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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成12ワ16531特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ5352-A 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  置き換え /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  権原 /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 13799号 特許権侵害差止等請求事件
原告 旭化成株式会社
原告訴訟代理人弁護士 小坂 志磨夫
同 小池豊
同 櫻井彰人
被告 日本鋼管株式会社
被告訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
被告訴訟復代理人弁護士 柳 誠一郎
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/06/19
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,別紙目録(一)記載の鋼管杭を製造し,使用し,販売し,貸し渡し,販売若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
2 被告は,その保有する前項記載の鋼管杭を廃棄せよ。
3 被告は,別紙目録(二)記載の工法を使用してはならない。
事案の概要
本件は,鋼管杭及び鋼管杭の施工方法に関する特許権を有する原告が,被告の製造,販売する「つばさ杭」という名称の鋼管杭及びこれを用いた施工方法は原告の特許権を侵害すると主張して,被告に対し,上記鋼管杭の製造,販売等の差止め,既に製造された鋼管杭の廃棄及びこれを用いた工法の使用差止めを求めている事案である。
1 当事者間に争いのない事実 (1) 当事者 原告は,化成品,樹脂,繊維及び建材等の製造並びに販売等を目的とする株式会社である。
被告は,鋼板,条鋼及び鋼管等の製造販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
特許番号 第2871458号 登録年月日 平成11年1月8日 発明の名称 鋼管杭及び鋼管杭の施工方法 出願番号 特願平6-89967号 出願年月日 平成6年4月27日 公開番号 特開平7-292666号 公開年月日 平成7年11月7日 (3) 特許請求の範囲 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕を参照)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである(以下,請求項1及び請求項2の発明をそれぞれ「本件第1発明」,「本件第2発明」といい,この2つを併せて,「本件各発明」という。)。
【請求項1】 「複数枚のラセン翼が鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定され,該ラセン翼の1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下であり,且つ杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭。」 【請求項2】 「複数枚のラセン翼が鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定され,該ラセン翼の1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下であり,且つ杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭に回転力を与えることにより,杭体積分の土を杭側方に押し出し,杭側面の土を圧縮しながら杭を沈設して支持力を向上させることを特徴とする鋼管杭の施工方法。」 (4) 構成要件の分説 本件各発明の構成要件を分説すると次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。
ア 本件第1発明 A 複数枚のラセン翼が鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定され, B 該ラセン翼の1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下であり, C かつ,杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭 イ 本件第2発明 A 複数枚のラセン翼が鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定され, B 該ラセン翼の1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下であり, C かつ,杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭に D 回転力を与えることにより,杭体積分の土を杭側方に押し出し,杭側面の土を圧縮しながら杭を沈設して支持力を向上させること E を特徴とする鋼管杭の施工方法 (5) 被告の行為 被告は,現在,別紙目録(一)記載の鋼管杭(以下「被告製品」という。)を「つばさ杭」という商品名で製造,販売するとともに,別紙目録(二)記載の施工方法(以下「被告方法」という。)を実施している。
