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関連審決 異議2001-73067
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10689審決取消請求事件 平成17行ケ10690審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10015審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10373審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10661特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10257審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  有用性 /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  特許出願日 /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  合理的な理由 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10280号 特許取消決定取消請求事件
平成 17年 (行ケ) 10285号 特許取消決定取消請求参加事件
原告 JFEミネラル株式会社(旧商号:川鉄鉱業株式会社)
参加人 JFEケミカル株式会社
原告及び参加人訴訟代理人弁理士 渡辺望稔,三和晴子,福島弘薫,高見憲,竹 本洋一 脱退原告 JFEスチール株式会社(旧商号:川崎製鉄株式会社)
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 酒井美知子,沼澤幸雄,一色由美子,林栄二,大橋信彦,井出英一 郎,柳和子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/06/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告及び参加人の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告及び参加人の負担とする。
事実及び理由
原告及び参加人(以下「原告ら」という。)の求めた裁判
「特許庁が異議2001-73067号事件について平成15年2月19日にした異議の決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
本件は,後記本件発明の特許権者である原告らが,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許(甲3) 特許権者:本件特許は,平成13年6月8日,特許権者を川崎製鉄株式会社及び川鉄鉱業株式会社として設定登録された。その後,川崎製鉄株式会社は,JFEスチール株式会社に商号が変更されたが,平成15年5月19日,参加人に対し同社の有する持ち分を譲渡し(自らは脱退した。),その旨の登録がなされた(丙2)。また,川鉄鉱業株式会社は,平成16年7月,商号変更によりJFEミネラル株式会社となった。
発明の名称:「積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉」 特許出願日:平成7年3月10日 設定登録日:平成13年6月8日 特許番号:第3197454号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2001-73067号 異議の決定日:平成15年2月19日 決定の結論:「特許第3197454号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成15年3月10日(川崎製鉄株式会社及び川鉄鉱業株式会社に対し) 2 本件発明の要旨(以下,請求項1及び2記載の発明をいう場合には「本件発明1及び2」又は単に「本件発明」といい,各請求項記載の発明を個別にいう場合には,請求項の番号に対応して「本件発明1」などという。)【請求項1】平均粒径が0.1〜1.0μmで,かつタップ密度が(2)式(以下「(2)式」という。)で表される条件を満足し,さらに粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上であることを特徴とする積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉。 タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.8・・・(2)式 【請求項2】塩化ニッケル蒸気の気相水素還元方法によって製造されたことを特徴とする請求項1記載の積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉。
3 決定の要旨 決定は,本件発明1及び2は,刊行物2(特開平4-365806号公報,本訴甲5)に記載された発明であるから特許法29条1項(平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項。以下同様。)に違反するとともに,本件明細書の詳細な説明は実施可能要件を充足していないのであるから,特許法36条4項(平成6年法律第116号附則6条2項の規定により「なお従前の例による」ものとされる同法による改正前の特許法36条4項。以下同様。)にも違反するとした。 (1) 特許法29条1項の規定違反について ア 刊行物2の記載 「塩化ニッケル蒸気と水素との化学反応によりニッケル微粉を製造する方法において,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させることを特徴とする球状ニッケル超微粉の製造方法。」(特許請求の範囲) 「【0002】【従来の技術】粒度分布が狭く,平均粒径が0.1〜数μmの範囲にあり,粒子が球状の金属超微粉は,ペースト性状が良好でかつ電子回路の導体形成に用いたとき,導体部の微細パターン化あるいは薄層化が可能であることから,近年このような粉末がますます要望されている。 【0003】例えば,積層セラミックスコンデンサーは,セラミックス誘電体と内部電極とを交互に層状に重ねて圧着し,これを焼成して一体化させて作られるが,・・・」(1欄12〜20行) 「【0005】ところで,内部電極の厚みは,用いるペースト中のフィラーの粒径に制限される。すなわち,粒径より薄くすることはできない。したがって,粒径の小さなフィラー粉末を使用すればよいが,平均粒径が1μmより小さな粉末でも,内部電極ペースト印刷時のフィラーの充填が十分でなく密度が低いため・・・また,焼成時にデラミネーションが発生することが多かった。」(1欄33〜40行) 「【0011】【発明が解決しようとする課題】上述したような従来技術に鑑みて,本発明は,平均粒径が0.1〜数μmの範囲にある球状のニッケル超微粉の安価な製造方法を提供することを目的とするものである。」(2欄29〜32行), 「【0018】反応温度の上限はニッケルの融点1453℃(1726K)以下に限定される。これは融点以上では,生成粒子が液滴で存在するため,異常に巨大に成長した粒子が発生することがあり,粒度分布が広がり,また反応器の壁への付着が増大するからである。また蒸発部での塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)の上限は,0.3に限定される。濃度が0.3超では,粒径が粗大化し,所望の粒径が得られない。また,粗大化すると晶癖が発生しやすくなる。 【0019】また塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)の下限は,0.05に限定される。濃度が0.05未満では,粒成長が遅く,晶癖が発生しやすくなる。」(3欄34〜45行) 「【0020】【実施例】実施例1 図1に示すような反応器1を用い,蒸発部2の石英ボート3に原料の塩化ニッケルを10g入れ,2l/分のアルゴンガス4中に濃度(分圧)が5.0×10ー2になるよう蒸発させた。この原料混合ガスを1030℃(絶対温度でニッケル融点の0.755倍)に設定した反応部5へ輸送し,反応中央ノズル6から1l/分の割合で供給される水素と接触・混合させ反応を起こさせた。反応部の温度を石英管で保護された熱電対8によって測定したところ1065℃(同0.775倍)まで上昇した。」(3欄47行〜4欄8行) 「【0023】実施例4 実施例1において,蒸発温度を1000℃(絶対温度でニッケル融点の0.74倍),濃度(分圧)を8.5×10ー2とした以外は同じ条件でニッケル粉を製造した。熱電対8によって測定したところ1053℃(同0.77倍)まで上昇した。発生したニッケル粉の比表面積は2.9m2/gであり,電子顕微鏡観察によれば,平均粒径0.23μmの球状粉であった。」(4欄31〜38行) イ 本件発明と刊行物2に記載された発明との対比 決定は,本件発明1及び2と刊行物2に記載された発明とを対比して,一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
