審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21ワ3409特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ21280特許権不侵害確認請求事件 平成12ワ7516特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ 785特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ3155特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 公知技術 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 権利の濫用(権利濫用) / 存続期間 / 数値限定 / 技術的意義 / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 組成した物 / 損害額 / 販売数量(販売数) / 譲渡数量 / 販売利益 / 単位数量 / 販売能力 / 不法行為(民法709条) / 設定登録 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
11年
(ワ)
23013号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 三水株式会社 同訴訟代理人弁護士 森田政明 同補佐人弁理士 永井義久 被告 リンテック株式会社 同訴訟代理人弁護士 升永英俊 同 大島崇志 同 池田知美 同訴訟復代理人弁護士 戸田 泉 同補佐人弁理士 谷 義一 同 橋本傳一 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2001/07/17 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告は,別紙製品目録記載の記録紙を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し, 若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。 2 被告は,前項記載の記録紙の既製品及び半製品を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,3億6742万5990円及びうち2億5706万7500円に対する平成11年10月22日から,うち1億1035万8490円に対する平成12年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求を棄却する。 5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 6 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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原告の請求
1 主文第1,2項と同じ。 2 被告は,原告に対し,4億3820万6040円及びうち2億5706万7500円に対する平成11年10月22日(訴状送達の日の翌日)から,うち1億8113万8540円に対する平成12年11月8日(請求の拡張の申立てをした原告第9準備書面の送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,記録紙についての特許権を有する原告が,被告の製造販売するタコグラフ・チャート用紙の原紙は上記特許権を侵害するものであるとして,その製造,販売等の差止め及び製造された製品の廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。 1 当事者間に争いのない事実 (1) 原告は,石油化学製品及び合成樹脂製品の製造及び販売並びにこれらの製造コンサルティング業を主たる目的とする株式会社である。 被告は,紙の製造及び販売並びにパルプの販売等を目的とする株式会社である。 (2) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。 特許番号 第2619728号 登録年月日 平成9年3月11日 発明の名称 記録紙 出願番号 特願平2-15644号 出願年月日 平成2年1月25日 公開番号 特開平3-220415号 公開年月日 平成3年9月27日 (3) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。 「下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の表面に形成されたことを特徴とする,記録紙。 (A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子 (B)成膜性を有する水性ポリマー」 (4) 本件特許発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,「構成要件a」などという。)。 a 隠蔽層が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の表面に形成されたこと b 上記隠蔽層は, (A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と (B)成膜性を有する水性ポリマー の組成物からなること c 上記組成物は,(A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること d 前記aないしcを特徴とする記録紙であること (5) 被告は,平成9年1月から同11年9月14日(債権者を原告,債務者を被告とする当庁平成11年(ヨ)第22019号特許権侵害差止仮処分の執行の日)までの間,別紙製品目録記載のタコグラフ・チャート用紙の原紙(以下「被告製品」という。)を製造,販売していた。被告製品の販売数量は,別表「被告タコグラフ売上推移」記載のとおりである。 (6) 被告製品の組成物のうち, スチレン/アクリル酸/アクリル酸エステル共重合体は構成要件bの「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」に該当し,スチレン/ブタジエン共重合体は「成膜性を有する水性ポリマー」に該当する。 2 争点 (1) 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうか。 ア 原告は,本件特許発明の構成要件aの「着色原紙」から黒色塗料を4g/u塗工しているものを意識的に除外したと評価できるか。 イ 被告製品に含有されるスチレン/アクリル酸共重合体は,本件特許発明の構成要件bの「(B)成膜性を有する水性ポリマー」に該当するか。 ウ 被告製品に含有されるカゼインは,本件特許発明の構成要件bの「(B)成膜性を有する水性ポリマー」に該当するか。 (2) 本件特許には明らかな無効事由があり,本件特許権に基づく原告の権利行使は権利の濫用に当たるかどうか。 ア 原告による明細書の補正は要旨の変更に当たり,出願日が繰り下がる結果,本件特許発明は新規性を欠くことになるか。 イ 構成要件cの数値限定には格別の顕著性がなく,本件特許発明は進歩性を欠くものといえるか。 (3) 原告の損害額 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1) ア(意識的除外)について (被告の主張) 被告製品において,白色塗工液を塗布するのは黒色原紙の表面ではなく,白色原紙の片面に黒色塗料を塗布した面の上である。 原告は,前記仮処分事件の準備書面で,被告(債務者)の実施した実験につき「債務者の実験では,上質紙に4g/uもの黒色塗料を塗工して実験している。 この実験は,いわば黒色樹脂層上に白色塗工層を塗工した実験であって,本件特許発明にいう『着色原紙』上に水性塗布液で隠蔽してなる記録紙とは全く相違する。」「原紙の上に厚く黒色塗料を塗って,黒色樹脂層を形成したものまで,本件特許における『着色原紙』とは到底言わない。」と主張している。したがって,原告が,本件特許発明にいう「着色原紙」は黒色塗料を4g/u塗布しているものを含まないとの立場に立っていることは明らかである。 被告製品においては,原反に約6g/uの黒色塗料を塗布したものを使用しており,本件特許発明の構成要件aにいう「着色原紙」には該当しない。 (原告の反論) 本件特許発明の記録紙は,着色原紙の表面に形成された隠蔽層が,インクを用いない尖針などの引掻き記録により,隠蔽層の隠蔽性が失われ,着色原紙の色調が現出することにより印字されるという構成のものであり,その着色原紙に特段の限定はない。本件特許権に係る特許公報(甲1。本判決末尾添付。以下「本件公報」という。)においても,着色原紙の例として「黒色塗料を塗布した上質紙や黒色に染色した樹脂フィルム」(本件公報3欄39行〜40行)と記載されている。 なお,被告のいう前記仮処分事件での原告の主張は,被告が行った実験結果の信用性についての指摘であって,これをもって本件特許発明の技術的範囲を限定する趣旨ではない。 (2) 争点(1) イ(スチレン/アクリル酸共重合体)について (原告の主張) スチレン/アクリル酸共重合体は,水性バインダーとして機能するものであり,構成要件bにいう(B)成膜性を有する水性ポリマーに該当する。 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「課題を解決するための手段」の項には,成膜性を有する水性ポリマーの例についての記載があるが,それによれば,ポリマーのモノマー組成の例としてスチレンが挙げられ,水溶解型ポリマーは,例に挙げられたモノマー組成にカルボキシル基を共重合させたポリマーであり,カルボキシル基を有するモノマー組成の例としては,アクリル酸が挙げられている(本件公報4欄14行〜40行)。