマクテリック・オンセットとクライマクテリック・マキシマムの間)を必然的に経由する。そして、被告方法では、右択一的主張Aによる「バナナの醗酵開始温度T3」に達した時点以降、果肉温度X2を検知するに至るまで、一定時間室温T2を一定に維持している。
したがって、択一的主張Aによる場合、被告方法は、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」の要件を充足する。
ウ被告方法では、果肉温度X2(これが択一的主張Bにおける「バナナの醗酵開始温度T3」に相当する。)を検知するとクーラー140が作動してバナナ熟成室10の室温を下げることとされている。ところで、本件明細書の作用欄及び効果欄では、バナナの果肉が醗酵を開始する時期から一定時間後に室内を換気することにより所期の効果が得られる旨が記載されているところ、一定時間室温を維持することは同作用効果を得るために必然的なものではなく、また、バナナの追熟加工においては、「やく」の発生後は徐々に果肉温度を低下させることが周知技術であることからすれば、構成要件Cの「一定時間室温T2を維持し」の意義は、「やく」発生後に厳密な意味で室温を一定に保つことを要求したものではなく、急激な果肉温度の低下を避ける趣旨であるにすぎない。そして、多少の室温低下が行われても果肉温度はさほど低下しないことからすると、「一定時間室温T2を維持し」には、果肉温度を著しく低下させない程度に室温を低下させることも含まれると解すべきである。そうすると、被告方法で果肉温度X2を検知した場合の実際の果肉温度の低下はわずかであるから、択一的主張Bによる場合でも、被告方法は、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」の要件を充足する。
(3)被告は、本件発明の出願経過に基づく禁反言の主張をするが、出願前の公知技術(甲14ないし16)からすれば、被告が指摘する補正は、特許査定を得るために客観的に必要であったものではないから、禁反言の適用はない。
4争点(2)イ(イ)(被告方法の構成要件Cの均等論による充足性)について【原告らの主張】本件発明の構成要件Cにおける「バナナの醗酵開始温度T3」の意義について、前記択一的主張Bを採る場合、仮に被告方法において果肉温度X2を検知するとクーラー140が作動してバナナ熟成室の室温を下げることが「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」との構成要件を文言上充足しないとしても、以下のとおり均等論により本件発明の技術的範囲に属する。
(1)相違点が本件発明の本質的部分でないことについて本件発明は、従来のバナナ追熟加工自動制御技術が、バナナから放出されるCO2ガスの累積量を検知することによって追熟加工を自動制御していたのに対し、バナナの果肉温度の検知によって室内にエチレンガスを注入する時期及び「やく」の発生を検知するとともに、CO2ガス量の検知によって室の換気時期を検知し、「やく」発生後の一定時間後に室内を換気するものであって、これにより果肉が均一に熟成され、またバナナの色づけが均一となって糖度も高く、さらに柔らかい果肉と硬い外皮とを有するバナナの追熟加工を可能とした点に本質的特徴がある。
これに対し、「やく」の発生後に「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持」することは、「やく」が発生した後には厳密な意味で温度を一定に保つ必要はなく、果肉温度を著しく低下させるような急激な室温の低下を避ければ足りることは周知の技術であるから、本件発明の本質的部分ではない。
(2)作用効果の同一性について本件発明の特徴及びそれに伴う作用効果は(1)のとおりであって、本件発明の「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温を維持」する構成を、果肉温度X2を検知するとクーラー140が作動してバナナ熟成室10の室温を下げるとの構成に置換したとしても、同一の作用効果を奏する。
(3)被告方法の構成の容易想到性について「やく」が発生した後には厳密な意味で温度を一定に保つ必要はなく、果肉温度を著しく低下させるような急激な室温の低下を避ければ足りることは周知の技術であり、室温をわずかに下げても果肉温度はさほど低下しないことは当業者には自明であるから、被告方法の構成は、被告装置の製造を開始した時点において容易に想到し得たものである。
(4)意識的除外等の事情が存在しないことについて争点1イ(ア)に関する原告らの主張(3)のとおり、本件発明の出願経過からしても、禁反言意識的除外等の事情は認められない。
【被告の主張】均等論に関する原告の主張は争う。
争点(2)イ(ア)に関する被告の主張(3)で述べた本件発明の出願過程からすれば、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」との構成要件は、出願時の公知技術にはなかった本件発明の本質的部分に属するというべきであるし、それ以外の構成は出願過程で意識的に除外されたものというべきである。
5争点(2)ウ(被告装置の構成要件Eの実施にのみ使用することの有無)について【被告の主張】(1)本件発明は「自動制御方法」に関するものであるが、被告装置は自動制御方法によるバナナ追熟加工のほか、手動によるバナナ追熟加工のためにも用いられる。
