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関連審決 異議1999-73628
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ4276特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成17ネ10047特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 方法の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  公知技術 /  上位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  実質的に同一 /  援用権(援用) /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  加工 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 507号 特許取消決定取消請求,同参加事件
平成 13年 (行ケ) 565号 特許取消決定取消請求,同参加事件
原告 株式会社ユウキ
参加人 株式会社ユーキ商会
両名訴訟代理人弁護士 窪田 英一郎
同 弁理士 島添芳彦被参加事件原告(脱退) 株式会社ユウキケミカル (旧商号) 日本ユーキ株式会社
被告(被参加人) 特許庁長官 及川耕造
指定代理人 宮崎恭
同 田中宏満
同 山口由木
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/03/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告及び参加人の請求を棄却する。
訴訟費用は原告及び参加人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告及び参加人(以下単に「原告ら」という。) 特許庁が平成11年異議第73628号事件について平成12年11月14日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告(被参加人、以下単に「被告」という。)の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは、名称を「温水床暖房装置の施工方法」とする特許第2874046号発明の特許権者である。上記特許は、被参加事件原告(脱退)株式会社ユウキケミカル(当時の商号・日本ユーキ株式会社、以下「脱退原告」という。)が、昭和62年5月18日にした実用新案登録出願(実願昭62-73917号)の一部を分割して平成8年1月8日にした新たな実用新案登録出願(実願平8-9)を、
平成9年2月20日に特許出願に変更したものに係り、平成11年1月14日に設定登録されたものである。なお、脱退原告は、下記特許異議事件の係属中の平成12年2月16日に上記特許権の一部を原告株式会社ユウキに譲渡し、同年3月2日にその旨の登録を経由し、次いで、本訴係属中の平成13年9月19日に本件特許権の残余の持分を参加人株式会社ユーキ商会に譲渡し、同年10月12日にその旨の登録を経由した。
平成11年9月24日、上記特許につき特許異議の申立てがされ、特許庁は、同申立てを平成11年異議第73628号事件として審理した上、平成12年11月14日、「特許第2874046号の特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年12月7日に原告株式会社ユウキ及び脱退原告に送達された。
2 願書に添付された明細書の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨 弾力ある複数の温水配管(2)を平坦な床下地(5)の上面に敷設し、セルフレベリング材(3)を前記温水配管(2)の上から流し延べ、前記温水配管(2)をセルフレベリング材(3)内に埋設することを特徴とする温水床暖房装置の施工方法。
3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、本件発明は、特開昭55-123994号公報(本訴甲第3号証、以下「刊行物1」という。)及び実願昭58-65817号(実開昭59-170110号)のマイクロフィルム(本訴甲第4号証、以下「刊行物2」という。)記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、本件特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるので、特許法の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により、取り消すべきものとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定の理由中、刊行物1の記載事項の認定(決定謄本2頁12行目〜3頁2行目)、本件発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点の認定(同3頁30行目〜4頁5行目)は認める。