すなわち,スチレン/アクリル酸共重合体はバインダーとして機能する成膜性を有する水性ポリマーの代表的な例として明記されている。 さらに,従来技術の内容からみても,水性バインダーとしてスチレン/アクリル酸共重合体が用いられることは当業者において周知であり,しかも,本件特許の出願前の公開特許公報(特開昭61-19676号。甲5)において,特許請求の範囲第1項に,バインダーがスチレン/アクリル系共重合体のアルカリ水溶液であることを要件の一つとする発明が記載され,かつ,特許請求の範囲第3項に,「スチレン/アクリル系共重合体のアルカリ水溶液を分散安定剤として,作製されたものである特許請求の範囲第1項又は第2項記載の水性印刷インキ」との実施態様が記載されていることからすれば,スチレン/アクリル酸共重合体は分散剤であってもバインダーとして機能することは明らかである。 (被告の反論) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「作用」の項には「成膜性を有する水性ポリマーは,上記中空孔ポリマー粒子を着色原紙に定着させるバインダーとして作用する。」(本件公報5欄5〜7行目)と記載されている。 また,原告作成の平成7年2月6日付け審判請求理由補充書(乙44)には,「成膜性ポリマーを中空孔ポリマー粒子相互の接着及び中空孔ポリマー粒子と着色原紙との接着に必要な量に調整して中空孔ポリマー粒子の量を相対的に増加し,酸化チタンを併用しなくても充分な隠蔽率を有する隠蔽層(隠蔽率が0.95〜0.99に相当する程度)を形成することができたのである。」(同審判請求理由補充書6頁8〜11行目)と記載されている。 以上の記載から,「(B)成膜性を有する水性ポリマー」とは,水性ポリマーのうちでバインダーとして機能するポリマーに限定されていることは明らかである。すなわち,水性ポリマーであっても,バインダーとして機能しないものは,「(B)成膜性を有する水性ポリマー」ではない。 被告会社の行った実験の結果(乙23,42)によれば,スチレン/アクリル酸共重合体は,バインダーとしては作用せず,接着性阻害要因として作用していることが証明されているから,スチレン/アクリル酸共重合体は構成要件bにいう「(B)成膜性を有する水性ポリマー」に該当しない。むしろ,重量比の計算に当たっては「(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」に含めるべきである。 (3) 争点(1) ウ(カゼイン)について (原告の主張) カゼインは,水性バインダーとして機能するものであり,構成要件bにいう「(B)成膜性を有する水性ポリマー」に該当する。 本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄の「課題を解決するための手段」の項には「乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されるポリマー」の例として「天然ゴムラテックス」が明記されており,成膜性を有する水性ポリマーには,天然ポリマーが含まれることが明らかである。 しかも,「新訂紙パルプ事典」(紙パルプ技術協会編・金原出版株式会社。甲9)には,カゼインはコーテッドペーパーその他の塗工用接着剤,水性塗料として用いられること,「紙・パルプの実際知識」(甲10)には,塗工紙は,原紙にカゼイン又はゼラチンなどののり料とともに薄く塗被した印刷用紙であると示されていることからみても,カゼインは「原紙に定着させるバインダー」として普通に用いられるものであることが明らかである。 さらに,本件特許発明出願時における公知技術である特開昭56-68187号(甲6),特開昭57-42996号(甲7),特開昭57-199684号(甲8)の各公開特許公報には,カゼインがバインダーとして例示されている。 被告は,後記のとおりポリマーの意義を工業的又は人為的に合成にされたものに限定して解釈するが,ポリマーは高分子と同義であり,「合成樹脂の化学〔全訂版〕」(三羽忠広著・株式会社技報堂。甲29)においても,カゼインはゴムと共に天然高分子物に分類されている。ポリマーから天然高分子が除外される理由はなく,被告の反論は失当である。 (被告の反論) カゼインはタンパク質であって,後記アからウのとおり,その物理・化学的性質は,天然ゴムラテックスのそれとは全く別のものである。 ア カゼインは,20種のアミノ酸が複雑にかつ遺伝信号により計画的に組み合わされて構成されている巨大分子(高分子)であるが,モノマーが重合反応を繰り返して造られるポリマー(=重合体)ではない。化学大辞典においても「タンパク質や核酸は生体高分子といわれるが,単純な重(縮)合体ではないので通常はポリマーとはよばない。」と明記されているものであり,当業者の常識として,タンパク質は,通常,ポリマーとはよばれない。 イ カゼインは乳又は豆類の中に天然の物質として存在する。したがって,当業者の常識からみて,カゼインは「合成されて造られる物質」ではない。なぜなら,「合成」とは「有用な物質をできるだけ安価な入手し易い出発原料から選択性の高い反応を用いてつくること」を意味し,「天然物」をもって「合成されて造られた物質」とは認識しないからである。「合成」とは人工的に物質を作り出すことを意味し,生体によって行われる生体物質の合成である「生合成」は含まない。 ウ 天然ゴムラテックスは,天然ゴムであって,コロイド状に水中に分散した乳濁液を意味する。これは,人工的に合成されたものではなく,ゴムの樹の樹液から抽出される天然物である。ただし,天然ゴムラテックスも合成ゴムラッテクスも,共にイソプレントという低分子量の物質(モノマー)からできたポリマーであることに違いはない。一方で,カゼインが前記の通り巨大分量の分子であるのに対し,天然ゴムラテックスがイソプレンからできたポリマーである点で,両者は全く異なっている。したがって,カゼインが天然ゴムラテックスの同類又は類似の物質であるということはできない。 そして,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における「成膜性を有する水性ポリマーとは,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーであり,」との記載及び実施例をみても,「成膜性を有する水性ポリマー」としては,「低分子量化合物を人工的に重合という化学反応で高分子化したポリマー」すなわち「合成ポリマー」のみが列挙されている。したがって,本件明細書の記載に照らし,特許請求の範囲における「ポリマー」とは「合成ポリマー」を意味することは明らかであり,「成膜性を有する水性ポリマー」に「天然高分子」は含まれない。 そもそも,被告製品に使用されているカゼインは,記録用原紙に隠蔽層を構成する組成物を塗布する際に,塗工が容易にでき,しかも均一できれいな塗膜面を得るための塗工性改良剤として機能するものであり,「中空孔ポリマーを着色原紙に定着させるバインダー」として使用するものではない。このことは,被告会社による実験の結果(乙26)によっても,裏付けられている。したがって,この意味でもカゼインは「成膜性を有する水性ポリマー」に当たらない。 (4) 争点(2)ア(新規性欠如を理由とする無効事由)について (被告の主張) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載されている各該当数値は,当初の明細書では単に「混合割合」と記載されていたのを,平成5年11月12日付け手続補正書により「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」欄中のそれらの記載を「重量比」に変更したものであるが,このような変更は,当初明細書に記載された特許請求の範囲内での補正ではないので,明細書の「要旨の変更」に当たる。 そうすると,本件特許発明は,上記手続補正書が提出された平成5年11月12日に出願されたものとみなされるところ,本件特許発明は,同日の前に頒布された刊行物であるその公開特許公報(特開平3-220415号)及び本件公報の3欄49行に引用されている公開特許公報(特開昭60-223873号)に記載されている発明から当業者が容易に推考することができたものであるから,本件特許は特許法(以下,単に「法」という。)29条2項に違反して登録されたものであり,法123条1項2号の無効事由を有する。 (原告の反論) 当初の明細書記載の「混合割合」は,同明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載を斟酌すれば,「重量基準での混合割合」を示すことが極めて明白である。 したがって,これを重量比と明示したことは当初の明細書の記載の範囲内の補正であって,当該補正は何ら明細書の要旨を変更するものではない。 (5) 争点(2)イ(進歩性欠如を理由とする無効事由)について (被告の主張) 数値を限定する発明における上限及び下限の数値は,明細書に記載している作用効果がこの上限及び下限の範囲の内外において格段の差異があるという臨界的意義を示す限界値であることが必要である。 本件特許発明では,構成要件cにおいて「(A)水性の中空孔ポリマー粒子」と「(B)成膜性を有する水性ポリマー」の重量比が1から3の範囲であることを要件としているところ,本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄には,この下限に関し,(A)と(B)の「重量比が1未満のときは充分な隠蔽性が得られず」との記載がある。しかし,被告会社の行った実験の結果(乙40)によれば,この重量比が1未満の場合はもちろん,1の場合でも記録紙として使用可能な最低限の隠蔽性すら得られず,2.5に至ってようやく隠蔽性が現れる程度であった。 また,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,この上限に関して,(A)と(B)の「重量比が3以上となると実用可能な隠蔽層を形成することができない。」