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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 11年 (ワ) 15238号 特許権侵害差止請求事件
原告 アンティキャンサー・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士 花岡巖
同 新保克芳
同復代理人弁護士 星野隆宏
補佐人弁理士 大屋憲一
被告国代表者法務大臣 森山眞弓
指定代理人 森脇 江津子
同 今野弘之
同 田中達郎
同 山下雄二
同 畠山 義一郎
同 山本良夫
同 馬場 祐次朗
同 鈴木康正
被告 武田薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
被告 大鵬薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 松尾翼
同 奥野泰久
同 内田公志
同 北之園 雅章
同 森島庸介
同 飯田藤夫
被告 日本新薬株式会社
訴訟代理人弁護士 石川正
同 魚住泰宏
同 重冨貴光
同復代理人弁護士 平野惠念
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/12/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告国は,浜松医科大学等の国立大学又は国の施設において,別紙目録記載の実験動物を使用してはならない。
2 被告大鵬薬品工業株式会社は,別紙目録記載の実験動物を使用してはならず,また同動物を使用して行われる実験に対し,試料を供給してはならない。
3 被告武田薬品工業株式会社及び同日本新薬株式会社は,別紙目録記載の実験動物を使用して行われる実験に対し,試料を供給してはならない。
4 訴訟費用は,被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
事案の概要
本件は,後記実験動物に関する特許権を有する原告が,被告国が国立浜松医科大学において行った実験で使用した実験動物(以下「被告マウス」という。)は,原告の特許発明技術的範囲に属するものであり,上記実験は,被告国が,被告大鵬薬品工業株式会社,同武田薬品工業株式会社及び同日本新薬株式会社(以下,この被告3社を総称して「被告製薬会社3社」という。)からそれぞれ委託を受けて実験を行ったもので,被告製薬会社3社の行為は,被告国の行為と同視でき,被告国と共同不法行為となると主張して,被告国及び被告大鵬薬品工業株式会社に対して被告マウスの使用の差止め,被告製薬会社3社に対し,被告マウスを使用して行われる実験に対し試料を供給することの差止めを求めている事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
ア 特許番号 第2664261号 発明の名称 ヒト疾患に対するモデル動物 出願年月日 平成元年10月5日(1988年〔昭和63年〕10月5日の米国特許出願に基づく優先権主張) 登録年月日 平成9年6月20日 イ 上記特許権に係る明細書(平成10年3月30日付け訂正請求による訂正後のもの。以下「本件明細書」という。本判決末尾に全文訂正明細書〔以下「別紙訂正明細書」という。〕を添付した。)の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって,前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有するモデル動物」(以下,本件特許権におけるモデル動物を「本件動物」という。) (2) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下「構成要件@」のようにいう。)。
@ ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって, A 前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し, B 前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有する C モデル動物 2 争点 (1) 被告マウスが本件特許発明技術的範囲に属し,被告マウスを使用して実験を行うことが本件特許権を侵害するか。なかでも, ア 被告マウスが構成要件Aを充足するか(争点1)。
イ 被告マウスを行って実験を行うことは,特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たるか(予備的主張。争点2)。
(2) 被告製薬会社3社の関与はどのようなものか(争点3)。
争点に関する当事者の主張
1 被告マウスの構成,及び被告マウスの構成要件@,B,Cの充足性 (1) 原告の主張 被告国は,浜松医大において別紙物件目録記載のモデル動物を使用して実験を行っている。
被告国は,浜松医大の使用する実験動物は後記(2)(被告国の主張)記載のとおりであると主張している。仮に,被告マウスの構成が被告国の主張するとおりのものであったとしても,被告マウスは,本件特許発明技術的範囲に属する(以下の主張は,浜松医大の使用する実験動物が被告国の主張するとおりのものであることを前提として,本件特許発明の各構成要件充足を主張するものである。)。
ア 本件動物は,ヒト腫瘍疾患の転移を調べるために作成されたマウスであるから,構成要件@の「ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって」に該当する。
イ 脳以外のヒトの器官から取り出された腫瘍組織の塊を,当該マウスの相当する器官に移植したものであるから,構成要件Aの「前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,」に該当する。
ウ このマウスは,無胸腺ヌードマウスであるから,構成要件Bの「前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有する」に該当する。
エ 被告マウスは「モデル動物」である。
以上より,被告マウスは,本件特許発明構成要件をすべて充足する。
(2) 被告国の主張 被告マウスは,以下の方法により作成されたものである。
ア 胃癌の場合 胃癌患者の胃癌転移リンパ節を切除し,得られるヒト腫瘍リンパ節を約0.5cm×0.5cmの大きさに調整し,ヌードマウス背部皮下に移植する。
ヌードマウス背部皮下に移植したヒト腫瘍リンパ節組織が生着,増殖し約2cm程の大きさまで成育した段階で腫瘍組織を摘出し,前段と同様の方法で新しいヌードマウスの背部皮下に移植する。この継代を繰り返してヌードマウスの背部皮下に株化(生着及び成育が安定することを指す。)したヒト由来組織とマウス由来組織の混在した腫瘍組織を転移実験に用いる。
ヌードマウス背部皮下で継代維持されている腫瘍組織を摘出し,0.5ないし0.8cm×0.5ないし0.8cmの大きさに調整する。麻酔したヌードマウスを切開して胃に到達し,胃の漿膜に腫瘍組織片を6-0の縫合糸で縫合固定する。
イ 大腸癌の場合 大腸癌患者の大腸癌肝転移巣を切除し,得られるヒト腫瘍肝組織を約0.5cm×0.5cmの大きさに調整し,ヌードマウス背部皮下に移植する。