本件決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点についての判断を誤る(取消事由1)とともに、本件発明の顕著な効果を看過した(取消事由2)結果、本件発明が、引用例1、2記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り) (1) 本件決定の判断 本件決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点として、「温水配管の上から流し延べ、該配管を埋設する床材として、本件発明は、セルフレベリング材を使用しているのに対して、刊行物1に記載の発明では、コンクリートを使用している点」(決定謄本4頁3行目〜5行目)を認定した上、当該相違点について、「温水床暖房用管を埋設する床材として、セルフレベリング材を使用することは刊行物2に記載されているように公知の技術である。そして、刊行物1及び2に記載された発明の技術分野の同一性から考えて、刊行物1に記載された発明のコンクリートに換えて刊行物2に記載された発明のセルフレベリング材を採用して本件発明の上記相違点に係る構成とすることは、当業者が容易になし得たことである」(同頁6行目〜12行目)と判断するが、以下のとおり、誤りである。
(2) セルフレベリング材に関する技術常識 セルフレベリング材とは、床仕上げ工事において、不陸のあるコンクリートスラブに厚さ2〜20o程度に流し込まれ、それだけで平滑な水平面をこて押さえなしで仕上げることができ、24時間以内に硬化し軽歩行が可能となるものであり、コンクリートの不陸を調整して最終的に下地を仕上げるための床下地の仕上材の一種である(平成元年2月1日社団法人日本建築学会発行の「建築工事標準仕様書・同解説JASS15左官工事(第3版)」98頁〜101頁〔甲第6号証の2〕、平成3年9月5日株式会社産業調査会事典出版センター発行の「建築材料実用マニュアル」872頁〜877頁〔甲第7号証の2〕参照)。セルフレベリング材はきわめて流動性の高い材料であって、このような材料をコンクリートスラブ上に流し込む場合、セルフレベリング材はある程度の厚さまでは滞留するものの、それを超える厚さに流し込むと重力で自然に横に広がってしまうので、厚みに限度が生じ、20o程度の厚さでしか打設することができず、実際上の厚さは10o程度までとされている。
(3) 「埋込方式」に関する技術常識 本件出願日(変更出願及び分割出願の原出願の日である昭和62年5月18日をいう。以下同じ。)当時の温水式床暖房装置として、平坦なコンクリートスラブの上面に温水配管を現地工事で配管し、コンクリートを打ち、床仕上材を施す「埋込方式」のものが知られていた(平成10年2月15日日本床暖房工業会発行の「温水式床暖房システム設計・施工ハンドブック(改訂版)」11頁〜13頁〔甲第11号証の2〕)。この埋込方式にあっては、床暖房の使用時と未使用時とで温水配管への加熱冷却が繰り返され、加熱時には温水配管に熱膨張力が発生するため、この熱膨張力を温水配管の周囲にあるコンクリートで押さえ込み、温水配管を保持していたのであるが、コンクリートの被り厚を薄くすると、これにクラックが生じてしまう。そこで、日本床暖房工業会が定める埋込方式の施工要領によれば、パイプ上のコンクリートの被り厚は50o以上とされており、実際にも、埋込方式におけるコンクリートの被り厚は、50oを確保することが本件出願当時の技術常識であった(前掲「温水式床暖房システム設計・施工ハンドブック(改訂版)」76頁5行目〔甲第11号証の3〕、昭和57年3月株式会社クボタ発行の「クボタポリブテンパイプ床暖房技術資料」10頁〜11頁〔甲第12号証の2〕、平成3年6月古河電気工業株式会社発行の「キュアレックス設計と施工の手引」〔甲第13号証の2〕、平成11年9月ユニチカ株式会社発行の「ユニチカヒーティング」〔甲第14号証の2〕)。
(4) 刊行物2記載の発明について 刊行物2記載の発明において、温水流通用銅管は、ALC床材にあらかじめ設けられた溝に配設されるものとされているから、銅管の熱膨張力に対抗するのは、銅管の長手方向の両端に設けられたALC板の壁であって、セルフレベリング材ではない。セルフレベリング材は単にこのようにして押さえられた銅管を被覆する役割を有するにすぎない。このことは、刊行物2(甲第4号証)において、管の外径が「8〜25o」(4頁1行目)とされ、最低でも8oとされている一方、セルフレベリング材の厚さはこれより薄い5oの場合も想定されている(同頁4行目〜7行目)ことからも明らかである。そうすると、刊行物2記載の発明は、温水配管を埋設した材料によって温水配管に発生する熱膨張力を押さえ込み、温水配管を保持するものではないから、上記の「埋込方式」に係るものではなく、そのセルフレベリング材についても、不陸調整材ないし床下地の仕上材というセルフレベリング材の本来的な用途に使用されているにとどまり、「温水床暖房用管を埋設する床材として」使用されているということはできない。なお、刊行物2においては、
「打設」と「埋設」を区別して使用しており、従来技術に関するもののほか、セルフレベリング材については、「打設」の文言が用いられている。
したがって、本件決定の上記判断中の「温水床暖房用管を埋設する床材として、セルフレベリング材を使用することは刊行物2に記載されているように公知の技術である」との認定は、誤りというべきである。
(5) 刊行物1、2記載の各発明の組合せについて 刊行物1記載の発明は、本件発明の温水配管に相当するチューブマットがコンクリートによって埋設され、これによってチューブマットを保持するという「埋込方式」に係るものであって、コンクリートは主に構造材としての役割を果たしているものである。これに対し、刊行物2記載の発明のセルフレベリング材は、
上記(4)のとおり、セルフレベリング材の本来的な用途である不陸調整材ないし床下地の仕上材として使用されているものであって、このように使用目的や役割の違うコンクリートに換えて、刊行物2記載の発明のセルフレベリング材を使用するとの発想をすることは容易ではない。
さらに、埋込方式で温水配管を埋設するコンクリートは、クラック防止のために、50oの被り厚を確保することが本件出願日当時の技術常識であったのであるから、せいぜい20o程度の厚さでしか打設することのできないセルフレベリング材を用いるという発想は生じ得ない。
