関連審決 |
判定請求1996-60013 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成13ネ2296特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成16ネ3458損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成15ネ653特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成13ネ4333損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成14ネ4193特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 公知技術 / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 分割出願 / 抵触 / 対象製品 / 均等 / 均等論 / 置き換え / 同一の作用効果 / 容易に想到(容易想到性) / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 不法行為(民法709条) / 請求の理由 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 拡張 / 公知事実 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
11年
(ネ)
855号
損害賠償請求控訴事件
平成 11年 (ネ) 4565号 附帯控訴事件 |
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控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。) チューナー株式 会社 代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁護士 藤平克彦 被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) ベルテック株式 会社 代表者代表取締役 【B】 訴訟代理人弁護士 池田浩一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/02/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。 2 上記部分に係る被控訴人の請求を棄却する。 3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。 4 被控訴人の当審における新請求を棄却する。 5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者が求めた裁判
1 控訴人 主文同旨の判決 2 被控訴人 (1) 控訴事件につき 本件控訴を棄却する。 (2) 附帯控訴事件につき ア 原判決中、被控訴人敗訴の部分を取り消す。 イ 控訴人は被控訴人に対し金645万0575円及びこれに対する平成5年5月30日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 ウ(当審における新請求)控訴人は被控訴人に対し金7471万6975円及びこれに対する平成5年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 エ イ及びウにつき、仮執行の宣言 (3) 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。 |
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当事者の主張
次のとおり付加するほか、原判決「第二 事案の概要」(3頁2行ないし12頁10行)記載のとおりであるから、これを引用する。なお、当裁判所も、「構成要件(一)」ないし「構成要件(三)」、「本件特許権」「本件特許発明」、「被告装置」の用語を、原判決の用法に従って用いる。 1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 被控訴人の附帯控訴に基づく新請求について本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は被告装置の販売価格の5%が相当である旨の被控訴人の主張は争う。 (2) 本件特許発明の構成要件(二)について 原判決は、本件特許発明の構成要件(二)について、 @ カセット収納函上面に形成された切欠き部分と吊板に形成された切欠き部分のそれぞれが単独で細長い形状になっていたり、両者が同一の幅で直線状につながっていたりする必要はない(25頁2行ないし4行) A 「長溝」は、スライド片のうちカセットと係合する部分がカセット収納函の手前側から吊板の方向に移動できるための空間を提供するものでなければならないが、右のような移動が可能でありさえすればよい(26頁4行ないし6行) B スライド片は、(中略)必ずしも長溝の全体(カセット収納函上面に形成された部分と吊板に形成された部分の双方)に摺動自在に装着されていなくともよい(31頁5行ないし9行) C 長溝がカセット収納函から吊板にかけ渡って形成され、かつ、スライド片が右長溝に従ってカセット収納函から吊板にかけ渡って摺動自在に装着される構成に限定されない(33頁11行ないし34頁2行)と説示している。そして、原判決は、以上の説示を前提として、被告製品について、スライド片7がカセット収納函1の上面の空間部分5には摺動せず、吊板2の長溝6だけに摺動する場合でも、本件特許発明の構成要件(二)の「長溝に摺動自在に装着」に当たる(34頁4行ないし6行)旨判断している。 しかしながら、本件特許発明の特許請求の範囲の記載は、「・・・において、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け・・・」というものであるから、これによれば、本件特許発明の構成においては、収納函上面に形成された長溝と吊板に形成された長溝のいずれもが、スライド片を摺動自在に装着する形状のものであることが自明であり(これは、スライド片の摺動の起点が収納函上面に形成された長溝であることを意味する。)