(2)また、本件発明は「バナナ追熟加工」の方法に関するものであるが、被告装置は、バナナ以外の青果物の追熟加工にも用いられる。
【原告らの主張】(1)自動制御装置は、故障等に備えて手動による操作が可能とされているのが通常であるが、バナナの追熟加工業者が、自動制御装置を購入しているにもかかわらずあえて手動操作を選択するというのは、装置が故障しているか制御能力が明らかに手動に劣っているかのいずれかであって、いずれも通常の使用方法とはいえない。
したがって、手動操作が可能であることが間接侵害を否定する理由とはならない。
(2)また、本件明細書には、本件発明はバナナの追熟加工以外にも青果物の生育、成熟等にも応用できる旨の記載(本件公報6欄48行目ないし7欄1行目)があるから、バナナ以外の加工の用途をもって間接侵害を否定する理由とはならない。
6争点(4)(先使用)について【被告の主張】(1)被告は、昭和63年11月ころ、平成元年5月6日から業務を開始した東京都の中央卸売市場大田市場の1階のバナナ醗酵室に、三菱電機株式会社の下請けとして被告装置を納入、設置した。
また被告は、平成元年4月25日ころ、右大田市場場外の東京荏原青果株式会社のバナナ熟成加工室に被告装置を納入、設置した。
このように、被告は本件発明の内容を知らないで自らその発明をし、本件発明の特許出願の前の時点で現にその発明の事業をしていたから、特許法79条に基づく通常実施権を有する。
(2)原告らは、先使用権が認められるのは、「その発明の実施である事業をしている者」に限ると主張するが、「発明の実施」とは、方法の発明にあってはその方法を使用する行為であるから、「発明の実施である事業」とは、その発明に係る方法を使用した事業のことである。そして、「その発明に係る方法を使用した事業」をするということは、特許発明と同一発明を利用した技術について、これを自己のものとして使用するばかりではなく、自らはその技術を直接使用しなくとも、
その技術を使用した商品を製造、販売し、又はその製造、販売のための行為をすることも当然に含まれると解すべきである。
【原告らの主張】(1)特許法79条先使用権が認められるのは、「その発明の実施である事業をしている者」(又はその事業の準備をしている者)についてであるところ、本件発明は、バナナの自動追熟加工方法の発明であるから、「その発明の実施である事業をしている者」とは、バナナ加工業者である。ところが被告は、バナナ加工業者に被告装置を販売し、納入することを事業としているにすぎないから、およそ先使用権者たり得ない。この趣旨は、間接侵害に相当する行為については、特許法176条で規定する後用権に基づく通常実施権も認められておらず、同法175条2項2号及び3号で「特許権の効力は、当該取消決定又は審決が確定した後再審の請求の登録前における…行為には、及ばない」とされているにとどまることからも明らかである。
(2)本件明細書の記載に照らすと、本件発明では、「バナナの醗酵開始温度T3」は室温T2よりも高いことが前提とされているが、被告が中央卸売市場大田市場及び東京荏原青果株式会社に納品、設置した装置は、「やく」発生時の果肉温度は室温よりも低いから、同装置の使用方法は、本件発明とは異なる。したがって、
被告の先使用権に関する主張は失当である。
7争点(5)(損害額)について【原告らの主張】被告は、平成12年1月ころまでの間に被告装置の販売によって少なくとも20億円の売上を得、これにより少なくとも2億円の利益を得たから、これが原告らが受けた損害の額と推定される。
【被告の主張】争う。
第4争点に対する当裁判所の判断1本件発明の技術的意義個々の争点に対する判断に先立ち、本件発明の技術的意義について検討する。
(1)背景技術後掲各証拠によれば、本件発明が対象とするバナナの追熟加工については、本件発明の特許出願当時、本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者において、以下の事項が知られていたと認められる。
アバナナの追熟の意義について多くの果物や果菜類は、収穫後も成熟を続け、色、テクスチャ、硬さ、
化学成分などに変化を生じる。このような収穫後の成熟現象を追熟という(乙1)。それらの果実は収穫後に呼吸が急激に増加し、これに伴って果色(果皮の色)の変化、果肉の変化や芳香の出現などが起こり、可食状態になる。この追熟に伴う果実の呼吸の変化を、呼吸のクライマクテリック・ライズと呼ぶが、バナナはこのクライマクテリック・ライズの現象を持つ代表的な果実の1つである(甲15)。すなわち、バナナは、呼吸の高まりとともに、果皮は黄味を帯び初め、果肉は軟化し、また芳香を増す。また果肉の黄化に伴い、果肉の澱粉が糖に分解し甘みを増す(乙2)。この呼吸の上昇前をプレ・クライマクテリック・ステージ、呼吸の上昇開始期をクライマクテリック・オンセット、呼吸の最大期をクライマクテリック・マキシマム、呼吸の下降時をポスト・クライマクテリック・ステージと呼ぶ(乙2)。
バナナは緑熟の状態で生産国で収穫され、11ないし14℃で海上輸送されるので、輸入国に陸上げ後、この呼吸のクライマクテリック・ライズを引き出して可食状態にしなければならない。この呼吸のクライマクテリック・ライズの引出処理こそがバナナ熟成加工の本質である(乙2)。