(6) 被告の主張に対する反論 被告は、刊行物2(甲第4号証)の「埋込み方式は放熱体をセメントモルタル又は石膏系セルフレベリング材で埋設するものである」との記載を、コンクリートに換えて刊行物2記載のセルフレベリング材を用いることの容易想到性を基礎付ける根拠として挙げるが、この記載にいう「放熱体」が温水配管を含むかどうかは不明であって、むしろ、例えば電気式のパネルヒータのような面状発熱体をいうものとも考えられる。また、刊行物2(甲第4号証)には、上記記載に続いて、
「床構造体としての強度保持上、厚さ40o以上の打設が必要であ」る(2頁3行目〜4行目)との記載があるが、セルフレベリング材の性質からしてこのような厚みでの打設は実質的に不可能であることは上記のとおりであるから、被告の指摘する上記記載が、温水配管を用いた刊行物1記載の発明におけるコンクリートに換えて、セルフレベリング材を適用することを示唆するものとはいえない。
また、被告は、刊行物1(甲第3号証)の「チューブマットは、薄いコンクリートスラブで容易に被覆される」(4頁左下欄12行目〜13行目)及び「マットの熱膨張および収縮は実際上ゼロであり」(同頁左下欄末行〜右下欄1行目)との記載を、刊行物1記載の発明におけるコンクリートに換えてセルフレベリング材を用いることの容易想到性を基礎付けるものとして挙げる。しかし、刊行物1(甲第3号証)には、コンクリートスラブの厚みを直接示す記載はないものの、チューブは「表示外径0.338インチ」(5頁右上欄2行目〜3行目)、すなわち約8.5oとされていること、図1において、チューブの外径とコンクリートスラブの厚みとの比は約1:7として図示されていることから、刊行物1記載のコンクリートスラブの厚みは、約60oであることが理解され、セルフレベリング材の打設が可能な約20oの厚さとは比べようもなく厚いものである。また、埋設されていないゴムからなるチューブマットに熱を加えた場合、そのマットは金属管と同じように膨張し、冷却されれば収縮するから、マットの熱膨張及び収縮が実質上ゼロであることはあり得ない。刊行物1に「マットの熱膨張および収縮は実質上ゼロであり」と記載されているのは、それがコンクリートスラブによって押さえ込まれているからにほかならない。そうすると、刊行物1の上記記載は、何ら被告の主張を基礎付けるものとはいえない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過) (1) 本件決定の判断 本件決定は、「本件発明の明細書に記載された効果も、刊行物1に記載された発明の温水配管として弾性材料からなる多数の加熱水を通すチューブを採用したことによる効果・・・及び、刊行物2に記載された発明の温水配管を埋設する床材としてセルフレベリング材を採用したことによる効果・・・に比べて、格別のものとも認められない」(決定謄本4頁13行目〜17行目)と判断するが、以下のとおり、誤りである。
(2) 本件発明の顕著な効果 本件発明は、本件明細書(甲第2号証)の記載にあるとおり、極めて薄い床暖房装置の施工を可能にし(3頁右欄1行目〜8行目)、漏水事故を防止し(同欄8行目〜11行目)、クラックの生じない床暖房装置の提供を可能にし(3頁左欄4行目〜10行目)、また、早期に暖房立ち上げ可能な効率的な床暖房を実現し(3頁右欄11行目〜14行目)、さらに、施工を容易にした(同欄20行目〜27行目)という顕著な効果を奏するものである。なお、早期に暖房立ち上げ可能な効率的な床暖房を実現した効果の顕著性は、平成13年6月8日長野県工業試験場作成の「試験成績書」(甲第23号証の1、2)によっても裏付けられている。
本件決定は、本件発明がこのような当業者の予測し得ない顕著な効果を奏することを看過している。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告らは、刊行物2記載の発明のセルフレベリング材と、刊行物1記載の発明のコンクリートとは、使用目的や役割が違うから、後者のコンクリートに換えて、前者のセルフレベリング材を使用しようと発想することは容易ではない旨主張する。しかし、刊行物1(甲第3号証)には、温水配管を平坦な床下地の上面に敷設し、床材としてのコンクリートを温水配管の上から流し延べ、温水配管を床内に埋設する温水床暖房構造の施工方法が記載されており、一方、刊行物2(甲第4号証)には、床暖房構造に用いられる温水流通用管を埋設する床材としてセルフレベリング材を使用することが記載されており、両者は、温水配管を床材に埋設する技術分野において共通するものである。しかも、刊行物2(甲第4号証)には、「埋込み方式は放熱体をセメントモルタル又は石膏系セルフレベリング材で埋設するものである」(2頁1行目〜3行目)と記載されているように、温水床暖房装置の放熱体を埋設する床材として、「セメントモルタル」と並んで「石膏系セルフレベリング材」を使用するという技術が記載されていることから、セメントモルタルとほぼ同じコンクリートに換えて刊行物2記載の発明のセルフレベリング材を用いることは、当業者の容易に想到し得たことである。
(2) 次に、原告らは、刊行物2記載の発明におけるセルフレベリング材は、表面を平坦にするための不陸調整材ないし床下地の仕上材にすぎず、「温水床暖房用管を埋設する床材として」使用されているということはできない旨主張するが、刊行物2(甲第4号証)の第3、第4図には、ALC板2の溝12内に銅管3が敷設され、溝12と銅管3との間を埋め、更に銅管3の上部及びALC板の上面にまでセメント系セルフレベリング材が打設された図が示されており、銅管はセルフレベリング材によってあたかも地下に埋められたような状態となっていることから、セルフレベリング材が銅管3を埋設することは明らかである。