、このことは、本件特許権に係る願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。本件特許権に係る願書に添付された図面も含めて、「本件明細書・図面」と呼ぶことがある。)に示された唯一の実施例に関する記載及び図面によっても裏付けられるところである。そうすると、前記@ないしCの説示は、いずれも本件特許発明の技術内容と相容れないものである。すなわち、長溝がカセットを「摺動自在に装着」する形状のものである以上、カセット収納函上面に形成された長溝と吊板に形成された長溝は、それぞれが単独で細長い形状になっており、しかも、両者が同一の幅(すなわち、スライド片のうち長溝と摺動する部分の幅よりやや広い幅)で直線状につながっている必要があることは技術的に明らかであり、このような構成によってこそ、本件特許発明が企図するカセットの確実な着脱が得られるのである。したがって、原判決の前記説示は完全に誤っており、これを前提としてなされた被告装置のカセット収納函1の上面の空間部分5は本件特許発明の要件であるカセット収納函上面に形成された長溝に相当する旨の判断も誤りである。 被告装置においては、スライド片を摺動自在に装着する「長溝」を吊板にのみ形成している。これは、スライド片とカセットとの係合に独自の構成を採用することによって、カセットの確実な着脱を得ることに成功したものである。すなわち、被告装置のカセット収納函上面に形成されている空間部分5は、スライド片7を摺動自在に装着しておらず、したがって、スライド片を前後方向にガイドするという本件特許発明の長溝の機能を全く果たしていない(空間部分5は、スライド片7の可撓性板状部7eを上方へ逃がすために設けられているものである。)。このように、 被告装置は、カセットの確実な着脱という技術的課題の解決のために、同じくタンブラーバネやリール穴を利用しつつも(これらの利用は、本件特許権の出願当時、 明細書においてあえて詳細に説明する必要がないほど、当業者に周知であり、技術常識となっていた。)、本件特許発明とは全く異なる技術的思想を採用したものである。 (3) 均等論について ア 本件特許発明と被告装置との間には、前者においては、「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝にスライド片が摺動自在にとりつけられている」のに対し、後者においては「吊板にのみ長溝が形成されそこにスライド片が摺動自在に取り付けられており、カセット収納函にはスライド片の逃部のみが存在する」点、その他の点において大きな相違がある。 そもそも、本件特許発明は、その特許請求の範囲に記載された、スライド片が「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され」ることを要旨として限定した構成にその本質的な特徴がある。この要旨以外の本件特許発明における特許請求の範囲の構成中、「かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたことを特徴とするカセット装填装置」という構成は、本件出願当時の周知の技術常識(乙第2ないし第4号証参照)を借用したものにすぎず、本件特許発明の本質的な部分ではない。 このような、本件特許発明の本質的な部分に関する長溝を設ける部材について、 被告装置のように二つの部材の一方にのみ摺動溝が設けられている構成は、到底、 本件特許発明の均等の範囲には含まれ得ないというべきであり、均等論によって、 このような場合にまで技術的範囲を拡張することは許されない。 イ 被控訴人は、本件特許発明が「一操作型」のカセット装填装置の発明であるとし、被告装置は「一操作型」であるがゆえに本件特許権に抵触しており、「長溝」の有無あるいは「摺動」「装着」の如何は本質的な問題ではない旨主張する。 しかしながら、本件特許請求の範囲からは、「一操作型」に対する権利は生じない。 本件特許権は、特願昭44-12511号(以下「原出願」という。)からの分割により、特願昭52-2144号として分割出願されたものである。本件特許権の特許請求の範囲における「一操作型」のカセット装填装置としての記載部分には、「録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセット収納函を吊板により操作位置に対して上下自在に装着して、カセットをカセット収納函に挿入してともに下方の録音、再生等の動作位置に移動せしめるカセット型テープレコーダにおいて」と記載されているのみであって、原出願(補正のうえ特許第924544号として登録。)の特許請求の範囲の記載(別紙1参照)と対比するならば、録音、再生等の動作位置への移動方法そのものを特許発明の対象とする趣旨とは、到底、解し得ない。また、本件特許権の分割出願に至る経緯に鑑(かんが)みると、 本件特許は、原出願に対する多数の異議申立てに対応すべく、吊板とカセット収納函上面に設けた切り欠きとこれを摺動する部材とに関わる部分を限定強調して分割出願されたものであることが明らかである。したがって、本件特許は、被控訴人のいう「一操作型」であるという点に特許を付与したものではない。本件特許の技術的範囲を画する本質的要素はあくまで吊板・カセット収納函上面の「長溝」とそれに装着され摺動する「スライド片」にある。 本件分割前の原出願を含めて見ても、被控訴人は、「一操作型」の中の限定された一形態についてしか出願していないことが明かであり、原出願に係る特許を含め、一操作型一般には権利は付与されていない。すなわち、被控訴人は、分割前の原出願に対し、特許庁審判官から「一操作型」そのものは公知であるとして拒絶理由通知を受け、これに対して、被控訴人が、手続補正書で、「一操作型」の中の極めて限定された手法に「特許請求の範囲」の該当部分を補正し、更に特許異議の申立てを受けて手続補正をして、更に狭い特定の手法に限定している。このように、 被控訴人は、出願の過程において、自らの出願が「一操作型」一般には到底及び得ないことを自ら認め、特許請求の範囲を限定している。これらの補正が、本件特許権の分割出願前に行われていることからすれば、本件特許自体も、被控訴人自らが認めた限界の制約に服するものと解さなければならない。さらに、本件特許権は、 分割前の原出願の出願公告後の分割出願に係るものであるから、その権利内容について更なる法的限定がなされなければならない。