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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11ワ23013特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ8204特許権侵害差止請求権不存在確認請求事件 判例 特許
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平成12ワ12728特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 有用性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  実施料相当額 /  悪意 /  時効 /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  存続期間 /  出願経過 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  実施 /  権原 /  先使用権(先使用) /  構成要件 /  構成要件充足性 /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  同意 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 6714号 損害賠償請求事件
原告 株式会社日立製作所
訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本 和徳
同 久保田 伸
同 秋野卓生
同 七字賢彦
補佐人弁理士 中村守
被告 石川島播磨重工業株式会社
訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
訴訟復代理人弁護士 窪田 英一郎
補佐人弁理士 荒崎勝美
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/12/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,金4億3335万円及び内金6938万円に対して平成2年1月1日から,内金2874万円に対して平成4年1月1日から,内金6686万円に対して平成6年1月1日から,内金1億2235万円に対して平成7年1月1日から,内金5497万円に対して平成8年1月1日から,内金9105万円に対して平成10年1月1日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,金12億8913万円及び別紙3「実施料相当額・遅延損害金一覧表」記載の各実施料相当額に対する各遅延損害金の各発生時期から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が被告に対し,別紙1「被告製品目録」記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造,販売した被告の行為が原告の有していた特許権を侵害したとして,不法行為に基づく損害賠償及び不当利得に基づく返還請求をした事案である。
1 前提となる事実(証拠等を示した事実を除き,当事者間に争いがない。) (1) 原告の有していた特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有していた。
ア 発明の名称 帯鋼の巻取装置 イ 出願日 昭和53年8月14日 ウ 公告日 昭和62年11月19日 エ 登録日 平成元年1月18日 オ 登録番号 第1475307号 カ 存続期間満了日 平成10年8月14日 キ 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下,同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A 帯鋼を案内片で巻取機の巻胴に押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る装置において, B 巻胴に向って進行する帯鋼の先端位置を検出する検出器と, C この検出器の検出値から該巻胴に巻付けられ前記帯鋼の先端部との重なりによって生じるコイルの段付部が案内片を通過する時期を予測演算する演算器と, D 前記演算機で算出された通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器と, E この指令器からの出力により操作され,前記コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる駆動装置を備えせしめ, F 更に前記駆動装置は, F-1 該案内片を移動操作させる液圧シリンダと, F-2 この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり, F-3 前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであること G を特徴とする帯鋼の巻取装置。
なお,原告は,特許請求の範囲第2項に基づく請求もしている。しかし,第2項は,第1項に係る発明の実施態様項にすぎないので,以下においては第1項に係る発明に基づく請求についてのみ判断する。
(3) 被告の行為 被告は,昭和56年ころから,別紙4「製造販売目録」記載のとおり,被告製品を製造販売した。
(4) 被告製品の構成 被告製品の構成は,別紙1「被告製品目録」記載のとおりである(なお,下線を付した部分については争いがあり,被告は,下線部分を「所定の位置」とすべきであると主張する。)。
(5) 被告製品の本件発明の構成要件の充足性 被告製品の構成a-1及びgは,本件発明の構成要件A及びGを充足する。
2 争点 (1) 構成要件充足性の有無 ア 構成要件Dについて (原告の主張) (ア) 構成要件Dの解釈 本件発明の構成要件Dについて,被告が主張するように「位置制御を排して時間制御を行う」ものと限定解釈することはできない。確かに,原告は,本件出願過程で,本件発明が時間制御を行うものであることを強調したことがあるが(乙1),その趣旨は,本件発明が,巻付力の低下を来さないように,帯鋼と案内片を離間させておく時間を非常に短い時間にして制御していることを明らかにしたもので,位置制御を排除する意図はない。そして,本件明細書の実施例に関する記載(8欄11ないし26行)によれば,本件発明がフィードバックを行いながら位置を決める位置制御を行うものであることが明らかである。
被告の「フィードバック」と「フィードバック制御」に関する主張は技術的にみて誤りがある。
(イ) 対比 被告製品の構成dによると,被告製品には,トラッキング演算手段16で演算されたストリップ10の段差部10bの各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを夫々通過する予測時期に基づいて,油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dに対して,各油圧シリンダを操作するための指令信号を出力する電気油圧制御手段であるラッパーロール制御手段17a,17b,17c,17dが設置されているので,被告製品の構成dは,本件発明の構成要件Dを充足する。
(被告の反論) (ア) 構成要件Dの解釈 原告は,本件出願の過程で提出した昭和59年10月15日付け意見書(乙1)において,本件発明の作用効果は,位置制御を排して,時間制御を行うことで,短時間の制御を目指したものである旨主張しており,この出願経過に鑑みれば,構成要件Dにおける「通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器」は,帯鋼先端の通過時期に基づいて決定される操作信号を直接サーボ弁に出力してサーボ弁の作動を時間的に制御する指令器を指すといえる。
これに対して,原告は,構成要件Dにおける「通過時期に基づいて」はフィードバックを行いながら位置を決める位置制御を行うものである旨主張する。しかし,「フィードバック」とは,単に,信号を制御装置に戻すことを意味するだけで,その信号をどのように使うかには関係のない概念である一方,「フィードバック制御」は,制御量と目標値とを比較して,それらを一致させるように訂正動作を行うという概念である。本件明細書の実施例には,「目標値」や「比較」に関する記載が全くない以上,本件明細書の実施例に記載された「フィードバック」は,「フィードバック制御」を目的としたものでない。
また,本件発明では,時間による制御を行っているため,細かいラッパーローラの位置決めができないので,安全をみて,ラッパーローラを段付部の厚みより大きな距離だけ移動させている。この点も,本件発明が時間制御のみに基づいて行われることの根拠となる。
(イ) 対比 被告製品では,案内片の位置をフィードバックしながら制御して移動させており,時間の進行に対して各案内片のとるべき位置指令信号を発生する一方,案内片の位置を位置検出装置で検出し,案内片が存在すべき位置と案内片が現実に存在する位置の差を表す信号を発生させ,この差によってサーボ弁を制御している。したがって,被告製品では,「通過時期に基づいて決定される操作信号」は用いられていない。確かに,位置指令信号を印加するタイミングを決定する段差予測信号は,帯鋼先端の通過時期と関連しており,被告製品においても,サーボ弁の操作信号は,間接的には帯鋼先端の通過時期に依存しているが,原告は,出願過程において,時間制御と位置制御を区別し,位置制御が時間制御に含まれることを排除している以上,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
構成要件Eについて (原告の主張) (ア) 構成要件Eの解釈 本件明細書において,当該駆動装置を実現するために,2つのシリンダの存在が必須であるとの記載がない以上,被告主張のように,構成要件Eの「駆動装置」を限定して解釈すべきでない。実施例に開示された装置が,被告の主張するように,「シリンダ66とシリンダ85とが揃って初めて押圧と開放とが繰り返される」装置であるとしても,本件発明の技術的範囲がこれに限定されるものではない。後記(2)ウに詳述するように,本件の出願過程においてされた補正に被告が主張するような要旨変更はないので,これを前提とする被告の限定解釈の主張は理由がない。
被告は,本件明細書には記載不備がある旨主張するが,いずれも理由がない。すなわち,本件明細書の〔発明の実施例〕に開示された「急速開閉装置83」は,ラッパーフレームのレバーを持ち上げる際にも,ラッパーローラをコイル表面に押圧する際にも,ピストン84の動きが位置検出器により逐次計算機100にフィードバックされていることにより,「開」動作においても「閉」動作においてもレバーに「当接」した状態で力を与え制御をしている。これは,正にラッパーローラの急速「開閉」装置であって,開閉動作のための駆動装置といえる。被告主張のように急速「開放」装置のみの作用を有するものではない。
(イ) 対比 被告製品の構成のe-1及びf-2の油圧サーボ弁は,本件発明の構成要件F-2の液圧サーボ弁に該当し,同構成f-1の油圧シリンダは,これを駆動することにより同構成a-1の案内部材を移動操作するものであるから同構成要件F-1の液圧シリンダに該当する。
