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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成12ワ27714特許権に基づく製造販売禁止等請求事件 判例 特許
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平成12ワ12728特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  特許の有効性 /  技術的手段 /  発明の詳細な説明 /  警告 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  参酌 /  意識的除外(意識的に除外) /  不存在 /  信義則 /  禁反言 /  実施 /  先使用権(先使用) /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 8204号 特許権侵害差止請求権不存在確認請求事件
原告 成幸工業株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 吉田和彦
同 渡辺光右補佐人弁理士 大塚文昭
被告 株式会社イケハタ右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 長濱毅
同 古田啓昌
同 城山康文
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告と被告との間において、被告は、別紙工法目録記載の工法につき、
特許番号第一八七五二八九号の特許権の侵害を理由とする差止請求権を有しないことを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
事案の概要
原告は、別紙工法目録記載の工法(以下「原告工法」という。)を使用している。原告は、被告に対して、原告の右行為は被告の有する特許権を侵害していないとして、右特許権に基づく原告の差止請求権が存在しないことの確認を求めた。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない。) 1 被告の有する特許権 被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。
(一) 発明の名称 連続壁体の造成工法 (二) 出願日 平成元年三月三〇日 (三) 登録日 平成六年九月二六日 (四) 登録番号 第一八七五二八九号 (五) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下、右公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) 2 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A 先端付近より硬化液を吐出しながら回転するオーガを回転域が一部重複するように複数基並列し、かつその並列を回動可能にした削孔機を用いること B 削孔機による硬化液の吐出と回転とで連通した複数本からなる立抗を地盤に削孔すると同時に削孔土砂と硬化液とを撹拌混合してこれら混合物からなる壁体造成材料を立抗内に打設し、
C この壁体造成材料の打設後に削孔機による硬化液の吐出と回転とを維持して壁体造成材料を撹拌混合しながら削孔機を立抗から引き上げ、
D 壁体造成材料が硬化する前にこの立抗に一部重複しかつ削孔機の回転により0度を含む所定の角度を介在させてさらに次の立抗を削孔すると同時に壁体造成材料を打設し、
E 壁体造成材料が打設された立抗を連続させてその壁体造成材料を硬化させること を特徴とする連続壁体の造成工法。
なお、被告は、現在、右特許請求の範囲について、訂正請求している。
3 原告の行為 原告は、原告工法を業として使用している。
4 被告の行為 被告は、平成一一年七月二八日以降、原告が請け負った工事の施主に対し、通知書及び警告書を送付し、その中で、本件特許権を特定の上、「被告の許可なく本件特許の請求範囲に含まれる工法を実施しないように注意して下さい」などと記載し、原告工法が採用されている工事において本件発明を実施しないように求め、本件特許権が侵害された場合には、本件特許権に基づき差止請求をする旨警告した。
