運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12ワ290特許権侵害行為差止請求事件 判例 特許
平成11ワ24433特許権損害賠償等請求事件 判例 特許
平成12ワ12728特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成11ワ21280特許権不侵害確認請求事件 平成12ワ7516特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成12ワ13799特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  創作性(創作) /  新規性 /  公然知られ(29条1項1号) /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  寄せ集め /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  先使用権(先使用) /  交換 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  審決確定(審決が確定) / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (ワ) 13840号 特許権侵害行為差止等請求事件
原告 【A】
訴訟代理人弁護士 野上 邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
補佐人弁理士 富崎元成
被告 株式会社西牟田重機代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁護士 横内勝次
補佐人弁理士 杉本丈夫
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2001/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は、別紙物件目録記載のホイールクレーン杭打機の使用をしてはならない。
事案の概要
本件は、原告が被告に対し、その有する後記ホイールクレーン杭打機に関する特許権に基づき、別紙イ号物件目録記載のホイールクレーン杭打機の使用の差止めを求めた事案である。
なお、以下、書証の掲記は甲1などと略称する。
(争いのない事実等) 1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」と、その特許を「本件特許」と、その特許出願の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)を有している。
(1) 発明の名称 ホイールクレーン杭打機 (2) 出願日 昭和58年11月24日(特願昭58-221856) (3) 登録日 平成11年10月1日 (4) 特許番号 第2985172号 (5) 特許請求の範囲 本判決添付の特許公報該当欄記載のとおり。
2 本件発明は、次のとおり分説するのが相当である。
A 車台と、前記車台の下部に自走用の車輪を設け、前記車台の上にはクレーン本体を水平面内で回転自在に設け、前記クレーン本体を回転駆動する垂直軸駆動装置を設けたホイールクレーン車において、
B 前記クレーン本体には伸縮する伸縮ブームの一端を揺動自在に設け、
C 前記伸縮ブームの他端にはスパイラルスクリューを備え、前記スパイラルスクリューを回転駆動するための回転駆動機構を内蔵したアースオーガー装置を設け、
D 前記伸縮ブームの揺動中心点の近傍に前記アースオーガー装置に垂直方向の押圧力を付与し被圧入物を地盤に圧入するために前記ブームを牽引し前記ホイールクレーン車の重量を用いて前記アースオーガー装置を強制的に押圧するための油圧シリンダ装置である牽引装置の一端を枢着して設け、
E 前記牽引装置の他端を前記クレーン本体に枢着して設けた F ことを特徴とするホイールクレーン杭打機。
3 被告は、別紙被告使用機種記載のホイールクレーン車を、杭打機として使用している(以下「イ号物件」という。)。
(争点) 1 対象物件の特定 2 構成要件C充足性 3 構成要件D充足性 4 権利濫用 (1) 特許法36条4項違反 (2) 特許法29条1項柱書違反 (3) 特許法29条1項1号違反 (4) 特許法29条1項2号違反 (5) 特許法29条2項違反 (6) 特許法29条の2違反 (7) その他
争点に関する当事者の主張
1 争点1(対象物件の特定)について 【原告の主張】 イ号物件は、別紙物件目録記載のとおり特定すべきである。
【被告の主張】 イ号物件は、別紙被告イ号物件目録記載のとおり特定すべきである。
2 争点2(構成要件C充足性)について 【原告の主張】 イ号物件のアースオーガー装置が、スパイラルスクリューを取り付けたものであることは明らかであるから、イ号物件は構成要件Cを充足する。