イバナナの追熟過程における澱粉質の変化についてプレ・クライマクテリック・ステージでは、バナナの果肉のうち18.5ないし22.5%が澱粉質で、糖分は0.3ないし1.5%にとどまるが、クライマクテリック・ライズの発生とともに澱粉質が糖分に変化し、クライマクテリック・マキシマムの時点では、バナナの果肉のうち2.9ないし6.9%が澱粉質で、10.6ないし17.5%が糖分となり、この変化はポスト・クライマクテリック・ステージでも一層進む(乙2)。
ウ呼吸のクライマクテリック・ライズの出現に影響を与える諸要素について(ア)エチレンガスエチレンは、植物ホルモンとして追熟促進効果があり、ある濃度を越えて存在すると、緑熟果はクライマクテリック・ライズが誘発され追熟が進む(甲12)。エチレンはバナナ果実自体からも発生されるガスで、古くはバナナ果実が生成するエチレンを呼吸のクライマクテリック・ライズの誘発に利用していたが、現在では、追熟期間を短縮すること、熟度をそろえることの目的のために、追熟過程でエチレンを人工的に注入して呼吸のクライマクテリック・ライズを誘発することが行われている(甲12)。
(イ)温度15〜30℃の温度範囲では、温度が高いほど、呼吸のクライマクテリック・ライズが早くなり、それだけ早く追熟することになる。バナナのクライマクテリック・ライズは、直接的にはエチレンによって引き出されるが、エチレンの植物に対する作用は、18ないし28℃で効果が大きいので、実際の追熟加工はこの温度範囲でスタートする。この場合、高温の場合ほど追熟が早く完了するが、高温下では果肉の軟化が進みやすく、果肉の首が折れやすくなる。温度はまた呼吸熱にも影響し、温度が高いほど呼吸熱の発生量が多く、品温も上昇しやすい(甲12)。
(ウ)酸素・二酸化炭素酸素濃度が減少すると、クライマクテリック・ライズの開始が遅れ、
追熟が抑制される(甲12)。
他方、二酸化炭素濃度の増加は果実の追熟に抑制的に働く。実際のバナナの追熟加工は、気密性の高い定温倉庫(「むろ」と呼ばれる。)内で行われるので、バナナの呼吸によって庫内の酸素が減少し、二酸化炭素が増加してくることから、一定時間毎に扉を開け、新鮮空気を入れて二酸化炭素を除去し、酸素を補う必要がある(甲12)。
(エ)環境の調節バナナの加工工程は、半密閉のむろ内で行われるので、果実の呼吸、
呼吸熱、エチレン生成によって、むろ内の酸素、二酸化炭素、エチレン濃度が連続的に変化していき、呼吸熱によって品温が影響を受ける。この環境変化は果実の生理に影響を与えるので、良品質の黄熟バナナを生産するためには、これらの環境を巧みに調節することが必要である(甲12)。
エ具体的な追熟工程についてバナナの追熟加工室は、保温性と気密性が要求されるので、前記のとおり「むろ」と呼ばれる気密性の高い温度可変恒温倉庫が利用される。
バナナの追熟加工は、まずバナナをむろに収庫してバナナの品温を上昇させ、品温を温度計で確かめて、所定の温度に達したのを確認した後、むろの扉を閉じ密閉し、むろ内の空気容量に対し一定の濃度になるようにエチレンガスを封入する。エチレン封入後、バナナの品温とエチレンを均一にするためにファンを利用してむろ内を攪拌する。エチレンによるバナナのクライマクテリック・ライズの促進には、一定時間の誘導時間が必要であり、普通15ないし25時間(又は20ないし30時間ともされる。)である。この誘導期間の後、むろの主扉を開き、ファンを使ってむろ内に蓄積した二酸化炭素を追い出して新鮮空気を取り入れる。この際品温が激しく変化しないことが必要である。その後は、呼吸熱を考慮し、追熟予定日数によって一定のスケジュールで品温を降温させていく。この際には、バナナは低温耐性が弱く、冷気によって低温障害を受けるので、過冷却しないように降温速度は0.5ないし0.1℃/hrを越えないようにする(甲12)。このように、普通、バナナの追熟においては、初めは追熟を促進する目的で温度を高くするが、追熟が進むにつれて、色つきをよくする、あるいは、果肉の軟化を防止するという目的から、追熟温度を下げていく(乙1)。
オ「やく」について以上のようなバナナの追熟過程におけるある段階を「やく」と呼ぶ。しかし、公知文献の上では、「やく」の意義については一定しておらず、「エチレンを加えると20ないし30時間ドアを密閉してあけないようにする。業界ではこれを”やく”と呼んでいる。」(乙3の2)とされたり、古くエチレンを人工的に注入せず、バナナが発するエチレンの効果で追熟を促す地下むろによる追熟方法の場合には、「バナナから充分量のエチレンが生成されるようになった状態を”やくがきた”と称し、この時を見計らってむろ内に入り、むろの香、息苦しさ、バナナの硬さ、弾力性などから官能的に判断して換気の時期を決め以後冷却する」(乙7の2)などとされている。
カまとめバナナの追熟工程は、エチレンの作用によって呼吸のクライマクテリック・ライズを引き起こさせるものであるが、エチレンの効果は温度に大きく影響を受けるので、通常低温で保存されていたバナナを追熟する際には、まずエチレンが効果的に作用する温度まで品温を上げる必要がある。そして、この間、バナナの呼吸によって室内の酸素が減り二酸化炭素が増えて行くのを放置すると追熟が阻害されるので、定期的に換気を行っておく。そして、バナナの品温がエチレンが効果的に作用する温度に達したところでエチレンガスを投入するが、投入したエチレンがよく効くように室を密閉する。そして、そのまま一定の時間放置すると呼吸のクライマクテリック・ライズが惹起され、バナナが熟成を始めるが、そのまま放置し続けると熟成が進みすぎるので、ある程度まで熟成したところで、室の扉を開けて換気し、室温を若干下げて熟成を調節する。そして、その後は、換気を繰り返してゆっくりと熟成を仕上げることとする。