(ア) 一致点 「本件請求項1及び2に係る発明と刊行物2に記載された発明とを対比すると,両者は,「平均粒径が0.1〜1.0μmである積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉。」である点で一致し,「塩化ニッケル蒸気の気相還元方法によって製造された」点でも一致する」 (イ) 相違点 「本件請求項1及び2に係る発明が,「タップ密度が上記(2)式で表される条件を満足し,さらに粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上である」のに対して,刊行物2には,タップ密度,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径が示されていない点で相違する。」 ウ 相違点についての判断 「上記相違点について検討するに当たり,本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉の製造条件と刊行物2に記載された発明のニッケル超微粉の製造条件とを対比・検討する。 本件特許明細書(判決注:本訴甲3。以下,決定の引用部分も含め,「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には,「上記特徴を持つニッケル粉を効率よく製造するために,反応器を用いて塩化ニッケル蒸気と水素を化学反応させる方法が適している。具体的には,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる。」(5欄22〜27行)と記載されており,一方,刊行物2にも,「塩化ニッケル蒸気と水素との化学反応によりニッケル微粉を製造する方法において,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させることを特徴とする球状ニッケル超微粉の製造方法。」(特許請求の範囲)と記載されているから,両者の基本的な製造条件は一致している。 そして,本件明細書の実施例1においては,塩化ニッケル蒸気濃度8.0×10ー2(0.08),温度1050℃の条件で反応させて,比表面積が2.7m2/g,平均粒径が0.25μm,粒度分布の幾何標準偏差が1.4,平均結晶子径が0.2μm,タップ密度が2.5g/cm3のニッケル超微粉を得ており,反応させる際に,「10リットル/分のアルゴンガス」,「反応部5の中央ノズル6から下向きに5リットル/分の割合で供給される水素7」という条件を採用している。 一方,刊行物2の実施例4においては,塩化ニッケル蒸気濃度8.5×10ー2(0.085),温度1053℃の条件で反応させて,比表面積が2.9m2/g,平均粒径が0.23μmのニッケル超微粉を得ており,反応させる際に,「2l/分のアルゴンガス」,「反応中央ノズル6から1l/分の割合で供給される水素」という条件を採用している。 本件明細書の実施例1及び刊行物2の実施例4とを対比すると,塩化ニッケル蒸気濃度,反応温度は,ほぼ同一であり,比表面積,平均粒径もほぼ同程度であるから,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径,タップ密度もほぼ同程度のものが得られているものと認められる。
そこで,刊行物2の実施例4で得られたニッケル超微粉について,本件請求項1に記載された(2)式の右辺を計算すると,-2.5×(0.23)2+7.0×(0.23)+0.8=-0.13+1.61+0.8=2.28となり,これが,本件明細書の実施例1で得られたものと同程度のタップ密度であるとすれば,2.5g/cm3程度であるから,本件請求項1に記載された(2)式を満たしているといえる。
また,刊行物2の実施例4で得られたニッケル超微粉は,平均粒径が0.23μmであり,本件明細書の実施例1で得られたニッケル超微粉(平均粒径0.25μm)よりも平均粒径が若干小さく,タップ密度も若干小さくなっていることが予測されるところ(本件明細書の実施例2は,塩化ニッケル蒸気濃度1.0×10ー1,反応温度1070℃,実施例4は,塩化ニッケル蒸気濃度1.2×10ー1,反応温度1020℃であり,得られたニッケル超微粉は,それぞれ,比表面積が,1.7m2/g,1.5m2/g,平均粒径が,0.4μm,0.45μm,タップ密度が,3.7g/cm3,4.0g/cm3でほぼ同程度であるが,平均粒径が大きくなると,それに比例してタップ密度も大きくなることが示されている。),刊行物2の実施例4で得られたニッケル超微粉のタップ密度が,平均粒径に比例して,本件明細書の実施例1における2.5g/cm3よりも小さくなっていると仮定した場合には,2.3g/cm3となるが,その場合でも,本件請求項1に記載された(2)式を満たしている。 なお,上記両実施例においてはアルゴンガス及び水素の流量が相違し,刊行物2には水素を下向きに供給することが示されていないが,上記審尋において指摘したとおり,本件明細書に記載された比較例1,2では,アルゴンガス,水素の流量条件(10リットル/分のアルゴンガス,5リットル/分の水素)及び水素を下向きに供給することは実施例1と同じであり,かつ,塩化ニッケル蒸気濃度は,それぞれ2.2×10ー1(0.22),1.4×10ー1(0.14),反応温度は1110℃,1170℃であり,いずれも上記ニッケル超微粉の基本的な製造条件を満たしているにもかかわらず,いずれも,タップ密度は(1)式(以下「(1)式」という。)を満たしているが,(2)式を満たしていない,すなわち,本件請求項1,2に係る発明の条件を満たしていないものとなっているから,タップ密度が(2)式を満たすニッケル超微粉を得るために,「10リットル/分のアルゴンガス」,「反応部5の中央ノズル6から下向きに5リットル/分の割合で供給される水素7」という条件は本質的なものではなく(比較例1,2において,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度を変更せずにタップ密度が(2)式を満たすニッケル超微粉を得るためには,アルゴンガス及び水素の流量,水素の供給方法を変更する必要がある。),刊行物2に記載された実施例4のニッケル超微粉は,アルゴンガス及び水素の流量,水素の供給方法が相違することでタップ密度が(2)式を満たさないとはいえない。 また,取消理由で引用した刊行物1(「第3回新素材交流会議講演集」,平成6年7月,日本鉱業協会発行,特許異議申立人 Zが提出した甲第1号証)(判決注:本訴甲6)には,CVD法(塩化ニッケル蒸気と水素を化学反応させる方法)によるニッケル超微粉の一般的な特徴として,「粒度分布の幾何標準偏差が1.3〜1.5であり,平均粒径は0.1〜0.5μmの範囲で任意にコントロールできる」こと,「平均結晶子径は0.1μm以上であり,単結晶あるいは内部に双晶を含む高結晶性の粒子である」ことが記載されており(10頁1〜17行),さらに,本件明細書の実施例においても,塩化ニッケル蒸気濃度5.0×10ー2〜2.0×10ー1,反応温度1010〜1070℃の範囲で,得られたニッケル超微粉の粒度分布の幾何標準偏差は1.4〜1.6,平均結晶子径は0.1〜0.2μmであり,ほとんど差異はなく,刊行物2の実施例4で得られたニッケル超微粉も,この範囲を大きく外れることはあり得ないから,粒度分布の幾何標準偏差は2.0以下,かつ平均結晶子径は平均粒径の0.2倍以上であると認められる。 以上のとおり,刊行物2に記載された発明のニッケル超微粉は,本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉と同一の条件で製造されたものを含み,タップ密度,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径が本件請求項1,2に係る発明と重複するものと認められるから,両者は,上記の点で実質的に相違するとはいえない。
したがって,本件請求項1及び2に係る発明は,刊行物2に記載された発明である。」 (2) 特許法36条4項の規定違反について 「 1) 本件請求項1及び2に係る発明 ・・・ 本件特許の出願時の請求項1に係る発明は, 「【請求項1】平均粒径が0.1〜1.0μmで,かつタップ密度が(1)式で表される条件を満足する積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉。 タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.6・・・(1)式」であったのに対して,原審で拒絶理由を回避するため,補正により,上記(1)式を上記(2)式に限定すると共に,「粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上である」という要件を付加して,本件請求項1としたものであるが,この限定に対応して,タップ密度が「(1)式を満たしているが,(2)式を満たしていない」出願時明細書における実施例7及び実施例8を,比較例1及び比較例2としたものである。 そして,本件明細書には,「(1)式を満足する領域ではクラック,デラミネーション発生率が10%以下である。また,タップ密度が(2)式を満たすのが好ましく,この場合のクラック,デラミネーション発生率は5%以下となっている。」(段落【0011】),「粒度分布の幾何標準偏差が2.0を超えると粗大な粒子が混入するので,膜厚が不均一となってクラックの原因となり好ましくない。結晶子径は結晶性を意味し,粒子の焼結の難易と関係する。すなわち,結晶子径が小さいほど粒子は焼結しやすく,積層セラミックスコンデンサーの焼成時,結晶子径が小さいニッケル粉を電極層として用いた場合,ニッケル層が過焼結により収縮してしまうのである。発明者らは,許容結晶子径を求めるべく実験を繰り返した結果,平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲で粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上であれば,焼成時にデラミネーションやクラックが発生しないことを見い出した。」