5 構成要件A、B、C及びEの充足性 原告工法の構成は、本件発明の構成要件A、B、C及びEを充足する。
二 主要な争点 1 構成要件Dの充足性 (被告の主張) 原告工法の構成は、以下のとおり、本件発明の構成要件Dを充足する。
(一) 構成要件Dの解釈 (1) 構成要件Dの「削孔機の回転により0度を含む所定の角度を介在させてさらに次の立抗を削孔する」とは、@削孔機に複数配置されている各オーガをそれぞれ回転させることによって次の立坑を削孔すること、A最初の立坑と次の立坑との間には0度を含む所定の角度を介在させることを意味するものと解すべきである。
その理由は以下のとおりである。本件明細書において、「回転」と「回動」とは使い分けがされており、「回転」という語を用いる場合は、回転の対象は各オーガを意味していること、したがって「削孔機の回転により」という語句は、「削孔機に配置された各オーガの各回転により」と読むべきであり、右部分を受ける語は、動詞「削孔する」であると理解すべきことになる。
そうすると、本件発明の構成要件Dの「0度を含む所定の角度を介在させ」るという要件において、角度を介在させるためにいかなる手段を採用するかは、何ら限定されていない。
原告が根拠とする、施工移動の際、削孔機の基部(本体ベースマシン等)からのオーガ支持部(クレーン等)の伸縮で対応することができる旨の記載及びこれに対応する図面(本件明細書5欄20行ないし29行及び第4図)は、実施例の一つとして、オーガ支持部(クレーン等)の伸縮で対応することが可能であることを記載したにすぎず、ベースマシンの走行移動を伴う施工を排除するものではない。ベースマシンの走行移動を伴う施工について格別本件明細書に記載しなかったのは、本件特許出願時の当業者にとって、ベースマシンが自走可能なものであることは自明であったためである。ベースマシンの移動を伴わないオーガの並列の回動だけでは、既に削孔済みの立抗から次の立抗の位置までオーガの並列を移動させることができないから、本件発明は、ベースマシンの移動によりオーガの並列を移動している場合も当然に想定されているというべきである。
また、「この重複削孔の際には、オーガ41、42、43の並列が回動可能であることを利用して、先の立抗6に対して次の立抗6を所定角度介在させるようにする」(本件明細書5欄20ないし23行)との記載は、ベースマシン本体の固定、
移動にかかわらず、オーガの並列を回動可能とすることを構成要素としたことにより(構成要件A)、オーガの並列の方向の微調整が可能となることを利点として強調しているにすぎない。
(2) 出願経過参酌による限定解釈について 原告は、被告が、原告らを請求人とする本件特許に係る無効審判請求事件において、「本件発明は、ベースマシンの旋回と回転式リーダーの組み合わせが施工における不可欠な条件となっている公知技術とは異なり、オーガの並列の回動により0度を含む所定の角度を介在させることだけで達成できる」旨意見を述べたことを参酌して、構成要件Dを限定解釈すべきと主張する。
しかし、禁反言の効果が認められる根拠は、当事者のした主張に基づき権利の取得又は維持がされた場合に、権利行使の段階で当該主張と反する主張をすることは公平の原則に反するということであるから、継続中の無効審判手続においてされた主張又は無効審決において採用されなかった当事者の主張は権利の取得、維持の根拠となった訳ではないので、これらに基づく禁反言の主張は認めるべきではない。
しかも、被告は、右無効審判請求事件において、右意見を撤回しているので、右意見を参酌するのは相当でない。
(二) 構成要件Dの充足性 原告工法は、別紙工法目録三(3)及び(4)のとおり、最初の立抗と次の立抗との間に「0度を含む所定の角度を介在させ」るものであるから、構成要件Dを充足する。
また、仮に、原告の主張のとおり、本件発明を、次の立抗の削孔の際、
オーガの並列の回動及びオーガ支持部の伸縮が必須であると解釈したとしても、原告工法においては、オーガの位置決めに際して、そのすべてを実施している(別紙工法目録八頁一二ないし一三行、一〇頁一ないし二行)。
以上のとおり、原告工法の構成は、本件発明の構成要件Dを充足する。