(2)バナナの追熟加工の自動制御技術の公知技術本件発明は、以上のようなバナナの追熟加工を自動制御で行う方法に関するものであるが、本件発明の特許出願当時、このような自動制御技術としては、甲14(特開昭59-59144号公報)に記載のものが公知であった。
甲14には、バナナの熟成程度は、熟成過程でバナナから放出される二酸化炭素の累積量を検知することにより知ることができるという知見に基づいて、バナナを貯蔵している室に配設された二酸化炭素検知器の出力に基づき、所定の演算式に従って室内の二酸化炭素の累積量を算出し、この累積量から所定のプログラムに基づき一定の計算をした結果に基づいて、室内の温度を昇温又は降温せしめるようにしたことを特徴とするバナナ追熟加工自動制御方法が記載されている。
また、同様の自動制御技術が乙1(社団法人日本冷凍協会発行の「冷凍」昭和60年9月号に掲載された【G】の論文)にも記載されている。
(3)本件明細書の記載ア甲1によれば、本件明細書には、本件発明の特徴について、次の記載があることが認められる。
(ア)実施例の欄(本件公報4欄17行目以下)「最近のこの分野の研究において、バナナの果肉温度を検出することにより、またバナナから放出されるCO2ガス量又はエチレンガス量を検出することにより、エチレンガスがバナナに最も効果的に作用する時期、バナナが醗酵を開始する時期及び貯蔵室の換気時期を検知できることが明らかになってきた。本発明方法は、前記成果に基づいて構成されたものである。」(イ)効果の欄(本件公報7欄3行目以下)「本発明方法においては、果肉温度を検出してエチレンガスがバナナの醗酵のために最も効果的に作用する温度でエチレンガスを一定時間自動的に室内に注入するとともに、バナナが醗酵を開始する果肉温度になると、一定時間後にエチレンガス等の換気を自動的に行っている。さらに、『やく』発生後においてCO2ガス発生量を検出して一定量以上になると換気するようにしてバナナの熟成程度を調べている。従って、バナナの色付けが均一となって糖度も高く、さらに柔らかい果肉と硬い外皮とを有するバナナの追熟加工が可能となり、より商品価値を高めることもできる。」イこれらの記載からすると、本件明細書上は、次の2点に特徴があるとされているといえる。
(ア)エチレンガスの注入タイミングとその後の換気タイミングを、バナナの果肉温度を基に行っている点(構成要件B及びC)(イ)その後の換気をCO2ガス発生量を基に行っている点(構成要件D)(4)以上を踏まえて本件発明の技術的意義について検討する。
ア(1)エ及びカで見た通常のバナナの追熟工程を整理すると、(a)室内での換気と加温、(b)エチレン注入、(c)一定時間室を密閉してクライマクテリック・ライズを誘発、(d)室開封による換気、(e)換気しながら徐々に降温、の各工程に分類することができる。
イこれに照らしてみると、本件発明の構成要件Aは、(a)の「室内での換気と加温」に対応する工程であるといえる。そして、前記(1)(2)からすると、構成要件Aのうち、換気を一定時間ごとに行う点、換気を二酸化炭素ガス発生量を検知して行う点はいずれも公知技術であり、構成要件Aはこれらの点を自動制御に適用したにすぎないものと認められる。
ウ次に、本件発明の構成要件Bは、(b)の「エチレン注入」に対応する工程であるといえる。そして、前記(1)からすると、エチレン注入のタイミングを果肉温度に基づいて決定する点は公知技術であるから、構成要件Bは、それを自動制御に適用したにすぎないものと認められる。前記(3)のとおり、本件明細書には、この点を本件発明の特徴の1つとする趣旨の記載があるが、上記に照らして採用できない。
エ次に、本件発明の構成要件Cは、(c)(d)(e)の「一定時間室を密閉してクライマクテリック・ライズを誘発」と「室開封による換気」と「換気しながら徐々に降温」の一部に対応するものといえる。そして、構成要件Cでは、エチレン注入後の換気と降温のタイミングを果肉温度の検出を基に決定しているが、この点は公知技術には見られないものであり、また、その技術に基づいた自動制御技術も公知技術には見られない。したがって、同知見に基づいて具体的な自動制御方法を構成した点に、本件発明の特徴があると認められる。
なお、乙17(拒絶理由通知)では、この点も公知技術(甲15、16)に開示されているとするが、そこではエチレンガスの注入時期を果肉温度によって決めていることが記載されているにすぎず、エチレン注入後の換気時期を果肉温度を基準に決定する技術が開示されているわけではない。
オ最後に、本件発明の構成要件Dは、(e)の「換気しながら徐々に降温」に対応するものであるといえる。(1)(2)に照らせば、これも、換気をCO2ガス発生量に基づいて行う点を含めて、公知技術を自動制御に適用したものにすぎないと認められる。
(5)まとめ以上の検討からすると、本件発明の特徴は構成要件Cにあり、エチレン注入後の換気と降温のタイミングを、果肉温度の検知を基に決定する具体的な自動制御方法を開示した点にあると認めるのが相当である。
2被告装置及び被告方法の構成について(争点(1))(1)被告装置及び被告方法の構成については、エチレン注入後の処理の内容について争いがあるので、この点について検討する。