(3) また、原告らは、「埋込方式」でのコンクリートの被り厚は50oを確保することが本件出願日当時の技術常識であったから、20o程度の厚さしか打設することのできないセルフレベリング材を用いるという発想は生じ得ない旨主張する。しかしながら、刊行物1(甲第3号証)には、「チューブマットは、薄いコンクリートスラブで容易に被覆される」(4頁左下欄12行目〜13行目)と記載され、刊行物1記載の弾性材料から成る温水配管を埋設する床材は薄いもので足りることが示されており、また、「マットの熱膨張および収縮は実際上ゼロであり」(同頁左下欄末行〜右下欄1行目)との記載から、温水配管の熱膨張及び収縮に起因するクラックの発生が少なくなることが示唆されているのであるから、仮に、原告らの主張する技術常識を前提としたとしても、これが、刊行物1記載の発明におけるコンクリートに換えてセルフレベリング材を用いることを妨げる理由にはならない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について 原告らの主張する本件発明の効果は、いずれも顕著なものとはいえない。
すなわち、まず、@極めて薄い床暖房装置の施工を可能にしたとの点及びA漏水事故を防止したとの点は、それぞれ、本件明細書(甲第2号証)に、「弾力あるパイプ(2)は、曲げ加工及び配管結束作業を要する従来の金属配管と異なり、
自己変位又は自己変形により薄いセルフレベリング材(3)の断面に納まるように敷設し得る」(2頁右欄37行目〜41行目)、「弾力あるパイプをセルフレベリング材内に埋設したとき、温水パイプに亀裂又は破断が生じないので・・・、漏水事故を完全に回避でき」る(3頁右欄8行目〜11行目)とあるように、温水配管を弾力ある配管としたことによる効果であるところ、刊行物1記載の発明においても弾性材料のチューブを用いているのであるから、本件発明と同様の効果を奏する。次に、B早期に暖房立ち上げ可能な効率的な床暖房を実現したとの点は、床材の厚みを薄くしたことによる効果と考えられるところ、上記1(3)のとおり、床材の厚みを薄くすることは刊行物1に示唆されているから、その効果についても示唆があるというべきであるし、また、刊行物2(甲第4号証)にも、「本考案による床暖房構造は、その表面にセメント系セルフレベリング床材を銅管が僅かにかくれるように打設してあるので、一般的な床暖房の効果として必要とする熱量が少くて済むことは勿論、施行工事が湿式工法となるところはセルフレベリング材の打設のみであり、工期がモルタル打設に比して大幅に短縮でき、かつセメント系セルフレベリング材を使用しているので、床面が平滑で耐久性にすぐれている他、
床表面への伝熱が速かで暖房開始初期の昇温が速く、また床の裏面への熱伝導も少なく、その効果は大なるものがある」(4頁15行目〜5頁6行目)と記載されており、刊行物2記載の発明も同様の効果を奏するものである。また、Cクラックの生じない床暖房装置の提供を可能にしたとの点は、単に弾力ある温水配管の埋設床材としてセルフレベリング材を使用したところ、クラックが生じなかったというだけのことであり、上記のとおり「熱膨張および収縮は実際上ゼロ」である刊行物1記載の発明においても当然に生ずる効果にすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告らは、刊行物1記載の発明のコンクリートと刊行物2記載の発明のセルフレベリング材との使用目的及び役割の相違を主張するので、以下、刊行物1記載の発明におけるコンクリート及び刊行物2記載のセルフレベリング材の意義について、順次検討する。
(2) 刊行物1記載の発明におけるコンクリートの意義 刊行物1(甲第3号証)に、「弾性材料からなる多数の加熱水を通すチューブを有するチューブマットをコンクリートスラブ上に配置した後、コンクリートを注入してチューブマットを埋封する温水床暖房構造の施工方法の発明」が記載されていること(決定謄本2頁38行目〜3頁2行目)は当事者間に争いがない。
そして、刊行物1(甲第3号証)には、特許請求の範囲の請求項12として、「12.輻射熱交換器を建造物に設置する方法であって、上記熱交換器は弾性材料の多数の伸長マットを有し、各マットは可撓性ウェブで隣接する対チューブを接続して多数の流体伝導チューブを形成し、上記チューブは各マニホールドに接続されている方法において・・・建造物の正しい位置に上記マットを置き・・・上記マットに構造用マトリックスを被覆することから成る熱交換器の設置方法。」(2頁右下欄1行目〜16行目)が、同請求項14として、「14.上記マトリックスが注入コンクリートである特許請求の範囲第12項記載の方法。」(2頁右下欄末行〜3頁左上欄1行目)が、それぞれ記載され、また、発明の詳細な説明中には、
「マットは、その副部分が中心部分の各面に対して実質的に同一平面となるように、建造物の正しい位置に置かれる。最後に、マットは構造用マトリックスで被覆される」(4頁右上欄14行目〜17行目)、「本発明に従って、チューブマット状熱交換器17は横たわるコンクリートスラブ14の上に配置され、少なくとも1対の第1および第2マニホールド18および19と連結する。・・・チューブマット状熱交換器17の上に、マトリックスとして注入コンクリート床スラブ20を使用し、交換器を埋封せしめる」(同頁右下欄16行目〜5頁左上欄5行目)との記載が認められる。
上記記載によれば、刊行物1には、チューブマットを被覆、埋封するものとして、「構造用マトリックス」という上位概念がまず規定されていること、その上で、コンクリートの注入はその一つの具体例として位置付けられていることが認められる。そうすると、刊行物1記載の発明において注入されるコンクリートは、