【被告の主張】 本件発明のアースオーガー装置は、スパイラルスクリューを備えたものである。
しかしながら、イ号物件のアースオーガー装置3は、掘削ロッド6や地中へ貫入させる杭を回転させるための連結杆、スパイラルスクリュー等を交換自在に取り付けたものであり、本件発明のアースオーガー装置とは異なる。
したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件Cを充足しない。
3 争点3(構成要件D充足性)について 【原告の主張】 (1) イ号物件は、伸縮ブームの揺動中心点の近傍にアースオーガー装置に垂直方向の押圧力を付与し被圧入物を地盤に圧入するためにブームを牽引しホイールクレーン車の重量を用いてアースオーガー装置を強制的に押圧するための油圧シリンダ装置である牽引装置の一端を枢着して設けているから、本件発明の構成要件Dを充足する。
(2) 被告は、イ号物件の油圧シリンダ装置4は、伸縮ブーム2を起伏させるために設けられているものであり、本件発明の構成要件Dが定める油圧シリンダ装置としての機能及び構成を具備していないと主張する。
しかし、ホイールクレーン車の自重を利用しなければ、スパイラルスクリューを地中に埋め込むことは、不可能であるから、イ号物件の油圧シリンダ装置が、伸縮ブームを牽引することにより、ホイールクレーン車の重量を用いてアースオーガー装置を強制的に下方向へ押圧していることは明らかである。
(3) 被告は、「ホイールクレーン車の重量を用いて」とは、「ホイールクレーン車のブームの基端部を枢着した側を上方へ浮き上げた状態」を意味すると主張する。
しかし、この主張は、作用・反作用の原理を誤解したものである。すなわち、牽引装置による牽引力の反作用としてホイールクレーン車の重量が当然かかるのであるが、そのことは、ホイールクレーン車の一部が浮き上がることにつながるわけではない。
(4) 被告は、本件発明が、スパイラルスクリューを備えたアースオーガー装置を押圧することにより、スパイラルスクリューと一緒に鋼矢板や杭等の被圧入物を地盤に圧入するものに限られると主張する。
しかし、構成要件Dの「被圧入物」には、スパイラルスクリューも含まれるから、まずスパイラルスクリューのみを圧入して掘削するものも、構成要件Dを充足する。
【被告の主張】 (1) 本件発明の油圧シリンダ装置である牽引装置は、構成要件Dから明らかなように、通常の単なるブーム起伏用の油圧シリンダ装置ではなく、アースオーガー装置に下向きの力を付与するための手段としてのブームを牽引する機能を有するものである。
しかしながら、イ号物件の油圧シリンダ装置4は、伸縮ブーム2を起伏させるために設けられているものであり、本件発明の構成要件Dが定める油圧シリンダ装置としての機能及び構成を具備していない。
なお、原告は、特許庁における審判手続の過程で、本件発明の牽引装置は、通常のホイールクレーン車のブーム起伏用の油圧シリンダ装置とは構成及び機能が異なると繰り返し主張している。
(2) 本件発明の特許出願時における明細書の記載及びその後の審査過程における原告の主張からすれば、「ホイールクレーン車の重量を用いて」とは、「ホイールクレーン車のブームの基端部を枢着した側を上方へ浮き上げた状態」を意味する。仮に、「ホイールクレーン車の重量を用いて」が、「ホイールクレーン車の前部が浮き上がるに至るまでの油圧シリンダ装置の牽引状態」を意味するものであるとするならば、この種の杭打機等では一般に慣用されていることであり、技術的な新規性創作性の全くないものとなってしまう。
他方、イ号物件では、ホイールクレーン車の一部が浮き上がるまで油圧シリンダ装置によってブームを牽引していない。
(3) 本件発明の構成要件Dの「前記アースオーガ装置」の「前記」を補充すると、本件発明は、スパイラルスクリューを備えたアースオーガー装置を押圧することにより、スパイラルスクリューと一緒に鋼矢板や杭等の被圧入物を地盤に圧入するものに限られる。
しかし、イ号物件は、スパイラルスクリューと一緒に被圧入物を地盤に圧入するものではない。
(4) したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件Dを充足しない。
4 争点4(権利濫用)について 以下、本争点に関し、当事者及び裁判所が引用する特許法は、本件発明の特許出願時において施行されていた特許法である。
【被告の主張】 (1) 特許法36条4項違反 本件発明は、昭和62年6月24日付、平成8年5月20日付及び同9年4月15日付各手続補正書によって、3回にわたる特許請求の範囲が補正されたものである(これらの補正は、出願当初の本件明細書における「起伏シリンダ装置」を「ホイールクレーン車の重量を用いてアースオーガー装置を強制的に押圧するための油圧シリンダ装置である牽引装置」とした点、及び「スパイラルスクリューを備え」る点を付加した点において、本件発明の要旨を変更するものである。)。