被告製品のe-1の油圧サーボ弁及びf-1の油圧シリンダからなる駆動装置は,位置制御モードAにおいては,2巻目以降5巻目までは,第3図に示すように,前記ストリップ10の前記段差部10bが前記各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過する前に,該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aから離間する方向に該段差部10bを越えて回避するように該案内部材3a,3b,3c,3dを移動させ,当該段差部10bが各ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過した後は,速やかに該ラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接近する方向に移動させるべく該案内部材3a,3b,3c,3dを移動させ,ストリップ表面10aに接触させる。このため,ストリップ段差部10bは各ラッパーロール4a,4b,4c,4dに衝突することなく通過し,本件発明の構成要件Eのコイル段付部の段差寸法より大きな距離だけ移動している。同様に被告製品の駆動装置は,押付力制御モードBでは,本件発明の構成要件Eのように,ラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接触した後に,速やかにロール押付力制御により該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aに対して所定の圧力で押圧するようにする。
以上から,被告製品の構成のe-1及びf-1は,本件発明の構成要件Eを充足する。
(被告の反論) (ア) 構成要件Eの解釈 本件では,後記(2)ウのとおり,要旨変更を伴う補正が行われた結果,本件明細書の「特許請求の範囲」の記載を文言どおりに理解すると,「発明の詳細な説明」欄の〔発明の実施例〕が本件発明の技術的範囲に入らないこととなり,本件特許は特許法(以下「法」という。)36条に違反する明らかな無効理由を有することとなる。そこで,本件特許に無効理由が存しないようにするならば,本件発明の構成要件Eは,以下のとおり限定的に解釈されるべきである。
本件明細書の〔発明の実施例〕には,2つのシリンダが作用して案内片の押圧とその開放が繰り返される構造のものが記載されている。このうち1つは,本件明細書の第3及び第4図中に示されるシリンダ66であり,その役割は,案内片をストリップに押圧することである(本件明細書7欄15ないし19行,8欄17ないし24行)。他の1つは,同明細書の第5図中示される急速開閉装置83のシリンダ85であり,その役割は,一時的に案内片を後退させてコイルの段付部を回避することである(同明細書8欄11ないし17行)。これらの記載によれば,案内片が押圧されるのは,シリンダ66の圧力によるのであり,シリンダ85によるのではない。このように,本件発明では,シリンダ66とシリンダ85とが揃って初めて押圧と開放が繰り返されるのであり,本件発明ではこれら2つのシリンダの存在が必須である。このことは,シリンダ85のピストン84がレバー78に「連結」せず,「当接」しているにすぎないため(同明細書7欄30ないし31行),ピストン84がレバー78を押すことはあっても引くことはできないことによっても裏付けられる。
それにもかかわらず,構成要件Eには,押圧と開放が1つの「駆動装置」によってされるような記載がされている。そこで,同部分について,記載不備により本件特許が無効理由を有することのないように解釈すれば,構成要件Eは,2つのシリンダからなる構成,すなわち,案内片をコイルから離す「第1の駆動装置」と,案内片をコイルに押し付ける「第2の駆動装置」からなる構成と理解すべきである(なお,構成要件Fの「駆動装置」は,同様の理由により,「第1の駆動装置」に係るものと理解されるべきである。)。
(イ) 対比 被告製品には,上記(ア)のような1対(2つ)のシリンダは存在せず,1つのシリンダによって案内片の押圧と開放が繰り返されるものである。被告製品は,本件発明の実施例の急速開閉装置83,すなわち,構成要件Eにおける「第1の駆動装置」に相当する部分を具備していない。
よって,被告製品の構成は本件発明の構成要件Eを充足しない(また,同様の理由から,構成要件Fも充足しない。)。 (2) 明らかな無効理由の存在 ア 記載不備による無効理由 (被告の主張) 前記(1)イで主張したとおり,本件明細書の実施例を参酌すると,本件明細書で開示された発明は,2つのシリンダの存在が必須であると解される。これに対し,同明細書の「特許請求の範囲」においては,あたかも,1つのシリンダからなる駆動装置が案内片の押圧と開放とを実現するように記載されている。このように1つのシリンダからなる駆動装置の構成は同明細書の「発明の詳細な説明」欄中には一切開示されておらず,当業者がこのような駆動装置を実施するに足りる記載は存在しない。よって,本件特許は,法36条に違反して特許されたものであり,明らかな無効理由を有し,本件特許権に基づく請求は権利の濫用に当たる。
(原告の反論) 本件明細書において,「駆動装置を2つのシリンダによって構成する」という点は発明の要旨ではないのみならず,「駆動装置を幾つのシリンダによって構成するか」という技術的課題が問題とされているわけでもない。本件明細書においては,「衝撃の回避,重ねきずの抑制,振動の抑制」及び「巻付性能の向上」との2つの課題解決を目的として,「帯鋼の巻取装置」の各構成が開示され,これによって,従来の巻取装置では達成できなかった格別の作用効果を奏することができる旨が明確に記載されているのであり,本件明細書の「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」の各記載には明らかな齟齬は存在しない。本件特許に法36条違反の無効理由は存在しない。 イ 進歩性欠如による無効理由 (被告の主張) 仮に,本件発明をその特許請求の範囲に記載したとおりに,1つのシリンダで押圧と開放を実現する装置からなるものと解した場合,本件発明は,乙3の西独特許出願公開明細書(以下「西独公報」という。)第2158721号に記載された発明(以下「西独公報発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができるものといえ,本件特許は明らかな無効理由を有する。よって,本件特許権に基づく請求は権利の濫用に当たる。
同公報には,ストリップを押圧ローラでリールマンドレルに押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る巻取り機において,ストリップ表面において条痕が形成されてストリップの価値が低下することを,制御される押圧ローラを用いて阻止するという課題を解決するための装置が記載されている。
本件発明と西独公報発明とを対比すると,本件発明の構成要件Eにおいては「コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動」させるのに対して,西独公報発明は「ストリップの厚み分だけ」移動させる点において相違がある。しかし,上記相違点は,設計事項ともいうべきもので,ストリップの厚み分だけ移動させる西独公報発明に基づいて,これより大きな距離を移動させることは当業者であれば容易に想到し得ることである。
原告は,案内片が半径方向内方に移動する点においても,本件発明は西独公報の発明と相違する旨主張する。しかし,西独公報にも,案内片が厚み分後退した後に押圧されることが記載されていることは原告も認めており,西独公報発明において,案内片の移動距離を厚み分より大きな距離に設定した場合は,半径方向内方への移動がされることは明らかであり,本件発明が西独公報発明に基づいて容易に発明できることは明らかである。
また,原告は,本件発明の帯鋼の先端を検出する検出器と,この検出器からの情報に基づいて段付部の通過時期を予想し,予想された時期に信号を出力して案内片を移動させるという点において,西独公報発明と相違する旨主張するが,これらの相違点は乙5の公開公報(特開昭50-40963号)に記載された周知技術にすぎず,このような周知技術の適用は,本件発明の進歩性を判断する上で重要な意味を有しない。 (原告の反論) 本件発明を西独公報発明と対比すると,本件発明の構成要件BないしE及びGのいずれにおいても相違する。
西独公報発明では,巻胴と案内片である押圧ローラ6aとの間を進行する帯鋼先端が押圧ローラ6aを押し上げることによって帯鋼先端の到達を検出するリレーが用いられているのに対し,本件発明の構成要件Bにおける「検出器」は「巻胴に向かって進行する帯鋼の先端位置を」検出するので,両者は相違する。
西独公報発明では,パルスカウンタAは帯鋼先端の実際の走行位置を計測し,その出力で制御ロジックLが作動するのに対し,本件発明の構成要件Cにおける「演算器」は「コイル段付部が案内片を通過する時期を」予測演算するので,両者は相違する。
西独公報発明では,パルスカウンタAは実質的には帯鋼先端部が各々の押圧ローラに到達したことを実測するのに対し,本件発明の構成要件Dにおける「指令器」は「演算器で算出された通過時期に基づいて操作信号を」出力するので,両者は相違する。
西独公報発明の駆動装置(サーボバルブsv5及びトラッキングシリンダ5)は,ラッパーローラ(押圧ローラ)を帯鋼の板厚sと同一寸法だけコイルの半径方向外方に移動させ,ラッパーローラに帯鋼先端が到達すると同時に該ラッパーローラを帯鋼表面に押し付けるのに対し,本件発明の構成要件Eにおける「駆動装置」は,「段付部が案内片を通過する前に,案内片をコイル段付部の段差寸法を越えて半径方向外方へ移動」し,「段付部が該案内片を通過した後,案内片を半径方向内方へ移動」するので,両者は相違する。
西独公報発明の駆動装置は,帯鋼の先端検出により運転開始されるパルスカウンタAからの出力信号に基づいて液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するのに対し,本件発明の構成要件F-3における「制御装置」は,前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するので,両者は相違する。
以上の相違に照らし,本件発明は,西独公報発明に基づいて容易に発明できるものではないので,進歩性欠如による無効理由を有しない。
要旨変更による無効理由 (被告の主張) (ア) 本件発明は,補正により要旨を変更したものであり,出願日が昭和61年7月25日に繰り下がるため,本件特許の出願当初明細書の内容を記載した特開昭55-24770号公報(以下「本件公開公報」という。)に記載された発明及び西独公報発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとなるので,明らかな無効理由を有する(法29条2項)。よって,本件特許権に基づく請求は権利の濫用に当たる。
(イ) 要旨変更(その1) a 本件特許の出願当初明細書には,段付部が案内片を通過する時に案内片と巻胴の間隙を大きくさせ,通過直後に再び案内片と巻胴の間隙を小さくする装置が「急速開閉装置」であり,これは,案内片の位置を設定する液圧シリンダ85とこの液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁91からなり,ラッパーフレーム57のレバー78を持ち上げたり下ろしたりするものであることが記載されているのみで,他の装置については記載も示唆もされていなかった。
ところが,昭和61年7月25日付け手続補正書以後に提出された手続補正書の特許請求の範囲において,上記急速開閉装置が「駆動装置」とされ,この駆動装置は上記急速開閉装置の機能のほかに,油圧又は空気圧等を発生するシリンダ64ないし66が果たしている機能をも果たすものとして記載された。すなわち,補正前の急速開閉装置は,名称は「開閉装置」であっても,実際は,シリンダ64ないし66の押付力に抗して案内片をコイルから離す装置,すなわち「開放装置」であったところ,補正によって,これを「駆動装置」と呼び変えるとともに,案内片をコイルに押し付ける機能と,案内片をコイルから引き離す機能を兼ね備えるものとして記載された。このような駆動装置は,当初明細書には記載も示唆もないから,「急速開閉装置」を「駆動装置」とすることは要旨変更に当たる。
b また,出願当初明細書には,液圧シリンダ85は,シリンダ64ないし66によってラッパーローラがコイル表面に押し付けられるように押圧されているラッパーフレームを,コイルの段付部が案内片を通過する時にラッパーローラがコイル表面に押し付けられないように支点を中心にして回転させるためのものであることが記載されているのみで,これ以外の設置目的又は場所で使用することは,記載も示唆もされていなかった。