チューブマットを被覆して埋封する代替性のある材料の一つであることが示唆されているというべきである。
なお、原告らは、本件出願日当時の温水式床暖房装置として、平坦なコンクリートスラブの上面に温水配管を現地工事で配管し、コンクリートを打ち、床仕上材を施す「埋込方式」のものが知られており、刊行物1記載の発明もこの埋込方式に係るものである旨主張するが、コンクリートを用いた「埋込方式」が周知慣用の技術であったとしても、そのこと自体、上記認定を左右するものではない。
(3) 刊行物2記載の発明におけるセルフレベリング材の意義 ア 刊行物2(甲第4号証)には、実用新案登録請求の範囲として、「ALC床材の表面に溝を設けて温水流通用銅管を配設し、その表面にセメント系セルフレベリング床材を、該銅管が僅かにかくれるように打設したことを特徴とする床暖房構造。」(1頁4行目〜7行目)が記載され、また、考案の詳細な説明中には、
「従来の床暖房構造にはパネル方式と埋込み方式とがある。この中パネル方式は断熱材と温水パイプ等の放熱体と放熱体に接する放熱板とを複合したものである・・・一方、埋込み方式は放熱体をセメントモルタル又は石膏系セルフレベリング材で埋設するものであるが、床構造体としての強度保持上、厚さ40o以上の打設が必要であり、施工も湿式方式であるため硬化養生に時間を必要とし、また放熱体を固定する上でモルタル又はレベリング材を放熱体の上に厚くかぶせてあるため、暖房開始時の表面温度上昇が遅く、その上、石膏系セルフレベリング材では50℃以上の温度で一部の結晶水の離脱がおこるため収縮がおこり、長期的な耐久性に乏しい等の欠点があった。本考案は、このような従来の欠点を除去したもので、
床構造材としての蒸気養生軽量気泡コンクリートのすぐれた断熱性及び加工の容易性とセメント系セルフレベリング材の施工の容易性及び速かな硬化性、経済性とを併せもったすぐれた床暖房構造を提供するものである」(同頁12行目〜2頁17行目)、「銅管3の形状は、断面円形又は偏平形で、管の外径は8〜25o程度・・・が望ましい。13はセメント形セルフレベリング床材で、ALC板2の溝12内に温水流通用銅管3を敷設した後、セメント系セルフレベリング材に水を加えてスラリー状とし、これをALC板2の表面に厚さが5〜30o程度となるように打設固化せしめると、自然流動により水平面を形成し、平滑で優れた面精度を持った床面が得られる。なおセルフレベリング材の打設は、銅管3の上端より上のかぶりを3〜10o程度に止めるのが、放熱体が床面へ速かに熱を伝導する上で好ましい」(3頁末行〜4頁12行目)、「セメント系セルフレベリング材を使用しているので、床面が平滑で耐久性にすぐれている」(5頁2行目〜3行目)との記載が認められる。
以上の記載に基づいて、主にセルフレベリング材に着目して見ると、刊行物2は、まず、「放熱体」を「石膏系セルフレベリング材で埋設する」従来技術を踏まえつつ、このような従来技術の欠点であった石膏系セルフレベリング床材の長期的な耐久性に係る課題を解決する手段として、「セメント系セルフレベリング床材」で「温水流通用銅管」を埋設する構成を特徴の一つとした発明が開示されているものと認められる。なお、上記「放熱体」が、「温水流通用銅管」すなわち温水配管を含むことは、上記の記載から明らかである。そうすると、刊行物2には、
温水配管を埋設する材料として、上記の欠点のある石膏系であれ、その改良手段としてのセメント系であれ、セルフレベリング材を使用することが記載されていることは明らかである。
イ この点について、原告らは、刊行物2記載の発明において、温水流通用銅管は、ALC床材にあらかじめ設けられた溝に配設されるものとされており、銅管の熱膨張力に対抗するのは、銅管の長手方向の両端に設けられたALC板の壁であって、セルフレベリング材は、不陸調整材ないし床下地の仕上材に使用されているにとどまるから、「温水床暖房用管を埋設する床材として」使用されているということはできない旨主張する。しかし、刊行物2の記載及び各図の図示を総合しても、温水流通用銅管をALC床材の表面に設けられた溝に配設した構成が、原告らの主張するように、銅管の長手方向の両端に設けられたALC板の壁をもって銅管の熱膨張力に対抗するために採用されていることを示す記載はなく、その他、銅管を埋設するためにセルフレベリング材を使用することと、銅管をALC床材の溝に配設することとを関連付ける記載も見当たらない。かえって、ALC床材を用いない「埋込み方式」に係る従来技術においても、銅管を埋設する材料として、セルフレベリング材の使用が記載されていることは、上記アのとおりであるから、刊行物2は、ALC床材の溝に銅管を配設するかどうかとは関係なく、銅管を埋設する材料としてセルフレベリング材を使用するとの技術思想を開示するものということができる。
なお、原告らは、刊行物2は「打設」と「埋設」を区別して使用しており、従来技術に関するもののほか、セルフレベリング材については「打設」の文言が用いられているとも主張するが、刊行物2(甲第4号証)には、「第3図は銅管を埋設した断面図、第4図は第3図の部分拡大図である」(5頁10行目〜11行目)として示された第3、4図が、ALC床材の溝に銅管を配設したものであって、かつ、銅管の周囲をセルフレベリング材で取り囲まれた形で埋め込まれた状態を図示しているから、その銅管が、「セルフレベリング材内に埋設」されているというに妨げない。
ウ さらに、原告らは、刊行物2(甲第4号証)の上記記載中、「埋込み方式は放熱体を・・・石膏系セルフレベリング材で埋設するものであるが、床構造体としての強度保持上、厚さ40o以上の打設が必要」との部分につき、セルフレベリング材の性質からしてこのような厚みでの打設は実質的に不可能である旨主張する。