(段落【0012】)と記載されている。 すると,補正による上記請求項1の限定は,積層セラミックコンデンサー焼成時におけるクラック,デラミネーション発生率をより少なくする目的で行われたことは明らかであり,タップ密度が「(2)式を満たしている」ニッケル超微粉のみを実施例とし,タップ密度が「(1)式を満たしているが,(2)式を満たしていない」ニッケル超微粉を実施例から外して比較例1及び2としたのは,この目的に沿うものであるから,特許権者の主張するように本来本件特許発明の趣旨を逸脱したものとはいえない。 以上のとおりであるから,本件請求項1及び2に係る発明は,積層セラミックコンデンサー焼成時におけるクラック,デラミネーション発生率をより少なくするために,ニッケル超微粉のタップ密度が満たすべき条件を,「タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.6・・・(1)式」から「タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.8・・・(2)式」に限定した点にこそその眼目があるということができる。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,タップ密度が「(2)式を満たしている」本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉の製造条件が,タップ密度が「(1)式を満たしているが,(2)式を満たしていない」ニッケル超微粉の製造条件と区別して当業者が容易に実施をすることができる程度に記載されていなければならないといえる。 2) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載 ・・・本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉の基本的な製造条件として,本件明細書の発明の詳細な説明には,「上記特徴を持つニッケル粉を効率よく製造するために,反応器を用いて塩化ニッケル蒸気と水素を化学反応させる方法が適している。具体的には,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる。」(5欄22〜27行)と記載されている。 そして,本件明細書に記載された実施例においては,この塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度の範囲に含まれる数値を採用し,すなわち,実施例1においては,塩化ニッケル蒸気濃度8.0×10ー2(0.08),反応温度1050℃,実施例2においては,塩化ニッケル蒸気濃度1.0×10ー1(0.1),反応温度1070℃,実施例3においては,塩化ニッケル蒸気濃度2.0×10ー1(0.2),反応温度1010℃,実施例4においては,塩化ニッケル蒸気濃度1.2×10ー1(0.12),反応温度1020℃,実施例5においては,塩化ニッケル蒸気濃度5.0×10ー2(0.05),反応温度1015℃を採用し,それぞれ,平均粒径が,0.25μm,0.4μm,0.6μm,0.45μm,0.15μmで0.1〜1.0μmの範囲内にあり,粒度分布の幾何標準偏差が,1.4,1.5,1.5,1.6,(実施例5は不明)で2.0以下であり,平均結晶子径が,0.2μm,0.2μm,0.2μm,0.15μm,0.1μmで平均粒径の0.2倍以上であり,いずれもタップ密度が(2)式を満たしているニッケル超微粉を得ている。 これに対して,比較例3においては,塩化ニッケル蒸気濃度は5.0×10ー2(0.05)であるが,反応温度が950℃で上記の範囲外であるため,得られるニッケル超微粉は,平均粒径は0.15μmであるが,タップ密度が(1)式を満たしていない(より厳しい条件である本件請求項1及び2に係る発明の(2)式も満たしていない)というものである。また,比較例4においては,反応温度は1110℃であるが,塩化ニッケル蒸気濃度が4.0×10ー2(0.04)で上記の範囲外であるため,得られるニッケル超微粉は,タップ密度は(1)式を満たしているが,平均粒径は1.1μmで本件請求項1及び2に係る発明の範囲内にないというものである。 したがって,実施例1〜5,比較例3〜4から,本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉を得るためには,「塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる」ことが必要であることはわかる。 一方,上記審尋において指摘したとおり,比較例1,2では,アルゴンガス,水素の流量条件(10リットル/分のアルゴンガス,5リットル/分の水素)及び水素を下向きに供給することは実施例1と同じであり,かつ,塩化ニッケル蒸気濃度は,それぞれ2.2×10ー1(0.22),1.4×10ー1(0.14),反応温度は1110℃,1170℃であり,いずれも上記のニッケル超微粉の基本的な製造条件を満たしているにもかかわらず,いずれも,タップ密度は(1)式を満たしているが,(2)式を満たしていない,すなわち,本件請求項1及び2に係る発明の条件を満たしていないものとなっている。 3) 本件明細書の記載に基づいて実施することの容易性 ・・・特許権者は,平成11年8月30日付けの意見書中でアルゴンガス及び水素の流量は生成する金属ニッケル粉の物性に大きな影響を及ぼす旨を主張しているのであるから,かかる主張を前提とすれば,本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉を実施するためには,アルゴンガス及び水素の流量をどのように設定すればよいのかが明確でなければならないが,本件明細書の発明の詳細な説明中には,実施例に記載されているアルゴンガスが10リットル/分であり水素が5リットル/分である条件以外の条件についてはどのように設定すればよいのか何ら記載されていない。 例えば,上記比較例1,2において,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度を変更しないで,タップ密度が(2)式を満たすようにするには,アルゴンガス及び水素の流量を変更する必要があるが,どのように変更すればよいのか示されていない。 この点に関し,特許権者は,原審において平成13年4月23日に提出した意見書中で,引用文献1(「第3回新素材交流会議講演集」,平成6年7月,日本鉱業協会発行,取消理由通知の刊行物1に同じ)の図4に生成ニッケル超微粉粒径のキャリアガス流量依存性が示されており,かつその9頁8〜9行に「キャリアガス流量を変えることにより平均粒径を0.1〜0.5μmの範囲で任意にコントロールすることが可能である。」と記載されていることからみて,キャリアガス(アルゴンガス)及び水素の流量がニッケル超微粉の粉体特性に影響を及ぼすことは本件特許の出願時の技術常識であり,当業者に期待し得る程度以下の試行錯誤を行うだけで,本件請求項1及び2に係る発明を実施することができる旨の主張をしている。 しかしながら,引用文献1の図4には,キャリアガス(アルゴンガス)流量が1l/minから4l/minまで増えるにしたがって,平均粒径が約0.45μmから約0.2μmまで減少することが示されているだけで,本件明細書の実施例のようにアルゴンガス流量が10l/min程度と大きい場合に平均粒径にどのような影響を及ぼすのかは明らかでなく(・・・本件明細書の実施例1においては,塩化ニッケル蒸気濃度8.0×10ー2,温度1050℃,アルゴンガス流量10l/min,水素流量5l/minという条件で反応させて,平均粒径が0.25μmのニッケル超微粉を得ており,一方,刊行物2の実施例4においては,塩化ニッケル蒸気濃度8.5×10ー2,温度1053℃,アルゴンガス流量2l/分,水素流量1l/分という条件で反応させて,平均粒径が0.23μmのニッケル超微粉を得ており,両者の塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度は,ほぼ同一であるから,引用文献1の図4に示された傾向が,キャリアガス(アルゴンガス)流量が大きい範囲についても当てはまるとすれば,本件明細書の実施例1のニッケル超微粉は,刊行物2の実施例4のものより平均粒径がかなり小さくなるはずであるが,同程度の平均粒径であり,アルゴンガス流量の影響は不明である。),また,アルゴンガス流量がタップ密度にどのような影響を及ぼすのかは示されていないから,この引用文献1の記載によっても,得られるニッケル超微粉のタップ密度が(2)式を満たすようにするために,アルゴンガス及び水素の流量をどのような範囲に設定すればよいのかは明らかでない。 以上のとおりであるから,「タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.8・・・(2)式」を満たしている本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉を,タップ密度が「(1)式を満たしているが,(2)式を満たしていない」ニッケル超微粉と区別して製造するためには,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる」,「10リットル/分のアルゴンガス」,「反応部5の中央ノズル6から下向きに5リットル/分の割合で供給される水素7」といった条件では足りず,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度を上記範囲内でさらに特定の条件とする必要があり,また,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度だけでなくアルゴンガス及び水素の流量を特定の範囲に設定する必要があると認められるが,本件明細書の発明の詳細な説明には,これらの製造条件については記載されていない。 