しかるところ、原告が特許庁に提出した、平成8年5月20日付意見書によれば、本件発明を実施することができる起伏シリンダーは、株式会社タダノによって、高い油圧に耐えられるような弁構造、安全構造を有する油圧回路とする特別な改造がなされたとのことである。
しかしながら、本件発明の核心をなすこのような油圧回路の改造は、出願当初の明細書にも、上記補正後の明細書にも開示されていないから、本件明細書には、当業者が容易に本件発明の実施をすることができる程度に、その発明の構成が記載されていない。
したがって、本件特許は、特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、本件特許が無効であることは明らかである。
(2) 特許法29条1項柱書違反 原告によれば、本件発明の本質的部分であるところの牽引機能を可能とする油圧回路の改造の事実が、平成8年5月20日付意見書によって初めて明らかにされたところ、この改造の事実を証明する文書の作成日時は同年4月30日であり、そこに記載されている改造時期も昭和58年11月以前とあるのみで具体的時期が不明であることからすると、本件発明は、特許出願時においては未完成であったというほかはない。
したがって、本件特許は、特許法29条1項柱書に違反してされたものであり、本件特許が無効であることは明らかである。
(3) 特許法29条1項1号違反 本件発明は、昭和55年9月に作成・頒布された株式会社多田野鉄工所のカタログ(乙5)に記載されたホイールクレーン杭打機と同一である。
したがって、本件発明は、その特許出願前に日本国内において公然知られた発明であり、本件特許は、特許法29条1項1号に違反してされたものであり、
本件特許が無効であることは明らかである。
(4) 特許法29条1項2号違反 株式会社寺田基工(旧商号株式会社寺田組。以下「寺田組」という。)は、本件発明の特許出願前に、本件発明と同一の発明を使用して杭打工事等を公然と実施していた。
したがって、本件発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明であり、本件特許は、特許法29条1項2号に違反してされたものであり、本件特許が無効であることは明らかである。 (5) 特許法29条2項違反 本件発明は、その特許出願当時公知であった特開昭55-142826号公開特許公報(乙9)、株式会社多田野鉄工所が昭和56年4月に発行したカタログ(乙10)、実開昭52-36701号公開実用新案公報(乙11はその実用新案登録願)の記載等から、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明は進歩性がない発明であり、本件特許は、特許法29条2項に違反してされたものであり、本件特許が無効であることは明らかである。
(6) 特許法29条の2違反 本件発明は、その特許出願の日よりも前である昭和58年1月7日に特許出願され、昭和59年7月21日に公開特許公報(乙1)が発行された特開昭59-126822号に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一である。
したがって、本件特許は、特許法29条の2に違反してされたものであり、本件特許が無効であることは明らかである。
(7) イ号物件は、本件発明の特許出願前から周知である、ホイールクレーン車、アースオーガー装置、スパイラルスクリュー及び掘削ロッド等を、単に現場で寄せ集めることにより杭打機としたものであり、また、その組み合わせ方そのものも、周知の方法を用いたものである。
したがって、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するのであれば、本件特許が無効であることは明らかである。
【原告の主張】 (1) 特許法36条4項違反の主張に対して 本件発明は、油圧シリンダ装置である牽引装置を駆動してアースオーガー装置を強制的に押圧するという機能的に限定された油圧シリンダ装置である牽引装置の発明であり、具体的な油圧回路の発明ではない。
したがって、被告の、本件特許は、特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとの主張は誤りである。
なお、本件特許出願につきなされた補正は、出願当初明細書に記載した範囲のものであるから、要旨変更には当たらない。
(2) 特許法29条1項柱書違反の主張に対して 特許出願時に発明が完成していないものが、意見書を提出したことにより突然に発明が完成するというようなことは特許法的にはなく、被告の主張は意味不明な主張である。また、上記のとおり、具体的な油圧回路は本件発明の要旨ではないから、発明未完成でもない。