確かに、平成元年2月1日社団法人日本建築学会発行の「建築工事標準仕様書・同解説JASS15左官工事(第3版)」〔甲第6号証の2、ただし、同号証は平成7年4月25日第3刷に係るもの〕には、「3.JASS15M-103 セルフレベリング材の品質規準 1.適用範囲 この規準は、せっこう系およびセメント系のセルフレベリング材1)について適用する。 注1)床仕上げ工事において、不陸のあるコンクリートスラブにスラリー状のセルフレベリング材(SL材)の自然流動性で、厚さ2〜20o程度に流し込むだけで平滑な水平面をこて押さえなしで仕上げ、24時間以内に硬化し軽歩行が可能なセルフレベリング材」(98頁)との記載が、昭和63年7月1日財団法人建材試験センター発行の「建材試験情報VOL.24 NO.7」(甲第25号証の別紙7)には、「1.はじめに 左官工事における塗り床工法には図-1に示すように無機系塗り床及び有機系塗り床に大別され、さらに20工法に細分化されている。一般的な工法として無機系塗り床では床モルタル塗り・・・セルフレベリング材塗り・・・などが挙げられる。セルフレベリング材は昭和52年頃からせっこう系、次いで昭和58年頃からセメント系も発売されている新しい左官用材料である。セルフレベリング(Self Leveling)材は、不陸(ふろく)のあるコンクリートスラブにスラリー状にしたセルフレベリング材の自然流動性を利用して流し込むだけで、塗り厚さ2〜20mm程度に平滑な水平面にこて押えなしで仕上げられ、24時間以内に軽歩行が可能な程度までに硬化する材料である。」(6頁左欄1行目〜16行目)との記載が、昭和61年5月30日社団法人日本コンクリート工学協会発行の「耐久性と美装性向上を考慮したコンクリート構造物の仕上げ」(甲第25号証の別紙8)には、
「4.5.3セルフレベリング床材塗り セルフレベリング床材(以下SL材という)は、水を加えて混練すると高度の流動性をもつスラリーとなる。これをコンクリート床に流せば自然流動作用によって水平面を形成して硬化し、そのまま仕上げとするかまたは張り物下地とすることができる。SL材は、高度の左官技能を要せず、迅速に施工できることを最大の特長としており、主成分によってセメント系とせっこう系に分類される。・・・(a)せっこう系SL材 せっこうは無収縮性なので、下地のコンクリートスラブが平坦な場合は、厚さ10o以下で仕上げ、必ずしも砂を必要としない。そのため施工性は良好であるが、耐水性が無いから接地床や水にぬれる箇所には使用できない。したがって、一般に室内の張物床の下地として施工されるが、最近は、合成樹脂エマルションを混合することによって耐水性、
耐摩耗性を改良したもの、さらに顔料を配合してこれ自体仕上材とするものも生産されている。(b)セメント系SL材 セメント系SL材は耐水性にすぐれているが、ひびわれ防止のために細骨材の配合が必要である。1:3モルタルを基本とするため、フライアッシュなどの混和材を用いて施工性の改善が図られている。
(2)工法・・・3)SL材を流し、レベルに合せてならし道具で均等に押し広げれば、自然に平滑な水平面が得られる。」(148頁本文19行目〜149頁本文末行)との記載がそれぞれ認められ、これらの記載によれば、床仕上げ工事あるいは塗り床工事に使用する左官用材料として、石膏系及びセメント系セルフレベリング材があること、そして、その使用に当たっては、2〜20o程度の塗り厚さとするのが通常であったことがうかがわれる。なお、上記甲第6号証の2及び甲第25号証の別紙7は、本件出願日後の発行に係るものであるが、その文献としての性格及び本件出願日前の発行に係る甲第25号証の別紙8の記載との整合性から、上記の点は、本件出願日当時の技術常識であったと認めることができる。
しかしながら、上記各刊行物の記載は、いずれも、床仕上げ工事ないし塗り床工法に使用する左官用材料として用いられる際の使用の態様を示すものであって、セルフレベリング材を左官用以外に用いた場合における使用態様を示すものではないばかりでなく、上記のような使用態様を前提にした場合でも、一般的なセルフレベリング材の厚さが20o程度までとされていたからといって、セルフレベリング材自体の性質や技術的な問題から、これを超える厚みでの打設が不可能であることを示すものとはいえない。そうすると、厚さ40o以上の打設が実質的に不可能であるとの原告らの上記主張は採用することができない(なお、原告らが、セルフレベリング材の厚さに関する技術常識を刊行物1、2記載の各発明の組合せの阻害要因として主張する点については、後記(4)イに判示するとおりである。)。
エ 以上のとおり、温水流通用銅管すなわち温水配管を埋設する材料として、セルフレベリング材を使用するとの技術思想は、刊行物2をもって、本件出願日前に公知となっていたというべきである。
(4) 刊行物1、2記載の各発明の組合せについて ア 上記(2)、(3)の認定判断によれば、刊行物1には、同刊行物記載の発明において注入されるコンクリートは、チューブマットを被覆して埋設する代替性のある材料の一つであることが示唆されている一方、刊行物2によって、温水配管を埋設する材料としてセルフレベリング材を使用するとの技術思想は公知となっていたのであるから、これに温水床暖房用管の埋設方法という両者の技術分野の同一性も考え併せると、特にその組合せを阻害する要因のない限り、刊行物1記載の発明に、刊行物2に係る上記公知技術を適用することによって、前記相違点に係る本件発明の構成を得ることは、当業者の容易に想到し得たことというべきである。そこで、以下、この組合せの阻害要因に係る原告らの主張について、更に検討する。