ところが,昭和60年11月27日付け手続補正書以後に提出された手続補正書では,液圧シリンダ85が「案内片を移動する」又は「移動操作させる」と記載された。これにより,液圧シリンダ85は,上記機能又は作用のほか,シリンダ64ないし66を代わりに用いて案内片(ラッパーローラ)をコイルの表面に対して直角方向に押圧する移動をも含むように記載された。このように,液圧シリンダの機能又は作用を変更する補正は,巻取装置の構造を変更するものであるので要旨変更に当たる。なお,仮に,この補正が,単独では要旨変更とはいえないとしても,上記aの補正を合わせると,要旨変更になることは明らかである。
c よって,本件明細書に記載された発明は,上記a及びbのとおりの理由から,要旨を変更したものであるので,本件特許の出願日は,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条の規定により,発明の要旨を変更した手続補正書が提出された昭和61年7月25日となり,それ以前に頒布された本件公開公報及び西独公報により容易に発明をすることができたものとして,本件特許は明らかな無効理由を有する。
要旨変更(その2) 本件特許出願前のダウンコイラーには,@押圧のみを行うシリンダーとこのシリンダーの押圧を制限するためのストッパーを設けた方式(ストッパー方式)と,Aシリンダーが押圧をするとともに自ら後退してストリップ段差部との衝突を回避できるようにした方式(シリンダー方式)とが存在した。本件発明は,当初,前者のストッパー方式に関するものであったが,手続補正を繰り返すうちに,後者のシリンダー方式に関するものであるかのように要旨が変わった。
すなわち,本件出願前にストッパー方式を採用していた乙5の発明では,コイルの巻太りに応じてストッパーの位置を変化させ,マンドレルとラッパーロールとの間のギャップを広げる構成となっているが,この方式では,ストッパーの位置を段付き部通過後に反転させて,押圧することは困難なため,ラッパーロールを板厚以上に逃がすことができなかった。本件発明は,ストッパー方式における上記の点を改良し,「急速開閉装置」にシリンダー(シリンダ85)を使用することで,板厚以上に逃がすことを可能にした改良技術にすぎず,「急速開閉装置」は「案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」機能は有しなかった(出願当初明細書の特許請求の範囲第4項,4頁左上欄12ないし14行,第4図)。本件発明において,案内片をコイルの半径方向内方に移動する機能を有しているのは,シリンダ66であった(同明細書4頁左上欄1ないし5行)。
他方,シリンダー方式(被告製品や乙3,乙9の発明)では,ストッパー方式のような機械的な制約はなく,サーボ弁の開閉だけでラッパーロールを自由に移動できるため,「段付き部を回避して一端,板厚以上に後退する」ことは当然の機能であり,さらに,同じシリンダーにより,ラッパーロールをストリップへ押し付けることにも使用されるものであり,ストッパー方式とは技術思想を全く異にする。
ところが,昭和61年7月25日付け手続補正書による補正によって,「急速開閉装置」に代わって規定された「駆動装置」は,「コイル段付部が案内片を通過した直後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるように案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」機能を有するものとされた。出願当初はストッパー方式しか技術範囲に含まなかったにもかかわらず,シリンダー方式を含むようにした同補正は,要旨変更に該当する。
(原告の反論) (ア) 要旨変更(その1) 原告が本件特許出願の過程で行った補正は,要旨変更に当たらない。
要旨変更の有無については,補正された事項が出願当初明細書又は図面に記載されている範囲内のものか否かという観点から判断すべきであるが,被告は,出願当初の特許請求の範囲の記載と補正後の特許請求の範囲の記載との比較によってのみ判断している点において,妥当でない。
本件特許出願過程における補正事項は,いずれの事項も出願当初明細書(本件公開公報「特許請求の範囲」第3項,2頁右下欄8ないし15行,4頁左下欄3行ないし15行,第3図ないし第5図)に開示されていた。
本件発明における補正は,「ピストン84とシリンダ85から成る急速開閉装置」を「ピストン84とシリンダ85とシリンダ64ないし66から成る駆動装置」であると言い換えたものでも,「急速開閉装置83」に「シリンダ64ないし66」の機能を包含させようとしたものでもない。
(イ) 要旨変更(その2) 被告は,ダウンコイラーを「ストッパー方式」と「シリンダー方式」とに分類しているが,その分類方法や定義は,一般的でないのみならず不明確である。このような分類によって,本件の補正が要旨変更に該当することになるのは合理性を欠く。
被告の,ストッパー方式からシリンダ方式への変更要旨変更になるとの主張は,本件特許出願以前にはジャンピング動作によりラッパーロールと段差部との衝突を回避するダウンコイラーは知られていなかったにもかかわらず,「衝突の回避」という用語に「ジャンピング動作」という本件特許出願後の技術をも含ませて理解し,その上で,「シリンダー方式のみが衝突を回避することが可能である」という誤った前提に基づくものである。
また,本件特許出願前のダウンコイラーには,「板厚を越えない範囲でのギャップを形成して段差部の通過を待機する」という技術しか存在していなかった。「ストッパー方式」と「シリンダー方式」との間には,何らの技術的な相違はなく,単に,ギャップが「ストッパー」によって形成されるか「シリンダー」によって形成されるかという相違が存するのみであるから,方式の相違をもって,要旨変更の判断基準とするのは誤りである。
(ウ) 以上によれば,本件明細書に記載された発明は,要旨を変更したものではなく,本件特許の出願日は昭和53年8月14日となる。要旨変更を理由にした被告の無効理由の主張は失当である。
(3) その他の抗弁 ア 先使用の抗弁 (被告の主張) 前記(2)のとおり,本件発明は補正により要旨を変更したものであるので,本件特許の出願日は,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条の規定により,発明の要旨を変更した手続補正書が提出された昭和61年7月25日に繰り下がる。そして,仮に被告製品が本件発明の構成要件をすべて充足しているとした場合,被告が昭和56年ころから被告製品を製造,販売していることは争いがないので,被告は本件特許の出願日以前から実施していることとなって,先使用が成立し,被告は本件特許権について通常実施権を有する。
(原告の反論) 本件特許出願過程での手続補正に違法はなく,要旨変更とはならないから,出願日が繰り下がることはなく,昭和53年8月14日が出願日となるから,被告が被告製品を昭和56年ころから製造,販売していたとしても,先使用が成立することにはならない。
イ 自由技術の抗弁 (被告の主張) 本件特許出願以前に存在する乙9記載の装置は,被告製品と同じシリンダー方式である。乙9の記載によれば,ストリップの板厚がそのまま後退距離となるのではなく,それから演算された距離が後退距離となるとされているから,同装置は設定により後退距離を変化させられるようになっているはずで,ラッパーロールを板厚以上に後退させることができるものといえる。仮に,乙9記載の発明そのものが,ストリップの厚み分だけ後退位置とする構成を有するものとしても,ストリップの厚み分以上に後退させることは,シリンダー方式では自明であり,当業者であれば乙9について後退距離を板厚以上と設定して使用することができるはずである。また,検出器の位置を本件発明のように,マンドレルの前でストリップの先端を検出するようにすることは乙9には直接記載はないが,周知であり(乙5),乙9との実質的な相違点とはいえない。被告は,公知である乙9に開示の装置を製造,販売しているだけであり,本件特許権の効力は及ばない。
(原告の反論) 乙9の図面に記載された装置と被告製品とは相違した装置であり,その主張は失当である。
(4) 損害額 (原告の主張) ア 不法行為における損害額 (ア) 法102条2項の損害 被告は,本件特許権の出願公告日である昭和62年11月19日から同特許権が消滅した平成10年8月14日までの間に,被告製品を26基製造,販売した。その総販売価格は金128億9130万円以上であり,被告はこのうち,10パーセントに相当する金12億8913万円以上の利益をあげ,原告は同額の損害を受けた。
(イ) 法102条3項の損害 原告と被告は,昭和59年4月2日,ワークロールシフト式圧延機に関して原告が保有する特許権(特許第8362270号を基本特許権とする34件〔出願中のものも含む。〕)について,実施料率を被告製品価格の10パーセントとして,特許実施許諾契約を締結した。帯鋼の巻取装置は,上記圧延機と同様,製鉄所内で使用される装置であり,その実施料率についても同様に10パーセントと解すべきところ,本件では,被告が本件特許権の侵害を否認し続けたために本件訴訟にまで発展したという特殊性があり,実施許諾契約を締結する場合と同様に解することはできないので,実施料率は,15パーセントとし,これを被告製品の販売価格に乗じた金額をもって実施料相当額の損害というべきである。
そして,被告が製造販売した26台の被告製品の総販売価格が86億6832万4000円であることは当事者間に争いがないので,本件における実施料相当額の損害は,13億0024万8600円となり,原告は,このうち金12億8913万円について一部請求する。
イ 不当利得における損害額 被告は,被告製品26基を製造,販売することにより,上記ア(ア)記載の利益を得,原告は同額の損失を被った。
被告製品は,本件発明の技術的範囲に属しているから,原告の損害は被告の利得と因果関係があり,無権限の実施によるものであるから,被告の利得は法律上の原因を欠く。
被告は,自ら,本件特許に対し,特許異議の申立てを行うなど,本件発明の権利内容を認識しながら,被告製品の製造,販売を継続して,悪意により不当利得した。よって,同額の返還義務がある。
(被告の反論) ア 不法行為における損害額について (ア) 法102条2項について 被告が平成元年ないし同9年までの間に販売した26台の被告製品の総販売価格は86億6832万4000円であり,このうち,被告が得た利益額は,4億2674万6300円である。
原告は本件特許権について実施していないので,102条2項の推定を受けることはできない。
(イ) 法102条3項について 原告主張の圧延機に関する実施許諾契約は,特殊事情の下に締結されたものであり,これを本件特許権の実施料の基準とすることはできない。すなわち,原告が技術的に優位だった圧延機とは異なり,本件の帯鋼の巻取装置に関する技術は圧倒的に被告が優位であること,本件発明は,被告製品に技術的範囲が及ぶように補正が繰り返された結果特許されたこと,原告は本件特許権について実施していないこと,本件訴訟の対象となる特許権は1件のみであるが,圧延機に関しての実施許諾契約は,外国の対応特許も含めて34件の特許権を対象とするものであったこと,同実施許諾契約以後,対象権利の存続期間満了に伴い実施料率は4パーセントに改定されていること,通常鉄鋼関連の特許権の実施料率は3パーセント前後であることなどの事情によれば,本件特許権の実施料率は1パーセントを超えることはない。
イ 不当利得における損害額について 争う。
(5) 消滅時効 (被告の主張) 原告は,本件出願の公告前から被告製品の構成を知っており,別紙4「製造販売目録」記載の各販売直後に同製品の販売の事実を知った。したがって,原告の不法行為に基づく損害賠償請求権は,仮にその発生が認められるとしても,被告製品の上記各販売の直後から3年を経過したことにより時効消滅した。同目録記載のNo.15ないし34につき,消滅時効援用する。
原告の不当利得返還請求権は,仮にその発生が認められるとしても,被告製品の上記各販売から10年の経過により時効によって消滅した。同目録記載のNo.15ないし18につき,消滅時効援用する。
(原告の反論) 被告の主張は否認ないし争う。