との記載があるが,上記実験の結果によれば,重量比3を超えた重量比3.75であっても,記録線部の欠落はみられず,記録紙としての印字性を有することが確認できた。 したがって,重量比が1から3までの範囲という数値の限定は,従来技術との区別を示すだけのために充分な技術的な裏付けなしに加えられたもので,(A)と(B)の重量比が1対100から100対1までの間であることを開示した公知技術が存在することに照らせば,本件特許発明は公知技術と同一かそうでなくても進歩性を欠くものである。 (原告の反論) 被告の主張は,争う。 (6) 争点(3)(原告の損害額)について (原告の主張) ア 適用条文について 本件では,原告がタコグラフ・チャート用紙の原反の製造から,箱詰めタコグラフ・チャート用紙の製造販売までを行っているのに対し,被告はタコグラフ・チャート用紙の原反の製造・販売のみを行っており,いわば侵害製品の供給ラインの源流にある者である。被告の供給先には複数の加工や卸の業者が存在することが当然に予想されるが,これらの供給ライン上では侵害製品を譲渡する者は特許権者に対する関係では共同不法行為者であり,これらの者は特許権者の被った損害の全額を賠償する義務を負うと解すべきである。なぜなら,そのように解さないと特許権者による損害賠償の立証の負担を軽減するという法102条1項の趣旨が没却されてしまうことになるし,同条項が「その侵害の行為を組成した物」と「販売することができた物」を文言上書き分けているのは,販売物品の製品化過程にある物品が侵害組成物品になり得ることを前提にしていると解されるからである。 したがって,本件の被告についても法102条1項の適用は認められるというべきである。 仮に,法102条1項の適用がないとしても,前記のとおり被告は侵害物品の最終流通先まで含めた損害賠償の全額の負担を負うべき立場にある者であり,侵害者全体の得た利益が原告の販売利益を下回ることはあり得ず,また,これらの者は原告にロイヤリティを支払うべきものであるから,結局のところ,被告は法102条2項又は3項に基づいても,少なくとも原告の販売利益に相当する額の損害賠償義務を負うというべきである。 イ 損害額について 原告が水性タコグラフチャート紙の製造販売により得る利益の額は,箱入りタコグラフ・チャート紙1箱当たり331.7円を下回るものではない。また,平方米当たりの利益は,1日用箱入りについて217円,7日用箱入りが316.9円,3日用箱入りが342.95円であり,それぞれの売上比率は7対2対1程度であるから,平方米当たりの平均利益は249.575円である。 被告は,平成9年4月1日から平成10年5月末日まで,72万5788uのタコグラフ・チャート用紙の原反の製造・販売を行ったから,これに対応する原告の得べかりし利益の額は1億8113万8540円となる。 また,被告は,平成10年6月1日から平成11年9月14日(製造販売差止めを命ずる仮処分の執行の日)まで,箱入りタコグラフ・チャート紙77万5000箱に相当するタコグラフ・チャート用紙の原反の製造・販売を行ったから,これに対応する原告の得べかりし利益の額は2億5706万7500円となる。 ウ まとめ よって,原告は,被告に対し,特許権侵害を理由とする損害賠償として上記金額の合計である4億3820万6040円及びうち2億5706万7500円に対する平成11年10月22日(訴状送達の日の翌日)から,うち1億8113万8540円に対する平成12年11月8日(請求の拡張の申立てをした原告第9準備書面の送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張) ア 法102条1項の適用について 本件特許侵害による損害額を算定する場合には,加工済原紙(タコグラフ・チャート用紙の原反)の価格を基準にするのが相当である。 すなわち,加工済原紙(原反)は,製造工程において一時的に発生する生成物ではなく,独立した契約単位となる製品すなわち商品である。原告も被告もこの意味での加工済原紙を販売しているメーカーであり,加工済原紙の市場が現に存在している。それゆえ,法102条1項の適用については,加工済原紙が同条項にいう「その侵害の行為を組成した物」に該当し,また,同時に「販売することができた物」に該当すると解すべきである。 原告が主張するように,タコグラフ・チャート用紙の箱詰めした完成品の価格を基準にして損害額を算定することは,加工済原紙という一次製品とタコグラフ・チャート用紙(箱詰め完成品)という二次製品のそれぞれについて市場が存在することを無視するもので,失当である。 イ 原告提出の書証について (ア)納品書(控)(甲82,84,86,90,94,96,100,102,104,106,108,110,112,114,133,135,137,139,141,143,145,147,149,151,153,155,157.159,161,163。いずれも枝番号を含む。)について 原告は,上記各書証を,タコグラフ・チャート用紙の販売実績及びその単価を証明する趣旨で,各納品日の直後に作成され,日本記録紙宛てに発送された納品書の控えとして提出している。しかし,これらの納品書(控)は,実際に日本記録紙宛てに発送された納品書の控えではなく,何者かが本件訴訟のために最近作成したものである。しかも,平成10年6月から同11年8月の偶数月分(甲82,84,86,90,94,96),平成9年2月から同10年4月の偶数月分(甲100,102,104,106,108,110,112,114),平成9年3月から同11年9月の奇数月分(甲133,135,137,139,141,143,145,147,149,151,153,155,157.159,161,163)の3グループを各グループごとに一括して,上記の順番で作成したものである。 このことは,下記の@〜Bから明らかである。 @ タコグラフ・チャート用紙の納品書として不可欠な品名,仕様が記載されていないこと。品名,仕様の記載がないと,どの型式のタコグラフ・チャート用紙が納品されたか特定できず,納品書の役割を果たさない。 A 甲82の1の用紙と甲82の3の用紙が連続していたこと(ミシン目の切れ目から判明した。実際の納品書の控えであれば,この間に甲82の2が存在したはずであるから,甲82の1の用紙と甲82の3の用紙のミシン目の切れ目が合致することはあり得ない。),同様に甲137の2の用紙と甲139の1の用紙が連続していたこと B 平成10年6月から同11年8月の偶数月分が一括して作成され,次に平成9年2月から同10年4月の偶数月分が,その次に平成9年3月から同11年9月の奇数月分がそれぞれ一括して作成されたこと(「品番・品名」欄のTCO1日用,TCO3日用,TCO7日用のそれぞれの記載の順序から判明した。) (イ)請求書の控え(甲81,83,85,87,89,91,93,95,99,101,103,105,107,109,111,113,132,134,136,138,140,142,144,146,148,150,152,154,156,158,160,162)について 原告は,上記各書証を,各納品日の直後に作成され,日本記録紙宛てに発送された請求書の控えとして提出しているが,「品番・品名」欄のTCO1日用,TCO3日用,TCO7日用の記載の順序からみると,これらの請求書の控えは,本件訴訟のために最近作成されたものである。しかも,平成10年6月から同11年8月の偶数月分(甲81,83,85,87,89,91,93,95),平成9年2月から同10年4月の偶数月分(甲99,101,103,105,107,109,111,113),平成9年3月から同11年9月の奇数月分(甲132,134,136,138,140,142,144,146,148,150,152,154,156,158,160,162)の3グループを各グループごとに一括し,上記の順番で作成されたものである。 (ウ)タコグラフ・チャート用紙の購入価格証明書(甲42)について 上記書証は日本記録紙作成に係るタコグラフ・チャート用紙の購入価格証明書であり,例えば7日用10組入りタコグラフ・チャート用紙については,平成8年1月から同12年9月まで1箱の単価が480円,460円,440円,400円というように変遷した旨が記載されている。 原告は,7日用タコグラフ・チャート用紙を株式会社日立東サービスエンジニアリング製の組立機によって製造しているが,株式会社大成は原告に対し7日用タコグラフ・チャート用紙用のプラスチックリングを平成9年10月から供給していること,日立東サービスエンジニアリングは原告に対し7日用タコグラフ・チャート用紙の組立機を平成9年8月に納品し,同10年1月に代金の最終残金を請求していること,7日用タコグラフ・チャート用紙の組立作業に従事したパートの作業員は平成10年6月から雇用されていることからすれば,原告が上記組立機によって7日用タコグラフ・チャート用紙を出荷したのは平成10年1月以降と推認され,原告は平成9年中には上記製品を出荷していないことは確実である。 したがって,上記購入価格証明書には,日本記録紙の7日用タコグラフ・チャート用紙の平成8年及び同9年の購入価格が記載されているが,平成8年及び9年には上記組立機による7日用タコグラフ・チャート用紙の出荷はなかったから,日本記録紙による購入自体があるはずもなく,上記の平成8年及び9年の購入価格の記載は虚偽である。 さらに,原告は「日本記録紙は1箱標準価格900円でタコグラフ・チャート用紙を販売し,原告は平均5掛け程度で納品している。」と主張しているが,日本記録紙は,平成8年から現在まで1日用及び7日用のタコグラフ・チャート用紙につき1箱900円前後で販売したことは全くなく,実際の販売価格は高くても540円,多くはその半額以下である。現に,乙54のパンフレットでは7日用が395円と記載されており,ダイレクトメールでは1箱400円以下の価格で販売していることが多い。仮に,上記購入価格証明書の記載が真実であるとすると,日本記録紙は採算がとれないまま平成8年から現在まで原告からタコグラフ・チャート用紙を購入していたことになるが,そのようなことは常識に照らしあり得ないから,このことからも上記購入価格証明書の記載が虚偽であることが分かる。 (エ)OEM供給証明書(甲34)について 上記書証は,日本記録紙作成のタコグラフ・チャート用紙のOEM供給証明書ということであるが,ここには日本記録紙が原告から供給を受けた月間平均数量として,「約2,000,000枚」「約30,000箱」「約2,400箱」の3種類の数量が混在して記載されている。これは,日本記録紙が上記書証を事実に基づかないで作成したことを物語っている。事実に基づかない数字の記載された書証によっては,供給量の如何を問わず,原告が箱入りのタコグラフ・チャート用紙を製造し,日本記録紙に供給した事実を証明したことにならない。 (オ)販売用パンフレット(甲35)について 上記書証の原本は,インクジェット方式のプリンターで印字されたものである(乙54参照)。そして,甲35の裏面と乙54の裏面は全く同一の文面であって印刷のフォント(字体)が違うだけであるから,共通のパソコンのファイルが存在し,甲35の原本は右共通のファイルに基づき,インクジェット方式のパソコン用プリンターでゴシック体フォントを指定してプリントアウトしたものであると推定される。 大量に作成される販売用パンフレットをインクジェット方式のパソコン用プリンターで印字して作成することは,作成費用(印字に要する費用及び用紙代)や作成時間からして,通常行われることではない。また,甲35の原本の用紙は,かなり厚手であるが(乙54の原本の用紙のような販売用パンフレットに通常用いられる薄い用紙にインクジェット方式のプリンターで印字すると裏面の印刷が表面ににじんでしまう。),このような用紙は,費用がかさむ点からも,ダイレクトメールの封筒に入れるための折り畳み作業がしにくい点からも,販売用パンフレットの用紙として使われることはまずない。 すなわち,甲35の原本は,実際に日本記録紙が営業のために使った販売用パンフレットではなく,何者かが,本件訴訟で必要とされる部数だけ,日本記録紙が作成した販売用パンフレット(ファイル)の記載内容,書式を利用した上で,価格表の部分を書き直して偽造したものである。 (カ)請求書(甲116〜131,同165〜180)について 上記各書証は,それぞれ請求書の控えである甲99,101,103,105,107,109,111,113,81,83,85,87,89,91,93,95,132,134,136,138,140,142,144,146,148,150,152,154,156,158,160,162に対応し,同一の内容である。そして,上記請求書の控えが本件訴訟のために最近作成されたものであり,平成10年6月から同11年8月の偶数月分,平成9年2月から同10年4月の偶数月分,平成9年3月から同11年9月の奇数月分の3グループを各グループごとに一括し,上記の順番で作成されたものであることは,前記(イ)で述べたとおりである。 したがって,甲116〜131,同165〜180の請求書も,同様に本件訴訟のために最近作成されたものであり,平成10年6月から同11年8月の偶数月分(甲116〜123),平成9年2月から同10年4月の偶数月分(甲124〜131),平成9年3月から同11年9月の奇数月分(甲165〜180)の3グループを各グループごとに一括し,上記の順番で作成されたものである。 (キ)この項のまとめ 以上によれば,上記各書証はいずれも偽造文書又は虚偽内容を記載した文書であるから,タコグラフ・チャート用紙に係る原告の利益額の立証に用いるべきではない。よって,本件ではタコグラフ・チャート用紙の販売により原告が利益を得たという事実を証するに足りる証拠がないものとして取り扱われるべきである。 ウ 法105条の3の適用について 前記イによれば,原告が日本記録紙に対しタコグラフ・チャート用紙を販売したこと,原告がタコグラフ・チャート用紙の販売により利益を得たことのいずれの事実も証明されなかったということになる。したがって,仮に特許権の侵害があったとしても,原告が販売による利益を得ていなければ,損害が生じることもないのであり,本件は,同条項にいう「特許権者に…損害が生じたことが認められる場合」に該当しない。 また,原告のタコグラフ・チャート用紙の販売による利益の額は,仮に存在するとすれば,契約書,請求書,納品書,帳簿等により容易に証明できるのであるから(本件では,原告が立証に失敗したにすぎない。),「損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるとき」には該当しない。 したがって,本件には法105条の3は適用されない。 エ 原告主張の利益額について 仮に,何らかの証拠により原告がタコグラフ・チャート用紙の販売により利益を得たことが証明されたとしても,その利益額は商工リサーチによる企業情報(乙58)に基づく利益額(平成9年12月 240万円,同10年12月 230万円,同11年12月 230万円)とは37倍もの大きな差異があることからすれば,原告の主張する1箱当たりの利益額については疑問があるといわざるを得ない。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1) ア(意識的除外)について (1) 被告は,原告が本件特許発明の構成要件aにいう「着色原紙」から黒色塗料を4g/u塗布しているものを除外した旨主張するので,この主張の当否について検討する。 (2) 本件明細書の「特許請求の範囲」には,単に「着色原紙」と記載されており,「発明の詳細な説明」欄をみても,着色された原紙の説明として「例えば黒色塗料を塗布した上質紙や黒色に染色した樹脂フィルム」(本件公報3欄39行〜40行)と記載されているだけで,それ以外に黒色塗料の塗布量など着色原紙の性質を限定する趣旨の記載はない。 この点について被告の主張する内容は,特許権の出願過程や異議手続ないし無効審判手続における出願人ないし特許権者の行動を理由とするものではなく,特許権成立後に被告の行為を特許権侵害として申し立てた仮処分事件における原告の準備書面の記載を理由とするものにすぎず,加えて,被告の指摘する原告の準備書面の記載が,被告が行った実験結果の信頼性に関してこれを攻撃するものとして主張した内容のものであることからすれば(弁論の全趣旨により認める。),このことをもって,原告が黒色塗料を4g/u塗布している着色原紙を特許請求の範囲から意識的に除外していると評価することは,到底できない。 (3) 以上によれば,特許請求の範囲からの意識的除外をいう被告の主張は理由がない。 2 争点(1) イ(スチレン/アクリル酸共重合体)について (1) 構成要件bの「成膜性を有する水性ポリマー」の意義に関し,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「課題を解決するための手段」の項には,水性ポリマーについて「当該ポリマーのモノマー組成の例としてアクリル酸エステル,メタクリル酸エステル,スチレン,ブタジエン,クロロブレン,塩化ビニリデン,酢酸ビニル等であり」との記載があり(本件公報4欄17行〜20行),水溶解型ポリマーについては,「前述のモノマー組成にカルボキシル基を共重合させたポリマーであり,カルボキシル基を有するモノマー組成の例としては,アクリル酸(Aa),メタクリル酸,モノメチルイタコン酸(MMI),2-カルボキシエチルアクリル酸エステル等であり」(本件公報4欄32行〜36行)と記載されている。すなわち,スチレン/アクリル酸共重合体は成膜性を有する水性ポリマーの代表的な例として本件明細書に明記されている。 そして,証拠(甲4,5,8,38〜40)によれば,本件特許の出願時において,スチレン/アクリル酸共重合体がバインダーとして機能することは,当業者において周知であったと認められる。 (2) この点について,被告は,スチレン/アクリル酸共重合体はバインダーとして機能しない旨を主張し,これに沿う鑑定書等(乙23,24,42)を証拠として提出するので,検討する。 ア 2000年3月6日付け「実験結果報告書」(乙23)について 被告会社の研究開発本部開発部第一開発室の甲作成の上記報告書では,「§4.まとめ」の項において「スチレン/アクリル酸共重合樹脂はイ号製品に於いて,バインダーとして作用しているものでなく,中空孔ポリマーを分散させる分散剤として作用し,『成膜性を有する水性ポリマー』に該当しないことが確認できた。」と結論づけている。 しかし,上記実験(密着性確認試験,分散剤確認試験)において使用されたスチレン/アクリル酸共重合体については,上記報告書に「イ号製品に於いて,分散剤として用いたスチレン/アクリル酸共重合樹脂」と記載されているだけで,その組成等の詳細が明らかにされておらず,第三者において上記実験の追試をすることすら困難である。 そもそも,スチレン/アクリル酸共重合体は,スチレンとアクリル酸の配合比,分子量や重合度によって接着剤としての機能を果たす場合もあるし,分散剤としての機能を果たす場合もあり,あるいは両方の機能を同時に果たしている場合もある。このことは,被告も認めることころであるから(乙24の2頁),被告製品におけるスチレン/アクリル酸共重合体のスチレンとアクリル酸の配合比,分子量や重合度が明らかにされなければ,その具体的な性質が確認されたことにはならない。 以上によれば,上記報告書の実験の結果は客観的な裏付けを欠き,その信用性は低いものといわざるを得ない。 イ 「鑑定書」(乙24)について 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授乙作成の上記鑑定書では,「3.まとめ」の項において「イ号物件において,『スチレン/アクリル酸共重合体』は,バインダーとしての機能が不十分であり,工業製品であるイ号物件において中空孔ポリマー粒子を着色原紙に定着させる機能を,実用上果たしていない。」と結論づけている。 しかし,同鑑定書は,前記「実験結果報告書」(乙23)に基づき,この実験の結果が偽りなく報告されているという前提のもとに作成されたことが明らかであるから(乙24の2頁),その信用性は前記「実験結果報告書」に依存しているというべきである。