(原告の反論) 原告工法は、以下のとおり、本件発明の構成要件Dを充足しない。
(一) 構成要件Dの解釈 (1) 本件明細書の構成要件Dに係る「削孔機の回転により0度を含む所定の角度を介在させてさらに次の立抗を削孔する」との記載の意味は不明瞭であるから、右の解釈に当たっては、本件明細書の「発明の詳細な説明」の「実施例」及び「図面」の記載を参酌すべきである。
「施行ラインLに沿った立坑6の施行移動に対しては、削孔機4の基部(本体ベースマシン等)44からのオーガ支持部(クレーン等)45の伸縮で対応することができる。」との記載(第5欄25行ないし29行)及びこれに対応する図面(第4図)によると、本件発明は、連続削孔を行うとき、削孔機本体自体を回転させることにより、「先に削孔した立坑の列」に続けて「次の立坑の列」を削孔し、
その際、削孔機の移動は必要とせず、削孔機の基部(本体ベースマシン等)からのオーガ支持部(クレーン等)の伸縮で対応する工法である。
本件明細書においては、「オーガの回転」、「削孔機による硬化液の吐出と回転」、「並列の回動」、「削孔機の回転」を区別していること、本件明細書及び出願経過における書面において、被告の主張するような「回転」と「回動」の言葉の使い分けがされているとはいえないことなどから、「削孔機の回転」は、
「削孔機を構成する各オーガの回転」ではなく、文字どおり、削孔機自体の回転を意味するものと解釈すべきであり、被告の主張は妥当でない。
また、被告はベースマシンが自走可能であり、施工移動も走行移動により可能であることが当業者にとって自明であるとして、そのような工法も本件発明の技術的範囲に含まれている旨主張するが、本件明細書では、次の立抗の削孔のために削孔機が回転することのみが記載されていること、次の立抗の施工のためにベースマシンの移動を伴う工法は公知であり(甲二)、特許性がないことによれば、本件発明の技術的範囲をそのように解釈することはできない。
本件明細書5欄20ないし23行の記載は、オーガの並列が回動可能であることを、オーガの並列の方向の微調整のためではなく、専ら所定角度を介在させるために利用するとの趣旨である。
(2) 出願経過参酌による限定解釈について また、被告は、原告らを請求人とする本件特許権に係る無効審判請求事件において、右被告の主張(一)(2)記載のとおりの意見を述べたことを参酌すれば、構成要件Dについて、「ベースマシンの旋回と回転式リーダーの組み合わせによる工法」を意識的に除外したものと解され、侵害訴訟において右工法が含まれると主張することは禁反言に照らし許されず、「オーガの並列の回動」のみにより「0度を含む所定の角度を介在させる」工法に限定されているというべきである。
(二) 構成要件Dの充足性 (1) 原告工法では、「先に削孔した立坑の列」に続けて「次の立坑の列」を削孔する場合には、削孔機の移動自体が必要であり(別紙工法目録三(4)記載の「コーナー部における削孔」の記載並びに同所引用の図面6(a)ー1、2、ないし(e)ー1、2参照)、本件発明のように削孔機を移動させることなく、削孔機自体の回転のみで次の立坑を削孔することはない。
(2) また、原告工法は、別紙工法目録三(3)「連続する直線状立坑列の形成」にあるとおり、直線部ではベースマシンの移動のみで次の立抗を削孔するのであって、「オーガの並列の回動」のみで削孔するものではない。また、同目録三(4)「コーナー部の削孔」にあるとおり、コーナー部では、ベースマシンを移動した上で、ベースマシンの旋回とリーダーの回転を組み合わせる方法で次の立坑を削孔するのであって、「オーガの並列の回動」のみで削孔するものではない。
(3) 以上のとおり、原告工法の構成は、本件発明の構成要件Dを充足しない。
2 権利の濫用(明白な無効理由) (原告の主張) 本件特許には、明らかな無効理由が存在する。
本件発明の構成要件C、Dは、出願前の文献である甲三及び甲四(以下、
枝番号の表記を省略する場合がある。)に開示されている。
構成要件Cのうち、硬化剤の吐出と回転を「維持して」壁体造成材料を撹拌混合しながら削孔機を立抗から引き上げるという構成については、「削孔混練、