不法行為に基づく損害賠償請求権についての消滅時効は,以下のとおり完成していない。
すなわち,原告は,被告の製品の構造を,甲3の1ないし6によって把握することはできたが,被告製品の販売直後に,同製品が実際に製造,販売されたことやその販売先がどこかについては全く知らなかった。被告製品は,1基約5億円弱の大規模な製品であり,いずれも製鉄所内で使用される上,その製造,販売には長年月を要し,大量生産品のように日々製造され,市場に大量に出回るようなものとは異なる。このように,被告製品は,原告の全く関知し得ない時期,場所,態様において,密かに生産,販売されたのであり,原告にとって,その存在を認識することは不可能であった。民法724条所定の不法行為の短期消滅時効の起算点は「損害及び加害者を知りたる時」,すなわち,現実の提訴可能性を生じた時であり,本件のように不法行為の存在自体を認識できないときは提訴可能性も生ぜず,「損害及び加害者を知りたる時」には当たらない。原告は,平成9年3月17日,被告のカタログ及び納入リスト(甲4)を入手し,同カタログにより,初めて,被告が被告製品を製造,販売している具体的事実を知るに至ったのであり,この時点が「損害及び加害者を知りたる時」に当たる。したがって,民法724条所定の短期消滅時効の起算点は,平成9年3月17日というべきである。そして,原告は,同12年3月10日付け内容証明郵便で,被告に対し裁判外の請求をし(甲5),その後本件訴訟を同年4月3日に提起したから,同請求の時点で消滅時効は中断したといえる。
また,民法724条の短期消滅時効の加害者保護の趣旨に照らせば,加害者において短期消滅時効の保護を受けることが信義則に反する場合には時効援用信義則違反ないし権利濫用として許されないというべきである。原告は被告の製造販売を全く関知し得ない状況の下で,被告との間で被告製品が本件特許権を侵害するか否かについて技術論争をしたが,その過程で,被告は,製造,販売の事実を明らかにせず,被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないと主張し続けていた。このような状況下で,被告が消滅時効援用をすることは信義則に反し許されない。
不当利得返還請求権の時効消滅の主張についても否認ないし争う。
争点に対する判断
1 被告製品の構成について 被告は,被告製品の構成のうち,別紙1「被告製品目録」の3「構造の説明」(3)「AJC制御システム構成部分」e-1中の下線を付した部分について,以下のとおりの理由から,「所定の位置」と特定すべきであると主張する。
すなわち,被告は,同目録第3図は,被告製品の一使用例にすぎず,ユーザーにおいて,ラッパーロールの移動距離を自由に設定することができるから,被告製品の構成について「ストリップ段差部の寸法を越えた所定の位置」まで移動すると特定するのは相当でなく,「所定の位置」まで移動すると特定すべきであると主張する。
しかし,@被告製品は,同目録の3「構造の説明」(3)「AJC制御システム構成部分」e-1において,「ラッパーロールの位置が・・・所定の位置に到達すると,・・・ラッパーロール4a,4b,4c,4dは空中に静止する。そのままT3時間だけ各ラッパーロール4a,4b,4c,4dは所定の位置に静止し,当該段差部10bが各ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過するのを待ち,・・・」とされて(争いがない),作動の際に,ラッパーロールが段差部に衝突することを回避する構成が採用され,衝突の回避のためには,被告が自ら提示した被告製品目録添付の第3図のとおりに,ラッパーロールをストリップ段差部の寸法を超えた所定の位置だけ移動させることが合理的であるといえること,A被告製品は,被告製品目録添付の第3図の「ラッパーロール変位S」に示されているように,各制御時間とともに,案内片がストリップ段差部を超えた位置まで移動し,その後内方(ストリップ表面)に移動することが明確に示されていること(争いがない)等に照らすならば,ラッパーロールを「ストリップ段差部の寸法を越えた所定の位置」だけ移動させると特定するのが相当であって,被告の同主張は採用できない。
また,被告は,帯鋼の薄いもの(例えば,厚さ1.5oのもの)の場合,段差部より大きい距離を移動させないこともあると主張する。しかし,@甲4中の販売実績の表には,厚さ1.5oのものが示されていないこと,Aむしろ,甲4には,被告製品では,ラッパーロールが段差部より大きい距離移動する制御が行われていることが,図面とともに明記されていることに照らすならば,被告の同主張は採用できない。
以上のとおり,被告製品において,ラッパーロールは,ストリップの段差部の寸法を超えた位置まで移動していると認めるべきである。
2 構成要件の充足性について (1) 構成要件Dの充足性 ア 構成要件Dの解釈 当裁判所は,構成要件Dの「演算機で算出された通過時期」に基づいて操作信号を出力することについて,「演算機で算出された通過時期のみ」に基づいて操作信号を出力することと限定的に解釈することはできないと判断する。
その理由は,以下のとおりである。
被告は,原告が本件出願の過程で提出した昭和59年10月15日付け意見書(乙1)において,本件発明の作用効果は,位置制御を排して,時間制御を行うことで,短時間の制御を目指したものである旨述べており,この出願経過に鑑みれば本件発明の「通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器」とは,帯鋼先端の通過時期に基づいて決定される操作信号を直接サーボ弁に出力してサーボ弁の作動を時間的に制御するものに限定されると主張する。
乙1によれば,原告は,本件特許出願の過程で拒絶理由通知を受けたことに対して,引用例との違いについて,「引例に記載の発明は,ラッパ・ローラをストリップの厚みだけ後退させるという位置制御を行っており,本願発明が非常に短かい時間だけ帯鋼と案内片を離間させるという時間で制御しているのとは異なる。」と意見を述べている。確かに,同意見書からは,本件発明は,案内片の移動の位置制御を行わないことの利点を強調していることが窺える。
しかし,意見書(乙1)を根拠に,時間的に制御するものに限定されると解釈することはできない。すなわち,本件明細書には,案内片を従来例のようにストリップ段差以下しか持ち上げないときは,案内片が跳ね上がって振動し押圧時間が短くなる(離間時間が長くなる)のに対し,本件発明では,離間するのは短時間であって,押圧時間を十分に確保できるという作用効果が記載され,さらに,マンドレルの1回転の時間は,0.2secであるのに対し,離間している時間は,0.02secの短時間であることが記載されている。他方,意見書では,「即ち,通常のストリップ巻取速度におけるマンドレルの1回転は約0.2secであり,本願発明の案内片と帯鋼表面が離間している時間はせいぜい0.02sec程度であるから十分な巻付力が得ることができるのに対し,引例の位置を制御する方法ではフィードバック制御をしながら位置決めする必要があり本願発明のような短かい時間で制御することは不可能である。従って,引例は,ゆっくりとしたマンドレルの回転で巻取る際には十分な巻付力を得ることはできるが,本願発明の対象としているマンドレルの回転速度には対応できない。」と記載されている。
このように,意見書は,帯鋼と案内片の離間する時間を短時間にすることによって十分な巻付力を得ることができるが,引用例(乙9)では,短かい時間での制御が不可能であって,本件発明のようなマンドレルの回転速度には対応できない旨の本件発明の作用効果を強調したもので,位置制御することを除外した趣旨を述べたものということはできない。
被告は,本件発明は,ストッパー方式に関するもので,シリンダー方式で採用される位置制御を排したものであるとして,構成要件Dを通過時期「のみ」に基づいた制御のものに限定解釈すべき旨主張する。しかし,後記3(3)ウに記載するとおり,本件発明をストッパー方式のみに限定する根拠はないから,被告の主張はその前提において採用できない。
また,乙10の記載が,本件発明の技術的範囲を限定解釈する根拠となり得ないことも明らかである。
イ 対比 被告製品は,被告製品の構成b,c,d及びe-1のとおり,「案内片の存在すべき位置を示す位置指令信号を印加するタイミングは段差予測信号によって決まり,段差予測信号は,帯鋼先端の通過時期と関連づけられており,位置指令信号と位置検出信号の差がサーボ弁の操作信号となるものである」から,構成要件Dの「前記演算機で算出された通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器」を具備する。被告製品において位置制御が行われているとしても,本件発明の構成要件Dが時間制御のほかに,位置制御を行うものを排除していない以上,被告製品の構成dが本件発明の構成要件Dを充足するとの判断に消長を来さない。
(2) 構成要件Eの充足性 ア 構成要件Eの解釈 (ア) 被告は,本件出願では,要旨変更を伴う補正が行われた結果,本件明細書の「特許請求の範囲」の記載を文言どおりに理解すると,「発明の詳細な説明」欄の〔発明の実施例〕が本件発明の技術的範囲に入らないこととなり,本件特許は明らかな無効理由を有することになる。仮に,本件特許に無効理由が存しないように構成要件Eを理解するとすれば,構成要件Eにおける「駆動装置」は,案内片をコイルから離す「第1の駆動装置」と,案内片をコイルに押し付ける「第2の駆動装置」を必須とする構成に限定されると解すべきであると主張する。
(イ) そこで,特許請求の範囲第1項の記載と実施例の記載の間に齟齬があるか否かについて検討する。
特許請求の範囲第1項において「駆動装置」は,@前記コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくすること,A且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させること,B該案内片を移動操作させる液圧シリンダと,この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなること,C指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることと規定されている。他方,本件明細書の発明の詳細な説明欄には,「急速開閉装置」が「サーボ弁」と「液圧シリンダ」からなることが記載され(4欄42ないし43行,6欄6ないし8行),また,「サーボ弁はこの指令に基づいて,ピストン84を移動し,・・・レバー78を持ち上げる。・・・段付部を通過直後に計算機100はサーボ弁91に指令を出す。サーボ弁はこの指令に基づいてピストン84を移動する。このピストン84の移動によって,ラッパーフレーム57は再びシリンダ66の圧力によって,ラッパーローラ54がコイル表面に押圧される如く移動する。」(8欄13ないし24行)と,第5図とともに記載されている。これらの記載によれば,特許請求の範囲における「駆動装置」「液圧シリンダ」「指令器」「案内片」は,順に,実施例における「急速開閉装置83」「液圧シリンダ85(ピストン84を備えたシリンダ)」「計算機100」「ラッパーローラ54」に対応していることが明らかである。
実施例における「急速開閉装置83」は,「ピストン84の移動によって・・・ラッパーフレーム54がコイル表面に押圧される如く移動する」との記載に照らすならば,液圧サーボ弁91に駆動されるシリンダ85のピストン84(急速開閉装置の構成要素)の動きに,ラッパーローラ54がレバー78を介して追随しているから(すなわち,急速開閉装置83のピストン84がラッパーローラ54を移動させていると解されるから),上記Aの要件を具備している。また,「急速開閉装置83」が@,B及びCの要件を具備していることも明らかである。
なお,シリンダ66については,「ストリップ2をマンドレル51に押付け,ストリップを巻取る力は油圧又は空気圧等を発生するシリンダ・・・66を連接棒・・・を介してラッパーフレームに伝達することによって得る」(7欄16〜19行)とされるように,急速開閉装置83が液圧サーボ弁による積極的な制御をされているのに対し,単に1方向への力を付与するもので,動力源も液圧に限らず,空気圧等でもよいものである旨が記載されており,補助的なものと解して何ら差し支えないものといえる。