そうすると,上記アと同じ理由で,この鑑定書の信用性は低いものと評価せざるを得ない。 ウ 2000年6月30日付け「実験結果報告書」(乙42)について 上記報告書も,前記甲の作成に係るものであるが,「§2.実験方法」にあるとおり,スチレン/ブタジエン共重合体のみをバインダーとして使用した場合とスチレン/ブタジエン共重合体にスチレン/アクリル酸共重合体を添加した場合とで,接着力を比較したものである。その結果によれば,スチレン/ブタジエン共重合体のみを加えた場合の方が,スチレン/ブタジエン共重合体とスチレン/アクリル酸共重合体の両方を加えた場合に比べて,接着力が勝っていることが認められる。しかし,上記報告書から分かることは,この実験で使用したスチレン/アクリル酸共重合体はスチレン/ブタジエン共重合体に比べてバインダー効果が劣るということだけであり,中空孔ポリマーを定着させることはできないことまでが証明されているわけではない。また,前記「実験結果報告書」(乙23)におけるのと同様に,実験に使用したスチレン/アクリル酸共重合体の成分等は不明である。 したがって,「§4.まとめ(C)」にある,スチレン/アクリル酸共重合体はバインダーとして作用しないことが明らかであるという結論部分の記載は,信用できない。 (3) 以上によれば,被告の反証を考慮しても,スチレン/アクリル酸共重合体にバインダーとしての機能があることは証明されているといえるから,これは(B)成膜性を有する水性ポリマーに該当する。 3 争点(1)ウ (カゼイン)について (1) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「成膜性を有する水性ポリマーとは,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーであり,成膜性を有する。この水性ポリマーは水中で分散ないし溶解した状態で提供される。当該ポリマーのモノマー組成の例としてはアクリル酸エステル,メタクリル酸エステル,スチレン,ブタジエン,クロロブレン,塩化ビニリデン,酢酸ビニル等であり,天然ゴムラテックス,ジイソシアネート類とポリオール又はポリアミンとの反応によるポリマー(例えばウレタンラテックス)を用いることができる。ポリマーのガラス転移点(Tg)は100℃以下,好ましくは25℃〜-80℃である。」と記載されている(本件公報4欄14行〜24行)。 上記例示に含まれている「天然ゴムラテックス」は,天然ポリマーそのものであって,合成ポリマーではない。したがって,被告が主張するように,「成膜性を有する水性ポリマーとは,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーであり,」との部分が成膜性を有する水性ポリマーの定義であり,かつ,成膜性を有する水性ポリマーは合成ポリマーに限定されるという趣旨であるとすれば,明細書の記載自体に矛盾があることになる。 しかしながら,「成膜性を有する水性ポリマー」とは,文字どおり成膜性を有し,かつ水性のポリマーであることを意味し,このような性質を有するポリマーであれば,組成等は問わないということである。このことは,本件明細書に引用されている特開昭60-223873号の公開特許公報(乙37)の特許請求の範囲に「造膜性水性樹脂」と記載されているように,通常の特定の方法であり,特許請求の範囲の記載として明確であるといえる。 したがって,上記「成膜性を有する水性ポリマーとは,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーであり,」との記載は,本件特許発明における「成膜性を有する水性ポリマー」の定義を定めたものというより,むしろ「成膜性を有する水性ポリマー」の大部分を占める「合成ポリマー」を例示したものにすぎず,ガラス転移点についての記載もそのような合成ポリマーの好ましい性質を示すためとみるべきである。したがって,上記の記載は,成膜性を有する水性ポリマーから天然ポリマーを積極的に除外する趣旨ではないと解すべきである。 以上を前提に,成膜性を有する水性ポリマーに必要な性質につき検討するに,本件明細書の記載に照らして,前記の@ 成膜性を有すること,A 水性(水中で分散ないし溶解した状態)であることのほかに,B 中空孔ポリマー粒子を着色原紙に定着させるバインダーとして作用すること,C 中空孔ポリマー粒子が潰れるのを妨げない可塑性を備えていること,を要するものと解される。なぜなら,これらの性質を有するポリマーであれば,本件特許発明の所期の効果を奏することが明らかだからである。 (2) そこで,カゼインが上記の意味における「成膜性を有する水性ポリマー」に該当するかどうかを,以下で検討する。 ア ポリマーとは,本来一種あるいは数種の構造単位(モノマー)が繰り返し結合,すなわち重合したもの(重合体)を意味するが,「ポリマー」という用語を「重合体」の意味としてだけでなく,「高分子」の意味として使用し,両者を厳密に区別しないことも多いと言われている(「イミダス1997」(株式会社集英社・甲28)の「高分子化学」の項)。 そして,本件特許発明は「成膜性を有する水性ポリマー」が前記@からCの性質を備えたものであることを利用したものであり,積極的に重合体であることが要求されているわけではなく,この点に照らせば,本件明細書においては「ポリマー」の用語を「高分子」の意味で用いていると解するのが相当であり,これを「重合体」の意味に限定して解すべき理由はない。 イ カゼインはタンパク質であり,重合体には当たらないが,その分子量からみて高分子化合物に該当する(乙13により認められる。)。したがって,本件明細書における「ポリマー」に該当するものということができる。そこで,次に,カゼインが前記@からCの性質を有するかを検討するに,証拠(甲6〜11,乙16,18,19)によれば,カゼインは塗工紙用の水性バインダーとして周知であることが認められるから,上記@〜Cの性質を備えるものと推認できる。 ウ この点に関して,被告は,カゼインはバインダーとして機能しない旨を主張し,これに沿う鑑定書等(乙26,34)を証拠として提出する。 しかし,これらの証拠では,カゼインのみを使用した場合について,耐水性の面から評価を加えたにとどまるところ,被告製品において,バインダーとして機能する成膜性を有する水性ポリマーの中で多くの割合を占めるのはスチレン/ブタジエン共重体であり,そのスチレン/ブタジエン共重体とカゼインを併用した被告製品において耐水性の問題は生じていないと思われるから(乙32「報告書」別紙Aの「2-5 耐水性試験」の項参照),カゼインの耐水性のみからバインダーとしての評価をすることは妥当でない。 これらの鑑定書等からは,同じ量を使用した場合に,カゼインはスチレン/ブタジエン共重体に比べて耐水性に劣るということが証明されるだけで,カゼインのバインダー機能を疑わせるに足るものではない。 エ なお,被告は,被告製品ではカゼインは塗工性改良剤として使用されており,バインダーとしては機能していない旨主張するが,1つの物質が複数の機能を有することは一般にあり得ることであり,仮に被告製品においてカゼインが塗工性改良剤,増粘剤,保湿剤として配合されたものであるとしても,それが同時にバインダーとして作用することは否定されないから,被告の主張は採用できない。 (3) 以上によれば,被告製品に含有されるカゼインは,(B)成膜性を有する水性ポリマーに該当するものというべきである。 そうすると,被告製品において,(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子に該当するものは,スチレン/アクリル酸/アクリル酸エステル共重合体であり,(B)成膜性を有する水性ポリマーに該当するものは,スチレン/アクリル酸共重合体,スチレン/ブタジエン共重合体及びカゼインということになる。そして,その重量比は,61.0÷(17.6+7.0+7.5)=1.90となる。したがって,被告製品は本件特許発明の構成要件を充足する。 なお,カゼインは厳密な意味での「ポリマー」(すなわち重合体)ではないとして,上記(B)成分から除外したとしても,(A)と(B)の重量比は2.48となり,本件特許発明の構成要件を充足する。 4 争点(2) ア(新規性欠如に基づく無効)について 被告は,本件特許の願書の最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の「発明の詳細な説明」欄にあった「混合割合」との記載を,その後,「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」欄において「重量割合」と補正したことは,明細書の要旨の変更に当たる旨主張する。 しかし,当初明細書について,その実施例全体を含めてみれば,各成分の具体的名称の後に記載されている数字が各成分の配合割合,すなわち「混合割合」を示していることは容易に理解できるし,一般に塗布剤のような液体,固体,分散剤など様々な形態の配合成分を混合してできる組成物は,それらの配合成分の配合割合を記載するに当たってはその重量を基準として記載することが最も合理的であり,そのような記載例も存在すること(例えば,甲40の6頁右下欄15行〜17行参照)からすれば,配合割合を示す数字が体積を基準とするものとは考えにくく,重量を基準としているものと解するのが相当である。 そうすると,当初明細書において,「混合割合」と記載されていたものは,もともと重量を基準とした割合を意味していたものと認められ,明細書全体の記載からすれば要旨不明なものではない。したがって,「混合割合」を「重量比」に変更する補正は,当初明細書に記載された範囲内での補正であり,要旨変更には当たらない。したがって,被告の主張は理由がない(なお,平成12年(行ケ)第149号事件判決(甲192)参照)。 5 争点(2) イ(進歩性欠如に基づく無効)について 被告は,本件特許発明の特許請求の範囲における数値限定は技術的裏付けを欠くものであって意味がないから,進歩性を欠く旨主張する。 