したがって,当業者が,本件明細書の実施例1〜5に示された以外の条件で本件請求項1及び2に係る発明を実施しようとした場合,タップ密度が(2)式を満たしているニッケル超微粉を製造できるかどうかも不明のまま,塩化ニッケル蒸気濃度,反応温度,アルゴンガス及び水素の流量を変更して不相当に多くの試行錯誤をしなければならないことになるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が本件請求項1及び2に係る発明を容易に実施し得るとはいえない。 4) 本件特許の出願時の公知技術との関係 上記審尋において引用した刊行物2(特開平4-365806号公報)には,「塩化ニッケル蒸気と水素との化学反応によりニッケル微粉を製造する方法において,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させることを特徴とする球状ニッケル超微粉の製造方法。」(特許請求の範囲)が記載されており,そして,上記範囲内の塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度を採用することにより,平均粒径0.18〜0.8μmのニッケル超微粉が得られることが実施例として示されている。 また,同じく引用した1991年(平成3年)12月18日に公開された刊行物3(欧州特許出願公開第461866号公報)にも,同様の記載がある。 してみると,本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉の製造条件と刊行物2及び3に記載されたニッケル超微粉の製造条件とは,「塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる」点で一致し,この条件を採用することにより,平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲内にあるニッケル超微粉を得る点でも一致するから,刊行物2及び3に記載された発明においても,「タップ密度が(2)式で表される条件を満足し,さらに粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上である」本件請求項1及び2に係る発明と同一のニッケル超微粉が得られている蓋然性が極めて大きいといい得る。 そうである以上,本件明細書の発明の詳細な説明において記載不備が問題となるのは,公知技術である刊行物2及び3に記載されたニッケル超微粉の製造条件と区別するための具体的な製造条件であり,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度を上記の範囲でどのようなさらに限定された条件とするのか,アルゴンガス及び水素の流量をどのような範囲に設定するのかなどであるが,3)で述べたとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,これらの条件は記載されていない。 5) まとめ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,「塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3 とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる」こと,この化学反応において,「10リットル/分のアルゴンガス」,「反応部5の中央ノズル6から下向きに5リットル/分の割合で供給される水素7」を用いることが記載されているが,「タップ密度が(2)式で表される条件を満足し,さらに粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上である」ニッケル超微粉を得るために必要な,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度の範囲並びにアルゴンガス及び水素の流量の範囲については記載がなく,当業者が,上記発明の詳細な説明の記載に従って製造しようとしても,製造できるかどうかも不明のまま不相当に多くの試行錯誤をしなければならないことになるから,当業者が,「タップ密度が(2)式で表される条件を満足し,さらに粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上である」ニッケル超微粉を容易に製造することができるとすることはできず,このような発明の詳細な説明の記載について,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度」に記載されているということはできない。」 (3) 結論 決定は,以下のとおり,結論付けた。
「したがって,本件請求項1及び2に係る発明の特許は,特許法29条1項の規定に違反してされたものであるから,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。
また,本件請求項1及び2に係る発明の特許は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法113条4号に該当し,取り消されるべきものである。」
原告らの主張の要点
決定は,本件発明が,刊行物2に記載された発明であるから特許法29条1項の規定に違反し,また,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないものであるから,取り消されるべきであると判断したが,この判断は,いずれも誤りであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り) (1) 一般に,粉体の製造では,特定の粉体特性の粉体のみを100%製造することは不可能で,ある条件の分布幅を持つ粉体群として製造される。本件発明は,このような幅を持った粉体特性のうち,@平均粒径が0.1〜1.0μm,A粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,B平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上であるニッケル超微粉が,前記(2)式の関係を満たせば,積層セラミックコンデンサー製造工程におけるクラックや剥離の発生しにくい積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉として有用であることを見出した発明であり,新規な物質の発明ではない。本件請求項1に記載された粉体特性,とりわけタップ密度と平均粒径との関係は,積層セラミックコンデンサーを製造する工程でクラックや剥離が発生しにくいニッケル超微粉を選択するための指標とでもいうべきものである。
他方,刊行物2には,タップ密度と平均粒径との関係が(2)式を満足するとの記載はなく,積層セラミックコンデンサー製造工程でクラック,デラミネーションが5%以下であるという効果を持つ,積層セラミックコンデンサー用に特に適した構造を有しているニッケル超微粉についての記載もない。刊行物2の実施例4に記載された製造条件が,本件発明の実施例の製造条件の範囲内であるとしても,刊行物2の実施例4記載の製造方法に従って製造されたニッケル微粉が,積層セラミックコンデンサー製造工程でクラックや剥離が発生しにくいという効果を持つ積層セラミックコンデンサー用に特に適した構造を有しているとは限らない。
(2) 決定は,本件明細書の実施例1と刊行物2の実施例4とを対比し,種々の仮定をした上で,刊行物2の実施例4で得られたニッケル微粉は,本件請求項1に記載された(2)式を満たしていると結論している。しかしながら,決定が行った仮定は,本件特許発明の結果から演繹して思いついた後知恵であり,合理的な根拠に基づくものではない。仮に,これらの仮定が正しいとしても,刊行物2に記載された製造方法でつくられたニッケル超微粉の一部が本件請求項1記載の粉体特性を満たす可能性があることを示すにすぎない。
(3) 原告らは,刊行物2記載の方法により製造されたニッケル超微粉が本件請求項1に係るニッケル超微粉とは異なることを示すために追試実験を行った。この追試実験は,刊行物2の実施例1及び4,本件発明の実施例1,本件発明の図1の×点,△点,○点の6種類の追試実験をして,得られたニッケル超微粉の平均粒径,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径,タップ密度を測定し,本件発明の(2)式の値を計算したものである。すると,刊行物2の実施例4の条件に従って製造したとしても,本件請求項1記載のすべての特性を満たす範囲のものが製造できるとは限らないとの結果を得た(甲7の表2)。
被告は,甲7の実験報告書について,客観性や信憑性に欠けると主張する。しかしながら,上記追試実験は,刊行物2記載の発明及び本件発明の出願当時の事情を考慮して実験条件を定めたものである。すなわち,刊行物2記載の発明については,当該発明の当時使用した装置に近い装置を用いるために,直径50mmの石英管を反応管とし,反応管の反応部の長さ/直径(以下「装置L/D」という。)の数値を「6」としたものである。他方,本件発明については,その出願当時入手できた石英管の管径(直径65mm)を採用し,さらにその当時には反応部の長さを長くして一定の特性を持ったニッケル超微粉をまとまった量製造する必要があったことを考慮し,装置L/Dの数値を「13.7」としたものである。このように,甲7の実験報告書のデータの装置L/Dの条件設定は合理的なものであり,刊行物2の実施例で得られた物と本件発明の物が同一物ではなく,その有用性が異なることを説明ないしは証明するために最もわかりやすい条件として現時点で設定したものにすぎない。