以上のとおり,構成要件Eにおける「駆動装置」は,実施例における「急速開閉装置」に相当しており,特許請求の範囲第1項の記載と実施例の記載とは齟齬がない。したがって,構成要件Eについて,被告の主張のように,案内片をコイルから離す「第1の駆動装置」と,案内片をコイルに押し付ける「第2の駆動装置」を必須とする構成と解すべき根拠はないというべきである。
イ 対比 被告製品の構成のe-1及びf-2の油圧サーボ弁は,本件発明の構成要件F-2の液圧サーボ弁に該当し,同構成f-1の油圧シリンダは,これを駆動することにより同構成a-1の案内部材を移動操作するものであるから同構成要件F-1の液圧シリンダに該当する。
被告製品のe-1の油圧サーボ弁及びf-1の油圧シリンダからなる駆動装置は,位置制御モードAにおいては,2巻目以降5巻目までは,第3図に示すように,前記ストリップ10の前記段差部10bが前記各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過する前に,該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aから離間する方向に該段差部10bを越えて回避するように該案内部材3a,3b,3c,3dを移動させ,当該段差部10bが各ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過した後は,速やかに該ラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接近する方向に移動させるべく該案内部材3a,3b,3c,3dを移動させ,ストリップ表面10aに接触させる。このため,ストリップ段差部10bは各ラッパーロール4a,4b,4c,4dに衝突することなく通過し,本件発明の構成要件Eのコイル段付部の段差寸法より大きな距離だけ移動している。同様に被告製品の駆動装置は,押付力制御モードBでは,本件発明の構成要件Eのように,ラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接触した後に,速やかにロール押付力制御により該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aに対して所定の圧力で押圧するようにする。
以上から,被告製品の構成のe-1及びf-1は,本件発明の構成要件Eを充足する。
(3) その他の構成要件の充足性 被告製品の構成b及びcによれば,被告製品には,ストリップ10の先端位置を検出するレーザー検出器11,同ストリップの走行速度を検出する速度検出器12及びこれらにより検出された信号の入力を受けて,ストリップ10の先端(2巻目以降はストリップ段差部10b)が各ラッパーロール4a,4b,4c,4dに夫々到達する時期を予測演算するトラッキング演算手段16が備わっている。
よって,被告製品の構成b及びcは,本件発明の構成要件B及びCをそれぞれ充足する。
また,被告製品目録3(2)及び(3)並びに同目録添付の第1及び第2図によれば,被告製品の構成f-2の油圧サーボ弁は油圧シリンダを駆動するので,本件発明の構成要件F-2の液圧サーボ弁に該当し,同構成f-1の油圧シリンダは,これを駆動することにより同構成a-1の案内部材を移動操作するものであるから,同構成要件F-1の液圧シリンダに該当し,さらに,同構成d及びe-1によれば,被告製品の構成f-3は,ラッパーロール制御手段17a,17b,17c,17dから出力される指令信号に基づき油圧サーボ弁を作動し,案内部材3a,3b,3c,3dの移動を制御する構成を有するので,同構成要件F-3を充足する。
3 明らかな無効理由の存否 (1) 争点(2)ア(記載不備)について 前記2(1)ア記載のとおり,構成要件Eにおける「駆動装置」は,実施例における「急速開閉装置」に対応しており,特許請求の範囲第1項の記載と実施例の記載が齟齬することはないといえるから,本件特許に記載不備の明らかな無効理由は存在しない。
この点に関する被告の主張は採用できない。
(2) 争点(2)イ(進歩性の欠如)について ア 本件発明は,乙3記載の西独公報発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができるものとはいえず,明らかな無効理由を有するとはいえない(なお,乙3は,西独特許出願公開明細書(Offenlegungsschrift)第2158721号であり,原告が参考資料として提出する特許出願公告明細書(Auslegeschrift)第2158721号とは異なる。)。
その理由は以下のとおりである。
イ 本件発明と西独公報発明とを対比すると,本件発明の構成要件Eにおいては,「コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して・・・通過した後に・・・半径方向内法に移動」させるのに対して,西独公報発明は「ストリップの厚み分だけ」移動させる点において相違する。
すなわち,本件発明は,従来技術において,案内片の移動量が板厚と等しい場合も含めて,それより小さかったため,案内片(ラッパーローラ)がコイル表面で振動することがあり,この問題点を解決するために,コイル段差部の通過時期に合わせて,案内片を段差部より大きな距離移動させて,通過後,案内片を移動してコイルに押圧するという解決手段を採用し,コイルの段付部と案内片との間の衝撃を確実に回避して,案内片との衝撃に起因した帯鋼先端部の重ねきずの発生並びに案内片の振動を抑制すると共に,案内片がコイル表面を押圧する時間を十分確保するという作用効果を達成したものである。
これに対し,西独公報発明においては,「押圧ローラは,ストリップの厚みだけ持ち上げられるように定められている。」(乙3訳文の1頁下から2行〜末行,同5頁の特許請求の範囲9,10行)と記載されるように,押圧ローラ(案内片)は,段差部の通過時には,段差と同じ距離だけを移動させて,その後押圧するものである。したがって,本件発明の「コイル段差部の通過時期に合わせて,案内片を段差部より大きな距離移動させて,通過後,案内片を移動してコイルに押圧するという」解決手段を備えず,本件発明の「帯鋼の板厚に誤差があったり帯鋼の先端にまくれ上がりが生じていた場合でも,帯鋼の巻取時に案内片に働く衝撃を緩和して案内片の振動を低減できるものとなる」(本件明細書9欄6〜9行)効果を奏することがない。
ウ 西独公報発明は,段差部での押圧力変化によってストリップ表面に条痕を残すことを防止するために,段差部の厚み分だけ押圧ローラを移動させるもので,本件発明のような,段差部の厚みを移動させた場合でも,案内片がコイル表面で振動し,押圧時間が十分に取れない等を解決するという課題とは異にし,そのための,案内片の移動距離を段差部よりも大きくし,さらに,段差部通過後に内方へ移動し押圧するという手段を備えないものであるから,西独公報発明に基づいて本件発明が容易に想到できたとはいえないと解すべきである。
以上のとおり,本件発明は,西独公報発明と対比して,発明の目的,課題,その課題解決手段,作用効果が相違するので,本件発明は,西独公報発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえない。
(3) 争点(2)ウ(要旨変更)及びエ(先使用)について ア 被告は,本件発明については,数度の補正を経た結果,出願当初明細書における「急速開閉装置」が「駆動装置」とされ,また「液圧シリンダ」の機能又は作用が変更されたことが,要旨変更に当たると主張する。 しかし,被告の主張は,以下のとおり採用できない。
(ア) 本件特許の出願当初の明細書(乙6,公開特許公報,出願当初の明細書と内容は同じである。以下「当初明細書」という。)には,以下のとおりの記載がある。
「特許請求の範囲」第4項には,「急速開閉装置」が「案内片の位置を設定する液圧シリンダと前記液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり,前記検出器の信号によって前記液圧サーボ弁を作動して案内片の位置決めを行う」と記載され(1頁右欄7ないし11行),同第3項には,「前記検出器と急速開閉装置によって段付部が案内片を通過する時に案内片と巻胴の間隙を大きくさせ,通過直後に再び案内片と巻胴の間隔を小さくして案内片で帯鋼を巻胴に押圧すべく構成した」と記載され(同欄1ないし5行),「発明の詳細な説明」欄2頁右下欄8行ないし15行及び第1図には,「本発明では,サーボ弁と流体圧シリンダからなる急速開閉装置を用いてラッパーローラがコイル段付部に到達する直前に図中54’の位置まで約板厚hの半分だけラッパーローラを急速にコイル表面から離間させ,段付部を通過直後に再びラッパーローラを図中54''の位置まで降下させコイル表面に押圧するものである。」と記載され,同4頁左下欄3行ないし13行及び第5図には,「サーボ弁はこの指令に基づいて,ピストン84を移動し,ラッパーローラ54がコイル表面に接しない程度又はラッパーローラに衝撃が加わらない程度にラッパフレーム57のレバー78を持ち上げる。次に,ラッパーローラ54がコイルの段付部を通過直後に計算機100はサーボ弁91に指令を出す。サーボ弁はこの指令に基づいてピストン84を移動する。このピストン84の移動によって,ラッパーフレーム57は再びシリンダ66の圧力によって,ラッパーローラ54がコイル表面に押圧される如く移動する。」と記載されていた。
(イ) 昭和61年7月25日付け手続補正書により,特許請求の範囲の記載が訂正され,同補正書記載の特許請求の範囲第2項が,本件明細書の特許請求の範囲第1項とほぼ同様の記載となった(コイル段付部の案内片の通過の時期を「直前,直後」とするか,単に「前,後」とするかの違いがあるだけである。)。
それによれば,当初明細書の「急速開閉装置」が「駆動装置」とされ,さらに「駆動装置」は,@コイルの段付部が該案内片を通過する(直)前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくするものであること,Aコイル段付部が該案内片を通過した(直)後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させるものであること,B案内片を移動操作させる液圧シリンダと,液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなるものであること,C指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることと規定された。
(ウ) 上記の経緯に照らすならば,本件明細書における「駆動装置」の各要件のうち,@,B及びCの点が,当初明細書及び図面に記載されていることは明らかである。
また,Aの点についても,当初明細書の「特許請求の範囲」第3項3の「急速開閉装置によって・・・通過直後に再び案内片と巻胴の間隔を小さくして案内片で帯鋼を巻胴に押圧すべく」との記載,「発明の詳細な説明」欄の「ピストン84の移動によって・・・ラッパーフレーム54がコイル表面に押圧される如く移動する」との記載(4頁左下欄10ないし13行)及び第5図によれば,液圧サーボ弁91に駆動されるシリンダ85のピストン84(急速開閉装置83の構造の一部)がレバー78を介してラッパーローラ54をコイルの半径方向内方へコイル表面に押圧するように移動させているといえることから,当初明細書及び図面に記載されているということができる。
(エ) そうすると,本件明細書の特許請求の範囲第1項の「駆動装置」,「液圧シリンダ」は,当初明細書及び図面に記載された「急速開閉装置」「液圧シリンダ」に相当し,上記補正が,当初明細書又は図面の要旨を変更したと解することはできない。