イ 原告らは、@「埋込方式」におけるコンクリートは、温水配管の熱膨張力を押さえ込みつつクラックを防止するため、50oの被り厚を確保することが本件出願日当時の技術常識であり、A刊行物1記載の発明も、このような「埋込方式」に係るものであるところ、Bセルフレベリング材は、その性質や技術的な問題から、20o程度の厚みでしか打設することができないとして、これらの点を前提に、使用目的や役割の違う刊行物1記載の発明のコンクリートに換えて、刊行物2記載の発明のセルフレベリング材を使用するとの発想をすることは容易ではない旨主張する。
確かに、平成10年2月15日日本床暖房工業会発行の「温水床暖房システム 設計・施工ハンドブック(第6版)」(甲第11号証の3)には、「7.1 埋込方式」(73頁2行目)の項の記載として、「コンクリートの被りは、コンクリートクラック防止のため、50o以上とする」(76頁5行目)との記載があるほか、原告らの援用する(前記第3の1(3)参照)甲第12〜第14号証の各2においても、コンクリートの被り厚を50〜100oとする施工例等の記載が認められる。なお、上記甲第11号証の3、甲第13、第14号証の各2の発行日は本件出願日後であるが、原告ら作成の陳述書(甲第17号証)を総合すれば、温水配管をコンクリートで埋め込む場合の被り厚は、クラック防止の観点から、50o以上とすることが本件出願日当時の技術常識であったと認めることができる。また、
やはり当時の技術常識として、床仕上げ工事あるいは塗り床工事に使用する左官用材料としてセルフレベリング材を使用するに当たっては、2〜20o程度の塗り厚さとするのが通常であったことは前示のとおりである。他方、本件においては、温水配管を埋設するに当たって、コンクリートやセルフレベリング材を適宜の厚さで使用することができることを示す証拠はないので、以下、上記の技術常識を踏まえて検討する。
まず、セルフレベリング材の塗り厚さについて見るに、上記(3)ウの認定によれば、これを2〜20o程度とするのが技術常識といい得るのは、床仕上げ工事ないし塗り床工法に使用する左官用材料としてセルフレベリング材を使用する場合に限られるというべきである。すなわち、このような用途であれば、多少の凹凸を伴う平坦面の仕上げという性質上、上記程度の厚さで十分であり、これを超える厚さを必要としないということができるのに対し、温水床暖房装置に用いる温水配管を埋設する場合、最低限、配管を物理的に被覆するに必要な厚みが必要となるところ、このような場合にまで、20o程度を超える厚さでの打設が実質的に不可能であるといえないことは前示のとおりである。そして、上記(3)アのとおり、刊行物2には、現に、温水配管を埋設する場合に使用するセルフレベリング材につき、
「厚さ40o以上の打設」を含め、セルフレベリング材による温水配管の埋設という技術思想が開示されているのであるから、これと異なる用途である床仕上げ工事あるいは塗り床工事に使用する左官用材料に関して、セルフレベリング材の塗り厚さを2〜20o程度とするのが技術常識であったからといって、このこと自体、刊行物1、2記載の各発明の組合せの阻害要因となるものではないというべきである。
ウ したがって、刊行物1記載のコンクリートに換えて、刊行物2記載のセルフレベリング材を適用することによって、当業者が本件発明を容易に想到することができたというべきであり、取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について 原告らが本件発明の顕著な効果として主張する点を、以下順次検討する。
(1) 極めて薄い床暖房装置の施工を可能にしたとの効果について 本件明細書(甲第2号証)には、「本発明の上記構成によれば、薄いセルフレベリング材の中に床暖房用の温水配管を埋設したことにより、極めて薄い床暖房装置を床下地又は床版上に施工することができ、この結果、厚いコンクリート又はモルタル被覆を要する従来の温水配管方式の床暖房装置に比べて、床の死荷重又は固定荷重を大幅に軽減し且つ有効利用可能な階高を増大させることが可能となった」(3頁右欄1行目〜8行目)、「薄い(せいぜい20o程度)厚さに流し延べるセルフレベリング材(3) の中に温水パイプ(2) を埋設することができた。かくして、本発明により、従来実現し得なかった極めて薄い(20o程度)温水配管方式の床暖房装置が実現した」(2頁右欄43行目〜47行目)との記載があり、これによれば、標記の効果は、従来の床暖房装置において厚い被覆を要していたコンクリート又はモルタルによることなく、薄い厚さに流し延べるセルフレベリング材の中に温水配管を埋設したことによって奏されるものとされていることが認められる。
しかし、そもそも本件発明は、温水配管(2)を埋設するセルフレベリング材(3)の厚さをその要旨としていない以上、標記の効果は、本件発明の要旨に基づかないものというべきである。なお、上記のとおり、床仕上げ工事あるいは塗り床工事に使用する左官用材料としてセルフレベリング材を使用するに当たっては、2〜20o程度の塗り厚さとするのが通常であり、このことは、刊行物1、2記載の各発明の組合せの容易性を判断する際に考慮すべき当業者の認識であるが、発明の要旨に規定する技術事項ではないから、本件発明の作用効果の顕著性を判断するに当たっては、これを考慮することはできない。
(2) 漏水事故を防止するとの効果について 本件明細書(甲第2号証)には、「弾力あるパイプをセルフレベリング材内に埋設したとき、温水パイプに亀裂又は破断が生じないので、温水配管の亀裂又は破断等の原因により発生していた漏水事故を完全に回避でき・・・また、本発明の床暖房装置によれば、床は、暖房立ち上り時等に短時間に温度変化し、従って、
急激なセルフレベリング材の繰り返し熱膨張・収縮が生じるにもかかわらず、温水パイプの亀裂又は損傷・・・が生じないことが判明した」(3頁右欄8行目〜19行目)、「温度変化による床材又は床下地の熱膨張・収縮が生じたとき、配管外面とコンクリート内のセメント及び骨材(粗骨材又は細骨材)との接着、係合又は噛合や、コンクリートの高い付着強度等により、弾力配管に亀裂又は破断が生じ、漏水事故が多発した」(2頁左欄末行〜右欄5行目)との記載があり、これによれば、標記の効果は、弾力ある温水配管(2) をセルフレベリング材(3) 内に埋設することによって奏されるものとされていることが認められる。