したがって、本件特許については、分割出願に際して強調した部分しか権利を主張できない。 2 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 附帯控訴に基づく新請求の理由 原判決は、本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は被告装置1台当たり金30円が相当である旨判断している。 しかしながら、本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、被告装置の販売価格の5%が相当である。そして、被告装置の1台当たりの販売価格は、S-26が金1990円、S-27が金1270円、S-28が金1526円であるから、本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、1台当たり、S-26が金99円、S-27が金63円、S-28が金76円である。これらを被告装置の各販売台数(S-26が104万6877台、S-27が17万3386台、 S-28が6万9852台)に乗ずると、S-26が金1億0364万円(1000円未満切捨て。以下同じ)、S-27が金1092万3000円、S-28が金530万8000円、合計金1億1987万1000円となるから、このうち原判決において認容されなかった金8116万7550円(ただし、このうち金645万0575円は原審において請求している。)及びこれに対する不法行為後である平成5年5月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (2) 本件特許発明の構成要件(二)について 控訴人は、本件特許発明のカセット収納函上面に形成された長溝と吊板に形成された長溝は、それぞれが単独で細長い形状になっており、しかも、両者が同一の幅(すなわち、スライド片のうち長溝と摺動する部分の幅よりやや広い幅)で直線状につながっている必要がある旨主張する。 しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の欄の実施例の説明において、スライド片7はカセット収納函1の長溝5及び吊板2の長溝6を「移動」する旨説明されている(3欄8行、14行、19行、21行、24行、4欄44行)。 すなわち、本件特許発明の特許請求の範囲にいう「摺動」は、「移動」のことにほかならないから、本件特許発明の要件である長溝を控訴人主張のように限定的に解釈する合理的理由はない。 したがって、スライド片7がカセット収納函1の上面の空間部分5には摺動せず、吊板2の長溝6だけに摺動する場合でも、本件特許発明の構成要件(二)の「長溝に摺動自在に装着」に当たり、被告装置のカセット収納函1の上面の空間部分5は本件特許発明の要件であるカセット収納函上面に形成された長溝に相当する旨の、原判決の判断は正当である。 (3) 均等論について 仮に、被告装置が構成要件(二)を充足しないとしても、均等論の観点から、被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属するというべきである。 ア 本件特許発明に対する従来技術は、カセットをカセット収納函内に挿入した後、押釦(押しボタン)を押して、カセット収納函を録音、再生位置方向に移動させるカセット装填機構における「二段階操作型」であった(この従来例は、本件明細書の第1欄24行ないし37行、本件特許発明の原出願に係る特許発明の特許公報(乙第25号証)の第1欄22行ないし32行とその第1図に説明されている。)。これに対し、本件特許発明は、録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセット収納函を吊板により装置主体に「上下動自在に装着して」、カセットをカセット収納函に挿入して、この挿入とともにその際のタンブラーバネの弾発力を利用して自動的にカセット収納函を下方の録音、再生等の動作位置に移動させるものである。このように従来例が二段階操作型であるのに対し、本件特許発明は、「一操作型」であり、これが本件特許発明の本質的部分(特徴)となっている。控訴人が請求した本件特許発明に対する無効審判の審決においても、本件特許発明の構成要件(一)は、一操作型の装填装置について言及したものと認められており、この審決は確定している。 なお、本件特許発明は、あらゆる一操作型のカセット装填装置にまで権利が及ぶとしているものではなく、カセットをカセット収納函に半分ほど挿入しただけで後は自動的にカセットが吸い込まれる技術について特許を取得したものである。したがって、一操作型でも、カセットをカセット収納函に半分程挿入しても自動的にカセットが吸い込まれない技術は、本件特許発明の技術的範囲には属しない。 イ 被告装置は、本件特許発明と同じく、カセットをカセット収納函に半分程挿入しただけで後は自動的にカセットが吸い込まれる一操作型であり、その特徴は、本件特許発明の本質的部分と同じである。本件特許発明の構成要件(二)を被告装置の案内機構の構成に置き換えても、この本質的部分が阻却されることはない。 被告装置の案内機構は、その製造時点における公知事実であったから(甲第21、 第24号証)、当業者としての控訴人において、本件特許発明の構成要件(二)を、 被告装置の案内機構に置き換えることは容易に想到することができた。また、本件特許発明の出願時において、被告装置と同一の公知技術は存在せず、そうである以上、被告装置が公知技術から出願時に容易に推考することができたものであるともいえない。そして、本件特許発明の出願手続過程においては、拒絶理由通知等もなく、意見書・手続補正書等も提出していないから、被控訴人は特許請求の範囲から被告装置の案内機構を意識的に除外したといった特段の事情もない。したがって、 被告装置は、均等論適用の5要件(最高裁判所第三小法廷平成10年2月24日判決)をすべて満たしている。 ウ 控訴人は、乙第2ないし第4号証を根拠に、構成要件中の「かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたことを特徴とするカセット装填装置」は技術常識であり、このことからすると、本件特許発明の本質的特徴部分は、構成要件(二)の前段の「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され」という構成にある旨主張するが、この主張は誤っている。 乙第2ないし第4号証は、本件特許発明に係る出願(原出願)当時公開されていなかったから、そこに記載された技術が公知事実でもなければ技術常識でもないことは当然である。そもそも、本件特許発明は、構成要件(二)の部分的構成要素について権利取得をしているのではなく、本件特許請求の範囲に記載された全体の構成要件をもって一発明として成立しているものである。控訴人の主張は、本件特許発明の構成要件を分断した上で、発明を構成する一部分のみについて公知ないし常識技術と主張しているものにすぎず、本件特許発明の各構成要件が有機的に結合していることを無視している。 |