(4) 以上によれば,決定が「本件明細書の実施例1及び刊行物2の実施例4とを対比すると,塩化ニッケル蒸気濃度,反応時間はほぼ同一であり,比表面積,平均粒径もほぼ同程度であるから,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径,タップ密度もほぼ同程度のものが得られているものと認められる。」とした上で,本件発明1及び2には新規性がないと判断したことは誤りである。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り) (1) 前記のとおり,本件発明は新規な物の発明ではなく,有用性の高い用途を持つニッケル微粉を選択する指標を与えるものである。このような指標が提示されれば,当業者は,通常の試行錯誤の範囲内で,本件明細書に記載された製造方法内において,特定の製造装置ごとに細部の技術的条件を変化させ,その結果得られた粉体の特性と指標とを比較しながら,適した製造条件を決定することができる。また,得られた粉体群から特定の指標に基づいて分級して所定の条件を持つ粉体を選択してもよい。
この点,決定は,タップ密度が平均粒径の二次関数で定義されていることから,製造条件の設定が困難であるとする。しかしながら,工業的な技術の研究において特性間の関係式を見出すには,各特性ごとに指数関数で表す一般式を仮定し,実験結果からその指数の値や他の必要な定数を決定する方法が最も一般的であり,その結果が二次関数で表されるからといって製造条件の設定が至難であるとはいえない。
(2) 本件明細書に記載されている実施例1ないし5と比較例1ないし4とを対比すると,本件請求項1を満たすニッケル超微粉は,塩化ニッケル蒸気濃度0.05〜0.2の範囲で,反応温度1010℃〜1070℃の範囲で好適に製造できることが理解できる。被告は,比較例1及び2は,いずれも本件明細書に記載された塩化ニッケル蒸気濃度0.05〜0.3,反応温度1004℃〜1453℃の範囲内にあるにもかかわらず,(2)式を満足していないなどと主張するが,当業者であれば,実施例に記載された範囲内である塩化ニッケル蒸気濃度0.05〜0.2及び反応温度1010℃〜1070℃の製造条件のもとで,請求項1に記載されたニッケル超微粉が好適に製造されることを直ちに理解できるというべきである。
(3) 仮に,被告の主張するとおり,本件請求項1記載の粉体特性を持つ粉体群を高収率で製造する方法が特定されていないとしても,本件請求項1に記載された条件が明確である以上,本件明細書の記載に従って製造された粉体特性が請求項1の範囲内であるか範囲外であるかは本件明細書の記載に従って各特性を測定することにより明快に判別し得るのである。したがって,本件明細書の記載が実施可能要件を満たしていないとの被告の主張は失当である。
(4) 決定は,「本件明細書の発明の詳細な説明には,タップ密度が「(2)式を満たしている」本件請求項1及び2に係る発明のニッケル超微粉の製造条件が,タップ密度が「(1)式を満たしているが,(2)式を満たしていない」ニッケル超微粉の製造条件と区別して当業者が容易に実施をすることができる程度に記載されていなければならないといえる。」(決定書11頁25〜29行)とする。しかしながら,(1)式と(2)式の差は出願時明細書に記載されるように,本発明のニッケル超微粉を用いて積層セラミックコンデンサーを製造する際にクラック,デラミネーション発生率が10%以下であるか,5%以下であるかの差である。このような粉体群の製造に際して両方を区別して製造できる画期的な製造方法があれば,製造方法の発明として特許されるべきものであり,ニッケル超微粉の用途又は評価の指標の発明である本件発明において両者を区別する製造方法の記載を求めるのは誤りである。
(5) 決定は,一方で刊行物2に記載されたニッケル超微粉は本件発明に係るニッケル超微粉と同一の製造方法で製造された物を含むとして,本件明細書記載の方法により請求項1に係るニッケル超微粉を製造することができることを前提としながら,他方で本件明細書の詳細な説明には,当業者が本件特許を容易に製造できる程度にその具体的な製造方法が記載されているとはいえないとしているが,この説示は相互に矛盾している。
(6) さらに,決定は「刊行物2及び3に記載された発明においても,・・・本件請求項1及び2に係る発明と同一のニッケル超微粉が得られている蓋然性が極めて大きいといい得る」とした上で,「そうである以上,本件明細書の発明の詳細な説明において記載不備が問題となるのは,公知技術である刊行物2及び3に記載されたニッケル超微粉の製造条件と区別するための具体的な製造条件であり,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度を上記の範囲でどのようにさらに限定された条件とするのか,アルゴンガス及び水素の流量をどのような範囲に設定するのかなどであるが,3)で述べたとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,これらの条件は記載されていない。」としている(決定書14頁下から4行〜15頁8行)。しかし,「本件請求項1及び2に係る発明と同一のニッケル超微粉が得られている蓋然性が極めて大きい」という決定の前提が誤っていることは前記のとおりである。
(7) 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項の要件に違反するという決定の判断は誤りであり,取り消されるべきである。
被告の主張の要点
本件発明1及び2が特許法29条1項及び36条4項に違反するとした決定の認定判断に誤りはなく,原告らの取消事由は理由がない。
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)に対して 原告らは,刊行物2の実施例4について追試実験を行ったところ,甲7の実験報告書に示すとおり,同実施例のニッケル超微粉は,本件発明のタップ密度に係る(2)式の関係を満足しないことが明らかになったから,本件発明が刊行物2に記載された発明であるとした決定の判断は誤りである旨主張している。
そこで,上記実験報告書を検討すると,本件特許公報の図1の×点,△点及び○点に関する追試実験,刊行物2の実施例1及び4の追試実験のデータを対比すると,図1に関する追試実験の場合には装置L/D以外の条件を同一にして実験が行われ(装置L/Dの数値は,×点が6,△点が8.9,○点が13.7),○点だけがタップ密度の(2)式を満たしている。これに対し,刊行物2の実施例の場合は,装置L/Dの数値を「6」と設定して実験を行い,タップ密度に関する(2)式を満たさなかったとされている。このような実験結果に照らすと,装置L/Dの数値がタップ密度の特性に関与していることは明らかであるが,刊行物2の実施例について設定された「6」という装置L/Dの数値は,刊行物2の発明者の装置に近いと実験者が考えた装置から算出された客観性に欠ける数値であり,本件発明の実施例について設定された「13.7」という数値も本件明細書に記載のない根拠のない数値である。本件特許公報の図1に関する実験において,L/Dの数値が「6」の場合に(2)式を満たさず,「13.7」の場合に(2)式を満たしていることを考慮すると,実験者は刊行物2の実施例について(2)式を充足しない数値をあえて採用したと考えられなくもない。
そうすると,原告らが提出した実験報告書は,それ自体が客観性や信憑性に欠けるものであり,しかも,本件明細書及び刊行物2の記載に基づかないものであるから,このような実験報告書のデータによって決定の新規性に関する判断が否定されるものではない。
したがって,原告らの主張は根拠を欠くものである。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)に対して (1) 金属粉は,積層セラミックコンデンサー用のほかに,一般的な粉末冶金の原料粉として広く使用されているが,その金属粉の代表的な特性は,粒径(粒度),粒度分布,粒形(球状,鱗片状,針状等),見掛密度,タップ密度,流動度,圧縮性及び焼結性等である(乙1)。また,このような金属粉の特性は,製法ごとに異なるものであり,中でも粒形,粒径,粒度分布,見掛密度,タップ密度,流動度等は,その製造法の違いにより著しく異なることから,金属粉をその種類や特性によって分類する際に,製造法の名称をとり,例えばアトマイズ粉,還元粉,電解粉等と分類されることも周知の事項である。
また,金属粉の特性は,個々の金属粉の特性を示しているわけではなく,粉体の集合体(粉体群)としての特性を意味する。このような粉体群の金属粉は,工場において大量生産されるので,前記諸特性は製法によって一義的に決定されることになる。したがって,金属粉の諸特性は,その製法と切り離すことができない密接不可分な関係にあることは周知であり,ある特性を有する金属粉を大量に得ようとする場合には,その特性に適した製造法を選択し,製造条件を綿密に設定しなければならないのが実情である。