しかし、弾力ある温水配管を用いることは刊行物1に、温水配管をセルフレベリング材に埋設することは刊行物2に、それぞれ開示されているところ、標記の効果は、これらから予測の可能なものにすぎないというべきである。
(3) クラックの生じない床暖房装置の提供を可能にしたとの効果について 本件明細書(甲第2号証)には、「本発明の床暖房装置によれば、床は、
暖房立ち上り時等に短時間に温度変化し、従って、急激なセルフレベリング材の繰り返し熱膨張・収縮が生じるにもかかわらず・・・セルフレベリング材のクラックなどが生じないことが判明した」(3頁右欄15行目〜19行目)、「【作用】本発明によれば・・・上記床暖房装置の厚さが極めて薄く、しかも、比較的急激な温度変化が暖房立ち上り時等に短時間に生じることから、セルフレベリング材(3) の表面に多くのクラックが発生・・・することが当然に予期又は予測されたが、実際にはクラックが生じ難・・・いことが判明した。これは、セルフレベリング材(3) が予想外に繰り返し温度変化及び急激な温度上昇に耐えたこと・・・に起因したものと考えられる」(2頁右欄31行目〜3頁左欄18行目)との記載があり、これによれば、標記の効果は、床暖房装置に利用されたセルフレベリング材(3)がクラックを生じ難いことによるものとされていることが認められる。
しかし、温水配管をセルフレベリング材で埋設することが、刊行物2に開示されていることは前示のとおりであるから、標記の効果も予測の困難なものということはできない。
(4) 早期に暖房立ち上げ可能な効率的な床暖房を実現したとの効果について 本件明細書(甲第2号証)には、「セルフレベリング材に埋設した温水配管による床暖房装置は、良好な熱伝導性能により極めて早期に暖房立ち上げ可能な効率的な床暖房を実現することが確認された」(3頁右欄11行目〜14行目)との記載があり、これによれば、標記の効果は、床暖房装置の利用されたセルフレベリング材(3)が良好な熱伝導性能を有することによるものとされていることが認められる。しかし、温水配管をセルフレベリング材で埋設することが、刊行物2に開示されていることは前示のとおりであるから、標記の効果も予測の困難なものということはできない。
さらに、原告らの援用する前掲「試験成績書」(甲第23号証の2)中には、本件発明の方法に係るという「ユウキ式床暖房の工法(レベリング工法)で、
6連の弾性温水パイプを敷設し、20oの厚さにセルフレベリング材を打設したもの」(1頁14行目〜15行目)と、刊行物1記載の発明の方法に係るという「6連の弾性温水(弾力性のあるチューブマットの代替)パイプにコンクリートを50oの厚さで打設し埋設したもの」(1頁17行目〜18行目)の昇温試験の比較において、前者では「温度の立上りが非常に速く(30℃を超えるのに4分)、温度の高い部分が面状に広がり、熱効率から見て非常に優位に立っていることが実証されています」(1頁末行〜2頁2行目)とされている一方、後者では「温度上昇が遅く(20℃を超えるのに35分)、暖房の立上げに時間がかかる分エネルギー消費が多くなり・・・効率が相当に悪くなります」(2頁4行目〜末行)との結果が示されていることが認められる。しかし、刊行物2(甲第4号証)にも、「本考案による床暖房構造は、その表面にセメント系セルフレベリング床材を銅管が僅かにかくれるように打設してあるので、一般的な床暖房の効果として必要とする熱量が少くて済むことは勿論・・・床表面への伝熱が速かで暖房開始初期の昇温が速く、また床の裏面への熱伝導も少なく、その効果は大なるものがある」(4頁15行目〜5頁6行目)との記載があり、これに照らすと、上記試験結果に示された効果が、刊行物2に開示された上記技術から予測し得る範囲を超えて顕著であるとまではいえない。
(5) 施工を容易にしたとの効果について 本件明細書(甲第2号証)には、「上記構成の施工方法によれば、銅管等を使用した床暖房装置の如く、工具による配管の曲げ加工や、鉄筋又はワイヤメッシュに対する配管の結束固定作業を省略でき、しかも、配管を敷設し且つセルフレベリング材の流し延べる簡易又は簡単な工程により、床暖房装置を実質的に完成することができるので、床暖房装置の施工工期を大幅に短縮し且つ施工工数を大幅に減少させることができた」(3頁右欄20行目〜27行目)、「一般に床下地(5) の上面、例えば、コンクリートスラブ上面には、広範囲に亘って多くの不陸が生じるが、弾力あるパイプ(2) は、曲げ加工及び配管結束作業を要する従来の金属配管と異なり、自己変位又は自己変形により薄いセルフレベリング材(3) の断面に納まるように敷設し得る」(2頁右欄35行目〜41行目)との記載があり、これによれば、標記の効果は、温水配管(2)を埋設する温水床暖房装置の施工方法において、
温水配管を弾力あるものとしたこと及び温水配管を埋設する材料としてセルフレベリング材を採用したことによって奏されるものとされていることが認められる。
しかし、刊行物1には、温水床暖房構造の施工方法において弾性材料から成る多数の加熱水を通すチューブを有するチューブマットを採用することが、刊行物2には、温水配管を埋設する材料としてセルフレベリング材を採用することが、
それぞれ開示されていることは前示のとおりであるから、標記の効果も、これらの技術から予測し得るものというべきである。
(6) したがって、取消事由2の主張も理由がない。
3 以上のとおり、原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利