ヌードマウス背部皮下に移植したヒト腫瘍肝組織が生着,増殖し約2cm程の大きさまで成育した段階で腫瘍組織を摘出する。前段と同様な方法で新しいヌードマウスの背部皮下に移植する。この継代を繰り返してヌードマウスの背部皮下に株化したヒト由来組織とマウス由来組織の混在した腫瘍組織を転移実験に用いる。
ヌードマウス背部皮下で継代維持されている腫瘍組織を摘出し,0.5ないし0.8cm×0.5ないし0.8cmの大きさに調整する。麻酔したヌードマウスを切開して盲腸に到達し,盲腸の漿膜片に腫瘍組織片を縫合固定する。
2 争点1(被告マウスが構成要件Aを充足するか)について (1) 原告の主張 被告国は,被告マウスは,ヒト器官から得られた腫瘍組織塊を直接移植したものでなく,継代を繰り返してヌードマウスの背部皮下に株化したものであるから,本件特許発明技術的範囲に属さない旨主張する。
しかし,構成要件Aは,ヒト器官から得られた腫瘍組織塊を移植したものであれば足り,継代して被告のいう株化を行ったものでもよいし,その移植方法も,器官中に腔所を設ける方法に限られない。
ア 継代について 継代によって,生着率や転移能力を向上させることは,本件特許の優先権主張以前から慣用の技術であり,継代をすれば,組織的な変化が生じること,転移能が向上することは以前から知られていた。しかし,継代は,ヒトの癌組織としての本質的な性質には変化が生じないからこそ行われているのである。本件特許発明で大切なことは,ヒトの癌細胞をそれだけ分離して移植するのではなく,その周囲の組織と一体に移植することである。その周囲の組織は,所詮マウス由来のものに変換されるから,これを始めからマウス由来のものに変換しておいても,本件特許発明実施であることに変わりはない。本件特許発明が,対象となる腫瘍組織が継代されている場合を何ら排除していないことは明らかである。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に,「発明の背景」と題して,「これらのヌードマウスの皮膚の下に皮下的に移植されたときにヒト腫瘍がしばしば増殖することが見いだされた。……(中略)……皮下ヌードマウスのヒト腫瘍モデル動物は,前記囓歯動物のモデル動物よりも良好であるけれども,なお実質的な欠点を有し,すなわち,皮下移植組織は転移する能力を欠いた。」(別紙訂正明細書3頁10行ないし13行)とあるのは,皮下に移植した組織は,同所移植した組織に比較して実験モデルとして劣ることを述べているのであり,同所移植のための皮下における継代を何ら否定するものではない。
また,転移巣から採取した腫瘍塊であっても,当然原発巣から転移した腫瘍であるから,原発巣の腫瘍の性質が本質的に異なることはないし,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」に該当することはいうまでもない。
したがって,継代していることを理由に,被告マウスが本件特許発明技術的範囲に属さないとする被告国の主張は失当である。
イ 移植方法について 本件特許発明では,本件明細書において,ヌードマウスの相当する器官に,「細胞ごとに分離せず,塊のまま移植する。腫瘍組織を塊のまま移植することにより腫瘍組織が本来もつ三次元的構造が維持されるので,より信頼性の高いヒト腫瘍モデル動物が得られる。」(別紙訂正明細書4頁18行ないし21行)と開示しているので,これに従って移植するものであれば,移植の具体的な方法は限られない。したがって,被告国の主張する,腹部を切開して当該消化管に到達した後,癌細胞の漿膜からの浸潤を容易にすべくその消化管の胃の漿膜に傷を付けたうえで,その腫瘍組織を消化管の先端に縫い付けて固定し,腫瘍を縫合固定して腹腔内に完納し,開腹創を縫合閉鎖するという方法であっても,構成要件Aの「動物の相当する器官中へ移植された」に当たる。「動物の相当する器官中」と評価できるものであれば足り,器官中に腔所を設けて行うことに限定されているわけではない。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に,「本発明による免疫欠損実験動物中の腫瘍組織の配置は正位移植により行われる。」「本発明において正位移植という語はヒトの器官の新生物腫瘍組織を免疫欠損実験動物の相当する器官中へ移植することを示すために使用される。」(同4頁10行ないし13行)と説明されているとおり,構成要件Aの「動物の相当する器官中へ移植」するとは,従来例と異なり,皮下ではなく相当する器官中へ移植することを意味する。「正位移植」あるいは「同位移植」と訳される「orthotopic transplantation」がこれに該当する。転移巣から採取した腫瘍組織を移植する場合であっても,ヌードマウスの皮下に移植し,継代した腫瘍組織を移植する場合であっても,「正位移植」に含まれる。
被告国は,乙2(浜松医大外科学第二講座作成の「転移実験動物モデルの作成について」と題する資料)に添付された資料1ないし3の文献を紹介したうえで,本件特許権の優先権主張日以前に発表された報告から独自に転移実験動物モデルを作成したと主張するが,これら資料は,ヒトの腫瘍組織を,外科的に同所移植(正位移植)することでヒトの癌移転過程を再現することは何ら示していない。
これら資料にいう,E,Fらによって確立された同所移植法は,腫瘍細胞懸濁液を注入するものであり,腫瘍組織を正位移植する本件特許発明とは異なる。本件特許発明以前の同所移植が,ヒト腫瘍細胞を移植するものであったのに対し,本件特許発明実施したものと浜松医大が認めている原告の研究者の論文(乙2の添付資料10)では,組織学的に無傷な組織の同所移植を行ったことが記載されている。そして,浜松医大はその研究成果を発表した甲4の論文中で,「本研究では,組織学的に無傷な組織の同所移植を用いる転移性ヒト結腸癌のヌードマウスモデルにおいて」とし,このような細胞に分離せずに周囲の組織を維持したままで移植する方法を自ら行っていることを明言しているのである。浜松医大は,本件特許発明の存在とは別個に,独自に実験動物モデルを研究したのではなく,本件特許発明の成果を利用しているにすぎない。
したがって,浜松医大の方法が,本件特許発明技術的範囲に属することは明らかである。
ウ 組織について 前記のように,腫瘍を継代する方法は既に慣用されていたものであるが,継代によって,ヒトの腫瘍としての本質的性質が変化することはない。そうでなければ継代の意味はない。継代の本質は第一に原組織の保有にある。そうであればこそ,同所移植して,ヒトの腫瘍に対する抗癌剤の効果等の実験が可能となるのである。しかし,本件明細書に,ヒト腫瘍組織がそのまま維持されるとは記載されていない。腫瘍組織がマウス中で維持されるために,間質細胞等がマウス由来のものに変換されてゆくことは当然である。それゆえにこそ,マウス中でヒト腫瘍組織は生存し,さらに転移するのである。このような組織の変換があっても,「三次元的構造が維持される」というのが本件特許発明である。したがって,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」とは,当該器官の癌細胞を含む組織塊を意味し,間質組織がヒト組織でなければならないとする必然性はない。継代した組織は構造を異にするから本件特許発明の範囲に属さないとする被告国の主張は失当である。