イ また,被告は,@当初明細書における「急速開閉装置」は,シリンダ64ないし66の押付力に抗して案内片をコイルから離す装置であり,いわば「開放装置」にすぎなかったものを,補正によって,「駆動装置」として,案内片をコイルに押し付ける機能とコイルから引き離す機能を兼ね備えるものとして記載されたのであるから,「急速開閉装置」を「駆動装置」とすることは要旨変更になる旨,A当初明細書における液圧シリンダは,ラッパーローラの一端を位置決めし,コイルの段付部が案内片を通過する時にラッパーローラがコイル表面に押し付けられないように支点を中心にして回転させる機能しか有していなかったにもかかわらず,昭和60年11月27日付け手続補正書により,本来シリンダ64ないし66が有していた「案内片を移動する」又は「移動操作させる」機能をも有するようにされた点において,いずれも,要旨変更に当たる旨主張する。
しかし,被告の同主張は,以下のとおり採用できない。
まず,@の点については,急速開閉装置が,単なる開放装置とは異なり,案内片をコイルの半径方向内方へ移動しコイル表面を押圧する機能を有することが当初明細書及び図面に記載されていることは,前記のとおりであるから,その主張は理由がない。また,Aの点については,液圧シリンダ85について,当初明細書にはその旨の記載は存するものの(「特許請求の範囲」第4項及び「発明の詳細な説明」欄4頁左上欄12行ないし14行),液圧シリンダの機能,作用はこれに限定される趣旨と理解するのは相当でなく,上記のとおり,案内片を移動する機能,作用を有することが理解できるのであるから,被告の主張は採用できない。また,シリンダ64ないし66が積極的にラッパーローラの移動を行うものでなく,力を提供するだけの補助的なものというべきであることは,前記2(2)のとおりである。
この点についての被告の主張は失当である。
ウ さらに,被告は,当初明細書記載の発明は,押圧のみを行うシリンダーとこのシリンダーの押圧を制限するためのストッパーを設けたストッパー方式であったが,補正により,1つのシリンダーが押圧しかつ後退する機能を有するシリンダー方式のものとされた点において,同補正は要旨変更に当たると主張する。
しかし,被告の同主張は,以下のとおり採用できない。
すなわち,当初明細書においては,ストッパー方式に限られることやストッパー方式を前提とするような記載は何もない。
当初明細書には,「(ダウンコイラにおいては)・・・段付部をラッパーローラが通過する際には,・・・コイル表面からはね上がり,コイル表面で振動しながら再びコイルを押圧する。」(2頁左上欄8〜12行)と記載され,「本発明の目的はかかる従来技術の欠点を解消し,ストリップ巻取り時の衝撃を緩和し,同時にストリップの巻付性能を向上させることにある。」(同頁左下欄10〜12行)とされ,さらに,実施例の説明に際し,従来技術との対比を挙げ,「(第2図において)従来はラッパーローラのマンドレル外周からの高さは板厚hに対し,0.8h・・・1.0hに設定し,・・・板厚より狭いすきまにストリップが噛込んだ瞬間に・・・ラッパーローラはラッパーフレームに弾性支持されているため,・・・破線Cの如く振動することになる。」(3頁左上欄11行〜右上欄3行)と記載され,段付部をラッパーローラが通過するときに,その移動距離が段差部と等しいかそれ以下では,ラッパーローラがコイル表面を振動する問題点があることが述べられている。そして,第1図,第2図のように,ラッパーローラを段差部より以上に移動させることで,問題点の解決を図ったことが記載されている(2頁右下欄8〜13行)。
上記の発明の課題,解決手段は,本件発明と同じであり,しかも,ラッパーローラを段差部よりも大きく移動させなければ,上記問題が解決されないことについては,シリンダー方式であっても何ら異なる点はない。当初明細書には,ストッパー方式,シリンダー方式に特有の問題点や解決手段が記載されているわけではない。
以上のとおり,補正による明細書又は図面の要旨変更はないというべきである。
4 その他の抗弁 (1) 先使用の抗弁 上記のとおり,上記補正に明細書又は図面の要旨変更はないと考えられるため,出願日が繰り下がることはなく,先使用権の主張が成立する余地はない。
(2) 自由技術の抗弁 被告の自由技術の抗弁は,その主張において失当であるか否かはさておいて,被告製品の構成と乙9の構成とは異なるので,被告の主張は理由がない。
すなわち,公知技術である乙9には,厚物ストリップの巻取りに際して,巻込側にトップ・マークの発生を伴わずに巻取る方法に関する,コイル巻取方法が開示され,その「特許請求の範囲」には,「複数のラッパ・ロールの圧接位置を単独にもしくはグループごとに調整可能に設け,ストリップのトップを巻付けたマンドレルが回転するとき回転周期の複数箇所においてストリップのトップが通過する時点を電気的に検出すること,ストリップのトップが巻付けられている部位の到来に対応する配置にあるラッパ・ロールの押付け位置を前記検出信号の指令によって巻取ストリップの厚み分だけ単独にもしくはグループごとに後退させること,を特徴とするコイル巻取方法。」と記載され,「発明の詳細な説明」欄2頁右下欄3ないし4行には,ラッパ・ロールをストリップの厚みだけ後退させることが記載されている。乙9の発明は,巻取るストリップにトップ・マークが発生することを防止するために,ラッパロールを段差と同じ距離だけ移動させるものであるのに対して,被告製品は,段差寸法より大きな距離を移動させる構成を採用している点において相違する。
被告は,乙9の発明は,段差以上にも後退させ得ると主張するが,乙9には,ストリップの厚みだけを後退させ,それによって,「コイルの巻取厚の増加に対応したラッパ・ロールの取付け位置が自動的に提供されるから,コイルの巻取表面に対するロールの押付け力は,段差部,非段差部を問わず一定となり,トップ・マークの発生が防止できる」と明記されており(2頁右下欄9ないし14行),段差以上に後退させることまでも想定したものでないから,被告主張は理由がない。
したがって,被告製品は,出願前公知である乙9の公開特許公報記載の発明と同一であるということはできず,この点の被告の主張は理由がない。
5 争点(4)(損害額)について (1) 以上のとおり,被告製品の構成は本件発明の構成要件をすべて充足し,かつ,被告主張に係る抗弁は理由がない。
したがって,原告は被告に対して,本件特許出願公告日である昭和62年11月19日から本件特許権が消滅した平成10年8月14日までに,被告が製造,販売した,別紙製造販売目録記載のNo.15ないし40記載の被告製品について,本件特許権侵害に基づいて損害賠償請求をすることができる。
(2) そこで,損害の額について検討する。
争いない事実,証拠(甲2,21及び22)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告製品の販売価格は,別紙4「製造販売目録」記載のNo.15ないし40の26台分の金86億6832万4000円である(当事者間に争いがない。)。
イ 本件発明は,ホットストリップの巻取機に関し,従来技術(押圧ローラをストリップの厚み分だけコイルの半径方向に移動する技術)における問題点を解決するために,案内片をコイル段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動させるという構成を採ることにより,帯鋼の巻取り時に発生する帯鋼先端との重なりにより生じるコイルの段付部と案内片との間の衝撃を確実に回避して,案内片との衝撃に起因した帯鋼先端部の重ねきずの発生及び案内片の振動を抑制し,案内片がコイル表面を押圧する時間を十分確保して帯鋼の巻付性能を向上させる帯鋼巻取装置を提供することを目的とした発明である。
上記認定したとおり,@本件発明は,帯鋼の品質向上及び巻付性能の向上を実現することができる点において,その有用性及び重要性は決して小さくはないと評価できること,A他方,被告製品の価格は,1台当たり平均3億円を超え,本件発明の作用効果を奏する部分の他に重要な構成部分及び技術が含まれていると考えるのが合理的であること等からすれば,原告が被告に対して,自己の損害として請求することができる本件特許権の実施料率としては,被告製品の販売価格の5パーセント(1万円未満を切り捨てて算定した。)とするのが相当である(別紙2「実施料相当額・遅延損害金一覧表」参照)。
この点,被告は,原告と被告との間において,合計34件の特許権を対象とする実施許諾契約を,販売価格の10パーセントの実施料率により締結した例があり,そのような実例と比較するならば,本件特許権の実施料率は低率である旨主張する。しかし,それぞれ特許権の内容,技術的範囲及び有用性等によって,実施料相当額はそれぞれ異なるのであるから,被告の主張を採用することはできない。
以上のとおり,原告が被告に対して請求することができる損害賠償の額は金4億3335万円となる。
なお,遅延損害金は,各被告製品ごとに,その販売日から起算すべきである。そうすると,原告の主張のとおり,各製品の販売の日以降である各製品を納入した年の翌年の1月1日から起算すべきことになる。
(2) 原告は,法102条2項に基づく請求をする。本件全証拠によるも,被告製品を販売することによって得た利益の額で,上記(1)を超えた金額を認定することができない(むしろ,被告の認否によれば,NO.16,17,29,30,33,34,37ないし40の各取引によって,利益を得ていないことになる。)。
同項に基づく請求は認めることができない。
6 争点(5)(消滅時効)について (1) 不法行為に基づく損害賠償請求権は,損害及び加害者を知った時から3年を経過することにより時効消滅するが,損害を知った時とは,損害のみならず,加害行為が不法行為であることをもあわせて知った時を意味し(大判大7年3月15日民録24輯498頁),また,加害者を知った時とは,不法行為に基づく損害賠償請求権について短期消滅時効の特則が定められた趣旨に鑑み,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当であ」る(最二小判昭和48年11月16日民集27巻10号1374頁)。
以下,この観点から検討する。
(2) 証拠(甲3ないし5,10ないし20,枝番号の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
ア 原告は,昭和53年8月14日に本件特許出願をした。
原告は,昭和57年3月15日,「鉄と鋼」1982年(昭和57年3月号(68巻5号)を入手した。同書中には,被告の納入先である新日本製鐵株式会社の日本鉄鋼協会第103回講演大会での講演概要が所収され,それによると,ホットストリップミル・ダウンコイラー巻取技術において,ストリップの段差部を回避してストリップを押し付けるラッパーロール制御方式を実用化したことが(ストリップサイズ〔板厚〕6.2oに対し,0.05秒で10oの回避が可能と読める記述がある。),記載されている(甲3の5)。
イ 原告は,昭和57年11月27日に,同年9月被告発行に係る「石川島播磨技報」(22巻5号)を入手した。同書の349頁ないし355頁において,自ら実用化した油圧式ダウンコイラ(AJC COILER:Automatic Jumping Control Coiler)について,「本設備の第1号機は新日本製鐵株式会社大分製鐵所で,1981年10月から稼働を開始し,引き続き,同社八幡製鐵所および川崎製鐵株式会社千葉,水島両製鉄所で操業運転に入っている.」と記載され,同設備の構成の特徴として,「各ラッパロールがストリップ段差部を通過する時点は,トラッキング回路により予測され,それをもとにラッパロール制御装置へ指令信号が与えられてロールは段差部通過時のみ逃がされ,その後ただちにストリップへ押し付けられる(第16図).」と記載され,同第16図には,「ラッパロール変位」としてラッパローラのジャンプ量がストリップ段差部を超え,その後直ちにストリップ表面に押圧されることが明示されている(甲3の1)。
ウ 原告は,昭和57年10月29日,被告発行に係る「Iron and Steel Engineer」1982年(昭和57年)9月号を入手した。同書中には,被告と新日本製鐵株式会社による「ホットストリップダウンコイラの油圧ラッパーロール」についての報告が所収され,ラッパーロールのジャンプ量がストリップ段差部を越えていること(ラッパーロールの移動量3.0o,板厚2.7o)が図面とともに明示されている。そして,同設備は,新日本製鐵株式会社八幡,大分両製鉄所,川崎製鉄株式会社千葉,水島両製鉄所で稼働予定であることが記載されている(甲3の4)。