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当裁判所の判断
当裁判所は、原判決と異なり、被控訴人の控訴人に対する請求は、被控訴人の当審における新請求(が附帯控訴に基づき拡張した部分)も含めて、全部棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。 1 争点1(被告装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか)に関する原判決の判断のうち、被告装置が本件特許発明の構成要件(一)及び構成要件(三)を充足する旨の判断(13頁2行ないし21頁7行、35頁10行ないし38頁5行)は正当であるから、これを引用する。 2 本件特許発明の構成要件(二)についてしかしながら、争点1に関する原判決の判断のうち、被告装置が本件特許発明の構成要件(二)を充足する旨の判断(21頁8行ないし35頁9行)は、誤りであるといわざるを得ない。 (1) 原判決は、本件特許発明の特許請求の範囲においては「長溝」の具体的形状に格別の限定は付されていないとの理解の下に、構成要件(二)のうち「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝」の構成について、 a カセット収納函上面と吊板のそれぞれに切欠き部分が形成され、これらが相互に連続し、かつ全体として細長い形状になっている構成でなければならない(24頁8行ないし10行) b カセット収納函上面に形成された切欠き部分と吊板に形成された切欠き部分のそれぞれが単独で細長い形状になっていたり、両者が同一の幅で直線状につながっていたりする必要はない(25頁2行ないし4行) c スライド片のうちカセットと係合する部分は、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に沿って、カセット収納函上面に形成された切欠き部分と吊板に形成された切欠き部分の双方を移動する必要がある(25頁11行ないし26頁3行) d 「長溝」は、スライド片のうちカセットと係合する部分がカセット収納函の手前側から吊板の方向に移動できるための空間を提供するものでなければならないが、右のような移動が可能でありさえすればよい(26頁4行ないし6行)旨説示している。 しかしながら、本件特許発明の特許請求の範囲は「・・・において、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け・・・」というものであるから、これによれば、本件特許発明の要件である「長溝」は、スライド片を「摺動自在に装着」する形状のものに限定されていることが明白であり、ここに他の解釈を入れる余地はないものというべきである(なお、長溝と摺動するものが、スライド片全体ではなく、スライド片のうち長溝を垂直的に貫く部分(原判決29頁7行、8行にいう「スライド片のうち長溝と摺動する部分」)であることは、技術的に明らかである。以下これを「溝貫通部」という。)。 したがって、原判決の説示aはもとより正しいが、説示bは誤りであるといわなければならない。なぜなら、「長溝」は、それらを溝貫通部が「摺動」する、すなわち、溝貫通部の両端のいずれかを、常に長溝の長手方向の両縁に「接触状態ですり動かす」(乙第8号証参照)必要があるから、長溝のカセット収納函上面に形成された部分(以下「長溝A」という。)の幅と、同じく吊板に形成された部分(以下「長溝B」という。)の幅は、いずれも、溝貫通部の幅より合理的な限度でのみ大きいものでなければならず、したがって、長溝A及び長溝Bは事実上、同一の幅のものにならざるを得ないからである(もっとも、「摺動」の一態様として、溝貫通部の長手方向のいずれかの一端を長溝のどちらかの縁に「接触状態ですり動かす」ものを想定することも可能であるが、「長溝」の構成を採用しながら、そのような不安定な態様の摺動を企図することには技術的な合理性がないと考えられる。)。これに反して、長溝Aと長溝Bが直線状につながっている必要があるか否か(そもそも、長溝Aと長溝Bのそれぞれが直線状である必要があるか否か)は、 一義的に決めることはできない。 もっとも、カセットの滑らかな着脱を得るためには、長溝Aと長溝Bの間が滑らかに連続している必要があることはいうまでもないところである。 なお、本件特許発明の特許請求の範囲においては、「スライド片全体」、「スライド片のうちカセットと係合する部分」及び「スライド片のうち長溝と摺動する部分」(溝貫通部)の位置関係が何ら特定されていないから、説示cの当否は一義的には決めることができない。また、説示dは、溝貫通部ではなく「スライド片のうちカセットと係合する部分」について述べられている以上、必ずしも誤りではないということができるが、「スライド片のうちカセットと係合する部分」に溝貫通部が含まれるものとされているとすれば、明らかに誤りである。 (2) 次に、原判決は、本件特許発明の構成要件(二)のうち「長溝に摺動自在に装着され(中略)るスライド片」の構成について、 e スライド片のうちカセットと係合する部分は、長溝のうちカセット収納函上面に形成された部分と吊板に形成された部分の双方を移動する必要があるが、本件特許発明の作用及び効果を奏するためには、スライド片全体が、カセット収納函上面及び吊板に形成された一連の長溝の全体にまたがって移動する必要はない(29頁2行ないし6行) f スライド片のうち長溝と摺動する部分がカセット収納函上面及び吊板に形成された一連の長溝の全体にまたがって移動する必要はない(29頁7行ないし9行) g スライド片は、タンブラーバネの弾発力の作用する方向を変換するという目的を果たすために必要な範囲内で長溝に摺動自在に装着されていれば足り、必ずしも長溝の全体(カセット収納函上面に形成された部分と吊板に形成された部分の双方)に摺動自在に装着されていなくともよい(31頁5行ないし9行)旨説示している。 