(2) 被告国の主張 本件明細書によれば,構成要件Aにいう,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」とは,文字どおり,ヒト器官から得られた腫瘍組織塊そのものを意味し,これを,塊のまま,直接動物の相当器官中に移植することのみが本件特許発明の内容となる。すなわち,原告のいう「正位移植」は,同所移植の中でも限定された狭義の概念であり,例えばヒトの大腸癌をヌードマウスの大腸へ移植するように,腫瘍塊を,その本来の発生臓器にそのまま移植する方法を指している。
ア 被告マウスと本件動物との間の目的における相違 本件特許発明は,構成要件Aの「相当する器官中へ」の移植,すなわち正位移植であるが,これに対し,被告マウスの作成方法は,ヒト転移腫瘍組織をヌードマウスの背部皮下へ移植し,皮下移植を繰り返す継代を重ねた後,新しいヌードマウスのヒト転移腫瘍組織の初発部位に相当する器官へ移植するものである。
また,本件特許発明は,「脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有」するモデル動物であるが,被告マウスは,マウスを継代維持して得られたヒト由来組織とマウス由来組織の混在した腫瘍組織を有するヌードマウスである。
本件特許発明は,個々の患者の薬剤感受性等を調べるために開発されたものであり,癌患者の腫瘍の個別化した検査をするモデルである。このことは,原告自身が,「本発明のモデル動物はまた新抗腫瘍剤をスクリーニングして一次部位及び遠い転移の発生を防ぐそのような物質の能力を決定するために使用できる。そして,薬物スクリーニング,試験及び評価を一層効率的にかつ非常に低コストにすることができる。」(原告第一準備書面8頁)と述べていることからも,明らかである。本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「発明の背景」中にも同趣旨の記載がある。抗癌剤のスクリーニングとは,個々の患者の癌にどの抗癌剤が有効であるかを調べるものであり,癌患者から得た腫瘍組織を使ってすぐに検査するものである。
これに対し,被告マウスは,転移巣から採取した腫瘍を一旦ヌードマウス背部皮下で,1年半以上もかけて,10代以上継代し,その過程で安定した転移能を示す腫瘍株を選択するもので,患者個々の薬物スクリーニングは不可能である。被告マウスは,ヒト胃癌・大腸癌の転移機構の解明などを目的として作成したもので,癌患者個人の検討をするためのモデルではなく,本件動物とは目的が異なる。
イ 被告マウスと本件動物との間の採取部位における相違 上記のように,本件動物は,癌患者の原発巣から得た腫瘍組織をすぐに使うものに限られるのに対し,被告マウスは,転移巣から採取した腫瘍を一旦ヌードマウス背部皮下で,10代以上継代したものであり,両者は採取部位においても相違する。
ウ 被告マウスと本件動物との間の組織における相違 (ア) 別紙図1は,大腸癌発生の機序を,時間を追って図示したものであるが,ヒト組織が癌になる過程は,図1の1から7に示すとおりである。各段階における組織の状態は各図の下に付記したとおりであるが,簡潔に説明すると以下のとおりである。
図1の1の段階では,ヒト大腸の正常上皮細胞(図中の緑色の細胞)の遺伝子が変化し,正常細胞よりも増殖能が亢進した腫瘍細胞(図中の青色の細胞)に変化する。形態的には細胞は整然と管状に配列し,正常な細胞構造である腺管構造(腸管上皮細胞が管腔を形成するように配列した構造)を維持している。
図1の2の段階では,腫瘍細胞が増殖し,腫瘍細胞への栄養補給等のために腫瘍細胞の周囲を支持する細胞集団である間質組織が腫瘍細胞周囲を取り囲み,腫瘍(良性)が形成される。依然として腺管構造が維持されている。
図1の3の段階では,良性腫瘍細胞の遺伝子変化が生じ,周囲への浸潤能や,遠隔への転移能を持った悪性細胞すなわち癌細胞(図中のピンク色の細胞)に変化する。
図1の4の段階では,間質組織に支えられた癌巣を形成する。形態的には,腺管構造が維持され,浸潤・転移を開始していない。
図1の5の段階では,癌細胞がさらに遺伝子変化を生じ,高度な浸潤・転移能を有する癌細胞(図中の茶色の細胞)に変化する。このさらに高度な浸潤・転移能を有する癌細胞を転移癌細胞と呼ぶ。
図1の6の段階では,転移癌細胞が増殖し,周囲組織への浸潤,遠隔臓器(主に肝臓)への転移を開始する。
図1の7の段階では,肝臓に転移巣を形成する。肝臓の転移巣は,悪性度の高度な転移癌細胞が多くを占める。この段階になると癌細胞の配列は乱れ,腺管構造も崩れ,また,間質組織は肝臓由来のものに置き換わる。
図1の8の段階で,転移癌細胞を多く含んだ大腸癌肝転移巣を手術時に採取し,ヌードマウス背部皮下にその腫瘍片を移植する。当初は腫瘍細胞を支持する間質組織はヒト肝臓由来であるが,これがマウス間質組織に置き換わる。マウス間質組織に置き換わらないと,マウスの体内でヒト癌細胞は生存することができない。
図1の9の段階で,ヌードマウス背部皮下で増殖したヒト癌細胞組織片を採取し,異なる幼少のヌードマウス背部皮下に移植する。ここで増殖した癌細胞組織片を,さらに異なる幼少のヌードマウス背部皮下に移植する。このような継代を繰り返すことによって,自身が増殖するために有利な環境を誘導する能力を獲得したヒト癌細胞のみが,マウス体内で継続的に生存することが可能となり,不死化し,株化腫瘍細胞となる。ヌードマウスに初代生着したヒト大腸癌細胞は14例中10例で,腫瘍株化できたものは7例であり,TK腫瘍株と命名した。形態的には,本来のヒト大腸粘膜に発生した癌細胞であるにもかかわらず本来の腺管構造を成さず,不規則に並ぶ癌細胞の集塊となっている。
(イ) 図1で示した,高度な浸潤・転移能を有する悪性度が増強した転移癌細胞に現れる遺伝子変化の代表的な遺伝子が癌抑制遺伝子p53である。大腸癌において,p53癌抑制遺伝子が変異することにより,その癌細胞は悪性度を増し,より高率に肝転移を起こし,癌患者の生命予後が悪化することが知られている。乙3は,このp53癌抑制遺伝子を染色し,図1の5,図1の7,図1の9の各段階を顕微鏡写真に撮影したものであるが,これらの写真によれば,これらの各段階では,腫瘍細胞が,形態的にも,遺伝子的にも大きく変化していることが明らかになっている。
(ウ) 本件動物では,図1の4あるいは5の状態の腫瘍組織片を移植するのに対し,被告マウスでは,図1の9の状態の腫瘍組織片を移植する。この両者の腫瘍組織片は全く異なる。すなわち,本件動物で用いている癌細胞は,手術時に採取した悪性度の低い,ヒト間質組織に支持され,マウス体内で100パーセントの生存はできない癌細胞である。これに対し,被告マウスのヒト大腸癌TK腫瘍はマウス間質組織に支持された,不死化転移癌細胞である。
ヒトの癌細胞をヌードマウスに移植した場合,100パーセントは生着せず,退縮,消滅してしまう。図1の4あるいは5の状態の細胞をヌードマウス皮下に移植しても転移が生じないことは本件明細書の「発明の詳細な説明」欄にも記載されている。この問題を解決するために,前記のように,浜松医大では,ヌードマウス皮下に移植を繰り返す継代を行い,ヒト癌細胞がヌードマウス体内で100パーセント生着・生存できる不死化癌細胞に変異させた。すなわち,転移癌細胞を多く含む図1の7で示した肝転移巣から癌組織を採取し,これをヌードマウス皮下で継代を繰り返すことによって,TK腫瘍株は,前述のように悪性度が増強し,転移癌細胞にすべて変化した。この結果,TK腫瘍株では,80パーセント以上の再現性のある肝転移を生じる。以上のように,浜松医大が被告マウスの移植に用いている腫瘍は,本件動物の移植腫瘍とは,遺伝子的にも,形態的にも全く異なるものである。