(2)エチレン注入後の室温調節について甲20の1は被告装置の取扱説明書であるが(甲6と乙6はいずれもこの一部である。)、それには次の記載がある。
ア「果肉温度監視」として、「果肉温度を監視することにより、バナナのやくの時期を把握します。」(21頁)イ「監視方法」として、「(b)やくの検出は、2つの検出器(果肉温度)の高い方の温度が設定値を越えた時とします。」(22頁)ウ23頁からは「やく発生の監視及び制御」として具体的な制御方法が記載されている。
(ア)まず、同頁では、「やく発生の監視及び制御は、制御パターンにおいて、『発生理想時刻』として指示されたやく発生範囲又は時間内で、やくが発生する様に室内温度の監視し、室内温度設定値を操作して、やく発生時期の制御を行います。」とされている。この記載からすると、被告装置では、バナナの出荷事情等に応じて、やくを発生させたい理想時刻をユーザーが適宜設定し、それに応じて自動的に室温制御を行う仕組みが採用されていることが認められる。
(イ)この仕組みを具体的に見ると、
(a)やくに至る過程のあるタイミングで果肉温度を計測し、そのままでは理想時刻と比べてやくの発生が早すぎたり遅すぎたりすると判断されるときは、
早すぎるときは室温を下げ、遅すぎるときは室温を上げて、理想時刻の範囲内にやくが発生するように室温を制御する(23頁の「やく発生前の設定値変更」)。
(b)こうして、無事にやくが理想時刻の範囲内に発生した場合には、
「その時点でやく後の設定値の温度補正を行」うものとされ(26頁「やくが発生理想時刻内に発生した場合」)、同頁のグラフを併せ考えると、やくの発生を検出した時点で果肉温度の設定値を下げ、それに伴い室温を下げることが行われると理解される(なお、やく発生後の温度設定が必ずやく発生時の温度よりも低いものでなければならない点は、甲20の1の24頁に記載がある。)。
(c)また、誤って理想時刻よりも早くやくが発生してしまったときには、最終的に追熟を終了させたい時刻までの時間が長くなるから、追熟のペースを鈍らせるために、当初に設定されたやく発生後の温度設定よりも低い温度設定に補正した上で、室温を下げることが行われる(24頁「発生理想時刻以前にやくが発生した場合」)。
(d)逆に、誤って理想時刻よりも遅くやくが発生してしまったときは、
最終的に追熟を終了させたい時刻までの時間が短くなるから、追熟のペースを上げるために、当初に設定されたやく発生後の温度設定よりも高い(しかしそれでもなおやく発生までの温度設定よりは低い)温度設定に補正した上で、室温を下げることが行われる(27頁「発生範囲後にやくが発生した場合」)。このようにいずれにせよ、被告装置では、やくが発生したと検出されたら、直ちに室温を下げる操作が行われると認められる。
(2)エチレンガス注入後の換気について甲20の1には、「エチレンガス抜き制御」として次のとおり記載されている(32頁)。
「やく発生後、抜き開始時間経過後、排気を開始し、抜き時間経過後終了します。(やくが発生しない場合、ガス抜きが行われません。やくの設定温度に注意が必要です。)」(3)実例甲10によれば、エチレンガス注入後の被告装置の作動状況の実例として、
次のものが認められる。
バナナ熟成加工開始10月10日17時22分エチレン投入10月10日23時41分(0日6時間19分後)やく発生理想時刻加工開始から1日1時間〜1日7時間やく発生時刻10月11日18時45分(1日1時間23分後)やく発生時果肉温度設定22.0℃やく発生時室温20.8℃やく発生直後室温20.0℃エチレンガス抜き時間3時間エチレンガス抜き時刻10月11日21時47分(1日4時間25分後)エチレンガス抜き後室温16℃(4)まとめ以上からすると、被告方法においては、果肉温度があらかじめ設定された「やく」発生温度X2に達したことを検出すると、直ちに室温を下げるとともに、
一定時間経過後に換気を行っているものと認められ、エチレン投入後に、この「やく」発生温度X2以外にバナナの果肉温度(例えば醗酵開始温度)を検出し、制御する(例えば一定時間室温を維持する)構成を具備していると認めるに足りる証拠はない。したがって、被告装置の構成のうち当事者間に争いのある部分(別紙物件目録の記載のうち傍線部分)としては、被告主張のとおりと認めるのが相当である。
3被告方法の構成要件C充足性について(争点(2)イ)(1)本件発明の構成要件Cと被告方法との相違点本件発明の構成要件Cは、「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気(する)」という構成である。そして、本件明細書において、「果肉温度T3(注:TBとあるのは誤記と認める。)で『やく』が発生する」(本件公報6欄20行目)とされていることを考えると、構成要件Cは、バナナの果肉温度が上昇して「やく」発生温度に達すると、一定時間室温を維持した後に加温を停止して室温を低下させるとともに室内の空気を換気する趣旨であると認められる。
他方、被告方法は、バナナの追熟が進んで果肉温度が「やく」発生温度に達すると、直ちに加温を停止して室温を低下させるとともにに、一定時間経過後に室内の空気を換気するものであるといえる。
このように、双方とも、果肉温度が「やく」発生温度に達した時点で、一定時間経過後に室内の空気の換気をする点では共通している。しかし、まず、両者における「やく」発生温度の内容の同一性について争いがある。また、加温を停止して室温を低下させる時期が異なっている。