エ 原告は,昭和58年2月23日に,被告発行に係る「油空圧化設計」昭和58年3月号(21巻3号)を入手した。同書の50頁ないし56頁において,被告自ら開発実用化した新型油圧ダウンコイラについて,「AJCとは,ストリップ段差部直前でラッパロールをコイル表面から離し,段差部通過後に再びラッパーロールをコイルに押付ける制御のことであり」と記載され,図9には,「ラッパーロール変位」としてラッパーロールのジャンプ量がストリップ段差部を超えていることが明示されている。なお,同設備は,現在まで7基稼働されている旨が記載されている(甲3の3)。
オ 昭和62年11月19日,本件特許について出願公告された。
平成5年7月,被告は,「油圧と空気圧」(24巻4号)において,油圧式ダウンコイラーについて発表した(原告は,ほぼ同時期に同書を入手したものと推認される。)。同書の63頁ないし69頁には,「2巻き目以降,各ラッパーロールはストリップ先端部のトラッキングシステムからの指令を受け,位置制御で飛び上がって段差部を回避し,その後即座にコイルを押しつける.」と記載され,図8中の段差回避制御動作図には,ラッパーロールのジャンプ量がストリップ段差部を超えていることが明示されている。なお,それまでに,新設,改造も含めて25台のAJCコイラを製作した旨が記載されている(甲3の2)。
カ 平成7年11月20日以降平成12年2月24日に至るまで,原,被告間で,被告の製造,販売する製品(上記「石川島播磨技報」「油空圧化設計」「油圧と空気圧」記載の構造の設備を念頭に置かれた。)が本件特許権を侵害するか否かについての技術論争がされた。その過程で,被告は,一貫して,被告の製品は,案内片を段付部の段差寸法程度の距離だけコイルの半径方向外方に移動するもので,案内片の段差寸法の移動距離の点において本件発明の技術的範囲に含まれないと主張していた。また,上記各文献などに記載のラッパーロール変位図には,段付部においてラッパーロールが帯鋼の板厚より大きく移動している旨示されているが,段付部はラッパーロールによって押しつけられていないため段差寸法が板厚より大きくなっているので,ラッパーロールが段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動しているように見えるだけで,実際は段差寸法だけ移動している旨主張していた。
キ 平成9年3月17日,日本スタディツアー講演会が開催され,被告は「最近の圧延技術」について講演を行った。原告は,その際に,「RECENT HOT STRIP MILLS」と題する書面,製品カタログ「IHI AJC Downcoiler」及び「REFERENCE LIST」と題する納入リストを入手した。同書面中には,被告の製品のラッパーロールが板厚を超えてジャンピングして段差部を通過すること,本件特許出願公告後における同構造の製品26台(別紙4「製造販売目録」No.15ないし40)を含む昭和56年ないし平成12年までの製造販売実績(全42台)が記載されていた(甲4)。
ク 平成12年2月15日,原告から被告に対して,本件に関して和解の提案が持ち掛けられたが,同月24日,被告はこれを拒絶した。
原告は,被告に対し,平成12年3月10日付け内容証明郵便で,特許権侵害に基づく損害賠償請求をした。被告は,原告に対し,同月28日付けで,被告の製品は,本件特許権を侵害しない旨の回答をした。次いで,原告は,平成12年4月3日,本件訴訟を提起した。
(3) 上記認定した事実を基礎として判断する。
原告が,被告の本件特許権侵害行為(すなわち,被告が,本件特許出願公告の日以後に,別紙4「製造販売目録」記載のNO.15ないし40記載の各被告製品を販売した行為)について,損害賠償請求権を行使することが事実上可能な程度及び状況の下に,損害及び加害者を知ったといえるのは,平成9年3月17日であると解するのが相当である。
その理由は,以下のとおりである。
ア 確かに,本件特許の出願公告前における被告製品の販売行為については,昭和57年11月27日に原告が入手した同年9月被告発行の「石川島播磨技報」に,被告の製品におけるラッパロールのジャンプ量がストリップ段差部を超えているとの記載があること,及び原告が昭和58年2月に入手した被告発行の「油空圧化設計」昭和58年3月号に,同設備が当時新日本製鐵株式会社の八幡,大分両製鉄所,川崎製鉄株式会社の千葉,水島両製鉄所で7基(同目録記載のNo.1ないし7のとおり)稼働しているとの記載があることから,原告は昭和58年2月ころ,これらの製品が販売された事実を知ったということができる。
しかし,本件特許の出願公告日以降における被告製品の販売行為については,平成9年3月17日に,原告が被告製品の構造及び販売実績(全42台)の詳細を記載した被告作成に係る「REFERENCE LIST」と題する納入リストを入手するまでは,全く知る機会がなかったといって差し支えない。
イ 被告製品は,その性質上,販売先の工場内でのみ使用され,通常,契約当事者以外の第三者は,販売の有無及び販売の対象となった製品の構造の詳細を知ることはできない。平成5年7月の「油圧と空気圧」24巻4号には,25台のAJCコイラを製作した旨の記載があるが,この記載から,原告が,被告の具体的な販売行為及びそれによる損害の発生を把握することは困難といえる。
ウ 平成7年11月20日ころから,原,被告間で,本件特許権侵害の有無に関して,交渉が行われたが,原告は,被告の具体的な販売内容や被告製品の構造の詳細を把握していたわけではなく,むしろ,本件特許出願公告前に入手した文献に基づいて,特許権侵害に関する自己の意見を述べていたこと,これらの交渉に際して,被告は一貫して,被告の製品は,案内片が段付部の段差寸法程度の距離しか移動しない点で本件発明の技術的範囲に属しないと主張していたこと等の事実経緯によれば,裁判前の交渉が行われていたからといって,原告が被告製品の構造を知っていたということはできない。
以上のとおりであるから,原告は,別紙4「製造販売目録」のNo.15ないし40記載の被告製品の販売について,これを知った平成9年3月17日より3年を経過する前の平成12年3月10日付けで,被告に対し裁判外の請求をなし,さらに,その日から6か月を経過する前の同年4月3日に本件訴訟を提起したのであるから,消滅時効は完成していない。
7 結論 よって,主文のとおり判決する。
追加
【別紙1】被告製品目録1図面の説明第1図は,AJCダウンコイラ装置の全体構造を示す正面図である。
第2図は,AJCダウンコイラ装置における段差回避の制御システムを示すAJC(AutomaticJumpingControl)と称する制御システム(以下「AJC制御システム」という。)の構成図である。
第3図はAJC制御システムによるAJCダウンコイラ装置におけるラッパーロールの段差回避の状況を示す模式図である。
2符号の説明1・・・・・・・・・・・・・・・・・マンドレル2a,2b・・・・・・・・・・・・・ピンチロール2b・・・・・・・・・・・・・・・・下ピンチロール3a,3b,3c,3d・・・・・・・案内部材4a,4b,4c,4d・・・・・・・ラッパーロール5a,5b,5c,5d・・・・・・・スウィングフレーム6a,6b,6c,6d・・・・・・・回動軸7a,7b,7c,7d・・・・・・・シリンダロッド8a,8b,8c,8d・・・・・・・油圧シリンダ9a,9b,9c,9d・・・・・・・油圧サーボ弁10・・・・・・・・・・・・・・・・ストリップ10a・・・・・・・・・・・・・・・ストリップ表面10b・・・・・・・・・・・・・・・ストリップ段差部11・・・・・・・・・・・・・・・・レーザー検出器12・・・・・・・・・・・・・・・・速度検出器13a,13b,13c,13d・・・位置検出器16・・・・・・・・・・・・・・・・トラッキング演算手段17a,17b,17c,17d・・・ラッパーロール制御手段20・・・・・・・・・・・・・・・・制御盤21a,21b,21c,21d・・・圧力検出器22a,22b,22c,22d・・・圧力検出器23a,23b,23c,23d・・・指令信号24a,24b,24c,24d・・・開度指令信号3構造の説明(1)AJCダウンコイラ装置は,圧延機の下流側に設置されるダウンコイラと呼ばれる装置であり,帯状の薄板に圧延されたストリップを回転する円筒状のマンドレルに巻き取るための装置であり,第1図に示すような機械的構成部分と,この機械的構成部分から離れた場所に第2図に示すような制御盤20を備えたAJC制御システム構成部分からなっている。
(2)機械的構成部分a-1第1図左方向から圧延されて進行してきたストリップ10を,図中ピンチロール2a,2bを経由して,ダウンコイラ装置の回転駆動される円柱状のマンドレル1に導入し,3個乃至4個の案内部材3a,3b,3c乃至3a,3b,3c,3dを構成するラッパーロール4a,4b,4c乃至4a,4b,4c,4dでマンドレル1に押圧しながらコイル状に巻き取る装置である(以下,説明の便宜のため4個の案内部材を有するものについて説明する。)。
a-2前記各案内部材3a,3b,3c,3dは,前記マンドレル1の周囲に相互に間隔を置いて夫々配置されており,4個のスウィングフレーム5a,5b,5c,5dと前記ラッパーロール4a,4b,4c,4dからなる。
a-3前記各ラッパーロール4a,4b,4c,4dは,前記マンドレル1に導入された前記ストリップ10をマンドレル1表面との間に挿入するように,前記各スウィングフレームの一端である前記マンドレル1に面した側に回転自在に軸支されている。
a-4前記スウィングフレーム5a,5b,5c,5dは,その一方の端部が回動軸6a,6b,6c,6dによって枢軸支持されて,回動可能に取り付けられている。
f-1前記スウィングフレーム5a,5b,5c,5dの他端部は油圧シリンダ8a,8b,8c,8dのシリンダロッド7a,7b,7c,7dに取り付けられている。
f-2この油圧シリンダ8a,8b,8c,8dの油圧制御装置内には油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dが設けられている。
f-3後記ラッパーロール制御手段17からの指令信号に基づいて前記油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dを操作して前記各油圧シリンダ8a,8b,8c,8dを駆動し,前記各シリンダロッド7a,7b,7c,7dを介して前記各スウィングフレーム5a,5b,5c,5dを前記各回動軸6a,6b,6c,6dのまわりに回動させて,マンドレル1に対して前記各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを接近・離間させ,前記各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dの相対的な位置を夫々変更できるようになっている。
gストリップの巻取をするダウンコイラ装置である。
(3)AJC制御システム構成部分b前記ストリップ10が第1図左方向より進行してピンチロール2a,2bを経て前記マンドレル1に至る経路途中に,前記ストリップ10の先端部分が到達したことを検出するレーザー検出器11(第2図)が設置されており,さらに,該ピンチロール2a,2bを構成する下ピンチロール2bにはストリップ10の走行速度を検出する速度検出器12(第2図)が設置されている。
c前記レーザー検出器11が検出した前記ストリップ10の先端部分が到達した時点を示す信号,及び前記速度検出器12が検出した前記ストリップ10の進行速度の信号に基づいて,ストリップ10の先端位置を演算によって追跡して,ストリップ10の先端が各ラッパーロール4a,4b,4c,4dに夫々到達する時期を予測演算するトラッキング演算手段16が設置されている。該トラッキング演算手段16は,2巻目以降5巻目までは,前記マンドレル1に巻回された前記ストリップ10の先端が2巻目以降のストリップ10と重なる部分であるストリップ10の段差部10bの位置が各案内部材3a,3b,3c,3dの各ラッパーロール4a,4b,4c,4dに夫々到達する時期を予測演算する。