本件特許発明の特徴は,腫瘍組織を塊のまま該当器官に移植する点であり,これにより,「腫瘍組織が本来もつ三次元的構造が維持される」(本件明細書)ところにある。浜松医大が移植する組織は,原発巣から転移したヒト腫瘍組織をヌードマウスの皮下に移植し,これを繰り返す継代を行うことによって得られた組織であり,間質組織はヌードマウスのそれであるうえ,原発巣のヒト腫瘍組織とは,遺伝子的にも,組織的にも変化を遂げた腫瘍組織である。本件明細書にいう「腫瘍組織が本来もつ三次元的構造が維持される」のは,まさにヒト腫瘍組織の塊をそのまま相当する器官に移植することによってのみ実現するものであることは明らかであり,すでに概念の確立した同所移植法の中で,本件特許発明にいう「正位移植」がもつ唯一の特徴がこの点にある以上,浜松医大の方法への発想は本件特許権中には存しない。
エ 被告マウスと本件動物との間の移植方法における相違 本件特許の特許請求の範囲7項,9項,17項,19項等の記載から明らかなように,本件特許においては,腫瘍組織塊の移植先である「器官中」については,「胃の内部粘膜ライニングと胃の外部腹膜コートとの間」,「盲腸中」などとあるように,腔所を設けて行うことに限定されている。
これに対し,被告マウスにおいては,移植器官壁に直接移植腫瘍組織を縫合し,移植腫瘍組織は移植器官外に露出した状態となるのであって,この点においても本件特許発明とは異なる。
オ 本件特許発明とメタマウスの差異 原告の提出するAの宣誓書(甲11)の誤りは,原告が現在取り扱っているメタマウスと本件動物とを混同し,これをメタマウスモデルとして一括し,本件動物と置き換えている点にある。本件動物は,「手術時に採取したヒト腫瘍片をヌードマウスの相当する器官中に移植したモデル」であり,同所移植片はヒトから得られなくてはならない。メタマウスは,慶應義塾大学のB・C両博士らの研究の成果を取り入れた転移モデルであり,ヌードマウス皮下に移植したヒト腫瘍株細胞に腫瘍組織塊を形成させ,その腫瘍片を他のヌードマウスに同所移植する方法であり,本件動物とは異なるものである。したがって,同宣誓書の見解は,これを採ることができない。
上記のとおり,被告マウスは,本件特許発明技術的範囲に属さない。
(3) 被告製薬会社3社の主張 被告製薬会社3社は,いずれも,被告マウスが本件特許発明技術的範囲に属さないとの点については,被告国の主張を援用する。
3 争点2(被告マウスを使用して実験を行うことは,特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たるか)について (1) 被告国の主張 被告国は,仮定抗弁として,仮に被告マウスが本件特許発明技術的範囲に属するとしても,浜松医大の被告マウスを使用しての研究は,純粋に研究活動の一環として行うものであるから,そもそも特許権の侵害の問題は生じないと主張する(特許法69条1項)。
同医大の被告マウスを用いての研究は,製薬会社の研究等と異なり,病気のメカニズムの解明及び治療開発の研究であって,何ら特許権者に経済的不利益を与えないものである。同医大は,医学の理論及び応用を教授研究し,その深奥を極めて,医学の進展に寄与することを目的として研究活動をしている医科大学であり,同医大外科学第二講座は,癌転移のメカニズムの解明の必要性,癌転移予防及び治療方法の開発等の重要性を痛感して,ヒト消化器腫瘍株の樹立及びヒト消化器癌転移モデルの作成を目的に研究に着手し,これに成功した。同講座では,上記モデルを用いて癌転移についての機構の解明をはじめ,有効治療の検証・発見の実験を行っており,医学研究者としての当然の責務として,上記研究の成果を広く社会に公表し,さらなる研究の進展を期待すべく,医科大学としての社会的責任を果たしているものである。
そのうえ,大学医学部による病気のメカニズムの解明の研究は,これまでに発表されているあらゆる研究成果を参考にし,これを追試研究し,これに新たな研究成果を加え,これを発表し,多くの研究者らに情報を与え,研究者らによるさらなる追試研究にさらして,これをさらに進歩させるという作業を繰り返すことにより,優れた医学理論の確立が図られるものである。したがって,このような医学理論の確立を図っていく研究の中には,特許権の侵害の概念は入り込む余地はないし,そうでないとしても,これを追試研究することは合法化されるというべきである。
(2) 原告の主張 浜松医大は,メタマウスモデルを使った研究報告において,日本の製薬会社の抗癌剤としての開発候補品の評価をもっぱら行っているにすぎない。学校教育法上の学校である浜松医大の目的からしても,特定の製薬会社の開発中の医薬品の評価を,大学の研究室が無償で行う理由はどこにもない。同医大の行っていることは,製薬会社の行う医薬品開発と何ら異なるものではない。それを試験研究の名で許せば,本件特許発明のように,効果確認のための実験動物に対する発明は,特許によって全く保護されないことになってしまう。このような浜松医大の行為は,特許法69条1項によって保護されるものとは到底いえない。
4 争点3(被告製薬会社3社の関与はどのようなものか)について (1) 原告の主張 被告国は,浜松医大において,被告マウスを使用した実験を繰り返しており,業として被告マウスを使用している。これは,被告製薬会社3社から提供を受けた開発中の各医薬品(被告日本新薬のIrsogladine,被告武田薬品のTNP-470,被告大鵬薬品のS-1)について,被告マウスを使用して,各医薬品の効能,効果,薬理作用を確認するものであり,同医大は,被告製薬会社3社から委託を受けて実験を行っているものとしか考えられない。仮に被告製薬会社3社は,進んで委託していないとしても,同医大が被告マウスを使用した実験を繰り返していることは認識しているのであり,にもかかわらず開発中の各医薬品を提供して同医大に実験をさせることは,同医大と共に本件特許権の侵害行為を行っているものというべきであり,被告国と共に共同不法行為責任を負うものである。
被告製薬会社らは,実験の目的を知らなかったと主張するが,自ら多額の費用を投じて研究開発した医薬品を第三者から実験に使いたいと言われ,いかなる実験に使うのか聞かないということはあり得ない。
ア 被告武田薬品について 1996年に,被告武田薬品とアボットというアメリカの製薬会社の合弁会社であるTAP Holdings Inc.が,被告武田薬品の医薬品TNP-470の開発に際し,原告に本件マウスを用いた研究を委託したいといってきたことがあり,原告の技術について詳細な質問をするなどした挙げ句,結局契約しないと通告してきた。同医薬品の開発に本件動物による実験が必要であったことは疑いがない。そして,浜松医大がその実験を行うからこそ,被告武田薬品は,同医薬品を提供したはずである。したがって,被告武田薬品が浜松医大に実験を依頼したことは疑いがない。そして,その実験は本件特許権成立後も継続して行われている。
被告武田薬品は,TNP-470を浜松医大に渡した時点で,同医大の実験内容を知り,これによって必要な動物実験を行わせたのであるから,同医大の実験という本件特許権侵害行為について教唆ないし幇助の意思があり,共同不法行為者として責任を負う。
また,被告武田薬品は,浜松医大のほか,中国上海医大にTNP-470を用いた動物実験をさせ,1998年4月に原告の警告を受けた後もこれを止めず,さらに本件特許権の無効審判を請求するなどしている。同被告が本件特許権を侵害するおそれがないとは,到底いうことができない。