そこで以下、これらの点について検討する。
(2)本件発明の「バナナの醗酵開始温度T3」(本件明細書の発明の詳細な説明中の「『やく』発生温度T3」)の意義についてア本件発明は、自動制御方法に関する発明である。そして、自動制御というのは、それまで人間が判断して種々の操作を行っていたことを、コンピュータが、指標となる特定の情報を検出したことを契機として、特定の処理を実行することに置き換えるという技術であり、そこでは、人間が判断する場合の諸々の判断因子の中から、コンピュータによる処理実行の契機となるのに適切な因子を分析・抽出することが重要となる。乙1でも「バナナの追熟加工の自動化を考えるとき、まず、どのような因子が関係してくるのか、あるいは、どの因子を制御しなければならないのか知る必要がある」とされているのはこの趣旨である。
加えて、自動制御技術においては、こうしてコンピュータによる処理実行の契機となるのに適切な因子を分析・抽出するにとどまらず、それをどのように使って制御を行うのか、換言すれば、そのような因子がどのような状態になったことをコンピュータによる検出の対象とし、その検出がされたときにどのような自動実行処理を行うのかという組立ても重要であり、適切な自動処理の契機を設定し、
その検出に基づいて適切な自動処理を行うようにして初めて、自動制御技術として、人間が行う情報処理に近い良好な結果が得られるものといえ、これらの点が異なる場合には制御結果の良否に影響を及ぼすことになるというべきである。
この観点から構成要件Cを見た場合、そこでは、公知のバナナの追熟過程を前提にした上で、バナナの果肉温度を自動処理の契機として着目し、果肉温度が醗酵開始温度として設定された温度T3になったことをコンピュータが検出したことを契機として、「一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに室内の空気を換気する」という自動処理がなされることが規定されていると理解される。
イそこで次に、構成要件Cの「醗酵開始温度T3」とは、バナナがどのような状態になった時点に相当する温度として設定されるものかについて検討する。
(ア)甲1によれば、本件明細書で「醗酵開始温度T3」及び「やく」について触れられているのは実施例についての6欄20行目ないし29行目の記載と第2図(本件発明方法の制御スケジュールを示すグラフ)のみである。
ところで、本件明細書の実施例では、本件発明方法はステップ1からステップ10の10段階に分けられており、エチレン注入終了後のステップであるステップ4は、エチレン注入終了時刻t3から時刻t4までの間の工程であり、時刻t4はバナナの果肉温度がT3に達する時点である。
そして、「醗酵開始温度T3」及び「やく」について本件明細書が触れている前記箇所の記載を見ると、まず、@「時刻t4において、果肉温度T3で『やく』が発生する」とされており、続いて具体的な説明として、A「『やく』とは、エチレンガス注入後、バナナが醗酵を開始する時期をいい」、B「『やく』発生後にバナナの澱粉質がぶどう糖に変化しはじめる」、そして、C「この時果肉温度TBが最高になる」、なおD「『やく』発生温度T3はバナナ自体の発熱もあって、室内温度T2よりも若干高温となる」と記載されている。
また、本件明細書第2図では、果肉温度が上昇してほぼ最高となった状態の果肉温度がT3とされており、T3は室温T2よりも若干高温に記載されている。
(イ)これらのうち、Aでは、「やく」とはバナナが醗酵を開始する時期であるとされているところ、「醗酵」の一般的な語義は「炭水化物が微生物により、酸素の存在しない状態で分解されること」(乙4)である。しかし、バナナの追熟に微生物は何ら関係せず、かえって呼吸と大きな関係があることは前記1から明らかであるし、証拠として提出されている公知文献においても、バナナの追熟過程における「醗酵」に言及したものはない。したがって、本件明細書における「醗酵」とは、一般の語義とは異なる意味に理解すべきであるが、前記1で見たバナナの追熟過程においてエチレンガス投入後にバナナに生じる変化と、前記の「醗酵」の一般的語義を併せ考えると、本件明細書における「醗酵」とは、バナナの澱粉質(これは炭水化物の一種である。)がぶどう糖に分解することを意味するものとして使用されていると解するのが合理的である。したがって、上記Aは、結局、「やく」とはバナナの澱粉質がぶどう糖に分解することを開始する時期をいうとの趣旨を述べたものと理解するのが相当であり、それは上記Bと同義のことを述べたものであるといえる。
この点について原告らは、上記Bの冒頭に「『やく』発生後に」との文言があることから、バナナの澱粉質がぶどう糖に変化し始めるのは、バナナが醗酵を開始した時点よりも後の時点であると解すべきであると主張するが、両者を同義に解すべきことは上記のとおりであって、原告らの上記主張は採用できない。
そして、前記1(1)で見たとおり、バナナの追熟過程で澱粉質がぶどう糖に変化し始めるのはクライマクテリック・ライズの過程であるから、前記ABの記載からは、本件発明における「醗酵開始温度T3」(すなわち本件明細書における「『やく』発生温度T3」)は、クライマクテリック・ライズの開始時(クライマクテリック・オンセット。原告主張の択一的主張@)の状態の果肉温度として設定されるものと解するのが合理的である。