(2) 本件発明に係るニッケル超微粉も,一般的な金属粉の特性を表す粒径,粒度分布,平均結晶子径及びタップ密度に関するものであるから,このニッケル超微粉の製造法と密接不可分な関係にある。とりわけ,本件発明に係るニッケル超微粉は,その平均粒径が0.1〜1.0μmと極めて微細なものであり,通常の製法により得ることは困難である。本件明細書によれば,従来の湿式法では本件発明に係るニッケル超微粉を得られないために,塩化ニッケルの気相水素還元法が採用されたというのであり,本件発明に係るニッケル超微粉と塩化ニッケルの気相水素還元法は密接不可分の関係にある。しかも,上記製造方法を採用しても,その設定条件によっては本件請求項1記載の特性を満たさないことがあるというのであるから,具体的な製造条件の設定が重要であるところ,本件発明のタップ密度は平均粒径の二次関数で定義されるものであるから,その製造条件の具体的な設定についてまで明らかにされなければ,当業者といえども本件請求項1の条件を備えたニッケル超微粉を容易に製造することはできない。本件発明のように「物」の発明であっても,その物を当業者が容易に製造することができない場合には,社会における産業の発達に寄与する程度に発明を公開したことにならないというべきである(東京高裁平成14年2月7日判決,平成12年(行ケ)第120号最高裁HP参照)。
(3) 本件明細書記載にかかる実施例1ないし5と比較例1ないし4を比較すると,実施例1ないし5と比較例1及び2とは,塩化ニッケルの気相水素還元法の製造条件が本件明細書の段落【0013】に具体的に開示された範囲内において設定されている点で共通しているが,その結果を対比すると,実施例1ないし5に係るニッケル粉は本件請求項1記載の特性をすべて満たしているのに対して,比較例1に係るニッケル粉はタップ密度と粒度分布の特性を満たさず,比較例2に係るニッケル粉はタップ密度と平均結晶子径/平均粒径の特性を満たしていない。このことは,気相水素還元法においてアルゴン流量と水素供給量を一定とした場合に,塩化ニッケルの蒸気分圧と反応温度の2条件だけをそれぞれ本件明細書記載の範囲内に設定しただけでは本件請求項1の特性を満たすニッケル超微粉を製造することができないことを意味している。
このような齟齬が生じた原因としては,塩化ニッケルの蒸気分圧と反応温度の2条件のほかに第3の条件が影響したことが考えられる。この第3の条件としては,決定が挙げるアルゴンガス及び水素の流量,刊行物1(甲6)が示唆するアルゴンガス流量,川鉄鉱業株式会社作成に係る「機能素材商品案内」(甲8)が示唆する反応時間等が考えられるが,その条件をどのような範囲に設定すればよいかについて本件明細書には全く記載されておらず,当業者が容易に設定することができるようなものではない。さらに,前記実験報告書(甲7)によれば,装置L/Dの数値がタップ密度の特性に関与しているとも考えられる。
以上のとおり,請求項1の特性をすべて満たすニッケル超微粉を製造するためには本件明細書に記載された製造条件では不足であり,同明細書の記載や技術常識をもってしても当業者が製造することができないのであるから,本件明細書には決定が判断するとおりの記載不備がある。
(4) 原告らは,本件発明は,特定の用途に特定の物性が大きな影響を持つことを見出した発明であり,新規な物質の発明ではなく,積層セラミックコンデンサーという特定の用途に供するために適した超微粉としての指標(粉体特性)を見出したものであると主張する。しかしながら,本件発明は,少なくとも本件請求項1記載の特性を持つニッケル超微粉である点で新規な物の発明である。
(5) 原告らは,本件発明に係るニッケル超微粉は製造装置の細部の技術的な条件を決定すれば容易に製造することができると主張しているが,特性が新規な粉体はその製造条件を工夫してはじめて製造することできるものである。本件発明のニッケル超微粉の場合も,塩化ニッケルの気相水素還元法の製造条件を綿密に設定することによって製造されるものであり,少なくとも従来技術の湿式法では製造することができない特性の超微粉であることは前記のとおりである。本件発明に係るニッケル超微粉は,原告らの主張するような当業者の試行錯誤の範囲内で簡単に製造することができるようなものではなく,本件明細書の記載からはどのような条件設定をすれば製造が可能となるのか明らかではない。
(6) 原告らは,得られた粉体群から特定の指標に基づいて分級して所定の条件を持つ粉体を選択してもよいと主張している。しかしながら,本件明細書には,公知の多種類の製造方法により製造された種々のニッケル超微粉の中から本件請求項1記載の特性を満たす超微粉を選別して入手し得るとの記載は存在しない。得られたニッケル超微粉体群から分級して(ふるい分けして)得られる特性は,せいぜい平均粒径と粒度分布の特性を持つ粉体だけであって,例えば平均粒径の二次関数によって定義されるタップ密度や平均結晶子径と平均粒径の比を満たす粉体を分級によって選別して入手できるとは考えられない。
(7) 原告らは,本件請求項1記載の特性を持つニッケル超微粉は,公知の多種類の製造方法によって偶然に製造される可能性があるとも主張している。しかしながら,本件明細書には,ニッケルの気相水素還元法以外の公知の製造法で製造することができるとは一切記載されていない。むしろ,本件明細書の比較例5及び6には,公知の「湿式法」では請求項1記載の特性を持つニッケル超微粉を製造することができないことが示されているのであって,原告らの上記主張は根拠がない。原告らは偶然に製造することができる可能性についても主張しているが,偶然に製造することができてもその反復性に乏しい場合には特許法に規定する実施可能要件を満たしているとはいえない。
(8) 以上によれば,本件明細書は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度」に記載されているものとはいえないのであるから,本件請求項1及び2に係る特許が特許法36条4項に違反するとした決定の判断は正当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について (1) 特許法29条1項各号は新規性を有しない発明を類型化して規定しているところ,決定は,本件発明1及び2は刊行物2に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当するので特許要件を充足しないと判断し,原告らはこの判断は誤りであると主張する。同号にいう「刊行物に記載された発明」とは,刊行物に記載されている事項及び刊行物の記載から当業者が把握し得る事項をいうと解すべきところ,刊行物2には以下の記載がある。
(ア) 「塩化ニッケル蒸気と水素との化学反応によりニッケル微粉を製造する方法において,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3とし,かつ1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させることを特徴とする球状ニッケル超微粉の製造方法。」(特許請求の範囲) (イ) 「【従来の技術】粒度分布が狭く,平均粒径が0.1〜数μmの範囲にあり,粒子が球状の金属超微粉は,ペースト性状が良好でかつ電子回路の導体形成に用いたとき,導体部の微細パターン化あるいは薄層化が可能であることから,…例えば積層セラミックコンデンサーは,…」(段落【0002】〜【0003】) (ウ) 「【発明が解決しようとする課題】上述したような従来技術に鑑みて,本発明は,平均粒径が0.1〜数μmの範囲にある球状のニッケル超微粉の安価な製造方法を提供することを目的とするものである。」(段落【0011】) (エ) 「【実施例】実施例1 図1に示すような反応器1を用い,蒸発部2の石英ボート3に原料の塩化ニッケルを10g入れ,2l/分のアルゴンガス4中に濃度(分圧)が5.0×10ー2になるよう蒸発させた。この原料ガスを1030℃(絶対温度でニッケル融点の0.755倍)に設定した反応部5へ輸送し,反応中央ノズル6から1l/分の割合で供給される水素と接触・混合させ反応を起こさせた。…ニッケル粉の形状が完全に近い球状であることがわかる。」(段落【0020】) (オ) 「実施例4 実施例1において,蒸発温度を1000℃(絶対温度でニッケル融点の0.74倍),濃度(分圧)を8.5×10ー2とした以外は同じ条件でニッケル粉を製造した。熱電対8によって測定したところ1053℃(同0.77倍)まで上昇した。発生したニッケル粉の比表面積は2.9m2/gであり,電子顕微鏡観察によれば,平均粒径0.23μmの球状粉であった。」(段落【0023】) (2) 上記記載によれば,本件発明と刊行物2記載の発明は,物の発明方法の発明かの違いはあるものの,いずれも積層セラミックコンデンサー等に用いられるニッケル超微粉についての発明であり,そこに記載されたニッケル超微粉の製造方法は,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3とし,かつ1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で塩化ニッケル蒸気と水素とを化学反応させるというものであり,本件発明と基本的に一致しているということができる。
そして,本件明細書の実施例1及び刊行物2の実施例4とを対比すると,両者の塩化ニッケル蒸気濃度(前者は0.08,後者は0.085),反応温度(前者は1050℃,後者は1053℃)はほぼ同一であり,その結果得られたニッケル粉の比表面積(前者につき2.7m2/g,後者につき2.9m2/g),平均粒径(前者は0.25μm,後者は0.23μm)もほぼ同程度であると認められる。