イ 被告日本新薬について 上記アの,本件動物による動物実験が必要であったという事情は,被告日本新薬のIrsogladineについても全く異ならない。同被告が浜松医大に実験を依頼したことは疑いがなく,その実験は本件特許権成立後も継続して行われている。被告日本新薬は,本件特許権侵害行為について教唆ないし幇助の意思があり,共同不法行為者として責任を負う。
同被告の主張する提供の態様によっても,2回目の提供の際は,本件動物を使用することの説明があったことに疑いはない。2回目の提供は本件特許権の成立後であるから,同被告が共同不法行為者として責任を負うことはいうまでもない。
ウ 被告大鵬薬品について 本件特許権の成立後に浜松医大の研究成果を発表した甲5の報告では,被告大鵬薬品の第2がん研究所所長のDが,同被告の医薬品S-1に関して,浜松医大第二外科と共同研究を行っている。したがって,被告大鵬薬品が同医大の実験内容を知らないはずはなく,被告大鵬薬品は,共同実験の当事者として,浜松医大の特許権侵害行為に深く関わっているのであり,被告大鵬薬品は,共同不法行為者として責任を負う。
(2) 被告らの主張 ア 被告武田薬品の主張 被告武田薬品は,本件特許権の登録前に,浜松医大に,医薬品TNP-470のサンプルを,同医大が行うモデル動物を用いる実験のために,同医大からの依頼を受けて提供した。しかし,同医大がいかなる方法により作成したマウスをいかなる態様で使用しているかは知らない。また,本件特許権の設定登録後には,原告あるいは同医大が主張するようなモデル動物を用いる実験のために,サンプルを提供したことはない。同医大に実験の委託を行ったこともないし,将来そのようなことを行う意思も有していない。被告武田薬品は,本件特許権を侵害するおそれがある者に該当しないから,原告の同被告に対する請求は理由がない。
イ 被告日本新薬の主張 (ア) 被告日本新薬は,平成8年5月,平成9年7月,平成11年6月の3回にわたって,医薬品Irsogladineを,浜松医大からの依頼を受けて同医大に提供した。
まず,平成8年5月,同医大から1回目の提供依頼を受けた。実験目的は,マレイン酸イルソグラジンの胃癌,大腸癌の血管新生抑制及び転移抑制作用ということであった。当時,被告日本新薬は,Irsogladineについては,種々の理由により,胃炎,胃潰瘍以外の適用拡大を行わないことを会社内部で決定しており,同医大からの依頼に対し,適用拡大を行う考えがない旨及び提供依頼に応じかねる旨回答した。しかし,同医大は,重ねて提供依頼してきたことから,被告日本新薬は,これに応じることにした。
次に,平成9年7月,同医大から,1回目の実験がうまくいかなかったため,同じ目的で再度実験したいとの提供依頼を受けたことから,被告日本新薬は,これに応じ,提供することにした。
3回目に,平成11年6月,同医大から,これまでとは異なり,ラット門脈圧亢進による腸管透過性に対する作用(エンドキシン吸収抑制作用)についての実験に使用したいとの提供依頼を受けた。被告日本新薬は,前記のとおり,Irsogladineの適用拡大を行う考えはなかったが,上記実験は学生による研究の一環として行われるものであること,実験で使われるマウスは,本件動物とは全く異なるSprague-Dawley系ラットであること,実験目的は癌に関するものではないことなどの説明を受けたため,提供依頼に応じることにした。
(イ) 以上のとおり,被告日本新薬は,同医大に対し,自らIrsogladineを使用した実験を委託したことは一度もなく,同医大からの依頼に応じて提供したにすぎない。しかも,2回目の提供は,本件特許権の設定登録後,特許公報の発行前に行われたもので,3回目の提供は,本件動物を使用する実験とは,全く関係ない実験のために行われたものである。さらに,被告日本新薬は,Irsogladineについては,胃炎,胃潰瘍以外の適用拡大を行わないことを決定していたため,同医大による各実験内容の詳細を知る必要はなく,上記の限度でしか各実験内容を知らされていない。同医大から実験内容の報告も受けていない。今後,原告主張のモデル動物を用いる実験のために,上記医薬品を提供する意思もない。
以上からすれば,被告日本新薬に教唆ないし幇助の意思がなかったことは明らかであり,本件特許権を侵害するおそれもないから,原告の同被告に対する請求は理由がない。
ウ 被告大鵬薬品の主張 (ア) 被告大鵬薬品は,平成7年10月ころ,浜松医大第二外科から,大学の自主研究として,被告大鵬薬品の医薬品S-1の抗腫瘍効果を検討する実験の試料として,同薬品の原体を提供されたいとの依頼を受けた。そこで,平成8年2月ころ,同医大の自主研究に資する目的で,同医大に,同医薬品の原体を提供した。後日知ったが,同医大の実験は,本件特許権成立前に終了していた。
(イ) 後に,丙1及び甲5の各文献に,同医大の実験結果の抄録が掲載された。これら抄録に,被告大鵬薬品の第2がん研究所所長のDが著者の1人として挙げられているのは,被告大鵬薬品が共同研究の当事者だったからでなく,同医大が,被告大鵬薬品の試料提供者の立場を重んじて自主的に載せたにすぎない。
(ウ) このように,被告大鵬薬品は,同医大の自主研究に資する目的で,1度だけ,同医薬品の原体を提供したにすぎない。被告大鵬薬品には,試料提供に際し,同医大の実験結果を業務上の目的で利用する意図はなかったし,製造承認申請の資料として用いた事実もない。今後も上記実験結果を利用する意思はない。よって,被告大鵬薬品は,本件特許権を侵害するおそれがある者に該当しないから,原告の同被告に対する請求は理由がない。
エ 被告国の主張 浜松医大は,医学研究者としての当然の社会的義務として,研究の成果を国内外の癌学会等において発表し,医科大学としての責任を果たしているもので,製薬会社から委託を受けて被告マウスを使用して当該医薬品の効能等の実験をしているものではない。また,被告製薬会社3社とそれぞれ共同で研究を行ったものでもない。同医大では,癌転移に関する研究の一環として,被告マウスを使用して被告製薬会社3社から提供を受けたTNP-470その他の薬品を使用して実験を行ったが,これは試薬の供与を受けたにすぎない。
同医大では,被告製薬会社3社主張のとおり,すでに被告マウスを使用しての研究に被告製薬会社3社からの試薬の供与を受けていないし,供与を受けた試薬も残っておらず,今後使用する可能性もない。
当裁判所の判断
1 被告マウスについて 証拠(甲2の2,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠は存しない。
被告国の機関である浜松医科大学医学部は,その外科学第二講座において,消化器癌の転移の制御を研究課題とし,癌転移の過程を知るために,ヒトの癌転移過程を再現できる実験動物モデルを作成することとした。被告マウスは,次のような方法により作成された。
(1) 胃癌の場合 胃癌患者の胃癌転移リンパ節を切除し,得られるヒト腫瘍リンパ節を約0.5cm×0.5cmの大きさに調整し,ヌードマウス背部皮下に移植する。
ここにいうヌードマウスとは,無胸腺ヌードマウスであり,体内に侵入した異物を破壊するT細胞を作る胸腺がないので,外来移植組織を拒絶する能力を有しない。
ヌードマウス背部皮下に移植したヒト腫瘍リンパ節組織が生着,増殖し約2cm程の大きさまで成育した段階で腫瘍組織を摘出し,上記のような方法で新しいヌードマウスの背部皮下に移植する。この継代を繰り返して,ヌードマウスの背部皮下に株化した(生着及び生育が安定した)ヒト由来組織とマウス由来組織の混在した腫瘍組織を作成する。