2 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) 被告製品及び被告方法は,それぞれ本件第1発明,本件第2発明の構成要件を充足するか。
(原告の主張) ア 本件第1発明について (ア) 構成要件Aについて 一般に「翼」とは,飛行機の翼のように胴体から外側に突出している部分をいうところ,被告製品においては,半円形板2のうち鋼管杭1の外周面より外側に突出する部分4(別紙目録(一)の第3図,第4図参照。以下,単に「突出部分4」という。)が構成要件Aの「ラセン翼」に相当する。本件各発明における「ラセン翼」とは,鋼管杭に対し傾斜した角度で取り付けられ,鋼管杭を回転させて地盤に貫入するに当たりねじとしての作用を有するものをいい,幾何学的に厳密な意味でのラセン面を有するものに限られず,鋼管に対し傾斜した角度で取り付けられ,鋼管杭を回転させて地盤に貫入するに当たりねじとしての作用を有するものであれば,平板でも「ラセン翼」に該当すると解すべきである。被告製品の前記突出部分4は,鋼管杭1の周りに傾斜した角度で取り付けられ,鋼管杭1を地盤に貫入するに当たりねじとしての作用を有することから,本件各発明の「ラセン翼」に該当する。
この点につき被告は後記のとおり縷々反論するが,いずれも「ラセン」の意味を幾何学的な厳密さで解釈することに拘泥しているばかりか,被告製品の現実の作用効果を無視している点で失当である。
すなわち,本件各発明の出願前の公知技術である実開昭55-40053号の公開実用新案公報(乙10)は,円筒状構造体に傾斜して取り付けられた「平板」を「螺旋状翼片」としている(同公報第3図参照)。この文献は特許庁が本件特許の審査手続において拒絶通知を発した際の引例であり,仮に被告が主張するように「平板」と「ラセン」が技術的に異なるものであれば,特許庁が進歩性を判断する際の公知技術としてこれを引用することなどないはずである。引例とされたということは「平板」でも本件各発明の「ラセン翼」に該当することを特許庁が認めたことに他ならない。また,特開平8-81953号の公開特許公報(甲5)及び同平10-280403号の公開特許公報(甲6)においては,鋼管に対し傾斜して取り付けられた「平板」を「螺旋翼」と明確に記載されている。
しかも,被告製品にねじとしての作用,つまり鋼管杭を地盤中に貫入させるねじとしての作用のあることは被告自身が被告製品のパンフレット(甲3)等で認めるところであり,被告の主張は当業者の技術常識を無視したもので失当である。
また,被告製品では,2枚の半円形板2,2を鋼管杭1の下端部外周面の同じ高さ位置まで鋼管杭の中心軸に対して同一角度で傾斜した円周方向に二等分割された切欠部3,3に載置して固定しているものであり,突出部分4,4が「鋼管杭1の下端部外周面の同じ高さ位置で傾斜角度(ラセン方向)を同じにして周方向に等間隔に固定されている」ことは明らかである。
したがって,被告製品は,「複数枚のラセン翼が鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定され」との構成要件Aを充足する。
(イ) 構成要件Bについて 本件第1発明において,翼が2枚の場合の1枚当たりの長さは0.33から0.55巻きであるところ,被告製品の突出部分4は鋼管杭1の周囲を半周していることから0.5巻きであり,構成要件Bを充足する。
(ウ) 構成要件Cについて 被告製品においては,鋼管杭1の先端に半円形板2,2が取り付けられることから,半円形板2,2のうち鋼管杭1の外周面より内側部分5,5(別紙目録(一)の第4図参照。以下,単に「内側部分5,5」という。)と補助板6,6により杭先端が閉塞されている。しかも,杭先端は内側部分5,5により閉塞され,補助板6,6は閉塞のための単なる補助にすぎない。
また,本件第1発明では,杭先端に「底板」を取り付けて閉塞することにより,掘削によって杭体積分の土を杭側面に押し出し,杭側面の土を圧縮して地盤を圧密しながら無排土で推進沈設されるため,支持力を向上させるという作用効果を奏する。これに対し,被告製品も鋼管杭1の先端が内側部分5,5により閉塞されることにより,杭体積分の土を杭側面に押し出して大きな鉛直支持力を得ているから,内側部分5,5により本件各発明の「底板」と同一の作用効果を奏するものである。
したがって,被告製品の内側部分5,5は本件第1発明の「底板」に該当し,内側部分5,5により杭先端を閉塞していることから,被告製品は構成要件Cを充足する。