さらに,刊行物1(甲6)には,気相水素還元方法と同様の気相化学反応法により製造されたニッケル超微粉の特徴は,粒度分布の幾何標準偏差が1.3〜1.5であり,平均粒径が0.1〜0.5μm,平均結晶子径は0.1μmであるとの記載があり(10頁),これによれば,刊行物2の実施例4にはニッケル粉の粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径の数値についての測定結果が記載されていないものの,刊行物2の実施例4に係るニッケル粉は,本件請求項1の粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径の条件を満たすというべきである。
タップ密度についても,刊行物2には測定結果の記載はないが,本件明細書の実施例1と刊行物2の実施例4は,基本的に同一の製造方法を採用し,その結果製造されたニッケル粉の比表面積及び平均粒径もほぼ同一の数値が得られ,両実施例には製造されるニッケル粉のタップ密度に差が生じるような条件の差異も存在しないのであるから,両実施例に係るニッケル粉のタップ密度はほぼ同程度であり,刊行物2の実施例4に係るニッケル粉のタップ密度は,本件明細書の実施例1に係るニッケル粉と同様に(2)式を満たすと認めるのが相当である(なお,本件明細書の実施例1と刊行物2の実施例4ではアルゴンガス及び水素流量が異なっているが,決定も説示するように,キャリアガス流量の条件の差がタップ密度等の数値に影響を及ぼすとは認められない。)。
以上によれば,刊行物2の実施例4に係るニッケル粉は,本件請求項1に記載されたニッケル超微粉と同一であり,本件発明は刊行物2に記載された発明ということができる。
(3) これに対し,原告らは,刊行物2の実施例1及び4,本件明細書の図1の○点,×点,△点のデータ,本件明細書の実施例1について追試実験した結果を記載した実験報告書(甲7)を提出し,刊行物2の実施例4記載の条件に従って製造されたニッケル粉は,本件特許の請求項1の特性をすべて満たすものではないと主張する。
しかしながら,この追試実験は,装置L/Dの数値を刊行物2の実施例について「6」,本件発明について「13.7」と設定して行われている。他方,本件明細書の図1の×点,○点,△点のデータ(本件明細書にはその具体的な製造条件について記載がない。)に関する製造実験は,装置L/Dの条件のみを変え,他の条件は本件明細書実施例4の記載に従って行われ,その結果,装置L/Dの数値をそれぞれ「6」及び「8.9」と設定した×点,△点については(2)式を満たさず,同数値を「13.7」と設定した○点については(2)式を満たすとの結果を得ている。同実験結果によれば,装置L/Dの数値はタップ密度の数値を左右する要素の一つであることが窺われる。
上記追試実験において,刊行物2の実施例について装置L/D値を「6」とし,本件発明の実施例について装置L/D値を「13.7」とした理由について,上記実験報告書には刊行物2の記載や本件発明の開発経緯を参考にしたものであると記載されている。しかしながら,前記のとおり,装置L/D値はもとより,反応管径D及び反応部長Lについても,本件明細書及び刊行物2には全く記載がないのであるから,装置L/Dの数値をいかに設定するかは当業者に任された設計事項というべきであり,刊行物2の実施例について装置L/D値を「6」(本件発明の図1の追試では装置L/D値を「6」とした場合にタップ密度が最も小さくなっている。)に設定し,本件発明の実施例について装置L/D値を13.7(本件発明の図1の追試では装置L/D値を「13.7」とした場合にタップ密度が最も大きくなっている。)と設定すべき合理的な理由は見出すことができない。
したがって,原告らの行った追試実験の結果は,刊行物2の実施例1及び4記載の条件に従って製造されたニッケル粉の平均粒径,タップ密度,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径を正確に示しているものと認めることはできない。
(4) 原告らは,仮に,決定の説示するとおり,刊行物2に記載された製造方法により製造されたニッケル超微粉が本件請求項1記載の特性を満たすことがあるとしても,それはごく一部にすぎず,それ以外の物は上記特性を満たさないと主張する。しかしながら,前記のとおり,本件発明は「新規な物の発明」であるから,刊行物2に記載された製造方法に基づいて製造されたニッケル粉の一部が本件請求項1記載の特性を満たすものであったとしても,本件発明は刊行物2に記載された発明であると認定することを妨げないというべきである。
(5) 以上のとおりであるから,本件発明は,刊行物2に記載された発明であるとした決定の判断に誤りはなく,原告らの主張する取消事由1は採用することができない。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について (1) 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしている。特許請求の範囲,明細書及び図面は,特許発明の技術的内容を公開するとともに,その技術的範囲を明示する役割を担うものであるところ,特許法36条4項は,明細書の発明の詳細な説明の記載について,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載しなければならないとしている(なお,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項は「当業者が容易にその実施をすることができる程度に」と規定し,改正後の同条項は,「容易に」を削除し,「明確かつ十分に」と加えているが,要件が過重又は緩和されたものではなく,解釈上も運用上も実質において差異はないものと解される。)。
ここでいう「実施」とは,「物の発明」の場合,その物を製造,使用等することであるから,当業者がその物を製造することができる程度に記載しなければならないことはいうまでもなく,そのためには,明細書,図面全体の記載及び技術常識に基づき特許出願時の当業者がその物を製造できるような場合を除き,具体的な製造方法を記載しなければならないと解すべきである。
(2) ところで,原告らは,本件発明は新規な「物」の発明ではなく,新規で有用性の高い用途を持つニッケル超微粉を選択するための「指標」に関する発明であると主張する。
しかしながら,本件発明の対象は,本件請求項1及び2の記載によれば,一定の特性を有することを特徴とする「積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉」であるというのであり,さらに本件明細書にも以下の記載がある。
(ア) 「【産業上の利用分野】 本発明は,積層セラミックコンデンサーの内部電極にも用いられるニッケル超微粉に関するものである。」(段落【0001】) (イ) 「【従来の技術】 …特開平1-136910号公報には,純度99%以上,粒径0.1〜0.3μmのニッケル粉を湿式法で製造する方法が開示されているが,実際にペーストを試作して電子部品の電極に使用したという記述はない。しかしながら,本発明者らの調査では,従来の湿式法によるニッケル粉をペーストにして積層セラミックコンデンサーの電極とする場合,焼成時に体積変化が大きくデラミネーションやクラックの発生が多発しやすいことが判明した。…」(段落【0003】) (ウ) 「【発明が解決しようとする課題】 本発明は,このような従来技術の問題点に鑑み,積層セラミックコンデンサー製造工程におけるクラックや剥離が発生しにくい,低抵抗な電極材料としてのニッケル粉を提供することを目的とする。」(段落【0006】) (エ) 「【課題を解決するための手段】 本発明は,平均粒径が0.1〜1.0μmで,かつタップ密度が(2)式で表される条件を満足する積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉であり,その粒度分布の幾何標準偏差が2.0以下,かつ平均結晶子径が平均粒径の0.2倍以上である。さらには塩化ニッケル蒸気の気相水素還元方法によって製造されるのが望ましい。」(段落【0007】) (オ) 「【実施例】実施例1 図2に示すような反応器1を用い,蒸発部2のルツボ3に原料の塩化ニッケルを入れ,10リットル/分のアルゴンガス4中に濃度(分圧)が8.0×10ー2なるように加熱,蒸発させた。この原料混合ガスを蒸発部2の下流に位置する1050℃(1323K)に設定した反応部5へ輸送し,反応部5の中央ノズル6から下向きに5リットル/分の割合で供給される水素7と接触・反応させて反応を起こさせた。発生したニッケル粉はガスとともに冷却部9を通過させた後,図示省略した捕集装置で回収した。…」(段落【0014】) 本件特許請求の範囲及び明細書の上記記載によれば,本件発明は,積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉を提供することを目的とする「物の発明」であり,既存のニッケル超微粉から特定の物性を有するものを選択する「指標」に関する発明ということはできない。原告らが主張するように,本件発明が特定の用途に特定の物性が大きな影響を与えることを見出した発明であるのなら,特定の用途に用いるニッケル超微粉を特定の物性により選択する方法の発明として特許請求の範囲を記載するとともに,その具体的な選択方法について明細書に記載すべきであるが,本件特許請求の範囲及び明細書にはそのような記載はなされていない。
したがって,本件発明は,特定の用途に特定の物性が大きな影響を与えることを見出した発明であるとはいえず,新規な物の発明というべきである。
(3) そこで,本件明細書の発明の詳細な説明に,新規な物の発明である本件発明を当業者が容易に実施することができる,すなわち本件発明に係るニッケル超微粉を容易に製造することができる程度にその製造方法が記載されているかどうかについて検討する。 ア 本件明細書には,本件発明に係るニッケル超微粉の製造方法について,以下の記載がある。