本件特許発明の特許請求の範囲において「スライド片全体」、「スライド片のうちカセットと係合する部分」及び「スライド片のうち長溝と摺動する部分」(溝貫通部)の位置関係が何ら特定されていない以上、説示eの前半の当否は一義的には決めることができないが、説示eの後半は誤りではないということができる。 次に、説示fは正しいが(ただし、「移動」は「摺動」と読み替えられなければならない。)、ここにいう「長溝の全体」が、gに記載されている「カセット収納函上面に形成された部分と吊板に形成された部分の双方」の意味であるとするならば誤りといわざるを得ない。なぜなら、本件特許発明の構成要件(二)を、スライド片(の溝貫通部)が長溝Aと長溝Bのいずれか一方のみを摺動することによってカセットの着脱を行う構成を表していると解することは、同構成要件が長溝Aと長溝Bの双方を溝貫通部が摺動自在に装着される形状のものとして特定している技術的理由を、殊更に無視することにならざるを得ないからである。 説示gは、「本件特許発明においてスライド片が長溝に摺動されるように構成されているのは、タンブラーバネの弾発力の作用する方向をカセットが挿入され又は脱出する方向に変換するためである」(29頁10行ないし30頁1行)ことを理由とするものである。しかしながら、本件特許発明の特許請求の範囲によれば、本件特許発明の要件である長溝は、「カセット収納函上面から吊板にかけて」形成され、常にスライド片(の溝貫通部)を自在に摺動すべき部材として構成されているのであるから、長溝が行うべき作用を、タンブラーバネの弾発力が作用する方向を変換することのみに限定することには根拠がなく、甲第1号証によれば、本件明細書・図面にもこれに沿う記載は一切存在しないことが認められる。 この点について、原判決は、タンブラーバネの弾発力が作用する方向を変換するためにはスライド片の側部が長溝の縁部に拘束される必要があるという趣旨の説示をしている(30頁8行ないし10行)。しかしながら、仮にそうであるとしても、そのことは、本件特許発明において長溝の行うべき作用が、タンブラーバネの弾発力が作用する方向の変換に関する事項に限られることに結び付くものでないことは自明というべきである。「カセットをカセット収納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセットが吸い込まれるので、少くとも指先の負傷の不安感がないとともに、快適な装填が楽しめる。またカセットの脱出機構の簡素化を図り、しかもその脱出作動を円滑かつ適切ならしめることができる等、多くのすぐれた効果」(甲第1号証5欄17行ないし6欄5行)を生むため、右変換の機構のみならず、 これに加えて、スライド片を案内する作用によってスライド片の動きを安定させつつ、これのカセット収納函上面と吊板との間の移動を実現する機能をも長溝に持たせる構成が採用されたとする以外に、本件特許発明の特許請求の範囲の「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け」との文言を合理的に理解する方法はないものというべきである。また、本件明細書に示された唯一の実施例に関する記載において、スライド片につき「移動」の語が用いられていることは被控訴人主張のとおりであるが、もともと「移動」は「摺動」を包摂するものであってこれを排斥するものではないうえ、そこには、同時に、「カセット収納函1側の長溝5には吊板2側の長溝6にかけて摺動可能なスライド片7が嵌合されている。」(甲第1号証2欄37行ないし3欄2行)と明確に記載されており、右記載と図面とを併せれば、被控訴人の挙げる「移動」は、正確には「摺動」であることが明らかであるから、実施例に関する記載は、結局のところ、右理解の正しさを裏付けるものというべきである。 (3) 以上(1)、(2)の判断を総合すると、本件特許発明の構成要件(二)は、スライド片の溝貫通部を摺動自在に装着する形状の長溝Aがカセット収納函上面に、同一形状の長溝Bが吊板に形成され、溝貫通部が長溝Aと長溝Bのそれぞれの少なくとも一部を自在に摺動することによってカセットの着脱を行う構成を意味すると解するのが相当である。 この点に関する被控訴人の主張は、本件特許発明が企図する作用効果を得るためには、溝貫通部は必ずしも長溝Aと長溝Bの双方を摺動する必要はなく、長溝Aあるいは長溝Bのいずれか一方を摺動すれば足り、したがって溝貫通部が摺動する必要のない側の長溝は実質的に長溝の形態でなくともよい旨をいうものと善解することができる。しかしながら、前掲甲第1号証によれば、本件明細書には、本件特許発明が企図する作用効果は特許請求の範囲記載の構成により実現される旨が記載されているだけで、これを得るためには溝貫通部が必ずしも長溝Aと長溝Bの双方を摺動する必要はないことは全く記載されておらず、これを示唆する記載も存在しないことが明らかであり、かつ、上記作用効果を得るためには溝貫通部が必ずしも長溝Aと長溝Bの双方を摺動する必要はないことが技術的に自明であるともいえない以上、本件特許発明の技術内容は、特許請求の範囲の記載に基づいて、前記のように理解するほかないのである。 したがって、本件特許発明の構成要件(二)は「長溝がカセット収納函から吊板にかけ渡って形成され、かつ、スライド片が上記長溝に従ってカセット収納函から吊板にかけ渡って摺動自在に装着される構成に限定されない」(33頁11行ないし34頁2行)とした原判決の判断は、本件特許発明の特許請求の範囲に沿わないものであって、誤りである。 (4) しかるに、被告装置において、スライド片7(の溝貫通部)がカセット収納函1の上面の空間部分5に摺動しないことは当事者間に争いがないのであるから、 被告装置の空間部分5は、本件特許発明の要件である長溝Aに該当しないことが明らかである。乙第37号証によれば、本件特許発明に係る判定請求事件(平成8年判定請求第60013号)においてなされた判定においても、「イ号物件(判決注・被告装置)のカセット収納函1の空間部分5は、本件特許発明のカセット収納函上面の長溝とはその構成及び機能が相違しており、イ号物件は本件特許発明の構成要件Bを備えていないというべきである」と判断されていることが認められ、これを排斥すべき理由は、本件全資料を精査しても見出すことができない。 