(エ) 被告製品の作用効果について 本件第1発明は,複数枚のラセン翼を鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定する構成を採用することにより,推進開始時に杭芯のずれが防止でき,かつ,安定した推進力を得ることができるとともに施工能率を上げることができるほか,やや硬い地盤を掘削する際にも杭体の傾斜がなく施工能率を上げることができる。また,ラセン翼の変形及び擦り減りと土砂の地上搬出を抑止でき,摩擦力が発現されるため極限支持力も向上することができる(本件公報3欄42行〜48行)との作用効果を奏する。さらに,杭先端に底板を取り付けて閉塞しているので,掘削によって杭体積分の土を杭側面に押し出し,杭側面の土を圧縮して地盤を圧密しながら無排土で推進沈設されるため,大きな支持力を発現することができる(本件公報4欄40行〜46行)。他方,被告製品も,鋼管杭の回転力を与えることにより,杭体積分の土を突出部分4,4の交差部の間隙を通過させて杭側方に押し出し,鋼管杭1の体積分だけ押し出した土砂で杭側面の土を圧縮しながら杭を沈設して支持力を向上させるという同一の作用効果を奏する。このことは,被告の発行する「つばさ杭」のカタログ(甲3)に,「『つばさ杭』は鋼管杭の先端に,回転貫入を容易にする翼を設けており,この翼が大きな先端支持力を得る役割を果たしています。耐震性能に優れた鋼管杭に,大きな先端支持力によるコスト低減と,無排土施工による環境対策が加わった理想的な基礎杭です。」と記載されていることからも裏付けられる。
イ 本件第2発明について (ア) 構成要件AないしCについて 被告方法で使用する鋼管杭1が本件第2発明の構成要件AないしCを充足することは,前記アの(ア)ないし(ウ)で主張したとおりである。
(イ) 構成要件Dについて 被告方法では,鋼管杭1を回転させると杭が地盤に貫入し,杭の下方にあった土砂が突出部分4,4の交差部の間隙を通過して突出部分4,4(杭側方)に押し出され,押し出された土砂が鋼管杭の体積分だけ杭側面の土を圧縮して杭の支持力を向上させることから,構成要件Dを充足する。
(ウ) 構成要件Eについて 被告方法は構成要件AないしDを充足することから,当然に構成要件Eも充足する。
(エ) 被告方法の作用効果について 被告方法の作用効果が本件第2発明の作用効果と同一であることは,前記アの(エ)と同様である。
ウ まとめ 以上のとおり,被告製品及び被告方法はそれぞれ本件第1発明及び本件第2発明の技術的範囲に属するから,原告は,被告に対し,被告製品の製造販売等の差止め及び被告製品の廃棄並びに被告方法の実施差止めを求める。
(被告の主張) ア 被告製品ないし被告方法の構成要件充足性について (ア) 構成要件Aについて 「ラセン」とは,軸の周りにある角度をもって旋回することを意味する。広辞苑(甲4)でも「ラセン」は「旋回した筋」と定義されており,幾何学的な意味で厳密な「ラセン」ではないまでも,「ラセン」と呼び得るためには,少なくともその面自体の性質として,旋回することによって前進するような形状のものであることが必要である。そして,「翼」とは,胴体から外側に突出している部分をいう。したがって,「ラセン翼」とは,歩みを一定に保ちながら、「ラセン」を巻き付ける円柱の半径を大きくすることによってできる曲面である。このようにしてできる「ラセン面」は,円柱面や円錐面とは異なり,平面を伸び縮みさせることなく単純に曲げることによって構成することはできない。したがって,鋼板から工業的に「ラセン面」を作る際には複雑な変形を伴う加工が必要である。
被告製品には,2枚の半円形板が平面のまま使用されているだけであり,これらは鋼管の下端に溶接されている。この2枚の半円形板は平面であるから,斜めに取り付けても1回りすれば元の位置に戻ってしまい,前進することはあり得ない。この意味で,2枚の半円形板は「ラセン翼」には該当せず,かつ,これは鋼管の外周面に同じ高さ位置に固定されているものでもない。
したがって,被告製品は構成要件Aを充足しない。
(イ) 構成要件Bについて 構成要件Bは巻数を問題にしているところ,「ラセン」は円柱に巻き付けて作られる曲面であるから巻数を定義できるが,被告製品には「ラセン」は存在せず,巻数も定義できない。
被告製品の半円形板2は鋼管の中心軸に対して一定の傾斜を有する平面にすぎないから,仮に,原告の主張するように鋼管の直径よりも外側に突出した部分(突出部分4)のみを考えたとしても,それを2枚つなげて1巻のラセンを作ることはできない。このことは,半円形板の下端では外側が下がっているのに対して,その上端では,外側が上がっていることのみを考えても容易に分かる。したがって,半円形板について巻数を定義できないことは明らかであり,被告製品は構成要件Bを充足しない。
(ウ) 構成要件Cについて 被告製品では,2枚の鋼製の半円形板と溶接材料又は閉塞部材によってレ字状に切り欠いた鋼管下端部を閉塞しているが,これらは先端地盤の掘削軟化,杭の推進,傾斜形状による積極排土,鋼管下端の閉塞の機能を併せて果たしている複合機能部材であるから,単に杭先端を閉塞するにすぎない構成要件Cの底板には該当しない。原告は,半円形板2を鋼管の直径よりも内側にある部分と外側にある部分に分け,内側部分5,5が底板に該当すると主張するが,半円形板2は1個の部材として鋼管下端部に設けられ,前記のような複合的な機能を果たすものであるから,これを観念的に2つに分けて論じるのは相当でない。よって,被告製品は構成要件Cを充足しない。
(エ) 構成要件Dについて 被告製品の構成は前記(ウ)のとおりであるので,被告製品を回転させると,単に,杭の貫入によってその体積分の土が側方に押し出されるのではなく,鋼製の半円形板の全面積にわたって土が掘削され,掘削された土は中心から外側に向かって排出される。すなわち,半円形板の直径にほぼ等しい直径の円を底面とする円柱の体積分の土が掘削され,掘削によって緩んだ土は,半円形板が回転しながら杭本体とともに進行することによって,中心から外側に向かう力を受け,杭外周面の外側では,2枚の半円形板の隙間を通過して一方の半円形板の上面にまわり,最終的にはその半円形板の上端を通過して杭の周囲に再圧縮される。