これをヌードマウス背部皮下に移植し,約8週間後に腫瘍組織を摘出する。この腫瘍組織を,0.5ないし0.8cm×0.5ないし0.8cmの大きさに調整する。麻酔したヌードマウスを切開して胃に到達し,胃の漿膜に腫瘍組織片を6-0の縫合糸で縫合固定する。
(2) 大腸癌の場合 大腸癌患者の大腸癌肝転移巣を切除し,得られるヒト腫瘍肝組織を約0.5cm×0.5cmの大きさに調整し,ヌードマウス背部皮下に移植する。ヌードマウスとは,(1)同様無胸腺ヌードマウスである。肝転移組織を採取するのは,転移能力を有する癌細胞を選択するためである。
ヌードマウス背部皮下に移植したヒト腫瘍肝組織が生着,増殖し,約2cm程の大きさまで生育した段階で腫瘍組織を摘出する。上記のような方法で新しいヌードマウスの背部皮下に移植する。この継代を繰り返してヌードマウスの背部皮下に株化したヒト由来組織とマウス由来組織の混在した腫瘍組織を作成する。
これをヌードマウス背部皮下に移植し,約8週間後に腫瘍組織を摘出し,0.5ないし0.8cm×0.5ないし0.8cmの大きさに調整する。麻酔したヌードマウスを切開して盲腸に到達し,盲腸の漿膜片に傷をつけ,腫瘍組織片を縫合固定する。
2 被告マウスの構成要件@,B,Cの充足性 上記認定事実によれば,被告マウスは,ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であることが明らかであるから,構成要件@を充足する。また,被告マウスは,免疫欠損を有し,移植された腫瘍組織を拒絶する能力がなく,腫瘍組織を増殖及び転移させるものであり,増殖及び転移率が高いものであるから(このことは被告国の認めるところである。),構成要件Bを充足する。そして,被告マウスはモデル動物であるから,構成要件Cを充足する。
3 争点1(被告マウスが構成要件Aを充足するか)について (1) 被告マウスの「前記動物の相当する器官中へ移植された」の充足性 ア 腫瘍転移組織塊を原発器官に移植することは「相当する器官中への移植」に当たるか (ア) 前記1認定のように,被告マウスに用いられる腫瘍組織は,胃癌モデルの場合は,リンパ節に転移したものを切除したものであり,大腸癌モデルの場合は,肝転移巣から切除したものである。このように,転移した組織を原発器官に移植することが,構成要件Aにいう「相当する器官中への移植」に当たるかが問題となる。
「相当する器官」の語の意味が,原発器官に限られるか,転移先の器官をも包含するかは,本件明細書から,必ずしも明らかとはいえない。
(イ) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「本発明による免疫欠損実験動物中の腫瘍組織の配置は正位移植により行われる。……(中略)……本発明において正位移植という語はヒトの器官の新生物腫瘍組織を免疫欠損実験動物の相当する器官中へ移植することを示すために使用される。」(別紙訂正明細書4頁10行ないし13行)との記載がある。
(ウ) 浜松医大が行った方法につき,甲3(日本外科学雑誌掲載の浜松医大所属の医師らによる研究成果発表の論文)には,肝転移した大腸癌株を用いて「同所移植」を行ったとの記載があり,乙2(浜松医大外科学第二講座作成の資料)の添付資料6の文献(日本消化器外科学会雑誌の記事)には,「同所移植肝転移モデルを作製し,転移形態について検討した。」との記載がある。これらの記載からすると,「同所移植」は,転移した腫瘍の原発器官への移植をも含む趣旨であると解される。
また,乙2の添付資料2は,本件特許権の優先権主張日以前の1986年のEらの文献であるが,肝転移腫瘍細胞を採取してヌードマウス皮下に移植することに言及しており(原告第二準備書面において引用されている部分),同添付資料3は同じく本件特許権の優先権主張日以前の1988年のE,Fらの文献であるが,肝転移巣から癌細胞を採取し,その細胞をヌードマウス脾臓に注入移植することが記載されている(なお,被告国も,同所移植法は,「学界では,ヒトの大腸癌が肝に転移したものをヌードマウスの大腸に移植することも一般的には同所移植法の範疇に含まれるとしており」,「同所移植法は,E,Fらによって既に確立した手法,概念であって,」(被告国準備書面(三)30頁)と述べている。)。これらの記載からすると,本件特許権の優先権主張日以前において,転移巣から腫瘍細胞を採取し,これを原発器官へ移植することは既に確立した手法であったと解されるから,構成要件Aにいう「相当する器官中への移植」は,これをも含むものと解するのが相当である。
この点について,被告国は,本件明細書にいう「正位移植」は,同位移植概念の中でも限定した狭義の概念であり,たとえばヒトの大腸癌をヌードマウスの大腸へ移植するように,その本来の発生臓器にそのまま移植する方法を指す,と主張するが,その根拠として挙げるのは,本件明細書の上記(イ)の記載のみであって,そのように限定的に解する根拠に乏しいというべきである。
したがって,同位移植(或いは同所移植)と「正位移植」は,同義であって,転移した腫瘍を原発器官へ移植することも,構成要件Aにいう「相当する器官中への移植」に当たると解すべきである。
イ 被告マウスの腫瘍組織塊の移植方法は「器官中」への移植に当たるか (ア) 前記1認定のとおり,被告マウスの腫瘍組織塊の移植法は,胃癌モデルにおいては胃の漿膜に腫瘍組織片を縫合糸で縫合固定するものであり,大腸癌モデルにおいては盲腸の漿膜片に傷をつけ,腫瘍組織片を縫合固定するものである。
(イ) 被告国は,本件特許発明にいう方法は,本件明細書の特許請求の範囲における請求項7,9,17,19の記載より,腔所を設ける方法に限られるところ,被告マウスの方法においては,腫瘍組織片は移植器官外に露出しているので,「器官中」への移植に当たらないと主張する。しかしながら,本訴請求は請求項1の発明に基づくものであるから,本件特許発明との関係では特定の実施態様についての発明である他の請求項の発明について記載された方法に限定されるものではない。
また,本件特許発明は,「モデル動物」という物の発明であり,製造された物が同一であれば,その製造方法いかんは問題とならない。発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていることを要する(特許法36条4項)ところ,物の発明において「その実施をすることができる」とは,その物を製造することができ,製造された物が使用できることをいうのであり,すべての製造方法を記載することが求められているわけではない。したがって,特許の対象となる物は,具体的に開示された方法によって得られたものに限定されるわけではない。
(ウ) 被告マウスは,ヒトの癌転移過程を再現できる実験動物モデルであるから,たとえ腫瘍組織塊が器官外に移植されても,腫瘍組織がその浸潤・転移能により器官中に転移しなければ意味がないものである。そして,被告マウスにおいて,腫瘍組織塊は,縫合糸により器官に癒着させられており,器官の漿膜片に傷をつけられることなどにより,組織片の一部は器官とつながった状態にあり,これにより器官中に転移するものである。したがって,このことをもって,器官中に移植するということは可能であり,腫瘍組織塊の大部分が移植器官外に露出していることは,格別の意味を有しないといわなければならない。被告国の上記主張は採用できない。