そうすると、「スライド片7がカセット収納函1の上面の空間部分5には摺動せず、吊板2の長溝6だけに摺動する場合でも構成要件(二)の「長溝に摺動自在に装着」に当たる」とした原判決の説示(34頁4行ないし6行)は誤りであるから、 これを前提に被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属するとした原判決の判断は、維持することができない。 3 均等論について (1) 2で説示したところによれば、本件特許発明は、その構成要件(二)において被告装置と一致しない部分があることになる。被控訴人は、被告装置が構成要件(二)を充足しなくとも、均等論の観点から、被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属するということができると主張する。 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造する製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても、@その部分が特許発明の本質的な部分ではなく、Aその部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、B右のように置き換えることに、当業者が対象製品の製造の時点において容易に想到することができたものであり、C対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、その対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁第三小法廷平成10年2月24日判決参照)。 そこで、被告製品が本件特許発明との関係で上記均等論適用の要件を満たすか否かについて検討する。 (2) 上記のとおり、均等論が適用されるためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品と異なる部分が特許発明の本質的な部分ではないことを要する。 被控訴人は、従来技術が、カセットをカセット収納函内に挿入する操作と、カセット挿入後、押釦を押して、カセット収納函を録音、再生位置に移動させる操作の二つの操作を要する、いわゆる「二段階操作型」のカセット装填機構であったのに対し、本件特許発明は、カセットをカセット収納函に挿入する操作をしただけで、あとは自動的にカセットを収納した収納函を録音、再生位置に移動させることができる、いわゆる「一操作型」のカセット装填機構のうち、カセットをカセット収納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセットが吸い込まれる技術をその技術的範囲とするものであり、このような「一操作型」が本件特許発明の本質的な部分であり、このような一操作型の装置であれば、構成要件(二)を充足しなくとも本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張する。 ア そこで、まず、改めて、本件特許発明の特許請求の範囲を見ると、その記載は次のとおりである(当事者間に争いのない事実)。 「録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセット収納函を吊板により装置主体に対して上下動自在に装着して、カセットをカセット収納函に挿入してともに下方の録音、再生等の動作位置に移動せしめるカセット型テープレコーダにおいて(構成要件(一))、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け(構成要件(二))、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたこと(構成要件(三))を特徴とするカセット装填装置」 この特許請求の範囲の記載において、構成要件(一)は、本件特許発明がいわゆる一操作型のカセット装填機構であることを示しているものと解することができるとしても、その記載自体からは、一操作型のカセット装填機構の具体的構成については、カセット収納函を吊板により装置主体に対し上下動自在に装着したこと以外には明らかでない。そして、上に示したとおり、特許請求の範囲において、本件特許発明は、このような一操作型のカセット装填機構において、構成要件(二)、(三)を設けたことを特徴とするものであると明示的に記載されており、この記載によれば、構成要件(二)、(三)は、本件特許発明の一操作型のカセット装填機構の具体的構成を特徴付けるものとして記載されていることが明らかである。 イ 次に、本件明細書の発明の詳細な説明を見る。甲第1号証(本件特許権に係る特許公報、別紙2参照)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、@従来の一操作型のカセット装填装置においては、カセット挿入時に、カセットをカセット収納函に水平方向に全部押し込まなければならず、この挿入完了の段階で、カセットが挿入された収納函が下方に移動するので、カセットを押し込み操作している手指の指先や爪先に傷害を起こすことが多く、カセット脱出時には、カセット収納函を録音、再生等の動作位置から動作待機位置に上動させた後収納されているカセットを押し出す二工程関連動作によって行われていたため、その機構が複雑であり、かつカセットの脱出が円滑かつ適切に行われ難い欠点があったこと(なお、被控訴人は、本件明細書に本件特許発明の従来例として記載されているのは、カセットをカセット収納函内に挿入する操作と、カセット挿入後、押釦を押して、カセット収納函を録音、再生位置に移動させる操作の二つの操作を要する「二段階操作型」であると主張する。しかしながら、本件明細書に従来例として記載されているのは、カセットの水平方法への挿入の完了と同時にカセット収納函が下方に移動する一操作型のカセット装填装置であることが、本件明細書の発明の詳細な説明における「録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセット収納函にカセットを挿入し、ともに下方の録音、再生等の動作位置に移動せしめてカセットを装填する型式のカセット型テープレコーダにおいては、カセット挿入時に、カセット収納函に対するカセットの水平方向の挿入完了時点で、カセット収納函とともに下方へ移動するので、カセットを押込み操作している手指の指先や爪先に傷害を起こすことが多く」(甲第1号証1欄24行ないし32行)の記載自体から明らかである。