被告製品でも,本件各発明でも,杭本体の体積に相当する土がどこかに押し出されなければならない点は共通であるが,被告製品では杭が貫入することの影響を本件各発明より大きな範囲に拡大させるので,杭周辺の土の圧縮の程度は小さくなる。これは,本件各発明の「ラセン翼」がねじと同じように鋼管を滑らかに推進するのに対して被告製品の半円形板が周囲の土を乱しながら鋼管を推進するという相違点に基づく。
構成要件Dの「回転力を与えることにより,杭体積分の土を杭側方に押し出し,杭側面の土を圧縮しながら」という要件は,回転力によってねじが材料に貫入するのと同様に杭が土に貫入し,杭体積分の土が排除されることを意味している。すなわち,本件各発明は,先端を底板で閉塞された鋼管が,ラセン翼による推進力で強引に土に貫入していき,結果として杭体積分の土が側方に押し出されることを必須の構成要件としている。これは,推進力を得るために「ラセン翼」を用いていることを除けば,先端を閉塞した杭を力任せにハンマーで打ち込んでいることと何の相違もない。これに対して,被告製品では,鋼製の半円形板の外周とほぼ同一の半径を有する円柱の範囲に土を掘削軟化させて,中心から外側に向けて土を積極的に排除している。したがって,被告製品を使用する方法は,構成要件Dを充足しない。
公知技術等との関係について (ア) 本件特許出願前の公知技術 本件特許の出願前の公開特許公報(特開昭59-85028号。乙2。
以下「公知文献1」という。)では,被告製品の内側部分5,5に当たる部分を「螺旋翼」と呼んでいるが,同公報の図面からこの螺旋翼は1巻きすることにより1ピッチ進行していることは明らかである。このラセン翼は,鋼管杭の下端付近の外周面に突設されており,鋼管製の杭本体の下端は,底板2によって閉塞されている。
また,別の公開特許公報(特開昭59-109616号。乙3。以下「公知文献2」という。)にも,連続して約1巻にわたり形成されている螺旋翼が開示されている。同公報には「巻き数は数巻きに及んでもよく,また,螺旋翼4は不連続状態に分断し,全体としてほゞ螺旋状をなすように形成したものであつてもよい。」(同公報2頁左上欄2行〜5行)との記載はあるが,螺旋翼を平面翼で代用できることを示唆する記載はない。また,ラセン翼の配設位置について「鋼管杭の直進安定性と貫入性の両面からみて設定する必要がある。それで,杭本体1の下端から螺旋翼4までの距離は,実験等により得られた結果から,杭本体の直径dに対して,=1/2d〜2dの範囲がよく,特に =d付近で最も良好であることがわかつた。」(同2頁左上欄14行〜19行)との記載もある。すなわち,螺旋翼は,杭本体の外周に配設するものであって,底面に設けるものではない。
他方,原告の出願に係る実願昭61-23454号(実開昭62-138740号)のマイクロフィルム(乙5。以下「公知文献3」という。)には,「拡径翼18」が開示されているが,同文献の第2図からみてこの「拡径翼」が平板であることは明らかである。この文献には「外周面に螺旋状またはねじ状の刃7を有する先端シュー1」(同文献3頁9行〜10行)との表現もあるが,拡径翼については「拡径翼はくい回転方向に下り勾配となつている」(同8頁2行〜3行)と説明されており,これが「螺旋状」であるとは説明されていない。すなわち,「拡径翼」と「螺旋翼」とは区別されており,2枚の平板を交差させて互いに杭外周の反対側に取り付けたものは「螺旋翼」ではない。
さらに,本件各発明は,1巻のラセンを複数に分割したものであるが,このことを開示した刊行物として,被告の出願に係る実願昭49-54323号(実開昭50-143307号)のマイクロフィルム(乙6)がある。この文献は「鋼管杭11の先端の外周および内側に撹乱ビット12をもつたスクリュー13a,13b,14a,14bを配設」(同文献3頁12行〜14行)することを開示している。「スクリュー」とは「ねじ」を意味し,ねじのように円筒の外周に沿って一定の角度をもって進むものである。
(イ) 本件明細書の記載及び審査経過 本件明細書の「発明が解決しようとする課題」の項には「従来の杭では,1枚のみラセン翼が連続した状態で一枚のみ取り付けられているため杭芯に杭先端をセットしても,杭を回転すると同時に杭芯から杭がずれてしまい,杭ずれが発生しやすいといった問題があった。また,従来の杭はやや硬い地盤を掘削する場合には,貫入性が悪くなり杭体に傾斜が生じると共に時間がかかるといった問題もあった。」(本件公報3欄10行〜17行)との記載がある。また,実施例の説明においては,「鋼管1の先端部外周面に複数枚のラセン翼2が巻きつけられている。」(同4欄4行〜5行),「図1は,杭周方向に該ラセン翼2枚を用いた例であり,1枚あたりの該ラセン翼は半巻きである。」(同4欄16行から18行)と記載されている。これらの記載によれば,本件各発明では,鋼管杭の外周を「ラセン翼」が1巻きした状態を前提として,これを複数枚に分割していることが明らかである。すなわち,「ラセン翼」は,鋼管杭の外周を1回りすると1ピッチ前進することが前提とされており,1回りすると元に戻るような円板は全く示唆されていない。