底部撹拌、引抜攪拌の3方式からなり、全時ミルク注入により土留壁の均一性向上をはかった。」(甲三の三、四〇頁右欄「3混練削孔工事」の項)、「逆転」(同号証四三頁図八のグラフ)、「更にセメント液の吐出を継続しながら、決められた引揚速度をもって三軸錐を引上げる」(甲四の三、二一二頁三ないし四行)、「逆圧」(同号証、二一九頁図6・95)に記載にされている。
構成要件Dのうち、「削孔機の回転により」0度を含む所定の角度を介在させてさらに次の立抗を削孔すると同時に壁体造成材料を打設するという構成については、甲四、一八五頁図6・55及びこれについて説明した「コーナー部の施工は図6・55に示すように、ベースマシンの旋回と回転式リーダーの回転を組み合わせることによって敷地内での施工が可能である。」と記載されている。
本件発明は、右各証拠に記載された従前の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができるから、特許法29条2項の無効事由を有することが明らかである。このような特許権に基づく被告の権利行使は権利濫用に当たり許されない。
(被告の反論) (一) 硬化剤の吐出を維持して削孔機を引き上げるという点については、甲三に「全時ミルク注入」(四〇頁右欄下から三行目)との記載があるが、実際の削孔工事ではあり得ない机上の空論であって、この記載から引抜時における硬化剤の吐出についての示唆を得ることはできない。甲四の「4軸ソイルセメント柱列工法」を説明した部分(一七六頁ないし一九二頁)に、削孔機の引抜時における硬化剤の吐出を窺わせる記載は全くなく、むしろ、掘削時とターニング時にセメントミルクのすべての注入が完了してしまうことが明らかである。
回転を維持して削孔機を引き上げるという点については、甲三には「引抜攪拌」(四〇頁右欄下から四行目)、「引抜き攪拌」(図7第4欄、表ー3)、
「逆転」(四三頁図ー8)との記載があるが、甲三における「攪拌」は削孔機の上下動による攪拌を意味するのであって、回転による攪拌を意味しないし、「逆転」という記載についても、正転から逆転へ転換するに際し、正転による硬化液の回流による負荷が収まるまでのある程度の時間、回転を停止させていることは明らかであることに照らすならば、「逆転」という記載から削孔機の引き上げ時における回転の維持が示唆されているとは、到底いうことができない。甲四の「4軸ソイルセメント柱列工法」を説明した部分(一七六頁ないし一九二頁)には、このことを窺わせる記載は全くなく、ターニングによる上下攪拌が明示されているだけである。
さらに、甲四の「SMW工法」を説明した部分(一九二ないし二二四頁頁)には、
このことを窺わせる記載として、「引抜きかく拌」(二一一頁6・85、二一二頁図6・86)、「引抜き時における攪拌」(二一四頁Eb)の記載があるが、これらも、
削孔機の上下運動による攪拌を意味するにすぎない。
所定の角度を介在させた次の立抗の削孔については、甲三の四三頁の図ー9の記載は、直線部分の施工であるから、所定の角度を介在させた立坑の削孔でないことは明らかである。
(二) 甲四の「0度を含む所定の角度を介在させて次の立抗を削孔する」ことと甲三に開示された技術とを組み合わせることが容易であるとはいえない。右の甲四号証の三(一八五頁)には、部分ラップ工法(次の立抗を削孔する際に、既に削孔された立抗の端の部分だけを重ね合わせるようにする工法)が記載され、甲三号証の三(四一頁)には、完全ラップ工法(次の立抗を削孔する際に、既に削孔された立抗の一本に完全に重ね合わせるようにする工法)が記載されている。コーナー部で完全ラップ工法を施工することは隣地との境界に阻まれるほか、完全に硬化していない立抗上に載ることになるので、著しく困難で危険であり、当業者が甲四の工法を採用することは考えられず、容易であるとはいえない。
また、甲四の「削孔機の引抜時に回転と吐出とを維持する手段」と甲三に開示された技術とを組み合わせることは、甲四に、その手段が記載されているとはいえない以上、当業者にとって容易ではない。
(三) したがって、本件発明は、甲三及び四に記載された公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから、特許法29条2項の無効事由を有しない。
なお、被告は、特許請求の範囲について訂正請求しているが、裁判所が特許の有効性を判断して権利濫用の根拠とする場合には、訂正請求後の特許請求の範囲を基礎として、実質的に権利行使が権利濫用に当たるかを判断しなければならない。