「ニッケル純度は99.5重量%以上が好ましく,99.5重量%未満では焼成時にデラミネーションやクラックが発生しやすいだけではなく,電極としての特性が低下(比抵抗が大きくなる)する。このような特徴を持つニッケル粉の製造方法としては,塩化ニッケルの気相水素還元法が挙げられる。従来の湿式法は,ニッケル粉の製造温度が低温(<100℃)であるのに対し,塩化ニッケルの気相水素還元法は,製造温度が高温(1000℃付近)であるため,結晶が大きく成長(微細な1次粒子の集合体でない)することによって焼成時に過焼結が発生しにくい。また,気相水素還元法では,粒形状が球状となり,純度99.5%以上のものが得やすい有利な点もある。上記特徴を持つニッケル粉を効率よく製造するために,反応器を用いて塩化ニッケル蒸気と水素を化学反応させる方法が適している。具体的には,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の温度で化学反応させる。」 イ 上記記載によれば,本件明細書には,本件発明に係るニッケル粉を製造する具体的方法として,塩化ニッケルの気相水素還元法を採用し,塩化ニッケル蒸気濃度(分圧)を0.05〜0.3とし,かつ塩化ニッケル蒸気と水素を1004℃(1277K)〜1453℃(1726K)の範囲内で化学反応させるという方法が記載されているということができる。その上で,本件明細書には,実施例1ないし5,比較例1ないし6が開示されている。このうち,実施例1ないし5と比較例1及び2に係るニッケル粉は,いずれも塩化ニッケルの気相水素還元法を用い,塩化ニッケルの蒸気濃度(分圧)と反応部温度を上記数値の範囲内に設定し,他の条件は同一にして製造されたものであるが,その結果を見ると,実施例1ないし5のニッケル粉のタップ密度は(2)式(タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.8)を満たしているが,比較例1及び2のニッケル粉のタップ密度は(1)式(タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.6)は満たすものの,(2)式は満たしていない。このことは,本件明細書に記載された上記製造方法に従ってニッケル粉を製造したとしても,本件請求項1記載の特性を満たすニッケル粉が製造できるとは限らないことを示しているということができる。
ウ さらに,本件特許については,その出願時の請求項1は,「平均粒径が0.1〜1.0μmで,かつタップ密度が(1)式で表される条件を満足する積層セラミックコンデンサー用ニッケル超微粉。
タップ密度≧-2.5×(平均粒径)2+7.0×(平均粒径)+0.6 ・・・(1)式」であったが,その後の手続補正により上記(1)式は(2)式に限定されるとともに,粒度分布の幾何標準偏差,平均結晶子径についての要件が付加され,それに伴い,出願当初の明細書の実施例7及び8は比較例1及び2に変更されたという経緯がある(この点は当事者間に争いがない。)。そして,本件明細書には,(1)式を満たすニッケル粉と(2)式を満たすニッケル粉の違いについて,前者はクラック,デラミネーション発生率が10%以下であるのに対して,後者は同発生率が5%以下であると記載されている(段落【0011】)。
このように,本件発明は積層セラミックコンデンサー焼成時におけるクラック,デラミネーション発生率をより少なくするために,ニッケル超微粉のタップ密度が満たすべき条件を(1)式から(2)式に限縮したものであるから,それに伴い,(2)式を満たすニッケル粉を当業者が製造することが可能となる具体的な製造方法を明細書に記載しなければならないことは当然である。ところが,前記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された製造方法に従って製造されたニッケル粉は(1)式は満たすものの,(2)式については必ずしも満たすとは限らないのであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された製造方法は,当業者が容易に本件発明を実施をすることができる程度に記載されているということはできない。
(4) これに対し,原告らは,当業者が本件明細書に接すれば,本件発明に係るニッケル超微粉の製造条件が,実施例に記載された条件の範囲である塩化ニッケル蒸気濃度0.05〜0.2及び反応温度1010℃〜1070℃であると直ちに理解できると主張している。
しかしながら,本件発明にかかるニッケル粉の製造方法,とりわけ塩化ニッケル蒸気濃度と反応温度については,本件明細書の段落【0013】にその上限値と下限値とからなる範囲(塩化ニッケル蒸気濃度につき0.05〜0.3,反応温度につき1004℃〜1453℃)が明記されているのであり,実施例はその範囲内の数値を採用して実施したことを示すにすぎず,実施例に記載された塩化ニッケル蒸気濃度と反応温度の最高値と最低値をもって本件明細書が製造条件を記載したものとは到底理解できない。
(5) 原告らは,本件請求項1に記載された指標が提示されれば,当業者であれば,通常の試行錯誤の範囲内で,本件明細書に記載された製造方法の範囲内において,特定の製造装置ごとに細部の技術的条件を変化させ,その結果得られた粉体の特性と指標とを比較しながら,適した製造条件を決定することができると主張する。
しかしながら,当業者が本件請求項1記載の特性を満たすニッケル超微粉を製造するために本件明細書に記載された製造条件のほかにいかなる条件設定をすべきかについては,本件明細書及び図面に何ら示唆はない。そして,刊行物1(甲6)にはキャリアガス流量により平均粒径が変化する旨の記載が存在し,甲8には反応時間の設定が平均粒径に影響を与える旨の記載がなされ,前記実験報告書(甲7)には装置L/Dの数値がタップ密度の特性に関与していることが示されているように,塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度以外のいかなる条件が平均粒径又はタップ密度に影響を与えるのかについては,本訴で提出された証拠からも明らかとはいえず,まして本件特許の出願当時にかかる条件設定についての技術常識が存在したことを示す的確な証拠もない。したがって,当業者は,本件発明を実施するに際して,本件明細書に記載された塩化ニッケル蒸気濃度及び反応温度のほか,様々な条件を設定・変更して不相当に多くの試行錯誤をしなければならないことは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が本件請求項1及び2に係る発明を容易に実施し得るということはできない。
(6) 原告らは,本件発明は新規な物の発明ではなく,有用性の高い用途を持つニッケル微粉を選択する指標を与えるものであるとの前提に立ち,本件明細書記載の製造方法であれ,従来の製造方法であれ,本件請求項1記載の指標が明確である以上,当業者は製造された粉体から本件請求項1の粉体特性を有する粉体群を選択することができるのであるから,当業者が本件発明を実施するのは可能であると主張する。
しかしながら,本件発明は新規な物の発明であり,有用性の高い用途を持つニッケル微粉を選択する指標に関する発明ではないことは前記のとおりであり,原告らの主張はその前提において失当である。本件発明は,新規な物の発明である以上,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその発明を実施し得る程度にその製造方法を記載すべきところ,本件明細書はその要件を満たしていないことは前記判示のとおりである。 (7) 原告らは,そもそも,微粉体の製造においては,特定の粉体特性の粉体のみを100%製造することは不可能であり,(1)式を満たすニッケル粉と(2)式を満たすニッケル粉を区別する製造方法の記載を求めるのは誤りであると主張する。
しかしながら,発明を実施する際に一定の特性を具備する粉体のみを現実に100%製造することが可能かどうかは別としても,原告らが本件請求項記載の特性を有するニッケル粉について特許権の付与を求める以上,少なくとも(1)式を満たすニッケル粉と区別して(2)式を満たすニッケル粉を当業者が製造し得る具体的な方法を本件明細書に記載すべきは当然であり,そのような記載を求めることが誤りであるということはできない。
(8) 原告らは,決定が,一方で刊行物2に記載されたニッケル超微粉は本件請求項1及び2のニッケル超微粉と同一の製造方法で製造された物を含むとしながら,他方で本件明細書の詳細な説明には当業者が本件発明を容易に実施できる程度に記載されていないとしているのは,矛盾していると主張する。
しかしながら,本件発明が刊行物2に記載されているかどうかの判断と,本件発明に係るニッケル超微粉の製造方法が当業者が容易に実施し得る程度に記載されているか否かの判断とは,異なる事項に関する判断であり,本件明細書の詳細な説明に本件発明の製造方法が当業者が実施可能な程度に記載されていないという判断をしつつ,他方で本件発明が刊行物2に記載されていると判断したとしても,何ら矛盾するものではない。
(9) 以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,特許法36条4項に違反しているというべきである。したがって,原告らの取消事由2の主張は理由がない。
3 結論 以上のとおり,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がないので,原告らの請求はいずれの見地からも棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文