本件特許の審査において,審査官は本件各発明は,実開平4-108622号(引例1),実開昭55-40053号(引例2)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとして拒絶理由を通知した。これに対して,原告は意見書を提出し,引例2から本件各発明に想到することが困難な理由として「隣接する螺旋状翼片の重なりが10%以下であることを導き出すのは不可能であるか,或いは極めて困難である。」と主張した。そして,この主張が認められて,本件各発明は特許査定となった。そこで,本件各発明の「螺旋状翼片の重なりが10%以下であること」という特徴について本件明細書の記載を検討するに,この特徴の持つ意味が翼数によって異なることをうかがわせる記載は存在しない。ところが,もし,本件各発明における「ラセン翼」すなわち前記意見書にいう「螺旋状翼片」が「平板翼」を含むとすれば,翼数が2枚のときには,10%の重なりによって逆傾斜部分が含まれることになるのに対して,翼数が3枚のときには,10%の重なりにもかかわらず逆傾斜部分は含まれないことになり,10%の重なりの持つ意味は本質的に異なることになる。しかるに,本件明細書では,翼数と10%の重なりとの関係を論じた部分は全くない。これは,本件各発明における「ラセン翼」が文字どおりの「ラセン翼」を前提としているからにほかならない。
(ウ) まとめ 以上,本件特許の出願時の公知技術及び本件特許の審査過程によれば,本件各発明における「ラセン翼」は平板を含まないものと限定解釈すべきである。
そして,「ラセン翼」が鋼管杭の下端部の「外周面」に固定され,杭先端に「底板」を取り付けて閉塞することという要件についても,前記の意味における「ラセン翼」との関連で理解する必要がある。すなわち,「ラセン」は1巻きごとに一定のピッチだけ進むから,外側では傾斜が緩く,内側では傾斜が急になる。
したがって,「ラセン翼」を鋼管杭の外周面に固定せず,鋼管杭の下端に取り付けて底板を兼ねさせることはできない。なぜなら,鋼管杭の中心に近づくにつれて極めて小さい円周で外側と同じピッチだけ進まなければならないために,傾斜は急激に90度に近づくからである。したがって,本件各発明では,「外周面」に「ラセン翼」を固定する一方,杭先端は別の底板で閉塞する必要があるのである。
上記の解釈を前提にすると,被告製品では,@ 「ラセン翼」が存在せず,A 翼に相当する部材が鋼管杭下端部「外周面」に固定されておらず,B 杭先端に「底板」が取り付けられていないから,被告製品は本件各発明の技術的範囲に属しない。
(2) 本件特許には明らかな無効理由があって,これに基づく権利行使は権利の濫用に当たり許されないか。
(被告の主張) ア 仮に,本件各発明の「ラセン翼」が平板を含むとするならば,後記のとおり本件特許に無効理由が存在することは明らかであり,原告による本件特許権の行使は権利の濫用に当たり許されない。
イ 公知文献1には,「1巻きのラセン翼が鋼管杭の下端部外周面に固定され,且つ杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭」が記載されている。この鋼管杭と本件各発明の相違点は,公知文献1の鋼管杭のラセン翼が1巻きであるのに対して,本件各発明では,ラセン翼が複数であって,これらが「同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定され,該ラセン翼の1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下である」点にのみ存する。
ウ 公知文献3には,鋼管杭の先端に固定して用いるねじ込み杭用杭部材であって,2枚の拡径翼を備え,該拡径翼は,「下端部外周面の同じ高さ位置で傾斜方向を鋼管軸に対して対称にして,周方向に等間隔に固定され,該拡径翼の1枚当たりの長さは,ほぼ,その外周の2分の1[1÷2]である」ものが記載されている。そして,この拡径翼の効果として「拡径翼18の径を大きくとることにより,先端支持力が増すのと同様な効果がある。」(同文献3頁下から2行〜4頁1行)との記載,「拡径翼18に勾配を設けたのは,くい部材11を回転させて地盤中へねじ込む際の抵抗を少なくするためである。」(同4頁2行〜4行)との記載もある。
エ 公知文献3のねじ込み杭用杭部材は,鋼管杭そのものではない点で公知文献1の鋼管杭とは異なるが,公知文献3に開示されている拡径翼の目的とするところは,鋼管杭のねじ込みを容易にすること,鋼管杭の先端支持力を増すことにあり,公知文献1の鋼管杭のラセン翼の目的と全く同じである。また,公知文献1の発明は,従来技術が「上部荷重の小さい一般住宅の基礎としては,敷地面積,施工規模,荷重条件,経済性その他から使用は難かしい」(同公報2頁左上欄2行〜4行)という課題を解決して,「住宅密集地に搬入し軟弱地盤中に施工して地盤を改良すると共に,基礎として十分な強度と支持力を有する鋼管杭を提供する」(同欄10行〜11行)という目的を達成するものであるが,公知文献3の考案も「住宅その他比較的低層の建築物の基礎において,ねじ込みぐいとして利用されるくい部材,特に摩擦ぐいのくい部材に関するものである。」(同文献1頁「産業上の利用分野」の項を参照)とされているから,両者は同じ技術分野に属する。
さらに,公知文献2などにも,公知文献1又は同3に類似した鋼管杭が開示されており,土中に管状の物をねじ込む方法として2枚又は4枚の回転翼を用いることは「回転翼を用いた深層締め固め工法の開発」と題する文献(乙8)にも記載されている。
以上によれば,公知文献1に記載された1巻きの「ラセン翼」に代えて,公知文献3の「拡径翼」を使用して,本件各発明の構造に想到することは当業者にとって極めて容易なことであった。