被控訴人は、本件特許発明の従来例を記載したものとして、原出願に係る発明の特許公報の記載及び図面(乙第25号証)を引用するが、これらは、本件明細書に記載された従来例とは無関係なものである。)、A本件特許発明は、これらの欠点を一掃するため、カセット収納函を吊板により装置主体に対し上下動自在に装着した一操作型のカセット装填装置において、「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けた」構成を採用したこと、Bこの構成を採用したことにより、カセット収納函に対するカセットの挿入及び脱出の各工程で、スライド片に係着されているタンブラーバネのデッドポイントを越えさせ、その際のタンブラーバネの弾発力を利用して自動的にカセットの挿入又は脱出の動作を完了させることができるようになり、 カセット挿入操作を手指や爪先を負傷することなく安全に行うことができ、また、 カセットの脱出機構の簡素化を図り、しかもその脱出機構を円滑かつ適切ならしめることができる装置を提供することができること、が記載されている。 これらの記載によれば、「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けた」構成は、 本件特許発明において、カセットをカセット収納函に挿入する操作をしただけで、 あとは自動的にカセットを収納した収納函を録音、再生位置に移動させることができる一操作型のカセット装填装置を実現するとともに、カセットの脱出機構を円滑かつ適切ならしめるために必要な構成として記載されていることが明らかである。 すなわち、本件特許発明は、一操作型のカセット装填装置において、カセットの円滑な挿入、脱出を実現するため、カセット収納函の上面と吊板の双方に長溝を形成し、スライド片に係着連動するタンブラーバネの弾発力を利用して、長溝にスライド片を摺動、案内させることにより、スライド片を安定させつつ、スライド片のカセット収納函と吊板との間の円滑かつ安定した移動を実現する機能を持たせることを意図したものということができる。 ウ 証拠(甲第1、第2、第34号証、乙第21ないし第23号証、第25、第34、第35、第41、第47、第48号証)及び弁論の全趣旨によれば、 @ 本件特許は、原出願(特願昭44-12511)の分割出願として昭和57年に特許出願されたものであること、 A 原出願は、当初、特許請求の範囲を「(1)カセットをカセット函に挿入することにより、自動的にカセットはカセット函とともに移動して装置本体に装着されることを特徴とするカセット装着装置。(2)カセットをカセット函に挿入する最終段階でロック板に作用せしめて移動板の移動により、自動的にカセットをカセット函とともに移動して装置本体に装着されるようにし、同時にピンチローラー等のテープ駆動機構ヘッド等の録音再生機構を自動的に上記カセットに接触せしめ、テープの駆動並びに録音再生動作を行うようにしたことを特徴とするカセット装着装置。(3)停止板の押圧によりピンチローラー等のテープ駆動機構、ヘッド等の録音再生機構がカセットのテープより離脱すると同時にカセットを収容せるカセット函を強制的に移行せしめ、更にカセット函よりカセットを外方にとびださせるようにしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項2項記載のカセット装着装置。」としていたのを、「カセットを水平に挿入し自動的に演奏状態に装填することは第1引用例(判決注・ドイツ特許第1207653号明細書のこと)により公知である。」など拒絶理由通知を受けて行ったものなどの手続補正を経て、昭和47年12月9日公告され(特公昭47-49010号)、更に手続補正を経て、昭和53年4月17日に特許査定を受け、同年9月22日に特許第924544号として登録されたものであること、 B その特許公報記載の特許請求の範囲には、「少なくとも、基板に回動自在に取付けられた吊板と、この吊板に回動自在に取付けられたカセット収納函と、吊板とカセット収納函の天板とに一連の摺動溝をカセットの収納方向と同方向に切欠形成し、この摺動溝に摺動自在に取付けられたスライド片と、該スライド片がカセット挿入によりある位置を過ぎると、それ以降はカセットを所定収納位置まで自動的に収納しうるようにスライド片を附勢するタンブラバネと、上記カセット収納函をカセット挿入待機位置、録音、再生位置に交互に移動する移動板と、よりなるカセット型テープレコーダに於いて、一端を上記カセット収納函によって形成されるカセット収納孔の奥部にのぞませ、且つ、他端に形成した係止片を上記移動板に形成した係合片の係脱自在とし、且つ、常時上記係合方向に附勢された係止板を可動しうるように設け、以って、上記カセット収納函内にカセットを挿入すると、該カセットがある位置まで達すれば、それ以降は自動的に所要収納位置まで移動され、 該所要収納位置に達する直前に於いて、上記スライド片の先端又はカセットの先端面が上記係止板のカセットの収納孔の奥部にのぞまされた部分に当接して、該係止板と上記移動板との係合を解き、移動板を移動して、カセット収納函を自動的に録音、再生位置に移動するようにしたことを特徴とするカセットの装填装置。」と記載され、発明の詳細な説明には、「従来のものは、一たんカセットをカセット収納函1に挿入し終わってから、押釦6を押さなければカセットの装填を行うことが不可能であるから、カセットの装填操作に手数を要するのみならず、構造も必然的に複雑になると言う欠陥があった。本発明は、上記従来の欠陥を一掃すべく意図して発明されたもので、カセット9をカセット収納函1に挿入すれば、自動的に装填を終了するように構成したもので、押釦の操作を不要にしたものである。」などと記載されていること、 C 原出願の特許公報記載の第2図(b)、第4図、第5図は、本件明細書の第2図、第4図、第3図と対応する、ほぼ同一の図面であり、原出願の特許公報記載の実施例と本件明細書記載の実施例とは同一のものであること、 D 控訴人は、本件特許発明は、原出願に係る発明と別個の発明であるとは認められず、原出願に係る発明と重複し、むしろそれよりも権利範囲が広い発明であるから、分割要件を欠くものである等と主張して特許無効の審判を請求したが、特許庁は、平成11年1月21日、同審判の請求は成り立たないとの審決をし、同審決は確定したこと、 が認められる。 