3 先使用による通常実施権 (原告の主張) 仮に、原告工法が、本件発明の構成要件のすべてを充足すると解された場合には、原告は、本件の特許出願以前である昭和五五年初頭から、SMW工法を公然と自ら実施し、又は実施許諾を与えた業者を通し実施してきた。原告工法は昭和五四年に一応完成して以来、周辺の改良は別として、その本質、基本(別紙工法目録に記載の部分)において何ら変更されていない。
よって、原告は、特許法79条に基づき、通常実施権を有する。
(被告の反論) 原告の主張は争う。
原告工法は、時の経過とともに変更されている。現在の工法と出願前の工法とは異なる。
争点に対する判断
権利の濫用(明白な無効理由) まず、本件特許には、明らかな無効理由があって、本件特許権に基づく権利行使が権利濫用として認められないか否かについて検討する。
本件発明が解決しようとする課題は、本件明細書によれば、従来の連続壁体の造成工法では、立坑を一本ずつ隣接して削孔して壁体造成材料を打設していくため、造成のための施工時間が掛かり、連続壁体のシール性が低下するという問題点があったが、本件発明は、特許請求の範囲に記載する構成を採ることにより、このような問題点を解決しようとしたものとされている。そして、本件発明の作用効果は、@複数基からなるオーガの並列を回動させることのできる削孔機を用いて、壁体造成材料の造成角度を調整することができるため、直線以外の施工ラインにも容易に対応することができる(平成五年七月一五日手続補正書、甲一四)、A立坑内における掘削土砂と硬化液との攪拌混合が複数基のオーガを備えた削孔機により行われるため、攪拌混合が十分に行われ良質の壁体造成材料が得られる(本件明細書6欄33行〜36行)、B削孔機を立坑から引き上げる際にも、攪拌混合が行われるため、この良質の壁体造成材料を得るという効果は一層大きなものとなる、というものである。
甲三(「基礎工四月号」一九八一年四月、「高知市神田ポンプ場造成工事に伴う大深度ソイルセメント連続壁工法」三六頁〜四三頁)には、本件発明の構成要件について、以下の二点を除くすべてが明確に記載されている。すなわち、右文献においては、@本件発明の構成要件Dの「壁体造成材料が硬化する前にこの立抗に一部重複しかつ削孔機の回転により0度を含む所定の角度を介在させてさらに次の立抗を削孔すると同時に壁体造成材料を打設する」のうち、「オーガの並列を回動可能にさせる」ことによって実施するという構成(この点の解釈は後述のとおり)、A発明の構成要件Cの「削孔機による硬化液の吐出と回転とを維持して壁体造成材料を撹拌混合しながら削孔機を立抗から引き上げ(る)」のうち、硬化剤の吐出と回転を「維持して」という構成、の二点が必ずしも明示的には示されていない。
しかし、甲四「柱列式地下連続壁工法(鹿島出版会・【C】著)」(昭和五八年一月三一日発行)には、「ベースマシンの旋回(本件発明でいう削孔機の回転)と回転式リーダーの回転によるオーガの並列の回動を組み合わせることによって、0度を含む所定の角度(九〇度)を介在させ」て、敷地のコーナー部を施工する工法が記載され(図6.55)(なお、ここにいう「回転式リーダーの回転」が「オーガの並列の回動」を指すことは明らかである。)、オーガの並列を回動させることによって実現することが明白に示されている。また、同号証には、「ーー更にセメント溶液の吐出を継続しながら、決められた引揚速度をもって三軸錐を引上げる(通常1.5m/min)」と記載され、さらに「ーー引抜き時における攪拌吐出量は、約90L/minに調整して計画の全量を注入した。一エレメントの削孔サイクルおよび注入量の関係を図6.89に示す。」と記載され、右記述部分から「壁体造成材料を立坑内に打設後に、削孔機によるセメント溶液(硬化液)の吐出と回転とを維持して壁体造成材料を撹拌混合しながら、削孔機を立坑から引き上げる」技術的手段が用いられることも示されている(回転を維持することは技術的に自明である。)。
右各記載に照らすと、本件発明は、右各証拠に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができるから、特許法29条2項の無効事由を有することが明らかである。被告は、この点るる主張するが、いずれも理由がない。