したがって,本件各発明は,本件特許出願前の刊行物である公知文献1に基づいて当業者が容易に行い得たものであり,本件特許には無効理由が存在することが明らかであるから,原告による本件特許権の行使は権利の濫用であって許されない。
(原告の主張) ア 被告は本件特許権の行使が権利濫用に当たる旨主張するが,以下のとおり失当である。
イ 公知文献1について 本件各発明は,本件明細書に記載のあるように,公知文献1をはじめとする従来技術が有する問題点(杭を回転すると同時に杭が杭芯からずれてしまい杭ずれが発生しやすいとの問題や,硬い地盤を掘削する場合に貫入性が悪くなり杭体に傾斜が生じるとともに時間がかかるといった問題等)を解決する手段を提供するものである。したがって,公知文献1の発明は,本件各発明と解決すべき課題(目的)を共通にするものではない。
また,公知文献1の発明は,1巻きのラセン翼を鋼管杭の下端部に固定するものであるから,本件各発明の構成要件A及びBを具備せず,本件各発明の作用効果も有しない。
ウ 公知文献3について 本件各発明は,杭の下端部外周面の同じ高さ位置に複数枚のラセン翼を設け,かかる構造により地盤中に鋼管杭を貫入させることによって,従来技術が有する上記問題点を解決したものである。
これに対して,公知文献3の考案は,添付の第1図に示されているとおり,内部にコンクリートを充填した外殻の先端に円錐形のシュー1を取り付け,これにより地盤中を貫入していく構成を採るものであって,基本的な構成を異にしている。
また,本件各発明にかかる鋼管杭は,「杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭」との記載から分かるように,公知文献3の考案のように内部にコンクリートを充填したものではない。
さらに,公知文献3の第1図には,1本の外殻12の中程に拡径翼18が設けられていているが,この拡径翼は,本件各発明のラセン翼の如く鋼管のねじ込みのために設けられているのではなく,外殻12の外径が先端部に設けられた前記シュー1の外径より小さいことから生ずる周面摩擦の低減を補うことを目的とするものである。よって,拡径翼18の目的は本件各発明のラセン翼とは異なるものであり,当然に作用効果も本件各発明とは異なる。
エ その他の主張について 被告の指摘するその余の公知文献も,公知文献1,同3と同様に,本件各発明とは,課題(目的),構成及び作用効果を異にする。
以上によれば,被告主張の公知技術からは,その組合せによって当業者が本件各発明に容易に想到し得るものではなく,まして本件特許に無効理由が存在することが明らかであるとは到底いうことができない。
当裁判所の判断
1 構成要件Aにいう「ラセン翼」の意義について (1) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,本件各発明の産業上の利用分野,従来技術との関係等に関し,次のような記述がある。
ア 「【産業上の利用分野】本発明は,中低層住宅等の建築物あるいは小規模構造物等の基礎として用いられるラセン翼付きの鋼管杭とその施工方法に関するものである。」(本件公報2欄4行〜6行) イ 「【従来の技術】従来より,中底層建築物基礎杭として鋼管製の杭本体の先端,あるいは先端と一定間隔を隔てた杭本体に一巻き以上に連続するラセン状の翼を持つ杭が使用されている。…(中略)…この杭は杭頭に回転トルクを与え,ねじり込みによって地中に埋設されるものである。」(同2欄8行〜3欄1行) ウ 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら従来の杭では,1枚のみラセン翼が連続した状態で一枚のみ取り付けられているため杭芯に杭先端をセットしても,杭を回転すると同時に杭芯から杭がずれてしまい,杭ずれが発生しやすいといった問題があった。また,従来の杭はやや硬い地盤を掘削する場合には,貫入性が悪くなり杭体に傾斜が生じると共に時間がかかるといった問題もあった。更に,ラセン翼がレキに当たって変形したり,あるいはレキとの摩擦によって擦りへってしまい,所定の鉛直支持力が発現できないといった問題もあった。」(同3欄10行〜19行) エ 「そこで本発明の目的は,施工精度を向上し,やや固い地盤においても充分に大きな支持力が発現可能な鋼管杭とその施工方法を提供することである。」(同3欄20行〜22行) (2) 上記(1) を前提に検討するに,一般に「ラセン」とは,円柱に巻きつきながら円柱に沿って一定の歩みで進んでいく形の空間曲線をいい(「岩波理化学辞典(第5版)」〔乙1〕参照),ラセン翼とは「ラセン面」を有する翼の意味であるから,その形状は明確であって,用語の一般的な意味としては「平板」状の翼を含むことはない。
しかしながら,本件各発明ないしその従来技術において,翼を「ラセン面」としたのは,杭頭に回転トルクを与え,ねじり込みによって地中に埋設するためである。そうであるとすれば,本件のように,ねじり込まれる側が土のように変形容易なものであって,しかも巻数の少ない翼にあっては,これを平板に置き換えたとしても,そのねじり込み作用にさほどの相違は生じないものと考えられる。原告は,被告製品の突出部分4が「ラセン翼」に当たる旨主張するところ,その部分の形状はラセン翼対応の巻数でいえば杭半周分であるから,ラセン翼に十分近似しているということができる。さらに,被告の発行に係る被告製品のパンフレット(甲3)には,「杭体を回転させると,先端翼のねじとしての作用により杭は地盤に貫入します。」(8頁「貫入の機構」の項)という記載がある。