(3) 特許法29条1項1号違反の主張に対して 被告が、特許法29条1項1号違反の根拠とする乙5には、本件発明の構成要件Dが全く記載されていないから、被告の主張が誤りであることは明白である。
(4) 特許法29条1項2号違反の主張に対して 被告が、特許法29条1項2号違反の根拠とする判決(乙2)は、本件発明とは別個の方法の特許について、先使用が問題となったものである。
したがって、仮に先使用が認められたとしても、それから直ちに公然実施が認められるわけではないし、しかも物の特許である本件発明の公然実施に直ちになるものでもない。
(5) 特許法29条2項違反の主張に対して 被告が、特許法29条2項違反の根拠とする乙9、10及び11には、本件発明の構成要件Dが全く記載されていないから、被告の主張が誤りであることは明白である。
(6) 特許法29条の2違反の主張に対して 被告が、特許法29条の2違反の根拠とする乙1に記載された発明は、穴掘機械であり、垂直軸駆動装置が開示されていない点で、本件発明の構成とは異なる上、両者は、その目的及び作用効果も全く異なるから、同一でないことは明白である。
(7) 被告の主張(7)に対して イ号物件の油圧シリンダ装置は、伸縮ブームを牽引することにより、ホイールクレーン車の重量を用いてアースオーガー装置を強制的に下方向へ押圧する作用を有しているが、そのような作用を有する油圧シリンダ装置を具備したホイールクレーン車は、本件発明の特許出願前に存在しなかった。
したがって、イ号物件が、本件発明の特許出願前から周知のホイールクレーン車を用いているとの被告の主張は誤りである。
争点に対する判断
1 争点4(4)(特許法29条1項2号違反に基づく権利濫用)について (1) 特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁判所第3小法廷平成12年4月11日判決・民集54巻4号1368頁)。
(2)ア 被告は、本件発明が、特許出願前に日本国内において公然実施された発明であると主張しているが、その当否を検討する前提として、本件発明の技術的範囲に関して当事者間で争いとなっている、構成要件Dの意義について確認しておく。
構成要件Dの「ホイールクレーン車の重量を用いて」の意味は、特許請求の範囲の記載から一義的には定まらないが、証拠(甲2)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、次の記載があることが認められる。
(ア) [従来技術]欄 最近市街地での土木工事に対して環境条件が厳しくなり、…このため…いわゆる無振動、無騒音工法と称せられる基礎工、土止め工が出現してきた。これらの工法の…中でオーガー工法といわれる工法がある。
オーガー工法…のなかで連続オーガー工法はとくに知られている。連続オーガー機を一般にアースオーガーと称し、…駆動装置、…リーダー、…クローラクレーン、スクリュー及びヘッドなどから構成される。
…掘削のための押し込む力は、…回転力の分力で食い込ませていくのと、スクリューの頂部に設けた駆動装置,ウエイト等の自重により行っている。… また、…クレーン機のウインチを使い、既に埋設された被圧入物にワイヤーを引っ掛けて、このワイヤーをクレーン機のウインチで巻き上げその反力で圧入するものもある。
(イ) [発明が解決しようとする問題点]欄 …連続オーガー機は、…硬い岩盤の場合はスクリューを押し込む力が不足し掘削が困難であった。アースオーガー駆動装置にウエイトを載せて押し込み力を倍加する方法もあるが、構造上の制約もあり充分な押し込み力を発揮できなかった。
また、ワイヤーの力で押し込む方法は…、埋設物を反力に利用するので圧入力に限界があった。したがって、従来のオーガー工法は硬い岩盤には適用できなかった。本発明は、硬い岩盤でも圧入できる新規な工法に使用するホイールクレーン杭打機を提供することにある。
(ウ) [実施例]欄(4欄44行〜5欄6行) 牽引シリンダー装置7は、伸縮ブーム5を引っ張り第4図矢印方向に力を作用させると挿入部6の上端には垂直分力f1が作用し強制的にアースオーガー装置12に押圧力を加える。この垂直分力f1は、牽引シリンダー装置7の引っ張り力をfとすれば、伸縮ブーム5とピストンロッド9となす角度及び挿入部6とケーシング15となす角度で変化するが牽引シリンダー装置7の引っ張り力でf1の垂直分力を生じる。
更に、アースオーガー装置12の自重と、伸縮ブーム5の自重が垂直分力となり上記ケーシング15のを押圧する力となって掘削力を倍加する。この垂直分力f1は、理論的には最大でホイルクレーン車1の重量がすべて垂直分力f 1になって垂直方向の掘削力になる。
(エ) [発明の効果]欄(6欄7〜9行) また起伏シリンダー(牽引シリンダー装置)により杭等に押圧作用を静的に加え得るので硬質地盤でも容易に施工ができる。