(エ)しかし、他方、前記CDからすると、本件発明における「醗酵開始温度T3」は、追熟過程でバナナの果肉温度が最高になる温度と解され、これは本件明細書第2図の記載とも符合するところである(原告は、前記Cの冒頭における「この時」とは、上記Aのバナナの澱粉質がぶどう糖に変化し始める時期のことであり、それは上記@のバナナが醗酵を開始する時点よりも後の時点であると主張するが、前記のとおり採用できない。)。
そして、追熟過程のバナナは室温(外部熱)と呼吸熱(内部熱)の両者によって果肉温度を高めることからすると、果肉温度が最高になるときとは、呼吸が最高に高まった状態となったときのことであると解するのが合理的である。
そうすると、上記CDの記載及び本件明細書第2図の記載からは、本件発明における「醗酵開始温度T3」(本件明細書における「『やく』発生温度T3」)は、クライマクテリック・ライズのピーク時(クライマクテリック・マキシマム。原告主張の択一的主張B)の状態の果肉温度として設定されるものと解するのが合理的である。
(オ)このように見ると、本件発明において、バナナがどのような状態になった時点に対応する温度として「醗酵開始温度T3」を設定するのかについては、本件明細書における発明の詳細な説明及び図面の記載からは二様の解釈が可能であって、そのいずれであるかを一義的に確定することは困難であるといわざるを得ない(なお、原告の択一的主張Aについては、本件明細書の上記記載に照らして採用できない。)。
そしてまた、前記1(1)オからすると、公知技術において「やく」の意義も必ずしも一定しておらず、「やく」の技術的意義から上記の点を明らかにすることもできない。
さらに、前記1(1)エのとおり、公知技術においては、エチレンガスを投入してから15ないし25時間(又は20ないし30時間)後に室を換気するものとされているにとどまるから、室の温度を下げて換気をする時期を決定するのに、クライマクテリック・オンセットの状態を検出した時点を基準とすることも、
またクライマクテリック・マキシマムの状態を検出した時点を基準とすることも、
いずれも技術的には不合理とはいえない。
このように、本件明細書の記載や公知技術に照らすと、本件発明における「醗酵開始温度T3」は二様に解することができるものであるが、特許発明技術的範囲は、第一次的には明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきものであること(特許法70条1項)からすると、同記載における「醗酵開始温度」という文言に沿うべく、「醗酵開始温度T3」は、バナナの追熟過程におけるクライマクテリック・オンセットの状態になった時点に相当する温度として設定されるものと解するのが相当である。
(3)被告方法の構成要件C充足性についてア以上の検討からすると、構成要件Cの意義は、@バナナがクライマクテリック・オンセットの状態になった時点の果肉温度をターゲットとして予めT3という温度を設定しておき、A実際の追熟工程においてバナナの果肉温度が上昇してT3に達したことをコンピュータで検出し、Bそれを契機として、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに換気を行うという処理を自動実行することにより、エチレンガス注入後に室を開けて換気・降温する工程を自動制御するというものであると解される。
他方、被告方法の構成は(1)で述べたところであるが、甲20の1においては、「『やく』とは果肉温度が所定の温度(バナナの生化学反応のピークと考えられる温度)に到達する状態を指します。」とされている(21頁)ことからすれば、
被告方法では、「やく」発生温度とは、バナナの生化学反応のピークとなる時点の果肉温度として設定されるものであり、これを公知のバナナの追熟過程と対応させると、被告方法では、バナナがクライマクテリック・マキシマムの状態になった時点をターゲットとして設定された果肉温度X2を「やく」発生温度として検出の対象とする構成を採っているものといえる。
そうすると、被告方法の構成は、@’バナナがクライマクテリック・マキシマムの状態になった時点の果肉温度として予めX2という温度を設定しておき、A’実際の追熟工程においてバナナの果肉温度が上昇してX2に達したことをコンピュータで検出し、B’それを契機として、直ちにクーラーにより室温を低下させて換気するという処理を自動実行することにより、エチレンガス注入後に室を開けて換気する工程を自動制御するというものであると認められる。
そこで、改めて両者を対比すると、自動実行処理の契機となる検出対象をバナナの果肉温度とする点では共通しているが、Aバナナがどの状態になった時点の果肉温度を検出対象として設定するか(@Aと@’A’)、及びB検出対象を検出した際にどのような自動実行処理を行うか(BとB’)の点で相違しているといえる。
イ上記相違点Aについて、原告らは、被告方法も本件発明と同じくバナナの果肉温度を検出して室の換気時期を検出しているから、本件発明の特徴部分を利用していると主張する。
しかし、前記のとおり、本件発明では、バナナがクライマクテリック・オンセットの状態になった時点をターゲットとして果肉温度T3を設定するのに対し、被告方法では、バナナがクライマクテリック・マキシマムの状態になった時点をターゲットとして果肉温度X2を設定するという相違がある(なお、実際にも、