(3) 以上によれば,被告製品の「平板」(半円形板2)の一部である突出部分4は,ねじとしての作用を有していることからみて,本件各発明にいう「ラセン翼」に該当すると解するのが相当である。
この点,被告は,「ラセン面」と呼ぶためには少なくとも面自体の性質として,旋回することによって前進するような形状であることが必要であって,「平面」がこれに含まれることはないと主張する。しかし,本件各発明の出願の過程で特許庁の審査官が拒絶理由の引用例の1つとして挙げた実願昭53-122663号(実開昭55-40053号)のマイクロフィルム(乙10)では,円筒状構造体に傾斜して取り付けられた「平板」を「螺旋状翼片」と呼んでいることからみても,「平板」であるものはすべて「ラセン翼」になり得ないと解することは相当でなく,「ラセン翼」に該当するか否かは,その部材の有する作用効果が「ラセン翼」と同様といえるかという観点から実質的に判断するべきである。被告の上記主張は採用できない(なお,被告の主張のうち公知技術との関係で本件各発明の構成要件の解釈をいう点については,後記3で判断する。)。
2 構成要件Aにいう「鋼管杭の下端部外周面」の意義について (1) 本件明細書の「特許請求の範囲」の記載によれば,本件各発明の鋼管杭は,「ラセン翼が鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置で…(中略)…固定され」,かつ,「杭先端に底板を取り付けて閉塞された鋼管杭」であることが明らかである。すなわち,本件各発明においては,翼と底板とが別の部材として区別され,杭外周面と杭先端という互いに異なる位置に固定され又は取り付けられている。この「特許請求の範囲」の記載に照らせば,「杭外周面」と「杭先端」とは別の位置を表しているというべきであり,構成要件Aにいう「鋼管杭の下端部外周面」が,杭先端を含むと解することはできない。
(2) 他方,被告製品においては,「ラセン翼」の一部を形成する平板が外周面ではなく杭の下端部である「杭先端」に固定されているから(当事者間に争いのない別紙物件目録(一),(二)参照),上記の「鋼管杭の下端部外周面」の解釈によれば,被告製品は本件各発明の構成要件Aを満たさないというべきである。
(3) このことは,被告製品の作用効果からも裏付けられる。すなわち,被告製品においては,翼と底板が一体となった半円形の「平板」2枚が「杭先端」に取り付けられているが,この「平板」は一体の構造となっているために,「平板」の一部である翼の部分が,底板と共に杭先端に強固に取り付けられているものであって,これにより杭が地中に貫入するに当たってラセン翼がより一層の強度を備えるという本件各発明にない作用効果を奏している。その意味で,被告製品は本件各発明とは技術思想が異なるものということができる。
(4) 以上によれば,被告製品及び被告方法はいずれも構成要件Aの「ラセン翼が…鋼管杭の下端部外周面…に固定され」との要件を充足しないから,本件各発明の技術的範囲に属するということはできない。したがって,その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がない。
3 特許無効の主張(権利濫用の抗弁)について 上記2の認定判断によれば,原告の請求は既に理由がないが,念のため,特許無効を理由とする権利濫用の主張について判断する。
(1) 特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁)。そこで,被告が主張する本件特許の無効理由につき検討する。
(2) 本件特許出願前の刊行物である公知文献1(特開昭59-85028号。
乙2)には,「鋼管製の杭本体の下端に底板を固設し,該底板に掘削刃を設けると共に,杭本体の下端部外周面に螺旋翼を突設したことを特徴とする,鋼管杭」の発明が開示されている。この発明は,本件第1発明と同様に鋼管杭に関するもので,本件第1発明の分野における従来技術であり,1枚のラセン翼を鋼管杭の下端部外周面に1巻きさせて固定し,杭先端に底板を取り付けてこれを閉塞したものであるが,同公報の「発明の詳細な説明」の欄の記載を斟酌すると,ラセン翼の巻き数は適宜増減することができ,かつラセン翼は不連続状態に分断し,全体としてラセン状に形成したものであってもよいとされている(同公報4欄7行〜9行)。
本件第1発明と上記発明を比較すると,ラセン翼が鋼管杭の下端部外周面に固定されていること,杭先端に底板を取り付けて閉塞されていることにおいて一致する。他方で,両者は,@ ラセン翼の枚数及びその固定に関し,本件第1発明では,「複数枚のラセン翼が下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定」されているのに対して,上記発明では「1枚のラセン翼が下端部外周面に固定」されている点(相違点1),A ラセン翼の長さに関し,本件第1発明では「1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下」であるのに対し,上記発明では「1巻き」である点(相違点2),の二点において相違している。