d前記トラッキング演算手段16で演算したストリップ10の前記段差部10bが各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを夫々通過する予測時期に基づいて,前記油圧シリンダ8a,8b,8c,8dを駆動する油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dに対して,各油圧シリンダを操作するための指令信号を出力する電気油圧制御手段であるラッパーロール制御手段17a,17b,17c,17dが設置されている。
e-1第3図に示すように,前記トラッキング演算手段16は,ストリップ10の前記段差部10bが,各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを夫々通過する予測時期をもとに段差予測パルスを生成し,そのパルスを起点に,各案内部材3a,3b,3c,3dの位置制御の応答時間を勘案して算出されたT1時間前に,該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ段差部の寸法を超えた所定の位置だけ移動させる指令信号23a,23b,23c,23dを作り,該指令信号23a,23b,23c,23dをラッパーロール制御手段17a,17b,17c,17dに送る。
前記ラッパーロール制御手段17a,17b,17c,17dは,該指令信号23a,23b,23c,23dを受け取ると,巻き取るストリップ10の厚みから予め定められた位置設定信号と各案内部材3a,3b,3c,3dの回動軸6a,6b,6c,6dに取り付けられた回転型位置検出器18a,18b,18c,18dの出力信号との差に,位置制御用の所定のゲイン定数をかけてサーボ弁9a,9b,9c,9dの開度指令信号を作り,サーボ弁9a,9b,9c,9dに送る。該開度指令信号24a,24b,24c,24dを受けて,サーボ弁9a,9b,9c,9dは油圧シリンダー8a,8b,8c,8dの反ロッド側,ロッド側へ流入,流出する圧油の量を制御して,シリンダーロッド7a,7b,7c,7dを動かし,スウイングフレーム5a,5b,5c,5dを回動させて各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dの位置を制御する。すなわち,各部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dの位置は,回転型位置検出器18a,18b,18c,18dの出力信号を位置指令信号と時々刻々と比較演算して得られる偏差信号で制御する位置フィードバック制御により制御される。
位置制御により該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aから離間させ,ラッパーロールの位置が位置設定信号で定められたストリップ段差部の寸法を超えた所定の位置に到達すると,位置設定信号と各案内部材3a,3b,3c,3dのスウイングフレーム5a,5b,5c,5dの回動軸6a,6b,6c,6dに取り付けた回転型位置検出器18a,18b,18c,18dの出力信号との差が零となる。すなわち,油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dへの該開度指令信号24a,24b,24c,24dが零となるので,該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dは空中に静止する。そのまま,T3時間だけ各ラッパロール4a,4b,4c,4dはストリップ段差部の寸法を超えた所定の位置に静止し,当該段差部10bが各ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過するのを待ち,段差予測パルスが生成したT2時間後に,制御モードは押付力制御に切り替わる。ラッパーロール制御手段17a,17b,17c,17dは,油圧シリンダ8a,8b,8c,8dと油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dとの間の配管19a,19b,19c,19dに取り付けられた圧力検出器21a,21b,21c,21dと,配管20a,20b,20c,20dに取り付けられた圧力検出器22a,22b,22c,22dとの信号をもとに,各シリンダ8a,8b,8c,8dの押付力を演算し,押付力設定信号と該押付力信号の差を演算して,それに押付力制御用の所定のゲイン定数をかけて油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dへの開度指令信号24a,24b,24c,24dとする。該指令信号により駆動された油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dは油圧シリンダ8a,8b,8c,8dへ圧油を送るが,押付力を発生させるために,初めは油圧シリンダ8a,8b,8c,8dの反ロッド側へ油が送り込まれ,ロッド側から圧油がサーボ弁9a,9b,9c,9dを通してタンク22へ戻っていく。そのため,各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dはストリップ表面10aに近付き,ストリップに接触すると,所定の押付力でストリップ10をマンドンル1に押し付ける。押付力は,該圧力検出器21a,21b,21c,21dと22a,22b,22c,22dの出力信号をもとに時々刻々と演算され,それが所定の押付力設定信号と比較され,その差で作られる開度指令信号24a,24b,24c,24dで油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dをフィードバック制御することにより,一定に保たれる。この位置制御と押付力制御を交互に繰り返して,各ラッパーロール4a,4b,4c,4dはストリップ段差部10bを回避した後,ストリップ10をマンドレル1に所定の力で押圧する。
e-2前記スウィングフレーム5a,5b,5c,5dに位置検出器13a,13b,13c,13dを夫々設置しており,位置制御モードAにおいて,該位置検出器13a,13b,13c,13dにより前記各スウィングフレーム5a,5b,5c,5dに取付けられたラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aから離間し,当該段差部10bが各ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過した後再びストリップ表面10aに接触するまでの移動量を夫々検出して,この検出されたラッパーロールの移動量をラッパーロール制御手段17にフィードバックするように構成されている。
4動作の説明(1)AJCダウンコイラ装置では,第2図に示すように,ピンチロール2a,2bを経由してマンドレル1に向かって進行するストリップ10は,AJC制御システムのレーザー検出器11でストリップ10の先端位置が検出され,また,速度検出器12でストリップ10の進行速度が検出される。
(2)そして,これらストリップ10の先端部分がレーザー検出器11に到達した時点の信号,及び前記速度検出器12で検出されたストリップ10の進行速度の信号に基づいて,トラッキング演算手段16にてストリップ10の先端部位置を追跡演算して,マンドレル1に巻回されたストリップ10の先端部の位置が各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dに夫々到達する時期を予測演算し,同様にしてストリップ10の先端部が二巻目以降のストリップ10と重なる部分であるストリップ段差部10bの位置がマンドレル1の周囲に配置された各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dに夫々到達する時期を予測演算する。
(3)このトラッキング演算手段16では,予測演算したストリップ10の先端部或いはストリップ段差部10bが各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dに夫々到達する時期を予測する。
(4)そして,2巻目以降5巻目までは,ラッパーロール制御手段17ではトラッキング演算手段16の予測演算に基づいて,第3図に示すように,前記ストリップ10の前記段差部10bが前記各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過する前に,該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aから離間する方向に該段差部10bを越えて回避するように該案内部材3a,3b,3c,3dを移動させ,当該段差部10bが各ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過した後は,速やかに該ラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接近する方向に移動させるべく該案内部材3a,3b,3c,3dを移動させ,ストリップ表面10aに接触させる(位置制御モードA〔Jumpingcontrol〕)。このため,ストリップ段差部10bは各ラッパーロール4a,4b,4c,4dに衝突することなく通過する。
(5)位置制御モードAでは,操作対象のスウィングフレーム5a,5b,5c,5dに連結された油圧サーボ弁9a,9b,9c,9dが操作され,これにより油圧シリンダ8a,8b,8c,8dが操作される。これにより,対象油圧シリンダとシリンダロッドとで連結された操作対象のスウィングフレームが回動軸6a,6b,6c,6dの回りに回動して,操作対象のスウィングフレームに取付けられている操作対象のラッパーロールをストリップ表面10aから離間する方向に移動させる。そして,ストリップ段差部10bが前記ラッパーロール4a,4b,4c,4dを通過後,速やかに該ラッパーロール4a,4b,4c,4dはストリップ表面10aに接近する方向に移動されストリップ表面10aに接触する。これらのラッパーロール4a,4b,4c,4dの移動距離は,第3図にラッパーロール変位Sとして示すように,ストリップ段差部10bを越えて回避するために必要な距離が目標値として設定され,位置検出器13a,13b,13c,13dによってラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aから離間する方向に移動した後再びストリップ表面10aに接触するまでの逐次の移動量を検出し,当該移動量を前記ラッパーロール制御手段17にフィードバックして逐次目標値と比較しながら位置制御を行う。
(6)第3図に示すように,該ラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接触した後に,速やかにロール押付力制御により該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dをストリップ表面10aに対して所定の圧力で押圧するようにする押付力制御モードBでは,前記ラッパーロール制御手段17が前記トラッキング演算手段16での予測演算に基づいて前記指令信号を出力し,前記各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロールでストリップ表面10aを所定の圧力で押圧制御する。このように,前記ストリップ段差部10bが各案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロールを通過した後に,速やかに該案内部材3a,3b,3c,3dのラッパーロール4a,4b,4c,4dがストリップ表面10aに接触してストリップ表面10aを押圧するので,コイル状に巻回されたストリップ10が緩むことが防止される。
以上第1図第2図第3図【別紙2】実施料相当額・遅延損害金一覧表(省略)【別紙3】実施料相当額・遅延損害金一覧表(省略)【別紙4】製造販売目録(省略)
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 石村智