ウ 以上のような本件明細書の記載に照らせば、本件発明は、リーダーやウインチを利用してスパイラルスクリューを圧入しようとする従来技術では、スパイラルスクリューの自重やウインチに連結された埋設物の反力を圧入に利用しているため、硬い地盤にスパイラルスクリューを圧入するために必要な押圧力を十分に得ることができないという問題点があったので、このような問題点を解決するために、牽引装置を具備したホイールクレーン車の伸縮ブームの他端にアースオーガー装置、スパイラルスクリューを設け、牽引装置が伸縮ブームを牽引して、ブーム上端に牽引力の垂直分力を及ぼすことにより、硬い地盤にスパイラルスクリューを圧入するために必要な押圧力を得るようにしたものと認められる。そして、この場合、伸縮ブームと牽引装置はクレーン本体に設けられているため、押圧力は、上記従来技術と比較して、ホイールクレーン車の重力という大きな力を利用することができると認められる。
そうすると、構成要件Dにいう、「ホイールクレーン車の重量を用いて前記アースオーガー装置を強制的に押圧する」とは、「ホイールクレーン車の重量を利用して得られる垂直分力によってアースオーガ装置を強制的に押圧する」という意味と理解するのが相当である。
エ 被告は、本件発明の特許出願時における明細書の記載及び本件発明の出願経過から、「ホイールクレーン車の重量を用いて」とは、「ホイールクレーン車のブームの基端部を枢着した側を上方へ浮き上げた状態」を意味すると主張する。
しかしながら、本件全証拠によっても、本件発明の特許出願時における明細書の記載及び本件発明の出願経過から、被告が主張するように理解すべき理由があるとは認められない。
なお、証拠(乙12)によれば、本件発明の特許出願時における明細書には、「起伏シリンダー7は第4図矢印方向に力fを作用させブーム上端には垂直分力f1が作用し強制的に押圧力を加える。勿論ブーム、ホイールクレーン車自体の重力の作用も加えられてf1と協力して押圧作用を強力にする。」との記載があると認められる。この記載からは、原告は、ブームの上端にかかる垂直分力f1と、ホイールクレーン車自体の重力とは別の力であると認識していたようにも思える。しかしながら、ブームの上端にかかる垂直分力f1以外にホイールクレーン車自体の重力が押圧作用に加わるというのは、物理的に納得し難いことである(被告が主張する、ホイールクレーン車のブームの基端部を枢着した側を上方へ浮き上げた状態であったとしても、ブーム上端に垂直分力f1以外にホイールクレーン車自体の重力が加わるわけではないことは明らかである。)。そして、現在の本件明細書の記載(上記イ(ウ))に照らせば、この本件発明の特許出願時における明細書の記載は、垂直分力f1がブーム及びホイールクレーン車の重力によって、大きな力となり得る(理論的にはブーム及びホイールクレーン車の重力の合計に等しい力を加えることができる。)ことを表そうとしていたものと見るのが相当である。
オ 被告は、本件発明は、その特許請求の範囲の記載から、スパイラルスクリューを備えたアースオーガー装置を押圧することにより、スパイラルスクリューと一緒に鋼矢板や杭等の被圧入物を地盤に圧入するものに限られると主張する。
ここにいう「被圧入物」が何を意味するかについては、文言からは一義的に明らかではないから、本件明細書の発明の詳細な説明参酌すると、@従来技術について、「既に埋設された被圧入物にワイヤーを引っ掛けて、このワイヤーをクレーン機のウインチで巻き上げその反力で圧入する」との記載(3欄27行)、
A発明が解決しようとする問題点について、前記イ(イ)記載のものがある。そして、このうちAにおいて「圧入」されるのが、スパイラルスクリューであることは明らかである。また、証拠(甲2)によれば、本件明細書にも「杭打ちの為の掘進にはスパイラルスクリュー19をアースオーガー装置12の下端にセットして孔を掘削した後杭を上から圧入する。」(5欄19〜21行)と記載されていることが認められ、本件発明のホイールクレーン杭打機としては、スパイラルスクリューで孔を掘削した後、杭を上から圧入するものも予定されているというべきである。
したがって、構成要件Dの「被圧入物」には、スパイラルスクリューのみを圧入するものも含まれると解すべきであるから、必ずしもスパイラルスクリューと一緒に鋼矢板や杭等の被圧入物を地盤に圧入するものに限られないというべきである。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(3) 以上の本件発明の技術的範囲に関する解釈を前提に、本件発明がその特許出願前に公然実施されていたかどうかを検討するに、証拠(乙17、34、35、
45、46)によれば、次の事実が認められる。
ア 寺田組は、次の工事において、無振動・無騒音圧入工法(社内的には「アンギュラス工法」と呼んでいた。)による基礎杭打ち工事を、ラフタークレーン搭載型杭打機を使用して行った(下記工事期間は、いずれも基礎杭打ち工事にかかる期間)。