(3) 本件特許出願前の刊行物である公知文献3(実開昭62-138740号。乙5)には,「円筒状の外殻内にコンクリートを充填してなり,前記外殻の長手方向所定位置の外面には回転方向に下り勾配の傾斜を有する1または複数枚の拡径翼を設けてあることを特徴とするねじ込みぐい用くい部材」の考案が開示されている。この考案に係る杭部材は,鋼管杭そのものではないが,上記公報には「この考案は住宅その他比較的低層の建築物の基礎において,ねじ込みぐいとして利用されるくい部材,特に摩擦ぐいのくい部材に関するものである。」(同文献1頁15行〜18行)と記載され,また拡径翼については,「拡径翼18を設けてあることにより,拡径翼18と地盤との機械的な摩擦力を支持力として加えることができる。」(同3頁15行〜17行),「拡径翼18に勾配を設けたのは,くい部材11を回転させて地盤中へねじ込む際の抵抗を少なくするためである。」(同4頁2行〜4行)との記載もある。
これらの記載によれば,公知文献3の考案は,本件第1発明と同一の技術分野に属するものであって,その拡径翼についても,その構造は平板であるが,本件第1発明の「ラセン翼」と同様の趣旨で設けられたものであることが認められる。
(4) そこで,上記の認定判断をもとに前記の相違点について検討するに,相違点1(ラセン翼の枚数及びその固定)に関し,公知文献1には,前記のとおり,ラセン翼を不連続状態に分断してよい旨の記載がある。また,公知文献3には,2枚の翼が外周面の同じ高さ位置で勾配方向を同じにして周方向に等間隔に固定されたくい部材の発明が記載されている(同文献第1図参照)。
そして,公知文献3に開示されている拡径翼の目的は鋼管杭の先端支持力を増すことにあり,しかも,この拡径翼は鋼管杭のねじ込みを容易にするという作用効果を奏するところ,その作用効果は公知文献1の鋼管杭のラセン翼についても同じであり,杭ずれといった公知文献1のラセン翼において解決すべき課題とされている点を同様に解決するものである。そうすると,公知文献1の発明にある1枚のラセン翼に,これを不連続状態に分断してもよい旨の技術とともに,公知文献3の考案にある「2枚の翼を外周面の同じ高さ位置で勾配方向を同じにして周方向に等間隔に固定」させる旨の技術を適用すること,つまり,ラセン翼を2枚とし,その2枚を「鋼管杭の下端部外周面の同じ高さ位置でラセン方向を同じにして周方向に等間隔に固定」させることは容易である。
次に,相違点2(ラセン翼の長さ)に関して,公知文献3の考案にある2枚の拡径翼は,ラセン翼に対応させると1枚当たり0.5巻き分の長さである。この長さのラセン翼であれば,本件第1発明の「1枚当たりの長さは[1÷(ラセン翼の枚数+1)]巻き以上[1÷(ラセン翼の枚数)×1.1]巻き以下」という条件を満たす。
そうすると,公知文献1の発明のラセン翼に,公知文献3の拡径翼に関する技術を用いて,これを2枚翼とし,その1枚当たりの長さを0.5巻きとすることは当業者にとって容易というべきである。
以上によれば,本件第1発明は,公知文献1の発明に公知文献3の考案に開示された技術を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
(5) 次に,本件第2発明について検討するに,この発明は,本件第1発明において特定された鋼管杭に「回転力を与えることにより,杭体積分の土を杭側方に押し出し,杭側面の土を圧縮しながら杭を沈設して支持力を向上させることを特徴とする鋼管杭の施工方法」である。
そして,公知文献1においても,鋼管杭を「地盤中に回転,圧入させ」「鋼管杭の周辺に螺旋状の周辺支持層を形成し」「所定深さへの貫入後は,鋼管杭の下端部に根固め団塊を形成させること」を特徴とする鋼管杭の施工方法に関する発明が開示されているところ,公知文献1の「発明の詳細な説明」欄の記載を斟酌すると,この発明の目的とするところは本件第2発明と同じである。
そうすると,本件第2発明と公知文献1の発明との一致点,相違点は,本件第1発明について述べたのと同様であるから,本件第2発明は,公知文献1の発明に公知文献3の考案に開示された技術を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
(6) 以上によれば,本件各発明は,本件特許出願前の刊行物である公知文献1及び公知文献3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許には特許法29条2項に違反してされたという同法123条1項2号所定の無効事由が存在することが明らかであるから,原告による本件特許権の行使は権利の濫用であって許されない。
この点につき,原告は,本件各発明と公知文献3の考案とでは基本的な構成を異にし,しかも公知文献3の拡径翼は本件各発明のラセン翼とは目的及び作用効果を異にするから,被告主張の公知技術の組合せによっては本件各発明を容易に想到し得るものではないと主張する。しかしながら,基本的な構成が異なるとはいっても,公知文献3の考案は杭部材に係るものであって,本件各発明と同一又は密接な関係にある技術分野に属するから,これを公知文献1の発明に適用することに何ら問題はない。そして,たとえ上記考案の拡径翼の目的が異なるとしても,結果的に同様の作用効果が存在するのであって,さらにこの拡径翼には本件各発明の特徴となる,@杭ずれ防止,A傾斜防止の作用効果もあるから(乙5により認められる。),この技術をもって公知文献1の発明の問題点を解決することは容易である。原告の上記主張は採用できない。
4 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 和久田道雄