以上,ア及びイに判示したところによれば,被告マウスは,構成要件Aの「前記動物の相当する器官中へ移植された」を充足する。
(2) 「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」はマウスの皮下で継代されたものを含むか ア 「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」の意味 本件明細書中には,構成要件Aにいう「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」を定義する内容の記載は存しない。
そこで,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄を見ると,同欄には,以下の記載がある。
「ここに使用されるヒト腫瘍組織には,例えばヒトの腎臓,肝臓,胃,膵臓,結腸,胸部,前立腺,肺,睾丸及び脳中に生ずる病理学的に診断される腫瘍である外科的に得られた新鮮な試料の組織が含まれる。そのような腫瘍には癌腫並びに肉腫が含まれ,ここに行われるそれらの移植はすべての段階,等級及び型の腫瘍を包合〔判決注:「包含」の誤りと思われる。〕する。また,使用されるヒト腫瘍組織は,細胞ごとに分離せず,塊のまま移植する。腫瘍組織を塊のまま移植することにより腫瘍組織が本来もつ三次元的構造が維持されるので,より信頼性の高いヒト腫瘍モデル動物が得られる。」(別紙訂正明細書4頁13行ないし20行) 「本発明は,ヒトの器官から得られ,動物の相当する器官中へ移植された腫瘍組織をもつ非ヒトモデル動物に関する。」(同2頁18行ないし20行) 「ヒトの器官から得られて動物の相当する器官中へ移植された腫瘍組織塊を有し」(同3頁24行ないし25行) 「ヒト器官からの腫瘍組織塊の試料」(同3頁29行) 「ヒト腫瘍組織塊を移植」(同4頁4行) 「移植の前に,ヒト腫瘍組織は適当な栄養培地,例えば10%ウシ胎児血清及び適当な抗生物質例えばゲンタマイシンを含むイーグル(Eagle)の最少必須培地中に置くことにより維持される。組織を含む培地は次いで約4℃に冷却される。組織はこの方法で24時間維持できる。」(同4頁21行ないし24行) そして,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄にある実施例においては,ヒトの器官から得られた腫瘍組織は,直接,動物の相当する器官に移植されている(別紙訂正明細書5頁以下)。
また,本件明細書には,「本発明による免疫欠損実験動物中の腫瘍組織の配置は正位移植により行われる。……(中略)……本発明において正位移植という語はヒトの器官の新生物腫瘍組織を免疫欠損実験動物の相当する器官中へ移植することを示すために使用される。」(同4頁10行ないし13行)とも記載されている。
上記記載はすべて,ヒトの器官から採取した腫瘍組織塊そのままのものについてであり,これを他の動物において継代することについては記載がない。また,ヒト以外の器官中から得られた組織が混在するものについては何ら言及していない。したがって,本件特許発明には,継代し,これによって,ヒトの腫瘍組織が他の生物のそれに置き換わることの発想はないというべきである。
これらの点からすると,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」は,ヒトの器官から採取した腫瘍組織塊そのままのものをいい,その組織が変化したものは含まれないと解するのが相当である。そして,腫瘍組織塊がこのようなものであれば,「腫瘍組織が本来もつ三次元的構造が維持される」のは当然のことであるといえる。
イ 原告の主張について 原告は,継代は本件特許権の優先権主張日以前に慣用の技術であり,たとえ実施例に記載がなくても,本件特許発明に継代された腫瘍組織が含まれることは明らかであると主張するので,本件特許権の優先権主張日の時点において,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊がヒト器官から得られた腫瘍組織塊と同等のものとして知られていたかどうかについて検討する。
(ア) 本件特許権の優先権主張日以前の文献 本件証拠中,本件特許権の優先権主張日以前の文献は,甲7(1984年)及び甲8(1987年)であり,甲7には「我々の研究結果では,生化学的かつ免疫学的特性が一定に保たれたのは数継代のみで,ほとんどの場合,これが10代目から20代目の間の継代であることがわかった。こうした知見はまた異種移植が元々の腫瘍と同様であり得ることを示してはいるが,決して同一とは考えられない。」との記載がある。甲8には,「これらの腫瘍はすべて,当機関においてヌードマウスに継代移植し,維持された。」との記載がある。
(イ) 本件特許権の優先権主張日以後の文献 本件証拠中,本件特許権の優先権主張日以後の文献は,甲9,10,13ないし15,乙1などであり,これらには継代に関する記載が種々見受けられる。
乙1(1991年)は,原告代表者らによる文献であるが,「腫瘍の皮下移植……(中略)……このような方法がヒト癌の特性や治療方法を解明するうえで我々の助けになっているが,解決されない大きな問題が未だ残っている。その一つが患者から得られた腫瘍でも,免疫欠損動物の皮下で移植を繰り返しているうちに,ヒトである患者の体内に存在していたときの腫瘍の性質が維持され得ないことである。」,「しかし,同所移植に用いる細胞株やばらばらにした細胞は,ヒト腫瘍組織の本来の構造を壊すことによって得られたものであるから,腫瘍の特質や生物学的性質を変化させてしまうかもしれない。」「ヒトから直接得られた組織学的に完全なヒト腫瘍組織片を用いた同所移植モデルは,従来の動物モデルの欠点を排除してある。」との記載がある。
甲10(1993年)も原告代表者らによる文献であるが,「ばらばらにした細胞懸濁液では,完全な転移能が常に発現されるわけではないことが判明した。この点を考慮して,我々は,手術より直接得られるような無傷組織を利用した同所インプラントモデルを最近開発した。」,「この無傷同所インプラント技術を胃癌へ適用することで,著しい一次増殖を示すマウスの100%において局部リンパ節,肝臓および肺への転移が形成されたことを報告する。対照的に,細胞懸濁液を用いて胃癌細胞を同じ部位へ注入した場合には,転移は,局所腫瘍形成を示すマウスの6.7%でしか発生せず,転移能を完全に発現させるためには無傷組織を用いることの重要性が強調された。」との記載がある。
また,甲14(1996年)には,「異種移植片が,継代を3以上経ることができれば,系統として樹立される確率が90%となった。」(訳文2頁),「ヌードマウスにおいて,皮下に増殖する腫瘍は,腹腔内に増殖する同じ腫瘍よりも良好に分化されることをみいだした。……(中略)……結腸癌に関しては,結腸腫瘍細胞株もしくは離解腫瘍組織の移植の部位として,盲腸及び脾臓を用いた場合,肝臓への転移を含む転移が発生したが,これは,原発性増殖を起こすが,転移は発生しない皮下部位とは反対であった。」(訳文7頁)との記載がある。
(ウ) これらの記載からすれば,継代の技術は,本件特許権の優先権主張日以前から知られていた技術であり,その組織あるいは細胞の維持を目的としてされるものであったが,その生化学的,免疫学的特性が維持されることは知られていたとしても,組織の三次元構造及び転移に関する性状が維持されることが知られていたとはいえない。かえって,前記甲14によれば,同号証が公表された1996年の時点においても,皮下で継代したものが,同位移植した腫瘍組織とは異なる性質を有することが明らかにされている。