(ア) 昭和54年12月から昭和55年2月まで 神戸電鉄栄架道橋新設工事 (イ) 昭和56年1月から同年3月まで 神戸電鉄藍那第4拱橋改築工事 (ウ) 昭和56年12月から同57年2月まで 奈良県吉野郡川上村立東小学校新築工事 イ 上記無振動・無騒音圧入工法のパンフレット(乙45)には、「ラフタークレーンの起伏シリンダーを利用した転石、岩盤掘削〈ロックオーガー〉」、「無振動・無騒音にてH鋼杭、PC杭、鋼矢板、鉄鋼矢板の施工ができます。」、「起伏シリンダーの圧入により、オーガーを強制掘進させるので転石、岩盤層での施工が可能です。」との記載がある。
そして、同パンフレットには、同工法に用いるラフタークレーン搭載型杭打機の全体図が描かれており、それによれば、車台と、上記車台の下部に自走用の車輪を設け、上記車台の上にはクレーン本体を水平面内で回転自在に設け、上記クレーン本体を回転駆動する垂直軸駆動装置を設けたラフター(ライン)クレーン(多田野鉄工所製TR-151型)において、上記クレーン本体には伸縮する伸縮ブームの一端を揺動自在に設け、上記伸縮ブームの他端にはオーガースクリューを備え、上記オーガースクリューを回転駆動するための回転駆動機構を内蔵したアースオーガー装置を設け、上記伸縮ブームの揺動中心点の近傍に油圧シリンダ装置の一端を枢着して設け、当該油圧シリンダ装置の他端を上記クレーン本体に枢着して設けたことを特徴とするラフタークレーン杭打機が記載されていることが認められる。
また、同パンフレットには、上記ア(ウ)の工事現場の写真が掲載されており、そこには、オーガースクリューを地盤に押圧している途中の上記全体図と同一の構造を有するラフタークレーン杭打機が撮影されている。
(4) 上記(3)イのパンフレットの記載及び同パンフレットの全体図及び写真には、アースオーガーの動きを支持するリーダーや、オーガースクリューを押圧するための埋設物及びワイヤーの存在は認められないことからすると、上記ラフタークレーン搭載型杭打機の油圧シリンダーは、アースオーガー装置に垂直方向の押圧力を付与し被圧入物を地盤に圧入するために、伸縮ブームを牽引しラフタークレーン車の重量を用いてアースオーガー装置を強制的に押圧するものであると認められる。
そして、ラフタークレーンとホイールクレーン、及びオーガースクリューとスパイラルスクリューとが同義であることは、上記パンフレットの全体図及び写真から明らかであるから、結局、上記ラフタークレーン搭載型杭打機は、本件発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属するものであると認められる。
しかるに、上記(3)ア記載のとおり、ラフタークレーン搭載型杭打機は、本件発明の出願日である昭和58年11月24日より前に、複数の基礎杭打ち工事において使用されていたのである。
そして、上記パンフレットに掲載されている上記(3)ア(ウ)記載の工事現場写真によれば、同工事に使用されたラフタークレーン搭載型杭打機は不特定人がその使用状況を容易に知り得る状況の下で使用されていたものと認められる。また、
施工時期は不明であるものの、上記パンフレットには、ラフタークレーン搭載型杭打機を使用した工事現場の写真が複数掲載されているところ、そのどの写真においても、ラフタークレーン搭載型杭打機を不特定人から見えないようにするための特別な措置をとっている工事現場があったとは認められないことからすれば、その他の上記(3)ア記載の工事においても、それらの工事に使用されたラフタークレーン搭載型杭打機は不特定人が知り得る状況の下で使用されたと認められる。
そして、そのような状況で使用されたにもかかわらず、現実には不特定人に知られなかったことをうかがわせるに足る証拠はないから、ラフタークレーン搭載型杭打機は、本件発明の出願前に行われた上記(3)ア記載の工事で公然と使用されたというべきである。
また、本件発明の内容からして、使用されているラフタークレーン搭載型杭打機を見た者は、そこから本件発明の内容を看取し得るから、ラフタークレーン搭載型杭打機が、本件発明の出願前に公然と使用されたということは、本件発明が、その出願前に公然と使用されたことを意味するというべきである。
(5) 以上の事実からすれば、本件特許は、特許法29条1項2号の規定に違反してされたものであり、本件特許が無効であることは明らかであって(特許法123条1項1号)、無効審判請求がなされた場合には無効審決の確定により本件特許が無効とされることが確実に予見されるものというべきであるところ、本件においては特段の事情も認められないから、本件における原告による本件特許権に基づく請求は、権利の濫用として許されないものというべきである。
したがって、原告の請求は、理由がないというべきである。
2 よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 高松宏之
裁判官 安永武央