そうすると、本件特許は無効理由を有することになるので、右特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
二 原告工法と本件発明の構成要件の対比 以上のとおり、被告の権利行使は、権利の濫用として許されないが、念のため、原告工法が本件発明の構成要件Dを充足しているか否かの点についても、検討する。
1 本件明細書中の構成要件Dに係る部分の解釈 本件明細書中の構成要件Dに係る部分は、「壁体造成材料が硬化する前にこの立抗に一部重複しかつ削孔機の回転により0度を含む所定の角度を介在させてさらに次の立抗を削孔すると同時に壁体造成材料を打設し、壁体造成材料が打設された立抗を連続させ」ると記載されている。
右「削孔機の回転により0度を含む所定の角度を介在させて」との部分に係る記載のうち「0度を含む所定の角度を介在させ(る)」という目的を達成させる手段としては、「削孔機本体の回転によって、複数並列に配置されたオーガの列を回転させる」手段を指すと理解するのが相当であり、さらに、出願手続に照らすならば、その手段のみに限定されると解される。
その理由は以下のとおりである。
(一) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には、「この重複削孔の際には、オーガ41、42、43の並列が回動可能であることを利用して、先の立抗6に対して次の立抗6を所定角度介在させるようにする。この角度は、第4図に示すように、施行ラインLが直線の場合には0度となり直角の場合には90度となる。なお、
施行ラインLに沿った立抗6の施行移動に対しては、削孔機4の基部(本体ベースマシン等)44からのオーガ支持部(クレーン等)45の伸縮で対応することができる。」と記載されている(5欄20行〜29行)。また、特許請求の範囲構成要件Aに係る部分は、「先端付近より硬化液を吐出しながら回転するオーガを回転域が一部重複するように複数機並列し、かつその並列を回動可能にした削孔機」と記載されている。
右各記載によれば、構成要件Aにおいて、回動する対象は「オーガの並列」(すなわち、複数並列状に設置されたオーガの列)であり、右回動を可能とする主体は、削孔機本体であることは明らかである。
したがって、構成要件Dにおいて、回転する対象は、「オーガの並列」(並列状に配置されたオーガの列)であり、かつ、それを可能とする「削孔機本体」であると解するのが相当である。被告は、構成要件Dの右部分を「削孔機に配置された各オーガの各回転によって削孔する」趣旨に理解すべきであるとするが、
前記記載に照らし、採用の余地はない。
(二) 被告は、原告らを請求人とする本件特許に係る無効審判請求事件における平成一二年二月一四日付け回答書(甲一七)において、以下のように述べている。
すなわち、請求人(原告ら)が挙げた証拠(本件甲四)に開示された技術との相違点について、公知資料に現れた技術思想は、右文献において「ベースマシンの旋回と回転式リーダーの回転を組み合わせることによって敷地内の施工が可能である」と記述されていることに照らすと、両者の組み合わせが施工の条件であるのに対して、本件発明は、「複数機のオーガの並列の回動により0度を含む所定の角度を介在させる」ことだけで達成されるとの趣旨の意見を述べ、本件発明は、
「ベースマシンの旋回と回転式リーダーの回転を組み合わせ」なければならない不便なものではないと、本件発明の特徴的部分を強調している。
本件発明に関する被告の意見部分を参酌すると、本件発明の構成要件Dは、「0度を含む所定の角度を介在させる」目的を達成させる手段について、「オーガの並列の回動による手段」のみに限定すべきであり、「ベースマシンの旋回と回転式リーダーの回転を組み合わせることによる手段」は意識的に除外されていると解するのが相当である。換言すれば、被告が、無効審判手続中において、「複数機のオーガの並列の回動により0度を含む所定の角度を介在させる」ことだけで達成されるとの趣旨の意見を述べているのにもかかわらず、本件訴訟の中で、右意見と明らかに矛盾する主張、すなわち、構成要件Dは、「ベースマシンの旋回と回転式リーダーの回転を組み合わせることによる手段」を含むと主張することは、訴訟における信義誠実の原則に反し、また禁反言の趣旨に照らして、許されないというべきである。