しかし,本件特許発明は,数値限定の技術的意義若しくは臨界的意義の有無にかかわらず,特許性を有するものであるし,数値限定の範囲内のものが明細書記載の効果を奏することは実施例の記載から明らかである。したがって,被告の主張は理由がない(なお,平成12年(行ケ)第280号事件判決(甲193)参照)。 6 争点(3) (原告の損害額)について (1) 法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」の趣旨について 法102条1項は,特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為を組成したものを譲渡したときは,その譲渡した物の数量に,特許権者がその行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を特許権者の実施の能力を超えない限度において,特許権者が受けた損害の額とすることができる旨を規定している。 原告は,タコグラフチャート用紙の原反(加工済原紙)を製造し,これを裁断してタコグラフチャート用紙とした上で,自らこれを箱詰めして販売しているものであり(以下,これを「原告製品」ということがある。),他方,被告は,タコグラフチャート用紙の原反を製造し,これをそのまま(裁断,箱詰めをしないで)販売している。 本件において,原告は,自己の販売する箱詰めタコグラフチャート用紙(完成品)について算出した単位面積(u)当たりの利益額を基準として,これに被告の販売したタコグラフチャート用紙原反(加工済原紙)の面積(u)を乗じて得た金額をもって,法102条1項による損害額として,賠償を請求しているのに対して,被告は,原告の利益額としては,箱詰めタコグラフチャート用紙ではなく,原告が裁断,箱詰め作業を行う前のタコグラフチャート用紙の原反の段階における単位面積当たりの利益額を用いるべきであるとして,これを争っている。 しかし,本件事案において,被告の製造販売したタコグラフチャート用紙の原反は,これを購入した業者によって,裁断,箱詰めされて,原告製品と同様の箱詰めタコグラフチャート用紙として市場において販売されるものであるから,被告によるタコグラフチャート用紙原反の販売により,これに対応する量の箱詰めタコグラフチャート用紙が市場に供給されて原告製品と競合することになる。 法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害された特許権を実施するものであって,侵害者が譲渡した物と市場において排他的な関係に立つ製品であれば足り,当該製品が侵害者の譲渡した物と厳密な意味で同一の商品であることを要しないというべきである。 したがって,本件において,原告は,箱詰めタコグラフチャート用紙について算出した単位面積(u)当たりの利益額を基準として,これに被告の販売したタコグラフチャート用紙原反の面積(u)を乗じて得た金額をもって,法102条1項による損害額として,賠償を請求することができるものと解するのが相当である。 (2) 原告製品の単位面積(u)当たりの利益額について ア 法102条1項の趣旨 法102条1項は,所定の方法により算定された額を,特許権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において,損害の額とすることができる旨を規定する。 しかしながら,侵害者が特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)を市場に大量に販売したことにより,特許権者が自己の製品(以下「権利者製品」ということがある。)の製造販売についての設備投資を差し控えざるを得ない場合があることを考慮すれば,同項にいう「実施の能力」を厳格に解することで権利者の適切な救済に欠けるような結果となるのでは,権利者の権利保護の拡充を意図して新たに同項を設けた特許法改正の趣旨にもとることとなる。 また,侵害者が侵害品を市場において販売する行為は,取引者,需要者との関係で,当該販売時期に侵害品が権利者製品と競合して,直接,その売上げを減少させるほか,侵害品が取引者,需要者の下において在庫品として保管され,あるいはその使用が継続されることにより,侵害品の販売時期以降にわたってまで権利者製品の売上げを減少させるものである。 上記のような点を考慮すると,法102条1項にいう「実施の能力」については,これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力をいうものと解することはできず,特許権者において,金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして,当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えている場合には,原則として,「実施の能力」を有するものと解するのが相当である。 上記のとおり,「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,同項にいう「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)である。そして,侵害品が大量に市場において販売されたことにより,これに対抗するために特許権者において権利者製品の販売価格を引き下げざるを得なかった場合には,侵害行為がなかったならば本来維持することのできたはずの販売価格(値下げ前の販売価格)を基準として,「単位数量当たりの利益の額」を算定することが許されるものと解するのが相当である。このように法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。 具体的な事案において,特許権者が侵害品の販売時に厳密に対応する時期において現実に権利者製品の製造販売を行っている場合には,当該時期における権利者製品の単位数量当たりの現実の利益額を斟酌して,法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」を算定することが相当であるが,この場合においても,この利益額が上記のような性質を有する仮定的な金額であることに照らせば,「単位数量当たりの利益の額」は,必ずしも,当該時期における現実の利益額と一致するものではなく,現実の利益額は,同項にいう「単位数量当たりの利益の額」を認定する上での一応の目安にすぎない。 イ 本件における原告製品の「単位数量当たりの利益の額」について そこで,以上の前提の下で,本件において原告製品の「単位数量当たりの利益の額」がいくらであるかを,検討する。 上記のとおり,特許権者が侵害品の販売時に対応する時期において現実に権利者製品の製造販売を行っている場合であっても,法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」は,必ずしも,当該時期における現実の利益額と一致するものではないが,現実の利益額が認定可能な場合には「単位数量当たりの利益の額」の算定に際して,これを一応の目安として斟酌した上,特許発明の属する技術分野,権利者製品及び侵害品の内容,単価,販売数量,販売期間,市場における需要状況,権利者及び侵害者の事業規模等の諸般の事情を総合考慮して算定するのが相当である。したがって,本件においても,まず,被告による被告製品販売時期における原告製品の現実の利益額について認定し,しかる後に「単位数量当たりの利益の額」を算定することとする。 なお,法102条1項にいう「実施の能力」が,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力を意味するものではなく,特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えていれば足りることは前に説示したとおりであるところ,本件においては,証拠(甲62〜65,75〜78,200)によれば,原告は,タコグラフ専用印刷機2台とタコグラフ用高速組立機を保有しており,1日8時間で月25日稼働する場合には,528万枚,面積に換算すると8万0858uの製品を印刷できること,印刷された製品の組立てに関しては,同じく1日8時間で月25日稼働する場合には,箱数で60万箱,面積に換算すると6万4319uの製品を生産できることが認められ,この点に照らせば,原告が「実施の能力」を有することは優に認められるというべきである。 (ア)原告製品の販売価格 証拠(甲34,41,42,81〜96,99〜180,200,原告代表者。枝番号のあるものについてはそれを含む。)によれば,原告は,日本記録紙に対し,遅くとも平成8年1月ころから原告製品を供給し,本件特許権が設定登録された後である同9年4月にOEM供給契約を締結して本格的な製品供給を開始したこと,平成9年4月以降の原告の日本記録紙に対する原告製品の販売価格は,次のとおりであったことが認められる。 a 平成9年4月から同年12月まで 1日用100枚入りタコグラフ・チャート用紙 460円 3日用10組入りタコグラフ・チャート用紙 220円 7日用10組入りタコグラフ・チャート用紙 460円 b 平成10年1月から同11年9月14日まで 1日用100枚入りタコグラフ・チャート用紙 440円 3日用10組入りタコグラフ・チャート用紙 220円 7日用10組入りタコグラフ・チャート用紙 440円 (イ)原告製品の製造経費について a タコグラフ・チャート用紙の製造原価 @ 原紙の購入価格 証拠(甲43〜45)によれば,原告はタコグラフ・チャート用紙の原紙を大倉三幸株式会社から18.85円/uで購入している事実が認められる。 (計算式) 0.145s/u×130円/s=18.85円/u A 隠蔽層塗料代 証拠(甲46〜54)によれば,隠蔽層塗料の種類とその配合量,単価等,配合作業に要する人件費及び送料等は別紙表1のとおりであること,隠蔽層塗料は固形分で6.8g/u塗工され,固形分当たりの隠蔽層塗料代は734円/sであるので,原価は4.991円/uとなることが認められる。 (計算式) 0.0068s/u×734円/s=4.991円/u B 黒色層塗料代 証拠(甲50,55〜58)によれば,黒色層塗料の種類とその配合量,単価等,配合作業に要する人件費及び送料等は別紙表2のとおりであること,黒色層塗料は固形分で1.5g/u塗工され,固形分当たりの隠蔽層塗料代は657円/sであるので,原価は0.986円/uとなることが認められる。 (計算式) 0.0015s/u×657円/s=0.986円/u C 加工料等 証拠(甲59〜62)によれば,原告は静岡県富士宮市所在の東京製紙株式会社にタコグラフ・チャート用紙の塗工(前記A,B参照),スリッター加工,梱包等を委託し,その費用は32円/uであることが認められる。 D 小計 上記の@〜Cの金額を合計すると,56.827円/uとなる。 b 印刷コスト 証拠(甲63〜65)及び弁論の全趣旨によれば,原告は原告製品の製造に当たり高速印刷機を用いて毎時2列6600回印刷をしていること,作業員の人件費は時給1000円であることが認められるから,1枚当たりの印刷コストは,0.0758円/枚となる。 (計算式)1000円/時÷13,200枚/時=0.0758円/枚 なお,245ミリ幅1000メートルのロールを使用した場合,125ミリ(タコグラフの1枚四方の一辺の長さ)ごとに2列印刷することによって得られる印刷枚数は,1000÷0.125×2=16,000枚で,この場合の使用面積は,0.245×1000=245uであるから,1u当たりの印刷枚数は,16,000÷245=65.3枚/uとなる。 c 1日用タコグラフ・チャート用紙(100枚入り)の原価 @ チャート用紙の原価 前記a,bを基に計算すると,87.02円となる。 (計算式)100枚÷65.3枚/u×56.827円/u =87.02円 A 印刷コスト 前記bを基に計算すると,7.58円となる。 (計算式)0.0758円/枚×100枚=7.58円 B 包装コスト 証拠(甲42,66〜71)によれば,包装コストについては,原告と日本記録紙との間で折半する旨の合意があること,そして原告負担分の内訳は,箱代金9.5円,ビニール袋代金0.56円,30箱詰ダンボール箱代40円(1箱当たり1.34円)で,その合計は11.4円になることが認められる。 d 3日用タコグラフ・チャート用紙(1組3枚セット10組入り)の原価 @ チャート用紙の原価 前記a,bを基に計算すると,26.11円となる。 (計算式)30枚÷65.3枚/u×56.827円/u =26.11円 A 印刷コスト 前記bを基に計算すると,2.28円となる。 (計算式)0.0758円/枚×30枚=2.28円 B 台紙コスト 弁論の全趣旨によれば,1セットに1枚の台紙を使用するため,1箱で10枚の台紙が必要になることが認められる。台紙の購入価格は18.85円/uであるから,台紙1枚当たりの単価はこれを65.3枚/uで除した0.289円となり,1箱に使用する台紙代は2.89円となる。 そして,弁論の全趣旨によれば,台紙は原紙の印刷と同じ方法で丸抜き加工されるため,印刷コスト相当の費用がかかることが認められ,その加工料は0.758円となる(計算式は,0.0758円×10枚=0.758円)。 したがって,1箱に要する台紙コストは,3.65円(計算式は,2.89円+0.758円=3.65円)となる。 C リング代 組立てに際しては,1セットを中央で束ねるリングが必要となるところ,証拠(甲72〜74)によればその単価は1箱当たり1.1円であることが認められるが,証拠(甲185,186)によれば原告は平成5年9月,組立用のプラスチックリング4万個の無償提供を受けたことが認められるから,リング代は費用としては考慮しない。 D 組立コスト 証拠(甲189,200)及び弁論の全趣旨によれば,原告は平成9年8月28日に高速自動組立機を導入したが,それまでは従来型の自動組立機を使用していたこと,その組立機の組立能力は,作業員3名で毎時240組であること,作業員の人件費は時給770円であることが認められるから,1時間当たり240組の組立コストは2310円である。そうすると,1組の組立コストは,2,310円÷240組=9.625円であり,箱入り(10組入り)の組立コストは96.25円となる。 そして,証拠(甲75〜77,79の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,原告が導入した高速組立機は毎時3000組の組立能力があること,3日用タコグラフ・チャート用紙については平均毎時2800組の速度で2名のパート従業員(時給770円と同760円)によって組立作業をしていることが認められるから,1組の組立コストは0.55円となる(計算式〔770円/時+760円/時〕÷2800組/時=0.55円/組)。したがって,高速自動組立機の導入後における箱入り(10組入り)の組立コストは5.5円となる。 既に述べたとおり,法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」は,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額であることに照らせば,同項の「利益の額」算定のための事情としては,箱入り(10組入り)の組立コストは,高速組立機導入後の額の5.5円とするのが相当である(なお,上記のとおり,原告の導入した高速自動組立機の稼働能力に余裕があり,パート従業員の稼働率を向上させる余地があることに照らせば,被告の販売した被告製品に対応する数量の原告製品を追加的に製造販売するに当たっては,上記の5.5円を下回る額の費用で足りるものとも考えられるが,一応,ここでは5.5円を費用とする。)。 E 包装コスト 前記cBと同一の計算で,11.4円となる。 e 7日用タコグラフ・チャート用紙(1組7枚セット10組入り)の原価 @ チャート用紙の原価 前記a,bを基に計算すると,60.91円となる。 (計算式)70枚÷65.3枚/u×56.827円/u =60.91円 A 印刷コスト 前記bを基に計算すると,5.31円となる。 (計算式)0.0758円×70枚=5.31円 B 台紙コスト 前記dBと同様の計算により3.65円となる。 C リング代 前記dCと同様の理由で費用としては考慮しない。 D 組立コスト 箱入り(10組入り)の組立コストが高速自動組立機を導入する以前は96.25円であること,高速自動組立機を導入した後は2名のパート従業員により組立作業をしていることは3日用タコグラフ・チャート用紙と同様である。ただし,組立速度が毎時平均2400組である点が異なる(弁論の全趣旨により認められる。)ため,組立コストは6.37円となる(計算式〔770円/時+760円/時〕÷2400組/時=0.637円/組。なお,被告製品の販売数量に対応する原告製品を追加的に製造販売するに当たっては,6.37円を下回る額で足りるものとも考えられるが,一応この額をもって費用とすることは,前記dDと同様である。)。 E 包装コスト 前記dEと同一の計算で,11.4円となる。 f 設備償却費 対象となる設備としては,前記印刷機と組立機(従来型及び高速型)がある。しかし,証拠(甲78)によれば,原告は埼玉県などから合計1940万円の補助金の交付を受けているものであり(そのため原告がこれらの機械の研究開発及び維持等に要した自己負担金は699万円である。),また,被告の販売した被告製品に対応する数量の原告製品を追加的に製造販売するに当たって,更に新たな設備の導入が必要であることを認めるに足りる証拠はないので,設備償却費は,費用として考慮しない。 g 経費のまとめ 以上によれば,原告製品(1日用タコグラフ・チャート用紙,3日用タコグラフ・チャート用紙,7日用タコグラフ・チャート用紙)の経費は,次のようになる。 @ 1日用タコグラフ・チャート用紙 106円 (計算式)87.02+7.58+11.4=106円 A 3日用タコグラフ・チャート用紙 48.94円 (計算式)26.11+2.28+3.65+0+5.5+11.4 =48.94円 B 7日用タコグラフ・チャート用紙 87.64円 (計算式)60.91+5.31+3.65+0+6.37+11.4 =87.64円 (3) 原告の利益額について ア 原告製品の販売価格は前記(2) イ(ア)認定のとおりであり,これによれば,平成10年1月から,1日用タコグラフ・チャート用紙及び7日用タコグラフ・チャート用紙の販売価格が,いずれも460円から440円に値下げされている。 しかしながら,証拠(甲200,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,タコグラフ・チャート用紙には大型用(バス・トラック用)とタクシー用の2種類があること,タコグラフ・チャート用紙を販売している主な会社は矢崎総業,小芝記録紙及び日本記録紙であり,このうち小芝記録紙にタコグラフ・チャート用紙の原紙を供給しているのが被告であり,日本記録紙にタコグラフ・チャート用紙を供給しているのが原告であること,上記各社の市場におけるシェアは,矢崎総業が70%,小芝記録紙が20%,日本記録紙が10%であるが,矢崎総業は自社製品を関連会社の矢崎計器の製造に係るタコグラフメーターの純正品として販売していることが認められる。そうすると,原告製品と被告製品は,矢崎総業の販売先以外の自動車メーカーにおいては完全に競合関係に立つものであり,上記の事実関係においては,平成10年1月の原告製品の値下げは,原告代表者本人の供述するように,被告による被告製品の販売に対抗するためにやむを得ず行われたものと認めるのが相当であり,被告の侵害行為がなければ,原告は平成10年1月以降も,従前の販売価格を維持することができたものと認められる。 したがって,原告の利益額の算定に当たっては,原告製品の販売価格は値下げ前の価格を基準とすることとする。 そうすると,原告製品の製造経費は,前記(2)イ(イ)認定のとおりであるから,各製品ごとの利益額は,次のとおりとなる。 (ア)1日用タコグラフ・チャート用紙 460円-106円=354円/箱 であり,1u当たりの利益額は,230.13円/uとなる。 (計算式)354円/箱÷100枚/箱×65.3枚/u =231.16円/u (イ)3日用タコグラフ・チャート用紙 220円-48.94円=171.06円/箱 であり,1u当たりの利益額は,372.34円/uとなる。 (計算式)171.06円/箱÷30枚/箱×65.3枚/u =372.34円/u (ウ)7日用タコグラフ・チャート用紙 460円-87.64円=372.36円/箱 であり,1u当たりの利益額は,347.35円/uとなる。 (計算式)372.36円/箱÷70枚/箱×65.3枚/u =347.35円/u イ そして,弁論の全趣旨によれば,1日用,7日用,3日用の各タコグラフ・チャート用紙の売上げの箱数量の比率(高速自動組立機を導入した平成9年8月以降)は,おおむね7:2:1であることが認められるから,原告のタコグラフ・チャート用紙1u当たりの利益額は,271.01円となる。 (計算式)(231.16×7+372.34×2+347.35)÷10 =271.01円/u ウ 以上の認定事実に,本件特許発明の属する技術分野,原告製品及び被告製品の内容,単価,販売数量,販売期間,タコグラフ・チャート用紙の市場状況,原告及び被告の事業規模など,本件訴訟に提出された全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸般の事情に加え,平成10年法律第51号によって現行の特許法102条1項の規定が新たに設けられた趣旨をも併せ勘案すれば,本件においては,法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」は,少なくともタコグラフ・チャート用紙1u当たり270円を下回るものではないというべきである。 (4) 損害額について(まとめ) 前記争いのない事実(第2,1(5))によれば,被告が平成9年4月1日から同11年9月14日までに販売した被告製品の数量は,合計136万0837uである。 したがって,前記(3)ウ認定の原告の「単位数量当たりの利益の額」270円/uに上記の被告の譲渡数量136万0837uを乗じると,3億6742万5990円となる。 (5) 書証の成立の真正及びその信用性等を争う被告の主張について 被告は,原告が原告製品の販売数量,販売価格等を立証する趣旨で提出した各書証について,これを偽造文書又は虚偽内容を記載した文書であるとして,成立の真正及び信用性を争うので,この点について判断する。 ア 納品書(控)(書証番号は前記「被告の主張」欄のとおりであるので,記載を省略する。)について 証拠(甲200,202,203の1,2,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,上記納品書(控)の作成経過等に関して,次の事実が認められる。 (ア)原告が原告製品を製造するに当たっては,日本記録紙から月初めか前月の末に購入予定が示されることになっている。その注文は口頭でされることが多く,型式と数量(箱又はケース)を原告代表者が聞き取って記憶するか,場合によりタコグラフ・チャート用紙の裏面などにメモの形で残すことにしている。 (イ)原告は,自社工場及び日本記録紙の工場敷地内にある原告の工場に生産に必要な原反用紙を納入し,原告製品を製造する。そして,製造された製品を日本記録紙に引き渡す際に,原告代表者と日本記録紙の担当者は目視でその型式を確認する。そして双方は,1日用,3日用,7日用のそれぞれについて数量を確認し,原告代表者は,納品の事実の確認の印として,日本記録紙の担当者に市販の物品受領書の用紙に署名してもらっている。 (ウ)上記の納品作業は箱単位で行われるが,型式について上記のとおり既に当事者間で確認されているため,作業としては箱数を確認することにより数量を確認することだけが行われている。なお,原告会社においては,出荷,納品,引渡し及びその確認並びに在庫の管理は,すべて原告代表者が1人で行っている。 (エ)原告会社では,平成10年6月ころから,それまで1人の従業員が行っていた経理事務を2名が交代で行うように改めた。そして,上記納品書(控)については,コンピュータ管理ではなく,2名の担当者がそれぞれ必要な枚数分だけ用紙をちぎった上でパソコンに接続されたプリンタに給紙して印刷するという方法で作成していた。 上記の認定事実によれば,納品書(控)が偽造又は虚偽内容であるとして被告が主張する点は,いずれも採用できない。 すなわち,@品名等の記載がない点については,その必要がなかったから記載しなかったということができる。A用紙の作成の順序が連続していない点については,納品書(控)の用紙をちぎってプリンタに給紙する際に順番の狂いが生じた可能性があるし,上記(イ)の物品受領書に基づき後で正式な納品書を作成したとも考えられる。B1日用,3日用,7日用の記載の順序が異なる点については,上記2名の経理担当者の癖によるものとも考えられる。 なお,原告訴訟代理人は,本件口頭弁論終結の日である平成13年4月16日に至るまで前記物品受領書が存在することを明らかにしていなかったが,この点は,当審における訴訟手続進行の経緯,各弁論期日ないし弁論準備期日における原告訴訟代理人の言動及び本人尋問における原告代表者本人の供述に照らせば,正式な書類としての納品書(控)があれば立証として十分であるという立場から,手控えとしての物品受領書まで提出する必要はないとの原告訴訟代理人の判断からあえてそれ以前に提出しなかったものと理解することができる。そして,原告訴訟代理人の上記判断は,原告会社では物品受領書をつづってある冊子をすべて使い終わり代金の決済が終わった時点でこれを廃棄していること,甲203の1,2を含む物品受領書のつづりは口頭弁論終結時において現に使用中であったこと(いずれも原告代表者の尋問の結果により認められる。)からすれば,不合理ということはできない。 以上によれば,被告の主張は採用できず,納品書(控)は真正に作成され,記載内容も真実であると認めるのが相当である。 イ 請求書の控え(書証番号は前記「被告の主張」欄のとおりであるので, 記載を省略する。)について これらの書証が偽造文書又は虚偽内容を記載した文書でないことは,上記アで説示したところから明らかである。 ウ タコグラフ・チャート用紙の購入価格証明書(甲42)について 被告が,上記書証が偽造又は虚偽内容を記載したものであるとする理由について検討するに,いずれも採用できない。 すなわち,@平成9年中には原告は7日用のタコグラフ・チャート用紙を日本記録紙に納品していなかったという点については,証拠(甲183,184,200,原告代表者)によれば,原告は遅くとも平成8年4月16日までには従来型の自動組立機を用いて3日用及び7日用のタコグラフ・チャート用紙の製造を行っていたこと,原告はその後同9年8月ころにこれを改良した高速自動組立機を導入し,現在に至るまでこの機械を用いて原告製品の製造を行っていることが認められるから,被告の主張に理由がないことが明らかである。 また,A記載されている日本記録紙の販売価格が実際と異なるという点については,証拠(乙53,54)及び弁論の全趣旨によれば,日本記録紙は平成13年1月の時点でもバス・トラック用のタコグラフ・チャート用紙について標準価格を900円と設定していること,同社は7日用タコグラフ・チャート用紙につき395円という価格を設定したことがあったが,それは被告製品の市場流入による値崩れに対抗するためのキャンペーンの一環であったことが認められるから,販売価格にばらつきがあっても何ら不自然ではないというべきである。 以上によれば,被告の主張は理由がなく,上記購入価格証明書は真正に作成され,記載内容も真実であると認めるのが相当である。 エ OEM供給証明書(甲34)について 被告は,上記書証に記載されている日本記録紙が原告から供給を受けた数量には疑義がある旨を指摘するが,これを精査しても別段不合理な点はみられないし,そもそも日本記録紙が殊更虚偽の事実を証明するとは到底思われない。したがって,被告の主張は理由がなく,OEM供給証明書は真正に作成され,記載内容も真実であると認めるのが相当である。 オ 販売用パンフレット(甲35)について 被告は,上記書証の印字方法や紙質等を挙げて偽造文書である旨主張するが,証拠(甲195)によれば,この文書は社会福祉法人東京都練馬就労支援ホームが日本記録紙の委託を受けて平成9年9月10日3000部印刷したうちの1部であることが認められるから,被告の主張は理由がない。したがって,販売用パンフレットは真正に作成され,記載内容も真実であると認めるのが相当である。 カ 請求書(書証番号は前記「被告の主張」欄のとおりであるので,記載を 省略する。)について これらの書証が偽造文書又は虚偽内容を記載した文書でないことは,前記アで説示したところから明らかである。 以上によれば,被告の主張はいずれも理由がなく,上記アからカまでの各書証は損害額の認定に用いることができるというべきである。 キ 原告の利益額について この点について,被告は商工リサーチにより公表されている原告会社の利益額と原告主張の利益額には大きな差異があるから,原告の主張する利益額は採用すべきでない旨主張するが,証拠(甲200,原告代表者)によれば,原告会社では本件特許以外にも高分子合成,マイクロカプセル等の分野において技術開発を継続的に行い,そのための研究開発費がかかったり,事業として成功せず欠損が生じたこともあったことが認められるから,公表に係る利益額が少なくても何ら不合理ではない。被告の主張は採用できない。 7 結論 以上によれば,原告の請求のうち,被告製品の製造等の差止め及び廃棄を求める請求は理由があるが,損害賠償については,3億6742万5990円及びうち2億5706万7500円に対する平成11年10月22日から,うち1億1035万8490円に対する平成12年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお,仮執行宣言については,主文第6項記載の限度で認めることとする。)。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 村越啓悦 |
裁判官 | 和久田道雄 |