原出願に係る発明と本件特許発明の各特許請求の範囲を対比すると、原出願に係る発明も、本件特許発明も、ともに、収納函に挿入されたカセットを、自動的に下方の録音、再生位置に移動せしめる、いわゆる「一操作型」のカセット装填装置であり、その構成として、吊板、吊板に回動自在に取り付けられたカセット収納函、 吊板とカセット収納函に形成された一連の長溝、この長溝に摺動自在に取り付けられたスライド片及びこのスライド片に取り付けられたタンブラーバネを有する点において共通しているものの、@原出願に係る発明においては、収納函内に挿入されたカセットを自動的に下方の録音、再生位置に移動するための構成として、挿入されたカセットが係止板と移動板との係合を解き、移動板を移動させる方法によって行うという具体的構成が明示され、かつ、その具体的構成自体を出願発明の特徴とすることも明示されているのに対し、本件特許発明においては、この具体的構成が全く示されておらず(本件明細書の発明の詳細な説明中で、実施例の説明として、 この構成が記載されているにすぎない。)、その一方で、「カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたこと」を発明の特徴とすることが明示されている点、A本件特許発明においては、長溝に摺動自在に装着されたスライド片及びこれと係着連動するタンブラーバネがカセットの挿入のみならず脱出にも関与することが明示されているのに対し、原出願に係る発明においては、発明そのものに関してはこのことが示されていない点(原出願の特許公報中の発明の詳細な説明中で、実施例の説明として、この構成が記載されているにすぎない。)、において相違する。 上記認定によれば、原出願に係る発明は、カセット挿入後、カセットを録音、再生位置に移動させるための構成としては、挿入されたカセットが係止板と移動板との係合を解き、移動板を移動させる方法を用いる具体的構成に限定された発明であり、これ以外の構成による発明を、原出願に係る明細書の図面中に見出すことはできない。これに対し、本件明細書・図面(本件特許発明の出願に係る明細書・図面)においては、カセット挿入後、カセットを録音、再生位置に移動させるための具体的構成のみに着目すると、特許請求の範囲において特定されておらず、原出願に係る明細書に記載されたもの以外の構成も含まれ得る記載となっている。 本件特許発明は、原出願の分割出願に係るものであるから、原出願中に発明として含まれていたものでなければならず(昭和45年改正前の特許法44条1項)、 かつ原出願とは別個の発明でなければならないことは、いうまでもないところである。このように、本件特許発明が原出願の分割出願に係るものであることに留意しつつ、上記認定の原出願に係る発明及び本件特許発明に関する出願明細書中の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を併せて考慮するならば、本件特許発明は、収納函に挿入されたカセットを、自動的に下方の録音、再生位置に移動せしめるカセット装填装置について、原出願の明細書中から、カセットの挿入、脱出に関与するところの、長溝に摺動自在に装着されたスライド片及びこれと係着連動するタンブラーバネの構成に特に着目し、これを取り出して分割出願に係る発明としたものと解さざるを得ず、したがって、この部分こそが本件特許発明の本質的部分であるというべきである。 被控訴人は、本件特許発明の本質的部分は「二段階操作型」を、カセットをカセット収納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセットが吸い込まれる「一操作型」にした点にある旨主張するが、採用できない。 そもそも、原出願自体、一操作型の中の限定された構成を特許請求の範囲とするものであり、その特許請求の範囲における構成要件の規定の仕方その他の前認定の事実関係の下では、それを本質的部分とするものというべきであるから、本件特許発明の本質的部分を、広く上記の「一操作型」にあると解釈することは、原出願の発明と重複し、かつこれよりも広い発明を認めることになる。このような結果をもたらす分割出願、特に出願公告後の分割出願をおよそ認めてよいか否かは、それ自体一つの問題となり得る事項というべきである。その点はおくとしても、分割出願により、そのような権利を得ようとするならば、少なくとも、分割出願に当たり、 自己の求めているのがそのような権利であることを、すなわち、分割出願に係る発明の本質的部分が、広く上記の「一操作型」であることにあることを、明瞭な形で示し、そのようなものとして特許庁の審理、判断を受け、一般第三者にも明らかにする必要があるものというべきである。ところが、前記の事実関係の下では、被控訴人が分割出願に当たり現実に行ったのは、むしろ、分割出願に係る発明の本質的部分は広く上記の「一操作型」にあるわけではないことを、示すものと見られても仕方のないものということができる(別紙1に示される、原特許と本件特許と各特許請求の範囲の記載を対照せよ。)。このようなとき、分割出願に係る発明である本件特許発明の本質的部分は上記「一操作型」を採用した点にある、とすることは、許される余地のないものというべきである。 エ 以上によれば、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着されたスライド片を設けた構成は、原出願に係る発明においては、本質的部分ではないと見られ得るとしても、本件特許発明においては本質的な部分であると見る以外にないというべきである。本件訴訟は、本件特許を請求の根拠とするものであって、原出願に係る特許を請求の根拠とするものではないから、本件においては、均等論適用に必要な要件が欠けている、という以外にない。均等論をいう、被控訴人の主張は採用できない。 4 以上によれば、被告装置は特許発明の技術的範囲に属するとした原判決の判断を維持することができないことは、その余の点について判断するまでもなく、明らかである。被控訴人の控訴人に対する請求を一部認容した原判決は失当であり、 被控訴人の当審における新請求(附帯控訴に基づき拡張した部分)も、理由がない。 よって、原判決中、被控訴人の請求を認容した部分は失当であるからこれを取り消し、同部分にかかる被控訴人の請求を棄却するとともに、被控訴人の附帯控訴を棄却し、被控訴人の当審における新請求(附帯控訴に基づき拡張した部分)を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 阿部正幸 |