これに対して、被告は、無効審判手続においてされた主張、又は無効審決において採用されなかった当事者の主張を根拠とする禁反言の原則は、適用されるべきではないと主張する。
しかし、訴訟の当事者が、訴訟において、無効審判手続中でされた主張と正に矛盾する趣旨の主張を意図的にすることは、特段の事情のない限り、訴訟における信義則の原則ないし禁反言の趣旨に照らして許されないというべきである。
無効審判手続は、特許権の生成の手続とは異なる性質を有する面もあるが、手続過程において出願人等がした主張と矛盾する主張を侵害訴訟で行うことが許されないとする信義誠実の原則ないし出願経過禁反言の原則は、同様に妥当するものと解して差し支えない。さらに、訴訟における信義則の原則等の適用に当たって、無効審判手続等でされた当事者の主張が、最終的に、審決等において採用されたか否かにより、左右されると解すべきではないので、被告のこの点の主張も失当である。
(三) 被告は、平成一二年一二月一日、無効審判手続において、本件訴訟主張と矛盾する平成一二年二月一四日付け回答書における意見を撤回したので、信義誠実に反することはない旨主張する。
この点について検討する。
無効審判手続における意見の撤回が、以下の経緯でされたことは、当裁判所に顕著である。すなわち、
@ 被告は、平成一〇年一一月九日に、株式会社奥村組を相手として、本件特許権に基づいて、原告工法と同一の工法を使用する奥村組の施工行為について、侵害行為の差止め及び損害賠償等を求める訴訟を提起した(当庁平成一〇年(ワ)第二五七〇一号特許権侵害差止等請求事件)。
A 当裁判所は、平成一二年九月二七日、構成要件Dの解釈につき、被告が、無効審判手続において、同年二月一四日付け回答書(甲一七)においてした意見内容も参酌して、禁反言の原則に照らして、本件発明の技術的範囲を限定するのが相当であるとして、右1(一)、(二)と同様の解釈を示して、被告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。
B しかるところ、被告は、右無効審判手続において、同年一二月一日付上申書により、同年二月一四日付け回答書における意見を撤回した上、本件訴訟における同年一二月一九日の口頭弁論期日において、「特許庁で右意見を撤回した以上、本件訴訟において、右回答書の意見内容を参酌すべきでない」趣旨の主張をした。
無効審判手続における意見の撤回に関する右の経緯に照らすと、右撤回は、本件における構成要件Dに関する被告の主張が右一〇年(ワ)第二五七〇一号事件と同様の理由により排斥されることを免れるためにされたものと考えるのが自然であり、無効審判手続において当事者に認められた遂行権限を濫用したものということもできる(もっとも、撤回が無効審判手続上、効力を有するか否かについて、
問題としているわけではない。)。そうとすると、被告が無効審判手続において、
本件特許権の構成要件の解釈について述べた意見を撤回する旨の書面を提出した後においても、当裁判所が、右意見を述べたことをも参酌して、本件発明の構成要件を解釈することは許されると解すべきである。
以上のとおりであるから、被告のこの点の主張は失当である。
2 原告工法の構成と構成要件Dとの対比 原告工法は、別紙工法目録三(3)「連続する直線状立坑列の形成」にあるとおり、直線部ではベースマシンの移動のみで次の立抗を削孔するのであって、
「オーガの並列の回動」のみで削孔するものではない。また、同目録三(4)「コーナー部の削孔」にあるとおり、コーナー部では、ベースマシンを移動した上で、
ベースマシンの旋回とリーダーの回転を組み合わせる方法で次の立坑を削孔するのであって、「オーガの並列の回動」のみで削孔するものではない(当事者間に争いがない。)。すなわち、原告工法においては、削孔機を立坑から引き上げ、次の立坑を削孔する際に、オーガの並列の回動のみで、次の立坑を削孔する手段を採用していない。
そうすると、原告工法の構成は、構成要件Dを充足しない。
三 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、被告は原告に対して、原告工法に関し、本件特許権に基づく差止請求権を有しない。
よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 沖中康人
裁判官 石村智