(エ) A宣誓書について 継代が慣用の技術であったとする証拠として原告が提出するA宣誓書(甲11)には,「患者の材料をマウスで連続的に継代するという腫瘍系の開発。
このような開発は,過去30年間にわたり発表された数々の論文に記載されている研究と何ら異なるところはないものと思われます。連続継代後に行う著しく悪性な細胞の選択。これもまた極めて古い科学であります。継代腫瘍における管構造の欠損。これは単に,連続継代時に注意を怠った際に通常発生する構築物の欠損を反映しているにすぎません。悪性細胞において変異型p53遺伝子が見つかることは極めて一般的なことです。浜松医大モデルで生成された腫瘍においても何ら変わるところはありません。マウス間質組織は常に本来のヒト材料と置き換えられます。」との記載がある。
しかし,この記載は,継代によって腫瘍組織塊が変化することを否定するものではないし,また,本件特許権の優先権主張日の時点において,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊がヒト器官から得られた腫瘍組織塊と同等のものとして知られていたことを示すものでもない。
(オ) これらを総合すると,本件特許権の優先権主張日の時点において,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊がヒト器官から得られた腫瘍組織塊と同等のものとして知られていたということはできないから,本件特許発明の特許請求の範囲の解釈として継代された腫瘍組織が当然に含まれるとはいえない。
ウ 被告マウスの検討 (ア) そこで,被告マウスにおいて,ヒトの器官から採取した腫瘍組織塊そのままの組織が維持されているかが問題となる。
証拠(甲14,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,継代を経た被告マウスにおいては,ヒトの器官から直接採取した腫瘍組織塊と比較すると,その組織の一部が変化し,特に間質組織がマウスのものに変化していると認められる(このことについては,原告も争っていない。)。
ところで,証拠(乙5)によれば,組織中に存在するp53癌抑制遺伝子が変異することにより,その癌細胞が悪性度を増し,より高率に肝転移を起こすことが認められる。そして,大腸癌の患者の原発巣及び肝転移巣と,これを継代し,株化したうえでヌードマウスの大腸に移植したもののそれぞれの顕微鏡写真を比較した証拠(乙4)及びこれら各組織のp53癌抑制遺伝子を染色したもののそれぞれの顕微鏡写真を比較した証拠(乙3)によれば,ヒトの大腸癌原発巣及び肝転移巣と,ヌードマウスの背部皮下で継代したものを大腸に移植したものとでは,組織及び遺伝子が形態的変化を生じていることを看て取ることができる。
さらに,証拠(乙2添付資料10,乙5)によれば,ヒトの器官から直接採取した腫瘍組織塊をヌードマウスに移植した本件特許発明の方法に対し,被告マウスでは,腫瘍組織塊の生着率,転移率に相当な差があることが認められることからしても(原告も,継代を経ることによって生着率,転移率が向上することは争っていない。),被告マウスにおいては,ヒトの器官から採取した腫瘍組織塊そのままの組織が維持されているのではないことが認められる。
また,乙5において,被告マウスにおいては間質細胞が置き換わっていることが認められるところ(この点については争いがない。),甲17には「非形質転換細胞のVEGFプロモーターが,腫瘍の微環境によって強度に活性化されるという知見は,腫瘍血管形成における協働を分析及び理解する必要性を指摘している。」と記載されており,転移に対する間質細胞の関与の可能性が考えられる(この点につき,原告は間質細胞自体は腫瘍組織の性質に関係するものではないと主張するが,証拠上立証されているとはいえない。)。
これらに照らせば,被告マウスにおいては,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」そのままの組織とは異なる組織に変化しており,三次元的構造が変化していることは明らかである。
(イ) この点について,原告は,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」の意味は,ヒト器官から外科的に得られた組織塊そのままでなくても,その組織塊の一部でも,ヒト腫瘍組織塊が本来持つ三次元的構造が維持されていれば,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」に該当すると主張する。
しかしながら,本件明細書には,ヒト腫瘍組織塊が本来持つ三次元的構造について特にその意味が記載されているわけではなく,ヒト腫瘍組織のどのような構造が維持されることによって,本来持つ三次元的構造が維持されるのか明らかでなく,結局,「三次元的構造が維持される」という用語の意味は,明らかにされていない。
本件明細書における「使用されるヒト腫瘍組織は,細胞ごとに分離せず,塊のまま移植する。腫瘍組織を塊のまま移植することにより腫瘍組織が本来もつ三次元的構造が維持される」(別紙訂正明細書4頁18行ないし20行)という記載から明らかなのは,細胞ごとに分離せず,塊のまま移植するために,腫瘍組織の「三次元的構造が維持される」ことのみである。そして,上記アに述べたように,本件特許発明中に,継代により組織がマウスのそれに置き換わることの発想が存しない以上,上記「三次元的構造が維持される」とは,ヒト腫瘍組織そのままであるためにその組織構造が維持されていることを指すと解するほかないというべきであるから,これがマウス由来のものに変換されたものは,もはや「三次元的構造が維持される」とはいえない。
そうすると,被告マウスにおいて,ヒト腫瘍組織塊が本来持つ三次元的構造が維持されている組織塊が存在することは,立証されていない。原告の上記主張は採用できない。
(ウ) 以上によれば,ヌードマウスの皮下で継代した被告マウスにおいては,その組織が変化しているものであり,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」を有するものとはいえない。
エ 小括 以上によれば,構成要件Aにいう「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」は,ヒトの器官から採取した腫瘍組織塊そのままのものをいい,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊を含まないと解すべきであり,他方,被告マウスにおいては,継代によって組織が変化していることが認められるから,被告マウスは,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し」ないものというべきである。
4 結論 以上判示のとおり,被告マウスは構成要件Aを充足しないから,その余の点について検討するまでもなく,原告の被告国に対する請求は理由がない。
また,そうである以上,被告製薬会社3社に対する請求も,同被告らと被告国の関わりについて検討するまでもなく,理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之