甲10では被告装置の「やく」発生設定温度は22℃と設定されているのに対し、本件発明の実施品の「やく」発生設定温度は19.6℃(甲21)、20.8℃(甲22)、20.7℃(甲23)と低く設定されている。)。そして、本件発明はバナナの追熟加工に関する自動制御方法の発明であり、自動制御技術を組み立てる際には、どのような因子に着目するかということばかりではなく、その因子がどのような状態になったことを検出して、どのような自動実行処理を行うのかという点も重要であり、これらの点は自動制御技術の良否を左右するものであって、同じく果肉温度を検出していても、検出ポイントが異なれば、それぞれに応じた自動実行処理内容が必要となり、ひいては自動制御の結果の良否に影響を及ぼすものであるから、その相違を看過することはできない。
もっとも、バナナの追熟過程において、クライマクテリック・オンセットの状態になってからクライマクテリック・マキシマムになるまでの経過時間や温度変化が確実に予測できるという事情があれば、クライマクテリック・マキシマムの状態をターゲットとして検出温度を設定することは、クライマクテリック・オンセットの状態をターゲットとして検出温度を設定することを単に時間的にずらせたにすぎず、制御結果の良否に影響を及ぼすことがないことは明らかであるから、自動制御方法としても実質的に差はないと解する余地もあるが、本件ではそのような事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、自動実行処理の契機となる果肉温度をどの時点をターゲットとして設定するかということは、バナナの追熟の自動制御方法を構成する本質的部分というべきであって、本件発明と被告方法とは、これらの重要な点において相違する以上、被告方法と本件発明とは、エチレン投入後の追熟自動制御の原理を異にするというべきである。
したがって、被告方法は、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始温度T3に達」したことを検知して、一定の自動実行処理を行うという構成要件を充足しない。
なお、原告らは、被告方法でも、バナナの果肉温度が本件発明の醗酵開始温度T3(クライマクテリック・オンセットの状態)に達した後、一定時間室温を維持し、果肉温度X2(クライマクテリック・マキシマムの状態)に達したところで加温を停止して室温を下げ、換気をしているから、構成要件Cを満たすと主張するが、この主張は、要するに、本件発明における醗酵開始温度T3が自動制御のための検出対象である点を捨象して、単なる追熟加工上の通過点であってもよいとの趣旨を述べるものであって、これまでに述べたところに照らして採用できない。
ウまた、仮に以上の検出ポイントの相違を捨象するとしても、設定温度を検出した後の自動処理の内容も、本件方法では一定時間室温を維持した後に加温を停止して室温を低下させるのに対し、被告方法では、直ちに室温を低下させる点で異なっている(前記相違点B)。
この点について、原告は、本件発明の構成要件Cの「一定時間室温を維持」するとは、「やく」の発生後に果肉温度を急激に下げるのを避ける趣旨であるところ、甲10によれば、被告方法では「やく」を検出すると室温を20.8℃から20.0℃にわずか0.8℃下げているにすぎないから、「一定時間室温を維持」しているといえると主張する。しかし、甲21ないし23によれば、本件発明の実施品においても、やく発生時の室温から一定時間経過後に加温を停止して室温を低下させる場合には、室温設定温度を1℃程度しか下げていないのであるから、バナナの追熟過程において室の温度設定を0.8℃下げることを室温を維持することと同視することはできない。
もっとも、被告方法においても、換気については果肉温度検出から一定時間を経過した後に行われていることは前記のとおりである。しかし、前記1からすると、バナナの追熟加工においては、換気と共に温度制御も重要な要素であるから、果肉温度検出後の降温処理が異なる以上、換気の方法が同一であるというだけで、被告方法は本件発明と同一であるとはいえない。
エなお、仮に「醗酵開始温度T3」の意義を、バナナがクライマクテリック・マキシマムの状態になった時点に相当する温度として設定されるものと解する(原告の択一的主張B)とすると、被告方法は、本件発明と同じ検出ポイントを設定することになるが、上記ウで述べたことからすれば、その場合であっても検出後の制御内容が異なるから、被告方法が本件発明と同一であるとはいえない。
オそして、前記1(4)エで判示したとおり、構成要件C、すなわち、果肉温度に着目し、果肉温度が醗酵開始温度T3であることを検出し、検出後一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるという自動実行処理を行う具体的な自動制御方法は、その自動制御の前提となる技術的知見も含めて公知技術には見られないものであって、本件発明特有の課題解決手段を基礎付け、本件発明に係る自動制御方法において中核をなす特徴的部分であるというべきである。
したがって、本件発明の具体的な自動制御方法とでは、検出後の制御内容が異なる被告方法は、本件発明の本質的部分において本件発明方法と構成が異なるものというべきであるから、本件発明と均等とはいえない(争点(2)イ(イ))。
カよって、被告方法は、本件発明の技術的範囲に属さない。
4以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 高松宏之
裁判官 安永武央